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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-13
(45)【発行日】2024-03-22
(54)【発明の名称】膵癌細胞浸潤転移阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/713 20060101AFI20240314BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20240314BHJP
   A61P 1/18 20060101ALI20240314BHJP
   A61K 9/14 20060101ALI20240314BHJP
【FI】
A61K31/713 ZNA
A61P35/04
A61P1/18
A61K9/14
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019157249
(22)【出願日】2019-08-29
(65)【公開番号】P2021031484
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷内 恵介
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-214239(JP,A)
【文献】特開2015-227292(JP,A)
【文献】Oncotarget,2017年,8, [60],p.101130-101145
【文献】Mol. Oncol.,2018年11月15日,13, [2],p.212-227
【文献】Cancer Biomark.,2015年,15, [5],p.575-581
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
A61K 31/00-31/80
A61P 35/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
KH型スプライシング調節タンパク質RNAおよび/またはKH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAをノックダウンする化合物を有効成分として含み、
上記KH型スプライシング調節タンパク質RNAをノックダウンする化合物が、上記KH型スプライシング調節タンパク質RNAに結合するsiRNAまたはshRNAであり、
上記KH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAをノックダウンする化合物が、上記KH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAである、SNORA18またはSNORA22に結合するsiRNAまたはshRNAであることを特徴とする膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
【請求項2】
上記化合物が、上記KH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAに対するsiRNAである請求項1に記載の膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
【請求項3】
上記化合物を含むナノ粒子を含む請求項1または2に記載の膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
【請求項4】
上記KH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAがSNORA18である請求項1~3のいずれかに記載の膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵癌細胞の浸潤や転移を有効に抑制できる膵癌細胞浸潤転移阻害剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
「腫瘍」とは異常に増殖した細胞を指し、その異常増殖の原因が消失あるいは取り除かれても細胞の増殖が持続する状態をいう。腫瘍の中でも良性腫瘍は腫瘍の増殖が遅く、転移はしない。よって、一般的には切除すれば問題は無く、たとえ切除せずに放置しておいても命に別状はないといえる。一方、悪性腫瘍、即ちがんは、良性腫瘍とは異なり急速に増殖する上に、リンパ節や他の臓器に転移して増殖する。よって、例えば外科的手術により除去しても、僅かにでも残留したがん細胞や、既にリンパ節や他の臓器に転移していたがん細胞が再び増殖を開始することがある。よって、がんはいったん治療が終了した後の予後が悪く、各がんにおいては5年後生存率が調査されており、一般的に、治療によりがんが消失したとされてから5年経過後までに再発がない場合がようやく治癒と見なされる。
【0003】
膵癌は、がんの中で最も予後が悪いといわれている。その原因としては、膵臓が後腹膜臓器であるために早期発見が困難であることに加え、膵癌細胞の運動性が極めて高いため、例えば2cm以下の小さながんであっても、周囲の血管、胆管、神経などへすぐに浸潤し、また、近くのリンパ節に転移したり、肝臓などへ遠隔転移したりすることが挙げられる。
【0004】
上記のとおり、がんが悪性の腫瘍である所以は、特に他組織へ浸潤や転移することにあり、浸潤転移さえしなければ予後も良好なものになると考えられる。本発明者は、特に浸潤転移し易く予後の悪い膵癌の細胞の浸潤転移機構につき研究を進めてきた。
【0005】
例えば本発明者は、ヒトインスリン様成長因子2mRNA結合タンパク質3(IGF2BP3)が膵癌細胞の浸潤転移に大きく関わっており、その部分ペプチドが膵癌細胞浸潤転移抑制ワクチンの有効成分として使用できること(特許文献1)や、膵癌細胞の細胞膜突起中のIGF2BP3に結合する特定のmRNAの翻訳を阻害するRNAが膵癌細胞浸潤転移阻害剤の有効成分として使用できること(特許文献2)を見出している。また、膵癌細胞の細胞膜突起に集積するRNAであって、エクソソームにより膵癌細胞外へ放出されるもの(特許文献3)や、膵癌細胞の細胞膜突起に集積する特定の糖タンパク質(特許文献4)が膵癌マーカーとして用いられ得ることを見出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-227292号公報
【文献】国際公開第2016/002844号パンフレット
【文献】特開2016-214239号公報
【文献】国際公開第2017/098915号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、本発明者は膵癌細胞の浸潤転移機構やその阻害方法などにつき研究を続けているが、ある統計では、膵癌はがんで死亡したケースの中で4番目に多いがんであり、有効な治療手段が依然として切望されている。
そこで本発明は、膵癌細胞の浸潤や転移を有効に抑制できる膵癌細胞浸潤転移阻害剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、KH型スプライシング調節タンパク質が膵癌細胞の浸潤転移に関与しており、KH型スプライシング調節タンパク質RNAおよび/またはKH型スプライシング調節タンパク質に結合するsnoRNAをノックダウンすることにより膵癌細胞の浸潤転移を有効に抑制できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0009】
[1] KH型スプライシング調節タンパク質RNAおよび/またはKH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAをノックダウンする化合物を有効成分として含むことを特徴とする膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
[2] 上記化合物が、上記KH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAに対するsiRNAである上記[1]に記載の膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
[3] 上記化合物を含むナノ粒子を含む上記[1]または[2]に記載の膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
[4] 上記KH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAが、SNORA18およびSNORA22の少なくとも一方である上記[1]~[3]のいずれかに記載の膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
[5] 上記KH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAがSNORA18である上記[1]~[3]のいずれかに記載の膵癌細胞浸潤転移阻害剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るKH型スプライシング調節タンパク質(KHSRP)は、従来、核内でのスプライシングや細胞質内でのmRNAの局在化と分解など、様々な細胞プロセスに関与するRNA結合性タンパク質であることが知られていたが、この度、本発明者は、KHSRPが膵癌細胞の細胞膜突起(葉状仮足)中にも局在し、膵癌細胞の運動性に関与していることを明らかにし、更にKHSRP自体のRNAまたはKHSRP結合性snoRNAをノックダウンすることにより膵癌細胞の浸潤転移を抑制できることを見出した。よって本発明は、膵癌細胞の浸潤転移を抑制できるものとして、非常に有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、ヒト膵癌細胞S2-013株およびヒト膵癌細胞PANC-1株におけるKHSRPおよびアクチンの存在部分を示す蛍光標識写真である。矢印は、細胞膜突起中に局在するKHSRPを示す。
図2図2は、KHSRP-siRNA S2-013株細胞(siKH-1とsiKH-2)とコントロールsiRNA S2-013株細胞(Scr-1とScr-2)のトランスウェル運動性アッセイおよびマトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図3図3は、膵癌細胞を抗KHSRP抗体および抗G3BP抗体(SGマーカー)または抗Ge-1/HEDLS(P-bodyマーカー)で二重標識した結果を示す蛍光標識写真である。
図4図4は、ヒト膵癌細胞S2-013株におけるKHSRP、SNORA18、SNORA22、ユビキチンC mRNAの存在部分を示す蛍光標識写真である。矢印は、細胞膜突起中にKHSRPと結合して局在するSNORA18とSNORA22を示す。
図5図5は、KHSRPのmRNAを標的とするsiRNAを導入したS2-013株細胞(siKH-1)とコントロールsiRNA S2-013株細胞(Scr-1)の共焦点顕微鏡写真である。矢印は、内部にアクチンが重合している細胞膜突起を示す。
図6図6は、mycタグKHSRP回復コンストラクトまたはモックコントロールベクターをコントロールsiRNA細胞またはKHSRP-siRNA細胞に導入したS2-013株細胞で細胞膜突起を有するものを計数した結果を示すグラフである。
図7図7は、コントロールsiRNAを導入したS2-013株細胞(Scr)と、SNORA18 siRNAを導入したS2-013株細胞(si-snora18)の共焦点顕微鏡写真である。矢印は、内部にアクチンが重合している細胞膜突起を示す。
図8図8は、コントロールsiRNAを導入したS2-013株細胞(Scr)と、SNORA22 siRNAを導入したS2-013株細胞(si-snora22)の共焦点顕微鏡写真である。矢印は、内部にアクチンが重合している細胞膜突起を示す。
図9図9は、コントロールsiRNAを導入したS2-013株細胞、SNORA18 siRNAを導入したS2-013株細胞、およびSNORA22 siRNAを導入したS2-013株細胞で細胞膜突起を有するものを計数した結果を示すグラフである。
図10図10は、コントロールsiRNAを導入したS2-013株細胞およびPANC-1株細胞、SNORA18 siRNAを導入したS2-013株細胞およびPANC-1株細胞、並びにSNORA22 siRNAを導入したS2-013株細胞およびPANC-1株細胞のトランスウェル運動性アッセイの結果を示すグラフである。
図11図11は、コントロールsiRNAを導入したS2-013株細胞およびPANC-1株細胞、SNORA18 siRNAを導入したS2-013株細胞およびPANC-1株細胞、並びにSNORA22 siRNAを導入したS2-013株細胞およびPANC-1株細胞のマトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図12図12は、膵臓にS2-013株細胞を移植したヒト膵がん浸潤・転移マウスモデルに対し、葉酸キトサンナノ粒子を付加したコントロールsiRNA、siSNORA18 siRNAまたはSNORA22 siRNAを投与した後のマウスの開腹写真である。矢印はS2-013膵癌腫瘍を示し、矢頭は腹膜播種を示す。
図13図13は、図12の写真撮影後に葉酸キトサンナノ粒子を付加したコントロールsiRNAを投与したマウスから取り出し、ヘマトキシリン・エオジン染色した後腹膜、肺および肝臓の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤は、KH型スプライシング調節タンパク質RNAおよび/またはKH型スプライシング調節タンパク質結合性snoRNAをノックダウンする化合物を有効成分として含む。
【0013】
KH型スプライシング調節タンパク質(KHSRP:KH-type Splicing Regulatory Protein)は、mRNAのAU-rich element(ARE)を認識する4つの隣接するK homology(KH)モチーフを含む一本鎖核酸結合性タンパク質であり、核内や細胞質顆粒中に存在し、mRNAのスプライシング、編集、局在、分解などに関与することが知られている。本発明者は、KHSRPが膵癌細胞の細胞膜突起中にも局在し、膵癌細胞の浸潤転移を促進することを見出し、更にKHSRP自体のRNAおよび/またはKHSRPに結合するsnoRNAをノックダウンすることにより膵癌細胞の浸潤転移を抑制できることを見出した。
【0014】
KHSRPのアミノ酸配列を配列番号1に、KHSRPの遺伝子の塩基配列を配列番号2に示す。配列番号2の塩基配列中、第111~第2246位がコーディング領域である。
【0015】
KHSRP RNAをノックダウンする化合物は、KHSRPをノックダウンできるものであれば特に制限されないが、例えば、KHSRP RNAの一部に結合するsiRNAおよびshRNAが挙げられる。KHSRP RNAに結合するsiRNAおよびshRNAは、KHSRP RNAの切断を誘導する。これらRNAは、細胞内に導入されても染色体内に組み込まれず変異を起こさないことから比較的安全である。また、siRNAは化学合成が比較的容易であり、二本鎖状態では安定である。
【0016】
siRNAは、標的RNAの部分塩基配列と相同なセンスRNAと、当該センスRNAとハイブリダイズ可能なアンチセンスRNAがハイブリダイズした21~23塩基対の二本鎖RNAであり、通常、3’末端はOHのままである一方で5’末端がリン酸化され、3’末端側は1塩基以上、4塩基以下突出していてもよい。siRNAには特異的なタンパク質が結合し、RISC(RNA-Induced-Silencing-Complex)と呼ばれる複合体が形成される。RISCはセンスRNAの塩基配列との相同配列を有するRNAを認識して結合し、RNaseIII様の酵素活性によりRNAを切断する。
【0017】
shRNAは一本鎖RNAからなり、標的RNAの部分塩基配列と相同なセンスRNA領域と、当該センスRNAとハイブリダイズ可能なアンチセンスRNA領域が環状構造を示すリンカーRNAにより結合されており、全体としてヘアピン状の構造を有する。shRNAは3’末端が1塩基以上、4塩基以下突出していてもよく、また、当該3’突出末端はDNAで構成されていてもよい。shRNAは、細胞内で分解され、siRNAと同様にRNA干渉を引き起こす。
【0018】
KHSRP RNAをノックダウンするための標的配列は、RNAiにより有効にノックダウンされるものであれば特に制限されないが、例えば、配列番号3~68の塩基配列のKHSRP RNAを挙げることができる。なお、配列番号3~68の塩基配列は、KHSRP遺伝子の21ntの塩基配列に加えて、2ntのoverhang配列を含んでいる。配列番号3~68の塩基配列は、特に制限されないが、KHSRP RNAをノックダウンするためのsiRNAのセンス鎖に含まれていることが好ましい。KHSRP RNAをノックダウンする化合物は、1種のみ用いてもよいが、2種以上を組み合わせて用いることが好ましい。
【0019】
KHSRP結合性RNAは、膵癌細胞の細胞質の顆粒、特にプロセッシングボディ(P-body)において、KHSRPに結合しているRNAをいう。P-bodyは細胞質に特徴的にみられる粒子様のRNA-タンパク質複合体で、多くのRNA代謝の場となっている。その構成タンパク質は細胞や種によっても大きく異なり、RNAの貯蔵や分解などいろいろな機能を果たす可能性がある。例えば,マイクロRNAによる翻訳抑制や,ポリAの短縮によるRNAの分化の場としても機能している。構成するタンパク質によって機能が変わりうる場所ともいえる(実験医学,2009年2月号,Vol.27,No.3)。
【0020】
snoRNA(small nucleolar RNA,核小体低分子RNA)は、non-coding RNAの一種であり、タンパク質と複合体を形成してsnoRNP(small nucleolar ribonucleoprotein)として機能し、rRNAの修飾やプロセシングに関与する。KHSRP結合性RNAであるsnoRNAとしては、例えばSCARNA21、SNORA38、SNORA25、SNORA18、SNORA22、SNORA14B、SNORA71B、SNORA71D、SNORD97等が挙げられ、SNORA18およびSNORA22から選択される少なくとも一方が好ましく、SNORA18のノックダウンにより膵癌細胞の後腹膜浸潤が顕著に抑制されることからSNORA18が特に好ましい。
【0021】
KHSRP結合性snoRNAをノックダウンする化合物は、KHSRP結合性snoRNAをノックダウンできるものであれば特に制限されないが、例えば、標的snoRNAに結合するsiRNAおよびshRNAが挙げられる。但し、miRNAは、標的mRNAの3’非翻訳領域に結合して翻訳を阻害するものであり、snoRNAはnon-coding RNAであるので、上記化合物はmiRNAでないことが好ましい。
【0022】
KHSRP結合性snoRNAの中で、例えばSNORA18は配列番号69の塩基配列を有し、SNORA22は配列番号70の塩基配列を有する。RNA干渉の標的となる塩基対数は21~23塩基対であることから、これら塩基配列の中から21~23塩基対を標的として選択すればよい。特に、SNORA18に対するsiRNAまたはshRNAとしては配列番号71~74を有するものが好ましく、SNORA22に対するsiRNAまたはshRNAとしては配列番号75~78を有するものが好ましい。これら好適塩基配列は、センス鎖の塩基配列でもアンチセンス鎖の塩基配列であってもよい。
【0023】
(1)アンチセンス鎖の5’末端がAまたはUであり、(2)センス鎖の5’末端がGまたはCであり、且つ(3)アンチセンス鎖の5’末端部の7塩基中の4塩基以上はAまたはUであるRNAが、RNA干渉効果が高いものとして知られている。本発明で使用するsiRNAおよびshRNAは、かかる塩基配列を有するものであってもよいし、有さないものであってもよい。
【0024】
siRNAおよびshRNAは、標的RNAをノックダウンすることができるものである限り、その一部または全部が天然のヌクレオチドではなく、天然のデオキシヌクレオチドや非天然ヌクレオチドで構成されているものであってもよい。かかるsiRNAおよびshRNAは、ヌクレアーゼ耐性が改善される他、ノックダウン活性自体が改善されることもある。非天然ヌクレオチドとしては、例えば、天然のヌクレオチドの2’位水酸基が、メトキシ基などのC1-6アルコキシ基、メトキシメトキシ基などのC1-6アルコキシ-C1-6アルコキシ基、フルオロ基などのハロゲノ基で置換されているものや、2’,4’-BNA、3’-アミノ-2’,4’-BNA、2’,4’-BNACOC、2’,4’-BNANC等、2’位と4’位が架橋されているもの等が挙げられる。これら変異は1種のみに限られず、例えば、置換ヌクレオチドと天然デオキシヌクレオチドを交互に配置する等、2種以上の変異を組み合わせてもよい。また、siRNAが有する特徴的な構造である3’末端突出部位(ダングリングエンド)のヌクレオシドを、同様に、天然のデオキシヌクレオチドであるチミジンに置換したり、塩基部欠損ヌクレオチドや、1,3-ベンゼンジメタノールおよび2,6-ピリジンジメタノール等の芳香族化合物で置換してもよい。
【0025】
上記好適塩基配列を有するsiRNAおよびshRNAは、膵癌細胞においてRNA干渉作用によりKHSRP RNAまたはKHSRP結合性snoRNAの切断を促し、KHSRPとKHSRP結合性snoRNAとの結合を阻害し、延いては膵癌細胞の浸潤転移を抑制する。但し、上記好適塩基配列中に1塩基の欠失、置換もしくは付加を含む塩基配列を有するRNAであっても、同様にRNA干渉作用を示す場合がある。
【0026】
本発明において「(塩基配列を)有する」とは、RNAが所定の塩基配列のみを有するか、或いは、所定の塩基配列に加え、それ以外の塩基配列を有してもよいとの意味であるが、上述したような5’末端の修飾や、3’末端における突出RNAまたは突出DNA以外、RNAの塩基配列は実質的に所定の塩基配列と同一であることが好ましい。
【0027】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤は、上記好適標的塩基配列を有するRNAに加え、上記好適標的塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列を有するRNAを含むことが好ましい。かかる二重鎖により、RNAをより安定化することができる。
【0028】
上記二重鎖は完全な相補鎖からなることが好ましいが、ストリンジェントな条件でハイブリダイズする範囲で完全に相補的でなくてもよいものとする。本発明において「ストリンジェントな条件」とは、150mM以上、900mM以下の塩化ナトリウム濃度、15mM以上、90mM以下のクエン酸ナトリウム濃度、即ち、1~6×SSC、0.1質量%以上、0.5質量%以下のSSDの水溶液中、42℃以上、55℃以下の温度で、5分間以上、15分間以下、1回または2回洗浄する条件をいう。また、センス鎖の塩基配列との完全相補配列に対するアンチセンス鎖の塩基配列の相同性としては、90%以上が好ましく、92%以上がより好ましく、95%以上がさらに好ましい。なお、塩基配列の相同性は、当業者であれば市販の配列解析ソフトウェアを用いて容易に決定することができる。
【0029】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤の一つの態様では、上記センス鎖とアンチセンス鎖がそれぞれ独立に含まれており、これらが二本鎖RNA、即ちsiRNAを形成している。
【0030】
また、本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤の別の態様では、上記センス鎖とアンチセンス鎖がリンカーRNAを介して結合した一本鎖RNAが有効成分として含まれており、当該一本鎖RNA、即ちshRNAはヘアピン構造を有しており、上記センス鎖とアンチセンス鎖がハイブリダイズしており、且つリンカーRNAが環状構造を有する。
【0031】
上記センス鎖とアンチセンス鎖を含むsiRNA、並びに、上記センス鎖、リンカーRNAおよび上記アンチセンス鎖を含むshRNAは、化学合成してもよいし、T7RNAポリメラーゼを用いてインビトロ合成してもよい。
【0032】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤は、上記siRNAまたは上記shRNAを有効成分として1種のみ含むものであってもよいし、或いは2種以上含んでいてもよいものとする。2種以上含む場合の数としては、2以上、8以下が好ましく、3以上、5以下がより好ましい。
【0033】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤は、KHSRP RNAまたはKHSRP結合性snoRNAをノックダウンするsiRNAまたはshRNAを有効成分として含むものであってもよいし、当該siRNAまたはshRNAを発現するベクターを有効成分として含むものであってもよい。
【0034】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤の剤形は、標的部位に有効成分が送達されるものであれば特に制限されず、例えば、注射剤、液剤、徐放剤とすることができる。これら製剤の溶媒としては水が好ましいが、生理食塩水、PBS、血清アルブミン溶液を用いるなどして製剤が最終的に等張液または略等張液となるようにすることが好ましい。その他、本発明に係るRNAを、直接的または間接的に葉酸へ結合させてもよい。膵癌細胞膜の表面には葉酸レセプターが高発現しているため、かかるRNA-葉酸複合体は、膵癌細胞へ選択的に送達および結合される可能性がある。また、本発明に係るRNAをキトサンナノ粒子に結合させてもよい。キトサンナノ粒子は、体内へ静注投与されたsiRNAの酵素分解を抑制する作用を有する。さらに、葉酸-キトサン複合ナノ粒子へ、本発明に係るRNAを結合させることが好ましい。その他、PEG化により血中滞留性の向上したリポソームや、DDS担体としてアテロコラーゲン等が知られている。
【0035】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤の標的部位は、膵臓のみならず、膵癌細胞が転移したリンパ節や他の臓器であってもよい。また、標的部位へ有効成分をより確実に送達するために、剤形としては注射剤が好ましい。また、リポソームや高分子ミセルなど、公知の薬剤送達技術を用いてもよい。
【0036】
本発明に係るDNAは、上記shRNAまたはsiRNAのセンス鎖および/もしくはアンチセンス鎖をコードする塩基配列を有することを特徴とする。更に、上記センス鎖とアンチセンス鎖を別の部位でコードするものであってもよいし、上記センス鎖、リンカーRNAおよび上記アンチセンス鎖を連続してコードするものであってもよい。
【0037】
本発明に係るDNAは、上記shRNAまたはsiRNAのセンス鎖および/もしくはアンチセンス鎖をコードする塩基配列(遺伝子)が発現するよう、さらに、プロモーター、エンハンサー、サイレンサー、スプライシングドナー、アクセプターおよびポリAなどの調節領域を含んでいてもよい。特に、上記コード領域の5’末端側にプロモーターが存在し、3’末端側に転写を終結させるためのターミネーターが連結されていることが好ましい。
【0038】
本発明に係るDNAは、上述したとおり上記shRNAまたはsiRNAのセンス鎖および/もしくはアンチセンス鎖をコードする塩基配列などを有するので、細胞内に導入されることにより、上記shRNAまたはsiRNAのセンス鎖および/もしくはアンチセンス鎖が細胞内で産生され、RNA干渉により標的RNAが分解される。よって、本発明に係るDNAが挿入されたベクターは、膵癌細胞浸潤転移阻害剤の有効成分となり得る。
【0039】
本発明で用いるベクターは、プラスミドベクターや、無毒化したウィルスベクター、また、リポソームベクターなど公知のベクターから適宜選択すればよい。
【0040】
本発明に係るベクターは、リポフェクトアミン法など脂質を媒体とする担体輸送法、リン酸カルシウムなどの化学物質を媒介する方法、マイクロインジェクション、遺伝子中による打ち込み法、電気穿孔法など、公知方法により標的細胞内へ送達することができる。
【0041】
運動性、浸潤性および転移性の高い膵癌細胞において、細胞膜突起中にはKHSRPと結合して集積しているRNAが存在している。このRNAが膵癌細胞の運動性に関与することが、本発明者の実験により確認されている。本発明においては、膵癌細胞においてKHSRP RNAまたはKHSRP結合性snoRNAをノックダウンすることにより、膵癌細胞の浸潤転移を抑制することが可能となる。
【0042】
本発明に係る膵癌細胞浸潤転移阻害剤の投与量や投与頻度は、それぞれの剤形や、患者の重篤度、年齢、性別、体重などにより適宜調整すればよい。
【実施例
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0044】
実施例1: 膵癌細胞におけるKHSRPの局在確認
ヒト膵癌(PDAC)のS2-013細胞株はネブラスカ大学Dr.Michael Hollingsworthより寄贈され、同じくPDACのPANC-1細胞株はAmerican Type Culture Collectionから入手した。
免疫細胞化学的手法を用いて、2種類の膵癌細胞におけるKHSRPとアクチンの局在を確認した。結果を図1に示す。図1中の矢印は、細胞膜突起中に局在するKHSRPを示す。
図1に示される結果の通り、S2-013株でもPANC-1株でも、KHSRPは核内や細胞質のみならず細胞膜突起内に蓄積していることが認められた。また、細胞膜突起は重合したアクチン構造を有していた。
【0045】
実施例2: 膵癌細胞の運動性と浸潤性に対するKHSRPノックダウンの効果
(1)トランスウェル運動性アッセイとマトリゲル浸潤アッセイ
KHSRPが膵癌細胞の運動性と浸潤性に影響を及ぼすか否か調べた。具体的には、KHSRP siRNA(「TR311984」Origene Technologies社製)のベクターを用い、公知方法(TANIUCHI Kら,Oncotarget.,2014,5,6832-6845)に従って、KHSRPの発現が安定的に抑制されたS2-013株細胞を作製した。細胞は、KHSRP発現の抑制がウエスタンブロット分析によって確認されたもののみ使用した。KHSRPの発現が抑制されたS2-013株細胞を、上記文献に記載されたトランスウェル運動性アッセイとマトリゲル浸潤アッセイに付した。2種のスクランブルコントロールRNAi(Scr-1およびScr-2)を発現させたS2-013株細胞の結果と合わせて、それぞれの結果を図2に示す。図2中、「*」はt-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
図2に示される結果の通り、KHSRPのmRNAを標的とするsiRNAを導入したKHSRP-RNAi S2-013株細胞(図2中、siKH-1とsiKH-2)の運動性と浸潤性は、スクランブルコントロール細胞に比べて有意に低いことが分かった。
また、KHSRPをコードするcDNAを増幅するために、S2-013株細胞のRNAを鋳型としてRT-PCRを行った。得られたPCR産物を、C-末端にmyc-DDKタグを生じるpCMV6-Entryベクター(Origene社製)に挿入した。以下、得られたベクターを「KHSRP-pCMV6」という。siKH-1およびsiKH-2クローン細胞に、KHSRP発現を回復させるため、トランスフェクション試薬(「X-tremeGENETM HP DNA Transfection Reagent」Roche社製)を用い、KHSRP-pCMV6を導入したsiKH-1およびsiKH-2クローン細胞を使って同様の実験を行ったところ、運動性と浸潤性が回復した(図示せず)。
【0046】
(2)in vivo実験
6週齢の免疫適格性雌BALB/cSlc-nu/nuマウスを、日本SLC社から入手した。スクランブルコントロールRNAiクローン(Scr-1およびScr-2)と、KHSRPをノックダウンしたS2-013株細胞(siKH-1およびsiKH-2)8.0×105を10μLのPBSに懸濁させた。アベルチン(0.375g/kg体重)を腹腔内投与することによりマウスを麻酔し、各細胞懸濁液を膵臓の頭部にゆっくり注射した。移植から42日後にマウスを安楽死させた。後腹膜への腫瘍浸潤、および肺と肝臓への転移性病変の存在を、ヘマトキシリンおよびエオシン染色によって分析した。また、膵臓腫瘍を切除し、検査し、そして秤量した。結果を表1に示す。表中、「*」は、フィッシャーの正確確率検定において、Scr-1およびScr-2の結果に対してp<0.05で有意差があることを示す。
【0047】
【表1】
【0048】
表1に示される結果の通り、KHSRPがノックダウンされた膵癌細胞は、後腹膜への浸潤と肝臓および肺への転移のいずれも有意に抑制されていることが証明された。
【0049】
以上の結果より、KHSRPは膵癌細胞の運動性と浸潤性に重要な役割を果たしていることが示された。
【0050】
実施例3: KHSRPの局在位置の同定
ストレス顆粒とは、ストレス刺激に応答して一過性に形成される細胞内構造体であり、ストレスから細胞を防御する機構と考えられており、ストレス顆粒には、数種類のRNA結合タンパク質、40Sサブユニットリボソームタンパク質、および翻訳開始因子が存在する(Loreni Fら,Oncogene.,2014,33,2145-2156)。また、プロセシングボディ(P-body)は細胞質に特徴的にみられる粒子様の構造で、RNA-タンパク質の複合体であり、RNAの貯蔵や分解など、RNA代謝の場となっている。miRNAによるRNAサイレンシングの代替モデルとして、P-body内でmRNAがRISC(RNA-induced silencing complex)と相互作用するものが報告されている(Liu Jら,Nat.Cell.Biol.,2005,7,719-723)。これらは、非翻訳RNAを含み、翻訳機構を除外する細胞質病巣である(Teixeira Dら,Rna,2005,11,371-382)。
KHSRP含有顆粒がストレス顆粒(SG)かP-bodyかを調べるために、フィブロネクチン上で培養したS2-013株細胞を、抗KHSRP抗体、および抗G3BP抗体(SGマーカー)、または抗Ge-1/HEDLS(P-bodyマーカー)で二重標識した。結果を図3に示す。
図3に示される結果の通り、KHSRPは、細胞質顆粒においてG3BPと共存しない一方で、P-bodyと共局在していた。これらのデータは、P-bodyに局在するKHSRPが、膵癌細胞中の特定のmRNAのレベルを調節するように機能し得ることを示している。
【0051】
実施例4: KHSRPの標的転写産物の同定
KHSRP含有顆粒に局在するKHSRP結合転写物を同定するために、抗KHSRP抗体、およびフィブロネクチン上で増殖させたS2-013株細胞からの細胞抽出物を用いてRNA免疫沈降(RIP)を行い、続いて得られた免疫沈降物中のRNAを同定するための次世代配列決定を行った。RIPアッセイの結果、ウサギIgGアイソタイプコントロール免疫沈降物と比較して、抗KHSRP免疫沈降物中で有意に濃縮されている501個のRNAが同定された。501個のRNAから得られた完全な遺伝子リストを遺伝子発現オムニバスデータベース(www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/)にアップロードした(GEO登録番号:GSE120853)。かなりの数のsnoRNAが、KHSRP結合性RNA候補のトップ10にリストされていた(表2)。
【0052】
【表2】
【0053】
KHSRP結合性RNAの生物学的機能性についてさらに洞察を得るために、遺伝子オントロジー(GO)分析を行い、遺伝子リストと一致するGOタームを同定した。このGOセットは、アポトーシス、RNAスプライシング、翻訳、スプライセオソームを介した核内mRNAスプライシング、およびmRNAプロセシングを含んでいた。これらの機能に関連する任意のGOタームと一致したKHSRP結合性mRNAを表3に列挙する。
【0054】
【表3】
【0055】
本発明者は以前に、膵癌細胞組織におけるADP-リボシル化因子6(ARF6)およびRhoグアニンヌクレオチド交換因子4(ARHGEF4)の過剰発現が膵癌細胞の生存と相関し、それらが細胞膜突起を増加させることによって膵癌細胞の運動性および浸潤性を促進することを報告した。それに対して本研究では、KHSRPがsnoRNAと結合することが世界で初めて見出されたため、KHSRP結合性mRNAに焦点を合わせるのではなく、新規の所見であるKHSRP結合性snoRNAの機能を分析した。逆転写PCR(RT-PCR)を実施して、表2に記載のsnoRNAがKHSRPと免疫沈降することを確認した。その結果、表2に記載の全てのsnoRNAが抗KHSRP抗体で免疫沈降した一方で、アイソタイプ対照抗体で免疫沈降しなかった。
免疫細胞化学およびRNA蛍光in situハイブリダイゼーションを一緒に用い、フィブロネクチン上で培養されたS2-013株細胞の細胞質顆粒内でSNORA18およびSNORA22がKHSRPと共局在し、これらのsnoRNAがKHSRPと共局在することを示した(図4)。一方、対照ユビキチンC mRNAは、フィブロネクチン上で培養したS2-013株細胞においてKHSRPと共存しなかった(図4)。
【0056】
実施例5: 細胞膜突起におけるKHSRPの役割
フィブロネクチン上で培養したスクランブルコントロールsiRNAを恒常的に発現するS2-013株コントロールクローン(Scr-1)と、KHSRP特異的なsiRNAを恒常的に発現するKHSRP発現抑制S2-013株クローン(siKH-1)を共焦点顕微鏡で観察した。結果を図5に示す。図5中、矢印は、内部にアクチンが重合している細胞膜突起を示す。
図5に示される結果の通り、細胞膜突起におけるアクチン重合構造が、フィブロネクチン上で培養したScr-1 S2-013株コントロール細胞よりも、KHSRP発現が抑制されたsiKH-1 S2-013株細胞においてより少ないことが明らかにされた。逆に重合していないアクチン構造は、Scr-1 S2-013株コントロール細胞よりも、siKH-1 S2-013株細胞の細胞質においてより豊富であった。
モックコントロールベクター、または実施例2(1)で作製したKHSRP-pCMV6をコントロールRNAi S2-013株細胞またはKHSRP-RNAi S2-013株細胞に一時的に導入し、48時間後、共焦点顕微鏡で観察した。KHSRP-pCMV6の導入により、KHSRP-RNAi S2-013株細胞においても、細胞膜突起におけるアクチン重合構造が再現した(図示せず)。また、細胞膜突起を有する細胞を計数した。結果を図6に示す。
図6に示される結果の通り、細胞膜突起を有する細胞の数は、モックコントロールベクターを導入したKHSRP-RNAi S2-013株細胞よりも、KHSRP-pCMV6を導入したKHSRP-RNAi S2-013株細胞において有意に豊富であった。
これらの結果は、KHSRPがアクチンの重合を誘導して細胞膜突起の形成を増加させることを示している。
【0057】
実施例6: 細胞膜突起の形成におけるKHSRP結合性snoRNAの役割
本発明者は、そのmRNAがRNA結合タンパク質インスリン様成長因子2 mRNA結合タンパク質3(IGF2BP3)に結合しているARF6およびARHGEF4タンパク質が細胞膜突起に蓄積し、それによって膵癌細胞における細胞膜突起形成に寄与することを以前に報告している(Taniuchi Kら,Oncotarget.,2014,5,6832-6845;Taniuchi Kら,Int.J.Oncol.,2018,53,2224-2240)。
KHSRP結合性snoRNAであるSNORA18およびSNORA22が細胞膜突起の誘導に関与する否かを決定するために、スクランブルドコントロールsiRNA、SNORA18 siRNA、およびSNORA22 siRNAで一過性にトランスフェクトしたS2-013株細胞の細胞膜突起内のアクチン重合構造を分析した。
トランスフェクションの72時間後の半定量的RT-PCRデータに基づくと、SNORA18およびSNORA22の発現は、SNORA18 siRNAトランスフェクトまたはSNORA22 siRNAトランスフェクトS2-013株細胞よりも、スクランブルコントロールsiRNAトランスフェクトS2-013株細胞において著しく高いことが確認された。共焦点顕微鏡による観察では、フィブロネクチン上で培養したS2-013株細胞におけるSNORA18またはSNORA22のノックダウンが、アクチン重合構造を減少させることを明らかにした(SNORA18-ノックダウンについては図7、SNORA22-ノックダウンについては図8)。図7および図8中、矢印は、内部にアクチンが重合している細胞膜突起を示す。
更に、フィブロネクチン上で培養したS2-013株細胞におけるSNORA18およびSNORA22のノックダウンは、細胞膜突起の形成を有意に阻害した(図9)。
これらの結果は、ノンコーディングRNAであるSNORA18およびSNORA22が、膵癌細胞の細胞膜突起の形成において役割を果たすことを示している。
【0058】
実施例7: 膵癌細胞の運動性と浸潤性に対するKHSRP結合性snoRNAの役割
トランスウェル運動性アッセイにおいて、S2-013株細胞およびPANC-1株細胞の運動性は、スクランブルドコントロール細胞よりも、SNORA18-ノックダウン細胞およびSNORA22-ノックダウン細胞において有意に低かった(図10)。
マトリゲル浸潤アッセイにおいて、S2-013株細胞およびPANC-1株細胞の浸潤性は、コントロール細胞におけるよりもSNORA18-ノックダウン細胞およびSNORA22-ノックダウン細胞において有意に低かった(図11)。
これらの結果は、SNORA18およびSNORA22が膵癌細胞の運動性および浸潤性の促進と関連することを示している。
【0059】
実施例8: 膵癌モデルマウスにおけるSNORA18とSNORA22のノックダウンによる膵癌細胞の浸潤と転移に対する効果
インビボイメージング研究によれば、膵癌(PDAC)の同所性マウスモデル(マウス膵臓にヒト膵癌株細胞を移植したヒト膵癌浸潤・転移マウスモデル)に静脈内注射された葉酸(FA)修飾ポリエチレングリコール(PEG)-キトサンオリゴ糖乳酸(COL)ナノ粒子を付加したsiRNAは、マウス膵臓のS2-013株由来PDAC腫瘍におけるPDAC細胞に取り込まれる(Taniuchi Kら,Oncotarget.,2019,10,2869-2886)。そこで、インビボでの浸潤性および転移に対するSNORA18およびSNORA22の効果を研究するために、SNORA18およびSNORA22に対するsiRNA-FA-PEG-COLナノ粒子をPDAC同所性マウスモデルに静脈内注射した。SNORA18 siRNAとしては、配列番号4の塩基配列を有するセンス鎖が相補的なアンチセンス鎖と結合した21塩基の二本鎖siRNAを用い、SNORA22 siRNAとしては、配列番号8の塩基配列を有するセンス鎖が相補的なアンチセンス鎖と結合した21塩基の二本鎖siRNAを用いた。
6週齢のヌードマウスの膵臓にヒト膵癌細胞株S2-013を移植した膵癌浸潤転移モデルを用いた。具体的には、第1日目にイソフルランを用いた吸入麻酔により48匹のヌードマウスを麻酔し、開腹して膵臓を露出した。100万個のヒト膵癌細胞株S2-013を0.1mLのPBSに懸濁し、各マウスの膵臓内に移植した。siRNAはSNORA18とSNORA22に対するものと、コントロールとしてスクランブルsiRNAを用いた。合成した各siRNAを葉酸キトサンナノ粒子に付加した。ヒト膵癌細胞を移植した各群のマウスにそれぞれの葉酸キトサンナノ粒子付加siRNAを1回/週の頻度で尾静脈へ投与した。マウスに全身投与されたsiRNAは、キトサンナノ粒子によりヒト膵癌組織まで受動的に送達され、葉酸が膵癌細胞上の葉酸受容体を介して効率的なエンドサイトーシスを促すことを期待できる。合計5回のsiRNA静注投与を行った。S2-013株細胞の移植から6週間後、マウスを安楽死させ、膵癌組織、肺、および肝臓の切片をヘマトキシリン-エオシン染色し、後腹膜浸潤、腹膜播種、ならびに肝臓および肺への転移の存在を判定した。各マウスの開腹写真を図12に、コントロールマウスの後腹膜、肺および肝臓のマトキシリン-エオシン染色写真を図13に、また、結果を表4にまとめる。なお、表4中、「*」は、フィッシャー直接検定において、3種類のコントロール群れであるPBS投与コントロールマウス、スクランブルコントロールsiRNA-COLナノ粒子投与コントロールマウス、およびスクランブルコントロールsiRNA-FA-PEG-COLナノ粒子投与コントロールマウスに対してp<0.05で有意差があることを示す。
【0060】
【表4】
【0061】
3種類のコントロール群の膵癌モデルマウスには、広範囲の腹膜癌腫症が70%に見られ(図12)、後腹膜の局所浸潤と、肺および肝臓への転移が高率で認められた(図13)。
一方、SNORA18およびSNORA22に対するsiRNA-FA-PEG-COLナノ粒子を投与した膵癌モデルマウスでは、対照群と比較して、後腹膜浸潤および肺転移が有意に阻害されており、特にSNORA18に対するsiRNA-FA-PEG-COLナノ粒子は、後腹膜浸潤を強く阻害した(表4)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【配列表】
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