(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】匣鉢および匣鉢充填物、並びにリチウム金属複合酸化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/64 20060101AFI20240326BHJP
F27D 3/12 20060101ALI20240326BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20240326BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20240326BHJP
【FI】
C04B35/64
F27D3/12 S
H01M4/505
H01M4/525
(21)【出願番号】P 2019189459
(22)【出願日】2019-10-16
【審査請求日】2022-10-11
(31)【優先権主張番号】P 2018202239
(32)【優先日】2018-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185018
【氏名又は名称】宇佐美 亜矢
(74)【代理人】
【識別番号】100134441
【氏名又は名称】廣田 由利
(72)【発明者】
【氏名】安東 勲雄
(72)【発明者】
【氏名】中村 拓真
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-201587(JP,A)
【文献】特開平01-310293(JP,A)
【文献】特開2013-209238(JP,A)
【文献】実開昭55-141598(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00-35/64
H01M 4/505,4/525
F27D 3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物の焼成に用いられる匣鉢であって、
平面視で四角形の板状
である底部と、
前記底部の周縁から起立する縁部と、
前記縁部の
4隅のそれぞれから上方に向けて伸び
、実質的に等しい高さを有する支柱部と、を備え、
前記縁部の高さ(a)は、前記底部の上面に対して10mm以上、50mm以下であり、
前記支柱部の高さ(b)は、前記縁部の上辺に対して10mm以上であり、
前記縁部の高さ(a)と前記支柱部の高さ(b)は、a≦bの関係を満た
し、
前記支柱部は、他の前記匣鉢を上方から積載可能に形成される、
匣鉢。
【請求項2】
前記混合物は成型体である、請求項1に記載の匣鉢。
【請求項3】
材質が、少なくともアルミナ、ムライト、コーディエライト、及び、炭化ケイ素から選ばれる1種以上のセラミックスである、請求項1
又は2に記載の匣鉢。
【請求項4】
前記底部の下面に位置決め部を備え、
前記位置決め部は、複数の前記匣鉢を積載した際に、下方の前記匣鉢の支柱部が上方の前記匣鉢の底部と所定の位置で接触した状態を保持するように、前記上方の匣鉢の前記下方の匣鉢に対する相対位置を位置決めする、請求項1~
3のいずれか一項に記載の匣鉢。
【請求項5】
前記位置決め部は、前記底部の下面に形成された凸部であり、
前記凸部は、複数の前記匣鉢を積載した際に、前記下方の匣鉢の前記支柱部に隣接する位置に配置される、請求項
4に記載の匣鉢。
【請求項6】
前記位置決め部は、前記底部の下面に形成された凹部であり、
前記凹部は、複数の前記匣鉢を積載した際に、前記下方の匣鉢の前記支柱部の上端が入り込む位置に配置される、請求項
4に記載の匣鉢。
【請求項7】
金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物の焼成に用いられる匣鉢であって、
平面視で四角形の板状
である底部と、
前記底部の周縁から起立する縁部と、
前記縁部の
4隅のそれぞれから上方に向けて伸び
、実質的に等しい高さを有する支柱部と、を備え、
前記縁部の高さ(a)は、前記底部の上面に対して10mm以上、50mm以下であり、
前記支柱部の高さ(b)は、前記縁部の上辺に対して10mm以上であり、
前記支柱部は、他の前記匣鉢を上方から積載可能に形成され、
前記底部の下面に位置決め部を備え、
前記位置決め部は、複数の前記匣鉢を積載した際に、下方の前記匣鉢の支柱部が上方の前記匣鉢の底部と所定の位置で接触した状態を保持するように、前記上方の匣鉢の前記下方の匣鉢に対する相対位置を位置決めし、
前記位置決め部は、前記底部の下面に形成された凸部であり、
前記凸部は、複数の前記匣鉢を積載した際に、前記下方の匣鉢の前記支柱部に隣接する位置に配置される、
匣鉢。
【請求項8】
金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物の焼成に用いられる匣鉢であって、
平面視で四角形の板状
である底部と、
前記底部の周縁から起立する縁部と、
前記縁部の
4隅のそれぞれから上方に向けて伸び
、実質的に等しい高さを有する支柱部と、を備え、
前記縁部の高さ(a)は、前記底部の上面に対して10mm以上、50mm以下であり、
前記支柱部の高さ(b)は、前記縁部の上辺に対して10mm以上であり、
前記支柱部は、他の前記匣鉢を上方から積載可能に形成され、
前記底部の下面に位置決め部を備え、
前記位置決め部は、複数の前記匣鉢を積載した際に、下方の前記匣鉢の支柱部が上方の前記匣鉢の底部と所定の位置で接触した状態を保持するように、前記上方の匣鉢の前記下方の匣鉢に対する相対位置を位置決めし、
前記位置決め部は、前記底部の下面に形成された凹部であり、
前記凹部は、複数の前記匣鉢を積載した際に、前記下方の匣鉢の前記支柱部の上端が入り込む位置に配置される、
匣鉢。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれか一項に記載の匣鉢と、前記匣鉢の底部に載置された1又は複数の成型体と、から構成され、
前記成型体は、金属複合化合物とリチウム化合物とを含む混合物からなり、
前記成型体は、前記縁部とは離間して配置され、
前記複数の成型体は、前記成型体同士が、それぞれ離間して配置され、
前記底部の上面に対する前記成型体の高さ(c)は、前記縁部の高さ(a)及び前記支柱部の高さ(b)に対して、c<(a+b)の関係を満たす、
匣鉢充填物。
【請求項10】
前記成型体の高さ(c)は、前記縁部の高さ(a)に対して、c≧aの関係を満たす、請求項
9に記載の匣鉢充填物。
【請求項11】
前記成型体のかさ密度は、0.5g/cm
3以上、2.2g/cm
3以下である、請求項
9又は請求項
10に記載の匣鉢充填物。
【請求項12】
リチウムイオン二次電池用の正極活物質として用いられるリチウム金属複合酸化物の製造方法であって、
請求項
9~
11のいずれか一項に記載の匣鉢充填物を、連続焼成炉を用いて焼成すること、を備える、
リチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項13】
酸化性雰囲気で、700℃以上、1000℃以下の温度で焼成すること、を備える、請求項
12に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項14】
前記匣鉢充填物を積層して焼成すること、を備える、請求項
12又は請求項
13に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項15】
前記リチウム金属複合酸化物は、リチウムと、ニッケルと、マンガン及びコバルトのうち少なくとも1種とを含み、各金属元素のモル比がLi:Ni:M:N=x:(1-y-z):y:z(ただし、Mは、CoおよびMnから選ばれた少なくとも1種の元素を示し、Nは、Al、Ti、W、及び、Zrから選ばれた少なくとも1種の元素を示し、かつ、xは、0.90以上、1.10以下であり、yは、0.05以上、0.50以下であり、zは、0以上、0.05以下である。)で表される、請求項
12~請求項
14のいずれか一項に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、匣鉢および匣鉢充填物、並びにリチウム金属複合酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話、ノートパソコン等の小型電子機器、あるいは車載用電池の急速な拡大とともに、充放電可能な電源として、非水系電解質二次電池、特にリチウムイオン二次電池の需要が急激に伸びている。リチウムイオン二次電池の正極活物質としては、リチウムコバルト複合酸化物やリチウムニッケル複合酸化物などのリチウム金属複合酸化物が広く用いられている。
【0003】
通常、リチウム金属複合酸化物は、金属複合化合物(例、金属複合水酸化物、金属複合酸化物など)とリチウム化合物とを含む混合物(原料混合物)を、所定温度に調節された焼成炉の中で、原料混合物に最適な熱履歴と雰囲気を与えることにより、製造される。しかるに、リチウム金属複合酸化物の合成は、合成時の焼成時間が長くなり、生産性が悪いという問題点がある。特に、リチウムニッケル複合酸化物は、リチウムコバルト複合酸化物に比べて、電池としての容量を高められるという利点を持つものの、分解温度が低いために、合成時の温度が上げられず、合成時の焼成時間が長くなり、さらに生産性が低下する。
【0004】
例えば、水酸化リチウムとニッケル複合酸化物を原料として用いたリチウムニッケル複合酸化物の合成において、水酸化リチウムとニッケル複合酸化物との反応は、450℃付近から開始する。すなわち、水酸化リチウムの融点が480℃付近にあるため、450℃付近から、水酸化リチウムが溶融しながら、ニッケル複合酸化物(金属複合酸化物)と反応することができる。
【0005】
水酸化リチウムとニッケル複合酸化物との反応は、原料混合物の昇温にしたがって進行するが、セラミック容器の底部へ十分な酸素拡散が行われない場合、未反応の溶融した水酸化リチウムが残留することがある。残留した水酸化リチウムは、例えば、炭酸ガスと反応して炭酸リチウム(Li2CO3)が生じる。炭酸リチウムが生成された場合、電池の使用時において高温時にこの炭酸リチウム起因のガスが発生して、電池を膨張させる問題に発展することがある。
【0006】
また、リチウムニッケル複合酸化物の合成反応において、さらに昇温して650℃に到達した時点で、未反応の水酸化リチウムとニッケル複合酸化物が存在し、かつ、酸素が不足している場合は、例えばLi2Ni8O10のような異相を生成する副反応が起こり、生成したリチウムニッケル複合酸化物結晶中に、電池反応時にLiイオンの移動を妨げるこれら異相が生じ、電池性能の劣化を招くことがある。
【0007】
優れた電池特性を有する正極活物質を得ることを目的として、これまで、リチウム金属複合酸化物の焼成による合成条件について、多数の提案がなされている(例えば、特許文献1~3参照)。また、例えば、特許文献4では、ニッケル複合酸化物と水酸化リチウムとからなる原料混合物を、40mm以上の厚い焼成前層厚として焼成する工業的な製造方法において、450℃以上650℃以下の温度範囲を、通過時間(hr)=焼成前層厚(mm)×0.0387-1.3477の式から求められる通過時間を下回らない最小時間で通過させ、かつ、650℃を超え、800℃以下の最高温度を4時間以上保持する製造方法が提案されている。特許文献4によれば、工業的な生産工程において、リチウムニッケル複合酸化物の生産性を向上できるとしている。
【0008】
また、工業的生産においては、リチウム金属複合酸化物の合成反応は、セラミック製の匣鉢(焼成用の容器)に、原料混合物を充填し、所定温度に調節された焼成炉の中に配置することにより行われる。そこで、焼成時の生産性を向上させるため、匣鉢内の充填方法についてもいくつか提案されている。
【0009】
例えば、特許文献5では、匣鉢内に収容された被加熱物を、加熱炉内を移動させつつ加熱処理する加熱方法において、匣鉢内に収容された被加熱物の表層に凹部を設けて加熱処理し、表層部からの熱の吸収や表層部への熱の排出を効率よく行うことが提案されている。特許文献5によれば、匣鉢内の粉体の位置による温度差が抑制され、発生ガスの排出効率が改善できるとしている。
【0010】
また、特許文献6では、匣鉢の内部に乾燥した粉体を所定量供給した上、粉体表面に所定位置まで第1の押え板を降下させ、匣鉢に振動を加えて粉体表面を第1の押さえ板の下面形状に従って中央が窪んだ形状に成形し、成形された粉体表面を第2の押さえ板により更に圧下して中央が窪んだ形状に圧密成形することが提案されている。特許文献6によれば、焼成工程の生産性の向上と焼成品質の向上とを図ることができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2002-170562号公報
【文献】特開2000-173599号公報
【文献】特開2008-117729号公報
【文献】特開2010-24085号公報
【文献】特開2011-168434号公報
【文献】特開2011-235450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1~3の従来技術においては、原料組成、焼成温度範囲、および焼成時間などを特定の範囲に規定することにより、生産性が向上することが記載されている。しかしながら、近年における実際の工業的な生産工程においては、より大量の処理を行うことが要求されており、電池性能を劣化させず、かつ、より高い生産性を得られる技術が求められている。
【0013】
また、特許文献4は、工業的規模における生産が可能な合成時間と焼成原料の充填量と
の関係を記載しているものの、改善の余地があり、更なる生産性の向上が求められている。また、特許文献5および特許文献6においては、匣鉢への充填形状の検討がなされているものの、焼成後に得られるリチウム金属複合酸化物の物性についての詳細な検討はなされておらず、さらなる電池性能と生産性との両立が求められている。
【0014】
そこで、本発明者らは、リチウム金属複合酸化物の製造工程において、得られるリチウム金属複合酸化物の電池性能を劣化させることなく、焼成時の生産性をより向上させることを目的として、種々の検討を行った。
【0015】
リチウム金属複合酸化物の工業的生産においては、一般的にプッシャー炉やローラーハース炉などのように、連続的な焼成を可能とする構造の炉(以降、「連続焼成炉」ともいう。)を使用する。連続焼成炉を用いる場合、例えば、セラミック製の匣鉢に、金属複合化合物(例、金属複合水酸化物、金属複合酸化物など)とリチウム化合物とからなる混合物(原料混合物)を充填し、混合物が充填された匣鉢を炉内に載置した後、所定温度に調節された炉の中で、匣鉢を移動させることにより、混合物に最適な熱履歴と雰囲気を与え、リチウム金属複合酸化物の合成反応を行わせる。
【0016】
連続焼成炉において、工業的に生産性を向上させる手段としては、例えば、炉内の匣鉢の通過速度を速くするか、匣鉢に充填する原料混合物の量を多くするという方法が挙げられる。しなしながら、本発明者らがこれらの方法を検討した結果、以下の問題があることを見出した。
【0017】
まず、炉内の匣鉢の通過速度を速める場合、匣鉢内の充填物における充填位置によっては、リチウム金属複合酸化物の合成反応に必要な温度や雰囲気に到達するまでに時間がかかり、リチウム金属複合酸化物の合成反応が十分に行われず、例えば、匣鉢内の上部分と下部分との間において、得られるリチウム金属複合酸化物の物性変動が大きいものになりやすい。また、リチウム金属複合酸化物の結晶成長が十分に行われず、電池性能が劣化するという問題が起こりやすい。
【0018】
すなわち、リチウム化合物と金属複合化合物との反応は、原料混合物の昇温にしたがって進行するが、匣鉢の底部へ十分な酸素拡散が行われない場合、未反応の溶融したリチウム化合物が残留することがある。残留したリチウム化合物は、例えば、炭酸ガスと反応して炭酸リチウム(Li2CO3)が生じる。炭酸リチウムが生成された場合、電池の使用時において高温時にこの炭酸リチウム起因のガスが発生して、電池を膨張させる問題に発展することがある。
【0019】
また、匣鉢に充填する原料混合物の量を多くする場合、焼成炉から供給されるガス(反応ガス:例、酸素、空気など)の拡散が律速となり、焼成雰囲気中の酸素が合成反応に十分な濃度となっていても、匣鉢の底部まで反応ガスが拡散せず、電池反応を阻害する異相が混入してしまい、得られるリチウム金属複合酸化物の結晶構造が不均一となりやすい。
【0020】
匣鉢の底部へ反応ガスが拡散するまでの時間は、匣鉢内の原料混合物の層厚と、焼成時の酸素濃度(雰囲気)や原料混合物の打ち込みの圧力などに依存する。そこで、本発明者らは、匣鉢内の原料混合物を均一に反応させ、電池材料に適したリチウム金属複合酸化物を得るためには、金属複合水酸化物又は金属複合酸化物とリチウム化合物とが反応する温度範囲において、匣鉢内の全体に反応ガスの拡散を行わせることが重要となることに着目して、本発明を完成させた。
【0021】
本発明は、上記事情に鑑み、金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物の焼成に用いた際に、匣鉢の内部全体に反応ガスを十分に拡散することができ、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物の合成反応を効率的に行うことができる匣鉢と匣鉢充填物と、該匣鉢充填物を用いたリチウム金属複合酸化物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の第1の実施形態では、金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物の焼成に用いられる匣鉢であって、板状の底部と、底部の周縁から起立する縁部と、縁部の上辺の一部から上方に向けて伸びる、少なくとも3つの支柱部とを備え、縁部の高さ(a)は、底部の上面に対して10mm以上、50mm以下であり、支柱部の高さ(b)は、縁部の上辺に対して10mm以上である、匣鉢が提供される。
【0023】
また、混合物は成型体であることが好ましい。また、縁部の高さ(a)と支柱部の高さ(b)は、a≦bの関係を満たすことが好ましい。また、支柱部は、他の匣鉢を上方から積載可能に形成されることが好ましい。また、底部は、平面視で四角形であり、支柱部が縁部の上辺の4隅のそれぞれから上方に向けて伸びることが好ましい。また、材質が、少なくともアルミナ、ムライト、コーディエライト、及び、炭化ケイ素から選ばれる1種以上のセラミックスであることが好ましい。また、底部の下面に位置決め部を備え、位置決め部は、複数の匣鉢を積載した際に、下方の匣鉢の支柱部が上方の匣鉢の底部と所定の位置で接触した状態を保持するように、上方の匣鉢の下方の匣鉢に対する相対位置を位置決めしてもよい。また、位置決め部は、底部の下面に形成された凸部であり、凸部は、複数の匣鉢を積載した際に、下方の匣鉢の支柱部に隣接する位置に配置されてもよい。位置決め部は、底部の下面に形成された凹部であり、凹部は、複数の匣鉢を積載した際に、下方の匣鉢の支柱部の上端が入り込む位置に配置されてもよい。
【0024】
本発明の第2の実施形態では、上記の匣鉢と、匣鉢の底部に載置された1又は複数の成型体と、から構成され、成型体は、金属複合化合物とリチウム化合物とを含む混合物からなり、成型体は、縁部とは離間して配置され、複数の成型体は、成型体同士が、それぞれ離間して配置され、底面に対する成型体の高さ(c)は、縁部の高さ(a)及び支柱部の高さ(b)に対して、c<(a+b)の関係を満たす、匣鉢充填物が提供される。
【0025】
また、成型体の高さ(c)は、縁部の高さ(a)に対して、c≧aの関係を満たすことが好ましい。また、成型体のかさ密度は、0.5g/cm3以上、2.2g/cm3以下であることが好ましい。
【0026】
本発明の第3の実施形態では、リチウムイオン二次電池用の正極活物質として用いられるリチウム金属複合酸化物の製造方法であって、上記の匣鉢充填物を、連続焼成炉を用いて焼成すること、を備える、リチウム金属複合酸化物の製造方法が提供される。
【0027】
また、酸化性雰囲気で、700℃以上、1000℃以下の温度で焼成すること、を備えることが好ましい。また、匣鉢充填物を積層して焼成すること、を備えることが好ましい。また、リチウム金属複合酸化物は、リチウムと、ニッケルと、マンガン及びコバルトのうち少なくとも1種とを含み、各金属元素のモル比がLi:Ni:M:N=x:(1-y-z):y:z(ただし、Mは、CoおよびMnから選ばれた少なくとも1種の元素を示し、Nは、Al、Ti、W、及び、Zrから選ばれた少なくとも1種の元素を示し、かつ、xは、0.90以上、1.10以下であり、yは、0.05以上、0.50以下であり、zは、0以上、0.05以下である。)で表されることが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明の匣鉢は、金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物の焼成に用いた際に、匣鉢の内部全体に反応ガスを十分に拡散することができ、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物の合成反応を効率的に行うことができる。
【0029】
また、本発明の匣鉢充填物は、成型体を配置した上記匣鉢の内部全体に反応ガスを十分に拡散することができ、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物の合成反応を効率的に行うことができる。
【0030】
本発明のリチウム金属複合酸化物の製造方法は、上記匣鉢充填物を用いて、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物の合成反応を効率的に、工業的規模で生産性高く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】
図1(A)は、実施形態に係る匣鉢の一例を示す斜視図であり、
図1(B)は、
図1(A)に示すA-A線の断面図である。
【
図2】
図2(A)は、実施形態に係る匣鉢充填物の一例を示す斜視図であり、
図2(B)は、
図2(A)に示すB-B線の断面図である。
【
図3】
図3は、実施形態に係る匣鉢充填物を複数載置した場合の一例を示す斜視図である。
【
図4】
図4は、実施形態に係る匣鉢充填物を複数載置した場合の一例を示す-Y側から見た側面図である。
【
図5】
図5(A)は、実施形態に係る匣鉢の他の例を示す斜視図であり、
図5(B)は、
図5(A)に示すC-C線の断面図であり、
図5(C)は、-Z方向からみた底面図である。
【
図6】
図6は、
図5の匣鉢を複数載置した場合の一例を示す-Y側から見た側面図である。
【
図7】
図7(A)は、実施形態に係る匣鉢の他の例を示す斜視図であり、
図7(B)は、
図7(A)に示すD-D線の断面図であり、
図5(C)は、-Z方向からみた底面図である。
【
図8】
図8(A)は、実施形態に係る匣鉢の他の例を示す斜視図であり、
図8(B)は、
図8(A)に示すE-E線の断面図であり、
図8(C)は、
図8(A)に示すF-F線の断面図であり、
図8(D)は、-Z方向からみた底面図である。
【
図9】
図9(A)は、実施形態に係る匣鉢の他の例を示す斜視図であり、
図9(B)は、
図9(A)に示すG-G線の断面図であり、
図9(C)は、-Z方向からみた底面図である。
【
図10】
図10は、
図9の匣鉢を複数載置した場合の一例を示す-Y側から見た側面図である。
【
図11】
図11(A)は、実施形態に係る匣鉢の他の例を示す斜視図であり、
図11(B)は、
図11(A)に示すH-H線の断面図であり、
図11(C)は、-Z方向からみた底面図である。
【
図12】
図12は、実施形態に係る正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
【
図13】
図13は、連続焼成炉を用いた場合の焼成炉内の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明に係る匣鉢について図面を参照しながら説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。また、図面においては実施形態を説明するため、一部分を大きくまたは強調して記載するなど適宜縮尺を変更して表現している。また、以下の各図において、XYZ座標系を用いて図中の方向を説明する。このXYZ座標系においては、鉛直方向をZ方向とし、水平方向をX方向、Y方向とする。また、X方向、Y方向、及びZ方向のそれぞれについて、適宜、矢印の先の側を+側(例、+X側)と称し、その反対側を-側(例、-X側)と称する。
【0033】
[匣鉢]
図1(A)は、本実施形態に係る匣鉢の一例を示す斜視図であり、
図1(B)は、
図1(A)のA-A線に沿った断面を-Y側から見た断面図である。
【0034】
匣鉢10は、
図1(A)、(B)に示すように、板状の底部1と、底部1の周縁から起立する縁部2と、縁部2の上辺から上方に向けて伸びる(延伸する)支柱部3とを備える。匣鉢10は、支柱部3を備えることにより、後述するように、複数の匣鉢10を積層した場合、外部に開放される窓部Wを形成することが可能となる。
【0035】
窓部Wが形成された場合、金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物(原料混合物)を匣鉢10の内部に充填して焼成する際に、匣鉢10の内部全体に十分に反応ガス(例、酸素、空気)を供給することができ、短時間で、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物を合成することができる。(
図3、4参照)。
【0036】
(底部)
底部1は、板状の形状を有する。底部1の上面(匣鉢10内部の底面)には、原料混合物の粉体、又は、任意の形状に成型された成型体4を載置することができる。底部1の上面形状(上面視の形状、平面視の形状)は、例えば、
図1(A)に示すように、四角形であってもよく、長方形であってもよい。なお、本明細書において、長方形は、正方形を含む。
【0037】
底部1の大きさは、原料混合物(成型体4)の形状等により適宜選択できるが、例えば、底部1の上面形状が四角形である場合、生産性を向上させる観点から、匣鉢10の下面(外形)の一辺の大きさが200mm以上、400mm以下であってもよく、250mm以上、350mm以下であることが好ましい。また、底部1の上面形状の面積は、例えば、400cm2以上、1600cm2以下であってもよく、625cm2以上、1225cm2以下であってもよい。また、底部1の厚さは、例えば、5mm以上、30mm以下であってもよく、10mm以上、20mm以下であってもよい。
【0038】
なお、底部1の上面形状(上面視の形状)は、例えば、四角形以外の多角形であってもよく、円形であってもよく、楕円形であってもよく、これら以外の不定形でもよい。また、底部1は、一又は複数の貫通孔が設けられてもよい。底部1が貫通孔を有する場合、匣鉢10内部に配置した成型体4(
図2参照)の焼成効率が促進されることがある。なお、底部1は、原料混合物が貫通孔から落下し、焼成炉内を汚染することを抑制する観点から、貫通孔を有しなくてもよい。
【0039】
(縁部)
縁部2は、底部1の周縁から起立して形成される。縁部2は、匣鉢10において、壁状に形成されている。また、縁部2の高さ(a)の下限は、底部1の上面に対して、10mm以上とするのが好ましい。例えば、原料混合物である成型体4を焼成する場合、匣鉢10内に充填する際や、成型体4を充填した匣鉢10を連続焼成炉内で搬送する際に、成型体4が成型された状態から一部が欠けたりすることがある。縁部2の高さ(a)が上記範囲である場合、匣鉢10は、欠けた破片(原料混合物の粒子)が焼成炉に落下することを効率的に抑制することができる。
【0040】
また、縁部2の高さ(a)の上限は、後述する窓部W(
図4参照)の面積を十分に確保するとの観点から適宜設定すればよく、特に限定されないが、例えば、50mm以下であってもよく、20mm以下であってもよい。また、後述するように、匣鉢10の内部に成型体4が載置される場合は、成型体4の高さ(c)よりも、低くすることが好ましい(
図3、4参照)。縁部2の高さ(a)の上限が上記範囲である場合、匣鉢10の内部に配置した原料混合物(成型体4を含む)の焼成を効率よく進行させることができるとともに、他の匣鉢10を安定して積載することが可能となる。
【0041】
なお、縁部2の高さ(a)は、
図1(B)に示すように、底部1の上面、つまり、原料混合物が載置される匣鉢10内部の底面から、縁部2の上辺(上端面)までの長さをいう。なお、縁部2の高さ(a)が、縁部2全体で均一でない場合は、平均高さを用いる。
【0042】
なお、縁部2は、底部1の周縁の一部に形成されてもよいが、底部1の周縁の全周に渡って形成されることが好ましい。また、縁部2は、側面形状(±X側から見た形状、±Y側から見た形状)が長方形(全体としては升形状)であることが好ましい。なお、縁部2は、一又は複数の貫通孔が設けられてもよい。
【0043】
(支柱部)
支柱部3は、縁部の上辺の一部から上方に向けて延伸して形成される。支柱部3は、
図1(A)に示すように、底部1が四角形の場合、縁部2の上辺の四隅から上方に向けて延伸されて形成される。すなわち、匣鉢10の側面には、支柱部3の側端面と縁部2の上端面とにより、支柱部3の上端に対して下方に凹んだ形状の凹部が形成される。
【0044】
また、支柱部3は、他の匣鉢を上方から積載可能に形成される。焼成の際、複数の匣鉢10を積み重ねた状態で焼成することにより、炉内充填率を向上することができる(
図3、4参照)。
【0045】
また、複数の匣鉢10を積み重ねた場合、匣鉢10の凹部は、外部に開放される窓部Wを形成する(
図4参照)。匣鉢10は、窓部W(凹部)が形成されることにより、複数の匣鉢10(又は、後述する匣鉢充填物20)を用いて、2段又は3段以上積み重ねた場合でも、それぞれの匣鉢10の内部に反応雰囲気ガス(例、酸素、空気等)が十分に拡散することが可能となるとともに、リチウム金属複合酸化物の合成反応時に生じる水蒸気等の発生ガスの原料混合物からの脱離を促すことができ、短時間で効率的にリチウム金属複合酸化物の合成反応を行うことができる。また、複数の匣鉢10を積み重ねて焼成することにより、炉内の原料混合物の充填率を向上させ、生産性が大幅に向上する。
【0046】
各支柱部3は、上記の匣鉢を積載する際の安定性の観点から、その高さ(b)が実質的に等しく形成されるのが好ましい。支柱部3の高さ(b)は、縁部2の上辺に対して、10mm以上であることが好ましく、縁部の高さ(a)よりも高い、すなわち、a≦bであることがより好ましく、a<bであってもよい。支柱部の高さ(b)が大きいほど、窓部Wの大きさが大きくなり、雰囲気ガス(例、酸素、空気等)の拡散を促進し、発生ガス(例、水蒸気等)の離脱を促進するため、リチウム金属複合酸化物の合成反応の速度を大幅に向上させることができる。
【0047】
なお、支柱部3は、縁部2の上辺から上方に向けて、少なくとも3つ形成されればよく、4つ形成されてもよく、4つ以上形成されてもよい。支柱部3が4つ以上形成される場合、他の匣鉢をより安定して積載することができる。それぞれの支柱部3の高さ(b)は、上方から他の匣鉢を積載することが可能であれば、それぞれ異なってもよいが、実質的に同一であることが好ましい。支柱部3の高さが実質的に同一である場合、他の匣鉢を安定して積載することができる。なお、支柱部3は、縁部2から取り外し可能に形成されてもよいし、縁部2と一体に形成されてもよい。
【0048】
匣鉢10の材料は、焼成して得られるリチウム金属複合酸化物と溶着せず、かつ、複数回の使用に耐えられる十分な耐熱衝撃性を有していれば、特に限定されないが、例えば、アルミナ、ムライト、コーディエライト、及び、炭化ケイ素から選ばれる1種以上を含むセラミックスが好ましい。
【0049】
なお、匣鉢10の全体形状は特に限定されず、単独の匣鉢10の形状としては、上述したように底部1と縁部2と支柱部3とを有することにより、匣鉢10の上面と、匣鉢10の四側面の一部とが開放された形状を有すればよいが、焼成炉内での充填度を高くするという観点から、概略形状が、枡形の容器(上方が開放された直方体の箱状の容器)であることが好ましい。
【0050】
なお、匣鉢10は、金属複合化合物と、リチウム化合物とを含む混合物(原料混合物)の焼成に好適に用いられ、粉末状態の原料混合物の焼成に用いてもよいが、後述するように、生産性の観点から、原料混合物の成型体4の焼成に特に好適に用いられる(
図2(A)、(B)参照)。
【0051】
[匣鉢充填物]
図2(A)は、本実施形態に係る匣鉢充填物の一例を示す斜視図であり、
図2(B)は、
図2(A)のB-B線に沿った断面を-Y側から見た断面図である。また、
図3は、本実施形態に係る匣鉢充填物を複数載置した場合の一例を示す斜視図であり、
図4は、本実施形態に係る匣鉢充填物を複数載置した場合の一例を示す-Y側から見た側面図である。
【0052】
匣鉢充填物20は、
図2(A)、(B)に示すように、板状の底部1と、底部1の周縁から起立する縁部2と、縁部2の上辺から上方に向けて伸びる支柱部3と、底部1の上面に載置された成型体4と、を備える。また、成型体4は、単独で底部1の上面に載置されてもよく、複数で底部1の上面に載置されてもよい。なお、本実施形態において、上述の実施形態と同様の構成(例、底部1、縁部2、支柱部3)については、上記と同様であるため、その説明を省略する。
【0053】
匣鉢充填物20は、
図2(A)、(B)に示すように、匣鉢10の内部に、原料混合物から形成される1又は複数の成型体4を載置して、収容(充填)することにより、粉末状態の原料混合物を充填するよりも、生産性高くリチウム金属複合酸化物の合成反応を行うことができる。
【0054】
また、匣鉢充填物20は、
図3、4に示すように、複数の匣鉢充填物20を積み重ねた状態で、炉内に搬送し、焼成処理を行う場合、より高い炉内充填率でリチウム金属複合酸化物の合成反応を行うことができる。例えば、
図3に示すように、匣鉢充填物20は、匣鉢10の支柱を介して2段もしくはそれ以上積み重ねられた積層状態で焼成処理に供することができる。積層したとしても、匣鉢10の縁部2と支柱部3により形成された窓部Wを有するので、匣鉢10(匣鉢充填物20)の外部との間での雰囲気やガスの出入りの障害とはならず、合成反応の反応速度は維持される。
【0055】
匣鉢10の側面視(例:±X側から見た場合、±Y側から見た場合、
図4参照)における、窓部Wの面積は、匣鉢10の側面全体の面積(すなわち、匣鉢10の側面から見た場合の底部1、縁部2、支柱部3、及び、窓部Wの合計面積)に対して、20%以上、70%以下であってもよく、30%以上60%以下であってもよい。窓部Wの大きさが大きいほど、リチウム金属複合酸化物の合成反応が促進され、匣鉢10を用いた際の生産性が向上するため、窓部Wの面積は、匣鉢10の側面全体の面積に対して50%以上としてもよい。なお、窓部Wの面積が、匣鉢10の側面により異なる場合は、各側面の平均面積を用いる。
【0056】
(成型体)
成型体4は、金属複合酸化物または金属複合水酸化物とリチウム化合物を含む混合物(原料混合物)からなり、混合物を成型して形成される。金属複合酸化物または金属複合水酸化物の種類としては、特に限定されず、リチウム二次電池の正極活物質の原料として公知の化合物を用いることができ、例えば、ニッケルを含む化合物(ニッケル複合酸化物、ニッケル複合水酸化物)やコバルトを含む化合物等を用いることができる。なお、通常、リチウムニッケル複合酸化物の合成は、リチウムコバルト複合酸化物と比較して、長時間かかるところ、本実施形態に係る匣鉢充填物20を用いる場合、短時間で、良好な電池特性を有するリチウムニッケル複合酸化物を得ることができる。
【0057】
成型体4の高さ(c)は、縁部2の高さ(a)及び支柱部3の高さ(b)に対して、c<(a+b)の関係を満たす。ここで、成型体4の高さ(c)は、成型体4を底部1に載置した際の底部1に対する高さをいう。なお、成型体4の高さ(c)が、単独又は複数の成型体4において均一でない場合は、平均高さを用いる。成型体4の高さ(c)が上記範囲である場合、底部1に接する部分以外の成型体4の表面全体で、窓部Wを介して、反応ガス(例、酸素)と直接接触可能となり、リチウム金属複合酸化物の合成反応の速度が大幅に向上される。
【0058】
また、成型体4の高さ(c)は、縁部2の高さ(a)に対して、c≧aであることがより好ましい。成型体4の高さが縁部2の高さ以上である場合、窓部Wを介して、匣鉢10の外部からの反応ガス(反応雰囲気)の供給、および匣鉢10の外部へのリチウム金属複合酸化物の合成反応により発生するガス(例、水蒸気)の放出がより容易となり、反応速度が一段と向上する。
【0059】
成型体4のかさ密度は、特に限定されず、例えば、0.5g/cm3以上2.6g/cm3以下の範囲で適宜選択してもよい。また、成型体4は、ハンドリング性と焼成時のリチウム金属複合酸化物の合成反応に必要な酸素の接触を妨げないという観点から、かさ密度が0.5g/cm3以上2.2g/cm3以下の範囲内であることが好ましい。なお、成型体4のかさ密度は、例えば、成型体4を作成する際の材料、押圧の大きさなどを調整して、粉末状態の原料混合物を圧密することにより、上記範囲とすることができる。かさ密度が上記範囲である場合、成型体4を形成する際の押し具の圧入によっても原料混合物が密に詰まり過ぎないようにするため、焼成の際に、窓部Wを介して、反応ガス(空気、酸素など)の供給が充分に行われる。
【0060】
一方、成型体4のかさ密度が0 .5g/cm3未満である場合、所定量の原料混合物を焼成する際に、匣鉢10に要求される必要容量が大きくなりすぎて、生産性が著しく低下する。また、成型体4のかさ密度が2.2g/cm3を超える場合、原料混合物が密に詰まることで酸素拡散が遅くなり、焼成に必要な時間が延びて生産性が低下することがある。また、成型体4のかさ密度は、1.6g/cm3以上2.2g/cm3以下であってもよい。
【0061】
成型体4の形状は、特に限定されないが、匣鉢10の上面形状が四角形であるため、匣鉢10内の成型体4の充填性を向上させる観点から、直方体であることが好ましい。成型体4が直方体である場合、匣鉢10内での隙間を最小限にできるため、焼成炉に入れる匣鉢充填物20の量を増加させて生産性を向上させることができる。成型体4の大きさは、特に限定されないが、例えば、高さ10mm以上、300mm以下、幅50mm以上、300mm以下、奥行50mm以上、300mm以下であってもよい。
【0062】
成型体4を匣鉢10の内部に載置する際、成型体4の側面が匣鉢10の縁部2と接触しないように離間した状態とすることが好ましい。また、複数の成型体4を底部1の上面に載置する際にも、成型体4を互いに離間した状態とし、それぞれの成型体4間に間隔をあけることが好ましい。
【0063】
成型体4を、縁部2又は他の成型体4と離間した状態で載置する場合、原料混合物の成型体4の側面や上面における、反応雰囲気の拡散、及び、リチウム金属複合酸化物の合成反応で発生するガスの離脱を促進し、反応速度を向上させることができる。なお、成型体4と匣鉢10、又は、複数の成型体4同士を離間する際の間隔は、特に限定されないが、例えば、1mm以上であってもよく、30mm以上であってもよい。
【0064】
匣鉢10への成型体4を収容あるいは充填する方法は特に限定されることはなく、公知の方法を用いることができる。例えば、真空吸着などにより、成型体4を保持しながら匣鉢10の上に充填することで、成型された原料混合物(成型体4)の崩壊を抑制する方法などを用いればよい。
【0065】
なお、本実施形態に係る匣鉢充填物20は、種々のリチウム金属複合酸化物の製造に適用可能であるが、特にニッケルを含むリチウム金属複合酸化物の製造の際に好適に用いることができる。中でも、リチウムと、ニッケルと、コバルト及びマンガンの少なくとも一つとを含み、各元素のモル比が以下のモル比(1)で表されるリチウム金属複合酸化物の製造に好適に用いることができる。
【0066】
モル比(1) Li:Ni:M:N=x:(1-y-z):y:z
上記モル比(1)中、Mは、CoおよびMnから選ばれた少なくとも1種の元素を示し、Nは、AlまたはTi、W、Zrから選ばれた少なくとも1種の元素を示し、かつ、xは、0.90以上、1.10以下であり、yは、0.05以上、0.50以下であり、zは、0以上、0.05以下である。
【0067】
また、上記モル比(1)中、元素Nの含有量を示すzは、好ましくは0.005以上、0.05以下である。なお、リチウム金属複合酸化物は、上記モル比(1)中のNi、Ni、M、Nで表される元素のみから構成されもよいが、これらの元素以外の元素を少量含んでもよい。
【0068】
上記モル比(1)で表されるリチウム金属複合酸化物は、ニッケルの含有量が多いため、他のリチウムニッケル複合酸化物よりも、異相を生成する副反応が生じやすいところ、窓部Wが形成された匣鉢充填物20を用いて焼成することで、反応ガス(例、酸素、空気など)の供給、および、焼成時の反応により発生する発生ガス(例、水蒸気)の放出が容易となり、最適な熱履歴と雰囲気を与えて、副反応を抑制した合成反応を行わせることができる。
【0069】
(位置決め部)
図5(A)は、本実施形態に係る匣鉢の他の例(匣鉢30)を示す斜視図であり、
図5(B)は、
図5(A)のC-C線に沿った断面を-Y方向から見た断面図であり、
図5(C)は、-Z方向(底面)から見た図である。また、
図6は、複数の匣鉢30を積層した場合の側面図である。なお、匣鉢30において、上述の匣鉢10と同様の構成については、同じ符号を付してその説明を省略あるいは簡略化する。
【0070】
匣鉢30は、底部1の下面に位置決め部5を備えてもよい。また、位置決め部5は、底部1の下面に形成された凸部5aであってもよい。凸部は、底部1の下面に対して下方に向かって突出する形状である。
【0071】
匣鉢30が位置決め部5を備える場合、複数の匣鉢30を積載した際でも、下方の匣鉢30に対する上方の匣鉢30の水平方向の位置ずれを抑制して、安定した状態で積み上げることができる。
【0072】
位置決め部5は、
図6に示すように、複数の匣鉢10を積載した際に、上方の匣鉢30の下方の匣鉢30に対する積載方向と交差する方向(例、直交方向、
図6のXY面に沿った方向)の相対位置を位置決めする。位置決め部5は、複数の匣鉢10を積載した際に、下方の匣鉢10の支柱部3が上方の匣鉢30の底部1と所定の位置で接触した状態を保持する。
【0073】
図6では、複数の凸部5a(位置決め部5)が、複数の下方の支柱部3のそれぞれに隣接する位置(対応する位置)に配置される。このように凸部5a(位置決め部5)を配置することにより、凸部5a(位置決め部5)の水平方向の移動が規制されて、上方の匣鉢30の下方の匣鉢30に対する相対位置を位置決めする。
【0074】
なお、凸部5aが支柱部3に隣接するとは、凸部5aと支柱部3とが接触してもよく、凸部5aと支柱部3との間に、所定のクリアランスを含んでもよい。
【0075】
なお、匣鉢30では、
図5(B)に示されるように、支柱部3の高さ(b)が縁部の高さ(a)よりも低いが、上述の匣鉢10のように、支柱部3の高さ(b)が縁部の高さ(a)よりも高くてもよい。支柱部3の高さ(b)が高くても、匣鉢30が位置決め部5を備えることにより、複数の匣鉢を安定して積載することができる。
【0076】
なお、匣鉢30の凸部5aは、略半球状の形状を有し、四角形状の底部1の四隅に複数配置されるが、凸部5a(位置決め部5)の形状、及び、配置は、これに限定されない。
図7(A)~(C)、及び、
図8(A)~(D)は、匣鉢30の凸部5aとは異なる形状、及び/又は、配置を有する凸部5a(位置決め部5)を備える匣鉢の他の例を示す図である(
図7:匣鉢40、
図8:匣鉢50)。
図7(B)は、
図7(A)のD-D線に沿った断面を-Y方向から見た断面図である。
図8(B)は、
図8(A)のE-E線に沿った断面を-Y方向から見た断面図である。
図8(C)は、
図8(A)のF-F線に沿った断面を+X方向から見た断面図である。なお、匣鉢40及び匣鉢50において、上述の匣鉢10と同様の構成については、同じ符号を付してその説明を省略あるいは簡略化する。
【0077】
図7(B)、(C)に示すように、凸部5aの形状は、柱状であってもよく、
図8(B)~(D)に示すように、帯状であってもよい。また、凸部5aは、複数設けられることが好ましく、匣鉢30、及び、匣鉢40のように、支柱部3の数と同数設けられてもよい。また、匣鉢50ように、凸部5aは、複数の支柱部3で一つの凸部5aの水平方向への移動を規制するように配置してもよい。
【0078】
なお、凸部5aの大きさは、特に限定されないが、例えば、凸部5aの底部1の下面に対する高さ(d)が、支柱部の高さ(b)の1/2以下であってもよく、1/3以下であってもよい。凸部5aの高さ(d)が上記範囲である場合、十分な大きさを有する窓部Wを形成することができる。なお、凸部5aの高さ(d)は、一つの凸部5aでは、底部1の下面に対して最も高い値をいい、複数の凸部5aで、高さ(d)が均一でない場合、平均高さ(d)をいう。
【0079】
図9(A)は、本実施形態に係る匣鉢の他の例(匣鉢60)を示す斜視図であり、
図9(B)は、
図9(A)のG-G線に沿った断面を-Y方向から見た断面図であり、
図9(C)は、-Z方向(底面)から見た図である。また、
図10は、複数の匣鉢60を積層した場合の側面図である。匣鉢60において、上述の匣鉢10と同様の構成については、同じ符号を付してその説明を省略あるいは簡略化する。
【0080】
位置決め部5は、
図9(B)および
図9(C)に示すように、底部1の下面に形成された凹部5bであってもよい。凹部5bは、
図10に示すように、複数の匣鉢60を積載した際に、下方の匣鉢60の支柱部3の上端が入り込む位置に配置される。凹部5bは、複数の匣鉢60を積載した際に、下方の匣鉢60の支柱部に対応した位置に配置され、凹部5bの水平方向の移動が規制される。
【0081】
なお、匣鉢60の凹部5bは、底部1の四隅にスポット状に凹部を形成するが、凹部5bの形状、及び、配置は、これに限定されない。
図11(A)~(C)は、上述した
図9の凹部5b(位置決め部5)とは異なる形状及び配置の凹部5b(位置決め部5)を備える匣鉢の他の例(匣鉢70)を示す図である。
図11(B)は、
図11(A)のH-H線に沿った断面を-Y方向から見た断面図である。匣鉢70において、上述の匣鉢10と同様の構成については、同じ符号を付してその説明を省略あるいは簡略化する。
【0082】
図11(B)、(C)に示すように、凹部5bの形状は、底部1の下面の対向する端に帯状の凹部を形成してもよい。また、凹部5bは、複数設けられることが好ましく、支柱部3の数と同数設けられてもよく、
図11(B)、(C)に示すように、一つの凹部5b(位置決め部5)の水平方向における一方への移動を、複数の支柱部3で規制するようにしてもよい。
【0083】
[リチウム金属複合酸化物の製造方法]
本実施形態に係るリチウム金属複合酸化物の製造方法は、上記の匣鉢充填物20を、連続焼成炉を用いて焼成すること、を備える。本実施形態に係る製造方法は、上述した匣鉢充填物20を用いることにより、原料混合物を効率よく焼成し、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物を、工業的規模で生産性高く製造することができる。
【0084】
図12は、本実施形態に係るリチウム金属複合酸化物の製造方法の一例を示す図である。
図12に示すように、リチウム金属複合酸化物の製造方法は、例えば、金属複合化合物とリチウム化合物とを混合して混合物(原料混合物)を形成すること(ステップS10)と、得られた混合物を、成型して、成型体4を得ること(ステップS20)と、上述した匣鉢10に成型体4を充填して、焼成すること(ステップS30)を備える。
【0085】
焼成(ステップS30)において、成型体4は、匣鉢10に充填され、匣鉢充填物20として、例えば、ローラーハース炉等の連続焼成炉に載置され、焼成される。また、焼成(ステップS30)後に得られたリチウム金属複合酸化物の焼成体は、必要に応じて、解砕(粉砕処理、ステップS40)や、篩分け処理を行ってもよい。
【0086】
図3に示すような概略四角形状の匣鉢充填物20を密に焼成炉内に載置した場合、主として、匣鉢充填物20の上面と下面から加熱されることにより、匣鉢充填物20の成型体4が均一に加熱されるため、得られるリチウム金属複合酸化物の結晶構造の均一性を向上させることができる。以下、各工程について、説明する。
【0087】
(混合工程:ステップS10)
混合工程(ステップS10)では、金属複合化合物と、リチウム化合物とを混合して混合物(原料混合物)を形成する。金属複合化合物としては、例えば、ニッケル、コバルト、マンガンを少なくとも一つを含む化合物を用いることができる。また、金属複合化合物は、金属複合水酸化物および金属複合酸化物の少なくとも一方であってもよい。また、金属複合化合物は、リチウムを含まなくてもよい。
【0088】
金属複合化合物中の各元素の分布の状態は任意である。例えば、原料混合物としてニッケル複合酸化物を用いて、上記モル比(1)で表されるリチウム金属複合酸化物を製造する場合、ニッケル粒子中の元素M、Nの分布状態は任意であり、例えば、(i)酸化ニッケル粒子中に、ニッケル以外の元素MおよびNのいずれもが固溶している結晶構造を有してもよく、(ii)酸化ニッケル粒子に元素Mのみが固溶し、かつ、元素Nを含む酸化物、水酸化物、含水酸化物等の粒子を混合したものであってもよく、(iii)酸化ニッケル粒子に、元素Mのみが固溶し、かつ、酸化ニッケル粒子(二次粒子)の表面に元素Nの酸化物、水酸化物、含水酸化物等を被覆または表面吸着させたものであってもよい。また、ニッケル複合水酸化物の場合も同様である。
【0089】
なお、これらの状態は、適宜、公知のニッケル複合酸化物の製造方法に基づいて得ることができる。例えば、(i)酸化ニッケル粒子中に元素Mおよび元素Nのいずれもが固溶している結晶構造を有する金属複合酸化物は、ニッケルと元素Mおよび元素Nを共沈させて、ニッケル複合水酸化物を得た後、このニッケル複合水酸化物を酸化焙焼させることにより、得ることができる。
【0090】
また、(ii)酸化ニッケル粒子に元素Mのみが固溶し、かつ、元素Nの酸化物、水酸化物、含水酸化物等の粒子を混合した状態のニッケル複合酸化物は、ニッケルと元素Mを共沈させて、ニッケル複合水酸化物を得た後、このニッケル複合水酸化物を酸化焙焼して、得られた焙焼物と元素Nとを混合することにより、得ることができる。
【0091】
また、(iii)酸化ニッケル粒子に元素Mのみが固溶し、かつ、酸化ニッケル粒子の表面に元素Nの酸化物、水酸化物、含水酸化物等を被覆または表面吸着させた状態のニッケル複合酸化物は、ニッケルと元素Mを共沈させて、ニッケル複合水酸化物を得た後、このニッケル複合水酸化物を酸化焙焼して、得られた焙焼物の表面に元素Nを析出させる、又は、ニッケル複合水酸化物の表面に元素Nを析出させて、その後、このニッケル複合水酸化物を酸化焙焼することにより、得ることができる。
【0092】
リチウム化合物としては、特に限定されないが、残留不純物の影響が少なく、焼成温度で溶解するという観点から、水酸化リチウムおよび炭酸リチウムから選択された1種類以上を好適に用いることができる。なお、リチウム化合物として炭酸リチウムを用いた場合でも、適切な焼成条件で焼成してリチウム金属複合酸化物を合成することにより、炭酸リチウムが過剰に残留することはない。
【0093】
金属複合化合物とリチウム化合物とは、原料混合物中のリチウム(Li)と、リチウム以外の金属元素(Me)との原子数の比である、Li/Meが、0.90以上1.10以下となるように混合することが好ましい。つまり、原料混合物におけるLi/Meが、リチウム金属複合酸化物における目的組成のLi/Meと同じになるように混合することが好ましい。これは、焼成工程前後で、Li/Meはほとんど変化しないので、この混合工程(ステップS10)で調製する混合物中のLi/Meが、焼成工程(ステップS30)後に得られるリチウム金属複合酸化物におけるLi/Meとほぼ等しくなるからである。
【0094】
また、混合は、一般的な混合機を使用することができ、例えばシェーカーミキサーやレーディゲミキサー、ジュリアミキサー、Vブレンダー等を用いることができる。混合の際の具体的な条件は特に限定されるものではなく、金属複合化合物の形骸が破壊されない程度で、金属複合化合物とリチウム化合物とが十分に混合されるように、その条件を選択することが好ましい。
【0095】
また、金属複合化合物は、金属複合酸化物であることが好ましく、原料混合物は、金属複合酸化物とリチウム化合物の混合物であることが好ましい。金属複合酸化物とリチウム化合物とを混合した場合、リチウム化合物と反応する際に発生する水蒸気を減少させ、水蒸気の放出により酸素が追い出されるために生じる酸素供給の減少を抑制できる。このため、焼成工程(ステップS30)において、原料混合物にさらに充分な酸素を供給することができる。
【0096】
金属複合酸化物は、金属複合水酸化物を熱処理して生成することが好ましい。熱処理の温度条件は特に限定されず、例えば350℃以上700℃以下とすることが好ましい。金属複合水酸化物を熱処理する際の温度を350℃以上とする場合、金属複合水酸化物を金属複合酸化物に転換することができる。また、金属複合水酸化物を熱処理する際の温度を700℃以下とする場合、金属複合水酸化物から、金属複合酸化物に転換された粒子が焼結して凝集することを抑制することができる。なお、金属複合水酸化物は、晶析により得てもよい。
【0097】
また、金属複合水酸化物の熱処理において、熱処理を行う雰囲気は特に制限されない。熱処理の雰囲気は、例えば、簡易的に行える空気気流中において行うことが好ましい。また、熱処理時間は特に制限されないが、熱処理時間は1時間以上が好ましく、5時間以上15時間以下がより好ましい。熱処理時間が1時間未満である場合、金属複合水酸化物から金属複合酸化物への転換が十分に行われない場合がある。
【0098】
熱処理において、用いる設備は特に限定されず、例えば複合水酸化物を空気気流中で加熱できるものであれば好適に用いることができ、例えば送風乾燥器やガス発生がない電気炉等を好適に用いることができる。
【0099】
(成型工程:ステップS20)
成型工程(ステップS20)では、混合工程(ステップS10)で得られた原料混合物を成型(圧密)して、特定の形状の成型体4を得る。成型体4の形状や特性としては、上述したとおりであり、例えば、匣鉢10の形状が四角形である場合、充填性の観点から、成型体4の形状も直方体とするのが好ましい。
【0100】
成型に用いられる装置は特に限定されることはなく、公知の装置を用いればよい。例えば、ロールや型枠を用いたプレス機や打錠機等を用いることができる。また、原料混合物の成型に際して、必要に応じて原料混合物にバインダー等の結合剤を配合させてもよい。
【0101】
[焼成工程:ステップS30]
焼成工程(ステップS30)では、成型体4を匣鉢10内に収容して匣鉢充填物20とし、この匣鉢充填物20を焼成炉に搬送して、焼成を行う。匣鉢充填物20を焼成することにより、ニッケル複合水酸化物またはニッケル複合酸化物とリチウム化合物とが反応し、リチウムニッケル複合酸化物が合成される。
【0102】
焼成(ステップS30)に用いる焼成炉としては、プッシャー炉もしくはローラーハース炉等の連続焼成炉を好適に用いることができる。
図13は、ローラーハース炉を用いた場合の焼成炉内の一例を示す図である。
図13に示すように、ロールRにより、複数積み重ねられた匣鉢充填物20が搬送されながら、ヒータhにより熱が供給されて、焼成工程(ステップS30)が進行する。焼成炉内において、匣鉢充填物20中の成型体4は、窓部Wを介して、焼成炉100から供給される反応ガス(例、酸素、空気)と接触でき、かつ、リチウム金属複合酸化物の合成により生成される発生ガス(例、水蒸気)を排出できる。
【0103】
(焼成条件)
焼成(ステップS30)は、酸化性雰囲気中で700℃以上、1000℃以下の温度の条件で行うことが好ましい。焼成温度が700℃未満である場合、リチウム金属複合酸化物の結晶性が低下するため、得られるリチウム金属複合酸化物を正極活物質として用いた際の電池特性が低下する。一方、焼成温度が1000℃を超える場合、リチウム金属複合酸化物が焼結して粗大粒子が生成され、正極活物質として用いた際の電池特性が低下する。
【0104】
焼成温度は、得ようとするリチウム金属複合酸化物に応じて調整されるが、例えば、リチウムニッケル複合酸化物におけるニッケル含有量が、リチウム以外の他の金属元素に対して、60モル%未満である場合、850℃以上、950℃の温度で焼成することが好ましい。また、例えば、リチウムニッケル複合酸化物におけるニッケル含有量が、リチウム以外の他の金属元素に対して、60モル%以上である場合、700℃以上、850℃以下の温度で焼成することが好ましい。焼成温度を、組成に応じて、上記範囲とする場合、生成したリチウムニッケル複合酸化物の分解を抑制して、電池反応時にLiイオンの移動を妨げる結晶が混入することが抑制されたリチウムニッケル複合酸化物が得られる。さらに、電池材料として使用可能な結晶成長が充分行われ、匣鉢充填物20の上部分と下部分の間におけるリチウムニッケル複合酸化物の物性変動をより小さくでき、良好な電池特性を有することができる。
【0105】
焼成の雰囲気は、酸化性雰囲気が好ましく、酸素濃度が20vol%以上100vol%以下の雰囲気とすることが好ましい。雰囲気の酸素濃度を20vol%以上とすることで、リチウム金属複合酸化物の合成反応が促進され、Liイオンの移動を妨げる異相の混入が抑制される。
【0106】
焼成時間は、上記の焼成温度で2時間以上、15時間以下保持することが好ましい。保持時間を2時間以上とすることで、生成するリチウム金属複合酸化物の結晶成長を十分なものとすることができ、さらに高い電池性能を実現できる。一方、15時間を超えて保持すると、結晶化が進み過ぎて特性が低下することがある。また、焼成時間は、上記の焼成温度で10時間以下であってもよく、5時間以下であってもよい。本実施形態に係る製造方法においては、匣鉢充填物20を用いることにより、従来よりも焼成時間が短い場合においても、結晶性が高く、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物を製造することができる。
【0107】
(解砕工程:ステップS40)
なお、焼成工程(ステップS30)後、得られたリチウムニッケル複合酸化物の焼成体を解砕して、リチウムニッケル複合酸化物の粉末を得てもよい(ステップS40)。解砕により、得られる正極活物質の平均粒径や粒度分布を好適な範囲に調整することができる。解砕の方法としては、公知の手段を用いることができ、たとえば、ピンミルやハンマーミル、分級機能付きの解砕機などを使用することができる。なお、この際、二次粒子を破壊しないように解砕力を適切な範囲に調整することが好ましい。
【0108】
(リチウム金属複合酸化物)
本実施形態に係るリチウム金属複合酸化物の製造方法は、良好な電池特性を有するリチウム金属複合酸化物を、高い生産性で合成することが可能であり、その工業的利用価値は極めて大きい。また、得られるリチウム金属複合酸化物をリチウムイオン二次電池用の正極活物質として用いれば、電池性能を劣化させることなく、優れた性能を有する電池を安定して大量に製造することが可能となる。
【0109】
なお、本実施形態に係る製造方法においては、種々のリチウム金属複合酸化物を得ることができるが、特にニッケルを含むリチウム金属複合酸化物の製造の際に好適に用いることができる。中でも、リチウムと、ニッケルと、コバルト及びマンガンの少なくとも一つとを含み、各元素のモル比が上述のモル比(1)で表されるリチウム金属複合酸化物の製造に好適用いることができる。各元素のモル比は、上記と同様であるため、ここでの記載は省略する。
【実施例】
【0110】
以下に、本発明の具体的な実施例について説明する。ただし、本発明は、以下の実施例
に何ら限定されるものではない。
【0111】
リチウム金属複合酸化物の一種であるリチウムニッケル複合酸化物は、以下に示す実施例および比較例に記載された方法で製造される。
【0112】
[表面リチウム量:合成の進行度の評価]
ニッケル複合酸化物とリチウム化合物の合成反応の進行度は溶出リチウム量の測定により判断できる。溶出リチウム量の測定方法を以下に説明する。
【0113】
まず、リチウムニッケル複合酸化物10gに超純水を100mlまで添加し攪拌した後、1mol/リットルの塩酸で滴定し第二中和点まで測定した。次いで、塩酸で中和されたアルカリ分をリチウムニッケル複合酸化物表面のリチウムとして、滴定結果からリチウムニッケル複合酸化物に対するリチウムの質量比を求め、この値を溶出リチウム量とした。
【0114】
合成反応が不十分になると表面に残留するリチウム量が増加するため、溶出リチウム量を測定することで、合成反応の進行度を判断することが可能となる。表1では、溶出リチウム量が0.1質量%以下である場合の合成反応の進行度をA、0.1質量%を超える場合を、合成反応の進行度をBと評価した。
【0115】
[充放電容量]
得られたリチウムニッケル複合酸化物を正極活物質としてリチウムイオン二次電池を作製し、放電容量および正極抵抗の評価は以下のように行った。正極活物質70質量%にアセチレンブラック20質量%及びPTFE10質量%を混合し、ここから150mgを取り出してペレットを作製し正極とした。負極としてリチウム金属を用い、電解液には1MのLiClO4を支持塩とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合溶液(富山薬品工業製)を用いた。露点が-80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス中で、2032型のコイン電池を作製した。
【0116】
作製した電池は24時間程度放置し、開路電圧(OCV;Open Circuit Voltage)が安定した後、正極に対する電流密度を0.5mA/cm2としてカットオフ電圧4.3Vまで充電して充電容量とし、1時間の休止後カットオフ電圧3.0Vまで放電したときの容量を放電容量とした。
【0117】
(実施例1)
酸化ニッケルにコバルトおよびマンガンが固溶している結晶構造を有する酸化ニッケルからなるニッケル複合酸化物(Ni0.55Co0.20Mn0.25O2)の粒子と、無水水酸化リチウム(LiOH)とを、攪拌混合機を使用し混合した。得られた原料混合物を、型枠へ投入し、プレス機を用いて面圧(圧力)600kgf/cm2(58.8MPa)で加圧して、大きさ125mm×125mm×25mmの原料混合物の成型体を得た。得られた原料混合物の成型体のかさ密度は2.0g/cm3であった。
【0118】
これら成型体を大きさ300mm×300mm×15mm(匣鉢内の底面からの縁の高さ)、4隅の支柱部の高さは20mm(縁の上辺に対して)である匣鉢に
図2のように成型体4枚を充填し、匣鉢充填物とした。
図2に示すように、匣鉢内では、原料混合物の成型体を匣鉢の縁から離間させ、成型体同士も離間するように充填した。この匣鉢充填物を3段積層して焼成に供した。原料混合物の総充填量は9.6kgであった。
【0119】
その後、酸素濃度が90vol%以上に保持されたRHKシミュレーター(株式会社ノリタケカンパニー製)で焼成を行った。焼成の温度は930℃、その温度での保持時間を3時間とし、トータル時間は9時間とした。焼成後、冷却し、焼成物の上下をサンプリングし、ハンマーミルで粉砕後、目開き38μmの篩でふるい、篩下の粉砕物であるリチウムニッケル複合酸化物の溶出リチウム量滴定および充放電特性評価を行った。それぞれの溶出リチウム量および充放電容量の結果を表1に示す。本結果から、溶出リチウムの値は低く、充放電容量も後述する従来例と同等の大きな値が得られていることから物性良好な正極活物質が得られていることを確認した。
【0120】
(実施例2)
匣鉢充填物を4段積層し、焼成のトータル時間を9.9hとしたこと以外は実施例1と同様の方法で焼成を行った。それぞれの溶出リチウム量および充放電容量の結果を表1に示す。本結果から、溶出リチウムの値は低く、充放電容量も比較例1よりは低いが十分な充放電容量を確保できていることから物性良好な正極活物質が得られていることを確認した。また生産性は実施例1よりもさらに高くなった。
【0121】
(比較例1)
従来例として、実施例1と同様の方法で作製した原料混合物を、成型処理を施さずに大きさ300mm×300mm×100mmの匣鉢に3kg充填し、焼成のトータル時間を15hとしたこと以外は実施例1と同様の方法で焼成を行った。それぞれの溶出リチウム量および充放電容量の結果を表1に示す。本結果から、溶出リチウムの値は低く、充放電容量も大きな値が得られていることから物性良好な正極活物質が得られていることを確認した。しかし、本方法では匣鉢への原料充填量が少なく、生産性については実施例1,2よりも見劣りする結果となっている。
【0122】
(比較例2)
実施例1と同様の方法で作製した混合粉に成型処理を施し、大きさ300mm×300mm×100mmの匣鉢(比較例1と同一)に、成型体を3枚ずつ重ねたものを、4か所にそれぞれ離間させて載置した、計12枚を充填(混合粉重量9.6kg)し、焼成のトータル時間を9hとしたこと以外は実施例1と同様の方法で焼成を行った。それぞれの溶出リチウム量および充放電容量の結果を表1に示す。本結果から、溶出リチウムの値が高く、充放電容量も実施例2より低下していることから、本方法では良好な焼き上がりの正極活物質が得られていない結果となった。
【0123】
【0124】
(本発明の利点)
上記実施例と比較例との対比から分かるように、本発明のリチウムニッケル複合酸化物の製造方法は、雰囲気中からの空気、酸素を効率よく供給させ、高い生産性で焼成物全体の反応を均一にリチウムニッケル複合酸化物の製造することができ、リチウムニッケル複合酸化物の製造方法として好適である。
【符号の説明】
【0125】
1…底部
2…縁部
3…支柱部
4…成型体
5…位置決め部
5a…凸部
5b…凹部
10…匣鉢
20…匣鉢充填物
30、40、50、60、70…匣鉢
100…焼成炉
W…窓部
h…ヒータ
R…ロール