(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-08
(45)【発行日】2024-03-18
(54)【発明の名称】単分子誘電体膜および単分子誘電体膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 25/45 20060101AFI20240311BHJP
【FI】
C01B25/45 Z
(21)【出願番号】P 2020128339
(22)【出願日】2020-07-29
【審査請求日】2023-01-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「ペタビット時代を支える革新的分子ストレージング技術の確立」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西原 禎文
(72)【発明者】
【氏名】藤林 将
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-095334(JP,A)
【文献】特開2017-168670(JP,A)
【文献】米国特許第05364568(US,A)
【文献】特表2005-533371(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 25/45
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単分子誘電体を含む単分子誘電体膜であって、
前記単分子誘電体は、次式:X
m+a[M
n+⊂P
5W
30O
110](式中、M
n+はP
5W
30O
110分子に包接されている金属イオンを示し、X
m+はK
+を除くカウンターカチオンを示す。a個のX
m+は互いに同一であっても異なっていてもよい。)で表され、
前記M
n+
としてテルビウムイオン(Tb
3+
)を包接し、前記X
m+
としてテトラブチルアンモニウムイオン(TBA
+
)を有し、
平面視の透過電子顕微鏡像において干渉縞を示す部分を有する単分子誘電体膜。
【請求項2】
単分子誘電体を含む単分子誘電体膜の製造方法であって、
次式:X
m+a[M
n+⊂P
5W
30O
110](式中、M
n+はP
5W
30O
110分子に包接されている金属イオンを示し、X
m+はK
+を除くカウンターカチオンを示す。a個のX
m+は互いに同一であっても異なっていてもよい。)で表され
、前記M
n+
としてテルビウムイオン(Tb
3+
)を包接し、前記X
m+
としてテトラブチルアンモニウムイオン(TBA
+
)を有する単分子誘電体を含む単分子誘電体膜をアニール処理し、該単分子誘電体膜の分子配向性を高めることを含む単分子誘電体膜の製造方法。
【請求項3】
前記アニール処理が、前記単分子誘電体膜の成膜後の加熱処理である請求項2に記載の単分子誘電体膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単分子誘電体膜および単分子誘電体膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、単一の分子で強誘電体の様な性質および挙動を示すことのできる単分子誘電体が知られている。Preyssler型ポリオキソメタレート(POM)は単分子誘電体として機能する分子構造である。Preyssler型POMのPOM骨格内には、2つの安定包接部が存在する。POM骨格内に包接された金属イオンは、電場をかけることによって安定包接部間を移動し、分子分極を変化させることが可能である。この特性を利用して、Preyssler型POMはメモリへの応用が期待されている(特許文献1)。
【0003】
しかし、Preyssler型POMに熱が加わると、カウンターカチオンがPOM骨格内に侵入することが知られている(非特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Akio Hayashi,Muh. Nur Khoiru Wihadi,Hiromi Ota,Xavier Lopez,Katsuya Ichihashi,Sadafumi Nishihara,Katsuya Inoue,Nao Tsunoji,Tsuneji Sano,Masahiro Sadakane,“Preparation of Preyssler-type Phosphotungstate with One Central Potassium Cation and Potassium Cation Migration into the Preyssler Molecule to form Di-Potassium-Encapsulated Derivative”ACS Omega 2018, 3, 2363-2373
【文献】Muh. Nur Khoiru Wihadi,Akio Hayashi,Tomoji Ozeki, Katsuya Ichihashi,Hiromi Ota,Masaru Fujibayashi,Sadafumi Nishihara,Katsuya Inoue,Nao Tsunoji,Tsuneji Sano,Masahiro Sadakane,“Synthesis of Preyssler-Type Phosphotungstate with Sodium Cation in the Central Cavity through Migration of the Ion”Bull. Chem. Soc. Jpn. 2020, 93, 461-466
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
Preyssler型POM分子に熱が加わり、カウンターカチオンがPOM骨格に侵入すると、2つの安定包接部の両方がイオンに占有され、結果、安定包接部間のイオンの移動が抑制されて分子分極を示さなくなるおそれがある。また、カウンターカチオンがPOM骨格に侵入すると、侵入したカウンターカチオンと、もとより包接されていた金属イオンとが置換され、結果、メモリ性能が変化してしまうおそれがある。メモリ性能を変化させないだけでなく、メモリ性能を向上させるためには、熱安定性および配向性に優れた単分子誘電体膜を用いる必要がある。
【0007】
本開示は上記実情に鑑みてなされたものであり、カウンターカチオンによって分子構造が変化することのない、熱安定性および配向性に優れた単分子誘電体膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本実施形態の分子メモリは、
単分子誘電体を含む単分子誘電体膜であって、
前記単分子誘電体は、次式:Xm+
a[Mn+⊂P5W30O110](式中、Mn+はP5W30O110分子に包接されている金属イオンを示し、Xm+はK+を除くカウンターカチオンを示す。a個のXm+は互いに同一であっても異なっていてもよい。)で表され、
平面視の透過電子顕微鏡像において干渉縞を示す部分を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本実施形態によれば、熱安定性および配向性に優れた単分子誘電体膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態1に係る単分子誘電体の分子構造の一例を平面視して示す模式図である。
【
図2】実施形態1に係る単分子誘電体の分子構造の一例を側面視して示す模式図である。
【
図3】比較形態1に係る単分子誘電体のIRスペクトルを示すグラフである。
【
図4】実施形態1に係る単分子誘電体のIRスペクトルを示すグラフである。
【
図5】単分子誘電体膜の製造方法を示すフローチャートである。
【
図6】実施形態1に係る単分子誘電体膜の成膜直後のTEM像を示す図である。
【
図7】実施形態1に係る単分子誘電体膜のアニール処理後のTEM像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明の要旨を変更しない範囲において、適宜変更して適用することができる。
【0012】
(単分子誘電体の分子構造)
図1は、本実施形態に係る単分子誘電体の分子構造の一例を平面視して示す模式図であり、
図2は、側面視して示す模式図である。単分子誘電体は、
図1および
図2に示すように、分子骨格内に金属イオンを包接するPreyssler型のポリオキソメタレート(POM)分子と、カウンターカチオンから構成され、X
m+
a[M
n+⊂P
5W
30O
110]で表される。式中、M
n+はPOM分子(P
5W
30O
110分子)に包接されている金属イオンを示し、X
m+はK
+を除くカウンターカチオンを示す。a個のX
m+は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、式X
m+
a[M
n+⊂P
5W
30O
110]、
図1および
図2において、価数を示すmおよびnは表記の一例である。カウンターカチオンX
m+は必ずしも1種類ではなく、価数の異なるカウンターカチオンが混在していてもよい。
【0013】
-ポリオキソメタレート分子-
ポリオキソメタレート分子は、化学式P5W30O110で表されるPreyssler型のPOM骨格内に金属イオンMn+を1つ包接している。このPreyssler型のPOM骨格は回転軸方向に短く、径方向に長い略扁平回転楕円体状であり、その回転軸に沿って延びる連通孔を1つ有し、連通孔内の一方の開放端側と他方の開放端側とに、それぞれ金属イオンMn+の安定包接部を有する。POM骨格は、2つの安定包接部のうち一方の安定包接部に金属イオンMn+を有し、他方の安定包接部は中空である。
【0014】
-金属イオン-
金属イオンMn+は、POM骨格内の、一方の安定包接部に包接され、中空の他方の安定包接部へ移動可能である。金属イオンMn+が一方の安定包接部に包接された状態で単分子誘電体は分子分極を示す。
【0015】
金属イオンMn+は、ナトリウムイオン(Na+)およびランタノイドイオンからなる群より選択される1種であることが望ましい。例えば、ナトリウムイオン(Na+)、ガドリニウムイオン(Gd3+)、テルビウムイオン(Tb3+)、ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ホルミウムイオン(Ho3+)、エルビウムイオン(Er3+)、ツリウムイオン(Tm3+)、イッテルビウムイオン(Yb3+)からなる群より選択される1種である。
【0016】
また、他の金属イオンMn+として、例えば、カルシウムイオン(Ca2+)、プラセオジムイオン(Pr3+)、ネオジムイオン(Nd3+)、サマリウムイオン(Sm3+)、ユウロピウムイオン(Eu3+)、ルテチウムイオン(Lu3+)、セリウムイオン(Ce4+,Ce3+)、イットリウムイオン(Y3+)、ビスマスイオン(Bi3+)、ウランイオン(U4+)、ランタンイオン(La3+)、トリウムイオン(Th4+)を用いた場合も、ポリオキソメタレート分子は安定であり、POM骨格内で金属イオンが一方の安定包接部に包接された状態で分子分極を示すと推測される(Jorge A. Fernandez, Xavier Lopez, Carles Bo, Coen de Graaf, Evert J. Baerends, Josep M. Poblet, J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 40, 12244-12253参照)。
【0017】
-カウンターカチオン-
カウンターカチオンXm+は、単分子誘電体膜が平面視の透過電子顕微鏡像において干渉縞を示す部分を有することが可能であれば、特に限定されない。また、a個のカウンターカチオンXm+は互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0018】
カウンターカチオンXm+として、例えば、カリウムイオン(K+)以外のアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、遷移金属イオン、ランタノイドイオン、または、その他の金属イオンを含む金属カチオン、プロトン、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン、その他のオニウムイオン、ボリニウムイオン、芳香族系カチオン等の有機カチオン、フェロセン等の金属錯体のカチオン、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)等のポリマー系カチオン、1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタンカチオン等の強誘電体系のカチオン、およびラジカル系カチオンが挙げられる。
【0019】
本明細書中、アルカリ金属には、リチウム、ナトリウム、ルビジウム、及びセシウムを包含できる。
カリウム、ルビジウム、及びセシウムを包含できる。
【0020】
本明細書中、アルカリ土類金属には、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、及びラジウムを包含できる。
【0021】
本明細書中、遷移金属には、例えばスカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、金、銀等を包含できる。
【0022】
本明細書中、ランタノイドには、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムを包含できる。
【0023】
本明細書中、その他の金属として、例えばアルミニウム、ガリウム、インジウム、タリウム、スズ、鉛、ビスマス、ポロニウム、亜鉛、カドミウム、水銀等も包含できる。
【0024】
本明細書中、アンモニウムには、第1級アンモニウム、第2級アンモニウム、第3級アンモニウム、第4級アンモニウムのいずれも包含される。また、これらの有機アンモニウムが有する官能基は、特に限定されるものではなく、例えば、直鎖状または分枝状のアルキル基や、アルキル基以外の官能基であってもよい。そして、アンモニウムが有する官能基は同一または異なっていてもよい。また、環状のアンモニウムであってもよい。具体的には、例えば第4級アンモニウムには、テトラメチルアンモニウム(TMA)、テトラエチルアンモニウム(TEA)、テトラブチルアンモニウム(TBA)、トリエチルメチルアンモニウム、トリメチルヘキシルアンモニウム等が含まれる。
【0025】
本明細書中、その他のオニウムイオンには、ホスホニウムイオン、スルホニウムイオン等が含まれる。例えば、ホスホニウムには、トリエチルメチルホスホニウム、トリエチルメトキシエチルホスホニウム、トリエチルヘキシルホスホニウム、テトラエチルホスホニウム、テトラメチルホスホニウム、テトラフェニルホスホニウム等、上記アンモニウムと同様に、様々な官能基を有するホスホニウムが含まれる。また、例えば、スルホニウムには、トリエチルスルホニウム、トリエチルメチルスルホニウム、トリフェニルスルホニウム等、上記アンモニウムと同様に、様々な官能基を有するスルホニウムが含まれる。
【0026】
本明細書中、ボリニウムイオンには、例えばジメシチルボリニウムイオン等、様々な官能基を有するボリニウムイオンが含まれる。
【0027】
本明細書中、芳香族系カチオンには、イミダゾリウムイオンやピリジニウムイオン等が含まれる。イミダゾリウムには、例えば1,3-ジメチルイミダゾリウム、1,3-ジエチルイミダゾリウム、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム、1-メチル-3-オクチルイミダゾリウム、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム、1-エチル-2,3-ジメチルイミダゾリウム等が含まれ、その他、様々な官能基を有するイミダゾリウムが含まれる。ピリジニウムには、例えば1-メチルピリジニウム、1-ブチルピリジニウム、1-ブチル-3-メチルピリジニウム等が含まれ、その他、様々な官能基を有するピリジニウムが含まれる。
【0028】
以下、比較形態および実施形態について具体的に説明する。
【0029】
(比較形態1)
-K+をカウンターカチオンとする単分子誘電体の合成-
まず、すでに報告されている方法で、ナトリウムイオンと水分子とを包接したポリオキソメタレート(K12.5Na1.5[NaP5W30O110]・15H2O)を合成した。次に、36.6mg(0.1mmol)のTb(NO3)3・6H2Oに、H2Oを3ml加えて、第1の溶液を調製した。次に、1.00g(0.121mmol)のK12.5Na1.5[NaP5W30O110]・15H2OにH2Oを12ml加えて、第2の溶液を調製し、第2の溶液を60℃に加熱した。次に、第2の溶液を第1の溶液に滴下し、第1の混合溶液を調製した。そして、第1の混合溶液を耐圧容器内で145℃,24時間保持した。次に、室温まで冷やした第1の混合溶液にKClを4.00g(53mmol)加えた。以上により、結晶粉末を得た。
【0030】
X線結晶構造解析により、得られた結晶は、金属イオンMn+としてテルビウムイオン(Tb3+)を包接し、カウンターカチオンXm+としてカリウムイオン(K+)を有する比較形態1の単分子誘電体(K+
12[Tb3+⊂P5W30O110]・nH2O)であることが確認された。
【0031】
[単分子誘電体の粉末X線回折測定]
比較形態1の単分子誘電体について、結晶性の評価を行うため、粉末X線回折測定を行った。
【0032】
まず、結晶化させた比較形態1の単分子誘電体と基準試料であるAl2O3をメノウ乳鉢内で粉砕し、測定用ガラス基板上で成形した。そして、成形した試料を200℃に熱した炉内で加熱処理を行った。
【0033】
粉末X線回折測定は、株式会社リガク製のRINT-DSCを用いて行った。測定角度範囲は、5°から60°とし、スキャンスピードは2°/minに設定した。特に、基準試料として温度によって構造が変化しないAl2O3を比較形態1の単分子誘電体に分散させ、Al2O3に特徴的な2θ=35.13のピーク強度で規格化することで、比較形態1の単分子誘電体のピーク強度から結晶性の定量的な評価を行った。
【0034】
200℃に加熱した比較形態1の単分子誘電体は、1日後、2日後、3日後‥と加熱時間が長くなるにつれて、2θ=6.5,8.2,9.9,10.4,16.5の特徴的なピークに減衰傾向が見られた。この結果は、比較形態1の単分子誘電体は、熱を加えることにより結晶性が低下したことを示す。
【0035】
[単分子誘電体のIR測定]
上記X線回折の結果から、比較形態1の単分子誘電体は、熱を加えることにより結晶性が低下したことから、IR測定によって結晶性の低下の原因を調べた。
【0036】
まず、基準試料である臭化カリウムをメノウ乳鉢内で粉砕し、ペレットを形成してバックグラウンドの測定に用いた。
【0037】
次いで、基準試料を用いて単分子誘電体を希釈し、メノウ乳鉢内で粉砕した。希釈粉砕後の試料を用いてペレットを形成して測定に用いた。
【0038】
上記の操作で作製したペレット試料を200℃に熱した炉内で加熱処理を行った後、IR測定を行った。IR測定は、日本分光株式会社製のFT/IR-660 Plusを用いた。7800cm-1から400cm-1の波数領域で測定を行い、積算回数、分解能およびスキャンスピードは、それぞれ、256回、4cm-1、2mm/secに設定した。
【0039】
図3に示すように、200℃に加熱した比較形態1の単分子誘電体は、1日後、2日後、3日後‥と加熱時間が長くなるにつれて、1163cm
-1,1066cm
-1の特徴的なピークに加えて、他の新たなピーク(例えば、1140cm
-1)が出現した。
【0040】
この結果は、上記非特許文献1に記載された結果とは異なるものであった。上記非特許文献において、カウンターカチオンであるカリウムイオンは、300℃の加熱によってPOM骨格内に侵入していることがIR測定によって確認されている。カリウムイオンを包接したポリオキソメタレート[K+⊂P5W30O110]の特徴的なピークは1173cm-1,1088cm-1(非特許文献1、Figure 3)であり、比較形態1を200℃で加熱した結果、新たに出現したピーク(1140cm-1)はそれらのピークとは異なっていた。この結果より、比較形態1の単分子誘電体は、200℃の熱を加えることにより非特許文献1とは異なる変化が起き、分子構造が変化したと考えられる。また、この分子構造の変化が原因で結晶性が低下したものと示唆された。
【0041】
(実施形態1)
-TBA+をカウンターカチオンとする単分子誘電体の合成-
金属イオンMm+としてテルビウムイオン(Tb3+)を包接し、カウンターカチオンXm+としてテトラブチルアンモニウムイオン(TBA+)を有する単分子誘電体を以下の方法によって合成した。
【0042】
上記方法によって合成した、比較形態1の単分子誘電体(K+
12[Tb3+⊂P5W30O110]・nH2O)1gを、陽イオン交換樹脂(DOWEX-50)5gに透過させ、カウンターカチオンであるカリウムイオンを完全にプロトンに交換し、第1の溶液を得た。次に、水3mLにテトラブチルアンモニウム臭素塩1gを溶解させ、第2の溶液を得た。第1の溶液に第2の溶液を滴下し、白色沈殿を得た。得られた沈殿をアセトニトリルに溶解させ、再結晶を行い、結晶粉末を得た。X線結晶構造解析より、得られた結晶はテルビウムイオン(Tb3+)を包接し、そのカウンターカチオンとしてテトラブチルアンモニウム(TBA+)を有する実施形態1の単分子誘電体(TBA+
12-nH+
n[Tb3+⊂P5W30O110]・mCH3CN)であることが確認された。
【0043】
[単分子誘電体の粉末X線回折測定]
実施形態1の単分子誘電体について、結晶性の評価を行うため、粉末X線回折測定を行った。なお、測定は上記比較形態1と同様の方法で行った。
【0044】
200℃に加熱した実施形態1の単分子誘電体は、1日後、2日後、3日後‥と加熱時間が長くなるにつれて、2θ=6.2,6.5,6.8,7.4,9.4,9.7の特徴的なピークに成長が見られた。この結果は、実施形態1の単分子誘電体は比較形態1とは異なり、熱を加えることにより結晶性が向上したことを示す。
【0045】
[単分子誘電体のIR測定]
上記X線回折の結果から、実施形態1の単分子誘電体は熱を加えることにより結晶性が向上したため、さらにIR測定によって熱安定性の評価を行った。
【0046】
図4に示すように、200℃に加熱した実施形態1の単分子誘電体は、1日後、2日後、3日後‥と加熱時間が長くなってもピークにほとんど変化は生じなかった。この結果より、実施形態1の単分子誘電体は、熱を加えても変化しない安定した分子構造を有していることが明らかになった。また、この分子構造の安定性が熱による結晶性の向上に寄与したものと示唆された。
【0047】
[単分子誘電体膜の製造方法]
上記X線回折およびIR測定により、実施形態1の単分子誘電体は比較形態1とは性質が異なり、分子構造の安定性および結晶性が高いことが明らかとなった。そのため、実施形態1の単分子誘電体を用いて単分子誘電体膜を形成し、その評価を行った。
【0048】
本実施形態の単分子誘電体を用い、
図5に示す方法により単分子誘電体膜を製造することができる。まず、X
m+
a[M
n+⊂P
5W
30O
110]で示される単分子誘電体を合成する。その単分子誘電体をスピンコート法やキャスト法等によって成膜することにより、数nmから数百μmの薄膜状の単分子誘電体膜が得られる。そして、その単分子誘電体膜をアニール処理することにより、分子配向性を高めた単分子誘電体膜を製造することができる。なお、上記アニール処理には、熱、光、電磁波、電気分解によるもの等、様々な方法が含まれるが、加熱が好ましい。
【0049】
[単分子誘電体膜の透過電子顕微鏡測定]
実施形態1に係る単分子誘電体を成膜し、アニール処理を施した単分子誘電体膜について透過電子顕微鏡による観察を行った。単分子誘電体膜の成膜及びアニール処理は
図5に示す工程にて行った。以下、単分子誘電体膜の製造とその観察方法について具体的に説明する。
【0050】
操作1:単分子誘電体膜の製造
テトラブチルアンモニウム(TBA+)をカウンターカチオンとして有する実施形態1の単分子誘電体をアセトニトリルに溶解させ、1.5wt%溶液とした。その溶液をスピンコーター(ハイソル株式会社、ACE-200)によって2インチSiウエハー上に約10nmで成膜した。回転速度は2400rpm、回転時間は30秒に設定した。成膜後、80℃に熱したホットプレート上で2分間乾燥させ、単分子誘電体膜塗布基板を得た。
【0051】
操作2:アニール処理
操作1で作製した実施形態1の単分子誘電体膜塗布基板を150℃に熱した炉内に設置し、窒素雰囲気下で2週間のアニール処理を行った。
【0052】
操作3:透過電子顕微鏡(STEM)測定
操作1で成膜した単分子誘電体膜塗布基板および操作2でアニール処理をした単分子誘電体膜塗布基板を用い、STEM測定を行った。STEM測定に適した試料とするため、イオンミリング法によって単分子誘電体膜塗布基板を薄片化し、単分子誘電体膜試料を作製した。単分子誘電体膜試料のSTEM測定は、日本電子株式会社製の走査型透過電子顕微鏡(JEM-ARM200F)を用いた。加速電圧および倍率精度はそれぞれ200kV、±10%に設定した。測定結果を
図6および
図7に示す。
【0053】
実施形態1の単分子誘電体膜は、平面視の透過電子顕微鏡像において、
図6に示すように、成膜直後に干渉縞は見られなかったが、
図7に示すように、アニール処理後には干渉縞を示す部分が見られた。
【0054】
[配向性の単分子誘電体膜とカウンターカチオンとの関係について]
テトラブチルアンモニウム(TBA+)をカウンターカチオンとする実施形態1の単分子誘電体膜は、アニール処理によって分子構造が変化することなく、分子配向性が高まった。実施形態1の単分子誘電体膜は熱安定性および配向性に優れていると言える。
【0055】
一方、カリウムイオン(K+)をカウンターカチオンとした比較形態1では、これまでカウンターカチオンがPOM骨格内に侵入すると知られている温度より低い温度において、分子構造の変化が見られた。この分子構造の変化によって単分子誘電体膜の配向が妨げられると考えられる。なお、金属イオンMn+としてテルビウムイオン(Tb3+)以外のランタノイドイオンを包接し、K+をカウンターカチオンとした別の比較形態においても、同様の結果が得られている。
【0056】
これらの結果から、配向性の単分子誘電体膜を得るための本発明の実施形態のうち特に重要となる構成要素は、加熱温度ではなくカウンターカチオンの種類であることが明らかとなった。本実施形態の単分子誘電体膜が配向性を有するか否かは、どのようなカチオンをカウンターカチオンとして有するかに影響される。カリウムイオンを除けば、テトラブチルアンモニウム(TBA+)以外にも、熱を加えることにより分子配向性を高めることが可能なカチオン種は多数存在した。
【0057】
なお、本実施形態において、単分子誘電体膜はスピンコーターによる成膜により厚さ10nmとしたが、成膜方法や膜厚は特に制限されるものではない。例えば、従来公知の塗布法である、スピンコート法、キャスト法、インクジェット法、印刷法、ダイコート法、ブレードコート法、ロールコート法、スプレーコート法、カーテンコート法、LB法(ラングミュア-ブロジェット法)、蒸着法、スパッタ法、熱CVD法、プラズマCVD法等がある。また、単分子誘電体膜の膜厚は例えば、1nmから500μmである。
【0058】
本実施形態において、加熱によるアニール処理を大気雰囲気中、150℃,2週間おこなったが、この条件に限られない。例えば、大気雰囲気中ではなく真空下や、様々な真空度の条件下であってもよい。また、その温度および時間も限定されるものではない。例えば、温度は室温(25℃)以上450℃以下であり、時間は30分以上である。本実施形態の単分子誘電体膜は、室温付近の比較的低い温度条件下であっても、時間の経過によって次第に分子配列が構築される。
【0059】
以上説明したように、本実施形態の単分子誘電体膜によれば、熱を加えてもカウンターカチオンによって分子構造が変化することなく、加熱によって単分子誘電体膜の配向性を高めることができる。そのため、本実施形態の単分子誘電体膜は高い信頼性を有する分子メモリへ応用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
以上説明したように、本発明は、高い信頼性を有する分子メモリとして応用可能である。