IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人産業技術総合研究所の特許一覧

特許7460180配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム
<>
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図1
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図2
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図3
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図4
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図5
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図6
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図7
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図8
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図9
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図10
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図11
  • 特許-配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】配向度分布計算方法、配向度分布解析装置および配向度分布解析プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20240326BHJP
【FI】
G01N23/2055
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2021542708
(86)(22)【出願日】2020-08-11
(86)【国際出願番号】 JP2020030586
(87)【国際公開番号】W WO2021039379
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2023-06-16
(31)【優先権主張番号】P 2019158868
(32)【優先日】2019-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】曽田 力央
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 公洋
【審査官】藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-240192(JP,A)
【文献】特開2003-098125(JP,A)
【文献】特開2005-255424(JP,A)
【文献】国際公開第2016/006580(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2004/0011958(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/205-23/207
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主記憶装置と中央演算処理装置(CPU)を有する情報処理装置を用いて、X線回折の測定結果および結晶構造の情報から配向度分布を計算する方法であって、
測定対象の結晶構造情報、X線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、回折範囲及び回折感度に関する情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得して前記主記憶装置に入力する第1のステップと、
前記第1のステップで前記主記憶装置に記憶させた情報から配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角を計算する第2のステップと、
ランダム配向試料の各回折角に対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合を計算し前記主記憶装置に記憶させる第3のステップと、
配向度分布の分布形状を仮定し、配向度分布関数を設定する第4のステップと、
前記第1のステップ、前記第2のステップおよび前記第3のステップの情報と、前記第4のステップで設定された配向度分布関数に基づいて配向度分布を算出する第5のステップを有することを特徴とする配向度分布解析方法。
【請求項2】
前記第5のステップでは、前記主記憶装置に記憶された測定対象試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比の情報から仮定した配向度分布関数に基づいた各回折ピークの相対強度を算出することを特徴とする請求項1に記載の配向度分布解析方法。
【請求項3】
前記第5のステップでは、仮定した配向度分布関数に基づき算出した、各回折ピークの相対強度と測定対象試料の各回折ピークの相対強度を比較し、類似度を算出することを特徴とする請求項2に記載の配向度分布解析方法。
【請求項4】
前記第5のステップでは、配向度分布関数の助変数の値を変えて、それぞれの類似度を算出し、類似度が最小となる配向度分布を測定対象試料の配向度分布と決定することを特徴とする請求項3に記載の配向度分布解析方法。
【請求項5】
前記のX線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得する前記第1のステップにおいて、試料の特定の微小部位にX線を照射できる装置を用いて、X線回折プロファイルに照射位置情報が付加されたX線回折測定による各回折ピークの強度比を取得することで、配向度とその位置を対応付けた配向度分布の空間マップを出力することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の配向度分布解析方法。
【請求項6】
前記試料の特定の微小部位にX線を照射できる装置として微焦点X線源を用いることを特徴とする請求項5に記載の配向度分布解析方法。
【請求項7】
主記憶装置と中央演算処理装置(CPU)を有する情報処理装置を用いて、X線回折の測定結果および結晶構造の情報から配向度分布を解析する配向度分布解析装置であって、
測定対象の結晶構造情報、X線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、回折範囲及び回折感度に関する情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得して前記主記憶装置に入力する取得部と、
前記取得部が前記主記憶装置に記憶させた情報から配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角を計算する角度演算部と、
ランダム配向試料の各回折角に対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合を計算し前記主記憶装置に記憶させる存在割合演算部と、
配向度分布の分布形状を仮定し、配向度分布関数を設定する配向度分布関数設定部と、 前記主記憶装置に記憶された情報および前記配向度分布関数設定部が設定した配向度分布関数に基づいて配向度分布を算出する配向度分布解析部を有することを特徴とする配向度分布解析装置。
【請求項8】
前記配向度分布分析部は、前記主記憶装置に記憶された測定対象試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比の情報から仮に決定した配向度分布関数に基づいて各回折ピークの相対強度を算出することを特徴とする請求項7に記載の配向度分布解析装置。
【請求項9】
前記配向度分布解析部は、仮に決定した配向度分布関数に基づき算出した、各回折ピークの相対強度と測定対象試料の各回折ピークの相対強度を比較し、類似度を算出することを特徴とする請求項8に記載の配向度分布解析装置。
【請求項10】
前記配向度分布解析部は、配向度分布関数の助変数の値を変えて、それぞれの類似度を算出し、類似度が最小となる配向度分布を測定対象試料の配向度分布と決定することを特徴とする請求項9に記載の配向度分布解析装置。
【請求項11】
前記のX線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報の取得部において、試料の特定の微小部位にX線を照射できる装置を用いて、回折強度マップを取得することで、配向度とその位置を対応付けた配向度分布の空間マップを出力することを特徴とする請求項7から10のいずれか1項に記載の配向度分布解析装置。
【請求項12】
前記試料の特定の微小部位にX線を照射できる装置が微焦点X線源であることを特徴とする請求項11に記載の配向度分布解析装置。
【請求項13】
主記憶装置と中央演算処理装置(CPU)を有する情報処理装置を用いて、X線回折の測定結果および結晶構造の情報から配向度分布を計算する配向度分布解析プログラムであって、
コンピュータに、
測定対象の結晶構造情報、X線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、回折範囲及び回折感度に関する情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得して前記主記憶装置に入力する第1のステップと、
前記第1のステップで前記主記憶装置に記憶させた情報から配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角を計算する第2のステップと、
ランダム配向試料の各回折角に対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合を計算し前記主記憶装置に記憶させる第3のステップと、
配向度分布の分布形状を仮定し、配向度分布関数を設定する第4のステップと、
前記第1のステップ、前記第2のステップおよび前記第3のステップの情報と、前記第4のステップで設定された配向度分布関数に基づいて配向度分布を算出する第5のステップを実行させることを特徴とする配向度分布解析プログラム。
【請求項14】
前記第5のステップでは、前記主記憶装置に記憶された測定対象試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比の情報から仮定した配向度分布関数に基づいた各回折ピークの相対強度を算出することを特徴とする請求項13に記載の配向度分布解析プログラム。
【請求項15】
前記第5のステップでは、仮定した配向度分布関数に基づき算出した、各回折ピークの相対強度と測定対象試料の各回折ピークの相対強度を比較し、類似度を算出することを特徴とする請求項14に記載の配向度分布解析プログラム。
【請求項16】
前記第5のステップでは、配向度分布関数の助変数の値を変えて、それぞれの類似度を算出し、類似度が最小となる配向度分布を測定対象試料の配向度分布と決定することを特徴とする請求項15に記載の配向度分布解析プログラム。
【請求項17】
前記のX線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得する前記第1のステップにおいて、試料の特定の微小部位にX線を照射できる装置を用いて、X線回折プロファイルに照射位置情報が付加されたX線回折測定による各回折ピークの強度比を取得することで、配向度とその位置を対応付けた配向度分布の空間マップを出力することを特徴とする請求項13から16のいずれか1項に記載の配向度分布解析プログラム。
【請求項18】
前記試料の特定の微小部位にX線を照射できる装置として微焦点X線源を用いることを特徴とする請求項17に記載の配向度分布解析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の結晶方位分布をX線回折プロファイル(本明細書においてX線回折プロファイルとは、例えば、XRD (X-ray diffraction) 装置を用いた測定やICCD (International Centre for Diffraction Data) が発行するPDF (Powder Diffraction File) カード、数値計算などにより得られた、ある結晶面に対応する回折角とその相対強度のリストのことをいう。)から計算する技術に関するものであり、特に永久磁石などのある結晶面が一方向に向くように処理された試料の配向度分布を算出するために好適なものである。
【背景技術】
【0002】
材料には、その材料を構成する結晶方向によってその特性が異なるものがあり、材料の特性を向上させるため、材料中の結晶方向が一方向を向くように処理(配向処理)して用いられるものがある。
【0003】
例えば永久磁石は、材料の結晶方位によって磁化しやすい磁化容易軸と、磁化しにくい磁化困難軸があり、磁石を構成している粉末の磁化容易軸の向きを全て一方向に揃えることは、磁石の性能を最大限発揮させる上で重要である。
【0004】
この配向度合いを評価する指標に配向度がある。永久磁石の配向度を評価する方法としては、磁気特性を測定して飽和磁化と残留磁化から算出する方法、X線回折プロファイルから推定する方法、EBSD (Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法により結晶方位を直接観察する方法がある。
【0005】
磁気特性から配向度αを測定する方法は、測定対象の試料の飽和磁化Jsと残留磁化Jrを測定し、以下の式(1)より求める。
【0006】
【数1】
ただしこの方法では、正確な飽和磁化を求めるには試料に強い磁場(以下、2T以上の磁場を言う)を印加しなければならない上、測定試料全体の平均的な配向度しか知ることができない。
【0007】
X線回折プロファイルから、配向度を推定する一般的に広く用いられる方法として、Lotgering法がある(非特許文献1)。Lotgering factor Fは以下の式(2)~(4)で求められる。
【0008】
【数2】
【数3】
【数4】
【0009】
ここで、Σ I(H K L)とΣ I(h k l)は、それぞれ測定試料の配向面のピーク強度の総和と全結晶面のX線ピーク強度の総和、Σ I0(H K L)とΣ I0(h k l)は、それぞれ無配向試料の配向面のピーク強度の総和と全結晶面のX線ピーク強度の総和である。無配向試料のLotgering factorはF = 0、完全配向試料のLotgering factorはF = 1となる。
【0010】
また、Lotgering法を用いて配向度を求める場合、配向面((H K L)面)以外の面は配向面と垂直の面と同等に扱われてしまう。そのため、特許文献1によれば、Lotgering法で求めた配向度は実際の配向度よりも小さくなるという問題があった。前述の特許文献1によれば、配向面以外の回折ピークについて、ベクトル補正を行うことで現実に近い配向度を得る手法が提案されている。しかし、この方法を用いても得られるのは平均の配向度で配向度分布を計算することはできない。
【0011】
また、希土類磁石のように回折ピークが多く、かつ回折角の広い範囲に分布する材料では正確に全てのピーク強度の積算値を算出することは難しいという問題もある。
【0012】
上記2つの手法では、試料全体の平均的な配向度しか評価することはできない。製品の品質を管理する上での簡便な評価指標として、平均配向度は工業的に広く用いられている指標である。しかし、平均配向度ではわからない配向度のばらつきや存在割合、試料の部位ごとの配向度がどの程度の範囲に分布しているかを知ることは、より高い配向度を持つ製品を製造する上で重要な情報である。
【0013】
EBSD法では、試料に対して電子ビームを照射し、試料表面で回折された反射電子の回折パターンから結晶方位を解析する方法である。本手法を用いると、結晶方位を直接観察できるため、配向度分布および結晶面の空間マッピング(本発明における結晶面の空間マッピングとは結晶面の方向とその位置を対応付けた図のことをいう)を知ることが可能である。回折された反射電子は、試料表面から50nm程度の浅い領域から放出されるため、非常に表面敏感な手法である。したがって、試料表面のダメージ層がほとんどない状態にすることが必要不可欠であり試料表面を電解研磨やイオンエッチング等で非常に平滑になるように処理する必要があるなど、特に広い面積を測定する必要がある場合は、試料の前処理や測定に時間がかかるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2006-258616号公報
【非特許文献】
【0015】
【文献】F. K. Lotgering. J. Inorg., Nucl. Chem., 9 (1959)
【文献】ICDD Card No.: 00-048-1790
【文献】R. Soda et al., Scripta Materialia 120 (2016) 41-44
【文献】R. Soda et al., Powder Technology 329 (2018) 364-370
【文献】Y. Matsuura et al., Journal of Magnetism and Magnetic Materials 336 (2013) 88-92
【文献】Y. Matsuura et al., AIP ADVANCES 8, 056236 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、以上の問題点を鑑みて開発されたものであり、EBSD法のような煩雑な試料の前処理を必要とせず、X線回折プロファイルから情報処理装置と計算プログラムを用いて配向度分布を簡便に算出する方法、微焦点X線を用いて得られる複数の回折強度マップから配向度分布の空間マッピングを得る手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記課題を解決するため、本発明は、主記憶装置と中央演算処理装置(CPU)を有する情報処理装置を用いて、X線回折の測定結果および結晶構造の情報から配向度分布を計算する方法であって、
測定対象の結晶構造情報、X線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、回折範囲及び回折感度に関する情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得して前記主記憶装置に入力する第1のステップと、
前記第1のステップで前記主記憶装置に記憶させた情報から配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角を計算する第2のステップと、
ランダム配向試料の各回折角に対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合を計算し前記主記憶装置に記憶させる第3のステップと、
配向度分布の分布形状を仮定し、配向度分布関数を設定する第4のステップと、
前記第1のステップ、前記第2のステップおよび前記第3のステップの情報と、前記第4のステップで設定された配向度分布関数に基づいて配向度分布を算出する第5のステップを有することを特徴とする配向度分布解析方法を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、主記憶装置と中央演算処理装置(CPU)を有する情報処理装置を用いて、X線回折の測定結果および結晶構造の情報から配向度分布を解析する配向度分布解析装置であって、
測定対象の結晶構造情報、X線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、回折範囲及び回折感度に関する情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得して前記主記憶装置に入力する取得部と、
前記取得部が前記主記憶装置に記憶させた情報から配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角を計算する角度演算部と、
ランダム配向試料の各回折角に対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合を計算し前記主記憶装置に記憶させる存在割合演算部と、
配向度分布の分布形状を仮定し、配向度分布関数を設定する配向度分布関数設定部と、
前記主記憶装置に記憶された情報および前記配向度分布関数設定部が設定した配向度分布関数に基づいて配向度分布を算出する配向度分布解析部を有することを特徴とする配向度分布解析装置を提供するものである。
【0019】
さらに、本発明は、主記憶装置と中央演算処理装置(CPU)を有する情報処理装置を用いて、X線回折の測定結果および結晶構造の情報から配向度分布を計算する配向度分布解析プログラムであって、
コンピュータに、
測定対象の結晶構造情報、X線回折測定による各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報、回折範囲及び回折感度に関する情報、ランダム配向試料の各回折ピークの強度比および各回折ピークに対応する結晶面の情報を取得して前記主記憶装置に入力する第1のステップと、
前記第1のステップで前記主記憶装置に記憶させた情報から配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角を計算する第2のステップと、
ランダム配向試料の各回折角に対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合を計算し前記主記憶装置に記憶させる第3のステップと、
配向度分布の分布形状を仮定し、配向度分布関数を設定する第4のステップと、
前記第1のステップ、前記第2のステップおよび前記第3のステップの情報と、前記第4のステップで設定された配向度分布関数に基づいて配向度分布を算出する第5のステップを実行させることを特徴とする配向度分布解析プログラムを提供するものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、材料固有の結晶構造の情報とX線回折により得られた、複数の回折ピーク強度から、情報処理装置と計算プログラムを用いて配向度分布を算出することができる。また、微焦点X線源を使って複数の回折強度マップを得ることで配向度分布の空間マップを作成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】配向度分布解析装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
図2】配向度分布解析装置の機能的な構成を示すブロック図である。
図3】配向度分布解析部の動作の詳細を示したフローチャートである。
図4】ほぼ完全に配向したSm2Fe17N3ボンド磁石のロッキングカーブを示す図である。
図5】配向前、配向中、配向後の個々の粒子の位置および結晶方位を示す図である。
図6】コンピュータシミュレーションで得られた、配向度の異なる磁石の配向度分布を示す図である。
図7】配向度の異なる3つのSm2Fe17N3ボンド磁石のX線回折プロファイルを示す図である。
図8】配向度分布計算方法を用いて得られたSm2Fe17N3ボンド磁石の配向度分布を示す図である。
図9】切断対数正規分布の助変数μ, σと、正規化した残差平方和の関係を示したマップである。
図10】微焦点X線源を用いて取得した回折角θ=50.2°, 35.6°, 43.2° における回折強度マップである。
図11図9の回折強度マップから作成した配向度マップである。
図12図11と同様の手法で計算した配向度の低い試料の配向度マップである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、測定対象試料の結晶構造情報およびランダム配向試料のX線回折プロファイル、X線回折装置を用いた測定により得られた解析対象試料のX線回折プロファイルから配向度分布を計算するための配向度分布解析技術に係るものである。以下では図面を参照しながら、本発明の一実施形態を説明する。
【0023】
(装置の構成)
図1は、配向度分布解析装置1のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。情報処理装置2は、各種演算を行う中央演算処理装置(以下、CPUという)3と、解析プログラム、入力データおよび解析結果を格納する補助記憶装置4、処理データを記憶する主記憶装置5、入出力回路6を有している。また、必要に応じて入出力回路6を介して入力データ7を記憶装置4、5に供給する入力装置8、得られた出力結果9を表示する出力装置10、他のコンピュータなどが接続される。
【0024】
図2は、配向度分布解析装置1の機能的な構成を示すブロック図である。計算プログラムは補助記憶装置4などの読み取り可能な記憶装置に記録されており、必要に応じて主記憶装置5に読み込まれ、CPU3により実行されるソフトウェアである。本明細書において、「配向度」とは、配向面と実際の配向方向のなす角(φm)の余弦を取った値をいい、「配向度分布」とは、ある配向方向をもつ粒子の体積割合の分布をいう。
【0025】
(結晶構造情報取得部)
結晶構造情報取得部11は、配向面と結晶面のなす角(φm)を計算するために必要な配向度分布の計算対象となる材料の結晶構造情報を取得する。結晶構造情報とは、結晶格子とその格子定数である。結晶構造情報取得部11による結晶構造情報の取得は、例えば、ユーザが入力装置8を介して補助記憶装置4にファイルとして記録したものを主記憶装置5に読み出すことで実現される。
【0026】
(配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角演算部)
配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角演算部12は、結晶構造情報取得部11で取得した結晶構造情報から、配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角(φm)を計算する。(h1k1 l1)面と(h2k2l2)面のなす角φmは、格子定数をa, b, cとして、
例えば、六方晶系の場合、
【数5】
正方晶系の場合、
【数6】
で計算される。上記の式を用いて、配向度分布を求めるのに使用する全ての回折角についてCPU3を用いて計算を行い、主記憶装置5に記憶する。
【0027】
(回折範囲・回折感度取得部)
XRD測定において観測される回折ピークは、理想的にはブラッグ条件を満たす場合、すなわち結晶面と入射するX線の角度がブラッグ角となる場合のみ観測されるが、実際には測定試料の結晶性などが原因でブラッグ角から少しずれた角度(ここでは10°以下の角度を言う)でも反射が観測されるため、本発明における解析ではこれも考慮に入れる必要がある。回折範囲・回折感度取得部13は、ある結晶面に対応する回折角θから、少しずれた角度において得られる回折強度情報を取得する。この情報は、例えば対象試料原料粉末がほぼ完全配向した試料を作製し、その試料についてロッキングカーブ測定をすることで得られる。回折範囲・回折強度取得部13による回折強度情報の取得は、例えば、ユーザが入力装置8を介して補助記憶装置4にファイルとして記録したものを主記憶装置5に読み出すことで実現される。
【0028】
(重み関数設定部)
重み関数演算部14は、回折範囲・回折強度取得部13で得られた測定データから、重み関数w(φm)を決定する。重み関数として、例えば式(7)のガウス分布と仮定する場合を例に説明する。
【0029】
【数7】
【0030】
重み関数設定部14による重み関数w(φm)の決定は、決定回折範囲・回折強度取得部13で取得したデータに最もよくフィットするパラメータσgを、CPU3を用いた演算により決定し、得られたパラメータを主記憶装置5に記憶することで実現される。なお、重み関数には任意の関数を用いることができ、例えば、ロッキングカーブ測定を行わずある一定の角度範囲を設定する場合、連続一様分布関数のような他の関数を用いても良い。
【0031】
(ランダム配向試料X線回折プロファイル取得部)
ランダム配向試料X線回折プロファイル取得部15は、測定試料と同じ組成および構造を持つランダム配向試料のX線回折プロファイルを取得する。ランダム配向試料X線回折プロファイル取得部15によるランダム配向試料X線プロファイルの取得は、例えば、ユーザが入力装置8を介して補助記憶装置4にファイルとして記録した測定データもしくは例えばICCDのデータベースなどを主記憶装置5に読み出すことで実現される。
【0032】
(存在割合演算部)
存在割合演算部16は、ランダム配向試料の各回折角に対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合S0を、配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角演算部で算出したφmと重み関数演算部14で算出したw(φm)を用いて、以下の式から計算する。
【0033】
【数8】
【0034】
上記の式を用いて、配向度分布を求めるのに使用する全ての回折角についてCPU3を用いて計算を行い、その結果を主記憶装置5に記憶する。
【0035】
(X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部)
X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部17は、例えばX線回折(XRD)装置を用いて測定した配向度分布の測定を行う試料のX線回折プロファイル、もしくはX線源として微焦点X線源のような試料の微小部位にX線を照射できる装置を用いて測定した回折強度マップを取得する。本明細書において、「回折強度マップ」とは、X線回折プロファイルに照射位置情報が付加されたX線回折測定による各回折ピークの強度比のことをいう。X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部17によるX線回折プロファイル・回折強度マップ取得は、例えば、ユーザが入力装置7を介して補助記憶装置4にファイルとして記録されたX線回折プロファイルを主記憶装置5に読み出すことで実現される。
【0036】
(配向度分布関数設定部)
配向度分布関数設定部18は、配向度分布の分布形状を仮定し、配向度分布関数f(φm)を設定する。配向度分布関数設定部18による配向度分布関数の設定は、例えば、補助記憶装置4中に記憶された計算プログラム中に記録された配向度分布関数を主記憶装置5に読み出すことで実現される。配向度分布関数f(φm)は、任意の式を設定できるが、現実の配向度分布を十分模擬できる分布関数を用いるのが望ましい。
【0037】
(配向度分布解析部)
配向度分布解析部19は、主記憶装置5に記録されている配向面と着目している回折角θiにおける回折ピークに対応する結晶面のなす角φm、重み関数w(φm)、ランダム配向試料において、なす角φmの方向を向いている粒子の存在割合Si、X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部17で取得したある結晶面に対応する回折角とその相対強度の情報もしくは、回折強度マップの情報をもとに、CPU3を用いて配向度分布を算出する。
【0038】
配向度分布解析部19の動作の詳細を図3に示したフローチャートを参照しながら処理の一例を説明する。なお、点線で示したステップS100およびS200は、図2のX線プロファイル取得部15において、微焦点X線源を用いて測定された回折強度マップが主記憶装置5に記憶されている場合にのみ必要なステップである。
【0039】
X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部17で取得したデータが回折強度マップの場合、ステップS100において、回折強度マップ中のj番目の位置を選択し、Xjとして設定する。
【0040】
次に、ステップS110においてf(φm)の助変数も仮に決定し、これを仮の配向度分布関数f*m)として主記憶装置5に一時的に記憶する。
【0041】
次に、ステップS120において、X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部17で主記憶装置5に記憶された、測定対象試料のX線回折プロファイルから、i番目のピークの回折角θiを選択し、相対強度Iiと存在割合Siを設定する。
【0042】
次に、ステップS130において、ステップS120で設定した回折角θiに対応するランダム配向試料の相対強度をランダム配向試料X線回折プロファイル取得部15と存在割合計算部16で主記憶装置5に記憶されたデータから選択し、それぞれI0 i, S0 iとして設定する。
【0043】
次に、ステップS140において、ステップS120で選択した回折角θiに対応するφmを選択して設定する。このφmは、配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角演算部12で計算され主記憶装置5に記憶された値を用いる。
【0044】
次に、ステップS150において、ステップS110において主記憶装置5に記憶した仮の配向度分布関数f*m)から、配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角がφmとなる、粒子の存在割合S* iを以下の式から計算し、主記憶装置5に記憶する。
【0045】
【数9】
【0046】
次に、ステップS160において、ステップS130とステップS150で計算したS* i,S0 i,I0 iを用いて、f*m)におけるピーク強度I* iを以下の式から計算する。
【0047】
【数10】
【0048】
ステップS170では、配向度分布解析装置1に入力された、全ての回折角のピークデータについてステップS120からS160までの計算が行われたか判定し、全て計算が行われた場合ステップS180を、そうでない場合はステップS120を行う。
【0049】
全ての回折角のピークデータについて、仮の配向度分布関数f*m)から予測されるピーク強度I* iを計算したのち、ステップS180において、予測されたピーク強度群(I* 1,I* 2,I* 3,・・・I* n)と、実際に測定されたピーク強度群(I1,I2,I3,・・・In)との類似度を算出する。類似度の算出には、例えば以下の正規化した残差平方和(SSR)を用いることができる。
【0050】
【数11】
【0051】
つづいて、ステップS190においてS180で算出した類似度が規定値に達しているか判定し、達していれば、その時仮定した配向度分布関数f*m)を配向度分布とする。この場合、両者のピーク強度値の差は十分小さくなっていると考えられる。類似度の計算にSSRを用いる場合、規定値には例えば5×10-3から5×10-6程度の値を用いることができる。この規定値は必要な計算精度に応じて設定するのが望ましい。
【0052】
X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部17で取得したデータが回折強度マップの場合、ステップS200において、全ての位置について計算が行われたか判定し、全て計算が行われていない場合はステップS100を行う。
【0053】
試料中に配向度分布を測定したい(結晶構造の異なる)組成が複数ある場合、それぞれの組成に対して上記の計算を繰り返し行い、配向度分布関数f(φm)を決定する。
【0054】
(配向度分布・平均配向度・配向度空間マップ出力部)
配向度分布・平均配向度・配向度空間マップ出力部20は、配向度分布解析部19により解析された配向度分布を、X線回折プロファイル、回折強度マップ取得部17において主記憶装置5に記憶されたデータが、回折強度マップであった場合には配向度空間マップをディスプレイ等の出力装置10に表示する。本明細書において、「配向度分布の空間マップ」とは、配向度とその位置を対応付けた図のことをいう。配向度分布・平均配向度・配向度空間マップ出力部20は、CPU3が補助記憶装置4などから配向度分布関数f(φm)の解析結果を読み出してディスプレイ等の出力装置10に表示する処理を行い、ディスプレイが解析データを表示することで実現される。
【実施例
【0055】
[実施例1]
以上の配向度分布計算方法を用いてSm2Fe17N3ボンド磁石の配向度分布計算を実施した例を元に説明する。
【0056】
(配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角φmの計算)
Sm2Fe17N3のPDFカード; (ICDD Card No.: 00-048-1790)(以後、非特許文献2と称する)によると、Sm2Fe17N3の結晶構造は菱面体晶系で格子定数はそれぞれ、a = 8.74, c = 12.66である。このデータから式(5)を用いて計算される配向面(本実施例の場合、磁化容易軸であるc軸に直交する(001)面)と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角(φm)を計算した結果が表1である。なお、表1ではPDFカードに記載のある回折ピークの中から回折角30~60度の間のピークのみについての計算結果を記載した。
【0057】
【表1】
【0058】
(重み関数w(φm)の決定)
また、重み関数w(φm)を決定するために、本実施例ではロッキングカーブ測定を行った。市販のSm2Fe17N3微粉末(平均粒子径2μm程度)をエポキシ樹脂と混合したのち、非磁性の型に充填後、2.2Tの静磁場中で硬化させ、Sm2Fe17N3微粉末がほぼ磁場方向と平行に配向したボンド磁石を作製した。
【0059】
図4(a)は得られたボンド磁石の片面を研磨し、アノード材がCoのX線管球を用いて測定した、XRDプロファイルである。縦軸は測定強度(任意単位)である。配向面の(003)面と(006)面の回折ピークのみが観測され、ほぼ完全配向したボンド磁石が作製できたことが確認できた。(006)面のロッキングカーブが図4(b)である。得られた測定データの関数形が式(7)で示したガウス分布であると仮定して決定された関数を図4(b)中に実線で示したものである。この結果から、式(7)中の助変数σg = 3.19と計算され、重み関数w(φm)が決定された。
【0060】
(ランダム配向試料における回折角θに対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合)
ランダム配向試料における回折角θに対応する方向に結晶面が向いている粒子の存在割合Sは、前述の非特許文献2のデータを用い、式(8)から表2のように計算される。
【0061】
【表2】
【0062】
(配向度分布関数f(φm)の決定)
f(φm)は、測定対象の試料の配向度分布を十分模擬できる分布関数を用いることで高い精度で配向度分布を計算できる。しかしながら、実験的に配向度分布関数の関数形を決定しようとすると、様々な配向度を持つ磁石について磁石を構成する全ての結晶粒について、結晶方位を調べなければならず測定すべき個数が多すぎて現実的には極めて難しい。そこで、様々な配向度の磁石について構成する全ての結晶粒の配向方向を調べるための手法として、本実施例では、離散要素法シミュレーションを使って粒子の配向方向の分布を解析した。
【0063】
図5は実際に離散要素法シミュレーションに磁場解析機能を付加したシミュレーション手法を使って磁石の配向過程を解析した結果の一例である。
【0064】
図5(a)はそれぞれ配向前、配向中、配向後の個々の粒子の位置を、図5(b)は粒子の結晶方位を矢印で示したものである。図5のシミュレーションでは、粒子に働く、摩擦力、弾性力、重力および磁気力が考慮されており、磁石の配向現象の高精度解析が可能であることが実験との比較により示されている手法を用いた(非特許文献3および4を参照)。このように本手法を用いると、実験では観察が困難な磁石を構成するすべての結晶粒の方位を知ることができる。
【0065】
図6は、図5並びに非特許文献3および4の手法を用い、材料及び配向条件を変えたシミュレーションを行うことで配向度αが0.56から0.98となる異なる5種類の磁石をコンピュータ上で作成し、その磁石の全ての構成粒子について、磁化容易軸と結晶面のなす角φmを計算し、その分布を示したものである。配向度が低い場合(配向度が0.6より低い場合)の配向方向の分布は式(8)で示した解析解に近く、配向度が高い場合(配向度が0.6より高い場合)は、対数正規分布に近い形状をしていることがわかる。なお、配向度の高いネオジム磁石内部の一部の領域についてEBSDにより配向方向の分布を調べた非特許文献5、6においても、結晶方位の分布が正規分布に近い形状をしていることが指摘されており、図6図5で示した数値計算の結果は、現実の磁石内部の配向状態をよく表していると考えられる。
【0066】
ただし、磁石内部の結晶粒の配向方向は必ず0度から90度の間に分布するため、定義域が-∞から+∞および、0から+∞の正規分布および対数正規分布で配向度分布関数を仮定すると現実の配向度分布を十分模擬することはできない。
【0067】
そこで、定義域が0度から90度で、かつ、配向磁石の数値計算により得られた全ての配向度分布を十分模擬できる関数形として、本実施例では以下の式で示される切断対数正規分布を仮定することとした。
【0068】
【数12】

ここで、助変数μ, σはそれぞれ、scale parameterとshape parameterで、φl≦ φm ≦ φuの間に分布する。関数erfおよびlnはそれぞれ誤差関数および自然対数である。式(12)によって配向方向の分布を近似した結果が図6に示した実線である。平均配向度0.56~0.98の幅広い範囲において実験値とよく一致しており、式(12)はランダム配向に近い分布から完全配向に近い分布まで、広い配向度分布の範囲を十分模擬できる分布関数であることがわかる。
【0069】
(配向度分布の解析)
図7は、配向度αの異なる3つの円柱状のSm2Fe17N3ボンド磁石をアノード材がCoのX線管球を用いてXRD装置によりX線回折プロファイル測定を行った結果である。縦軸は測定強度(任意単位)である。測定に用いたボンド磁石は、まず市販のSm2Fe17N3微粉末(平均粒子径2μm程度)0.7gを直径6mmの円柱状の非磁性金型に充填したのち、パルス磁場配向機でプレスと平行方向に磁場を印加することで磁場方向に磁石粉末が配向した圧密成形体を得た。このとき磁場の印加条件を変えることで配向度の異なる成形体を3つ作製した。得られた成形体を樹脂で包埋したのち片面を研磨し、測定を行った。
【0070】
いずれのサンプルも、(006)面以外の回折ピークが観察されることから、完全配向していないサンプルである。サンプルAは他のサンプルと比較して(006)面の回折強度が最も高く、他のピークの強度が低いため、今回測定に用いたサンプルの中では最も配向度が高い。逆に、サンプルCは(006)面の回折強度が最も低く、他のピークの強度が高いため最も配向度が低いと推測される。
【0071】
図8(a)~(c)は、それぞれサンプルA~Cの配向度分布計算方法を用いて計算した配向度分布である。縦軸は確率密度 (probability density) である。表3は、図8から計算された平均配向度である。X線回折プロファイルから予測される配向度と矛盾のない結果が得られた。これは、本発明が実際の配向度分布を計算する手法として非常に有効であることを示すものである。
【0072】
【表3】
【0073】
図9は、縦軸をσ、横軸をμとし、残差平方和SSRで区別化したマップを示す。図中に×で示した位置が、測定されたX線回折プロファイルと仮に決定した配向度分布から予測されるX線回折プロファイルが最も近くなる助変数の値であることを意味している。いずれの結果もSSRが最小となる点は一点に収束しており、SSRの値はいずれも5×10-3以下であった。これは、本発明の計算手法を用いることで配向度分布を一意に決定できることを意味する。
【0074】
[実施例2]
実施例1で作製したのと同一のSm2Fe17N3ボンド磁石を測定対象とし、微焦点X線源を用いて回折強度マップを取得し、配向度の空間マッピングを行った場合について説明する。
【0075】
測定した試料は図7中のSample Aと同一の試料で、配向方向に直交する面を研磨紙で手研磨し、その研磨面の一部について微焦点X線源(Panalytical Focusing X-ray lens 50 μm HR、以下フォーカシングレンズと呼ぶ)を用いて測定を行った。
【0076】
フォーカシングレンズは、X線点光源からの光を直径約5マイクロメートルのガラスキャピラリーを数百万本の束ねたもので、この内部をX線が全反射しながら導かれることでスポット径約50マイクロメートルの疑似並行X線ビームを得ることが可能な装置である。測定した面積は約4mm3で、測定領域を50μm角に分割し測定を行った。測定点数は縦方向に63点、横方向に25点の合計1575点である。
【0077】
図10(a)~(c)はそれぞれ、微焦点X線源を用いて取得した回折角θ=50.2°, 35.6°, 43.2°(それぞれ、(006)面、(104)面、(024)面に対応する)における回折強度マップである。図中、色が薄い領域は、回折強度が高い領域、すなわち回折角に対応する結晶面と測定面の向きが一致していることを示している。
【0078】
図11は、図10のデータから、本発明を用いて計算した配向度マップを示した。なお、結晶構造情報および無配向試料のX線回折プロファイルには、実施例1と同様に非特許文献2を、配向度分布関数には式(12)の切断対数正規分布を用いた。図11の結果は、本発明を用いて複数の回折強度マップから配向度マップを作成できることを示している。
【0079】
図12には、図11と同様の手法で計算した配向度の低い試料の配向度マップを示した。図12の下部が試料中心付近にあたる。試料中心から外側まで低配向領域が広く分布することがわかった。また、高配向試料の測定結果である図11においても配向度は均質ではなく、内部に配向度の低い部分(〇で囲んだ領域)が島状に点在することが初めて明らかになり、更なる配向度向上の可能性が示唆された。
【0080】
これは、本発明を用いて配向度マップとして可視化することで、配向度向上のための指針が得られることを示している。
【0081】
なお、上記の実施例が、本発明により配向度分布および配向度マップを計算するにあたっての具体的な例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならない。本発明は、その技術的思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の配向分布計算方法によれば、測定対象試料のX線回折プロファイルと無配向試料のX線回折プロファイルおよび測定対象試料の結晶構造情報から簡便に配向度分布および配向度マップを算出できることから、結晶方位によって、例えば、電気および熱伝導性、磁気特性、圧電性、光透過性および磁気特性などの性質が変化する種々の材料で有効である。したがって、例えば永久磁石材料、高周波材料、軟磁性材料などの各種磁性材料、自動車排ガス用のハニカムセラミックスなど、結晶配向性で特性が変化する各種セラミックス材料、繊維強化プラスチックなど幅広い分野への応用が期待できる。
【符号の説明】
【0083】
1 配向度分布解析装置
2 情報処理装置
3 中央情報処理装置(CPU)
4 補助記憶装置
5 主記憶装置
6 入出力回路
7 入力データ
8 入力装置
9 出力結果
10 出力装置
11 結晶構造情報取得部
12 配向面と着目している回折ピークに対応する結晶面のなす角演算部
13 回折範囲・回折感度取得部
14 重み関数演算部
15 ランダム配向試料X線回折プロファイル取得部
16 存在割合演算部
17 X線回折プロファイル・回折強度マップ取得部
18 配向度分布関数設定部
19 配向度分布取得部
20 配向度分布・平均配向度・配向度空間マップ出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12