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特許7459616共重合体、医療用コーティング剤及び医療機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】共重合体、医療用コーティング剤及び医療機器
(51)【国際特許分類】
   C08F 265/06 20060101AFI20240326BHJP
   C08F 290/04 20060101ALI20240326BHJP
   C09D 133/08 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 29/08 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 29/12 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 29/14 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 31/10 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 31/12 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 27/34 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20240326BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
C08F265/06
C08F290/04
C09D133/08
A61L29/08 100
A61L29/12
A61L29/14
A61L31/10
A61L31/12
A61L31/14
A61L27/34
A61L27/40
A61L27/50
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020060658
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021161127
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2022-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】大沼 妙子
(72)【発明者】
【氏名】山口 久美子
(72)【発明者】
【氏名】藤原 匡之
【審査官】久保田 葵
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-270839(JP,A)
【文献】特開2020-012092(JP,A)
【文献】特開2010-057745(JP,A)
【文献】特開平07-300513(JP,A)
【文献】FUJISHITA et al.,Effect of Zwitterionic Polymers on Wound Healing,Biological and Pharmaceutical Bulletin,2008年,Vol.31,No. 12,pp.2309-2315,DOI: 10.1248/bpb.31.2309
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 265/06
C08F 290/04
C09D 133/04
A61L 29/08
A61L 29/12
A61L 29/14
A61L 31/10
A61L 31/12
A61L 31/14
A61L 27/34
A61L 27/40
A61L 27/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(c)のモノマー単位を以下の含有率で含むポリマー(A)であって、以下のベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b)がアクリル酸メチルである、ポリマー(A)
下記式(1)で表されるマクロモノマー(a):20~80質量%
ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b):5~75質量%
ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c):0.1~20質量%
【化1】
(下記式(1)において、R及びR~Rは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又は複素環基である。
~Xは、それぞれ独立に、水素原子又はメチル基である。
Zは、末端基である。
nは、2~10,000の自然数である。)
【請求項2】
前記ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c)がメチルカルボキシベタイン構造を持つアクリレートモノマーである請求項1に記載のポリマー(A)。
【請求項3】
重量平均分子量が20,000以上300,000以下である請求項1又は2に記載のポリマー(A)。
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項に記載のポリマー(A)を含む医療用コーティング剤。
【請求項5】
請求項に記載の医療用コーティング剤が基材にコーティングされてなる医療機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共重合体、この共重合体を用いた医療用コーティング剤及び医療機器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療器具、生化学分析やタンパクの分離精製の分野では、各種ポリマー材料(ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル、ナイロン)、ガラス、ステンレス等の金属が、各種反応容器、遠心管、チューブ、シリンジ、ピペット、フィルター、分離用カラム等の種々の部品、容器等に使用されているが、いずれの材料においてもタンパク質付着がおき、タンパク質付着が検出感度の低下や再現性の低下、精製不良を引き起こす原因となっている。
【0003】
また、カテーテル、カニューレ、ステント、血漿分離用膜、人工心肺等の人工臓器等は、循環血液や体内の代謝物質との接触があり、タンパク質付着やタンパク質付着によって引き起こされる血栓等の形成を抑制する生体適合性が必要とされている。
【0004】
特許文献1には、ポリメトキシエチルアクリレート(PMEA)が、抗血栓性、低タンパク質付着能といった生体適合性を有することが記載されている。しかし、PMEAは室温でゴム状態であるため形態安定性が低く、実用性に劣るという問題があった。
【0005】
特許文献2には、カルボキシメチルベタイン(CMB)モノマーと、ブチルメタアクリレート(BMA)とのランダム共重合体が生体適合性を有することが記載されている。しかし、CMBとBMAのランダム共重合体は基材との密着性が弱いという問題があった。
【0006】
特許文献3には、ブロック共重合体で基材密着性と抗血栓性が両立できることが記載されている。しかし、特許文献3のブロック共重合体はリビングラジカル重合で合成されており、重合時間が長く、生産性に劣るという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2004-161954号公報
【文献】特許第第4961133号公報
【文献】国際公開第2016/143787号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、得られる塗膜が基材との密着性に優れ、且つ、タンパク質付着抑制機能を有し、しかも生産性にも優れる共重合体と、この共重合体を含む医療用コーティング剤、及びこの医療用コーティング剤を用いた医療機器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討を重ねた結果、特定のマクロモノマー(a)と、ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b)と、ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c)のモノマー単位を所定の割合で含むポリマー(A)が、上記課題を解決し得ることを見出した。
【0010】
即ち、本発明は以下を要旨とする。
【0011】
[1] 以下の(a)~(c)のモノマー単位を以下の含有率で含むポリマー(A)。
下記式(1)で表されるマクロモノマー(a):20~80質量%
ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b):5~75質量%
ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c):0.1~20質量%
【0012】
【化1】
【0013】
(下記式(1)において、R及びR~Rは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又は複素環基である。
~Xは、それぞれ独立に、水素原子又はメチル基である。
Zは、末端基である。
nは、2~10,000の自然数である。)
【0014】
[2] 前記ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c)がメチルカルボキシベタイン構造を持つアクリレートモノマーである[1]に記載のポリマー(A)。
【0015】
[3] 前記ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b)がアクリル酸メチルである[1]又は[2]に記載のポリマー(A)。
【0016】
[4] 重量平均分子量が20,000以上300,000以下である[1]ないし[3]のいずれかに記載のポリマー(A)。
【0017】
[5] [1]~[4]のいずれかに記載のポリマー(A)を含む医療用コーティング剤。
【0018】
[6] [5]に記載の医療用コーティング剤が基材にコーティングされてなる医療機器。
【発明の効果】
【0019】
本発明のポリマー(A)によれば、基材との密着性に優れ、且つ、タンパク質付着抑制樹脂を有する塗膜を形成することができる。
しかも、本発明のポリマー(A)は一般的なラジカル重合により、容易かつ効率的に優れた生産性のもとに製造することができる。
本発明のポリマー(A)を含む医療用コーティング剤を基材にコーティングして形成された塗膜を有する本発明の医療機器は、基材と塗膜との密着性に優れかつ生体適合性にも優れることから医療分野で用いられる様々な機器に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に本発明について詳細に説明するが、以下の説明は、本発明の実施の形態の一例であり、本発明はその要旨を超えない限り、以下の記載内容に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施することができる。
【0021】
[ポリマー(A)]
本発明のポリマー(A)は、以下の(a)~(c)のモノマー単位を以下の含有率で含むものである。
下記式(1)で表されるマクロモノマー(a):20~80質量%
ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b):5~75質量%
ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c):0.1~20質量%
【0022】
【化2】
【0023】
(式(1)において、R及びR~Rは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又は複素環基である。
~Xは、それぞれ独立に、水素原子又はメチル基である。
Zは、末端基である。
nは、2~10,000の自然数である。)
【0024】
以下において、上記式(1)で表されるマクロモノマー(a)を単に「マクロモノマー(a)」と称し、ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b)を単に「モノマー(b)」と称し、ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c)を単に「モノマー(c)」と称す場合がある。
「マクロモノマー」とは、重合可能な官能基を持ったポリマーであり、別名「マクロマー」とも呼ばれるものである。
尚、本発明において、「(メタ)アクリル酸」は「アクリル酸」又は「メタクリル酸」を示す。
【0025】
<マクロモノマー(a)>
マクロモノマー(a)は、上記式(1)で表されるものである。
式(1)において、R及びR~Rは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又は複素環基である。アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又は複素環基は、置換基を有することができる。
【0026】
R又はR~Rのアルキル基としては、例えば、炭素数1~20の分岐又は直鎖アルキル基が挙げられる。R又はR~Rのアルキル基の具体例としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基及びi-プロピル基が挙げられる。
R又はR~Rのシクロアルキル基としては、例えば、炭素数3~20のシクロアルキル基が挙げられる。R又はR~Rのシクロアルキル基の具体例としては、シクロプロピル基、シクロブチル基及びアダマンチル基が挙げられる。
R又はR~Rのアリール基としては、例えば、炭素数6~18のアリール基が挙げられる。R又はR~Rのアリール基の具体例としては、フェニル基及びナフチル基が挙げられる。
R又はR~Rの複素環基としては、例えば、炭素数5~18の複素環基が挙げられる。R又はR~Rの複素環基の具体例としては、γ-ラクトン基及びε-カプロラクトン基が挙げられる。
【0027】
R又はR~Rのアルキル基、シクロアルキル基、アリール基又は複素環基が置換基を有する場合、その置換基としては、それぞれ独立して、アルキル基、アリール基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基又はアリーロキシカルボニル基(-COOR’)、カルバモイル基(-CONR’R”)、シアノ基、ヒドロキシル基、アミノ基、置換アミノ基(-NR’R”)、ハロゲン原子、アリル基、エポキシ基、アルコキシ基又はアリーロキシ基(-OR’)又は親水性若しくはイオン性を示す基からなる群から選択される基又は原子が挙げられる。尚、R’又はR”は、それぞれ独立して、複素環基を除いてRと同様の基が挙げられる。
【0028】
R又はR~Rの置換基のアルコキシカルボニル基としては、例えば、メトキシカルボニル基が挙げられる。
R又はR~Rの置換基のカルバモイル基としては、例えば、N-メチルカルバモイル基及びN,N-ジメチルカルバモイル基が挙げられる。
R又はR~Rの置換基の置換アミノ基としては、例えば、ジメチルアミノ基が挙げられる。
R又はR~Rの置換基のハロゲン原子としては、例えば、ふっ素原子、塩素原子、臭素原子及びよう素原子が挙げられる。
R又はR~Rの置換基のアルコキシ基としては、例えば、炭素数1~12のアルコキシ基が挙げられ、具体例としてはメトキシ基が挙げられる。
R又はR~Rの置換基の親水性又はイオン性を示す基としては、例えば、カルボキシル基のアルカリ塩又はスルホキシル基のアルカリ塩、ポリエチレンオキシド基、ポリプロピレンオキシド基等のポリ(アルキレンオキシド)基及び四級アンモニウム塩基等のカチオン性置換基が挙げられる。
【0029】
R及びR~Rは、それぞれ独立して、アルキル基及びシクロアルキル基から選ばれる少なくとも1種が好ましく、アルキル基がより好ましい。
アルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基又はi-プロピル基が好ましく、入手のしやすさの観点から、メチル基がより好ましい。
【0030】
~Xは、それぞれ独立して、水素原子及びメチル基から選ばれる少なくとも1種であり、メチル基が好ましい。
~Xは、マクロモノマー(a)の合成し易さの観点から、X~Xの半数以上がメチル基であることが好ましい。
【0031】
Zは、マクロモノマー(a)の末端基である。マクロモノマー(a)の末端基としては、例えば、公知のラジカル重合で得られるポリマーの末端基と同様に、水素原子及びラジカル重合開始剤に由来する基が挙げられる。
【0032】
nは、2~10,000の自然数である。
【0033】
マクロモノマー(a)を得るための単量体としては、例えば、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n-プロピル、(メタ)アクリル酸イソプロピル、(メタ)アクリル酸n-ブチル、(メタ)アクリル酸イソブチル、(メタ)アクリル酸t-ブチル、(メタ)アクリル酸イソアミル、(メタ)アクリル酸t-アミル、(メタ)アクリル酸ジプロピルメチル、(メタ)アクリル酸ジイソプロピルメチル、(メタ)アクリル酸ジブチルメチル、(メタ)アクリル酸ジイソブチルメチル、メタ)アクリル酸ジt-ブチルメチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸ラウリル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸ステアリル、(メタ)アクリル酸フェニル、(メタ)アクリル酸ベンジル、(メタ)アクリル酸グリシジル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸2-ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸2-ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸2-ヒドロキシブチル、(メタ)アクリル酸3-ヒドロキシブチル、(メタ)アクリル酸4-ヒドロキシブチル、(メタ)アクリル酸ポリエチレングリコール、(メタ)アクリル酸ポリプロピレングリコール、(メタ)アクリル酸メトキシエチル、(メタ)アクリル酸エトキシエチル、(メタ)アクリル酸n-ブトキシエチル、(メタ)アクリル酸イソブトキシエチル、(メタ)アクリル酸t-ブトキシエチル、(メタ)アクリル酸フェノキシエチル、(メタ)アクリル酸ノニルフェノキシエチル、(メタ)アクリル酸3-メトキシブチル、(メタ)アクリル酸シクロペンチル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸シクロペプチル、(メタ)アクリル酸シクロオクチル、(メタ)アクリル酸4-t-ブチルシクロヘキシル、(メタ)アクリル酸3,3,5-トリメチルシクロヘキシル、(メタ)アクリル酸トリシクロデカニル、(メタ)アクリル酸ジシクロペンタジエニル、(メタ)アクリル酸イソボルニル、(メタ)アクリル酸アダマンチル、(メタ)アクリル酸ジフェニルメチル、(メタ)アクリル酸トリフェニルメチル、プラクセルFM(ダイセル化学(株)製カプロラクトン付加モノマー、商品名)、ブレンマーPME-100(日油(株)製メトキシポリエチレングリコールメタクリレート(エチレングリコールの連鎖が2であるもの)、商品名)、ブレンマーPME-200(日油(株)製メトキシポリエチレングリコールメタクリレート(エチレングリコールの連鎖が4であるもの)、商品名)、ブレンマーPME-400(日油(株)製メトキシポリエチレングリコールメタクリレート(エチレングリコールの連鎖が9であるもの)、商品名)、ブレンマー50POEP-800B(日油(株)製オクトキシポリエチレングリコール-ポリプロピレングリコール-メタクリレート(エチレングリコールの連鎖が8であり、プロピレングリコールの連鎖が6であるもの)、商品名)及びブレンマー20ANEP-600(日油(株)製ノニルフェノキシ(エチレングリコール-ポリプロピレングリコール)モノアクリレート、商品名)、ブレンマーAME-100(日油(株)製、商品名)、ブレンマーAME-200(日油(株)製、商品名)及びブレンマー50AOEP-800B(日油(株)製、商品名)が挙げられる。
【0034】
これらの中で、単量体の入手のし易さの点で、(メタ)アクリル酸エステルが好ましい。
【0035】
マクロモノマー(a)の製造に用いる単量体としては、耐熱分解性向上の観点からアクリル酸メチル、アクリル酸エチル等のアクリル酸エステルの1種又は2種以上と、メタクリル酸メチル、メタクリル酸イソボルニル等のメタクリル酸エステルの1種又は2種以上との単量体混合物を用いることが塗膜の弾性率維持の観点から好ましい。
このアクリル酸エステルとメタクリル酸エステルとの単量体混合物中のメタクリル酸エステルの含有量は、マクロモノマーの合成しやすさの観点から、80質量%以上99.5質量%以下が好ましい。メタクリル酸エステルの含有量の下限値は82質量%以上がより好ましく、84質量%以上が更に好ましい。メタクリル酸エステルの含有量の上限値は99質量%以下がより好ましく、98質量%以下が更に好ましい。
【0036】
マクロモノマー(a)の原料単量体としては、目的に応じて、(メタ)アクリル酸等の不飽和カルボン酸を用いることができる。
不飽和カルボン酸としては、例えば、(メタ)アクリル酸、マレイン酸及び無水マレイン酸が挙げられる。これらの不飽和カルボン酸を用いる場合、マクロモノマー(a)の原料単量体中における不飽和カルボン酸の含有量は10質量%以下、特に5質量%以下であることが好ましい。
【0037】
マクロモノマー(a)を得るための単量体は、上述の単量体を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0038】
マクロモノマー(a)の数平均分子量(Mn)は、500以上1,00,000以下が好ましい。
マクロモノマー(a)のMnが500以上の場合に、モノマー(b),(c)と共重合して得られるポリマー(A)の溶液粘度が低く、形成される塗膜の外観が良好となる傾向にある。
マクロモノマー(a)のMnが1,00,000以下の場合に、モノマー(b),(c)と共重合して得られるポリマー(A)を用いて形成した塗膜と基材との密着性が良好となる傾向にある。
マクロモノマー(a)のMnの下限値は1,000以上がより好ましく、5,000以上が更に好ましい。マクロモノマー(a)のMnの上限値は80,000以下がより好ましく、50,000以下が更に好ましい。
【0039】
また、マクロモノマー(a)の分子量分布(重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は、1.1以上10以下が好ましい。
マクロモノマー(a)のMw/Mnが1.1以上、10.0以下の場合に末端に不飽和結合を導入された重合体が得られる傾向にある。
マクロモノマー(a)のMw/Mnの下限値は1.2以上がより好ましく、1.5以上が更に好ましい。マクロモノマー(a)のMw/Mnの上限値は9.0以下がより好ましく、6.0以下が更に好ましい。
ここで、マクロモノマー(a)のMw及びMnは、後述の実施例の項に記載の方法で測定される。
【0040】
マクロモノマー(a)の製造方法としては、例えば、コバルト連鎖移動剤を用いて製造する方法(米国特許4680352号明細書)、α-ブロモメチルスチレン等のα置換不飽和化合物を連鎖移動剤として用いる方法(国際公開第1988/04304号)、重合性基を化学的に結合させる方法(特開昭60-133007号公報及び米国特許5147952号明細書)及び熱分解による方法(特開平11-240854号公報)が挙げられる。
これらの中で、マクロモノマー(a)の製造方法としては、製造工程数が少なく、連鎖移動定数の高い触媒を使用する点でコバルト連鎖移動剤を用いて製造する方法が好ましい。
【0041】
コバルト連鎖移動剤を用いてマクロモノマー(a)を製造する方法としては、例えば、塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法等の水系分散重合法が挙げられる。
これらの中で、マクロモノマー(a)の回収工程の簡略化の点から、懸濁重合法が好ましい。
【0042】
マクロモノマー(a)を溶液重合法で得る際に使用される溶剤としては、例えば、トルエン等の炭化水素;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル;ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素;アセトン等のケトン;メタノール等のアルコール;アセトニトリル等のニトリル;酢酸エチル等のビニルエステル;エチレンカーボネート等のカーボネート;及び超臨界二酸化炭素が挙げられる。これらは、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0043】
本発明のポリマー(A)の製造には、合成したマクロモノマー(a)を回収、精製した粉体状物として使用しても、懸濁重合で合成したマクロモノマー(a)の懸濁液をそのまま使用してもよい。
【0044】
マクロモノマー(a)は、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0045】
<ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b)>
ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b)として、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n-プロピル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸ラウリル、アクリル酸ドデシル、アクリル酸ステアリル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸グリシジル、アクリル酸2-メトキシエチル、アクリル酸ジメチルアミノエチル、アクリル酸2-ヒドロキシエチル及びアクリル酸4-ヒドロキシブチルなどが挙げられる。上記の中で、得られるポリマー(A)の基材密着性の観点からアクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸グリシジル、アクリル酸2-メトキシエチル、アクリル酸ジメチルアミノエチルが好ましく、基材密着性の観点からアクリル酸メチルが最も好ましい。
【0046】
ベタイン構造を含まないアクリレートモノマー(b)は1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0047】
<ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c)>
ベタイン構造とは、正電荷と負電荷を同一分子内の隣り合わない位置に持ち、正電荷を持つ原子には解離しうる水素が結合していない四級アンモニウム、スルホニウム、ホスホニウムなどのカチオン構造をとる両性イオン型の構造を指す。ベタイン構造を含むアクリレートモノマー(c)として、メチルカルボキシベタイン構造を有するものが好ましく、具体的には、N-(メタ)アクリロイルオキシメチル-N,N-ジメチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン、N-(メタ)アクリロイルオキシエチル-N,N-ジメチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン、N-アクリロイルオキシプロピル-N,N-ジメチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン、N-アクリロイノレオキシメチル-N,N-ジエチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン、N-アクリロイルオキシエチル-N,N-ジエチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン、N-アクリロイルオキシプロピル-N,N-ジエチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタインなどが挙げられる。これらのうち、タンパク質吸着抑制機能や合成しやすさの観点からN-アクリロイルオキシエチル-N,N-ジメチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタインが好ましい。
【0048】
なお、これらのメチルカルボキシベタイン類は、ポリマー(A)の合成にはその前駆体を用い、マクロモノマー(a)とモノマー(b)とモノマー(c)前駆体との共重合でポリマー(A)前駆体を合成し、これをカルボキシベタイン化して本発明のポリマー(A)とする方法が共重合反応性の観点から好ましい。
【0049】
ベタイン構造を含むのアクリレートモノマー(c)は1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0050】
<各構成単位の含有量>
本発明のポリマー(A)は、マクロモノマー(a)単位を20~80質量%、モノマー(b)単位を5~75質量%、モノマー(c)単位を0.1~20質量%の含有割合で含有する。
【0051】
マクロモノマー(a)は本発明のポリマー(A)に基材密着性や弾性率維持の機能を付与するためのものであり、ポリマー(A)に含まれるマクロモノマー(a)単位の割合が上記下限以上であれば弾性率を維持でき、上記上限以下であれば共重合成分の機能を損なわない。ポリマー(A)中のマクロモノマー(a)単位の含有量は好ましくは30~78質量%、より好ましくは35~75質量%である。
【0052】
モノマー(b)は本発明のポリマー(A)に基材密着性の機能を付与するためのものであり、ポリマー(A)に含まれるモノマー(b)単位の割合が上記下限以上であれば基材密着性が良好であり、上記上限以下であればタンパク質吸着抑制効果に影響を与えない。ポリマー(A)中のモノマー(b)単位の含有量は好ましくは10~65質量%、より好ましくは15~55質量%である。
【0053】
モノマー(c)は本発明のポリマー(A)にタンパク質吸着抑制の機能を付与するためのものであり、ポリマー(A)に含まれるモノマー(c)単位の割合が上記下限以上であればタンパク質低吸着性であり、上記上限以下であれば塗膜と基材との密着性が良好である。ポリマー(A)中のモノマー(c)単位の含有量は好ましくは0.5~15質量%である。
【0054】
なお、ポリマー(A)は、マクロモノマー(a)単位、モノマー(b)単位、及びモノマー(c)単位以外のその他の単量体単位を含むものであってもよい。マクロモノマー(a)単位、モノマー(b)単位及びモノマー(c)単位で構成されることによる本発明の効果をより有効に得る上で、本発明のポリマー(A)に含まれるその他の単量体単位は20質量%以下、特に10質量%以下であることが好ましい。
【0055】
<ポリマー(A)>
ポリマー(A)は、少なくともマクロモノマー(a)とモノマー(b)とモノマー(c)に由来する構成単位を含む共重合体である。
本発明のポリマー(A)中には、マクロモノマー(a)単位のみからなる重合体、モノマー(b)又はモノマー(c)のみからなる重合体、マクロモノマー(a)、モノマー(b)及びモノマー(c)のうちの2種からなる共重合体、未反応のマクロモノマー(a)及び未反応のモノマー(b)、モノマー(c)から選ばれる少なくとも1種を含有することができる。
ポリマー(A)は、マクロモノマー(a)単位、モノマー(b)単位及びモノマー(c)単位を有するブロック共重合体、モノマー(b)及びモノマー(c)のランダム又はブロック共重合体の側鎖にマクロモノマー(a)単位を有するグラフト共重合体、マクロモノマー(a)単位、モノマー(b)単位及びモノマー(c)単位を有するランダム共重合体から選ばれる少なくとも一種を含む。
【0056】
ポリマー(A)の製造方法は、特に限定されず、溶液重合、懸濁重合、乳化重合、塊状重合等の各種の方法を用いることができる。ポリマー(A)の生産性、得られるポリマー(A)を用いて形成される塗膜の塗膜性能の点で、溶液重合が好ましい。
【0057】
以下に本発明のポリマー(A)の製造方法の一例を示すが、本発明のポリマー(A)の製造方法は、何ら以下の方法に限定されるものではない。
前述の方法で製造されたマクロモノマー(a)及びモノマー(b)と、メチルカルボキシベタインとなるモノマー(c)の前駆体とを原料モノマーとして所定の割合で用い、これらを溶媒に溶解させて単量体組成物を調製し、ここにラジカル重合開始剤を添加して重合を行う。
【0058】
重合は、公知のラジカル重合開始剤を用いて、公知の方法で行うことができる。例え
ば、前述の方法で製造されたマクロモノマー(a)及びモノマー(b)と、メチルカルボキシベタインとなるモノマー(c)の前駆体とを原料モノマーをラジカル開始剤の存在下に不活性雰囲気下、60~120℃の反応温度で4~14時間反応させる方法が挙げられる。重合の際、必要に応じて、連鎖移動剤を用いてもよい。
【0059】
溶液重合で用いられる溶媒としては、例えばトルエン、キシレン、プロピレングリコー
ルモノメチルエーテルアセテート、メチルイソブチルケトン、酢酸n-ブチル、エチル3
-エトキシプロピオネート等の一般の有機溶剤を使用することができる。
【0060】
ラジカル重合開始剤としては、公知のものを使用でき、例えば、2,2-アゾビスイソ
ブチロニトリル、2,2-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2-アゾ
ビス(2-メチルブチロニトリル)等のアゾ化合物;過酸化ベンゾイル、クメンヒドロペ
ルオキシド、ラウリルパーオキシド、ジ-t-ブチルパーオキシド、t-ブチルパーオキ
-2-エチルヘキサノエート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシ-2-エ
チルヘキサノエート等の有機過酸化物;等が挙げられる。
【0061】
連鎖移動剤としては、公知のものを使用でき、例えば、n-ドデシルメルカプタン等の
メルカプタン類、チオグリコール酸オクチル等のチオグリコール酸エステル類、α-メチ
ルスチレンダイマー、ターピノーレン等が挙げられる。
【0062】
モノマー(c)の前駆体としては、ジメチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレート、ジメチルアミノプロピルアクリレート、ジメチルアミノエチルアクリルアミド、ジエチルアミノプロピルアクリルアミドが挙げられる。カルボキシメチルベタイン化のしやすさから、ジメチルアミノエチルアクリレートが好ましい。
【0063】
このようにして得られるポリマー(A)の前駆体を常法に従って以下の通りカルボキシベタイン化することで、本発明のポリマー(A)を得ることができる。
マクロモノマー(a)及びモノマー(b)と、メチルカルボキシベタインとなるモノマー(c)の前駆体とを原料モノマーとして単量体組成物として調製し、ラジカル重合して得られた少なくとも3成分を含む共重合体をハロ酢酸ナトリウムもしくはハロ酢酸カリウムと反応させる。この反応はモノマー(c)の前駆体に含まれるアミノ基に酢酸基を導入する反応である。この反応の結果、使用したハロ酢酸ナトリウムもしくはハロ酢酸カリウム由来のハロゲン化ナトリウムもしくはカリウムが生成する。
【0064】
カルボキシベタイン化の反応は、ポリマー(A)の前駆体の重合用溶媒と同様の溶媒が用いられる。反応時のポリマー(A)の前駆体の固形分は、反応性の観点から50質量%以下が好ましく、ポリマー(A)の生産性の観点から5質量%以上が好ましい。
【0065】
ハロ酢酸ナトリウムもしくはカリウムのハロゲンは塩素、臭素、ヨウ素であるが、塩素が反応性の観点で好ましい。
【0066】
カルボキシメチルベタイン化の反応は、ハロ酢酸ナトリウムまたはカリウムをそのまま、あるいは溶液または懸濁液としてポリマー(A)の前駆体溶液に一括または分割添加し、不活性雰囲気下、攪拌を行いながら、70~80℃程度の温度で4~8時間程度加熱することによって実施できる。
【0067】
ハロ酢酸ナトリウムまたはカリウムの使用量はモノマー(c)の前駆体のアミノ基に対して等モルの70~130%、好ましくは80~120%である。
【0068】
このようにして得られた反応溶液のハロゲン化ナトリウムもしくはハロゲン化カリウムを除去するために、遠心分離、濾過などの固液分離、イオン交換樹脂を反応液と接触させる工程を含んでもよい。
【0069】
本発明に好適なポリマー(A)を製造するためのカルボキシベタイン化前のポリマー(A)前駆体の重量平均分子量(Mw)は10,000以上500,000以下が好ましい。ポリマー(A)前駆体のMwが10,000以上の場合、得られるポリマー(A)の塗膜の密着性が良好となる。ポリマー(A)前駆体のMwが500,000以下の場合、得られるポリマー(A)の塗装性が良好となる。
ポリマー(A)前駆体のMwの下限値は15,000以上がより好ましく、20,000以上が更に好ましい。また、ポリマー(A)前駆体のMwの上限値は400,000以下がより好ましく、300,000以下が更に好ましい。
【0070】
また、ポリマー(A)前駆体の分子量分布(Mw/Mn)は、1.5以上15以下が好ましく、1.8以上10以下がより好ましい。Mw/Mnが上記範囲内であれば塗膜性能が良好である。
【0071】
このようなポリマー(A)前駆体をカルボキシベタイン化して得られる本発明のポリマー(A)の重量平均分子量は10,000以上500,000以下であることが好ましい。ポリマー(A)のMwが10,000以上の場合、形成される塗膜の基材に対する密着性が良好となる。ポリマー(A)のMwが500,000以下の場合、ポリマー(A)の塗装性が良好となる。ポリマー(A)のMwの下限値は15,000以上がより好ましく、20,000以上が更に好ましく、また、ポリマー(A)のMwの上限値は400,000以下が好ましく、300,000以下が更に好ましい。
【0072】
また、ポリマー(A)の分子量分布(Mw/Mn)は、1.5以上15以下が好ましく、1.8以上10以下がより好ましい。Mw/Mnが上記範囲内であれば塗膜性能が良好である。
【0073】
ここで、ポリマー(A)前駆体及びポリマー(A)のMw及びMnは、後述の実施例の項に記載の方法で測定される。
【0074】
[医療用コーティング剤]
本発明のポリマー(A)は、医療用コーティング剤として使用することができる。
本発明の医療用コーティング剤は、本発明のポリマー(A)を含有するものであり、本発明のポリマー(A)を必要に応じて溶剤に混合、分散又は溶解して用いられる。
【0075】
医療用コーティング剤に用いる溶剤としては、水、有機溶剤又はそれらの混合溶媒が用いられる。用いる溶剤の種類及びポリマー(A)の濃度は、ポリマー(A)の組成及び分子量、コーティング対象となる基材の種類、その表面性状等によって異なり、適宜選択することができる。通常、本発明の医療用コーティング剤中のポリマー(A)濃度は、0.1~95質量%程度である。
【0076】
本発明において、コーティングを行う医療機器の基材としては、特に制限はなく、多種の材質を用いることができる。例えば、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルペンテン、熱可塑性ポリウレタン、熱硬化性ポリウレタン、架橋部を有するポリジメチルシロキサン等のシリコーンゴム、ポリメチルメタクリレート、ポリフッ化ビニリデン、四フッ化ポリエチレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアセタール、ポリスチレン、ABS等の樹脂及びこれらの樹脂の混合物;ステンレス、チタニウム、アルミニウム等の金属;ガラス;セラミック;等が挙げられる。
【0077】
基材の形状としては、板、シート、ストロー、パイプ、繊維、球、不織布、多孔質等の任意の形状、又は形態が挙げられる。
【0078】
本発明の医療用コーティング剤によれば、これらの基材に均一な塗膜を密着性よく形成することができる。
【0079】
本発明の医療用コーティング剤を上記の医療機器等の基材にコーティングする方法としては、特に制限はない。
【0080】
コーティング方法としては、具体的に、基材にコーティング剤を長期間浸漬させる浸漬法;スプレーを使用して基材に吹き付ける方法;刷毛、植毛等により塗布する方法;基材をコーティング剤が溶解した溶液と接触させる方法;等が挙げられる。このような方法の中でも、形成される塗膜の制御等が容易であることから、基材をコーティング剤の溶液と接触させる方法が好ましい。
【0081】
コーティングは、1回のみ行ってもよく、複数回行ってもよい。複数回のコーティングを行う場合、異なるコーティング方法や異なるポリマー(A)を含むコーティング剤を採用してもよい。
【0082】
このようなコーティング方法で基材に対して本発明の医療用コーティング剤をコーティングして形成される塗膜の膜厚は、医療機器等の塗膜形成対象物の用途や成膜方法等によっても異なるが、通常0.1~200μm程度である。膜厚が0.1μm以上であれば、コーティングの性能が維持でき、200μm以下であれば生産性に優れる。
なお、塗膜形成後の医療機器は、そのまま使用しても良いし、生理食塩水などでプライミング処理後に使用しても良い。
【0083】
[医療機器]
本発明の医療機器は、本発明の医療用コーティング剤を基材にコーティングして得られるものである。
本発明の医療機器は、タンパク質付着抑制機能等の生体適合性に優れた本発明のポリマー(A)を用いたコーティング膜が基材に対して密着性よく形成されたものであるため、血液、バイオ医薬品等、生体及びタンパク質製剤等と直接接触して用いられるものに特に好適であり、具体的には、カテーテル類(カテーテル、バルーンカテーテルのバルーン、ガイドワイヤー等)、人工血管、血管バイパスチューブ、人工弁、血液フィルター、血漿分離用装置、人工臓器(人工肺、人工腎臓、人工心臓等)、輸血用具、血液の体外循環回路、癒着防止膜、創傷被覆材、メス、ピンセット、コンタクトレンズ、カニューレ、注射筒、注射針、点滴ルート、点滴針、点滴バック、血液バッグ、ガーゼ、ステント、内視鏡等の医療用器具;ピペットチップ、シャーレ、セル、マイクロプレート、保存バッグ、プレート、試薬保管容器、チューブ等の生化学用器具、ミキサー、バイオリアクター、ジャーファーメンター等の細胞治療用機器等、細胞培養用シャーレ、細胞培養用セル、細胞培養用マイクロプレート、細胞培養用バッグ、細胞培養用プレート、細胞培養用チューブ、細胞培養用フラスコ、バイオ医薬品用シャーレ、バイオ医薬品用セル、バイオ医薬品用マイクロプレート、バイオ医薬品用プレート、バイオ医薬品用チューブ、バイオ医薬品用バッグ、バイオ医薬品用容器、バイオ医薬品用シリンジ、バイオ医薬品用フラスコ、抗体医薬品用シャーレ、抗体医薬品用セル、抗体医薬品用マイクロプレート、抗体医薬品用プレート、抗体医薬品用チューブ、抗体医薬品用バッグ、抗体医薬品用容器、抗体医薬品用シリンジ、抗体医薬品用フラスコ、血液バッグ(全血、血漿、血小板、赤血球)、血液製剤用バイアル、血液製剤用バック等が挙げられる。
【実施例
【0084】
以下、本発明を実施例及び比較例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例における「部」は「質量部」を表す。
【0085】
[測定方法・評価方法]
<重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)>
ゲル透過クロマトグラフィー(GPC)(東ソー(株)製、HLC-8220)を用いて測定した。カラムはTSKgelα-M(東ソー(株)製、7.8mm×30cm)、TSKguardcolumnα(東ソー(株)製、6.0mm×4cm)を使用した。検量線は、F288/F1/28/F80/F40/F20/F2/A1000(東ソー(株)製、標準ポリスチレン)、及びスチレン単量体を使用して作成した。
【0086】
<タンパク質付着試験>
水晶発振子マイクロバランス法(QCM=Quartz Crystal Microbalance)装置(AFFNIX Q8、(株)アルバック製)を用いて、フィブリノーゲン(Fib)濃度と、センサー面積(4.8cm)当たりの吸着量(ng/cm)との相関を求めた。
センサーチップの洗浄処理は、無電極エキシマー172nm照射装置(型番:MDIRH-M-1-330、(株)M.D.COM製)を用いた。センサーチップ表面を処理範囲に入るように設定し、自動搬送モードにて5mm/sec、20回処理を行い、センサーチップ表面を洗浄と親水化処理を行った。
試験対象のポリマーを、溶剤であるメチルセロソルブに溶解して、共重合体の濃度が0.1~0.5質量%であるポリマー溶液を調製した。
ポリマー溶液をエキシマ処理センサーチップ上に、単位面積当たりのポリマーの塗布量が20.7ng/mm~62ng/mmとなるようにスピンコートし、80℃15分間乾燥して、ポリマーをセンサーチップ上に固定化した。
フィブリノーゲン(ヒト血漿由来)をリン酸緩衝液(水99.0435質量%、塩化ナトリウム0.9質量%、リン酸水素二ナトリウム0.0421質量%、リン酸二水素カリウム0.0144質量%、pHは7.1~7.3)に、所定濃度となるように溶解して試験液とした。試験液のフィブリノーゲン濃度は1000(単位は質量ppm)とした。
センサーチップの表面を前記リン酸緩衝液中に12時間以上浸漬することで安定化させた後、再度、規定量の前記リン酸緩衝液中でセンサーを水晶発振子マイクロバランス法装置にセッティングし、発信周波数計測を開始した。30分~1時間程度、発信周波数を安定化させた後、15分毎に前記試験液を滴下した。1回の滴下量は0.5~1.0μLとした。
発信周波数の測定データから、センサーへのフィブリノーゲンの吸着量を算出した。測定データの解析は解析ソフト(AQUA、(株)アルバック製)を用いた。試験液を滴下した系内のフィブリノーゲン濃度と、センサーへの吸着量との相関を表すグラフから、フィブリノーゲン34ppm濃度(質量基準)における、センサー面積(4.8mm)当たりのフィブリノーゲン吸着量を求めた。
【0087】
<基材密着性評価>
サンプル固形分2質量%の溶液を調製し、ガラス基材に対してバーコートでコーティングした。コーティング後、30分間風乾し、その後80℃の乾燥機で15分乾燥させて、膜厚約0.5μmの乾燥塗膜を形成した。
乾燥塗膜に碁盤目状にカッターで切り込みを入れ、リン酸緩衝液中に24時間浸水させた後に5秒間シャワーをあてた。膜はがれがないものを〇、一部剥がれたものを△、膜がすべて剥がれたものを×と評価した。
【0088】
[製造例1:分散剤(1)の合成]
撹拌機、冷却管及び温度計を備えた容量1,200Lの反応容器内に、17質量%水酸化カリウム水溶液61.6部、アクリエステルM(三菱ケミカル(株)製MMA、商品名)19.1部及び脱イオン水19.3部を仕込んだ。次いで、反応装置内の液を室温にて撹拌し、発熱ピークを確認した後、更に4時間撹拌した。この後、反応装置内の反応液を室温まで冷却してメタクリル酸カリウム水溶液を得た。
【0089】
次いで、撹拌機、冷却管及び温度計を備えた容量1,050Lの反応容器内に、脱イオン水900部、アクリエステルSEM-Na(三菱ケミカル(株)製メタクリル酸2-スルホエチルナトリウム、商品名)60部、上記のメタクリル酸カリウム水溶液10部及びアクリエステルM(三菱ケミカル(株)製MMA、商品名)12部を入れて撹拌し、重合装置内を窒素置換しながら、50℃に昇温した。その中に、重合開始剤としてV-50(和光純薬工業(株)製2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩、商品名)0.08部を添加し、更に60℃に昇温した。昇温後、滴下ポンプを利用してアクリエステルM(三菱ケミカル(株)製MMA、商品名)を0.24部/分の速度で75分間連続的に滴下した。反応溶液を60℃で6時間保持した後、室温に冷却して、透明な水溶液である固形分10質量%の分散剤(1)を得た。
【0090】
[製造例2:Co錯体(1)の合成]
撹拌装置を備えた合成装置中に、窒素雰囲気下で、酢酸コバルト(II)四水和物(和光純薬(株)製、和光特級)2.00g(8.03mmol)及びジフェニルグリオキシム(東京化成(株)製、EPグレード)3.86g(16.1mmol)及び予め窒素バブリングにより脱酸素したジエチルエーテル100mlを入れ、室温で2時間撹拌した。
次いで、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体(東京化成(株)製、EPグレード)20mlを加え、更に6時間撹拌した。得られたものをろ過し、固体をジエチルエーテルで洗浄し、100MPa以下で20℃において12時間乾燥し、茶褐色固体のCo錯体(1)5.02g(7.93mmol、収率99質量%)を得た。
【0091】
[製造例3:マクロモノマー(MM)の合成]
撹拌機、冷却管及び温度計を備えた重合装置中に、脱イオン水145部、硫酸ナトリウム(NaSO)0.1部及び製造例1で製造した分散剤(1)(固形分10質量%)0.26部を入れて撹拌して、均一な水溶液とした。次に、メタクリル酸メチル(MMA)95部、アクリル酸メチル(MA)(三菱ケミカル(株)製アクリル酸メチル、商品名)5部、製造例2で製造したCo錯体(1)0.0016部及び重合開始剤としてパーオクタO(日油(株)製1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシ2-エチルヘキサノエート、商品名)0.1部を加え、水性分散液とした。次いで、重合装置内を十分に窒素置換し、水性分散液を80℃に昇温してから4時間保持した後に92℃に昇温して2時間保持した。その後、反応液を40℃に冷却して、マクロモノマーの水性懸濁液を得た。この水性懸濁液を濾過布で濾過し、濾過物を脱イオン水で洗浄し、40℃で16時間乾燥して、マクロモノマー(MM)を得た。
得られたマクロモノマー(MM)は、MMA(メタクリル酸メチル)単位/MA(アクリル酸メチル)単位=95/5(質量比)で、重量平均分子量(Mw)は34,500、数平均分子量(Mn)は15,000、分子量分布(Mw/Mn)は2.3であった。
【0092】
[実施例1:ポリマー(A1)の合成]
<ポリマー(A1)前駆体の合成>
フラスコに、製造例3で製造したマクロモノマー(MM)48部、メチルアクリレート(MA)(和光純薬社製)48部、ジメチルアミノエチルアクリレート4部、及び溶剤としてメチルセロソルブ(和光純薬工業社)100部を含有する単量体組成物を投入し、窒素バブリングにより内部を窒素置換した。次いで、単量体組成物を加温して内温を70℃に保った状態で、ラジカル重合開始剤として2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(和光純薬社製、和光特級)0.1部を単量体組成物に加えた後、3時間保持した。次いで80℃に昇温して2時間保持し、重合を完結させた。得られたポリマー(A1)前駆体のMwは81,200、Mnは29,700であった。
【0093】
<カルボキシベタイン化>
上記で得られた重合溶液をメチルセロソルブ300部で希釈し、ポリマー(A1)前駆体の製造に用いたジメチルアミノエチルアクリレートの1.1倍モルのクロロ酢酸ナトリウムを加え、80℃で5時間反応した。得られた反応液を濾過し、ろ液にカチオン性イオン交換樹脂(三菱ケミカル(株)製「PA218」)を288部投入して1時間撹拌した後、濾過した。得られたろ液にアニオン性イオン交換樹脂(三菱ケミカル(株)製「PA418」)を400部投入して1時間撹拌した後、濾過してろ液を得た。
この後、得られたろ液を、大量のジイソプロピルエーテル(純正化学社製)で再沈殿させた。再沈殿によって析出したポリマーを回収し、70℃の蒸気乾燥機で一晩乾燥した。その後、乾燥したポリマーを水中に分散させ、3時間撹拌した後、ポリマーを回収した。得られた粉体を10倍量の水中に分散させ、3時間撹拌した後、固体を回収し、70℃の蒸気乾燥機で一晩乾燥し、ポリマー(A1)を得た。
ポリマー(A1)のMwは29,000で、Mnは11,000であった。
【0094】
[実施例2:ポリマー(A2)の合成]
マクロモノマー(MM)を50部に、メチルアクリレート(MA)(和光純薬社製)を38部、ジメチルアミノエチルアクリレートを12部に変更したこと以外は実施例1と同様に行って、ポリマー(A2)を製造した。ポリマー(A2)前駆体及びポリマー(A2)のMw,Mnは表1に示す通りであった。
【0095】
[比較例1:比較ポリマー(a1)の合成]
マクロモノマー(MM)を50部に、ジメチルアミノエチルアクリレートを25部に変更し、メチルアクリレート(MA)(和光純薬社製)を添加しなかったこと以外は実施例1と同様の操作を行って、比較ポリマー(a1)を製造した。比較ポリマー(a1)前駆体及び比較ポリマー(a1)のMw,Mnは表1に示す通りであった。
【0096】
[比較例2:比較ポリマー(a2)の合成]
フラスコに、製造例3で製造したマクロモノマー(MM)46部、メチルアクリレート(MA)(和光純薬社製)54部、及び溶剤としてメチルセロソルブ(和光純薬工業社)100部を含有する単量体組成物を投入し、窒素バブリングにより内部を窒素置換した。次いで、単量体組成物を加温して内温を70℃に保った状態で、ラジカル重合開始剤として2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(和光純薬社製、和光特級)0.1部を単量体組成物に加えた後、3時間保持した。次いで80℃に昇温して2時間保持し、重合を完結させた。得られた比較ポリマー(a2)のMwは131,000、Mnは46,300であった。
【0097】
[比較例3:比較ポリマー(a3)の合成]
マクロモノマー(MM)を50部に、メチルアクリレート(MA)を2-メトキシエチルアクリレート(MEA)(大阪有機社製)50部に変更したこと以外は比較例2と同様に行って、比較ポリマー(a3)を製造した。比較ポリマー(a3)のMw,Mnは表1に示す通りであった。
【0098】
[比較例4:比較ポリマー(a4)の合成]
マクロモノマー(MM)を50部に、メチルアクリレート(MA)(和光純薬社製)を25部に、ジメチルアミノエチルアクリレートを25部に変更した以外は実施例1と同様と行って、ポリマー(a4)を製造した。ポリマー(a4)前駆体及びポリマー(a4)のMw,Mnは表1に示す通りであった。
【0099】
実施例1,2及び比較例1~4で得られたポリマー(A1),(A2)、比較ポリマー(a1)~(a4)のタンパク質付着試験結果と基材密着性評価結果を表1に示す。
【0100】
【表1】
【0101】
表1より、本発明のポリマー(A)によれば、タンパク質吸着抑制効果、基材密着性に優れた塗膜を形成することができることが分かる。
これに対して、モノマー(b)を用いていない比較例1では、分子量が伸びず、十分なタンパク質吸着抑制効果が得られない上に、基材密着性も劣る。
モノマー(c)を用いていない比較例2,3のうち、マクロモノマー(a)/MAコポリマーの比較例2では、タンパク質吸着抑制効果、基材密着性共に劣る。マクロモノマー(a)/MEAコポリマーの比較例3では、比較例2よりもこれらの性能は改善されるが十分ではない。
マクロモノマー(a)、モノマー(b)、モノマー(c)を用いていても、モノマー(c)が多過ぎる比較例4でも、タンパク質吸着抑制効果、基材密着性共に十分ではない。