(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】抗ガン剤、抗ガン剤のプロドラッグ、体外でガン細胞を死滅させる方法、ガンの治療方法、及びガンの治療装置
(51)【国際特許分類】
A61K 41/00 20200101AFI20240318BHJP
A61K 31/197 20060101ALI20240318BHJP
A61K 31/513 20060101ALI20240318BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240318BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240318BHJP
A61K 47/68 20170101ALI20240318BHJP
A61N 5/10 20060101ALI20240318BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240318BHJP
C12N 5/09 20100101ALI20240318BHJP
【FI】
A61K41/00
A61K31/197
A61K31/513
A61K39/395 H
A61K45/00
A61K47/68
A61N5/10 H
A61P35/00
C12N5/09
(21)【出願番号】P 2023508530
(86)(22)【出願日】2022-10-20
(86)【国際出願番号】 JP2022039079
(87)【国際公開番号】W WO2023068325
(87)【国際公開日】2023-04-27
【審査請求日】2023-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2021172003
(32)【優先日】2021-10-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/海産性微細藻類培養拠点のための研究開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】518236878
【氏名又は名称】株式会社太洋サービス
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(72)【発明者】
【氏名】岩田 康嗣
(72)【発明者】
【氏名】松井 裕史
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 石根
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕司
(72)【発明者】
【氏名】富田 かな子
(72)【発明者】
【氏名】楊 天景
(72)【発明者】
【氏名】池田 貴文
(72)【発明者】
【氏名】黒川 宏美
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-012197(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112834680(CN,A)
【文献】特表2018-527402(JP,A)
【文献】特開2018-058822(JP,A)
【文献】特開2003-096098(JP,A)
【文献】特開2008-022994(JP,A)
【文献】特開2016-216404(JP,A)
【文献】特開2014-177421(JP,A)
【文献】国際公開第2021/029391(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/237241(WO,A1)
【文献】岩田康嗣,医療機関、企業、大学、行政の連携が創る独自医療技術開発,日レ医誌,2021年09月30日,Vol.42, No.3,p138
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 41/00-41/17
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質を含む、抗ガン剤であって、
前記物質が、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸、及び窒素が窒素15である5-フルオロウラシルから選択される少なくとも一つであり、
患者の体内に投与され、投与後、前記患者に陽子線が照射されるための抗ガン剤。
【請求項2】
ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質を含む、抗ガン剤であって、
前記物質が、窒素が窒素15であるガン細胞の分子標的治療薬であり、
患者の体内に投与され、投与後、前記患者に陽子線が照射されるための抗ガン剤。
【請求項3】
前記窒素が窒素15である
ガン細胞の分子標的治療薬が、前記ガン細胞に結合する部分を含む、請求項2に記載の抗ガン剤。
【請求項4】
前記ガン細胞に結合する部分が抗体又は抗体の一部である、請求項3に記載の抗ガン剤。
【請求項5】
前記抗体又は抗体の一部に薬物が結合している、請求項4に記載の抗ガン剤。
【請求項6】
前記抗体又は抗体の一部が、窒素が窒素15であるトラスツズマブである、請求項4に記載の抗ガン剤。
【請求項7】
ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質のプロドラッグを含む抗ガン剤であって、
前記物質が、窒素が窒素15である5-フルオロウラシルであり、
患者の体内に投与され、投与後、前記患者に陽子線が照射されるための抗ガン剤。
【請求項8】
前記プロドラッグが、窒素が窒素15であるテガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、ドキシフルリジン、及びカペシタビンからなる群から選択される、請求項7に記載の抗ガン剤。
【請求項9】
体外で、ガン細胞に窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸、及び窒素が窒素15である5-フルオロウラシルから選択される少なくとも一つの物質を与えて、前記ガン細胞に窒素15を蓄積させること、
体外で、前記ガン細胞に、陽子線を照射することと、
を含む、体外でガン細胞を死滅させる方法。
【請求項10】
体外で、ガン細胞に窒素が窒素15であるガン細胞の分子標的治療薬を与えて、前記ガン細胞に窒素15を蓄積させること、
体外で、前記ガン細胞に、陽子線を照射することと、
を含む、体外でガン細胞を死滅させる方法。
【請求項11】
前記分子標的治療薬が、窒素が窒素15であるトラスツズマブである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
体外で、ガン細胞に窒素が窒素15である5-フルオロウラシルのプロドラッグを与えて、前記ガン細胞に窒素15を蓄積させること、
体外で、前記ガン細胞に、陽子線を照射することと、
を含む、体外でガン細胞を死滅させる方法。
【請求項13】
前記プロドラッグが、窒素が窒素15であるテガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、ドキシフルリジン、及びカペシタビンからなる群から選択される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
非ヒト動物に窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸、及び窒素が窒素15である5-フルオロウラシルから選択される少なくとも一つの物質を投与して、前記非ヒト動物のガン細胞に窒素15を蓄積させること、
前記非ヒト動物に、陽子線を照射することと、
を含む、ガンの治療方法。
【請求項15】
非ヒト動物に窒素が窒素15であるガン細胞の分子標的治療薬を投与して、前記非ヒト動物のガン細胞に窒素15を蓄積させること、
前記非ヒト動物に、陽子線を照射することと、
を含む、ガンの治療方法。
【請求項16】
前記分子標的治療薬が、窒素が窒素15であるトラスツズマブである、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
非ヒト動物に窒素が窒素15である5-フルオロウラシルのプロドラッグを投与して、前記非ヒト動物のガン細胞に窒素15を蓄積させること、
前記非ヒト動物に、陽子線を照射することと、
を含む、ガンの治療方法。
【請求項18】
前記プロドラッグが、窒素が窒素15であるテガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、ドキシフルリジン、及びカペシタビンからなる群から選択される、請求項17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ガン剤、抗ガン剤のプロドラッグ、体外でガン細胞を死滅させる方法、ガンの治療方法、及びガンの治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
世界の陽子線治療施設では、年間約2万人が治療を受けており、患者数は延べ21万人を越えている。しかし世界には、1700万人のガン患者がおり、陽子線によるガン治療は、僅か850人に1人の割合で行われるに留まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4520219号公報
【文献】特許第7648586号公報
【文献】特許第5392752号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】F. Tabbakh, N. S. Hosmane, Enhancement of Radiation Effectiveness in Proton Therapy: Comparison Between Fusion and Fission Methods and Further Approaches, Scientific Reports 10 (2020) 5466.
【文献】田中享、等,光合成細菌変異株を用いた5- アミノレブリン酸生産における副産物の生成と培養温度の制御による5-アミノレブリン酸の大量生産,生物工学会誌93 (2015) 24-31.
【文献】C. ROLFS and W. S. RODNEY, PROTON CAPTURE BY 15N AT STELLAR ENERGIES, Nuclear Physics, A235 (1974) 450-459.
【文献】G. Imbriani, et al., Measurement of γ rays from 15N(p,γ)16O cascade and 15N(p,α1γ)12C reactions, PHYSICAL REVIEW, C85 (2012) 065810.
【文献】技術資料「トレリナ(登録商標) Torelina(登録商標) ポリフェニレンサルファイドフィルム」東レ株式会社工業材料事業第1部(2013).
【文献】M. Tamura, H. Ito, H. Matsui, Radiotherapy for cancer using X-ray fluorescence emitted from iodine, Scientific Reports 7 (2017) 43667.
【文献】M Shibuta, et al., Imaging cell picker: A morphology-based automated cell separation system on a photodegradable hydrogel culture platform, J. Bioscience and Bioengineering, 126 (2018) 653-660.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らの知見によれば、陽子線治療によるガン患者の生存率が上昇すれば、陽子線治療が広まることを期待できる。本発明者らの知見によれば、陽子線治療により、従来治癒が困難である、5年生存率が極端に低い(8.5%、2009年~2011年)膵臓ガン、日本人男性の部位別死亡原因がずば抜けて高い(全ガン男性死亡数220,339人の24.2%、2019年)肺ガン、脳腫瘍のグレード4の症状で5年生存率が10%未満と低い神経膠芽腫等の臓器固有のガンのみならず、ガン転移を惹起することで恐れられる播種やリンパ腫などのガン患者の生存率を上昇させることを期待できる。また、本発明者らの知見によれば、陽子線治療を、非侵襲の治療が切望される乳ガンに適用することを期待できる。
【0006】
本発明者らの知見によれば、ガン患者の生存率を上昇させたり、非侵襲でガンを効率的に治療したりするには、ガン細胞を特異的に死滅させることが望ましい。そこで、本発明は、ガン細胞を特異的に死滅させる抗ガン剤、抗ガン剤のプロドラッグ、体外でガン細胞を死滅させる方法、ガンの治療方法、及びガンの治療装置を提供することを課題の少なくとも一部とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[1]ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質を含む、抗ガン剤。
【0008】
[2]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[1]に記載の抗ガン剤。
【0009】
[3]ガンの治療に用いるための、ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質
【0010】
[4]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[3]に記載の物質。
【0011】
[5]窒素が窒素15である分子標的治療薬である、[1]に記載の抗ガン剤。
【0012】
[6]ガン細胞に結合する部分を含む、[5]に記載の抗ガン剤。
【0013】
[7]ガン細胞に結合する部分が抗体又は抗体の一部である、[6]に記載の抗ガン剤。
【0014】
[8]抗体又は抗体の一部に薬物が結合している、[7]に記載の抗ガン剤。
【0015】
[9]抗体又は抗体の一部が、窒素が窒素15であるトラスツズマブである、[7]に記載の抗ガン剤。
【0016】
[10]抗ガン剤の製造のための、ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質の使用。
【0017】
[11]抗ガン剤が、患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[10]に記載の使用。
【0018】
[12]窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸を含む抗ガン剤。
【0019】
[13]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[12]に記載の抗ガン剤。
【0020】
[14]ガンの治療に用いるための、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸。
【0021】
[15]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[14]に記載の窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸。
【0022】
[16]抗ガン剤の製造のための、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸の使用。
【0023】
[17]抗ガン剤が、患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[16]に記載の使用。
【0024】
[18]窒素が窒素15である5-フルオロウラシルを含む抗ガン剤。
【0025】
[19]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[18]に記載の抗ガン剤。
【0026】
[20]ガンの治療に用いるための、窒素が窒素15である5-フルオロウラシル。
【0027】
[21]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[20]に記載の窒素が窒素15である5-フルオロウラシル。
【0028】
[22]抗ガン剤の製造のための、窒素が窒素15である5-フルオロウラシルの使用。
【0029】
[23]抗ガン剤が、患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[22]に記載の使用。
【0030】
[24]ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質を含む抗ガン剤のプロドラッグ。
【0031】
[25]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[24]に記載のプロドラッグ。
【0032】
[26]ガンの治療に用いるための、ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質を含む抗ガン剤のプロドラッグ。
【0033】
[27]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[26]に記載のプロドラッグ。
【0034】
[28]抗ガン剤のプロドラッグの製造のための、ガン細胞に窒素15を特異的に蓄積させる物質の使用。
【0035】
[29]抗ガン剤のプロドラッグが、患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[28]に記載の使用。
【0036】
[30]窒素が窒素15である5-フルオロウラシルを含む抗ガン剤のプロドラッグ。
【0037】
[31]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[30]に記載のプロドラッグ。
【0038】
[32]窒素が窒素15であるテガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、ドキシフルリジン、及びカペシタビンからなる群から選択される、[30]又は[31]に記載のプロドラッグ。
【0039】
[33]ガンの治療に用いるための、窒素が窒素15である5-フルオロウラシルを含む抗ガン剤のプロドラッグ。
【0040】
[34]患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[33]に記載のプロドラッグ。
【0041】
[35]窒素が窒素15であるテガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、ドキシフルリジン、及びカペシタビンからなる群から選択される、[33]又は[34]に記載のプロドラッグ。
【0042】
[36]抗ガン剤のプロドラッグの製造のための、窒素が窒素15であるテガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、ドキシフルリジン、及びカペシタビンからなる群から選択されるいずれかの使用。
【0043】
[37]抗ガン剤のプロドラッグが、患者の体内に投与され、投与後、患者に陽子線が照射される、[36]に記載の使用。
【0044】
[38](a)体外で、ガン細胞に窒素15を蓄積させること、(b)体外で、ガン細胞に、陽子線を照射することと、を含む、体外でガン細胞を死滅させる方法。
【0045】
[39]ガン細胞に窒素15を蓄積させることが、ガン細胞に、上記のいずれかに記載の抗ガン剤を与えることを含む、[38]に記載の体外でガン細胞を死滅させる方法。
【0046】
[40]ガン細胞に窒素15を蓄積させることが、ガン細胞に、上記のいずれかに記載の抗ガン剤のプロドラッグを与えることを含む、[38]に記載の体外でガン細胞を死滅させる方法。
【0047】
[41](a)ヒト又は非ヒト動物のガン細胞に窒素15を蓄積させること、(b)ヒト又は非ヒト動物に、陽子線を照射することと、を含む、ガンの治療方法。
【0048】
[42]ヒト又は非ヒト動物のガン細胞に窒素15を蓄積させることが、ヒト又は非ヒト動物に、上記のいずれかに記載の抗ガン剤を投与することを含む、[41]に記載のガンの治療方法。
【0049】
[43]ヒト又は非ヒト動物のガン細胞に窒素15を蓄積させることが、ヒト又は非ヒト動物に、上記のいずれかに記載の抗ガン剤のプロドラッグを投与することを含む、[41]に記載のガンの治療方法。
【0050】
[44]ガン細胞に窒素15が蓄積しているヒト又は非ヒト動物に陽子線を照射する照射装置を備える、ガンの治療装置。
【0051】
[45]ヒト又は非ヒト動物が、上記のいずれかに記載の抗ガン剤を投与されている、[44]に記載のガンの治療装置。
【0052】
[46]ヒト又は非ヒト動物が、上記のいずれかに記載の抗ガン剤のプロドラッグを投与されている、[44]に記載のガンの治療装置。
【0053】
[47]陽子線を加速する加速装置をさらに備える、[44]から[46]のいずれかに記載のガンの治療装置。
【0054】
[48]加速装置が、レーザープラズマを備える、[47]に記載のガンの治療装置。
【発明の効果】
【0055】
本発明によれば、ガン細胞を特異的に死滅させる抗ガン剤、抗ガン剤のプロドラッグ、体外でガン細胞を死滅させる方法、ガンの治療方法、及びガンの治療装置を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【
図1】5-アミノレブリン酸から誘導されたプロトポルフィリンIXがヘムに変換される経路を示す模式図である。
【
図2】
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応による共鳴エネルギー位置を示す模式図である。
【
図3】
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応における実験室系と重心系の関係を示す図である。
【
図4】陽子と生成イオンのLETを比較した図である。
【
図5】
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応の反応断面積の陽子エネルギー依存性を示す図である。
【
図6】
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応の共鳴エネルギーと体内における陽子の反応位置(残飛程)との関係、及び当該残飛程のスケールで反応生成イオンの飛程を記載した図である。
【
図7】
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応の共鳴エネルギー(resonance energy)、体内における陽子の反応位置(residual range)、反応生成イオン(
4He
2+,
12C
6+)の飛程、生物学的電離効果(Bragg’s peak)を示す。
【
図8】ガン細胞において
15N共鳴核反応が発生することを示す模式図である。
【
図9】トレリナ(登録商標)の熱加水分解耐性を示す図である(非特許文献8参照。)。
【
図10】トレリナ(登録商標)フィルムのガス透過性を示す表である(非特許文献9参照。)。
【
図11】実施形態に係るガンの治療装置を示す模式図である。
【
図12】実施例1に係る正常細胞とガン細胞のそれぞれに蓄積された
15Nを定量する方法を示す図である。
【
図13】実施例1に係る正常細胞とガン細胞のそれぞれに蓄積された
15Nの定量で得られたガンマ線スペクトルを示すグラフである。
【
図14】実施例1に係る正常細胞とガン細胞のそれぞれにおける
15N_5-ALAの取り込み量を示すグラフである。
【
図15】実施例2に係るpUC4-KIXXプラスミドの遺伝子構造図である。
【
図16】実施例2に係るpUC4-KIXXにおける
15Nの同位体比を変化させた場合の大腸菌のコロニーを示す写真である。
【
図17】実施例2に係るpUC4-KIXXにおける
15Nの同位体比を変化させた場合の大腸菌の菌数(左縦軸)と、
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応(E
r=0.987MeV)で放出される4.43MeVのガンマ線線量(右縦軸)と、を示すグラフである。
【
図18】実施例3に係る陽子線照射を行った直後の15N_5-ALAを含まない培地で培養したRGM-GFP細胞の写真である。
【
図19】実施例3に係る15N_5-ALAを含まない培地で培養したRGM-GFP細胞の陽子線照射電荷量に対する生存率を想定した結果のグラフである。
【
図20】実施例3に係る陽子線照射を行った直後のRGK-KO細胞の写真である。15N_5-ALAを含む培地と含まない培地それぞれで培養した細胞の写真である。
【
図21】実施例3に係る陽子線照射を行って24時間経過後のRGK-KO細胞の写真、及び15N_5-ALAを含む培地で培養した細胞の写真である。
【
図22】実施例4に係る細胞を生きた状態で真空中に保持することを可能にする細胞ホルダーの写真である。
【
図23】実施例4に係る細胞を生きた状態で真空中に保持したときの真空度の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0057】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「実施形態」ということがある)について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施できる。また、以下に示す実施形態は、この発明の技術的思想を具体化するための方法等を例示するものであって、これらの例示に限定されるものではない。
【0058】
実施形態に係る抗ガン剤は、窒素15を含み、ガン細胞に特異的に蓄積する物質を含む。
【0059】
窒素(N)は、必須多量6元素(O、C、H、N、Ca、P)の一つであり、ヒトの体重の2.6%を占め、身体の全ての部位に存在し得る。窒素15は、15Nとも表記される。15Nは、天然に存在する窒素の安定同位体の一つであり、陽子7個と中性子8個から構成される。15Nは、地球上の全窒素の0.364%を占める。15Nは、同じ比率で、体内にも存在する。
【0060】
窒素15を含み、ガン細胞に特異的に蓄積する物質は、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸であってもよい。5-アミノレブリン酸(5-ALA)は、全ての細胞で合成され、ポルフィリン合成経路の出発物質として知られている。正常細胞では、7段階の酵素反応を経て、5-アミノレブリン酸から、エネルギー代謝に必要なヘムが合成される。タンパク質から遊離したヘムは、活性酸素の生成を促進し、DNAや脂質を損傷する酸化ストレスの要因となるため、エネルギー生産後、速やかに分解され、排泄される。5-アミノレブリン酸の化学式は、以下のとおりである。
【化1】
【0061】
実施形態に係る抗ガン剤において、5-アミノレブリン酸のNが
15Nで置換されている。窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸は、
15N_5-ALAとも表記される。窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸の化学式は、以下のとおりである。
【化2】
【0062】
実施形態に係る抗ガン剤は、ヒト又は非ヒト動物に投与される。投与経路の例としては、局所投与、経口投与を含む経腸投与、及び非経口投与が挙げられるが、特に限定されない。投与された抗ガン剤は、細胞に取り込まれる。
【0063】
図1に示すように、正常細胞においては、鉄付加酵素(FECH)によって、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸から誘導されたプロトポルフィリンIXがヘムに変換される。ヘムを正常に合成できる正常細胞では、窒素15は排泄され、蓄積しない。
【0064】
しかし、ガン細胞では、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS: induced Nitric Oxide Synthase)が活発に働き、細胞内の一酸化窒素(NO)濃度が高く維持されている。そのため、ガン細胞内では、鉄硫黄錯体が、一酸化窒素(NO)と速やかに反応して、不可逆的にジニトロシルジチオラト鉄錯体(DNIC)を形成するため、ヘムを合成することができない。そのため、ガン細胞においては、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸、及び窒素が窒素15であるプロトポルフィリンIXのような窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸の誘導体が長時間蓄積される。
【0065】
したがって、実施形態に係る抗ガン剤をヒト又は非ヒト動物に投与すると、窒素15がガン細胞に特異的に蓄積するが、正常細胞には蓄積しない。
【0066】
図2は、窒素15原子核の陽子捕獲共鳴核反応の重心系エネルギーダイアグラムを示す(単位はMeV)。陽子と窒素15が衝突する際、両原子核の結合エネルギーと衝突エネルギーの和が酸素16原子核の励起準位に一致する(共鳴する)とき、陽子が窒素15原子核に捕獲されて酸素16複合原子核
16O
*が形成される。励起状態にある
16O
*は、原子核種の中で最も安定な
4He
2+原子核(α線)を放出して直ぐに炭素12原子核の第一励起準位となり、
12C
*励起準位から4.43MeVのガンマ線を放出して基底状態の
12C原子核になる。この一連の共鳴核反応を式は、下記式(1)で表される。
15N(
1H,α
1γ)
12C (1)
ここで、α
1の1は
12C
*の第一励起準位を表し、
16O
*励起準位とのエネルギー差分E
0が運動量保存則に従って
4Heと
12C
*の運動エネルギーに分配され、
4Heと
12C
*は生成イオンとして放出される。この一連の反応過程を重心系、すなわち陽子と窒素15の重心が動く速度V
Gで移動する座標系で見ると、
16O
*複合原子核は静止している。陽子と
15Nの質量及び実験室系での速度をそれぞれm
H,m
N,u
H,u
N=0,とすると重心速度は、下記式(2)で表される。
【数1】
【0067】
図3には実験室系と重心系の関係を示す。重心系における陽子と
15Nの速度V
H,V
Nはそれぞれu
H-V
G,-V
Gで与えられ、共鳴エネルギーε
0は、下記式(3)に示すように、実験室系の陽子の運動エネルギーに等しい。
【数2】
【0068】
16O
*複合原子核の共鳴エネルギー準位と
12C
*の第一励起準位のエネルギー差が生成イオンの運動量を保存して、すなわちそれぞれの生成イオン運動量のベクトル和が静止している
16O
*複合原子核の運動量ゼロに等しくなるように(m
HeV
He+m
CV
C=0)、生成イオンの運動エネルギーに分配される。
【数3】
【0069】
実験室系における
4Heと
12C
*の運動エネルギーε
He,ε
Cの最大値は、下記式(5)及び式(6)で与えられる。
【数4】
【数5】
【0070】
上記式(5)及び式(6)で与えられる運動エネルギーε
He,ε
Cは、生成イオンの飛跡に沿ってイオンから周囲へ付与されるエネルギー(単位飛程当たりのエネルギー付与linear energy transfer,LET)と生成イオンの飛跡を規定する。LETがイオンの電荷の2乗Z
2に比例することから、Z=2をもつ
4He
2+原子核とZ=6をもつ
12C
6+原子核が細胞内に生成イオンとして放出されると、
4He
2+原子核と
12C
6+原子核は、高い運動エネルギーで細胞内を飛行して高いエネルギーを周囲に付与し、細胞を殺傷する能力を有し得る。
図4には、陽子と生成イオン(
4He
2+原子核と
12C
6+原子核)のLETを比較して示したグラフである。生成イオンが陽子に比べて高いLETを示し、
15Nを蓄積したガン細胞では、
15N共鳴核反応による生成イオンによって、ガン細胞が特異的に死滅することが可能になる。
【0071】
また、16O*複合原子核の励起核準位からは、式(1)の反応チャネルの他に炭素の基底状態に直接脱励起する反応、αを放出せずにガンマ線のみを放出して酸素16の基底状態になる反応があり、式で表すとそれぞれ、下記(7)式及び(8)式の反応チャネルが同時に開く。
15N(1H,α0)12C (7)
15N(1H,γ0)16O (8)
【0072】
式(8)で表される共鳴核反応では透過力の高いガンマ線が放出されるのみであり、本実施形態の目的であるガン細胞特異的に放射線作用をもたらすことにならない。しかし、4He2+原子核と12C*原子核の極めて高い安定性によって、式(1)及び式(7)で表される共鳴核反応チャネルが、式(8)で表される共鳴核反応チャネルより圧倒的に高い確率で生じる。核反応確率の順序は、下記式(9)で表される。
(式1の反応確率)>(式7の反応確率)>>(式8の反応確率) (9)
【0073】
窒素15を多く蓄積したガン細胞で陽子が窒素15原子核と衝突して生成イオンが放出される共鳴核反応が高い確率で生じることにより、ガン細胞を特異的に死滅させることが可能になる。
【0074】
図5は
16O
*複合原子核の励起準位に対応した、式(3)で規定される、
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応の陽子の共鳴エネルギーごとの反応断面積を示す(非特許文献3、4参照。)。
図6には、陽子線の当該共鳴エネルギーを体内における陽子の反応位置を示す残飛程(residual range from the p-stopping point)、及び当該残飛程のスケールで反応生成イオンの飛程を示す。陽子が体内に入射して、10MeV以下のエネルギーに減衰する範囲、残飛程で約800μmの領域に12か所の共鳴エネルギーが存在する。それぞれ共鳴エネルギーに相当する残飛程位置では、式(5)及び式(6)で規定される運動エネルギーで生成イオン
4He
2+原子核と
12C
6+原子核が放出され、それぞれの生成イオンの飛程を、共鳴エネルギーごとに、小円の半径で示した。当該生成イオン飛程に亙り、その周囲に高いエネルギーを付与し、周囲を高密度に励起する。したがって、ガン細胞では、当該12か所の共鳴エネルギー位置で損傷が発生し、ガン細胞が死滅する。
図7に、
15N(
1H,α
1γ)
12C共鳴核反応の共鳴エネルギー(resonance energy)、体内における陽子の反応位置(residual range)、反応生成イオン(
4He
2+,
12C
6+)の飛程、生物学的電離効果(Bragg’s peak)の値をまとめて示す。
【0075】
実施形態に係る抗ガン剤を与えられたガン細胞では、特にミトコンドリアで、窒素が窒素15であるプロトポルフィリンIXが多く合成される。そのため、理論に拘束されるものではないが、
図8に示すように、ガン細胞では、陽子線照射により、ミトコンドリアで15N共鳴核反応が多く発生してミトコンドリアが損傷し、ガン細胞が死滅するものと考えられる。
【0076】
よって、実施形態に係る抗ガン剤を投与されたヒト又は非ヒト動物に陽子線を照射することにより、ヒト又は非ヒト動物の体内のガン細胞を特異的に死滅させることが可能である。
【0077】
窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸の製造方法は、特に限定されない。通常の5-アミノレブリン酸は、光合成細菌Rhodobacter. sphaeroides IFO12203をベースに作製された、好気暗条件で5-アミノレブリン酸の生産が可能な第5次変異株(CR-520)、第6次変異株(CR-606)、及び第7次変異株(CR-720)に、5-アミノレブリン酸の前駆体であるグリシンとコハク酸を与えることによって生合成されている。
【0078】
したがって、窒素が窒素15であるグリシンと、窒素が窒素15であるコハク酸と、を、5-アミノレブリン酸の生産菌に与えることによって、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸を生産することが可能である。
【0079】
生合成で窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸を製造する場合、5-ALAの代謝経路以外にタンパク質、核酸などの合成過程に多くの窒素が消費され、自然には0.364%しか存在しない希少な窒素15を有効に利用することが望ましい。そのためには、生合成で窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸を製造した後の残渣に大量に含まれる15Nを回収し、5-アミノレブリン酸製造工程に戻すことが望ましい。残渣から窒素を回収する方法としては、有機態窒素を硫酸存在下で加熱して(NH4)+イオンとして回収するケルダール法がその一例である。微細藻類や大腸菌などにおける窒素利用は、(NH4)+イオンを直接取り込むことが可能であり、窒素15の回収経路として適している。取り込まれた(NH4)+イオンは、グルタミン合成酵素によってグルタミン酸合成回路に取り込まれ、グルタミン酸が合成される。グルコースを取り込むTCA(TriCarboxylic Acid)回路のα-KG(α-ketoglutarate)によって合成されたグルタミン酸から3種類の酵素(GltX,HemA,HemL)によって5-ALAが合成されるC5経路の利用が、バイオ製薬で窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸を製造する手段として用いられ得る。
【0080】
窒素15を含み、ガン細胞に特異的に蓄積する物質は、窒素が窒素15である5-アミノレブリン酸に限定されない。例えば、窒素15を含み、ガン細胞に特異的に蓄積する物質は、窒素が窒素15である5-フルオロウラシルであってもよい。あるいは、窒素15を含み、ガン細胞に特異的に蓄積する物質は、窒素が窒素15である5-フルオロウラシルのプロドラッグであってもよい。窒素が窒素15である5-フルオロウラシルのプロドラッグの例としては、窒素が窒素15であるテガフール、窒素が窒素15であるテガフール・ウラシル、窒素が窒素15であるテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、窒素が窒素15であるドキシフルリジン、及び窒素が窒素15であるカペシタビンが挙げられる。
【0081】
また、実施形態に係る窒素15を含み、ガン細胞に特異的に蓄積する物質は、窒素が窒素15である分子標的治療薬であってもよい。分子標的治療薬は、例えば、ガン細胞に結合する部分を有する。分子標的治療薬は、例えば、ガン細胞で特異的に発現する生体分子に結合する部分を有する。例えば、ガン細胞で特異的に発現する生体分子に結合する部分が、窒素15を含んでいてもよい。ガン細胞で特異的に発現する生体分子に結合する部分は、抗体又は抗体の一部であってもよい。分子標的薬は、健康な細胞を温存しながら腫瘍細胞を標的として殺傷する、窒素が窒素15である抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate, ADC)であってもよい。分子標的薬は、乳ガン細胞表面に存在するHER2(human epidermal growth factor receptor 2)糖タンパクを標的とする、窒素が窒素15である抗体又は抗体の一部であってもよい。HER2を標的とする、窒素が窒素15である抗体又は抗体の一部は、例えば、トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)の窒素を窒素15に置換することによって得られてもよい。
【0082】
実施形態に係るガン治療薬に用いる15Nは、必須多量6元素の一つであり、身体の全ての部位に供給が可能である。
【0083】
実施形態に係るガン治療薬に用いる15Nは、自然界では全窒素の0.364%を占めるに留まり、15N抗ガン剤がガン細胞に高い割合で集積することで、ガン細胞を特異的に死滅させることが可能になる。
【0084】
実施形態に係るガン治療薬に用いる15Nは安定同位体元素である。既に承認を受けているガン治療薬のNを15Nに置換した場合、Nを15Nに置換したガン治療薬をガン患者へ投与しても、患者への負担はすでに承認を受けているガン治療薬と同等である。
【0085】
実施形態に係るガン治療薬に用いる15Nは、自然界に99.636%で存在する窒素14(14N)と化学作用は全く同等である。既に承認を受けているガン治療薬が窒素を含む場合、その窒素の99.636%は14Nであり、14Nを高濃度、例えば98%以上の比率、で15Nに置換しても、当該ガン治療薬の体内における化学作用は全く同じであり、毒性が変わることはない。
【0086】
実施形態に係る体外でガン細胞を死滅させる方法は、窒素15を含むガン治療薬の治療効果を示す。実施形態に係る体外でガン細胞を死滅させる方法より、陽子線の照射エネルギーを15N共鳴核反応が生じる共鳴エネルギーに規定してガン細胞に照射することを可能ならしめるため、窒素15を含むガン治療薬の治療効果を正確に評価することが可能になる。
【0087】
当該体外でガン細胞を死滅させる方法は、ガン細胞、及び任意で正常細胞を高分子フィルムで培養液ごと真空中に封止することを含む。これにより、陽子線が通過する真空容器内に細胞を生きた状態で保持することが可能である。
【0088】
当該体外でガン細胞を死滅させる方法は、ガン細胞、及び任意で正常細胞を培養液ごと真空中に封止する高分子フィルムは、ポリエチレンサルファイド素材であってもよく、トレリナ(東レ株式会社)として製品化されているフィルムを使用してもよい。
図9に示すように、ポリエチレンサルファイドフィルムは、熱加水分解に対して極めて安定である(非特許文献5参照。)。またトレリナは、
図10に示すように、酸素、窒素、二酸化炭素に対する透過性が高い反面、水蒸気の透過性は極めて低いという性質を有する(非特許文献5参照。)。
【0089】
当該トレリナフィルムの熱加水分解に対して極めて安定な性質を利用して、培養のための水溶液と接しながら陽子線による高密度励起作用に晒される環境においても、ガン細胞、及び任意で正常細胞を培養液ごと真空中に安定して封止することが可能になる。当該トレリナフィルムの水蒸気透過性が極めて低い性質により、水溶液とトレリナフィルムが接する界面で、トレリナ繊維の極めて高い疎水性によってフィルムの真空側表面が陰圧になっても、水分子が水蒸気になり難く、培養液は液体状態で存在できる。培養液が液体状態を維持する間は、透過性の高い酸素や二酸化炭素は液体中に溶解した状態で維持され、細胞が生きた状態を維持するために必要な酸素や二酸化炭素が培養液中に維持される環境が得られる。
【0090】
ガン細胞、及び任意で正常細胞を培養液ごと真空中に閉じ込めるために、トレリナフィルム等の高分子フィルムをシールする機能を有する器具を用いてもよい。当該シール機能を有する器具は、高エネルギーの陽子線を照射するのに必要な真空度、望ましくは1×10-3Pa以下になる真空度が得られるよう構成されていてもよい。当該シール機能を有する器具は、極めて低い炭素含有量(0.007%以下)の柔らかいステンレス鋼で、製品名クリーンスターB(大同特殊鋼株式会社)を素材に有していてもよい。当該シール機能を有する器具は、断面が半円状の形状を持つシール面を有していてもよい。当該シール面にN2イオン注入によって表層100nmの厚さに窒化鉄の硬度の高い層を形成し、締め付け時の当該シール面の弾性変形による密着性と、開放時の容易に剥離する性質と、を有するように構成してもよい(特許文献2、3参照。)。
【0091】
ガン細胞、及び任意で正常細胞を真空容器に入れる前に、窒素15を含む抗ガン剤を、ガン細胞、及び任意で正常細胞に投与する。トレリナフィルム等の高分子フィルムを当該シール面でシールして、ガン細胞、及び任意で正常細胞を培養液ごと真空容器に生きた状態で保持する。これにより、抗ガン剤と共に細胞内に15Nを取り込んだガン細胞、及び任意で正常細胞が、真空容器に保持される。したがって、ガン細胞、及び任意で正常細胞内の15Nに陽子を衝突させて共鳴核反応を生じさせることにより、体外でガン細胞を死滅させることが可能になる。
【0092】
実施形態に係るガンの治療装置は、
図11に示すように、ガン細胞に窒素15が蓄積しているヒト10又は非ヒト動物に陽子線を照射する照射装置20を備える。ヒト10又は非ヒト動物は、上述した抗ガン剤、又は抗ガン剤のプロドラッグを投与されている。実施形態に係るガンの治療装置は、陽子線を加速する加速装置をさらに備えていてもよい。加速装置が、レーザープラズマを備えていてもよい。
【0093】
(実施例1)
正常細胞としてラット胃粘膜由来細胞(RGM-GFP)、ガン細胞としてラット胃粘膜由来ガン細胞(RGK-KO)を用意し、RGM-GFP細胞とRGK-KO細胞の15N_5-ALAの細胞取り込みの違いを、以下のように確認した。ラット胃粘膜由来細胞とラット胃粘膜由来ガン細胞は、共に胃由来であり、同じ遺伝子配列を有するため、抗ガン剤の研究で広く用いられている(非特許文献6、7参照。)。
【0094】
RGM-GFP細胞とRGK-KO細胞はそれぞれに適した培養液に3日乃至4日間培養して80%コンフルエントに成長させたのち、
15N_5-ALAを投与し、経過時間に従って細胞当たりの
15N取り込み量を測定した。
図12に、
15N取り込み量の測定概略図を示す。80%コンフルエントに成長したRGM-GFP細胞と、RGK-KO細胞に、
15N_5-ALAを投与し、投与後0時間、0.5時間、1時間、3時間、6時間、12時間、24時間、それぞれ経過後の細胞試料を準備した。細胞表面に残る
15N_5-ALAを除去するために新たな培養液で3回洗浄した。トリプシンを添加してシャーレの底に付着して成長する細胞をシャーレから剥がし、遊離した細胞の濃度を計測した。
【0095】
濃度を調整して105個の細胞/2μLをシリコン結晶基板に滴下し、乾燥させた。試料サイズは概ね直径2.5mm程度に調整した。細胞試料は試料ホルダーにセットし、真空容器に入れて陽子線を照射した。陽子線のエネルギーは試料の厚さ分、試料内部で陽子線のエネルギーが減衰することを考慮して、15N(1H,α1γ)12C共鳴核反応(Er=0.897MeV)が試料内部の15Nを定量可能なように、0.894MeV~0.994MeV間の22点に設定した。15Nとの当該共鳴核反応で放出される4.43MeVのガンマ線をBi4Ge3O12(BGO)検出器で計測を行った。
【0096】
図13に、計測したガンマ線スペクトルを示す。4.43MeVの主ピークと2本の消滅ガンマ線ピーク(3.92MeVS.E.および3.41MeVD.E.)とがブロードなピークを形成するため、2.98MeV~4.85MeVのエネルギー範囲のガンマ線線量を積分し、自然バックグラウンド(図中の白抜きドット)を差し引きして、有効ガンマ線線量とした。濃度を規定した
15N_5-ALA水溶液を滴下した試料からのガンマ線線量を基に、
15N_5-ALAの細胞取り込み量を絶対値で求めた。結果を
図14に示す。
15N_5-ALAを与えてから24時間後、ガン細胞の
15N_5-ALAの取り込み量は、正常細胞の
15N_5-ALAの取り込み量の5倍以上であった。
【0097】
以上の結果から、ガン細胞に15N_5-ALAとして取り込まれた窒素15は、細胞内に蓄積され、ガン細胞が特異的に死滅することが可能であることを示された。
【0098】
RGM-GFP細胞とRGK-KO細胞の15N_5-ALA取り込み量の具体的な定量手順は以下のとおりであった。
【0099】
35mmディッシュでRGM-GFP及びRGK-KOを80%コンフルエントまで3日、乃至4日掛けてインキュベータ(37℃ 5%CO2)で培養した。
【0100】
1mmol/Lの15N_5-ALAを含む培地溶液を各ディッシュに1000μLずつ投入した。規定の経過時間毎にそれぞれの細胞にトリプシン処理を行った。
【0101】
リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate-buffered saline, PBS)もしくは5%ブドウ糖液で、細胞の洗浄と遠心分離を3回繰り返した。
【0102】
細胞数を自動計測器(Invitrogen Countess(登録商標))で計測し、1.0×105cell/2μLに調整した。シリコン基板に細胞を滴下した後、乾燥後真空容器にシリコン基板をセットして、1MVタンデム加速器(筑波大学応用加速器部門)から陽子線をシリコン基板上の細胞に照射し、15Nとの共鳴核反応で放出される4.43MeVガンマ線を、真空容器の外に設置したBGO検出器で計測した。
【0103】
サファイヤ板に陽子ビームを照射して蛍光像からビーム面積を計測し、シリコン基板に滴下した試料面積との相対比から、単位陽子線電荷量に規格化したガンマ線線量を求めた。
【0104】
陽子線電荷量規格化ガンマ線線量を、濃度を規定した15N_5-ALA水溶液試料からのガンマ線線量を陽子線電荷量に規格化し比較することで、細胞内の窒素15を定量した。
【0105】
実施例1で使用した試薬は、以下のとおりである。
5-アミノレブリン酸塩酸塩:018-13133(富士フィルム和光純薬)
15Nアミノレブリン酸塩酸塩:N1371(Medical Isotope)
0.5% Trypsin-EDTA(10x):15400054
TrypLE Select Enzyme(1X), no phenol red 100ml:12563011(Glibco)
10×D-PBS:048-29805(富士フィルム和光純薬)
D(+)-グルコース:049-31165(富士フイルム和光純薬)
【0106】
(実施例2)
図15に環状の人工プラスミドDNAであるpUC4-KIXX(3914bps)の遺伝子構造を示す。pUC4-KIXXは、アンピシリン耐性遺伝子とカナマイシン耐性遺伝子を有するため、pUC4-KIXXを形質転換した大腸菌は、アンピシリンとカナマイシンに対して耐性を示す。pUC4-KIXX中のNの同位体比
15N/(
14N+
15N)を、自然存在比0.364%、25%、50%、75%、及び98%以上に段階的に変えた、改変pUC4-KIXXを用意した。
【0107】
それぞれの改変pUC4-KIXXで形質転換された大腸菌を、100μg/mLのアンピシリンを含む培地と、20μg/mLのカナマイシンを含む培地と、で、培養し、陽子線を照射した。その結果、
図16及び
図17に示すように、
15Nを含まないpUC4-KIXXで形質転換された大腸菌と比較して、
15Nを含むpUC4-KIXXで形質転換された大腸菌は、
15Nの同位体比が高くなるほど、陽子線照射により死滅する菌数が上昇した。
15Nを含まないpUC4-KIXXで形質転換された大腸菌と比較して、
15Nの同位体比が75%以上のpUC4-KIXXで形質転換された大腸菌のコロニー数は、10の3乗分の1以上減少した。
【0108】
15Nを含まないpUC4-KIXXで形質転換された大腸菌は、陽子線の照射で多数死滅することはなかった。よって、改変pUC4-KIXXで形質転換された大腸菌が多数死滅したことは、15N(1H,α1γ)12C共鳴核反応により、アンピシリン耐性遺伝子とカナマイシン耐性遺伝子が損傷し、大腸菌の薬剤耐性が消失したためによると考えられる。
【0109】
(実施例3)
ラット胃粘膜由来ガン細胞(RGK-KO)と正常細胞(RGM-GFP)をそれぞれに適した培地をいれた35mmディッシュで一律7日間培養し、全てのディッシュが80%コンフルエントになるように細胞の準備を行った。陽子線を照射する24時間前に15N_5-ALAを培地に投入し、15N_5-ALAを含まない培地との対比が可能なように、両培地での培養条件を同じにして24時間維持した。15N_5-ALAを含む培地で培養したRGK-KO細胞とRGM-GFP細胞、及び15N_5-ALAを含まない培地で培養したRGK-KO細胞とRGM-GFP細胞のそれぞれを、培養液とともに真空中に封止保持し、所定のイオン電荷量の陽子線を照射した。陽子線のエネルギーは、真空中に封止した培養液とトレリナフィルムによる陽子線のエネルギー減衰を考慮して、1.21MeV共鳴エネルギーに合わせて1.3MeVで試料への照射を行った。
【0110】
図18は、
15N_5-ALAを含まない培地で培養したRGM-GFP細胞に陽子線を照射した直後(3時間以内)に観察した蛍光顕微鏡写真を示す。上部は遺伝子組み換えによって蛍光タンパクを代謝するようになったRGM-GFP細胞像を示し、下部は死亡した細胞の核内DNAを染色するDAPI染色法により、死亡した細胞を識別した写真をそれぞれ示す。陽子線の照射電荷量が2.5nC,4.0nC,5.0nC,10nC,25nCと増加するに従い、細胞の死亡数、すなわち蛍光タンパク像の細胞数(生存細胞数)とDAPI染色蛍光像の細胞数(死亡細胞数)の和に対する蛍光タンパク像細胞数が、増加している。
15N_5-ALAを含まない培地で培養したRGM-GFP細胞に陽子線を照射し、その照射電荷量と、細胞生存率と、の関係を
図19に示す。両者に対数関数的関係が見られ、陽子線の生物学的放射線損傷の特徴が示された。
【0111】
15N_5-ALAを含まない培地と含む培地のそれぞれに培養したRGK-KO細胞に陽子線を照射した直後の写真を
図20に示す。
図20の写真は、両細胞共に陽子線の照射電荷量が4.0nCの場合を示している。RGK-KO細胞にも蛍光タンパクを代謝する遺伝子が組み込まれており、蛍光顕微鏡下では細胞は赤い色を呈する。
15N_5-ALAを含まない培地で培養したRGK-KO細胞では、蛍光タンパク像の細胞数が4671個、DAPI染色蛍光像の細胞数は3179個で、生存率は59.5%であった。一方、
15N_5-ALAを含む培地で培養したRGK-KO細胞では、蛍光タンパク像の細胞数が4522個、DAPI染色蛍光像の細胞数は1622個で、生存率は73.5%であった。
【0112】
図21は、共に
15N_5-ALAを含む培地で培養したRGK-KO細胞に陽子線を電荷量4.0nC照射を行い、その後24時間経過後の細胞の写真を示す。照射直後3時間以内の生存率が73.5%と85.5%であった細胞の24時間後の生存率は、それぞれ40.5%と10.6%にまで減少した。RGK-KO細胞の生存率が時間経過と共に急激に減少する傾向は、RGK-KO細胞に取り込まれた
15N_5-ALAが、ガン細胞内でプロトポリフィリンIXに誘導される代謝経路と関係することを示している。
【0113】
(実施例4)
体外でガン細胞を死滅させる方法として、トレリナフィルム(厚さ4μm、東レ株式会社)とクリーンスターを素材とするシール機能を有する真空封止継手(以下、「CSフランジ」と呼ぶ。)を利用して、RGM-GFP細胞とRGK-KO細胞とを封止し、真空容器にセットして真空中に保持した。
図22は、高純度シリコンで製作した深さ1.0mmの円形皿に直径15mm、厚さ0.5mmのシリコン結晶基板を入れ、RGM-GFP細胞とRGK-KO細胞を培養液ごと当該基板に滴下し、トレリナフィルムで封止した写真を示す。トレリナフィルムの片側表面には薄いカーボン膜を蒸着し(東レKPフィルム株式会社)、陽子線の電荷帯電による放電破損を回避可能にした。
【0114】
真空中に20分から30分間保持したRGM-GFP細胞とRGK-KO細胞を封止から解放して培養すると、
図22の細胞写真が示す通り、両細胞種共に再び細胞が成長するのが確認され、生きた状態で一定時間真空下に保持されることが明らかになった。
【0115】
図23には、RGM-GFP細胞とRGK-KO細胞とを培養液ごと封止して、ドライポンプ(TSU071E,排気速度60L/s、到達真空度10
-5Pa,PFEIFFER)にて真空排気を行い、細胞試料が無い状態の真空排気過程と変わらない速さで真空が降下することが確認された。