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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-21
(45)【発行日】2024-03-29
(54)【発明の名称】植物における種子生産性の向上方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/06 20060101AFI20240322BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
A01G7/06 A ZNA
A01G7/00 604
A01G7/00 601Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020049825
(22)【出願日】2020-03-19
(65)【公開番号】P2021145627
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2023-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】松村 千鶴
(72)【発明者】
【氏名】中村 理沙
【審査官】星野 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-143871(JP,A)
【文献】特開平01-022808(JP,A)
【文献】平井剛 外2名,エテホン液剤の利用によるかぼちゃの雌花花成促進および生産性向上 ,北海道立農業試験場集報,第77号,日本,北海道立農業試験場,1999年08月,第33-38頁,https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010592311.pdf
【文献】渋谷建市,受粉によるオートファジーの誘導と花弁からの栄養素の転流,花き研究所ニュース,第27号,日本,農研機構,2014年12月14日,第6頁,https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/archive/files/news-no-27.pdf
【文献】オートファジー制御によるダイズ収量向上法の開発,科学研究費助成事業(科学研究費補助金) 研究成果報告書,日本,2012年04月02日,第1-4頁,https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-21658113/21658113seika.pdf
【文献】山田哲也,アサガオリソースの比較ゲノム解析による花の寿命を支配する遺伝子の探索と機能解明,2019年度 実績報告書,日本,2019年,第1-3頁,https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-17H03764/17H037642019jisseki/
【文献】山田哲也,アサガオリソースの比較ゲノム解析による花の寿命を支配する遺伝子の探索と機能解明,2018年度 実績報告書,日本,2018年,第1-3頁,https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-17H03764/17H037642018jisseki/
【文献】作物の収量増加とオートファジー,植物バイオの実験室,日本,一般社団法人 農業電化協会,2017年03月,第1-11頁,http://www.noden.or.jp/plantbiotechnology_laboratory.html
【文献】渋谷健市,花の老化メカニズムと日持ち延長技術 花の寿命を延ばす,化学と生物,第55巻第10号,日本,2017年,第699-705頁,https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/55/10/55_699/_pdf
【文献】ペチュニア花弁における受粉によるオートファジーの誘導と栄養素の転流,花き研究所 2013年の成果情報,日本,農研機構,2013年,第1-2頁,https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/flower/2013/flower13_s10.html
【文献】渋谷建市,花弁老化の制御機構,植物の生長調節,第47巻第1号,日本,2012年,第40-44頁,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscrp/47/1/47_KJ00008075013/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/06
A01G 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
花卉における種子生産性を向上させる方法であって、
開花した花の花弁に対して10~1000 ppmの範囲の濃度のエチレン発生剤を適用することにより花弁老化を促進し、そして
種子を取得する
ことを含み、種子生産性は、花若しくは果実当たりの種子数、花卉個体当たりの種子生産量、及び/又は果実当たりの平均種子重量であり、花卉がペチュニア又はアサガオである、上記方法。
【請求項2】
エチレン発生剤が液剤である、請求項記載の方法。
【請求項3】
エチレン発生剤が2-クロロエチルホスホン酸である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
花卉個体当たりの種子生産量が、エチレン発生剤と接触させていない対照と比較して10%以上増加する、請求項1~のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
果実当たりの平均種子重量が、エチレン発生剤と接触させていない対照と比較して10%以上増加する、請求項1~のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
チレン発生剤を有効成分として含み、開花した花の花弁に10~1000 ppmの範囲の濃度のエチレン発生剤を適用することを特徴とする、花卉における種子生産性向上剤であって、種子生産性は、花若しくは果実当たりの種子数、花卉個体当たりの種子生産量、及び/又は果実当たりの平均種子重量であり、花卉がペチュニア又はアサガオである、上記種子生産性向上剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、花を観賞用とする植物、すなわち花卉の種子生産性を向上する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種子が食用とされるイネ、コムギ、トウモロコシ、ダイズなどの作物(穀物)では、個体ならびに単位面積あたりの種子の数や重さを増大させ、「子実収量性」を向上させる技術が数多く存在する。例えば、植物の成長を促進する働きを持った微生物(Bacillus pumilus TUAT-1株)の芽胞を含有する農業資材(バイオ肥料「キクイチ」)を育苗期の水稲実生に処理することで、実生の根系発達を促進し(非特許文献1)、水田移植後の植物体の生育を旺盛にして、穂数を増加させることで、水稲の子実収量を約18%増加させることができる技術が報告されている(特許文献1)。
【0003】
一方、観賞用植物あるいは種子以外の部分を食用とする作物では、品種改良や種苗生産のために採種される種子の数や重さを増大させ、「種子生産性」を向上させることができる技術に関する知見はわずかである。例えば、本発明者等のグループでは、アサガオ品種「紫」において、花弁老化関連遺伝子として単離された14-3-3タンパク質をコードする遺伝子InPSR42の発現をRNAi法で抑制した遺伝子組換え体では、花弁老化が促進され、花持ち性は低下するが、種子の数や重さは増大し、種子生産性は向上することが確認されている。
【0004】
また、ペチュニア品種「Mitchell Diploid」では、変異型エチレン受容体をコードする遺伝子etr1-1をCaMV35Sプロモーターで過剰発現させた遺伝子組換え体で、花弁老化が抑制され、花持ち性は向上するが、種子の100粒重が減少し、種子生産性は低下することが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6024963号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Ngo NP等, (2019). Soil Science and Plant Nutrition 65 (6): 598-604.
【文献】Clevenger DJ等,(2004)Journal of the American Society for Horticultural Science 129 (3):i 401-406.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、このような技術では、種子生産性は向上しても、花持ち性が低下してしまうため、花持ち性の向上を求める消費者の需要に応えることができなくなってしまう。また、この技術には遺伝子組換え法が用いられているため、屋外で栽培する作物への適用は、カルタヘナ法の「第一種使用等」に該当し、環境に対する安全性の評価が必須となる。また、アサガオのように、交雑可能な在来野生種が国内に自生している場合、組換え遺伝子の環境拡散防止技術を併用しなければならず、当該技術の適用は極めて困難と判断される。
【0008】
この知見に基づき、野生型エチレン受容体遺伝子の発現をRNAi法などにより抑制して、花弁老化を促進すれば、種子生産性を向上することができるかもしれない。しかし、その場合、アサガオで報告された技術と同様に、遺伝子組換え法を用いた技術となる。また、花弁老化を促進して種子生産性を向上しても、花持ち性が低下してしまうため、実用化は困難と判断される。
【0009】
したがって、遺伝子組換え法などを用いて遺伝的に花弁老化を促進し、種子生産性を向上するのではなく、薬剤処理等により特定の個体で一過的に花弁老化を促進することで種子生産性を向上させることのできる、実用的で簡便な手法を確立する必要がある。そのような手法が確立されれば、消費者に販売する種子や個体は高い花持ち性を示すが、採種用の個体では、薬剤処理により花弁老化を促進して種子生産性を高めることが可能になる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ペチュニアやアサガオのような観賞用の植物では、花の日持ち性(花持ち性)を向上させ、観賞期間を延長させた品種の開発が進められてきた。しかし、花持ち性の良い品種は、個体あたりの種子の数や重さが減り、種子生産性が低下するため、種苗生産上の問題となっている。また、遺伝子組換え技術により実験的に花持ち性を良くしたペチュニアでは種子生産性が低下し、悪くしたアサガオでは種子生産性が向上することも確認されている。さらに、160種類のアサガオ品種について花持ち性と種子生産性を調査したところ、両者の間に有意な負の相関も認められた。このように、花持ち性を遺伝的に改良した品種では種子生産性が低下することが確認されているが、その詳細なメカニズムや種子生産性を向上するための実用的で簡便な手法については知られていなかった。
【0011】
上記のようなこれまでの知見に基づき、本発明者等は、成長促進、発芽抑制、追熟促進等の植物成長調節作用を有することが知られているエチレンを適用することで、花弁老化を特定の花又は花卉個体に対して生じさせ、結果として種子生産性を向上させることを検討し、この方法が非常に有効であることを確認することができた。
【0012】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1. 花卉における種子生産性を向上させる方法であって、
開花した花をエチレンガス又はエチレン発生剤と接触させて花弁老化を促進し、そして
種子を取得する
ことを含む、上記方法。
2. 花卉が、キク科、キキョウ科、キョウチクトウ科、キンポウゲ科、シソ科、スミレ科、ナス科、ナデシコ科、ハゼリソウ科、ハナシノブ科、ヒルガオ科、ムラサキ科、ユリズイセン科、及びリンドウ科から選択される種子植物である、上記1記載の方法。
3. 花卉個体を0.1~10 ppmの範囲の濃度のエチレンガス存在下に0.5~48時間置くことを特徴とする、上記1又は2記載の方法。
4. 開花した花の花弁に対して10~1000 ppmの範囲の濃度のエチレン発生剤を適用することを特徴とする、上記1又は2記載の方法。
5. エチレン発生剤が液剤である、上記4記載の方法。
6. エチレン発生剤が2-クロロエチルホスホン酸である、上記4又は5記載の方法。
7. 個体当たりの種子生産量が、エチレンガス又はエチレン発生剤と接触させていない対照と比較して10%以上増加する、上記1~6のいずれか記載の方法。
8. 果実当たりの平均種子重量が、エチレンガス又はエチレン発生剤と接触させていない対照と比較して10%以上増加する、上記1~6のいずれか記載の方法。
9. エチレン又はエチレン発生剤を有効成分として含む、花卉における種子生産性向上剤。
10. 花卉個体に対してエチレン濃度0.1~10 ppmの範囲で個体と接触させることを特徴とする、上記9記載の種子生産性向上剤。
11. 開花した花の花弁に10~1000 ppmの範囲の濃度のエチレン発生剤を適用することを特徴とする、上記9記載の種子生産性向上剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法は、遺伝子組換え法などを用いて遺伝的に花弁老化を促進するのではなく、特定の個体で一過的に花弁老化を促進することで、種子生産性を向上させることが可能である。本発明により得られる効果は、花卉個体あるいは果実レベルでの種子生産性の向上である。
【0014】
本発明の方法で用いるエチレン発生剤は、植物成長調節剤として市販されており、果樹の着色・熟期促進、摘果・落葉促進、開花促進など、多面的に利用されている。従って、本発明は、安全性が確認された実用的な手法である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ペチュニア個体へのエチレン処理が花弁老化に及ぼす影響を示す。A:未受粉区、B:受粉区(対照区)、C:エチレン処理区。
図2-1】ペチュニア個体へのエチレン処理が種子生産性に及ぼす影響を示す2018年度の試験結果である。A:平均種子数、B:平均種子1粒重、C:平均種子生産量。垂線は標準誤差を示す(n=30)。**:t検定により1%水準で有意差があることを示す。
図2-2】ペチュニア個体へのエチレン処理が種子生産性に及ぼす影響を示す2019年度の試験結果である。A:平均種子数、B:平均種子1粒重、C:平均種子生産量。垂線は標準誤差を示す(n=60)。*:t検定により5%水準で有意差があることを示す。
図3】ペチュニア個体へのエチレン処理が種子発芽率に及ぼす影響を示す。A:2018年度の試験結果、B:2019年度の試験結果。t検定により**は1%水準、*は5%水準で有意差があることを示す。
図4】ペチュニア個体へのエチレン処理が葉の老化に及ぼす影響を示す。垂線は標準誤差を示す(n=81)。
図5】ペチュニア個体へのエチレン処理が花弁の可溶性タンパク質含量に及ぼす影響を示す。グラフの横軸は開花後日数を示し、縦軸は1花あたりの可溶性タンパク質含量を示し、垂線は標準誤差を示す(n=5)。
図6】ペチュニア個体へのエチレン処理が花弁のグルタミン及びアスパラギン含量に及ぼす影響を示す。A:グルタミン含量、B:アスパラギン含量。グラフの横軸は開花後日数を示し、縦軸は1花あたりの花弁に含まれるアミノ酸含量を示す。垂線は標準誤差を示す(n=5)。
図7】ペチュニア個体へのエチレン処理が花弁のグルタミン及びアスパラギン合成酵素遺伝子の転写産物量に及ぼす影響を示す。A:6種のグルタミン合成酵素遺伝子ホモログの転写産物量、B:3種のアスパラギン合成酵素遺伝子ホモログの転写産物量。縦軸はアクチンを内部標準遺伝子とした相対転写産物量を示し、垂線は標準誤差を示す(n=3)。
図8】アサガオ切り花へのエテホン及びエチレン阻害剤処理が開花後時間に及ぼす影響を示す。垂線は標準誤差を示す(n=3)。aで示す群及びbで示す群間で、Tukey検定により5%水準で有意差があることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<花卉における種子生産性向上方法>
本発明は、花卉における種子生産性を向上させる方法であって、
開花した花をエチレンガス又はエチレン発生剤と接触させて花弁老化を促進し、そして
種子を取得する
ことを含む、上記方法を提供する。
【0017】
本発明の方法を用いて種子生産性が向上する花卉としては、限定するものではないが、例えばキク科、キキョウ科、キョウチクトウ科、キンポウゲ科、シソ科、スミレ科、ナス科、ナデシコ科、ハゼリソウ科、ハナシノブ科、ヒルガオ科、ムラサキ科、ユリズイセン科、及びリンドウ科から選択される科に属する種子植物を挙げることができる。
【0018】
上記の科に属する種子植物としては、例えばガーベラ、キンセンカ、ヒマワリ、マリーゴールド、キキョウ、ニチニチソウ、アネモネ、クレマチス、デルフィニウム(オオヒエンソウ)、サルビア、ラベンダー、パンジー、ビオラ、ペチュニア、ミリオンベル、カーネーション、カスミソウ、シバザクラ、アサガオ、ヒルガオ、ネモフィラ、アルストロメリア、リンドウ、トルコギキョウ等を挙げることができるが、本発明の方法はこれらの植物のみに限定されるものではない。
【0019】
本発明の方法は、上記のステップを含むものである限り、通常の花卉の栽培条件の下で実施することができる。花卉をはじめとする植物が正常に生育し、開花し、種子を形成するためには、温度及び日照条件が対象の植物にとって適したものであることが必要である。
【0020】
一般的に、植物が生育可能な温度範囲は5~35℃とされており、生育適温は15~25℃とされている。従って、種子生産性を向上させるための本発明の方法において、開花した花をエチレンガス又はエチレン発生剤と接触させるステップも、上記の温度範囲内、すなわち5~35℃、好ましくは15~25℃の温度条件で行うことが適している。
【0021】
また、栽培に適した光の強さとしては、0.4~100 klx(キロルクス)、あるいは光量子束密度で7~1680 μmol m-2s-1の範囲が挙げられる。日長時間としては、8~24時間の範囲で選択することができる。
【0022】
本発明の方法において、エチレンガス又はエチレン発生剤を適用する時期は、花が開花している時期に行うことを必要とする。従って、エチレンガス又はエチレン発生剤の適用は、開花前に行うものではなく、また花が終わった後(花弁老化が終了した後)、例えば種子の生長段階で行うものでもない。
【0023】
また、エチレンガス又はエチレン発生剤は、花が開いている時間帯に適用することが特に好ましい。花が開く時間帯は植物種により異なっているため、エチレンガス又はエチレン発生剤の適用は、1日のうち、対象の植物の花が咲いている時間帯に行うこととするのが好適である。
【0024】
エチレンガスを用いて本発明の方法を実施する場合、限定するものではないが、例えば最初に形成された花(第1花)の開花が認められた個体、又は一定数の花(例えば2~30個の花)が開花した個体に、1~7日の間隔で、1日あたり1~5回の処理を行うことが好適であり得る。
【0025】
エチレン発生剤を用いて本発明の方法を実施する場合、限定するものではないが、例えば開花した花に対してそれぞれ1~5回、全ての花に対して1花ずつ処理を行うことが好適であり得る。この場合、一度に処理する花は全ての花であっても、例えば1~5個であっても良く、また、一定数の花(例えば2~30個の花)が開花した後に、新たに開花した花に対して処理を同様に行うものとしても良い。
【0026】
本発明の方法の一実施形態は、花卉個体を0.1~10 ppmの範囲の濃度のエチレンガス存在下に0.5~48時間置くことによって開花した花をエチレンガス又はエチレン発生剤と接触させるものであり得る。
【0027】
エチレンガスは気体のため、エチレンガスを用いた処理のためには密閉容器が必要とされる。例えば、密閉容器内のエチレン濃度が上記の範囲となるように、シリンジを用いてエチレンを注入することができる。
【0028】
一方、エチレン発生剤は液剤が市販されており、植物体へのスプレー噴霧が可能である。エチレン発生剤は、気体であるエチレンガスの操作性向上のために、液剤として利用でき、適用後に植物体内で容易に分解してエチレンを発生する薬剤として開発されている。適用後数日で消失することが確認されているため、意図する効果を発揮する以外に植物に対する影響を考慮する必要はないと考えられている。
【0029】
エチレン発生剤は、特に限定するものではないが、例えばエテホン(2-クロロエチルホスホン酸)を挙げることができる。エテホンは、日産化学株式会社及び石原バイオサイエンス株式会社からエスレル(登録商標)10という商品名の液剤が販売されている。
【0030】
2-クロロエチルホスホン酸は、水、及びエタノール、アセトン等の有機溶媒に溶解性の吸湿性粉末であり、エスレル(登録商標)10は、この有効成分エテホン(2-クロロエチルホスホン酸)を10.0%含有する黄褐色液体の液剤であり、噴霧して使用することができる。エスレル(登録商標)10は、開花促進、着色・熟期促進、離層形成促進、摘花・摘果、花ぶるい防止、開花抑制等の効果を有するものとして販売されているが、花卉における種子生産性に対する効果はこれまで全く知られていない。
【0031】
本発明の方法の別の実施形態は、開花した花の花弁に対して10~1000 ppmの範囲の濃度のエチレン発生剤を適用することによって開花した花をエチレンガス又はエチレン発生剤と接触させるものであり得る。例えば、エテホン10.0%の液剤を100~10000倍に希釈して、0.3~3 mLの範囲の量で1回噴霧することで良好な花弁老化効果、従って種子生産性向上効果を得ることができる。
【0032】
本発明の方法における種子を取得するステップは、通常の花卉における種子の取得方法により実施することができる。
本発明の方法を用いることで、花卉個体当たりの種子生産量を、エチレンガス又はエチレン発生剤と接触させていない対照と比較して10%以上、15%以上、又は20%以上増加させることができる。
【0033】
加えて、あるいはまた、本発明の方法を用いることで、花卉の果実当たりの平均種子重量を、エチレンガス又はエチレン発生剤と接触させていない対照と比較して10%以上、15%以上、又は20%以上増加させることができる。
【0034】
本発明の方法は、目的とする花卉個体の種子生産量を向上させるものである一方で、その花卉個体の花持ち性等の特徴に影響を与えないことが最大の利点である。
【0035】
また、本発明の方法は、花弁老化を促進する一方で、葉の老化は促進させないことが確認されている。葉では光合成によりショ糖が合成されているが、葉が老化すると、若い葉や花、果実、種子等の他の器官に転流可能なショ糖量が減少するため、新たな葉や花の形成が阻害され、種子生産性も低下し得る。従って、本発明の方法は、葉の老化を促進しないことで、種子生産性に対する悪影響を排除することができるという更なる利点も有し得る。
【0036】
<花卉における種子生産性向上剤>
本発明はまた、エチレン又はエチレン発生剤を有効成分として含む、花卉における種子生産性向上剤を提供する。
本発明の種子生産性向上剤は、例えば花卉個体に対してエチレン濃度0.1~10 ppmの範囲で個体と接触させるように適用するものであり得る。
あるいはまた、本発明の種子生産性向上剤は、開花した花の花弁に10~1000 ppmの範囲の濃度のエチレン発生剤を適用するように適用するものであり得る。
【0037】
本発明の種子生産性向上剤の作用機序は、特に本発明を限定するために記載するものではないが、花卉における花弁老化を促して、花弁中のタンパク質を分解して窒素再転流に効果的なアミノ酸を合成し、種子形成にこれを再利用するものと考えられる。本発明者等は、エチレン又はエチレン発生剤と接触させた花弁において、接触させていない対照と比較して有意なタンパク質量の減少、及びグルタミン及びアスパラギン含量の増大を確認している。
【実施例
【0038】
以下に本発明を実施例によって更に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
[実施例1 エチレン処理がペチュニア花弁老化に及ぼす影響]
ペチュニア品種「おゆきちゃん」の苗を、培養土(サカタスーパーミックスA,サカタのタネ社)を入れたプラスチック製ポット(直径14 cm)を用いて恒温室内で24℃、蛍光灯下(光量子束密度100μmol m-2 s-1)の16時間日長(明期6:00~22:00)で栽培した。
開花前日の12:00を基点(-1日)とし、24時間おきに0日、1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日とした。
【0040】
未受粉区の花弁は-1日で除雄を行い、受粉区の花弁は除雄せずに0日で他の開花した花の雄しべからピンセットで採取した花粉を用いて人工受粉した。
エチレン処理区は0日で人工受粉を行うとともに、エチレン濃度が1 ppmとなるようにガラスシリンジを用いて外生的にエチレンを封入した40.5 L容チャンバー内に6時間静置した。
図1に、開花前日から24時間毎に観察した未受粉区、受粉区およびエチレン処理区の鉢花の時系列画像を示す。
【0041】
開花した花弁の直径を3箇所ノギスで測定し、3箇所の平均値をそれぞれ求め、その最大値を1.0とした相対直径として算出した。未受粉、受粉区の花弁は相対直径が0.8以上で「開花」、1.0で「花弁老化の開始」、0.4以下で「花弁老化の完了」とした。エチレン処理区の花弁はエチレン処理開始時点を「開花」、1.0で「花弁老化の開始」、0.4以下で「花弁老化の完了」とした。「開花」から「花弁老化の開始」までの期間を花弁老化の誘導期間として評価および比較した。
【0042】
その結果、花弁老化の誘導期間は、未受粉区、受粉区およびエチレン処理区でそれぞれ5日、2日、および1日であり、受粉区では未受粉区と比較して花弁老化の誘導期間が短くなっていることが示され、エチレン処理区の花弁では、更に短くなっていることが示された。
【0043】
[実施例2]
2018年度及び2019年度において、実施例1と同様の条件でペチュニア6個体をそれぞれ栽培し、対照区の3個体は各花の開花後0日で他の開花した花の雄しべからピンセットで採取した花粉を用いて、人工受粉させた。エチレン処理区の3個体は、人工受粉を行うとともに鉢花を1週間おきにエチレン濃度1 ppmの密閉された容器内に6時間静置し、これを種子採取が完了するまで継続して行った。
【0044】
2018年度の実験では、対照区およびエチレン処理区の各鉢花から50花分の種子を採取した。ペチュニアの種子は極小であり1粒重の測定が困難であったため、5花ごとに種子数および種子重量を計測し、5花あたりの種子重量 / 5花あたりの種子数により1花ごとの種子数および種子重量を算出した。1花あたりの種子生産量は、1花あたりの種子数×種子1粒重により算出し、種子生産性の評価に用いた。結果を図2-1に示す。
【0045】
2019年度の実験は、恒温室の故障により栽培が中断されたため、採取できた20花分の種子において、1花ごとに種子数および種子重量を測定した。種子1粒重は1花あたりの種子重量 / 1花あたりの種子数により算出した。そこから1花あたりの種子生産量を1花あたりの種子数×種子1粒重により算出し、種子生産性の評価に用いた。結果を図2-2に示す。
下記の表1は、図2-1及び2-2の結果をまとめたものである。
【0046】
【表1】
【0047】
図2-1及び2-2、並びに表1に示す通り、2018年度、2019年度ともにエチレン処理区の鉢花の1花あたりの種子数および種子生産量は有意に増加し、いずれも個体当たりの種子生産量の10%を超える増加が認められた。一方、種子1粒重および開花数は対照区と比較して有意な差は見られなかった。
【0048】
[実施例3 エチレン処理が種子発芽率に及ぼす影響]
2018年度に得られた種子を、1個体40粒ずつ2.0 mL容量のマイクロチューブに入れ、0.05%ジベレリン溶液で30分間催芽処理を行った後、蒸留水で3回洗浄した。それぞれの種子を蒸留水を染みこませたろ紙を敷いたプラスチックシャーレに播種した。24℃、24時間日長、白色蛍光下(光量子束密度100μmol m-2 s-1)で静置し、1日おきに発芽率を測定した。
【0049】
その結果、図3に示すように、2018年度に得られた種子では、播種後13日目の発芽率が対照区で61.5%、エチレン処理区で62.0%であり、有意な差はなかった。しかし、播種後5日目で比較すると、対照区で18.0%、エチレン処理区で40.5%であり、播種後7日目では対照区で37.5%、エチレン処理区で54.5%となり、エチレン処理区で有意に高い値を示した(図3A)。
一方、2019年度に得られた種子を用いて同様の実験を行った結果、対照区とエチレン処理区で播種後の発芽率に有意な差は認められなかった(図3B)。
【0050】
[実施例4]
光合成活性を測定することにより、本発明の方法によるエチレン処理が葉の老化に及ぼす影響の有無を検討した。
2019年度の種子生産性の調査に使用した対照区および外生エチレン処理区における各植物個体の葉の中央部において、エチレン処理開始後28 日目でJUNIOR-PAM(ナモト貿易株式会社)を用いて葉の老化マーカーとして使用できるクロロフィル蛍光比Fv / Fmを調査した。各個体の茎2本をランダムに選択し、根本から先端まで生えている葉で1個体27枚、3個体合計81枚のクロロフィル蛍光比Fv / Fmを測定した。各区の数値の有意差をt検定により確認した。
【0051】
その結果、図4に示すように、クロロフィル蛍光比Fv / Fmは対照区で0.733、エチレン処理区で0.728となり有意な差はなく、エチレン処理によって葉の老化は促進されていないことが示唆された。
【0052】
[実施例5 可溶性タンパク質含量に及ぼす影響]
ペチュニアの未受粉区、受粉区およびエチレン処理区の鉢花のそれぞれについて、開花前日(-1日)、および実施例1に記載した「開花」、「花弁老化の開始」、「花弁老化の完了」の各段階で植物体から花弁を採取した。また、未受粉区の鉢花は開花期間が長いため、「開花」から「花弁老化」の開始の期間に更に2回サンプリングを行った。
エチレン処理区の鉢花は、恒温室の故障により栽培が中断されたため、採取可能であった蕾(開花前日-1日)および「開花」のステージを採取した。
【0053】
採取した花は1花あたりのタンパク質含量を求めるために、採取した花から雌蕊より上部の花弁を切り取って新鮮重を測定した。切り取った花弁から約50 mg採取し、タンパク質の定量に用いるため6 mm ステンレスビーズ(バイオメディカルサイエンス)を入れた2.0 mL 容量のマイクロチューブに入れ、液体窒素で凍結後、Tissue Lyser LT(QIAGEN)により50 Hz, 1分間で破砕する作業を2回行った。
【0054】
次いで、抽出バッファー[100 mM Tris/HCL(pH 8.0)、5 mM EDTA(pH 8.0)、10 mM NaCl、1%(v/v)Triton X-100、0.2% β-メルカプトエタノール] 1 mLをマイクロチューブに加えて攪拌後、サンプルを新しい1.5 mL容量のマイクロチューブに移し、氷上に30分間静置した。Centrifuge 5417R(eppendorf)を用いて2,200×g、4℃で5分間遠心し、上清を新しい1.5 mL容量のマイクロチューブに25μL移し、これを可溶性タンパク質とした。
【0055】
タンパク質濃度測定はRC DCプロテインアッセイ(Bio Rad)のキットを使用し、手順はマニュアルに従った。分光光度計(U5100、日立)を用いて750 nmで吸光度を測定し、検量線を用いてタンパク質含量を算出した。
【0056】
その結果、図5に示すように、1花あたりの可溶性タンパク質含量は開花前日から開花後1日にかけて、未受粉区および受粉区で増加したが、エチレン処理区では減少していた。開花後1日以降は未受粉区および受粉区ともに減少していた。
【0057】
[実施例6 花弁のグルタミン及びアスパラギン含量に及ぼす影響]
ペチュニアの未受粉区、受粉区およびエチレン処理区の開花前日から開花後の鉢花花弁について、窒素再転流のために行われるアミノ酸合成に関わることが知られているアミノ酸であるグルタミン及びアスパラギン含量の経時的変化を検討した。
【0058】
ペチュニアの未受粉区、受粉区およびエチレン処理区の鉢花について、開花前の蕾の段階、および実施例1に記載した「開花」、「花弁老化の開始」および「花弁老化の完了」の各段階で植物体から花を採取した。採取した花は、1花あたりのアミノ酸含量を求めるために、実施例5と同様にして花弁を切り取り、保存した。
【0059】
直径6.0 mmステンレスビーズと共に2.0 mL容量のマイクロチューブに入れた花弁50 mgを30秒間液体窒素で凍結させ、Tissue Lyser LTにより50 Hz、1分間で破砕する作業を行った。マイクロチューブに10 mM HClを、各サンプルの新鮮重の10倍量入れ(花弁1 mgあたり10 mM HClを10μL)、激しく転倒混和した。10,000×g、4℃で10分間の遠心分離を行い、上清を新しい2 mL容量のマイクロチューブに移し、アミノ酸の測定に用いた。
【0060】
アミノ酸の測定は、AccQ-Fluor Reagent Kit(Waters)を使用し、マニュアルに従って、抽出したアミノ酸の誘導体化を行った。定量にはHPLC(LCMS-2020、島津製作所)を用いた。移動相には、キットに含まれるAccQ・Tag Eluent Aと超純水を1 : 10の割合で混合したものをA液、60%アセトニトリルをB液、超純水をC液として、マニュアルに定められた割合および時間で流した。なお、移動相の流量は1.0 mL/分とした。分析カラムにはAccQ・Tag 3.9×150 mm Columnを用い、オーブンの温度を37℃に設定した。また、1回のサンプル注入量は10μLとした。
【0061】
1花あたりのアミノ酸含量は以下の計算式により求めた。

1花あたりのアミノ酸含量(mg/花)
=アミノ酸濃度(nmol/μL)×抽出に使用したHCl量(μL)
/サンプル重(mg)×1花あたりの新鮮重(fresh weight(FW)、mg)×各アミノ酸の分子量
【0062】
その結果、図6Aに示すように、グルタミン含量は、未受粉区および受粉区の花弁では、開花前日~開花後1日(蕾~開花)で増加し、1日(開花)以降減少し、一方、エチレン処理区の花弁は、開花前日~開花後2日(蕾~花弁老化開始)まで継続して増加し、2日(花弁老化開始)以降減少した。
【0063】
また、図6Bに示すように、アスパラギン含量も、未受粉区および受粉区の花弁では、開花前日~開花後1日(蕾~開花)で増加し、1日(開花)以降減少し、一方、エチレン処理区の花弁は、開花前日~開花後2日(蕾~花弁老化開始)まで継続して増加し、2日(花弁老化開始)以降減少した。
【0064】
[実施例7 花弁のグルタミン及びアスパラギン合成酵素遺伝子の転写に及ぼす影響]
7-1.転写産物増幅のためのプライマーの設計
シロイヌナズナ(A. thaliana)のグルタミン合成酵素遺伝子として同定されている5種のGS1遺伝子(GLN1;1、GLN1;2、GLN1;3、GLN1;4、GLN1;5)、およびアスパラギン合成遺伝子として同定されている3種のAS遺伝子(ASN1、ASN2、ASN3)の推定アミノ酸配列を用いて、ペチュニア(Petunia inflata)の遺伝子がコードするタンパク質の推定アミノ酸配列群に対して、Sol Genomicsのtblastnプログラムを用いて相同性検索を行い、高い相同性が示された推定アミノ酸配列をコードする遺伝子をGS1遺伝子およびAS遺伝子のホモログ候補とした。
【0065】
続いて、このホモログ候補の塩基配列情報を用いて、A. thalianaのアミノ酸配列群に対してxblastnプログラムを用いて相同性検索を行った。検出されたA. thalianaのアミノ酸配列が最初の相同性検索に用いたA. thalianaのGS1 遺伝子およびAS遺伝子と一致した場合、ホモログ候補の遺伝子をペチュニアにおけるGS1遺伝子およびAS遺伝子のホモログと決定した。
【0066】
その結果、ペチュニアのScf00947g08014.1、Scf0003g01011.1、Scf1671g03035.1、Scf00576g06002.1、Scf05252g00002.1およびScf01633g06046.1がいずれもA. thalianaのGS1 遺伝子がコードするアミノ酸配列に対してアミノ酸レベルで約60%以上の相同性を示し、これらをペチュニアのGS1遺伝子ホモログとした。
【0067】
また、ペチュニアのScf01313g02018.1、Scf00230g00014.1、およびScf13451180g00004.1がいずれもA. thalianaのAS遺伝子がコードするアミノ酸配列に対してアミノ酸レベルで約60%以上の相同性を示し、これらをペチュニアのAS遺伝子ホモログとした。
【0068】
qRT-PCRにより転写産物量を調査するため、上記の各GS1遺伝子およびAS遺伝子のホモログを標的としたプライマーをPrimer3Plus(http://primer3plus.com/cgi-bin/dev/primer3plus.cgi)、NetPrimer(PREMIER Biosoft International software ; http://www.PremierBiosoft.com)およびPrimer-BLAST(Sol Genomics ; https://solgenomics.net/tools/blast/)を用いて設計・評価した。なお、Primer3PlusのパラメータはProduct Size Ranges ; 80-150 bp, Primer Size ; 17-25 b, Primer Tm ; 60-65℃とし、候補として得られたプライマーペアは、NetPrimerおよびPrimer-BLASTによる評価に基づき、ヘアピン、ダイマー、クロスダイマーが形成されにくいものを選択した。
【0069】
その結果、上記の6種のGS1遺伝子ホモログ及び3種のAS遺伝子ホモログについて、cDNA配列を標的としたqRT-PCRに用いるプライマーを設計することができた(表2)。
【0070】
【表2】
【0071】
表2に示すプライマーの特異性の確認のために、KAPA SYBR FAST qPCR Kits(Kapa Biosystems)、Eco Real-Time PCR System(illumina)を用いて、qRT-PCRを行った。5μLのKAPA SYBR FAST Universal 2X qPCR Master Mix、0.2 μLの10μMフォワードプライマー、0.2μLの10μM リバースプライマー、3.6μLのRNase-Free水、1μLのcDNA溶液(10 ng/μL)を混和した反応液(10μL)を0.2 mL容量のPCRチューブに調製した。qRT-PCRの条件は、95℃、5分間の初期変性処理後、{95℃、10秒間 / 60℃、30秒間}を40サイクル行い、最後に60℃から95℃への融解曲線分析を加え、4℃で保持し、標的配列の特異的な増幅の有無を調査した。その結果、この予備実験において、標的の配列が特異的に増幅されることを確認した(データは示さない)。
【0072】
7-2.花弁からのRNA抽出
未受粉区、受粉区およびエチレン処理区の鉢花を、開花後1日の時点で植物体から採取した。採取した花の雌蕊より上部の花弁から100 mgを切り取り、6 mmステンレスビーズを入れた2.0 mL 容量のマイクロチューブに入れ、30秒間液体窒素で凍結させ、Tissue Lyser LTにより50 Hz、1分間で破砕する作業を2回行った。これに1 mLのRNAiso plus(Takara)を加えて30秒間攪拌し、室温にて5分間静置後、使用時まで-80℃の冷凍庫で保存した。
【0073】
保存した各サンプルを氷上で融解し、4℃、12,000×g、10分間の遠心分離を行い、上清を新しい2.0 mL容量のマイクロチューブに移した。その後、200μLのクロロホルムを加え、転倒混和し、室温にて5分間静置した。次に、4℃、12,000×g、15分間の遠心分離を行い、上清500μLを1.5 mL容量のマイクロチューブに移した。この上清に500μLのイソプロパノールを加えて混和し、室温で10分間静置した。4℃、13,000×g、15分間の遠心分離後、上清を除き、沈殿に冷75%エタノールを1 mL加え転倒混和した。更に4℃、7,500×g、5分間で遠心分離を行った後、上清を除き、沈殿を卓上型微量用遠心濃縮機で10分間乾燥させた。
【0074】
これに22μLの10 mM Tris-HCl Buffer(pH 8.0)を加え、RNAを溶解させた。抽出したRNAの濃度をQubit 2.0 Fluorometer(Life technologies)で測定し、RNA溶液の濃度を10 mM Tris-HCl Buffer(pH 8.0)を用いて100 ng/μLに調製した。
【0075】
得られたRNAから、PrimeScript RT reagent Kit with gDNA Eraser(TAKARA)およびApplied Biosystems 2720 Thermal Cycler(Life technologies)を用いてcDNAを合成した。具体的には、(1)ゲノムDNA除去反応のため、1μLの5×gDNA Eraser Buffer、0.5μLのgDNA Eraser、1μLのRNase-Free水、調整した2.5μLのRNA溶液(100 ng/μL)を混和した反応液(5μL)を0.2 mL容量のPCRチューブに調製し、穏やかに混和し、室温で5分間インキュベートして4℃で保持した。続いて、(2)逆転写反応のため、(1)の反応液5μLと、2μLの5×gDNA Eraser Buffer 2(for Real Time)、0.5μLの PrimeScript RT Enzyme Mix 1、0.5μLのRT Primer Mix、2μLのRNase-Free水を混和した反応液(10μL)を0.2 mL容量のPCRチューブに調製し、穏やかに混和した。続いて、Applied Biosystems 2720 Thermal Cyclerを用いて37℃、15分間 / 85℃、5秒間 / 4℃保持条件でインキュベートした。その後、40μLのTE Bufferを加え、cDNA濃度を10 ng/μLに調製した。調整したcDNA溶液は使用時まで-80℃で保存した。
【0076】
7-3.PCR
上記表2に示すプライマーを合成により取得し、下記の条件でPCRを実施し、転写産物量を算出した。
先ず、各ホモログについて既知濃度のcDNA溶液を調製するために、cDNA合成で調製した全てのステージのcDNA溶液を混合したものをテンプレートとして使用し、KAPA Taq Ready Mix PCR KitおよびApplied Biosystems 2720 Thermal Cyclerを用いてPCRを実施した。各サンプルに25μLの2x ReadyMix with Mg2+、2μLのフォワードプライマー(10 μM)、2μLのリバースプライマー(10μM)、2μLの鋳型DNA(10 ng/μL)、19μLのRNase-Free水を混和した反応液(50μL)を0.2 mL容量のPCRチューブに調製した。PCR条件は、95℃、2分間の初期変性処理後、{95℃、30秒間 / 55℃、30秒間 / 72℃、30秒間}を40サイクル行った後、72℃で30秒間処理し、4℃で保持した。
【0077】
次いで、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて、PCR産物の精製を行った。全ての遠心分離操作は、室温、17,900×gで行った。上記で増幅した50μLのPCR反応液を1%アガロースゲルで電気泳動した後、UV Transilluminator 2000(BioRad)上でカミソリを用いて目的断片を切り出し、2.0 mL容量のマイクロチューブに入れて重量を測定した。以降はQIAquick Gel Extraction Kitのマニュアルに従ってPCR産物を精製し、30μLのBuffer EBで溶出し、NanoDrop Lite(ThremoScientific)で濃度を測定して、既知濃度のcDNA溶液を調製した。
【0078】
KAPA SYBR FAST qPCR KitsおよびEco Real-Time PCR Systemを用いて、調製した全てのサンプルのcDNA溶液を用いてqRT-PCRを行った。GS1遺伝子ホモログおよびAS遺伝子ホモログの転写産物量は、予め調製した既知濃度のcDNA溶液を用いて検量線を作製し、各サンプルの全RNA 10 ngに含まれるmRNAのコピー数を求め、Chapin and Jones(2009)に準じ、内部標準遺伝子アクチン(遺伝子識別番号:CV299322)のmRNAのコピー数に対する数値を求め、相対転写産物量とした。
【0079】
7-4.結果
GS1遺伝子のペチュニアホモログ(Scf00947g08014.1、Scf0003g01011.1、Scf1671g03035.1、Scf00576g06002.1、Scf05252g00002.1およびScf01633g06046.1)について、未受粉区、受粉区およびエチレン処理区のそれぞれの鉢花花弁における6種のGS1遺伝子ホモログの総転写産物量を図7Aに示す。開花後1日(開花)におけるGS1遺伝子ホモログの総転写産物量は、エチレン処理区の花弁において最も高かった。
【0080】
AS遺伝子のペチュニアホモログ(Scf01313g02018.1、Scf00230g00014.1、 およびScf13451180g00004.1)について、未受粉区、受粉区およびエチレン処理区のそれぞれの鉢花花弁における3種のAS1遺伝子ホモログの総転写産物量を図7Bに示す。開花後1日(開花)におけるAS遺伝子ホモログの総転写産物量は、エチレン処理区の花弁において最も高かった。
【0081】
[実施例8 アサガオにおけるエチレン処理の効果]
アサガオ品種「ムラサキ」の種子をプラスチックシャーレに置き、キムワイプ(日本製紙クレシア株式会社)をかぶせた上から種子が十分に浸るように蒸留水を加えた状態で、室温で3時間程度吸水させた。種子のへそと反対側の種皮をかみそりで少し削り、へそが上向きになるよう、培養土(スーパーミックスA;サカタのタネ)を入れた4号のポリポットに播種し、恒明条件、24℃に設定した恒温室内の白色蛍光灯下(光量子束密度100μmol m-2 s-1)で、約1か月間、一定の大きさになるまで生長させた。
【0082】
その後、12時間日長(明期 9:00~21:00)、24℃に設定した恒温室内の白色蛍光灯下(光量子束密度100μmol m-2 s-1)に移し、花芽形成を誘導させた。育成中は、水で希釈した液体肥料(花工場;住友化学園芸)を週に1回与え、適宜、農薬の散布を行った。種子生産量の計測の実験に用いた植物個体は播種時からグロースチャンバー(MLR-352H;Panasonic)内で育成し、グロースチャンバー内の位置による照度や温度などのわずかな違いを考慮し、植物個体を置く位置は随時入れ替えた。
【0083】
開花12時間前に採取した花蕾を、蒸留水(対照区)または0.2 mM STS溶液を入れた2.0 mLマイクロチューブに挿し、24℃、相対湿度70%、12時間日長に設定したグロースチャンバー内で開花させた。開花後0時間にエテホンまたは蒸留水を噴霧してから、グロースチャンバー内に静置し、固定したデジタルカメラで上方から10分おきに、切り花の花弁老化の様子をインターバル撮影した。各時刻の画像内の花冠領域のピクセル値を画像解析ソフトウェア「Flower Shape Analysis System Version 1.5(Tanabata、http://www.kazusa.or.jp/picasos/)」を用いて計測し、花冠面積を評価した。最大のピクセル値を示した花冠面積を100%として相対的な花冠面積が90%を下回り始める時刻を花弁の老化の開始とし、開花から花弁老化の開始までの時間を開花後時間として計測した。
【0084】
その結果、図8に示すように、蒸留水に挿した切り花では、エテホン噴霧により、開花から花弁老化の開始までの時間が蒸留水噴霧区よりも有意に短くなった。一方、エチレン生成阻害剤であるSTS溶液に挿した切り花へのエテホン噴霧区では、開花から花弁老化の開始までの時間が、蒸留水に挿した切り花への蒸留水噴霧区およびSTS溶液に挿した切り花への蒸留水噴霧区と有意な差異はみられなかった。
【0085】
[実施例9 アサガオにおけるエチレン処理の効果]
実施例8と同様にして生長させたアサガオ品種「ムラサキ」について、開花した花を開花後0時間にポリプロピレン素材のフィルムで隔離し、花以外にかからないように100 ppmエテホン液剤(日産エスレル10;日産化学株式会社)を花弁の向軸面に向けて花から5 cm程度距離を取ってスプレーで1回噴霧した。対照区では、同様のやり方で蒸留水を噴霧した。エテホンまたは蒸留水の噴霧は、第1花または第6花の開花日から2週後までに咲いた全ての花に対して行った。
【0086】
本実施例では、対照区として蒸留水を第1花から噴霧する個体を5個体、エテホンを第1花から噴霧する個体(エテホン処理区1)を5個体、第1花から第5花まで蒸留水を噴霧し、第6花からエテホンを噴霧する個体(エテホン処理区2)を4個体用意した。それぞれの処理個体で、第1花の開花日から80日後まで、果皮に包まれていた種子数を記録し、1個体で合計の種子数を出して、処理群ごとに果実あたりおよび個体あたりの平均種子数を求めた。
【0087】
第1花の開花日から80日後までに採取した成熟種子は、封筒に入れ、シリカゲルを入れたジップロック内で4℃で保存し、1週間後、1粒ずつ重さを測定し、個体ごとの平均1粒重を求め、1粒ずつの重さを合計し、果実あたりの平均種子重量を求めた。そして、個体あたりの平均種子数と平均1粒重の積を求め、その値を個体あたりの種子生産量とした。
表3に、果実あたりの平均種子数および平均種子重量、並びに個体あたりの平均種子数、平均1粒重および種子生産量の計測結果を示す。
【0088】
【表3】
【0089】
表3に示す通り、果実あたりの平均種子数は、対照区と比較してエテホン処理区1で有意ではないが増加傾向を示し、エテホン処理区2で有意に増加していた。一方、個体あたりの平均種子数は、対照区と比較してエテホン処理区で減少する傾向があったが、これは、エテホン処理により、開花前の花(蕾)や開花しても結実に到らない花の脱離が観察されたことと一致する。
【0090】
また、個体あたりの成熟種子の平均1粒重は、エテホン処理区で対照区より増加する傾向が観察された。これより、個体あたりの平均種子生産量は、エテホン処理区で、対照区に比べ有意ではないが低くなった。一方、果実あたりの平均種子重量は、エテホン処理区で対照区より有意に増加した。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明により、消費者に販売する種子や個体の花持ち性は高く維持したまま、採種用の個体でのみ、花弁老化を促進することで、種子生産性を高めることができる。
【0092】
本発明の方法によって達成される個体レベルでの種子生産性の向上は、品種あたりの栽培面積が縮小され、同じ場所で同時により多くの品種を栽培して採種することが可能になるため、温室等の採種施設の利用効率の向上につながる。一方、果実レベルでの種子生産性の向上は、アサガオのように1果実に形成される種子数が少ない植物の場合、より少ない果実の収穫により十分な種子を得ることが可能になるため、収穫作業時間の短縮による採種効率の改善につながり得る。
【0093】
本発明は、品種改良により花持ち性を向上させた花卉品種における種子生産性の低下を改善することでき、また、通常の花持ち性の花卉品種における種子生産性の向上にも応用することが可能と判断される。
【0094】
また、本発明は、花持ち性の品種改良にも応用が可能である。例えば、花持ち性が非常に良くても、種子生産性が極端に悪いことで、品種として選抜されてこなかった育成系統であっても、本発明によって種子生産性の向上を図りながら品種改良を進めることで、より花持ち性の良い品種の開発が可能になることが期待される。
【0095】
更に、本発明の方法を利用して、将来的には例えば品種ごとに展開花弁や肥大果実を自動認識する機能を備えた超小型ドローンを用い、エチレン発生剤を必要に応じて自動散布することも可能となる。このような技術により、品種ごとの種子の生産調整をより効率的に行うことができる。
図1
図2-1】
図2-2】
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
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