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特許7462182薬物血中濃度予測装置、薬物血中濃度予測プログラム及び薬物血中濃度予測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】薬物血中濃度予測装置、薬物血中濃度予測プログラム及び薬物血中濃度予測方法
(51)【国際特許分類】
   G16H 20/10 20180101AFI20240329BHJP
   G01N 33/49 20060101ALI20240329BHJP
   G06N 3/02 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
G16H20/10
G01N33/49 Z
G06N3/02
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020030858
(22)【出願日】2020-02-26
(65)【公開番号】P2021135699
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2022-12-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1) 刊行物 The Japanese Journal of Therapeutic Drug Monitoring TDM研究 Vol.36 No.2 2019 Supplement 第36回 日本TDM学会・学術大会 プログラム抄録集 研究要旨「ディープラーニングを応用した個別化投与設計法の開発」 発行日 令和1年5月10日 <資 料> 研究要旨「ディープラーニングを応用した個別化投与設計法の開発」 (2) 集会名 第36回日本TDM学会学術大会 開催日 令和1年5月25日 <資 料>第36回日本TDM学会学術大会 講演資料 (3) 刊行物 臨床薬理 Vol.50 Suppl. 2019 JAPANESE JOURNAL OF CLINICAL PHARMACOLOGY AND THERAPEUTICS 第40回 日本臨床薬理学会学術総会 プログラム・抄録集 研究要旨「人工知能を応用した個別化投与設計手法の開発」 発行日 令和1年11月20日 <資 料>研究要旨「人工知能を応用した個別化投与設計手法の開発」 (4) 集会名 第40回 日本臨床薬理学会学術総会 開催日 令和1年12月6日 <資 料>第40回日本臨床薬理学会学術総会/ホームページ <資 料>第40回 日本臨床薬理学会学術総会 講演資料
(73)【特許権者】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504174135
【氏名又は名称】国立大学法人九州工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】辻 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】河野 英昭
(72)【発明者】
【氏名】尾上 知佳
(72)【発明者】
【氏名】細野 裕行
(72)【発明者】
【氏名】関 弘翔
【審査官】鹿谷 真紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-210792(JP,A)
【文献】特開2015-181853(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16H 10/00-80/00
G01N 33/49
G06N 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬物が投与された被検体の医学的な特性を示す医学的データを取得してニューラルネットワークを使用する機械学習装置に入力し、前記被検体のクリアランスの予測値を示し、前記機械学習装置から出力されるクリアランス予測データ及び前記薬物の分布容積の予測値を示し、前記機械学習装置から出力される分布容積予測データの少なくとも一方を取得する予測データ取得部と、
前記被検体に投与された前記薬物の量を示す投与量データを取得する投与量データ取得部と、
前記被検体に前記薬物が投与された時刻から経過した時間を示す時間データを取得する時間データ取得部と、
前記クリアランス予測データにより示される前記被検体のクリアランスの予測値及び前記分布容積予測データにより示される前記薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、前記投与量データにより示される前記薬物の投与量と、前記時間データにより示される時間とにコンパートメントモデルを適用して前記被検体における前記薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する血中濃度予測部と、
を備える薬物血中濃度予測装置。
【請求項2】
前記血中濃度予測データを取得し、前記血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値を起点とする誤差逆伝播法により前記ニューラルネットワークに含まれるシナプスに割り当てられている重みを更新する重み更新部を更に備える、
請求項1に記載の薬物血中濃度予測装置。
【請求項3】
コンピュータに、
薬物が投与された被検体の医学的な特性を示す医学的データを取得してニューラルネットワークを使用する機械学習装置に入力し、前記被検体のクリアランスの予測値を示し、前記機械学習装置から出力されるクリアランス予測データ及び前記薬物の分布容積の予測値を示し、前記機械学習装置から出力される分布容積予測データの少なくとも一方を取得する予測データ取得機能と、
前記被検体に投与された前記薬物の量を示す投与量データを取得する投与量データ取得機能と、
前記被検体に前記薬物が投与された時刻から経過した時間を示す時間データを取得する時間データ取得機能と、
前記クリアランス予測データにより示される前記被検体のクリアランスの予測値及び前記分布容積予測データにより示される前記薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、前記投与量データにより示される前記薬物の投与量と、前記時間データにより示される時間とにコンパートメントモデルを適用して前記被検体における前記薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する血中濃度予測機能と、
を実現させる薬物血中濃度予測プログラム。
【請求項4】
前記コンピュータに、
前記血中濃度予測データを取得し、前記血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値を起点とする誤差逆伝播法により前記ニューラルネットワークに含まれるシナプスに割り当てられている重みを更新する重み更新機能を更に実現させる、
請求項3に記載の薬物血中濃度予測プログラム。
【請求項5】
薬物が投与された被検体の医学的な特性を示す医学的データを取得してニューラルネットワークを使用する機械学習装置に入力し、前記被検体のクリアランスの予測値を示し、
前記機械学習装置から出力されるクリアランス予測データ及び前記薬物の分布容積の予測値を示し、前記機械学習装置から出力される分布容積予測データの少なくとも一方を取得する予測データ取得ステップと、
前記被検体に投与された前記薬物の量を示す投与量データを取得する投与量データ取得ステップと、
前記被検体に前記薬物が投与された時刻から経過した時間を示す時間データを取得する時間データ取得ステップと、
前記クリアランス予測データにより示される前記被検体のクリアランスの予測値及び前記分布容積予測データにより示される前記薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、
前記投与量データにより示される前記薬物の投与量と、前記時間データにより示される時間とにコンパートメントモデルを適用して前記被検体における前記薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する血中濃度予測ステップと、
を含むコンピュータが行う薬物血中濃度予測方法。
【請求項6】
前記血中濃度予測データを取得し、前記血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値を起点とする誤差逆伝播法により前記ニューラルネットワークに含まれるシナプスに割り当てられている重みを更新する重み更新ステップを更に含む、
請求項5に記載のコンピュータが行う薬物血中濃度予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物血中濃度予測装置、薬物血中濃度予測プログラム及び薬物血中濃度予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、被検体に投与した薬物の体内動態を人工知能(AI:Artificial Intelligence)を使用してコンピュータ上で再現するモデリングアンドシミュレーション(M&S:Modeling and Simulation)が注目を集めている。このような技術の例として、特許文献1に開示されている個別化化学療法及び薬物送達を提供するためのシステムが挙げられる。
【0003】
当該システムは、計算式流体力学、解剖学的モデル、患者固有データ、血管網における血流特性、薬物の輸送、薬物の空間的分布、薬物の時間的分布等を機械学習アルゴリズムに入力する。そして、当該システムは、機械学習アルゴリズムを使用して標的組織の一つ又は複数の位置における薬物送達データを出力する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2018-525748号公報
【0005】
しかし、一般に、機械学習は、入力したデータの特徴を自動的に抽出して学習することが可能であり、入力と出力との複雑な関係も関数近似することが可能であるという利点を有するものの、入力と出力との具体的な関係を明らかにすることができない。このため、上述したシステムは、出力された薬物送達データが科学的に妥当な過程を経て算出されているか否かを明らかにすることができない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、機械学習の利点を享受しつつ、科学的に妥当な過程を経て算出されている薬物の血中濃度を出力することができる薬物血中濃度予測装置、薬物血中濃度予測プログラム及び薬物血中濃度予測方法を残すことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、薬物が投与された被検体の医学的な特性を示す医学的データを取得してニューラルネットワークを使用する機械学習装置に入力し、前記被検体のクリアランスの予測値を示し、前記機械学習装置から出力されるクリアランス予測データ及び前記薬物の分布容積の予測値を示し、前記機械学習装置から出力される分布容積予測データの少なくとも一方を取得する予測データ取得部と、前記被検体に投与された前記薬物の量を示す投与量データを取得する投与量データ取得部と、前記被検体に前記薬物が投与された時刻から経過した時間を示す時間データを取得する時間データ取得部と、前記クリアランス予測データにより示される前記被検体のクリアランスの予測値及び前記分布容積予測データにより示される前記薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、前記投与量データにより示される前記薬物の投与量と、前記時間データにより示される時間とにコンパートメントモデルを適用して前記被検体における前記薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する血中濃度予測部と、を備える薬物血中濃度予測装置である。
【0008】
本発明の一態様は、コンピュータに、薬物が投与された被検体の医学的な特性を示す医学的データを取得してニューラルネットワークを使用する機械学習装置に入力し、前記被検体のクリアランスの予測値を示し、前記機械学習装置から出力されるクリアランス予測データ及び前記薬物の分布容積の予測値を示し、前記機械学習装置から出力される分布容積予測データの少なくとも一方を取得する予測データ取得機能と、前記被検体に投与された前記薬物の量を示す投与量データを取得する投与量データ取得機能と、前記被検体に前記薬物が投与された時刻から経過した時間を示す時間データを取得する時間データ取得機能と、前記クリアランス予測データにより示される前記被検体のクリアランスの予測値及び前記分布容積予測データにより示される前記薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、前記投与量データにより示される前記薬物の投与量と、前記時間データにより示される時間とにコンパートメントモデルを適用して前記被検体における前記薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する血中濃度予測機能と、を実現させるための薬物血中濃度予測プログラムである。
【0009】
本発明の一態様は、薬物が投与された被検体の医学的な特性を示す医学的データを取得してニューラルネットワークを使用する機械学習装置に入力し、前記被検体のクリアランスの予測値を示し、前記機械学習装置から出力されるクリアランス予測データ及び前記薬物の分布容積の予測値を示し、前記機械学習装置から出力される分布容積予測データの少なくとも一方を取得する予測データ取得ステップと、前記被検体に投与された前記薬物の量を示す投与量データを取得する投与量データ取得ステップと、前記被検体に前記薬物が投与された時刻から経過した時間を示す時間データを取得する時間データ取得ステップと、前記クリアランス予測データにより示される前記被検体のクリアランスの予測値及び前記分布容積予測データにより示される前記薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、前記投与量データにより示される前記薬物の投与量と、前記時間データにより示される時間とにコンパートメントモデルを適用して前記被検体における前記薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する血中濃度予測ステップと、を含むコンピュータが行う薬物血中濃度予測方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、機械学習の利点を享受しつつ、科学的に妥当な過程を経て算出されている薬物の血中濃度を出力することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測システムの一例を示す図である。
図2】本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測装置が実行する処理の一例を示すフローチャートである。
図3】本発明の実施形態に係る被検体に投与された薬物の血中濃度の実測値の経時的な変化の一例を示す図である。
図4】血中濃度の実測値と、母集団薬物動態モデルを使用して導出された血中濃度の予測値との相関の一例を示す図である。
図5】血中濃度の実測値と、本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測装置が誤差逆伝搬法を使用せずに出力した血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値との相関の一例を示す図である。
図6】血中濃度の実測値と、本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測装置が誤差逆伝搬法を使用して出力した血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値との相関の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1から図4を参照しながら、実施形態に係る薬物血中濃度予測装置の一例を説明する。図1は、本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測システムの一例を示す図である。図1に示すように、薬物血中濃度予測システム1は、データ記憶装置10と、擬似データ生成装置20と、薬物血中濃度予測装置30と、機械学習装置40とを備える。
【0013】
データ記憶装置10は、医学的データM、投与量データA及び時間データTが蓄積されている記憶媒体を含んでいる。
【0014】
医学的データMは、薬物が投与された被検体の医学的な特性を示すデータである。例えば、医学的データMは、被検体の年齢、体重、性別、アスパラギン酸アミノ基転移酵素(AST:Aspartate transaminase)の血中濃度、アラニンアミノ基転移酵素(ALT:Alanine transaminase)の血中濃度、血清クレアチニン(SCR:Serum creatinine)、クレアチニンクリアランス(CLCR:Creatinine clearance)、後述する薬物の血中濃度等の項目を含んでいる。また、ここで言う薬物は、例えば、臓器移植等で使用される免疫抑制剤の一種であるシクロスポリンである。さらに、薬物の投与方法としては、例えば、経口投与、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与が挙げられる。
【0015】
アスパラギン酸アミノ基転移酵素及びアラニンアミノ基転移酵素は、いずれも肝臓に多く含まれている酵素であり、肝機能に障害がある場合、血液中に漏れ出す。このため、これら二つの血中濃度は、排泄に関するパラメータ、具体的には、肝機能に関するパラメータとして認識されている。
【0016】
血清クレアチニンは、血液中に存在するクレアチニンであり、腎機能に障害がある場合、腎臓の糸球体で濾過されて尿中に排泄され難くなることにより増加する。このため、血清クレアチニンの血中濃度は、排泄に関するパラメータ、具体的には、腎機能に関するパラメータとして認識されている。クレアチニンクリアランスは、腎臓が血清中のクレアチニンを排泄する能力を示すパラメータであり、被検体の年齢、体重、性別及び血清クレアチニンの血中濃度から算出される。
【0017】
投与量データAは、被検体に投与された薬物の量を示すデータである。時間データTは、被検体に薬物が投与された時刻から経過した時間を示すデータである。
【0018】
また、医学的データM、投与量データA及び時間データTは、図1に示した実データと擬似データとに大別される。
【0019】
医学的データMの実データは、例えば、被検体の実年齢、実際に測定された被検体の体重、被検体の実際の性別、被検体を血液検査することにより得られたアスパラギン酸アミノ基転移酵素の血中濃度、アラニンアミノ基転移酵素の血中濃度、血清クレアチニンの血中濃度、当該血清クレアチニンの血中濃度等から算出されたクレアチニンクリアランスを示している。投与量データAの実データは、被検体に投与された薬物の量の実測値を示している。時間データTの実データは、被検体に薬物が投与された時刻から経過した時間の実測値を示している。
【0020】
一方、医学的データMの擬似データ、投与量データAの擬似データ及び時間データTの擬似データは、いずれも図1に示した擬似データ生成装置20が医学的データMの実データ、投与量データAの実データ及び時間データTの少なくとも一つに基づいて生成したデータである。
【0021】
擬似データ生成装置20は、少なくとも識別ネットワーク及び生成ネットワークを含む敵対的生成ネットワーク(GAN:Generative Adversarial Network)を有する。また、識別ネットワーク及び生成ネットワークは、例えば、畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)、リカレントニューラルネットワーク(RNN:Recurrent Neural Network)である。
【0022】
擬似データ生成装置20は、医学的データMの実データ、投与量データAの実データ及び時間データTの少なくとも一つをデータ記憶装置10から取得して識別ネットワーク及び生成ネットワークに入力し、識別ネットワーク及び生成ネットワークを順次学習させていく。そして、擬似データ生成装置20は、生成ネットワークが実データに近いデータを生成することができるまで学習が進んだ場合、生成ネットワークにより生成されたデータを擬似データとし、データ記憶装置10に格納する。
【0023】
薬物血中濃度予測装置30は、図1に示すように、予測データ取得部31と、投与量データ取得部32と、時間データ取得部33と、血中濃度予測部34と、重み更新部35とを備える。
【0024】
予測データ取得部31は、データ記憶装置10から医学的データMを取得してニューラルネットワーク(NN:Neural Network)を使用する機械学習装置40に入力する。ここで言う医学的データMは、実データ及び擬似データの少なくとも一つを含む。
【0025】
機械学習装置40は、例えば、入力された医学的データMとクリアランス及び分布容積の少なくとも一方との複雑な関係性を記述する関数を近似的に算出する。なお、機械学習装置40は、例えば、薬物血中濃度予測装置30により出力された血中濃度予測データにより示される薬物の血中濃度と、コンパートメントモデルにより算出された薬物の血中濃度との差を使用して学習パラメータを更新する。また、機械学習装置40の学習モデルの評価方法としては、例えば、リーブワンアウト(Leave One Out)法が挙げられる。
【0026】
そして、機械学習装置40は、入力された医学的データM及びこの関数を使用して被検体のクリアランスの予測値を示すクリアランス予測データ及び薬物の分布容積の予測値を示す分布容積予測データの少なくとも一方を生成して出力する。
【0027】
クリアランスは、被検体内から薬物が排泄、分解等により消失する速度と被検体内における薬物の濃度とを関係付けている比例定数であり、被検体内からの薬物の消失に関する量である。また、クリアランスは、薬物ごとに異なる値となり、患者ごとに異なる値となる。分布容積は、薬物が瞬時に血漿中と等しい濃度で被検体の各組織に分布すると仮定した場合に算出される容積であり、ある時間における被検体内の薬物の量を薬物の血漿中の濃度で除算した値として定義されている。また、分布容積は、薬物ごとに異なる値となり、患者ごとに異なる値となる。クリアランス及び分布容積は、いずれもPK(Pharmacokinetics)-PD(Pharmacodynamics)パラメータの一種である。
【0028】
予測データ取得部31は、機械学習装置40からクリアランス予測データ及び分布容積予測データの少なくとも一方を取得する。
【0029】
なお、予測データ取得部31は、機械学習装置40からクリアランス予測データのみを取得してもよい。この場合、医学的データMには、分布容積の予測値を示す分布容積データが含まれている。また、予測データ取得部31は、機械学習装置40から分布容積予測データのみを取得してもよい。この場合、医学的データMには、クリアランスの予測値を示すクリアランス予測データが含まれている。
【0030】
投与量データ取得部32は、被検体に投与された薬物の量を示す投与量データAをデータ記憶装置10から取得する。
【0031】
時間データ取得部33は、被検体に薬物が投与された時刻から経過した時間tを示す時間データTをデータ記憶装置10から取得する。
【0032】
血中濃度予測部34は、クリアランス予測データにより示される被検体のクリアランスの予測値及び分布容積予測データにより示される薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、投与量データにより示される薬物の投与量と、時間データにより示される時間tとにコンパートメントモデルを適用して被検体における薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する。具体的には、血中濃度予測部34は、クリアランスの予測値、分布容積の予測値、薬物の投与量及び時間tをそれぞれ次の式(1)の「クリアランス」、「分布容積」、「投与量」及び「時間t」に代入し、式(1)の右辺を計算することにより、血中濃度予測データを出力する。式(1)は、大半の薬物の血中濃度の時間変化を記述しているコンパートメントモデルを表す式である。
【0033】
【数1】
【0034】
重み更新部35は、血中濃度予測データを取得し、血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値を起点とする誤差逆伝播法により機械学習装置40が備えるニューラルネットワークに含まれるシナプスに割り当てられている重みを更新する。ただし、薬物血中濃度予測装置30は、重み更新部35を備えていなくてもよいし、重み更新部35による処理を実行しなくてもよい。
【0035】
次に、図2を参照しながら実施形態に係る薬物血中濃度予測装置が実行する処理の一例を説明する。図2は、本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測装置が実行する処理の一例を示すフローチャートである。
【0036】
ステップS10において、予測データ取得部31は、薬物が投与された被検体の医学的な特性を示す医学的データMを取得する。
【0037】
ステップS20において、予測データ取得部31は、ニューラルネットワークを使用する機械学習装置40に医学的データMを入力する。
【0038】
ステップS30において、予測データ取得部31は、クリアランス予測データ及び分布容積予測データの少なくとも一方を機械学習装置40から取得する。
【0039】
ステップS40において、投与量データ取得部32は、被検体に投与された薬物の投与量を示す投与量データAを取得する。
【0040】
ステップS50において、時間データ取得部33は、被検体に薬物が投与された時刻から経過した時間を示す時間データTを取得する。
【0041】
ステップS60において、血中濃度予測部34は、クリアランス予測データにより示される被検体のクリアランスの予測値及び分布容積予測データにより示される薬物の分布容積の予測値の少なくとも一方と、投与量データにより示される薬物の投与量と、時間データにより示される時間tとにコンパートメントモデルを適用して被検体における薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する。
【0042】
ステップS70において、重み更新部35は、血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値を起点とする誤差逆伝播法により機械学習装置40が備えるニューラルネットワークに含まれるシナプスに割り当てられている重みを更新する。
【0043】
なお、薬物血中濃度予測装置30は、ステップS10からステップS30で実行する処理と、ステップS40で実行する処理と、ステップS50で実行する処理との順番を図5に示した順序と異なる順序で実行してもよい。また、薬物血中濃度予測装置30は、ステップS70で実行する処理を実行しなくてもよい。
【0044】
以上、実施形態に係る薬物血中濃度予測システム1について薬物血中濃度予測装置30を中心に説明した。薬物血中濃度予測装置30は、医学的データMを機械学習装置40に入力し、クリアランス予測データ及び分布容積予測データの少なくとも一方を機械学習装置40から取得する。すなわち、薬物血中濃度予測装置30は、最終的に取得したい物理量である薬物の血中濃度ではなく、薬物の血中濃度の計算に使用されるクリアランスの予測値を示すクリアランス予測データ及び分布容積の予測値を示す分布容積予測データの少なくとも一つを機械学習装置40から取得する。また、薬物血中濃度予測装置30は、投与量データA及び時間データTを取得する。そして、薬物血中濃度予測装置30は、クリアランスの予測値、分布容積の予測値、薬物の投与量及び時間tにコンパートメントモデルを適用して被検体における薬物の血中濃度の予測値を示す血中濃度予測データを出力する。
【0045】
これにより、薬物血中濃度予測装置30は、医学的データMとクリアランス及び分布容積の少なくとも一方との複雑な関係性を近似的に算出するという機械学習装置40の利点を利用することができる。また、薬物血中濃度予測装置30は、機械学習装置40から取得したクリアランスの予測値及び分布容積の予測値の少なくとも一方にコンパートメントモデルを適用して薬物の血中濃度を算出するため、薬物動態学(Pharmacokinetics)及び薬力学(Pharmacodynamics)の枠組みの範囲内で高い精度で算出された薬物の血中濃度を出力することができる。つまり、薬物血中濃度予測装置30は、機械学習装置40の利点を享受しつつ、科学的に妥当な過程を経て算出されている薬物の血中濃度を出力することができる。また、この薬物の血中濃度は、薬物の個別化投与の研究に役立てられてもよい。
【0046】
さらに、薬物血中濃度予測装置30が機械学習装置40から取得したクリアランスの予測値及び分布容積の予測値の少なくとも一方は、血中濃度予測データにより示される薬物の血中濃度の科学的な根拠として活用され得る。また、薬物血中濃度予測装置30が機械学習装置40から取得したクリアランスの予測値及び分布容積の予測値の少なくとも一方は、医療従事者に提示するための各薬物の有効性の根拠として活用され得る。
【0047】
また、上述した通り、薬物血中濃度予測装置30は、機械学習装置40から取得したクリアランスの予測値及び分布容積の予測値の少なくとも一方にコンパートメントモデルを適用して薬物の血中濃度を算出する。
【0048】
これにより、薬物血中濃度予測装置30は、データ記憶装置10から取得する医学的データM、投与量データA及び時間データTの少なくとも一つの数が少ない場合、例えば、数十から数百程度である場合であっても、より高い精度で薬物の血中濃度を出力することができる。
【0049】
さらに、薬物血中濃度予測装置30は、血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値を起点とする誤差逆伝播法により機械学習装置40が備えるニューラルネットワークに含まれるシナプスに割り当てられている重みを更新する。
【0050】
これにより、薬物血中濃度予測装置30は、科学的に妥当な過程を経て算出されている薬物の血中濃度の予測値を起点とする誤差逆伝搬法により機械学習装置40を精度良く学習させることができる。さらに、薬物血中濃度予測装置30は、誤差逆伝搬法による学習を経た機械学習装置40を使用して更に高い精度で薬物の血中濃度を算出することができるようになる。
【0051】
次に、図3から図6を参照しながら、薬物血中濃度予測装置30が出力する血中濃度予測データにより示される薬物の血中濃度の精度の具体例を説明する。
【0052】
図3は、本発明の実施形態に係る被検体に投与された薬物の血中濃度の実測値の経時的な変化の一例を示す図である。図3は、横軸が被検体に投与されてから経過した時間を表しており、縦軸が薬物の血中濃度の実測値を表しており、36名の患者から取得された89個のデータを含んでいる。また、薬物の血中濃度の実測値は、被検体から採取された血液中の薬物の濃度を測定することにより取得される。
【0053】
図4は、図3に示されている血中濃度の実測値と、母集団薬物動態モデルを使用して導出された血中濃度の予測値との相関の一例を示す図である。図4は、横軸が薬物の血中濃度の予測値を表しており、縦軸が薬物の血中濃度の実測値を表している。また、図4に示した直線Lは、薬物の血中濃度の予測値と薬物の血中濃度の実測値とが一致している点の集合である。さらに、図4を作成するために使用された母集団薬物動態モデルでは、吸収速度定数が0.67[(Ka)(h-1)]で一定であり、クリアランスが17.80×(被検体の年齢/60)-0.269×(被検体の体重/46.9)0.408[(CL/F)(L/h)]であり、分布容積が98.00[(Vd/F)(L)]である条件が採用されている。なお、当該母集団薬物動態モデルでは、投稿論文「Tsuji Y, Iwanaga N, Mizoguchi A, Sonemoto E, Hiraki Y, Ota Y, Kasai H, Yukawa E, Ueki Y, To H, Population pharmacokinetic approach for low dose cyclosporine in patients with connective tissue diseases, Biol Pharm Bull 38(9), 1265-1271, 2015」に掲載されているデータが使用されている。
【0054】
図4に含まれるデータは、概ね直線Lの周辺に密集しており、二乗平均平方根誤差(RMSE:Root Mean Squared Error)が41.1[ng/mL]である。したがって、母集団薬物動態モデルは、薬物の血中濃度を比較的高い精度で予測しているといえる。なお、図4のうち薬物の血中濃度の実測値が550[ng/mL]以上の領域に含まれているデータ、すなわち破線Bで囲まれているデータは、他の領域に含まれているデータと比較して直線Lに密集していない。これは、被検体に薬物を投与してから経過した時間が短い場合、薬物を吸収する器官まで薬物が輸送される速度、当該器官で薬物が吸収される速度が被検体によって異なることにより、薬物の血中濃度の実測値のばらつきが大きくなることによる。
【0055】
図5は、血中濃度の実測値と、本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測装置が誤差逆伝搬法を使用せずに出力した血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値との相関の一例を示す図である。図5は、横軸が薬物の血中濃度の予測値を表しており、縦軸が薬物の血中濃度の実測値を表している。また、図5に示した直線Lは、図4に示した直線Lと同様に、薬物の血中濃度の予測値と薬物の血中濃度の実測値とが一致している点の集合である。
【0056】
図5に含まれるデータは、概ね直線Lの周辺に集まっており、二乗平均平方根誤差が36.5[ng/mL]である。また、図5に含まれるデータを図4に含まれるデータと比較すると、薬物の血中濃度の実測値が550[ng/mL]以上の領域に含まれているデータ、すなわち破線Bで囲まれているデータを含めて概ね一致している。したがって、薬物血中濃度予測装置30は、重み更新部35による処理を実行せずに予測する場合であっても、母集団薬物動態モデルを使用して予測する場合よりも高い精度で薬物の血中濃度の実測値を予測することができるといえる。
【0057】
図6は、血中濃度の実測値と、本発明の実施形態に係る薬物血中濃度予測装置が誤差逆伝搬法を使用して出力した血中濃度予測データにより示される血中濃度の予測値との相関の一例を示す図である。図6は、横軸が薬物の血中濃度の予測値を表しており、縦軸が薬物の血中濃度の実測値を表している。また、図6に示した直線Lは、図4及び図5に示した直線Lと同様に、薬物の血中濃度の予測値と薬物の血中濃度の実測値とが一致している点の集合である。
【0058】
図6に含まれるデータは、概ね直線Lの周辺に集まっており、二乗平均平方根誤差が30.2[ng/mL]である。また、図6に含まれるデータを図4に含まれるデータと比較すると、薬物の血中濃度の実測値が550[ng/mL]以上の領域に含まれているデータ、すなわち破線Bで囲まれているデータを含めて概ね一致している。さらに、薬物の血中濃度の実測値が550[ng/mL]以上の領域において、図6に含まれるデータを図4に含まれるデータ及び図5に含まれるデータを比較すると、図6に含まれるデータは、図4に含まれるデータ及び図5に含まれるデータよりも直線Lに密集している。したがって、薬物血中濃度予測装置30は、重み更新部35による処理を実行した場合、母集団薬物動態モデルを使用して予測する場合及び重み更新部35による処理を実行しない場合よりも高い精度で薬物の血中濃度の実測値を予測することができるといえる。
【0059】
なお、上述した実施形態では、薬物血中濃度予測システム1が擬似データ生成装置20を備える場合を例に挙げて説明したが、これに限定されない。薬物血中濃度予測システム1は、擬似データ生成装置20を備えていなくてもよい。この場合、医学的データM、投与量データA及び時間データTは、いずれも実データのみを含むこととなる。
【0060】
また、上述した実施形態では、薬物血中濃度予測装置30が血中濃度予測データを出力する場合を例に挙げたが、これに限定されない。薬物血中濃度予測装置30は、血中濃度予測データだけではなく、血中濃度予測データにより示される薬物の血中濃度に対する医学的データM、投与量データA及び時間データTの少なくとも一つに含まれる項目の寄与率を表すデータを出力してもよい。また、薬物血中濃度予測装置30は、当該項目の寄与率を表すデータを使用して作成されたヒートマップを出力してもよい。
【0061】
また、擬似データ生成装置20、薬物血中濃度予測装置30又は機械学習装置40が有する機能の少なくとも一部は、LSI(Large Scale Integration)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、GPU(Graphics Processing Unit)等の回路部(circuitry)を含むハードウェアにより実現されてもよい。
【0062】
また、擬似データ生成装置20、薬物血中濃度予測装置30又は機械学習装置40が有する機能の少なくとも一部は、これらのハードウェアとソフトウェアとの協働により実現されてもよい。
【0063】
当該ソフトウェアは、例えば、非一過性の記憶媒体を備える記憶装置に格納されており、擬似データ生成装置20、薬物血中濃度予測装置30又は機械学習装置40により読み出され、実行されてもよい。当該記憶装置は、例えば、ハードディスクドライブ(HDD:Hard Disk Drive)、ソリッドステートドライブ(SSD:Solid State Drive)である。
【0064】
或いは、当該ソフトウェアは、着脱可能な非一過性の記憶媒体を備える記憶装置に格納されており、擬似データ生成装置20、薬物血中濃度予測装置30又は機械学習装置40により読み出され、実行されてもよい。当該記憶装置は、例えば、DVD、CD-ROMである。
【0065】
また、上述した実施形態では、データ記憶装置10と、擬似データ生成装置20、薬物血中濃度予測装置30又は機械学習装置40とが別々の装置である場合を例に挙げて説明したが、これに限定されない。例えば、データ記憶装置10、擬似データ生成装置20、薬物血中濃度予測装置30及び機械学習装置40のうちの少なくとも二つが一体の装置として構成されていてもよい。また、データ記憶装置10が有する機能の一部を実現する装置、擬似データ生成装置20が有する機能の一部を実現する装置、薬物血中濃度予測装置30が有する機能の一部を実現する装置及び機械学習装置40有する機能の一部を実現する装置のうちの少なくとも二つが一体の装置として構成されていてもよい。
【0066】
以上、本発明の実施形態について図面を参照しながら詳述したが、本発明の実施形態は、上述した形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変形、置換及び設計変更の少なくとも一つが付加され得る。
【符号の説明】
【0067】
1…薬物血中濃度予測システム、10…データ記憶装置、20…擬似データ生成装置、30…薬物血中濃度予測装置、31…予測データ取得部、32…投与量データ取得部、33…時間データ取得部、34…血中濃度予測部、35…重み更新部、40…機械学習装置、R…実データ、Q…擬似データ
図1
図2
図3
図4
図5
図6