(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-07
(45)【発行日】2024-03-15
(54)【発明の名称】神経伝達物質の計測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/333 20060101AFI20240308BHJP
G01N 27/02 20060101ALI20240308BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20240308BHJP
A61K 31/351 20060101ALI20240308BHJP
A61K 31/4425 20060101ALI20240308BHJP
C09B 23/14 20060101ALI20240308BHJP
C07F 15/02 20060101ALN20240308BHJP
【FI】
G01N27/333 331A
G01N27/02 D
G01N27/333 331C
G01N27/416 336G
A61K31/351
A61K31/4425
C09B23/14
C07F15/02
(21)【出願番号】P 2020108775
(22)【出願日】2020-06-24
【審査請求日】2023-02-14
(31)【優先権主張番号】P 2019120746
(32)【優先日】2019-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 慎也
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 祥夫
(72)【発明者】
【氏名】増田 佳丈
(72)【発明者】
【氏名】山根 茂
(72)【発明者】
【氏名】木村 辰雄
(72)【発明者】
【氏名】高島 一郎
(72)【発明者】
【氏名】長坂 和明
(72)【発明者】
【氏名】仲田 真理子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 智
(72)【発明者】
【氏名】チェ ピルギュ
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-101118(JP,A)
【文献】特開2017-063034(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0092387(US,A1)
【文献】SUN, W. et al.,Application of graphene-SnO2 nanocomposite modified electrode for the sensitive electrochemical detection of dopamine,Electrochimica Acta,2013年,Vol.87,p.317-322,doi.org/10.1016/j.electacta.2012.09.050
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/333
G01N 27/02
G01N 27/416
A61K 31/351
A61K 31/4425
C09B 23/14
C07F 15/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドーパミン検出用電極であって、
前記電極は金属酸化物ナノシート集積膜に被膜されており、かつ、前記金属酸化物ナノシート集積膜上に固定された分子プローブを含み、
前記分子プローブは、ドーパミン非存在下において鉄錯体を形成しており、かつ、ドーパミン存在下においてドーパミンと特異的に反応して鉄イオンを脱離する化合物であ
り、
前記分子プローブが、鉄錯体形成時に前記金属酸化物ナノシート集積膜との間で、鉄イオンに由来する電子の授受を生じるものである、電極。
【請求項2】
請求項
1に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記分子プローブが、イミノ二酢酸と水酸基とをオルト位に有するベンゼン環の構造を含むものである、電極。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記分子プローブが、鉄錯体から鉄イオンを不可逆的に脱離した際に蛍光に変化を生じる色素である、電極。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか一項に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記鉄錯体を形成する分子プローブが、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩である、電極:
A-S-B (I)
(ここで、式(I)中、Aは、下記の式(A-5)または(A-7)を示し:
【化1】
ここで、上記式(A-5)または(A-7)中のRは、水素原子;炭素数1から15の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基;フェニル基;フェニル基の一部をアミノ基、ハロゲン、ニトロ基に置換したフェニル基;アミノ基;シアノ基;ニトロ基;チオール基;水酸基若しくはその塩;またはハロゲンを示す。nは置換基Rの数を示す1~4の整数であって、nが2以上の場合、各Rは互いに同一であっても異なっていてもよい。また、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、Bは、下記式(B’)で表される:
【化2】
ここで、式(B’)中、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、SはC
2H
2を示す。)。
【請求項5】
請求項
4に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記鉄錯体を形成する分子プローブが、下記式で表される化合物である、電極。
【化3】
または、
【化4】
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか一項に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記金属酸化物ナノシート集積膜が、基板投影面積の100倍~500倍の表面積を有する、電極。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれか一項に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記金属酸化物ナノシート集積膜に対する前記分子プローブの固定が、水素結合により固定されたものである、電極。
【請求項8】
ドーパミン検出用センサであって、
請求項1~
7のいずれか一項に記載の電極からなるセンサ電極と、参照電極と、電圧制御部と、電流検出部とを備える、ドーパミン検出用センサ。
【請求項9】
被検試料中のドーパミンを検出する方法であって、
請求項
8に記載のドーパミン検出用センサのセンサ電極および参照電極を、ドーパミンを含む試料に接触させる工程と
前記センサ電極および参照電極に電圧を付加して、電極に流れる電流を測定する工程と、
前記工程により測定した余剰電流値と、ドーパミンを含まない試料における余剰電流値とを比較する工程とを含む、検出方法。
【請求項10】
請求項9に記載のドーパミンを検出する方法であって、
前記被検試料が脳であり、
前記センサ電極および参照電極を、ドーパミンを含む試料に接触させる工程が、脳内に前記センサ電極および参照電極を挿入する工程
(ただし、脳内にセンサ電極および参照電極を挿入される対象がヒトであることを除く)である、検出方法。
【請求項11】
ドーパミン検出用電極を製造する方法であって、
(a)電極上に、金属酸化物ナノシート集積膜を0℃~200℃の温度範囲で被膜する工程と
(b)前記工程(a)により得られた電極の金属酸化物ナノシート集積膜表面上に、分子プローブを固定する工程であって、前記分子プローブが前記分子プローブは、ドーパミン非存在下において鉄錯体を形成しており、かつ、ドーパミン存在下においてドーパミンと特異的に反応して鉄イオンを脱離する化合物である工程と、
を含
み、前記工程(b)の前に、電極上の金属酸化物ナノシート集積膜に対して親水化処理をする工程をさらに含む、製造方法。
【請求項12】
請求項
11に記載のドーパミン検出用電極を製造する方法であって、
前記工程(a)の後
かつ前記親水化処理の前に、金属酸化物ナノシート集積膜で被覆した電極を蒸留水中にて超音波処理する工程をさらに含む、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経伝達物質を選択的かつ高感度に計測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脳は無数の神経細胞が互いの信号を伝達しあうことによって、複雑な情報処理を実現している。その伝達過程は、細胞体における電気的発火、軸索の電気的伝達、シナプスからの神経伝達物質の分泌過程から構成されており、電気信号を化学物質の信号に変えることによって、次の神経細胞に情報を伝達している。中でもドーパミンは、人間の情動・運動・意欲・学習・薬物依存に係る重要な神経伝達物質であり、現在根本的な治療法が確立していないパーキンソン病をはじめとする神経変性疾患に対してもドーパミンが関与していることが知られている。このため、ドーパミンを選択的に計測でき、動的かつ局所的な挙動をリアルタイムで計測することができれば、脳神経に関する理解が深まると同時に、脳神経に関する理解が深まると同時に、神経変性疾患の早期診断に繋がる可能性を秘めるなど極めて重要な技術である。
【0003】
生体の脳における神経伝達物質を計測するという意味においては、マイクロダイアリシス法やボルタメトリー法という手法が知られている。マイクロダイアリシス法は、計測のためのプローブを脳内へ挿入して浸透圧を用いて物質を回収する方法であるが、この技術はプローブを挿入している1地点のみにおける神経伝達物質を計測する技術である。また、マイクロダイアリシス法は時間方向の解像度が悪く、定量性も高くない。また、ボルタメトリー法は、酸化還元電位を用いた方法により、神経伝達物質を計測する手法である。例えば、腹側被蓋野(ventral tegmental area; VTA)のドーパミンニューロンは前頭前皮質(Prefrontal cortex; PFC)に投射していることが解剖学的に知られているが(非特許文献1)、非特許文献2は、ボルタメトリー法を用いることで前頭前皮質にドーパミンが放出されることを明らかにしている。また、酸化還元電位が近い物質に関しては、物質の同定性が悪いという問題点を有していた(例えばドーパミンとアスコルビン酸との酸化還元電位は近いためそれぞれの物質の同定が困難であった)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Loughlin SE, Fallon JH: Substantia nigra and ventral tegmental area projections to cortex: topography and collateralization. Neuroscience 11: 425-435, 1984
【文献】Garris PA, Collins LB, Jones SR, Wightman RM: Evoked extracellular dopamine in vivo in the medial prefrontal cortex. J Neurochem 61: 637-647, 1993.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のボルタメトリーでは、選択性が低く、感度もそれほど高くない。マイクロダイアリシスでは、リアルタイム性が極端に低い。このため、脳内の化学動態を計測するためには、高い選択性と感度を持ったリアルタイム計測技術が、必要であった。本発明は、脳内の神経伝達物質の動態を、高い選択性および感度でリアルタイムに計測できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鉄錯体を形成するナノ色素であって、ドーパミンの存在下、ドーパミンと特異的に反応して鉄錯体が解離し、蛍光を発するナノ色素の性質について着目した。このような性質を有するナノ色素を、金属酸化膜を表面に有する電極上に固定したところ、当該ナノ色素はドーパミン未反応状態において鉄イオンを有するため、電極電位によって2価と3価の移行が生じ、その際に金属酸化膜との電子の授受が生じる。一方、ドーパミンと特異的に反応したナノ色素は鉄イオンが解離するためそのような電子の授受が生じない。この性質を利用し、電極電位を、(例えば三角波状に)変化させ、酸化還元電位をまたぐ電圧近傍で、鉄が2価と3価の間を移行する際の電子を電流として計測することを検討したところ、鉄イオンの有無による余剰電流の差異を確認することができた。
本発明は上記知見により完成されたものであり、以下の態様を含む。
すなわち、本発明は一態様において、
〔1〕ドーパミン検出用電極であって、
前記電極は金属酸化物ナノシート集積膜に被膜されており、かつ、前記金属酸化物ナノシート集積膜上に固定された分子プローブを含み、
前記分子プローブは、ドーパミン非存在下において鉄錯体を形成しており、かつ、ドーパミン存在下においてドーパミンと特異的に反応して鉄イオンを脱離する化合物である、電極に関する。
また、本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、
〔2〕上記〔1〕に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記分子プローブが、鉄錯体形成時に前記金属酸化物ナノシート集積膜との間で、鉄イオンに由来する電子の授受を生じるものであることを特徴とする。
また、本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、
〔3〕上記〔1〕または〔2〕に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記分子プローブが、イミノ二酢酸と水酸基とをオルト位に有するベンゼン環の構造を含むものであることを特徴とする。
また、本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、
〔4〕上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載のドーパミン検出用電極であって、
前記分子プローブが、鉄錯体から鉄イオンを不可逆的に脱離した際に蛍光に変化を生じる色素であることを特徴とする。
また、本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、
〔5〕上記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のドーパミンを検出用電極であって、
前記鉄錯体を形成する分子プローブが、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩である、電極:
A-S-B (I)
(ここで、式(I)中、Aは、下記の式(A-5)または(A-7)を示し:
【化1】
ここで、上記式(A-5)または(A-7)中のRは、水素原子;炭素数1から15の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基;フェニル基;フェニル基の一部をアミノ基、ハロゲン、ニトロ基に置換したフェニル基;アミノ基;シアノ基;ニトロ基;チオール基;水酸基若しくはその塩;またはハロゲンを示す。nは置換基Rの数を示す1~4の整数であって、nが2以上の場合、各Rは互いに同一であっても異なっていてもよい。また、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、Bは、下記式(B’)で表される:
【化2】
ここで、式(B’)中、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、SはC
2H
2を示す。)
また、本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、
〔6〕上記〔5〕に記載のドーパミン検出用電極であって、
前記鉄錯体を形成する分子プローブが、下記式で表される化合物である、電極:
【化3】
または、
【化4】
また、本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、
〔7〕上記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載のドーパミン検出用電極であって、
前記金属酸化物ナノシート集積膜が、基板投影面積の100倍~500倍の表面積を有することを特徴とする。
また、本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、
〔8〕上記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載のドーパミン検出用電極であって、
前記金属酸化物ナノシート集積膜に対する前記分子プローブの固定が、水素結合により固定されたものであることを特徴とする。
また、本発明は別の態様において、
〔9〕ドーパミン検出用センサであって、
上記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の電極からなるセンサ電極と、参照電極と、電圧制御部と、電流検出部とを備える、ドーパミン検出用センサに関する。
また、本発明は別の態様において、
〔10〕被検試料中のドーパミンを検出する方法であって、
上記〔9〕に記載のドーパミン検出用センサのセンサ電極および参照電極を、ドーパミンを含む試料に接触させる工程と、
前記センサ電極および参照電極に電圧を付加して、電極に流れる電流を測定する工程と、
前記工程により測定した余剰電流値と、ドーパミンを含まない試料における余剰電流値とを比較する工程とを含む、検出方法に関する。
ここで、本発明に関するドーパミンを検出する方法の一実施の形態は、
〔11〕上記〔9〕に記載のドーパミンを検出する方法であって、
前記被検試料が脳であり、
前記センサ電極および参照電極を、ドーパミンを含む試料に接触させる工程が、脳内に前記センサ電極および参照電極を挿入する工程であることを特徴とする。
また、本発明は別の態様において、
〔12〕ドーパミン検出用電極を製造する方法であって、
(a)電極上に、金属酸化物ナノシート集積膜を0℃~200℃の温度範囲で被膜する工程と
(b)前記工程(a)により得られた電極の金属酸化物ナノシート集積膜表面上に、分子プローブを固定する工程であって、前記分子プローブが前記分子プローブは、ドーパミン非存在下において鉄錯体を形成しており、かつ、ドーパミン存在下においてドーパミンと特異的に反応して鉄イオンを脱離する化合物である工程と、
を含む製造方法に関する。
また、本発明のドーパミン検出用電極を製造する方法の一実施の形態は、
〔13〕上記〔12〕に記載のドーパミン検出用電極を製造する方法であって、
前記工程(b)の前に、電極上の金属酸化物ナノシート集積膜に対して親水化処理をする工程をさらに含むことを特徴とする。
また、本発明のドーパミン検出用電極を製造する方法の一実施の形態は、
〔14〕上記〔12〕または〔13〕に記載のドーパミン検出用電極を製造する方法であって、
前記工程(a)の後に、金属酸化物ナノシート集積膜で被覆した電極を蒸留水中にて超音波処理する工程をさらに含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係るドーパミン検出用電極によれば、ドーパミンの計測方法に用いることで脳内の神経伝達物質の動態を、高い選択性および高い感度でリアルタイムに計測することができる。
また、本発明に係るドーパミン検出用電極は選択的にドーパミンと反応する化合物を用いているため、ボルタメトリーと比較して選択性が高い。アスコルビン酸などはドーパミンと酸化還元電位が近く、脳内の濃度も高いことが知られており、ボルタメトリーでは選択的にドーパミンを計測することが困難であった。しかしながら、本発明のドーパミン検出用電極を用いた計測方法によれば、アスコルビン酸などが存在する生体内においても例えばドーパミンを選択的に検出することが可能である。
また、マイクロダイアリシス方法は、浸透圧で実際に脳内の液を抽出するためサンプル調整に時間がかかり、いわゆるリアルタイム計測には困難が生じていた。しかしながら、本発明に係るドーパミン検出用電極を用いたドーパミンの計測方法によれば、リアルタイム計測が可能であり、この点において非常に優れている。なお、本発明の方法をマイクロダイアリシスで抽出した液に用いることも可能であり、その観点からマイクロダイアリシス法に本発明の計測方法により抽出したサンプルに対して応用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、24時間での製膜により白金板上に製膜された酸化スズナノシート集積膜の走査型電子顕微鏡写真である。
【
図2】
図2は、下記実施例1で製造した酸化スズナノシート集積膜上に固定化されたナノ色素との結合様式を示す概要図である。
【
図3】
図3は、下記実施例1で製造したドーパミン計測用電極の回路を示す概要図である。
【
図4】
図4は、下記実施例1で製造したドーパミン計測用電極回路において、電圧を印可した際の電子の授受、および、ドーパミン存在下におけるドーパミンとナノ色素との反応様式を示す概要図である。
【
図5】
図5は、下記実施例1で作製した回路に対して三角波状に電圧を付加した際の電流の計測結果を示す。
図5(A)は鉄錯体を形成しているナノ色素が固定化された電極における計測結果を示し、
図5(B)は鉄イオンが解離したナノ色素が固定化された電極における計測結果を示す。
【
図6】
図6は、下記実施例2で製造した、酸化スズナノシート集積膜により被覆した白金線を示す画像である。
【
図7】
図7は、24時間での製膜により白金針上に製膜された酸化スズナノシート集積膜の走査型電子顕微鏡写真である。
【
図8】
図8は、下記実施例2の製造工程であって、酸化スズナノシート集積膜を形成させた白金線上にナノ色素を固定化する工程を示す画像である。
【
図9】
図9は、下記実施例2で製造したドーパミン計測用電極の回路を示す概要図である。
【
図10】
図10は、下記実施例2で作製した回路に対して三角波状に電圧を付加した際の電流の計測結果を示す。
図10(A)は三角波の各サイクルでそろえた電流値を表すグラフを示す。ドーパミン追加前(1)と、追加後(2)の例を示す。
図10(B)は、余剰電流の計算法の一例を示す。
図10(C)は余剰電流の極大値と極小値との差の値を、経過時間に対してプロットしたグラフを示す。
【
図11】
図11は、24時間での製膜を2回繰り返すことにより白金板上に製膜された酸化スズナノシート集積膜の走査型電子顕微鏡写真である。
【
図12】
図12は、24時間での製膜を2回繰り返すことにより白金針上に製膜された酸化スズナノシート集積膜の走査型電子顕微鏡写真である。
【
図13】
図13は、24時間での製膜を2回繰り返し、さらに超音波処理を3時間実施することにより、白金板上に製膜された酸化スズナノシート集積膜の走査型電子顕微鏡写真である。
【
図14】
図14は、24時間での製膜を2回繰り返し、さらに超音波処理を3時間実施することにより、白金針上に製膜された酸化スズナノシート集積膜の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.ドーパミン検出用電極
本発明は一態様において、金属酸化物ナノシート集積膜に被膜されており、かつ、金属酸化物ナノシート集積膜上に固定された分子プローブを含むドーパミン検出用電極を提供する。当該ドーパミン検出用電極の金属酸化物ナノシート集積膜上に固定される分子プローブは、ドーパミン非存在下において鉄錯体を形成し、また、ドーパミン存在下においてドーパミンと特異的に反応して鉄イオンを脱離する化合物である。
【0010】
本明細書においてドーパミンとは下記式により示される構造を持つ化学物質で、生体においては、神経細胞(ドーパミンニューロン)から放出される神経伝達物質として作用する。
【化5】
【0011】
本発明に係る電極の材質は、ドーパミンを含む試料の計測に通常用いることのできるものであれば特に制限されない。電極の材質としては、白金、チタン、タングステンなどを挙げることができる。好ましい実施の形態において、電極の素材は白金である。本発明に係る電極の材質として白金を用いると安定した計測が出来、好ましい。
【0012】
電極の形状や大きさは、ドーパミン検出時の実施形態に合わせて適時設計することができる。電極の形状は、例えば針状、板状とすることができる。本発明のドーパミン検出用電極の好ましい実施の形態は、脳内におけるドーパミン検出に用いられる形態である。このときドーパミン検出用電極は針状(直径数百μm以下(300μm以下など)、全長1~20cm程度)とすることが好ましい。
【0013】
本発明に係る電極は、その一部をガラス、シリコーン、エポキシ、パリレン樹脂等でコーティングすることで、電極のコーティングされていない領域をセンサとして用いることができる。以下に限定されないが、電極の先端以外をコーティングすることで、電極の先端のみをドーパミン検出のためのセンサとすることができる。電極のコーティングの手法は公知の手法に準じて行うことができる。
【0014】
本発明に係るドーパミン検出用電極は、半導体製膜技術によりセンサ部分が高度表面化されており顕著に大きな表面積を有する。本発明のドーパミン検出用電極の一実施の形態は、基板投影面積の100倍~500倍の表面積を有するものである。なお、電極の基板投影面積は外形寸法から算出すること等により測定し、また電極の表面積は窒素吸着測定等により測定する。
【0015】
増大した表面積を有する高度表面化したドーパミン検出用電極は、電極表面に対して半導体金属酸化物を一定の温度条件に保ったまま接触させることで製造することができる。電極表面に半導体金属酸化物を接触させる方法は、半導体金属イオンを含む水溶液を接触させればよい。接触の方法は、これらの水溶液に基材を浸漬してもよいし、基材にこれらの水溶液を吹きかけてもよい。半導体金属イオンを含む水溶液として、好ましくはスズイオンを含む水溶液を挙げることができる。
【0016】
スズイオンを含む水溶液としては、例えばSnF4(フッ化スズ)、SnCl4(四塩化スズ)、SnCl2(二塩化スズ)、SnCl2・2H2O(塩化スズ二水和物)、SnCl4・5H2O(塩化スズ五水和物)、SnBr2(臭化スズ)、SnI2(ヨウ化スズ)、SnI4(ヨウ化スズ)、酢酸スズ、シュウ酸スズ、ステアリン酸スズ、硫酸スズ、酒石酸スズ、テトラフルオロホウ酸スズ、またはトリフルオロメタンスルホン酸スズを水に溶解して作製したものを用いることができる。スズイオンを含む水溶液としてSnF4(フッ化スズ)を用いる場合、例えば、20mM~30mMフッ化スズ水溶液とする。
本発明に係る電極を被覆するその他の半導体金属酸化物としては、例えば、二酸化チタン、酸化亜鉛などを挙げることができる。チタンイオンを含む水溶液としては、フッ化チタン酸アンモニウムとホウ酸を溶解して作製したものを用いることができる。また、亜鉛イオンを含む水溶液は、硝酸亜鉛とエチレンジアミンを溶解した水溶液を調製して用いることができる。50℃、24時間反応させることで調製合成できる。
半導体金属イオンを含む溶液への接触は、0℃~200℃の温度範囲で10分~7日間行う。スズイオンを含む水溶液への接触は、より好ましくは、80℃~100℃の温度範囲で、6時間から24時間行う。100℃以上の合成条件では、水熱容器を用いることもできる。また例えば、チタンイオンを含む水溶液への接触は、50℃、24時間行うことができ、また、亜鉛イオンを含む水溶液への接触は、60℃、6時間行うことができる。半導体金属イオンを含む溶液の接触後、流水により電極を洗浄しエアーブロー等により水滴を除去して乾燥させることで、高度表面化した金属酸化物ナノシート集積膜により被覆された電極を得ることができる。このとき、高度表面化した金属酸化物ナノシート集積膜は、電極の基板投影面積に対して100倍~500倍の表面積を有する。
なお、金属酸化物ナノシート集積膜の表面積は、半導体金属イオンを含む溶液への接触工程を繰り返すことで増大させることができる。
【0017】
また好ましい実施の形態においては、金属酸化物ナノシート集積膜を電極表面上に被覆させた後、金属酸化物ナノシート集積膜以外の不純物を除去する工程を含む。不純物を除去する工程は、例えば、蒸留水中にて金属酸化物ナノシート集積膜で被膜した電極に対して超音波処理を10分~10時間施すことで行うことができる。これにより、表面に付着している凝集粒子を除去するとともに、金属酸化物ナノシート集積膜以外の不純物を除去でき、高い比表面積、高い導電性、高い表面修飾特性、高いセンサ特性を得ることができる。超音波の付与は、例えば超音波洗浄器(アズワン製ASU-6Dなど)などの公知の装置を用いて行うことができる。
【0018】
本発明のドーパミン検出用電極は、電極を被覆する金属酸化物ナノシート集積膜上に固定された鉄錯体を形成する分子プローブを含む。
本発明に用いることのできる鉄錯体を形成する分子プローブは、鉄イオン存在下において鉄錯体を形成するものである。当該分子プローブは、ドーパミンと反応することによって鉄イオンが脱離する(
図2に概要図を例示する)。本発明に係るドーパミン検出用電極を用いたドーパミンの計測は、ドーパミンと未反応の分子プローブを対照として用いる。ドーパミン未反応の分子プローブは鉄イオンと錯体を形成しており、このとき電極電位によって2価と3価の移行が生じ、その際に金属酸化物ナノシート集積膜との電子の授受が生じる。その性質を利用し、電極電位を、(例えば三角波状に)変化させ、酸化還元電位をまたぐ電圧近傍で、鉄イオンが2価と3価の間を移行する際の電子を電流として計測するものである。
【0019】
このような分子プローブとしては、例えば、特開2017-101118号公報および特開2017-101957号公報に開示されるドーパミン検出用蛍光色素を挙げることができる。
本発明に用いることのできる分子プローブとして具体的には、イミノ二酢酸基またはイミノ二酢酸誘導体基と水酸基とを構造の一部に有する化合物であって、当該構造と鉄イオン(II)とが錯体を形成可能である化合物またはその鉄錯体を分子プローブとして使用することができる。ここで、当該分子プローブは、鉄イオンの存在下で鉄錯体を形成する。一方で、ドーパミンの存在下ではドーパミン特異的に鉄イオンの脱離が生じ、鉄錯体の形成は阻害される。このような、分子プローブの鉄錯体形成における変化により、金属酸化物ナノシート集積膜との電子の授受に変化が生じ、ドーパミンを特異的に検出することができる。なお、当該分子プローブは、イミノ二酢酸基またはイミノ二酢酸誘導体基および水酸基を有する構造を有する。ここで、イミノ二酢酸誘導体基とは、例えば、-N(C2H4CO2H)2、-N(C3H6CO2H)2等を挙げることができる。
【0020】
また、分子プローブは、上記構造における鉄錯体形成の有無により蛍光強度に変化を生じる構造をさらに有することもできる。なお、分子プローブの構造の一部に蛍光強度に変化を生じる蛍光色素の構造を有すると、当該分子プローブを金属酸化物ナノシート集積膜上に固定した際の確認に蛍光を利用することができること、および金属酸化物ナノシート集積膜上に固定した分子プローブとドーパミンとの反応をクロスチェック出来る点において好ましい。鉄錯体形成の有無により蛍光強度に変化を生じる構造としては、例えば、ナフタレン、アントラセン、ピレン、ビフェニル、クマリン、ベンゾチアゾール、フルオレセイン、ローダミン、ビピリジン、キノリン、フェナントロリン、シアノピラニル、ピリジンなどの多環芳香族化合物、複素環化合物の構造を挙げることができる。また、イミノ二酢酸基またはイミノ二酢酸誘導体基および水酸基を有する構造と、鉄錯体形成の有無により蛍光強度に変化を生じる構造とはリンカー(-C2H2-等)により連結していてもよい。
【0021】
なお、好ましい一形態として、イミノ二酢酸基またはイミノ二酢酸誘導体基と水酸基とは、ベンゼン環の側鎖として、互いにオルト位に結合している構造を挙げることができる。このような形態においては、当該ベンゼン環に対して、さらに、鉄錯体形成の有無により蛍光強度に変化を生じる構造が連結する。このようなドーパミンを特異的に検出可能な蛍光化合物としては、以下に限定されないが、例えば、カルセインブルー鉄錯体、(E)-2,2'-(5-(2-(4-(dicyanomethylene)-6-methyl-4H-pyran-2-yl)vinyl)-2-hydroxybenzyl azanediyl)diacetic acidの鉄錯体、および、(E)-4-(3-((bis(carboxymethyl)amino)methyl)-4-hydroxystyryl)-1-undecylpyridinium bromideの鉄錯体等を挙げることができる。また、これらの具体的な化合物において、蛍光を生じる構造部分が、上記に列挙した他の蛍光を生じる環芳香族化合物や複素環化合物の構造と置換されたものも使用することができる。
【0022】
一実施の形態において、本発明に用いることのできる分子プローブは、下記一般式(I)で示すことができる化合物である:
A-S-B (I)
(ここで、式(I)中、Aは、下記の式(A-1)~(A-13)からなる群より選択されるいずれか一つを示し:
【化6】
【化7】
ここで、上記に列挙される各式(A-1)~(A-13)中のRnは、水素原子;炭素数1から15の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基;炭素数1~10の直鎖型若しくは分枝型のエーテル;フェニル基;フェニル基の一部をアミノ基、ハロゲン、ニトロ基に置換したフェニル基;アミノ基;シアノ基;ニトロ基;カルボン酸若しくはその塩若しくはエステル若しくはアミド;スルホン酸若しくはその塩若しくはエステル若しくはアミド;チオール基;水酸基若しくはその塩;ケトン;ハロゲン;または糖を示す。nは置換基Rの数を示す1~8の整数であって、nが2以上の場合、各Rは、互い同一であっても異なっていてもよい。また、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、Bは、下記式(B)で表される:
【化8】
ここで、式(B)中、R1、R2、R3は、互いに独立に、水素原子、炭素数1~10の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、炭素数1~10の直鎖型若しくは分枝型のエーテル、フェニル基、フェニル基の一部をアミノ基、ハロゲン、ニトロ基に置換したフェニル基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボン酸若しくはその塩若しくはエステル若しくはアミド、スルホン酸若しくはその塩若しくはエステル若しくはアミド、チオール基、水酸基若しくはその塩、ケトン、ハロゲン、糖を示す。また、n1およびn2は、互いに独立に、1~3の数字である。また、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、Sは炭素数1~4のアルキル基、炭素数1~4のアルケニル基、または、炭素数1~4のアルキニル基を示す。)
【0023】
一実施の形態において、分子プローブとしてより好ましい化合物は下記式で示される化合物である:
下記一般式(I)で表される化合物またはその塩:
A-S-B (I)
(ここで、式(I)中、Aは、下記の式(A-5)または(A-7)を示し:
【化9】
ここで、上記式(A-5)または(A-7)中のRは、水素原子;炭素数1から15の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基;フェニル基;フェニル基の一部をアミノ基、ハロゲン、ニトロ基に置換したフェニル基;アミノ基;シアノ基;ニトロ基;チオール基;水酸基若しくはその塩;またはハロゲンを示す。nは置換基Rの数を示す1~4の整数であって、nが2以上の場合、各Rは互いに同一であっても異なっていてもよい。また、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、Bは、下記式(B’)で表される:
【化10】
ここで、式(B’)中、※はSとの結合手を示す。
また、式(I)中、SはC
2H
2を示す。)
【0024】
一実施の形態において、分子プローブとしてさらに好ましい化合物は、下記式で示される化合物である:
【化11】
または、
【化12】
【0025】
分子プローブの金属酸化物ナノシート集積膜上への固定は、まず、分子プローブのメタノール溶液(0.1mM, 20mL)に塩化鉄(II)(0.1mM)を加え、1時間撹拌した後、溶媒を減圧留去することによって分子プローブの鉄錯体を調製し、当該メタノール溶液中に溶解させた分子プローブ鉄錯体(例えば、100~500μM)を、電極表面を被覆する金属酸化物ナノシート集積膜表面に滴下後、乾燥(約30分間以上)させて固定することができる。また、乾燥処理後に余剰の分子プローブを除去するために水で洗浄を行うことが好ましい。なお、分子プローブの固定化の確認は、分子プローブが蛍光を生じる構造を有する場合、当該分子プローブから発生される蛍光をモニタリングすることによって確認することができる。
一実施の形態においては、分子プローブの金属酸化物ナノシート集積膜上への固定化の前に、金属酸化物ナノシート集積膜を形成させた電極を親水化処理しておくことが好ましい。親水化処理の方法は、白金線などの電極に対して光表面処理装置のUVランプの光を当てることで親水化処理することができる。親水化処理は、1分~1時間の露光時間範囲、0℃~100℃の温度範囲にて行うことができる。金属酸化物ナノシート集積膜を予め親水化処理しておくことで、親水性となり好ましい。なお、金属酸化物ナノシート集積膜を電極に被覆したのち、超音波処理により不純物質を取り除く工程を含む場合、親水化処理工程は、当該超音波処理工程の後に行われる。
【0026】
2.ドーパミン検出用センサ
本発明の別の態様は、上記の電極からなるセンサ電極と、参照電極と、電圧制御部と、電流検出部とを備える、ドーパミン検出用センサを提供する。
本発明に係るドーパミン検出用センサに用いることのできる参照電極としては、酸化還元反応が起こりにくい材質であればよく、例えば、白金を用いることができる。
電圧制御部は、試料中のドーパミン測定時に、センサ電極および参照電極に電圧を付加できるものであれば制限されず、公知の電圧制御装置を用いることができる。
電流検出部は、試料中のドーパミン測定中のセンサ電極および参照電極に流れる電流を検出および/または記録できるものであれば良く、公知の電流検出装置を用いることができる。
ドーパミン検出用センサは、ドーパミン測定に際しその他公知の構成を備えることもできる。ドーパミン検出用センサの一実施の形態は、センサ電極、参照電極、電圧制御部、および、電流検出部に加えて対極電極を備える構成である。
【0027】
3.ドーパミンの検出方法
本発明の別の態様は、上記ドーパミン検出用センサを用いたドーパミンの検出方法に関する。具体的には、被検試料中のドーパミンを検出する方法であって、上記のドーパミン検出用センサのセンサ電極および参照電極を、ドーパミンを含む試料に接触させる工程と、前記センサ電極および参照電極に電圧を付加して、電極に流れる電流を測定する工程と、前記工程により測定した余剰電流値と、ドーパミンを含まない試料における余剰電流値とを比較する工程とを含む、検出方法に関する。
【0028】
本発明に係るドーパミン検出用電極を用いて検出または測定するドーパミンを含む試料は、金属酸化物ナノシート集積膜上の分子プローブがドーパミン特異的に鉄イオンを脱離して、分子プローブ上の鉄イオンの存在の有無による電流値の差を検出できる限りにおいて限定されない。本発明に係るドーパミン検出用電極を用いたドーパミン検出または測定方法の好ましい実施の形態においては、生体内(in vivo)におけるドーパミンの検出または測定であるが、生体外(in vitro)の試料を対象とすることもできる。ドーパミンを検出または測定する対象の試料としては、以下に限定されないが、ドーパミンを放出する神経細胞(群)、または、それ(ら)を含む組織もしくは器官を挙げることができ、具体的には、ドーパミン神経細胞(群)、または、脳、副腎、心臓、もしくは四肢等のドーパミン神経細胞を含む脊椎動物一個体のうちのいずれの部位を挙げることができる。また、脊椎動物に限らず、神経系を有する真正後生動物(例えば、線虫など)であれば、当該生物由来のドーパミン神経細胞、または、それを含む組織もしくは器官であってもよい。
本発明に係るドーパミン検出用電極を用いたドーパミン検出または測定の対象となる神経細胞の由来となる生物は、ヒト、マウス、ラット、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、フェレット等の哺乳類、もしくは、鳥類、爬虫類、両生類、魚類等の脊椎動物を挙げることができ、特に制限されない。また、神経細胞の由来となる生物は、上述のように、無脊椎動物等を含む真正後正動物であってもよい。
【0029】
本発明の方法による神経伝達物質の検出は、麻酔下にある動物の脳の神経細胞に対して行うこともできるし、脳もしくは他の臓器、もしくは、その一部(組織、細胞)を生体より取り出したもの、または、それらを培養したものに含まれる神経細胞に対して行うこともできる。また、幹細胞等から培養により分化した神経細胞や幹細胞等の培養により形成した組織(例えば、脳(様)組織)に含まれる神経細胞に対して行うこともできる。
すなわち、ドーパミンを検出する方法は一実施の形態として、被検試料が脳であり、センサ電極および参照電極を、ドーパミンを含む試料に接触させる工程が、脳内にセンサ電極および参照電極を挿入する工程である、実施の形態を含む。
【0030】
センサ電極および参照電極に電圧を付加して、電極に流れる電流を測定する工程において、電圧の付加は、ドーパミンの酸化・還元電位を含む範囲(すなわち、余剰電流が検出できる範囲)となるように付加できればよい。以下に限定されないが、例えば―3~3(V)の範囲とすることができる。好ましい実施の形態において、電圧の付加は上記範囲内において三角波状となるように付加する形態である。
【0031】
電圧を付加することにより、センサ電極および参照電極に流れる電流を電流検出部により検出および/または記録することができる。測定された電流測定値より余剰電流値を求めることができる。ここで、本明細書において余剰電流とは、鉄イオンが酸化(還元)され、電子が電極へ流入(電極から流出)した際に生じる電流をいう。被検試料の測定により得られた余剰電流の変化を検出することにより、試料中のドーパミン濃度の変化を検出する。具体的には、余剰電流の定量方法の一例として、酸化還元電位近傍における電流の極大値と極小値との差を指標として定量出来る。
【0032】
以下に、実施例をもって本発明を具体的に説明する。ただし、以下の実施例は単に例示するのみであり、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
以下に、実施例をもって本発明を具体的に説明する。ただし、以下の実施例は単に例示するのみであり、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
(実施例1.ドーパミン検出用電極の製造)
1-1.酸化スズナノシート集積膜の製造
1cm四方のサイズの白金板を、90℃の25mMフッ化スズ水溶液に24時間浸し、白金板上に酸化スズナノシート集積膜を形成させた。その際、溶液の温度制御が、単位質量当たりの表面積の増大に重要なファクターであった。短時間でも溶液温度が低下した場合、成長するナノシートの自形の発達が抑制され、ナノサイズの均一な厚さとフラットな結晶面を有するシート形状がくずれ、不定形粒子形状に近づくため、単位質量当たりの表面積が減少してしまう。一度、結晶表面や自形の発達が乱れた結晶は、その後に温度を昇温した場合でも、結晶欠陥や構造の乱れを引き継いで結晶成長を続けることとなる。そのため、短時間の温度低下も抑制した精密合成が必要となる。温度を90℃の範囲に制御することによって、基板投影面積の200倍以上の高表面積を有する酸化スズナノシート集積膜が形成された(
図1)。
【0034】
1-2.酸化スズナノシート集積膜への分子プローブの固定
次に、ドーパミンと反応する分子プローブを、上記で製造した酸化スズナノシート集積膜上に固定化させた。分子プローブとしては、下記式で表されるナノ色素の鉄錯体((E)-4-(3-((bis(carboxymethyl)amino)methyl) -4-hydroxystyryl)-1-undecylpyridinium bromideの鉄錯体)を用いた。
【化13】
上記式のナノ色素は鉄イオンと錯体を形成しており、ドーパミンと特異的に反応することで鉄イオンが脱離し、蛍光(励起波長:591nm、蛍光波長:625nm)を生じる。
【化14】
上記ナノ色素の酸化スズナノシート集積膜への具体的な固定方法は、メタノールに溶解させたナノ色素(500μM)を、上記酸化スズナノシート集積膜表面に50μL滴下後、乾燥(30分間)させ、乾燥処理後に余剰のナノ色素を除去するために水で洗浄を行った。固定化の確認は、ナノ色素から発生される蛍光をモニタリングすることによって実施した。酸化スズナノシート集積膜表面へのナノ色素の吸着は、ナノ色素が有するフェノール性水酸基と酸化スズナノシート集積膜との水素結合が関与していると考えられる(
図2)。また、別の白金板上に上記と同様にして、ドーパミンと反応することによって作られる分子(鉄イオンが脱離した状態の分子)も、酸化スズナノシート集積膜上に固定化させた。
【0035】
1-3.電極の作製および電流の測定
分子プローブを固定化した基板上の中心2mm四方程度を残して、その周囲をシリコーン接着剤によって絶縁した。白金板の裏面(白金が露出)に銅線を設置し、
図3の回路を組んだ。反対極は白金板を用いた。この回路では、電極に三角波状の電圧をかけ、電極にかかる電圧と、電極を流れる電流を計測するものである。分子プローブは、ドーパミンと反応前はFe(II)が付いた状態だが、ドーパミンと反応後にFe(II)が外れる。Fe(II)は電圧によって、Fe(II)とFe(III)+e-との可逆的な酸化還元反応が生じるため、三角波状に電圧を変化させるとFeイオンから半導体膜へ電子の授受が繰り返し生じる。一方、ドーパミンと反応後の分子プローブは鉄イオンが外れているため、このような電子の授受は生じない(
図4)。
作製した回路に対して三角波状に電圧を付加した際の電流の計測結果を
図5に示す。
図5(A)(B)のパネルは、2種類の分子プローブ(ドーパミン反応前の鉄イオン錯体を形成している分子と反応後に相当する鉄イオンが脱離した分子)を固定化した際の結果であり、点線が電圧、実線が電流を示す。
図5(A)のドーパミン反応前の分子では、電圧の変化に伴い、過剰な電流が流れた(
図5(A)中の矢印)。一方、
図5(B)のドーパミン反応痕の分子では、このような過剰な電流が観察されなかった。この過剰電流を定量することによって、電極がドーパミンと反応した積分値を得ることが出来る。
【0036】
(実施例2.ドーパミンの検出)
2-1.製膜
白金線(φ0.40、約4cm)をテフロン(登録商標)テープにて、スライドグラスに貼付し、90℃のフッ化スズ水溶液に24時間浸し、白金線上に酸化スズナノシート集積膜を形成させた(
図6)。溶液は、強い撹拌によりフッ化スズの混合から10秒後にはフッ化スズ粉体が目視確認できない程度に高い混合状態にて調製した。白金線とスズイオンとの接触が高い頻度で進行することとし、結晶成長による酸化スズ構造の形成を進行させた(
図7)。
【0037】
2-2.親水化処理
酸化スズナノシート集積膜を形成させた白金線を、光表面処理装置のUVランプの光が線に直行して当たるように設置し、向きを変えながら合計180分間(60分×3)、親水化処理を行った。
【0038】
2-3.分子プローブの固定
親水化処理後、酸化スズナノシート集積膜を形成させた白金線を、メタノールに溶解したナノ色素(500μM)に、36時間、室温で浸し、乾燥を防ぐため全体をパラフィンシートで覆った(
図8)。
【0039】
2-4.電流計測
酸化スズナノシート集積膜を形成させた白金線上に色素を固定した後、電極先端を、2~3mm程度を残し、シリコーン接着剤によって絶縁した。
図9の回路を用い、電極に三角波状の電圧をかけ(
図9:印加電圧)、電極にかかった電圧(
図9:電圧計)と、電極を流れる電流(
図9:電流計)を計測した。対極に白金線を用いた。実験中、ドーパミン溶液を、5回、加えた。
【0040】
2-5.計測結果
計測結果を
図10に示す。
図10(A)は、三角波の各サイクルでそろえた電流値を表示したもので、ドーパミン溶液を滴下前(1)と4回滴下後(2)を描画した。
図10(B)に、
図10(A)の拡大図を示す。
図10(C)では、余剰電流のピークの値を、経過時間に対してプロットした。ドーパミンの滴下により、余剰電流値の減少が確認できた。なお、試験管内には約0.55mlの生理食塩水が入っており、ドーパミンの滴下は1回につき、100μMのドーパミン溶液50μlとした。ドーパミン溶液を4回滴下したことにより、余剰電流の極大値と極小値との差の値において、約10μA程度の電流変化が観察された。
【0041】
(実施例3.ドーパミン検出用電極の製造)
3-1.酸化スズナノシート集積膜の製造
1cm四方のサイズの白金板を用いて、実施例1と同様に酸化スズナノシート集積膜を製膜した。その後、酸化スズナノシート集積膜を製膜した1cm四方のサイズの白金板を用いて、再度、実施例1と同じ方法にて、酸化スズナノシート集積膜を製膜した。これにより、1cm四方のサイズの白金板上に、酸化スズナノシート集積膜を、積層するように2回製膜した(
図11)。
【0042】
(実施例4.ドーパミン検出用電極の製造)
4-1.酸化スズナノシート集積膜の製造
白金線(φ0.40、約4cm)を用いて、実施例2と同様に酸化スズナノシート集積膜を製膜した。その後、酸化スズナノシート集積膜を製膜した白金線を用いて、再度、実施例2と同じ方法にて、酸化スズナノシート集積膜を製膜した。これにより、白金線上に、酸化スズナノシート集積膜を、積層するように2回製膜した(
図12)。
【0043】
上記実施例3および4で製造された電極は酸化スズナノシート集積膜の製膜工程を繰り返すことで表面積が拡大し、これにより固定されるプローブ分子の数が増える。結果として、ドーパミン測定時の余剰電流が増え、SNが上昇する。
【0044】
(実施例5.ドーパミン検出用電極の製造)
5-1.酸化スズナノシート集積膜の製造
実施例3により、1cm四方のサイズの白金板上に、酸化スズナノシート集積膜を、積層するように2回製膜した後、蒸留水中にて超音波処理を3時間施した。これにより、表面に付着している凝集粒子を除去するとともに、酸化スズナノシート集積膜以外の不純物を除去した(
図13)。
【0045】
(実施例6.ドーパミン検出用電極の製造)
6-1.酸化スズナノシート集積膜の製造
実施例4により、白金線(φ0.40、約4cm)上に、酸化スズナノシート集積膜を、積層するように2回製膜した後、蒸留水中にて超音波処理を3時間施した。これにより、表面に付着している凝集粒子を除去するとともに、酸化スズナノシート集積膜以外の不純物を除去した(
図14)。
【0046】
上記実施例5および6で製造された電極は、表面に付着している凝集粒子や酸化スズナノシート集積膜以外の不純物が除去される。これにより、超音波処理していない電極と比較して、高い比表面積、高い導電性、高い表面修飾特性、高いセンサ特性を得ることができる。