(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-06
(45)【発行日】2024-03-14
(54)【発明の名称】新規キシログルカナーゼ及びキシログルカンオリゴ糖の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/56 20060101AFI20240307BHJP
C12P 19/44 20060101ALI20240307BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240307BHJP
C12N 9/42 20060101ALN20240307BHJP
C12N 1/19 20060101ALN20240307BHJP
C12N 1/21 20060101ALN20240307BHJP
【FI】
C12N15/56 ZNA
C12P19/44
C12N15/63 Z
C12N9/42
C12N1/19
C12N1/21
(21)【出願番号】P 2020045575
(22)【出願日】2020-03-16
【審査請求日】2022-12-01
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松沢 智彦
(72)【発明者】
【氏名】亀山 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】矢追 克郎
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-164284(JP,A)
【文献】特開2011-167125(JP,A)
【文献】国際公開第2019/101648(WO,A1)
【文献】FEBS J.,2009年,Vol. 276, Issue 18,pp. 5094-5100
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 9/00-9/99
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00-7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キシログルカナーゼでキシログルカンを分解することを含む、キシログルカンオリゴ糖の製造方法であって、
前記キシログルカナーゼが、配列番号3に示すアミノ酸配列、又は配列番号3に示すアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つキシログルカンのセルロース主鎖中の、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合及びキシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合を分解し得るキシログルカナーゼである、
キシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【請求項2】
前記キシログルカナーゼが、配列番号3に示すアミノ酸配列を含む、請求項1に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【請求項3】
前記キシログルカナーゼが、配列番号1に示すヌクレオチド配列、又は配列番号1に示すヌクレオチド配列に対して90%以上の配列同一性を有するヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドによってコードされるものである、請求項1に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【請求項4】
前記ポリヌクレオチドが、配列番号1に示すヌクレオチド配列を含む、請求項3に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【請求項5】
前記ポリヌクレオチドが、シグナルペプチドをコードするヌクレオチド配列をさらに含む、請求項3又は4に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【請求項6】
前記シグナルペプチドをコードするヌクレオチド配列が、配列番号5に示すヌクレオチド配列である、請求項5に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【請求項7】
前記ポリヌクレオチドが発現ベクターに発現可能に連結されたものである、請求項3~6のいずれか一項に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【請求項8】
前記キシログルカンオリゴ糖が2糖以上6糖以下のキシログルカンオリゴ糖を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キシログルカナーゼ、それをコードするポリヌクレオチド、発現ベクター、形質転換体、キシログルカナーゼの製造方法、及びキシログルカンオリゴ糖の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キシログルカンは、植物に由来する多糖であり、グルコースがβ-1,4結合で連なったセルロース主鎖と、主鎖にα-1,6結合で結合したキシロースの側鎖とを有する、ヘミセルロース多糖の一種である。側鎖には、ガラクトース、アラビノース、フコースなどの他の単糖がさらに含まれる場合もある。多糖類であるキシログルカンの用途を広げるためには、それをオリゴ糖まで分解することが望まれている。
【0003】
キシログルカナーゼ(キシログルカン分解酵素とも呼ばれる)は、キシログルカンのセルロース主鎖を切断する酵素である。これまでに報告されているキシログルカナーゼは、主としてキシロース側鎖のないグルコースのβ-1,4結合のみを分解するものであり、そのため、キシログルカンから生産されるオリゴ糖の大部分が、7糖以上の比較的大きなオリゴ糖であった(特許文献1~5及び非特許文献1~3)。
【0004】
大きなキシログルカン分子より、低分子(すなわち、7糖未満)のキシログルカンオリゴ糖を生産するためには、キシログルカンのセルロース主鎖を分解する際に、キシロース側鎖のないグルコースのβ-1,4結合に加えて、キシロース側鎖を有するグルコースのβ-1,4結合や、側鎖の結合を分解する必要がある。現状では、キシログルカナーゼに加えて、又はキシログルカナーゼの代わりに、イソプリメベロース生成酵素や、ガラクトシダーゼといった他の糖分解酵素(特許文献6及び7、非特許文献4~6)を複数使用して、キシログルカンを処理する方法が実施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-261037号公報
【文献】特開2003-274952号公報
【文献】特開平07-031491号公報
【文献】特開平07-059565号公報
【文献】特開平11-127888号公報
【文献】特開平06-263786号公報
【文献】特開2008-199977号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】J Biol Chem. 2007 Jun 29; 282(26):19177-89.
【文献】Appl Environ Microbiol. 2005 Dec; 71(12):7670-8.
【文献】Appl Environ Microbiol. 2012 Nov; 78(22):7939-45.
【文献】J Biol Chem. 2002 Dec 13; 277(50):48276-81.
【文献】J Biol Chem. 2016 Mar 4; 291(10):5080-7.
【文献】FEBS J. 2019 Aug; 286(16):3182-3193.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1~5及び非特許文献1~3に記載のキシログルカナーゼは、いずれもセルロース主鎖中の、キシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合を分解するものであり、側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合を分解することはできない。そのため、従来のキシログルカナーゼのみでは、キシログルカンから7糖未満の低分子オリゴ糖を生産することは難しかった。
【0008】
また、特許文献6及び7や非特許文献4~6などに開示されているキシログルカナーゼ以外の糖分解酵素を用いる方法では、キシログルカンに対して作用させる酵素の組み合わせや順番などによって得られるオリゴ糖の構造が異なることから、酵素反応を複数回実施しなければならなかった。
【0009】
よって、1種の酵素を用いたキシログルカンの処理で長さが7糖未満の低分子オリゴ糖を生産するための、より簡便な方法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らはキシログルカンをオリゴ糖化することが可能は新規な酵素について探索した。キシログルカナーゼは糖質加水分解酵素の1つであるが、糖質加水分解酵素はそのアミノ酸配列に基づき、いくつかのグリコシドハイドロラーゼ(GH)ファミリーに分類されている。キシログルカンをオリゴ糖化する酵素は、主にGH12ファミリーや、GH74ファミリーに分類されており、GH5ファミリーにも数例発見されている。
【0011】
本発明者らは、麹菌(すなわちAspergillus oryzae)由来のアミノ酸配列の解析や、RNA配列に基づくトランスクリプトーム解析によって糖質分解酵素と推定される分子を見出し、cDNAを入手後に異種宿主であるPichia pastorisで発現させて酵素を生成し、酵素活性を調べた。その結果、キシログルカンをオリゴ糖化することが可能な酵素をGH5ファミリーから見出し、「キシログルカナーゼGH5-341」と命名した。GH5ファミリーは、主にセルロースを分解する酵素(セルラーゼ)であり、GH5ファミリーに属する公知の酵素も、上述したように、キシログルカンから7~9糖程度のオリゴ糖を生成するのみであった。よって、このファミリーの中から、アミノ酸配列のみに基づき、キシログルカンを低分子オリゴ糖に分解し得る酵素を見出すことは困難である。
【0012】
キシログルカナーゼGH5-341は、既知のキシログルカナーゼとはアミノ酸配列レベルの同一性は30%以下と低い。また、既報のGH5ファミリーに属するキシログルカナーゼとは異なり、キシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合に加えて、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合をも分解し得る酵素であることを見出した。本発明のキシログルカナーゼGH5-341でキシログルカンを処理することによって、他の酵素を使用することなく、キシログルカンから長さが7糖未満の低分子オリゴ糖を生産することを可能にし、本発明を完成するに至った。
【0013】
よって、本発明の一実施形態は、以下のキシログルカナーゼ及びそれをコードするポリヌクレオチドである。
[1] 配列番号3に示すアミノ酸配列、又は配列番号3に示すアミノ酸配列に対して85%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ
キシログルカンのセルロース主鎖中の、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合及びキシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合を分解し得る、
キシログルカナーゼ。
[2] 配列番号3に示すアミノ酸配列を含む、[1]に記載のキシログルカナーゼ。
[3] [1]又は[2]に記載のキシログルカナーゼをコードする、ポリヌクレオチド。
[4] 配列番号1に示すヌクレオチド配列、又は配列番号1に示すヌクレオチド配列に対して85%以上の配列同一性を有するヌクレオチド配列を含む、[3]に記載のポリヌクレオチド。
[5] 配列番号1に示すヌクレオチド配列を含む、[4]に記載のポリヌクレオチド。
[6] シグナルペプチドをコードするヌクレオチド配列をさらに含む、[4]又は[5]に記載のポリヌクレオチド。
[7] 前記シグナルペプチドをコードするヌクレオチド配列が、配列番号5に示すヌクレオチド配列である、[6]に記載のポリヌクレオチド。
【0014】
本発明の他の一実施形態は、発現ベクター及びそれを有する形質転換体である。
[8] [3]~[7]のいずれかに記載のポリヌクレオチドが発現可能に連結された、発現ベクター。
[9] [8]に記載の発現ベクターを有する、形質転換体。
[10] 前記形質転換体が酵母又は大腸菌である、[9]に記載の形質転換体。
【0015】
本発明のさらに他の一実施形態は、キシログルカナーゼの製造方法である。
[11] [9]又は[10]に記載の形質転換体を培養して培養物を得、
前記培養物からキシログルカナーゼを抽出することを含み、
前記キシログルカナーゼが、配列番号3に示すアミノ酸配列、又は配列番号3に示すアミノ酸配列に対して85%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つキシログルカンのセルロース主鎖中の、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合及びキシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合を分解し得るキシログルカナーゼである、キシログルカナーゼの製造方法。
[12] 前記形質転換体が、シグナルペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む発現ベクターを有し、前記培養物を培養菌体と培養上清とに分離し、前記培養上清から前記キシログルカナーゼを抽出する、[11]に記載のキシログルカナーゼの製造方法。
【0016】
本発明の別の一実施形態は、キシログルカンオリゴ糖の製造方法である。
[13] [1]又は[2]に記載のキシログルカナーゼでキシログルカンを分解することを含む、キシログルカンオリゴ糖の製造方法。
[14] 前記キシログルカナーゼが、[11]又は[12]に記載の方法で製造したキシログルカナーゼである、[13]に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
[15] 前記キシログルカンオリゴ糖が2糖以上6糖以下のキシログルカンオリゴ糖を含む、[13]又は[14]に記載のキシログルカンオリゴ糖の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明のキシログルカナーゼGH5-341によって、キシログルカンのセルロース主鎖中の、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合及びキシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合を分解し、1種の酵素のみで、キシログルカンから長さが7糖未満の低分子オリゴ糖を生産することが可能となる。また、本発明は、本発明のキシログルカナーゼを、夾雑物や類似の酵素の混入の少ない、高純度の状態で提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】キシログルカナーゼGH5-341を含む、組換え酵母の培養上清と精製酵素のSDS-PAGEである。
【
図2】キシログルカナーゼGH5-341で処理したキシログルカンのHPLCクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の各実施形態について詳細に説明する。
【0020】
本発明においては、「アミノ酸配列を有する」酵素、タンパク質、ポリペプチド等は、当該アミノ酸配列からなる酵素、タンパク質、ポリペプチドのみならず、当該アミノ酸配列と共に、他のアミノ酸配列を含有する酵素、タンパク質、ポリペプチド等を意味する。同様に、「ヌクレオチド配列を有する」DNA、ポリヌクレオチド等は、当該ヌクレオチド配列からなるDNA、ポリヌクレオチドのみならず、当該ヌクレオチド配列と共に、他のヌクレオチド配列を含有するDNA、ポリヌクレオチド等を意味する。
【0021】
1.キシログルカナーゼGH5-341
本発明の一実施形態は、新規なキシログルカナーゼGH5-341(以下、しばしば、「GH5-341」と略すこともある)に関する。GH5-341は、麹菌、すなわちAspergillus oryzae由来の酵素である。
【0022】
本発明者らはGH5-341のcDNAを入手後に異種宿主であるPichia pastorisで発現させて、組換え酵素を産生し、その酵素活性について検討した。その結果、至適pHは4.0であり、至適温度は40℃であり、キシログルカンを主として分解するが、セルロースもわずかにではあるが分解した。GH5-341で処理したキシログルカンのHPLCクロマトグラム(
図2)には、X(Glc
1Xyl
1)、XX(Glc
2Xyl
2)、LG(Glc
2Xyl
1Gal
1)といった、長さが7糖未満の低分子オリゴ糖に帰属されるピークが存在することから、GH5-341はキシログルカンの主鎖を構成するセルロース中の、キシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-グルコシド結合のみならず、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-グルコシド結合も分解することが判明した。
【0023】
尚、本発明において酵素活性は、以下の方法で測定した。
基質としてMegazyme社製のタマリンド種子由来キシログルカンを使用する、下記組成の反応溶液を用意する。
0.8%のタマリンド種子由来キシログルカン 50μL
0.5mg/mlのGH5-341 5μL
500mMの酢酸緩衝液、pH4.0 10μL
水 35μL
合計: 100μL
【0024】
反応溶液を40℃で1時間インキュベートして反応を実施し、その後、98℃で10分間加熱することによって酵素反応を停止させて、反応産物を得る。得られた反応産物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって分析する。HPLC用のカラムには、TSKgelアミド80カラム(4.6×250mm)を用い、移動相には60%アセトニトリルを用い、分析は、カラムを40℃に保温して実施する。
【0025】
GH5-341は配列番号3に示すアミノ酸配列、又は配列番号3に示すアミノ酸配列に対して配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。また、GH5-341は配列番号3に示すアミノ酸配列、又は配列番号3に示すアミノ酸配列に対して配列同一性を有するアミノ酸配列からなるものでもよい。本発明において「配列同一性」とは、2以上のアミノ酸配列(またはヌクレオチド配列)のアライメントによって決定される、配列間の配列不変性の程度を表すものである。さらに「配列番号3に示すアミノ酸配列に対して配列同一性を有するアミノ酸配列」とは、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるキシログルカナーゼと同じキシログルカン分解活性を示すポリペプチドのアミノ酸配列であって、配列番号3のアミノ酸配列とのアライメントによって検出される、1以上のアミノ酸残基の置換、欠失、付加、及び/又は挿入を有するものである。当該酵素活性を保持する限り、配列番号3のアミノ酸配列との同一性に特に限定はないが、85%以上、100%未満であることが好ましい。また、同一性の下限値は、85%、87%、90%、92%以上、95%、97%、99%、99.5%など、どのような値でもかまわない。配列番号3に示すアミノ酸配列と、他のアミノ酸配列との同一性は、例えば、BLASTといった公知の同一性検索プログラムを使用して決定することができる。
【0026】
さらにGH5-341は分泌タンパク質であり、配列番号4に示されるアミノ酸配列を含むもの、またはからなるものでもよい。配列番号4に示されるアミノ酸配列においては、そのC末端側の18残基がシグナル配列(配列番号6)と推定される部分である。成熟酵素は、シグナル配列と推定されるアミノ酸残基が除かれたものであり、成熟酵素のアミノ酸配列を配列番号3に示した。また、GH5-341のアミノ酸配列は、配列番号3に示すアミノ酸配列(又はそれと配列同一性の高い(例えば、85%以上の)配列)に他のシグナル配列が連結したものでもよい。いずれの場合も、スプライシングによりGH5-341又は同じ酵素活性を有する、配列同一性の高いポリペプチドを産生可能なものであればよい。
【0027】
以下、本発明において「GH5-341」は、特に断りがない限り、キシログルカナーゼGH5-341(配列番号3又は4)及びそのアミノ酸配列との配列同一性の高いポリペプチドの全てを含むものとする。
【0028】
GH5-341は、後述するように、遺伝子組み換えによって産生することもできるが、Aspergillus oryzaeから抽出することもできる。GH5-341をコードする遺伝子の発現は、キシロース及びキシログルカンオリゴ糖の存在下で誘導される。さらにGH5-341は分泌タンパク質であることから、キシロース及びキシログルカンオリゴ糖の存在下、公知の培養方法でAspergillus oryzaeを培養することで、GH5-341は菌体外に生産される。液体培地を用いてAspergillus oryzaeを培養した場合には、培養液から濾過或いは遠心分離によって菌体を分離した後の上澄液を、そして固体培養の場合は、培養後の培地から水又は適当な無機塩類で抽出した液を、粗酵素液とすることができる。粗酵素液中には、GH5-341以外にも、キシログルカンを分解する種々の酵素活性が含まれるため、これを除去する必要がある。例えば、公知のクロマトグラフィーにより、GH5-341以外のグリコシダーゼ活性を示す酵素を除去することができる。
【0029】
2.キシログルカナーゼGH5-341をコードするポリヌクレオチド
本発明の一実施形態は、キシログルカナーゼGH5-341をコードするポリヌクレオチド(以下、しばしば、「GH5-341ポリヌクレオチド」又は「GH5-341遺伝子」と称する)に関する。本発明のポリヌクレオチドは、上述したGH5-341又はそのアミノ酸配列との配列同一性の高いポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を有する。
【0030】
GH5-341ポリヌクレオチドは、配列番号1に示すヌクレオチド配列、又は配列番号1に示すヌクレオチド配列に対して配列同一性を有するヌクレオチド配列を含むものである。また、GH5-341ポリヌクレオチドは、配列番号1に示すヌクレオチド配列、又は配列番号1に示すヌクレオチド配列に対して配列同一性を有するヌクレオチド配列からなるものでもよい。このようなGH5-341ポリヌクレオチドは、Aspergillus oryzaeからクローニングした遺伝子でもよいし、当該遺伝子に対して同一性を有する遺伝子でもよい。また、配列番号3や4のアミノ酸配列から遺伝暗号の縮重を鑑みて演繹したヌクレオチド配列でもよい。配列番号2に示したヌクレオチド配列は、シグナル配列を含む全長DNAのヌクレオチド配列であり、その5’末端の54ヌクレオチド(配列番号5)がシグナル配列をコードし、残りの1656ヌクレオチドが、配列番号1に示したGH5-341のコード配列である。尚、配列番号1及び3のヌクレオチド配列において、3’末端の3ヌクレオチド(tga)は終止コドンである。
【0031】
本発明において「配列番号1に示すヌクレオチド配列に対して配列同一性を有するヌクレオチド配列」とは、GH5-341と同じキシログルカン分解活性を示すポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであって、配列番号1のヌクレオチド配列とのアライメントによって検出される、1以上のヌクレオチドの置換、欠失、付加、及び/又は挿入を有するものである。また、配列同一性を有するポリヌクレオチドとしては、配列番号1に示すヌクレオチド配列(又はそれと配列同一性の高い配列)に開始コドンが付加されたポリヌクレオチドが挙げられる。上述した酵素活性を保持するポリペプチドをコードする限り、配列番号1のヌクレオチド配列との同一性に特に限定はないが、85%以上、100%未満であることが好ましい。また、同一性の下限値は、85%、87%、90%、92%、95%、97%、99%、99.5%など、どのような値でもかまわない。尚、配列番号1に示すヌクレオチド配列と、他のヌクレオチド配列との同一性は、公知の方法で決定することができる。例えば、BLASTNといった公知の同一性検索プログラムを使用して、ポリヌクレオチドの同一性を決定することができる。
【0032】
GH5-341ポリヌクレオチドは、配列番号2に示す、シグナル配列を有する前駆体ポリペプチドでも良いし、配列番号1に示すヌクレオチド配列(又はそれと配列同一性の高い(例えば、85%以上の)配列)に他のシグナル配列が連結したものでもよい。いずれの場合も、スプライシング後に成熟タンパク質としてGH5-341又は同じ酵素活性を有する、配列同一性の高いポリペプチドを発現可能なものであればよい。
【0033】
また、「配列番号1に示すヌクレオチド配列に対して配列同一性を有するヌクレオチド配列」は、配列番号1に示すヌクレオチド配列を有するポリヌクレオチドに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つGH5-341と同じキシログルカン分解活性を示すポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと定義することもできる。なお、ハイブリダイゼーションの方法は、例えば、Sambrook and Russell,Molecular Cloning: A Laboratory Manual,Third edition, Cold Spring Habor Laboratory Press(2001)に記載の方法を用いることが可能であり、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、0.5%SDS、5×デンハルツ溶液(0.1%ウシ血清アルブミン、0.1%ポリビニルピロリドン、0.1%フィコール400)及び100μg/mlサケ精子DNAを含む6×SSC(1×SSCは、0.15mol/l、0.015mol/lクエン酸ナトリウム、pH7.0)中で、50℃~65℃で4時間~一晩保温する条件をいう。
【0034】
以下、本発明において「GH5-341遺伝子」及び「GH5-341ポリヌクレオチド」は、特に断りがない限り、GH5-341遺伝子(配列番号1又は2)及びそれと配列同一性の高い配列の全てを含むものとする。
【0035】
本発明のGH5-341をコードするポリヌクレオチドをAspergillus oryzae又は他の微生物から取得するためには、例えば、配列番号1又は2に記載のヌクレオチド配列の情報を元にして、PCR法やハイブリダイゼーション法を利用して、クローニングを行うことができる。PCR法やハイブリダイゼーション法については、例えば、Sambrook and Russell,Molecular Cloning: A Laboratory Manual,Third edition, Cold Spring Habor Laboratory Press(2001)の記載を参照することができる。
【0036】
PCR法を利用する場合、配列番号1又は2に記載のヌクレオチド配列を基に設計した合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いてPCR反応を行い、目的の遺伝子又はその断片を増幅することができる。プライマーの一例として、配列番号7及び8のヌクレオチド配列が挙げられる。増幅したDNAが断片の場合、当該断片をプローブとして用いるハイブリダイゼーション法や、5’-RACE(Rapid Amplification of cDNA ends)及び3’-RACE法等を行うことによって、GH5-341の全長をコードする遺伝子をクローニングすることができる。
【0037】
また、配列番号3又は4に記載のアミノ酸配列や、配列番号1又は2に記載のヌクレオチド配列の情報を元にして、化学合成によって目的とする遺伝子やポリヌクレオチドを得ることもできる(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。
【0038】
さらに、本発明においては、新規なキシログルカナーゼであるGH5-341遺伝子の塩基配列を用いて、他のキシログルカナーゼを産生する微生物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーから、配列番号1又は2と配列同一性の高いDNAを選別することができる。このような選別のためには、GH5-341のポリヌクレオチドに基づきプローブを設計し、ハイブリダイゼーションを行うことができる。ハイブリダイゼーションは、上記に示したストリンジェントな条件下で行うことができる。例えば、キシログルカンオリゴ糖分解酵素を産生する微生物から得たゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーを固定化したナイロン膜を作製し、6×SSC、0.5%SDS、5×デンハルツ溶液、100μg/mlサケ精子DNAを含むプレハイブリダイゼーション溶液中、65℃でナイロン膜をブロッキングする。その後、32Pでラベルした各プローブを加えて、65℃で一晩保温する。このナイロン膜を6×SSC中、室温で10分間、0.1%SDSを含む2×SSC中、室温で10分間、0.1%SDSを含む0.2×SSC中、45℃で30分間洗浄した後、オートラジオグラフィーをとり、プローブと特異的にハイブリダイズするDNAを検出することができる。また、洗いなどの条件を変えることによって様々な配列同一性を示す遺伝子を得ることができる。
【0039】
一方、本発明のGH5-341遺伝子の塩基配列からPCR反応用のプライマーを設計することもできる。このプライマーを用いてPCR反応を行うことによって、本発明の遺伝子に対して配列同一性の高い遺伝子断片を検出したり、更にはその遺伝子全体を得ることもできる。
【0040】
得られた遺伝子が目的の酵素活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子であるかどうかは、決定された塩基配列を本発明のGH5-341のアミノ酸配列又はそれをコードするヌクレオチド配列と比較し、その遺伝子構造及び配列同一性から推定することができる。また、得られた遺伝子のコードするポリペプチドを製造し、その酵素活性を測定することにより、目的の酵素活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子であるかどうかを確認することもできる。
【0041】
さらに、本発明によってGH5-341の一次構造及び遺伝子構造が明らかとなったため、本願に開示したヌクレオチド配列(配列番号1又は2)を用いて、変異体を遺伝子工学的に製造することも可能である。上述したキシログルカン分解活性を維持しながら、他の性質の改変された変異体も本発明の範囲内である。例えば、配列番号1のヌクレオチド配列にランダム変異あるいは部位特異的変異を導入し、GH5-341のアミノ酸配列中に、1個又は複数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入若しくは置換を導入することができる。これにより、キシログルカナーゼの至適温度、安定温度、至適pH、安定pH、基質特異性等の性質を少しずつ変化させることもできる。
【0042】
ランダム変異を導入する方法としては、例えば、DNAを化学的に処理する方法である、亜硫酸水素ナトリウムを作用させシトシン塩基をウラシル塩基に変換するトランジション変異を起こさせる方法[Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 79, 1408-1412(1982)]、生化学的方法である、[α-S]dNTPの存在下、二本鎖を合成する過程で塩基置換を生じさせる方法[Gene, 64, 313-319(1988)]、PCRを用いる方法である、反応系にマンガンを加えてPCRを行い、ヌクレオチドの取込みの正確さを低くする方法[Analytical Biochemistry, 224, 347-353(1995)]等を用いることができる。
【0043】
部位特異的変異を導入する方法としては、例えば、アンバー変異を利用する方法[ギャップド・デュプレックス(gapped duplex)法、Nucleic Acids Research, 12(24), 9441-9456(1984)]、制限酵素の認識部位を利用する方法[Analytical Biochemistry, 200, 81-88(1992)、Gene, 102, 67-70(1991)]、dut(dUTPase)とung(ウラシルDNAグリコシラーゼ)変異を利用する方法[クンケル(Kunkel)法、Proceedings of the National Academy of Sciences of theUnited States of America, 82, 488-492(1985)]、DNAポリメラーゼ及びDNAリガーゼを用いたアンバー変異を利用する方法[オリゴヌクレオチド・ダイレクティッド・デュアル・アンバー(Oligonucleotide-directed Dual Amber: ODA)法、Gene, 152, 271-275(1995)、特開平7-289262号公報]、DNAの修復系を誘導させた宿主を利用する方法(特開平8-70874号公報)、DNA鎖交換反応を触媒するタンパク質を利用する方法(特開平8-140685号公報)、制限酵素の認識部位を付加した2種類の変異導入用プライマーを用いたPCRによる方法(US5,512,463)、不活化薬剤耐性遺伝子を有する二本鎖DNAベクターと2種類のプライマーを用いたPCRによる方法[Gene, 103, 73-77(1991)]、アンバー変異を利用したPCRによる方法[国際公開第98/02535号]等を用いることができる。
【0044】
また、市販されているキットを使用することにより、部位特異的変異を容易に導入することができる。市販のキットとしては、例えば、ギャップド・デュプレックス法を用いたMutan(登録商標)-G、クンケル法を用いたMutan(登録商標)-K、ODA法を用いたMutan(登録商標)-Express Km(全てタカラバイオ株式会社製)、変異導入用プライマーとピロコッカスフリオサス(Pyrococcus furiosus)由来DNAポリメラーゼを用いたQuikChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit[ストラタジーン(STRATAGENE)社製]等を用いることができ、また、 PCR法を利用するキットとして、TaKaRa LA PCR in vitro Mutagenesis Kit(タカラバイオ株式会社製)、Mutan(登録商標)-Super Express Km(タカラバイオ株式会社製)等を用いることができる。
【0045】
3.発現ベクター
本発明の一実施形態は、キシログルカナーゼGH5-341をコードするポリヌクレオチドが発現可能に連結された、発現ベクターに関する。
【0046】
本明細書において「発現ベクター」は、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと、当該ポリヌクレオチドを発現可能に連結することが可能であり、選択した宿主細胞に導入されて、連結されたポリヌクレオチドの発現を可能せしめるベクターとを含む。ここで目的のポリペプチドとは、上述した本発明のGH5-341であり、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとは、本発明のGH5-341遺伝子である。すなわち、目的のポリペプチドは、配列番号3又は4に示したアミノ酸配列又はそれと配列同一性の高いポリペプチドであり、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、配列番号1又は2に示したヌクレオチド配列又はそれと配列同一性の高いポリヌクレオチドである。
【0047】
ベクターは、ポリヌクレオチドを発現可能に連結することが可能であり、選択した宿主細胞に導入されて、連結されたポリヌクレオチドの発現を可能せしめるものである限り特に限定はない。ベクターは、宿主内で複製可能であり、かつ長期にわたり維持されるものであることが好ましい。ベクターの一例として、ウイルス粒子、ファージ、プラスミド、ファージミド、コスミド、フォスミド、細菌人工染色体、ウイルスDNA(例えば、ワクシニア、アデノウイルス、及びSV40の誘導体)、P1系人工染色体、酵母プラスミド、酵母人工染色体、並びに目的の特定宿主に特異的な他の任意のベクターが挙げられ、このようなベクターは当業者には広く知られており、市販もされている。市販のベクターとしては、細菌系のベクターである:pQE(商標)ベクター(Qiagen社製)、pBLUESCRIPT(商標)プラスミド、pNHベクター、(ラムダ-ZAPベクター(Stratagene社製)、ptrc99a、pKK223-3、pDR540、pRIT2T(Pharmacia社製)等や、真核細胞系のベクターである、pXT1、pSG5(Stratagene社製)、pSVK3、pBPV、pMSG、pSVLSV40(Pharmacia社製)、pGAPZα-A(Invitrogen社製)等が挙げられる。市販品以外にも、公的機関から入手したベクターや、公知の手順により細菌や細胞から単離したプラスミド等もベクターとして使用可能である。
【0048】
ベクターは、連結したポリヌクレオチドの発現を可能にするために、プロモーター、翻訳開始のためのリボソーム結合部位、及び転写ターミネーター等の調節配列を含むことができる。ベクターは、発現を増幅させるために、エンハンサー等の他の適切な配列を含んでもよい。これらの配列は、連結するポリヌクレオチド配列や、発現ベクターを導入する宿主細胞の種類等に応じて、適宜選択することができる。
【0049】
さらに発現ベクターは、発現ベクターを含む宿主細胞の選択を容易にする、1つ以上の選択マーカーを含んでもよい。そのような選択マーカーとしては、抗生物質などの薬剤に対する耐性を付与する遺伝子(薬剤マーカー)、栄養要求性を補う遺伝子(栄養要求性マーカー)等が挙げられる。薬剤マーカーとしては、E. coliにテトラサイクリン又はアンピシリン耐性を付与する遺伝子や、S. cerevisiaeのTRP1遺伝子が挙げられる。
【0050】
本発明の発現ベクターに連結されているGH5-341遺伝子には、シグナルペプチドをコードする配列(シグナルコード配列)が含まれることが好ましい。GH5-341遺伝子にシグナルコード配列が含まれていると、シグナルペプチドの連結された前駆体タンパク質の産生後に、シグナルペプチドを除いた成熟タンパク質が細胞外に分泌されることから、培養上清から容易にGH5-341を回収することが可能になる。よって、発現ベクターに含まれるヌクレオチド配列としては、配列番号1のヌクレオチド配列又はそれと配列同一性の高いヌクレオチド配列が好ましい。あるいは宿主細胞の発現系に適したシグナル配列を、配列番号2のヌクレオチド配列又はそれと配列同一性の高いヌクレオチド配列に連結して使用することもできる。
【0051】
さらに、形質転換体によって産生されたポリペプチドの検出及び回収を容易にするために、発現ベクター内で目的ポリペプチドをコードするヌクレオチド配列にタグをコードするヌクレオチド配列を連結することができる。このようなタグとしては、複数のヒスチジン残基からなるポリヒスチジンタグ、蛍光タンパク質、gDタグ、c-Mycエピトープ等が挙げられる。このような公知のタグ配列の連結位置や連結方法については広く知られている。
【0052】
4.形質転換体
本発明の一実施形態は、上記発現ベクターを有する形質転換体である。本発明の形質転換体は、上述した発現ベクターを導入した宿主細胞であり、当該発現ベクター内の遺伝子の発現によって、GH5-341を産生するものである。
【0053】
本発明の発現ベクターを導入する宿主細胞としては、微生物、動物細胞、植物細胞等を用いることができる。微生物としては、大腸菌、Bacillus属、Streptomyces属、Lactococcus属等の細菌、Saccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属等の酵母、Aspergillus oryzae以外のAspergillus属、Penicillium属、Trichoderma属等の糸状菌が挙げられる。動物細胞としては、バキュロウイルスの系統が挙げられる。GH5-341の回収を容易にする観点から、宿主細胞はGH5-341以外のキシログルカナーゼやセルラーゼといった化学的性質/物理的性質の似たタンパク質を産生しない細胞が好ましい。例えば、Aspergillus属の糸状菌よりも酵母や大腸菌等の異種宿主が好ましい。
【0054】
発現ベクターを宿主細胞に導入する方法に特に限定はなく、形質転換、トランスフェクション、形質導入、ウイルス感染、遺伝子銃等の公知の多様な遺伝子導入方法のいずれかを使用することができる。具体的な方法としては、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAEデキストラン媒介トランスフェクション、リポフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション等が挙げられる。
【0055】
形質転換体によるGH5-341遺伝子の発現やGH5-341の産生は、GH5-341の酵素活性の検出によって確認することができる。また、GH5-341に特異的な抗体などの結合物質を用意し、結合の有無を検出することによっても確認することができる。
【0056】
5.キシログルカナーゼの製造方法
本発明の一実施形態は、GH5-341の製造方法である。GH5-341はAspergillus oryzaeから抽出することもできるが、上述した本発明の形質転換体を培養し、その培養物からGH5-341を抽出する方が、より簡便にGH5-341を容易に製造することができる。
【0057】
初めに、形質転換体を培養して培養物を得る。培養条件は、形質転換体が増殖し、且つ導入されている発現ベクター内の遺伝子が発現されて、当該遺伝子のコードするポリペプチドが細胞内で産生される条件である限り、特に限定はない。よって培養条件は、宿主細胞の種類及び導入した発現ベクターの構成等に基づき、適宜選択することができる。
【0058】
次に、形質転換体を培養して得た培養物からGH5-341を抽出する。当該培養物は、増殖させた形質転換体又はその培養上清である。形質転換体を液体培地で培養した場合には、培養液を遠心分離、ろ過等によって、細胞と培養上清とに分離することができる。また、形質転換体を固体培地で培養した場合には、培地表面から細胞を回収し、培地を水や他の溶液に懸濁して、培地中の成分を抽出することができる。
【0059】
回収した細胞からGH5-341を抽出する場合には、初めに細胞を物理的又は化学的手段により融解させる。このとき、GH5-341を破壊しない条件で細胞を融解させることが重要であり、そのような手段としては、凍結融解の繰り返し、超音波処理、細胞溶解剤の使用等が挙げられる。次に細胞融解物から公知のタンパク回収方法によってキシログルカナーゼを分離し、精製する。具体的な方法としては、硫酸アンモニウム沈殿、酸抽出、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルろ過などが挙げられる。また、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によってさらに精製することもできる。
【0060】
形質転換体の有する発現ベクター内で、シグナルペプチドをコードするヌクレオチド配列がGH5-341遺伝子に連結されている場合には、培養上清又は固体培地の抽出物からGH5-341を回収することができる。この場合は、細胞を融解させる工程は必要ではない。培養上清又は培地抽出物から公知のタンパク回収方法によってGH5-341を分離し、精製することができる。
【0061】
6.キシログルカンオリゴ糖の製造方法
本発明の一実施形態は、キシログルカンオリゴ糖の製造方法である。
【0062】
本発明のキシログルカンオリゴ糖の製造方法においては、キシログルカンを本発明のGH5-341によって分解する。上述したように、GH5-341は、キシログルカンのセルロース主鎖中の、キシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合のみならず、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合も分解し得る酵素である。よって、本発明のキシログルカンオリゴ糖の製造方法において、1種の酵素のみを用いた処理でキシログルカンから長さが7糖未満の低分子オリゴ糖を含む、種々の分子量のオリゴ糖の混合物を得ることが可能となる。
【0063】
キシログルカンオリゴ糖の製造に使用するGH5-341は、Aspergillus oryzaeから抽出した酵素でも、本発明のキシログルカナーゼの製造方法で得られた酵素(すなわち、遺伝子組換えにより製造した酵素)のいずれでもよい。しかし、他のキシログルカナーゼやセルラーゼなどの混入が少なく、キシログルカンの分解パターンの予測が容易であることから、遺伝子組換えにより製造した酵素が好ましい。
【0064】
GH5-341でキシログルカンを分解するための反応条件としては、当該酵素の至適pH及び至適温度を鑑みて、pH3~7、好ましくはpH3.5~4.5、反応温度は30~50℃、好ましくは35~45℃が挙げられる。反応時間は基質であるキシログルカンの量及び使用するキシログルカナーゼの量によっても変化するが、通常、5分~240分、好ましくは10分~120分、である。例えば、本願の実施例4においては酢酸緩衝液(pH4.0)を反応媒体とし、40℃で1時間反応を実施した。
【0065】
キシログルカンの分解反応は、70℃以上、好ましくは98℃以上で、10分以上、好ましくは15分以上加熱することで、停止させることができる。
【0066】
反応の停止後には、反応溶液に含まれるキシログルカンオリゴ糖を回収することができる。回収方法に特に限定はないが、例えば、反応溶液に含まれる酵素を除去し、その後、公知の糖の分離精製方法で回収することができる。一例として、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって、種類ごとにオリゴ糖を回収することができる。
【0067】
本発明の製造方法によって製造したキシログルカンオリゴ糖には、2糖以上6糖以下の低分子のキシログルカンオリゴ糖が含まれる。自然界では、植物の細胞壁が再構成される過程でキシログルカンが様々な酵素による分解を受けてオリゴ糖が産生されることが確認されており、このようなオリゴ糖が植物において生理活性を有することが知られている。さらに植物以外の生物におけるキシログルカンオリゴ糖の生理活性についても研究されている。また、キシログルカンオリゴ糖は、新規なバイオ材料としての用途開発も進められている。
【0068】
なお、本明細書では種々の文献等を引用したが、これらはすべて参考として本明細書に組み込まれるものである。
【実施例】
【0069】
以下、本発明を実施例を用いて詳述するが本発明はこれらに限定されるものではない。
【0070】
実施例1
メタノール資化性酵母Pichia pastorisにおける発現系の構築
麹菌(酒類総合研究所から分譲されたAspergillus oryzaeRIB40株)から総RNAを抽出した。具体的には、麹菌を液体培養し、菌体をセルストレーナーで回収した。次に、回収した菌体をガラスビーズ(Lysing Matrix C、MP-Biomedicals社製)と破砕装置(FastPrep-24、MP-Biomedicals社製)とを用いて破砕し、RNAを抽出した。さらにISOGEN with Spin Column(ニッポンジーン社製)を使用して、RNAを精製した。抽出した総RNAを鋳型として、PrimeScript II 1st strand cDNA Synthesis Kit(タカラバイオ社製)を用いて逆転写反応によりcDNAを調製した。その際、逆転写反応は、オリゴdTプライマーを使用して行なった。
【0071】
上記で調製したcDNAを鋳型とし、下記に示す配列番号7及び8の塩基配列をPCRプライマーとして使用してPCRを実施し、麹菌cDNAからキシログルカナーゼGH5-341をコードするcDNAを得た。
配列番号7: 5’-AGAGAGGCTGAAGCTCTCAGTGCCAATTGTACAGGGTCCTTTGAC-3’
配列番号8: 5’-ATGATGATGGTCGACAACAGTCAAAGTAAAGTTGACCGTATTTGTGG-3’
尚、PCRには、はPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を使用し、標準的な条件で実施した。
Aspergillus oryzae由来のcDNAのヌクレオチド配列を配列番号2に示した。
【0072】
次に、pGAPZα-Aプラスミドベクター(Invitrogen)を鋳型とし、下記に示す配列番号5及び6の塩基配列をPCRプライマーとして使用してPCRを実施し、pGAPZα-A由来のクローニング用DNA断片を得た。
配列番号9: 5’-AGCTTCAGCCTCTCTTTTCTCGAGAG-3’
配列番号10: 5’-GTCGACCATCATCATCATCATCATTGAG-3’
尚、PCRには、はPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を使用し、標準的な条件で実施した。
【0073】
上記で増幅したDNA断片を、pGAPZα-Aから増幅したDNA断片へ、In-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ社製)を用いてクローニングし、キシログルカナーゼGH5-341発現プラスミドベクターを得た。
【0074】
得られたプラスミドベクターを制限酵素AvrII(New England BioLabs社製)で処理した後、Pichia pastoris X-33株(Invitrogen社製)へエレクトロポレーションにて導入し、キシログルカナーゼGH5-341発現P. pastoris X-33株を得た(以下、しばしば、「GH5-341発現株」とも称す)。エレクトロポレーションは、MicroPulser Electroporation(BioRad社製)を使用し、2.0kV、1パルスで0.2cmキュベットを用いて実施した。
【0075】
実施例2
精製酵素の調製
実施例1で得たGH5-341発現株を、50mMのリン酸カリウム緩衝液(pH6.0)を含むYPD培地(2%のペプトン、1%の酵母エキス、2%のグルコースを含む培地)で、30℃において150rpmで振盪しながら3日間培養し、培養液を得た。得られた培養液を5,000gで3分間遠心分離し、培養菌体と培養上清とに分離した。分離した培養上清を回収し、そのpHを1MのTris-HCl(pH8.5)を用いてpH7程度に調整した。
【0076】
pHを調整した培養上清をHisTrap FFの5mLカラム(GEヘルスケア社製)へロードし、培養上清に含まれるGH5-341をカラムへ吸着させた。次いで当該カラムを洗浄緩衝液(20mMのリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.2)、300mMの塩化ナトリウム、20mMのイミダゾールを含む緩衝液)で洗浄した。次に、洗浄したカラムに溶出緩衝液(20mMのリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.2)、300mMの塩化ナトリウム、500mMイミダゾールを含む緩衝液)を流し、GH5-341をカラムから脱離させ、粗酵素液として回収した。
【0077】
回収した粗酵素液を限外濾過膜(VivaSpin 10 k-cut、GEヘルスケア社製)を用いて4,000gで遠心分離することによって濃縮し、精製酵素溶液を得た。また、濃縮する際に、緩衝液を50mMの酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)へ置換した。
【0078】
GH5-341発現株の培養上清及び精製酵素溶液について、SDS-PAGEによって酵素の存在及び精製を確認した。SDS-PAGEには、ゲルとしてe-PAGEL HR 15%ゲル(ATTO社製)を使用し、泳動バッファーとして21mMのEzRun MOPS(ATTO社製)を使用した。
電気泳動図を
図1に示した。
【0079】
図1において、培養上清と精製酵素には、75kDaと100kDaの間のほぼ同じ位置に単一のバンドが存在する。これはGH5-341発現株は培地中にGH5-341を分泌しており、培養上清からGH5-341を容易に精製することができたことを意味する。
【0080】
実施例3
精製GH5-341の基質特異性試験
タマリンド種子由来のキシログルカン(Megazyme社製)及びカルボキシメチルセルロース(東京化成工業株式会社製)を基質として、実施例2で精製したGH5-341の酵素活性を調べた。
【0081】
精製酵素を100mMの酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)で1μg/ml(0.001mg/ml)に希釈した。基質溶液としては、キシログルカン及びカルボキシメチルセルロースのそれぞれの0.8%水溶液を用意した。5μlの基質溶液に5μlの酵素溶液を添加し、40℃で5分間、反応させた。次いで98℃で10分間の熱処理を行うことで、酵素反応を停止させた。
【0082】
得られた反応溶液について、ビシンコニン酸法によって還元糖の定量を行なった。ビシンコニン酸法はFox, J.D. and Robyt, J. F. (1991) Miniaturization of three carbohydrate analyses using a microsample plate reader. Anal. Biochem. 195, 93-96の記載に基づき実施した。
【0083】
得られた還元糖の量に基づき、酵素活性を算出した。酵素活性は、1mgのタンパク質当たりのユニット数(U)で表し、1Uは、1分間に還元糖量で1μmol相当のグルコースを生成する酵素活性と定義した。結果を表1に示した。
【0084】
【0085】
表1の結果から明らかなように、精製GH5-341は、カルボキシメチルセルロースよりもキシログルカンに対して高い酵素活性を示した。
【0086】
実施例4
精製GH5-341の分解生成物の同定
実施例2で精製したGH5-341を用いてタマリンド種子由来キシログルカン(Megazyme社製)を分解し、分解生成物を同定した。酵素反応は下記組成の反応溶液で実施した。
0.8%のタマリンド種子由来キシログルカン 50μL
0.5mg/mlのGH5-341 5μL
500mMの酢酸緩衝液、pH4.0 10μL
水 35μL
合計: 100μL
上記反応溶液を40℃で1時間インキュベートし、その後、98℃で10分間加熱するとによって酵素反応を停止させて、反応産物を得た。
【0087】
得られた反応産物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって分析した。HPLC用のカラムには、TSKgelアミド80カラム(4.6×250mm)を用い、移動相には60%アセトニトリルを用いた。分析は、カラムを40℃に保温して実施した。得られたクロマトグラムを
図2に示す。
【0088】
図2のクロマトグラムに見られる主要なピークを、オリゴ糖スタンダードを用いてオリゴ糖に帰属させた。
図2中において、X、XX、LG、XXXG、XXLG、及びXLLGは、下記のオリゴ糖を表す。
X : Glc
1Xyl
1
XX: Glc
2Xyl
2
LG: Glc
2Xyl
1Gal
1
XXXG: Glc
4Xyl
3
XXLG: Glc
4Xyl
3Gal
1
XLLG: Glc
4Xyl
3Gal
2
【0089】
さらに反応産物にガラクトシダーゼLacA(Matsuzawa T, Watanabe M, Kameda T, Kameyama A, Yaoi K (2019a) Cooperation between beta-galactosidase and an isoprimeverose-producing oligoxyloglucan hydrolase is key for xyloglucan degradation in Aspergillus oryzae. FEBS J 286:3182-3193)及びイソプリメベロース生成酵素IpeA(Matsuzawa T, Mitsuishi Y, Kameyama A, Yaoi K (2016) Identification of the gene encoding isoprimeverose-producing oligoxyloglucan hydrolase in Aspergillus oryzae. J Biol Chem 291:5080-5087)を作用させて、ピークの消失や出現を確認することで、XXXGとXXLGの間のピークは、LLG(Glc3Xyl2Gal2)であると推定した。
【0090】
図2から明らかなように、GH5-341でキシログルカンを分解したところ、X、XX、LG、XXXG、XXLG、及びXLLGに帰属されるピークを含む、複数のピークが検出された。特にX、XX、LGは長さが7糖未満の低分子オリゴ糖である。これらピークは、GH5-341がキシログルカンを分解する際に、キシロース側鎖の結合したグルコースのβ-1,4結合ならびにキシロース側鎖の結合していないグルコースのβ-1,4結合を分解して、キシログルカンから低分子オリゴ糖を生成可能であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明によって、1種の酵素のみによる処理で、キシログルカンから長さが7糖未満の低分子オリゴ糖を含む種々の分子量のオリゴ糖を生産することが可能となる。よって本発明は、キシログルカンオリゴ糖の新たな用途開発に寄与し得る。
【配列表フリーテキスト】
【0092】
配列番号7: GH5-341増幅用のPCRプライマー
配列番号8: GH5-341増幅用のPCRプライマー
配列番号9: ベクター増幅用PCRプライマー
配列番号10: ベクター増幅用PCRプライマー
【配列表】