(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-26
(45)【発行日】2024-04-03
(54)【発明の名称】湿式紡糸法を用いて製造された綿形状の骨再生材料、及び湿式紡糸法を用いて綿形状の骨再生材料を製造する方法
(51)【国際特許分類】
D01F 6/92 20060101AFI20240327BHJP
A61L 27/12 20060101ALI20240327BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20240327BHJP
A61L 27/46 20060101ALI20240327BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20240327BHJP
D01D 5/06 20060101ALI20240327BHJP
D01F 6/62 20060101ALI20240327BHJP
D04H 3/011 20120101ALI20240327BHJP
【FI】
D01F6/92 301P
A61L27/12
A61L27/18
A61L27/46
A61L27/58
D01D5/06 Z
D01F6/62 305A
D01F6/92 301M
D04H3/011
(21)【出願番号】P 2023135300
(22)【出願日】2023-08-23
(62)【分割の表示】P 2023083949の分割
【原出願日】2023-05-22
【審査請求日】2024-01-29
(32)【優先日】2022-05-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504205521
【氏名又は名称】国立大学法人 長崎大学
(73)【特許権者】
【識別番号】511267996
【氏名又は名称】ORTHOREBIRTH株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126826
【氏名又は名称】二宮 克之
(72)【発明者】
【氏名】春日敏宏
(72)【発明者】
【氏名】松原孝至
(72)【発明者】
【氏名】大場誠悟
(72)【発明者】
【氏名】熊野雅洋
【審査官】印出 亮太
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-019944(JP,A)
【文献】国際公開第2019/054970(WO,A1)
【文献】特表2016-509028(JP,A)
【文献】特表2010-507413(JP,A)
【文献】国際公開第2022/113888(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01D 1/00 - 13/02
D01F 1/00 - 6/96
D04H 1/00 - 18/04
A61L 27/00 - 27/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式紡糸法を用いて製造された骨再生材料であって、
前記骨再生材料は、PDLLGA樹脂を50~80重量%、β―TCP粒子を50~20重量%含む湿式紡糸法で製造された生分解性繊維で形成された綿形状を有しており、
前記PDLLGA樹脂の分子量は7~15万であり、
前記生分解性繊維の外径は80~200μmであり、長さが10cm以上あり、
前記骨再生材料の綿形状は、前記外径と長さを有する生分解性繊維が互いに付着せずに堆積することによって形成されている、
前記湿式紡糸法を用いて製造された骨再生材料。
【請求項2】
前記PDLLGA樹脂は、PDLLAとPGAを重量比75:25で共重合して製造されたものである、請求項1に記載の綿形状の骨再生材料。
【請求項3】
前記生分解性繊維の表面にはβ―TCP粒子が樹脂層によって覆われることなく露出して凹凸形状を形成している、請求項1又は2に記載の綿形状の骨再生材料。
【請求項4】
前記生分解性繊維の断面は略円形状又は楕円形状である、請求項1又は2に記載の綿形状の骨再生材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式紡糸法を用いて製造された綿形状の骨再生材料、及び湿式紡糸法を用いて綿形状の骨再生材料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近時骨再生医療の分野では、ポリ乳酸をマトリックスとして用いてリン酸三カルシウム粒子と複合し、電界紡糸法により繊維化して綿形状化したものが骨再生材料として用いられている。骨再生材料は一般にブロックや顆粒形状で用いられることが多いが、この方法で紡糸した生分解性繊維からなる綿形状の骨再生材料は、手術時の成形性が良く、目的部位からの移動・脱落の懸念を解決できる優れた特長を有している。本発明の発明者等は、電界紡糸法を用いてノズルから出射された生分解性繊維をエタノールを満たしたコレクター容器で受けて、エタノール液中に浮遊する繊維を回収・乾燥することで綿形状化することに成功している(US8853298)。
【0003】
電界紡糸法により紡糸される生分解性繊維のマトリクス樹脂としては、ポリ乳酸の他、PLGAが用いられている。PLGAはポリ乳酸よりも生体吸収性が高く、尚且つFDAで安全性が承認された優れた生分解性樹脂である。そこで、近時はPLGAをマトリックスとして用いてリン酸三カルシウム粒子と複合し、電界紡糸法により繊維化することが行われている。PLGAは、乳酸とグリコール酸を共重合することによって合成されるが、乳酸とグリコール酸の比率を調整することで生分解性を制御することが可能である。乳酸85%:グリコール酸15%のPLGA(85:15)と、乳酸75%:グリコール酸25%のPLGA(75:25)では、PLGA(75:25)の方が、分解性が高い。ポリ乳酸の乳酸には、結晶性のL体と光学異性体であるアモルファス性のD体とが存在し、D体を含むPDLLAは、D体を含まずにL体のみであるPLLAよりも結晶化しにくく、分解されやすいことが知られている。そこで、D体を含むPDLLAとPGAを共重合することによって、D体を含まないPLGA(PLLGA)よりも分解性が格段に高いPDLLGAを合成することが可能である。
【0004】
電界紡糸法は、骨形成因子となる無機フィラー粒子を紡糸溶液に含有させて繊維化することができるので、生分解性繊維からなる骨再生材料を製造する方法として一般に用いられている。しかし、電界紡糸法は高電圧をかけた紡糸溶液をノズルから出射させて電場を飛行させて繊維化するものであるため、繊維の形状を維持するためには電場を飛行する過程で無機フィラー粒子が樹脂によって結合(bind)されていることが必要であり、分子量が低い樹脂を用いると繊維形状の維持が困難になり、その結果生分解性繊維の紡糸が困難になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでインプラント治療目的に用いられる骨補填材は,顆粒状の形態のものが多く用いられてきた。顆粒状の骨補填材は細部への材料の填入が可能である一方で,操作性に問題が有り、上顎洞底挙上術の際においても、顆粒状の骨補填材が散乱してしまうことがあった。そこで、顆粒状の骨補填材料に替えて、β―TCPとPLGAを主成分とする生分解性繊維からなる綿形状の骨補填材料を用いることが提案されている。しかし、この形態の骨補填材料は操作性には優れているが、長期の骨造成期間を必要とし、かつ材料が長期にわたって患部に残存するという欠点が指摘されている。この問題を解決する方法として、マトリクス樹脂としてPLGAよりも生体内における分解性が高いPDLLGA樹脂を用いることが考えられる。しかし、PDLLGAはPLGAよりも分子量がかなり低いため、電界紡糸法を用いて複合繊維を紡糸して綿形状化することが困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の発明者等は鋭意検討し、湿式紡糸装置のコレクター容器に溶解度の異なる2種類の貧溶媒を上下二層にして満たしたものを用いることによって、湿式紡糸法を用いてPDLLGA樹脂とβ―TCP粒子を複合化した繊維からなる綿形状の骨再生材料を効率的に製造できることを発見した。
【0008】
上記発見に基づいて、本発明者等は湿式紡糸法と装置の改良を重ねた結果、改良した湿式紡糸法を用いて製造された綿形状の骨再生材料であって、前記綿形状の骨再生材料は、
PDLLGA樹脂を50~80重量%、β―TCP粒子を50~20重量%含む湿式紡糸法で製造した生分解性繊維で形成された綿形状の骨再生材料であり、
前記PDLLGA樹脂の分子量は7~15万であり、
上記生分解性繊維の外径は80~200μmであり、
前記骨再生材料の綿形状は、前記外径を有する生分解性繊維が互いに付着せずに堆積することによって形成されている、
前記湿式紡糸法で製造された綿形状の骨再生材料、という発明に到達した。
【0009】
好ましくは、前記PDLLGA樹脂は、PDLLAとPGAを重量比75:25で共重合して製造されたものを用いる。
【0010】
好ましくは、前記PDLLGA樹脂(PDLLAとPGAを重量比75:25で共重合)の分子量は7~15万であり、さらに好ましくは約10万である。
【0011】
好ましくは、前記生分解性繊維の長さは10cm以上である。
【0012】
好ましくは、前記生分解性繊維の断面は略円形状又は楕円形状である。
【0013】
好ましくは、前記綿形状の骨再生材料は、β―TCP粒子とPDLLGA樹脂を重量比50-80:50-20の割合で混合した混合物を混合容器に投入し、
前記混合物に対して所定の量のアセトンを前記混合容器に投入し、前記PDLLGA樹脂を前記アセトンに溶解させて攪拌することによって、前記β―TCP粒子が溶液中に分散した紡糸溶液を調製し、
前記調製した紡糸溶液を湿式紡糸装置のシリンジに充填し、
前記シリンジに充填された前記紡糸溶液を入射針の吐出口から下方向に押し出して所定の高さを有する筒形状のコレクター容器中に出射し、前記コレクター容器には、エタノールと水が上下二層になって満たされており、
前記吐出口から押し出された紡糸溶液は、自重により前記コレクター容器中の前記エタノール中に繊維状に入射し、前記エタノールの液中に繊維状に入射された紡糸溶液の表面は前記アセトンの脱離と前記エタノールの侵入の相互拡散によって固化され、
次いで、前記表面が固化した紡糸溶液は、自重により前記コレクター容器の前記エタノールの下に満たされた水の中に連続的に入射し、
前記水の中に入射した前記紡糸溶液は、前記水の中で前記アセトンの脱離と水の侵入の相互拡散を紡糸溶液内部まで進行させることによってさらに固化して繊維化され、前記固化した繊維は水中で繊維同士が接着することなく連続的な長繊維となって前記コレクター容器の底に綿状に浮遊堆積し、
前記コレクター容器の底に浮遊堆積した繊維を前記コレクター容器から取り出して乾燥させる、という工程によって製造される。
【0014】
本発明者等はさらに、湿式紡糸法を用いて綿形状の骨再生材料を製造する方法であって、前記方法は、
β―TCP粒子とPDLLGA樹脂を重量比50-80:50-20の割合で混合した混合物を混合容器に投入し、
前記混合物に対して所定の量のアセトンを前記混合容器に投入し、前記PDLLGA樹脂を前記アセトンに溶解させて攪拌することによって、前記β―TCP粒子が溶液中に分散した紡糸溶液を調製し、
前記調製した紡糸溶液を湿式紡糸装置のシリンジに充填し、
前記シリンジに充填された前記紡糸溶液を所定の径を有する入射針の吐出口から垂直下方向に所定の押出速度で押し出して所定の高さを有する筒形状のコレクター容器中に出射し、前記コレクター容器には、エタノールと水が上下二層になって満たされており、
前記吐出口から押し出された紡糸溶液は前記コレクター容器中の前記エタノール中に繊維状に入射し、前記エタノールの液中に繊維状に入射された紡糸溶液の表面は前記アセトンの脱離と前記エタノールの侵入の相互拡散によって固化され、
次いで、前記表面が固化した紡糸溶液は、前記コレクター容器の前記エタノールの下に満たされた水の中に連続的に入射し、
前記水の中に入射した前記紡糸溶液は、前記水の中で前記アセトンの脱離と水の侵入の相互拡散を紡糸溶液内部まで進行させることによってさらに固化して繊維化され、前記固化した繊維は水中で繊維同士が接着することなく連続的な長繊維となって前記コレクター容器の底に綿状に浮遊堆積し、
前記コレクター容器の底に浮遊堆積した繊維を前記コレクター容器から取り出して乾燥させる、
前記綿形状の骨再生材料を製造する方法という発明に到達した。
【0015】
好ましくは、前記β―TCP粒子とPDLLGA樹脂の混合物に対して加えるアセトンの量は、前記シリンジ内でβ―TCP粒子が溶液中に沈んでしまうことなく均一に拡散し、尚且つ紡糸溶液を前記注射針から貧溶媒中に押し出すことによって貧溶媒中で繊維化することができる量に調整されている。
【0016】
好ましくは、湿式紡糸装置(
図1参照)のノズルの入射針は27G(内径0.19±0.02mm、外径0.41±0.01mm)、または、22G(内径0.41±0.03mm、外径0.72±0.02mm)を用い、それによって紡糸される繊維の外径は80~200μmである。より好ましくは、湿式紡糸装置のノズルの入射針は27Gを用い、紡糸繊維の外径は100~150μmである。発明者等が別に実験したところでは、ノズルの入射針に22Gを用いた場合には樹脂濃度16.7~20.5重量%、押出速度3ml/hで良好に紡糸できたが、樹脂濃度15.3重量%では粘性が低く無機粒子がシリンジ内で沈降しやすく不均質な繊維となった。樹脂濃度が26.5重量%では粘性が高く押出しが容易でなくなった。22Gを用いて押し出した繊維は太く、ゴワゴワしていた。他方、ノズルの太さが27Gを用いると適正な樹脂濃度の範囲はもっと狭くなったが、紡糸溶液の樹脂濃度20重量%、押出速度3ml/hで良好に紡糸できた。繊維の径は22Gを用いた場合よりも細く、ゴワゴワした感じが少なく、製品としてより優れたものが得られる。
【0017】
好ましくは、前記コレクター容器に入れるエタノールと水は両者の界面の位置がノズルの吐出口から近い位置にくるように設定する。入射針の吐出口から繊維状に射出された紡糸溶液が良溶媒アセトンとの溶解パラメータの差異が小さいエタノールを通過する距離が長いとノズルの吐出口から入射した繊維が途中でちぎれてしまいやすいので、エタノールと水の界面の高さ位置がノズルの吐出口から近い位置にくるようにすることで、入射した繊維が途中でちぎれてしまうのを防いで、一本の連続した繊維としてコレクター容器の底に堆積させることが可能になる。
【0018】
好ましくは、本発明の湿式紡糸装置の筒形状のコレクター容器は、上から順に射出部と繊維固化部と繊維回収部に区分されている(
図6参照)。ノズルの吐出口から繊維状に押し出された紡糸溶液はその自重によって、射出部中のエタノールを通過し、その後繊維固化部の水の中に入射され、繊維固化部を通過した後、同じく水が満たされた繊維回収部に導入されて、コレクター容器の底に綿状に浮遊堆積する。コレクター容器の底に堆積した繊維は、コレクター容器の繊維回収部を繊維固化部から分離してコレクター容器から取り出して回収して乾燥させることによって綿形状の骨再生材料を得ることができる。
【0019】
好ましくは、水は純水を用いる。全溶媒 (良溶媒、エタノール、水の全て)が塩素を含むと銀を含むβ-TCPの場合には含まれた銀と反応してAgClを生成する可能性があるので、塩素を含まない溶媒であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の綿形状の骨再生材料は、繊維のマトリクス樹脂として分子量が低く分解性が高いPDLLGA樹脂を用いているので、生体内に埋植されて体液に接して早期に分解されるので、骨形成に要する時間が短く、尚且つ材料が生体内に長期に残留することがない。
【0021】
本発明の綿形状の骨再生材料は、長い繊維が互いに付着せずに堆積して綿形状を構成しているので、繊維と繊維の間の間隙が大きく、体内に埋植されたときに綿の内部に細胞が侵入するための十分なスペースを有しているので、高い骨形成能が得られる。
【0022】
本発明の湿式紡糸方法では、ノズルの吐出口から貧溶媒中に繊維状に押し出された紡糸溶液は、樹脂溶液(ポリ乳酸の比重は1.24)に多量の無機粒子(β-TCPの比重は3.14g/cm3)を多量に含んでいるものなので、紡糸溶液の自重によって貧溶媒(エタノールの比重は0.8前後、水の比重は1)中を下方に沈降してエタノールと水を中を順次通過し、沈降の過程で徐々に繊維化してコレクター容器の底に堆積し、堆積した繊維を回収することができる。
【0023】
本発明の湿式紡糸法装置のコレクター容器の繊維固化部に満たす水は、その上の射出部に満たすエタノールよりも比重が大きいので、比重の違いによって水の上にエタノールが浮いた状態で二層を形成する。そのため、紡糸溶液を装置の吐出口からエタノールに射出することによって、繊維状に射出された紡糸溶液を、その自重により溶解パラメータが異なるエタノールと水に順次通過させることができるので、その過程で紡糸溶液を徐々に固化して繊維化することができる。但し、エタノールにエタノール、水に水を用いる場合は、エタノールは親水性なので、撹拌して親水基の周辺に水が配位すればエタノール分子を水が囲んで混ざり合ってしまう。そこで、水の上にエタノールをゆっくり注ぐことによって、エタノールの親水基の周りに水を配位させずに、比重の違いで分離した状態を作り出すことが好ましい。
【0024】
本発明の好ましい実施態様において、良溶媒であるアセトンは紡糸溶液の固化に用いる水よりも比重が小さいので、繊維から脱離したアセトンは直ちに上方に浮上して固化した繊維の近辺に留まることがない。その結果、良溶媒が繊維から脱離した後繊維の近辺に漂うことによって固化した繊維を溶かすことがないので、コレクター容器の底に堆積した繊維は繊維同士が互いに付着していない状態で綿形状に回収することができる。
【0025】
本発明で用いる生分解性樹脂は、溶媒に対する溶解性の高いPDLLGA樹脂を選択することによって、紡糸溶液の調製に用いる良溶媒として、溶解力の高い塩素系溶媒(例:クロロホルム)を用いる必要はなく、非塩素系溶媒であるアセトンを用いることができる。
【0026】
本発明の一つの実施態様の湿式紡糸法で作製した生分解性繊維は繊維の長さが長く、ほぼ一本の連続した繊維が互いに付着していない状態で綿状に堆積させて回収することができる。このようにして堆積回収した綿形状の骨再生材料は、電界紡糸法で作製した綿と比べて、繊維と繊維の間の間隔が広く、繊維間に骨芽細胞が侵入して繊維接着して増殖するための大きな微細環境を有する。
【0027】
本発明の湿式紡糸法で作製した生分解性繊維は電界紡糸法で紡糸した繊維よりも、繊維表面の孔数が少なく、緻密な断面構造を有し、形状維持に優れている。
【0028】
本発明の湿式紡糸法で作製した生分解性繊維は、断面が円形又は楕円形の扁平な形状を有しており、細胞の接着性に優れている。
【0029】
本発明の湿式紡糸法は、電界紡糸法法と異なり紡糸溶液を物理的力を加えてシリンジから吐出口に押し出すものなので、紡糸溶液中のフィラー粒子の含有量については自由度が高い。リン酸カルシウムを50重量%、より好ましくは60重量%、さらに好ましくは70重量%含有させることで、粒子が繊維表面に凹凸構造を形成する。繊維の表面が凹凸構造を有することは、細胞接着にとって好適である。
【0030】
本発明の湿式紡糸法で作製したPDLLGA樹脂繊維からなる綿形状の骨再生材料は、体内に埋植された後PDLLGAが体内で溶解して局所的にpHが低下して酸性の環境を作り出す。その結果、酸性の環境下でβ―TCPが溶解して、微量のカルシウムイオンとリン酸イオンを溶出徐放して、骨形成の促進に寄与する。
【0031】
本発明の湿式紡糸法で作製する生分解性繊維に銀イオン含有 β-TCP粒子をフィラーとして含有させると、PDLLGA樹脂が体内で溶解してpHが低下して、β-TCPフィラーが酸性の環境下で溶解し、その結果、β-TCP粒子に含有されている銀イオンが溶出して抗菌性を発揮する。これによって、本発明の湿式紡糸法で作製するPDLLGA繊維と銀イオン含有β-TCP粒子を組み合わせて用いることによって、骨再生材料を体内に埋植した後の術後後期における抗菌性の発揮を実現することができる。
【0032】
本発明の湿式紡糸法では、有機溶媒として用いるアセトンは塩素を含まないので、銀と接触しても塩化銀を生成しない。その結果、β―TCP粒子に含有されるAgイオンがAgClとならずに、Agイオンとして存在するので、Agイオンの抗菌性が発揮できる。また、AgClが生成して光があたることによって黒く変色することもない。
【0033】
本発明の湿式紡糸法で紡糸された生分解性繊維は、含有されている無機粒子が繊維の表面に樹脂に覆われることなく露出して凹凸形状を形成しているため、人体に投与したときに優れた細胞接着性を発揮する。
【0034】
本発明の湿式紡糸法によって、分子量が低いPDLLGA樹脂を含む複合繊維からなる綿形状の骨再生材料を製造することが可能になり、それによって、生体内に埋植されて早期に分解吸収されて骨形成を促進する骨再生材料を商業的に実現することが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】
図1は、本発明の実施例の湿式紡糸法の概念図を示す。
【
図2】
図2は、本発明の一つの実施態様の湿式紡糸法(良溶媒としてアセトン、エタノールとしてエタノール、水として水を使用)において、紡糸した生分解性繊維の形状を示すSEM写真である。
【
図3】
図3は、本発明の実施例の湿式紡糸法(良溶媒としてアセトン、エタノールとしてエタノール、水として水を使用)において、紡糸した生分解性繊維の表面の凹凸形状を示すSEM写真である。
【
図4】
図4は、本発明において、良溶媒としてアセトン、貧溶媒としてエタノール、水を用いる場合において各溶媒相互間のハンセン溶解度パラメータの乖離度を示す概念図である。
【
図5】
図5は、ラビットを用いた脛骨欠損モデルを用いた骨形成実験結果を示すSEM写真である。
【
図6】
図6は、本発明の実施例の湿式紡糸法(良溶媒としてアセトン、第1の貧溶媒としてエタノール、第2の貧溶媒として水を使用)に用いる湿式紡糸装置を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【定義】
【0036】
以下、本発明の実施態様を図面を参照しながら詳細に説明する。
定義
【0037】
<PLLGA樹脂>
本発明においてPLLGA樹脂とは、L体のみを含む乳酸とグリコール酸の共重合によって合成されたPLGA樹脂をいう。PLLAとPGAの重合比率が85:15のものをPLLGA(85:15)と称し、PLLAとPGAの重合比率が75:25のものをPLLGA(75:25)と称する。PLLGAはPGAの比率を高めることによって分解性を高めることができる。PLLGAを溶剤で溶かすにはクロロホルム等の塩素系溶剤を用いることが必要である。PLLGAの分子量は、PLLAとPGAの重合比率が85:15のもの(PLLGA85:15)で約40万である。
【0038】
<PDLLGA樹脂>
本発明においてPDLLGA樹脂とは、D体とL体を含む乳酸とグリコール酸の共重合によって合成されたPLGA樹脂をいう。PLGAの合成に用いられる乳酸には、結晶性のL体と光学異性体であるアモルファス性のD体とが存在し、PLAにはL体のみからなるポリ(L-乳酸)(PLLA)とL体とD体を含むポリ(D―乳酸)(PDLLA)が存在する。PDLLAとPGAの重合比率が75:25のものをPDLLGA(75:25)と称する。PDLLAとPGAの共重合体であるPDLLGAはPLGAの中でも、特に高い柔軟性を有する。PDLLGAは、PDLLAとPGAとの重合比率を変化させることによって分解性を制御することが可能である。PDLLGAに含まれるD体の量を数値的に特定するのは困難であるが、本発明において、PDLLGA樹脂に含まれるD体の量は、D体を含むことによって樹脂がアセトンで溶解可能な分解性を有し、かつそれで足りる。PDLLGAの分子量は、PDLLAとPGAの重合比率が75:25のPDLLGA75:25で約10万前後である。
【0039】
<湿式紡糸法>
本発明において湿式紡糸法とは、良溶媒と呼ばれる有機溶剤の脱離と貧溶媒の侵入の相互拡散によって紡糸溶液を繊維の形に固化させる方法をいう。良溶媒と貧溶媒の選択がポリマーの固化速度や溶媒の相互拡散に影響し、この相互拡散の速度のバランスが得られる繊維の形態を決める。本発明の湿式紡糸法の好ましい実施態様では、リン酸カルシウム粒子を含むPDLLGA樹脂を繊維化して綿形状を形成するための条件設定と改良がなされている。
【0040】
<良溶媒>
本発明において良溶媒とは、PDLLGA樹脂とβ-TCP粒子の混合物を溶解して紡糸溶液を調製するために用いられる溶剤をいい、本発明では良溶媒としてアセトンを用いる。クロロホルム等の塩素系の有機溶剤は、樹脂を溶解する力に優れるが、毒性がある。アセトンは、溶解性の点でクロロホルムに劣るが塩素を含まないので、生体に対する安全性に優れる。本発明で用いるPDLLGA樹脂は、クロロホルム等の塩素系有機溶剤毒性を用いる必要がなく、安全性の高い非塩素系溶剤であるアセトンを用いることができる。
【0041】
本発明において紡糸溶液を調製するにあたって、β-TCP粒子の粒径が4μm程度である場合には、良溶媒の量はβ-TCP粒子とPDLLGA樹脂の混合物の重量1に対する比率が1:0.7~1.3の量が好ましい。さらに好ましくは両者が略1:1の比率とする。本発明の発明者等が実施した実験では、試料(無機フィラー粒子と生分解性樹脂の混合物)1に対する良溶媒(アセトン)の重量の比率が1.3より多くなると、粒子がシリンジ中で沈みやすくなり、射出初期と後期で分散されている無機粒子(β-TCP)の量が変わってきて製品として不均質となる。逆に、良溶媒(アセトン)の量が0.7より少ないと、ノズルの吐出口から押し出すのが困難になる。試料(β-TCPとPDLLGA樹脂の混合物)に対する良溶媒(アセトン)の量が重量比1:0.7~1.3の範囲内であると、吐出口から紡糸溶液を押し出して、貧溶媒中で繊維化することができた。
【0042】
β-TCP粒子の粒径が0.3~0.5μm程度である場合には、アセトンの量はβ-TCP粒子とPDLLGA樹脂の混合物の重量1に対する比率が1:1.15~1.40の量が好ましい。本発明者の発明者等が粒子径0.4μmのβ-TCP粒子を用いて行った実験によると、試料1に対してアセトンの量が重量比で1.10だと紡糸溶液をシリンジからポンプで押出すのが困難になった。逆に、試料1に対してアセトンの量が重量比で1.45だと時間の経過と共に溶液中でβ-TCP粒子が沈降・分離してしまった。
【0043】
<貧溶媒>
本発明において貧溶媒とは、PDLLGA樹脂を溶かさない溶媒として凝固浴液に用いられる。貧溶媒とは、講学上、特定の物質-溶媒系で溶質-溶媒間の相互作用(自由エネルギー)が溶質-溶質間,溶媒-溶媒間の相互作用の算術平均より小さいとき,この溶媒をこの溶質に対して貧溶媒であるというが、本発明の方法に用いる貧溶媒は、溶解パラメータを指標として、有機溶媒との相互拡散のバランスを考慮して選択される。本発明では、PDLLGA樹脂としてPDLLGAを用いる場合には、PDLLGAが不溶であるエタノール又は水を好適に用いることができる。
【0044】
<Hansen溶解パラメータ値の乖離度>
本発明の方法において用いるPDLLGA樹脂、良溶媒、貧溶媒は、Hansen溶解パラメータ値の乖離度を指標として選択される。良溶媒を用いてPDLLGA樹脂を溶解して調製した紡糸溶液がノズルの吐出口から繊維状に押し出されて貧溶媒中で固化する速度は、良溶媒がアセトンで貧溶媒がエタノールの場合、アセトンとエタノールの(i) 分極性、(ii) 水素結合性、iii) 分散性の相互作用で決まるHansen溶解パラメータ値(ベクトル値)の乖離度によって決まる。溶質であるポリマーのHansen溶解パラメータ値は良溶媒(アセトン)の溶解パラメータ値の近くにあるはずである。25℃におけるエタノールのHansen 溶解パラメータは26.5δ[(MPa)
1/2])であり、アセトンのHansen溶解パラメータは20.0[(MPa)
1/2])であり、両者の乖離度は9.8[(MPa)
1/2]である(
図4参照)。この乖離度では、ノズル先端で紡糸溶液が急激に固化することがないので、吐出口から押し出された紡糸溶液が詰まりを生じる恐れがない。しかし、エタノールのHansen溶解パラメータ値がアセトンのHansen溶解パラメータ値近いのである程度のポリマーの溶解を許し、繊維状に押し出された紡糸溶液がエタノール中を沈降する過程で繊維の形状を維持できずに、途中でちぎれてしまいやすい。また、エタノールは比重がアセトンとほぼ同じなので、エタノール中で紡糸繊維から脱離したアセトンは、そのまま繊維の近辺にただよって、紡糸繊維を溶かす働きをするので、紡糸溶液の繊維化にとって望ましくないという問題もある。
【0045】
良溶媒としてアセトンを用いて紡糸溶液を調製し、貧溶媒として水を用いて紡糸溶液をノズルから繊維状に貧溶媒中に押し出すと、水のHansen 溶解パラメータは47.8δ[(MPa)
1/2]であり、アセトンのHansen 溶解パラメータは20.0δ[(MPa)
1/2])であり、両者の乖離度は35.7δ[(MPa)
1/2]である(
図4参照)。PDLLGAに対する水とアセトンのHansen 溶解パラメータの乖離度は、PDLLGAに対するエタノールとアセトンに対する乖離度よりもかなり大きい。その結果、ノズルから押し出された紡糸溶液は水中で急激に固化するので、射出速度と固化のバランスが合わないと繊維化せずにノズル先端で紡糸溶液が固化して射出できず、繊維化できないことがしばしば生じ、安定的に繊維化させることが難しい。他方、水の比重はアセトンよりかなり大きいので紡糸溶液から溶出したアセトンは容器の底には溜まらず、上面付近に浮いてくる。良い条件が選ばれて紡糸できた際には、繊維同士が再度アセトンによりくっつくなどのことは起こらず、長い連続的な繊維が可能である。本発明の発明者等は、以上の挙動を熟考して鋭意検討を続け、長く安定的に紡糸でき、かつ得られる繊維同士が独立してしなやかな綿形状となるように、良溶媒とのHansen溶解パラメータの乖離度が小さい貧溶媒(エタノール)に紡糸溶液を射出し、続いてまだ完全に固化しない内に同乖離度が前者より大きな貧溶媒(水)に進入させて固化させるという、新規な湿式紡糸法を発明するに至った。
【0046】
実施例
以下に示す材料及び装置を使用した。
・β型リン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2):太平化学産業株式会社β-TCP-100。
粒径1.7mm以下のものを4μm程度に粉砕したもの(β―TCP粉砕品)を用いた。
・PDLLGAとしてPDLLA:PGA(75:25):PURASORB PDLG7507、Corbion Puracを用いた。
・エタノール:キシダ化学一級 純度99.5%
・アセトン:和光純薬 試薬特級純度99.5+%
・水:精製水
・紡糸溶液押出用入射ノズル:テルモ注射針27G(内径0.2mm、外径0.4mm)
円筒形状のコレクター容器を蒸留水で一定の高さまで満たした後、静かにエタノールを注いだ。エタノールの比重は、789kg/m3(20℃)であり水より小さいので、静置しておけば水とエタノールは混じり合うことはない。
【0047】
1.紡糸溶液の調製
β-TCPとPDLLGAを7:3の重量比で混合し、アセトンに溶解させ、一晩混合し、ポリマー濃度20%の紡糸溶液を調製した。
2.紡糸条件
湿式紡糸装置の注射針(テルモ注射針27G)をコレクター容器に垂直下方向に向けて設置して、押出速度 3ml/hでコレクター容器のエタノール中に押し出した。
3.紡糸溶液の繊維化
i) シリンジから押し出された紡糸溶液は、ノズルの吐出口で詰まりを生じることなくコレクター容器のエタノール中に繊維状に入射した。
ii) エタノールに入射した繊維状紡糸溶液は表面が固化し、内部まで完全にアセトンが抜ける前にコレクター容器のエタノールの下に満たされた水に入射し、水中を通過してコレクター容器の底に溜まった(
図4参照)。
4.綿形状物の回収
コレクター容器の底に浮遊堆積してたまった繊維を水で洗浄し、さらに、溶媒を除去するために一晩保持した。その後吸水シートを用いて水を除去し、常温乾燥して綿形状のサンプルを得た。
5.得られたサンプルの繊維の性状
i) 繊維の径は130μmで、繊維の断面は略楕円形状であった(
図2参照)。
ii) 繊維の表面にはβ-TCP粒子が露出して凹凸形状を形成していた(
図3参照)。
発明者等は、繊維表面に露出したβ-TCP粒子が樹脂層によって覆われているかどうかを、サンプルを塩酸に浸漬することによって確認した(繊維の表面のβ-TCP粒子が樹脂層によって覆われていればβ-TCP粒子は塩酸によって溶かされることはない)ところ、サンプルの繊維の表面に露出したβ-TCP粒子は樹脂層によって覆われていないことが判明した。
【0048】
比較実験1(エタノール100%)
実験内容:実施例と同様の条件で、但し貧溶媒としてエタノールのみをコレクター容器に満たして、紡糸実験を実施した。
結果:シリンジに充填した紡糸溶液はノズルの吐出口(27G)から繊維状にスムーズに押し出すことができたが、エタノール中で繊維形状を維持できずにちぎれてしまうことが頻発した。
【0049】
比較実験2(水100%)
実験内容:実施例と同様の条件で、但し貧溶媒として水のみをコレクター容器に満たして、紡糸実験を実施した。
結果:シリンジに充填した紡糸溶液はノズルの吐出口(27G)で詰まってしまい、水中に入射できない現象が頻発した。
【0050】
ラビット脛骨における埋植実験
上顎洞底挙上術における従来型と改良型の骨造成効果を比較検討することを目的とし家兎を用いた移植実験を行った.
1.実験に用いた材料
綿形状骨再生材料2種類:
i) β-TCP70重量%/PDLLGA(PDLLA75:PGA25)30重量%の組成の生分解性繊維からなる綿形状物
ii) β-TCP70重量%/PLLGA(PLLA85:PGA15)30重量%の組成の生分解性繊維からなる綿形状物
2.実験方法
脛骨欠損モデルを用いて欠損部に骨再生材料を埋植後時間の経過による骨形成を観察した。
実験手順:日本白色家兎の膝関節を確認しその直下の脛骨に直径5mmの欠損を作成する。欠損部に 綿形状物を125mm^3填入する。閉創し、術後4, 8週でsacrificeし、マイクロCT撮影を行い評価した。
3.実験結果
β-TCP/PLGA群では、術後8週までに新生骨領域が増加しているものの、完全に治癒はしておらず埋植した綿形状物も残存している様子が認められた。一方,β-TCP/PDLLGA群では,術後4週で既に仮骨組織が認められた。さらに術後8週では欠損部がすべてふさがっている様子が認められた。(
図5)。
【0051】
4.実験結果の考察:
β-TCP/PDLLGAはβ-TCP/PLGAと比較して、明らかに早期に骨新生を認めた。術後8週では欠損部がふさがっており、綿形状β-TCP/PDLLGAは骨欠損治療に有用な材料であることが確認された。PLGAに替えてPDLLGAを用いた綿形状骨再生材料でこのような顕著な違いが出たことは、驚くべき結果であった。