(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-22
(45)【発行日】2024-04-01
(54)【発明の名称】酸化鉄粒子、及び酸化鉄粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 49/00 20060101AFI20240325BHJP
【FI】
C01G49/00 A
(21)【出願番号】P 2023523003
(86)(22)【出願日】2020-12-09
(86)【国際出願番号】 CN2020134786
(87)【国際公開番号】W WO2022120620
(87)【国際公開日】2022-06-16
【審査請求日】2023-04-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100215935
【氏名又は名称】阿部 茂輝
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【氏名又は名称】宮本 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100188673
【氏名又は名称】成田 友紀
(72)【発明者】
【氏名】ヤン シャオエイ
(72)【発明者】
【氏名】袁 建軍
(72)【発明者】
【氏名】リュウ チェン
(72)【発明者】
【氏名】リ メン
(72)【発明者】
【氏名】チョウ ウエイ
(72)【発明者】
【氏名】カク ケン
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第1169685(CN,A)
【文献】特開2013-166659(JP,A)
【文献】特開昭52-063199(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1508192(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 49/00 - 49/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一次粒子径の平均
粒径が4~400μmであって、モリブデンを含
み、
酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するFe
2
O
3
含有率(F
1
)が95.0~99.99質量%であり、前記酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するMoO
3
含有率(M
1
)が0.01~5.0質量%である、多面体形状の酸化鉄粒子。
【請求項2】
前記酸化鉄粒子の[110]面の結晶子径が280nm以上である、請求項1に記載の酸化鉄粒子。
【請求項3】
前記酸化鉄粒子の[104]面の結晶子径が260nm以上である、請求項1に記載の酸化鉄粒子。
【請求項4】
前記酸化鉄粒子の、レーザー回折・散乱法により算出されるメディアン径D
50が0.1~1000μmである、請求項1に記載の酸化鉄粒子。
【請求項5】
前記酸化鉄粒子の、レーザー回折・散乱法により算出される10%径D
10、メディアン径D
50、及び90%径D
90から、次式(1)により求められる分散指数Sが、2.0以下である、請求項1に記載の酸化鉄粒子。
S=(D
90-D
10)/D
50 ・・・(1)
【請求項6】
前記モリブデンが、前記酸化鉄粒子の表層に偏在している、請求項1に記載の酸化鉄粒子。
【請求項7】
前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するFe
2O
3含有率(F
2)が88.0~97.0質量%であり、前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するMoO
3含有率(M
2)が3.0~12.0質量%である、請求項1に記載の酸化鉄粒子。
【請求項8】
ゼータ電位測定により、電位が0となる等電点のpHが2~5である、請求項1に記載の酸化鉄粒子。
【請求項9】
BET法により求められる比表面積が、50m
2/g以下である、請求項1~
8のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
【請求項10】
請求項1~
9のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子の製造方法であって、
モリブデン化合物の存在下で、鉄化合物を焼成することを含む、酸化鉄粒子の製造方法。
【請求項11】
モリブデン化合物及びアルカリ金属化合物の存在下で、鉄化合物を焼成することを含む、請求項
10に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
【請求項12】
前記アルカリ金属化合物が、アルカリ金属酸化物、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸化物又はアルカリ金属塩化物である、請求項
11に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
【請求項13】
前記モリブデン化合物が、三酸化モリブデン、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸カリウム又はモリブデン酸ナトリウムである、請求項
10に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
【請求項14】
前記鉄化合物を焼成する最高焼成温度が800~1600℃である、請求項
10~
13のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化鉄粒子、及び酸化鉄粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化鉄は、結晶構造の違いにより、ヘマタイト(α-Fe2O3)が赤色系を示し、マグネタイト(Fe3O4)が黒色系を示し、マグヘマイト(γ-Fe2O3)が茶褐色系を示すことが知られており、顔料用材料として広く使用されている。また、マグネタイト及びマグヘマイトは、顔料用材料としての用途の他に、その磁気特性を活かして、電波吸収体用、ノイズ抑制用、高透磁率材料用、磁性トナー用及び磁気記録用等の材料にも使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、珪素及びマグネシウムを添加した鉄水酸化物含有水溶液を水熱反応することにより、珪素及びマグネシウムを含有し、粒子径が0.01~100μm、アスペクト比が3~200である薄片状酸化鉄微粒子が得られることが開示されている。
【0004】
特許文献2には、鉄原料を消費アノード電極として、直流アークプラズマ法で製造したγ-Fe2O3の結晶構造を有する赤褐色酸化鉄微粒子を製造した後、該酸化鉄微粒子を還元性雰囲気中で焼成することにより、平均粒径が50~120nmであって、Fe3O4の結晶構造を有する酸化鉄微粒子黒色顔料が得られることが開示されている。
【0005】
特許文献3には、β-FeO(OH)ナノ微粒子をシリコン酸化物で被覆した後、当該シリコン酸化物で被覆したβ-FeO(OH)ナノ微粒子を酸化性雰囲気下で熱処理することにより、単相ε-Fe2O3であって、平均粒径が15nm以下である酸化鉄ナノ磁性粒子が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-254969号公報
【文献】特開2002-104828号公報
【文献】特開2014-224027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1~3に開示された酸化鉄粒子の製造方法では、いずれも、分散安定性が乏しく、粒子形状を安定して制御できるものではなかった。
【0008】
そこで、本発明は、凝集性が低く、分散安定性に優れ、粒子形状を安定して制御できる、多面体形状の酸化鉄粒子、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の態様を包含するものである。
[1] モリブデンを含む多面体形状の酸化鉄粒子。
[2] 前記酸化鉄粒子の[110]面の結晶子径が280nm以上である、前記[1]に記載の酸化鉄粒子。
[3] 前記酸化鉄粒子の[104]面の結晶子径が260nm以上である、前記[1]又は[2]に記載の酸化鉄粒子。
[4] 前記酸化鉄粒子の、レーザー回折・散乱法により算出されるメディアン径D50が0.1~1000μmである、前記[1]~[3]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
[5] 前記酸化鉄粒子の、レーザー回折・散乱法により算出される10%径D10、メディアン径D50、及び90%径D90から、次式(1)により求められる分散指数Sが、2.0以下である、前記[1]~[4]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
S=(D90-D10)/D50 ・・・(1)
[6] 前記酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するFe2O3含有率(F1)が95.0~99.99質量%であり、前記酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するMoO3含有率(M1)が0.01~5.0質量%である、前記[1]~[5]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
[7] 前記モリブデンが、前記酸化鉄粒子の表層に偏在している、前記[1]~[6]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
[8] 前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するFe2O3含有率(F2)が88.0~97.0質量%であり、前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するMoO3含有率(M2)が3.0~12.0質量%である、前記[1]~[7]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
[9] ゼータ電位測定により、電位が0となる等電点のpHが2~5である、前記[1]~[8]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
[10] BET法により求められる比表面積が、50m2/g以下である、前記[1]~[9]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子。
[11] 前記[1]~[10]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子の製造方法であって、
モリブデン化合物の存在下で、鉄化合物を焼成することを含む、酸化鉄粒子の製造方法。
[12] モリブデン化合物及びアルカリ金属化合物の存在下で、鉄化合物を焼成することを含む、前記[11]に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
[13] 前記アルカリ金属化合物が、アルカリ金属酸化物、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸化物又はアルカリ金属塩化物である、前記[12]に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
[14] 前記モリブデン化合物が、三酸化モリブデン、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸カリウム又はモリブデン酸ナトリウムである、前記[11]~[13]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
[15] 前記鉄化合物を焼成する最高焼成温度が800~1600℃である、前記[11]~[14]のいずれか一項に記載の酸化鉄粒子の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、凝集性が低く、分散安定性に優れ、粒子形状を安定して制御できる、多面体形状の酸化鉄粒子、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図10】比較例2の酸化鉄粒子のSEM写真である。
【
図11】実施例及び比較例の酸化鉄粒子のX線回折(XRD)パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<酸化鉄粒子>
【0013】
本実施形態の酸化鉄粒子は、モリブデンを含む多面体形状の酸化鉄粒子である。
【0014】
本実施形態の酸化鉄粒子は、モリブデンを含んでおり、後述する製造方法において、モリブデンの含有率や存在状態を制御することにより、多面体形状に粒子形状を安定して制御でき、使用する用途に応じた酸化鉄粒子の物性や性能、例えば色相や透明性などの光学特性等を任意に調整することができる。
【0015】
本実施形態の酸化鉄粒子の[110]面の結晶子径は、好ましくは280nm以上であり、より好ましくは300nm以上であり、さらに好ましくは320nm以上であり、特に好ましくは340nm以上である。本実施形態の酸化鉄粒子の[110]面の結晶子径は800nm以下であってもよく、750nm以下であってもよく、700nm以下であってもよく、650nm以下であってもよい。本実施形態の酸化鉄粒子の[110]面の結晶子径は280nm以上800nm以下であってもよく、好ましくは300nm以上750nm以下であり、より好ましくは320nm以上700nm以下であり、さらに好ましくは340nm以上650nm以下である。
本明細書において、酸化鉄粒子の[110]面の結晶子径とは、X線回折法(XRD法)を用いて測定された[110]面に帰属されるピーク(すなわち、2θ=35.6°付近に出現するピーク)の半値幅からシェラー式を用いて算出された結晶子径の値を採用するものとする。
【0016】
本明細書において、「多面体形状」とは、6面体以上、好ましくは8面体以上、より好ましくは10~30面体であることを意味する。また、「多面体形状」のうち、多面体を形成する少なくとも2平面が平べったく、平均粒径を厚さで除したアスペクト比が2以上である形状を、「板状」と云う。
【0017】
本実施形態の多面体形状の酸化鉄粒子は、[110]面の結晶子径が280nm以上と大きいので、結晶性を高く保持でき、平均粒径を制御し易く、粒度分布を狭く制御し易い。
【0018】
本実施形態の酸化鉄粒子は、[104]面の結晶子径が260nm以上であることが好ましく、270nm以上であることがより好ましく、280nm以上であることがさらに好ましい。本実施形態の酸化鉄粒子は、[104]面の結晶子径が600nm以下であってもよく、550nm以下であってもよく、500nm以下であってもよい。本実施形態の酸化鉄粒子は、[104]面の結晶子径が260nm以上600nm以下であることが好ましく、270nm以上550nm以下であることがより好ましく、280nm以上500nm以下であることがさらに好ましい。
本明細書において、酸化鉄粒子の[104]面の結晶子径とは、X線回折法(XRD法)を用いて測定された[104]面に帰属されるピーク(すなわち、2θ=33.2°付近に出現するピーク)の半値幅からシェラー式を用いて算出された結晶子径の値を採用するものとする。
【0019】
本実施形態の多面体形状の酸化鉄粒子は、[110]面の結晶子径が280nm以上であり、かつ、[104]面の結晶子径が260nm以上と大きいので、結晶性を高く保持でき、平均粒径を制御し易く、粒度分布を狭く制御し易い。
【0020】
本実施形態の酸化鉄粒子の、レーザー回折・散乱法により算出されるメディアン径D50は、0.1~1000μmであることが好ましく、0.5~600μmであることが好ましく、1.0~400μmであることがより好ましく、2.0~200μmであることがさらに好ましい。
【0021】
本実施形態の酸化鉄粒子の、レーザー回折・散乱法により算出される10%径D10、メディアン径D50、及び90%径D90から、次式(1)により求められる分散指数Sは、2.0以下であることが好ましく、1.9以下であることがより好ましく、1.8以下であることがさらに好ましい。
S=(D90-D10)/D50 ・・・(1)
【0022】
前記10%径D10、前記メディアン径D50、及び前記90%径D90は、レーザー回折・散乱法により算出される。具体的には、レーザー回折式粒度分布測定装置、例えば、レーザー回折式粒度分布計HELOS(H3355)&RODOS、R3:0.5/0.9-175μm(株式会社日本レーザー製)を用い、分散圧3bar、引圧90mbarの条件で、乾式で粒子径分布を測定し、10%径D10、メディアン径D50、及び90%径D90を求めることができる。
【0023】
本実施形態の酸化鉄粒子は、前記酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するFe2O3含有率(F1)が95.0~99.99質量%であり、前記酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するMoO3含有率(M1)が0.01~5.0質量%であることが好ましい。
酸化鉄粒子100質量%に対するFe2O3含有率(F1)及びMoO3含有率(M1)は、例えば、蛍光X線分析装置PrimusIV(株式会社リガク製)を用いて、XRF(蛍光X線)分析することにより、測定することができる。
【0024】
本実施形態の酸化鉄粒子は、モリブデンが、前記酸化鉄粒子の表層に偏在していることが好ましい。
ここで、「表層」とは実施形態に係る酸化鉄粒子の表面から10nm以内のことをいう。この距離は、実施例において計測に用いたXPSの検出深さに対応する。
ここで「表層に偏在」するとは、前記表層における単位体積あたりのモリブデン又はモリブデン化合物の質量が、前記表層以外における単位体積あたりのモリブデン又はモリブデン化合物の質量よりも多い状態をいう。
【0025】
モリブデン又はモリブデン化合物を表層に偏在させることで、表層だけでなく表層以外(内層)にもモリブデン又はモリブデン化合物を存在させる場合に比べて、より分散安定性に優れる酸化鉄粒子にすることができる。
前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するMoO3含有率(M2)が、前記酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するMoO3含有率(M1)よりも、多いことで、モリブデンが、酸化鉄粒子の表層に偏在していることを確認することができる。
【0026】
本実施形態の酸化鉄粒子は、前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するFe2O3含有率(F2)が88.0~97.0質量%であり、前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するMoO3含有率(M2)が3.0~12.0質量%であることが好ましい。
Fe2O3含有率(F2)とは、酸化鉄粒子をX線光電子分光法(XPS:XrayPhotoelectron Spectroscopy)により、XPS表面分析することによって、各元素について存在比(atom%)を取得し、鉄含有量を酸化物換算することにより、酸化鉄粒子の表層100質量%に対するFe2O3の含有率として求めた値を云う。
MoO3含有率(M2)とは、酸化鉄粒子をX線光電子分光法(XPS:XrayPhotoelectron Spectroscopy)により、XPS表面分析することによって、各元素について存在比(atom%)を取得し、モリブデン含有量を酸化物換算することにより、酸化鉄粒子の表層100質量%に対するMoO3の含有率として求めた値を云う。
【0027】
本実施形態の酸化鉄粒子は、前記酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するMoO3含有率(M1)に対する、前記酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するMoO3含有率(M2)の表面偏在比(M2/M1)が2~80であることが好ましい。
【0028】
本実施形態の酸化鉄粒子は、さらに、リチウム、カリウム、ナトリウム又は珪素を含んでいてもよい。
【0029】
本実施形態の酸化鉄粒子は、通常の酸化鉄粒子に比べて、モリブデンが酸化鉄粒子の表層に偏在することで、ゼータ電位測定により、電位が0(ゼロ)となる等電点のpHがより酸性側にシフトしている。
本実施形態の酸化鉄粒子の電位が0(ゼロ)となる等電点のpHは、例えば2~5の範囲であり、2.3~4.5の範囲であることが好ましく、2.5~4の範囲であることがより好ましい。等電点のpHが上記範囲内にある酸化鉄粒子は、静電反発力が高く、それ自体で被分散媒体へ配合した際の分散安定性を高めることができる。
【0030】
本実施形態の酸化鉄粒子の、BET法により求められる比表面積は、50m2/g以下であってもよく、30m2/g以下であってもよく、10m2/g以下であってもよく、5m2/g以下であってもよい。
本実施形態の酸化鉄粒子の、BET法により求められる比表面積は、0.1~50m2/gであってもよく、0.1~30m2/gであってもよく、0.1~10m2/gであってもよく、0.1~5m2/g以下であってもよい。
【0031】
本実施形態の酸化鉄粒子の一次粒子の平均粒径は、2~1000μmであってもよく、3~500μmであってもよく、4~400μmであってもよく、5~200μmであってもよい。
【0032】
多面体形状の酸化鉄粒子の一次粒子の平均粒径とは、酸化鉄粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影し、二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)と短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径としたとき、ランダムに選ばれた50個の一次粒子の一次粒子径の平均値を云う。
<酸化鉄粒子の製造方法>
【0033】
本実施形態の製造方法は、前記酸化鉄粒子の製造方法であって、モリブデン化合物の存在下で、鉄化合物を焼成することを含む。
【0034】
本実施形態の酸化鉄粒子の製造方法は、モリブデン化合物の存在下で、前記鉄化合物を焼成することにより、粒子形状を安定して制御でき、酸化鉄粒子の[110]面の結晶子径を大きくすることができ、酸化鉄粒子を多面体形状にすることができ、酸化鉄粒子を凝集性が低く、分散安定性に優れるものとすることができる。
【0035】
酸化鉄粒子の好ましい製造方法は、鉄化合物と、モリブデン化合物と、を混合して混合物とする工程(混合工程)と、前記混合物を焼成する工程(焼成工程)を含む。
[混合工程]
【0036】
混合工程は、鉄化合物と、モリブデン化合物と、を混合して混合物とする工程である。以下、混合物の内容について説明する。
(鉄化合物)
【0037】
前記鉄化合物としては、焼成して酸化鉄となり得る化合物であれば限定されない。前記鉄化合物として、酸化鉄であってもよく、オキシ水酸化鉄であってもよく、水酸化鉄であってもよく、これらに限られない。酸化鉄としては、いわゆるウスタイトと呼ばれる酸化鉄(II)(FeO)、黒色系の酸化鉄(II,III)(Fe3O4)、及び、赤色系ないし茶褐色系の酸化鉄(III)(Fe2O3)が挙げられる。酸化鉄(III)としては、α-Fe2O3、β-Fe2O3、γ-Fe2O3、及びε-Fe2O3が挙げられる。オキシ水酸化鉄としては、α-オキシ水酸化鉄、β-オキシ水酸化鉄、γ-オキシ水酸化鉄、δ-オキシ水酸化鉄、等が挙げられる。水酸化鉄としては、水酸化鉄(II)(Fe(OH)2)及び水酸化鉄(III)(Fe(OH)3)が挙げられる。酸化鉄として、酸化鉄(III)(Fe2O3)が好ましい。
(モリブデン化合物)
【0038】
前記モリブデン化合物としては、酸化モリブデン、モリブデン酸塩化合物等が挙げられる。
【0039】
前記酸化モリブデンとしては、二酸化モリブデン、三酸化モリブデン等が挙げられ、三酸化モリブデンが好ましい。
【0040】
前記モリブデン酸塩化合物は、MoO4
2-、Mo2O7
2-、Mo3O10
2-、Mo4O13
2-、Mo5O16
2-、Mo6O19
2-、Mo7O24
6-、Mo8O26
4-等のモリブデンオキソアニオンの塩化合物であれば限定されない。モリブデンオキソアニオンのアルカリ金属塩であってもよく、アルカリ土類金属塩であってもよく、アンモニウム塩であってもよい。
【0041】
モリブデン酸アルカリ金属塩としては、K2MoO4、K2Mo2O7、K2Mo3O10、K2Mo4O13、K2Mo5O16、K2Mo6O19、K6Mo7O24、K4Mo8O26等のモリブデン酸カリウム塩;Na2MoO4
2-、Na2Mo2O7
2-、Na2Mo3O10
2-、Na2Mo4O13
2-、Na2Mo5O16
2-、Na2Mo6O19
2-、Na6Mo7O24
6-、Na4Mo8O26
4-等のモリブデン酸ナトリウム塩;Li2MoO4、Li2Mo2O7、Li2Mo3O10、Li2Mo4O13、Li2Mo5O16、Li2Mo6O19、Li6Mo7O24、Li4Mo8O26等のモリブデン酸リチウム塩;が挙げられる。
【0042】
前記モリブデン酸塩化合物としては、モリブデンオキソアニオンのアルカリ金属塩が好ましく、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸カリウム又はモリブデン酸ナトリウムであることがより好ましい。
【0043】
モリブデン酸アルカリ金属塩は、焼成温度域でも気化することなく、焼成後に洗浄で、容易に回収できるため、モリブデン化合物が焼成炉外へ放出される量も低減され、生産コストとしても大幅に低減することができる。
【0044】
モリブデン化合物に珪素を含むことができる。その場合、珪素を含むモリブデン化合物がフラックス剤と形状制御剤と両方の役割を果たす。
【0045】
本実施形態の酸化鉄粒子の製造方法において、前記モリブデン酸塩化合物は、水和物であってもよい。
【0046】
本実施形態の酸化鉄粒子の製造方法において、モリブデン化合物はフラックス剤として用いられる。本明細書中では、以下、フラックス剤としてモリブデン化合物を用いたこの製造方法を単に「フラックス法」ということがある。なお、かかる焼成により、モリブデン化合物が鉄化合物と高温で反応し、モリブデン酸鉄を形成した後、このモリブデン酸鉄が、さらに、より高温で酸化鉄と酸化モリブデンに分解する際に、モリブデン化合物が酸化鉄粒子内に取り込まれるものと考えられる。酸化モリブデンは昇華して、系外に取り除かれるとともに、この過程で、モリブデン化合物と鉄化合物が反応することにより、モリブデン化合物が酸化鉄粒子の表層に形成されるものと考えられる。酸化鉄粒子に含まれるモリブデン化合物の生成機構について、より詳しくは、酸化鉄粒子の表層に、モリブデンとFe原子の反応によるMo-O-Feの形成が起こり、高温焼成することでMoが脱離するとともに、酸化鉄粒子の表層に、酸化モリブデン、又はMo-O-Fe結合を有する化合物等が形成するものと考えられる。
【0047】
酸化鉄粒子に取り込まれない酸化モリブデンは、昇華させることにより回収して、再利用することもできる。こうすることで、酸化鉄粒子の表面に付着する酸化モリブデン量を低減でき、酸化鉄粒子本来の性質を最大限に付与することができる。
なお、本発明においては、後記する製造方法において昇華しうる性質を有するものをフラックス剤、昇華し得ないものを形状制御剤と称するものとする。
(形状制御剤)
【0048】
実施形態に係る酸化鉄粒子を形成するために、形状制御剤を用いることできる。
形状制御剤はモリブデン化合物の存在下で前記混合物を焼成することによる酸化鉄の結晶成長に重要な役割を果たす。
【0049】
形状制御剤としては、アルカリ金属化合物、酸化珪素等が挙げられる。
アルカリ金属化合物としては、アルカリ金属酸化物、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸化物又はアルカリ金属塩化物が好ましく、アルカリ金属炭酸化物がより好ましい。
形状制御剤としては、アルカリ金属炭酸化物又は酸化珪素が好ましい。
アルカリ金属炭酸化物として、炭酸カリウム、炭酸リチウム、炭酸ナトリウムが挙げられる。前記モリブデン酸塩化合物がアルカリ金属塩であるとき、すなわち、前記モリブデン酸塩化合物がモリブデン酸アルカリ金属塩であるとき、鉄化合物と、モリブデン酸アルカリ金属塩との混合物の焼成条件下には、モリブデン化合物及びアルカリ金属化合物が存在するものとみなす。モリブデン酸アルカリ金属塩は、フラックス剤及び形状制御剤の両方の役割を果たす。
【0050】
本実施形態の酸化鉄粒子の製造方法において、鉄化合物、及びモリブデン化合物の配合量は、特に限定されるものではないが、好ましくは、前記混合物100質量%に対して、35質量%以上の鉄化合物と、65質量%以下のモリブデン化合物と、を混合して混合物とし、前記混合物を焼成することができる。より好ましくは、前記混合物100質量%に対して、40質量%以上99質量%以下の鉄化合物と、0.5質量%以上60質量%以下のモリブデン化合物と、を混合して混合物とし、前記混合物を焼成することができる。さらに好ましくは、前記混合物100質量%に対して、45質量%以上95質量%以下の鉄化合物と、2質量%以上55質量%以下のモリブデン化合物とを混合して混合物とし、前記混合物を焼成することができる。
【0051】
上記の範囲で各種化合物を使用することで、得られる酸化鉄粒子が含むモリブデン化合物の量がより適当なものとなり、多面体形状が良好に形成され、[110]面の結晶子径が280nm以上である酸化鉄粒子を製造することができる。
[焼成工程]
【0052】
焼成工程は、前記混合物を焼成する工程である。実施形態に係る酸化鉄粒子は、前記混合物を焼成することで得られる。上記した通り、この製造方法はフラックス法と呼ばれる。
【0053】
フラックス法は、溶液法に分類される。フラックス法とは、より詳細には、結晶-フラックス2成分系状態図が共晶型を示すことを利用した結晶成長の方法である。フラックス法のメカニズムとしては、以下の通りであると推測される。すなわち、溶質及びフラックスの混合物を加熱していくと、溶質及びフラックスは液相となる。この際、フラックスは融剤であるため、換言すれば、溶質-フラックス2成分系状態図が共晶型を示すため、溶質は、その融点よりも低い温度で溶融し、液相を構成することとなる。この状態で、フラックスを蒸発させると、フラックスの濃度は低下し、換言すれば、フラックスによる前記溶質の融点低下効果が低減し、フラックスの蒸発が駆動力となって溶質の結晶成長が起こる(フラックス蒸発法)。なお、溶質及びフラックスは液相を冷却することによっても溶質の結晶成長を起こすことができる(徐冷法)。
【0054】
フラックス法は、融点よりもはるかに低い温度で結晶成長をさせることができる、結晶構造を精密に制御できる、自形をもつ多面体結晶体を形成できる等のメリットを有する。
【0055】
フラックスとしてモリブデン化合物を用いたフラックス法による酸化鉄粒子の製造では、そのメカニズムは必ずしも明らかではないが、例えば、以下のようなメカニズムによるものと推測される。すなわち、モリブデン化合物の存在下で鉄化合物を焼成すると、まず、モリブデン酸鉄が形成される。この際、当該モリブデン酸鉄は、上述の説明からも理解されるように、酸化鉄の融点よりも低温で酸化鉄結晶を成長させる。そして、例えば、フラックスを蒸発させることで、モリブデン酸鉄が分解し、結晶成長することで酸化鉄粒子を得ることができる。すなわち、モリブデン化合物がフラックスとして機能し、モリブデン酸鉄という中間体を経由して酸化鉄粒子が製造されるのである。
【0056】
さらに形状制御剤を用いた場合の、フラックス法による酸化鉄粒子の製造では、そのメカニズムは必ずしも明らかではない。例えば、形状制御剤としてカリウム化合物を用いた場合、以下のようなメカニズムによるものと推測される。まず、モリブデン化合物と鉄化合物が反応してモリブデン酸鉄を形成する。そして、例えば、モリブデン酸鉄が分解して酸化モリブデンと酸化鉄となり、同時に、分解によって得られた酸化モリブデンを含むモリブデン化合物は、カリウム化合物と反応してモリブデン酸カリウムを形成する。当該モリブデン酸カリウムを含むモリブデン化合物の存在下で酸化鉄が結晶成長することで、実施形態に係る多面体形状の酸化鉄粒子を得ることができる。
【0057】
上記フラックス法により、モリブデンを含む多面体形状の酸化鉄粒子であって、[110]面の結晶子径が280nm以上である酸化鉄粒子を製造することができる。
【0058】
焼成の方法は、特に限定はなく、公知慣用の方法で行うことができる。焼成温度が650℃を超えると、鉄化合物と、モリブデン化合物が反応して、モリブデン酸鉄を形成する。さらに、焼成温度が800℃以上になると、モリブデン酸鉄が分解し、形状制御剤の作用で酸化鉄粒子を形成する。また、酸化鉄粒子では、モリブデン酸鉄が分解することで、酸化鉄と酸化モリブデンになる際に、モリブデン化合物が酸化鉄粒子内に取り込まれるものと考えられる。
【0059】
また、焼成温度が1000℃以上になると、例えば、形状制御剤としてカリウム化合物を用いた場合、モリブデン酸鉄の分解により得られるモリブデン化合物(例えば三酸化モリブデン)がカリウム化合物と反応し、モリブデン酸カリウムを形成するものと考えられる。
【0060】
また、焼成する時に、鉄化合物とモリブデン化合物の状態は特に限定されず、モリブデン化合物が鉄化合物に作用できる同一の空間に存在すれば良い。具体的には、モリブデン化合物と鉄化合物との粉体を混ぜ合わせる簡便な混合、粉砕機等を用いた機械的な混合、乳鉢等を用いた混合であっても良く、乾式状態、湿式状態での混合であっても良い。
【0061】
焼成温度の条件に特に限定は無く、目的とする酸化鉄粒子の平均粒径、酸化鉄粒子におけるモリブデン化合物の形成、分散性等により、適宜、決定される。焼成温度については、最高焼成温度がモリブデン酸鉄の分解温度に近い800℃以上が好ましく、900℃以上がより好ましい。
【0062】
一般的に、焼成後に得られる酸化鉄の形状を制御しようとすると、酸化鉄の融点に近い1500℃以上の高温焼成を行う必要があるが、焼成炉へ負担や燃料コストの点から、産業上利用する為には大きな課題がある。
【0063】
本発明の製造方法は、1500℃を超えるような高温であっても実施可能であるが、1300℃以下という酸化鉄の融点よりかなり低い温度であっても、前駆体の形状にかかわりなく[110]面の結晶子径及び[104]面の結晶子径が大きく、多面体形状の酸化鉄粒子を形成することができる。
【0064】
本発明の一実施形態によれば、最高焼成温度が800~1600℃の条件であっても、[110]面の結晶子径及び[104]面の結晶子径が大きく、多面体形状の酸化鉄粒子の形成を低コストで効率的に行うことができ、最高焼成温度が850~1500℃での焼成がより好ましく、最高焼成温度が900~1400℃の範囲の焼成が最も好ましい。
【0065】
昇温速度は、製造効率の観点から、20~600℃/hであってもよく、40~500℃/hであってもよく、80~400℃/hであってもよい。
【0066】
焼成の時間については、所定の最高焼成温度への昇温時間を15分~10時間の範囲で行い、且つ最高焼成温度における保持時間を5分~30時間の範囲で行うことが好ましい。酸化鉄粒子の形成を効率的に行うには、10分~15時間程度の時間の最高焼成温度保持時間であることがより好ましい。
最高焼成温度が900~1400℃かつ10分~15時間の最高焼成温度保持時間の条件を選択することで、モリブデンを含む多面体形状の酸化鉄粒子が凝集し難く、容易に得られる。
【0067】
焼成の雰囲気としては、本発明の効果が得られるのであれば特に限定されないが、例えば、空気や酸素といった含酸素雰囲気や、窒素やアルゴン、又は二酸化炭素といった不活性雰囲気が好ましく、コストの面を考慮した場合は空気雰囲気がより好ましい。
【0068】
焼成するための装置としても必ずしも限定されず、いわゆる焼成炉を用いることができる。焼成炉は昇華した酸化モリブデンと反応しない材質で構成されていることが好ましく、さらに酸化モリブデンを効率的に利用するように、密閉性の高い焼成炉を用いることが好ましい。
【0069】
こうすることにより、酸化鉄粒子の表面に付着するモリブデン化合物量を低減でき、酸化鉄粒子本来の性質を最大限に付与することができる。
[モリブデン除去工程]
【0070】
本実施形態の酸化鉄粒子の製造方法は、焼成工程後、必要に応じてモリブデンの少なくとも一部を除去するモリブデン除去工程をさらに含んでいてもよい。
【0071】
上述のように、焼成時においてモリブデンは昇華を伴うことから、焼成時間、焼成温度等を制御することで、酸化鉄粒子表層に存在する酸化モリブデン含有量を制御することができ、また酸化鉄粒子表層以外(内層)に存在する酸化モリブデン含有量やその存在状態を制御することができる。
【0072】
モリブデンは、酸化鉄粒子の表面に付着しうる。上記昇華以外の手段として、当該モリブデンは水、アンモニア水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、酸性水溶液で洗浄することにより除去することができる。なお、モリブデンは酸化鉄粒子から除去されていなくとも良いが、少なくとも表面のモリブデンは除去した方が、各種バインダーに基づく被分散媒体に分散させて用いる様な際には、酸化鉄本来の性質を充分に発揮でき、表面に存在したモリブデンによる不都合が生じないので好ましい。
【0073】
この際、使用する水、アンモニア水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、酸性水溶液の濃度、使用量、及び洗浄部位、洗浄時間等を適宜変更することで、酸化モリブデン含有量を制御することができる。
[粉砕工程]
【0074】
焼成工程を経て得られる焼成物は酸化鉄粒子が凝集して、本発明に好適な粒子径の範囲を満たさない場合がある。そのため、酸化鉄粒子は、必要に応じて、本発明に好適な粒子径の範囲を満たすように粉砕してもよい。
焼成物の粉砕の方法は特に限定されず、ボールミル、ジョークラッシャー、ジェットミル、ディスクミル、スペクトロミル、グラインダー、ミキサーミル等の従来公知の粉砕方法を適用できる。
[分級工程]
【0075】
酸化鉄粒子は、平均粒径を調整し、粉体の流動性を向上するため、又はマトリックスを形成するためのバインダーに配合したときの粘度上昇を抑制するために、好ましくは分級処理される。「分級処理」とは、粒子の大きさによって粒子をグループ分けする操作をいう。
分級は湿式、乾式のいずれでも良いが、生産性の観点からは、乾式の分級が好ましい。
乾式の分級には、篩による分級のほか、遠心力と流体抗力の差によって分級する風力分級などがあるが、分級精度の観点からは、風力分級が好ましく、コアンダ効果を利用した気流分級機、旋回気流式分級機、強制渦遠心式分級機、半自由渦遠心式分級機などの分級機を用いて行うことができる。
上記した粉砕工程や分級工程は、必要な段階において行うことができる。これら粉砕や分級の有無やそれらの条件選定により、例えば、得られる酸化鉄粒子の平均粒径を調整することができる。
【0076】
本発明の酸化鉄粒子、或いは本発明の製造方法で得る酸化鉄粒子は、凝集が少ないもの或いは凝集していないものが、本来の性質を発揮しやすく、それ自体の取扱性により優れており、また被分散媒体に分散させて用いる場合において、より分散性に優れる観点から、好ましい。酸化鉄粒子の製造方法においては、上記した粉砕工程や分級工程は行わずに、凝集が少ないもの或いは凝集していないものが得られれば、左記工程を行う必要もなく、目的の優れた性質を有する酸化鉄粒子を、生産性高く製造することができるので好ましい。
【実施例】
【0077】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[比較例1]
【0078】
赤色の酸化鉄(関東化学株式会社製試薬、α-Fe
2O
3、ヘマタイト)を、比較例1の酸化鉄粒子とした。比較例1の酸化鉄粒子のSEM写真を
図9に示す。粒子形状は無定形であった。
[比較例2]
【0079】
(酸化鉄粒子の製造)
【0080】
赤色の酸化鉄(関東化学株式会社製試薬、α-Fe2O3、ヘマタイト)10.0gを容器に取り、酸化アルミニウム製の匣鉢に入れて以下の条件で熱処理を行った。
(熱処理)
【0081】
モトヤマ社製加熱炉SC-2045D-SPを使用し、室温から1100℃までは300℃/hで昇温し、1100℃で10時間保持した後、200℃/hで降温させた。
【0082】
得られた比較例2の酸化鉄粒子は黒~茶色であった。比較例2の酸化鉄粒子のSEM写真を
図8に示す。比較例1の酸化鉄粒子に比べて、比較例2の酸化鉄粒子は、粒子成長して粒子径が大きくなり、焼結したことが確認できる。また、分散性が悪く凝集している。粒子形状は無定形のままであった。
[実施例1]
【0083】
(酸化鉄粒子の製造)
【0084】
酸化鉄(関東化学株式会社製試薬)9.5g、及び、三酸化モリブデン(MoO3、太陽鉱工株式会社製)0.5gを乳鉢で混合し、混合物を得た。得られた混合物を坩堝に入れ、セラミック電気炉にて1100℃で10時間焼成を行なった。降温後、得られた固体を坩堝から取り出し、9.6gの黒色粉末を得た。
【0085】
続いて、得られた前記黒色粉末の9.0gを0.5%アンモニア水の100mLに分散し、分散溶液を室温(25~30℃)で3時間攪拌後、ろ過によりアンモニア水を除き、水洗浄と乾燥を行うことで、粒子表面に残存するモリブデンを除去し、酸化鉄粒子の黒色粉末8.7gを得た。
【0086】
得られた実施例1の酸化鉄粒子のSEM写真を
図1に示す。立方体に近い多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例1の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
[実施例2]
【0087】
(酸化鉄粒子の製造)
【0088】
実施例1において、原料の試薬量を、酸化鉄(関東化学株式会社製試薬)8.0g、及び、三酸化モリブデン(MoO
3、太陽鉱工株式会社製)2.0gに変更したこと以外は実施例1と同様にして、酸化鉄粒子の黒色粉末を得た。
得られた実施例2の酸化鉄粒子のSEM写真を
図2に示す。多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例2の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
[実施例3]
【0089】
(酸化鉄粒子の製造)
【0090】
酸化鉄(関東化学株式会社製試薬)10.0g、及び、モリブデン酸リチウム(Li2MoO4、関東化学株式会社製試薬)10gを乳鉢で混合し、混合物を得た。得られた混合物を坩堝に入れ、セラミック電気炉にて1100℃で10時間焼成を行なった。降温後、得られた固体を坩堝から取り出し、20gの黒色固体を得た。
【0091】
続いて、得られた前記黒色固体を水で洗浄、ろ過により水を除き、水洗浄と乾燥を行うことで、モリブデン酸リチウムを除去し、酸化鉄粒子の黒色粉末8.5gを得た。
【0092】
得られた実施例3の酸化鉄粒子のSEM写真を
図3に示す。正八面体に近い多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例3の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
[実施例4]
【0093】
(酸化鉄粒子の製造)
【0094】
実施例3において、モリブデン酸リチウム(関東化学株式会社製試薬)10gを、モリブデン酸カリウム(K
2MoO
4、関東化学株式会社製試薬)10gに変更したこと以外実施例3と同様にして、酸化鉄粒子の黒色粉末を得た。
得られた実施例4の酸化鉄粒子のSEM写真を
図4に示す。多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例4の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
[実施例5]
【0095】
(酸化鉄粒子の製造)
【0096】
実施例3において、モリブデン酸リチウム(関東化学株式会社製試薬)10gを、モリブデン酸ナトリウム二水和物(Na
2MoO
4・2H
2O、関東化学株式会社製試薬)12gに変更したこと以外実施例3と同様にして、酸化鉄粒子の黒色粉末を得た。
得られた実施例5の酸化鉄粒子のSEM写真を
図5に示す。多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例5の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
[実施例6]
【0097】
(酸化鉄粒子の製造)
【0098】
実施例2において、焼成温度を、900℃に変更したこと以外実施例2と同様にして、酸化鉄粒子の黒色粉末を得た。
得られた実施例6の酸化鉄粒子のSEM写真を
図6に示す。多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例6の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
[実施例7]
【0099】
(酸化鉄粒子の製造)
【0100】
酸化鉄(関東化学株式会社製試薬)10g、三酸化モリブデン(MoO3、太陽鉱工株式会社製試薬)5.8g、及び、炭酸カリウム(K2CO3、関東化学株式会社製試薬)6gを乳鉢で混合し、混合物を得た。得られた混合物を坩堝に入れ、セラミック電気炉にて1300℃で10時間焼成を行なった。降温後、得られた固体を坩堝から取り出し、22gの黒色固体を得た。
【0101】
続いて、得られた前記黒色固体を水で洗浄、ろ過により水を除き、水洗浄と乾燥を行うことで、モリブデン酸ナトリウムを除去し、酸化鉄粒子の黒色粉末9.0gを得た。
得られた実施例7の酸化鉄粒子のSEM写真を
図7に示す。多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例7の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
[実施例8]
【0102】
(酸化鉄粒子の製造)
【0103】
酸化鉄(関東化学株式会社製試薬)10g、三酸化モリブデン(MoO3、太陽鉱工株式会社製試薬)5.8g、炭酸ナトリウム(Na2CO3、関東化学株式会社製試薬)6g、及び、二酸化ケイ素(関東化学株式会社製試薬)0.5gを乳鉢で混合し、混合物を得た。得られた混合物を坩堝に入れ、セラミック電気炉にて1100℃で10時間焼成を行なった。降温後、得られた固体を坩堝から取り出し、22gの黒色固体を得た。
【0104】
続いて、得られた前記黒色固体を水で洗浄、ろ過により水を除き、水洗浄と乾燥を行うことで、モリブデン酸ナトリウムを除去し、酸化鉄粒子の黒色粉末9.0gを得た。
得られた実施例8の酸化鉄粒子のSEM写真を
図8に示す。板状に近い多面体形状の酸化鉄粒子が観察された。実施例8の酸化鉄粒子は目立った凝集が見られず、比較例1、2の酸化鉄粒子に比べて分散性が良い。
【0105】
【表1】
[酸化鉄粒子の一次粒子の平均粒径の測定]
【0106】
酸化鉄粒子を、走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した。二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)及び短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径とした。同様の操作をランダムに選ばれた50個の一次粒子に対して行い、その一次粒子の一次粒子径の平均値から、一次粒子の平均粒径を算出した。結果を表2に示す。
[結晶子径の測定]
【0107】
検出器として高強度・高分解能結晶アナライザ(CALSA)を備えるX線回折装置(株式会社リガク製、SmartLab)を用いて、下記の測定条件で粉末X線回折(2θ/θ法)による測定を行った。株式会社リガク製、解析ソフトウエア(PDXL)のCALSA関数を用いて解析し、[104]面の結晶子径については、2θ=33.2°付近に出現するピークの半値幅からシェラー式を用いて算出し、[110]面の結晶子径については、2θ=35.6°付近に出現するピークの半値幅からシェラー式を用いて算出した。結果を表2に示す。
【0108】
(粉末X線回折法の測定条件)
管電圧:45kV
管電流:200mA
スキャンスピード:0.05°/min
スキャン範囲:10~70°
ステップ:0.002°
βs:20rpm
装置標準幅:米国立標準技術研究所が作製している標準シリコン粉末(NIST、640d)を用いて算出した0.026°を使用した。
[結晶構造解析:XRD(X線回折)法]
【0109】
実施例1~3及び比較例1~2の酸化鉄粒子の試料を0.5mm深さの測定試料用ホルダーに充填し、それを広角X線回折(XRD)装置(株式会社リガク製 UltimaIV)にセットし、Cu/Kα線、40kV/40mA、スキャンスピード2°/min、走査範囲10~70°の条件で測定を行った。実施例1~3及び比較例1~2の酸化鉄粒子のXRD測定の結果を
図11に示す。
【0110】
2θ=35.6°付近にヘマタイト(α-Fe2O3)の[110]面の結晶ピークが観測され、2θ=33.2°付近にヘマタイト(α-Fe2O3)の[104]面の結晶ピークが観測され、2θ=24.1°付近にヘマタイト(α-Fe2O3)の[012]面の結晶ピークが観測された。
[酸化鉄粒子の粒度分布測定]
【0111】
レーザー回折式粒度分布計HELOS(H3355)&RODOS、R3:0.5/0.9-175μm(株式会社日本レーザー製)を用い、分散圧3bar、引圧90mbarの条件で、乾式で粒子径分布を測定し、10%径D10、メディアン径D50、及び90%径D90を求めた。さらに、(D90-D10)/D50の値を算出した。結果を表2に示す。
[酸化鉄粒子の等電点測定]
【0112】
酸化鉄粒子のゼータ電位測定をゼータ電位測定装置(マルバーン社、ゼータサイザーナノZSP)にて行った。試料20mgと10mM KCl水溶液10mLを泡取り錬太郎(シンキー社、ARE-310)にて攪拌・脱泡モードで3分間攪拌し、5分静置した上澄みを測定用試料とした。自動滴定装置により、試料に0.1N HClを加え、pH=2までの範囲でゼータ電位測定を行い(印加電圧100V、Monomodlモード)、電位が0(ゼロ)となる等電点のpHを求めた。結果を表2に示す。
[酸化鉄粒子の比表面積測定]
【0113】
酸化鉄粒子の比表面積を、比表面積計(マイクロトラックベル製、BELSORP-mini)にて測定し、BET法による窒素ガスの吸着量から測定された試料1g当たりの表面積を、比表面積(m2/g)として算出した。結果を表2に示す。
[酸化鉄粒子の純度測定:XRF(蛍光X線)分析]
【0114】
蛍光X線分析装置PrimusIV(株式会社リガク製)を用い、酸化鉄粒子の試料約70mgをろ紙にとり、PPフィルムをかぶせて、次の条件で組成分析を行った。
測定条件
EZスキャンモード
測定元素:F~U
測定時間:標準
測定径:10mm
残分(バランス成分):なし
【0115】
XRF分析により、Fe2O3含有率(F1)及びMoO3含有率(M1)を、酸化鉄粒子100質量%に対するFe2O3換算(質量%)、及びMoO3換算(質量%)により求めた。結果を表2に示す。
[XPS表面分析]
【0116】
X線光電子分光(XPS)装置Quantera SNM(アルバック・ファイ社)を用い、作製した試料を両面テープ上にプレス固定し、以下の条件で組成分析を行った。
・X線源:単色化Al Kα、ビーム径100μmφ、出力25W
・測定:エリア測定(1000μm四方)、n=3
・帯電補正:C1s=284.8eV
XPS分析結果により酸化鉄粒子の表層のFe2O3含有率(F2)及びMoO3含有率(M2)を、酸化鉄粒子100質量%に対するFe2O3換算(質量%)、及びMoO3換算(質量%)で求めた。結果を表2に示す。
酸化鉄粒子をXRF分析することによって求められる前記酸化鉄粒子100質量%に対するMoO3含有率(M1)に対する、酸化鉄粒子をXPS表面分析することによって求められる前記酸化鉄粒子の表層100質量%に対するMoO3含有率(M2)の表面偏在比(M2/M1)を計算した。結果を表2に示す。
【0117】
【0118】
実施例1~8の酸化鉄粒子は、従来の酸化鉄粒子とは形状の異なる、モリブデンを含む形状制御された多面体形状の粒度分布の狭い酸化鉄粒子であって、従来の酸化鉄粒子よりも、凝集性が低く、比較的結晶子径が大きい。
実施例1~8の酸化鉄粒子では、XPS表面分析することによって求められるMoO3含有率(M2)が、XRF分析することによって求められるMoO3含有率(M1)よりも多いことで、モリブデンが、酸化鉄粒子の表層に偏在していることを確認できた。
実施例1~8の酸化鉄粒子は、表層にモリブデンが偏在することにより、等電点のpHが従来の酸化鉄粒子よりも酸性側にシフトしているので、静電反発力が高く、分散安定性に優れる。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の酸化鉄粒子は、塗料、化粧品用等の顔料としての使用が期待できる。