(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-19
(45)【発行日】2024-03-28
(54)【発明の名称】音響中心位置推定装置、音響中心位置推定方法、プログラム
(51)【国際特許分類】
G01S 7/534 20060101AFI20240321BHJP
G01S 5/18 20060101ALI20240321BHJP
【FI】
G01S7/534
G01S5/18
(21)【出願番号】P 2021036138
(22)【出願日】2021-03-08
【審査請求日】2023-02-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】石川 憲治
(72)【発明者】
【氏名】白木 善史
(72)【発明者】
【氏名】守谷 健弘
(72)【発明者】
【氏名】デニー ハマワント
(72)【発明者】
【氏名】矢田部 浩平
(72)【発明者】
【氏名】及川 靖広
【審査官】山下 雅人
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-085868(JP,A)
【文献】特開昭62-285027(JP,A)
【文献】特開昭61-148327(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0039147(US,A1)
【文献】米国特許第04338821(US,A)
【文献】中国特許出願公開第105092013(CN,A)
【文献】国際公開第2012/127808(WO,A1)
【文献】特開2012-118512(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 3/80- 3/86
G01S 5/18- 5/30
G01S 7/52- 7/64
G01S15/00-15/96
G01H 1/00-17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ω
sを音響トランスデューサに入力する正弦波信号の角周波数とし、
前記音響トランスデューサが発した前記正弦波信号に基づく音による光の位相変化量φ
s(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)から、測定データベクトルD(ただし、測定データベクトルDの要素は測定点における角周波数ω
sの複素振幅であり、測定データベクトルDの長さは測定点の総数に等しい)を生成する測定データベクトル生成部と、
角周波数ω
sの球面波を表す音源モデルから導出される、
音による光の位相変化量の空間分布に関連する関数f(y, z)を用いて、モデルベクトルF(ただし、モデルベクトルFの要素は測定点における関数f(y, z)の値であり、モデルベクトルFの長さは測定点の総数に等しく、モデルベクトルFの要素と対応する測定点の並びは測定データベクトルDの要素と対応する測定点の並びと同一である)を生成するモデルベクトル生成部と、
測定データベクトルDとモデルベクトルFとを用いて定義される所定の最適化問題から導出される前記音源モデルの音源位置を前記音響トランスデューサの音響中心位置とする最適化部と
を含む音響中心位置推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の音響中心位置推定装置であって、
前記最適化問題は、測定データベクトルDとモデルベクトルFの差を最小化するパラメータq=[A, φ
0, Z](ただし、Aは角周波数ω
sの球面波の振幅を表すパラメータ、φ
0は角周波数ω
sの球面波の初期位相を表すパラメータ、Zは前記音源モデルの音源位置を表すパラメータ)を求める問題である
ことを特徴とする音響中心位置推定装置。
【請求項3】
請求項1に記載の音響中心位置推定装置であって、
Arg[V]を複素ベクトルVの要素の偏角を要素とするベクトル(以下、ベクトルVの偏角という)とし、
前記最適化問題は、測定データベクトルDの偏角Arg[D]とモデルベクトルFの偏角Arg[F]の差を最小化するパラメータq’=[φ
0, Z](ただし、φ
0は角周波数ω
sの球面波の初期位相を表すパラメータ、Zは前記音源モデルの音源位置を表すパラメータ)を求める問題である
ことを特徴とする音響中心位置推定装置。
【請求項4】
請求項1に記載の音響中心位置推定装置であって、
関数f(y, z)は、次式で表される
【数8】
(ただし、rは測定点の3次元位置(x, y, z)を表すパラメータ、r
0は前記音源モデルの音源の3次元位置(0, 0, Z)を表すパラメータ、k
s=ω
s/c
sは音の波数、c
sは音速、(x
1, x
2)は測定条件により定まる積分範囲)
ことを特徴とする音響中心位置推定装置。
【請求項5】
請求項1に記載の音響中心位置推定装置であって、
複数の
、前記音響トランスデューサが発した前記正弦波信号に基づく音による光の位相変化量を同期加算することにより、平均化した
、前記音響トランスデューサが発した前記正弦波信号に基づく音による光の位相変化量を生成する測定データ平均化部を含み、
前記測定データベクトル生成部は、前記平均化した
、前記音響トランスデューサが発した前記正弦波信号に基づく音による光の位相変化量から、測定データベクトルDを生成する
ことを特徴とする音響中心位置推定装置。
【請求項6】
ω
sを音響トランスデューサに入力する正弦波信号の角周波数とし、
音響中心位置推定装置が、
前記音響トランスデューサが発した前記正弦波信号に基づく音による光の位相変化量φ
s(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)から、測定データベクトルD(ただし、測定データベクトルDの要素は測定点における角周波数ω
sの複素振幅であり、測定データベクトルDの長さは測定点の総数に等しい)を生成する測定データベクトル生成ステップと、
前記音響中心位置推定装置が、角周波数ω
sの球面波を表す音源モデルから導出される、
音による光の位相変化量の空間分布に関連する関数f(y, z)を用いて、モデルベクトルF(ただし、モデルベクトルFの要素は測定点における関数f(y, z)の値であり、モデルベクトルFの長さは測定点の総数に等しく、モデルベクトルFの要素と対応する測定点の並びは測定データベクトルDの要素と対応する測定点の並びと同一である)を生成するモデルベクトル生成ステップと、
前記音響中心位置推定装置が、測定データベクトルDとモデルベクトルFとを用いて定義される所定の最適化問題から導出される前記音源モデルの音源位置を前記音響トランスデューサの音響中心位置とする最適化ステップと
を含む音響中心位置推定方法。
【請求項7】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の音響中心位置推定装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響トランスデューサの音響中心位置を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
音響中心は、音波を発する音響トランスデューサの発音点または音波を測定する音響トランスデューサの受音点を表す仮想的な点であり、その位置は、音響トランスデューサの振動板に対する相対的な位置として記述される。音響トランスデューサを音源として用いる場合、音響中心は、その点からある周波数の球面波が放射されているとみなすことができる点である。音響中心の位置(以下、単に音響中心位置という)は、一般に音響トランスデューサの振動板の位置とは一致しない。音響中心位置は音響トランスデューサの実質的な位置を表すものであるため、コンデンサマイクロホンの相互校正や音響インテンシティ測定など音響トランスデューサの受音点や発音点の位置が重要となる測定においては、音響中心を考慮する必要がある。
【0003】
従来の技術では、音響中心位置は自由音場中での音場の逆2乗則により推定される(非特許文献1参照)。例えば、音響トランスデューサを音源として用い、音響軸上でのマイクロホンによる音圧測定値から音響中心位置を推定する方法がある。また、2本のコンデンサマイクロホン間の伝達関数の測定により、音響中心位置を推定する方法もある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Finn Jacobsen, Salvador Barrera Figueroa, and Knud Rasmussen, “A note on the concept of acoustic center,”, JournalJournal of the Acoustical Society of America, vol.115, pp.1468-1473, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前者の方法では、自由音場を仮定して数点でのマイクロホンによる音圧測定値から音響中心位置を推定するため、測定を行う無響室の不完全さによって大きな不確かさを生じる、測定のために質の高い無響室が必要であり設備コストの負担が大きいなどの課題がある。一方、後者の方法では、測定室の壁面からの微小な反射音が伝達関数測定の精度を低下させてしまうという課題がある。つまり、従来の技術では、精度よく音響トランスデューサの音響中心位置を推定することが困難であるという問題がある。
【0006】
そこで本発明では、高精度に音響トランスデューサの音響中心位置を推定する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、ωsを音響トランスデューサに入力する正弦波信号の角周波数とし、測定データである音による光の位相変化量φs(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)から、測定データベクトルD(ただし、測定データベクトルDの要素は測定点における角周波数ωsの複素振幅であり、測定データベクトルDの長さは測定点の総数に等しい)を生成する測定データベクトル生成部と、角周波数ωsの球面波を表す音源モデルから導出される、測定データの空間分布に関連する関数f(y, z)を用いて、モデルベクトルF(ただし、モデルベクトルFの要素は測定点における関数f(y, z)の値であり、モデルベクトルFの長さは測定点の総数に等しく、モデルベクトルFの要素と対応する測定点の並びは測定データベクトルDの要素と対応する測定点の並びと同一である)を生成するモデルベクトル生成部と、測定データベクトルDとモデルベクトルFとを用いて定義される所定の最適化問題から導出される前記音源モデルの音源位置を前記音響トランスデューサの音響中心位置とする最適化部とを含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高精度に音響トランスデューサの音響中心位置を推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】音場測定装置800の構成の一例を示す図である。
【
図2】音場測定装置900の構成の一例を示す図である。
【
図3】音響中心位置推定装置100の構成の一例を示すブロック図である。
【
図4】音響中心位置推定装置100の動作の一例を示すフローチャートである。
【
図5】音響中心位置推定装置200の構成の一例を示すブロック図である。
【
図6】音響中心位置推定装置200の動作の一例を示すフローチャートである。
【
図7】本発明の実施形態における各装置を実現するコンピュータの機能構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、同じ機能を有する構成部には同じ番号を付し、重複説明を省略する。
【0011】
各実施形態の説明に先立って、この明細書における表記方法について説明する。
【0012】
^(キャレット)は上付き添字を表す。例えば、xy^zはyzがxに対する上付き添字であり、xy^zはyzがxに対する下付き添字であることを表す。また、_(アンダースコア)は下付き添字を表す。例えば、xy_zはyzがxに対する上付き添字であり、xy_zはyzがxに対する下付き添字であることを表す。
【0013】
ある文字xに対する^xや~xのような上付き添え字の”^”や”~”は、本来”x”の真上に記載されるべきであるが、明細書の記載表記の制約上、^xや~xと記載しているものである。
【0014】
<技術的背景>
本発明の実施形態では、光による音場測定技術を用いて測定した音響トランスデューサの放射音場の測定データを処理することにより、音響中心位置を推定する。光による音場測定技術は、非接触かつ高い空間分解能で音場を測定することができるため、音場の時空間的な分布を測定したデータを得ることが可能である。そして、音響中心は音場を球面波とみなしたときの球面の中心であるから、上記測定したデータを用いて球面波の中心位置を推定することにより、音響中心位置を推定する。
【0015】
(1:光による音場測定技術)
まず、音響光学効果と呼ばれる音による媒質の屈折率変化を利用した音場測定法について説明する。音響光学効果によると、音による光の位相変化量φ
s(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)は、次式により表される。
【数1】
ただし、kは光の波数、n
0は定常状態の空気屈折率、p
0は定常状態の大気圧、γは空気の比熱比である。式(1)の積分は光の伝搬経路(以下、光路と呼ぶ)に沿った音圧pの線積分を表しており、ここでは光路をx軸と平行となるように定義している。また、積分範囲(x
1, x
2)は測定時の物理的条件により定まるものである。なお、k, n
0, p
0, γも測定時の物理的条件から定まる定数である。
【0016】
この式(1)を用いると、音圧の線積分値d(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)は、次式により表される。
【数2】
式(2)からわかるように、光による音場測定に基づいて音響中心位置を推定する問題は、音圧の線積分値の時空間分布から球面波の中心位置を求める問題に帰着する。
【0017】
次に、光を用いて音場を測定する音場測定装置の具体的構成例について説明する。
【0018】
図1は、カメラを用いて音場を測定する音場測定装置800の構成の一例を示す図である。
図1に示すように音場測定装置800は、信号発生器810と、音響トランスデューサ820と、光源830と、位相光量変換器840と、カメラ850とを含む。なお、光源830と、位相光量変換器840と、カメラ850とを含む構成部を光測定装置ともいう。
【0019】
以下、音場測定装置800の動作について説明する。まず、信号発生器810が生成した、所定の周波数fsの正弦波信号を音響トランスデューサ820に入力し、音場を生成する。次に、光源830は光を放射する。光源830から放射された光は、音場を透過することにより、音による位相変調を受ける。音による位相変調を受けた光は、位相光量変換部840に入力され、位相光量変換部840により当該位相変調の量に依存した光量変化を生じる。カメラ850は、この変化した光量の分布を動画像として撮影する。撮影された2次元音場の動画像、すなわち、2次元の空間と1次元の時間とからなる3次元測定データから音による光の位相変化量φs(y, z, t)を得ることができる。ただし、光源830とカメラ850を結ぶ直線がx軸、当該直線に垂直な平面がy軸とz軸を含む平面となるように座標を設定している。
【0020】
音場測定装置800の構成には、例えば、ホモダイン干渉計、ヘテロダイン干渉計、位相シフト干渉計、スペックル干渉計を用いることができる。また、シュリーレン法、シャドウグラフ法、位相コントラスト法、デジタルホログラフィなどを用いた装置を用いることもできる。
【0021】
図2は、光検出器を用いて音場を測定する音場測定装置900の構成の一例を示す図である。
図2に示すように音場測定装置900は、信号発生器810と、音響トランスデューサ820と、位置制御部920と、光源830と、位相光量変換器840と、光検出器950とを含む。音場測定装置900は、カメラ850の代わりに、位置制御部920と光検出器950とを含む点において、音場測定装置800と異なる。位置制御部920は、音響トランスデューサ820の位置を制御することにより、光源830と音響トランスデューサ820の相対的位置関係を変化させるものである。なお、光源830と、位相光量変換器840と、光検出器950とを含む構成部を光測定装置ともいう。
【0022】
以下、音場測定装置900の動作について説明する。まず、位置制御部920が音響トランスデューサ820の位置を制御することにより、光源830と音響トランスデューサ820をある位置関係に設置する。次に、音場測定装置900は、音場測定装置800と同様、音による位相変調を受けた光を生成する。音による位相変調を受けた光は、位相光量変換部840に入力され、位相光量変換部840により当該位相変調の量に依存した光量変化を生じる。そして、光検出器950は、光量変化を測定する。なお、光検出器950は、単一チャネルの光検出器、複数チャネルの光検出器のいずれであってもよい。音場測定装置900は、位置制御部920を用いて、光源830と音響トランスデューサ820の位置関係を変化させ、光量変化の測定を繰り返し実行する。音場測定装置900がすべての測定点に対する測定を実行することにより、2次元の空間と1次元の時間とからなる3次元測定データが得られる。当該測定データは、音場測定装置800が得た測定データと同じものであり、音による光の位相変化量φs(y, z, t)を得ることができる。
【0023】
なお、上記説明では、位置制御部920を用いて音響トランスデューサ820の位置を制御することにより、光源830と音響トランスデューサ820の相対的位置関係を変化させるようにしたが、音響トランスデューサ820の位置を制御する代わりに、光源830の位置を制御することや、音響トランスデューサ820の位置と光源830の位置の両方を制御することにより、光源830と音響トランスデューサ820の相対的位置関係を変化させるようにしてもよい。なお、光源830の位置を制御する際、必要に応じて、位相光量変換器840と光検出器950の位置も制御する。
【0024】
図2の音場測定装置900の構成には、音場測定装置800で用いた干渉計や装置のほか、レーザドプラ振動計、フィードバック干渉計、光波マイクロホンなどを用いることもできる。
【0025】
(2:音響中心位置推定方法)
ここでは、光による音場測定技術を用いて得られた測定データ、つまり、音による光の位相変化量φs(y, z, t)を用いて音響トランスデューサの音響中心位置を推定する方法について説明する。
【0026】
<<ステップ1:測定データベクトルDの生成>>
まず、測定データである位相変化量φs(y, z, t)から測定データベクトルDを生成する。具体的には、以下の手順で生成する。まず、光量測定値の単位を変換する。つまり、位相変化量φs(y, z, t)から、式(2)を用いて音圧の線積分値d(y, z, t)を得る。その際、必要に応じて測定データを同期加算、つまり、平均化してもよい。次に、音圧の線積分値d(y, z, t)を測定点の位置(y, z)ごとに時間方向フーリエ変換を行うことにより、各測定点の周波数スペクトルを得る。各測定点の周波数スペクトルから音響トランスデューサに入力した正弦波信号の角周波数ωs(ωs=2πfs)の成分を抜き出し、2次元複素数配列d(y,z)を生成する。2次元複素数配列d(y,z)をベクトル化することにより、測定データベクトルDを生成する。ここで、測定データベクトルDの要素は、当該要素が対応する測定点における角周波数ωsの複素振幅であり、測定データベクトルDの長さ(つまり、要素の数)は、測定点の総数と等しい。
【0027】
<<ステップ2:モデルベクトルFの生成>>
次に、所定の音源モデルを用いて、モデルベクトルFを生成する。音響中心は球面波の中心であるので、音源モデルとして球面波を考える。ここで、座標の原点は相対的なものであるので、任意に選ぶことができる。そこで、簡単のために測定点のうち代表的な点を原点とし、音響中心がz軸上に位置する場合を考える。位置r
0=(0, 0, Z)にある音源が生成する角周波数ω
sの球面波音場p(r, ω
s)(ただし、rは測定点の3次元位置(x, y, z)を表すパラメータである)は次式により表される。
【数3】
ただし、k
s=ω
s/c
sは音の波数、c
sは音速、Aは角周波数ω
sの球面波の振幅、φ
0は角周波数ω
sの球面波の初期位相である。
【0028】
式(1)と式(3)を用い、時間に関する項を省略することにより、測定データの空間分布に関連する関数f(y, z)が次式により得られる。
【数4】
この式(4)を用いて、各測定点における関数f(y, z)の値を計算し、関数値f(y, z)をベクトル化することにより、モデルベクトルFを生成する。ここで、モデルベクトルFの長さは、測定点の総数と等しい。したがって、モデルベクトルFの長さと測定データベクトルDの長さは等しい。また、モデルベクトルFの要素と対応する測定点の並びは、測定データベクトルDの要素と対応する測定点の並びと同一になるようにする。
【0029】
なお、測定データベクトルDとモデルベクトルFの生成に必要な測定時の物理的条件は、予め測定しておく。測定時の物理的条件として、例えば、音響トランスデューサに入力する正弦波信号の角周波数ωs、光の波数k、定常状態の空気屈折率n0、定常状態の大気圧p0、空気の比熱比γ、音速cs、積分範囲(x1, x2)がある。
【0030】
また、測定点の位置(y, z)の取りうる値も測定時の条件で定まるものである。
【0031】
<<ステップ3:音響中心位置の推定>>
最後に、測定データベクトルDとモデルベクトルFから音響中心位置を推定する。ここでは、測定データベクトルDとモデルベクトルFの差を最小化するパラメータq=[A, φ
0, Z](ただし、Aは角周波数ω
sの球面波の振幅を表すパラメータ、φ
0は角周波数ω
sの球面波の初期位相を表すパラメータ、Zは音源モデルの音源位置を表すパラメータ)を求める非線形最適化問題として定式化し、音響中心位置を推定する。
【数5】
式(5)の非線形最適化問題を解くことにより、音源位置Zを得る。この音源位置Zが音響トランスデューサの音響中心位置である。なお、式(5)の2-ノルムの代わりに、1-ノルム、フーバー関数、ダイバージェンスなどの差異を計るための任意の実数値関数を用いることができる。
【0032】
また、座標の原点と音響トランスデューサの振動板間の幾何学的距離をZ
geoとすると、音響トランスデューサの音響中心Z
acは次式により表される。
【数6】
ただし、ここでは、音響トランスデューサの振動板から測定点に向かう方向をZ
acが正の値となる方向としている。
【0033】
式(5)の非線形最適化問題を解く際のパラメータqの初期値は以下のようにするとよい。振幅を表すパラメータAについては、例えば、A=1とするとよい。これは、測定点における音圧は音響中心の音圧と遠くない値が望ましいことや、音響トランスデューサがスピーカである場合再生音の振幅が一般的に数パスカルであることに基づく。初期位相を表すパラメータφ0については、0から2πまでの間の任意の数とすることができる。例えば、φ0=0とするとよい。音源位置を表すパラメータZについては、例えば、Z=Zgeoとするとよい。これは、音源位置が音響トランスデューサの近傍に位置することに基づく。
【0034】
(変形例)
測定データから求めた振幅Aに大きい雑音が含まれると考えられる場合は、位相のみを用いて音響中心位置を推定するとよい。この場合、式(5)の非線形最適化問題は、次式で表されるパラメータq’=[φ
0, Z]を求める非線形最適化問題となる。
【数7】
ただし、Arg[V]は複素ベクトルVの要素の偏角を要素とするベクトル(以下、ベクトルVの偏角という)を表す。
【0035】
パラメータq’=[φ0, Z]は振幅Aを含まないため、式(7)の非線形最適化問題は、雑音の影響を受けることがなく、精度よく音響中心位置を推定することが可能となる。
【0036】
上記説明した方法を用いると、光による音場測定の非接触性、高空間分解能性によって音の波面を非常に高密度で測定することができるため、球面波の中心という音響中心の定義により忠実な方法で音響中心位置を推定することが可能となる。
【0037】
また、測定環境や雑音に頑健な方法で音響中心位置を推定することが可能となる。具体的には、音の波長よりも十分に細かい間隔で音場を測定することで、音の振幅だけでなく位相を用いることができるため、測定環境の不完全さの要因に頑健である。また、従来の数点でのマイクロホンによる音圧測定値から音響中心位置を推定する方法に比べて、多数の点から音響中心位置を推定するため、雑音に対しても頑健である。
【0038】
さらに、従来の方法では、測定用マイクロホンの音響中心も考慮する必要があったが、上記説明した方法では、測定にマイクロホンを用いないため、マイクロホンの音響中心による影響や伝達関数測定の不確かさを除去することができる。また、従来の方法では、測定用マイクロホンの設置による影響が大きくなる音響トランスデューサと近距離の場での測定は困難であったが、上記説明した方法では、音響トランスデューサと極近距離の場での測定が可能となる。これにより、測定のS/N比が向上するほか、これまで精度よく推定することが困難であった近距離場での音響中心位置の推定が可能となる。これは、音響トランスデューサを近接して使用する事例、例えばマイクロホンの自由音場相互校正における不確かさを低減させる。
【0039】
<第1実施形態>
音響中心位置推定装置100は、音場測定装置800/900が出力する測定データである音による光の位相変化量φs(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)を入力とし、音場測定装置800/900に含まれる音響トランスデューサ820の音響中心位置を推定する。ここで、測定点は、<技術的背景>で説明した通り、音場測定装置800/900を構成する光計測装置と音響トランスデューサ820との設置状態に基づいて決定されるものである。
【0040】
以下、
図3~
図4を参照して音響中心位置推定装置100を説明する。
図3は、音響中心位置推定装置100の構成の一例を示すブロック図である。
図4は、音響中心位置推定装置100の動作の一例を示すフローチャートである。
図3に示すように音響中心位置推定装置100は、測定データベクトル生成部110と、モデルベクトル生成部120と、最適化部130と、記録部190とを含む。記録部190は、音響中心位置推定装置100の処理に必要な情報を適宜記録する構成部である。音響中心位置推定装置100は、例えば、音場測定装置800/900による測定時における様々な物理的条件(以下、測定条件という)を記録しておく。測定条件の例として、音響トランスデューサ820に入力する正弦波信号の角周波数ω
s、光の波数k、定常状態の空気屈折率n
0、定常状態の大気圧p
0、空気の比熱比γ、音速c
s、積分範囲(x
1, x
2)がある。積分範囲(x
1, x
2)は、<技術的背景>で説明した通り、音場測定装置800/900を構成する光計測装置と音響トランスデューサ820との設置状態に基づいて決定されるものである。これらの測定条件は、測定データベクトル生成部110やモデルベクトル生成部120における処理で適宜用いられる。
【0041】
図4に従い音響中心位置推定装置100の動作について説明する。
【0042】
S110において、測定データベクトル生成部110は、測定データである音による光の位相変化量φs(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)を入力とし、位相変化量φs(y, z, t)から、測定データベクトルD(ただし、測定データベクトルDの要素は測定点における角周波数ωsの複素振幅であり、測定データベクトルDの長さは測定点の総数に等しい)を生成し、出力する。具体的には、測定データベクトル生成部110は、<技術的背景>で説明した(2:音響中心位置推定方法)のステップ1に対応する処理を実行する。
【0043】
S120において、モデルベクトル生成部120は、角周波数ωsの球面波を表す音源モデルから導出される、音による光の位相変化量の空間分布に関連する関数f(y, z)を用いて、モデルベクトルF(ただし、モデルベクトルFの要素は測定点における関数f(y, z)の値であり、モデルベクトルFの長さは測定点の総数に等しく、モデルベクトルFの要素と対応する測定点の並びは測定データベクトルDの要素と対応する測定点の並びと同一である)を生成し、出力する。具体的には、モデルベクトル生成部120は、<技術的背景>で説明した(2:音響中心位置推定方法)のステップ2に対応する処理を実行する。
【0044】
S130において、最適化部130は、S110で出力した測定データベクトルDとS120で出力したモデルベクトルFとを入力とし、測定データベクトルDとモデルベクトルFとを用いて定義される所定の最適化問題から音源モデルの音源位置を導出し、当該音源モデルの音源位置を音響トランスデューサ820の音響中心位置として出力する。
【0045】
例えば、最適化部130は、<技術的背景>で説明した(2:音響中心位置推定方法)のステップ3に対応する処理を実行する。具体的には、S130において、最適化部130は、S110で出力した測定データベクトルDとS120で出力したモデルベクトルFとを入力とし、測定データベクトルDとモデルベクトルFの差を最小化するパラメータq=[A, φ0, Z](ただし、Aは角周波数ωsの球面波の振幅、φ0は角周波数ωsの球面波の初期位相、Zは音源モデルの音源位置)を求める最適化問題から音源モデルの音源位置を導出し、当該音源モデルの音源位置を音響トランスデューサ820の音響中心位置として出力する。なお、パラメータqの初期値はあらかじめ記録部190に記録しておけばよい。
【0046】
また、例えば、最適化部130は、<技術的背景>で説明した(2:音響中心位置推定方法)のステップ3の(変形例)に対応する処理を実行する。具体的には、S130において、最適化部130は、S110で出力した測定データベクトルDとS120で出力したモデルベクトルFとを入力とし、測定データベクトルD、モデルベクトルFから測定データベクトルDの偏角Arg[D]、モデルベクトルFの偏角Arg[F]をそれぞれ計算し、測定データベクトルDの偏角Arg[D]とモデルベクトルFの偏角Arg[F]の差を最小化するパラメータq’=[φ0, Z](ただし、φ0は角周波数ωsの球面波の初期位相、Zは音源モデルの音源位置)を求める最適化問題から音源モデルの音源位置を導出し、当該音源モデルの音源位置を音響トランスデューサ820の音響中心位置として出力する。なお、パラメータq’の初期値はあらかじめ記録部190に記録しておけばよい。
【0047】
なお、音響中心位置は、<技術的背景>で説明した(2:音響中心位置推定方法)で用いた座標系における値、つまり、音源モデルの音源位置Zとして出力するのでもよいし、当該座標系に依存しない値、つまり、所定の方向への音響トランスデューサの振動板間からの距離(例えば、音響トランスデューサの振動板から測定点に向かう方向をZacが正の値となる方向とした場合における式(6)で与えられる距離)として出力するのでもよい。
【0048】
本発明の実施形態によれば、高精度に音響トランスデューサの音響中心位置を推定することが可能となる。
【0049】
<第2実施形態>
音場測定装置が出力する測定データのS/N比がよくないと考えられる場合など、音響中心位置推定装置は、音場測定装置から複数の測定データを得るようにしてもよい。
【0050】
以下、
図5~
図6を参照して複数の測定データを入力とする音響中心位置推定装置200について説明する。
図5は、音響中心位置推定装置200の構成の一例を示すブロック図である。
図6は、音響中心位置推定装置200の動作の一例を示すフローチャートである。
図5に示すように音響中心位置推定装置200は、測定データ平均化部210と、測定データベクトル生成部110と、モデルベクトル生成部120と、最適化部130と、記録部190とを含む。つまり、音響中心位置推定装置200は、測定データ平均化部210を含む点において音響中心位置推定装置100と異なる。
【0051】
図6に従い音響中心位置推定装置200の動作について説明する。ここでは、測定データ平均化部210の処理、測定データベクトル生成部110の処理についてのみ説明する。
【0052】
S210において、測定データ平均化部210は、測定データである音による光の位相変化量φs(y, z, t)(ただし、(y, z)は測定点の位置を表すパラメータ、tは時間を表すパラメータ)を複数入力し、複数の測定データを同期加算することにより、平均化した測定データを生成し、出力する。例えば、測定データ平均化部210は、測定データを1つ入力し、入力された測定データのS/N比が所定の閾値より小さい(つまり、よくないと判断される)場合は、音場測定装置800/900に対して複数の測定データを出力するように要求、複数の取得データを取得するようにしてもよい。また、例えば、測定データ平均化部210は、最初から複数の測定データを入力するようにしてもよい。
【0053】
S110において、測定データベクトル生成部110は、S210が出力した平均化した測定データを入力とし、平均化した測定データから、測定データベクトルD(ただし、測定データベクトルDの要素は測定点における角周波数ωsの複素振幅であり、測定データベクトルDの長さは測定点の総数に等しい)を生成し、出力する。
【0054】
本発明の実施形態によれば、高精度に音響トランスデューサの音響中心位置を推定することが可能となる。
【0055】
<補記>
図7は、上述の各装置を実現するコンピュータ2000の機能構成の一例を示す図である。上述の各装置における処理は、記録部2020に、コンピュータ2000を上述の各装置として機能させるためのプログラムを読み込ませ、制御部2010、入力部2030、出力部2040などに動作させることで実施できる。
【0056】
本発明の装置は、例えば単一のハードウェアエンティティとして、キーボードなどが接続可能な入力部、液晶ディスプレイなどが接続可能な出力部、ハードウェアエンティティの外部に通信可能な通信装置(例えば通信ケーブル)が接続可能な通信部、CPU(Central Processing Unit、キャッシュメモリやレジスタなどを備えていてもよい)、メモリであるRAMやROM、ハードディスクである外部記憶装置並びにこれらの入力部、出力部、通信部、CPU、RAM、ROM、外部記憶装置の間のデータのやり取りが可能なように接続するバスを有している。また必要に応じて、ハードウェアエンティティに、CD-ROMなどの記録媒体を読み書きできる装置(ドライブ)などを設けることとしてもよい。このようなハードウェア資源を備えた物理的実体としては、汎用コンピュータなどがある。
【0057】
ハードウェアエンティティの外部記憶装置には、上述の機能を実現するために必要となるプログラムおよびこのプログラムの処理において必要となるデータなどが記憶されている(外部記憶装置に限らず、例えばプログラムを読み出し専用記憶装置であるROMに記憶させておくこととしてもよい)。また、これらのプログラムの処理によって得られるデータなどは、RAMや外部記憶装置などに適宜に記憶される。
【0058】
ハードウェアエンティティでは、外部記憶装置(あるいはROMなど)に記憶された各プログラムとこの各プログラムの処理に必要なデータが必要に応じてメモリに読み込まれて、適宜にCPUで解釈実行・処理される。その結果、CPUが所定の機能(上記、…部、…手段などと表した各構成部)を実現する。
【0059】
本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。また、上記実施形態において説明した処理は、記載の順に従って時系列に実行されるのみならず、処理を実行する装置の処理能力あるいは必要に応じて並列的にあるいは個別に実行されるとしてもよい。
【0060】
既述のように、上記実施形態において説明したハードウェアエンティティ(本発明の装置)における処理機能をコンピュータによって実現する場合、ハードウェアエンティティが有すべき機能の処理内容はプログラムによって記述される。そして、このプログラムをコンピュータで実行することにより、上記ハードウェアエンティティにおける処理機能がコンピュータ上で実現される。
【0061】
この処理内容を記述したプログラムは、コンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録しておくことができる。コンピュータで読み取り可能な記録媒体としては、例えば、磁気記録装置、光ディスク、光磁気記録媒体、半導体メモリ等どのようなものでもよい。具体的には、例えば、磁気記録装置として、ハードディスク装置、フレキシブルディスク、磁気テープ等を、光ディスクとして、DVD(Digital Versatile Disc)、DVD-RAM(Random Access Memory)、CD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)、CD-R(Recordable)/RW(ReWritable)等を、光磁気記録媒体として、MO(Magneto-Optical disc)等を、半導体メモリとしてEEP-ROM(Electronically Erasable and Programmable-Read Only Memory)等を用いることができる。
【0062】
また、このプログラムの流通は、例えば、そのプログラムを記録したDVD、CD-ROM等の可搬型記録媒体を販売、譲渡、貸与等することによって行う。さらに、このプログラムをサーバコンピュータの記憶装置に格納しておき、ネットワークを介して、サーバコンピュータから他のコンピュータにそのプログラムを転送することにより、このプログラムを流通させる構成としてもよい。
【0063】
このようなプログラムを実行するコンピュータは、例えば、まず、可搬型記録媒体に記録されたプログラムもしくはサーバコンピュータから転送されたプログラムを、一旦、自己の記憶装置に格納する。そして、処理の実行時、このコンピュータは、自己の記憶装置に格納されたプログラムを読み取り、読み取ったプログラムに従った処理を実行する。また、このプログラムの別の実行形態として、コンピュータが可搬型記録媒体から直接プログラムを読み取り、そのプログラムに従った処理を実行することとしてもよく、さらに、このコンピュータにサーバコンピュータからプログラムが転送されるたびに、逐次、受け取ったプログラムに従った処理を実行することとしてもよい。また、サーバコンピュータから、このコンピュータへのプログラムの転送は行わず、その実行指示と結果取得のみによって処理機能を実現する、いわゆるASP(Application Service Provider)型のサービスによって、上述の処理を実行する構成としてもよい。なお、本形態におけるプログラムには、電子計算機による処理の用に供する情報であってプログラムに準ずるもの(コンピュータに対する直接の指令ではないがコンピュータの処理を規定する性質を有するデータ等)を含むものとする。
【0064】
また、この形態では、コンピュータ上で所定のプログラムを実行させることにより、ハードウェアエンティティを構成することとしたが、これらの処理内容の少なくとも一部をハードウェア的に実現することとしてもよい。
【0065】
上述の本発明の実施形態の記載は、例証と記載の目的で提示されたものである。網羅的であるという意思はなく、開示された厳密な形式に発明を限定する意思もない。変形やバリエーションは上述の教示から可能である。実施形態は、本発明の原理の最も良い例証を提供するために、そして、この分野の当業者が、熟考された実際の使用に適するように本発明を色々な実施形態で、また、色々な変形を付加して利用できるようにするために、選ばれて表現されたものである。すべてのそのような変形やバリエーションは、公正に合法的に公平に与えられる幅にしたがって解釈された添付の請求項によって定められた本発明のスコープ内である。