(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-13
(45)【発行日】2024-03-22
(54)【発明の名称】発酵種の製造方法、ベーカリー製品生地の製造方法、及びベーカリー製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
A21D 8/04 20060101AFI20240314BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20240314BHJP
C12P 1/02 20060101ALI20240314BHJP
C12P 1/04 20060101ALI20240314BHJP
【FI】
A21D8/04
A21D13/00
C12P1/02 Z
C12P1/04 Z
(21)【出願番号】P 2019139407
(22)【出願日】2019-07-30
【審査請求日】2022-07-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000187079
【氏名又は名称】昭和産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100159178
【氏名又は名称】榛葉 貴宏
(74)【代理人】
【識別番号】100206689
【氏名又は名称】鈴木 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】田中 潤平
(72)【発明者】
【氏名】冨石 雄也
(72)【発明者】
【氏名】堀士 忠則
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-244274(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-0844575(KR,B1)
【文献】特開2001-086976(JP,A)
【文献】特開2019-024336(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵条件の異なる2以上の発酵工程を連続的に行う発酵種の製造方法であって、
第一菌種を用いる第一段階の発酵工程と、第一段階の発酵工程で用いられる第一菌種とは異なる追加菌種を加えて発酵を行う
第二段階の発酵工程を1以上と、を有し、
前記第一段階の発酵工程では、原料として砂糖を添加し、前記第一菌種として
デキストラン生成菌を用いて発酵を行
い、前記第二段階の発酵工程では、原料としてα化穀粉を添加し、前記追加菌種とし
て酵母または麹
菌を追加して発酵を行うこと、を特徴とする発酵種の製造方法。
【請求項2】
前記第一段階の発酵工程における発酵時間が、前記第二段階の発酵工程における発酵時間よりも長い、請求項1に記載の発酵種の製造方法。
【請求項3】
前記第二段階の発酵工程において、小麦粉よりもα化穀粉を多く添加する、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記第一段階の発酵工程を26℃以下で行う、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の発酵種の製造方法。
【請求項5】
前記第二段階の発酵工程も26℃以下で行う、請求項4に記載の発酵種の製造方法。
【請求項6】
発酵種が液状または流動状の発酵種である、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の発酵種の製造方法。
【請求項7】
発酵種がベーカリー製品用の発酵種である、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の発酵種の製造方法。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の発酵種の製造方法によって製造された発酵種を用いてベーカリー製品生地を製造する、ベーカリー製品生地の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の発酵種の製造方法によって製造された発酵種を用いてベーカリー製品を製造する、ベーカリー製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーカリー製品の製造に用いられる発酵種の製造方法、ベーカリー製品生地の製造方法、及びベーカリー製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ベーカリー製品の風味や食感を向上させるために、発酵種を用いてベーカリー製品を製造する方法が知られている。代表的な発酵種として、「サワー種」、「ホップ種」、「酒種」、「パネトーネ種」等が挙げられ、ベーカリー製品に風味や食感面で特徴を付与する目的で、リテールベーカリーを中心に、これらの発酵種が製造され、用いられている。また、特許文献1では、乳酸菌及びパン酵母を混合して共発酵させることで、様々な風味を有する発酵種を得る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、発酵種の製造は、1種類の菌種を用いるか、特許文献1のように、複数の菌種を混在した菌種群を用いて行われていた。1種類の菌種で発酵を行う場合でも、複数の菌種が混在した菌種群による共発酵を行う場合でも、発酵種の特徴(風味・呈味成分の質や量)は、仕込み時に用いた菌種又は菌種群と、発酵条件によりある程度固定化されていた。また新規の菌種や菌種群の探索、共発酵に用いる菌種の組合せの工夫などにより、既存の発酵種にない特徴付けも検討されているが、単一の発酵条件での発酵を前提としているため、風味・呈味成分の質や量の改善効果は不十分であった。
【0005】
本発明は、風味豊かで食感に優れるベーカリー製品を製造するための発酵種の製造方法、ベーカリー製品生地の製造方法、及びベーカリー製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、下記(1)~(7)の発酵種の製造方法、下記(8)のベーカリー製品生地の製造方法、及び下記(9)のベーカリー製品の製造方法に関する。
(1)発酵条件の異なる2以上の発酵工程を連続的に行う発酵種の製造方法であって、第一菌種を用いる第一段階の発酵工程と、第一段階の発酵工程で用いられる第一菌種とは異なる追加菌種を加えて発酵を行う第二段階の発酵工程を1以上と、を有し、
前記第一段階の発酵工程では、原料として砂糖を添加し、前記第一菌種としてデキストラン生成菌を用いて発酵を行い、前記第二段階の発酵工程では、原料としてα化穀粉を添加し、前記追加菌種として酵母または麹菌を追加して発酵を行うこと、を特徴とする発酵種の製造方法。
(2)前記第一段階の発酵工程における発酵時間が、前記第二段階の発酵工程における発酵時間よりも長い、上記(1)の発酵種の製造方法。
(3)前記第二段階の発酵工程において、小麦粉よりもα化穀粉を多く添加する、上記(1)または(2)の発酵種の製造方法。
(4)前記第一段階の発酵工程を26℃ 以下で行う、上記(1)ないし(3)のいずれかの発酵種の製造方法。
(5)前記第二段階の発酵工程も26℃以下で行う、上記(1)ないし(4)のいずれかの発酵種の製造方法。
(6)発酵種が液状または流動状の発酵種である、上記(1)ないし(5)のいずれかの発酵種の製造方法。
(7)発酵種がベーカリー製品用の発酵種である、上記(1)ないし(6)のいずれかの発酵種の製造方法。
(8)上記(1)ないし(7)のいずれかの発酵種の製造方法によって製造された発酵種を用いてベーカリー製品生地を製造する、ベーカリー製品生地の製造方法。
(9)上記(1)ないし(7)のいずれかの発酵種の製造方法によって製造された発酵種を用いてベーカリー製品を製造する、ベーカリー製品の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、風味の質(豊かさ)、量(強さ)に優れ、ふんわりとしつつもしっとりとした食感のベーカリー製品を製造することができる発酵種の製造方法、ベーカリー製品生地の製造方法、及びベーカリー製品の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】発酵種の製造方法を説明するための図である。
【
図2】本実施形態に係る発酵種の状態を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
発酵種とは、パンの主原料である澱粉質、とくに穀粉(好ましくは小麦粉)を発酵の基質として使用した発酵製品であって、原材料の一つとして添加した菌類、あるいは原材料に付着又は環境中に存在している菌類を選択的に発酵させ、培地中に菌類が生存している状態のものをいう。発酵種は、パンに特徴的な風味や呈味を付与する目的で使用され、製パン時にイーストの替わりに使用してパンの発酵を行う以外にも、パン生地の原材料の一つとしてイーストとともに添加して用いられる。発酵種は、ライ麦粉、小麦粉、デュラム小麦粉、米粉などの穀粉、あるいはぶどう、リンゴなどの果実を主な原料とし、酵母や乳酸菌などの発酵微生物により発酵させたものが知られており、「ルヴァン種」、「ポーリッシュ種」または「サワー種」あるいは「果実種」と呼ばれるものや、米麹を使用する「酒種」、ホップを含む「ホップ種(ホップス種)」などが広く利用されている。なお、本発明において発酵種とは、狭義の発酵種を意味し、いわゆる広義の発酵種を意味する場合に含まれる「中種」などとは異なる。すなわち、いわゆる「中種」は、最終ベーカリー製品の原料の一部が用いられ、製造された「種」の全量が次工程に供されるのに対して、本発明の発酵種は、原料の一部として別途準備される「種」であり、ベーカリー製品の製造に際しては「種」の一部が原料として用いられる点で異なる。
【0010】
従来の一般的な発酵種の製造においては、1種類の菌種又は複数の菌種が混在した菌種群による発酵が行われ、発酵過程の途中で意図的に別の菌種又は菌種群を追加して発酵させることは行われていなかった。また複数の発酵工程を繰り返す種継製法は、原材料を混合して発酵し、次回混合において、その発酵物の一部と原材料(初回混合に用いた原材料と同じものを一部又は全部)を加え混合し、発酵を行う手順を繰り返し行う製法であり、途中の発酵工程において、意図的に別の菌種又は菌種群を追加して発酵させることは行われていなかった。
【0011】
これに対して、本発明に係る発酵種の製造方法では、2以上の発酵工程を有し、途中段階の発酵工程において、意図的に、第一段階の発酵に用いていた菌種(菌種群である場合を含む。以下同様。;以下「第一菌種」ともいう)とは異なる、菌種(菌種群である場合を含む。以下同様。;以下「追加菌種」ともいう)を追加して、後段の発酵を行うことを特徴とする。
【0012】
具体的には、本発明に係る発酵種の製造方法では、
図1に示すように、第一段階の発酵工程で用いられる第一菌種と、後段の発酵工程のいずれかで追加される追加菌種とは、菌の種類や組合せが異なることを特徴とする。発酵に用いられる菌種(菌種群である場合を含む)は、特に限定されないが、乳酸菌、酵母、麹菌から選択される1以上から、第一菌種と追加菌種とが異なる組合せで用いられることが好ましい。第一菌種は、乳酸菌、酵母、麹菌から選択される1以上であることが好ましく、乳酸菌(乳酸菌を主体とする菌種群であってもよい)であることがより好ましい。追加菌種は、乳酸菌、酵母、麹菌から選択される1以上であることが好ましく、酵母及び/又は麹菌を主体とする菌種群であることがより好ましい。
また、本発明に係る発酵種の製造方法では、追加菌種を追加する発酵工程は1以上あればよい。追加菌種を追加する発酵工程が2以上ある場合は、2回目以降に追加される追加菌種は、その直前で追加された追加菌種と異なる菌種(菌種群である場合を含む)であることが好ましい。たとえば、追加菌種を追加する発酵工程を3とする場合は、第一菌種として乳酸菌を用い、最初の追加菌種として酵母を用いたとき、2回目の追加菌種には、酵母以外の菌種を用い、3回目の追加菌種には、2回目の追加菌種以外の菌種を用いる構成とすればよい。
【0013】
2以上の発酵工程を有し、途中段階の発酵工程において、意図的に、第一菌種とは異なる追加菌種を追加して、後段の発酵を行うことにより、風味成分を多様化できるだけでなく、各々の菌種に適した発酵条件を経ることで風味も強くすることができる。本発明の製造方法により得られた発酵種は、パンに豊かで濃厚な風味を付与することができ、さらにはしっとりとした食感とふんわりとした食感とをバランスよく付与することができる。なお、発酵種の製造においては、環境中に存在する乳酸菌等の菌種(菌種群である場合を含む)の混在が起こり得るが、本発明における第一菌種及び追加菌種は、共に意図的に添加される菌種(菌種群である場合を含む)である。
【0014】
なお、本発明において、後述する乳酸菌等の「種起こし」、酵母等の「予備発酵」、「製麹」の各工程は、各菌種が発酵種の発酵に適する状態に移行するための前処理工程であり、本発明における発酵工程には含まれない。
【0015】
乳酸菌は、乳酸や酢酸などの有機酸を含む様々な風味・呈味成分や、機能性成分を生成する。乳酸菌による発酵生成物を効率的に得るには、乳酸菌が優位な状態で発酵を行うことが望ましく、第一段階の発酵工程を乳酸菌による発酵工程とすることがより好ましい。そこで、第一菌種を乳酸菌とすることが好ましい。また乳酸菌を含む菌(菌種群である場合を含む)は、予め種起こしを行った元種を準備して用いることが好ましい。
代表的な乳酸菌としては、Lactobacillus plantarumや
Lactobacillus sanfranciscensisなどが挙げられる。また特徴的な成分を生成する乳酸菌として、Leuconostoc
mesenteroidesやLeuconostoc dextranicumなどのデキストラン生産菌、Lactobacillus paracaseiに属するGABA高生産菌(たとえば乳酸菌NFRI7415株)などが知られている。
複数の乳酸菌を用いる場合、これを混合して用いてもよいが、それぞれを別々の発酵工程で追加する構成としてもよい。
【0016】
酵母は、糖分を消化し、アルコール類や有機酸などの風味成分を生成する。ベーカリー製品の製造に用いられる酵母であれば特に制限はなく、生イースト、ドライイースト、インスタントドライイーストなどの工業的に生産されている市販のパン酵母でも、また発酵種の発酵に適している限り、いわゆる果物や穀物等から自家採捕した酵母でも良い。このような酵母として、パン酵母として用いられるSaccharomyces
cerevisiaeや、発酵種に用いられるSaccharomyces
exiguousなどが挙げられる。また、酵母を含む菌(菌種群である場合を含む)は、当該酵母の形態・種類などに応じて、予備発酵を行った後に用いるのが好ましく、たとえば、ドライイーストを用いる場合には、予備発酵を行った後に用いることで、酵母による発酵状態を良好なものとすることができる。
【0017】
本実施形態において、酵母は、追加菌種として第二段階以降の発酵工程において添加されることが好ましいが、第一菌種として第一段階の発酵工程において添加することもできる。また、酵母は、麹菌と混在した菌種群として発酵に用いることもできる。
【0018】
麹菌は、ベーカリー製品を製造した場合に麹由来の豊かな風味をベーカリー製品に付与することができる発酵種を製造することができる。麹菌としては、豆を原料とした豆麹や、麦を原料とした麦麹、米を原料とした米麹などを用いることができ、米麹を用いることが好ましい。種麹としては、特に限定されないが、例えば酒種に用いられる
Aspergillus oryzaeなどを用いることができる。なお、本発明における「麹菌」とは、種麹の状態ではなく、製麹後の状態、すなわち豆麹、麦麹、米麹などの出麹された状態の麹菌を意味する。
【0019】
麹菌も、酵母と同様に、追加菌種として第二段階以降の発酵工程において添加されることが好ましいが、第一菌種として第一段階の発酵工程において添加することもできる。また、上述したように、麹菌も、酵母と混在した菌種群として発酵に用いることができる。
【0020】
発酵原料は、通常、発酵種に用いられる原料にて構成すればよい。主原料は、小麦粉、ライ麦粉、デュラム小麦粉、米粉等の穀粉が好ましい。また、ショ糖、ぶどう糖、乳糖、オリゴ糖などの糖類や、各種の生澱粉やα化澱粉、α化穀粉、ポテト、リンゴ、ブドウ、ホップなどの原料を含むことができる。特に、発酵に用いられる菌種(菌種群である場合を含む)が資化する糖類を共存させるのが好ましく、用いられる菌種(菌種群である場合を含む)の特性に合わせて適切な糖類を選択すればよい。
【0021】
菌種(菌種群である場合を含む)として、酵母及び/又は麹菌を含む発酵工程では、α化穀粉を共存させるのが好ましい。
α化穀粉としては、小麦、ライ麦、ライ小麦、米、大麦、とうもろこし、ゴマ、豆類、稗、粟、黍、ソバ、キヌア、アマランサスなどを原料とするものとすることができる。特に、α化小麦粉、または、α化米粉を用いることが好適である。穀粉のα化処理の方法は、穀粉中の澱粉をα化させることができる方法であれば特に限定されず、一例として、穀粉を加熱処理する方法が挙げられる。また、穀粉のα化度も、特に限定されないが、50%以上であることが好ましい。
【0022】
発酵工程における発酵条件は、特に限定されず、発酵に用いる菌種(菌種群である場合を含む)に応じて適宜最適な条件を設定すればよい。たとえば、各発酵工程において、発酵温度:15~40℃、好ましくは22~30℃、発酵時間:6~48時間、好ましくは6~24時間が例示される。なお、発酵温度は、たとえば、発酵タンク内で発酵種が均一になるように撹拌を行った後に、発酵種の中心部付近の温度を測ることで管理することができ、必要に応じて加温、冷却等の温調管理を行う手段を用いてもよい。
【0023】
また、本発明に係る発酵種の製造方法では、冷蔵温度帯への移行による発酵休止の工程(発酵休止工程)を設けることもできる。発酵休止工程を設けることでパン類の製造スケジュールに合わせて、発酵種の製造を効率化できる。この発酵休止工程は、発酵に用いる菌種(菌種群である場合を含む)の発酵の進行を半強制的に抑制する工程であるが、発酵を完全に止める必要はない。冷蔵温度帯へ移行する方法としては、発酵タンク自体を冷却して発酵タンク内の発酵種を冷却する方法、発酵種を発酵タンクとは別の容器に移して低温下に移動させることで発酵種を冷却する方法などが例示される。また均一な冷却を行うために、発酵種の撹拌(連続撹拌でも間欠撹拌でもよい)を行うのが望ましい。発酵休止工程における発酵種の温度は、0~12℃、好ましくは0~10℃に冷却されて維持される。発酵工程を再開させる場合は、発酵タンクを加温する、追加原料に温水を利用する等の手段により発酵種の温度を目的の発酵温度まで回復させればよい。
【0024】
また、本発明に係る発酵種の製造方法では、種継製法の手法を組合せた発酵工程とすることもできる。たとえば、第一菌種による発酵工程(1)後に、原料と、必要に応じて第一菌種を追加して、次段の発酵工程(2)を行う構成や、追加菌種(a)を追加して発酵を行った発酵工程(A1)後に、原料と必要に応じて追加菌種(a)をさらに追加して、次段の発酵工程(A2)を行う構成を組合せることができる。
【0025】
各発酵工程における発酵の終点管理は、予め設定した発酵時間の経過により次段の発酵工程に移行する構成とする以外にも、発酵種のpH、酸度、または粘度を必要に応じて測定し、一定の条件となった場合に、次段の発酵工程に移行する構成とすることができる。また、当該発酵工程において目的とする発酵生成物の生成量を終点管理の指標とすることもできる。
最終段階の発酵工程における発酵の終点管理も同様にして設定すればよい。また、発酵の停止方法としては、一時的に加熱することも例示できる
最終段階の発酵工程における発酵の終点の一例として、pHで管理する場合はpH:3.0~4.5、酸度で管理する場合は酸度:6以上、粘度で管理する場合は粘度:100~1000mPa・sが挙げられ、発酵生成物である乳酸や酢酸で管理する場合は、乳酸:400ppm以上、1000ppm以上、あるいは1500ppm以上かつ10000ppm以下、酢酸:1000ppm以上、2000ppm以上、あるいは3000ppm以上かつ20000ppm以下などの管理値が挙げられる。
なお、発酵種の粘度はたとえばB型粘度計で測定でき、乳酸や酢酸の含有量は、たとえば有機酸分析システム((株)島津製作所社製)を用いて測定することができる。
【0026】
本発明の発酵種は、最終段階の発酵工程終了後、そのまま製パン工程に供することができるが、一旦冷蔵保存(または冷凍保存)してから使用することもできる。冷蔵(または冷凍)する手段としては、発酵タンク自体を冷却して発酵タンク内の発酵種を冷却する方法、発酵種を発酵タンクとは別の容器に移して低温下に移動させることで発酵種を冷却する方法などが例示される。冷蔵保存した発酵種は、そのまま製パン工程に供することもできるが、室温付近まで温度を回復させてから用いることもできる。また冷凍保存した発酵種は、少なくとも解凍工程を経てから、製パン工程に供するが、必要に応じて解凍後室温付近まで温度を回復させてから用いることもできる。
【0027】
また、本発明に係る発酵種の製造方法は、発酵種の仕込み量が多くなる大型製パンライン用の発酵種の製造に適用が容易であるという特徴を有する。これは、発酵に用いる2以上の菌種(菌種群である場合を含む)を、段階を追って使い、さらにそれぞれの菌種(菌種群である場合を含む)に適した発酵条件とする発酵工程を設けることで、比較的容易な発酵管理での発酵種の製造を可能とした。また、発酵種の発酵管理(たとえば、温度管理)を容易にし、かつ発酵状態を均一化させるために、発酵タンク内部に撹拌装置を備える設備であることが好ましい。さらに、温調設備を備えた発酵タンクを用いると、より厳密な温度管理を行うことができる。
【0028】
なお、本発明において、大型製パンラインに供給可能な製造規模での製造とは、発酵種の製造に用いられる発酵タンクの容量が、250リットル以上、好ましくは400リットル以上、より好ましくは1000リットル以上、さらに好ましくは2500リットル以上である設備により発酵管理がなされて製造されることをいう。
【0029】
なお、本実施形態では、
図2に示すように、流動性のある液状の液種を、発酵種として製造する。このように発酵種を液種で製造することで、ドウ状の発酵種と比べて、発酵種が取り分け易くなり、計量を正確かつ簡便に行うことができる。また、液種とすることで、発酵種を製造する際の温度調整も容易となる。なお、本実施形態では、発酵種を液種とするときに、発酵種における水分含有量が、40質量%以上90質量%以下であることが好ましく、50質量%以上85質量%以下であることがより好ましく、60質量%以上80質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0030】
本発明は、発酵種の製造方法に限定されず、当該発酵種の製造方法により製造した発酵種を用いた、ベーカリー製品生地の製造方法及びベーカリー製品の製造方法にも適用することができる。
【実施例】
【0031】
続いて、表1~5に基づいて、本実施形態に係る発酵種の製造方法の実施例について説明する。表1は、発酵種を用いないで製造したパン(参考例1)と、従来の発酵方法による発酵種を用いて製造したパン(比較例1~4)と、本実施形態に係る発酵種を用いて製造したパン(実施例1~6)の概要と評価をまとめた表である。なお、表中の菌種の表記は、意図的に添加したことを示すものである。
【表1】
【0032】
表2及び表3は、比較例1~3の発酵種の製造方法の詳細を示す。具体的には、表2は比較例1~3の発酵種の原料の配合割合(単位は質量部で表示)を示し、表3は比較例1~3の発酵種の製造条件(発酵条件)を示す。
【表2】
【表3】
【0033】
比較例1の発酵種はオールインミックス製法により製造されたポーリッシュ種であり、比較例2の発酵種は種継製法により製造された酒種であり、比較例3の発酵種は種継製法により製造されたサワー種であり、表2,3に記載のとおり、従来知られた方法に準じて製造した。なお、オールインミックス製法とは、全ての原材料を一度に混合して発酵させる製法であり、種継製法とは、原材料を混合して発酵し、次回混合において、その発酵物の一部と原材料(初回混合に用いた原材料と同じものを一部又は全部)を加え混合し、発酵を行う手順を繰り返し行う製法である。
【0034】
また、表4は、実施例1~6の発酵種の製造方法の詳細を示しており、具体的には、実施例1~6の発酵種の原料の配合割合(単位は質量部で表示)及び製造条件(発酵条件)を示す。なお、元種(乳酸菌A)、元種(乳酸菌B)はいずれも、小麦粉25質量部、砂糖5質量部、乳酸菌(乳酸菌A又は乳酸菌B)20質量部及び水150質量部を混合し、26℃で15時間発酵させることにより種起こししたものを使用した。
【表4】
【0035】
表4に示すように、実施例1~6では、2段階以上の発酵工程を有している。実施例1~3は、第1発酵工程において、乳酸菌Aによる発酵を行い、次いで酵母と米麹を追加して第2発酵工程を行い、発酵種を製造した。なお、酵母と米麹による発酵を行う際に、実施例2ではα化小麦粉を共存させ、実施例3ではα化米粉を共存させた。
【0036】
さらに、実施例4は、3段階の発酵工程を有し、第1発酵工程で、乳酸菌Aによる発酵を行い、酵母を追加して第2発酵工程を行い、さらに米麹を追加して第3発酵工程を行い、発酵種を製造した。また、実施例5も、3段階の発酵工程を有し、第1発酵工程と第2発酵工程を実施例3と同様に行った後、乳酸菌Bを追加して第3発酵工程を行い、発酵種を製造した。そして、実施例6では、第1発酵工程において、酵母による発酵を行い、次いで米麹と乳酸菌Bを追加して第2発酵工程を行い、発酵種を製造した。なお、実施例4~6でも酵母及び/又は米麹を含む発酵工程では、α化穀粉を共存させた。
【0037】
次いで、表2~4の製造方法により製造した発酵種を用いて、製パン試験を行った。表5に参考例1の製パン試験の配合(単位は質量部で表示)及び工程を示す。発酵種を用いた比較例1~3、実施例1~6における製パン試験では、参考例1の配合に、発酵種30質量部を追加し、発酵種中の水分量に応じて、配合する水の量を減じた。また、生地の状態に合わせて、工程のミキシング条件を適宜調整した。
【表5】
【0038】
そして、参考例1の方法で製造したパン、並びに、比較例1~3及び実施例1~6の発酵種を用いて製造したパンを、常温で24時間保管した後に、食感及び風味について官能評価を行った。官能評価は、5名のパネルが合議して、1~5点の5段階で点数を付けた。なお、「食感」は「しっとりとした食感」と「ふんわりとした食感」のバランスを評価し、しっとりとした食感もふんわりとした食感も共に明確に感じることができる(非常に良好である)場合は「5」点、しっとりとした食感とふんわりとした食感とを共に感じることができる(良好である)場合は「4」点、弱いながらもしっとりとした食感とふんわりとした食感とを共に感じることができる場合は「3」点、しっとりとした食感あるいはふんわりとした食感のいずれか一方しか感じることができない場合は「2」点、しっとりとした食感でも、ふんわりとした食感でもない場合は「1」点として評価した。また、「風味」は、発酵による甘く香ばしい風味の強弱と風味の質(豊かさ)を評価し、発酵種に由来する多様な風味を感じることができ風味自体も強い(非常に良好である)場合は「5」点、風味が強く質も豊かに感じられる(良好である)場合は「4」点、風味はやや強く発酵種に由来する特徴は出ているがやや単調な風味である場合は「3」点、風味はあるが単調な風味である(やや劣る)場合は「2」点、風味自体が弱い(劣る)場合は「1」点として評価した。
【0039】
表1に示すように、発酵種を用いない参考例1では、食感及び風味の評価は1点となった。また、発酵種を用いた比較例1~3でも、食感が2点と低く、また、風味も2点または3点と低くなった。これに比べて、実施例1~6では、食感が4点または5点と高く、また、風味も4点または5点と高くなった。
【0040】
また、工業規模の製造においても安定した品質で製造可能かを確認するため、実施例7として、容量3600リットルの発酵タンク(撹拌装置付き)を用いて、実施例2の配合(発酵種の最大膨張時の体積が発酵タンク容量の90%以下となるように仕込み量を調整した)工程に従い、発酵種を製造した。製造した発酵種の性状は、実施例2の発酵種と同等であった。また製造した発酵種は、実施例2と同様に、製パン試験を行い、製造したパンの官能評価を行った。その結果、食感、風味共に、「5」点評価であった。
【0041】
以上、本発明の好ましい実施形態例について説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態例の記載に限定されるものではない。上記実施形態例には様々な変更・改良を加えることが可能であり、そのような変更または改良を加えた形態のものも本発明の技術的範囲に含まれる。