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特許7452519培地添加物及び培地組成物並びにそれらを用いた細胞又は組織の培養方法
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  • 特許-培地添加物及び培地組成物並びにそれらを用いた細胞又は組織の培養方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】培地添加物及び培地組成物並びにそれらを用いた細胞又は組織の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20240312BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20240312BHJP
   C12N 5/09 20100101ALI20240312BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240312BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240312BHJP
   C12N 11/02 20060101ALN20240312BHJP
【FI】
C12N1/00 G
C12N5/071
C12N5/09
C12Q1/02
G01N33/15 Z
C12N11/02
【請求項の数】 22
(21)【出願番号】P 2021181502
(22)【出願日】2021-11-05
(62)【分割の表示】P 2017512612の分割
【原出願日】2016-04-15
(65)【公開番号】P2022025134
(43)【公開日】2022-02-09
【審査請求日】2021-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2015084590
(32)【優先日】2015-04-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2015229974
(32)【優先日】2015-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(72)【発明者】
【氏名】安部 菜月
(72)【発明者】
【氏名】西野 泰斗
(72)【発明者】
【氏名】大谷 彩子
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-229339(JP,A)
【文献】特開2004-141110(JP,A)
【文献】国際公開第2013/051590(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/017513(WO,A1)
【文献】三澤 卓也.,寒天の機能性と食品への応用.,New Food Industry, 2014, Vol.56, No.8, pp.1-8
【文献】伊藤 淳一、外2名.,新規寒天の開発およびその展開について.,月刊フードケミカル, 2006, Vol.22, No.5, pp.40-44
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Japio-GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量が10,000~60,000である寒天を含有する培地添加物であって動物由来の細胞を培養するための培地に、前記寒天の含有量が0.005(w/v)%以上0.07(w/v)%未満となるように添加される培地添加物。
【請求項2】
液状である、請求項1に記載の培地添加物。
【請求項3】
寒天の含有量が、培地添加物の全量に対し0.01(w/v)%~(w/v)%である、請求項2に記載の培地添加物。
【請求項4】
重量平均分子量が10,000~60,000である寒天を、培地組成物の全量に対し0.005(w/v)%以上0.07(w/v)%未満含有する、動物由来の細胞を培養するための培地組成物。
【請求項5】
動物由来の細胞が接着性細胞又は浮遊性細胞である、請求項に記載の培地組成物。
【請求項6】
接着性細胞が担体表面に接着され又は担体内部に包埋されている、請求項に記載の培地組成物。
【請求項7】
接着性細胞がマイクロキャリアに接着されている、請求項に記載の培地組成物。
【請求項8】
接着性細胞がスフェアを形成している、請求項に記載の培地組成物。
【請求項9】
接着性細胞が、がん細胞、肝細胞及びがん細胞株からなる群より選択される、請求項のいずれか1項に記載の培地組成物。
【請求項10】
請求項4~のいずれか1項に記載の培地組成物中に、動物由来の胞を分散した状態で培養する、動物由来の胞の培養方法。
【請求項11】
動物由来の細胞が接着性細胞又は浮遊性細胞である、請求項10に記載の培養方法。
【請求項12】
接着性細胞が担体表面に接着され又は担体内部に包埋されている、請求項11に記載の培養方法。
【請求項13】
接着性細胞がマイクロキャリアに接着されている、請求項11に記載の培養方法。
【請求項14】
接着性細胞がスフェアを形成している、請求項11に記載の培養方法。
【請求項15】
接着性細胞が、がん細胞、肝細胞及びがん細胞株からなる群より選択される、請求項1114のいずれか1項に記載の培養方法。
【請求項16】
(a)被験物質の存在下及び非存在下に、請求項4~のいずれか1項に記載の培地組成物中で動物由来の細胞を培養する工程、及び(b)動物由来の細胞の生理学的機能の変化を解析する工程を含む、医薬品候補物質のスクリーニング方法。
【請求項17】
さらに、(c)被験物質の非存在下の場合と比べて、動物由来の細胞の生理学的機能を抑制又は増加する物質を医薬品候補物質として選択する工程を含む、請求項16に記載のスクリーニング方法。
【請求項18】
(b)動物由来の細胞の生理学的機能の変化を解析する工程が細胞イメージ解析により行われる、請求項16又は17に記載のスクリーニング方法。
【請求項19】
(a)被験物質の存在下及び非存在下に、請求項4~のいずれか1項に記載の培地組成物中でがん細胞又はがん細胞株を培養する工程、及び(b)がん細胞又はがん細胞株の増殖の変化を解析する工程を含む、抗がん剤候補物質のスクリーニング方法。
【請求項20】
さらに、(c)被験物質の非存在下の場合と比べて、がん細胞又はがん細胞株の増殖を抑制する物質を抗がん剤候補物質として選択する工程を含む、請求項19に記載のスクリーニング方法。
【請求項21】
(b)がん細胞又はがん細胞株の増殖の変化を解析する工程が細胞イメージ解析により行われる、請求項19又は20に記載のスクリーニング方法。
【請求項22】
請求項4に記載の培地組成物中で接着性細胞を培養する、スフェアの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞又は組織を浮遊或いは沈降した状態にて良好に分散させて培養することを可能とする、培地添加物及び培地組成物、並びに当該培地添加物又は培地組成物を用いることを特徴とする、細胞又は組織の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、動物や植物体内で異なった役割を果たしている様々な器官、組織、及び細胞を生体外にて増殖或いは維持させるための技術が発展してきている。これらの器官、組織を生体外にて増殖或いは維持することは、それぞれ器官培養、組織培養と呼ばれており、器官、組織から分離された細胞を生体外にて増殖、分化或いは維持することは細胞培養と呼ばれている。細胞培養は、分離した細胞を培地中で、すなわち生体外にて増殖又は分化させ、或いは維持する技術であり、生体内の各種器官、組織、細胞の機能及び構造を詳細に解析するために不可欠なものとなっている。また、当該技術により培養された細胞又は組織は、化学物質、医薬品等の薬効及び毒性評価や、酵素、細胞増殖因子、抗体等の有用物質の大量生産、疾患や欠損により失われた器官、組織、細胞を補うための再生医療、植物の品種改良、遺伝子組み換え作物の作成等、様々な分野で利用されている。
【0003】
動物由来の細胞は、その性状から浮遊性細胞と接着性細胞に大きく二分される。浮遊性細胞は、生育・増殖に足場を必要としない細胞であり、接着性細胞は、生育・増殖に足場を必要とする細胞であるが、生体を構成する大部分の細胞は後者の接着性細胞である。接着性細胞の培養方法としては、単層培養、分散培養、包埋培養、マイクロキャリア培養、及びスフェア培養等が知られている。
【0004】
脱アシル化ジェランガム等のアニオン性官能基を有する高分子化合物を含む構造体を液体培地中に混合することにより、該液体培地の粘度を実質的に高めることなく、動植物細胞及び/又は組織を静置した状態で均一に分散させ、浮遊培養し得ること、この培地組成物を用いて培養することにより、細胞の増殖活性が亢進されることが報告されている(特許文献1)。また、メチルセルロースなどの増粘剤を用いて接着性細胞を分散させて、スフェロイド(細胞同士が集合・凝集化した細胞集合体のことをいう。本明細書においては「スフェア」と称することがある)の形成を促進させ、細胞増殖を亢進させる例も報告されている(特許文献2、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2014/017513号
【文献】特開平7-79772号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Paola Longatiら、BMC Cancer 2013,13:95
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、特許文献1には、脱アシル化ジェランガム等のアニオン性官能基を有する高分子化合物を含む構造体を液体培地中に混合することにより、該液体培地の粘度を実質的に高めることなく、細胞又は組織を静置した状態で良好に分散させ、浮遊培養し得ること、この培地組成物を用いて培養することにより、細胞の増殖活性が亢進されることが報告されている。しかし、本発明者らは、この培地組成物を用いて細胞又は組織を培養した場合には、細胞又は組織が浮遊状態であるため、細胞又は組織を細胞イメージング装置で解析する際にレンズの焦点が合わず、培養物をそのまま細胞イメージ解析に供することができないという、新たな課題を見出した。
【0008】
本発明は、細胞又は組織を良好に分散した状態で効率よく培養することができ、さらに、細胞又は組織の細胞イメージ解析が可能となる培地組成物及び培養方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、寒天を培地添加物として用いることにより、細胞又は組織を良好に分散させることができ、なおかつ寒天の濃度によっては、浮遊状態でも沈降した状態でも、効率のよい培養が可能となることを見出した。さらに、該培地添加物を用いた組成物にて培養することにより、細胞又は組織の細胞イメージング装置での解析を迅速かつ簡便に行うことが可能となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は下記の通りである:
[1]寒天を含有する、培地添加物。
[2]寒天の重量平均分子量が10,000~60,000である、[1]に記載の培地添加物。
[3]液状である、[1]又は[2]に記載の培地添加物。
[4]寒天の含有量が、培地添加物の全量に対し0.001(w/v)%~5(w/v)%である、[3]に記載の培地添加物。
[5]寒天を含有する、培地組成物。
[6]寒天の重量平均分子量が10,000~60,000である、[5]に記載の培地組成物。
[7][1]~[4]のいずれか一つに記載の培地添加物を含有する、培地組成物。
[8]寒天の含有量が、培地組成物の全量に対し0.005(w/v)%以上で2(w/v)%未満である、[5]~[7]のいずれか一つに記載の培地組成物。
[9]寒天の含有量が0.1(w/v)%である場合の37℃における粘度が2.5mPa・s以下である、[5]~[8]のいずれか一つに記載の培地組成物。
[10]細胞培養用である、[5]~[9]のいずれか一つに記載の培地組成物。
[11]細胞が接着性細胞又は浮遊性細胞である、[10]に記載の培地組成物。
[12]接着性細胞が担体表面に接着され又は担体内部に包埋されている、[11]に記載の培地組成物。
[13]接着性細胞がマイクロキャリアに接着されている、[11]に記載の培地組成物。
[14]接着性細胞がスフェアを形成している、[11]に記載の培地組成物。
[15]接着性細胞が、がん細胞、肝細胞及びがん細胞株からなる群より選択される、[11]~[14]のいずれか一つに記載の培地組成物。
[16][5]~[15]のいずれか一つに記載の培地組成物と、細胞又は組織とを含む、細胞又は組織培養物。
[17][5]~[15]のいずれか一つに記載の培地組成物中に、細胞又は組織を分散した状態で培養する、細胞又は組織の培養方法。
[18]細胞が接着性細胞又は浮遊性細胞である、[17]に記載の培養方法。
[19]接着性細胞が担体表面に接着され又は担体内部に包埋されている、[18]に記載の培養方法。
[20]接着性細胞がマイクロキャリアに接着されている、[18]に記載の培養方法。
[21]接着性細胞がスフェアを形成している、[18]に記載の培養方法。
[22]接着性細胞が、がん細胞、肝細胞及びがん細胞株からなる群より選択される、[18]~[21]のいずれか一つに記載の培養方法。
[23](a)被験物質の存在下及び非存在下に、[5]~[15]のいずれか一つに記載の培地組成物中で細胞を培養する工程、及び(b)細胞の生理学的機能の変化を解析する工程を含む、医薬品候補物質のスクリーニング方法。
[24]さらに、(c)被験物質の非存在下の場合と比べて、細胞の生理学的機能を抑制又は増加する物質を医薬品候補物質として選択する工程を含む、[23]に記載のスクリーニング方法。
[25](b)細胞の生理学的機能の変化を解析する工程が細胞イメージ解析により行われる、[23]又は[24]に記載のスクリーニング方法。
[26]培地組成物における寒天の含有量が、培地組成物の全量に対し0.005(w/v)%以上0.07(w/v)%未満である、[23]~[25]のいずれか一つに記載のスクリーニング方法。
[27](a)被験物質の存在下及び非存在下に、[5]~[15]のいずれか一つに記載の培地組成物中でがん細胞又はがん細胞株を培養する工程、及び(b)がん細胞又はがん細胞株の増殖の変化を解析する工程を含む、抗がん剤候補物質のスクリーニング方法。
[28]さらに、(c)被験物質の非存在下の場合と比べて、がん細胞又はがん細胞株の増殖を抑制する物質を抗がん剤候補物質として選択する工程を含む、[27]に記載のスクリーニング方法。
[29](b)がん細胞又はがん細胞株の増殖の変化を解析する工程が細胞イメージ解析により行われる、[27]又は[28]に記載のスクリーニング方法。
[30]培地組成物における寒天の含有量が、培地組成物の全量に対し0.005(w/v)%以上0.07(w/v)%未満である、[27]~[29]のいずれか一つに記載のスクリーニング方法。
[31][5]~[10]のいずれか一つに記載の培地組成物中で接着性細胞を培養する、スフェアの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の培地添加物又は培地組成物を用いることにより、細胞又は組織が良好に分散され、浮遊した状態、沈降した状態のいずれの状態でも効率よく培養することができる。
特に、本発明の培地添加物又は培地組成物を用いることにより、担体表面に接着されもしくは担体内部に包埋された接着性細胞、又はスフェアを形成した接着性細胞を、過剰な凝集を生ずることなく、良好に分散された状態で培養することができる。
さらに、本発明の培地添加物又は培地組成物を用いて培養することにより、細胞イメージ解析による細胞の性状、機能の解析が可能となり、抗がん剤等、医薬品の候補物質のスクリーニングを好適に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】分析例1において、低分子寒天を含有する培地組成物中におけるポリスチレンビーズの状態を示す図である。
図2】分析例1において、一般用寒天を含有する培地組成物中におけるポリスチレンビーズの分散状態を示す図である。
図3】分析例2において、低分子寒天を含有する培地組成物にてHepG2細胞を7日間培養した後の状態を示す図である。
図4】分析例3において、低分子寒天を含有する培地組成物中におけるポリスチレンビーズの状態を示す図である。
図5】試験例1において、7日間培養後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察結果を示す図である。
図6】試験例2において、7日間培養後のHepG2細胞のスフェアの顕微鏡観察結果を示す図である。
図7】試験例3において、7日間培養後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察結果を示す図である。
図8】試験例5において、A549細胞の細胞イメージング装置による観察像を示す図である。
図9】試験例6において、7日間培養後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察結果を示す図である。
図10】試験例7において、7日間培養後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察結果を示す図である。
図11】試験例11において、21日間培養後のHeLa細胞のスフェアの顕微鏡観察結果を示す図である。図中、実線矢印は、硬く球状に凝集したスフェアを示し、点線矢印は、緩く凝集したスフェアを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、寒天を含有する培地添加物を提供する。
また、本発明は、寒天を含有する培地組成物を提供する。
【0014】
寒天は、アガロースと、アガロースが部分的に硫酸エステル化され、又はメトキシ基、ピルビン酸基、カルボキシル基により置換されたアガロペクチンとにより構成されるが、これらの構成成分の比率に関して制限はなく、アガロースのみにて構成されてもよい。また、アガロースがヒドロキシエチル化された低融点アガロースや、原料海藻の選択により、又はヒドロキシエチル化を施す等により調製された低融点寒天、さらに温湯に対しても高い溶解性を示す即溶性寒天等も、本発明における「寒天」に含まれる。
本発明では、工業的に製造される粉末状、フレーク状又は固形状の寒天が、高純度で品質も均一であるため、好ましく用いられる。また、医薬品、食品等の分野で、一般的に使用される種々の性状、物性を有するものを用いることができ、重量平均分子量が10,000~60,000の低分子量の寒天、重量平均分子量が60,000を超え100,000以下程度で、ゲル強度の低い低強度寒天、重量平均分子量が290,000程度の高分子量の寒天等を用いることができる。かかる寒天としては、市販されている製品を利用することができ、たとえば、伊那食品工業株式会社から販売されている「ウルトラ寒天イーナ」、「ウルトラ寒天AX-30」、「ウルトラ寒天AX-100」、「S-6」、「S-7」等を用いることができる。
本発明においては、重量平均分子量が10,000~60,000であり、一般的な寒天よりも低分子量の寒天(以下、本明細書において「低分子寒天」と称することがある)を用いることが好ましい。
【0015】
本発明で好ましく用いられる低分子寒天の重量平均分子量は、上記の通り10,000~60,000であり、20,000~60,000であることがより好ましく、30,000~60,000であることがさらに好ましく、40,000~60,000であることがさらにより好ましく、43,000~60,000であることがより一層好ましく、43,000~50,000であることが特に好ましい。
重量平均分子量が10,000未満である寒天を用いた場合には、細胞を分散する効果を得ることが困難な場合がある。一方、重量平均分子量が60,000を超える寒天を用いた場合には、細胞又は組織の培地中における分散が不均一となり、十分な増殖促進効果を得ることができない場合がある。
【0016】
さらに、本発明で用いる低分子寒天としては、分子量分布が狭いものであることが好ましく、寒天の重量平均分子量(Mw)を数平均分子量(Mn)で除した値として得られる分子量分布(Mw/Mn)は、1.1~8.0であることが好ましく、1.5~7.0であることがより好ましく、2.0~6.0であることがさらに好ましく、2.5~5.5であることがより一層好ましく、3.5~5.0であることが特に好ましい。
【0017】
なお、寒天の上記重量平均分子量及び数平均分子量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によるゲル浸透クロマトグラフィー法により測定することができる。
具体的には、たとえば次のような測定機器、条件等により測定することができる。
(1)測定用試料:寒天をたとえば0.15(w/v)%(「(w/v)%」は「重量/体積%」を示す、以下同様)程度の濃度となるように、精製水に95℃~97℃で溶解した後、50℃まで冷却し、試料とする。
(2)測定機器:株式会社島津製作所製液体クロマトグラフLC-10AT VP、RID-10A等
(3)カラム:東ソー株式会社製TOSOH TSK-GEL for HPLC、TSK-GEL GMPWXL等
(4)溶媒:0.1M硝酸ナトリウム水溶液等
(5)検出器:示差屈折計
(6)測定温度:50℃
(7)標準物質:分子量既知のプルラン(Shodex STANDARD P-82等)
【0018】
また、本発明で用いる低分子寒天は、1.5(w/v)%のゲルについて、20℃で測定したゲル強度が25g/cm以下であることが好ましく、15g/cm以下であることがより好ましく、12g/cm以下であることがさらに好ましい。
上記「ゲル強度」とは、寒天の1.5(w/v)%水溶液を20℃で15時間静置し、凝固したゲルについて、その表面1cm当たり20秒間耐え得る最大荷重をいい、たとえば日寒水式測定装置を用い、日本工業規格(JIS) K 8263:1994の規定に従って測定される。
【0019】
さらに、本発明で用いる低分子寒天は、1.5(w/v)%ゲル押出荷重が10g~1,400gであることが好ましく、10g~1,000gであることがより好ましく、10g~500gであることがさらに好ましく、100g~300gであることがより一層好ましい。
上記押出荷重は、たとえば、テクスチャーアナライザー(英弘精機株式会社製)に付随する円柱容器(内径50mm、高さ110mm、アクリル樹脂製)の底部中央部の穴(直径3mm)をテープで塞ぎ、寒天の1.5(w/v)%水溶液100gを充填し、20℃にて18時間静置してゲル化させた後、底部のテープをはずし、直径49mmのプランジャーを用いてゲル上部から加圧し(20℃、進入速度20mm/分)、ゲルが壊れて下部の穴から流出した時の荷重を測定することにより求められる。
【0020】
上記した低分子寒天は、通常の寒天の酸処理による低分子化、あるいは、テングサ、オゴノリ、オバクサ等の海藻からの抽出工程時に、又は前記抽出工程もしくはろ過工程のいずれかを経た寒天に対し、酸処理を行う等、公知の方法により製造することができるが、低分子寒天として市販されている製品、たとえば上記した「ウルトラ寒天イーナ」(伊那食品工業株式会社製)等を用いることもできる。
【0021】
本発明において用いる低分子寒天等の寒天は、必要に応じて滅菌処理を施してもよい。滅菌方法には特に制限はなく、例えば、放射線滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌、オートクレーブ滅菌等が挙げられる。これらの滅菌処理は、寒天が固形でも溶液の状態でも施すことができる。
【0022】
本発明においては、上記した寒天をそのまま培地添加物としてもよく、また、水等の溶媒に溶解し、或いは賦形剤、結合剤等の一般的に製剤化に用いられる成分と混合して、粉末状、顆粒状等の固形状の培地添加物、又は水溶液等の液状の培地添加物としてもよい。
また、上記した寒天を、炭水化物、無機塩等の以下に述べる培地成分の一部と混合して、培地添加物として調製してもよい。
細胞又は組織の培養に用いられる培地に簡便に添加することができ、また、特に液体の培地との混和性等の観点から、本発明の培地添加物は、好ましくは液状の形態で提供される。
【0023】
液状の培地添加物は、寒天を適当な溶媒に溶解し、溶液として調製される。本発明において用い得る溶媒としては、水;ジメチルスルホキシド(DMSO);メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の低級アルコール;プロピレングリコール、ブチレングリコール、グリセリン等の多価アルコールなどの極性溶媒が挙げられるが、これらに限定されない。特に好ましい溶媒は水であり、本発明の培地添加物は、特に好ましくは、水溶液として提供される。
【0024】
本発明の培地添加物における寒天の含有量は、培地に添加した際の培地組成物中における寒天の含有量が、後述する所定の含有量となるように設定される。
水溶液等、液状の培地添加物における寒天の含有量は、0.001(w/v)%~5(w/v)%であることが好ましく、0.01(w/v)%~2(w/v)%であることがより好ましく、0.1(w/v)%~1(w/v)%であることがさらに好ましい。
本発明の培地添加物には、寒天の効果を高め、その使用量を低減し得る他の成分を加えることもできる。かかる成分としては、ヘキスロン酸(グルクロン酸、ガラクツロン酸等)等のウロン酸;グァーガム、タマリンドガム、アルギン酸、アルギン酸プロピレングリコールエステル、ローカストビーンガム、アラビアガム、タラガム、ジェランガム、脱アシル化ジェランガム、ラムザンガム、ダイユータンガム、キサンタンガム、カラギーナン、キチン、フコイダン、ペクチン、ペクチン酸、ペクチニン酸、ラムナン硫酸等の多糖類及びその誘導体;ヒアルロン酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン、ケラト硫酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸等のムコ多糖類;メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース等のセルロース誘導体;カルボキシビニルポリマー、アクリル酸・メタクリル酸アルキル共重合体等の親水性高分子;ならびにこれらの塩等が挙げられ、前記成分は、1種又は2種以上を選択して用いることができる。本発明の培地添加物における前記成分の含有量は、0.001(w/v)%~5(w/v)%であることが好ましく、0.01(w/v)%~2(w/v)%であることがより好ましく、0.1(w/v)%~1(w/v)%であることがさらに好ましい。
【0025】
水溶液の形態で提供される本発明の培地添加物は、寒天、及び必要に応じて他の成分を水に添加し、90℃~97℃に加熱して溶解し、好ましくは滅菌処理を施して調製される。
滅菌処理の方法は特に制限されず、たとえば、121℃で20分間のオートクレーブ滅菌、放射線滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌、フィルターろ過滅菌等が挙げられる。
フィルターろ過滅菌(以下、「ろ過滅菌」という場合もある)を行う際のフィルター部分の材質は特に制限されないが、たとえば、グラスファイバー、ナイロン、PES(ポリエーテルスルホン)、親水性PVDF(ポリフッ化ビニリデン)、セルロース混合エステル、セルロースアセテート、ポリテトラフルオロエチレン等が挙げられる。フィルターの細孔の大きさは、本発明の培地添加物が通過し、微生物が通過しない大きさであれば特に制限されないが、好ましくは0.1μm~10μm、より好ましくは0.1μm~1μm、最も好ましくは、0.1μm~0.5μmである。フィルターろ過滅菌をする際の培地添加物の温度は、30℃~80℃であることが好ましく、40℃~70℃であることがより好ましく、50℃~60℃であることがさらに好ましい。
【0026】
本発明の培地組成物は、上記した寒天を、細胞又は組織培養に通常用いる培地成分とともに含有する。
上記した寒天は、通常用いられる培地成分に、上記の本発明の培地添加物として、添加されるものであってもよい。
【0027】
細胞又は組織培養に通常用いる培地成分としては、グルコース、フルクトース、ショ糖、マルトース等の炭水化物;アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸等のアミノ酸;アルブミン、トランスフェリン等のタンパク質又はペプチド;血清;ビタミンA、ビタミンB群(チアミン、リボフラビン、ピリドキシン、シアノコバラミン、ビオチン、葉酸、パントテン酸、ニコチンアミド等)、ビタミンC、ビタミンE等のビタミン;オレイン酸、アラキドン酸、リノール酸、コレステロール等の脂肪酸又は脂質;塩化カリウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等の無機塩;亜鉛、銅、セレン等の微量元素;N,N-bis(2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonic acid(BES)、4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid(HEPES)、N-[tris(hydroxymethyl)methyl]glycine(Tricine)等の緩衝試薬;アンホテリシンB、カナマイシン、ゲンタマイシン、ストレプトマイシン、ペニシリン等の抗生物質;Type I コラーゲン、Type II コラーゲン、コンドロイチン硫酸ナトリウム、フィブロネクチン、ラミニン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン等の細胞接着因子又は細胞間マトリックス;インターロイキン、肝細胞増殖因子(HGF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)-α、トランスフォーミング増殖因子(TGF)-β、血管内皮増殖因子(VEGF)等のサイトカイン又は増殖因子;デキサメサゾン、ヒドロコルチゾン、エストラジオール、プロゲステロン、グルカゴン、インスリン等のホルモン等が挙げられ、培養する細胞または組織に応じて適切な成分を選択し、公知の組成に従って培地組成物を調製して用いることができる。
【0028】
また、本発明においては、細胞又は組織培養用として汎用される培地を用いることもでき、かかる培地としては、肝細胞をはじめ動物細胞や、動物由来組織の培養、がん細胞の培養に用いられる培地、及び植物細胞又は植物由来組織の培養に用いられる培地を挙げることができる。
【0029】
動物細胞又は動物由来組織の培養用培地としては、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium;DMEM)、ハムF12培地(Ham’s Nutrient Mixture F12)、DMEM/F12培地、マッコイ5A培地(McCoy’s 5A medium)、イーグルMEM培地(Eagle’s Minimum Essential Medium;EMEM)、αMEM培地(alpha Modified Eagle’s Minimum Essential Medium;αMEM)、MEM培地(Minimum Essential Medium)、RPMI(Roswell Park Memorial Institute)1640培地、イスコフ改変ダルベッコ培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium;IMDM)、MCDB131培地、ウィリアム培地E、IPL41培地、Fischer’s培地、StemPro34(インビトロジェン株式会社製)、X-VIVO 10(ケンブレックス社製)、X-VIVO 15(ケンブレックス社製)、HPGM(ケンブレックス社製)、StemSpan H3000(ステムセルテクノロジー社製)、StemSpanSFEM(ステムセルテクノロジー社製)、StemlineII(シグマアルドリッチ社製)、QBSF-60(クオリティバイオロジカル社製)、StemProhESCSFM(インビトロジェン株式会社製)、Essential8(登録商標)培地(ギブコ社製)、mTeSR1或いは2培地(ステムセルテクノロジー社製)、リプロFF或いはリプロFF2(株式会社リプロセル製)、PSGro hESC/iPSC培地(システムバイオサイエンス社製)、NutriStem(登録商標)培地(バイオロジカルインダストリーズ社製)、CSTI-7培地(株式会社細胞科学研究所製)、MesenPRO RS培地(ギブコ社製)、MF-Medium(登録商標)間葉系幹細胞増殖培地(東洋紡株式会社製)、Sf-900II(インビトロジェン株式会社製)、Opti-Pro(インビトロジェン株式会社製)等が挙げられる。
【0030】
がん細胞の培養に用いられる培地としては、上記動物細胞又は動物由来組織の培養用培地に細胞接着因子を含むものを用いることができ、細胞接着因子としては、マトリゲル、コラーゲンゲル、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン等が挙げられる。これらの細胞接着因子は、1種を単独で、又は2種類以上を組み合わせて添加することができる。
【0031】
肝細胞の培養に用いられる培地としては、上記動物細胞又は動物由来組織の培養用培地に加えて、HepatoZYME-SFM(ライフテクノロジーズ社製)、HCM(登録商標)-肝細胞培養培地BulletKit(登録商標、ロンザ社製)、HBM(登録商標)-肝細胞基本培地(ロンザ社製)、HMM(登録商標)-肝細胞メンテナンス培地(ロンザ社製)、変法ランフォード培地(日水製薬株式会社製)、ISOM’s培地、肝細胞増殖培地(タカラバイオ株式会社製)、肝細胞維持培地(タカラバイオ株式会社製)、肝細胞基本培地(タカラバイオ株式会社製)、活性維持スーパー培地(インビトロADMETラボラトリーズ社製)などが挙げられる。これらの培地には、マトリゲル、コラーゲンゲル、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン等の細胞接着因子を添加することが可能であり、前記細胞接着因子は、1種又は2種以上を選択して添加することができる。
【0032】
植物細胞又は植物由来組織の培養用培地としては、ムラシゲ・スクーグ(MS)培地、リンズマイヤー・スクーグ(LS)培地、ホワイト培地、ガンボーグB5培地、ニッチェ培地、ヘラー培地、モーレル培地等の基本培地、あるいは、これら培地成分を至適濃度に修正した修正培地(たとえば、アンモニア態窒素濃度を半分にする等)に、オーキシン類及び必要に応じてサイトカイニン類等の植物生長調節物質(植物ホルモン)を適当な濃度で添加した培地が挙げられる。これらの培地には、必要に応じて、カゼイン分解酵素、コーンスティープリカー、ビタミン類等をさらに補充することができる。オーキシン類としては、たとえば、3-インドール酢酸(IAA)、3-インドール酪酸(IBA)、1-ナフタレン酢酸(NAA)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)等が挙げられるが、これらに限定されない。オーキシン類は、たとえば、約0.1ppm~約10ppmの濃度で培地に添加され得る。サイトカイニン類としては、たとえば、カイネチン、ベンジルアデニン(BA)、ゼアチン等が挙げられるが、これらに限定されない。サイトカイニン類は、たとえば、約0.1ppm~約10ppmの濃度で培地に添加され得る。
【0033】
本発明においては、培養する細胞又は組織の種類、培養目的等により、適切な培地を選択して用いることができる。上記した培地は、それらの組成に基いて調製して用いてもよいが、各社より提供されている市販の製品を用いることもできる。
【0034】
本発明の培地組成物における寒天の含有量は、培地組成物の全量に対し、0.005(w/v)%以上で2(w/v)%未満であることが好ましく、0.03(w/v)%以上で2(w/v)%未満であることがより好ましく、0.03(w/v)%~1(w/v)%であることがさらに好ましく、0.03(w/v)%~0.1(w/v)%であることがさらにより好ましい。
培地組成物中の寒天の含有量が0.005(w/v)%以上であれば、細胞又は一つの細胞から形成されたスフェア、或いは組織は過剰な大きさの凝集塊を形成することなく増殖し、低接着条件における細胞の増殖促進効果が見られる。また、培地組成物中の寒天の含有量が0.03(w/v)%以上であれば、細胞又は組織の均一な分散が得られるため、より好ましい。一方、培地組成物中の寒天の含有量が2(w/v)%以上であると、室温でゲル化してしまう場合があるため、取扱いが困難となることがある。
また、本発明の培地組成物における寒天の含有量は、後述するように、培養する細胞又は組織の種類や培養方法、培養の目的等により、適切な濃度となるように選択することができる。
【0035】
本発明においては、上記した、一般的な寒天に比べて低分子量の寒天を低濃度で含有する培地組成物が、マイクロキャリア培養やスフェア培養に用い得る培地組成物でありながら、低粘度で、取り扱いやすい培地組成物であるため、好ましい。
本発明においては、寒天の含有量が0.1(w/v)%である培地組成物の粘度は、E型粘度計にて37℃で後述する条件にて測定した場合、3mPa・S以下であることが好ましく、2.5mPa・S以下であることがより好ましく、2.1mPa・S以下であることがさらに好ましい。かかる低粘度の培地組成物は、上記した低分子寒天を用いることにより、容易に調製することができる。
【0036】
本発明の培地組成物は、公知の方法に準じて調製することができ、たとえば、培地成分及び寒天を所定濃度となるように精製水に添加して、90℃~97℃に加熱して溶解し、121℃で20分間オートクレーブ滅菌して調製することができる。
また、寒天を0.6(w/v)%~2(w/v)%の濃度となるように精製水に添加して90℃~97℃に加熱、溶解し、121℃で20分間オートクレーブ滅菌して調製した寒天水溶液と、任意の培地を所定量混合して調製することもできる。
さらにまた、0.01(w/v)%~0.2(w/v)%の濃度となるように精製水に添加して90℃~97℃に加熱、溶解し、121℃で20分間オートクレーブ滅菌して調製した寒天水溶液と、2倍以上に成分を濃縮した培地を所定量混合して調製することもできる。
寒天水溶液と任意の培地を混合する際の該培地の温度は、25℃~80℃であることが好ましく、より好ましくは30℃~50℃、さらに好ましくは32℃~37℃である。また、その際の寒天水溶液の温度は、30℃~80℃であることが好ましく、より好ましくは40℃~70℃、さらに好ましくは50℃~60℃である。
或いはまた、上記本発明の培地添加物と培地成分を、それぞれ所定の濃度となるように精製水に添加し、上記のように加熱溶解して、オートクレーブ滅菌して調製することができ、又は、滅菌処理された本発明の培地添加物を、所定の寒天濃度となるように、培地に添加して調製することもできる。
【0037】
本発明の培地組成物の調製に用いる寒天水溶液は、上記した水溶液の形態の培地添加物と同様に調製することができ、また、同様に滅菌処理を施すことができる。
【0038】
本発明の培地組成物は、細胞又は組織の培養に好適に用い得る。
【0039】
ここで、「細胞」とは、動物或いは植物を構成する最も基本的な単位であり、その要素として細胞膜の内部に細胞質と各種の細胞小器官をもつものである。この際、DNAを内包する核は、細胞内部に含まれても含まれなくてもよい。
動物由来の細胞には、精子、卵子等の生殖細胞、生体を構成する体細胞、幹細胞、前駆細胞、がん細胞、生体から分離され不死化能を獲得して体外で安定して維持される細胞(細胞株)、生体から分離され人為的に遺伝子改変がなされた細胞、生体から分離され人為的に核が交換された細胞等が含まれる。
【0040】
生体を構成する体細胞の例としては、以下に限定されるものではないが、線維芽細胞、骨髄細胞、Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、赤血球、血小板、マクロファージ、単球、骨細胞、周皮細胞、樹状細胞、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞(たとえば、角化細胞(ケラチノサイト)、角質細胞等)、内皮細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、軟骨細胞、卵丘細胞、神経細胞、グリア細胞、オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)、マイクログリア(小膠細胞)、アストロサイト(星状膠細胞)、心臓細胞、食道細胞、筋肉細胞(たとえば、平滑筋細胞、骨格筋細胞)、膵臓ベータ細胞、メラニン細胞及び単核細胞等が挙げられる。
当該体細胞には、たとえば皮膚、腎臓、脾臓、副腎、肝臓、肺、卵巣、膵臓、子宮、胃、結腸、小腸、大腸、膀胱、前立腺、精巣、胸腺、筋肉、結合組織、骨、軟骨、血管組織、血液(臍帯血を含む)、骨髄、心臓、眼、脳または神経組織などの任意の組織から採取される細胞が含まれる。
【0041】
幹細胞とは、自分自身を複製する能力と他の複数系統の細胞に分化する能力を兼ね備えた細胞であり、その例として、以下に限定されるものではないが、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、腸幹細胞、毛包幹細胞等の成体幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞、胚性生殖幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞、癌幹細胞等が挙げられる。
【0042】
前駆細胞とは、前記幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞であり、衛星細胞、膵前駆細胞、血管前駆細胞、血管内皮前駆細胞、造血前駆細胞(臍帯血由来のCD34陽性細胞等)が挙げられる。
【0043】
がん細胞とは、体細胞から派生して無限の増殖能を獲得した細胞であり、胃がん、食道がん、大腸がん、結腸がん、直腸がん、膵臓がん、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、扁平上皮細胞がん、基底細胞がん、腺がん、骨髄がん、腎細胞がん、尿管がん、肝がん、胆管がん、子宮頚がん、子宮内膜がん、精巣がん、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、膀胱がん、上皮がん、頭蓋咽頭がん、喉頭がん、舌がん、繊維肉腫、粘膜肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、骨原性肉腫、脊索腫、血管肉腫、リンパ管肉腫、リンパ管内皮肉腫、滑膜腫、中皮腫、ユーイング腫瘍、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、精上皮腫、ウィルムス腫瘍、神経膠腫、星状細胞腫、骨髄芽種、髄膜腫、黒色腫、神経芽細胞腫、髄芽腫、網膜芽細胞腫、悪性リンパ腫、がん患者由来の血液等のがん組織の細胞が挙げられる。
【0044】
がん細胞株としては、ヒト乳がん細胞株としてHBC-4、BSY-1、BSY-2、MCF-7、MCF-7/ADR RES、HS578T、MDA-MB-231、MDA-MB-435、MDA-N、BT-549、T47D、ヒト子宮頸がん細胞株としてHeLa、C-33A、ヒト肺がん細胞株としてA549、EKVX、HOP-62、HOP-92、NCI-H23、NCI-H226、NCI-H322M、NCI-H460、NCI-H522、DMS273、DMS114、ヒト大腸がん細胞株としてCaco-2、COLO-205、HCC-2998、HCT-15、HCT-116、HT-29、KM-12、SW-620、WiDr、ヒト前立腺がん細胞株としてDU-145、PC-3、LNCaP、ヒト中枢神経系がん細胞株としてU251、SF-295、SF-539、SF-268、SNB-75、SNB-78、SNB-19、ヒト卵巣がん細胞株としてOVCAR-3、OVCAR-4、OVCAR-5、OVCAR-8、SK-OV-3、IGROV-1、ヒト腎がん細胞株としてRXF-631L、ACHN、UO-31、SN-12C、A498、CAKI-1、RXF-393L、786-0、TK-10、ヒト胃がん細胞株としてMKN45、MKN28、St-4、MKN-1、MKN-7、MKN-74、皮膚がん細胞株としてLOX-IMVI、LOX、MALME-3M、SK-MEL-2、SK-MEL-5、SK-MEL-28、UACC-62、UACC-257、M14、白血病細胞株としてCCRF-CRM、K562、MOLT-4、HL-60TB、RPMI8226、SR、UT7/TPO、Jurkat、ヒト上皮様がん細胞株としてA431、ヒトメラノーマ細胞株としてA375、ヒト骨肉腫細胞株としてMNNG/HOS、ヒト膵臓がん細胞株としてMIAPaCa-2、マウス骨髄腫細胞株としてNs0、Ns1、ラット褐色細胞腫由来の細胞株としてPC12等が挙げられる。
【0045】
正常細胞由来の細胞株としては、CHOK1細胞(ATCC CCL-61(商標))、CHO-S細胞、CHO-DG44細胞(チャイニーズハムスター卵巣由来)、HEK293(ヒト胎児腎細胞由来)、MDCK(イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来)、MDBK(ウシ腎臓由来)、BHK(シリアンハムスター腎臓由来)、AE-1(マウス脾細胞由来)、NIH3T3(マウス胎仔線維芽細胞由来)、S2(ショウジョウバエ胚由来)、Sf9(ヨトウガ卵巣細胞由来)、Sf21(ヨトウガ卵巣細胞由来)、High Five(登録商標、キンウワバ卵細胞由来)、Vero(アフリカミドリザル腎臓上皮細胞由来)等が挙げられる。
【0046】
肝細胞としては、肝臓組織から採取された初代肝細胞のほか、生体外での培養に最適化した条件で継代培養され確立された肝細胞株、及び肝臓以外の組織由来の細胞、iPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞、間葉系幹細胞、末梢血由来幹細胞、骨髄幹細胞、脂肪幹細胞、肝幹細胞、肝前駆細胞等から生体外にて分化誘導された肝細胞等が用いられる。
肝臓組織は、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ハムスター、ウサギ、ブタ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、或いはサル等から採取された肝臓であり、正常な肝臓だけでなくがん化した肝臓であってもよい。
初代肝細胞は、上記肝臓組織からコラゲナーゼを用いた灌流法により分離し、採取することができるが、株式会社プライマリーセル、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社、タカラバイオ株式会社、北海道システム・サイエンス株式会社、ロンザジャパン株式会社、株式会社ベリタス、ライフテクノロジーズジャパン株式会社等の試薬会社から購入したものであってもよい。購入する肝細胞は、凍結された状態或いはコラーゲン等の担体に接着された状態であり得る。
肝細胞株の例としては、以下に限定されるものではないが、HepG2、Hep3B、HepaRG(登録商標)、JHH7、HLF、HLE、PLC/PRF/5、WRL68、HB611、SK-HEP-1、HuH-4、HuH-7等が挙げられる。
【0047】
植物由来の細胞には、植物体の各組織から分離した細胞が含まれ、当該細胞から細胞壁を人為的に除いたプロトプラストも含まれる。
【0048】
本発明において、「組織」とは、何種類かの異なった性質や機能を有する細胞が一定の様式で集合した構造の単位であり、動物の組織の例としては、上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織等が挙げられる。植物の組織の例としては、分裂組織、表皮組織、同化組織、葉肉組織、通道組織、機械組織、柔組織、脱分化した細胞塊(カルス)等が挙げられる。
【0049】
本発明の培地組成物は、細胞の培養に好ましく用いられ、上記したような動物由来の細胞の培養により好ましく用いられる。
動物由来の細胞は、上記の通り、生育・増殖時の性状により浮遊性細胞と接着性細胞に二分される。浮遊性細胞としては、好中球、好酸球、リンパ球、マクロファージ等の血液内に存在する細胞等が挙げられ、接着性細胞としては、上皮細胞、内皮細胞、神経細胞、線維芽細胞等が挙げられる。本発明の培地組成物は、浮遊性細胞、接着性細胞のいずれにも好適に用いることができるが、生体を構成する体細胞や、体細胞又はがん細胞由来の細胞株には接着性細胞が多いことから、本発明の培地組成物は、接着性細胞の培養により好適に用いることができる。本発明の培地組成物は、担体表面に接着されもしくは担体内部に包埋された状態で、又はスフェア(細胞塊)を形成した状態で接着性細胞を培養するのに特に好適に用いることができる。
また、本発明の培地組成物は、がん細胞、肝細胞及びがん細胞株の培養に特に好適に用いられる。
【0050】
接着性細胞を表面に接着させ得る担体としては、ビニル樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリエステル、ポリアミド、ポリイミド、シリコーン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、アニリン樹脂、アイオノマー樹脂、ポリカーボネート、コラーゲン、デキストラン、ゼラチン、セルロース、アルギン酸塩及びこれらの混合物等により構成されたマイクロキャリア、ガラスビーズ、セラミックスビーズ、ポリスチレンビーズ、デキストランビーズ等が挙げられる。
これら担体は、細胞の接着性を高める、或いは細胞からの物質の放出を高めるコーティング材で被覆されていてもよい。かかるコーティング材の例としては、ポリ(モノステアロイルグリセリドココハク酸)、ポリ-D,L-ラクチド-コ-グリコリド、ヒアルロン酸ナトリウム、n-イソプロピルアクリルアミド、I型~XIX型コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン-1~12、テネイシン、トロンボスポンジン、フォンビルブランド(von Willebrand)因子、オステオポンチン、フィブリノーゲン、各種エラスチン、各種プロテオグリカン、各種カドヘリン、デスモコリン、デスモグレイン、各種インテグリン、E-セレクチン、P-セレクチン、L-セレクチン、免疫グロブリンスーパーファミリー、マトリゲル、ポリ-D-リジン、ポリ-L-リジン、キチン、キトサン、セファロース、アルギン酸ゲル、各種ハイドロゲル等が挙げられ、これらコーティング材は、1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、当該担体は、磁性材料、たとえばフェライトを含有していてもよい。
当該担体の直径は数10μm~数100μm、より好ましくは100μm~200μmであり、その比重は、1に近いことが好ましく、より好ましくは0.9~1.2、特に好ましくは約1.0である。
当該担体の例としては、これに限られるものではないが、Cytodex 1(登録商標)、Cytodex 3(登録商標)、Cytoline1(登録商標)、Cytoline2(登録商標)、Cytopore1(登録商標)、Cytopore2(登録商標)(以上GEヘルスケア社製)、Biosilon(登録商標)(ヌンク社製)、Cultispher-G(登録商標)、Cultispher-S(登録商標)(以上サーモサイエンティフィック社製)、HILLEXCT(登録商標)、ProNectinF-COATED(登録商標)、及びHILLEXII(登録商標)(ソロヒルエンジニアリング社製)、GEM(登録商標)(グローバルユーカリオティックマイクロキャリア社製)等が挙げられる。
当該担体は、必要に応じて滅菌処理を施してもよい。滅菌方法は特に制限されず、たとえば、放射線滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌、オートクレーブ滅菌及び乾熱滅菌等が挙げられる。
当該担体を用いて接着性細胞を培養することにより、当該担体に前記細胞を接着させることができるが、その培養方法としては特に制限はなく、通常の流動層型培養槽又は充填層型培養槽を用いる培養方法等を用いることができる。
【0051】
接着性細胞を内部に包埋させ得る担体としては、コラーゲン、ゼラチン、アルギン酸塩、キトサン、アガロース、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、フィブリン接着剤、ポリ乳酸・ポリグリコール酸共重合体、プロテオグリカン、グルコサミノグリカン、ポリウレタンフォーム等のスポンジ、温度感受性高分子(たとえば、DseA―3D(登録商標)、ポリN-置換アクリルアミド誘導体、ポリN-置換メタアクリルアミド誘導体およびこれらの共重合体、ポリビニルメチルエーテル、プロピレンオキサイドとエチレンオキサイドの共重合体、ポリビニルアルコール部分酢化物等)、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、ニトロセルロース、セルロースブチレート、ポリエチレンオキサイド、ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)/ポリカプロラクトン等のハイドロゲル等より選択した1種又は2種以上の高分子材料により作成された担体を用いることができる。
当該担体には、さらに細胞増殖因子、分化誘導因子、細胞接着因子、抗体、酵素、サイトカイン、ホルモン、レクチン、又は細胞外マトリックス等の生理活性物質を含有させることもできる。
上記担体に接着性細胞を包埋させる方法は特に制限されないが、たとえば、前記細胞と担体形成材料である高分子の混液をシリンジに吸引し、25G~19G程度の注射針を介して培地中に滴下する、或いはマイクロピペットを用いて培地中に滴下するなどの方法を用いることができる。かかる方法で形成されるビーズ状担体の大きさは、前記細胞と高分子混合液を滴下する際に用いる器具先端の形状により決定され、好ましくは数10μm~数1,000μm、より好ましくは100μm~2,000μmである。ビーズ状担体に包埋して培養できる細胞数は特に制限されず、ビーズ状担体の大きさに合わせて自由に選択すればよい。たとえば、直径約2,000μmのビーズ状担体の場合、500万個までの細胞を担体中に包埋することができる。また、包埋された細胞は、担体内で1個ずつ分散していても、複数個の細胞が集合したスフェアを形成していてもよい。
【0052】
接着性細胞のスフェアを形成させる方法には特に制限は無く、汎用される方法から当業者が適宜選択することができる。その例としては、細胞非接着表面を有する容器を用いた方法、ハンギングドロップ法、旋回培養法、Micromolding法、三次元スキャフォールド法、遠心法、電場や磁場による凝集を用いた方法等が挙げられる。
たとえば、細胞非接着表面を有する容器を用いる方法では、目的の細胞を、細胞接着を阻害する表面処理を施した培養容器中にて培養して、スフェアを形成させることができる。この細胞非接着性培養容器を使用する場合は、まず、目的の細胞を採取し、次いでその細胞の浮遊液を調製し、当該培養容器中に播種して培養を行なう。一週間ほど培養を続けると、細胞は自発的にスフェアを形成する。このとき用いる細胞非接着性表面としては、一般に用いられるシャーレなどの培養容器の表面に、細胞接着を阻害する物質をコートしたもの等を用いることができる。細胞接着を阻害する物質としては、アガロース、ポリ-HEMA(ポリ-(2-ヒドロキシエチルメタクリレート))、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと他のモノマー(たとえばブチルメタクリレート等)との共重合体、ポリ(2-メトキシメチルアクリレート)、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド、メビオールジェル(登録商標)などが挙げられる。
スフェア形成のための培養の際、スフェアの形成を早める、或いはその維持を促進する成分を培地中に含有させることもできる。かかる効果を有する成分の例としては、ジメチルスルホキシド、スーパーオキシドディスムターゼ、セルロプラスミン、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ、L-アスコルビン酸、L-アスコルビン酸リン酸エステル、トコフェロール、フラボノイド、尿酸、ビリルビン、含セレン化合物、トランスフェリン、不飽和脂肪酸、アルブミン、テオフィリン、フォルスコリン、グルカゴン、ジブチリルcAMP等を挙げることができる。含セレン化合物としては、亜セレン酸ナトリウム、セレン酸ナトリウム、ジメチルセレニド、セレン化水素、セレノメチオニン、Se-メチルセレノシステイン(rac-(R)-2-アミノ-3-(メチルセレノ)プロパン酸)、セレノシスタチオニン、セレノシステイン、セレノホモシステイン、アデノシン-5’-ホスホセレン酸、Se-アデノシルセレノメチオニン(4-[5’-アデノシル(メチル)セレノニオ]-2-アミノ酪酸)、Y27632、Fasudil(HA1077)、H-1152、Wf-536等のROCK(Rho-associated coiled-coil-forming kinase)阻害剤が挙げられる。
また、目的とするサイズの均一なスフェアを得るためには、使用する細胞非接着性培養容器上に、目的とするスフェアと同一径の複数の凹みを導入することもできる。これらの凹みが互いに接しているか、あるいは目的とするスフェアの直径の範囲内であれば、細胞を播種した際、播種した細胞は凹みと凹みの間でスフェアを形成することなく、確実に凹みの中でその容積に応じた大きさのスフェアを形成し、均一サイズのスフェア集団を得ることができる。この際の凹みの形状としては半球または円錐上が好ましい。かかる凹みの作成は、あらかじめ設計した鋳型(テンプレート)を利用するMicromolding法により好適に行うことができる。
あるいは、細胞接着性を有する支持体を基にスフェアを形成させることもできる。この様な支持体の例としては、コラーゲン、ポリロタキサン、ポリ乳酸(PLA)、ポリ乳酸グリコール酸共重合体(PLGA)、ハイドロゲル等を挙げることができる。
また、フィーダー細胞と共培養することにより、スフェアを形成させることもできる。スフェア形成を促進させるためのフィーダー細胞としては、如何なる接着性細胞でも用いることが可能であるが、好適には各種細胞に応じたフィーダー細胞が望ましい。たとえば肝臓や軟骨由来の細胞のスフェアを形成させる場合、そのフィーダー細胞の例としてはCOS-1細胞や血管内皮細胞が好適な細胞種として挙げられる。
スフェアの形成に用いる容器としては、一般的に動物細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、たとえば、フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、細胞培養フラスコ、スピナーフラスコ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトル、EZ SPHERE(旭硝子株式会社製)、スミロンセルタイトプレート(住友ベークライト株式会社製)等が挙げられる。
本発明で用いるスフェアの大きさ(直径)は、細胞種及び培養期間によって異なり特に限定されないが、スフェアが球形状或いは楕円球形状である場合には20μm~1,000μm、好ましくは40μm~500μm、より好ましくは50μm~300μm、最も好ましくは80μm~200μmである。
【0053】
接着性細胞がスフェアを形成した状態は、生体内環境に近い細胞-細胞間相互作用及び細胞構造体が再構築されており、細胞機能が長期的に維持されること、ならびに細胞の回収が比較的容易であることから、スフェアを形成した状態の培養細胞は、細胞の生理的機能の解析や、医薬品候補物質等のスクリーニング等に最も好適に用いることができる。本発明の培地組成物は、かかるスフェアを形成した状態での細胞の培養に最も好適に用いることができる。
本発明においては、1種の細胞が複数個集合してスフェアを形成したもの、及び2種以上の細胞が集合してスフェアを形成したもののいずれも好ましく用いられる。
さらに、本発明の培地組成物を用いて単細胞からスフェアを形成させることもできる。その際、培地組成物中の寒天の濃度は、当該培地組成物の粘度を実質的に高めることなく細胞やスフェアの分散を向上させ、スフェア同士の会合を防ぐことができる濃度であり、例えば0.005(w/v)%以上で2(w/v)%未満であることが好ましく、0.03(w/v)%以上で2(w/v)%未満であることがより好ましく、0.03(w/v)%~1(w/v)%であることがさらに好ましく、0.03(w/v)%~0.1(w/v)%であることがさらにより好ましい。スフェアは、本発明の培地組成物中に目的とする細胞を分散させ、3日間~12日間静置して培養することにより形成される。ここで得られたスフェアについては、顕微鏡や細胞イメージング装置を用いることにより、その大きさ、数、形態、構成細胞数などを解析することができる。このような解析は、スフェアアッセイ(Sphere assay)、スフェロイドコロニーアッセイ(Spheroid colony assay)、スフェア形成アッセイ(Sphere formation assay)、腫瘍形成アッセイ(Tumor formation assay)などと呼ばれており、がん幹細胞、神経幹細胞、造血前駆/幹細胞などの分類や定量評価に好適に用いることができる。
【0054】
後述するように、本発明の培地組成物を用いることにより、培養中振とう、撹拌等の操作を行わずとも、細胞又は組織が良好に分散した培養物を得ることができる。
従って、本発明により、目的とする細胞又は組織の機能が損なわれることなく正常に維持された培養物を得ることができる。
また、本発明の培地組成物を用いることにより、細胞又は組織の増殖を良好に促進することができる。
特に、寒天として、上記した低分子寒天を用いた場合、低粘度の培地組成物が得られ、細胞又は組織の分散性に優れ、細胞又は組織の増殖促進効果にも優れるため、好ましい。
【0055】
本発明はまた、上記の本発明の培地組成物中に、上記した細胞又は組織を分散した状態で培養する方法を提供する。
【0056】
本発明の培養方法においては、別途調製した細胞又は組織を本発明の培地組成物に添加し、良好に分散される様に混合する。その際の混合方法には特に制限はなく、たとえばピペッティング等の手動での混合、スターラー、ヴォルテックスミキサー、マイクロプレートミキサー、振とう機等の機器を用いた混合が挙げられる。混合後は培養液を静置状態にしてもよいし、必要に応じて培養液を回転、振とう或いは撹拌してもよい。その回転数と頻度又は振とう頻度は、培養する細胞又は組織の種類や培養の目的に合わせて適宜設定することができる。なお、細胞又は組織の機能等に及ぼす損傷を回避するためには、静置状態で培養することが好ましい。
また、静置培養の期間において培地組成物の交換が必要となった際には、遠心分離やろ過処理を行うことにより細胞又は組織と培地組成物とを分離した後、新しい培地組成物を細胞又は組織に添加すればよい。或いは、遠心分離やろ過処理を行うことにより細胞又は組織を適宜濃縮した後、新しい培地組成物をこの濃縮液に添加すればよい。
上記遠心分離の際の重力加速度(G)は、たとえば50G~1,000G、より好ましくは、100G~500Gであり、ろ過処理に用いるフィルターの細孔の大きさは、たとえば10μm~100μmであるが、細胞又は組織と培地組成物とを分離できる限り、これらに限定されることはない。
また、目的とする細胞に特異的に結合する抗体を表面上にコーティングした磁性微粒子を用いて、磁力により培養した細胞又は組織を分離することができる。この様な磁性微粒子の例としては、ダイナビーズ(株式会社ヴェリタス製)、MACSマイクロビーズ(ミルテニーバイオテク株式会社製)、BioMag(テクノケミカル株式会社製)、磁性ミクロスフェア(ポリサイエンス社製)等が挙げられる。
【0057】
細胞又は組織を培養する際の温度は、動物細胞であれば通常25℃~39℃、好ましくは33℃~39℃である。CO濃度は、通常、培養の雰囲気中、4(v/v)%(「(v/v)%」は「体積/体積%」を示す、以下同様)~10(v/v)%であり、4(v/v)%~6(v/v)%が好ましい。培養期間は通常3日間~35日間であるが、培養の目的に合わせて適宜設定することができる。
植物細胞の培養温度は、通常20℃~30℃であり、光が必要であれば照度2,000ルクス~8,000ルクスの条件下にて培養すればよい。培養期間は通常3日間~70日間であるが、培養の目的に合わせて適宜設定することができる。
【0058】
本発明の培養方法により培養された細胞又は組織は、上記と同様に遠心分離又はフィルターを用いたろ過により回収することができる。
【0059】
細胞が担体に接着された状態である場合は、そのままの状態で、50G~1,000G、好ましくは100G~500Gで遠心分離し、又は10μm~100μm程度の細孔を有するフィルターを用いてろ過して回収することができる。また、担体中にフェライト等の磁性を有する材料を内包させておけば、磁力により培養した担体を回収することができる。
次いで、回収された担体から、各種キレート剤による処理、熱処理、酵素処理等により、培養された細胞を剥離して回収することができる。
【0060】
細胞が担体に包埋された状態である場合も、そのままの状態で、50G~1,000G、好ましくは100G~500Gで遠心分離し、又は10μm~100μm程度の細孔を有するフィルターを用いてろ過して回収することができる。その際、用いた培地組成物に含有される液体培地を添加した後に、遠心分離やろ過を行ってもよい。
培養された細胞は、各種キレート剤による処理、熱処理、酵素処理等により担体を分解して分散させて、回収することができる。
【0061】
細胞がスフェアを形成している場合、本発明の方法により培養されたスフェアは、50G~1,000G、好ましくは100G~500Gで遠心分離し、又は10μm~100μm程度の細孔を有するフィルターを用いてろ過して回収することができる。その際、用いた培地組成物に含有される液体培地を添加した後に、遠心分離やろ過を行ってもよい。
また、目的とする細胞に特異的に結合する抗体を表面上にコーティングした磁性微粒子、たとえば、上記したダイナビーズ(株式会社ヴェリタス製)、MACSマイクロビーズ(ミルテニーバイオテク株式会社製)、BioMag(テクノケミカル株式会社製)、磁性ミクロスフェア(ポリサイエンス(Polysciences Inc)社製)等を用いて、磁力により培養したスフェアを回収することができる。
回収されたスフェアは、各種キレート剤による処理、熱処理、酵素処理等により分解することにより、単一な細胞として分散させることができる。
【0062】
上記の細胞の回収や培地組成物の交換は、機械的な制御下及び閉鎖環境下で実行が可能なバイオリアクターや、自動培養装置を用いて行うこともできる。
【0063】
本発明の培養方法により、植物由来の細胞又は組織を静置培養することができる。その際、分化していない植物細胞塊であるカルスを培養することができる。カルスの誘導は、使用する植物種についてそれぞれ公知の方法により行うことができ、たとえば、分化した植物体の一部の組織(たとえば、根、茎、葉の切片、種子、生長点、胚、花粉等)表面を、必要に応じて70(v/v)%アルコールや1(w/v)%次亜塩素酸ナトリウム水溶液等により滅菌した後、必要に応じてメス等を用いて適当な大きさの組織片(たとえば、約1mm~約5mm角の根切片)を切り出し、クリーンベンチ等を用いた無菌操作により、当該組織片を予め滅菌したカルス誘導培地に播種して適当な条件下で無菌培養する。ここで誘導されたカルスは、すぐに大量増殖のために液体培養に付されてもよいし、あるいは継代用培地で継代培養することにより種株として維持することもできる。継代培養は、液体培地及び固形培地のいずれを用いて行ってもよい。
本発明の培地組成物を用いて静置培養を開始する際に接種される植物細胞塊の量は、目的の細胞の増殖速度、培養様式(回分培養、流加培養、連続培養等)、培養期間等により変動するが、たとえば、カルス等の植物細胞塊を培養する場合、本発明の培地組成物に対する細胞塊の湿重量が4(w/v)%~8(w/v)%、好ましくは5(w/v)%~7(w/v)%となるように接種される。培養の際の植物細胞塊の粒径は1mm~40mm、好ましくは3mm~20mm、より好ましくは5mm~15mmである。ここで「粒径」とは、たとえば植物細胞塊が球形である場合はその直径を意味し、楕円球形である場合にはその長径を意味し、その他の形状においても、同様にとり得る最大長を意味する。
【0064】
本発明の培養方法は、動物由来の細胞の培養に好ましく用いられ、接着性細胞の培養により好ましく用いられる。接着性細胞は、担体表面に接着された状態もしくは担体内部に包埋された状態、またはスフェアを形成した状態で培養することがさらに好ましく、がん細胞、肝細胞及びがん細胞株の培養に特に好ましく用いられる。
本発明の培養方法により、振とう、撹拌等の操作を行わなくても、細胞又は組織が良好に分散した状態で培養することができる。
従って、本発明により、目的とする細胞又は組織を、その機能を損なうことなく正常に維持した状態で培養することができる。
また、本発明の培養方法により、細胞又は組織の増殖を促進させることができるので、細胞又は組織を効率よく培養することができる。
さらに、本発明の培養方法においては、培地組成物中の寒天の濃度を調整することにより、細胞又は組織を浮遊した状態又は沈殿した状態で培養することができ、培養する細胞又は組織の種類、培養の目的等に応じて、培養状態を選択することができる。
細胞又は組織を培地組成物中で浮遊させるために必要な寒天の濃度としては、培養する細胞又は組織の種類や状態、たとえば担体に接着されている状態又はスフェアを形成している状態であるかどうか等によって異なるが、培地組成物の全量に対し0.07(w/v)%以上であることが好ましく、0.1(w/v)%以上であることがより好ましい。
なお、培地組成物の粘度を低粘度とすることができ、優れた細胞又は組織の増殖促進効果を有し、かつ細胞又は組織の良好な分散が得られることから、寒天として、上記した低分子寒天を用いることが好ましい。
【0065】
本発明は、さらに、(a)被験物質の存在下及び非存在下に、上記した本発明の培地組成物中で細胞を培養する工程、及び(b)細胞の生理学的機能の変化を解析する工程を含む、医薬品候補物質のスクリーニング方法を提供する。
本発明の上記スクリーニング方法は、さらに(c)被験物質の非存在下と比べて、細胞の生理学的機能を抑制又は増加する物質を医薬品候補物質として選択する工程を含み得る。
【0066】
本発明の培地組成物及び該組成物を用いた本発明の培養方法は、がん細胞、肝細胞及びがん細胞株の培養に特に好ましく用いることができるため、本発明の上記スクリーニング方法は、これらの細胞を用いた医薬品候補物質のスクリーニング方法に特に好ましく適用することができ、各種のがんに対する抗がん剤候補物質のスクリーニング方法、又は肝細胞に対する医薬品候補物質の薬効又は毒性の評価方法として、好ましく用いることができる。
【0067】
本発明の抗がん剤候補物質のスクリーニング方法は、(a)被験物質の存在下及び非存在下に、上記した本発明の培地組成物中でがん細胞又はがん細胞株を培養する工程、及び(b)がん細胞又はがん細胞株の増殖の変化を解析する工程を含む。また、さらに、(c)被験物質の非存在下の場合と比べて、がん細胞又はがん細胞株の増殖を抑制する物質を抗がん剤候補物質として選択する工程を含み得る。
【0068】
(a)の工程におけるがん細胞又はがん細胞株の培養は、上記した本発明の培養方法に従って行うことができる。
(b)の工程におけるがん細胞又はがん細胞株の増殖の変化の解析は、がん細胞等の細胞数の測定、細胞に対する障害性の評価等により行うことができる。
細胞数の測定は、コロニー形成法、クリスタルバイオレット法、チミジン取り込み法、トリパンブルー染色法、アデノシン3リン酸(ATP)測定法、3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl )-2,5-diphenyltetrazolium bromide(MTT)染色法、WST-1(2-(4-Iodophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5-(2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium,monosodium salt)染色法、WST-8(2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5-(2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium,monosodium salt)染色法、フローサイトメトリー法、細胞数自動測定装置を用いた方法、細胞内の蛍光シグナルを検出、数値化する細胞イメージ解析等を用いることができる。これらの中では、細胞イメージ解析が最も好適に用いられる。
細胞に対する障害性を評価する方法としては、乳酸脱水素酵素(LDH)活性測定法、CytoTox-ONE(登録商標)法等を用いることができる。あるいは、培養した細胞について特異的抗体を用いて染色した後、細胞表面分化マーカーをEnzyme-Linked ImmunoSorbent Assay(ELISA)やフローサイトメトリーにより検出し、抗がん剤候補物質が、がん細胞の増殖やアポトーシスに及ぼす影響を観察することができる。さらに、抗がん剤候補物質により発現が変化した遺伝子は、培養した細胞からDNA(デオキシリボ核酸)或いはRNA(リボ核酸)を抽出し、サザンブロッティング法、ノーザンブロッティング法、RT-PCR法などによって検出することができる。
【0069】
本発明の肝細胞に対する医薬品候補物質の薬効又は毒性の評価方法において、(b)の工程における肝細胞の生理学的機能の変化としては、肝細胞の増殖又は死滅、チトクロムP450活性の増加又は減少等が挙げられる。
肝細胞数の測定は、上記したがん細胞の場合と同様の方法により行うことができる。また、チトクロムP450の酵素活性は、当該酵素による基質の構造変換活性を放射性同位体法、高速液体クロマトグラフィー法、発光法、発色法等を用いることにより検出して、測定することができる。
【0070】
上述したように、本発明の培地組成物および培養方法を用いて培養することにより、細胞又は組織の分散性が向上した状態の培養物が得られ、細胞が担体表面に接着された状態もしくは担体内部に包埋された状態、又はスフェアを形成している状態であっても、それらの状態で良好に分散された培養物を得ることができる。さらに、培地組成物中の寒天の濃度を調整することにより、細胞又は組織が培地中に浮遊した状態又は培養容器底部に沈殿した状態で培養することができる。
【0071】
本発明の上記スクリーニング方法において、がん細胞又はがん細胞株の細胞数の測定、細胞に対する障害性等の評価等によるがん細胞等の増殖の変化の解析や、肝細胞数の測定、チトクロムP450活性の測定等による肝細胞の生理学的機能の変化の評価を行うには、がん細胞又はがん細胞株、肝細胞等が培養組成物中に浮遊せずに培養容器底面に沈殿しているが、良好に分散した状態の培養物を得ることが好ましい。
かかる状態の培養物を得るためには、本発明の培地組成物中における寒天の濃度は、培養する細胞又は組織の種類や状態、たとえば担体に接着されている状態又はスフェアを形成している状態であるかどうか等によって異なるが、0.005(w/v)%以上0.07(w/v)%未満であることが好ましく、0.03(w/v)%以上0.07(w/v)%未満であることがより好ましく、0.03(w/v)%~0.05(w/v)%であることがさらに好ましい。
【0072】
本発明の培地中における寒天の濃度が0.03(w/v)%以上である場合、細胞又は組織の分散性がより向上し、細胞又は組織が均一に分散した培養物を得ることができる。細胞又は組織が培養組成物中に浮遊せずに培養容器底面に沈殿しているが、均一に分散した状態の培養物は、遠心分離等、細胞又は組織を沈降させる操作を繰り返し行うことなく、また培養物を希釈することなく、そのまま細胞イメージング装置により解析することができるため、本発明の培養方法及び培養物は、細胞イメージ解析による医薬品候補物質のハイコンテントスクリーニング又はハイコンテントアナリシスに好適に用いることができる。
なお、細胞イメージング装置により解析する前に、細胞又は組織の培養物を遠心分離等により沈降させる操作を行ってもよいが、かかる操作は1回程度で十分である。
【0073】
細胞イメージング装置の例としては、「Opera Phenix」(登録商標)(パーキンエルマー社製)、「Operetta」(登録商標)(パーキンエルマー社製)、「Cytel Cell Imaging System」(GEヘルスケア社製)、「IN Cell Analyzer 2000或いは6000」(GEヘルスケア社製)、「セルボイジャー(CellVoyager)(登録商標)CV7000(横河電気株式会社製)、「ArrayScan(登録商標)VTI HCS Reader」(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、「ArrayScan(登録商標)XTI HCA Reader」(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、「CellInsight(登録商標)」(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、「ImageXpress Micro」(モレキュラーデバイス社製)などが挙げられる。しかしながら、細胞イメージング装置は、これらに限定されることはなく、蛍光又は明視野画像データを利用して、測定対象とする細胞を個別かつ複数のパラメーターについて経時的かつ詳細に調べることができればよい。
【0074】
細胞又は組織が培養組成物中に浮遊せずに培養容器底部に沈殿しているが、均一に分散した状態の培養物を得るためには、培地組成物中における寒天の濃度は、培養する細胞又は組織の種類や状態、たとえば担体に接着されている状態又はスフェアを形成している状態であるかどうか等によって異なるが、0.03(w/v)%以上0.07(w/v)%未満であることが好ましく、0.03(w/v)%~0.05(w/v)%であることがより好ましく、0.03(w/v)%であることが特に好ましい。
従って、細胞イメージ解析による医薬品候補物質のスクリーニングを目的として細胞又は組織の培養を行う場合、本発明の培地組成物における寒天の濃度を0.03(w/v)%以上0.07(w/v)%未満とすることが好ましく、0.03(w/v)%~0.05(w/v)%とすることがより好ましく、0.03(w/v)%とすることが特に好ましい。
なお、本発明においては、寒天として上記した低分子寒天を用いることが、細胞又は組織のより均一な分散と、より良好な増殖促進が得られるため、好ましい。
【実施例
【0075】
以下に本発明の培地組成物の分析例、製造例、試験例を実施例として具体的に述べることで、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
以下の実施例において、COインキュベーターにおけるCOの濃度(%)は、雰囲気中のCOの(v/v)%で示した。また、「PBS」はリン酸緩衝生理食塩水(シグマアルドリッチジャパン社製)を意味し、「FBS」は牛胎児血清(バイオロジカルインダストリーズ社製)を意味する。
【0076】
[分析例1]寒天を含む培地組成物でのポリスチレンビーズの浮遊試験
低分子寒天含有培地組成物、一般用寒天含有培地組成物の調製
低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)を2.0(w/v)%となるように純水に懸濁させた後、90℃にて加熱攪拌し溶解させた。本水溶液を攪拌し、さらに121℃で20分オートクレーブ滅菌して完全に溶解させた。室温まで放冷した後、ゲル化した低分子寒天水溶液を電子レンジで加熱し再溶解させた。本水溶液150μLを15mL遠沈管(アズワン株式会社製)に入れ、37℃に加温したDMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)(和光純薬工業株式会社製)9.85mLを添加し、速やかに攪拌することで、低分子寒天の終濃度が0.03(w/v)%の培地組成物を調製した。同様に、低分子寒天の終濃度が0.07(w/v)%、0.10(w/v)%となるように、上記低分子寒天水溶液を添加し、培地組成物を調製した。一般用寒天(「S-6」、伊那食品工業株式会社製)を含有する培地組成物についても同様に調製した。
上記低分子寒天及び一般用寒天の物性は、以下の通りである。
(1)重量平均分子量及び分子量分布(Mw/Mn)
HPLCによるゲル浸透クロマトグラフィー-示差屈折計法により、0.15(w/v)%水溶液を試料として測定した低分子寒天の重量平均分子量及び分子量分布は、43,000及び4.9である。
一方、一般用寒天の重量平均分子量は、約290,000である。
(2)1.5(w/v)%ゲルの強度
日寒水式測定装置を用い、JIS K 8263:1994の規定に従って20℃で測定した1.5(w/v)%ゲルのゲル強度は、低分子寒天について10g/cm、一般用寒天について630g/cm超である。
(3)1.5(w/v)%ゲル押出荷重
テクスチャーアナライザー(英弘精機株式会社製)にて、上記に記載した方法で測定(20℃、プランジャーの直径=49mm、進入速度=20mm/分)した1.5(w/v)%ゲル押出荷重は、低分子寒天について170g、一般用寒天について2,000g以上である。
【0077】
低分子寒天含有培地組成物及び一般用寒天含有培地組成物におけるポリスチレンビーズの浮遊試験
上記で調製した各培地組成物10mLに、ポリスチレンビーズ(ポリサイエンス社製、ビーズ直径=200μm~300μm、600μm)を懸濁し、37℃で24時間インキュベートした後、ポリスチレンビーズの分散状態を目視にて観察した。その結果を、表1及び表2に示した。
また、上記と同様にして、低分子寒天及び一般用寒天のそれぞれを0.01(w/v)%、0.015(w/v)%、0.05(w/v)%の濃度で含有する培地組成物を調製し、これらの培地組成物を含めて、ポリスチレンビーズを分散させた場合のポリスチレンビーズの状態を図1及び図2に示した。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
表1、2及び図1、2に示されるように、低分子寒天、一般用寒天ともに0.07(w/v)%以上の濃度で含有する培地組成物において、ポリスチレンビーズが浮遊することが明らかになった。
しかし、一般用寒天を含有する培地組成物では、ポリスチレンビーズの分散は不均一であったが、低分子寒天を含有する培地組成物では、均一な分散が認められた。
【0081】
[分析例2]寒天を含む培地組成物の粘度測定及び細胞浮遊試験
低分子寒天含有培地組成物の調製及び粘度測定
分析例1と同様の方法を用いて、0.03(w/v)%、0.05(w/v)%及び0.10(w/v)%の低分子寒天をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製し、粘度測定を行った。本培地組成物の粘度は、37℃条件下でE型粘度計(東機産業株式会社製、Viscometer TVE-22L、標準ロータ1°34´×R24)を用いて、回転数100rpmで5分間測定した。
その結果を表3に示した。
【0082】
低分子寒天含有培地組成物における細胞浮遊試験
ヒト肝臓がん細胞株HepG2(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、10(v/v)%FBSを含むDMEM(和光純薬工業株式会社製)に50,000個/mLとなるように懸濁し、本懸濁液10mLをEZ SPHERE(旭硝子株式会社製)に播種した後、COインキュベーター(5%CO)内で2日間培養した。ここで得られたスフェア(直径100μm~200μm)の懸濁液10mLを遠心分離(200G、3分間)してスフェアを沈降させ、上清を除くことによりスフェア懸濁液1.0mLを調製した。引き続き、上記で調製した低分子寒天含有培地組成物を15mL遠沈管(アズワン株式会社製)に10mLずつ入れ、さらにHepG2細胞懸濁液50μLを加えた。タッピングにより細胞塊を分散させ、37℃でインキュベートし、7日後の細胞の分散状態を目視にて観察した。その結果を表3に併せて示した。また観察時の細胞の状態を図3に示した。
【0083】
【表3】
【0084】
表3及び図3に示す結果より、0.1(w/v)%となるように低分子寒天を培地組成物に添加することにより、HepG2細胞のスフェアを浮遊させることが可能であり、その際の培地組成物の粘度は2.002mPa・sという低い値であることがわかった。
【0085】
[分析例3]寒天を含む培地組成物におけるポリスチレンビーズの浮遊試験
低分子寒天含有培地組成物の調製
低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)を0.2(w/v)%となるように純水に懸濁させた後、90℃にて加熱攪拌し溶解させた。本水溶液を攪拌し、さらに121℃で20分オートクレーブ滅菌して完全に溶解させた。DMEM粉体培地(シグマアルドリッチ社製)を用いて2倍濃縮DMEMを調製した。2倍濃縮DMEMは0.22μmフィルター(コーニング社製)に通してろ過滅菌を行った。オートクレーブ滅菌後の溶解した状態の0.2(w/v)%の低分子寒天水溶液と、37℃に加温した前記の2倍濃縮DMEM培地を等量ずつ混合して懸濁し、0.1(w/v)%の低分子寒天を含有するDMEMを調製した。
低分子寒天含有培地組成物におけるポリスチレンビーズの浮遊試験
上記培地組成物10mLにポリスチレンビーズ(ポリサイエンス社製、ビーズ直径200μm~300μm、600μm)を懸濁し、37℃で24時間インキュベート後、ポリスチレンビーズの分散状態を目視にて観察した。その結果を、表4に示した。また、観察時のポリスチレンビーズの状態を図4に示した。
【0086】
【表4】
【0087】
表4及び図4に示されるように、上記の調製法により0.1(w/v)%の低分子寒天を含有する培地組成物を調製しても、ポリスチレンビーズが均一に浮遊することが明らかになった。
【0088】
[製造例1]低分子寒天を含有する培地組成物の製造
低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)を0.06(w/v)%となるように純水に懸濁させた後、90℃にて加熱撹拌し溶解させた。本水溶液を撹拌して水溶液温度が42℃となるまで放冷した後、0.22μm径のフィルター(コーニング社製)によりろ過滅菌を行った。また分析例3の方法と同様にして、2倍濃縮DMEMを調製した。ろ過滅菌直後の0.06(w/v)%低分子寒天水溶液に対して、37℃に加温した等量の2倍濃縮DMEMを添加することにより、0.03(w/v)%の低分子寒天を含有する培地組成物を調製した。
【0089】
[試験例]
次に、本発明の培地組成物の細胞培養における有用性について、以下の試験例において具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0090】
[試験例1]A549細胞を分散させた際の細胞増殖試験
分析例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて、10(v/v)%FBSと、0.005(w/v)%、0.03(w/v)%、0.07(w/v)%、0.10(w/v)%の低分子寒天又は一般用寒天をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。
次いで、ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞株A549(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、20,000個/mLとなるように上記の低分子寒天又は一般用寒天を含有する各培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェル当たり100μLとなるように分注した。なお、陰性対照として、低分子寒天、一般用寒天のいずれも含まない10(v/v)%FBS含有DMEMにA549細胞を懸濁したものを分注した。
引き続き、各マイクロプレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて7日間静置状態で培養した。2日、5日、7日間培養後の各細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にて、プロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量(Relative Light Unit;RLU)を測定し、それぞれ培地組成物のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。
【0091】
低分子寒天又は一般用寒天を含有する各培地組成物にて、7日間培養した後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察(使用機器:「倒立型リサーチ顕微鏡IX73」(オリンパス株式会社製)、倍率:40倍)の結果を図5に示した。また、7日間培養後のA549細胞のウェル内での状態及び分散性について表5に示した。さらに、低分子寒天又は一般用寒天を含有する各培地組成物にて、2日、5日及び7日間静置培養後の発光量(A549細胞の細胞数に相当する)から、陰性対照の発光量を1としたときの相対的細胞数を求め、表6に示した。
【0092】
【表5】
【0093】
【表6】
【0094】
図5より、陰性対照では、A549細胞のスフェアは培地中に分散することなく、ウェルの壁面付近で大きな凝集塊を形成することが認められた。これに対し、低分子寒天又は一般用寒天を含有する培地組成物では、A549細胞は一つの細胞からスフェアを形成し、一般用寒天濃度が0.005(w/v)%の培地組成物で凝集が認められた他は、スフェア同士の会合が起こらずに、過剰な大きさの凝集塊を形成することなく増殖することが認められた。
また、表5より、0.03(w/v)%以上の低分子寒天又は一般用寒天を含有する培地組成物において、A549細胞のスフェアの分散性はより向上し、均一に分散した状態で培養されることが示された。0.005(w/v)%又は0.03(w/v)%の低分子寒天又は一般用寒天を含有する培地組成物では、A549細胞のスフェアは、ウェル底部に沈殿した状態で増殖することが認められた。低分子寒天又は一般用寒天の濃度が0.03(w/v)%である培地組成物では、培地中に浮遊することなく均一に分散した状態での培養が可能であった。
なお、図5及び表5に示されるように、一般用寒天を含有する培地組成物に比べて、低分子寒天を含有する培地組成物において、A549細胞のスフェアは、より良好に分散した状態で培養されることが認められた。
さらに、表6より、陰性対照である一般用寒天、低分子寒天のいずれも無添加の培地に比べて、一般用寒天及び低分子寒天を含有する培地組成物では、細胞増殖の促進が認められた。この際、低分子寒天を含有する培地組成物では、同濃度の一般用寒天を含有する培地組成物を用いた場合に比べて、細胞増殖をより促進することが認められた。
【0095】
[試験例2]HepG2細胞を分散させた際の細胞増殖試験
分析例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて、10(v/v)%FBSと、0.03(w/v)%の低分子寒天をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。
次いで、ヒト肝臓がん細胞株HepG2(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、20,000個/mLとなるように上記の低分子寒天を含有する培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェル当たり100μLとなるように分注した。なお、陰性対照として、10(v/v)%FBSを含有するDMEMにHepG2細胞を懸濁したものを分注した。引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて7日間静置状態で培養した。2日、5日、7日間培養後の細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「SPECTRA MAX 190」、モレキュラーデバイス社製)にて、プロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、培地のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。
【0096】
7日間培養後のHepG2細胞のスフェアを顕微鏡観察(使用機器:倒立型リサーチ顕微鏡IX73(オリンパス社製)、倍率:40倍)した結果を図6に示した。また、7日間培養後のHepG2細胞のウェル内における状態及び分散性を表7に示した。さらに、2日、5日および7日間静置培養した後の発光量(HepG2細胞の細胞数に相当する)から、陰性対照における発光量を1とした場合の相対的細胞数を求め、表8に示した。
【0097】
【表7】
【0098】
【表8】
【0099】
図6に示されるように、低分子寒天を含有する本発明の培地組成物では、HepG2細胞は一つの細胞からスフェアを形成し、そのスフェア同士の会合が起こらないため、スフェアが過剰に大きく凝集することなく、スフェアが均一に分散した状態で培養された。一方、陰性対照では、ウェルの壁面付近において、HepG2細胞のスフェアの凝集が認められた。
また、表7に示されるように、低分子寒天を含有する本発明の培地組成物では、HepG2細胞のスフェアはウェル底面に沈殿するものの、均一に分散した状態で培養された。さらに、表8より、陰性対照である低分子寒天無添加の培地に比べて、低分子寒天を含有する本発明の培地組成物では、HepG2細胞の増殖の促進が認められた。
【0100】
[試験例3]メチルセルロース又は脱アシル化ジェランガム含有培地組成物との細胞増殖比較試験
低分子寒天含有培地組成物及び脱アシル化ジェランガム含有培地組成物の調製
分析例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて、10(v/v)%FBSと、0.005(w/v)%、0.03(w/v)%、0.05(w/v)%、0.10(w/v)%の低分子寒天をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。また、低分子寒天水溶液と同様に0.3(w/v)%の脱アシル化ジェランガム(KELCOGEL CG-LA、三晶株式会社製)を含む水溶液を調製し、本水溶液を用いて、10(v/v)%FBSと0.015(w/v)%の脱アシル化ジェランガムをDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。
メチルセルロース含有培地組成物の調製
メチルセルロース(M0387、シグマアルドリッチ社製)を2.6(w/v)%となるように純水に懸濁させた後、121℃で20分オートクレーブ滅菌した。室温まで放冷した後、4℃にて一晩静置し、メチルセルロースを均一化させた。2.6(w/v)%メチルセルロース水溶液に20(v/v)%FBSを含む2倍濃度のDMEM(和光純薬工業株式会社製)を等量加え、1.3(w/v)%のメチルセルロースを含有する培地組成物を調製した。本培地を10(v/v)%FBSを含むDMEMで希釈し、0.1(w/v)%、0.3(w/v)%、0.6(w/v)%のメチルセルロースを含有する培地組成物を調製した。
A549細胞を分散させた際の細胞増殖試験
ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞株A549(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、20,000個/mLとなるように、上記の各培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェル当たり100μLとなるように分注した。なお、陰性対照として、10(v/v)%FBSを含有するDMEMにA549細胞を懸濁したものを分注した。
引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて7日間静置状態で培養した。2日、5日及び7日間培養後の細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にて、プロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、それぞれ培地のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。
【0101】
7日間培養後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察(使用機器:倒立型リサーチ顕微鏡IX73(オリンパス株式会社製)、倍率:40倍)結果を図7に示した。また、7日間培養後のA549細胞のウェル内での状態及び分散性について、表9に示した。さらに、2日、5日及び7日間静置培養した後の発光量(A549細胞の細胞数に相当する)から、陰性対照における発光量を1としたときの相対的細胞数を求め、表10に示した。
【0102】
【表9】
【0103】
【表10】
【0104】
図7及び表9、10に示されるように、低分子寒天を含有する本発明の培地組成物、及び脱アシル化ジェランガムを含有する培地組成物では、A549細胞のスフェアは均一に分散した状態で良好に増殖したが、メチルセルロースを含有する培地組成物では、A549細胞のスフェアの分散は不均一で、凝集が認められ、増殖促進効果も認められなかった。
【0105】
[試験例4]SKOV3細胞を分散させた際の細胞増殖試験
分析例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて、10(v/v)%FBSと、0.03(w/v)%の低分子寒天又をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。
ヒト卵巣がん細胞株SKOV3(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を37,000個/mLとなるように、上記の低分子寒天を含有する培地組成物に懸濁した後、96ウェル平面超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェルあたり135μLとなるように分注した。本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて静置し、翌日増殖因子を添加した。また、低分子寒天を含まない10(v/v)%FBS含有DMEMでも同様の操作を行った。増殖因子として、ヒトヘパリン結合性上皮細胞増殖因子(hHB-EGF)(ペプロテック社製)を30ng/mL及び100ng/mL、ヒト上皮細胞増殖因子(hEGF)(ペプロテック社製)及びヒトトランスフォーミング増殖因子α(hTGFα)(ペプロテック社製)を1ng/mL、3ng/mL及び10ng/mLの終濃度となるように、それぞれ1ウェルあたり15μL添加した。
引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて10日間静置状態で培養した。なお、陰性対照として、増殖因子と等量のDMEMを添加した。10日間培養後の細胞培養液に対し、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にてプロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、培地組成物のみの発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。
【0106】
増殖因子の添加後10日間培養した後の発光量(SKOV3細胞の細胞数に相当する)から、陰性対照での発光量を1としたときの相対的細胞数を求め、表11に示した。
【0107】
【表11】
【0108】
表11に示されるように、低分子寒天を含有しない培地組成物と比較して、低分子寒天を0.03(w/v)%含有する本発明の培地組成物では、増殖因子の濃度依存的なSKOV3細胞の増殖促進が認められた。
【0109】
[試験例5]低分子寒天を含有する培地組成物を用いた抗がん剤のハイコンテントアナリシス
分析例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて、10(v/v)%FBSと、0.03(w/v)%の低分子寒天をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製し、さらにパクリタキセル(Paclitaxel)(和光純薬工業株式会社製)を、終濃度が0.001μM、0.01μM及び0.1μMとなるように添加した。引き続き、ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞株A549(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、5,000個/mLとなるように上記低分子寒天を含有する培地組成物に懸濁した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェル当たり100μLとなるように分注した。引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて10日間静置状態で培養した。
【0110】
次いで、200mg/mLのヘキスト(Hoechst)33342(インビトロージェン社製)のDMEM(フェノールレッド、L-グルタミン不含)(和光純薬工業株式会社製)溶液を調製し、10日間静置培養した上記培養物に、1ウェル当たり10μL添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)内にて45分間静置した。引き続き、20μg/mLのプロピジウム イオダイド(Propidium Iodide)(バイオモル社製)のDMEM(フェノールレッド、L-グルタミン不含)(和光純薬工業株式会社製)溶液を調製し、1ウェル当たり10μL添加した。本プレートを1,500rpmで10分間遠心分離し、細胞イメージング装置(「ArrayScan VTI HCS Reader」、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を使用して、細胞イメージ解析によるハイコンテントアナリシスを行った。その際、4倍の対物レンズを用いて、1ウェル当たり10視野で観察を行い、ヘキスト33342蛍光像から細胞の外形と細胞核、プロピジウム イオダイド蛍光像から死細胞の検出を行った。また抗がん剤を最高濃度で添加した際の構成細胞数をスフェアの形成阻害率100%として、ハイコンテントアナリシスによるパクリタキセルの50%阻害濃度(nM)を算出した。
【0111】
陰性対照として、10(v/v)%FBSのみをDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。また比較対照として、試験例3と同様に、10(v/v)%FBSと0.015(w/v)%の脱アシル化ジェランガムをDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。陰性対照と比較対照の培地組成物に対しても上記濃度でパクリタキセルを添加し、A549細胞を懸濁して分注した。引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて10日間静置状態で培養した。
【0112】
陰性対照及び比較対照の各細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にてプロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、培地のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。またパクリタキセル非添加の場合の生細胞数を阻害率0%として、発光量によるパクリタキセルの50%阻害濃度(nM)を算出した。
【0113】
低分子寒天を含有する本発明の培地組成物、陰性対照及び比較対照(脱アシル化ジェランガムを含有する培地組成物)で10日間培養したA549細胞の細胞イメージング装置による観察像(1視野あたりの面積:1mm)を図8に示した。また、細胞イメージ解析から得られたA549細胞スフェアの構成細胞数(スフェアあたりの平均細胞数)、スフェア数(10mmあたりの平均スフェア数)、スフェアの投影面積(大きさ)(μm)を表12に示した。なお、陰性対照と比較対照については、細胞内ATPを指標とした生存細胞数測定結果より、抗がん剤非添加の場合の発光量を1としたときの相対的細胞数を求め、表13に示した。さらに、細胞内ATPに基く発光量と、ハイコンテントアナリシスそれぞれから算出したパクリタキセルの50%阻害濃度(nM)を表14に示した。
【0114】
【表12】
【0115】
【表13】
【0116】
【表14】
【0117】
図8及び表12、14より、本発明の培地組成物を用いたハイコンテントアナリシスにより、細胞から形成されたスフェアの構成細胞数、スフェア数、スフェアの投影面積(大きさ)を測定できることが確認された。さらに、本発明の培地組成物を用いたハイコンテントアナリシスにより、抗がん剤を効率的に評価できることが確認された。すなわち、低分子寒天を0.03(w/v)%含有する本発明の培地組成物で培養した場合、細胞が浮遊しないで均一に分散した状態で培養されるため、一度の遠心分離操作を行うことにより、細胞培養物を希釈しなくても細胞イメージ解析が可能であり、抗がん剤の効果を迅速かつ正確に評価することができた。
一方、陰性対照では、ウェルの壁面付近で細胞が過剰に凝集しているため、細胞イメージング装置の解析可能な領域内に細胞が入らなかった。また脱アシル化ジェランガムを0.015(w/v)%含有する比較対照の培地組成物で培養した場合には、脱アシル化ジェランガムの細胞浮遊能により、一度の遠心分離操作では細胞がウェル底面に落下しなかったために焦点が合わず、細胞イメージ解析ができなかった。
【0118】
[試験例6]アガロース含有培地との細胞増殖比較試験
低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)を2.0(w/v)%となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱し撹拌して溶解し、本水溶液を121℃で20分間オートクレーブ滅菌した。本水溶液を用いて、10(v/v)%FBSと、終濃度0.03(w/v)%の低分子寒天をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。同様に、アガロース(「Agarose S」、株式会社ニッポンジーン製)を0.03(w/v)%、低融点アガロース(「Agarose,Low Gelling Temperture」、シグマアルドリッチ社製)を0.1(w/v)%、即溶性寒天(「マックス」、伊那食品工業株式会社製)を0.07(w/v)%含有する培地組成物を調製した。
本試験例で用いたアガロース、低融点アガロース及び即溶性寒天の物性は、以下の通りである。
(1)重量平均分子量
アガロース:約220,000
(2)ゲル強度
(i)アガロース:1.5(w/v)%ゲルで1,200g/cm以上
(ii)低融点アガロース:1.0(w/v)%ゲルで200g/cm以上
(iii)即溶性寒天:1.5(w/v)%ゲルで450±50g/cm
(3)融点
(i)アガロース:1.5(w/v)%水溶液の場合、88℃~90℃
(ii)低融点アガロース:65℃以下
ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞株A549(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、20,000個/mLとなるように、上記各培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェル当たり100μLになるように分注した。なお、陰性対照として、10(v/v)%FBSを含有するDMEMにA549細胞を懸濁したものを分注した。引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて7日間静置状態で培養した。2日、5日、7日間培養後の細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にて、プロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、それぞれ培地のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。
【0119】
7日間培養後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察(使用機器:倒立型リサーチ顕微鏡IX73(オリンパス株式会社製)、倍率:40倍)結果を図9に示した。また、2日、5日及び7日間静置培養した後の発光量(A549細胞の細胞数に相当する)から、陰性対照における発光量を1としたときの相対的細胞数を求め、表15に示した。
【0120】
【表15】
【0121】
図9に示されるように、上記低分子もしくは即溶性寒天、又は上記各アガロースを含有する培地組成物を用いることにより、A549細胞は良好に分散した状態で増殖することが認められた。また、表15に示されるように、いずれの培地組成物を用いた場合にも、陰性対照と比較して良好な増殖促進効果が認められたが、低分子寒天を含有する培地組成物において、最も良好な増殖促進が見られた。
【0122】
[試験例7]各種多糖類の混合剤を用いたスフェアの細胞増殖試験
試験例3と同様の方法を用いて、0.015(w/v)%の低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)と0.05(w/v)%のキサンタンガム(「KELTROL CG」、三晶株式会社製)、0.03(w/v)%の前記低分子寒天と0.05(w/v)%のκ-カラギーナン(「GENUGEL WR-80-J」、三晶株式会社製)、及び0.03(w/v)%の前記低分子寒天と0.005(w/v)%の脱アシル化ジェランガム(「KELCOGEL CG-LA」、三晶株式会社製)を、それぞれ10(v/v)%FBSを添加したDMEM中に含有する培地組成物を調製した。
ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞株A549(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、20,000個/mLとなるように、上記の各培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェル当たり100μLになるように分注した。なお、陰性対照として、10(v/v)%FBSを添加したDMEMにA549細胞を懸濁したものを分注した。
引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて7日間静置状態で培養した。2日、5日、7日間培養後の細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にて、プロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、それぞれ培地のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。
【0123】
7日間培養後のA549細胞のスフェアの顕微鏡観察(使用機器:倒立型リサーチ顕微鏡IX73(オリンパス株式会社製)、倍率:40倍)結果を図10に示した。また、2日、5日及び7日間静置培養した後の発光量(A549細胞の細胞数に相当する)から、陰性対照における発光量を1としたときの相対的細胞数を求め、表16に示した。
【0124】
【表16】
【0125】
図10に示されるように、低分子寒天と各種多糖類とを含有する培地組成物中で、A549細胞は良好に分散して増殖することが示された。
また、表16に示されるように、低分子寒天と各種多糖類とを含有する培地組成物を用いて培養することにより、良好な細胞増殖促進効果が認められた。
【0126】
[試験例8]低分子寒天含有培地を用いたハイコンテントアナリシス
試験例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて10(v/v)%FBSと、0.03(w/v)%の低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。
ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞株A549(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、11,000個/mLとなるように、上記低分子寒天を含有する培地組成物に懸濁した。96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、上記細胞懸濁液を1ウェル当たり90μLとなるように分注し、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて一晩静置した。翌日、さらにパクリタキセル(和光純薬工業株式会社製)及びトラメチニブ(サンタクルーズ社製)を、それぞれ終濃度が0.001μM、0.01μM及び0.1μM、マイトマイシンC(和光純薬工業株式会社製)を終濃度が0.005μM、0.05μM及び0.5μM、MK2206(サンタクルーズ社製)を終濃度が0.001μM、0.01μM、0.1μM及び1μMとなるように、1ウェル当たり10μLずつ添加した。引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にてさらに7日間静置状態にて培養した。
【0127】
陰性対照として、10(v/v)%FBSのみをDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。また、比較対象として、試験例3と同様に、10(v/v)%FBSと0.015(w/v)%の脱アシル化ジェランガムをDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。陰性対照及び比較対照の各培地組成物についても、それぞれにA549細胞を懸濁し、陰性対照については96ウェル平底接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3585)に分注し、比較対照については96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)に分注した。翌日、上記した濃度で各抗がん剤を添加し、引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にてさらに7日間静置状態で培養した。
【0128】
次いで、200mg/mLのヘキスト(Hoechst)33342(インビトロジェン社製)のDMEM(フェノールレッド、L-グルタミン不含)(和光純薬工業株式会社製)溶液を調製し、8日間静置培養した上記低分子寒天含有培地での培養物に、1ウェル当たり10μL添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)内にて45分間静置した。引き続き、20μg/mLのプロピジウム イオダイド(Propidium Iodide)(バイオモル社製)のDMEM(フェノールレッド、L-グルタミン不含)(和光純薬工業株式会社製)溶液を調製し、1ウェル当たり10μL添加して培養液を懸濁した。本プレートを1,500rpmで1分間遠心分離し、細胞イメージング装置(「ArrayScan VTI HCS Reader」、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を使用して、細胞イメージ解析によるハイコンテントアナリシスを行った。その際、10倍の対物レンズを用いて、1ウェル当たり20視野で観察を行い、ヘキスト33342蛍光像から細胞の外形と細胞核、プロピジウム イオダイド蛍光像から死細胞の検出を行った。また構成細胞数が5以上のスフェア数からハイコンテントアナリシスによる各抗がん剤の50%阻害濃度(nM)を算出した。その際、抗がん剤非添加の場合の値をスフェアの形成阻害率0%とした。
【0129】
また、低分子寒天含有培養液並びに陰性対照及び比較対照の各細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にてプロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、培地のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。また抗がん剤非添加の場合の生細胞数を阻害率0%として、発光量による抗がん剤の50%阻害濃度(nM)を算出した。
【0130】
細胞イメージ解析から得られたA549細胞スフェアの構成細胞数(スフェアあたりの平均細胞数)、スフェア数(20mmあたりの平均スフェア数)、スフェアの投影面積(大きさ)、スフェア内の平均死細胞数を表17~20に示した。さらに細胞内ATPを指標とした生存細胞数測定結果より、抗がん剤非添加の場合の発光量を100としたときの相対的細胞数を求め、表21~24に示した。また、細胞内ATPに基づく発光量と、ハイコンテントアナリシスそれぞれから算出した各抗がん剤の50%阻害濃度(nM)は表25に示した。
【0131】
【表17】
【0132】
【表18】
【0133】
【表19】
【0134】
【表20】
【0135】
【表21】
【0136】
【表22】
【0137】
【表23】
【0138】
【表24】
【0139】
【表25】
【0140】
表17~25より、低分子寒天を含有する本発明の培地組成物を用いたハイコンテントアナリシスにより、細胞から形成されたスフェアの構成細胞数、スフェア数、スフェアの投影面積(大きさ)、スフェア内の死細胞数を測定できることが確認された。
さらに、低分子寒天を含有する本発明の培地組成物を用いたハイコンテントアナリシスにより、抗がん剤を効率的に評価できることが確認された。すなわち、低分子寒天を0.03(w/v)%含有する本発明の培地組成物で培養した場合、細胞が浮遊しないで均一に分散した状態で培養されるため、一度の遠心分離操作を行うことにより、細胞培養物を希釈しなくても細胞イメージ解析が可能であり、抗がん剤の効果を迅速かつ正確に評価することができた。
一方、陰性対照では、ウェルの壁面付近で細胞が過剰に凝集しているため、細胞イメージング装置の解析可能な領域内に細胞が入らなかった。また脱アシル化ジェランガムを0.015(w/v)%含有する比較対照の培地組成物で培養した場合には、脱アシル化ジェランガムの細胞浮遊能により、一度の遠心分離操作では細胞がウェル底面に落下しなかったために焦点が合わず、細胞イメージ解析ができなかった。
【0141】
[試験例9]低分子寒天含有培地を用いた肝毒性物質の評価
試験例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて、10(v/v)%FBSと、0.03(w/v)%の低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。ヒト肝臓がん細胞株HepG2(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を11,000個/mLとなるように、上記低分子寒天を含有する培地組成物に懸濁した。96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、上記細胞懸濁液を1ウェル当たり90μLとなるように分注し、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて3日間培養した。培養3日目に、フルタミド(シグマアルドリッチ社製)を1ウェル当たり10μLずつ添加した。引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にてさらに2日間静置状態にて培養した。比較対照として、10(v/v)%FBSを含有するDMEMにHepG2細胞を懸濁し、96ウェル平底接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3585)に分注し、同様の操作を行った。
【0142】
次いで、200mg/mLのヘキスト(Hoechst)33342(インビトロージェン社製)のDMEM(フェノールレッド、L-グルタミン不含)(和光純薬工業株式会社製)溶液を調製し、上記低分子寒天含有培地及び比較対照を用いて5日間静置培養した各培養物に、1ウェル当たり10μL添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)内にて45分間静置した。引き続き、20μg/mLのプロピジウム イオダイド(Propidium Iodide)(バイオモル社製)のDMEM(フェノールレッド、L-グルタミン不含)(和光純薬工業株式会社製)溶液を調製し、1ウェル当たり10μL添加して培養液を懸濁した。本プレートを1,500rpmで1分間遠心し、細胞イメージング装置(「ArrayScan VTI HCS Reader」、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を使用して、細胞イメージ解析によるハイコンテントアナリシスを行った。その際、10倍の対物レンズを用いて、1ウェル当たり20視野で観察を行い、ヘキスト33342蛍光像から細胞の外形と細胞核、プロピジウム イオダイド蛍光像から死細胞の検出を行った。またフルタミド非添加の場合の値をスフェアの形成阻害率0%として、スフェアの構成細胞数の値から、ハイコンテントアナリシスによるフルタミドの50%阻害濃度(μM)を算出した。
【0143】
また、低分子寒天含有培養液及び比較対照による各細胞培養液に対して、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(プロメガ株式会社製)を100μL添加して10分間室温で静置し、マイクロプレートリーダー(「FlexStation 3」、モレキュラーデバイス社製)にてプロメガ株式会社の推奨プロトコルに従って発光量を測定し、培地のみの場合の発光量を差し引くことにより生細胞の数を測定した。またフルタミド非添加の場合の生細胞数を阻害率0%として、発光量によるフルタミドの50%阻害濃度(μM)を算出した。
【0144】
細胞イメージ解析から得られたHepG2細胞スフェアの構成細胞数、スフェア数、スフェアの投影面積(大きさ)、スフェア内の死細胞数を表26に示した。さらに細胞内ATPを指標とした発光による生存細胞数測定結果より、フルタミド非添加の場合の発光量を100としたときの相対的細胞数を求め、表27に示した。また、細胞内ATPに基づく発光量と、ハイコンテントアナリシスから得られた構成細胞数のそれぞれから算出したフルタミドの50%阻害濃度(μM)は表28に示した。
【0145】
【表26】
【0146】
【表27】
【0147】
【表28】
【0148】
表26~28に示す結果より、低分子寒天を含有する本発明の培地組成物を用いて細胞培養を行うことにより、細胞イメージ解析によるハイコンテントアナリシスを用いてフルタミドの肝毒性を評価できることが確認された。
【0149】
[試験例10]フィルターろ過した培地組成物を用いた細胞分散性試験
低分子寒天含有培地組成物の調製
低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)を1.0(w/v)%となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁させた後、90℃にて加熱攪拌し溶解させた。本水溶液を攪拌し、さらに121℃で20分間オートクレーブ滅菌して完全に溶解させた。室温まで放冷した後、ゲル化した低分子寒天水溶液を電子レンジで加熱し再溶解させた。本水溶液150μLを15mL遠沈管(アズワン株式会社製)に入れ、37℃に加温したDMEM(和光純薬工業株式会社製)9.85mLを添加し、速やかに攪拌することで、低分子寒天の終濃度が0.03(w/v)%の培地組成物を調製した。本培地組成物を、表29に示す4条件下におき、孔径70μm、40μmのフィルター(BDファルコン社製)、30μm、20μmのフィルター(アズワン株式会社製)、10μmのフィルター(Partec社製)、5μm、1.2μm、0.45μm、0.2μmのフィルター(ザルトリウス・ステディム・ジャパン社製)を用いてそれぞれろ過した。その際、ろ液は最低2mLになるようにした。
【0150】
【表29】
【0151】
上記のろ液に対して、FBS無添加のろ液については終濃度が10(v/v)%になるようにFBSを添加し、ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞株A549(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を、10,000個/mLとなるように播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、1ウェル当たり100μLになるように分注した。なお、陰性対照として低分子寒天を含まない同上培地、陽性対照として低分子寒天を含み、フィルターろ過されていない同上培地に、それぞれA549細胞を懸濁したものを分注した。引き続き、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて7日間静置状態で培養した。7日後の細胞の分散状態を目視にて観察した。分散状態を、「〇;良好に分散している」、「△;一部に凝集が認められる」、「×;顕著に凝集が認められる」として評価し、結果を表30に示した。
【0152】
【表30】
【0153】
表30に示されるように、低分子寒天を添加後室温で1時間保存し、孔径0.2μm以上のフィルターでろ過した培地組成物においては、A549細胞スフェアが良好に分散した状態にて維持された。一方、低分子寒天を添加した後、培地組成物を4℃で保存し、4℃と37℃の各条件でそれぞれフィルターろ過した培地組成物においては、フィルターの孔径が5μm以上であれば、A549細胞スフェアは良好に分散した状態にて維持されるが、フィルターの孔径が1.2μmの場合、A549細胞スフェアの一部凝集が認められ、フィルターの孔径が0.45μm以下である場合には、A549細胞スフェアは凝集することを確認した。
以上の結果から、本培地組成物中に含まれる低分子寒天の凝集構造体の大きさは、0.45μmから5μm程度であることが示唆された。
【0154】
[試験例11]スフェア形成アッセイ(Sphere formation assay)
試験例1の培地組成物の調製方法と同様の方法を用いて、10(v/v)%FBSと、0.03(w/v)%の低分子寒天(「ウルトラ寒天イーナ」、伊那食品工業株式会社製)をDMEM(和光純薬工業株式会社製)中に含有する培地組成物を調製した。ヒト子宮頸がん細胞株HeLa(DSファーマバイオメディカル株式会社製)を5,000個/mLとなるように、上記低分子寒天を含有する培地組成物に懸濁した。96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに、上記細胞懸濁液を1ウェル当たり100μLとなるように分注し、本プレートをCOインキュベーター(37℃、5%CO)内にて最長21日間培養した。陰性対照として、低分子寒天を含まない同上培地にHeLa細胞を懸濁したものを分注した。培養21日目のHeLa細胞の状態を顕微鏡観察(使用機器:倒立型リサーチ顕微鏡IX73(オリンパス株式会社製)、倍率:40倍)した結果を図11に示す。
【0155】
図11に示されるように、低分子寒天を含有しない培地で培養した陰性対照では、播種したHeLa細胞がウェルの縁に寄り集まり、過凝集している様子が観察され、各細胞のスフェア形成能が評価できなかった。一方、0.03(w/v)%の低分子寒天を含有する培地で培養した場合には、HeLa細胞の過凝集が抑制されていた。また図11中、実線矢印で示すように、硬く球状に凝集したスフェアだけではなく、点線矢印で示すように、緩く凝集したスフェアの形成も認められた。
以上のことから、本発明の培地組成物で細胞を培養することにより、各細胞の増殖性や幹細胞性を評価するスフェア形成アッセイが可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0156】
以上詳述したように、本発明により、細胞又は組織を浮遊した状態、沈殿した状態のいずれの状態においても、良好に分散した状態で培養することのできる培地添加物及び培地組成物並びに培養方法を提供することができる。
本発明の培地添加物及び培地組成物並びに培養方法は、担体表面に接着されもしくは担体内部に包埋された接着性細胞、又はスフェアを形成した接着性細胞の培養に好適に用いることができる。
また、本発明の培地添加物又は培地組成物を用いることにより、培養した培養物を速やかに細胞イメージ解析により解析することができるため、本発明は、抗がん剤等の医薬品候補物質のスクリーニングに好適に用いることができる。
【0157】
本出願は、日本国で出願された特願2015-84590及び特願2015-229974を基礎としており、それらの内容は本明細書にすべて包含されるものである。
図1
図2
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図11