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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-14
(45)【発行日】2024-03-25
(54)【発明の名称】電子線応用装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/073 20060101AFI20240315BHJP
   H01J 9/12 20060101ALI20240315BHJP
【FI】
H01J37/073
H01J9/12 C
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022561703
(86)(22)【出願日】2020-11-10
(86)【国際出願番号】 JP2020041811
(87)【国際公開番号】W WO2022101957
(87)【国際公開日】2022-05-19
【審査請求日】2023-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 卓
(72)【発明者】
【氏名】森下 英郎
(72)【発明者】
【氏名】井手 達朗
(72)【発明者】
【氏名】志知 広康
(72)【発明者】
【氏名】小瀬 洋一
(72)【発明者】
【氏名】片根 純一
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-313273(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107230606(CN,A)
【文献】特開平09-245637(JP,A)
【文献】特開2007-107047(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 1/34
H01J 9/12
H01J 37/073
H01J 9/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子プローブ放射領域と活性化領域とを備え、前記電子プローブ放射領域と前記活性化領域との間で移送可能なフォトカソードを有する電子銃と、
前記電子プローブ放射領域に配置された前記フォトカソードに励起光を照射することにより放出される電子ビームが導入される電子光学系カラムと、
前記活性化領域に配置された活性化機構と、
前記活性化機構を制御する制御装置と、
前記制御装置を制御し、前記活性化機構による前記フォトカソードの表面活性化プロセスを実行するコンピュータと、を有し、
前記活性化機構は、
前記活性化領域に配置された前記フォトカソードに励起光を照射する光源装置と、
前記表面活性化プロセスにおいて前記フォトカソードの表面に蒸着されるアルカリ金属源と、
前記アルカリ金属源に通電し、アルカリ金属蒸気を発生させる第1の電源と、
発熱体と、
前記発熱体を発熱させるための電力を供給する第2の電源と、
前記発熱体の加熱により酸素を発生させる酸素発生部と、
前記フォトカソードに前記光源装置からの励起光が照射されることによる電子放出に伴うエミッション電流をモニターするエミッション電流測定器と、を備え、
前記制御装置は、前記第2の電源から前記発熱体に電力を供給することにより前記発熱体を発熱させ、
前記酸素発生部は、安定化ジルコニアと、前記安定化ジルコニアの対向する表面にそれぞれ設けられるアノード電極及びカソード電極と、前記アノード電極及び前記カソード電極を通じて前記安定化ジルコニアに通電する第3の電源とを備え、
前記コンピュータは、前記表面活性化プロセスにおいて、前記フォトカソードに前記光源装置からの励起光を照射し、前記エミッション電流測定器により前記フォトカソードのエミッション電流量をモニターし、前記発熱体を加熱して前記酸素発生部より酸素を発生させ、前記フォトカソードのエミッション電流量が所定の停止基準を満たしたときに、前記発熱体の加熱を停止させる電子線応用装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記コンピュータは、前記フォトカソードのエミッション電流量が所定の値以上となったとき、もしくは前記フォトカソードのエミッション電流量の変化率が所定の値以下となったときに、前記発熱体の加熱を停止させる電子線応用装置。
【請求項3】
請求項において、
前記第2の電源から前記発熱体に供給される電力は、立ち上がりをなまらせた波形を有する電子線応用装置。
【請求項4】
請求項において、
前記第2の電源から前記発熱体に供給される電力は、一定電力あるいは一定電圧、または初期に大きく徐々に小さくなる波形を有する電子線応用装置。
【請求項5】
請求項において、
前記制御装置は、前記第2の電源から前記発熱体にパルス電力を繰り返し供給する電子線応用装置。
【請求項6】
請求項において、
前記安定化ジルコニアは前記電子銃を内蔵する真空容器の壁に配置され、
前記アノード電極及び前記カソード電極は前記真空容器の壁を挟んで、真空側と大気側に配置され、
前記発熱体は、前記真空容器の外側に配置される電子線応用装置。
【請求項7】
電子プローブ放射領域と活性化領域とを備え、前記電子プローブ放射領域と前記活性化領域との間で移送可能なフォトカソードを有する電子銃と、
前記電子プローブ放射領域に配置された前記フォトカソードに励起光を照射することにより放出される電子ビームが導入される電子光学系カラムと、
前記活性化領域に配置された活性化機構と、
前記活性化機構を制御する制御装置と、
前記制御装置を制御し、前記活性化機構による前記フォトカソードの表面活性化プロセスを実行するコンピュータと、を有し、
前記活性化機構は、
前記活性化領域に配置された前記フォトカソードに励起光を照射する光源装置と、
前記表面活性化プロセスにおいて前記フォトカソードの表面に蒸着されるアルカリ金属源と、
前記アルカリ金属源に通電し、アルカリ金属蒸気を発生させる第1の電源と、
発熱体と、
前記発熱体の加熱により酸素を発生させる酸素発生部と、
前記フォトカソードに前記光源装置からの励起光が照射されることによる電子放出に伴うエミッション電流をモニターするエミッション電流測定器と、を備え、
前記コンピュータは、前記表面活性化プロセスにおいて、前記フォトカソードに前記光源装置からの励起光を照射し、前記エミッション電流測定器により前記フォトカソードのエミッション電流量をモニターし、前記発熱体を加熱して前記酸素発生部より酸素を発生させ、前記フォトカソードのエミッション電流量が所定の停止基準を満たしたときに、前記発熱体の加熱を停止させ、
前記コンピュータは、前記表面活性化プロセスにおいて、前記アルカリ金属蒸気を発生させてアルカリ金属を前記フォトカソードの表面に蒸着させるアルカリ金属蒸着プロセスと前記酸素発生部より酸素を発生させる酸素導入プロセスとを繰り返し実行し、
前記コンピュータは、前記酸素導入プロセスにおいて、前記所定の停止基準を満たしたときの前記フォトカソードのエミッション電流量が設定値以上である場合には、前記アルカリ金属蒸着プロセスと前記酸素導入プロセスとの繰り返しを終了し、
前記コンピュータは、前記フォトカソードの使用履歴に基づき経時劣化を示す情報を有し、前記情報と前記表面活性化プロセスを終了したときの前記フォトカソードのエミッション電流量とに基づき、前記フォトカソードの交換を推奨する電子線応用装置。
【請求項8】
電子プローブ放射領域と活性化領域とを備え、前記電子プローブ放射領域と前記活性化領域との間で移送可能なフォトカソードを有する電子銃と、
前記電子プローブ放射領域に配置された前記フォトカソードに励起光を照射することにより放出される電子ビームが導入される電子光学系カラムと、
前記活性化領域に配置された活性化機構と、
前記活性化機構を制御する制御装置と、
前記制御装置を制御し、前記活性化機構による前記フォトカソードの表面活性化プロセスを実行するコンピュータと、を有し、
前記活性化機構は、
前記活性化領域に配置された前記フォトカソードに励起光を照射する光源装置と、
前記表面活性化プロセスにおいて前記フォトカソードの表面に蒸着されるアルカリ金属源と、
前記アルカリ金属源に通電し、アルカリ金属蒸気を発生させる第1の電源と、
発熱体と、
前記発熱体の加熱により酸素を発生させる酸素発生部と、
前記フォトカソードに前記光源装置からの励起光が照射されることによる電子放出に伴うエミッション電流をモニターするエミッション電流測定器と、を備え、
前記コンピュータは、前記表面活性化プロセスにおいて、前記フォトカソードに前記光源装置からの励起光を照射し、前記エミッション電流測定器により前記フォトカソードのエミッション電流量をモニターし、前記発熱体を加熱して前記酸素発生部より酸素を発生させ、前記フォトカソードのエミッション電流量が所定の停止基準を満たしたときに、前記発熱体の加熱を停止させ、
前記コンピュータは、前記フォトカソードの特性に影響を与えるパラメータを説明変数とし、前記表面活性化プロセスにおける制御パラメータを目的変数とする相関モデルを有し、前記相関モデルを用いて前記表面活性化プロセスにおける制御パラメータを決定する電子線応用装置。
【請求項9】
請求項において、
前記相関モデルの目的変数は前記フォトカソードの寿命を含み、
前記相関モデルの目的変数である前記制御パラメータは、前記フォトカソードへの前記アルカリ金属源からのアルカリ金属の蒸着量及び酸素の導入量を含む電子線応用装置。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか1項において、
前記アルカリ金属源はCs源である電子線応用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフォトカソードを電子源として用いる電子顕微鏡などの電子線応用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高分解能の電子顕微鏡においては、輝度が高く、放出する電子ビームのエネルギー幅が狭い、すなわち単色の電子源が必須である。負の電子親和力(NEA:Negative Electron Affinity)を利用した光励起電子源はエネルギー幅が極めて狭く、これまでの高性能電子源をしのぐものであり、放出電子の直進性がよいという特徴を有する。特許文献1に示されるように、励起光を光の回折限界程度に集光して1μm程度の小さい光源領域とし、電流密度を大きくすることで高輝度化を図ることができる。例えば、非特許文献1では透過電子顕微鏡について、非特許文献2では走査電子顕微鏡について、高分解能性が報告されている。
【0003】
光が入射されることにより電子を放出するフォトカソードの光電膜(例えば、p型GaAs層)表面に低仕事関数となる膜を形成する工程を表面活性化プロセスといい、具体的には、電子銃中、もしくは電子銃に隣接する真空層内でCs(セシウム)と酸素を適量、光電膜表面に付加することによって、Cs-O吸着層を形成する。この表面活性化の手順としてYo-Yo法が知られている。Yo-Yo法では、表面活性化を行うフォトカソードに励起光を照射した状態でCsと酸素を交互に供給し、フォトカソードからのエミッション電流を最大化する。
【0004】
真空中に酸素を導入する方法として、酸素ボンベから導入する方法の他、特許文献2、非特許文献3および非特許文献4に示されるような酸素源を加熱して酸素を発生させる方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-313273号公報
【文献】特開昭62-76143号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】M. Kuwahara 他、「Coherence of a spin-polarized electron beam emitted from a semiconductor photocathode in a transmission electron microscope」、Applied Physics Letters、Vol. 105、論文番号193101、2014年
【文献】H. Morishita 他、「Resolution improvement of low-voltage scanning electron microscope by bright and monochromatic electron gun using negative electron affinity photocathode」、Journal of Applied Physics、Vol. 127、論文番号164902、2020年
【文献】R. Speidel 他、「A solid state oxygen source for uhv」、Vacuum、Vol. 38、number 2、89 - 92ページ、1988年
【文献】C. Y. Yang 他、「Novel oxygen source for ultrahigh vacuum studies」、Journal of Vacuum Science & Technology、Vol. 20、1056 - 1059ページ、1982年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、表面活性化のための酸素の導入を、酸素ボンベとバリアブルリークバルブを用いて行うことが開示されている。これは、以下の理由による。1回の導入で必要とされる酸素の量は、きわめて少量であり、1Langmuir程度以下である。すなわち、酸素が光電膜表面に吸着する量は単分子層以下であり、これを超えると電流が著しく減少し、活性化の妨げとなる。このため、典型的には、表面活性化プロセスにおける酸素導入時の酸素分圧は10-7Pa台で、導入時間が数分間である。このような低い圧力の制御は、現状の電気信号で制御する機械式バルブでは不可能であり、バリアブルリークバルブを手動で制御せざるをえない。
【0008】
さらに、バリアブルリークバルブを用いて酸素ガスを導入するには、真空ゲージにより酸素分圧の増加をモニターして酸素の流量を調整することになるが、表面活性化プロセスではCsを気化、蒸着させるため通電加熱が必要であり、この加熱によりガス圧が上昇する。このため、Cs蒸着時のガス圧が十分低くなるまで、酸素導入を行うことができない。この結果、Cs蒸着と酸素導入を繰り返し行うYo-Yo法による表面活性化には、全体で1~2時間以上の時間を要していた。
【0009】
このように、表面活性化のための酸素導入を手動で行っていては、表面活性化プロセスに長時間を要する、再現性向上にはバリアブルリークバルブの操作者の熟練を要するということになり、装置の使い勝手の悪さにつながる。
【0010】
特許文献1には、表面活性化に使用する酸素量が極微量であるため、酸素ガスを発生させる酸素源を用いてもよいとして、酸化銀、あるいは銀の薄板を大気との間に設け、加熱することで酸素を導入してもよいことが記載されている。これに対して、本発明では酸素源を用いて酸素導入を行うことにより酸素導入が加熱制御により行え、人手による制御を排除できることに着目した。フォトカソードの表面活性化プロセスを自動化することにより、フォトカソードを電子源として用いる電子線応用装置の使い勝手を大幅に高めることができる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施の態様である電子線応用装置は、電子プローブ放射領域と活性化領域とを備え、電子プローブ放射領域と活性化領域との間で移送可能なフォトカソードを有する電子銃と、電子プローブ放射領域に配置されたフォトカソードに励起光を照射することにより放出される電子ビームが導入される電子光学系カラムと、活性化領域に配置された活性化機構と、活性化機構を制御する制御装置と、制御装置を制御し、活性化機構によるフォトカソードの表面活性化プロセスを実行するコンピュータと、を有し、
活性化機構は、活性化領域に配置されたフォトカソードに励起光を照射する光源装置と、表面活性化プロセスにおいてフォトカソードの表面に蒸着されるアルカリ金属源と、アルカリ金属源に通電し、アルカリ金属蒸気を発生させる第1の電源と、発熱体と、発熱体の加熱により酸素を発生させる酸素発生部と、フォトカソードに光源装置からの励起光が照射されることによる電子放出に伴うエミッション電流をモニターするエミッション電流測定器と、を備え、
コンピュータは、表面活性化プロセスにおいて、フォトカソードに光源装置からの励起光を照射し、エミッション電流測定器によりフォトカソードのエミッション電流量をモニターし、発熱体を加熱して酸素発生部より酸素を発生させ、フォトカソードのエミッション電流量が所定の停止基準を満たしたときに、発熱体の加熱を停止させる。
【発明の効果】
【0012】
フォトカソードの表面活性化を自動で短時間に再現性よく、かつ、熟練を要せず自動で行うことができるので、フォトカソードを電子源とする電子線応用装置の使い勝手が向上する。
【0013】
その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1A】フォトカソードの活性化機構の構成例である。
図1B】酸素導入プロセスのタイムチャートである。
図1C】酸素導入プロセスのタイムチャートである。
図2】酸素導入プロセスのタイムチャートである。
図3】電子銃の構成例である。
図4A】電子銃の活性化領域の構成例である。
図4B】酸素発生部の構成例である。
図4C】エミッション電流測定器の回路構成例である。
図5A】安定化ジルコニアを用いた酸素発生部の構成例である。
図5B】安定化ジルコニアを用いた酸素発生部の構成例である。
図5C】安定化ジルコニアを用いた酸素発生部の構成例である。
図6】制御装置を制御するコンピュータのブロック図である。
図7】フォトカソードを電子源に用いるフローチャートである。
図8】フォトカソードの表面活性化プロセスのフローチャートである。
図9A】フォトカソードを電子源に用いるフローチャートである。
図9B】フォトカソードの経時変化を示す図である。
図10】フォトカソードの表面活性化プロセス(Yo-Yo法)のタイムチャートである。
図11】フォトカソードの表面活性化プロセス(co-deposition法)のタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施例について説明する。図1Aに、フォトカソード1の表面活性化プロセスを自動化する活性化機構の構成例を示す。フォトカソード1は、透明基板11の表面に光電膜10を設けた構造を有し、電子放出面と励起光入射面とが対向している透過型のフォトカソードである。光電膜10は特許文献1あるいは非特許文献1に記載されているような、単結晶GaAsもしくはGaAsを含む超格子からなり、表面を低仕事関数化することにより、負の電子親和力(NEA:Negative Electron Affinity)を利用した、高輝度で、エネルギーのそろった、すなわち単色の電子放出源となる。
【0016】
フォトカソード1の活性化時、フォトカソード1の光電膜10にはエミッション電流測定器4が電気的に接続された状態で、光源装置3からの励起光2が照射される。エミッション電流測定器4は、光電膜10からの電子放出に伴うエミッション電流をモニターする。光電膜10の表面を低仕事関数化するため、図1Aに示す活性化機構は制御装置8により、以下のようなCs蒸着プロセスと酸素ガス導入プロセスとを実行する。まず、Cs源9をCs発生電源12により通電加熱することにより、Csを光電膜10に所定の時間だけ蒸着する。このとき、エミッション電流測定器4が測定するエミッション電流はいちど増加し、減少する。次に、発熱体6を酸素発生電源7により所定時間通電することにより、酸素発生部5を加熱することにより、フォトカソード1に所定量の酸素を供給する。なお、図1Aでは、酸素発生部5は加熱により酸素を発生させる物質をるつぼのような容器内に入れる構成を例示しているが、後述するように酸素発生部5の形態には多様な形態がある。
【0017】
図1Bを用いて、制御装置8により実施される酸素導入プロセスについて説明する。酸素の供給は、発熱体6を発熱させるため、酸素発生電源7により電力I(W)の供給を開始する時刻t1に開始される。酸素発生電源7は定電圧制御でもよいが、発熱体6が金属抵抗体である場合には、金属抵抗体に対して急な電圧印加を行うと、その立ち上がりにおいて、抵抗体の抵抗値が低いことにより大電流が流れてしまうことがある。この場合、急激な発熱により発熱体6や酸素発生部5が破損するおそれがある。これを防ぐために、電圧印加時の立ち上がりを遅延させて電力I(W)の波形をなまらせ、その後は、ほぼ一定の電力、もしくは電圧を印加するように設定することが望ましい。これらの設定値は、あらかじめ、酸素分圧PO2が10-7Pa以上となる条件として決めておく。
【0018】
時刻t1より遅れて、酸素発生部5から酸素が発生し、酸素分圧PO2が上昇する。それとともに、エミッション電流測定器4で測定されるフォトカソード1から放出するエミッション電流量Icも増加していくが、ピーク値Icpに至ると電流量Icの増加がみられなくなる。このまま酸素の発生を継続させるとエミッション電流量Icは減少し、最適条件から外れるために、時刻t2にて酸素発生電源7の電力I(W)の供給を停止する。
【0019】
時刻t2はエミッション電流量Icの増加率が0になる時刻として設定してもよいが、酸素発生電源7の電力I(W)の供給を停止しても直ちに酸素発生部5からの酸素の発生が停止されるわけではないので、エミッション電流量Icの変化率が所定の値以下になった時刻で電力I(W)の供給を停止させることが望ましい。あるいは、予想されるピーク値Icpの値より小さい値(停止値)を設定して、エミッション電流量Icが停止値以上となった時刻で電力I(W)の供給を停止させるようにしてもよい。
【0020】
また、酸素導入プロセスにおいて電力I(W)を一定電力または一定電圧としなくてもよい。例えば、図1Cでは酸素発生電源7からの電力I(W)を初期に大きくし(なお、この場合も図1Bの波形と同じ理由で立ち上がりの波形はなまらせている)、徐々に小さくしている。これにより、酸素分圧PO2も同様に初期に大きく、その後、徐々に低下する。このため、エミッション電流量Icは図1Bに示す制御の場合よりも早めにピーク値Icpに近づき、その後ピーク値Icpに向けてゆっくり変動するので、ピーク電流Icpの制御性がよくなるという利点がある。
【0021】
フォトカソード1の活性化の工程(Yo-Yo法)を図10に示す。Cs源9への電力Icsの供給によるCs蒸着プロセスと、酸素発生部5への電力Iの供給による酸素ガスの導入プロセスとを交互に繰り返し、エミッション電流量Icのピーク値を高くしていき、最終的にエミッション電流量Icが所定の値(設定値)になったところで終了となる。この後、余分にCsを蒸着させてもよい。
【0022】
本実施例による活性化機構を用いれば、例えばCs蒸着時間が3分間、酸素導入時間が分圧10-7Pa台で数分間であり、これを3回から6回繰り返すとすると、フォトカソード1の活性化を20分から40分程度以内で終了させることができる。
【0023】
電子銃15の構成を図3に示す。電子銃15の活性化領域16において表面活性化されたフォトカソード1は、直線導入器17により電子プローブ放射領域のカソードステージ24上に移送される。レーザー光源22より放射される電子プローブ励起光21は、真空容器29に設けられた窓23を通過し、集光レンズ20により集束してフォトカソード1の透明基板側から光電膜に入射する。これにより、フォトカソード1の光電膜から真空中に電子が放出され、放出された電子は、カソードステージ24に電気的に接続された加速電源25により引き出し電極26との間で加速され、電子ビーム27となる。電子ビーム27はアパーチャ28を通過して、電子光学系カラム30に導かれる。この電子光学系カラム30には電子レンズや電磁界による偏向器、電子線検出器などが内蔵されており、典型的には走査電子顕微鏡、透過電子顕微鏡などとして用いられる。
【0024】
フォトカソード1から放出される電子ビーム27は輝度が高く、さらにエネルギーがそろっており、電子顕微鏡として高分解能、高速測定に寄与するものである。さらに、レーザー光源22として短パルスのものを用いれば、電子光学系に部品を付加することなくパルス電子線が得られるので、時間分解などの測定に有用である。フォトカソード1は、導電性のホルダに収納されてカソードパックとして移動されてもよい。
【0025】
図4Aに電子銃15の活性化領域16のより具体的な構成例を示す。フォトカソード1の活性化では、最初にフォトカソード1の光電膜の表面に付着している酸化物や炭化物を除去する工程である表面クリーニングを行う。表面クリーニング工程は、カソードヒーター45に通電し、カソードヒーター45からの放射熱によりフォトカソード1を400℃程度に加熱するとともに、原子状水素発生器44中に水素ガス(H2)を通してその一部を原子状水素(H)として光電膜の表面に接触させ、フォトカソード1表面の酸化物や炭化物を化学反応で除去する。
【0026】
次に、真空容器29の壁に取り付けられたフィードスルー42を通る配線によって、真空容器29の外部に置かれたエミッション電流測定器4と接続されたカソードコンタクト40をフォトカソード1の光電膜に電気的に接触させる。これにより、フォトカソード1は-10Vから-100V程度の負電位に保たれ、光電膜から電子が放出されることによって、周囲の0V電位の金属部分(真空容器29の壁など)に向けて電流が流れるため、エミッション電流測定器4は、この電流値を計測する。エミッション電流測定器4の具体的な回路構成例を図4Cに示す。測定を開始するときは、制御装置8から通信ボード48への信号により電圧源46に所定の負電圧を発生させる。フォトカソード1が周囲の真空層より負の電位に保たれることにより、フォトカソード1から発生する放出電子が周囲に流れ出す。このときの放出電流は電流計47により計測され、通信ボード48を介して制御装置8に電流値が報告される。
【0027】
励起光2は真空容器29の外部に置かれた光源装置3から発生し、活性化確認窓41を通ってフォトカソード1が配置される真空領域にもたらされる。カソードヒーター45が励起光2を遮らないように、カソードヒーター45に穴などをあけるか、あるいは励起光2の照射時には位置を変えられるよう構成してもよい。Cs源9と酸素発生用の発熱体6は、それぞれの電源に配線される。電源は真空容器29の外部に配置されているため、活性化領域16内のCs源9はフィードスルー42を通る配線によってCs発生電源12と接続されている。一方、酸素発生部5は、図4Aの例では、Ag薄板35を大気と活性化領域16の真空との間に配し、発熱体36による加熱によって、Ag薄板35内に大気中の酸素を取り込み、内部に拡散させ、真空中に酸素を放出させる構成とされている。なお、図4Bのように酸素発生部5を構成するAg薄板35と電子銃15の活性化領域16との間にバルブ43を設け、フォトカソード1の活性化を行わないときにはバルブ43を閉じるようにしてもよい。なお、酸素発生部5として他の態様を採用する場合も同様である。
【0028】
図4Aでは、酸素を発生させる物質として大気と真空との隔壁に設けたAg薄板を用いる例を示したが、Agに限定されない。ただし、ほとんどの金属酸化物が加熱により酸素を放出する材料には該当するものの、フォトカソード1の活性化のための酸素供給用途に適する材料は限定される。例えば、酸化銅のうちのCu2Oは、200℃において酸素分圧が10-6Paより十分低く、また、数百度の加熱によって10-7Pa台の酸素を放出するので、好適な材料といえる。酸素発生手段としてCu2Oを用いる場合には、図1Aに示したようなるつぼなどの容器中にCu2O粉末を入れておく。
【0029】
さらに、酸化カルシウムや酸化イットリウム等を混合した安定化ジルコニアは、500℃程度以上の加熱により酸素イオンの伝導が容易になり、この状態で電流を流すと酸素密度が高い部分から酸素が発生する。安定化ジルコニアを用いた酸素発生部5の構成例を図5Aに示す。安定化ジルコニア50の対向する表面にアノード電極51とカソード電極52とを設けたものを電子銃15の活性化領域16に配置し、発熱体6に加熱電源55より通電することにより安定化ジルコニア50を500℃程度以上に加熱して、電極反応電源53により安定化ジルコニア50中に通電することにより酸素が発生する。本構成では、活性化プロセス中は発熱体6による加熱を継続し、電極反応電源53による安定化ジルコニア50への通電と停止とを行うことにより、酸素の発生と停止を高速で切り替えることができる。これを利用して、1回の酸素導入プロセスをパルス状に複数回行ってもよい。図2にその様子を示す。電極反応電源53からのパルス電力I(W)にしたがい、酸素がパルス状に発生されている。この場合、パルスごとにエミッション電流量Icの増加率を測定することができるので、ピーク電流Icpの測定の精度を高めることができる。
【0030】
安定化ジルコニアを用いた酸素発生部5の別の構成例を図5Bに示す。電子銃15を内蔵する真空容器の壁56の一部に安定化ジルコニア50を配置し、安定化ジルコニア50の真空側に位置する表面にアノード電極51を、大気側に位置する表面にカソード電極52を設ける。また、安定化ジルコニア50を加熱する発熱体6も大気側、すなわち真空容器の外側に配置する。このため、真空容器に設けるフィードスルー42の個数が少なくて済む、発熱体6からの放出ガスの心配がない、カソード電極52に大気中から酸素が供給されるため、安定化ジルコニア50の容積を小さくしても長期間安定に使えるというメリットがある。
【0031】
図5Cは安定化ジルコニアを用いた酸素発生部5のさらに別の構成例である。安定化ジルコニア50自体を通電加熱し、電極反応も進める。これにより、電源は酸素発生電源7のみで構成することもできる。
【0032】
これに対して、加熱により酸素を発生するものの、フォトカソード1の活性化のための酸素発生用途に向かない材料としては、200℃程度以下で酸素を大量に発生する物質、例えば、酸化銀が挙げられる。NEAフォトカソードを安定に動作させるためには、電子銃15内は残留ガスの極めて少ない超高真空とする必要があり、装置の真空立ち上げ時には高温のベーキングを行い、吸着している残留ガスを放出する工程が必要である。ベーキングも200℃以上の温度とされるため、ベーキング時の温度で酸素を多く発生させる物質は適していない。
【0033】
また、アルカリ金属やアルカリ土類金属の過酸化物、例えばBaO2のようなものは、加熱により酸素が発生するが、水と爆発的に反応するために、装置の組み立て時やメンテナンス時に空気中の水分と反応しやすい、消耗や変質が激しい、また、還元生成される金属の蒸気圧が高いといった特徴があり、フォトカソードやガイシの劣化を招きやすいため、望ましくない。
【0034】
本実施例の活性化機構を用いることにより、フォトカソード1の表面活性化プロセスを自動化することができる。図6に示すように、制御装置8はコンピュータ60と接続され、コンピュータ60によって制御されている。コンピュータ60は、バス64に接続されるプロセッサ61、メモリ62、ストレージ63を含み、図示しない入力装置からのユーザの指示から電子線応用装置への指令を生成して制御装置8に指示し、電子線応用装置が取得したデータを図示しない出力装置に出力する。図6には、フォトカソード1に関する機能を示している。
【0035】
プロセッサ61は、ストレージ63に格納されるプログラムを呼び出して、実行することにより所定の機能を実行する。フォトカソード1の表面活性化に関する機能として、後述する予測計算、表面活性化制御、劣化判定がある。プロセッサ61は、該当するプログラムを実行することにより、予測計算部61A、表面活性化制御部61B、劣化判定部61Cとして機能する。メモリ62はランダムアクセスメモリであり、データやプログラムを一時的に記憶する。ストレージ63は、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)などで構成され、データやプログラムを不揮発に記憶する。
【0036】
電子線応用装置においてフォトカソード1を電子源として用いる場合のフローチャートを図7に示す。上述したように、フォトカソード1の表面クリーニングを行い(S01)、続いて、表面活性化する(S02)ことにより、フォトカソード1は電子源として使用可能になるので、その後、フォトカソード1を電子銃15の電子プローブ放射領域に移送し、電子銃15で電子放出してSEM観察を行う(S03)。適宜のタイミングで、電子銃15から放出されるプローブ電流を測定し、予測計算部61Aは、プローブ電流が設定値以上あるかどうかを判定する(S04)。ストレージ63には、フォトカソード1の使用履歴や電子銃15に対する設定値が記録されている。予測計算部61Aは、ストレージ63に記憶されているフォトカソード1の履歴や設定値から、想定されるプローブ電流量が得られているかを判定する。想定されるプローブ電流量が得られていない場合には、フォトカソード1の表面にCsを追加で蒸着させる(S05)。その後、再度プローブ電流量を測定し、予測計算部61Aは、プローブ電流が設定値以上あるかどうかを判定する(S06)。プローブ電流量が回復すれば、継続してフォトカソード1を利用し、プローブ電流量が回復しないようであれば、フォトカソード1の表面活性化プロセスをあらためて実行する。
【0037】
図8に、表面活性化制御部61Bが実行する表面活性化プロセス(S02)の詳細フローを示す。フォトカソード1を電子銃15の活性化領域16に移動させ、表面活性化プロセスを実行する。上述したように、励起光を照射し、エミッション電流の測定を開始する(S11)。まず、表面活性化のためのアルカリ金属であるCsを蒸着する(S12)。Csの蒸着量は時間制御することを想定している。続いて、酸素を導入する(S13)。酸素導入プロセスは、エミッション電流測定器4によりエミッション電流量をモニターする(S14)ことで行われ、エミッション電流の増加が所定の停止基準を満たした時点で、酸素導入を停止する(S15)。エミッション電流量が設定値以上あるかどうか判定し(S16)、設定値未満の場合には、Ca蒸着プロセスと酸素導入プロセスとを繰り返し行う(図10参照)。エミッション電流量が設定値以上あれば、最後にCsを蒸着し(S17)、表面活性化プロセスを終了する(S18)。
【0038】
このように、フォトカソード1は表面活性化プロセスを繰り返すことで、エミッション電流量を回復させながら使用することが可能であるが、長時間の使用によりフォトカソード1の劣化が進行すると、十分回復しなくなる。そこで、劣化判定部61Cは、フォトカソードの劣化を判定する。図9Aのフローチャートに示すように、フォトカソード1の表面活性化(S02)後に、劣化判定部61Cは、エミッション電流量を測定し、エミッション電流量が十分あるかどうか判定し(S31)、フォトカソードの劣化が進行している場合には、フォトカソード1の交換をユーザに推奨するアラームを出す(S32)。
【0039】
図9Bに、表面活性化プロセスが終了したときの、エミッション電流量Ipeak(図10参照)の経時変化を示す。なお、エミッション電流量Ipeakの測定にあたっては、電流量に影響を及ぼす励起光強度などの条件は同じ条件として計測している。A領域は、劣化がなく、表面活性化により毎回同程度のエミッション電流量が得られる初期領域である。B領域は、表面活性化によっても取り切れない汚れやフォトカソードの劣化により、表面活性化によりエミッション電流量Ipeakが回復しない経時領域である。C領域はさらに汚れや劣化が進行し、エミッション電流量Ipeakの低下が止まらない劣化領域である。劣化判定部61Cは、フォトカソード1の使用履歴と計測したエミッション電流量Ipeakからフォトカソード1が、例えば図9Bに示されるフォトカソードの劣化曲線のどこに位置するかを推定し、フォトカソードの劣化度合いによって交換を推奨する。
【0040】
この場合、活性化回数とエミッション電流量Ipeakを、使用時間にしたがって劣化していくモデルとし、ストレージ63に記憶しておく。劣化判定部61Cはストレージ63に記憶されたモデルを用いてフォトカソード1の劣化の具合を判定することができる。ただし、実際には、フォトカソード1を電子源として用いる場合、真空容器内部の真空度の変化、発生したプローブ電流量、放出時間、放出停止時間、温度などの多くのパラメータによって、フォトカソード1の特性、すなわち、必要なCs蒸着量や酸素導入量、寿命などが変わってくる。このため、これらフォトカソード1の特性に影響を与えるパラメータを説明変数とし、フォトカソード1の表面活性化プロセスにおける制御パラメータ(Cs蒸着量や酸素導入量など)、その結果としての寿命を目的変数とする相関モデルを作成する。この相関モデルをストレージ63に記憶し、相関モデルを用いて表面活性化制御部61Bによる表面活性化プロセスを実施することにより、フォトカソード1の高輝度単色特性を長期間安定に保つことができ、メンテナンスのタイミングの最適化も可能になる。
【0041】
エミッション電流値Ipeakをもとに劣化判定、あるいは表面活性化プロセスにおける制御パラメータの最適化を図る例について説明したが、エミッション電流値Ipeakに代えて、電子銃15の出力するプローブ電流を用いてもよい。
【0042】
以上、Cs蒸着時間と酸素導入時間とを分けるYo-Yo法に基づいてフォトカソードの表面活性化プロセスを説明したが、Cs蒸着時間と酸素導入時間とが重なる同時蒸着(co-deposition)法を適用する場合であっても、本実施例として説明した酸素導入制御を適用することができる。同時蒸着法によるフォトカソード1の活性化の工程の例を図11に示す。Cs導入量と酸素導入量が適正化された条件にて行う。
【0043】
以上、本発明について実施例、変形例を挙げて説明した。上記した実施例、変形例は発明の要旨を変更しない範囲で種々変形が可能であり、また、これらを組み合わせて使用することも可能である。
【符号の説明】
【0044】
1:フォトカソード、2:励起光、3:光源装置、4:エミッション電流測定器、5:酸素発生部、6,36:発熱体、7:酸素発生電源、8:制御装置、9:Cs源、10:光電膜、11:透明基板、12:Cs発生電源、15:電子銃、16:活性化領域、17:直線導入器、20:集光レンズ、21:電子プローブ励起光、22:レーザー光源、23:窓、24カソードステージ、25:加速電源、26:引き出し電極、27:電子ビーム、28:アパーチャ、29:真空容器、30:電子光学系カラム、35:Ag薄板、40:カソードコンタクト、41:活性化確認窓、42:フィードスルー、43:バルブ、44:原子状水素発生器、45:カソードヒーター、46:電圧源、47:電流計、48:通信ボード、50:安定化ジルコニア、51:アノード電極、52:カソード電極、53:電極反応電源、55:加熱電源、56:真空容器の壁、60:コンピュータ、61:プロセッサ、61A:予測計算部、61B:表面活性化制御部、61C:劣化判定部、62:メモリ、63:ストレージ、64:バス。
図1A
図1B
図1C
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5A
図5B
図5C
図6
図7
図8
図9A
図9B
図10
図11