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特許7457331神経膠腫の治療および予防剤、脳腫瘍の悪性度のマーカーおよび脳腫瘍の予後マーカー、脳腫瘍の悪性度および予後の判定方法並びに腫瘍増殖を抑制する抗体
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-19
(45)【発行日】2024-03-28
(54)【発明の名称】神経膠腫の治療および予防剤、脳腫瘍の悪性度のマーカーおよび脳腫瘍の予後マーカー、脳腫瘍の悪性度および予後の判定方法並びに腫瘍増殖を抑制する抗体
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/395 20060101AFI20240321BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20240321BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240321BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240321BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20240321BHJP
   C07K 16/28 20060101ALI20240321BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20240321BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240321BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20240321BHJP
【FI】
A61K39/395 D
A61K39/395 N
A61K31/7088
A61K45/00
A61P35/00
C12Q1/68
C07K16/28 ZNA
C12N15/113 140Z
G01N33/53 N
G01N33/574 A
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020562556
(86)(22)【出願日】2019-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2019051635
(87)【国際公開番号】W WO2020138503
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2018248465
(32)【優先日】2018-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100207907
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 桃子
(74)【代理人】
【識別番号】100217294
【弁理士】
【氏名又は名称】内山 尚和
(72)【発明者】
【氏名】宮園 浩平
(72)【発明者】
【氏名】田邉 諒
(72)【発明者】
【氏名】森川 真大
(72)【発明者】
【氏名】ヘルディン、カール-ヘンリック
(72)【発明者】
【氏名】ヴェステルマルク、ベンクト
(72)【発明者】
【氏名】玉田 耕治
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-502771(JP,A)
【文献】特表2011-521887(JP,A)
【文献】TORRES-MARTIN, M. et al.,TNF-pathway upregulation in glioblastoma multiforme,Neuro-Oncology,2012年09月01日,14,p.iii48, P.122
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
C07K
C12N
C12Q
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
HVEM阻害剤を有効成分として含んでなる、神経膠腫の治療または予防剤であって、HVEM阻害剤が、HVEMに対する抗体または核酸(但し、アプタマーを除く)である、治療または予防剤
【請求項2】
神経膠腫が、乏突起膠腫、乏突起星細胞腫、星細胞腫および多形性膠芽腫のいずれかである、請求項1に記載の治療または予防剤。
【請求項3】
多形性膠芽腫が、Proneuralサブタイプ、Neuralサブタイプ、ClassicalサブタイプおよびMesenchymalサブタイプのいずれかに属する、請求項2に記載の治療または予防剤。
【請求項4】
神経膠腫がHVEM発現依存性である、請求項1~のいずれか一項に記載の治療または予防剤。
【請求項5】
HVEM発現量が健常な対象のHVEM発現量または正常組織試料のHVEM発現量を上回る対象に投与するための、請求項1~のいずれか一項に記載の治療または予防剤。
【請求項6】
対象の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を含んでなる、脳腫瘍の悪性度の判定を補助する方法であって、前記対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中の当該HVEM発現量を上回る場合に、該生体試料が悪性度の高い腫瘍細胞集団を含むことが示される、方法
【請求項7】
対象の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を含んでなる、脳腫瘍の悪性度の判定を補助する方法であって、前記対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中の当該HVEM発現量を上回る場合に、対象が悪性度の高い脳腫瘍に罹患していることが示される、方法。
【請求項8】
対象の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を含んでなる、脳腫瘍患者の予後の判定を補助する方法であって、前記対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中の当該HVEM発現量を上回る場合に、対象の予後が不良であることが示される、方法
【請求項9】
(xv)配列番号30または31のアミノ酸配列を有するポリペプチドを含んでなる、免疫グロブリン単一可変ドメイン。
【請求項10】
請求項に記載の免疫グロブリン単一可変ドメインを含んでなる、抗体または免疫グロブリン単一可変ドメイン多量体。
【請求項11】
請求項に記載の免疫グロブリン単一可変ドメインまたは請求項10に記載の抗体または多量体をコードするポリヌクレオチド。
【請求項12】
請求項に記載の免疫グロブリン単一可変ドメインまたは請求項10に記載の抗体または多量体を含んでなる、医薬組成物。
【請求項13】
神経膠腫の治療または予防に用いるための、請求項12に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本願は、先行する日本国出願である特願2018-248465(出願日:2018年12月28日)の優先権の利益を享受するものであり、その開示内容全体は引用することにより本明細書の一部とされる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、神経膠腫の治療または予防剤に関する。本発明はまた、脳腫瘍の悪性度のマーカーおよび脳腫瘍の予後マーカーと、脳腫瘍の悪性度の判定方法および予後の判定方法に関する。本発明はまた、腫瘍増殖を抑制する抗体にも関する。
【背景技術】
【0003】
日本国内での原発性脳腫瘍の発生頻度は年間におおよそ2万人(平成22年度の有病率は10万人あたり130.8人)とされており、いわゆる5大脳腫瘍として神経膠腫、髄膜腫、下垂体腺腫、神経鞘腫および頭蓋咽頭腫が知られている。脳腫瘍の治療は、手術による腫瘍の切除が一般的であるが、悪性脳腫瘍の場合は、さらに抗がん剤や放射線治療などを組み合わせた集学的治療が行われる。治療効果は、初めの手術で腫瘍をどれだけ切除し得たかにかかっており、悪性腫瘍の場合には全体の95~98%以上切除しなければ、半分の切除に終わった場合と生命予後にあまり差が無いことが報告されている。また、脳腫瘍のうち悪性脳腫瘍は、高い確率でより悪性度の高い脳腫瘍に移行するといわれている。
【0004】
多形性膠芽腫(Glioblastoma multiforme;以下「GBM」ということがある)は、成人における悪性脳腫瘍の最も一般的かつ最も悪性の形態である。手術、放射線療法および化学療法の進歩にもかかわらず、膠芽腫患者の予後は依然として劣っており、生存期間中央値は15ヶ月未満である。膠芽腫は、The Cancer Genome Atlas(TCGA)データセットによるゲノム異常に基づいて、Proneural、Neural、ClassicalおよびMesenchymalサブタイプに分類される。膠芽腫細胞の高度に増殖する性質は、癌遺伝子および腫瘍抑制遺伝子を含むいくつかのシグナル伝達経路の変化によるものである。
【0005】
骨形成因子(Bone morphogenetic proteins;以下「BMP」という)は、TGF-βスーパーファミリーのメンバーであり、BMP-2、BMP-4およびBMP-7を含むBMPサブファミリーのメンバーは、膠芽腫細胞の分化、細胞周期停止およびアポトーシスを誘導することが報告されている。これまでに、膠芽腫において同定されたBMP標的遺伝子には、細胞内シグナル分子が多く含まれていた(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Savary K et al., Oncogene, 32:5409-5420(2013)
【発明の概要】
【0007】
このような技術的背景のもと本発明者らは、BMP-4が膠芽腫幹細胞(GIC)の増殖停止および分化を誘導することに加え、特定の膠芽腫細胞においてHVEMの発現がBMP-4によって抑制されることを見出した。本発明者らはまた、ヒト成人脳腫瘍のうち多形性膠芽腫においてHVEMの発現が優先的に増加すること、GBMの4つのサブタイプのなかでMesenchymalサブタイプにおいてHVEMの発現が最も高いことを見出した。本発明者らはまた、Mesenchymalサブタイプ細胞培養においてHVEM発現を抑制することにより細胞増殖およびニューロスフェア形成が減弱されること、HVEM発現を抑制したMesenchymalサブタイプ細胞をマウス頭蓋内へ注射した場合、腫瘍形成能が低下し、マウスの生存期間が延長することを見出した。本発明者らはまた、HVEMの過剰発現は細胞培養における膠芽腫細胞の増殖およびニューロスフェア形成を増強し、該細胞の頭蓋内注射によりマウスの生存期間が短くなることを見出した。本発明者らはさらに、HVEMを発現するマウス神経膠腫GL261細胞を頭蓋内に同所移植したマウスに抗マウスHVEM抗体を腹腔内投与すると、腫瘍形成能が低下し、マウスの生存期間が延長することを見出した。本発明者らはまた、GBMにおいて、HVEMのリガンドとしては報告のないAPRILの発現が高い一方、HVEMの既知のリガンドの発現は低いことを見出した。本発明者らはまた、Mesenchymalサブタイプ細胞培養においてAPRIL発現を抑制することにより細胞増殖およびニューロスフェア形成が減弱されることを見出した。本発明者らはまた、HVEM発現細胞とAPRIL発現細胞を共培養することによりAPRILがHVEMへシグナルを伝達することを見出した。本発明者らはさらに、アルパカで作製した抗ヒトHVEM抗体がMesenchymalサブタイプ細胞の増殖を抑制することを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0008】
本発明は、神経膠腫に対する新規な治療または予防剤を提供することを目的とする。本発明はまた、脳腫瘍の悪性度のマーカーおよび脳腫瘍の予後マーカーを提供することを目的とする。本発明はさらに、脳腫瘍の悪性度の判定方法および脳腫瘍患者の予後の判定方法を提供することを目的とする。本発明はさらにまた、腫瘍増殖を抑制する新規な抗体を提供することを目的とする。
【0009】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]HVEM阻害剤を有効成分として含んでなる、神経膠腫の治療または予防剤。
[2]神経膠腫が、乏突起膠腫、乏突起星細胞腫、星細胞腫および多形性膠芽腫のいずれかである、上記[1]に記載の治療または予防剤。
[3]多形性膠芽腫が、Proneuralサブタイプ、Neuralサブタイプ、ClassicalサブタイプおよびMesenchymalサブタイプのいずれかに属する、上記[2]に記載の治療または予防剤。
[4]HVEM阻害剤が、HVEMに対する抗体または核酸である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の治療または予防剤。
[5]HVEMに対する抗体がHVEMとリガンドとの結合を阻害する抗体である、上記[4]に記載の治療または予防剤。
[6]神経膠腫がHVEM発現依存性またはHVEMリガンド依存性である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の治療または予防剤。
[7]リガンドがAPRILである、上記[5]または[6]に記載の治療または予防剤。
[8]HVEM発現量が健常な対象のHVEM発現量または正常組織試料のHVEM発現量を上回る対象に投与するための、上記[1]~[7]のいずれかに記載の治療または予防剤。
[9]HVEMタンパク質またはHVEM遺伝子からなる、脳腫瘍の悪性度のマーカーまたは脳腫瘍の予後マーカー。
[10]対象の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を含んでなる、脳腫瘍の悪性度の判定方法。
[11]前記対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中の当該HVEM発現量を上回る場合に、該生体試料が悪性度の高い腫瘍細胞集団を含むことが示される、上記[10]に記載の判定方法。
[12]前記対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中の当該HVEM発現量を上回る場合に、対象が悪性度の高い脳腫瘍に罹患していることが示される、上記[10]に記載の判定方法。
[13]対象の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を含んでなる、脳腫瘍患者の予後の判定方法。
[14]前記対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中の当該HVEM発現量を上回る場合に、対象の予後が不良であることが示される、上記[13]に記載の判定方法。
[15]80nM未満のEC50値でHVEMと結合し、かつ、腫瘍増殖を抑制する、免疫グロブリン単一可変ドメイン。
[16]相補性決定領域1~3(CDR1、CDR2およびCDR3)を含み、かつ、CDR1、CDR2およびCDR3のアミノ酸配列が下記の(i)、(ii)、(iii)、(iv)、(v)、(vi)または(vii)である、上記[15]に記載の免疫グロブリン単一可変ドメイン
(i)配列番号36で表されるアミノ酸配列を含むCDR1、配列番号37で表されるアミノ酸配列を含むCDR2および配列番号38で表されるアミノ酸配列を含むCDR3;
(ii)配列番号39で表されるアミノ酸配列を含むCDR1、配列番号40で表されるアミノ酸配列を含むCDR2および配列番号41で表されるアミノ酸配列を含むCDR3;
(iii)配列番号42で表されるアミノ酸配列を含むCDR1、配列番号43で表されるアミノ酸配列を含むCDR2および配列番号44で表されるアミノ酸配列を含むCDR3;
(iv)配列番号45で表されるアミノ酸配列を含むCDR1、配列番号46で表されるアミノ酸配列を含むCDR2および配列番号47で表されるアミノ酸配列を含むCDR3;
(v)配列番号48で表されるアミノ酸配列を含むCDR1、配列番号49で表されるアミノ酸配列を含むCDR2および配列番号50で表されるアミノ酸配列を含むCDR3;
(vi)配列番号51で表されるアミノ酸配列を含むCDR1、配列番号52で表されるアミノ酸配列を含むCDR2および配列番号53で表されるアミノ酸配列を含むCDR3;
(vii)配列番号54で表されるアミノ酸配列を含むCDR1、配列番号55で表されるアミノ酸配列を含むCDR2および配列番号56で表されるアミノ酸配列を含むCDR3。
[17]免疫グロブリン単一可変ドメインが、フレームワーク領域(FR1、FR2、FR3およびFR4)を含み、かつ、FR1、FR2、FR3およびFR4のアミノ酸配列が下記(viii)、(ix)、(x)、(xi)、(xii)、(xiii)または(xiv)である、上記[16]に記載の免疫グロブリン可変ドメイン
(viii)配列番号57で表されるアミノ酸配列を含むFR1、配列番号58で表されるアミノ酸配列を含むFR2、配列番号59で表されるアミノ酸配列を含むFR3および配列番号60で表されるアミノ酸配列を含むFR4;
(ix)配列番号61で表されるアミノ酸配列を含むFR1、配列番号62で表されるアミノ酸配列を含むFR2、配列番号63で表されるアミノ酸配列を含むFR3および配列番号64で表されるアミノ酸配列を含むFR4;
(x)配列番号65で表されるアミノ酸配列を含むFR1、配列番号66で表されるアミノ酸配列を含むFR2、配列番号67で表されるアミノ酸配列を含むFR3および配列番号68で表されるアミノ酸配列を含むFR4;
(xi)配列番号69で表されるアミノ酸配列を含むFR1、配列番号70で表されるアミノ酸配列を含むFR2、配列番号71で表されるアミノ酸配列を含むFR3および配列番号72で表されるアミノ酸配列を含むFR4;
(xii)配列番号73で表されるアミノ酸配列を含むFR1、配列番号74で表されるアミノ酸配列を含むFR2、配列番号75で表されるアミノ酸配列を含むFR3および配列番号76で表されるアミノ酸配列を含むFR4;
(xiii)配列番号77で表されるアミノ酸配列を含むFR1、配列番号78で表されるアミノ酸配列を含むFR2、配列番号79で表されるアミノ酸配列を含むFR3および配列番号80で表されるアミノ酸配列を含むFR4;
(xiv)配列番号81で表されるアミノ酸配列を含むFR1、配列番号82で表されるアミノ酸配列を含むFR2、配列番号83で表されるアミノ酸配列を含むFR3および配列番号84で表されるアミノ酸配列を含むFR4。
[18]下記(xv)、(xvi)または(xvii)のポリペプチドを含んでなる、上記[15]に記載の免疫グロブリン可変ドメイン
(xv)配列番号29~35のいずれかのアミノ酸配列を有するポリペプチド;
(xvi)配列番号29~35のいずれかのアミノ酸配列に対して80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、HVEM結合能および腫瘍増殖抑制能を有するポリペプチド;
(xvii)配列番号29~35のいずれかのアミノ酸配列において、1または複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、HVEM結合能および腫瘍増殖抑制能を有するポリペプチド。
[19]上記[15]~[18]のいずれかに記載の免疫グロブリン単一可変ドメインを含んでなる、抗体または免疫グロブリン単一可変ドメイン多量体。
[20]上記[15]~[18]のいずれかに記載の免疫グロブリン単一可変ドメインまたは上記[19]に記載の抗体または多量体をコードするポリヌクレオチド。
[21]上記[15]~[18]のいずれかに記載の免疫グロブリン単一可変ドメインまたは上記[19]に記載の抗体または多量体を含んでなる、医薬組成物。
[22]神経膠腫の治療または予防に用いるための、上記[21]に記載の医薬組成物。
[23]HVEM阻害剤を有効成分として含んでなる、神経膠腫の発症リスクの低減剤および神経膠腫の発症リスクの低減用組成物。
[24]HVEM阻害剤を有効成分として含んでなる、悪性脳腫瘍の治療における予後改善剤および悪性脳腫瘍の治療における予後改善剤用組成物。
[25]有効量のHVEM阻害剤を、それを必要とする対象に投与する工程を含んでなる、神経膠腫の治療または予防方法。
[26]神経膠腫の治療方法であって、上記[10]~[12]のいずれかに記載の脳腫瘍の悪性度の判定方法を実施する工程と、悪性度の高い脳腫瘍に罹患しているか、または罹患している可能性が高いと判定された対象(あるいは神経膠腫に羅患しているか、または羅患している可能性が高いと判定された対象)に、有効量の抗癌剤(特にHVEM阻害剤)を投与する工程を含んでなる、治療方法。
【0010】
上記[1]、上記[23]および上記[24]の用剤を本明細書において「本発明の用剤」と、上記[1]、上記[23]および上記[24]の組成物を本明細書において「本発明の組成物」と、それぞれいうことがある。
【0011】
本発明によれば、脳腫瘍のなかでも比較的発生頻度が高く、治癒が困難な疾患とされる神経膠腫に対する新規な治療または予防剤と、脳腫瘍の悪性度および脳腫瘍患者の予後の判定手段を提供することができる。脳腫瘍のうち神経膠腫(特に多形性膠芽腫)は悪性度が高く、予後が最も悪い悪性腫瘍の一つであり、手術、放射線治療および化学療法により十分な治療効果が得られていないところ、本発明は神経膠腫を含む悪性脳腫瘍に対する新規な治療戦略を提供できる点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1-1】図1aは、例1における、GBM細胞におけるBMPシグナリングの阻害効果を示す図である。GBM細胞(U3024MG、U3031MGおよびU3054MG)の増殖曲線を、30ng/mLの組換えヒトBMP-4の存在下または非存在下で測定した。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;細胞増殖アッセイのための両側unpairedスチューデントt検定)として示される。
図1-2】図1bは、例1における、GBM細胞におけるBMPシグナリングの阻害効果を示す図である。GBM細胞(U3024MG、U3031MGおよびU3054MG)のスフェア形成を、30ng/mLの組換えヒトBMP-4の存在下または非存在下で測定した。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;スフェア形成アッセイのための二元配置分散分析)として示される。
図2図2は、例2における、BMP-4で処理したGBM細胞のHVEMの定量的RT-PCR分析を示す図である。
図3-1】図3aは、例3における、HVEMの発現レベルが悪性脳腫瘍では上昇することを示す図である。TCGAデータセットにおける正常脳および脳腫瘍組織におけるHVEMの発現レベル(**P<0.01、***P<0.001;ボンフェローニ補正を伴う両側クラスカル・ウォリス検定)。
図3-2】図3bは、例3における、HVEMの発現レベルが悪性脳腫瘍では上昇し、脳腫瘍患者の予後と相関することを示す図である。TCGAデータセットにおける脳腫瘍患者のカプランマイヤープロット。低悪性度神経膠腫には、乏突起膠腫、乏突起星細胞腫、および星細胞腫が含まれる。患者はHVEM発現レベルに基づいて等しく2つのグループに分けられた。
図3-3】図3cおよび図3dは、例3における、HVEMの発現レベルが悪性脳腫瘍では上昇し、脳腫瘍患者の予後と相関することを示す図である。(c)TCGAデータセットにおけるGBMサブタイプ間のHVEMの発現レベル(**P<0.01、***P<0.001;ボンフェローニ補正を伴う両側クラスカル・ウォリス検定)。(d)ヒト神経幹細胞(hNSC)およびヒトGBM細胞の4つのサブタイプにおけるHVEMの発現レベルを定量的RT-PCRによって決定した。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復)として示される。GBM細胞は、Affymetrix GeneChip Human Exon 1.0STアレイ(Xie Y et al., EBioMedicine, 2:1351-63(2015))によって得られたデータに従って、4つのGBMサブタイプに分類された。
図4-1】図4aは、例4における、Mesenchymalサブタイプ細胞(U3024MG、U3031MGおよびU3054MG)におけるレンチウイルス媒介shRNAによるHVEMノックダウン時のHVEMの定量的RT-PCR分析を示す図である。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復)として示される。
図4-2】図4bは、例4における、HVEMの遮断により細胞培養においてMesenchymalサブタイプ細胞の増殖が阻害されることを示す図である。HVEMshRNAまたは対照shRNAを発現するMesenchymalサブタイプ細胞の増殖曲線。データは、平均±SD(n=4細胞増殖アッセイのための生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;細胞増殖アッセイについてボンフェローニ補正を伴う両側unpairedスチューデントt検定)として示された。
図4-3】図4cは、例4における、HVEMの遮断により細胞培養においてMesenchymalサブタイプ細胞のニューロスフェア形成が阻害されることを示す図である。HVEMshRNAまたは対照shRNAを発現するMesenchymalサブタイプ細胞のスフェア形成。データは、平均±SD(n=3スフェア形成アッセイのための生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;スフェア形成アッセイについてボンフェローニ補正を伴う二元配置分散分析)として示された。
図4-4】図4dは、例4における、抗ヒトHVEM抗体がMesenchymalサブタイプ細胞の増殖に及ぼす影響を示す図である。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復;*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001;両側unpairedスチューデントまたはウェルチのt検定)として示される。
図5-1】図5aは、例5における、HVEMのサイレンシングが、Mesenchymalサブタイプ細胞のイン・ビボ腫瘍形成活性を弱めることを示す図である。マウス頭蓋内のshRNAおよびホタルルシフェラーゼを発現するMesenchymalサブタイプ細胞のイン・ビボ生物発光イメージングシステムによる画像。マウス頭部に同所移植されたホタルルシフェラーゼ発現GBM細胞からなる腫瘍の発光強度を移植から15週間後に観察した。U3031MG細胞は各8匹のマウスを実験に用いた。マウス頭部において黒く示される領域がGBM細胞からなる腫瘍であり、その中心部の白い領域は発光強度(count per second;cps)が周辺部に比べて高い部分(約8000~38000cps)である。
図5-2】図5aはまた、例5における、HVEMのサイレンシングが、Mesenchymalサブタイプ細胞のイン・ビボ腫瘍形成活性を弱めることを示す図である。マウス頭蓋内のshRNAおよびホタルルシフェラーゼを発現するMesenchymalサブタイプ細胞のイン・ビボ生物発光イメージングシステムによる画像。マウス頭部に同所移植されたホタルルシフェラーゼ発現GBM細胞からなる腫瘍の発光強度を移植から15週間後に観察した。U3054MG細胞は各4匹のマウスを実験に用いた。マウス頭部において黒く示される領域がGBM細胞からなる腫瘍であり、その中心部の白い領域は発光強度(count per second;cps)が周辺部に比べて高い部分(約800~3800cps)である。
図5-3】図5bは、例5における、HVEMのサイレンシングが、Mesenchymalサブタイプ細胞のイン・ビボ腫瘍形成活性を弱めることを示す図である。shRNA発現Mesenchymalサブタイプ細胞由来の腫瘍を有するマウスの生存曲線(U3031MGについては各群n=8、U3054MGについては各群n=4;*P<0.05、***P<0.001;ボンフェローニ補正を伴う両側ログランク検定)。
図6-1】図6aは、例6における、異所性HVEMが、非Mesenchymalサブタイプ細胞の増殖を促進することを示す図である。HVEMまたはEGFP(対照)を発現する非Mesenchymalサブタイプ細胞の増殖曲線。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;両側unpairedスチューデントt検定)として示される。
図6-2】図6bは、例6における、異所性HVEMが、非Mesenchymalサブタイプ細胞のニューロスフェア形成を促進することを示す図である。HVEMまたはEGFP(対照)を発現する非Mesenchymalサブタイプ細胞のスフェア形成。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;両側unpairedスチューデントt検定)として示される。
図7-1】図7aは、例6における、異所性HVEMが、非Mesenchymalサブタイプ細胞のイン・ビボ腫瘍形成活性を増強することを示す図である。マウス頭蓋内に増殖したEGFPまたはHVEMを発現する非Mesenchymalサブタイプ細胞(U3047MG)のイン・ビボ生物発光イメージングシステムによる画像。マウス頭部に同所移植されたホタルルシフェラーゼとEGFPまたはHVEMとを発現する非Mesenchymalサブタイプ細胞からなる腫瘍の発光強度を移植から7週間後に観察した。各6匹のマウスを実験に用いた。マウス頭部において黒く示される領域がGBM細胞からなる腫瘍であり、その内側の白い領域は発光強度が周辺部に比べて高い部分(cps約10000~40000)、さらにその中心部に見える黒い領域は発光強度がさらに高い部分(cps約40000以上)である。
図7-2】図7bは、例6における、EGFPまたはHVEMを発現する非Mesenchymalサブタイプ細胞(U3047MG)由来の腫瘍を有するマウスの生存曲線(群当たりn=6マウス;***P<0.001;両側ログランク検定)。
図8-1】図8aおよびbは、例7における、マウス神経膠腫細胞のイン・ビボでの進行には、HVEMが必要であることを示す図である。(a)マウス神経膠腫GL261細胞株におけるHVEMの発現レベル。GL261細胞をウシ胎児血清含有分化培地または無血清幹細胞培地で培養した。データは平均±SD(n=3生物学的反復;***P<0.001;両側unpairedスチューデントt検定)として示される。(b)C57BL/6Jマウスの脳におけるHVEMまたは対照のshRNAを発現するGL261細胞の頭蓋内増殖。EGFPおよびshRNAをレンチウイルスでGL261細胞に同時に形質導入した。マウス脳組織を、ヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色またはEGFPの生物発光イメージングに供した。
図8-2】図8cは、例7における、マウス神経膠腫細胞のイン・ビボでの進行には、HVEMが必要であることを示す図である。上の図は、マウス膠腫細胞GL261の頭蓋内同所移植から25日後においてヘマトキシリン・エオジン染色をした脳組織を示す。下の図は、抗HVEM抗体投与群と対照におけるGL261由来腫瘍を有するC57BL/6Jマウスの生存曲線(群当たりn=6マウス;**P<0.01;両側ログランク検定)を示す。GL261細胞の頭蓋内注射の5日後に、抗マウスHVEM抗体またはアイソタイプ対照抗体を5日毎にマウスに腹腔内注射した。
図9図9aおよびbは、例8における、脳腫瘍におけるHVEMのリガンドの発現を示す図である。(a)TCGAデータセットの正常な脳組織および脳腫瘍におけるHVEMのリガンドおよびAPRILの発現レベル(*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001、ns:有意ではない(P>0.05);両側クラスカル・ウォリス検定)。(b)サンドイッチELISAによって測定された、HGCCリソースからのhNSCおよびGBM細胞におけるLTA、LIGHTおよびAPRILの発現レベル。
図10-1】図10a、bおよびcは、例9における、shRNAによるAPRILノックダウンの影響を示す図である。(a)Mesenchymalサブタイプ細胞(U3054MG)におけるレンチウイルス媒介shRNAによるAPRILノックダウン時のAPRILの定量的RT-PCR分析を示す図である。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復)として示される。(b)APRILの遮断により細胞培養においてMesenchymalサブタイプ細胞の増殖が阻害されることを示す図である。APRILshRNAまたは対照shRNAを発現するMesenchymalサブタイプ細胞の増殖曲線。データは、平均±SD(n=3細胞増殖アッセイのための生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;両側unpairedスチューデントt検定)として示された。(c)APRILの遮断により細胞培養においてMesenchymalサブタイプ細胞のニューロスフェア形成が阻害されることを示す図である。APRILshRNAまたは対照shRNAを発現するMesenchymalサブタイプ細胞のスフェア形成。データは、平均±SD(n=3スフェア形成アッセイのための生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;両側unpairedスチューデントt検定)として示された。
図10-2】図10dおよびeは、例9における、APRIL阻害の影響を示す図である。(d)抗ヒトAPRIL抗体がMesenchymalサブタイプ細胞の増殖に及ぼす影響を示す図である。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;両側unpairedスチューデントt検定)として示される。(e)抗ヒトAPRIL抗体が非Mesenchymalサブタイプ細胞の増殖に及ぼす影響を示す図である。データは、平均±SD(n=3の生物学的反復)として示される。
図10-3】図10fは、例9における、Mesenchymalサブタイプ細胞におけるAPRILの受容体の発現を示す図である。TCGAデータセットの正常な脳組織および脳腫瘍におけるAPRILの既知のレセプター(BCMA、TACI)およびHVEMの発現レベル(*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001、ns:有意ではない(P>0.05);両側クラスカル・ウォリス検定)。
図11図11は、例10における、APRILがHVEMのシグナルを伝達することを示す図である。(a)HVEMを発現するHEK293T細胞を、可溶性のリガンド(APRIL、LIGHTまたはSALM5)を発現するHEK293T細胞と共培養した。データは、HVEMまたはコントロールベクターを発現するHEK293T細胞におけるNF-κB相対活性の平均±SDとして示される。(b)HVEMまたはコントロールベクターを発現するHEK293T細胞はAPRILまたはSALM5-Fcキメラによって刺激された。データは、NF-κB相対活性の平均±SDとして示される。
図12図12は、例11における、ゲノム編集によるHVEM遺伝子のノックアウト(KO)の影響を示す図である。(a)ヒトHVEM遺伝子ノックアウトにより細胞培養においてMesenchymalサブタイプ細胞の増殖が阻害されることを示す図である。データは、平均±SD(n=4細胞増殖アッセイのための生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;ボンフェローニ補正を伴う両側unpairedスチューデントt検定)として示された。(b)ヒトHVEM遺伝子ノックアウトにより細胞培養においてMesenchymalサブタイプ細胞のニューロスフェア形成が阻害されることを示す図である。データは、平均±SD(n=3細胞増殖アッセイのための生物学的反復;**P<0.01、***P<0.001;ボンフェローニ補正を伴う二元配置分散分析)として示された。(c)マウスHVEM遺伝子(Tnfrsf14)ノックアウトにより細胞培養において細胞増殖が阻害されることを示す図である。データは、平均±SD(n=3;*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001;ボンフェローニ補正を伴う両側unpairedスチューデントt検定)として示された。
図13図13は、例12における、ヒトHVEMタンパク質を抗原としたアルパカ由来のVHH抗体の可変領域のアミノ酸配列を示す図である。CDRは相補性決定領域を、FRはフレームワーク領域を表す。
図14図14は、例12における、抗ヒトHVEM抗体がMesenchymalサブタイプ細胞の増殖に及ぼす影響を示す図である。データは、平均±SD(n=2の生物学的反復)として示される。
【発明の具体的説明】
【0013】
神経膠腫の治療または予防剤
本発明の用剤および組成物は、HVEM阻害剤を有効成分として含んでなるものである。ここで、「HVEM」とはHerpes Virus entry mediatorの略語であり、TNF/NGF受容体スーパーファミリーに属するI型膜貫通タンパク質をいう。HVEMは、TNFRSF14(tumor necrosis factor (TNF) receptor superfamily member 14)、CD270、LIGHTRまたはATARとも呼ばれる。すなわち、本発明における「HVEM」は「HVEM/TNFRSF14」と同義である。
【0014】
HVEMは、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、樹状細胞、造血細胞および非造血細胞(実質細胞)を含む様々な組織並びに細胞上に発現される(Pasero C et al., Curr Opin Pharmacol., 12: 478-485(2012))。LIGHTおよびLTαなどのTNF関連サイトカイン並びにBTLA、CD160およびSALM5などの非TNF関連サイトカインを含む複数のリガンドが、HVEMに結合することが知られている。
【0015】
本発明においては、ヒトHVEM遺伝子は、HGNC:11912で公表された塩基配列を基準とし、マウスHVEM遺伝子は、MGI:2675303で公表された塩基配列を基準とする。本発明においてはまた、ヒトHVEMタンパク質は、GenBank Accession No. NP_003811.2で公表されたアミノ酸配列を基準とし、マウスHVEMタンパク質は、GenBank Accession No. NP_849262.1で公表されたアミノ酸配列を基準とする。本発明においてはさらに、ヒトHVEMのmRNAは、GenBank Accession No. NM_003820.3を基準とし、マウスHVEMのmRNAは、GenBank Accession No. NM_178931.2を基準とする。
【0016】
本発明においてHVEM阻害剤とは、HVEMの発現を阻害する物質およびHVEMの機能を阻害する物質を含む意味で用いられる。HVEMの発現を阻害する物質としては、HVEMに対する核酸(例えば、アンチセンス核酸、siRNA、shRNA、microRNA、gRNA、リボザイム等のHVEMを標的にした核酸)が挙げられる。HVEMの機能を阻害する物質としては、HVEMと相互作用して当該機能を阻害する物質の他、HVEMとリガンドとの結合を阻害する物質等も含まれ、例えば、抗体、アプタマーが挙げられる。
【0017】
ここで、HVEMのリガンドとしてはAPRILが挙げられる。後記実施例に示されるように、APRILからHVEMを経由するシグナル伝達により腫瘍(特に神経膠腫のような悪性度の高い脳腫瘍)の形成促進が確認されたことから、HVEMとAPRILとの結合を阻害する物質を用いることにより、該腫瘍形成を効果的に抑制することができる。ここで、「APRIL」とは「a proliferation-inducing ligand」の略語であり、TNFRSF13(tumor necrosis factor (TNF) receptor superfamily member 13)とも呼ばれる。すなわち、本発明における「APRIL」は「APRIL/TNFRSF13」と同義である。
【0018】
アンチセンス核酸は、標的配列に相補的な核酸である。アンチセンス核酸は、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が形成された部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制等により、標的遺伝子の発現を抑制することができる。
【0019】
HVEMに対するアンチセンス核酸は、例えば、前述のHVEMの遺伝子配列、前述のHVEMのアミノ酸配列をコードする塩基配列および前述のHVEMのmRNA配列から選ばれる一部の塩基配列と相補的な一本鎖核酸をいう。当該核酸は、天然由来の核酸でも人工核酸でもよく、DNAおよびRNAのいずれに基づくものでもよい。アンチセンス核酸の長さは、通常約15塩基からmRNAの全長と同程度の長さであり、約15~約30塩基長が好ましい。アンチセンス核酸の相補性は必ずしも100%である必要はなく、生体内でHVEMをコードするDNAまたはRNAと相補的に結合しうる程度でよい。
【0020】
siRNA(small interfering RNA)は、RNA干渉(mRNAの分解)による遺伝子サイレンシングのために用いられる、人工的に合成された低分子2本鎖RNAであり、当該二本鎖RNAを生体内で供給することのできるsiRNA発現ベクターを含む意味で用いられるものとする。細胞内に導入されたsiRNAは、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断し、これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制することができる。siRNAは、センス鎖およびアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、例えば、適当なアニーリング緩衝液中、90~95℃で約1分程度変性させた後、30~70℃で約1~8時間アニーリングさせることにより調製することができる。siRNAの長さは、19~27塩基対が好ましく、21~25塩基対または21~23塩基対がより好ましい。
【0021】
HVEMに対するsiRNAは、HVEM遺伝子から転写されるmRNAの分解(RNA干渉)を引き起こすようにその塩基配列に基づいて設計することができる。HVEMの発現を阻害するsiRNAとしては、例えば、前述のHVEMのmRNA配列を標的配列とするsiRNAが挙げられる。
【0022】
shRNA(short hairpin RNA)は、RNA干渉(mRNAの分解)による遺伝子サイレンシングのために用いられる、人工的に合成されたヘアピン型のRNA配列である。shRNAは、ベクターによって細胞に導入し、U6プロモーターまたはH1プロモーターで発現させてもよいし、shRNA配列を有するオリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機で合成し、siRNAと同様の方法によりセルフアニーリングさせることによって調製してもよい。細胞内に導入されたshRNAのヘアピン構造は、siRNAへと切断され、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断し、これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制することができる。
【0023】
HVEMに対するshRNAは、HVEM遺伝子から転写されるmRNAの分解(RNA干渉)を引き起こすようにその塩基配列に基づいて設計することができる。HVEMの発現を阻害するshRNAとしては、例えば、前述のHVEMのmRNA配列を標的配列とするshRNAが挙げられる。
【0024】
miRNA(microRNA、マイクロRNA)は、ゲノム上にコードされ、多段階的な生成過程を経て最終的に約20塩基の微小RNAとなる機能性核酸である。miRNAは、機能性のncRNA(non-coding RNA、非コードRNA:タンパク質に翻訳されないRNAの総称)に分類されており、他の遺伝子の発現を調節するという、生命現象において重要な役割を担っている。本発明においては特定の塩基配列を有するmiRNAをベクターによって細胞に導入し、生体に投与することにより、HVEM遺伝子の発現を抑制することができる。
【0025】
gRNA(ガイドRNA)は、ゲノム編集技術に用いられるRNA分子である。ゲノム編集技術において、gRNAは標的配列を特異的に認識し、Cas9タンパク質の標的配列への結合を導き、遺伝子のノックアウトやノックインを可能とする。本発明においてはHVEM遺伝子を標的とするgRNAを生体内に投与することにより、生体内でHVEM遺伝子の発現を抑制することができる。gRNAはsgRNA(シングルガイドRNA)を含む意味で用いられるものとする。ゲノム編集技術におけるgRNAの設計方法は広く知られており、例えば、Benchmarking CRISPR on-target sgRNA design, Yan et al., Brief Bioinform, 15 Feb 2017を参照することにより適宜設計することができる。
【0026】
リボザイムは、触媒活性を有するRNAである。リボザイムには種々の活性を有するものがあるが、RNAを切断する酵素としてのリボザイムの研究により、RNAの部位特異的な切断を目的とするリボザイムの設計が可能となっている。リボザイムは、グループIイントロン型、RNasePに含まれるM1RNA等の400ヌクレオチド以上の大きさのものであってもよく、ハンマーヘッド型、ヘアピン型等と呼ばれる40ヌクレオチド程度のものであってもよい。
【0027】
アプタマーは、核酸アプタマーおよびペプチドアプタマーを含むものである。本発明において用いる核酸アプタマーおよびペプチドアプタマーは、SELEX法(Systematic Evolution of Ligands by Exponential enrichment)やmRNAディスプレイ(mRNA display)法などに代表される、ライブラリー分子と標的分子との複合体を試験管内で形成させた後にアフィニティーを基準に選抜する、試験管内分子進化法を用いて得ることができる。
【0028】
アンチセンス核酸、siRNA、shRNA、miRNA、リボザイムおよび核酸アプタマーは、安定性や活性を向上させるために、種々の化学修飾を含んでいてもよい。例えば、ヌクレアーゼ等の加水分解酵素による分解を防ぐために、リン酸残基を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換してもよい。また、少なくとも一部をペプチド核酸(PNA)等の核酸類似体により構成してもよい。
【0029】
HVEMに対する抗体とは、HVEMに特異的に結合する抗体であって、結合することによりHVEMの機能を阻害する抗体をいう。本発明では、抗体として、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、マウス抗体、ラット抗体、ラクダ抗体、抗体フラグメント(例えば、Fab、Fv、Fab’、F(ab’)、scFv)等のいずれを使用してもよく、これらは当業者であれば公知の手法に従って調製することができる。HVEMに対する抗体は、後述の本発明の免疫グロブリン単一可変ドメイン、本発明の抗体および本発明の免疫グロブリン単一可変ドメイン多量体を用いることができる。
【0030】
HVEMに対する抗体は、HVEMタンパク質またはその一部を抗原として、公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。HVEMタンパク質またはその一部は、公知のタンパク質発現法および精製法によって調製することができる。HVEMタンパク質としては、例えば前述のHVEMの配列情報によって規定されるヒトHVEM等が挙げられるが、これに限定されるものではない。種々の生物由来のHVEMタンパク質を免疫原として用いてもよい。本発明に用いることができるHVEMに対する抗体はまた、ファージ・ディスプレー法(例えば、FEBS Letter, 441:20-24(1998)を参照)を介して作製することもできる。
【0031】
本発明の用剤および組成物は、神経膠腫の治療または予防に用いるためのものである。ここで、「神経膠腫」(glioma)とは、脳実質の神経外胚葉組織から発生した腫瘍の総称であり、原発性頭蓋内腫瘍の30~40%を占め、最も頻度の高い脳腫瘍である。神経膠腫に含まれるものに、乏突起膠腫(oligodendroglioma)、乏突起星細胞腫(oligoastrocytoma)、星細胞腫(astrocytoma)および多形性膠芽腫(glioblastoma multiforme)等がある。「多形性膠芽腫」とは、膠芽腫(glioblastoma)または異型性グリオーマ(anaplastic glioma)とも呼ばれ、主に星細胞由来の未分化細胞からなる神経膠腫である。核の多形性が顕著で、壊死、血管内皮増殖がみられる。多形性膠芽腫は成長が早く、広範に浸潤し、成人の大脳に発生することが多い。多形性膠芽腫は、Proneural、Neural、ClassicalおよびMesenchymalの4つのサブタイプに分類されることが報告された(Verhaak R G et al., Cancer Cell, 17: 98-110(2010))。後記実施例に示される通り、HVEMはMesenchymalサブタイプの多形性膠芽腫において高発現していることから、本発明の用剤および組成物は多形性膠芽腫(特にMesenchymalサブタイプの多形性膠芽腫)の治療および予防に加え、後述のような神経膠腫(特にMesenchymalサブタイプの多形性膠芽腫)の発症リスクの低減に好ましくは用いることができる。
【0032】
後記実施例に示される通り、多形性膠芽腫細胞におけるHVEMの発現やHVEMの機能を阻害することにより、多形性膠芽腫細胞の増殖やニューロスフェア形成を抑制することができた。また、APRILからHVEMを経由するシグナル伝達により神経膠腫のような悪性度の高い脳腫瘍の形成促進が認められた。従って、本発明の有効成分であるHVEM阻害剤は、HVEM発現量が健常な対象のHVEM発現量または正常組織試料のHVEM発現量を上回る対象(例えば、脳腫瘍患者)、特に、脳腫瘍患者のうち脳内においてHVEMを高発現している対象にHVEM阻害剤を投与することができる。また本発明の治療および予防対象は、HVEM発現依存性の神経膠腫またはHVEMリガンド依存性の神経膠腫とすることができる。対象がHVEMを高発現しているか否か、神経膠腫がHVEM依存性であるか否か、神経膠腫がHVEMリガンド依存性であるか否かは、例えば、脳腫瘍患者に対して実施された脳外科手術の際に切除された脳組織について評価することができ、詳細は後述の本発明の判定方法や実施例に記載された手順に従って決定することができる。
【0033】
本発明の用剤および組成物はまた、神経膠腫(特に多形性膠芽腫)の発症リスクがある対象に投与することができ、それにより、神経膠腫の発症リスクを低減することができる。ここで、「神経膠腫の発症リスクがある対象」は、神経膠腫の自覚症状がないか、あるいは神経膠腫の診断がなされていないが、将来において神経膠腫の発症の恐れがある対象を意味し、例えば、神経膠腫と診断されていない脳腫瘍患者や、脳腫瘍組織の切除術を受けた脳腫瘍患者が挙げられる。また、「神経膠腫の発症リスクの低減」は、神経膠腫の発症確率が低減されることを意味し、神経膠腫の発症確率の低減により悪性脳腫瘍の予後改善が図られる。
【0034】
すなわち、本発明の別の面によれば、HVEM阻害剤を有効成分として含んでなる、神経膠腫の発症リスクの低減剤および神経膠腫の発症リスクの低減用組成物が提供されるとともに、HVEM阻害剤を有効成分として含んでなる、悪性脳腫瘍の治療における予後改善剤および悪性脳腫瘍の治療における予後改善剤用組成物が提供される。
【0035】
本発明の用剤および組成物は、医薬品または医薬組成物として提供することができる。本発明の医薬品および医薬組成物は、HVEM阻害剤と、薬学的に許容される担体とを含有してなるものである。本発明の医薬品および医薬組成物には遺伝子治療を目的とした医薬品および医薬組成物も含まれる。このような医薬品および医薬組成物は、アンチセンス核酸、siRNA、shRNA、microRNA、gRNA、リボザイム等のHVEMを標的にした核酸を有効成分として含むものである。
【0036】
本発明の医薬品および医薬組成物は、HVEM阻害剤以外の有効成分を含んでいてもよく、あるいは、HVEM阻害剤以外の有効成分またはそれを含有する医薬品もしくは医薬組成物と併用してもよい。HVEM阻害剤以外の有効成分としては、抗癌剤(特に、悪性脳腫瘍の治療を目的とした抗癌剤)が挙げられる。
【0037】
本発明の有効成分であるHVEM阻害剤を対象に投与する場合、神経膠腫(特に多形性膠芽腫)の治療または予防効果が得られる限り、投与経路は特に限定されるものではないが、非経口投与(例えば、静脈内投与、局所投与(カテーテルを用いた局所投与を含む)、皮下投与、腹腔内投与)が好ましい。
【0038】
非経口投与剤としては、具体的な投与形態に応じて適切な剤形を選択することができ、例えば、注射剤、坐剤が挙げられる。これらの製剤は、当分野で通常行われている手法(例えば、第15改正日本薬局方 製剤総則等に記載の公知の方法)により、薬学上許容される担体を用いて製剤化することができる。薬学上許容される担体としては、賦形剤、結合剤、希釈剤、添加剤、香料、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤、防腐剤等が挙げられる。
【0039】
本発明におけるHVEM阻害剤の投与量は、有効成分の種類や、投与対象の性別、年齢および体重、症状、剤形および投与経路等に依存して決定できる。本発明においてHVEM阻害剤を神経膠腫(特に多形性膠芽腫)の治療または予防を目的として投与する場合の成人1回あたりの投与量は、例えば、0.0001mg~1000mg/kg体重の範囲で決定することができるが、これに限定されるものではない。HVEM阻害剤の成人1日あたりの投与量は、有効成分の種類や、投与対象の性別、年齢および体重、症状、剤形および投与経路等に依存して決定できるが、例えば、上記投与量の有効成分を1日1回でまたは2~4回に分けて投与することができる。本発明の用剤および組成物は、それを必要とするヒトのみならず、ヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、サル)に対しても投与することができる。
【0040】
脳腫瘍の悪性度のマーカーおよび脳腫瘍の予後マーカー
後記実施例に記載される通り、HVEMの高発現が、脳腫瘍、特にMesenchymalサブタイプに属する多形性膠芽腫と相関すること、また、HVEMの高発現が膠芽腫患者の予後不良と相関することが示された。また、HVEMの過剰発現により多形性膠芽腫細胞の増殖、ニューロスフェア形成およびイン・ビボにおける腫瘍増殖がそれぞれ促進されることが確認された。従って、本発明によれば、HVEMタンパク質またはHVEM遺伝子からなる、脳腫瘍の悪性度のマーカーと、HVEMタンパク質またはHVEM遺伝子からなる、脳腫瘍の予後マーカーが提供される。本発明の脳腫瘍の悪性度のマーカーは、脳腫瘍患者における脳腫瘍の悪性度の判定に用いることができ、また、神経膠腫(特に多形性膠芽腫)の判定に用いることができる。本発明の脳腫瘍の予後マーカーは、脳腫瘍治療における脳腫瘍患者の予後の予測または推定に用いることができる。従って、本発明のこれらのマーカーは脳腫瘍の治療方針を決定する際の指標として有用である。
【0041】
本発明のマーカーは、ヒト患者の診断に用いるためには、HVEMタンパク質またはHVEM遺伝子はヒト由来のものであることが好ましい。また、本発明のマーカーにおいて、HVEM遺伝子は、HVEM遺伝子のゲノム配列からなるDNAであってもよく、あるいはHVEM遺伝子のmRNAや、HVEM遺伝子のmRNAを逆転写して得られたcDNAであってもよい。本発明のマーカーは、後述の本発明の脳腫瘍の悪性度の判定方法および本発明の脳腫瘍患者の予後の判定方法に従って実施することができる。
【0042】
脳腫瘍の悪性度および予後の判定方法
本発明の別の面によれば、対象(特に脳腫瘍患者)の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を含んでなる、脳腫瘍の悪性度の判定方法が提供される。
【0043】
本発明において「生体試料」は、生体から分離された試料を意味し、例えば、脳外科手術の際に切除された脳組織が挙げられる。
【0044】
本発明の悪性度の判定方法においては、まず、(A)被験対象の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を実施する。HVEM発現量の測定は、公知の方法によりイン・ビトロにおいて実施することができる。
【0045】
例えば、生体試料中のHVEMの発現量はHVEMタンパク質の発現量に基づいて測定することができる。この場合、HVEMタンパク質の発現量の測定は、HVEMタンパク質に対する特異的結合物質を用いた公知の検出手段により実施することができ、例えば、ELISA、ウエスタンブロット、免疫組織化学染色等により実施することができる。HVEMタンパク質に対する特異的結合物質としては抗体が挙げられ、本発明の用剤および組成物や本発明の抗体について記載されたものを使用することができる。
【0046】
生体試料中のHVEMの発現量はまた、HVEM遺伝子の発現量に基づいて測定することができる。この場合、HVEM遺伝子の発現量の測定は、RT-PCR、定量的RT-PCR、DNAマイクロアレイ解析、ノーザンブロッティング等の公知の方法により実施することができる。HVEM遺伝子の発現量の測定に使用するプローブおよびプライマーセットは、後述の実施例を参照しつつ、前述のHVEM遺伝子の配列情報に基づいて作製することができる。
【0047】
本発明の悪性度の判定方法においては、前記工程(A)で測定されたHVEM発現量に基づいて、生体試料に含まれる腫瘍細胞の悪性度の程度を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、該生体試料が悪性度の高い腫瘍細胞集団(例えば神経膠腫細胞、特に多形性膠芽腫細胞)を含むことが示される。すなわち、本発明の悪性度の判定方法は、(B1)対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、該生体試料が悪性度の高い腫瘍細胞集団を含むと決定する工程をさらに含んでいてもよい。
【0048】
本発明の悪性度の判定方法においてはまた、前記工程(A)で測定されたHVEM発現量に基づいて、生体試料を採取した対象について脳腫瘍の悪性度を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、対象が悪性度の高い脳腫瘍(例えば神経膠腫、特に多形性膠芽腫)に罹患していることが示される。すなわち、本発明の悪性度の判定方法は、(B2)対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、対象が悪性度の高い脳腫瘍に罹患していると決定する工程をさらに含んでいてもよい。
【0049】
本発明においては、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量(カットオフ値)は、事前に複数の健常な対象から採取された生体試料、あるいは事前に複数の対象(脳腫瘍患者を含む)から採取された正常組織でのHVEM発現量を測定して算出した平均値を用いることができ、あるいは、下記式(1)により算出された値を用いることもできる。
カットオフ値=(健常対象の生体試料または正常組織試料のHVEM発現量の平均値)±k×(健常対象の生体試料または正常組織試料のHVEM発現量の標準偏差)・・・式(1)
(上記式中、kは0~3の定数であり、好ましくはk=1~3であり、特に2とすることができる。)
【0050】
本発明の悪性度の判定方法によれば、被験生体試料について神経膠腫細胞のような悪性度の高い腫瘍細胞集団を検出することができる。本発明の悪性度の判定方法によればまた、対象について神経膠腫のような悪性度の高い脳腫瘍を検出することができる。従って、本発明の悪性度の判定方法は、脳腫瘍の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の悪性度の判定方法は、神経膠腫(特に多形性膠芽腫)の診断および/または鑑別に補助的に用いることができ、対象が神経膠腫に罹っているか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。
【0051】
本発明の別の面によれば、対象(特に脳腫瘍患者)の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を含んでなる、脳腫瘍患者の予後の判定方法が提供される。
【0052】
本発明の予後判定方法においては、まず、(C)被験対象の生体試料中のHVEM発現量を測定する工程を実施する。HVEM発現量の測定は、本発明の悪性度の判定方法と同様に実施することができる。
【0053】
本発明の予後判定方法においては、前記工程(C)で測定されたHVEM発現量に基づいて、生体試料を採取した対象について予後を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、対象の予後が不良であることが示される。すなわち、本発明の悪性度の判定方法は、(D)対象の生体試料中のHVEM発現量が、健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、対象の予後が不良であると決定する工程をさらに含んでいてもよい。健常な対象の生体試料中のまたは正常組織試料中のHVEM発現量(カットオフ値)は、事前に複数の健常な対象から採取された生体試料、あるいは事前に複数の対象(脳腫瘍患者を含む)から採取された正常組織でのHVEM発現量を測定して算出した平均値を用いることができ、あるいは、前記式(1)により算出された値を用いることができる。また、本発明の悪性度の判定方法において、予後が不良であるとは、所定期間内の生存率がより低いこと、悪性度が高い脳腫瘍(例えば、神経膠腫、特に多形性膠芽腫)を発症する確率が高いこと等を意味する。
【0054】
本発明の予後判定方法によれば、脳腫瘍治療において脳腫瘍患者の予後を予測または推定することができる。従って、本発明の予後判定方法は、脳腫瘍の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の予後判定方法は、脳腫瘍(例えば、神経膠腫、特に多形性膠芽腫)の治療に補助的に用いることができ、対象の予後が不良か否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。
【0055】
単一可変ドメインおよび抗体
本発明によれば、HVEMと特異的に結合し、かつ、腫瘍細胞の増殖(特に悪性腫瘍細胞の増殖)を抑制する、免疫グロブリン単一可変ドメインが提供される。本発明の単一可変ドメインはHVEMに対して80nM未満のEC50値で結合することができる。
【0056】
本発明の単一可変ドメインは、相補性決定領域1~3(CDR1、CDR2およびCDR3)により特徴付けることができ、CDR1、CDR2およびCDR3は、前記(i)、(ii)、(iii)、(iv)、(v)、(vi)および(vii)からなる群から選択される、CDR1、CDR2およびCDR3の組み合わせにより特定することができる。
【0057】
本発明の単一可変ドメインはまた、フレームワーク領域1~4(FR1、FR2、FR3およびFR4)により特徴付けることができ、FR1、FR2、FR3およびFR4は、前記(viii)、(ix)、(x)、(xi)、(xii)、(xiii)および(xiv)からなる群から選択される、FR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせにより特定することができる。本発明の単一可変ドメインは、相補性決定領域1~3とフレームワーク領域1~4により特定することができ、この場合、本発明の単一可変ドメインは、N末端側からFR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4の順に連結してなるものとすることができる。
【0058】
本発明の単一可変ドメインのCDR1、CDR2およびCDR3が前記(i)の組み合わせである場合にはFR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせは前記(viii)を選択することができる。本発明の単一可変ドメインのCDR1、CDR2およびCDR3が前記(ii)の組み合わせである場合にはFR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせは前記(ix)を選択することができる。本発明の単一可変ドメインのCDR1、CDR2およびCDR3が前記(iii)の組み合わせである場合にはFR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせは前記(x)を選択することができる。本発明の単一可変ドメインのCDR1、CDR2およびCDR3が前記(iv)の組み合わせである場合にはFR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせは前記(xi)を選択することができる。本発明の単一可変ドメインのCDR1、CDR2およびCDR3が前記(v)の組み合わせである場合にはFR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせは前記(xii)を選択することができる。本発明の単一可変ドメインのCDR1、CDR2およびCDR3が前記(vi)の組み合わせである場合にはFR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせは前記(xiii)を選択することができる。本発明の単一可変ドメインのCDR1、CDR2およびCDR3が前記(vii)の組み合わせである場合にはFR1、FR2、FR3およびFR4の組み合わせは前記(xiv)を選択することができる。
【0059】
本発明の単一可変ドメインはまた、実施例で配列決定された単一可変ドメイン(前記(xv)のポリペプチド)により特定することもできるが、本発明においてはこれに加えて前記(xv)のポリペプチドと実質的に同一のポリペプチドも本発明の単一可変ドメインに含まれる。
【0060】
本発明の単一可変ドメインと実質的に同一のポリペプチドの例としては、ヒト化された単一可変ドメインが挙げられる。単一可変ドメインのヒト化方法は公知であり、例えば、天然に存在する単一可変ドメインのアミノ酸配列のフレームワーク領域の配列を、1つ以上の密接に関連したヒト単一可変ドメインのアミノ酸配列の対応するフレームワーク配列と比較することによって、潜在的に有用なヒト化置換を確認し、その後、このようにして決定した潜在的に有用な1個または複数個のヒト化置換を本発明の単一可変ドメインのアミノ酸配列に導入することでヒト化単一可変ドメインを得ることができる。このようにして得られたヒト化単一可変ドメインは、標的に対する親和性、安定性、他の所望の特性について確認試験を行い、適切なヒト化単一可変ドメインのアミノ酸配列を決定することができる。
【0061】
本発明の単一可変ドメインと実質的に同一のポリペプチドは、前記(xvi)および(xvii)から選択されるポリペプチドで表すことができる。
【0062】
前記(xvi)において、「同一性」は「相同性」を含む意味で用いられる。ここで「同一性」は、例えば、比較する配列同士を適切に整列(アライメント)させたときの同一性の程度であり、前記配列間のアミノ酸の正確な一致の出現率(%)を意味する。同一性については、例えば、配列におけるギャップの存在およびアミノ酸の性質が考慮される(Wilbur, Natl. Acad. Sci. U.S.A. 80:726-730(1983))。前記アライメントは、例えば、任意のアルゴリズムの利用により行うことができ、具体的に、BLAST(Basic local alignment search tool)(Altschul et al., J. Mol. Biol. 215:403-410 (1990))、FASTA(Peasron et al., Methods in Enzymology 183:63-69 (1990))、Smith-Waterman(Meth. Enzym., 164, 765 (1988))などの相同性検索ソフトウエアを使用することができる。また、同一性の算出は、例えば、前記のような公知の相同性検索プログラムを用いて行うことができ、例えば、米国国立生物工学情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)において、デフォルトのパラメーターを用いることによって算出することができる。
【0063】
前記(xvi)における同一性は、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上とすることができる。
【0064】
前記(xvii)において、「アミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加された」とは、例えば、部位突然変異誘発法などの公知の方法により生じる程度の数のアミノ酸、または、天然に生じる程度の数のアミノ酸が、欠失、置換、挿入および/または付加によって改変されたことを意味する。前記置換などにより改変されるアミノ酸の個数は、例えば、1~20個、1~15個、1~10個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、または1個である。前記アミノ酸配列において、前記改変は、例えば、連続して生じてもよいし、不連続に生じてもよい。
【0065】
前記(xvii)におけるアミノ酸の挿入としては、例えば、アミノ酸配列の内部への挿入が挙げられる。さらに、前記(xvii)におけるアミノ酸の付加は、例えば、アミノ酸配列のN末端もしくはC末端への付加であっても、N末端およびC末端の両末端への付加であってもよい。
【0066】
前記(xvii)におけるアミノ酸の置換は、アミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が別の種類のアミノ酸残基に置き換えられることを意味する。前記(xvii)におけるアミノ酸の置換は、例えば、保存的置換であってもよい。「保存的置換」は、タンパク質の機能を実質的に改変しないように、1個または複数個のアミノ酸を、別のアミノ酸および/またはアミノ酸誘導体に置換することを意味する。保存的置換において、置換されるアミノ酸と置換後のアミノ酸とは、例えば、性質および/または機能が類似していることが好ましい。具体的には、疎水性および親水性の指標、極性、電荷などの化学的性質、あるいは二次構造などの物理的性質が類似していることが好ましい。このように、性質および/または機能が類似するアミノ酸またはアミノ酸誘導体は、当該技術分野において公知である。例えば、非極性アミノ酸(疎水性アミノ酸)としては、例えば、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性アミノ酸(中性アミノ酸)は、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。陽電荷を有するアミノ酸(塩基性アミノ)酸は、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられ、負電荷を有するアミノ酸(酸性アミノ酸)は、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0067】
前記(xvii)における好ましいアミノ酸の改変としては、一アミノ酸置換、二アミノ酸置換、三アミノ酸置換、四アミノ酸置換、五アミノ酸置換、六アミノ酸置換または七アミノ酸が挙げられ、より好ましくは該置換が保存的置換であるものである。前記(xvii)における好ましいアミノ酸の改変としてはまた、改変がフレームワーク領域1~4に生じているものが挙げられ、より好ましくは改変がフレームワーク領域1~4のみに生じているものである。前記(xvii)における好ましいアミノ酸の改変としてはまた、改変が一アミノ酸置換、二アミノ酸置換、三アミノ酸置換、四アミノ酸置換、五アミノ酸置換、六アミノ酸置換または七アミノ酸であり、かつ、改変がフレームワーク領域1~4に生じているものが挙げられ、より好ましくは改変が一アミノ酸置換、二アミノ酸置換、三アミノ酸置換、四アミノ酸置換、五アミノ酸置換、六アミノ酸置換または七アミノ酸であり、かつ、改変がフレームワーク領域1~4のみに生じているものである。
【0068】
本発明の別の面によれば、本発明の単一可変ドメインを含んでなる、抗体および免疫グロブリン単一可変ドメイン多量体が提供される。このような抗体には可変領域として2本の重鎖のみから構成されるいわゆる重鎖抗体(あるいはVHH抗体)が含まれる。また前記多量体には複数の本発明の単一可変ドメインが互いに直接あるいはリンカーを介して結合してなる複合体が含まれ、このような複合体には本発明の単一可変ドメイン以外の1種または2種以上の任意成分(例えば、生理活性ペプチド、安定化物質)がさらに連結されていてもよい。
【0069】
本発明の単一可変ドメイン、抗体および多量体は、例えば、これらをコードするポリヌクレオチドを宿主において発現させて、発現産物を回収することにより製造することができる。従って、本発明のさらに別の面によれば、本発明の単一可変ドメイン、抗体または多量体をコードするポリヌクレオチドと、本発明のポリヌクレオチドまたは本発明のポリヌクレオチドが作動可能に連結されたベクターが導入されてなる宿主細胞が提供される。「単一可変ドメイン等をコードするポリヌクレオチド」とは、単一可変ドメイン等のアミノ酸配列を元に、遺伝暗号(すなわち、コドン)に基づいて特定することができる。本発明において「ポリヌクレオチド」には、DNAおよびRNAが含まれ、さらには、これらの修飾体や人工核酸が含まれるが、好ましくはDNAである。また、DNAには、cDNA、ゲノムDNAおよび化学合成DNAが含まれる。
【0070】
本発明のポリヌクレオチドは、使用する宿主において発現可能で、かつ、HVEM結合活性を有する単一可変ドメイン等をコードするコドンで構成されたものであれば特に限定されることなく、使用する宿主において発現可能にするため、あるいは、発現量を増加させるためにコドンの最適化を行ってもよい。コドン最適化は、本分野において通常使用されている公知の方法によって行うことができる。
【0071】
本発明の単一可変ドメイン等は、種々の宿主細胞、例えば、細菌細胞、カビ、動物細胞、植物細胞、バキュロウイルス/昆虫細胞または酵母細胞を使用し、これらの細胞内で発現させることができる。本発明の単一可変ドメイン等を発現させるための発現用ベクターは公知であり、各種宿主細胞に適したベクターを用いることができる。
【0072】
宿主において発現させた単一可変ドメイン等を培養菌体または培養細胞から抽出する際には、培養後、公知の方法で菌体または培養細胞を集め、これを適当な緩衝液に懸濁し、超音波、リゾチームおよび/または凍結融解などによって菌体または細胞を破壊したのち、遠心分離や濾過により、可溶性抽出液を取得し、得られた抽出液から、公知の分離・精製法を適切に組み合わせて目的の単一可変ドメイン等を取得することができる。公知の分離、精製法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、SDS-PAGE等の主として分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーなどの電荷の差を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法または等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法などを用いることができる。
【0073】
本発明の単一可変ドメイン、抗体または多量体はHVEM結合活性を有し、かつ、腫瘍増殖を抑制することができる。前述の通り、HVEMの発現を阻害する物質やHVEMの機能を阻害する物質は、神経膠腫の治療または予防に用いることができることから、本発明の単一可変ドメイン、抗体または多量体は医薬組成物の有効成分として用いることができ、特に本発明の用剤および組成物(すなわち神経膠腫の治療剤および予防剤)の有効成分として用いることができる。
【0074】
本発明の他の側面について
本発明の別の面によれば、有効量のHVEM阻害剤を、それを必要とする対象に投与することを含んでなる、神経膠腫の治療または予防方法が提供される。本発明の別の面によればまた、有効量のHVEM阻害剤を、それを必要とする対象に投与することを含んでなる、神経膠腫の発症リスクの低減方法が提供される。本発明の別の面によればまた、有効量のHVEM阻害剤を、それを必要とする対象に投与することを含んでなる、悪性脳腫瘍の治療における予後改善方法が提供される。本発明の方法は、本発明の用剤および組成物に関する記載に従って実施することができる。
【0075】
本発明の別の面によれば、本発明の悪性度の判定方法を実施し、次いで、有効量の抗癌剤(例えば、悪性脳腫瘍の治療を目的とした抗癌剤、好ましくはHVEM阻害剤、特にHVEMとAPRILとの結合を阻害する物質)を、悪性度の高い脳腫瘍に罹患しているか、または罹患している可能性が高いと判定された対象(あるいは神経膠腫に羅患しているか、または羅患している可能性が高いと判定された対象)に投与することを含んでなる、悪性腫瘍または神経膠腫の治療方法が提供される。本発明の方法は、本発明の悪性度の判定方法に関する記載と、本発明の用剤および組成物に関する記載に従って実施することができる。
【0076】
本発明の別の面によれば、神経膠腫の治療または予防剤の製造のための、あるいは、神経膠腫の治療または予防剤としての、HVEM阻害剤の使用が提供される。本発明の別の面によればまた、神経膠腫の発症リスクの低減剤の製造のための、あるいは、神経膠腫の発症リスクの低減剤としての、HVEM阻害剤の使用が提供される。本発明の別の面によればまた、悪性脳腫瘍の治療における予後改善剤の製造のための、あるいは、悪性脳腫瘍の治療における予後改善剤としての、HVEM阻害剤の使用が提供される。本発明の使用は、本発明の用剤および組成物に関する記載に従って実施することができる。
【0077】
本発明の別の面によれば、神経膠腫の治療または予防薬としての、神経膠腫の治療または予防に用いるための、あるいは、本発明の治療または予防方法に用いるための、HVEM阻害剤が提供される。本発明の別の面によればまた、神経膠腫の発症リスクの低減剤としての、神経膠腫の発症リスクの低減に用いるための、あるいは、本発明のリスク低減方法に用いるための、HVEM阻害剤が提供される。本発明の別の面によればまた、悪性脳腫瘍の治療における予後改善剤としての、悪性脳腫瘍の治療における予後改善に用いるための、あるいは、本発明の予後改善方法に用いるための、HVEM阻害剤が提供される。上記のHVEM阻害剤は、本発明の用剤および組成物に関する記載に従って実施することができる。
【0078】
本発明の方法および本発明の使用はヒトを含む哺乳動物における使用であってもよく、治療的使用と非治療的使用のいずれもが意図される。本明細書において、「非治療的」とはヒトを手術、治療または診断する行為(すなわち、ヒトに対する医療行為)を含まないことを意味し、具体的には、医師または医師の指示を受けた者がヒトに対して手術、治療または診断を行う方法を含まないことを意味する。
【実施例
【0079】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0080】
データベース
分子脳のためのリポジトリ新生児データRepository for Molecular Brain Neoplasia Data(REMBRANDT)およびThe Cancer Genome Atlas(TCGA)は、Project Betastasis(http://www.betastasis.com)、TCGAデータポータル(https://tcga-data.nci.nih.gov)およびNIH’s Genome Data Commons(https://api.gdc.cancer.gov)から抽出した。
【0081】
統計解析
統計解析(ウェルチのt検定、スチューデントt検定、二元配置分散分析、クラスカル・ウォリス検定およびログランク検定)は、統計ソフトウェアR(http://www.R-project.org)によって実施した。
【0082】
例1:GBM細胞株の増殖およびニューロスフェア形成に対するBMP-4の阻害効果
(1)ヒト膠芽腫細胞の培養条件
ヒト多形性膠芽腫細胞であるU3024MG、U3031MGおよびU3054MG細胞株をヒト膠芽腫細胞培養物リソース(Human Glioblastoma Cell Culture、http://www.hgcc.se/#、本明細書において単に「HGCC」ということがある)から得て、膠芽腫幹細胞(glioma-initiating cells、本明細書において単に「GIC」ということがある)特性(Xie Y et al., EBioMedicine, 2:1351-63(2015))を維持する条件下で維持した。具体的には、B-27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、N-2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、20ng/mLの上皮成長因子(Epidermal Growth Factor;EGF、PeproTech社製)および塩基性線維芽細胞増殖因子(Fibroblast growth factor-basic;bFGF、PeproTech社製)で富化した、DMEM/F12(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)およびNeurobasal培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)で培養した。
【0083】
(2)BMP-4処理
上記(1)で調製した細胞に、30ng/mLの組換えヒトBMP-4(R&Dシステムズ社製)を添加した。また、対照として該BMP-4を添加しない群を作製した。
【0084】
(3)イン・ビトロ細胞増殖アッセイ
上記(2)で調製した細胞を7日間培養し、イン・ビトロ細胞増殖アッセイを行った。細胞カウントキット-8(ナカライテスク社製)を製造者の指示に従って使用した。マイクロプレートリーダー(Model680、バイオラッド社製)またはEnspire(パーキンエルマー社製)を用いて、450nmおよび595nmでの吸光度を測定することにより細胞数を測定した。
【0085】
(4)スフェア形成アッセイ
上記(2)で調製した細胞を1~100細胞/ウェルの密度で超低付着性マイクロプレート(コーニング社製)上に播種し、7日間培養した。直径が20μm以上の細胞塊をスフェアとみなした。スフェアがないウェルを各条件において計測した。
【0086】
(5)結果
結果は図1に示した通りであった。無血清条件下の細胞増殖アッセイおよびニューロスフェア形成(Lenkiewicz M. et al., Curr Protoc Stem Cell Biol., Chapter 3: Unit3.3 (2009))において、BMP-4はU3024MGおよびU3031MG細胞の増殖を強力に阻害することを見出した。対照的に、BMP-4は、U3054MG細胞の増殖およびスフェア形成を阻害しないことが確認された。
【0087】
例2:BMP-4標的遺伝子の探索
(1)RNA配列分析
ヒト膠芽腫細胞TGS-04を用いてBMP標的遺伝子を同定するためにRNA配列分析を行った(Raja E. et al., Oncogene, 36: 4963-4974 (2017))。RNA配列データにおいてBMP-4刺激により制御される遺伝子の発現量をそのFPKM値(fragments per kilobase of exon per million fragments)に基づいて解析し、FPKM値がBMP-4刺激により1/2以下に抑制される遺伝子を抽出した。さらに抽出された遺伝子の中から膜貫通タンパク質をコードする遺伝子を探索した。その結果、TGS-04細胞においてBMP-4によりHVEMの発現が1/2以下に抑制されることが確認された(データ示さず)。
【0088】
(2)定量的リアルタイム(RT)-PCR分析
例1(2)で調製したGBM細胞(U3024MG細胞またはU3031MG細胞)から、RNeasy Mini Kit(Qiagen社製)を用いて全RNAを抽出し、ヒトHVEMおよびヒトGAPDH(相対発現量の標準化のために使用)の発現を解析した。定量的RT-PCRに使用したプライマーを表1に示す。相補DNAは、PrimeScript II 1st strand cDNA合成キット(Takara Bio社製)を用いて合成した。遺伝子発現レベルを、FastStart Universal SYBR Green Master Mix(Roche社製)を用いてStep One Plus Real-Time PCR Systems(Applied Biosystems社製)で定量した。
【0089】
【表1】
【0090】
結果は図2に示した通りであった。U3024MG細胞およびU3031MG細胞ではBMP-4によりHVEMの発現が強く抑制された。
【0091】
例3:HVEM発現とGBM患者の予後不良との相関関係
国立がん研究所ゲノムデータコモンズ(The National Cancer Institute Genomic Data Commons、本明細書において単に「GDC」ということがある)TCGA脳腫瘍データセットを用いて、下記(1)~(4)の解析を行った。
【0092】
(1)GBMにおけるHVEMの発現
脳腫瘍におけるHVEMの機能を調べるために、GDC TCGAデータセットを用いてHVEMmRNAの発現レベルを解析した。結果は図3aに示される通りであった。正常な脳組織や、乏突起膠腫、乏突起星細胞腫および星細胞腫などの低悪性度神経膠腫組織と比較して、GBMにおいては有意に上昇したHVEMの発現が観察された。正常脳および低悪性度神経膠腫における発現レベル間に有意差は観察されなかった。しかし、星細胞腫では乏突起膠腫や乏突起星細胞腫と比較して有意に上昇したHVEMの発現が観察された。
【0093】
(2)脳腫瘍患者の生存とHVEMの発現
GDC TCGAデータセットを用いて脳腫瘍患者の生存を分析した。結果は図3bに示される通りであった。腫瘍におけるHVEMの発現が低いGBM患者では、HVEMの発現が高い患者と比較して有意に長い生存期間が観察され、同様の結果が低グレードの神経膠腫(Lower Grade Glioma、LGG)、乏突起膠腫、乏突起星細胞腫および星細胞腫の患者においても確認された。
【0094】
(3)GBMサブタイプにおけるHVEMの発現
GBMの4つのサブタイプ(Proneural、Neural、ClassicalおよびMesenchymal、Verhaak et al., Cancer Cell, 17:98-110 (2010)の分類に基づく)におけるHVEMの発現を解析した。結果は図3cに示される通りであった。Mesenchymalサブタイプでは最も高いHVEMの発現が観察されたが、Proneuralサブタイプでは最も低い発現が観察された。
【0095】
(4)GBMサブタイプにおけるHVEMの発現
13の異なるGBM細胞株(HGCCリソースより入手(Xie Y et al., EBioMedicine, 2:1351-63(2015))およびH9 hESC由来ヒト神経幹細胞(hNSC、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)におけるHVEMの発現を定量的RT-PCRにより解析した。なお、hNSCは、StemPro神経サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、EGF(20ng/mL)およびbFGF(20ng/mL)を補充したKnockOut DMEM/F12(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)で培養した。該細胞について、プライマーは表1に記載の配列番号1~4を使用し、例2(2)に記載の方法に従って、RT-PCRを実施した。結果は図3dに示される通りであった。Mesenchymalサブタイプの5株すべてにおいて、HVEMの高発現が見られた。対照的に、Proneural、NeuralおよびClassicalサブタイプのそれぞれにおいて試験された2~3株のうちの1株のみが、増加したHVEMの発現を示し、MesenchymalサブタイプにおけるHVEM発現のレベルは、一般に他のサブタイプよりも高いことが確認された。これらの結果から、特定のヒト脳腫瘍、特にGBMのMesenchymalサブタイプにおいて、HVEM発現が増加し、HVEMの高発現が、膠芽腫患者の予後不良と相関することが示された。
【0096】
例4:HVEMの阻害によるGBM細胞の増殖およびニューロスフェア形成の抑制
【0097】
(1)shRNAによるHVEMの阻害
表2に示すショートヘアピンRNA(shRNA)をコードするDNA配列をpENTR4-H1またはpENTR4-mU6ベクターに挿入した。pENTR4-H1とCS-RfA-CMV-PuroRベクター間、またはpENTR4-mU6とCS-RfA-CGとの間のLR反応をLRクローナーゼ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)によって触媒した。ベクタープラスミドpCAG-HIVgpおよびpCMV-VSV-G-Revを、Lipofectamine 2000(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いてHEK293FT細胞に形質導入した。レンチウイルス粒子をLenti-X concentrator(タカラバイオ社製)で濃縮し、次いで無血清緩衝液で再構成した。
【0098】
【表2】
【0099】
調製した各shRNAを例1(1)に記載の条件で培養しているMesenchymalサブタイプ細胞(U3024MG細胞、U3031MG細胞またはU3054MG細胞)に導入した。次いで、各shRNAを導入したGBM細胞(U3024MG細胞、U3031MG細胞またはU3054MG細胞)におけるHVEM発現を定量的RT-PCRにより解析した。具体的には、プライマーは表1に記載の配列番号1~4を使用し、例2(2)に記載の方法に従ってRT-PCRを実施した。
【0100】
(2)抗体によるHVEMの阻害
ヒトHVEMに対する抗体(MAB356、R&Dシステムズ社製)または対照としてマウスIgG1抗体(MAB002、R&Dシステムズ社製)を用いて、GBM細胞(U3024MG細胞、U3031MG細胞またはU3054MG細胞)表面のHVEMの機能を抑制することによるGBM細胞の増殖を調べた。具体的には、10μg/mLのヒトHVEM抗体またはマウスIgG1アイソタイプ対照抗体を培養液に添加して、GBM細胞を抗ヒトHVEM抗体または対照抗体により処理した。
【0101】
(3)イン・ビトロ細胞増殖アッセイ
上記(1)および(2)で調製した細胞について、例1(3)に記載の方法に従ってイン・ビトロ細胞増殖アッセイを行った。
【0102】
(4)スフェア形成アッセイ
上記(1)で調製した細胞について、例1(4)に記載の方法に従って、スフェア形成アッセイを行った。
【0103】
(5)結果
結果は図4に示される通りであった。shRNAによるHVEMのノックダウンは、3つのMesenchymalサブタイプ細胞株すべての増殖を減弱させた(図4a、b)。また、Mesenchymalサブタイプ細胞のスフェア形成能は、HVEM発現のノックダウンにより強力に抑制された(図4c)。また、抗ヒトHVEM抗体により処理したMesenchymalサブタイプ培養細胞においては、細胞増殖が有意に減弱されることが確認された(図4d)。なお、U3054MG細胞における細胞増殖およびスフェア形成は、BMP-4により阻害されなかった(図1参照)が、HVEMshRNAにより阻害されることが示された。これらの結果から、HVEMがBMP-4以外のシグナル系においてもMesenchymalサブタイプ細胞の細胞増殖およびスフェア形成を促進する作用を有することが示唆された。
【0104】
例5:HVEMのサイレンシングによるGBM細胞のイン・ビボ腫瘍増殖の抑制
(1)GBM細胞におけるshRNAによるHVEMの阻害
ホタルルシフェラーゼ(Luc2、プロメガ社製、以下同様)をpENTR201ベクター(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)にクローニングし、pENTR201-Luc2およびCS-CMV-RfAベクター間の組換えをLRクローナーゼ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)によって触媒した以外は、例4(1)の記載と同様にして、ホタルルシフェラーゼLuc2をMesenchymalサブタイプ細胞(U3031MG細胞またはU3054MG細胞)に導入し、ホタルルシフェラーゼを発現するMesenchymalサブタイプ細胞を調製した。該Mesenchymalサブタイプ細胞に、表2に記載の対照shRNA#1(配列番号5)またはHVEMshRNA#1または#2(配列番号7または8)を例4(1)に記載の方法に従って導入することにより、ホタルルシフェラーゼおよび対照shRNAまたはHVEMshRNAを発現するMesenchymalサブタイプ細胞を調製した。
【0105】
(2)GBM細胞の頭蓋内移植
上記(1)で調製したGBM細胞をヌードマウスに頭蓋内に同所移植することにより、HVEMの腫瘍形成活性を調べた。具体的には、全部で1×10個の生存細胞をBALB/c nu/nuの頭蓋骨の前項から矢状縫合の右方向に2mm、頭蓋骨の表面から3mm下の位置に移植した。ホタルルシフェリン(プロメガ社製)をマウスに腹腔内注射した後、NightOWL LB981 NC100T(Berthold technologies社製)でイン・ビボ生物発光イメージングを行った。東京大学動物倫理委員会の規則に従って、体重が20%以上減少するまで、あるいは片側不全麻痺などの神経学的徴候を示すまでマウスをモニターした。
【0106】
(3)結果
結果は図5に示される通りであった。非標的化対照shRNA#1で処理したU3031MGおよびU3054MG細胞の両方が、細胞の移植後に腫瘍を形成したことがイン・ビボ生物発光イメージングにより示された。対照的に、HVEMshRNA#1または#2で処理された細胞は対照細胞よりも小さな腫瘍を形成し、細胞の移植15週間後にマウスにおいて生物発光シグナルが減少したかあるいは検出されなかった(図5a)。また、GBM細胞におけるHVEM発現のサイレンシングは、対照shRNAを発現するGBM細胞を有するマウスと比較して、マウスの生存期間を延長させることが確認された(図5b)。
【0107】
例6:HVEMの過剰発現によるGBM細胞の細胞増殖、ニューロスフェア形成およびイン・ビボ腫瘍増殖の促進
(1)イン・ビトロにおけるHVEMの過剰発現
改良型緑色蛍光タンパク質(Enhanced Green Fluorescent Protein;EGFP)、HVEMまたはLuc2 cDNAをpENTR201ベクター(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)にクローニングし、pENTR201、CSII-EF-RfAまたはCS-CMV-RfAベクター間の組換えをLRクローナーゼ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)によって触媒した以外は、例4(1)の記載と同様にして、EGFPまたはHVEMを例1(1)に記載の条件で培養しているGBM非Mesenchymalサブタイプ細胞(U3047MG、U3085MGおよびU3017MG細胞)において発現させた。
【0108】
(2)イン・ビトロ細胞増殖アッセイ
上記(1)で調製した細胞について、例1(3)に記載の方法に従ってイン・ビトロ細胞増殖アッセイを行った。
【0109】
(3)スフェア形成アッセイ
上記(1)で調製した細胞について、例1(4)に記載の方法に従って、スフェア形成アッセイを行った。
【0110】
(4)イン・ビボにおけるHVEMの過剰発現
上記(1)で調製したEGFPまたはHVEMを過剰発現するU3047MG細胞について、イン・ビボ腫瘍形成活性を検討した。具体的には、例5(2)に記載の方法に従って、ヌードマウス(BALB/cnu/nu)頭蓋内へ該U3047MG細胞を同所移植し、イン・ビボ生物発光イメージングを行った。
【0111】
(5)結果
結果は、図6および図7に示される通りであった。U3047MG、U3085MGおよびU3017MG細胞は、それぞれGBM細胞のProneural、NeuralおよびClassicalサブタイプであり、Mesenchymalサブタイプ細胞(図3d参照)と比較してHVEMの発現レベルは低い。これらの細胞においてHVEMを過剰発現させた場合、EGFPを導入した対照細胞と比較して細胞の増殖を増加させた(図6a)。さらに、スフェア形成能は、HVEMの過剰発現によって増強された(図6b)。これらの知見から、膠芽腫細胞の幹細胞様特性の維持におけるHVEMの役割が確認された。また、図7において、各マウス間で生物発光シグナルが変化したが、HVEMはイン・ビボで腫瘍増殖を促進し(図7a)、HVEMを発現するU3047MG細胞を移植したマウスでは対照マウスと比較して生存期間が短くなることが確認された(図7b)。
【0112】
例7:HVEM阻害によるマウス神経膠腫細胞の腫瘍形成能の抑制
(1)HVEM発現と血清
マウス神経膠腫細胞株GL261(パーキンエルマー社製)を用いてHVEMの機能を解析した。GL261細胞を10%ウシ胎児血清(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を添加したDMEM(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)培地(ウシ胎児血清含有分化培地)あるいは例1(1)に記載の無血清幹細胞培地で培養した。例2(2)に記載の方法に従って、表3に示すプライマーを使用して定量的RT-PCRを行った。
【0113】
【表3】
【0114】
結果は図8aに示される通りであった。HVEMの発現は、細胞を無血清培地中で増殖させたときに検出されたが、血清存在下では減少した。これらの結果から、血清存在下ではGL261細胞が分化し、HVEM発現が減少することが確認された。
【0115】
(2)HVEMの腫瘍形成活性
表4に示すHVEMshRNA#1または#2(配列番号13または14)あるいは対照shRNA#1(配列番号5)をコードするDNA配列およびEGFP配列を有するベクターを、例4(1)に記載の方法に従って、GL261細胞に導入した。該GL261細胞を、C57BL/6Jマウスへ頭蓋内に同所移植することにより、HVEMの発現を抑制した後のGL261細胞におけるHVEMの腫瘍形成活性を検討した。具体的には、全部で1×10個の生存細胞を頭蓋骨の前項から矢状縫合の右方向に2mm、頭蓋骨の表面から3mm下の位置に移植した。膠芽腫細胞を移植したマウスを、4%パラホルムアルデヒドで経心灌流した。マウスの脳組織を10~20%スクロースで凍結保護し、組織切片のヘマトキシリン・エオジン染色をした。結果は図8bに示される通りであった。対照shRNAで処理されたGL261細胞は、細胞の移植後に腫瘍を形成した(EGFPシグナルが観察された)が、HVEMshRNAで処理したマウス神経膠腫細胞は腫瘍を形成しなかった(図8b)。これらの結果から、神経膠腫細胞においてHVEMの発現を抑制することにより神経膠腫細胞の腫瘍形成活性を抑制できることが確認された。
【0116】
【表4】
【0117】
(3)抗HVEM抗体による生存確率の増加
ホタルルシフェラーゼ(RedFLuc)を発現するGL261細胞(BW134246V、パーキンエルマー社製)を、C57BL/6Jマウスの頭蓋内に同所移植することにより、抗HVEM抗体を用いてHVEMの機能をイン・ビボで調べた。具体的には、上記(2)に記載の方法に従ってGL261細胞を頭蓋内に移植してから5日後に、イン・ビボ生物発光イメージングに基づいて、ホタルルシフェラーゼの発光強度をもとにマウスを均等に2群(抗マウスHVEM抗体群およびアイソタイプ対照IgG1群)に分けた。次いで、GL261細胞を頭蓋内に移植してから5日後に7.5mg/kgの抗マウスHVEMハムスターモノクローナルIgG抗体(LBH1、Xu Y et al., Blood, 109:4097-4104(2007)に従って作製)または対照としてハムスターアイソタイプIgG抗体(I-140、Leinco Technologies社製)を腹腔内注射し、これを5日おきに計5回実施した。結果は図8cに示される通りであった。脳組織におけるヘマトキシリン・エオジン染色により、GL261細胞の移植から25日後の対照群では腫瘍を形成するが、抗マウスHVEM抗体を投与した群では、腫瘍の形成が抑制されることが確認された。対照抗体で処置した群のマウスはすべて35日以内に死亡したが、抗マウスHVEM抗体で処置した群の全てのマウスが45日より長く生存した。これらの結果から、神経膠腫細胞においてHVEMの機能を阻害することにより、神経膠腫細胞の腫瘍形成活性を抑制できること、また、生存期間を延長できることが確認された。
【0118】
例8:HVEMのリガンドのGBMにおける発現
(1)GBMにおけるHVEMのリガンドの発現
脳腫瘍におけるHVEMのリガンドの機能を調べるために、GDC TCGAデータセットを用いてAPRILおよびHVEMの既知のリガンド(LIGHT、LTA、BTLA、CD160、SALM5)のmRNAの発現レベルを解析した。結果は図9aに示される通りであった。正常な脳組織とGBMにおいてAPRILはHVEMの既知リガンドと比較して高発現していることが観察された。
【0119】
(2)GBMサブタイプにおけるHVEMのリガンドの発現
13の異なるGBM細胞株およびH9 hESC由来ヒト神経幹細胞(hNSC)の培養上清中のAPRILおよびHVEMの既知のリガンド(LTA、LIGHT)の量をサンドイッチELISA法で測定した。具体的には、細胞上清中のヒトAPRIL、LTAおよびLIGHTは、以下の試薬を使用したイムノアッセイで定量した:ヒトAPRIL/TNFSF13 DuoSet ELISA(DY884B、R&D Systems社)、ヒトLymphotoxin-alpha/TNF-beta DuoSet ELISA(DY211、R&D Systems社)、ヒトLIGHT/TNFSF14 Quantikine ELISAキット(DLIT00、R&D Systems社)、補助試薬キット2(DY008、R&D Systems社)。450nmおよび570nmの吸光度をModel680マイクロプレートリーダー(Bio-rad社)またはEnspire(Perkin Elmer社)で測定した。結果は、図9bに示される通りであった。LTAとLIGHTの培養上清中の濃度は検出感度以下であった。これに対しAPRILは正常の脳組織(hNSC)および13種類のGBMの全てにおいて50pg/mL以上の濃度で存在すること、GBMでは正常脳組織よりも発現量が高いことが確認された。
【0120】
これらの結果から、既知のHVEMのリガンドでGBMにおいて高発現しているものは見られず、HVEMのリガンドとしては報告されていないAPRILの発現が高いことが明らかとなった。なお、APRILはTNFスーパーファミリーのリガンドであり、APRILのレセプターとしてはBCMA/TNFRSF17とTACI/TNFRSF13Bが知られている。APRILがHVEMに結合してシグナルを伝えるということはこれまで報告されていなかった。
【0121】
例9:APRILの阻害によるGBM細胞の増殖およびニューロスフェア形成の抑制
【0122】
(1)shRNAによるAPRILの阻害
表5に示すショートヘアピンRNA(shRNA)をコードするDNA配列、Mesenchymalサブタイプ細胞(U3054MG細胞)および表6に示すAPRILのプライマーを用いた以外は、例4(1)に記載の方法に従って、shRNAによりAPRILを阻害した(図10a)。
【0123】
【表5】
【0124】
【表6】
【0125】
(2)抗体によるAPRILの阻害
ヒトAPRILに対する抗体(anti-human APRIL/TNFSF13、MAB5860、R&Dシステムズ社製、以下同様)10μg/mLを用いた以外は、例4(2)の記載に従ってGBM細胞表面のAPRILの機能を抑制することによるGBM細胞の増殖を調べた(図10d)。また、ヒトAPRILに対する抗体10μg/mLおよびGBM非Mesenchymalサブタイプ細胞(U3047MG)を用いた以外は、例4(2)の記載に従って非Mesenchymalサブタイプ細胞表面のAPRILの機能を抑制することによる非Mesenchymalサブタイプ細胞の増殖を調べた(図10e)。
【0126】
(3)イン・ビトロ細胞増殖アッセイ
上記(1)および(2)で調製した細胞について、例1(3)に記載の方法に従ってイン・ビトロ細胞増殖アッセイを行った(図10b、図10d、図10e)。
【0127】
(4)スフェア形成アッセイ
上記(1)で調製した細胞について、例1(4)に記載の方法に従って、スフェア形成アッセイを行った(図10c)。
【0128】
(5)GBMにおけるAPRILのレセプターの発現
脳腫瘍におけるHVEMのリガンドの機能を調べるために、GDC TCGAデータセットを用いてHVEMおよびAPRILの既知のレセプター(BCMA/TNFRSF17とTACI/TNFRSF13B)の正常脳組織とGBMにおけるmRNAの発現レベルを解析した(図10f)。
【0129】
(6)結果
結果は図10に示される通りであった。
shRNAによるHVEMのノックダウンは、Mesenchymalサブタイプ細胞株の増殖を減弱させた(図10b)。また、Mesenchymalサブタイプ細胞のスフェア形成能は、APRIL発現のノックダウンにより強力に抑制された(図10c)。また、抗ヒトAPRIL抗体により処理したMesenchymalサブタイプ培養細胞においては、細胞増殖が有意に減弱されることが確認された(図10d)。一方、抗ヒトAPRIL抗体により処理した非Mesenchymalサブタイプ培養細胞(U3047MG)においては、細胞増殖が減弱されなかった(図10e)。U3047MG細胞はHVEMを発現していないがAPRILを発現している細胞株であることから、ヒトAPRIL抗体による細胞増殖の抑制には、脳腫瘍細胞上にHVEMの発現が必要であることが示唆された。また、GBMにおいてAPRILの2つのレセプター(BCMA、TACI)はともにHVEMに比べて発現が極めて低いことが確認されたことから、APRILがGBMにおいてAPRILの既知のレセプターと結合して作用している可能性は低いことが示唆された。これらの結果から、GBMにおけるAPRILの細胞増殖能やスフェア形成能にはHVEMの発現が必要であることが示唆された。
【0130】
例10:HVEMのリガンドとしてのAPRILの作用
(1)HVEMのリガンドの同定
NF-κBの応答配列を有するminimalプロモーターの下流にホタルルシフェラーゼ遺伝子(Luc2、Promega社)を、CMVプロモーターの下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子(hRluc、Promega社)をそれぞれクローニングしたpCS-NF-κB-RE-minP-Luc2-CMV-hRlucを作製した。HEK293T細胞にヒト由来のHVEMをLipofectamine 2000(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、以下同様)を用いて導入した後、NF-κBの応答性のLuc2遺伝子および恒常的に発現するhRluc遺伝子を導入した(HVEM発現細胞)。一方、ヒト由来のLIGHT、APRILおよびSALM5の遺伝子をpENTR4-CMVベクターにクローニングし、pENTR4-CMVとCS-RfA-EF-PuroRの間の組換えをLRクローナーゼ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)によって触媒した。次いで、LIGHT、APRILおよびSALM5をそれぞれ前述とは別のHEK293T細胞にLipofectamine 2000を用いて発現させて、可溶性のリガンドを発現する細胞を作製した(リガンド発現細胞)。対照細胞として、NF-κBのレポーター遺伝子を発現するが、HVEMおよびリガンドのいずれも発現しない細胞を作製した(Empty)。HVEM発現細胞とリガンド発現細胞とを共培養し、HVEM発現細胞におけるNF-κBの活性をDual luciferase reporter assay kit(Promega社、以下同様)を用いて評価した。
【0131】
(2)市販のAPRILとSALM5の作用
上記(1)で作製したHVEM発現細胞をリコンビナントAPRIL(Peprotech社)、リコンビナントhuman IgG1 Fc(Control-Fc,R&Dシステムズ社)またはリコンビナントSALM5-Fc(免疫グロブリンのFc部位とのキメラタンパク、R&Dシステムズ社)で刺激し、HVEM発現細胞におけるNF-κBの活性をDual luciferase reporter assay kitを用いて評価した。
【0132】
(3)結果
結果は、図11に示される通りであった。HVEMのリガンドであるLIGHTやSALM5と同様に、APRILもHVEM発現細胞でシグナルを伝達し、NF-κBシグナルを活性化させることが示された(図11a)。また、APRILは、SALM5-Fcと同様に10~30nM以上の濃度でHVEM発現HEK293T細胞においてシグナルを伝達し、NF-κBシグナルを活性化させることが示された(図11b)。これらの結果から、これまでHVEMのリガンドとしては報告されてこなかったAPRILが、HVEMの既知のリガンド(LIGHT、SALM5)と同様に、HVEMのリガンドとして作用することが示された。また、APRILがSALM5と同程度の濃度で作用することが示された。
【0133】
例11:HVEM遺伝子のCRISPR/Cas9を用いたノックアウトの効果
(1)CRISPR/Cas9システム
表7に示すDNA配列を標的とする、表8に示すgRNAをコードするlentiCRISPR v2ベクターを作製し、Lipofectamine 2000を用いて、hCas9と各gRNAをMesenchymalサブタイプ細胞(U3054MG細胞)またはマウス神経膠腫細胞株GL261(パーキンエルマー社)に導入した。各細胞を限界希釈法でクローニングした。なお、gRNA配列はフリーソフト(CHOP CHOP: http://chopchop.cbu.uib.no/)で選定した。
【0134】
【表7】
【0135】
【表8】
【0136】
(3)イン・ビトロ細胞増殖アッセイ
上記(1)で調製した細胞について、例1(3)に記載の方法に従ってイン・ビトロ細胞増殖アッセイを行った。なお、GL261細胞は例1(1)の記載に従って、無血清幹細胞培地で培養した。
(4)スフェア形成アッセイ
上記(1)で調製した細胞について、例1(4)に記載の方法に従って、スフェア形成アッセイを行った。
【0137】
(5)結果
結果は図12に示される通りであった。CRISPR/Cas9システムによるHVEM遺伝子のノックアウトは、Mesenchymalサブタイプ細胞株の増殖を強力に低下させることが確認された(図12a)。また、Mesenchymalサブタイプ細胞のスフェア形成能は、HVEM遺伝子のノックアウトにより抑制された(図4b)。また、マウス神経膠腫細胞株GL261細胞は無血清で培養するとHVEMの発現が上昇する(例7参照)細胞であり、該細胞においてもマウスHVEM遺伝子のノックアウトにより、細胞増殖が減弱されることが確認された(図12c)。
【0138】
例12:アルパカを用いたHVEM抗体の作製
(1)アルパカにおける抗体作製
ヒトHVEM遺伝子(GenBank Accession No. NM_003820.3あるいはHGNC:11912)を発現させたHEK293T細胞をアルパカの皮下に免疫し、抗ヒトHVEMアルパカVHH抗体を作製した。表9に示すアミノ酸配列を有するVHH抗体を取得した。相補性決定領域(CDR)をKabatの分類法に従って同定した。結果は、図13に示される通りであった。
【0139】
【表9】
【0140】
(2)HVEM抗体の抗原への結合
上記(1)で調製したVHH抗体を用いて、HVEMを発現させたHEK293T細胞膜表面上のHVEMにおいてVHH抗体の検出の有無を測定した。具体的には、HVEMを導入したHEK293T細胞および陰性対照としてHVEMを発現しないHEK293T細胞をそれぞれ1×10細胞/ウェルで播種し、4%パラホルムアルデヒドで固定した後、6×Hisタグが付加されているVHH抗体を反応させた。ホースラディッシュペルオキシダーゼHRPで標識された抗ヒスチジンタグ抗体anti-His-tag mAb-HRP-DirecT(MBL社)を反応させ、ELISA POD Substrate TMB Kit(ナカライテスク社)を用いてHRPと基質の酵素反応を測定した。抗体の濃度に対して得られた効果量データを下記式
効果量=バックグラウンド+最大効果量/(1+10^(ヒル係数×(logEC50-log(抗体濃度))))
に基づいてシグモイド曲線に非線形回帰し,50%効果濃度EC50を求めた。その結果、VHH#1~5のEC50はいずれも80nM未満であった。なお、VHH#6およびVHH#7のクローンはファージ・ディスプレー法を用いた抗体スクリーニングで取得した。
【0141】
(3)VHH抗体の増殖抑制効果
Mesenchymalサブタイプ細胞株(U3054MG細胞)に対して、VHH(I)(VHH#3)およびVHH(II)(VHH#2)を100~300nMの濃度で処理し、U3054MG細胞を37℃、5%CO2の条件で7日間培養した。陰性対照としてPBSで処理した。Cell Count Reagent SF(ナカライテスク社)を用いて細胞増殖を定量し、PBS処理群に対する細胞増殖を計測した。結果は、図14に示される通りであった。VHHで処理した細胞では、増殖が抑制されることが示された。
図1-1】
図1-2】
図2
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図4-1】
図4-2】
図4-3】
図4-4】
図5-1】
図5-2】
図5-3】
図6-1】
図6-2】
図7-1】
図7-2】
図8-1】
図8-2】
図9
図10-1】
図10-2】
図10-3】
図11
図12
図13
図14
【配列表】
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