(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】酸化物焼結体、スパッタリングターゲット及びスパッタリングターゲットの製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20240319BHJP
C04B 35/457 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
C23C14/34 A
C04B35/457
(21)【出願番号】P 2021501925
(86)(22)【出願日】2020-02-13
(86)【国際出願番号】 JP2020005667
(87)【国際公開番号】W WO2020170950
(87)【国際公開日】2020-08-27
【審査請求日】2022-08-23
(31)【優先権主張番号】P 2019026786
(32)【優先日】2019-02-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】海上 暁
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/122618(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/026783(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/034749(WO,A1)
【文献】特開2001-316808(JP,A)
【文献】特開2012-026039(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
C04B 35/457
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物焼結体であって、
前記酸化物焼結体は、インジウム元素、スズ元素及び亜鉛元素を含み、
前記酸化物焼結体は、In
2
O
3
(ZnO)m[m=2~7]で表わされる六方晶層状化合物及びZn
2-x
Sn
1-y
In
x+y
O
4
[0≦x<2,0≦y<1]で表されるスピネル構造化合物を含有し、
前記酸化物焼結体の表面の表面粗さRzが、2.0μm未満である、
酸化物焼結体。
【請求項2】
請求項1に記載の酸化物焼結体を含む、スパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記酸化物焼結体は、さらに、X元素を含み、
X元素は、ゲルマニウム元素、シリコン元素、イットリウム元素、ジルコニウム元素、アルミニウム元素、マグネシウム元素、イッテルビウム元素及びガリウム元素からなる群から選択される少なくとも1種以上の元素である、
請求項
2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
前記酸化物焼結体は、下記式(1)、(2)及び(3)で表される原子組成比の範囲を満たす、
請求項
2または請求項
3に記載のスパッタリングターゲット。
0.40≦Zn/(In+Sn+Zn)≦0.80 ・・・(1)
0.15≦Sn/(Sn+Zn)≦0.40 ・・・(2)
0.10≦In/(In+Sn+Zn)≦0.35 ・・・(3)
【請求項5】
前記酸化物焼結体の研削傷において、深さが最大であって、幅が最小となる研削傷の深さ(H)と幅(L)との比H/Lが、0.2未満である、
請求項2から請求項
4のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項6】
請求項2から請求項
5のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲットを製造するためのスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項7】
請求項
6に記載のスパッタリングターゲットの製造方法において、
前記酸化物焼結体の表面を研削する工程を含み、
最初の研削に用いる第1砥石の砥粒粒径が100μm以下である、
スパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項8】
請求項
7に記載のスパッタリングターゲットの製造方法において、
前記第1砥石で研削後、前記第1砥石の砥粒粒径よりも小さい砥粒粒径の第2砥石を用いて、さらに前記酸化物焼結体の表面を研削し、
前記第2砥石で研削後、前記第2砥石の砥粒粒径よりも小さい砥粒粒径の第3砥石を用いて、さらに前記酸化物焼結体の表面を研削する、
スパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項9】
請求項
7又は請求項
8に記載のスパッタリングターゲットの製造方法において、
研削対象物の送り速度v(m/min)、前記第1砥石の砥石周速度V(m/min)、切込み深さt(μm)及び前記第1砥石の砥粒粒径d(μm)が下記関係式(4)を満たす、
スパッタリングターゲットの製造方法。
(v/V)
1/3×(t)
1/6×d<50 …(4)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物焼結体、スパッタリングターゲット及びスパッタリングターゲットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、薄膜トランジスタ(以下、「TFT」という。)で駆動する方式の液晶ディスプレイまたは有機ELディスプレイなどの表示装置では、TFTのチャネル層に非晶質シリコン膜または結晶質シリコン膜が主に採用されていた。
一方で、近年、ディスプレイの高精細化の要求に伴い、TFTのチャネル層に使用される材料として酸化物半導体が注目されている。
【0003】
酸化物半導体のなかでも特に、インジウム、ガリウム、亜鉛及び酸素からなるアモルファス酸化物半導体(In-Ga-Zn-O、以下「IGZO」と略記する。)は、高いキャリア移動度を有するため、好ましく用いられている。しかしながら、IGZOは、原料としてIn及びGaを使用するため原料コストが高いといった欠点がある。
【0004】
原料コストを安くする観点から、Zn-Sn-O(以下、「ZTO」と略記する)、又はIGZOのGaの代わりにSnを添加したIn-Sn-Zn-O(以下「ITZO」と略記する)が提案されている。
ITZOは、IGZOに比べて非常に高い移動度を示すことから、TFTの小型化及びパネルの狭額縁化に有利な次世代酸化物半導体材料として期待されている。
【0005】
しかしながら、ITZOは、熱膨張係数が大きく、熱伝導率が低いことから、Cu製又はTi製のバッキングプレートへのボンディング時及びスパッタリング時に熱応力によりクラックが発生し易いといった課題がある。
最近の研究では、酸化物半導体材料の最大の課題である信頼性は、膜を緻密化することによって改善できるとの報告がある。
膜を緻密化するには高パワー製膜が効果的である。しかしながら、大型量産装置ではプラズマが集中するターゲットのエンド部の割れが問題になり、特にITZO系材料のターゲットは、割れ易い傾向にあった。
【0006】
例えば、特許文献1には、実質的にインジウム、スズ、マグネシウム及び酸素からなる酸化物焼結体において、焼結体の組成と焼結条件を適切に調整することにより、高い抗折強度を達成できると記載されている。さらに、特許文献1には、酸化物焼結体が高い抗折強度を有することで、スパッタリングの際にパーティクルの発生が少なく、安定したスパッタリングが可能になると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スパッタリングターゲットに発生するクラックの原因としては、例えば、密度バラツキ、粒径バラツキ、ポア及びマイクロクラック等、様々な原因が挙げられる。
【0009】
クラックの発生原因としては、スパッタリングターゲットの平面研削加工工程で発生する研削筋も挙げられる。研削筋を有するスパッタリングターゲットを用いてスパッタリングすると、アーキングが発生したり、スパッタ放電後のターゲットの熱収縮で生じる表面の引張応力に起因してクラックが発生し易い。
【0010】
一方、スパッタリングターゲットの研削加工で発生する研削筋は、砥石に埋め込まれている砥粒の粒径を低減する等、砥粒の切込み深さを浅くすることで低減することが知られている。
例えば、特許文献1には、インジウム、スズ、マグネシウム及び酸素からなる酸化物焼結体を、♯80の砥石で研磨した後、♯400の砥石で研磨することで、表面粗さRaが0.46μmの焼結体を得たことが記載されている。
【0011】
しかしながら、特許文献1に記載のように、酸化物焼結体の表面を♯80の砥石で研磨した後、♯400の砥石で研磨したとしても、当該酸化物焼結体を含むスパッタリングターゲットは、クラック耐性が充分ではない場合もある。
【0012】
本発明は、クラック耐性を向上させた酸化物焼結体及びスパッタリングターゲットを提供すること、並びに当該スパッタリングターゲットの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
[1A]. 酸化物焼結体であって、
前記酸化物焼結体の表面の表面粗さRzが、2.0μm未満である、
酸化物焼結体。
【0014】
[2A].[1A]に記載の酸化物焼結体を含む、スパッタリングターゲット。
【0015】
[1].酸化物焼結体を含むスパッタリングターゲットであって、
前記酸化物焼結体の表面の表面粗さRzが、2.0μm未満である、
スパッタリングターゲット。
【0016】
[2].[1]又は[2A]に記載のスパッタリングターゲットにおいて、
前記酸化物焼結体は、インジウム元素、スズ元素及び亜鉛元素を含む、
スパッタリングターゲット。
【0017】
[3].[2]に記載のスパッタリングターゲットにおいて、
前記酸化物焼結体は、さらに、X元素を含み、
X元素は、ゲルマニウム元素、シリコン元素、イットリウム元素、ジルコニウム元素、アルミニウム元素、マグネシウム元素、イッテルビウム元素及びガリウム元素からなる群から選択される少なくとも1種以上の元素である、
スパッタリングターゲット。
【0018】
[4].[2]または[3]に記載のスパッタリングターゲットにおいて、
前記酸化物焼結体は、下記式(1)、(2)及び(3)で表される原子組成比の範囲を満たす、
スパッタリングターゲット。
0.40≦Zn/(In+Sn+Zn)≦0.80 ・・・(1)
0.15≦Sn/(Sn+Zn)≦0.40 ・・・(2)
0.10≦In/(In+Sn+Zn)≦0.35 ・・・(3)
【0019】
[5].[2]から[4]のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲットにおいて、
前記酸化物焼結体は、In2O3(ZnO)m[m=2~7]で表わされる六方晶層状化合物及びZn2SnO4で表されるスピネル構造化合物を含む
スパッタリングターゲット。
【0020】
[5A].[2]から[4]のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲットにおいて、
前記酸化物焼結体は、In2O3(ZnO)m[m=2~7]で表わされる六方晶層状化合物及びZn2-xSn1-yInx+yO4[0≦x<2,0≦y<1]で表されるスピネル構造化合物を含む、スパッタリングターゲット。
【0021】
[6A].前記酸化物焼結体の研削傷において、深さが最大であって、幅が最小となる研削傷の深さ(H)と幅(L)との比H/Lが、0.2未満である、[2]から[5]、[2A]並びに[5A]のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【0022】
[6].[1]から[5]、[2A]、[5A]並びに[6A]のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲットを製造するためのスパッタリングターゲットの製造方法。
【0023】
[7].[6]に記載のスパッタリングターゲットの製造方法において、
前記酸化物焼結体の表面を研削する工程を含み、
最初の研削に用いる第1砥石の砥粒粒径が100μm以下である、
スパッタリングターゲットの製造方法。
【0024】
[8].[7]に記載のスパッタリングターゲットの製造方法において、
前記第1砥石で研削後、前記第1砥石の砥粒粒径よりも小さい砥粒粒径の第2砥石を用いて、さらに前記酸化物焼結体の表面を研削し、
前記第2砥石で研削後、前記第2砥石の砥粒粒径よりも小さい砥粒粒径の第3砥石を用いて、さらに前記酸化物焼結体の表面を研削する、
スパッタリングターゲットの製造方法。
【0025】
[9].[7]又は[8]に記載のスパッタリングターゲットの製造方法において、研削対象物の送り速度v(m/min)、前記第1砥石の砥石周速度V(m/min)、切込み深さt(μm)及び前記第1砥石の砥粒粒径d(μm)が下記関係式(4)を満たす、スパッタリングターゲットの製造方法。
(v/V)1/3×(t)1/6×d<50 …(4)
【0026】
本発明の一態様によれば、クラック耐性を向上させた酸化物焼結体及びスパッタリングターゲットを提供できる。また、本発明の一態様によれば、当該スパッタリングターゲットの製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の一実施形態に係るターゲットの形状を示す斜視図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係るターゲットの形状を示す斜視図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係るターゲットの形状を示す斜視図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係るターゲットの形状を示す斜視図である。
【
図5】実施例1に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図6】実施例2に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図7】実施例3に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図8】実施例4に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図9】実施例5に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図10】実施例6に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図11】比較例1に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図12】比較例2に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図13】実施例1に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図14】実施例2に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図15】実施例3に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図16】実施例4に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図17】実施例5に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図18】実施例6に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図19】比較例1に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図20】比較例2に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図21】実施例1に係る酸化物焼結体のXRDチャートである。
【
図22】表面粗さRzとクラック耐性との関係を示すグラフである。
【
図23】比較例3に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による平面観察画像である。
【
図24】比較例3に係る酸化物焼結体(表面研削後)の共焦点レーザー顕微鏡による3D観察画像である。
【
図25】平面研削後の実施例1に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図26】平面研削後の実施例2に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図27】平面研削後の実施例3に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図28】平面研削後の実施例4に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図29】平面研削後の実施例5に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図30】平面研削後の実施例6に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図31】平面研削後の比較例1に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図32】平面研削後の比較例2に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【
図33】平面研削後の比較例3に係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、実施の形態について図面等を参照しながら説明する。但し、実施の形態は多くの異なる態様で実施することが可能であり、趣旨及びその範囲から逸脱することなくその形態及び詳細を様々に変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。従って、本発明は、以下の実施の形態の記載内容に限定して解釈されない。
【0029】
図面において、大きさ、層の厚さ及び領域等は、明瞭化のために誇張されている場合がある。よって、本発明は、図示された大きさ、層の厚さ及び領域等に限定されない。なお、図面は、理想的な例を模式的に示したものであり、本発明は、図面に示す形状及び値等に限定されない。
【0030】
本明細書にて用いる「第1」、「第2」、「第3」という序数詞は、構成要素の混同を避けるために付されており、数的に特定する旨の記載が無い構成要素については、数的に限定されない。
【0031】
本明細書等において、「膜」または「薄膜」という用語と、「層」という用語とは、場合によっては、互いに入れ替えることが可能である。
【0032】
本明細書等の焼結体及び酸化物半導体薄膜において、「化合物」という用語と、「結晶相」という用語は、場合によっては、互いに入れ替えることが可能である。
【0033】
本明細書において、「酸化物焼結体」を単に「焼結体」と称する場合がある。
本明細書において、「スパッタリングターゲット」を単に「ターゲット」と称する場合がある。
【0034】
[スパッタリングターゲット]
スパッタリングターゲットのクラックは、ターゲット中の強度が弱い部分を起点に発生する。
そこで、本発明者は、クラック耐性を向上させるための方策として、スパッタリングターゲット面内の強度のバラツキを低減すること、特に、最低強度を向上させることを考えた。
従来、スパッタリングターゲットにおける研削筋は、表面粗さRa(算術平均粗さと称する場合がある。)で評価されており、特許文献1においても、ターゲットの強度を示す指標の一つである抗折強度が、十分であるとされていた。このように、従来、酸化物焼結体の表面の研削筋の評価は、Raで足り、表面粗さRaと表面粗さRz(最大高さと称する場合がある。)との差は、小さいと考えられていた。
ところが、本発明者は、ITZOの研削加工ダメージを精査した結果、ITZOは従来のターゲット材料に比べ脆く、通常、表面研削後の酸化物焼結体の表面にて観察される研削筋以外にも、結晶組織が大きな塊として剥離している箇所(穴)を発見した。その剥離箇所の深さは、通常の研削筋の深さに比べて、1桁以上、深いことが分かった。
本発明者は、研削加工方法を鋭意検討した結果、前述のような剥離箇所を少なくするには、研削加工用の砥石として、砥粒の粒径が中程度の砥石から研削加工を開始して、徐々に砥粒の粒径が小さい砥石に切り替えて研削することによって、大きな穴が残らず(すなわち、表面粗さRzを小さくすることができ)、剥離箇所を少なくでき、その結果、スパッタリングターゲットのクラック耐性も大幅に向上するという知見を得た。
本発明者は、これらの知見に基づいて本発明を発明した。
【0035】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲット(以下、単に本実施形態に係るスパッタリングターゲットと称する場合がある。)は、酸化物焼結体を含む。
本実施形態に係るスパッタリングターゲットは、例えば、酸化物焼結体を、スパッタリングターゲットとして好適な形状に切削及び研削して得られる。
また、本実施形態に係るスパッタリングターゲットは、酸化物焼結体のバルクを研削及び研削して得たスパッタリングターゲット素材を、バッキングプレートへボンディングすることによっても得ることができる。
また、別の態様に係る本実施形態のスパッタリングターゲットとしては、酸化物焼結体のみからなるターゲットも挙げられる。
【0036】
酸化物焼結体の形状は特に限定されない。
図1の符号1に示すような板状の酸化物焼結体でもよい。
図2の符号1Aに示すような円筒状の酸化物焼結体でもよい。
酸化物焼結体が板状の場合、当該酸化物焼結体の平面形状は、
図1の符号1に示すような矩形でもよく、
図3の符号1Bに示すような円形でもよい。
【0037】
酸化物焼結体は、一体成型物でもよいし、
図4に示すように、複数に分割されていてもよい。複数に分割された酸化物焼結体(符号1C)のそれぞれを、バッキングプレート3に固定してもよい。このように、複数の酸化物焼結体1Cを1つのバッキングプレート3にボンディングして得たスパッタリングターゲットを、多分割式スパッタリングターゲットと称する場合がある。バッキングプレート3は、酸化物焼結体の保持及び冷却用の部材である。バッキングプレート3の材料は、特に限定されない。バッキングプレート3の材料としては、例えば、Cu、Ti及びSUS等からなる群から選択される少なくとも一種の材料が使用される。
【0038】
(表面粗さRz)
本実施形態に係るターゲットにおいて、酸化物焼結体の表面粗さRz(最大高さ)が、2.0μm未満である。本明細書において、表面粗さRzの測定は、共焦点レーザー顕微鏡(LSM)(レーザテック株式会社製、「OPTELICS H1200」)を用いて×100(約2000倍)の対物レンズ倍率で観察した際の断面プロファイルに基づき、JIS B 0601:2001及びJIS B 0610:2001に準拠して実施される。表面粗さRzの測定箇所は、研削加工後の酸化物焼結体板の中央部4cm2(2cm×2cm)を切り出した測定用試験片の表面とする。
酸化物焼結体の表面粗さRzが、2.0μm未満であれば、スパッタリングターゲットのクラック耐性が向上する。このようにクラック耐性が向上するのは、結晶組織が大きな塊として剥離しておらず、酸化物焼結体の表面平滑性が高いことに起因すると考えられる。
酸化物焼結体の表面粗さRzは、1.5μm以下であることが好ましく、1.0μm以下であることがより好ましい。
なお、スパッタリングターゲットにおける酸化物焼結体は、バッキングプレートにボンディングされるボンディング面と、当該ボンディング面とは反対側の面であって、スパッタリングされるスパッタリング面と、を有する。本実施形態においては、当該スパッタリング面に対応する面の表面粗さRzが、2.0μm未満であればよい。ボンディング面の表面粗さRzも小さい方が好ましいが、小さすぎるとボンディング加工する際の蝋剤であるインジウム(In)の濡れ性が悪化し、ボンディング率が低下するため、濡れ性が確保できる条件に適宜選定される。
また、ターゲットにおいて、スパッタ放電後のスパッタリング面に生じる熱応力は、引っ張り応力である。このスパッタリング面に生じる熱応力は、クラック発生の主な原因になり得るが、ターゲットの裏のボンディング面では、熱応力とは逆の圧縮応力が生じるため、クラックが発生しにくく、スパッタリング面に生じる熱応力の影響は、小さい。
【0039】
(表面粗さRa)
本実施形態に係るターゲットにおいて、酸化物焼結体の表面粗さRa(算術平均粗さ)が、0.5μm未満であることが好ましく、0.25μm以下であることがより好ましい。
表面粗さRaが0.5μm未満であればスパッタ時にアーキング等が発生しにくく、放電安定性が優れる。すなわち、通常のプロセスで新品のターゲットを使用する場合、表面の粗さを改善するために低パワーでのプレスパッタを実施する。表面粗さRaが小さい場合は、そのプレスパッタの時間を短縮することができ、高パワーでのスパッタ放電に短時間で移行できる。
【0040】
(酸化物焼結体の組成)
本実施形態に係る酸化物焼結体は、インジウム元素(In)、スズ元素(Sn)及び亜鉛元素(Zn)を含むことが好ましい。
本実施形態に係る酸化物焼結体は、本発明の効果を損なわない範囲において、In、Sn及びZn以外の他の金属元素を含有していてもよいし、実質的にIn、Sn及びZnのみ含有していてもよいし、又はIn、Sn及びZnのみからなっていてもよい。ここで、「実質的」とは、酸化物焼結体の金属元素の95質量%以上100質量%以下(好ましくは98質量%以上100質量%以下)がインジウム元素(In)、スズ元素(Sn)及び亜鉛元素(Zn)であることを意味する。本実施形態に係る酸化物焼結体は、本発明の効果を損なわない範囲でIn、Sn、Zn及び酸素元素(O)の他に不可避不純物を含んでいてもよい。ここでいう不可避不純物とは、意図的に添加しない元素であって、原料又は製造工程で混入する元素を意味する。
【0041】
本実施形態に係る酸化物焼結体は、インジウム元素(In)、スズ元素(Sn)、亜鉛元素(Zn)及びX元素を含むことも好ましい。
本実施形態に係る酸化物焼結体は、本発明の効果を損なわない範囲において、In、Sn、Zn及びX元素以外の他の金属元素を含有していてもよいし、実質的にIn、Sn、Zn及びX元素のみ含有していてもよいし、又はIn、Sn、Zn及びX元素のみからなっていてもよい。ここで、「実質的」とは、酸化物焼結体の金属元素の95質量%以上100質量%以下(好ましくは98質量%以上100質量%以下)がIn、Sn、Zn及びX元素であることを意味する。本実施形態に係る酸化物焼結体は、本発明の効果を損なわない範囲でIn、Sn、Zn、X元素及び酸素元素(O)の他に不可避不純物を含んでいてもよい。ここでいう不可避不純物とは、意図的に添加しない元素であって、原料又は製造工程で混入する元素を意味する。
X元素は、ゲルマニウム元素(Ge)、シリコン元素(Si)、イットリウム元素(Y)、ジルコニウム元素(Zr)、アルミニウム元素(Al)、マグネシウム元素(Mg)、イッテルビウム元素(Yb)及びガリウム元素(Ga)からなる群から選択される少なくとも1種以上の元素である。
【0042】
不可避不純物の例としては、アルカリ金属(Li、Na、K及びRb等)、アルカリ土類金属(Ca、Sr及びBa等)、水素(H)元素、ホウ素(B)元素、炭素(C)元素、窒素(N)元素,フッ素(F)元素及び塩素(Cl)元素である。
【0043】
不純物濃度は、ICP又はSIMSにより測定できる。
【0044】
<不純物濃度(H、C、N、F、Si、Cl)の測定>
得られた焼結体中の不純物濃度(H、C、N、F、Si、Cl)は、セクタ型ダイナミック二次イオン質量分析計(IMS 7f-Auto、AMETEK CAMECA社製)を用いたSIMS分析によって定量評価できる。
具体的には、まず一次イオンCs+を用い、14.5kVの加速電圧で測定対象の焼結体表面から20μmの深さまでスパッタを行う。その後、ラスター100μm□(100μm×100μmのサイズ)、測定エリア30μm□(30μm×30μmのサイズ)、深さ1μm分を一次イオンでスパッタしながら不純物(H、C、N、F、Si、Cl)の質量スペクトル強度を積分する。
【0045】
さらに質量スペクトルから不純物濃度の絶対値を算出するため、それぞれの不純物をイオン注入によってドーズ量を制御して焼結体に注入し不純物濃度が既知の標準試料を作製する。標準試料についてSIMS分析によって不純物(H、C、N、F、Si、Cl)の質量スペクトル強度を得て、不純物濃度の絶対値と質量スペクトル強度の関係式を検量線とする。
最後に、測定対象の焼結体の質量スペクトル強度と検量線を用い、測定対象の不純物濃度を算出し、これを不純物濃度の絶対値(atom・cm-3)とする。
【0046】
<不純物濃度(B、Na)の測定>
得られた焼結体の不純物濃度(B、Na)についても、セクタ型ダイナミック二次イオン質量分析計(IMS 7f-Auto、AMETEK CAMECA社製)を用いたSIMS分析によって定量評価できる。一次イオンをO2
+,一次イオンの加速電圧を5.5kV、それぞれの不純物の質量スペクトルの測定をすること以外は、H、C、N、F、Si、Clの測定と同様の評価により測定対象の不純物濃度の絶対値(atom・cm-3)を得ることができる。
【0047】
本実施形態に係る酸化物焼結体においては、各元素の原子組成比が以下の式(1)、(2)及び(3)の少なくとも1つを満たすことがより好ましい。
0.40≦Zn/(In+Sn+Zn)≦0.80 ・・・(1)
0.15≦Sn/(Sn+Zn)≦0.40 ・・・(2)
0.10≦In/(In+Sn+Zn)≦0.35 ・・・(3)
【0048】
式(1)~(3)中、In、Zn及びSnは、それぞれ酸化物焼結体中のインジウム元素、亜鉛元素及びスズ元素の含有量を表す。
【0049】
Zn/(In+Sn+Zn)が0.40以上であれば、酸化物焼結体中にスピネル相が生じやすくなり、半導体特性を容易に得られる。
Zn/(In+Sn+Zn)が0.80以下であれば、酸化物焼結体においてスピネル相の異常粒成長による強度の低下を抑制できる。また、Zn/(In+Sn+Zn)が0.80以下であれば、酸化物半導体薄膜の移動度の低下を抑制できる。
Zn/(In+Sn+Zn)は、0.50以上、0.70以下であることがより好ましい。
【0050】
Sn/(Sn+Zn)が、0.15以上であれば、酸化物焼結体においてスピネル相の異常粒成長による強度の低下を抑制できる。
Sn/(Sn+Zn)が0.40以下であれば、酸化物焼結体中において、スパッタ時の異常放電の原因となる酸化錫の凝集を抑制できる。また、Sn/(Sn+Zn)が、0.40以下であれば、スパッタリングターゲットを用いて成膜された酸化物半導体薄膜は、シュウ酸等の弱酸によるエッチング加工を容易に行うことができる。Sn/(Sn+Zn)が0.15以上であれば、エッチング速度が速くなり過ぎるのを抑制できエッチングの制御が容易になる。
Sn/(Sn+Zn)は、0.15以上、0.35以下であることがより好ましい。
【0051】
In/(In+Sn+Zn)が0.10以上であれば、得られるスパッタリングターゲットのバルク抵抗を低くできる。また、In/(In+Sn+Zn)が、0.10以上であれば、酸化物半導体薄膜の移動度が極端に低くなることを抑制できる。
In/(In+Sn+Zn)が0.35以下であれば、スパッタリング成膜した際に、膜が導電体になるのを抑制でき、半導体としての特性を得ることが容易になる。
In/(In+Sn+Zn)は、0.10以上、0.30以下であることがより好ましい。
【0052】
本実施形態に係る酸化物焼結体がX元素を含む場合、各元素の原子比は、下記式(1X)を満たすことが好ましい。
0.001≦X/(In+Sn+Zn+X)≦0.05 ・・・(1X)
(式(1X)中、In、Zn、Sn及びXは、それぞれ酸化物焼結体中のインジウム元素、亜鉛元素、スズ元素及びX元素の含有量を表す。)
【0053】
上記式(1X)の範囲内であれば、本実施形態に係る酸化物焼結体のクラック耐性を充分に高くできる。
X元素は、シリコン元素(Si)、アルミニウム元素(Al)、マグネシウム元素(Mg)、イッテルビウム元素(Yb)及びガリウム元素(Ga)からなる群から選択される少なくとも一種であることが好ましい。
X元素は、シリコン元素(Si)、アルミニウム元素(Al)及びガリウム元素(Ga)からなる群から選択される少なくとも一種であることがより好ましい。
アルミニウム元素(Al)及びガリウム元素(Ga)は、原料としての酸化物の組成が安定しており、クラック耐性の向上効果が高いので、さらに好ましい。
【0054】
X/(In+Sn+Zn+X)が0.001以上であれば、スパッタリングターゲットの強度低下を抑制できる。X/(In+Sn+Zn+X)が0.05以下であれば、その酸化物焼結体を含むスパッタリングターゲットを用いて成膜された酸化物半導体薄膜は、シュウ酸等の弱酸によるエッチング加工を行うことが容易になる。さらに、X/(In+Sn+Zn+X)が0.05以下であれば、TFT特性、特に移動度の低下を抑制できる。
X/(In+Sn+Zn+X)は、0.001以上、0.05以下であることが好ましく、0.003以上、0.03以下であることがより好ましく、0.005以上、0.01以下であることがさらに好ましく、0.005以上、0.01未満であることがよりさらに好ましい。
本実施形態に係る酸化物焼結体がX元素を含有する場合、X元素は、1種のみでもよいし、2種以上でもよい。X元素を2種以上含むときは、式(1X)におけるXは、X元素の原子比の合計とする。
酸化物焼結体中のX元素の存在形態は、特に規定されない。酸化物焼結体中のX元素の存在形態としては、例えば、酸化物として存在している形態、固溶している形態及び粒界に偏析している形態が挙げられる。
【0055】
酸化物焼結体の各金属元素の原子比は、原料の配合量により制御できる。また、各元素の原子比は、誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-AES)により含有元素を定量分析して求めることができる。
【0056】
本実施形態に係る酸化物焼結体は、Zn2-xSn1-yInx+yO4[0≦x<2,0≦y<1]で表されるスピネル構造化合物を含有することが好ましい。本明細書において、スピネル構造化合物をスピネル化合物と称する場合がある。Zn2-xSn1-yInx+yO4において、xが0であり、yが0である場合、Zn2SnO4で表される。
【0057】
本実施形態に係る酸化物焼結体は、In2O3(ZnO)mで表される六方晶層状化合物を含有することが好ましい。本実施形態において、In2O3(ZnO)mで表される式中、mは、2~7の整数であり、3~5の整数であることが好ましい。mが2以上であれば、化合物が六方晶層状構造をとる。mが7以下であれば、酸化物焼結体の体積抵抗率が低くなる。
【0058】
本実施形態に係る酸化物焼結体は、In2O3(ZnO)m[m=2~7]で表わされる六方晶層状化合物及びZn2-xSn1-yInx+yO4[0≦x<2,0≦y<1]で表されるスピネル構造化合物を含有することがより好ましい。
【0059】
酸化インジウムと酸化亜鉛からなる六方晶層状化合物は、X線回折法による測定において、六方晶層状化合物に帰属されるX線回折パターンを示す化合物である。酸化物焼結体に含有される六方晶層状化合物は、In2O3(ZnO)mで表される化合物である。
【0060】
本実施形態に係る酸化物焼結体は、Zn2-xSn1-yInx+yO4[0≦x<2,0≦y<1]で表されるスピネル構造化合物及びIn2O3で表されるビックスバイト構造化合物を含有しても良い。
【0061】
(バルク抵抗)
本実施形態に係る酸化物焼結体がX元素を含有する場合、X元素の含有割合が上記式(1X)の範囲内であれば、スパッタリングターゲットのバルク抵抗を充分に低くすることもできる。
【0062】
本実施形態に係るスパッタリングターゲットのバルク抵抗は、50mΩcm以下であることが好ましく、25mΩcm以下であることがより好ましく、10mΩcm以下であることがさらに好ましく、5mΩcm以下であることがよりさらに好ましく、3mΩcm以下であることが特に好ましい。バルク抵抗が50mΩcm以下であれば、直流スパッタで安定した成膜を行うことができる。
バルク抵抗値は、公知の抵抗率計を使用して四探針法(JIS R 1637:1998)に基づき測定できる。測定箇所は9箇所程度であり、測定した9箇所の値の平均値をバルク抵抗値とするのが好ましい。
測定箇所は、酸化物焼結体の平面形状が四角形の場合には、面を3×3に9分割し、それぞれの四角形の中心点9箇所とするのが好ましい。
なお、酸化物焼結体の平面形状が円形の場合は、円に内接する正方形を3×3に9分割し、それぞれの正方形の中心点9箇所とするのが好ましい。
【0063】
(平均結晶粒径)
本実施形態に係る酸化物焼結体の平均結晶粒径は、異常放電の防止及び製造容易性の観点から、10μm以下であることが好ましく、8μm以下であることがより好ましい。
平均結晶粒径が10μm以下であれば、粒界に起因する異常放電を防止できる。酸化物焼結体の平均結晶粒径の下限は、特に規定されないが、製造容易性の観点から1μm以上であることが好ましい。
平均結晶粒径は、原料の選択及び製造条件の変更により調整できる。具体的には、平均粒径が小さい原料を用いることが好ましく、平均粒径が1μm以下の原料を用いることがより好ましい。さらに、焼結の際、焼結温度が高い程、又は焼結時間が長い程、平均結晶粒径が大きくなる傾向がある。
【0064】
平均結晶粒径は以下のようにして測定できる。
酸化物焼結体の表面を研削し、平面形状が四角形の場合には、面を等面積に16分割し、それぞれの四角形の中心点16箇所において、倍率1000倍(80μm×125μm)の枠内で観察される粒子径を測定し、16箇所の枠内の粒子の粒径の平均値をそれぞれ求め、最後に16カ所の測定値の平均値を平均結晶粒径とする。
酸化物焼結体の表面を研削し、平面形状が円形の場合、円に内接する正方形を等面積に16分割し、それぞれの正方形の中心点16箇所において、倍率1000倍(80μm×125μm)の枠内で観察される粒子の粒径を測定し、16箇所の枠内の粒子の粒径の平均値を求める。
粒径は、アスペクト比が2未満の粒子については、JIS R 1670:2006に基づき、結晶粒の粒径を円相当径として測定する。円相当径の測定手順としては、具体的には、微構造写真の測定対象グレインに円定規を当て対象グレインの面積に相当する直径を読み取る。アスペクト比が2以上の粒子については、最長径と最短径の平均値をその粒子の粒径とする。結晶粒は走査型電子顕微鏡(SEM)により観察できる。六方晶層状化合物、スピネル化合物及びビックスバイト構造化合物は、後述する実施例に記載の方法により確認できる。
【0065】
本実施形態に係る酸化物焼結体が、六方晶層状化合物とスピネル化合物とを含む場合、六方晶層状化合物の平均結晶粒径と、スピネル化合物の平均結晶粒径との差は、1μm以下であることが好ましい。平均結晶粒径をこのような範囲とすることにより、酸化物焼結体の強度を向上させることができる。
本実施形態に係る酸化物焼結体の平均結晶粒径が10μm以下であり、六方晶層状化合物の平均結晶粒径と、スピネル化合物の平均結晶粒径の差が1μm以下であることがより好ましい。
【0066】
また、本実施形態に係る酸化物焼結体が、ビックスバイト構造化合物とスピネル化合物とを含む場合、ビックスバイト構造化合物の平均結晶粒径と、スピネル化合物の平均結晶粒径との差は、1μm以下であることが好ましい。平均結晶粒径をこのような範囲とすることにより、酸化物焼結体の強度を向上させることができる。
本実施形態に係る酸化物焼結体の平均結晶粒径が10μm以下であり、ビックスバイト構造化合物の平均結晶粒径と、スピネル化合物の平均結晶粒径の差が1μm以下であることがより好ましい。
【0067】
(相対密度)
本実施形態に係る酸化物焼結体の相対密度は、95%以上であることが好ましく、96%以上であることがより好ましい。
本実施形態に係る酸化物焼結体の相対密度が95%以上であれば、本実施形態に係るスパッタリングターゲットの機械的強度が高く、かつ導電性に優れる。そのため、本実施形態に係るスパッタリングターゲットをRFマグネトロンスパッタリング装置またはDCマグネトロンスパッタリング装置に装着してスパッタリングを行う際の、プラズマ放電の安定性をより高めることができる。酸化物焼結体の相対密度は、焼結体における酸化物それぞれの固有の密度及びこれらの組成比から算出される、理論密度に対する酸化物焼結体の実際に測定した密度を、百分率で示したものである。酸化物焼結体の相対密度は、例えば、酸化インジウム、酸化亜鉛及び酸化錫、並びに必要に応じて含まれるX元素の酸化物それぞれの固有の密度及びこれらの組成比から算出される、理論密度に対する酸化物焼結体の実際に測定した密度を、百分率で示したものである。
【0068】
酸化物焼結体の相対密度は、アルキメデス法に基づき測定できる。相対密度(単位:%)は、具体的には、酸化物焼結体の空中重量を、体積(=焼結体の水中重量/計測温度における水比重)で除し、下記式(数5)に基づく理論密度ρ(g/cm3)に対する百分率の値とする。
相対密度={(酸化物焼結体の空中重量/体積)/理論密度ρ}×100
【0069】
ρ=(C1/100/ρ1+C2/100/ρ2・・・+Cn/100/ρn)-1 …(数5)
なお、式(数5)中で、C1~Cnは、それぞれ、酸化物焼結体又は酸化物焼結体の構成物質の含有量(質量%)を示し、ρ1~ρnは、C1~Cnに対応する各構成物質の密度(g/cm3)を示す。
尚、密度と比重がほぼ同等であることから、各構成物質の密度は、化学便覧 基礎編I 日本化学会編 改定2版(丸善株式会社)に記載されている酸化物の比重の値を用いることができる。
【0070】
(表面粗さの研削傷の深さ(H)と幅(L)との比H/L)
本発明において、「研削傷」とは、酸化物焼結体からスパッタリングターゲットを製造する際の研削工程で入る傷のことを指す。
本実施形態に係る酸化物焼結体の研削傷において、深さが最大であって、幅が最小となる研削傷の深さ(H)と幅(L)との比H/Lは、0.2未満であることが好ましく、0.19以下であることがより好ましい。
本実施形態に係る酸化物焼結体において、当該研削傷の深さ(H)と幅(L)との比H/Lが0.2未満であれば、研削傷が緩やかであり、研削傷が破断の起点となるのが防がれ、酸化物焼結体の引張強度が増加する。
本実施形態に係る酸化物焼結体において、当該研削傷の深さ(H)と幅(L)との比H/Lは、0.01以上であることが好ましく、0.05以上であることがより好ましい。
研削対象部の送り速度を小さくする、砥石切込み深さを低減する等の研削傷対策を行うことで研削傷の深さと研削傷とバックグラウンドの差を小さくすることができる。
本実施形態に係る酸化物焼結体の当該研削傷の深さ(H)と幅(L)との比H/Lが0.01以上であれば、上記のような研削傷対策を行ったうえで、生産ラインで効率よくスパッタリングターゲットを製造できる。
【0071】
[酸化物焼結体の製造方法]
本実施形態に係る酸化物焼結体の製造方法は、混合・粉砕工程、造粒工程、成形工程及び焼結工程を含む。酸化物焼結体の製造方法は、その他の工程を含んでいてもよい。その他の工程としては、アニーリング工程が挙げられる。
以下、ITZO系酸化物焼結体を製造する場合を例に挙げて、各工程について具体的に説明する。
【0072】
本実施形態に係る酸化物焼結体は、インジウム原料、亜鉛原料、錫原料及びX元素原料を混合及び粉砕する混合・粉砕工程、原料混合物を造粒する造粒工程、原料造粒粉を成形する成形工程、成形体を焼結する焼結工程及び必要に応じて焼結体をアニーリングする、アニーリング工程を経て製造できる。
【0073】
(1)混合・粉砕工程
混合・粉砕工程は、酸化物焼結体の原料を混合及び粉砕して原料混合物を得る工程である。原料混合物は、例えば、粉末状であることが好ましい。
混合・粉砕工程では、まず、酸化物焼結体の原料を用意する。
【0074】
In、Zn及びSnを含む酸化物焼結体を製造する場合の原料は、次の通りである。
インジウム原料(In原料)は、Inを含む化合物又は金属であれば特に限定されない。
亜鉛原料(Zn原料)は、Znを含む化合物又は金属であれば特に限定されない。
スズ原料(Sn原料)は、Snを含む化合物又は金属であれば特に限定されない。
【0075】
X元素を含む酸化物焼結体を製造する場合の原料は、次の通りである。
X元素の原料も、X元素を含む化合物または金属であれば、特に限定されない。
【0076】
In原料、Zn原料、Sn原料及びX元素の原料は、好ましくは酸化物である。
酸化インジウム、酸化亜鉛、酸化錫及びX元素酸化物等の原料は、高純度であることが好ましい。酸化物焼結体の原料の純度は、99質量%以上であることが好ましく、99.9質量%以上であることがより好ましく、99.99質量%以上であることがさらに好ましい。高純度の原料を用いると緻密な組織の焼結体が得られ、その焼結体からなるスパッタリングターゲットの体積抵抗率が低くなる。
【0077】
原料としての金属酸化物の1次粒子の平均粒径は、0.01μm以上、10μm以下であることが好ましく、0.05μm以上、5μm以下であることがより好ましく、0.1μm以上、5μm以下であることがさらに好ましい。
原料としての金属酸化物の1次粒子の平均粒径が0.01μm以上であれば凝集し難くなり、平均粒径が10μm以下であれば混合性が充分になり、緻密な組織の焼結体が得られる。平均粒径は、メジアン径D50を採用する。当該平均粒径(メジアン径D50)は、レーザー回折式粒度分布測定装置SALD-300V(株式会社島津製作所製)で測定する。
【0078】
酸化物焼結体の原料には、凝集を解くための分散剤と、スプレードライヤーでの造粒に適した粘度に調整するための増粘剤と、を加え、ビーズミル等で混合及び粉砕される。分散剤としては、例えば、アクリル酸メタクリル酸共重合体アンモニア中和物等が挙げられ、増粘剤としては、例えば、ポリビニルアルコール等が挙げられる。
【0079】
(2)仮焼処理工程
混合・粉砕工程で得られた原料混合物は、直ちに造粒してもよいが、造粒前に仮焼処理を施してもよい。仮焼処理は、通常、700℃以上、900℃以下で、1時間以上、5時間以下、原料混合物を焼成する。
【0080】
(3)造粒工程
仮焼処理を施していない原料混合物、又は仮焼処理を施した原料混合物は、造粒処理することによって、下記(4)の成形工程における流動性及び充填性を改善できる。
本明細書において、酸化物焼結体の原料を造粒して原料造粒粉を得る工程を造粒工程と称する場合がある。
造粒処理は、スプレードライヤー等を用いて行うことができる。造粒工程で得られる造粒粉の形状は、特に制限はないが、成形工程での型への均一充填のために、真球状であることが好ましい。
造粒条件は、導入する原料スラリー濃度、スプレードライヤーの回転数及び熱風温度等を調整して適宜選定される。
スラリー溶液の調製は、仮焼処理を施していない原料混合物を用いる場合は、混合・粉砕工程で得られたスラリー溶液をそのまま用い、仮焼処理を施した原料混合物を用いる場合は、再度、混合・粉砕工程を経て、スラリー溶液に調製した上で用いられる。
【0081】
本実施形態に係る酸化物焼結体の製造方法において、造粒処理によって形成される原料造粒粉の粒径は、特に制限はないが、25μm以上、150μm以下の範囲内に制御することが好ましい。
原料造粒粉の粒径が25μm以上であれば、下記(4)の成形工程で使用する金型の表面に対する原料造粒粉の滑り性が向上し、金型内に原料造粒粉を充分に充填できる。
原料造粒粉の粒径が150μm以下であれば、粒径が大きすぎて金型内の充填率が低くなることを抑制できる。
原料造粒粉の粒径は、25μm以上、75μm以下であることがより好ましい。
【0082】
所定範囲内の粒径である原料造粒粉を得る方法は、特に限定されない。例えば、造粒処理を施した原料混合物(原料造粒粉)を、篩にかけて、所望の粒径範囲に属する原料造粒粉を選別する方法が挙げられる。この方法に用いる篩は、所望の粒径の原料造粒粉が通過できるサイズの開口部を有する篩であることが好ましい。粒径範囲の下限値を基準に原料造粒粉を選別するための第1篩と、粒径範囲の上限値を基準に原料造粒粉を選別するための第2篩を用いることが好ましい。例えば、原料造粒粉の粒径を、25μm以上、150μm以下の範囲内に制御する場合、まず、25μm未満の原料造粒粉が通過可能であり、25μm以上の原料造粒粉を通過させないサイズの開口部を有する篩(第1篩)を用いて、25μm以上の粒径を有する原料造粒粉を選別する。次に、この選別後の原料造粒粉を、150μm以下の原料造粒粉が通過可能であり、150μmを超える原料造粒粉を通過させないサイズの開口部を有する篩(第2篩)を用いて、25μm以上、150μm以下の範囲内の原料造粒粉を選別する。第2篩を先に用い、次に第1篩を用いる順番でもよい。
原料造粒粉の粒径範囲を制御する方法は、上記のような篩を用いる方法に限定されず、下記(4)の成形工程に供する原料造粒粉が、所望の範囲に制御できればよい。
【0083】
なお、仮焼処理を施した原料混合物においては、粒子同士が結合しているため、造粒処理を行う場合は、造粒処理前に粉砕処理を行うことが好ましい。
【0084】
(4)成形工程
本明細書において、造粒工程で得た原料造粒粉を金型内に充填し、金型内に充填された前記原料造粒粉を成形して成形体を得る工程を成形工程と称する場合がある。
成形工程における成形方法としては、例えば、金型プレス成形が挙げられる。
スパッタリングターゲットとして、焼結密度の高い焼結体を得る場合には、成形工程において金型プレス成形等により予備成形した後に、冷間静水圧プレス(CIP;Cold Isostatic Pressing)成形等によりさらに圧密化することが好ましい。
【0085】
(5)焼結工程
本明細書において、成形工程で得た成形体を、所定の温度範囲内で焼結する工程を焼結工程と称する場合がある。
焼結工程においては、常圧焼結、ホットプレス焼結、または熱間静水圧プレス(HIP;Hot Isostatic Pressing)焼結等の通常行われている焼結方法を用いることができる。
【0086】
焼結温度は、特に制限はないが、1310℃以上、1440℃以下であることが好ましく、1320℃以上、1430℃以下であることがより好ましい。
焼結温度が1310℃以上であれば、充分な焼結密度が得られ、スパッタリングターゲットのバルク抵抗も低くできる。
焼結温度が1440℃以下であれば、焼結時の酸化亜鉛の昇華を抑制できる。
【0087】
焼結工程において、室温から焼結温度に到達するまでの昇温速度は、特に制限はないが、0.1℃/分以上、3℃/分以下とすることが好ましい。
また、昇温の過程において、700℃以上、800℃以下で、温度を1時間以上、10時間以下保持し、所定温度で所定時間保持した後、焼結温度まで昇温してもよい。
【0088】
焼結時間は、焼結温度によって異なるが、1時間以上、50時間以下であることが好ましく、2時間以上、30時間以下であることがより好ましく、3時間以上、20時間以下であることがさらに好ましい。
焼結時の雰囲気としては、例えば、空気あるいは酸素ガスの雰囲気、空気あるいは酸素ガスと還元性ガスとを含んだ雰囲気、又は空気あるいは酸素ガスと不活性ガスとを含んだ雰囲気が挙げられる。還元性ガスとしては、例えば、水素ガス、メタンガス及び一酸化炭素ガス等が挙げられる。不活性ガスとしては、例えば、アルゴンガス及び窒素ガス等が挙げられる。
【0089】
(6)アニーリング工程
本実施形態に係る酸化物焼結体の製造方法において、アニーリング工程は、必須でない。アニーリング工程を実施する場合は、通常、700℃以上、1100℃以下で、1時間以上、5時間以下、温度を保持する。
アニーリング工程は、焼結体を、一旦、冷却した後、再度、昇温しアニーリングしてもよいし、焼結温度から降温する際にアニーリングしてもよい。
アニーリング時の雰囲気としては、例えば、空気あるいは酸素ガスの雰囲気、空気あるいは酸素ガスと還元性ガスとを含んだ雰囲気、又は空気あるいは酸素ガスと不活性ガスとを含んだ雰囲気が挙げられる。還元性ガスとしては、例えば、水素ガス、メタンガス及び一酸化炭素ガス等が挙げられる。不活性ガスとしては、例えば、アルゴンガス及び窒素ガス等が挙げられる。
【0090】
なお、ITZO系とは異なる系統の酸化物焼結体を製造する場合も、前述と同様の工程により製造できる。
【0091】
[スパッタリングターゲットの製造方法]
前述の製造方法によって得た酸化物焼結体を、適当な形状に切削加工し、酸化物焼結体の表面を研削することにより本実施形態に係るスパッタリングターゲットを製造できる。
具体的には、酸化物焼結体をスパッタリング装置への装着に適した形状に切削加工することで、スパッタリングターゲット素材(ターゲット素材と称する場合もある。)を得る。このターゲット素材をバッキングプレートに接着することで、スパッタリングターゲットが得られる。
【0092】
ターゲット素材として用いる本実施形態に係る酸化物焼結体は、表面粗さRzが2.0μm未満であり、1.5μm以下であることが好ましく、1.0μm以下であることがより好ましい。
酸化物焼結体の表面粗さRzを調整する方法としては、例えば、所定の番手以上の砥石を用いて表面を研削する方法が挙げられる。
【0093】
(7)表面研削工程
本明細書において、ターゲット素材として用いる酸化物焼結体の表面を研削加工する工程を表面研削工程と称する場合がある。
本実施形態に係るスパッタリングターゲットの製造方法は、表面研削工程を含む。
酸化物焼結体の表面を最初に研削する砥石(第1砥石)の砥粒粒径は、100μm以下であることが好ましく、80μm以下であることがより好ましい。砥粒粒径は、砥石の番手表記を粒径の表記へ変換した値である。
第1砥石の砥粒粒径が100μm以下であれば、結晶組織が大きな塊として剥離し難くなる。一方、第1砥石の砥粒粒径が100μm以下の場合、研削時間が長くなる可能性があるが、研削対象物の送り速度v(m/min)、第1砥石の周速度V(m/min)、切込み深さt(μm)、第1砥石の砥粒粒径d(μm)を関係式(4)が成り立つ範囲に調整することで、研削時間が長くなることを防止でき、クラック耐性の向上とスパッタリングターゲットの製造効率との両立を図ることができる。
(v/V)1/3×(t)1/6×d<50 …(4)
【0094】
研削対象物の送り速度v(m/min)、第1砥石の周速度V(m/min)、切込み深さt(μm)、第1砥石の砥粒粒径d(μm)は、下記関係式(4A)を満たすことがより好ましく、下記関係式(4B)を満たすことがさらに好ましい。
(v/V)1/3×(t)1/6×d<30 …(4A)
(v/V)1/3×(t)1/6×d<20 …(4B)
【0095】
第2砥石及び第3砥石等の2段階目以降の研削に用いる研削条件についても、上記関係式(4)を満たすことが好ましく、上記関係式(4A)を満たすことがより好ましく、上記関係式(4B)を満たすことがさらに好ましい。
【0096】
本明細書において、砥石の番手を粒度と称する場合がある。
【0097】
なお、本実施形態における表面研削工程においては、第1砥石として、砥粒粒径100μm以下の砥石を用いることが好ましい。第1砥石として、砥粒粒径が100μm以下の粒径の砥石を用いると、結晶組織が大きな塊として剥離することを防止できる。結晶組織が大きな塊として剥離した箇所(穴)は、その後、さらに小さい番手の砥石を用いて長時間研削しても、剥離周辺部分が脆くなり、穴が除去できず、クラック耐性が向上しない。
【0098】
本実施形態に係る表面研削工程は、複数種類の番手の砥石を用いて酸化物焼結体の表面を研削することが好ましい。この場合、第1砥石による研削加工に加えて、第1砥石の砥粒粒径よりも小さい砥粒粒径の砥石を用いて研削加工することが好ましい。
例えば、第1砥石で研削後、第1砥石の砥粒粒径よりも小さい砥石(第2砥石)を用いて、さらに酸化物焼結体の表面を研削し、第2砥石で研削後、第2砥石の砥粒粒径よりも小さい砥石(第3砥石)を用いて、さらに酸化物焼結体の表面を研削する態様が挙げられる。本実施形態に係る表面研削工程は、この態様のように、3段階以上の研削加工を実施することも好ましい。
【0099】
複数段階の研削加工を実施する場合に、各段階で用いる砥石の砥粒粒径の組合せとしては、例えば、以下のような組合せ(P1)~(P4)が挙げられる。
【0100】
<3段階研削加工:第1段階⇒第2段階⇒第3段階>
(P1)80μm⇒40μm⇒20μm
【0101】
<4段階研削加工:第1段階⇒第2段階⇒第3段階⇒第4段階>
(P2)100μm⇒80μm⇒40μm⇒20μm
【0102】
<5段階研削加工:第1段階⇒第2段階⇒第3段階⇒第4段階⇒第5段階>
(P3)100μm⇒80μm⇒60μm⇒40μm⇒20μm
【0103】
<6段階研削加工:第1段階⇒第2段階⇒第3段階⇒第4段階⇒第5段階⇒第6段階>
(P4)100μm⇒80μm⇒60μm⇒40μm⇒30μm⇒20μm
【0104】
本実施形態における表面研削工程において用いる砥石の砥粒粒径は、100μm以下であることが好ましい。砥石の砥粒粒径が100μm以下であれば、スパッタリングターゲット素材の割れを防止できる。
【0105】
本実施形態における表面研削工程において用いる砥石は、ダイヤモンド砥石であることが好ましい。
【0106】
本実施形態に係る表面研削工程後の酸化物焼結体の表面粗さRaは、0.5μm以下であることが好ましい。
スパッタリングターゲット素材の表面粗さRaが0.5μm以下であり、方向性のない研削面を備えていることが好ましい。スパッタリングターゲット素材の表面粗さRaが0.5μm以下であり、方向性のない研削面を備えていれば、異常放電及びパーティクルの発生を防ぐことができる。
焼結体の表面粗さRaを調整する方法としては、例えば、焼結体を平面研削盤で研削する方法が挙げられる。
【0107】
最後に、得られたスパッタリングターゲット素材を清浄処理する。清浄処理の方法としては、例えば、エアーブロー及び流水洗浄等のいずれかの方法が挙げられる。エアーブローで異物を除去する際には、エアーブローのノズルの向い側から集塵機で吸気を行なうことで、より有効に異物を除去できる。
なお、以上のエアーブロー又は流水洗浄による清浄処理に加えて、さらに超音波洗浄等を実施してもよい。超音波洗浄としては、周波数25kHz以上300kHz以下の間で多重発振させて行なう方法が有効である。例えば、周波数25kHz以上300kHz以下の間で、25kHz刻みに12種類の周波数を多重発振させて超音波洗浄を行なう方法が好ましい。
【0108】
スパッタリングターゲット素材の厚みは、通常、2mm以上、20mm以下であり、3mm以上、12mm以下であることが好ましく、4mm以上、9mm以下であることがより好ましく、4mm以上、6mm以下であることがさらに好ましい。
【0109】
前述の工程及び処理を経て得たスパッタリングターゲット素材を、バッキングプレートへボンディングすることによって、スパッタリングターゲットを製造できる。また、複数のスパッタリングターゲット素材を1つのバッキングプレートに取り付け、実質的に1つのスパッタリングターゲット(多分割式スパッタリングターゲット)を製造してもよい。
スパッタリングターゲット素材としての酸化物焼結体は、バッキングプレートにボンディングされるボンディング面と、当該ボンディング面とは反対側の面であって、スパッタリングされるスパッタリング面とを有する。本実施形態においては、表面粗さRzが、2.0μm未満である面をスパッタリング面とし、スパッタリング面とは反対側の面をボンディング面とすることが好ましい。したがって、本実施形態に係るスパッタリングターゲットの製造方法においては、酸化物焼結体のボンディング面側をバッキングプレートにボンディングする。
【0110】
本実施形態に係るスパッタリングターゲットは、酸化物焼結体を含み、当該酸化物焼結体の表面の表面粗さRzが2.0μm未満であるため、クラック耐性が向上したスパッタリングターゲットである。
【0111】
本実施形態に係るスパッタリングターゲットを用いてスパッタリング成膜すれば、クラック耐性が向上しているので、安定して酸化物半導体薄膜を製造できる。
【実施例】
【0112】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。本発明は、実施例に限定されない。
【0113】
(スパッタリングターゲットの製造)
ITZO系酸化物焼結体からなるスパッタリングターゲットを作製した。
【0114】
(実施例1)
まず、原料として原子比(In:25原子%、Sn:15原子%、Zn:60原子%)となるように、以下の粉末を秤量した。
・In原料:純度99.99質量%の酸化インジウム粉末
(平均粒径:0.3μm)
・Sn原料:純度99.99質量%の酸化錫粉末
(平均粒径:1.0μm)
・Zn原料:純度99.99質量%の酸化亜鉛粉末
(平均粒径:3μm)
【0115】
原料として用いた前記酸化物の粉末の平均粒径としてメジアン径D50を採用した。当該平均粒径(メジアン径D50)は、レーザー回折式粒度分布測定装置SALD-300V(株式会社島津製作所製)で測定した。
【0116】
次に、これらの原料に分散剤としてアクリル酸メタクリル酸共重合体アンモニア中和物(三明化成株式会社製、バンスターX754B)、増粘剤としてポリビニルアルコール、及び水を加えて、ビーズミルにて、2時間、混合及び粉砕し、固形分濃度70質量%の造粒用スラリー溶液を得た。得られたスラリー溶液をスプレードライヤーに供給し、回転数12,000回転、熱風温度150℃の条件で造粒して原料造粒粉を得た。
原料造粒粉を200メッシュの篩を通すことで75μmを超える粒径の造粒粉を除去し、次に500メッシュの篩を通すことで25μm未満の造粒粉を除去し、原料造粒粉の粒径を25μm以上、75μm以下の範囲に調整した。
【0117】
次に、この原料造粒粉を内径300mm×600mm×9mmの金型へ均一に充填し、コールドプレス機にて加圧成形した。加圧成形後、冷間等方圧加圧装置(CIP装置)で294MPaの圧力で成形し、成形体を得た。
このようにして得た成形体3枚を、焼結炉にて酸素雰囲気下で780℃まで昇温後、780℃で5時間保持し、さらに1400℃まで昇温し、この焼結温度(1400℃)で20時間保持し、その後、炉冷して酸化物焼結体を得た。なお、昇温速度は2℃/分で行った。
得られた酸化物焼結体3枚をそれぞれ切断、平面研削し、142mm×305mm×5mmtの酸化物焼結体板3枚を得た。このうち1枚を特性評価用に、2枚をG1ターゲット[142mm×610mm(2分割)×5mmt]に用いた。
平面研削は、平面研削盤を用いて、砥石粒径80μmのダイヤモンド砥石を用いて酸化物焼結体を平面研削した。平面研削加工条件は、次の通りである。
平面研削加工条件:
研削対象物の送り速度v :1m/min
砥石周速度V :500m/min
砥石切込み量(切込み深さt):5μm
砥石の砥粒粒径d :80μm
砥石の種類 :ダイヤモンド砥石
【0118】
上記平面研削加工条件で研削後、砥石の砥粒粒径40μmのダイヤモンド砥石、次いで、砥石の砥粒粒径20μmのダイヤモンド砥石と、細かい砥粒粒径の砥石で、順次、上記平面研削加工条件にて研削加工した。
【0119】
(ターゲットの製造)
得られた酸化物焼結体板(142mm×305mm×5mmt)2枚を用い、Cu製のバッキングプレートにボンディングすることで、G1ターゲットを製造した。ボンディングは、平面研削した面をスパッタリング面とし、スパッタリング面とは反対側の面(砥粒粒径130μmの砥石で粗研磨を実施した面)をボンディング面とし、酸化物焼結体板の当該ボンディング面側をバッキングプレートにボンディングした。すべてのターゲットにおいて、ボンディング率は、98%以上であった。酸化物焼結体板をバッキングプレートへボンディングした際には、酸化物焼結体板にクラックは発生せず、スパッタリングターゲットを良好に製造できた。ボンディング率(接合率)は、X線CTにより確認した。
【0120】
(実施例2~6)
実施例2~6に係る酸化物焼結体は、実施例1における研削加工条件を表1に記載の内容に変更したこと以外、実施例1と同様にして製造した。
実施例2~6に係るスパッタリングターゲットは、実施例2~6に係る酸化物焼結体板を用いて実施例1と同様にして製造した。
【0121】
(比較例1~2)
比較例1~2に係る酸化物焼結体は、実施例1における研削加工条件及び砥石の砥粒粒径を表1に記載の内容に変更したこと以外、実施例1と同様にして製造した。
【0122】
(比較例3)
比較例3に係る酸化物焼結体は、実施例1における研削加工条件及び砥石の砥粒粒径を表1に記載の内容に変更したこと以外、実施例1と同様にして製造した。
比較例1~3に係るスパッタリングターゲットは、比較例1~3に係る酸化物焼結体板を用いて実施例1と同様にして製造した。
【0123】
さらに、得られた酸化物焼結体及びスパッタリングターゲットについて以下の特性を測定した。測定結果を表1に示す。
【0124】
(1)表面粗さRz
酸化物焼結体の表面の表面粗さRzは、ターゲット製造に用いた以外の研削加工後の1枚の酸化物焼結体板(142mm×305mm×5mmt)の中央部2cm□(2cm×2cmのサイズ)を切り出し、共焦点レーザー顕微鏡(LSM)(レーザーテック株式会社製、「OPTELICS H1200」)を用い、×100(約2000倍)の対物レンズ倍率で観察した際の断面プロファイルに基づき表面粗さRzを評価した。表面粗さRzのデータは、共焦点レーザー顕微鏡に付属のソフトウェアにて算出した。データ算出は、JIS B 0601:2001及びJIS B 0610:2001に準拠した。表面粗さRzの評価は、酸化物焼結体板の中央部から切り出したサンプルを用いて行ってもよい。
各実施例及び比較例に係る酸化物焼結体の観察位置は、中央部とし、測定方向は、研削方向を研削筋の鉛直方向に合わせて、当該鉛直方向に対して垂直方向として実施した。
【0125】
(2)酸化物焼結体における研削傷の深さ(H)と幅(L)の比
上記表面粗さ算出の断面プロファイルデータにおいて、酸化物焼結体の表面の凹凸と識別する最小高さは、表面粗さRzの30%とする。識別した凹凸のうち、互いに隣接する凸頂点間を一つの研削傷と定義する。凹凸の凸頂点は、凹凸接線傾き(凹凸輪郭曲線に引いた接線と下地平坦面とのなす角度)が0度である地点と定義する。
ここで、深さ(H)が最大の表面粗さRzと一致する研削傷を特定し、そのうち、表面長手方向に対する幅(L)が最小の研削傷において、深さ(H)と幅(L)の比を算出した。
【0126】
平面研削後の実施例1~6及び比較例1~3に係る酸化物焼結体の平面の観察画像を
図5~12、23に示す。なお、
図5~12、23の画像中の破線は、表面粗さを測定した位置を表す。さらに、
図25~33には、平面研削後の実施例1~6及び比較例1~3のそれぞれに係る酸化物焼結体の表面粗さ測定位置の断面プロファイル等も示す。断面プロファイル中の太枠は、比H/Lを算出するための研削傷の深さ(H)及び幅(L)の測定範囲を示す。表2には、表面粗さ測定における始点、終点及び測定結果を示す。
【0127】
平面研削後の実施例1~6及び比較例1~3に係る酸化物焼結体の3D観察画像を
図13~20、24に示す。
【0128】
(3)XRD測定
表面粗さ測定に用いた酸化物焼結体板を用い、X線回折測定装置(XRD)により結晶構造を調べた。その結果、実施例1~6及び比較例1~3に係る酸化物焼結体においては、In
2O
3(ZnO)
m(式中、m=2~7の整数)で表される六方晶層状化合物及び、Zn
2-xSn
1-yIn
x+yO
4[0≦x<2,0≦y<1]で表されるスピネル化合物が存在することを確認した。
図21に、実施例1に係る酸化物焼結体のXRDチャートを示す。
・装置:(株)リガク製Smartlab
・X線:Cu-Kα線(波長1.5418×10
-10m)
・平行ビーム、2θ-θ反射法、連続スキャン(2.0°/分)
・サンプリング間隔:0.02°
・発散スリット(Divergence Slit、DS):1.0mm
・散乱スリット(Scattering Slit、SS):1.0mm
・受光スリット(Receiving Slit、RS):1.0mm
【0129】
表面粗さ及びXRDに用いた残りの酸化物焼結体板を用いて誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-OES、Agilent製)で酸化物焼結体の原子比を分析した。結果は次のとおりである。
Zn/(In+Sn+Zn)=0.60
Sn/(Sn+Zn)=0.20
In/(In+Sn+Zn)=0.25
【0130】
(4)スパッタリング時のクラック耐性
作製したスパッタリングターゲットを用いて、G1スパッタ装置にて、雰囲気ガスが100%Arであり、スパッタ電力が1kWである条件で1時間プレスパッタを行った。ここで、G1スパッタ装置とは、基板サイズが300mm×400mm程度の第1世代の量産用スパッタ装置のことを指す。プレスパッタの後、表3に示す成膜条件の下、各パワーで2時間連続放電を実施し、各パワーでの放電終了後にチャンバー開放し、クラックの有無を目視確認し、パワーを上げ、放電テストを繰り返すことでクラックが発生しなかった最大パワーをクラック耐性として評価した。
クラック耐性は、スパッタリングターゲットに割れが生じない最大限度のスパッタ電力である。各スパッタリングターゲットのクラック耐性の評価結果を表1に示す。また、表面粗さRzとクラック耐性との関係を
図22のグラフに示す。
【0131】
【0132】
【0133】
【0134】
実施例1~6に係る酸化物焼結体を用いたスパッタリングターゲットによれば、クラック耐性に優れることが分かった。酸化物焼結体の表面粗さRzが2μm未満であり、表面粗さが充分に小さかったため、クラック耐性が向上したと考えられる。
比較例1~2に係る酸化物焼結体を用いたスパッタリングターゲットは、スパッタリング時のクラック耐性が実施例1~6よりも劣ることが分かった。比較例1~2に係る酸化物焼結体の表面粗さRzが3μmを越えていることから、研削工程にて結晶組織が剥離した箇所が生じ、クラック耐性が低下したと考えられる。
比較例3に係る酸化物焼結体を用いたスパッタリングターゲットは、スパッタリング時のクラック耐性が実施例1~6よりも劣ることが分かった。比較例3に係る酸化物焼結体の表面粗さRzが2μmを越えていることから、研削工程にて結晶組織が剥離した箇所が生じ、クラック耐性が低下したと考えられる。
【符号の説明】
【0135】
1、1A、1B、1C…酸化物焼結体、3…バッキングプレート。