(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-21
(45)【発行日】2024-03-29
(54)【発明の名称】改良された水素バリアを有する多層構造体
(51)【国際特許分類】
B32B 27/30 20060101AFI20240322BHJP
B32B 27/32 20060101ALI20240322BHJP
B32B 27/34 20060101ALI20240322BHJP
B65D 65/40 20060101ALI20240322BHJP
F16L 11/04 20060101ALI20240322BHJP
F17C 1/16 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
B32B27/30 102
B32B27/32 Z
B32B27/34
B65D65/40 D
F16L11/04
F17C1/16
(21)【出願番号】P 2023501199
(86)(22)【出願日】2022-09-16
(86)【国際出願番号】 JP2022034680
(87)【国際公開番号】W WO2023048073
(87)【国際公開日】2023-03-30
【審査請求日】2023-01-06
(31)【優先権主張番号】P 2021153100
(32)【優先日】2021-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】110002206
【氏名又は名称】弁理士法人せとうち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下 浩幸
(72)【発明者】
【氏名】ヤニック ゲボース
(72)【発明者】
【氏名】ナオミ ウィンケルマンズ
【審査官】川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-015279(JP,A)
【文献】国際公開第2016/104726(WO,A1)
【文献】特開2012-192744(JP,A)
【文献】特開平10-330573(JP,A)
【文献】特開2007-283582(JP,A)
【文献】特開2005-068300(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 27/30
B32B 27/32
B32B 27/34
B65D 65/40
F16L 11/04
F17C 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
前記中間層の内側にある層の合計厚みをIとし、前記中間層の外側にある層の合計厚みをOとしたときの比(I/O)が60/40以上99/1以下である多層構造体。
【請求項2】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーが同じ化学組成を有し、前記内層の厚みが前記外層の厚みより大きい多層構造体。
【請求項3】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
前記第1のポリマーが高密度ポリエチレン(HDPE)である多層構造体。
【請求項4】
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの両方が高密度ポリエチレン(HDPE)であり、前記中間層の内側にある層の合計厚みをIとし、前記中間層の外側にある層の合計厚みをOとしたときの比(I/O)が60/40以上99/1以下である、請求項3に記載の多層構造体。
【請求項5】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
前記第1のポリマーが高密度ポリエチレン(HDPE)であり、前記第2のポリマーがポリアミド(PA)であり、前記中間層の内側にある層の合計厚みをIとし、前記中間層の外側にある層の合計厚みの合計をOとしたときの比(I/O)が60/40以上99/1以下である多層構造体。
【請求項6】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
前記中間層の含水率が1.1質量%以上4質量%以下である多層構造体。
【請求項7】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
前記ガスが99体積%以上の水素を含む多層構造体。
【請求項8】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
前記ガスの相対湿度が20%以下である多層構造体。
【請求項9】
前記エチレン-ビニルアルコール共重合体のエチレン含有量が20~60mol%である
、請求項1~8のいずれかに記載の多層構造体。
【請求項10】
前記エチレン-ビニルアルコール共重合体のエチレン含有量が20mol%以上30mol%以下である、請求項
9に記載の多層構造体。
【請求項11】
前記中間層が、5ppm以上200ppm以下のリン酸イオン、及び10ppm以上400ppm以下のアルカリ金属イオンを含む
、請求項1~8のいずれかに記載の多層構造体。
【請求項12】
前記中間層が、ホウ素元素換算で50ppm以上400ppm未満のホウ素化合物を含む
、請求項1~8のいずれかに記載の多層構造体。
【請求項13】
前記中間層がさらに、エラストマー、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリウレタン及びポリアミドからなるリストから選択される少なくとも1つの追加のポリマーを含む
、請求項1~8のいずれかに記載の多層構造体。
【請求項14】
前記中間層が、70質量%以上99質量%以下のエチレン-ビニルアルコール共重合体及び1質量%以上30質量%以下の酸変性エチレン-α-オレフィン共重合体を含む、請求項
13に記載の多層構造体。
【請求項15】
前記中間層の厚みをAとし、前記多層構造体の厚みをB
としたときの比(A/B)が3/97以上30/70以下である、請求項1~
8のいずれかに記載の多層構造体。
【請求項16】
前記第2のポリマーがポリアミド(PA)である、請求項1~
8のいずれかに記載の多層構造体。
【請求項17】
請求項1~
8のいずれかに記載の多層構造体を含む水素貯蔵容器又は水素移送パイプ。
【請求項18】
水素貯蔵タンク、水素貯蔵タンク用ライナー、水素移送パイプ又は水素移送パイプ用ライナーにおける請求項1~
8のいずれかに記載の多層構造体の使用。
【請求項19】
水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体の使用であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低く、
水素ガスを貯蔵又は移送する前に、前記多層構造体を相対湿度の高い環境でエージングして、中間層の含水率を1.1質量%以上4質量%以下に調整する、
水素貯蔵タンク、水素貯蔵タンク用ライナー、水素移送パイプ又は水素移送パイプ用ライナーにおける前記多層構造体の使用。
【請求項20】
前記多層構造体を自動車で使用する、請求項18に記載の使用。
【請求項21】
請求項1~
8のいずれかに記載の多層構造体を含む燃料電池電気自動車(FCEV)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改良された水素バリア性を有する多層構造体並びにそれを有する水素の貯蔵及び移送手段に関する。
【背景技術】
【0002】
今日使用される複合材水素タンクは概して、耐衝撃性改良ポリアミド(PA)又はポリオレフィン製の単層ライナーを含む。しかしながら、ポリオレフィンライナーそしてPAライナーでさえも、水素ガスに関して十分なバリア性を示さない可能性があるという問題に直面している。
【0003】
エチレン-ビニルアルコール共重合体(EVOH)は、水素ガスなどの各種ガスに対する優れたバリア材料として知られている。JP2016-135833A(特許文献1)には、EVOHと酸変性エチレン-α-オレフィン共重合体ゴムとグリセリンとを含む樹脂組成物からなる単層の圧力容器用ライナーが記載されている。当該単層ライナーは、射出成形することによって成形され、水素ガスバリア性に優れているとされている。そして当該ライナーの表面に炭素繊維を巻回し、それをエポキシ樹脂からなる接着剤で固定して補強層が形成され、高圧の水素が充填される。しかしながら、EVOH樹脂は硬いために、単層で使用したのでは、ゴムや可塑剤を配合してもなお耐衝撃性が不十分であった。
【0004】
結果的に、EVOHを含む層を有する多層構造体についてはすでに報告されている。このために、US2014/0008373A1(特許文献2)では、内層としてのPA層、中間層としてのEVOH層及び外層としての高密度ポリエチレン(HDPE)層を有する多層構造体が記載されている。外部環境は通常、0%RHに近いかそれより低い水素ガスよりもかなり高い水分レベルを有することから、HDPE外層は外部から内部への水分バリアとして記載されている。
【0005】
EVOHのガスバリア性は湿度レベルによって決まることが知られていることから、このような、外部環境に面している水分バリア層が使用されることが多い。例えば、Polymer Testing, Volume 93, January 2021, 106979(非特許文献1)には、相対湿度(RH)の関数としてのEVOHの窒素バリア性は30~35%RH辺りで最大値に達し、その後RHが高くなるにつれて急速に低下することが記載されている。
【0006】
US6,033,749A(特許文献3)には、EVOH層の内外層に接着性樹脂層を介してHDPE層を有する多層構造体からなり、EVOH層の内側にある層の厚みの合計をIとしEVOH層の外側にある層の厚みの合計をOとしたときの比(I/O)が約40/60よりも小さい、ガソリン用燃料タンクが記載されている。EVOH層を内側寄りに配置することによって、中央に配置するのに比べて、ガソリンバリア性も耐衝撃性も向上することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】JP2016-135833A
【文献】US2014/0008373A1
【文献】US6,033,749A
【非特許文献】
【0008】
【文献】Polymer Testing, Volume 93, January 2021, 106979
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、水素ガスバリア性に優れた多層構造体を提供しようとするものである。また、そのような多層構造体を含む水素貯蔵容器及び水素移送パイプを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低い多層構造体を提供することによって解決される。
【発明の効果】
【0011】
本発明の多層構造体は、水素ガスバリア性に優れている。内層及び外層の水蒸気透過率を調整することによって、水素ガスバリア性を向上させることができる。したがって、このような多層構造体を含む水素貯蔵容器及び水素移送パイプもまた、水素ガスバリア性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
Polymer Testing(非特許文献1)に示されているように、EVOHがガスバリア性に優れていることはよく知られている。そして、非特許文献1の
図10に示されているように、相対湿度(RH)の関数としてのEVOHの窒素バリア性が、30~35%RH辺りで最大値に達し、その後RHが上昇するにつれて急速に低下することが知られている。そのような比較的高いレベルのRHでは、水分子が可塑剤として作用し、分子間及び分子内水素結合を弱めるため、鎖のモビリティーが高くなって、そのために窒素分子が透過しやすくなり、EVOHのバリア効果を低下させやすくなると考えられている。また、
図10によれば、エチレン含有量が低くなるほど、吸湿による窒素ガスバリア性の低下が顕著であることがわかる。
【0013】
驚くべきことに、本発明者らは、水素ガスに関するEVOHのガスバリア性が異なる挙動を示すことを見出した。予想外に、EVOHの水素バリア性は75%RH辺りの非常に高いレベルで最大に達し、水分レベルが低くなるにつれて水素バリア性は大きく低下する。すなわち、高い相対湿度によって含水率が高くなったEVOHの水素ガスバリア性が向上することを見出したのである。
【0014】
したがって、本発明の多層構造体に含まれる中間層の含水率が1.1質量%以上4質量%以下であることが好ましい。これによって、当該中間層の水素ガスバリア性が向上する。これまで、EVOHの含水率が高くなると、EVOHのポリマー鎖相互間の水素結合の力を弱めてしまうため、ポリマー鎖のモビリティーが増加し、結果として、酸素ガス、窒素ガス、炭酸ガスなどのガスやガソリンなど、非極性の分子に対するバリア性が低下すると考えられてきた。しかしながら、これまでの常識が覆され、一定以上の水を含んだ状態において、最も水素ガスバリア性が向上することを見出されたのである。中間層の含水率は、より好適には1.2質量%以上であり、さらに好適には1.3質量%以上である。一方、当該含水率が高すぎる場合にもバリア性が低下するおそれがあり、当該含水率は3質量%以下であることがより好ましく、2.5質量%以下であることがさらに好ましい。
【0015】
これらの驚くべき知見に基づき、本発明の目的は、改良された水素バリア性を有する多層構造体を提供することであった。また、さらに機械強度やリサイクル性が改良された多層構造体を提供することも本発明の目的である。これら及び他の課題は、本発明によって解決された。
【0016】
第1の態様において、本発明は、水素を含むガスを貯蔵又は移送するための多層構造体であって、前記多層構造体が、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
を含む少なくとも3つの層を含み、
ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記内層の水蒸気透過率が、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで測定される前記外層の水蒸気透過率より低い多層構造体に関するものである。
【0017】
従って、US2014/0008373A1(特許文献2)に記載の多層構造体とは異なり、本発明の多層構造体は、水素含有ガス空間に面する側の水バリアが外部環境に面する側より高い。これにより、多層構造体内に含まれるEVOH層は、より高いレベルのRHに曝されることから、改良された水素ガスバリアが可能となる。
【0018】
内層及び外層の水蒸気透過率(WVTR)は、AMETEK MOCON製の「MOCON PERMATRAN W3/33」を用いて、ISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで別個の単層として測定される。
【0019】
外層のWVTRを内層のWVTRで割ったWVTR比は、1.0より大きい。好ましくは、WVTR比は1.5より大きく、より好ましくは2.0より大きく、さらにより好ましくは2.5より大きく、最も好ましくは5.0より大きい。
【0020】
中間層中のEVOHは、エチレン単位及びビニルアルコール単位を主構造単位として含む。それは、エチレン単位及びビニルアルコール単位に加えて、1種類又は複数種類の他の構造単位を含んでいても良い。しかしながら、そのような他の構造単位の含有量は10モル%以下であることが好ましく、5モル%以下であることがより好ましく、2モル%以下であることがさらに好ましく、実質的に他の構造単位を含まないことが最も好ましい。
【0021】
EVOHは通常、エチレンと酢酸ビニルの共重合と、それに続く、得られたエチレン-酢酸ビニル共重合体のけん化工程によって得られる。
【0022】
エチレン単位の含有量、すなわちEVOH中のモノマー単位の総数に対するエチレン単位の数の割合の下限は、好ましくは20mol%、より好ましくは22mol%である。他方、エチレン単位の含有量の上限は、好ましくは70mol%、より好ましくは60mol%、さらに好ましくは55mol%、特に好ましくは50mol%である。また好ましくは、エチレン含有量は、20~60mol%、より好ましくは20~50mol%、最も好ましくは20~35mol%である。
【0023】
極めて優れた水素ガスバリア性を得るためには、EVOHのエチレン含有量が20モル%以上30モル%以下であることが好ましい。このとき、より好適には28モル%以下であり、さらに好適には26モル%以下である。これまで一般にエチレン含有量が低いEVOHを高湿度下で用いると含水率が高くなり、ポリマー鎖間の水素結合が弱くなってポリマー鎖のモビリティーが増加し、結果としてバリア性が低下すると考えられていた。しかしながら、前述のように、水素ガスに対するバリア性は、一定以上の水を含んだ状態において最も優れていることがわかったので、低エチレン含有量のEVOHを含水状態で用いることが、水素ガスバリア性の観点からは最適である。
【0024】
好ましくは、EVOHのケン化度の下限値、すなわちEVOH中のビニルアルコール単位及び酢酸ビニル単位の合計数に対するビニルアルコール単位の数の割合は、好ましくは80mol%、より好ましくは95mol%、特に好ましくは99mol%、最も好ましくは99.9mol%である。
【0025】
EVOH層は好ましくは、熱安定性及び粘度調節の観点から、酸及び金属イオンなどの化合物を含有する。この化合物の例には、アルカリ金属塩、カルボン酸、リン酸化合物及びホウ素化合物などがあり、具体例は下記の通りである。ここで、これらの化合物は、EVOHとのプレミックスとして使用することができる。
【0026】
本発明の中間層は、リン酸化合物、アルカリ金属イオン、二価金属イオン、ホウ素化合物及びカルボン酸類を含有することが、熱安定性及び粘度の調節の観点から好ましい。金属塩を含有することで、金属塩が水和物を形成し、中間層の含水率を適切に維持できる場合がある。また、ホウ素化合物を含有することで耐衝撃性が向上する場合がある。
【0027】
中間層はリン酸化合物を含有することが好ましい。リン酸化合物は、ストリーク、フィッシュアイ等の欠陥の発生及び着色を抑制すると共に、ロングラン性を向上させるものである。このリン酸化合物としては、例えばリン酸、亜リン酸等のリン酸塩等が挙げられる。上記リン酸塩としては、第一リン酸塩、第二リン酸塩及び第三リン酸塩のいずれの形でもよい。また、リン酸塩のカチオン種についても特に限定されるものではないが、アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩が好ましく、これらのうちリン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム及びリン酸水素二カリウム等のリン酸イオンを含む化合物がより好ましく、リン酸二水素ナトリウム及びリン酸水素二カリウムがさらに好ましい。中間層がリン酸化合物としてリン酸イオンを含む化合物を含む場合、リン酸イオンの含有量の下限としては、5ppmが好ましく、10ppmがより好ましく、20ppmがさらに好ましく、30ppmが特に好ましい。中間層に対するリン酸化合物の含有量の上限としては、200ppmが好ましく、150ppmがより好ましく、100ppmがさらに好ましい。リン酸化合物の含有量を上記下限以上とすること、又は上記上限以下とすることで、熱安定性が向上し、長時間にわたる溶融成形を行う際のゲル状ブツの発生、着色等が生じにくくなる。
【0028】
中間層は、アルカリ金属イオンを含有することが好ましい。アルカリ金属イオンは1種又は複数種からなっていてもよい。アルカリ金属イオンとしては、例えばリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムのイオンが挙げられ、工業的な入手容易性の点からはナトリウム又はカリウムのイオンが好ましい。また、アルカリ金属イオンを与えるアルカリ金属塩としては、例えば脂肪族カルボン酸塩、芳香族カルボン酸塩、炭酸塩、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩及び金属錯体が挙げられる。中でも、脂肪族カルボン酸塩及びリン酸塩が入手容易である点から好ましく、具体的には、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、ステアリン酸ナトリウム及びステアリン酸カリウムが好ましい。中間層がアルカリ金属イオンを含む場合、アルカリ金属イオンの含有量の下限は10ppmが好ましく、100ppmがより好ましく、150ppmがさらに好ましい。一方、アルカリ金属イオンの含有量の上限は400ppmが好ましく、350ppmがより好ましい。アルカリ金属イオンの含有量が上記下限以上であると、得られる多層構造体の層間接着性が良好となる傾向となる。一方、金属イオンの含有量が上記上限以下であると、着色耐性が良好となる傾向となる。
【0029】
中間層が、5ppm以上200ppm以下のリン酸イオン、及び10ppm以上400ppm以下のアルカリ金属イオンを含むことが好ましい。
【0030】
中間層は二価金属イオンを含むことが好ましい場合もある。二価金属イオンを含むと、例えばトリムを回収して再利用した際のEVOHの熱劣化が抑制され、得られる成形体のゲル及びブツの発生が抑制される場合がある。二価金属イオンとしては、例えばベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム及び亜鉛のイオンが挙げられるが、工業的な入手容易性の点からはマグネシウム、カルシウム又は亜鉛のイオンが好ましい。また、二価金属イオンを与える二価金属塩としては、例えばカルボン酸塩、炭酸塩、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩及び金属錯体が挙げられ、カルボン酸塩が好ましい。カルボン酸塩を構成するカルボン酸としては、炭素数1~30のカルボン酸が好ましく、具体的には、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ステアリン酸、ラウリン酸、モンタン酸、ベヘン酸、オクチル酸、セバシン酸、リシノール酸、ミリスチン酸、パルミチン酸等が挙げられ、中でも、酢酸及びステアリン酸が好ましい。
【0031】
中間層はカルボン酸を含有することが好ましい。カルボン酸は、樹脂組成物ひいては成形体の着色を防止すると共に溶融成形時のゲル化を抑制するものである。カルボン酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸及び乳酸等が挙げられる。カルボン酸としては、炭素数4以下のカルボン酸が好ましく、酢酸がより好ましい。中間層がカルボン酸を含む場合、カルボン酸の含有量の下限としては、50ppmが好ましく、80ppmがより好ましく、120ppmがさらに好ましい。また、カルボン酸の含有量の上限としては、1,000ppmが好ましく、500ppmがより好ましく、400ppmがさらに好ましい。カルボン酸の含有量を上記下限以上とすることで、十分な着色抑制効果が得られ、黄変の発生を十分に抑制することができる。一方、カルボン酸の含有量を上記上限以下とすることで、溶融成形時、特に長時間に及ぶ溶融成形時にゲル化が生じにくくなり、成形体等の外観が良好になる。このとき、酢酸と酢酸塩を併用することがより好ましく、酢酸と酢酸ナトリウムを併用することがさらに好ましい。
【0032】
中間層はホウ素化合物を含有することが好ましい。これによって、加熱溶融時のトルク変動を抑制することができる。前記ホウ素化合物としては特に限定されず、ホウ酸類、ホウ酸エステル、ホウ酸塩、水素化ホウ素類等が挙げられる。具体的には、ホウ酸類としては、オルトホウ酸、メタホウ酸、四ホウ酸等が挙げられ、ホウ酸エステルとしてはホウ酸トリエチル、ホウ酸トリメチル等が挙げられ、ホウ酸塩としては上記の各種ホウ酸類のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、ホウ砂等が挙げられる。これらの化合物のうちでもオルトホウ酸(以下、単にホウ酸と表示する場合がある)が好ましい。ホウ素化合物の含有量は、好適にはホウ素元素換算で50ppm以上400ppm以下であることが好ましい。ホウ素化合物の含有量が50ppm以上であると、溶融成形性が安定する傾向となり、より好適には70ppm以上であり、さらに好適には100ppm以上である。一方、ホウ素化合物の含有量が400ppm以下であると、成形性の悪化を抑制できる傾向となり、より好適には350ppm以下であり、300ppm以下であってもよい。
【0033】
中間層は、前述したEVOHの他に、本発明の目的を損なわない範囲で、熱安定剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、可塑剤、帯電防止剤、滑剤、着色剤及び充填剤などの添加剤を含有してもよい。中間層が上記添加剤以外の添加剤を含有する場合、その量は、中間層の全質量に対して、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下、特に好ましくは3質量%以下である。
【0034】
本明細書で使用される好適な酸化防止剤は、EVOHの酸化的分解又は架橋を抑制する材料であり、2,5-ジ-t-ブチルヒドロキノン、2,6-ジ-t-ブチル-p-クレゾール、4,4’-チオビス-(6-t-ブチルフェノール)、2,2’-メチレンビス-(4-メチル-6-t-ブチルフェノール)、オクタデシル-3-(3’,5’-ジ-t-ブチル-4’-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、4,4’-チオビス-(6-t-ブチルフェノール)、テトラキス(3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート)、3,3’-ビス(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)-N,N’-ヘキサメチレンジプロピオンアミドなどが挙げられる。
【0035】
好適な可塑剤には、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル、ロウ、流動パラフィン、リン酸エステルなどがある。
【0036】
好適な紫外線吸収剤には、エチレン-2-シアノ-3,3’-ジフェニルアクリレート、2-(2’-ヒドロキシ-5’-メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、2-(2’-ヒドロキシ-3’-t-ブチル-5’-メチルフェニル)5-クロロベンゾトリアゾール、2-ヒドロキシ-4-メトキシベンゾフェノン、2,2’-ジヒドロキシ-4-メトキシベンゾフェノンなどがある。
【0037】
好適な帯電防止剤には、ペンタエリスリトールモノステアレート、ソルビタンモノパルミテート、硫酸化ポリオレフィン類、ポリエチレンオキサイドなどがある。
【0038】
好適な滑剤には、エチレンビス(ステアリン酸アミド)、ステアリン酸ブチルなどがある。
【0039】
好ましくは、中間層は、EVOH以外の追加のポリマーを含有しない。しかしながら、中間層は、好ましくは、エラストマー、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリウレタン及びポリアミドからなるリストから選択される少なくとも一つの追加のポリマーを含むこともできる。
【0040】
本発明において有用なエラストマーは、熱可塑性スチレン系エラストマー又はα-オレフィン共重合体、エチレン-プロピレンゴム(EPR)、アクリルゴム(ACM)、アクリロニトリル-ブタジエンゴム(NBR)、ブタジエンゴム(PBD、BR)、イソプレンゴム(IR)、天然ゴム(NR)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)及びスチレン共重合体(SBS、SIS)から選択することができ、好ましくは熱可塑性スチレン系エラストマー又はα-オレフィン共重合体が選択され、より好ましくは酸変性熱可塑性スチレン系エラストマー又はα-オレフィン共重合体が選択される。
【0041】
熱可塑性スチレン系エラストマーには、特に制限はなく、当技術分野で公知のものを使用することができる。熱可塑性スチレン系エラストマーは、一般に、ハードセグメントとなるスチレンモノマーポリマーブロック(Hb)と、ソフトセグメントとなる共役ジエン化合物ポリマーブロック又はそれの水素化ブロック(Sb)を有する。この熱可塑性スチレン系エラストマーの構造は、Hb-Sbで表される2ブロック構造、Hb-Sb-Hb若しくはSb-Hb-Sbで表される3ブロック構造、Hb-Sb-Hb-Sbで表される4ブロック構造、又はHb及びSbが合計5個以上直鎖結合した多ブロック構造であることができる。
【0042】
α-オレフィン共重合体の例には、エチレン-プロピレン共重合体(EP)、エチレン-ブテン共重合体(EB)、プロピレン-ブチレン共重合体(PB)、及びブチレン-エチレン共重合体(BE)などがあるが、これらに限定されるものではない。
【0043】
このようなEVOH中のエラストマーは好ましくは、酸変性熱可塑性スチレン系エラストマー又はα-オレフィン共重合体、及び酸変性エラストマー及び未変性エラストマーとの混合物である。
【0044】
ここで、酸変性は、α-オレフィン共重合体又は熱可塑性スチレン系エラストマーを構成するモノマーに代えてα,β-不飽和カルボン酸又はそれの無水物モノマーを部分的に用いて共重合することにより、或いは、例えばラジカル付加等のグラフト反応により一部の側鎖にα,β-不飽和カルボン酸又ははそれの無水物を導入することにより行われる。上記酸変性に用いられるα,β-不飽和カルボン酸又はそれの無水物の例には、マレイン酸、アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、無水マレイン酸及び無水イタコン酸などがある。これらの中でも、無水マレイン酸を好適に使用することができる。
【0045】
上記の中でも、中間層が、70質量%以上99質量%以下のEVOHと、1質量%以上30質量%以下の酸変性エチレン-α-オレフィン共重合体を含むことが好ましい。中間層が酸変性エチレン-α-オレフィン共重合体を含むことによって、耐衝撃性に優れた多層構造体を得ることができる。酸変性エチレン-α-オレフィン共重合体の含有量は、2質量%以上であることがより好ましく、5質量%以上であることがさらに好ましい。このときEVOHの含有量は、98質量%以下であることがより好ましく、95質量%以下であることがさらに好ましい。一方、ガスバリア性の観点からはEVOHの含有量が70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、85質量%以上であることがさらに好ましい。このとき酸変性エチレン-α-オレフィン共重合体の含有量は、30質量%以下であることが好ましく、20質量%以下であることがより好ましく、15質量%以下であることがさらに好ましい。
【0046】
内層の第1のポリマー及び外層の第2のポリマーは、同一又は異なる化学組成を有することができる。言い換えれば、内層及び外層は、任意の添加剤を含めて、同一又は異なる材料から作ることができる。EVOH以外の樹脂で両側を挟まれた多層構造体とすることによって、内容物の圧力変化による変形や外部からの衝撃に対して破損しにくい水素貯蔵容器や水素移送パイプ、あるいはそれらに用いられるライナーを得ることができる。
【0047】
第1の好ましい実施形態において、第1のポリマー及び第2のポリマーは、同じ化学組成を有する。外層の水バリアを内層の水バリアよりも小さくするため、内層の厚みを、好ましくは外層の厚みより大きくする。
【0048】
本発明の多層構造体において、中間層の内側にある層の厚みの合計をIとし、中間層の外側にある層の厚みの合計をOとしたときの比(I/O)が60/40以上99/1以下であることが好ましい。すなわち、多層構造体において、中間層が層全体の中心より外側の位置に配置されることが好ましい。前述の通り、EVOHが含水状態であることによって水素ガスに対するバリア性が向上することがわかった。一般に水素貯蔵容器では、相対湿度がほぼ0%の高圧水素ガスが容器内に収容されることが多いので、周辺環境の相対湿度の影響によって外側から吸湿する。また、水素移送パイプにおいても、内部の相対湿度が低い場合が多い。このような場合に、多層構造体中の中間層の含水率を高く維持するためには、中間層が外側に配置されることが好ましい。比(I/O)が70/30以上であることがより好ましく、75/25以上であることがさらに好ましく、80/20以上であることが特に好ましい。一方、耐衝撃性の観点からは、比(I/O)が小さすぎない方がよい場合があり、比(I/O)が98/2以下であることがより好ましく、95/5以下であることがさらに好ましく、90/10以下であることが特に好ましい。これまで、ガソリンなどの疎水性の内容物を含む容器の場合には、バリア性の観点からはEVOH層を内側寄りに配置すること好ましいことが知られていたが(例えば特許文献3参照)、それとは逆に、水素ガスに対しては外側寄りに配置するのが好ましい。
【0049】
本発明の多層構造体に含まれる各層の厚み比率は特に限定されるものではないが、中間層の厚みをAとし、多層構造体全体の厚みをBとしたときの比(A/B)が3/97以上30/70以下であることが好ましい。一定の厚みの内外層に挟まれることによって、機械強度に優れた多層構造体にすることができる。また、本発明の中間層は水素ガスバリア性に優れているので、厚みが小さくても十分なバリア性を得ることができる。比(A/B)は、5/95以上であることがより好ましく、20/80以下であることがより好ましい。
【0050】
好ましくは、外層の厚みは25mm以下であり、より好ましくは5mm以下であり、最も好ましくは1mm以下である。多層構造体を薄型ライナーに使用する場合、外層の厚みは、好ましくは0.5mm以下、より好ましくは0.4mm以下、最も好ましくは0.2mm以下である。他方、その厚みは、好ましくは0.05mm以上、0.1mm以上、最も好ましくは0.15mm以上である。外層の厚みが0.05mm~0.15mmであることも好ましい。
【0051】
好ましくは、内層の厚みは20mm以下であり、より好ましくは5mm以下であり、最も好ましくは2mm以下である。多層構造体を薄型ライナーに使用する場合、内層の厚みは、好ましくは1.0mm以下、より好ましくは0.9mm以下、最も好ましくは0.8mm以下である。他方、その厚みは、好ましくは0.2mm以上であり、より好ましくは0.5mm以上である。内層の厚みが0.3mm~0.7mmであることも好ましい。
【0052】
好ましくは、中間層の厚みは10mm以下であり、より好ましくは5mm以下であり、最も好ましくは1mm以下である。しかしながら、本発明の多層構造体は、かなり改良された水素ガスバリア性を提供する。従って、かなり小さい厚みのEVOH含有層を主な水素バリア層として選択することが可能であると考えられる。好ましくは、中間層の厚みは0.5mm未満、より好ましくは0.4mm以下、最も好ましくは0.2mm以下である。他方、その厚みは、好ましくは0.05mm以上、0.1mm以上、最も好ましくは0.2mm以上である。中間層の厚みが0.05mm~0.15mmであることも好ましい。中間層の厚みを上記範囲とすることで、優れた水素バリア性と耐衝撃性を有することができる。
【0053】
好ましくは、多層構造体における全ての層の合計厚みは、50mm以下であり、より好ましくは30mm以下であり、最も好ましくは20mm以下である。多層構造体を薄型ライナーに用いる場合、外層の厚みは、好ましくは10mm以下、より好ましくは7.5mm以下、最も好ましくは5mm以下である。他方、その厚みは、好ましくは0.3mm以上、0.5mm以上、最も好ましくは0.7mm以上である。より優れた水素ガスバリア性と耐衝撃性を必要とする場合、下限は0.8mm以上であってもよく、1.0mm以上であってもよい。
【0054】
EVOHと内層及び/又は外層との間に良好な結合を提供し、製造又は使用時にEVOH層が内層及び/又は外層から分離するのを回避するために、本発明による多層構造体は好ましくは、内層と中間層との間及び/又は外層と中間層との間に少なくとも一つの結合層を有することができる。そのような結合層は当技術分野では知られており、極性材料との相溶性を促進するためのいくつかの極性官能基と、非極性層との相溶性を維持するためのいくつかの非極性官能基とを組み込むことが可能である。そのような結合層に有用な材料の例としては、無水物変性ポリオレフィン、例えば無水マレイン酸グラフトポリプロピレン及びポリエチレン、例えばDuPontから入手可能な「Bynel 40E529」、三井化学株式会社から入手可能な「アドマーHB030」、及びエチレン極性ターポリマー、例えばArkemaから入手可能な「LOTADER」などがある。
【0055】
好ましくは、結合層の厚みは、5mm以下、より好ましくは3mm以下、最も好ましくは1mm以下である。多層構造体を薄型ライナーに使用する場合、結合層の厚みは、好ましくは0.2mm以下、より好ましくは0.1mm以下、最も好ましくは0.075mm以下である。他方、その厚みは、好ましくは0.01mm以上、0.02mm以上、最も好ましくは0.04mm以上である。結合層の厚みは0.03mm~0.07mmであることも好ましい。
【0056】
本明細書で使用される場合の「厚み」は、多層構造体の製造後の個々の層の平均厚みを表すものとする。
【0057】
また前記多層構造体が、さらなる層を含まず、
a.少なくとも1つの第1のポリマーを含む内層、
b.エチレン-ビニルアルコール共重合体を含む中間層、及び
c.少なくとも1つの第2のポリマーを含む外層
からなることも好ましい。
【0058】
第1のポリマー及び第2のポリマーは、ポリアミド(PA)、ポリエチレン(PE)、特には高密度ポリエチレン(HDPE)又は低密度ポリエチレン(LDPE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリスチレン(PS)、「テフロン」(ポリテトラフルオロエチレン)、熱可塑性ポリウレタン(TPU)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリビニルアルコール(PVOH)、及びエチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)から独立に選択される。
【0059】
ポリアミド樹脂は、アミド結合を有するポリマーであり、ラクタムの開環重合、アミノカルボン酸若しくはジアミンとジカルボン酸の重縮合等によって得ることができる。
【0060】
ラクタムの例には、ε-カプロラクタム及びω-ラウロラクタムなどがある。
【0061】
アミノカルボン酸の例には、6-アミノカプロン酸、11-アミノウンデカン酸、12-アミノドデカン酸、及びパラアミノメチル安息香酸などがある。
【0062】
ジアミンの例には、テトラメチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、ウンデカメチレンジアミン、ドデカメチレンジアミン、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジアミン、2,4,4-トリメチルヘキサメチレンジアミン、5-メチルノナメチレンジアミン、1,9-ノナンジアミン、2-メチル-1,8-オクタンジアミン、m-キシリレンジアミン、p-キシリレンジアミン、1,3-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1,4-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1-アミノ-3-アミノメチル-3,5,5-トリメチルシクロヘキサン、ビス(4-アミノシクロヘキシル)メタン、ビス(3-メチル-4-アミノシクロヘキシル)メタン、2,2-ビス(4-アミノシクロヘキシル)プロパン、ビス(アミノプロピル)ピペラジン及びアミノエチルピペラジンなどがある。
【0063】
ジカルボン酸の例としては、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸、デカリンジカルボン酸、ノルボルナンジカルボン酸、トリシクロデカンジカルボン酸、ペンタシクロデカンジカルボン酸、イソホロンジカルボン酸、3,9-ビス(2-カルボキシエチル)-2,4,8,10-テトラオキサスピロ[5.5]ウンデカン、トリメリット酸、トリメシン酸、ピロメリット酸、トリカルバリル酸、テレフタル酸、イソフタル酸、フタル酸、2-メチルテレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、ビフェニルジカルボン酸及びテトラリンジカルボン酸などがある。
【0064】
具体的なポリアミド樹脂の例には、ポリカプロラクタム(ナイロン6)、ポリラウロラクタム(ナイロン12)、ポリヘキサメチレンジアジパミド(ナイロン66)、ポリヘキサメチレンアゼルアミド(ナイロン69)、ポリヘキサメチレンセバカミド(ナイロン610)、ナイロン46、ナイロン6/66、ナイロン6/12及び11-アミノウンデカン酸の縮合物(ナイロン11)などの脂肪族ポリアミド樹脂、並びにポリヘキサメチレンイソフタルアミド(ナイロン6IP)、m-キシリレンジアミン/アジピン酸共重合体(ナイロンMXD6)、m-キシレンジアミン/アジピン酸/イソフタル酸共重合体、及び1,9-ノナンジアミン/2-メチル-1,8-オクタンジアミン/テレフタル酸共重合体(ナイロン9T)などの芳香族ポリアミド樹脂などがある。これらは、単独で又はそれらの2以上の混合物として用いることができる。
【0065】
これらのポリアミド樹脂の中でも、優れたガスバリア性を有するナイロンMXD6が特に好ましい。ナイロンMXD6のジアミン成分に関しては、好ましくはm-キシレンジアミンが70mol%以上の量で含まれる。一方、ジカルボン酸成分に関しては、好ましくはアジピン酸が70mol%以上の量で含まれる。上記のように配合されたモノマーからナイロンMXD6が得られると、より優れたガスバリア性及び機械的性能を達成することができる。
【0066】
機械的特性を向上させるために、ポリアミドには任意に、エラストマー、例えば熱可塑性スチレン系エラストマー又はα-オレフィン共重合体、アクリルゴム(ACM)、アクリロニトリル-ブタジエンゴム(NBR)、ブタジエンゴム(PBD、BR)、イソプレンゴム(IR)、天然ゴム(NR)が配合されてもよい。好ましくは、熱可塑性スチレン系エラストマー又はα-オレフィン共重合体である。機械的特性の向上に加えて、非極性エラストマーの添加はまた、そのような化合物のWVTRを低下させる。
【0067】
ポリアミドとの相溶性を高めるために、ポリアミド中のそのようなエラストマーは、好ましくは酸変性熱可塑性スチレン系エラストマー又はα-オレフィン共重合体、及び酸変性エラストマーと未変性エラストマーとの混合物である。
【0068】
TPUは、高分子ポリオール、有機ポリイソシアネート及び任意に鎖延長剤及び他成分から得ることができる。高分子ポリオールは、複数のヒドロキシル基を有する物質である。高分子ポリオールの例には、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリカーボネートポリオール、これらの共縮合物(例えば、ポリエステル-エーテル-ポリオール)などがある。これらの高分子ポリオールは、1種類を単独で、又はそれらの2種類の混合物として用いてもよい。
【0069】
フッ素化ポリマーは非フッ素化ポリマーと比較して相対的に高価であるため、第1のポリマーは好ましくは非フッ素化ポリマーである。より好ましくは、第1のポリマーは、ポリアミド又はポリオレフィンである。より好ましくは、第1のポリマーは、HDPEである。また、第2のポリマーが非フッ素化ポリマーであることも好ましい。具体的には、第2のポリマーは、ポリアミド(PA)である。
【0070】
本発明で用いられるガスは水素を主成分として含む。ガス全体のうちの水素の含有量は、80体積%以上であることが好ましく、90体積%以上であることがより好ましく、95体積%以上であることがさらに好ましく、99体積%以上であることが特に好ましく、実質的に水素のみからなっていてもよい。また、当該ガスが少量の水分を含んでも構わないが、相対湿度が20%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましく、5%以下であることがさらに好ましく、実質的に水分を含まないこと(相対湿度0%)が特に好ましい。しかしながら、他の成分もまた、ガス中に存在する可能性がある。そのような成分には、メタン、エタン、エチレン、アセチレン、プロパン、プロペン、ブタン、窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素、一酸化炭素、アンモニア及び硫化水素などがあり得るが、これらに限定されるものではない。当該ガスは、本発明の水素貯蔵容器や水素移送パイプで取り扱われるものである。水素移送パイプの場合には、使用される場所によっては、多くの水分を含む水素ガスを移送することがある。例えば、燃料電池の原料の水素ガスを移送しながら、反応生成物の水も混入するような場合である。そのような多くの水分を含む水素ガスを移送する場合には、本発明のパイプを用いても効果が奏されにくい。
【0071】
好ましくは、多層構造体のH2TRは15cm3/(m2・日・atm)未満であり、より好ましくは12.5cm3/(m2・日・atm)未満、さらにより好ましくは11cm3/(m2・日・atm)未満、具体的には10cm3/(m2・日・atm)未満である。
【0072】
本発明の多層構造体では、第1のポリマーが高密度ポリエチレン(HDPE)であることが好ましい。これにより、内層側に水蒸気透過率の小さい樹脂を配置することができる。また第2のポリマーがポリアミド(PA)であることも好ましい。これにより、外層側に水蒸気透過率の大きい樹脂を配置することができるとともに、耐衝撃性が向上する。
【0073】
本発明の多層構造体の好適な実施態様は、第1のポリマーと第2のポリマーの両方が高密度ポリエチレン(HDPE)であり、中間層の内側にある各層の厚みの合計をIとし、中間層の外側にある各層の厚みの合計をOとしたときの比(I/O)が60/40以上99/1以下である多層構造体である。中間層を外側に配置することによって、中間層の含水率を高くすることができる。また、HDPEは水蒸気透過率が小さいので、中間層の含水率の変動を抑制することができる。また、第1のポリマーと第2のポリマーの両方が、熱安定性の良い同一樹脂であることによって、リサイクル性が良好になる。このとき、中間層が、EVOHに加えて所定量のリン酸イオン、アルカリ金属イオン、二価金属イオン又はカルボン酸を含むことによってリサイクル性がさらに良好になる。
【0074】
本発明の多層構造体の他の好適な実施態様は、第1のポリマーが高密度ポリエチレン(HDPE)であり、第2のポリマーがポリアミド(PA)であり、中間層の内側にある各層の厚みの合計をIとし、中間層の外側にある各層の厚みの合計をOとしたときの比(I/O)が60/40以上99/1以下である多層構造体である。中間層を外側に配置することによって、中間層の含水率を高くすることができる。また、第2のポリマーをポリアミドとすることによって、周辺の湿度に迅速に対応して中間層の含水率を高くすることができるとともに耐衝撃性が向上する。
【0075】
本発明の多層構造体の製造方法は、その方法が個々の層を有利に積層及び接着できる限りにおいて特に限定されず、共押出、糊付け、コーティング、結合及び接着などの公知の方法のいずれを採用してもよい。
【0076】
このようにして本発明の多層構造体を製造した後、水素ガスを貯蔵又は移送する前に、相対湿度の高い環境でエージングして、中間層の含水率を1.1質量%以上4質量%以下に調整することが好ましい。こうすることによって、水素ガスの貯蔵又は移送を開始すると同時に優れた水素ガスバリア性を発揮することができる。エージングの方法は特に限定されないが、高温高湿度の環境に一定時間多層構造体を放置する方法などが採用される。
【0077】
本発明の別の態様は、上記のような多層構造体を含む又はそれからなる水素貯蔵容器又は水素移送パイプに関する。
【0078】
本発明のさらに別の態様は、水素移送パイプにおける水素貯蔵タンク用のライナーとしての、又は水素移送パイプ用のライナーとしての、水素貯蔵タンクにおける上記の多層構造体の使用に関するものである。
【0079】
本発明の多層構造体は、それ自体で水素貯蔵容器や水素移送パイプとして用いることができる。しかしながら、これらの用途においては水素ガスの圧力が高くなることが多いので、本発明の多層構造体をライナーとして用いて、その外側を補強材で覆うこともできる。補強材の構成は特に限定されないが、炭素繊維やガラス繊維のような高強度繊維からなる補強材を硬化性樹脂で固めるような方策が採用される。例えばJP2016-135833A(特許文献1)の例では、ライナーの外周に炭素繊維を巻き付けてエポキシ樹脂で固定する方策が示されている。繊維補強材には隙間が生じやすいし、エポキシ樹脂のような極性の高い硬化性樹脂は一般に水蒸気透過率が大きいので、繊維補強材層の内側が外気と同等の湿度となる場合が多い。したがって、本発明の多層構造体の外側に、このような補強材層がさらに固着されていたとしても、それは多層構造体の全体厚みには含めないものとする。
【0080】
本発明の水素貯蔵容器の好適な実施態様は、第1のポリマーがHDPEであり、第2のポリマーがHDPE又はPAであり、中間層の内側にある各層の厚みの合計をIとし、中間層の外側にある各層の厚みの合計をOとしたときの厚み比(I/O)が60/40以上99/1以下である水素貯蔵容器である。中間層を外側に配置することによって、中間層の含水率を高くすることができる。第2のポリマーをHDPEとした場合には、水蒸気透過率が小さいので、中間層の含水率の変動を抑制することができるし、第1のポリマーと第2のポリマーの両方が、熱安定性の良い同一樹脂であることによって、リサイクル性が良好になる。第2のポリマーをPAとした場合には、周辺の湿度に迅速に対応して中間層の含水率を高くすることができるとともに耐衝撃性が向上する。
【0081】
本発明の水素貯蔵容器の他の好適な実施態様は、第1のポリマーがHDPEであり、第2のポリマーがPAであり、中間層の厚みをAとし、多層構造体全体の厚みをBしたときの比(A/B)が3/97以上30/70以下である水素貯蔵容器である。外層の水蒸気透過率を内層の水蒸気透過率よりも大きくすることによって、中間層の含水率を高くすることができる。また、比(A/B)が一定範囲であることによって、機械的強度とガスバリア性のバランスが良好である。さらに、第2のポリマーをポリアミドとすることによって、周辺の湿度に迅速に対応して中間層の含水率を高くすることができるとともに耐衝撃性が向上する。
【0082】
本発明の水素移送パイプの好適な実施態様は、第1のポリマーがHDPEであり、第2のポリマーがHDPE又はPAであり、中間層の内側にある各層の厚みの合計をIとし、中間層の外側にある各層の厚みの合計をOとしたときの比(I/O)が60/40以上99/1以下であり、かつ移送するガスの相対湿度が20%RH以下である水素移送パイプである。中間層を外側に配置することによって、中間層の含水率を高くすることができるが、この効果は、移送するガスの相対湿度が20%以下であることによって効果的に奏される。また、第2のポリマーをHDPEとした場合には、水蒸気透過率が小さいので、中間層の含水率の変動を抑制することができるし、第1のポリマーと第2のポリマーの両方が、熱安定性の良い同一樹脂であることによって、リサイクル性が良好になる。第2のポリマーをポリアミドとした場合には、周辺の湿度に迅速に対応して中間層の含水率を高くすることができるとともに耐衝撃性が向上する。
【0083】
本発明の水素移送パイプの他の好適な実施態様は、第1のポリマーがHDPEであり、第2のポリマーがPAであり、移送するガスの相対湿度が20%以下である、水素移送パイプである。外層の水蒸気透過率を内層の水蒸気透過率よりも大きくすることによって、中間層の含水率を高くすることができるが、この効果は、移送するガスの相対湿度が20%以下であることによって効果的に奏される。
【0084】
本発明の多層構造体の用途は、特に限定されないが、各種の水素貯蔵容器や水素移送パイプに用いることができる。好ましくは、多層構造体は、自動車、より好ましくは燃料電池電気自動車(FCEV)で使用される。燃料電池電気自動車は、排ガスが水だけというクリーンな自動車であるが、高圧ガスである水素をどのように扱うかが課題である。本発明の多層構造体は、樹脂製でありながら、水素ガスバリア性に優れるとともに耐衝撃性にも優れている。したがって、本発明の多層構造体は、環境性能と安全性のバランスを重視する観点からも、燃料電池電気自動車に積載される水素貯蔵容器や水素移送パイプとして好適である。
【実施例】
【0085】
実施例1
コリン共押出ラインで、下記の厚みの内層及び外層用の高密度ポリエチレン(HDPE)、結合層用の接着層(Adh)並びに中間層用のピュアEVOHのキャストシート押出により、5層フラットシートを製造した。
(外側=スイープガス側)HDPE/Adh/EVOH/Adh/HDPE(内側=H2ガス側):100/50/100/50/700μm
【0086】
HDPE:メルトインデックス:6.0g/10分(190℃、21.6kg荷重)、密度:0.945g/cm3のIneos社から市販されている高密度ポリエチレンHB111R。
Adh:メルトインデックス1.1g/10分(190℃、2.16kg荷重)、密度:0.92g/cm3の三井化学ヨーロッパ社から市販されている無水マレイン酸変性ポリエチレン「アドマーGT6E」。
EVOH-32:エチレン含有量32mol%、ケン化度:99.9mol%、メルトインデックス:1.6g/10分(190℃、荷重2.16kg)、密度:1.18g/cm3のエチレン-ビニルアルコール共重合体。このEVOHは、100ppmの酢酸、40ppmのリン酸イオン、150ppmのナトリウムイオン、180ppmのホウ酸(ホウ素原子換算)を含有する。
【0087】
内層(700μm HDPE)及び外層(100μm HDPE)の水蒸気透過率(WVTR)は、AMETEK MOCON社からの「MOCON PERMATRAN W3/33」を用いてISO 15106-2:2003に従って38℃及び90%RHで別個の単層として測定した。具体的には、実施例及び参考例で使用した内層または外層について、38℃下で、水蒸気供給側の相対湿度を90%、キャリアガス側の相対湿度を0%、キャリアガス流量を50mL/分として水蒸気透過率を測定した。
【0088】
成形後の多層構造体を調湿工程に供した。当該調湿工程では、多層構造体の内側を20℃、0%RHの空気に、外側を20℃、50%RHの空気に、1か月間接触させて調湿した。こうして調湿された中間層の含水率を、カールフィッシャー水分計により測定した。具体的には、調湿された多層シートを適切なサイズにカットし、ミクロトームを用いて中間層だけが残るように外層と内層をそぎ落として、得られた中間層を含水率の測定に供した。その結果、中間層の含水率は1.4質量%であった。
【0089】
この調湿多層シートの水素ガス透過率(H2TR)は、「MOCON」試験セルが設置された特注の温度制御された透過ボックスを使用して、ISO 15106-2:2003に従って測定される。測定はすべて、温度20℃で行う。特注のEasyCal Unit(Umwelttechnik MCZ GmbH)を用いて、それぞれ「EL-FLOW」ガス流量制御装置(MFC)及び「μ-FLOW」液体MFC(Bronkhorst High-Tech B.V.)を搭載した2つの別個のチャンネルによるセルの試験ガス流及びスイープガス流の調節及び加湿を行った。水素ガス(=試験ガス)は相対湿度0%に維持するが、窒素ガス(スイープガスとして使用)は相対湿度50%に維持した。高純度水素ガス及び窒素ガスは、Messer Belgium NVから購入した。High Purity Analyzer(HPA)検出システムは、TRACE 1300 GC(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)から構成され、それは加熱バルブボックスで伸長されていた。多層構造体のH2TRは10.2cm3/m2・日・atmであった。
【0090】
成形後の多層構造体をリサイクル試験に供した。多層構造体を粉砕機にて粉砕してから、40mmφ単軸押出機に投入し、下記条件にて押出試験を実施した。なお、以降の実施例2~5、10及び参考例1~3においても同様の条件で押出試験を実施した。
スクリュー回転数:95rpm
シリンダー、ダイ温度設定:C1/C2/C3/C4/C5/D=190℃/215℃/215℃/215℃/215℃/215℃
ダイスホール数:6穴(3mmφ)
【0091】
押出開始後30分での目ヤニの発生量を下記基準で評価した。目ヤニの量はリサイクル性の指標である。その結果、評価はAであった。
A:ほとんど目ヤニ発生なし
B:わずかに目ヤニが発生
C:顕著に目ヤニが発生
【0092】
上記のようにして、多層構造体の内側を20℃、0%RHの空気に、外側を20℃、50%RHの空気に、1か月間接触させて調湿した後の多層構造体から幅25cm×長さ25cmの試験片を切り出した。これを、高さ30mmを有するクランプ枠に外側が上向きになるように装着し、23±2℃の試験条件下で、500g鉄球を高さ100cmのところから落下させて、試験片に衝撃を与えたところ、試験片に凹みや割れは見られなかった。
【0093】
一方、成形後の多層構造体を別途調湿工程に供した。当該調湿工程では、多層構造体の内側を40℃、0%RHの空気に、外側を40℃、90%RHの空気に、4か月間接触させて調湿した。こうして調湿された中間層の含水率を、カールフィッシャー水分計により測定したところ、中間層の含水率は6.1質量%であった。こうして調湿された多層構造体の試験片を用いて、上記と同様に衝撃試験を行ったところ、試験片に凹みが見られた。
【0094】
参考例1及び2
HDPE層の厚みが異なることで、多層シート構造におけるEVOH層の位置及び相対湿度を変えた以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。結果及び層厚を表1にまとめている。実用上の理由から、参考例2について報告された透過結果は、実施例1における多層シートを逆向きに使用して測定されたものである。
【0095】
実施例2
EVOHを、より低いエチレン含有量を有するEVOHグレードに置き換える以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。
EVOH-27:エチレン含有量が27mol%のエチレン-ビニルアルコール共重合体、けん化度:99.9mol%、メルトインデックス:4.0g/10分(210℃、2.16kg荷重)、密度:1.21g/cm3。このEVOHは、100ppmの酢酸、40ppmのリン酸イオン、150ppmのナトリウムイオン及び180ppm(ホウ素原子換算)のホウ酸を含む。
【0096】
多層構造体の内側を20℃、0%RHの空気に、外側を20℃、50%RHの空気に、1か月間接触させて調湿した多層構造体から幅25cm×長さ25cmの試験片を切り出した。これを、高さ30mmを有するクランプ枠に外側が上向きになるように装着し、23±2℃の試験条件下で、1000g鉄球を高さ100cmのところから落下させて、試験片に衝撃を与えたところ、試験片に凹みが見られた。
【0097】
実施例3
EVOHを、耐衝撃性改良された27mol%エチレンEVOHグレードに置き換える以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。
EVOH-27:実施例2で使用したものと同じEVOH。
エラストマー:無水マレイン酸変性α-オレフィン共重合体「TAFMER MH7010」三井化学ヨーロッパ社;メルトインデックス:0.9g/10分(190℃、2.16kg荷重)、密度0.870g/cm3。
EVOH-27-エラストマー:90重量%のEVOH-27と10重量%のエラストマーの溶融ブレンド。
【0098】
多層構造体の内側を20℃、0%RHの空気に、外側を20℃、50%RHの空気に、1か月間接触させて調湿した多層構造体から、実施例2と同様に試験片を切り出して衝撃を与えたところ、試験片に凹みや割れは見られなかった。このことから、実施例3の多層構造体の方が実施例2の多層構造体よりも耐衝撃性に優れることがわかった。
【0099】
実施例4
EVOHを、より低いエチレン含有量を有するEVOHグレードに置き換える以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。
EVOH-24:エチレン含有量が24mol%のエチレン-ビニルアルコール共重合体、けん化度:99.9mol%、メルトインデックス:2.2g/10分(210℃、2.16kg荷重)、密度:1.22g/cm3。このEVOHは、100ppmの酢酸、40ppmのリン酸イオン、150ppmのナトリウムイオン、180ppm(ホウ素原子換算)のホウ酸を含有する。
【0100】
実施例5及び参考例3
HDPEを熱可塑性ポリウレタン(TPU)樹脂層に置き換える以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。EVOHと選択したTPU樹脂との間で直接接着ができることから、中間接着樹脂層は不要であった。
TPU:The Lubrizol Corporation製のLubrizol「ESTANE」TS 92AP7 NAT 055、密度:1.20g/cm3。
試験結果及び層厚を表1にまとめてある。
【0101】
実施例6及び参考例4
HDPE及び接着樹脂層をポリアミド6(ナイロン6、PA6)及びポリアミド6/12(ナイロン6/12、PA6.12)に置き換える以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。EVOHと選択したポリアミドとの間で直接接着ができることから、さらなる接着樹脂層は必要なかった。
PA6:宇部興産製のUBEナイロン1018SE、メルトインデックス:9g/10分(235℃、2.16kg荷重)、密度:1.14g/cm3。
PA6.12:TeknorApex社製の「Chemlon 890H」。
試験結果及び層厚を表1にまとめてある。
【0102】
成形後の多層構造体をリサイクル試験に供した。多層構造体を粉砕機にて粉砕してから、40mmφ単軸押出機に投入し、下記条件にて押出試験を実施した。なお、以降の実施例7~10及び参考例5~7においても同様の条件で押出試験を実施した。
スクリュー回転数:95rpm
シリンダー、ダイ温度設定:C1/C2/C3/C4/C5/D=190℃/230℃/230℃/230℃/230℃/230℃
ダイスホール数:6穴(3mmφ)
【0103】
実施例6で得られた多層構造体の内側を20℃、0%RHの空気に、外側を20℃、50%RHの空気に、1か月間接触させて調湿した多層構造体から幅25cm×長さ25cmの試験片を切り出した。これを、高さ30mmを有するクランプ枠に外側が上向きになるように装着し、23±2℃の試験条件下で、1000g鉄球を高さ100cmのところから3回落下させて、試験片に衝撃を与えたところ、試験片に凹みが見られた。
【0104】
実施例7及び参考例5
HDPE及び接着樹脂層をポリアミド6(ナイロン6、PA6)及びポリアミド12(ナイロン12、PA12)層に置き換える以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。EVOHとPA12の間では直接接着が不十分であるため、EVOHとPA12層の間に、さらなるPA6.12及びPA6ベースの層(PA-Adh)を設けた。
PA-Adh:EVONIK Resource Efficiency GmbH製の「Vestamid SX8002」、PA6.12及びPA6をベースとする可塑化及び耐衝撃性改良された押出成形組成物。
PA12:宇部興産製のポリアミド12「UBESTA 3030XA」、メルトインデックス:2.0g/10分(235℃、2.16kg荷重)、密度:1.02g/cm3。
試験結果及び層厚を表1にまとめてある。
【0105】
実施例8及び参考例6
EVOH層の片面においてHDPE及び接着樹脂層をポリアミド6(ナイロン6、PA6)に置き換え、他方の面においてポリアミド6とエラストマーのブレンド物(PA6-Elastomer)に置き換える以外は、実施例1に記載の手順と同じ手順を繰り返した。
PA6:宇部興産製の「UBEナイロン1018SE」、メルトインデックス:9g/10分(235℃、2.16kg荷重)、密度:1.14g/cm3。
エラストマー:三井化学ヨーロッパ社から市販されている無水マレイン酸変性α-オレフィン共重合体「TAFMER MH7010」、メルトインデックス:0.9g/10分(190℃、2.16kg荷重)、密度:0.870g/cm3。
PA6-エラストマー:80重量%のPA6と20重量%のエラストマーの溶融ブレンド。
試験結果及び層厚を表1にまとめてある。
【0106】
実施例8で得られた多層構造体の内側を20℃、0%RHの空気に、外側を20℃、50%RHの空気に、1か月間接触させて調湿した多層構造体から、実施例6と同様に試験片を切り出して衝撃を与えたところ、試験片に凹みや割れが見られなかった。このことから、実施例8の多層構造体の方が実施例6の多層構造体よりも耐衝撃性に優れることがわかった。
【0107】
実施例9及び参考例7
EVOHの内側又は外側において、HDPE層及び接着樹脂層をポリアミド6(PA6)に置き換える以外は、実施例1に記載のものと同じ手順を繰り返した。
【0108】
実施例10
実施例9において外層と内層の厚みを表1に記載の通り変えた以外は、実施例1と同様に多層シートを作製し、評価した。
【0109】
実施例11
実施例1において、EVOH-32を、ホウ酸を含有しない以外はEVOH-32と同一であるEVOH-32’に変更した以外は、実施例1と同様に多層シートを作製し、評価を行った。実施例11で得られた多層構造体の内側を20℃、0%RHの空気に、外側を20℃、50%RHの空気に、1か月間接触させて調湿してから、実施例1と同様に耐衝撃性を評価したところ、試験片に凹みが見られた。一方で実施例1では試験片に凹みや割れは見られなかったことから、ホウ酸を含有する実施例1において優れた耐衝撃性を有することが確認された。
【0110】