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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】リン酸エステル化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 9/09 20060101AFI20240329BHJP
   C07F 9/40 20060101ALI20240329BHJP
   C07F 9/32 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
C07F9/09 Z
C07F9/40 Z
C07F9/32
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020041821
(22)【出願日】2020-03-11
(65)【公開番号】P2021143139
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2022-12-28
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永縄 友規
(72)【発明者】
【氏名】中島 裕美子
【審査官】澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-216091(JP,A)
【文献】国際公開第2013/028689(WO,A1)
【文献】Journal of Organometallic Chemistry,2002年,vol.643-644,pp.154-163
【文献】Org. Lett.,2000年,2(21),pp.3341-3344
【文献】Comptes Rendus Chimie,2004年,7(8-9),pp.763-768
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAPlus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オルトリン酸、オルトリン酸の無水物、ホスホン酸、ホスホン酸の無水物、および式(A)で表される二置換ホスフィン酸からなる群から選択されるリン酸化合物と、アルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランまたはシロキサン化合物とを、150~250℃で反応させる、リン酸エステル化合物の製造方法。
【化1】
(式中、Xは、それぞれ独立して、炭素数1~20の直鎖状または分岐したアルキル基またはアリール基である。)
【請求項2】
媒の非存在下で行なう、請求項1に記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
【請求項3】
リン酸化合物をリン酸化合物水溶液で使用する、請求項1または2に記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
【請求項4】
リン酸化合物が溶解する有機溶媒中で行なう、請求項1ないしのいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
【請求項5】
リン酸化合物とアルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランまたはシロキサン化合物の使用割合が、モル比で1:1~10の範囲である、請求項1ないしのいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
【請求項6】
リン酸化合物がオルトリン酸である、請求項1ないしのいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
【請求項7】
アルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランが、オルトケイ酸テトラアルキルあるいはオルトケイ酸テトラアリールである、請求項1ないしのいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オルトリン酸などのリン酸化合物をエステル化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機リン化合物のひとつであるリン酸エステル(PO(OR))は、エステル部の有機基Rの構造により多様な物性を持った化学製品として、各種樹脂の難燃剤、可塑剤、安定剤など用途に応じて使い分けられている。近年の自動車産業、電子部品産業の技術革新に伴い、樹脂に要求される性能も年々高度化しており、樹脂添加剤としてのリン酸エステル化合物の開発およびその製造方法の改良が切望されている。
【0003】
一般的なリン酸エステルの工業的製造方法としては、まず黄リン(P)と塩素との反応から三塩化リン(PCl)を製造し、それを酸素で酸化することによりオキシ塩化リン(POCl)へと導いたのちに、アルコールで処理することによって目的とするリン酸エステルを得る方法(特許文献1-4、非特許文献1)がある。
【0004】
しかしながら、黄リン、三塩化リン、オキシ塩化リンは全てが法令上毒物に指定されており、自然発火性、刺激性、発煙性などのため取扱いが容易でない化合物であることから、より安全なリン酸エステルの合成法が望まれている。特に肥料などとして一般的に利用されるオルトリン酸(PO(OH))は、安価で入手容易なリン化合物であり、これを出発原料としてリン酸エステルへと変換できれば、それだけで従来法よりも優れた手法となる。オルトリン酸とアルコールの脱水エステル化反応に有効な触媒は少数例見出されているが(非特許文献2-4)、モノエステルのみ製造可能であり、工業製品としてより有用なトリエステル(PO(OR))の製造法についてはほぼ例がない。
【0005】
また、リン原子に有機基Rあるいは水素Hを含むホスホン酸(XPO(OH))(Xは、有機基Rまたは水素Hである。)やホスフィン酸(XPO(OH))のエステル化については、オルトケイ酸エステルを用いる手法(非特許文献5、6)、塩化シリカを用いる手法(非特許文献7)、塩基存在下でアルキル化を行う手法(非特許文献8)、または銅触媒を用いる空気酸化的エステル化反応(非特許文献9)などの先行例が複数報告されているが、より酸性度が高いオルトリン酸を直接原料としてリン酸エステルを製造する方法は、今のところ報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-310593号公報
【文献】特開2000-095786号公報
【文献】特開2000-128890号公報
【文献】特開2000-351789号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】大竹久夫ら編「リンの事典」朝倉書店(2017)
【文献】K. Ishihara et al. Org. Lett. (2005) Vol.7, p.1999-2002
【文献】K. Ishihara et al. Green. Chem. (2007) Vol.9, p.1166-1169
【文献】K. Ishihara et al. Angew. Chem. Int. Ed. (2007) Vol.46, p.1423-1426
【文献】J. L. Montchamp et al. Org. Lett. (2000) Vol.2, p.3341-3344
【文献】J. L. Montchamp et al. J. Organomet. Chem. (2002) Vol.643-644, p.154-163
【文献】M. P. Kaushik et al. Tetrahedron Lett. (2006), Vol.47, p.3107-3109
【文献】S. F. Yin et al. Tetrahedron (2014) Vol.70, p.9057-9063
【文献】S. F. Yin et al. ACS Catal. (2015) Vol.5, p.537-543
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、オルトリン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、およびこれらの無水物からなる群から選択されるリン酸化合物を原料として、直接対応するリン酸エステル化合物を製造する方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、オルトリン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、およびこれらの無水物からなる群から選択されるリン酸化合物を水溶液として使用し、シロキサン化合物や有機シラン化合物、特にオルトケイ酸エステルと加熱反応させることにより、触媒を要することなく対応するリン酸エステルを効率良く製造できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、下記(1)~(9)のリン酸エステル化合物の製造方法に関する。
(1)オルトリン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、およびこれらの無水物からなる群から選択されるリン酸化合物と、アルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランまたはシロキサン化合物とを反応させる、リン酸エステル化合物の製造方法。
(2)加熱条件下、触媒の非存在下で行なう、上記(1)に記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
(3)前記加熱条件下の反応温度が100~250℃である、上記(2)に記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
(4)リン酸化合物をリン酸化合物水溶液で使用する、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
(5)リン酸化合物が溶解する有機溶媒中で行なう、上記(1)ないし(4)のいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
(6)リン酸化合物とアルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランまたはシロキサン化合物の使用割合が、モル比で1:1~10の範囲である、上記(1)ないし(5)のいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
(7)リン酸化合物がオルトリン酸である、上記(1)ないし(6)のいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
(8)アルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランが、オルトケイ酸テトラアルキルあるいはオルトケイ酸テトラアリールである、上記(1)ないし(7)のいずれかに記載のリン酸エステル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、自然発火性で毒物である黄リンをリン源とすることなく、取扱い性に優れ安定した化合物であるオルトリン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、およびこれらの無水物からなる群から選択されるリン酸化合物を原料として、触媒を用いることなく一段階反応で、対応するリン酸エステル化合物を製造することが可能となる。
【0012】
特に、オルトリン酸を原料に使用すれば、安定で安価なオルトリン酸水溶液から、各種樹脂の難燃剤、可塑剤、安定剤など種々の用途に使われる高付加価値なリン酸エステルを安価に安定して製造することができるという工業的にも優れた方法である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、無機または有機リン酸化合物と、アルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランまたはシロキサン化合物とから、一段階反応でリン酸エステル化合物を製造することを特徴とする。
【0014】
本発明の製造方法において出発物質として用いる無機または有機リン酸化合物は、オルトリン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、またはこれらの無水物から選択される一つのリン酸化合物が挙げられる。これらの無水物としては、オルトリン酸の無水物であるピロリン酸、ホスホン酸の無水物、ホシフィン酸の無水物がある。
いずれのリン酸化合物からも対応するリン酸エステル化合物を製造することができ、得られるリン酸エステル化合物は、オルトリン酸を原料とする場合、オルトリン酸モノ、ジ、およびトリエステルの3種のうち、少なくとも2種以上の混合物が生成物として得られる。同様に、ホスホン酸を原料とすると、ホスホン酸モノおよびジエステルの混合物が、ホスフィン酸を原料とすると、ホスフィン酸モノエステルが生成物として得られる。
原料として入手が容易で安価であることからは、オルトリン酸が好適に用いられるが、どのリン酸化合物を原料としても、対応するリン酸エステルを生成することが可能である。
【0015】
【化1】
【化2】
【化3】
(式中、Xは、有機基Rまたは水素Hであり、Rは、炭素数1~20の直鎖状または分岐したアルキル基またはアリール基である。)
【0016】
原料としてのリン酸化合物は、有機溶媒に溶かした状態で使用すると、反応性が高まる。リン酸化合物の飽和濃度に近い水溶液を用いることも可能であり、たとえばオルトリン酸を用いる場合には、85%水溶液として用いるとよい。上記反応はリン酸化合物とアルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランを混合させるだけで進行するが、必要に応じて触媒(金属ルイス酸や有機塩基)や脱水剤(モレキュラーシーブやシリカゲル)など各種添加物を共存させてもよい。
【0017】
原料のリン酸化合物から一段階反応でリン酸エステルを製造するために、アルコキシ基あるいはアリールオキシ基を有する有機シランまたはシロキサン化合物を用いる。アルコキシ基を有する有機シランとしては、アルキルが炭素数1~20の直鎖状または分岐したアルキルであるオルトケイ酸テトラアルキル、モノアルキルトリアルコキシシラン、ジアルキルジアルコキシシラン等が挙げられる。アルキル基にヘテロ原子を含んでいてもよい。特に、オルトケイ酸テトラアルキルのうちアルキルの炭素数が1~5のオルトケイ酸テトラメチル、オルトケイ酸テトラエチル、オルトケイ酸テトラプロピル、オルトケイ酸テトラブチル、オルトケイ酸テトラペンチルが好ましく用いられる。
アリールオキシ基を有する有機シランとしては、オルトケイ酸テトラアリールが好ましく、また、シロキサン化合物としては、Rがアルキル基、アリール基の有機シロキサン化合物、とくにヘキサアルコキシジシロキサンが好ましい。
【0018】
オルトケイ酸テトラアルキルを用いる場合、その使用割合はモル比でリン酸化合物1に対して、約1~10の範囲が好適である。リン酸化合物を水溶液で用いる場合には、オルトケイ酸テトラアルキルが水と反応することで部分的に二酸化ケイ素(シリカ)となるため、モル比でリン酸化合物1に対してオルトケイ酸テトラアルキルを3以上の過剰に用いるとよい。
【0019】
本発明の反応の反応性を高めるために、有機溶媒を使用することが好ましい。リン酸化合物が溶解する有機溶媒であればよいが、特にジメチルホルムアミド(N,N-dimethylformamide:DMF)またはジメチルアセトアミド(N,N-dimethylacetamide:DMAc)が好ましい。
【0020】
本発明の反応は、例えば、反応容器中のリン酸化合物水溶液に対して、空気雰囲気下で有機溶媒とオルトケイ酸テトラアルキルを適量加え、密閉した反応混合物を加熱攪拌して行うことが好ましい。
本発明の加熱条件下での反応温度は、100℃~250℃程度であればよく、より好ましくは150℃~200℃の範囲である。
反応時間は、製造規模や製造されるリン酸エステルの量などに応じた任意の時間を採用できるが、5~24時間程度で行うことができる。
【0021】
生じる反応生成物を室温で冷却し、必要に応じて水、アルカリ性水溶液または酸性水溶液にて洗浄、中和してから、精製工程を経て製品化する。精製工程としては、減圧蒸留、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等を適用できる。
【0022】
以下、実施例を用いて本発明の製造方法の一例を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。収率の%はモル%を示す。
【実施例
【0023】
(実施例1)
空気雰囲気下で、ねじ口試験管内に85重量%オルトリン酸水溶液57.6mg(0.5mmol)に、表1に示す各種溶媒を0.50mLと、オルトケイ酸テトラエチル0.30mL(2.0mmol)を加えた後、混合物を密閉して150℃または200℃で加熱撹拌した。15時間後に反応混合物を室温に戻し、内部標準物質であるメチルホスホン酸ジメチル53.3μLを加え、31P NMRを測定することで、目的とするヒドロシリル化体の収率を決定した。
【0024】
上記反応を下記式(4)で表した。生成物のうち、1はオルトリン酸モノエチルエステル、2はオルトリン酸ジエチルエステル、3はオルトリン酸モノエチルエステルであり、これらの2種以上の混合物が反応により生成された。1~3の各リン酸エステルの収率を以下の表1に示す。
【化4】
【0025】
【表1】
【0026】
(実施例2)
下記式(5)のように、有機溶媒をジメチルホルムアミド(N,N-dimethylformamide:DMF)とし、オルトケイ酸テトラアルキルを、それぞれオルトケイ酸テトラメチル、オルトケイ酸テトラエチル、オルトケイ酸テトラブチル、オルトケイ酸テトライソプロピル、またはオルトケイ酸テトラエプロピルとし、反応温度を180℃とし、それ以外は実施例1と同じ条件と方法で、85重量%オルトリン酸水溶液と反応させた。混合物として生成された各リン酸エステル4~6の収率を決定し、その結果を以下の表2に示す。
【0027】
【化5】
【0028】
【表2】
【0029】
(実施例3)
下記式(6)のように、出発原料であるリン酸化合物をフェニルホスホン酸とし、オルトケイ酸テトラアルキルをオルトケイ酸テトラエチルとした以外は、実施例2と同じ条件と方法で反応させた。混合物として生成された7のフェニルホスホン酸モノエチルエステルと8のフェニルホスホン酸ジエチルエステルのそれぞれの収率を決定した。結果を以下の表3に示す。
【0030】
【化6】
【0031】
【表3】
【0032】
(実施例4)
下記式(7)のように、出発原料であるリン酸化合物をジフェニルホスフィン酸とした以外は、実施例3と同じ条件と方法で反応させて、生成された9のジフェニルホスフィン酸モノエチルエステルの収率を決定した。結果を以下の表4に示す。
【0033】
【化7】
【0034】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のリン酸エステル化合物の製造方法は、種々のリン酸化合物を出発原料とでき、しかも、触媒無しに一段階反応でリン酸エステル化合物を生成できる優れた製造方法である。
また、世界的にリン資源の将来的な枯渇が懸念されており、汚泥や焼却灰など産業界から排出されたリン資源を循環利用することが重要な課題になっている。これら再生リン資源の多くは最終的にオルトリン酸水溶液やリン酸金属塩の形として回収されるため、それらリン酸化合物を高付加価値なリン酸エステルへと直接的に変換する手法は、持続可能な発展をめざす将来的に重要な技術となる可能性がある。