(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-26
(45)【発行日】2024-04-03
(54)【発明の名称】希土類磁石粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20240327BHJP
H01F 1/057 20060101ALI20240327BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20240327BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20240327BHJP
B22F 1/14 20220101ALI20240327BHJP
B22F 1/142 20220101ALI20240327BHJP
【FI】
H01F41/02 G
H01F1/057 180
B22F1/00 Y
B22F3/00 C
B22F1/14 650
B22F1/142 100
(21)【出願番号】P 2020106662
(22)【出願日】2020-06-22
【審査請求日】2023-02-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】榛葉 和晃
【審査官】秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】特許第3882490(JP,B2)
【文献】特開2004-091587(JP,A)
【文献】特開2017-073479(JP,A)
【文献】再公表特許第2010/071111(JP,A1)
【文献】特開2011-146417(JP,A)
【文献】特開2020-056101(JP,A)
【文献】特開2017-055509(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
H01F 1/057
B22F 1/00
B22F 3/00
B22F 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類磁石粒子とリン酸を含む処理液とを接触させる処理工程と、
該処理工程後の希土類磁石粒子を170~215℃で加熱する焼成工程とを備え、
Pを含む化合物で被覆された希土類磁石粒子からなり、
該希土類磁石粒子は、NdとFeとBを必須成分とするNdFeB系磁石粒子を含み、
90℃以上の油環境に曝されるボンド磁石の製造に用いられる希土類磁石粉末の製造方法。
【請求項2】
前記NdFeB系磁石粒子は、磁石合金を水素処理して得られる請求項1に記載の希土類磁石粉末の製造方法。
【請求項3】
前記油は、鉱物油である請求項1または2に記載の希土類磁石粉末の製造方法。
【請求項4】
前記油は、自動変速機用フルード(ATF)である請求項1~3のいずれかに記載の希土類磁石粉末の製造方法。
【請求項5】
前記ボンド磁石は、電動車両の電動機用界磁源である請求項1~4のいずれかに記載の希土類磁石粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高油温下に曝されるボンド磁石の製造に用いられる希土類磁石粉末の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
高性能化や省エネルギー化等を図るため、希土類磁石を用いた電磁機器(電動機等)が多く用いられる。希土類磁石には、希土類磁石粒子を焼結させた焼結磁石と、希土類磁石粒子をバインダ樹脂で結着させたボンド磁石がある。
【0003】
ボンド磁石には、磁石粒子とバインダ樹脂(主に熱可塑性樹脂)の混在物をキャビティへ射出して成形した射出ボンド磁石と、磁石粒子とバインダ樹脂(主に熱硬化性樹脂)の混在物をキャビティ内で圧縮固化(硬化を含む)して成形した圧縮ボンド磁石とがある。
【0004】
いずれのボンド磁石も、焼結磁石より形状自由度が大きく、成形性に優れるため、その用途は拡大しつつある。これに伴い、高磁気特性が安定的に維持され得る耐久性(耐食性)がボンド磁石に求められている。これに関連する記載が、例えば、下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第3882490号公報
【文献】特許第4650593号公報
【文献】特許第5499738号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3は、リン系化合物(リン酸塩等)で被覆された磁石粒子をボンド磁石に用いることを提案している。しかし、いずれも、高温高湿な大気雰囲気中における磁石粒子の耐酸化性に着目しているに過ぎない。
【0007】
本発明者の研究によれば、これまで大気中の酸素や水分による酸化が生じ難いと考えられていた油環境下でも、ボンド磁石を構成する磁石粒子の磁気特性が劣化し得ることがわかった。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、油環境下に曝されるボンド磁石の耐久性の向上に貢献し得る希土類磁石粉末が得られる製造方法等の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、リン酸処理後に所定温度で加熱した磁石粒子は、高温な油環境に曝露後でも、高磁気特性(例えば角形性:Hk)を維持し得ることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《希土類磁石粉末の製造方法》
(1)本発明は、希土類磁石粒子とリン酸を含む処理液とを接触させる処理工程と、該処理工程後の希土類磁石粒子を170~215℃で加熱する焼成工程とを備え、Pを含む化合物で被覆された希土類磁石粒子からなり、90℃以上の油環境に曝されるボンド磁石の製造に用いられる希土類磁石粉末の製造方法である。
【0011】
(2)本発明の製造方法によれば、高温な油環境に曝露した後でも、磁気特性(例えば角形性:Hk)の劣化が少ない希土類磁石粉末が得られる。その理由は定かではないが、希土類磁石粒子の表層域にだけ、Pを含む化合物(「P系化合物」という。)からなる安定な被膜が形成されるためと考えられる。なお、P系化合物の被膜(単に「P系被膜」という。)は、希土類磁石粒子の全表面にあるとよいが、その一部だけにあってもよい。
【0012】
《希土類磁石粉末/ボンド磁石》
本発明は、上述した製造方法により得られる希土類磁石粉末としても把握され得る。また、その希土類磁石粉末を用いたボンド磁石またはその製造方法としても把握され得る。
【0013】
ボンド磁石の製造方法として、希土類磁石粉末と熱可塑性樹脂からなる溶融混合物をスロット等のキャビティへ充填して固化させる射出成形法、キャビティへ投入した希土類磁石粉末と熱硬化性樹脂を圧縮、溶融および固化させる圧縮成形法等がある。希土類磁石粉末が異方性磁石粉末であるとき、配向磁場を印加した状態で成形されるとよい。
【0014】
《その他》
(1)本明細書では、単に、希土類磁石粒子を「磁石粒子」、希土類磁石粉末を「磁石粉末」ともいう。適宜、処理工程前の磁石粒子(磁石粉末)を「原料粒子(原料粉末)」、処理工程後の磁石粒子(磁石粉末)を「処理粒子(処理粉末)」、焼成工程後の磁石粒子(磁石粉末)を「焼成粒子(焼成粉末)」という。換言すると、本発明は、希土類磁石合金からなる原料粉末に処理工程および焼成工程を施して得られる焼成粉末の製造方法となる。
【0015】
(2)油環境へ曝露した後の磁石粒子の磁気特性が維持される程度(磁気特性の劣化が抑制される具合)を「耐油性」という。耐油性の指標例として、高温(例えば150℃)の油環境下に曝露後の磁石粒子の角形性(Hk)、またはその変化率を用いることができる。Hkは、磁石粒子の耐逆磁界性の指標となる。具体的にいうと、Hkは、磁化ポテンシャルの指標である残留磁束密度(Br)を10%低下させる逆磁界の大きさを表し、逆磁界に対する有効磁束密度Bの指標ともなる。
【0016】
油環境への曝露前後における焼成粒子のHkの低下率は、例えば、5%以下であるとよい。原料粒子(初期状態)と油環境への曝露後の焼成粒子との比較でいうなら、Hkの低下率は、例えば、25%以下さらには22%以下であるとよい。なお、本明細書では、油環境への曝露前の状態を「初期状態」という。
【0017】
初期状態の焼成粒子のHk(「初期Hk」という。)は、例えば、565kA/m以上さらには580kA/m以上あるとよい。初期状態の焼成粒子のBr(「初期Br」という。)は、例えば、1.2T以上さらには1.25T以上あるとよい。
【0018】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、特に断らない限り、本明細書でいう「x~ykA/m」はxkA/m~ykA/mを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1A】初期状態のHkに及ぼす焼成温度の影響を例示するグラフである。
【
図1B】初期状態に対する耐久試験後のHkに及ぼす焼成温度の影響を例示するグラフである。
【
図1C】原料状態に対する耐久試験後のHkに及ぼす焼成温度の影響を例示するグラフである。
【
図2】耐久試験の油温と焼成温度がHkに及ぼす影響を例示するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本明細書中に記載した事項から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を、上述した本発明の構成に付加し得る。製造方法に関する構成要素も物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0021】
《処理工程》
処理工程は、磁石粒子(粉末)とリン酸を含む処理液とを接触させてなされる。処理工程は、磁石粒子の表面に、P系化合物(例えばリン酸塩)を形成できれば、リン酸の種類、処理液の濃度や溶媒等を問わない。
【0022】
リン酸の種類として、オルトリン酸をはじめ、リン酸塩系、亜リン酸系、次亜リン酸系、ピロリン酸、メタリン酸、ポリリン酸系などの無機リン酸、有機リン酸が挙げられる。これらの中でも、希土類金属や鉄と反応性が高く、磁石粒子の表面にP系化合物を形成しやすい、オルトリン酸を用いるとよい。
【0023】
処理液は、例えば、リン酸またはリン化合物(リン酸塩を含む)を溶媒で調製して得られる。溶媒は、水でもよいが、有機溶媒(特に揮発性溶媒)を用いるとよい。有機溶媒には、例えば、アルコール類(イソプロピルアルコール(IPA))、エタノール、メタノール、2-メトキシエタノール等)の他、ホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド等がある。処理液は、さらに、界面活性剤(例えばシランカップリング剤等)を含んでもよい。
【0024】
処理液の磁石粉末に対する混合比(質量%)は、例えば、オルトリン酸(H3PO4)を用いるときなら、0.5~1.0質量%さらには、0.7~0.9質量%であるとよい。
【0025】
原料粉末と処理液の接触は、例えば、浸漬法、噴霧法等によりなされる。磁石粒子の表面にP系化合物を均一的に形成するため、両者を撹拌等しつつ接触(混合)されるとよい。また、原料粉末と処理液の少なくとも一方を加熱しつつ、両者を接触させてもよい。加熱により、溶媒が気化(蒸発)すると共に、磁石粒子表面におけるP系被膜の形成が促進される。その加熱温度は、例えば、40~110℃さらには60~90℃である。
【0026】
《焼成工程》
焼成工程は、処理工程後の希土類磁石粒子(処理粒子)を加熱してなされる。その加熱温度(「焼成温度」という。)は、例えば、170~215℃、175~210℃さらには185~205℃であるとよい。焼成温度が過小であると、安定的なP系化合物の形成が促進されず、焼成粒子の耐油性が低下し得る。焼成温度が過大になると、P系化合物の生成が磁石粒子内へ深層化して、初期状態の磁気特性(例えば初期Hk)が低下し得る。
【0027】
焼成工程は、酸化防止雰囲気(例えば、真空中、不活性ガス中、窒素ガス中等)でなされるとよい。また焼成工程は、例えば、0.5~5時間さらには1~3時間なされるとよい。
【0028】
《磁石粒子》
磁石粒子(粉末)は、希土類元素(R)を含む磁石合金からなる。磁石合金の組成は種々ある。例えば、NdとFeとBを基成分(必須成分)とするNdFeB系磁石粒子、SmとFeとNを基成分とするSmFeN系磁石粒子、SmとCoを基成分とするSmCo系磁石粒子等である。なお、基成分(必須成分または主成分)となる元素の合計量は、通常、磁石粒子全体に対して80原子%以上さらには90原子%以上である。希土類磁石粒子は、その保磁力や耐熱性等を高める元素(Dy、Tb等の重希土類元素、Cu、Al、Co、Nb等)を含んでもよい。
【0029】
磁石粒子は、異方性磁石粒子でも等方性磁石粒子でもよい。異方性磁石粒子(粉末)を用いて配向磁場中成形すれば、高磁気特性なボンド磁石が得られる。
【0030】
磁石粒子は、例えば、磁石合金に水素処理を施して得られる。水素処理は、通常、吸水素による不均化反応(Hydrogenation-Disproportionation/単に「HD反応」ともいう。)と、脱水素による再結合反応(Desorption-Recombination/単に「DR反応」ともいう。)を伴う。HD反応とDR反応を併せて単に「HDDR反応」といい、HDDR反応を生じる水素処理を単に「HDDR(処理)」という。なお、HDDRには、改良型であるd―HDDR(dynamic-Hydrogenation-Disproportionation-Desorption-Recombination)も含まれる。d―HDDRについては、例えば、国際公開公報(WO2004/064085)等で詳述されている。
【0031】
磁石粒子は、上述したリン酸処理とは別に、一種以上の防錆処理がされてもよい。このような防錆処理として、例えば、有機金属化合物層を形成する金属アルコキシオリゴマー処理、カップリング剤層を形成するカップリング処理、酸化被膜を形成する徐酸化処理等がある。
【0032】
磁石粒子のサイズ(磁石粉末の粒径(粒度))は問わない。NdFeB系磁石粒子なら、例えば、平均粒径が40~200μmさらには80~160μmであるとよい。本明細書でいう平均粒径は、特に断らない限り、レーザー回折式粒度分布測定装置(株式会社日本レーザー製 HELOS)で測定して定まるボリュームミーディアン径(VMD)である。
【0033】
磁石粒子は、平均粒径が相対的に大きな粗粒子の他、平均粒径が小さい微粒子であってもよい。微粒子の平均粒径は、例えば、1~10μmさらには2~6μmである。このような微粒子として、SmFeN系磁石粒子等がある。なお、本明細書でいう磁石粉末は、組成、異方性・等方性、平均粒径等が異なる2種以上の磁石粒子が混在したものでもよい。このような複合磁石粉末を用いることにより、磁石粉末の充填率等が向上し、高磁気特性なボンド磁石が得られる。
【0034】
《油環境》
磁石粒子(またはボンド磁石)が曝される油環境は、磁石粒子に接する油の温度(油温)が、例えば、90℃以上、100℃以上、115℃以上さらには130℃以上となる環境である。油環境は、油中(浸漬状態)、油ミスト雰囲気等である。油は、潤滑油、作動油、冷却油またはそれらを兼用する油でもよい。具体例として、自動変速機用フルード(automatic transmission fluid:ATF)、無段変速機用フルード(continuously variable transmission fluid:CVTF)、ミッションオイル、エンジンオイル等がある。なお、油は、鉱物油でも化学合成油でもよい。ATFやCVTFには、主に鉱物油が用いられている。
【0035】
ちなみに、一般的な変速機内で使用されるATFやCVTFの温度は、通常、40~80℃程度である。本発明者の調査研究によれば、そのような油温域であれば、焼成温度を160℃以下さらに150℃以下とした磁石粒子粉末でも、十分な耐油性を発揮し得る。
【0036】
具体例を示すと、80℃のATF環境下では、焼成温度を150℃、180℃および200℃としたいずれの磁石粒子でも、Hkの低下率は略同じであった。しかし、120℃さらには150℃のATF環境下では、磁石粒子の焼成温度によりHkの低下率が大きく異なった。すなわち、焼成温度を180℃または200℃とした磁石粒子では、いずれのATF環境下でもHkの低下率(耐油性)に殆ど変化がなかった。一方、焼成温度を150℃とした磁石粒子では、ATFが120℃または150℃なると、Hkが大きく低下した(
図2参照)。
【0037】
《ボンド磁石》
本発明に係る希土類磁石粉末は、ボンド磁石の製造に用いられる。油環境下で使用されるボンド磁石(永久磁石)は、例えば、電動機やソレノイドの界磁子の界磁源となる。ボンド磁石は、射出成形品でも圧縮成形品でもよい。
【0038】
電動機用の界磁子は、回転子(ロータ)でも固定子(ステータ)でもよい。電動機には、モータのみならず、ジェネレータが含まれる。電動機は、直流電動機でも交流電動機でもよい。界磁子がロータの場合、ボンド磁石は、例えば、ロータコアのスロット(キャビティ)に一体成形される。
【0039】
高温な油環境に曝されるボンド磁石として、電動車両の電動機(特に駆動モータ)に用いられる界磁源がある。電動車両は、電気自動車の他、種々のハイブリッド車でもよい。
【実施例】
【0040】
焼成温度を種々変更した被覆処理を施した希土類磁石粉末(試料)の耐油性を評価した。このような具体例に基づいて、本発明を以下に詳しく説明する。
【0041】
《試料の製作》
(1)原料粉末
原料となる磁石粉末として、水素処理(d-HDDR)して製造された市販のNdFeB系異方性磁石粉末(愛知製鋼株式会社製マグファイン:MF18P(Br:1.29T、iHc:1321kA/m、(BH)max:311.2kJ/m3、平均粒径(VMD):121μm)を用意した。この磁石粉末を原料粉末(試料C0)という。
【0042】
(2)処理工程
原料粉末に次のような処理工程を施して処理粉末を製作した。
【0043】
オルトリン酸(関東化学株式会社製)4.8mLと溶媒(イソプロピルアルコール:IPA、富士フィルム和光純薬株式会社製)、300mLを混合・撹拌して処理液を調製した。
【0044】
小型ヘンシェルミキサー(日本コークス工業株式会社製FMミキサーFM3/I)に原料粉末1000gと上記処理液を投入し、窒素ガスフロー雰囲気中(0.1L/分)で、油温調機により80℃に混合槽を加熱しながら、ブレード回転数300rpmで60分間、原料粉末と処理液を混合・攪拌した(処理工程)。
【0045】
(3)焼成工程
処理粉末に次のような焼成工程を施して焼成粉末を製作した。
【0046】
ヘンシェルミキサーから回収した処理粉末をドライオーブンに入れて、10-1Paの真空雰囲気中で加熱した。加熱温度(焼成温度)は120~250℃の範囲で調整した。加熱時間はいずれも2時間とした。こうして表1に示す各試料(焼成粉末:被覆処理された希土類異方性磁石粉末)を得た。
【0047】
《耐久試験》
各試料の粉末(焼成粉末と原料粉末)を次のような油環境下に曝した。ビーカーに各粉末:30gとATF:30mLを入れて、大気雰囲気中で、150℃×1000時間放置した。ATFには、鉱物油を基油とするACDelco製Dexron-VIを用いた。
【0048】
《観察》
耐久試験前の焼成粉末から任意に抽出した粒子(焼成粒子)の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。
【0049】
《磁気特性》
耐久試験前後における各試料の磁気特性はパルスBHトレーサー(OP電子工業株式会社製)を用いて常温で測定した。得られたB-H曲線から、最大エネルギー積:(BH)max、残留磁束密度:Br、保磁力:iHcおよび角形性:Hkを求めて、表1に併せて示した。なお、(BH)max、BrおよびiHcについては、耐久試験前(「初期状態」という。)の測定値のみを表1に示した。
【0050】
《評価》
耐久試験前・後のHkから、その変化率(ΔHk)を算出した。その結果を表1に併せて示した。表1に示したΔHks0は、耐久試験前(初期状態)において、原料粉末(試料C0)のHksに対する各焼成粉末のHk0の変化率を示す。ΔHk01は、焼成粉末について、耐久試験前のHk0に対する耐久試験後のHk1の変化率を示す。ΔHks1は、原料粉末のHksに対する耐久試験後の焼成粉末のHk1の変化率を示す。
【0051】
また、ΔHk
s0、ΔHk
01およびΔHk
s1と、各焼成温度との関係を
図1A~
図1C(これらを併せて「
図1」という。)に示した。
【0052】
(1)粒子表面
耐久試験前の焼成粒子を観察したSEM像から、その表面には略均一的な被覆層(被膜)が存在することがわかった。
【0053】
(2)初期の磁気特性
表1から明らかなように、被覆処理(処理工程と焼成工程)を施工した初期状態の焼成粉末は、原料粉末よりも、(BH)max、BrおよびHkが少し低下したが、iHcは殆ど変化なかった。また、焼成粉末の(BH)max、BrとiHcは、焼成温度による変化が殆どなかった。しかし、
図1Aから明らかなように、焼成粉末のHkは、焼成温度が220℃以上になると、明らかに低下し始めた。
【0054】
(3)耐久試験後の磁気特性(耐油性)
表1および
図1Bから明らかなように、焼成粉末のHkは、耐久試験により低下した。しかし、焼成温度を170℃以上とした焼成粒子では、Hkの低下率(ΔHk
01)が僅か5%以下に留まった。
【0055】
さらに表1および
図1Cから明らかなように、焼成温度を170~215℃とした焼成粒子は、原料粉末に対しても、磁気特性(特にHk)の劣化が顕著に少なかった。
【0056】
以上から、リン酸処理後に所定温度域で加熱すると、原料粉末に対する磁気特性の低下が少なく、油環境下における磁気特性の劣化も抑制される希土類磁石粉末が得られることがわかった。
【0057】