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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/23 20060101AFI20240319BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20240319BHJP
   A23L 33/115 20160101ALI20240319BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20240319BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20240319BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
A61K31/23
A23L2/00 F
A23L2/52
A23L33/115
A61P3/10
A61P9/10 101
A61P13/12
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022514027
(86)(22)【出願日】2021-03-05
(86)【国際出願番号】 JP2021008689
(87)【国際公開番号】W WO2021235044
(87)【国際公開日】2021-11-25
【審査請求日】2022-03-01
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-09
(31)【優先権主張番号】P 2020090091
(32)【優先日】2020-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020192099
(32)【優先日】2020-11-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】平野 賢一
【合議体】
【審判長】前田 佳与子
【審判官】鈴木 理文
【審判官】渕野 留香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/031729(WO,A1)
【文献】J. Oleo Sci. 67(8) (2018),983-989
【文献】Orphan. J. Rare Dis. 14 (2019),134
【文献】新たな開催日決定:中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)研究10年の歩みと今後の展望,大阪大学大学院医学系研究科・医学部,2019年,[https://web.archive.org/web/20191109093741/https://www.med.osaka-u.ac.jp/education/society/seminar/article20181113-2]
【文献】中性脂肪蓄積心筋血管症に対する中鎖脂肪酸を含有する医薬品の開発,平成24年度総括・分担研究報告書,2014年,[https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2012/123151/201231167A/201231167A0001.pdf]
【文献】中性脂肪蓄積心筋血管症に対する中鎖脂肪酸を含有する医薬品の開発,2014年,[https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/21812]
【文献】日循協誌,1996年,第30巻第3号,pp.236-242
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/23
CAPlus/EMBASE/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリカプリンを有効成分として含有し、1日あたり1.5g~4.5gの有効成分を3か月以上投与されるように用いられる、中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤。
【請求項2】
難治性動脈硬化症患者用である、請求項1に記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤。
【請求項3】
糖尿病もしくは慢性腎臓病を発症している動脈硬化症患者用、または血液透析を受けている動脈硬化症患者用である、請求項1に記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤。
【請求項4】
トリカプリンを有効成分として含有し、1日あたり1.5g~4.5gの有効成分を3か月以上投与されるように用いられる、中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善剤。
【請求項5】
中性脂肪蓄積型動脈硬化患者が難治性動脈硬化症患者である、請求項に記載の血流改善剤。
【請求項6】
中性脂肪蓄積型動脈硬化患者が糖尿病もしくは慢性腎臓病を発症している患者、または血液透析を受けている患者である、請求項に記載の血流改善剤。
【請求項7】
請求項1~のいずれかに記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤または請求項のいずれかに記載の血流改善剤を含有する中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮用医薬品。
【請求項8】
請求項1~のいずれかに記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤または請求項のいずれかに記載の血流改善剤を含有する中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮用飲食品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)を投与してLDLコレステロールのレベルを下げることは、アテローム性動脈硬化症治療の基本である。これまでの多くの研究において、LDLコレステロールの低下と、主要な心血管系有害事象の減少との間に相関があることが示唆されている。一方、PCSK9(Proprotein convertase subtilisin kexin type 9)は、細胞のLDL受容体の分解を促進することによりLDLコレステロールの細胞内への取り込みを阻害する。それゆえ、PCSK9に対するモノクローナル抗体のようなPCSK9阻害薬を単独またはスタチンと組み合わせて投与することにより、LDLコレステロールのレベルを低下させることができる。
【0003】
非特許文献1は、冠動脈造影で冠動脈狭窄が認められたスタチン治療を受けている968人の患者を無作為化してエボロクマブ(PCSK9に対するモノクローナル抗体)治療群に484名、プラセボ群に484名の多施設二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験を実施し、76週間後におけるLDLコレステロール値とアテローム容積の変化率(PVA:percent atheroma volume)を評価したことを報告している。具体的には、LDLコレステロール値は、プラセボ群では76週間後のLDLコレステロール値およびアテローム容積は試験開始前と比較して変化していなかった。一方、エボロクマブ群では76週間後のLDLコレステロール値は試験開始前の約40%(92.6mg/dL→36.6mg/dL)に減少したが、76週間後のアテローム容積の変化率は、わずかに0.95%の減少であり、LDLコレステロール値が減少してもアテローム容積はほとんど減少しないことが報告されている。このように、動脈硬化症のプラークを退縮させる薬剤や治療方法は未だ開発されていない。
【0004】
本発明者は、中鎖脂肪酸トリグリセリドが糖尿病患者の心血管における中性脂肪蓄積性疾患の治療に有効であることを見出し、特許を取得している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5810166号
【非特許文献】
【0006】
【文献】JAMA. 2016;316(22):2373-2384. doi:10.1001/jama.2016.16951
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤および中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]トリカプリンを有効成分として含有する中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤。
[2]難治性動脈硬化症患者用である、前記[1]に記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤。
[3]糖尿病もしくは慢性腎臓病を発症している動脈硬化症患者用、または血液透析を受けている動脈硬化症患者用である、前記[1]に記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤。
[4]1日あたり1.5g~9.0g有効成分を少なくとも50日間投与されるように用いられる、前記[1]~[3]のいずれかに記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤。
[5]トリカプリンを有効成分として含有する、中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善剤。
[6]中性脂肪蓄積型動脈硬化患者が難治性動脈硬化症患者である、前記[5]に記載の血流改善剤。
[7]中性脂肪蓄積型動脈硬化患者が糖尿病もしくは慢性腎臓病を発症している患者、または血液透析を受けている患者である、前記[5]に記載の血流改善剤。
[8]前記[1]~[4]のいずれかに記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤または前記 [5]~[7]のいずれかに記載の血流改善剤を含有する医薬品。
[9]前記[1]~[4]のいずれかに記載の中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤または前記 [5]~[7]のいずれかに記載の血流改善剤を含有する飲食品。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤および中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善剤を提供することができる。本発明により、中性脂肪蓄積型動脈硬化を退縮させることができ、血流を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1の患者に50日間のトリカプリン食事療法を行い、その前後の冠動脈内の脂肪蓄積を評価した結果を示す血管の断面図であり、(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から50日後の結果である。
図2】実施例2の患者に4年間のトリカプリン食事療法を行い、その前後の冠動脈内の脂肪蓄積を評価した結果(冠動脈口からの距離と血管の直径)を示す図であり、(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から4年後の結果である。
図3】実施例2の患者に4年間のトリカプリン食事療法を行い、その前後の冠動脈内の脂肪蓄積を評価した結果を示す血管の断面図であり、(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から4年後の結果である。
図4】実施例3の患者に3か月間のトリカプリン食事療法を行い、その前後の冠動脈造影画像示す図であり、(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から3か月後の画像である。
図5】実施例3の患者に3か月間のトリカプリン食事療法を行い、その前後の冠動脈内の脂肪蓄積を評価した結果を示す血管の断面図であり、(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から3か月後の結果である。
図6】糖尿病患者から得られた皮膚線維芽細胞の細胞内中性脂肪含量に対して各種脂肪酸が及ぼす影響を検討した結果を示す図である。
図7】糖尿病患者から得られた皮膚線維芽細胞の細胞内中性脂肪含量に対して中鎖脂肪酸が及ぼす影響を検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、トリカプリンを有効成分として含有する中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤(以下「本発明の退縮剤」と記す)を提供する。有効成分のトリカプリンは、グリセロールにカプリン酸(デカン酸)が3分子エステル結合したトリアシルグリセロールである。トリカプリンの形態は限定されず、液体状であってもよく、固体状であってもよく、粉末体状であってもよい。
【0012】
トリカプリンは公知の方法で製造することができる。例えば、カプリン酸とグリセロールとを、触媒下、好ましくは無触媒下、また、好ましくは減圧下で、50~250℃、より好ましくは120℃~180℃に加熱し、脱水縮合させることにより製造できる。触媒は特に限定されず、例えば、通常のエステル交換に用いられる酸触媒、塩基触媒等を使用することができる。
【0013】
本発明の退縮剤の投与対象は、医師により動脈硬化の疑いがあると診断された患者である。動脈硬化患者にはコレステロール蓄積型動脈硬化と中性脂肪蓄積型動脈硬化の両方が、任意の比率で発症していると考えられている。コレステロール蓄積型動脈硬化の発症比率が高い患者は、スタチン系薬剤等を投与してコレステロール値を下げることにより症状が改善するが、中性脂肪蓄積型動脈硬化の発症比率が高い患者はコレステロール値が低下しても症状が改善しないと考えられている。したがって、本発明の退縮剤の対象患者は、医師により動脈硬化の疑いがあると診断された患者であればよく、中性脂肪蓄積型動脈硬化の発症を確認することは要しない。
【0014】
本発明の退縮剤の投与対象は、中性脂肪蓄積型動脈硬化の発症が確認された患者であってもよい。中性脂肪蓄積型動脈硬化の発症が確認された患者としては、中性脂肪蓄積心筋血管症(Triglyceride deposit cardiomyovasculopathy:TGCV)患者であってもよい。中性脂肪蓄積心筋血管症は、心筋細胞、冠状動脈硬化巣に中性脂肪が蓄積する結果、重症心不全、不整脈を来す難病である(Hirano K, et al. N Engl J Med. 2008)。中性脂肪蓄積型動脈硬化の存在は、例えば血管造影CT検査により、脂肪の血管外膜側から中膜側への陥入像、湾入像、半島状のはみだし像などで診断する(これを中性脂肪蓄積型動脈硬化の特徴的パターンと定義する)ことができる(参考文献1:Annals of Nuclear Cardiology, 2017 Volume 3 Issue 1 Pages 94-102、参考文献2:Diabetes Care, 2019 Volume 42, Pages 983-986.)。
【0015】
中性脂肪蓄積型動脈硬化が発症する血管は限定されず、心臓の血管、脳の血管、上下肢の血管、腎臓の血管、腸間膜の動脈などが挙げられる。中性脂肪蓄積型動脈硬化に起因する疾患としては、例えば、狭心症、心筋梗塞、心不全、心肥大、高血圧、脳卒中、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血、一過性脳虚血、アテローム性動脈硬化症、閉塞性動脈硬化症、腎動脈狭窄症、腸間膜動脈閉塞症、大動脈瘤破裂などが挙げられるが、これらに限定されない。したがって、これらの疾患患者は、本発明の退縮剤の投与対象である。
【0016】
中性脂肪蓄積型動脈硬化が発症する患者として、ATGL(Adipose triglyceride lipase)欠損症患者が挙げられる。また、中性脂肪蓄積型動脈硬化が発症する患者として、難治性動脈硬化症患者が挙げられる。ここで「難治性動脈硬化症患者」とは、動脈硬化症に対する標準的治療に対して抵抗性を示す患者を意味する。動脈硬化症に対する標準的治療には、例えば、カテーテルインターベンション、血清脂質のコントロール、血糖値のコントロールなどが挙げられる。血清脂質のコントロールには、スタチン系薬剤、フィブラート系薬剤、EPA等の魚油などが投与される。血糖値のコントロールには、インスリン製剤、DPP-4阻害剤、SGLT2阻害剤、ピグアナイド系薬剤などが投与される。より具体的には、血管内にステントを留置しても症状が改善しない動脈硬化症患者、血清脂質が正常値の範囲にコントロールされていても、症状が改善しない患者、血糖値が正常値の範囲にコントロールされていても、症状が改善しない患者などが、難治性動脈硬化症患者に含まれる。したがって、本発明の退縮剤は、難治性動脈硬化症患者に対して非常に有用である。
【0017】
中性脂肪蓄積型動脈硬化は、糖尿病(1型糖尿病および2型糖尿病)と診断された患者、高脂血症と診断された患者、高コレステロール血症と診断された患者、高血圧症と診断された患者、肥満と診断された患者、肝疾患と診断された患者、腎臓疾患と診断された患者など、他の疾患を発症している患者にも発症する。したがって、本発明の退縮剤は、このような他の疾患を発症している患者において動脈硬化の疑いがあると診断された場合に選択される薬剤として有用である。
【0018】
さらに、慢性腎臓病を発症している動脈硬化症患者、血液透析を受けている動脈硬化症患者は、スタチン系薬剤の効果が低いこと、中性脂肪蓄積型動脈硬化が多いことが知られており、本発明の退縮剤の投与が有効であると考えられる。
【0019】
本明細書において、「中性脂肪蓄積型動脈硬化の退縮」とは、上述の中性脂肪蓄積型動脈硬化の特徴的パターンの軽減、消失が生じること、またそれに伴い血管腔の開通、狭窄度の改善、軽快像が認められることを意味する。血管内の中性脂肪蓄積パターンは血管造影CT検査に基づく画像解析、血管内超音波(IVUS: Intravascular Ultrasound)、光干渉断層法(OCT: Optical Coherence Tomography)、心臓MRI、冠動脈造影、冠動脈生検(ロータブレーター)、頸動脈エコーなどにより評価することができる。
【0020】
本発明者らは、突発性中性脂肪蓄積心筋血管症と診断された難治性狭心症患者にトリカプリンを3か月間摂取させた結果、冠動脈の血流が改善したことを確認している。したがって、本発明は、トリカプリンを有効成分として含有する、中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善剤(以下「本発明の血流改善剤」と記す)を提供することができる。本発明の血流改善剤の対象患者は、上記本発明の退縮剤の対象患者と同じである。
【0021】
本発明の退縮剤または血流改善剤は、医薬品として実施することができる。本発明の退縮剤または血流改善剤を医薬品として実施する場合、トリカプリンを常套手段に従って製剤化することができる。例えば、経口投与のための製剤としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などが挙げられる。これらの製剤は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有するものである。例えば、錠剤用の担体、賦形剤としては、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムなどが用いられる。非経口投与のための製剤としては、例えば、注射剤、坐剤などが用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤、関節内注射剤などの剤形を包含する。このような注射剤は、公知の方法に従って、例えば、上記有効成分を通常注射剤に用いられる無菌の水性もしくは油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製される。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例えば、エタノール等)、ポリアルコール(例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン界面活性剤(例えば、ポリソルベート80、HCO-50等)などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。直腸投与に用いられる坐剤は、上記有効成分を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製される。このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトや他の哺乳動物に対して経口的にまたは非経口的に投与することができる。好ましくは経口投与である。
【0022】
本発明の退縮剤または血流改善剤は、飲食品として実施することができる。飲食品には、機能性表示食品、特定保健用食品、病者用食品、特別用途食品、栄養強化食品、健康食品、健康補助食品、サプリメント等が含まれる。飲食品の形態は特に限定されない。例えば、錠剤、顆粒剤、散剤、ドリンク剤等の形態;茶飲料、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、果実飲料、乳酸飲料等の飲料;飴、キャンディー、ガム、チョコレート、スナック菓子、ビスケット、ゼリー、ジャム、クリーム、焼き菓子、パン等の菓子およびパン類;かまぼこ、ハム、ソーセージ等の水産・畜産加工食品;加工乳、発酵乳等の乳製品;サラダ油、てんぷら油、マーガリン、マヨネーズ、ショートニング、ホイップクリーム、ドレッシング等の油脂および油脂加工食品;ソース、たれ等の調味料;カレー、シチュー、丼、お粥、雑炊等のレトルトパウチ食品;アイスクリーム、シャーベット、かき氷等の冷菓などを挙げることができる。
【0023】
本発明の退縮剤または血流改善剤のヒトへの投与量は、患者の年齢、性別、体重、疾患の程度等に応じて適宜選択することができる。通常、有効成分のトリカプリンを1日あたり0.1g~50gの範囲で選択され、1日あたり0.2g、0.4g、0.6g、0.8g、1.0g、1.1g、1.2g、1.3g、1.4g、1.5g以上であってもよく、1日あたり45g、40g、35g、30g、25g、20g、15g、10g、9.0g以下であってもよい。好ましくは1.0g~10.0gの範囲から選択され、より好ましくは1.5g~9.0gから選択される。1日あたりの投与回数は1回でもよく、数回に分けてもよい。
【0024】
本発明の退縮剤または血流改善剤の投与期間は、中性脂肪蓄積型動脈硬化の退縮効果または血流改善効果を経時的に評価することにより適宜終了時期を決定すればよく、特に限定されない。少なくとも50日間投与されるように使用することが好ましい。投与期間は、2か月間以上、3か月間以上、4か月間以上、5か月間以上、6か月間以上、7か月間以上、8か月間以上、9か月間以上、10か月間以上、11か月間以上、1年間以上であってもよい。
【0025】
本発明には、以下の各発明が含まれる。
(a1)哺乳動物に対して、トリカプリンの有効量を投与することを含む中性脂肪蓄積型動脈硬化の退縮方法。
(a2)哺乳動物に対して、トリカプリンの有効量を投与することを含む中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善方法。
(b1-1)中性脂肪蓄積型動脈硬化の退縮に使用するためのトリカプリン。
(b1-2)中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮用飲食品のためのトリカプリンの使用。
(b2-1)中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善に使用するためのトリカプリン。
(b2-2)中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善用飲食品のためのトリカプリンの使用。
(c1)中性脂肪蓄積型動脈硬化退縮剤を製造するためのトリカプリンの使用。
(c2)中性脂肪蓄積型動脈硬化患者の血流改善剤を製造するためのトリカプリンの使用。
【実施例
【0026】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0027】
〔実施例1〕
(1)患者
遺伝的ATGL(Adipose triglyceride lipase)欠損症の44歳女性。冠動脈CT検査により中性脂肪蓄積型動脈硬化であることが認められたため、トリカプリン食事療法を開始した。1日あたり6~9gのトリカプリンを、50日間、1日3回食後に摂取させた。
【0028】
(2)冠動脈内に蓄積した脂肪の評価
トリカプリン食事療法開始前およびトリカプリン食事療法開始から50日後に、通常の冠動脈CTを行い、左前下行枝の三次元DICOM画像を取得した。0.1mmのボクセルにて再サンプリングし、ボクセル内CT値により層別色付けを行った。ボクセル間についてはスムージングを行った。層別色付けは以下のように行った。
明るい灰色(カラー図では黄色):-25HU~0HU(脂肪が大量)
中間の灰色(カラー図ではオレンジ色):0HU~40HU(脂肪が中等度)
濃い灰色(カラー図では緑色):40HU~125HU(脂肪なし)
【0029】
(3)結果
層別色付けした冠動脈の断面図を図1に示した。(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から50日後の結果である。この結果から、50日間のトリカプリン食事療法により、冠動脈の中性脂肪蓄積型動脈硬化が退縮したことが示された。
【0030】
〔実施例2〕
(1)患者
難治性狭心症に何年も苦しんできた65歳男性。糖尿病を持ち、中大脳動脈の閉塞と脳梗塞の既往がある。主として安静時、夜間に生じる狭心症を主訴に来院し、冠動脈CT検査によりびまん性の冠動脈硬化症を認めた。胸痛は既存治療法(ニトログリセリンの舌下、カルシウム拮抗剤、β遮断剤、抗血小板剤、スタチン)が無効であり、むしろ悪化した。冠動脈CT検査により中性脂肪蓄積型動脈硬化であることが認められたため、トリカプリン食事療法を開始した。1日あたり1.5gのトリカプリンを、4年間、1日3回食後に摂取させた。なお、患者は脳梗塞を再発していない。
【0031】
(2)冠動脈内に蓄積した脂肪の評価
トリカプリン食事療法開始前およびトリカプリン食事療法開始から4年後に、通常の冠動脈CTを行い、実施例1と同じ方法で左前下行枝内部の層別色付けを行った。さらに、3D画像解析システムSYNAPSE VINCENT v5.5(富士フィルム)を用いて、指定した冠動脈領域のCT値 -25HU~40HUを脂肪蓄積、CT値 215HU~700HUを血管内腔と定義して治療前後の変化を比較した。
【0032】
結果を図2および図3に示した。図2は、横軸が冠動脈口からの距離、縦軸が血管の直径であり、(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から4年後の結果である。白色が血流部位、灰色(カラー図では青色)が中性脂肪層である。図3は、冠動脈口からの距離が6.5~9.0cm部分(図2参照)の血管の6か所(a~f)の層別色付けした冠動脈の断面図である。開始前では、冠動脈口から7~9センチの部分に90%から75%のびまん性狭窄が認められる(図2(A))。またその部位に一致して脂肪の血管外膜側から中膜側への陥入像、湾入像、半島状のはみだし像が認められる(図3(A))。治療後では、この中性脂肪蓄積型動脈硬化のパターンが軽減、消失するとともに(図2(B))、血管内腔の狭窄が25%程度と明らかに改善していた(図3(B))。また、3D画像解析の結果を表1に示した。図2図3および表1から明らかなように、4年間のトリカプリン食事療法により、冠動脈の中性脂肪蓄積型動脈硬化が退縮し、血流部位の直径が顕著に広くなっていた。
【0033】
【表1】
【0034】
(3)トリカプリン食事療法開始前後の血清脂質の変化
中性脂肪、LDLコレステロールおよびHDLコレステロールについて、トリカプリン食事療法開始前の測定値の平均値とトリカプリン食事療法開始後4年間の測定値の平均値を比較した。結果を表2に示した。トリカプリン食事療法開始前と開始後の血清脂質値はほとんど変化しておらず、トリカプリンの摂取は患者の血清脂質に影響を及ぼしていないことが示された。また、LDLコレステロール値は基準値(60~119 mg/dL)の範囲内でコントロールされていることが明らかになった。
【0035】
【表2】
【0036】
〔実施例3〕
(1)患者
難治性狭心症の59歳男性。56歳時に労作性狭心症で発症。びまん性冠動脈病変を認めたのでSeg1-2にPCI治療(ステント留置)を行った。スタチン投与により、LDLコレステロール値は、50mg/dL程度にコントロールされている。しかし、翌年狭心症が増悪したため、Seg6とSeg8にPCI治療(ステント留置)を行った。その翌年に不安定狭心症が認められ、Seg6にPCI治療(ステント留置)を行った。その後主治医より連絡を受け、突発性中性脂肪蓄積心筋血管症(TGVC)と診断し、トリカプリン食事療法を開始した。1日あたり4.5gのトリカプリンを3か月間摂取させた。
【0037】
(2)冠動脈内に蓄積した脂肪の評価
トリカプリン食事療法開始前およびトリカプリン食事療法開始から3か月後に、冠動脈の造影画像を撮影した。また、通常の冠動脈CTを行い、実施例1と同じ方法で冠動脈内部の層別色付けを行った。さらに、実施例2と同じ方法で、3D画像解析により指定した冠動脈領域の脂肪蓄積および血管内腔について治療前後の変化を比較した。
【0038】
冠動脈の造影画像を図4に示した。(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から3か月後の画像である。(B)では明らかに冠動脈末梢への血流改善が観察された(図の丸く囲った部分の血管)。層別色付けした冠動脈の断面図を図5に示した。(A)がトリカプリン食事療法開始前、(B)がトリカプリン食事療法開始から3か月後の画像である。(A)では、血管壁への外側からの脂肪の陥入(矢印)が観察され、血流部位の直径が狭くなっていたが、(B)ではそれか改善しており、リング状の正常血管のパターンを呈した。3D画像解析の結果を表3に示した。図4図5および表3から明らかなように、3か月間のトリカプリン食事療法により、冠動脈の中性脂肪蓄積型動脈硬化が退縮し、血流部位の直径が顕著に広くなり、冠動脈の血流が改善した。
【0039】
【表3】
【0040】
(3)トリカプリン食事療法開始前後の血清脂質の変化
中性脂肪、LDLコレステロールおよびHDLコレステロールについて、トリカプリン食事療法開始前の測定値の平均値とトリカプリン食事療法開始後3か月間の測定値の平均値を比較した。結果を表4に示した。トリカプリン食事療法開始前と開始後の血清脂質値はほとんど変化しておらず、トリカプリンの摂取は患者の血清脂質に影響を及ぼしていないことが示された。また、LDLコレステロール値は基準値(60~119 mg/dL)より低い値でコントロールされていることが明らかになった。
【0041】
【表4】
【0042】
〔実施例4:各種脂肪酸の細胞内中性脂肪含量に及ぼす影響〕
4-1 長鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸の比較
糖尿病患者から同意を得て、皮膚組織の一部を採取し、得られた皮膚組織を組織片培養法(Explant法)によって初代培養(培養液:DMEM/10% FBS)した後、継代を重ね、セルライン化した。得られた皮膚線維芽細胞を用いて、各種脂肪酸の細胞内中性脂肪含有量に与える影響について検討した。なお、得られた糖尿病患者の皮膚線維芽細胞の細胞内中性脂肪含量は、3例の健常者から得た皮膚線維芽細胞の細胞内中性脂肪含量の平均値の約5倍であることを確認した。
【0043】
長鎖脂肪酸としてパルミチン酸(C16:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C16:0)、アラキドン酸(C20:4)およびエイコサペンタン酸(C20:5)を用い、中鎖脂肪酸としてヘプタン酸(C7:0)およびカプリン酸(C10:0)を用いた。上記糖尿病患者の皮膚線維芽細胞の培地に、50μMまたは500μMになるように脂肪酸を添加し、2日間培養して細胞を回収し、トリグリセライド定量キット(BioVision)を用いて細胞内中性脂肪含有量を測定した。
【0044】
結果を図6に示した。培地に脂肪酸を添加していないコントロール細胞の細胞内中性脂肪含量を100%として、各脂肪酸を添加した場合の細胞内中性脂肪含量を相対値示した。図6から明らかなように、用いた長鎖脂肪酸がすべて細胞内中性脂肪含量を増加させたのに対して、中鎖脂肪酸であるカプリン酸は、細胞内中性脂肪含量を減少させた。
【0045】
4-2 各種中鎖脂肪酸の比較
中鎖脂肪酸としてカプリン酸(C10:0)、C8:0はカプリル酸および8-メチルノナン酸を用いた。上記糖尿病患者の皮膚線維芽細胞の培地に、125μMまたは500μMになるように脂肪酸を添加し、2日間培養して細胞を回収し、トリグリセライド定量キット(BioVision)を用いて細胞内中性脂肪含有量を測定した。脂肪酸を添加しないコントロールと、パルミチン酸(C16:0)を500μM添加するコントロールを設けた。
【0046】
結果を図7に示した。用いた中鎖脂肪酸はいずれも細胞内中性脂肪含有量を減少させたが、カプリン酸と8-メチルノナン酸は、パルミチン酸より強い中性脂肪減少活性を有することが明らかになった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7