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  • 特許-Znの定量方法および試料の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】Znの定量方法および試料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20240312BHJP
   G01N 1/38 20060101ALI20240312BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240312BHJP
【FI】
G01N1/28 X
G01N1/38
G01N27/62 V
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020137264
(22)【出願日】2020-08-17
(65)【公開番号】P2021076583
(43)【公開日】2021-05-20
【審査請求日】2023-04-26
(31)【優先権主張番号】P 2019202075
(32)【優先日】2019-11-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】橋本 直樹
【審査官】鴨志田 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-159560(JP,A)
【文献】特開2008-045901(JP,A)
【文献】特開2017-053800(JP,A)
【文献】特開2017-191088(JP,A)
【文献】特開2014-159992(JP,A)
【文献】国際公開第2005/054813(WO,A2)
【文献】太田一男,鋳鉄中微量亜鉛の光度定量法,日本金属学会誌,1959年,23巻3号,p.160-164,DOI:https://doi.org/10.2320/jinstmet1952.23.3_160
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/28
G01N 1/38
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定対象から測定用の試料を作製する試料作製工程と、
前記試料に含有されるZnを定量する定量工程とを有し、
前記試料作製工程においては、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、
前記定量工程においては、誘導結合プラズマ質量分析のガス希釈導入法を適用する、Znの定量方法において、
前記試料作製工程においては、蓋が設けられた容器に前記試料を収め、
前記試料作製工程は、加熱および撹拌を伴い、加熱を伴う場合は、前記容器に、前記容器内から前記容器外へと気体を排出可能な弁を備えた蓋をし、撹拌を伴う場合は、前記容器に蓋をしながら作業を行い、
前記試料作製工程においては、作製途中の試料を収めた前記容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、前記容器内を密閉状態とする、Znの定量方法。
【請求項2】
前記試料作製工程で使用する容器は、蓋が備え付けられた樹脂製の容器である、請求項1に記載のZnの定量方法。
【請求項3】
前記定量工程におけるZnの定量下限が0.2ppm以下の値である、請求項1または2に記載のZnの定量方法。
【請求項4】
前記被測定対象におけるNiの含有率は10質量%以上である、請求項1~3のいずれかに記載のZnの定量方法。
【請求項5】
前記定量工程にかけられる前記試料中におけるZn以外の金属元素の総濃度が300mg/L以上である、請求項1~のいずれかに記載のZnの定量方法。
【請求項6】
Znを定量する被測定対象から測定用の試料を作製する際に、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする試料の製造方法において、
前記試料の製造方法においては、蓋が設けられた容器に前記試料を収め、
前記試料の製造方法は、加熱および撹拌を伴い、加熱を伴う場合は、前記容器に、前記容器内から前記容器外へと気体を排出可能な弁を備えた蓋をし、撹拌を伴う場合は、前記容器に蓋をしながら作業を行い、
前記試料の製造方法においては、作製途中の試料を収めた前記容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、前記容器内を密閉状態とする、試料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Zn(亜鉛)の定量方法および試料の製造方法に属する。
【背景技術】
【0002】
電子機器には、ますます高信頼性、高機能化、軽量化が要求されている。そのため、基板材料やめっき液等の原料における不純物に関し、さらなる量の低減が求められている。また、最近では、生産スピードの迅速化も求められている。これらの要求に対応して、不純物に関する従来の定量下限を下回るばかりだけではなく、簡便な分析操作で、より低濃度まで定量できる迅速な分析手法が必要になる場合がある。このような不純物の例としてZnがある。
【0003】
従来、金属化合物中のZnの定量方法としては、特許文献1が知られている。特許文献1には、金属試料溶液に所定の酸化剤を加えたのち、陰イオン交換分離し、原子吸光分析、誘導結合プラズマ発光分析あるいは誘導結合プラズマ質量分析を行う手法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-90436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載された定量方法を適用した場合、定量下限は1ppm程度であるが、Znの検出感度をさらに微量(0.2ppm)とした上でZnを定量することが迫られている。また、前記方法では、イオン交換分離といった複雑な分離操作、さらには、分析時の環境からのZnの汚染を抑制するための高度な熟練技術が必要である。
【0006】
本発明の主な目的は、Znを簡便な分析操作で、より迅速、かつ、精度良く高感度に定量可能とする方法およびその関連技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決すべく、本発明者は鋭意検討を行った。その結果、被測定対象から測定用の試料を作製する際に、従来考えられていた以上の量のZnが当該試料に混入しているという知見が得られた。このZnは、主に分析作業が行われる作業場の空調設備等から生じているものと推察される。
【0008】
そこで本発明者は、蓋付きの容器を採用した上で容器に蓋をしながら試料の作製を行うという手法を想到した。この手法は、Znの定量に至るまでに必要な作業において加熱により容器内の蒸気圧が高まろうとも、逆に、蓋が必要ないと一見考えられるような撹拌作業中であっても、従来考えられていた以上の量のZnが当該試料に混入しうるという知見に基づき、あえて容器に蓋をしながら試料の作製を行うというものである。
【0009】
さらに定量工程においては、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS装置)のガス希釈導入法と呼ばれる、ICP-MS装置内で測定試料をArガスで希釈する方法を適用するという手法を想到した。これは、ICP-MS装置にかけるべく試料を希釈する場合においても従来考えられていた以上の量のZnが当該試料に混入しうる、という知見があるからこそ想到し得たものである。
【0010】
上記の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の態様は、
被測定対象から測定用の試料を作製する試料作製工程と前記試料に含有されるZnを定量する定量工程とを有し、
前記試料作製工程においては、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、
前記定量工程においては、誘導結合プラズマ質量分析のガス希釈導入法を適用するZnの定量方法である。
【0011】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の発明において、
前記試料作製工程で使用する容器は、蓋が備え付けられた樹脂製の容器である。
【0012】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に記載の発明において、
前記定量工程におけるZnの定量下限が0.2ppm以下の値である。
【0013】
本発明の第4の態様は、第1~第3の態様のいずれかに記載の発明において、
前記被測定対象におけるNiの含有率は10質量%以上である。
【0014】
本発明の第5の態様は、第1~第4の態様のいずれかに記載の発明において、
前記試料作製工程においては、蓋が設けられた容器に前記試料を収め、
前記試料作製工程は、加熱および撹拌を伴い、加熱を伴う場合は、前記容器に、前記容器内から前記容器外へと気体を排出可能な弁を備えた蓋をし、撹拌を伴う場合は、前記容器に蓋をしながら作業を行い、
前記試料作製工程においては、作製途中の試料を収めた前記容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、前記容器内を密閉状態とする。
【0015】
本発明の第6の態様は、第1~第5の態様のいずれかに記載の発明において、
前記定量工程にかけられる前記試料中におけるZn以外の金属元素の総濃度が300mg/L以上である。
【0016】
本発明の第7の態様は、Znを定量する被測定対象から測定用の試料を作製する際に、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする、試料の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、Znを簡便な分析操作で、迅速、かつ、精度良く高感度に定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本実施例におけるZnの定量方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、本明細書において「~」は所定の数値以上かつ所定の数値以下を指す。
また、図1は本実施例におけるZnの定量方法を示すフローチャートであるが、以下に述べる本実施形態にも適用され得る。図1中のかっこ内の数値は、以下に述べる(1)試料調製室、(2)試料の溶解容器と測定容器の洗浄工程、等々のかっこ内の数値に該当する。
ただ、図1しかり本実施形態における一つの数値はあくまで一具体例であり、本発明は当該数値単体に限定されるものではない。
【0020】
(1)試料調製室
本実施形態における試料の試料調製室としては、通常の実験室が利用できる。もちろん、本実施形態の手法を採用するにしても、Znの使用履歴が少ない試料調製室にて試料を調製するのが好ましいのは言うまでもない。なお、通常の実験室でもZnの微量分析が可能なのは、以下に述べる試料作製工程(好ましくは定量工程も)において、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をするという手法を採用するためである。
【0021】
なお、本実施形態における被測定対象は任意のもので構わない。例えば、特許文献1に記載のように金属化合物(Ni(ニッケル)化合物。以降、説明の便宜上、Ni化合物を例示する。)を被測定対象としても構わない。本実施形態においては、この被測定対象を溶解し、最終的に分析装置にかけるための試料(溶液)を調製(作製)する。
以降、被測定対象に対して溶解処理等を行ったものについては、試料の作製途中であっても総じて試料と称する。
【0022】
(2)試料の溶解容器と測定容器の洗浄工程
試料を溶解するための容器には、密閉可能な蓋付きの樹脂製の容器を選択することが好ましい。酸溶解を採用する場合には、例えばPP(ポリプロピレン)製またはテフロン(登録商標)製の容量目盛付き容器が適用可能である。
【0023】
また、測定容器についても試料の溶解容器と同様に密閉可能な容量目盛付きの容器が適用可能である。上記容器と蓋を超純水で10回程度洗浄したのち、直ぐに蓋をして保管する。なお、以降の試料調製には、水洗した容器を使用する。
【0024】
本実施形態においては、当該容器(上記の試料の溶解容器や測定容器のように試料を収めた容器をまとめて単に「容器」と称する。)に蓋が設けられたものを採用する。その上で、試料作製工程において作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする。こうすることにより、当該容器を密閉可能となり、試料作製に用いられる金属製の装置や、試料作製が行われる実験室の空調設備等(例えば金属製の配管)から生じるZnが試料へと混入する機会を劇的に減少させることができる。
【0025】
なお、以下に述べる試料作製工程において加熱が伴う場合も多々ある。本実施形態においては、蓋付きの容器を採用した上で容器に蓋をしながら(例えばキャップを嵌め込みながら)当該作業を行う。なお、加熱が伴う場合は、密閉された容器内の空気(気体)が膨張する可能性があるため、容器内から容器外へと気体を排出可能な弁を備えた蓋(例えば容器に嵌め込み可能な弁付きキャップ)を採用するのが好ましい。
本段落に記載のように、本明細書の「密閉」は、加熱または冷却に伴う吸排気であって、容器の破損などを生じさせないための試料分析に必要な吸排気のみを行う場合も含まれる。
【0026】
(3)被測定対象の秤量工程
Zn濃度の被測定対象であるところのNi化合物を溶解容器へ採取したのち、蓋をして電子天秤で当該試料の質量(g)を記録する。なお、当該被測定対象の秤量には、0.1mgまで秤量可能な電子天秤を用いることが好ましい。
【0027】
(4)試料の酸溶解工程
本工程は、被測定対象を酸により溶解して溶液化する工程(溶解工程)である。本工程においても、当然、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする。
【0028】
(4-1)Ni化合物とZnとを溶解する酸
当該試料を溶解する酸について説明する。
当該酸としてはZnを含有する試料を溶解可能な酸であれば、特に限定することはない。例えば、本実施形態が例示するNi化合物とZnとを溶解可能な酸としては、硝酸と過酸化水素の混酸や、硫酸と過酸化水素の混酸等が挙げられる。
例えば、硝酸と過酸化水素との混酸であれば、14mol/Lの硝酸(10~20ml)と、33%過酸化水素(2~5ml)との混合物である混酸を用いることができる。
硫酸と過酸化水素との混酸であれば、9mol/Lの硫酸(10~20ml)と、33%過酸化水素(2~5ml)との混合物である混酸を用いることができる。
また、硝酸と硫酸は、電子工業用グレード以上の試薬を使用することが好ましく、過酸化水素は特級試薬以上のグレードであれば利用することが可能である。
なお、本発明において、「硝酸」とは14mol/Lの硝酸が例示され、「硫酸」とは9mol/Lの硫酸が例示される。
【0029】
(4-2)Ni化合物の溶解
被測定対象である当該試料へ、少量の超純水と上述した混酸を添加し直ぐに蓋をしたのち、十分に撹拌後80~100℃程度の温度で加温し、当該試料が完全に溶解するまで加温して放冷する。引き続き、超純水を加えて定容し、当該試料の溶解液を得る。
当該溶解の際、Ni化合物への酸添加量は、当該試料を十分に溶解できる量であれば良い。例えば、硝酸(10ml)と、過酸化水素(2ml)との混合物である混酸で良い。また加熱には、ヒートブロックやホットプレート等の使用が便宜である。
なお、繰り返しになるが、本実施形態においては、酸と超純水の添加以外では溶解容器を密閉して酸溶解することが肝要である。
【0030】
(5)測定用試料溶液の調製
先の溶解工程で得られた試料溶液を一定量分取して測定容器に移入する。引き続き、内部標準物質のY(イットリウム)(1mg/L)を一定量添加したのち、超純水を加えて定容し、測定用試料溶液を得る。
【0031】
本実施形態においては、上記の(3)~(5)に記載の内容が試料作製工程にあたる。この試料作製工程は別の言い方をすると試料の製造方法とも言える。試料の製造方法として上記の内容を見ると、以下の構成となる。
・Znを定量する被測定対象から測定用の試料を作製する際に、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする、試料の製造方法。
【0032】
また、上記の(1)~(2)に記載の内容(特に(2)試料の溶解容器と測定容器の洗浄工程)は準備工程として行っても構わない。この準備工程においても、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をするのが非常に好ましい。
【0033】
これまでの内容をまとめると、以下の構成を採用するのが好ましい。
「前記試料作製工程においては、蓋が設けられた容器に前記試料を収め、
前記試料作製工程は、加熱および撹拌を伴い、加熱を伴う場合は、前記容器に、前記容器内から前記容器外へと気体を排出可能な弁を備えた蓋をし、撹拌を伴う場合は、前記容器に蓋をしながら作業を行い、
前記試料作製工程においては、作製途中の試料を収めた前記容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、前記容器内を密閉状態とする。」
【0034】
(6)Znの濃度の測定工程(定量工程)
本工程においては、試料(溶液)に含有されるZnを定量する。測定用試料溶液のZn濃度の測定には、ICP-MS装置を用いるのが便宜である。そこで以下、ICP-MS装置を用いた測定試料溶液中のZn濃度の測定例を説明する。
【0035】
(6-1)Zn測定標準試料溶液の調製
試料溶液中には、共存金属元素(例えばNi)が高濃度で含有している。この影響で測定対象元素のZnの感度が著しく低下する。なぜなら、ICP-MS装置内において、検出器に向かって飛行するZn元素の軌跡を遮るような他の金属元素(共存金属元素)の堆積による閉塞が、ICP-MS装置内のサンプリングコーンやスキマーコーンに生じるためである。そのため、共存金属元素が存在しない単味のZn測定標準試料溶液を利用して検量線を作成し、該検量線を利用して、共存金属元素が存在する測定用試料溶液中のZnを定量しようとしても、Znの定量値に誤差(具体的には負の誤差)が生じる。このため、以下に説明する標準添加法(すなわち測定用試料溶液自体を使用する方法)を適用した方が好ましい。
【0036】
(6-2)標準添加Zn測定標準試料溶液の調製
標準添加法とは、測定対象となる試料溶液自体を容器内に一定量添加したのち、そこに測定対象元素の標準試料溶液を添加する方法である。この方法を適用することで、標準試料溶液添加後の溶液(標準添加Zn測定標準試料溶液)中の共存金属元素濃度は、測定対象となる試料溶液中の共存金属元素濃度と同等になる。その結果、標準添加法を採用することにより、共存金属元素の減感による定量誤差をキャンセルできる。
【0037】
具体的な標準添加Zn測定標準試料溶液(以降、単にZn測定標準試料溶液と称する。
)の調製方法は以下のとおりである。
【0038】
作製するZn測定標準試料溶液の濃度水準(検体数)分、上記蓋付き容器を用意し、該各容器に対し、試料溶液を一定量添加する。引き続き、測定用試料溶液中のZn濃度に応じて、Zn測定標準試料溶液を添加する。このとき、Zn測定標準試料溶液に含有される、酸濃度および内部標準物質の濃度は、測定試料溶液と同等の濃度になるように調製する。また、Zn測定標準試料溶液としては、市販の1g/Lの標準試料溶液を適宜希釈して調製することが便宜である。希釈濃度範囲は1~10ng/mlの範囲で、複数の濃度水準で調製することが好ましい。
【0039】
(6-3)従来の共存金属元素の影響の回避方法と問題点
先に述べた通り、ICP-MS測定では、共存金属元素濃度が300mg/L以上(一例では500mg/L以上)の高濃度になると、その影響で測定元素の感度が著しく低下する。この状況を、「定量工程にかけられる前記試料中におけるZn以外の金属元素(すなわち共存金属元素)の総濃度が300mg/L以上である」ともいう。
【0040】
この感度低下の主な原因は、ICP-MS装置内のサンプリングコーンやスキマーコーンが共存金属元素によって閉塞し、測定対象元素の質量分析計への導入効率が低下するからである。このため、通常、共存金属元素濃度が少なくても300mg/L未満(一例では500mg/L未満)になるように超純水で試料溶液の希釈が必要になる。しかし、この操作を行うと定量値算出の際に、希釈倍率を乗じて計算する(すなわち試料の元の濃度へと換算する)必要があることから、目標の定量下限値への到達が困難になる(すなわち定量下限が劣化する)。また、前記の希釈時に環境からのZnも少なからず測定試料溶液に混入してしまうので、定量下限を決める空試験値が上昇してしまい、目標の定量下限値への到達が困難になる。これらの点については実施例の項目で詳述する。
【0041】
(6-4)ICP-MSのガス希釈導入法
上記問題を解決するため、本実施形態では、ガス希釈導入法を適用する。この方法は、測定試料溶液をネブライザーで噴霧してエアロゾル化した試料をArガスで希釈して質量分析計内に導入するものである。この方法では、ICP-MS装置内で希釈するため、定量値算出の際に、希釈倍率を乗じる必要がない。つまり、定量下限値を損なうことなく、共存金属元素の影響も回避できる。また、環境からのZnによる汚染も防止できるという利点がある。これらの点については実施例の項目で詳述する。
【0042】
Arガスでの希釈倍率には限定は無いが、例えば4、8、25倍、あるいは4~25倍であってもよい。高倍率であれば、共存金属元素が高濃度であっても精度良く測定可能となる。具体的な倍率は、共存金属元素の濃度を含む、測定状況に応じて適宜設定可能である。
【0043】
(6-5)ICP-MS装置
ICP-MS装置としては、ガス希釈導入法が装備された装置であれば、特に限定することはないが、例えば、アジレントテクノロジー株式会社製のAgilent7800xやサーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製のiCAP Q ICP-MS等が適用可能である。
【0044】
(6-6)ICP-MS装置によるZn濃度の測定
ICP-MS装置(誘導結合プラズマ質量分析計)によるZn濃度の測定質量数は、共存金属元素の妨害がなければ、特に限定することはないが、様々な元素の妨害の少ない質量数66を用いることが好ましい。内部標準物質であるYの測定質量数は89を使用して内部標準補正法で測定することが好ましい。ガス希釈導入法の希釈倍率は、試料濃度に応じて選択することが好ましい。また、その他の測定条件については、メーカー推奨の条件を使用することが望ましい。当該ICP-MS装置を用いてZn測定標準試料溶液の濃度と測定強度、ならびに測定試料溶液の測定強度を元に測定試料溶液中のZn濃度を測定し、当該測定値から試料溶液中のZnの含有量(μg)を算出する。
【0045】
なお、本実施形態の手法を採用した際の定量下限は、測定用試料溶液中のZn濃度が0.2ppm(0.2μg/g)まで定量可能である。
【0046】
(6-7)測定試料中におけるZnの濃度(ppm)を算出する工程
ICP-MSで測定したZnの含有量(μg)を元に以下の式1を用いて、当該試料中のZn濃度を算出する。
A1=(A2/W) ・・・(式1)
但し、A1:測定試料中におけるZn濃度(ppm)
A2:測定試料溶液中におけるZn含有量(μg)
W:測定試料の試料採取量(g)
【0047】
以上の結果、本実施形態によれば、Znを希釈のみの簡便な分析操作で、迅速、かつ、精度良く高感度に定量できる。このため、本実施形態の手法は、基板材料分野やめっき分野等で使用されるNi化合物中のZn濃度のモニター方法として好適に用いることができる。
【0048】
<変形例等>
本実施形態においては被測定対象のマトリクス元素としてNi化合物を挙げたが、主成分元素が測定対象元素と干渉しない元素であれば、Znの定量分析法に本実施形態の手法は好適に応用可能である。詳しく言うと、ICP-MSの測定結果である質量スペクトルにおいてピーク位置が重ならなければ、すなわち主成分元素と定量対象元素とで質量数が大きく異なっていれば、本実施形態の手法は好適に応用可能である。
【0049】
本実施形態においては、共存金属元素濃度が300mg/L以上の高濃度の場合を例示したが、そうでない場合でも、本発明の課題を解決可能である。
【0050】
本実施形態においては容器を密閉する例を挙げたが、必ずしも完全に容器を密封しなくても構わない場合もある。例えば、先に挙げた弁付きの蓋は、容器内の空気が膨張し、弁が開いて膨張した空気が容器外に排出される場合は、容器内外が連通する。また、弁を設けるのではなく、極めて小さな連通孔を蓋に設けておいても構わない。少なくとも蓋をせずに試料作製工程等を行うのに比べたときにはるかにZnを精度高く定量することが可能となる。ただ、もちろん、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、容器内を密閉状態とするのが好ましい。
【0051】
また、本実施形態においては、「作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする」という規定を行った。その一方で、試料作製工程(さらには定量工程)において不純物としてのZnの基となるのが、各工程にて用いられる装置である可能性がある。この可能性を考慮すると、装置を使用する際には必ず容器に蓋をするという以下の規定を採用することにより、本発明の効果を十分に奏する。
「装置を使用して被測定対象から測定用の試料を作製する試料作製工程と、
前記試料に含有されるZnを定量する定量工程とを有し、
前記試料作製工程において装置を使用する際には、作製途中の試料を収めた容器に蓋をして容器内を密閉し、
前記定量工程においては、誘導結合プラズマ質量分析のガス希釈導入法を適用する、Znの定量方法。」
なお、上記の構成に対しては、本実施形態にて述べた各例(試料の製造方法を含む)を適用可能である。
【実施例
【0052】
以下、本実施例について説明する。なお、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。以下に記載のない内容は、本実施形態で例示した条件または図1に記載の条件の通りである。
【0053】
[実施例1]
(1)試料調製室
本実施例においては、後述の3種の金属化合物-1~金属化合物-3に対する試験を通常の実験室で行った。
【0054】
(2)試料の溶解容器と測定容器の洗浄工程
試料を溶解するための容器および測定容器としてはPP(ポリプロピレン)製の容量目盛付きかつ蓋付き容器(ジーエルサイエンス株式会社製のディスポーザブル分解容器)を用いた。当該蓋は容器に対して嵌め込み可能なキャップである。上記容器と蓋を超純水で10回程度洗浄したのち、直ぐに蓋をして保管した。
【0055】
(3)被測定対象の秤量工程
本実施例において、被測定対象としては、本発明者の手元に3種の金属化合物-1~金属化合物-3(順に、Niが79質量%存在するNiO、Niが38質量%存在するNiSO、Niが63質量%存在するNi(OH)、すなわちいずれもNiの含有率は10質量%以上)が存在したため、当該3種の金属化合物各々の試料に対して試験を行った。
そして、各々の金属化合物を溶解容器へ採取したのち、蓋をして電子天秤で当該試料の質量(g)を記録した。そして、各々の金属化合物1g秤量した。
【0056】
(4)試料の酸溶解工程
当該試料を溶解する酸としては、硝酸と過酸化水素の混酸を用いた。その際の条件としては、14mol/Lの硝酸(10ml)と、33%過酸化水素(2ml)との混酸とした。
被測定対象である当該試料へ、少量の超純水と上述した混酸を添加し直ぐに蓋をしたのち、十分に撹拌後、ヒートブロックにて100℃の温度で加温し、当該試料が完全に溶解するまで加温して放冷した。引き続き、超純水を加えて50mlに定容し、当該試料の溶解液を得た。
なお、本実施例においては、酸と超純水の添加以外では溶解容器を密閉して酸溶解した。
【0057】
(5)測定用試料溶液の調製
上記の工程で得られた試料溶液に対し、内部標準物質のY(1mg/L)を0.1ml添加したのち、超純水を加えて10mlに定容し、測定用試料溶液を得た。
【0058】
(6)Znの濃度の測定工程(定量工程)
本工程においては、試料(溶液)に含有されるZnを定量した。測定用試料溶液のZn濃度の測定には、ICP-MS装置(アジレントテクノロジー株式会社製のAgilent7800x)を用いた。なお、Zn濃度の測定質量数は質量数66を用い、内部標準物質であるYの測定質量数としては89を用いた。さらにガス希釈導入法の希釈倍率は4倍希釈に設定した。
そして、当該ICP-MS装置を用いて、Zn測定標準試料溶液の濃度と測定強度、ならびに測定試料溶液の測定強度を元に測定試料溶液中のZn濃度を測定し、当該測定値から試料溶液中のZnの含有量(μg)を算出した。さらに本実施形態に記載の(式1)を用い、当該Zn含有量から試料中のZnの濃度(ppm)を算出した。
【0059】
以上が一連の試験であるが、各金属化合物において、上記の一連の試験を3回行った。その結果を、各金属化合物に対し、(定量値-1)~(定量値-3)として算出した。
【0060】
[実施例1の結果]
実施例1における結果を以下の表に示す。なお、以下の表においては、各当該試料中のZn濃度の定量値(ppm)、標準偏差(σ)および相対標準偏差(RSD%)を算出している。
【表1】
定量精度は、測定のばらつきが認められた試料でRSD4.4~6.7%であり、ppmレベルの定量分析において十分な精度であった。本実施例においては当該金属化合物中のZn濃度を精度良く定量できることが理解できる。
また、本法は、クリーンルームが不要で、しかも試料溶解と希釈のみの簡便な操作だけでppmレベルの微量Znが定量できる特長がある。
【0061】
[実施例2]
実施例2においては、定量下限値を算出すべく、上記の金属化合物を用いなかったことを除き、図1の操作を行う空試験(ブランク試験)を行った。
また、実施例2の試験を10回行い、各ブランク(BL)の測定値から平均値、標準偏差(σ)および定量下限値(10σ)を算出した。
【0062】
[比較例1]
定量下限値を算出する際の比較対象として比較例1を実施した。比較例1においては、容器(すなわち溶解容器)として密閉できないガラス製のものを使用した以外は、実施例2と同様にして試験した。
【0063】
[実施例2および比較例1の結果]
実施例2および比較例1における結果を以下の表に示す。
【表2】
【0064】
両者の定量下限を比較したところ、実施例2の定量下限の方が0.1ppmと低く、密閉下で試料調製することによって、比較例1よりも高感度に定量できることが明確になった。
【0065】
また、ガス希釈導入法(4倍希釈)の効果としては、以下の2つが挙げられる。
【0066】
1つ目の効果は、ICP-MS装置内での希釈のため、通常の超純水による希釈のように定量計算時に希釈倍率を乗じる必要がない。つまり、定量感度を損なうことなく定量できる。しかも、共存金属元素の影響も低減できる。
【0067】
2つ目の効果は、測定試料溶液を装置内で希釈するため、環境からのZnの汚染を防止できる点である。
【0068】
1つ目の効果に関し、もし、後掲の比較例2のように当該導入法を適用せずに、試料溶液を超純水で4倍に希釈して測定すると、検出器に向かって飛行するZn元素の軌跡を遮るような他の金属元素(共存金属元素)の堆積による閉塞が、ICP-MS装置内のサンプリングコーンやスキマーコーンに生じにくくなり、共存金属元素の影響は低減できる。その代わり、定量下限については、単純計算上、感度が4倍低下(0.4ppm)することになる。なぜなら、試料溶液を超純水で4倍に希釈した場合の測定結果が得られた後、該測定結果を希釈前の濃度に換算する必要があり、この換算により定量下限の劣化が生じるためである。
【0069】
なお、内部標準物質ごと試料を希釈すればこのような劣化を生じさせなくて済むが、その場合、2つ目の効果に関連するところであるが、希釈のために別の容器および器具を使用せざるを得ず、該容器および器具から不純物としてのZnが希釈後試料に混入してしまう。
【0070】
このように本発明では、密閉下での試料調製とガス希釈導入法を組み合わせることによって、クリーンルームが不要で、しかも試料溶解と希釈のみの簡便な操作だけでサブppbレベルの微量Znが定量できる。
【0071】
なお、本定量下限値については、ICP-MS装置のコンディション等にも左右されるため、その下限値に少し余裕を持たせて0.2ppmとした。
【0072】
[比較例2]
定量下限値を算出する際の比較対象として比較例2を実施した。比較例2においては、実施例2と同様に密閉可能な容器を使用する一方、ICP-MS装置におけるガス希釈導入法を適用せずに、試料溶液を超純水で4倍に希釈してICP-MS装置による測定を行った。
【0073】
[比較例2の結果]
比較例2においては、BL平均値が0.35ppm、標準偏差(σ)が0.10ppm、定量下限(10σ)が1.0であり、比較例1よりも若干良好な結果であったが、実施例2には到底及ばなかった。
【0074】
実施例2、比較例1、比較例2の結果から把握できる内容としては、比較例1(ICP-MS装置によるガス希釈導入法)の効果と比較例2(密閉可能な容器)の効果を単に足し合わせた以上の結果が、実施例2で得られることが挙げられる。
【0075】
[まとめ]
以上の結果、本実施例においては、簡便な分析操作でZnを迅速、かつ、精度良く高感度に定量できることがわかった。また、これに伴い、本実施形態の手法は、基板材料分野やめっき分野等で使用されるNi化合物中のZn濃度のモニター方法として好適に用いられるものと期待される。
図1