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特許7456177アモルファスカーボン膜を有する部材、及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】アモルファスカーボン膜を有する部材、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 59/16 20060101AFI20240319BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240319BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20240319BHJP
   A01N 25/08 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
A01N59/16 A
C23C14/06 F
A01P3/00
A01N25/08
【請求項の数】 24
(21)【出願番号】P 2020019588
(22)【出願日】2020-02-07
(65)【公開番号】P2021123570
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2022-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(74)【代理人】
【識別番号】100099793
【弁理士】
【氏名又は名称】川北 喜十郎
(74)【代理人】
【識別番号】100154586
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 正広
(72)【発明者】
【氏名】高橋 佑来
(72)【発明者】
【氏名】森山 真樹
(72)【発明者】
【氏名】瀧 優介
(72)【発明者】
【氏名】岩堀 恒一郎
(72)【発明者】
【氏名】岸梅 工
【審査官】加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/132923(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2003/0031872(US,A1)
【文献】特開平10-110257(JP,A)
【文献】国際公開第2018/193991(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 59/16
C23C 14/06
A01P 3/00
A01N 25/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材上に形成され、アモルファスカーボン及び前記アモルファスカーボン中に分散する抗菌性を有する金属を含み、前記基材に接触して設けられた内層と、
前記内層の上に形成され、外部に露出する外層と、を備え、
前記外層は、アモルファスカーボンを含み、
前記アモルファスカーボンはsp2混成軌道による結合を形成している炭素原子及びsp3混成軌道による結合を形成している炭素原子を含み、
前記外層における、前記sp2混成軌道による結合を形成している炭素原子の数と前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の合計に対する、前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の割合が、前記内層における該割合よりも高い部材。
【請求項2】
前記外層は、前記内層に含まれる前記金属の原子濃度に応じた膜厚を有する、請求項1に記載の部材。
【請求項3】
前記外層における前記金属の原子濃度が、前記内層における前記金属の原子濃度よりも低い、請求項1または2に記載の部材。
【請求項4】
基材と、
前記基材上に形成され、アモルファスカーボン及び前記アモルファスカーボン中に分散する金属を含み、前記基材に接触する第1表面及び第1表面の反対面である第2表面を有する膜と、を備え、
前記第2表面における前記金属の原子濃度が、前記第1表面における前記金属の原子濃度よりも低く、
前記アモルファスカーボンはsp2混成軌道による結合を形成している炭素原子及びsp3混成軌道による結合を形成している炭素原子を含み、
前記第2表面における、前記sp2混成軌道による結合を形成している炭素原子の数と前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の合計に対する、前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の割合が、前記第1表面における該割合よりも高い部材。
【請求項5】
前記第1表面における前記金属の原子濃度が、1原子%以上である請求項に記載の部材。
【請求項6】
前記第1表面における前記金属の原子濃度が、6原子%以上である請求項4または5に記載の部材。
【請求項7】
前記第2表面において、前記金属が存在しない請求項のいずれか一項に記載の部材。
【請求項8】
前記金属が、銀、水銀、白金、銅、カドミウム、金、コバルト、ニッケル、及び鉛からなる群から選択される少なくとも一種である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項9】
記第2表面における、前記sp2混成軌道による結合を形成している炭素原子の数と前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の合計に対する、前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の割合が50原子%以上である、請求項のいずれか一項に記載の部材。
【請求項10】
記第2表面における、前記sp2混成軌道による結合を形成している炭素原子の数と前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の合計に対する、前記sp3混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の割合が57原子%~77原子%である、請求項のいずれか一項に記載の部材。
【請求項11】
前記内層における前記金属の原子濃度が6原子%以下であり、
前記外層の膜厚が300nm未満である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項12】
前記内層における前記金属の原子濃度が6原子%を超え、且つ30原子%未満であり、
前記外層の膜厚が20nm以上、且つ300nm以下である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項13】
前記内層における前記金属の原子濃度が30原子%以上であり、
前記外層の膜厚が300nmを超える請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項14】
前記内層における前記金属の原子濃度が6原子%以下であり、
前記外層の膜厚が20nm未満である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項15】
前記内層における前記金属の原子濃度が6原子%を超え、且つ30原子%未満であり、
前記外層の膜厚が20nm以上、且つ100nm以下である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項16】
前記内層における前記金属の原子濃度が30原子%以上であり、
前記外層の膜厚が20nm以上、且つ300nm以下である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項17】
前記内層における前記金属の原子濃度が30原子%以下であり、
前記外層の膜厚が300nm以下である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項18】
前記内層における前記金属の原子濃度が30原子%を超え、
前記外層の膜厚が300nmを超える請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項19】
前記内層における前記金属の原子濃度が6原子%以下であり、
前記外層の膜厚が20nm以下である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項20】
前記内層における前記金属の原子濃度が6原子%を超え、且つ30原子%未満であり、
前記外層の膜厚が100nm以下である請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項21】
前記内層における前記金属の原子濃度が30原子%以上であり、
前記外層の膜厚が300nm以下である請求項1~のいずれか一項記載の部材。
【請求項22】
前記内層における前記金属の原子濃度が、前記第1表面から前記第2表面に向って徐々に低下する請求項1~のいずれか一項に記載の部材。
【請求項23】
医療器具、建材、生物培養関連装置又は日用品である請求項1~22のいずれか一項に記載の部材。
【請求項24】
請求項1、2、3及び11~22のいずれか一項に記載の部材を製造する製造方法であって、
前記基材上に炭素イオンと前記金属のイオンを同時又は交互に照射し、
前記基材上に、前記内層を形成することと、
前記内層上に、前記外層を形成することを含む部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アモルファスカーボン膜を有する部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アモルファスカーボンの一種であるダイヤモンドライクカーボン(DLC)は、種々の分野において表面被覆材として注目されている。また、銀(Ag)は、抗菌性を有することが知られている。非特許文献1には、Ag粒子とDLCの混合膜(Ag-DLC膜)が抗菌性を示すことが記載されている。
【0003】
また、特許文献1にも、抗菌性DLC膜被覆部材が開示されている。特許文献1において、DLC膜は、C:85~60at%およびH:15~40at%の組成からなるアモルファス状炭素・水素固形物の気相蒸着膜であり、この膜中には抗菌作用を有する金属微粒子を1~30at%分散含有している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】P.Pisarik et al.,“Antibacterial, mechanical and surface properties of Ag-DLC films prepared by dual PLD for medical applications”Materials Science and Engineering:C Volume 77, 1 August 2017, Pages 955-962
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-81370号公報
【発明の概要】
【0006】
第1の態様に従えば、基材と、前記基材上に形成され、アモルファスカーボン及び前記アモルファスカーボン中に分散する金属を含み、前記基材に接触する第1表面及び第1表面の反対面である第2表面を有する膜とを備え、第2表面における前記金属の原子濃度が、第1表面における前記金属の原子濃度よりも低い部材が提供される。
【0007】
第2の態様に従えば、第1の態様の部材を製造する製造方法であって、前記基材上に炭素イオンと前記金属のイオンを同時又は交互に照射して前記膜を形成することを含む製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施形態に係る部材の概略断面図である。
図2】実施形態に係る部材の別の例の概略断面図である。
図3】成膜装置の概略構成図である。
図4】実施例で製造した部材の断面SEM写真である。
図5】大腸菌を用いた抗菌性試験の結果を示すグラフである。
図6】MRSAを用いた抗菌性試験の結果を示すグラフである。
図7】緑膿菌を用いた抗菌性試験の結果を示すグラフである。
図8】抗菌持続性試験の結果を示すグラフである。
図9】細胞毒性試験(LDH assay)の結果を示すグラフである。
図10】細胞毒性試験(生細胞・死細胞同時染色)の結果を示すグラフである。
図11】血液適合性試験(血液凝固性試験)の結果を示すグラフである。
図12図12(a)~(e)は、血液凝固性試験後の試料表面の電子顕微鏡(SEM)写真である。図12(f)は、図12(e)の領域Fの拡大写真である。
図13】血液適合性試験(溶血性試験)の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[膜を有する部材]
以下、図面を参照しながら部材の実施形態を説明する。図1に示すように、部材100は、基材40と、基材40上に形成された膜50とを有する。
【0010】
(1)基材40
基材40は、部材100の用途に応じて、種々の形状を有してよく、種々の材料から構成されてよい。例えば、樹脂、シリコン、チタン、ステンレス等から構成されてよい。
【0011】
(2)膜50
膜50は、基材40の表面少なくとも一部を被覆している。膜50は、抗菌性を有する膜であり、アモルファスカーボン60と、アモルファスカーボン60中に分散する金属70とを含む。
【0012】
抗菌性を有する金属70は、特に限定されないが、例えば、銀、水銀、白金、銅、カドミウム、金、コバルト、ニッケル、及び鉛、又はこれらを含む合金が挙げられ、中でも、銀が好ましい。
【0013】
膜50は、基材40に接触する第1表面50aと、第1表面50aの反対面であり、外部に露出している第2表面50bとを有する。第2表面50bにおける金属70の原子濃度A2は、第1表面50aにおける金属70の原子濃度A1よりも低い(A2<A1)。
【0014】
上記条件(A2<A1)を満たしていれば、膜50の構成は特に限定されない。本実施形態の膜50は、図1に示すように、第1表面50aを含む内層52と、第2表面50bを含む外層51とから構成される2層構造とする。本実施形態の膜50において、内層52の金属70の原子濃度、外層51の金属70の原子濃度は、それぞれ、第1表面50aにおける金属70の原子濃度A1、第2表面50bにおける金属70の原子濃度A2に等しい。外層51の金属70の原子濃度を内層52の金属70の原子濃度より低くすることで、上記条件(A2<A1)を満たすことができる。
【0015】
上記条件(A2<A1)を満たすことで、第1表面50aにおける金属70の原子濃度A1を高くでき、第2表面50bにおける金属70の原子濃度A2を低くできる。第1表面50aにおける金属70の原子濃度A1を高くすることで、第2表面50b上への金属70の析出が促進され、膜50に十分な抗菌性を付与できる。一方、第2表面50bにおける金属70の原子濃度A2を低くすることで、第2表面50bのsp混成炭素原子の割合を調整し易くなる。これにより、sp混成炭素原子の割合を高くでき、部材100の用途に合わせて、第2表面50bの特性を設計し易くなる。例えば、sp混成炭素原子の割合を高めることで、第2表面50bは、高硬度、高摺動性、高耐久性等の良好な機械特性を得られる。また、例えば、第2表面50bのsp混成炭素原子の割合を血液適合性が高い特定の範囲に容易に制御できる。血液適合性が高いとは、第2表面50bを血液に接触させた場合、溶血や血液凝固が抑制されることを意味する。血液適合性を高めることで、溶血や血液凝固を抑制する必要のある、血液と接触する医療器具(例えば、人工関節、血液バック、等)への応用が可能となる。
【0016】
また、金属70の原子濃度が高い膜表面は、抗菌性は高いが、生体親和性が低い傾向がある。生体親和性が低いとは、例えば、細胞毒性が高く、生体内の細胞に悪影響を与える特性である。しかし、本実施形態では、上記条件(A2<A1)を満たすことで、原子濃度A1を高くして抗菌性を維持し、一方で、原子濃度A2を低くして、第2表面50bの生体親和性を高められる。
【0017】
このように、本実施形態の膜50は、上記条件(A2<A1)を満たすことで、十分な抗菌性を有すると共に、部材100の用途に合わせて、良好な機械特性、高い血液適合性、高い生体親和性等の性質を有することができる。
【0018】
上記条件(A2<A1)を満たすのであれば、第1表面50aにおける金属70の原子濃度A1は特に限定されない。原子濃度A1は、抗菌性をより高める観点からは、例えば、1原子%以上、又は6原子%以上であってもよい。原子濃度A1の上限値は特に限定されないが、例えば、30原子%以下である。
【0019】
上記条件(A2<A1)を満たすのであれば、第2表面50bにおける金属70の原子濃度A2は特に限定されない。例えば、原子濃度A2は、6原子%以下、1原子%以下であってもよい。また、原子濃度A2は、0(ゼロ)原子%であってもよい。即ち、第2表面50bに金属70は存在しなくてもよく、本実施形態の外層51は金属70を含まなくてもよい。原子濃度A2を上記範囲内とすることで、第2表面50bのsp混成炭素原子の割合をより調整し易くなり、また、第2表面50bの生体親和性をより高められる。
【0020】
上述の金属70の原子濃度(A1、A2)は、詳細は後述するが、膜50の成膜条件を調整することにより調整が可能である。また、金属70の原子濃度は、例えば、ラザフォード後方散乱分光(RBS)測定により解析可能である。
【0021】
膜50の膜厚、外層51の膜厚、及び内層52の膜厚は、部材100の用途に応じて適宜決定できる。例えば、膜50の膜厚は、2nm~1000nm、又は10~500nmとすることができ、外層51の膜厚は、1nm~500nm、又は5~300nmとすることができ、内層52の膜厚は、1nm~500nm、又は5~300nmとすることができる。各膜厚は、成膜時間等の膜50の成膜条件を調整することにより調整が可能である。
【0022】
2層構造の膜50において、内層52の金属70の原子濃度A1が高い程、抗菌性が高い傾向があり、また、外層51の膜厚が厚いほど、抗菌性が低下する傾向がある。したがって、内層52の原子濃度A1が高い場合には外層51の膜厚はある程度大きくとも、高い抗菌性を得られるが、内層52の原子濃度A1が低い場合には外層51の膜厚は小さい方が好ましい。抗菌性を得る観点からは、例えば内層52の金属70の原子濃度A1が30原子%以下の場合、外層51の膜厚は300nm以下が好ましく、例えば内層52の金属70の原子濃度A1が30原子%を超える場合、外層51の膜厚は300nmを超える膜厚であってもよいと推察される。一方で、高い抗菌性を得る観点からは、例えば、内層52の金属70の原子濃度A1が6原子%以下の場合、外層51の膜厚は20nm以下が好ましく、内層52の原子濃度A1が6原子%を超え、30原子%未満の場合、外層51の膜厚は100nm以下が好ましく、内層52の原子濃度A1が30原子%以上の場合、外層51の膜厚は300nm以下が好ましい。
【0023】
また、膜50の表面における金属70の原子濃度が高い程、金属70が細胞等に悪影響を及ぼす可能性が高くなり、生体親和性は低くなる。したがって、2層構造の膜50において、生体親和性を高める観点からは、内層52の金属70の原子濃度A1が低い場合、外層51の膜厚は比較的小さくてもよく、反対に、内層52の金属70の原子濃度A1が高い場合、外層51の膜厚は比較的大きい方がよい。例えば、内層52の原子濃度A1が6原子%以下である場合、外層51の膜厚は20nm未満であってもよく、内層52の原子濃度A1が6原子%を超える場合、特に、12原子%以上である場合、外層51の膜厚は20nm以上が好ましい。
【0024】
以上から、2層構造の膜50において、抗菌性と生体親和性とを両立する観点からは、内層52の金属70の原子濃度A1と、外層51の膜厚とを以下の範囲とすることが好ましい。内層52の金属70の原子濃度A1が6原子%以下の場合、外層51の膜厚は300nm未満が好ましく、内層52の原子濃度A1が6原子%を超え、30原子%未満の場合、外層51の膜厚は20nm以上300nm以下が好ましく、内層52の原子濃度A1が30原子%以上の場合、外層51の膜厚は300nmを超えても良い。さらに高い抗菌性と生体親和性とを両立する観点からは、内層52の金属70の原子濃度A1と、外層51の膜厚とを以下の範囲とすることが好ましい。内層52の金属70の原子濃度A1が6原子%以下の場合、外層51の膜厚は20nm未満が好ましく、内層52の原子濃度A1が6原子%を超え、30原子%未満の場合、外層51の膜厚は20nm以上100nm以下が好ましく、内層52の原子濃度A1が30原子%以上の場合、外層51の膜厚は20nm以上300nm以下が好ましい。
【0025】
膜50に含まれるアモルファスカーボン60は、sp混成軌道による結合を形成している炭素原子(sp混成炭素原子)及びsp混成軌道による結合を形成している炭素原子(sp混成炭素原子)を含む。アモルファスカーボン60中のsp混成炭素原子の割合αを下記式(1)のように定義する。割合αは、sp混成軌道による結合を形成している炭素原子の数とsp混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の合計に対する、sp混成軌道による結合を形成している炭素原子の数の割合である。

α(原子%)=(sp混成炭素原子の数)/{(sp混成炭素原子の数)+(sp混成炭素原子の数)}×100・・・・・・・・(1)
【0026】
第2表面50bにおける、式(1)で定義されるsp混成炭素原子の割合α(「割合α2」とする)は、第1表面50aにおける、式(1)で定義されるsp混成炭素原子の割合α(「割合α1」とする)よりも高いことが好ましい(α2>α1)。割合α2を高くすることで、第2表面50bは、高硬度、高摺動性、高耐久性等の良好な機械特性を得られる。尚、2層構造の膜50において、内層52における式(1)で定義されるsp混成炭素原子の割合α、外層51における式(1)で定義されるsp混成炭素原子の割合αは、それぞれ、上記割合α1、α2に等しい。
【0027】
第2表面50bにおける割合α2は、良好な機械特性を得る観点からは、例えば、50原子%以上が好ましい。また、割合α2は、高い血液適合性を得る観点からは、例えば、57原子%~77原子%が好ましい。また、第1表面50aにおける割合α1は、特に限定されないが、例えば、26原子%~65原子%としてよい。
【0028】
式(1)で定義されるsp混成炭素原子の割合αは、詳細は後述するが、膜50の成膜条件を調整することにより調整が可能である。また、式(1)で定義されるsp混成炭素原子の割合αは、例えば、X線光電子分光法(XPS)により解析可能である。
【0029】
膜50は、アモルファスカーボン(炭素)60及び金属70のみから構成されてもよいし、本実施形態の効果を損なわない範囲において、他の元素を含んでもよい。例えば、膜50は、水素を含んでもよい。水素を含むことにより膜50の応力を緩和できる。
【0030】
以上説明した膜50は、第2表面50bにおける金属70の原子濃度A2が、第1表面50aにおける金属70の原子濃度A1よりも低いことで(A2<A1)、十分な抗菌性を有すると共に、部材100の用途に合わせて、良好な機械特性、高い血液適合性、高い生体親和性等の性質を有することができる。
【0031】
また、実施形態の膜50は、抗菌性と生体親和性とのバランスを取ることにより、抗菌性が高く且つ生体親和性が低い状態から、時間経過と共に、抗菌性が低く且つ生体親和性が高い状態に、特性を変化させることもできる。例えば、第2表面50b上へ析出する金属70の析出量及び析出速度を調整することで、第2表面50bを金属70の析出量が多い抗菌性が高く且つ生体親和性が低い状態から、金属70の析出量の少ない(又は析出しない)抗菌性が低く且つ生体親和性が高い状態に変化させることができる。このような特性を有する膜50を備えた部材100は、例えば、生体内に移植する人工関節、人工臓器等への応用が期待される。人工関節等の移植手術において、細菌感染リスクの高い手術直後は、人工関節(部材100)は、高い抗菌性を有することが好ましい。手術後、時間が経過して細菌感染リスクが低下したときには、人工関節(部材100)は、高い生体親和性を有することが好ましい。
【0032】
本実施形態に係る部材100は、例えば、医療器具、医用材料、住宅建材、建材、生物培養関連装置、日用品に用いられてよい。膜50は、部材100の用途によって任意に配置されてよい。膜50が基材40の全ての表面を覆うように形成されていてもよいし、基材40の表面に一部にのみ形成されていてもよい。部材100が医療器具に用いられる場合、部材100の細菌に暴露される可能性がある領域に膜50が設けられてよい。膜50は抗菌効果を有するため細菌の増殖を抑制できる。部材100は単独で用いられてもよいし、複数の部材100を組み合わせて用いてもよい。
【0033】
尚、「医療器具」という語は、一般に医療器具と呼ばれ得るものをすべて含み、具体的には、人工関節、人工骨、人工歯、人工歯根、人工心臓、人工心臓弁、人工血管、人工肛門、人工尿管、人工胸膜、人工補綴物、ステント(血管ステント、気管支ステントを含む)、ガイドワイヤー、カテーテル、留置カテーテル、ペースメーカー電極、ペースメーカーリード線、コンタクトレンズ、人工水晶体、電気メス、高周波メス、注射針、血液バッグ、採血管、メス、内視鏡、血液フィルタなどのフィルタ類、血液回路などの流路類、送血チューブなどのチューブ類、鉗子、人工肺、人工心肺装置、透析装置、整形外科器具、人工内耳、人工鼓膜、人工声帯、カニューレ、脳動脈治療用コイル、人工すい臓、鍼灸治療器具、電極、縫合糸、創傷被覆材、創傷保護材、廃液チューブ、整形外科インプラント、ペースメーカー等を含む。また、「生物培養関連装置」とは、一般的に生物培養プロセスに使用されるものをすべて含み、具体的には細胞や細菌培養装置、細胞や細菌観察装置、顕微鏡、細胞や細菌操作に使用する器具等を含む。
【0034】
[変形例]
図1に示す膜50は、内層52上に外層51が積層された2層構造であるが、本実施形態の膜50の構成はこれに限定されない。例えば、膜50は、内層52と外層51との間に、少なくとも一層の、金属が分散されたアモルファスカーボンの層を含んでもよい。この場合、膜50は、金属70の原子濃度の異なる3層以上のアモルファスカーボンの層から構成される。また、例えば、図2に示すように、膜50の第1表面50aから第2表面50bに向って、金属70の原子濃度が徐々に低下してもよい。第2表面50bにおける金属70の原子濃度A2が、第1表面50aにおける金属70の原子濃度A1よりも低い(A2<A1)という条件を満たしていれば、図1に示す膜50と同様の効果を奏する。
【0035】
[部材の製造方法]
部材100の製造方法について説明する。部材100の製造方法は、基材40上に、アモルファスカーボン60と、アモルファスカーボン60中に分散する金属70とを含む膜50を形成することを含む。膜50を形成する方法は特に限定されないが、例えば、フィルタードカソーディックバキュームアーク法(FCVA法)を含むイオンプレーティング法、スパッタリング法、真空蒸着法などが挙げられる。本実施形態では、FCVA法により、基材40上に炭素イオンと金属イオンを同時又は交互に照射して膜50を形成する。FCVA法は、複雑な形状の基材40を均一にコーティングでき、室温でも基材40との付着力が高い膜50を形成できるという利点を有する。
【0036】
図3に示すFCVA成膜装置1は、主に、第1アークプラズマ生成部10aと、第2アークプラズマ生成部10bと、第1フィルタ部20aと、第2フィルタ部20bと、成膜チャンバ部30とから構成される。第1アークプラズマ生成部10a及び第2アークプラズマ生成部10bは、それぞれ、ダクト状の第1フィルタ部20a及び第2フィルタ部20bにより成膜チャンバ部30に接続され、図示省略する真空装置により成膜チャンバ部30の圧力が10-5~10-7[Torr]程度の真空度に設定される。
【0037】
第1アークプラズマ生成部10aには、カソードとしての第1ターゲット11aとアノード(ストライカー)(不図示)が設けられている。ストライカーを第1ターゲット11aに接触させて直後に離すことによってアーク放電が生じ、それによりアークプラズマが発生される。アークプラズマにより第1ターゲット11aから生成された中性粒子及び荷電粒子は、成膜チャンバ部30に向けて第1フィルタ部20aを飛行する。
【0038】
第1フィルタ部20aには、第1電磁石コイル21aが巻かれた第1ダクト23a及び第1イオンスキャン用コイル25aが設けられている。第1ダクト23aは、第1アークプラズマ生成部10aと成膜チャンバ部30との間で、直交する二方向に2度曲折されており、その外周に第1電磁石コイル21aが巻き付けられている。第1ダクト23aがこのような屈曲構造(ダブルベンド構造)を有することにより、第1ダクト23a内の中性粒子は内壁面に衝突して堆積することにより除去される。第1電磁石コイル21aに電流を流すことにより第1ダクト23a内部の荷電粒子にはローレンツ力が作用し、荷電粒子がダクト断面の中心領域に集約されてダクトの屈曲に沿って飛行し、成膜チャンバ部30に導かれるようになっている。すなわち、この第1電磁石コイル21aと第1ダクト23aが、荷電粒子のみを高効率で通過させる狭帯域の電磁気空間的フィルタを構成する。
【0039】
同様に、第2アークプラズマ生成部10bには、カソードとしての第2ターゲット11bとアノード(ストライカー)(不図示)が設けられている。また、第2フィルタ部20bには、第2電磁石コイル21bが巻かれた第2ダクト23b及び第2イオンスキャン用コイル25bが設けられており、第2電磁石コイル21bと第2ダクト23bが、荷電粒子のみを高効率で通過させる狭帯域の電磁気空間的フィルタを構成する。
【0040】
第1イオンスキャン用コイル25a、第2イオンスキャン用コイル25bは、それぞれ、上記のようにして第1ダクト23a、第2ダクト23bを通り成膜チャンバ部30に入る荷電粒子のビームをスキャンする。成膜チャンバ部30には、ホルダ31が設けられ、このホルダ31の表面に基材40がセットされる。ホルダ31はモータ35により自転運動する。ホルダ31には電源37によって任意のバイアス電圧を印加可能になっている。ホルダ31に保持された基材40の表面に、第1イオンスキャン用コイル25aによってスキャンされた粒子のビーム及び第2イオンスキャン用コイル25bによってスキャンされた粒子のビームが入射し、基材40上にこれらの粒子が一様に堆積される。
【0041】
本実施形態では、第1ターゲット11aとしてグラファイトターゲット、第2ターゲット11bとして金属ターゲットを用いる。金属は前述のように、銀、水銀、白金、銅、カドミウム、金、コバルト、ニッケル、及び鉛、又はこれらを含む合金などが用いられるが、銀を用いることが好ましい。これらのターゲットを用いて基材40上に炭素と金属を同時又は交互成膜する。ホルダ31には、電源37によって負のバイアス電圧を印加する。これにより、基材40に入射する荷電粒子が加速される。加速した荷電粒子は基材40上に堆積し、基材40上に、金属を含有する緻密なアモルファスカーボンの膜50が一様に形成され、部材100が得られる。
【0042】
基材40上に堆積する金属の割合(金属の原子濃度)は、例えば第1電磁石コイル21a及び第2電磁石コイル21bの電流(フィルタ電流)を変化させることによって制御できる。したがって、フィルタ電流の値を調整することで、図1に示す、金属70の原子濃度の異なるアモルファスカーボン層が2層以上積層された膜50を形成できる。また、膜50の成膜中にフィルタ電流の値を連続的に変化させることで、図2に示す、膜50の膜厚方向に金属70の原子濃度の勾配を付けることもできる。アモルファスカーボン60中のsp混成炭素原子の割合、即ち、式(1)で定義されるsp混成炭素原子の割合は、例えば、アモルファスカーボン60中の金属濃度、及び電源37によってホルダ31に印加されるバイアス電圧を調整することによって制御できる。
【0043】
膜50は、基材40の一部のみに形成してもよい。この場合、基材40の膜50を形成しない領域をマスクで被覆した後に、基材40をホルダ31にセットして膜50の形成を行ってよい。
【0044】
尚、本実施形態では、FCVA法を用いて基材40上に膜50を形成(成膜)したが、膜50の成膜方法はこれに限定されない。膜50は、例えば、PVD法(物理気相成長法)又はCVD法(化学気相成長法)により形成できる。PVD法としては、例えば、カーボンターゲットを原料として用いた、イオン化蒸着法、イオンビームスパッタ法、マグネトロンスパッタ法、レーザ蒸着法、アークイオンプレーティング法等が挙げられる。CVD法としては、例えば、炭化水素ガスを原料として用いた、マイクロ波プラズマCVD法、直流プラズマCVD法、高周波プラズマCVD法、有磁場プラズマCVD法等が挙げられる。
【実施例
【0045】
以下に、実施例及び比較例により、アモルファスカーボン膜を有する部材及びその製造方法について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例及び比較例に限定されない。
【0046】
1.試料の作製
(1)試料a~l(エル)(2層構造)
FCVA成膜装置1(図3参照)を用いて、基材40上に、内層52と、外層51とをこの順に積層して、これら2層からなる膜50を形成し、試料a(部材100)を作製した(図1参照)。基材40として板状のステンレス(JIS記号:SUS316L、30mm×30mm×0.03mm)を用いた。SUS316Lは、一般的に用いられる医療用ステンレスである。
【0047】
まず、基材40上に、FCVA法により炭素及び銀を交互成膜し、内層52を形成した。FCVA成膜装置1の第1ターゲット11aとして焼結グラファイトターゲットを用い、第2ターゲット11bとして銀ターゲットを用いた。焼結グラファイトターゲットは脱水処理したものを用いた。成膜条件を調整し、堆積する銀と炭素の合計に対する銀の原子濃度(Ag濃度)を1原子%、膜厚を約100nmとした。成膜条件は以下である。第1アークプラズマ生成部10aにおけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流:80A、第2アークプラズマ生成部10bにおけるアーク電源のアーク電流:120A、第1フィルタ部20aにおける第1電磁石コイル21aの電流(第1フィルタ電流):14A、第2フィルタ部20bにおける第2電磁石コイル21bの電流(第2フィルタ電流):5A、第1アークプラズマ生成部10aにおけるアノード側電源の電流(第1アノード電流):6A、第2アークプラズマ生成部10bにおけるアノード側電源の電流(第2アノード電流):6A、基板バイアス:-66V、成膜時間:650秒。尚、基材の加熱は行わず、成膜中の基材の温度は約25~30℃であった。成膜チャンバ部30の到達圧力は2×10-4Pa以下であった。X線光電子分光法(XPS)により、上記式(1)で定義されるアモルファスカーボン60中のsp混成炭素原子の割合α1を求めたところ、65原子%であった。
【0048】
続いて、内層52上に、FCVA法により炭素のみを成膜し、外層51を形成した。即ち、銀と炭素の合計に対する銀の原子濃度(Ag濃度)は0(ゼロ)原子%とした。成膜条件を調整し、膜厚を約20nmとした。成膜条件は以下である。第1アークプラズマ生成部10aにおけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流:40A、第1フィルタ部20aにおける第1電磁石コイル21aの電流(第1フィルタ電流):14A、第1アークプラズマ生成部10aにおけるアノード側電源の電流(第1アノード電流):6A、基板バイアス:-66V、成膜時間:380秒。X線光電子分光法(XPS)により、上記式(1)で定義されるアモルファスカーボン60中のsp混成炭素原子の割合α2を求めたところ、78原子%であった。以上説明する方法により、試料aを得た。
【0049】
試料aと同様の作製方法により、各試料b~l(エル)(部材100)を作製した。但し、試料b~l(エル)では、内層52の銀の原子濃度(Ag濃度)に関しては第1アークプラズマ生成部10aにおけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流値、第2フィルタ部20bにおける第2電磁石コイル21bの電流値(第2フィルタ電流値)を調整することで、外層51の膜厚に関しては成膜時間を調整することで、表1に記載する値とした。各試料b~l(エル)の内層52において、X線光電子分光法(XPS)により、上記式(1)で定義されるアモルファスカーボン60中のsp混成炭素原子の割合α1を求めた。結果を併せて、表1に示す。また、試料c(内層のAg濃度:12原子%、外層の膜厚:20nm)の断面SEM写真を図4に示す。
【0050】
(2)試料m~p(単層構造)
試料aと同様に、基材上に、FCVA法により炭素及び銀を交互成膜して膜を形成し、試料m~pを得た。試料m~pでは、第1アークプラズマ生成部10aにおけるアーク電源(カソード側電源)のアーク電流値、第2フィルタ部20bにおける第2電磁石コイル21bの電流値(第2フィルタ電流値)を調整し、膜の銀の原子濃度(Ag濃度)を表1に記載する値とした。試料m~pの膜は、単層構造であり、膜内に銀が略均一に分散するように成膜した。各試料m~pの膜において、X線光電子分光法(XPS)により、上記式(1)で定義されるアモルファスカーボン中のsp混成炭素原子の割合を求めた。結果を併せて、表1に示す。
【0051】
(3)リファレンス1~3
以下に説明する試料の評価に用いるリファレンスとして、リファレンス1~3を用意した。リファレンス1(Ref.1)は、膜が形成されていない基材(板状のステンレス、JIS記号:SUS316L)とした。リファレンス2及び3(Ref.2及び3)は、FCVA法により、基材(板状のステンレス、JIS記号:SUS316L)上にAgを含まないアモルファスカーボンを100nm成膜した試料であり、上記式(1)で定義されるアモルファスカーボン中のsp混成炭素原子の割合をリファレンス2では78原子%とし、リファレンス3では、63原子%とした。
【0052】
【表1】
【0053】
表1に示す、試料a~pのうち、膜50が2層構造の試料a~l(エル)が実施例に相当し、膜50が単層構造の試料m~pが比較例に相当する。試料a~lでは、外層51のAg濃度が低いため(Ag濃度:0原子%)、sp混成炭素原子の割合α2を制御し易い。試料a~lの外層51では、sp混成炭素原子の割合α2を78%と高い値とした。これにより、試料a~lの膜50は、十分な機械特性を有すると推測される。
【0054】
(4)試料d-1及びh-1(2層構造)
試料d-1及びh-1は、外層51の成膜条件を調整し、外層51における上記式(1)で定義される、アモルファスカーボン60中のsp混成炭素原子の割合α2を63原子%とした以外は、試料d及びhと同様の構成の試料である。試料d-1及びh-1は、実施例に相当する。上述のように、Ag濃度の低い外層51では、sp混成炭素原子の割合α2を制御し易い。試料d-1及びh-1では、外層51のsp混成炭素原子の割合α2を血液適合性が高い、57%~77%の範囲とした。
【0055】
尚、以上説明した試料を用いて以下に説明する評価を行ったが、一部の評価では試料の基材の大きさ及び/又は材質を変更した試料を用いた。基材が異なってもアモルファスカーボン膜の特性に影響はないため、同組成及び同構成のアモルファスカーボン膜を有する試料には、同じ試料番号を付した。
【0056】
2.評価
作製した試料a~p、d-1及びh-1について、以下の評価試験を行った。
【0057】
(1)抗菌性試験(フィルム密着法)
細菌として、大腸菌、メチリシン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、緑膿菌の3種類を用意した。細菌の培養液には、蒸留水で50分の1に希釈した普通ブイヨン培地を用いた。通常、JIS Z 2801:2012に規定されるフィルム密着法を用いた抗菌性試験では、蒸留水で500分の1に希釈した普通ブイヨン培地が用いられる。これは日常製品に対する抗菌性及び抗菌効果の評価を目的とするために、例えば机上の細菌の栄養となる物質が存在する環境を再現したものであり、培地の希釈率が高いため細菌にとっては増殖しにくい状況となる。一方、事前検討により、基材及びリファレンス1に用いたSUS316L上で500分の1に希釈した普通ブイヨン培地を用いてフィルム密着法により各細菌増殖を評価すると細菌が増殖せずに減少することを確認した。細菌数が減少するということは、例えば医療機器で課題となる細菌増殖が再現できていないことを示している。そこでSUS316L上でも細菌数が増殖する普通ブイヨン培地の希釈率を探索し、蒸留水で50分の1に希釈した普通ブイヨン培地であれば各細菌がSUS316L上で増殖することから、同希釈率の普通ブイヨン培地を採用した。また医療向け金属としてSUS316L同様に知られているチタン上でも、蒸留水で50分の1に希釈した普通ブイヨン培地であれば各細菌が増殖することも確認した。50分の1の希釈率は500分の1の希釈率に比較して、細菌が増殖しやすい環境となるため、被評価試料にとってはJIS Z 2801:2012より厳しい環境で評価していることとなり、細菌数の減少はより強い抗菌性を持つことを示している。
【0058】
以上を踏まえ、蒸留水で50分の1に希釈した普通ブイヨン培地を用いて、各細菌の水溶液(細菌濃度:1×10CFU/mL)を調製し、調製した各細菌水溶液0.1mLを試料a~pの膜上、及びリファレンス1(ステンレス基材)上に滴下した。更にその上にポリエチレンのフィルム(20mm×20mm)を載せて、膜50上に細菌水溶液を広げた。
【0059】
次に、試料a~p及びリファレンス1を温度35±1℃、相対湿度90%以上の環境下に約24時間放置して細菌を培養した。培養後、試料a~p及びリファレンス1をSCDLP液体培地10mLに浸漬及び振盪して培養した細菌を回収し、10mLの回収液を得た。アガロースの培養培地と、希釈した試料a~p及びリファレンス1の回収液を混合して、温度35±1℃の環境下で約48時間、細菌を培養した。培養後、培養地上の細菌の数を数えることで、試料a~p及びリファレンス1それぞれについて、試料上に存在していた単位面積(cm)当たりの細菌数を計算した。
【0060】
図5~7のグラフに、試料a~pの単位面積(cm)当たりの細菌数(相対値)を示す。図5は大腸菌、図6はMRSA、図7は緑膿菌を用いた結果である。図5~7のグラフに示す試料a~pの単位面積(cm)当たりの細菌数は、リファレンス1の単位面積(cm)当たりの細菌数を100とした相対値である。図5~7のグラフに示す細菌数(相対値)が100未満であり、低い程、リファレンス1と比較して細菌数が減少することを示している。
【0061】
図5~7に示すように、膜50が2層構造である試料a~l(エル)は、膜50が単層構造である試料m~pと比較すると、細菌数の減少が小さい。この原因は、外層51を有さない単層構造の膜と比較して、外層51を有する2層構造の膜50は、内層52に含まれるAgが膜50の表面に析出し難いためだと推測される。しかし、試料a~l(内層52のAg濃度:1原子%以上)は、リファレンス1(ステンレス基板)と比較していずれかの種類の細菌数が減少しており、試料a~lに用いた膜組成の膜50をステンレス基材に成膜することで抗菌性を付与できることを示した。
【0062】
また、図5~7に示す結果から、試料a~lは、内層52のAg濃度が高い程、抗菌性が高い傾向があり、また、外層51の膜厚が厚いほど、抗菌性が低下する傾向があることが確認された。例えば、図6に示すMRSAに対する抗菌性試験結果では、外層51の膜厚が同一であれば、内層52のAg濃度が1原子%の試料より、Ag濃度が30原子%の試料の方が高い抗菌性を示した。また、Ag濃度が30原子%の試料d、h及びl(エル)は、外層51の膜厚が厚くなるに従い、抗菌性が低下した。したがって、内層52の原子濃度が高い場合には外層51の膜厚はある程度大きくとも、高い抗菌性を得られるが、内層52の原子濃度が低い場合には外層51の膜厚は小さい方が好ましい。
【0063】
以上の結果から、抗菌性を得る観点からは、例えば内層52の金属70の原子濃度A1が30原子%以下の場合、外層51の膜厚は300nm以下が好ましい。一方で、高い抗菌性を得る観点からは、例えば、内層52の金属70の原子濃度A1が6原子%以下の場合、外層51の膜厚は20nm以下が好ましく、内層52の原子濃度A1が6原子%を超え、30原子%未満の場合、外層51の膜厚は100nm以下が好ましく、内層52の原子濃度A1が30原子%以上の場合、外層51の膜厚は300nm以下が好ましいと推測される。
【0064】
(2)抗菌持続性試験
以下に説明する方法により、試料d(2層構造、内層52のAg濃度:30原子%、外層51の膜厚:20nm)、試料h(2層構造、内層52のAg濃度:30原子%、外層51の膜厚:100nm)について、抗菌持続性試験を行った。試料d及びhを試料単位cmあたり1mLとなるようにヒト正常臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)用培地(EGM(登録商標)-2BulletKit(登録商標))に浸漬し、浸漬開始から3時間後、1日後、6日後、13日後及び20日後に培地交換を行いながら浸漬を継続し、1ヵ月(28日)後に試料を培地から取り出した。取り出した試料をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)、純水で洗浄し、乾燥後、上述の抗菌性試験(フィルム密着法)と同様の方法により、抗菌性を評価した。
【0065】
図8のグラフに、培地浸漬後(1ヶ月後)の試料d及びhの単位面積(cm)当たりの細菌数(相対値)を示す。比較のため、同様の試料d及びhについて大気中に1ヵ月(28日)保管した際の試料d及びhの抗菌性試験の結果も併せて図8に示す。図8のグラフに示す試料d及びhの単位面積(cm)当たりの細菌数は、図5~7と同様に、リファレンス1の単位面積(cm)当たりの細菌数を100とした相対値である。図8のグラフに示す細菌数(相対値)が100未満であり、低い程、リファレンス1と比較して細菌数が減少することを示しており、ステンレス基材に対して抗菌性を付与できたことを示している。
【0066】
図8に示すように、試料d及びhでは、1ヶ月の培地浸漬後の抗菌性は、大気中保管した試料d及びhと比較して低下した。しかし、1ヶ月の培地浸漬後においても、リファレンス1と比較して細菌数は少なく、十分な抗菌性を示すことが確認された。
【0067】
(3)細胞毒性試験
試料a~pの膜50及びリファレンス2のアモルファスカーボン膜(シリコンウェハ上)それぞれの上に円筒形部材(樹脂製チューブ)を立てて設置して試験用容器を作製した。作製した試験用容器は、底面が膜50により構成され、側面が円筒形部材からなるウェルを有する。試験用容器のウェルにヒト正常臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)用培養液0.5mLと、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)約50,000個を注入し、37℃、5%COの環境下で1日(約24時間)静置した。静置後、以下に説明する評価1及び2を行った。
【0068】
(a)評価1(LDH assay)
細胞から培養液中に放出された乳酸脱水素酵素(LDH)の量を測定し、測定したLDHの量に基づいて非細胞障害度を求めた。LDHは細胞質に存在する酵素で、通常は細胞質に留まっているが、細胞膜が傷害を受けると培養液中に放出される。即ち、培養液中に放出されたLDHの量が多いほど、細胞が障害を受けたことを意味し、LDHの量が少ない程、細胞が障害を受けていないことを意味する。本評価では、測定したLDHの量に基づいて、細胞が障害を受けていない程度(非細胞障害度)を求めた。
【0069】
図9のグラフに、試料a~pの非細胞傷害度(相対値)を示す。図9のグラフに示す試料a~pの非細胞傷害度は、リファレンス2の非細胞傷害度を100とした相対値である。リファレンス2(Agを含まないアモルファスカーボン)は、細胞毒性がないことが確認されている。したがって、図9において、試料a~pの非細胞傷害度(相対値)は、100に近い程、細胞障害が少ないことを意味する。
【0070】
(b)評価2(生細胞・死細胞同時染色)
試料a~pの膜50及びリファレンス2のアモルファスカーボン膜それぞれに付着していた細胞を蛍光色素(Hoechst 33258、Calcein-AM、EthD-III)により染色し(細胞核:青色、生細胞:緑色、死細胞:赤色)、蛍光顕微鏡を用いて全細胞及び死細胞の数をそれぞれカウントした。また、緑色蛍光から生細胞の状態を観察した。
【0071】
図10のグラフに、試料a~pの生細胞数及び死細胞数(相対値)を示す。生細胞数は全細胞数から死細胞数を差し引くことで算出している。図10のグラフに示す試料a~pの生細胞数及び死細胞数の和である全細胞数は、リファレンス2の全細胞数を100とした相対値である。
【0072】
図9に示す評価1(LDH assay)の結果から、膜50が2層構造である試料a~l(エル)は、内層52のAg濃度の大小にかかわらず、非細胞傷害度(相対値)は約90%以上であり細胞への悪影響が非常に小さいまたは無いことが示唆された。また、図10に示す評価2(細胞核・生細胞・死細胞同時染色)の結果からも、試料a~lの全細胞数はリファレンス2と大きな差異はなく、死細胞の割合も非常に小さいことから細胞への悪影響が非常に小さいまたは無いことが確認できた。
【0073】
一方、膜50が単層構造である(外層51を有さない)試料m~pは、図9に示す評価1(LDH assay)において、膜50中のAg濃度が高い程、非細胞傷害度(相対値)が低下した。また、図10に示す評価2(細胞核・生細胞・死細胞同時染色)において、膜50中のAg濃度が高い程、死細胞の数が増加し、細胞死に伴い膜50に接着している全細胞数が大幅に減少した。Ag濃度が比較的低い試料m(Ag濃度:1原子%)及び試料n(Ag濃度:6原子%)の細胞毒性は低かったが、Ag濃度が比較的高い試料o(Ag濃度:12原子%)及び試料p(Ag濃度:30原子%)の細胞毒性は高かった。
【0074】
これらの結果から、膜50のAg濃度が高いと細胞毒性が高くなるが、膜50を2層構造として外層を設けることで、細胞毒性を抑制できることがわかった。また、膜50のAg濃度(内層52のAg濃度)が低い場合、細胞毒性はそれほど高くないため、外層の膜厚は比較的小さくてもよい。例えば、内層52のAg濃度が6原子%以下である場合、外層51の膜厚は20nm未満であってよいと推測される。また、膜50のAg濃度(内層52のAg濃度)が高い場合、細胞毒性を抑制する観点から、外層の膜厚は大きい方が好ましい。例えば、内層52のAg濃度が6原子%を超える場合、特に、12原子%以上である場合、外層51の膜厚は20nm以上が好ましい。
【0075】
(4)血液適合性試験
膜50が二層構造である試料d-1及びh-1、膜50が単層構造である試料m及びpを用いて、血液適合性試験を行った。このとき、基材40として板状のステンレス(JIS記号:SUS316L、10mm×10mm×0.3mm)を用いた。具体的には試料にヒト血液を接触させて凝固性(異物反応による血液凝固)及び溶血性(赤血球の崩壊)を評価した。
【0076】
(a)血液凝固性試験
各試料d-1、h-1、m、p及びリファレンス3に、ヒト血液(ヘパリン1U/mL)を接触させて37℃で4時間振盪した。振盪後、3種類のタンパク質量(濃度)、具体的には、血液凝固の指標である血中のトロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT)、血小板活性の指標であるβ-トロンボグロブリン(β-TG)及び炎症反応の指標であるSC5b-9、それぞれの濃度を測定した。また、血液凝固性試験後の各試料d-1、h-1、m、p及びリファレンス3の表面の電子顕微鏡(SEM)観察も行った。
【0077】
図11のグラフに、測定した3種類のタンパク質量(相対値)を示す。図11のグラフに示すタンパク質量は、市販の血液バッグ(テルモ社:テルモ分離バッグ)を用いて同様のタイミング及びヒト血液サンプルで同様の血液適合性試験を行ったときの結果(タンパク質量)を100とした相対値である。図11のグラフに示すタンパク質量(相対値)が低い程、血液適合性が高いことを示しており、タンパク質量(相対値)が、100未満であれば、市販の血液バッグと比較して各項目で血液適合性が高いことを示している。
【0078】
図11に示すように、試料d-1、h-1、m、p及びリファレンス3は、いずれも、TATの濃度(相対値)が低く、血液凝固性が低かった。血小板活性の指標であるβ-TG及び炎症反応の指標であるSC5b-9の濃度は、市販の血液バッグと同等であった。
【0079】
図12(a)~(e)に、リファレンス3、試料d-1、h-1、m、pの膜表面のSEM写真をそれぞれ示めす。血液の凝固が生じていると大量のフィブリン鎖や赤血球をはじめとする血球系細胞が膜上に観察されるが、いずれの試料の膜表面にも、これらはほとんど観察されなかった。しかし、図12(e)及び(f)に示す試料p(単層構造、Ag濃度:30原子%)においては、棘状の赤血球が観察された。この結果から、試料pにおいては、溶血が生じている可能性があり、以下に説明する溶血性試験を行った。
【0080】
(b)溶血性試験
以下に説明する2つの方法により、血液の溶血率を求めた。このとき、基材40として板状のステンレス(JIS記号:SUS316L、20mm×20mm×0.03mm)を用いた。
【0081】
(b-i)間接接触法
各試料d-1、h-1、m、p及びリファレンス3をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浸漬し、37℃で72時間放置して、抽出液を得た。得られた抽出液をヒト血液(クエン酸ナトリウムで非凝固処理済)と所定の体積割合(PBS:ヒト血液=7:1)で混合し、37℃で3時間振盪した。その後、混合溶液の吸光度から溶血率を測定した。
【0082】
(b-ii)直接接触法
各試料d-1、h-1、m、p及びリファレンス3をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浸漬し、更に、ヒト血液(クエン酸ナトリウムで非凝固処理済)と所定の体積割合(PBS:ヒト血液=7:1)で混合し、血液と各試料を直接接触させ、37℃で3時間振盪した。その後、各試料と接触させた混合溶液の吸光度から溶血率を測定した。
【0083】
図13のグラフに、(b-i)間接接触法及び(b-ii)直接接触法で求めた、各試料の溶血率を示す。また、併せて、陰性対照材料及び陽性対照材料の溶血率も図13のグラフに示す。「陰性対照材料」としては、高密度ポリエチレンフィルムを用い、「陽性対照材料」としては、1.5%非イオン界面活性剤含有ポリ塩化ビニルペレットを用いた。
【0084】
図13に示すように、(b-i)間接接触法及び(b-ii)直接接触法のどちらを用いた結果においても、試料d-1、h-1、m及びリファレンス3の溶血率は、陰性対象材料の溶血率と同程度の低い値であった。一方、膜50が単層構造であり、比較的Ag濃度の高い試料p(Ag濃度:30原子%)は、溶血率が高かった。
【0085】
膜50が単層構造である試料p(Ag濃度:30原子%)において溶血が認められたのに対して、同じAg濃度の内層52上に、膜厚20nmの外層51を積層した構造の試料d-1、膜厚100nmの外層51を積層した構造の試料h-1では溶血が認められなかった。これらの結果から、溶血を抑制する観点から、内層52のAg濃度が30原子%以上である場合、外層51の膜厚は20nm以上であることが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本実施形態の膜50を有する部材100は、十分な抗菌性を有すると共に、部材100の用途に合わせて、良好な機械特性、高い血液適合性、高い生体親和性等の性質を有することができる。本実施形態の部材100は、例えば、医療器具、医用材料、生物培養関連装置、住宅建材、日用品に用いることができる。
【符号の説明】
【0087】
1 成膜装置
40 基材
50 膜
50a 第1表面
50b 第2表面
51 外層
52 内層
60 アモルファスカーボン
70 金属
100 部材
図1
図2
図3
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図6
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図11
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図13