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特許7455302歯科用インプラント体及び歯科用インプラント体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】歯科用インプラント体及び歯科用インプラント体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61C 8/00 20060101AFI20240318BHJP
   A61K 6/84 20200101ALI20240318BHJP
   C04B 35/486 20060101ALI20240318BHJP
   C04B 38/00 20060101ALI20240318BHJP
【FI】
A61C8/00 Z
A61K6/84
C04B35/486
C04B38/00 304Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019132817
(22)【出願日】2019-07-18
(65)【公開番号】P2021016477
(43)【公開日】2021-02-15
【審査請求日】2022-07-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000240477
【氏名又は名称】Orbray株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】武藤 光
(72)【発明者】
【氏名】福島 学
(72)【発明者】
【氏名】日向 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 友一
【審査官】大橋 俊之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/023325(WO,A1)
【文献】特開2010-018459(JP,A)
【文献】特開2008-201636(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61C 8/00
A61K 6/84
C04B 35/486
C04B 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス焼結体から成り、
セラミックス焼結体がその表面から止め穴又は連通孔が形成されていると共に、止め穴又は連通孔の間に壁面が形成された多孔体であり、
前記セラミックス焼結体はジルコニアであり
記止め穴又は前記連通孔の気孔率は50±10%であり、
前記止め穴又は前記連通孔が一定方向に形成されており、かつ前記壁面が緻密である歯科用インプラント体。
【請求項2】
前記止め穴又は前記連通孔の径が50μm以上190μm以下である請求項1に記載の歯科用インプラント体。
【請求項3】
ゲル化可能な液体にセラミック粉末を分散してスラリーを作製し、
そのスラリーをゲル化させてゲル体を作製し、
作製したゲル体を凍結し、
次に乾燥させ、その後焼結して、セラミックス焼結体から成ると共にセラミックス焼結体の表面から止め穴又は連通孔が形成され、止め穴又は連通孔の間に壁面が形成された多孔体を形成して歯科用インプラント体とし、
前記セラミックス焼結体はジルコニアであり、かつ
前記多孔体の前記止め穴又は前記連通孔の気孔率は50±10%である、歯科用インプラント体の製造方法。
【請求項4】
前記ゲル化可能な液体に分散させる前記セラミック粉末の濃度を5%以上65%以下と設定すると共に、
前記ゲル体を-40℃以上-10℃以下の範囲で凍結し、
前記多孔体を形成して、前記止め穴又は前記連通孔の気孔率を50±10%とすると共に、
前記止め穴又は前記連通孔の径を50μm以上190μm以下とする請求項に記載の歯科用インプラント体の製造方法。
【請求項5】
前記ゲル体を凍結して前記ゲル体内部に氷結晶を一定方向に成長させて、前記止め穴又は前記連通孔を一定方向に形成すると共に前記壁面を緻密とする請求項またはに記載の歯科用インプラント体の製造方法。
【請求項6】
前記凍結を、前記ゲル体の少なくとも一部の表面を凍結用プレートに接触させ、伝熱によって前記ゲル体を冷却することによって行う、請求項のいずれか1項に記載の歯科用インプラント体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用インプラント体及び歯科用インプラント体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科インプラントの治療に用いられる歯科用インプラント体(歯根部。以下、必要に応じて単に「インプラント体」と表記)には、咬合力への耐性と経年劣化抑制の為、インプラント体単体の強度だけで無く、インプラント体と骨との結合として顎骨細胞との付着性も求められる。
【0003】
このようなインプラント体の材料として、セラミックが知られている。セラミックの中でも特にジルコニア(ZrO2)は優れた機械的特性、化学的な耐久性、耐熱性に加え、衛生面での無害性等の諸特性を有する為、歯科用インプラント体に好適である。
【0004】
この様なジルコニア製歯科用インプラント体の一例として、例えば特許文献1が出願されている。特許文献1は、イットリアを含む部分安定化ジルコニアから成る、人工歯根用ジルコニア質インプラント部材に関する出願である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭61-146757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしジルコニアで、スクリュータイプ(ネジ状タイプ)のインプラント体を作製すると、ネジ山にチッピング(chipping)や欠けが発生してしまい、顎骨との結合強度が低下して顎骨からのインプラント体脱落のおそれが有った。
【0007】
一方、ネジ山を形成しないシリンダー(cylinder:円筒形)タイプのインプラント体は、ネジ部が形成されていない為、顎骨から抜けるおそれが有った。
【0008】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、顎骨との結合強度の向上が図れ、顎骨からの脱落や抜けが抑制されて予後の改善が可能な、歯科用インプラント体及び歯科用インプラント体の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題は、以下の本発明により解決される。即ち本発明の歯科用インプラント体は、セラミックス焼結体から成り、セラミックス焼結体がその表面から止め穴又は連通孔が形成されていると共に、止め穴又は連通孔の間に壁面が形成された多孔体である事を特徴とする。
【0010】
また上記課題を解決する為に、本発明の歯科用インプラント体の製造方法は、ゲル化可能な液体にセラミック粉末を分散してスラリーを作製し、そのスラリーをゲル化させてゲル体を作製し、作製したゲル体を凍結し、次に乾燥させ、その後焼結して、セラミックス焼結体から成ると共にセラミックス焼結体の表面から止め穴又は連通孔が形成され、止め穴又は連通孔の間に壁面が形成された多孔体を形成して歯科用インプラント体とする事を特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る歯科用インプラント体及び歯科用インプラント体の製造方法に依れば、顎骨細胞に対する付着性の低下が抑制され、顎骨との結合強度の向上が可能となる。更に結合強度の向上に伴い、顎骨からの歯科用インプラント体の脱落や抜けが抑制され、予後も改善可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係る歯科用インプラント体の実施例のSEM観察像であり、止め穴又は連通孔の形成方向に対して直交方向の表面に於ける観察像である。
図2】本発明に係る歯科用インプラント体の実施例のSEM観察像であり、止め穴又は連通孔の形成方向の断面に於ける観察像である。
図3】本発明に係る歯科用インプラント体の製造方法の、ゲル体の凍結工程を示す模式図である。
図4】本発明に係る歯科用インプラント体を形成するセラミックス焼結体を模式的に示す断面図である。
図5】本発明に係る歯科用インプラント体を形成するセラミックス焼結体の、変更例を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施の形態の第一の特徴は、セラミックス焼結体から成り、セラミックス焼結体がその表面から止め穴又は連通孔が形成されていると共に、止め穴又は連通孔の間に壁面が形成された多孔体である歯科用インプラント体である。
【0014】
本実施の形態の第二の特徴は、止め穴又は連通孔の気孔率が50±10%であると共に、止め穴又は連通孔の径が50μm以上190μm以下である歯科用インプラント体である。
【0015】
本実施の形態の第三の特徴は、ゲル化可能な液体にセラミック粉末を分散してスラリーを作製し、そのスラリーをゲル化させてゲル体を作製し、作製したゲル体を凍結し、次に乾燥させ、その後焼結して、セラミックス焼結体から成ると共にセラミックス焼結体の表面から止め穴又は連通孔が形成され、止め穴又は連通孔の間に壁面が形成された多孔体を形成して歯科用インプラント体とする、歯科用インプラント体の製造方法である。
【0016】
本実施の形態の第四の特徴は、ゲル化可能な液体に分散させるセラミック粉末の濃度を5%以上65%以下と設定すると共に、ゲル体を-40℃以上-10℃以下の範囲で凍結し、多孔体を形成して、止め穴又は連通孔の気孔率を50±10%とすると共に、止め穴又は連通孔の径を50μm以上190μm以下とする歯科用インプラント体の製造方法である。
【0017】
これらの構成及び製造方法に依れば、顎骨細胞に対する付着性の低下が抑制又は防止され、顎骨との結合強度の向上が可能となる。更に結合強度の向上に伴い、顎骨からの歯科用インプラント体の脱落や抜けが抑制又は防止され、予後(歯科インプラント治療後の経過)も改善可能となる。
【0018】
なお本発明に於いて止め穴又は連通孔とは、歯科用インプラント体の表面に現出する様に形成された気孔を指す。更に連通孔は前記表面に対するもう一方の面である裏面まで貫通している気孔を指す。一方、止め穴とは裏面まで貫通していない気孔を指す。
【0019】
本実施の形態の第五の特徴は、セラミックス焼結体がジルコニアである歯科用インプラント体である。
【0020】
本実施の形態の第六の特徴は、セラミックス焼結体をジルコニアとする歯科用インプラント体の製造方法である。
【0021】
これらの構成及び製造方法に依れば、セラミックス焼結体をジルコニアとしているので、化学的な耐久性、耐熱性、衛生面での無害性等の諸特性を有し、歯科用インプラント体に好適である。更に、良好な機械的特性(機械的強度及び加工性)が得られる。
【0022】
本実施の形態の第七の特徴は、止め穴又は連通孔が一定方向に形成されており、壁面が緻密である歯科用インプラント体である。
【0023】
本実施の形態の第八の特徴は、ゲル体を凍結してゲル体内部に氷結晶を一定方向に成長させて、止め穴又は連通孔を一定方向に形成すると共に壁面を緻密とする歯科用インプラント体の製造方法である。
【0024】
これらの構成及び製造方法に依れば、止め穴又は連通孔の形成方向を一方向とする事で、壁面をより緻密に形成出来る。従って止め穴又は連通孔を有しながらも歯科用に適した高い機械的特性を備える歯科用インプラント体を得る事が出来る。
【0025】
なお本発明に於いて緻密とは、孔やマイクロポーラス又はナノポーラスの無い壁面に加え、密度99%以上の壁面も含む。
【0026】
以下、図3図5を参照して、本実施形態に係る歯科用インプラント体の製造方法を詳述すると共に、その製造方法で得られる歯科用インプラント体について随時説明する。本発明の実施形態に係る製造方法として、最初にゲル化可能な高分子の液体を用意し、その液体に粉末濃度5%以上65%以下のセラミック粉末を分散して、スラリーを作製する。
【0027】
液体に分散させるセラミック粉末はジルコニア(ZrO2)から成ると共に造粒されており、そのセラミック粉末の平均粒径は0.01μm(10nm)~0.08μm(80nm)の範囲に設定されている。平均粒径が0.01μm未満になると、セラミック粉末の取り扱いが困難となり、作業性が低下して好ましくない。一方、平均粒径が0.08μmを超えると、スラリーからセラミック粉末が沈殿し易くなり、安定なスラリーを得る事が出来なくなる為、好ましくない。
【0028】
スラリー中の含水率は35wt%~95wt%とする。含水率が35wt%未満になると、セラミック粉末が凝集して沈殿し易くなり、安定した分散状態を保つ事が困難になる。一方、含水率が95wt%を超えると、水を氷結晶として昇華した後でのセラミック成形体の密度が過度に低くなり、歯科用インプラント体としての強度を満たせない。
【0029】
次に、作製したスラリーをゲル化させてゲル体を作製する。ゲル化とは、セラミック粉末が分散したスラリーを固体化する事であり、ゲル体は外形が円筒形に形成される。図3(a)にゲル体1を模式的に示す。ゲル体1内の黒丸が、分散されているセラミック粉末2を表す。
【0030】
次に、作製したゲル体1を-40℃以上-10℃以下の範囲で凍結する。ゲル体1の凍結は、図3(b)に示す様にゲル体1の底面を、銅製又はアルミニウム製の凍結用プレート7に接触させ、伝熱によりゲル体1を底面から他方に向かって一定方向(図3(b)の下から上方向)に冷却する事で行う。なお図3(b)はゲル体1を任意の断面で切断した断面図であり、セラミック粉末2が分散しているゲル体1の断面には、視認性を優先してハッチングは省略している。
【0031】
ゲル体1を凍結用プレート7に接触している底面から一定方向に凍結させる事で図3(b)から図3(c)へと示す様に、セラミック粉末2が分散せず水が霜柱状に凍結した氷結晶3が複数、ゲル体1内部に前記一定方向に形成されて行く。なお図3(c)も図3(b)と同様ゲル体1を任意の断面で切断した断面図であり、セラミック粉末2が分散しているゲル体1の断面には、視認性を優先してハッチングは省略している。図3(b)及び図3(c)では、ハッチング部分は氷結晶3を示している。
【0032】
一方セラミック粒末2は図3(b)及び図3(c)より、氷結晶3以外のゲル体1領域に偏在して行く。水は凍結する事で膨張するので、セラミック粉末が偏在している領域が氷結晶3で押されて圧縮される。この圧縮によりセラミック粉末の偏在領域が緻密化されて後述する壁面が形成される。なお図3に示すゲル体1の厚み(図3の上下方向の寸法)は1.2μm~130μmに設定される。
【0033】
次に凍結後のゲル体を大気中で乾燥させ、氷結晶3を昇華させてセラミック成形体を得る。その後、セラミック成形体を焼結して、図4に示すセラミックス焼結体4を形成する。なお図4は、セラミックス焼結体4を任意の断面で切断した断面図である。焼結方法は大気焼結で、加熱温度は2℃/分~10℃/分、焼結温度は1300℃~1500℃、雰囲気は大気、圧力は常圧、焼結時間は1時間~4時間とする。
【0034】
以上の様に氷結晶3を昇華させ、その後焼結する事で、図4に示す様にセラミックス焼結体4の表面から止め穴又は連通孔5が形成され、その止め穴又は連通孔5の間に壁面6が形成された多孔体を形成する事が出来る。図4では、気孔として連通孔5のみが形成され、各連通孔5の間に壁面6が形成されたセラミックス焼結体4を一例として図示している。
【0035】
止め穴又は連通孔とは、セラミックス焼結体から成る歯科用インプラント体の表面に現出する様に形成された気孔を指す。更に連通孔とは図4に示す様に、前記表面に対するもう一方の面である裏面まで貫通している気孔を指す。一方、止め穴とは裏面まで貫通していない気孔を指す。
【0036】
以上の様な多孔体で歯科用インプラント体を形成する事により、この歯科用インプラント体を顎骨に固定すると、表面から止め穴又は連通孔が形成されているので、止め穴又は連通孔に顎骨細胞組織を円滑に浸入させる事が出来る。従って、インプラント体にネジ山を形成しなくても顎骨細胞に対するインプラント体の付着性の低下が抑制され、顎骨との結合強度の向上が可能となる。更に結合強度の向上に伴い、顎骨からの歯科用インプラント体の脱落や抜けが抑制され、予後(歯科インプラント治療後の経過)も改善可能となる。また、ネジ山形成に伴うチッピングや欠けの心配も無い。
【0037】
更に本実施形態では、止め穴又は連通孔の気孔率を50±10%とすると共に、止め穴又は連通孔の径を50μm以上190μm以下と設定する。即ち、本実施形態ではセラミックス焼結体の表面から形成される止め穴又は連通孔の径の全てが、50μm以上190μm以下の範囲内で形成される。この様に気孔率と径の数値を設定して、1つの多孔体で同時に実現する事により、全ての止め穴又は連通孔に顎骨細胞組織を浸入させる事が可能となる。従って、インプラント体にネジ山を形成しなくても顎骨細胞に対するインプラント体の付着性の低下が防止され、顎骨との結合強度の一層の向上が可能となる。更に結合強度の向上に伴い、顎骨からの歯科用インプラント体の脱落や抜けが防止され、予後も改善可能となる。
【0038】
気孔率は50%を中心値とし、±10%の範囲内に変動を抑えている。気孔率が50%+10%(即ち60%)を超えると、毎日の食事毎の咬合力への耐性と噛み合いに伴う経年劣化の抑制が要求される歯科用途としての強度を、多孔体から成るインプラント体が満たさなくなる事が判明した。一方で気孔率が50%-10%(即ち40%)未満になると、気孔率の低下に伴い止め穴又は連通孔に浸入可能となる顎骨細胞組織数が低減し、顎骨細胞に対するインプラント体の付着性の低下を招いてしまう事が判明した。
【0039】
更に、止め穴又は連通孔の径が190μmを超えると、径が拡張し過ぎてしまい止め穴又は連通孔内部での顎骨細胞の成長速度が低下し、インプラント体と顎骨との結合強度が低下する事が判明した。一方で止め穴又は連通孔の径が50μm未満になると、止め穴又は連通孔への顎骨細胞組織の浸入が難しくなって、顎骨細胞に対するインプラント体の付着性が低下し、インプラント体と顎骨との結合強度が低下する事が判明した。
【0040】
以上から、多孔体で形成される歯科用インプラント体に於いては、顎骨細胞に対する歯科用インプラント体の付着性の低下防止、及び顎骨からの歯科用インプラント体の脱落や抜けを防止する為には、止め穴又は連通孔の気孔率50±10%、止め穴又は連通孔の径50μm以上190μm以下との実現が両方とも必須である事が確認された。
【0041】
気孔率は、水銀ポロシメーターを用いた水銀圧入法にて測定可能である。また、止め穴又は連通孔の径はSEM(Scanning Electron Microscope:走査電子顕微鏡)観察像によって測定される。
【0042】
本実施形態では、止め穴又は連通孔の気孔率50±10%及び止め穴又は連通孔の径50μm以上190μm以下を同時に実現する条件として、ゲル化可能な液体に分散させるセラミック粉末の濃度を5%以上65%以下と設定すると共に、ゲル体の凍結温度を-40℃以上-10℃以下の範囲に設定する事が必須である事を見出した。セラミック粉末2の濃度範囲と、ゲル体1の凍結温度範囲のどちらか一方が範囲外となると、前記気孔率及び径を両方所望の範囲内に設定する事が出来なかった。
【0043】
更にセラミック粉末2の濃度が5%未満となると、前記セラミック成形体の密度が低くなり過ぎて歯科用インプラント体としての強度を満たせなくなると共に、65%を超えるとセラミック粉末が凝集して沈殿し易くなり、安定した分散状態を保つ事が困難になる。
【0044】
またゲル体の凍結温度が-40℃未満に下がると、氷結晶が霜柱状に形成される前にゲル体全体が凍結し、セラミック粉末を氷結晶以外のゲル体領域に偏在させる事が出来なくなると共に、-10℃を超えるとゲル体内での氷結晶の形成が困難となる。
【0045】
更に本実施形態では、図3に示す様にゲル体1を凍結してゲル体1内部に氷結晶3を一定方向に成長させ、図4の様に止め穴又は連通孔5を一定方向に形成する事で、壁面6を緻密とする事が、歯科用インプラント体に用いる多孔体とその製造方法としてより好ましい。緻密とは、孔やマイクロポーラス又はナノポーラスの無い壁面に加え、密度99%以上の壁面も含む。緻密な壁面が密度100%に限定されない理由は、前記凍結工程において、ゲル体内には霜柱状の氷結晶以外に、この氷結晶の径に比べて極めて径の小さな氷が壁面に形成される場合も有る為である。この氷も前記ゲル体の乾燥時に昇華されるので、氷が昇華した跡が微細な孔や穴となり、孔やマイクロポーラス又はナノポーラスが壁面に形成される事もある。
【0046】
なお、止め穴又は連通孔が形成される一定方向とは、図4の連通孔5の様にセラミックス焼結体4の一方の表面から他方の裏面(図4では上から下)へと、一つの方向のみに形成されているものを指す。
【0047】
止め穴又は連通孔を一定方向に形成するには、ゲル体内部に氷結晶を一定方向に形成する必要がある。本出願人が検証した結果、氷結晶を一定方向に形成する為に必要な条件は、ゲル体を-40℃以上-10℃以下の範囲で一つの箇所から一定方向に沿って他方の箇所へと伝熱により徐々に凍結して行く事である。
【0048】
図3(b)及び図3(c)では凍結プレート7と接触しているゲル体1の表面を、凍結を開始する一つの箇所としており、一定方向(図3(b)及び図3(c)の下から上への方向)に沿って他方の箇所である上側表面へと伝熱により徐々に凍結させている。
【0049】
止め穴又は連通孔の形成方向を一方向とする事で、セラミック粉末を規則性を以て偏在させる事が出来ると共に、氷結晶から壁面全面に圧縮力を均一に加える事が出来る。従って壁面をより緻密に形成出来る。従って、止め穴又は連通孔を有しながらも歯科用に適した高い機械的特性(機械的強度及び加工性)を備える歯科用インプラント体を得る事が出来る。よって、止め穴又は連通孔の気孔率及び径の設定に加えて、止め穴又は連通孔の形成方向を一方向とした方が歯科用インプラント体としてより好ましい。
【0050】
また止め穴又は連通孔を、セラミックス焼結体内で左右方向や斜め方向、又はこれら方向が入り乱れた方向に形成する事も出来る。図5には、セラミックス焼結体4の上半分に、図中水平方向に側面の表面から連通孔5が複数形成されていると共に、下半分は図4と同様に図中垂直方向に連通孔5が複数形成されている変更形態例が図示されている。なお図5は、セラミックス焼結体4を任意の断面で切断した断面図である。水平方向に形成された複数の連通孔5の内、最下部に形成された連通孔5と、垂直方向に形成された連通孔5が連通されている。
【0051】
図5のセラミックス焼結体4は、底面に前記凍結プレート7を配置して垂直方向の連通孔5を形成すると共に、ゲル体の上半分の側面全周には凍結剤を配置する事で、ゲル体の中心に向かって側面表面から複数の連通孔5を中心に向かって形成する。従って、図5で示す水平方向の複数の連通孔5の内、最上部及び最下部に形成された連通孔5の様に、互いの連通孔がずれて連通する場合もあれば、中位部に形成された連通孔5の様に、互いの連通孔が一致して連通される場合も有る。
【0052】
更に本実施形態では原料であるセラミック粉末にジルコニアを使用しているので、セラミックス焼結体はジルコニアである。セラミックス焼結体をジルコニアとする事で、化学的な耐久性、耐熱性、衛生面での無害性等の諸特性を有し、歯科用インプラント体に好適である。更に、良好な機械的特性(機械的強度及び加工性)が得られる。
【0053】
ジルコニアは生体補強材としての歯科用インプラント体への適用を考慮すると、より高い機械的強度の確保の点から、イットリア(酸化イットリウム:Y2O3)含有のジルコニアがより好ましい。具体的には、2Yジルコニア(イットリア2mol%含有ジルコニア)、2.5Yジルコニア(イットリア2.5mol%含有ジルコニア)、3Yジルコニア(イットリア3mol%含有ジルコニア)、8Yジルコニア(イットリア8mol%含有ジルコニア)が挙げられる。
【0054】
こうして得られたインプラント体の色は白色、ビッカース硬度は、止め穴又は連通孔が形成されている一方向では10GPa、それ以外の他方向では3.5GPaであった。インプラント体はワンピース又は別にアパットメント(支台部)を備えるツーピースタイプに形成可能である。
【0055】
以下に本発明に係る実施例を説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例
【0056】
本実施例に係る歯科用インプラント体の製造方法を、以下に説明する。最初にゲル化可能な高分子の液体を用意し、その液体に造粒された粉末濃度35%のジルコニア粉末を分散して、スラリーを作製した。本実施例ではイットリアを含まず、1350℃~1450℃の温度範囲で2時間焼結させた密度99%の緻密体の多結晶ジルコニアを使用した。
【0057】
次に、作製したスラリーをゲル化させてゲル体を作製すると共に、そのゲル体の底面に図3(b)の様に銅製の凍結用プレート7を接触させ、伝熱によりゲル体を底面から他方に向かって一定方向に冷却し、-20℃で凍結させて図3(c)の様に一定方向に複数の氷結晶を形成した。
【0058】
次に凍結後のゲル体を大気中で乾燥させ、氷結晶を昇華させてセラミック成形体を得ルと共に、そのセラミック成形体を焼結して、セラミックス焼結体を形成した。焼結方法は大気焼結で、加熱温度は2℃/分、焼結温度は1350℃、雰囲気は大気、圧力は常圧、焼結時間は2時間とした。
【0059】
得られたセラミックス焼結体のSEM観察像を、図1図2に示す。図1は止め穴又は連通孔の形成方向に対して直交方向の表面に於ける観察像であり、図2は止め穴又は連通孔の形成方向の断面に於ける観察像である。図1よりセラミックス焼結体の表面から止め穴又は連通孔が形成されている事が確認された。また図2より止め穴又は連通孔が一定方向(図2の上下方向)に形成されている事も確認された。また壁面の密度は99%であり、緻密である事も確認された。
【0060】
セラミックス焼結体の止め穴又は連通孔の気孔率を、水銀ポロシメーターを用いた水銀圧入法で測定したところ60%である事が判明した。また止め穴又は連通孔の径をSEM観察像で確認したところ、無作為に複数箇所のSEM観察像で観察した前記径が全て、50μm以上190μm以下の範囲内である事も判明した。
【0061】
このセラミックス焼結体の表面に、性別及び年齢を無作為で選別した被験者の顎骨細胞組織を付着させたところ、止め穴及び連通孔への浸入が観察された。更に止め穴及び連通孔に浸入した顎骨細胞組織がセラミックス焼結体の表面から剥離せず付着状態が保持された事が確認された。
【符号の説明】
【0062】
1 ゲル体
2 セラミック粉末
3 氷結晶
4 セラミックス焼結体
5 挿通孔
6 壁面
7 凍結用プレート
図1
図2
図3
図4
図5