(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-29
(45)【発行日】2024-04-08
(54)【発明の名称】無色・高透明且つ形状記憶更新が可能な形状記憶架橋ポリエステル樹脂およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08G 59/68 20060101AFI20240401BHJP
C08L 63/00 20060101ALI20240401BHJP
C08K 5/57 20060101ALI20240401BHJP
C08G 59/40 20060101ALI20240401BHJP
C08G 63/68 20060101ALI20240401BHJP
【FI】
C08G59/68
C08L63/00 C
C08K5/57
C08G59/40
C08G63/68
(21)【出願番号】P 2020083386
(22)【出願日】2020-05-11
【審査請求日】2023-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100173428
【氏名又は名称】藤谷 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】林 幹大
(72)【発明者】
【氏名】片山 精
【審査官】内田 靖恵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/045439(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G59
C08L63
C08K5
C08G63
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エステル結合を多点で含む高分子主鎖と、フリーOH基を含む多点の共有結合架橋部分と、エステル交換触媒
としての2-エチルヘキサン酸すず(II)と、を含
み、
多官能性エステル結合含有化合物と、多官能性エポキシ架橋剤と、前記2-エチルヘキサン酸すず(II)を混合し、加熱して架橋することにより得られるものであり、
前記多官能性エステル結合含有化合物の官能基はチオール基、カルボン酸基又はアミノ基であり、
架橋後の網目構造におけるチオール基、カルボン酸基又はアミノ基に対する2-エチルヘキサン酸すず(II)のモル比は、1mol%~9mol%であることを特徴とする形状記憶架橋ポリエステル樹脂。
【請求項2】
チオール基、カルボン酸基又はアミノ基を有する多官能性エステル結合含有化合物と、多官能性エポキシ架橋剤と、エステル交換触媒
としての2-エチルヘキサン酸すず(II)を混合し、加熱して架橋する
工程を有し、
架橋後の網目構造におけるチオール基、カルボン酸基又はアミノ基に対する2-エチルヘキサン酸すず(II)のモル比は、1mol%~9mol%であることにより得られることを特徴とする形状記憶架橋ポリエステル樹脂の製造方法。
【請求項3】
前記チオール基:前記多官能性エポキシ架橋剤のエポキシ基は、1:0.5~1:1.5であることを特徴とする
請求項2に記載の形状記憶架橋ポリエステル樹脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無色・高透明且つ形状記憶更新が可能な形状記憶架橋ポリエステル樹脂及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料は、ガラス転移点や融点などの軟化温度を境に、ガラス状態と溶融状態との間を熱可逆的に転移する。未架橋高分子は溶融状態へ転移すると流動してしまうが、高分子鎖を架橋した場合、その流動が抑制され、ゴム状態となる。架橋樹脂を変形させると、エネルギー的に不安定な網目構造となるが、加熱によりエネルギーを与えゴム状態へ転移させた際、未変形状態の安定網目構造へと回復する。
【0003】
特許文献1には、略直線形状の乳酸系ポリマーの糸からなり、所定温度以上に加熱すると、外力を加えなくてもその糸が記憶した所定のステントに関するが、形状記憶材料としては、ポリエステル系等の合成ポリマーと記載されているが、具体的なポリエステルの構造の記載はない。
【0004】
非特許文献1には、ポリエステルを構成ポリマーとし、エステル交換反応に基づく結合交換架橋について記述がある。非特許文献1には、形状記憶および形状記憶更新に関する記述はない。また、非特許文献2には、エステル交換反応に基づく結合交換架橋性材料の調製について記述がある。非特許文献2には、形状記憶および形状記憶更新、さらに無色・高透明材料調製についての記述はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Mikiho Hayashi, et al., Polymer Chemistry.10(16) 2047-2056, 2019
【文献】Ludwik Leibler, et al., Science. 334, 965-968, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述した加熱によりエネルギーを与えゴム状態へ転移させた際、未変形状態の安定網目構造へと回復することに伴い、高分子材料は巨視的には未変形状態の形を取り戻す。従来の形状記憶樹脂の調製には、ほとんどの場合、永久寿命を伴う化学架橋が用いられており、「その記憶形状を除去し、さらに記憶更新させること」は不可能であること。さらに、「通常のエポキシ樹脂は黄色や茶色の着色物であるため、意匠性に難点があること。」という問題があった。
【0008】
本発明の課題は、高分子材料の結合交換型動的共有結合性架橋に着目し、架橋結合の交換によって、形状記憶更新が可能となり、その上で、実用への展開も考慮し、比較的温和な反応条件で調製可能であり、無色且つ高透明試料が得られる分子設計、そしてその分子設計による形状記憶架橋ポリエステル樹脂およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)エステル結合を多点で含む高分子主鎖と、フリーOH基を含む多点の共有結合架橋部分と、エステル交換触媒としての2-エチルヘキサン酸すず(II)と、を含み、
多官能性エステル結合含有化合物と、多官能性エポキシ架橋剤と、前記2-エチルヘキサン酸すず(II)を混合し、加熱して架橋することにより得られるものであり、
前記多官能性エステル結合含有化合物の官能基はチオール基、カルボン酸基又はアミノ基であり、
架橋後の網目構造におけるチオール基、カルボン酸基又はアミノ基に対する2-エチルヘキサン酸すず(II)のモル比は、1mol%~9mol%であることを特徴とする形状記憶架橋ポリエステル樹脂である。
(2)チオール基、カルボン酸基又はアミノ基を有する多官能性エステル結合含有化合物と、多官能性エポキシ架橋剤と、エステル交換触媒としての2-エチルヘキサン酸すず(II)を混合し、加熱して架橋する工程を有し、
架橋後の網目構造におけるチオール基、カルボン酸基又はアミノ基に対する2-エチルヘキサン酸すず(II)のモル比は、1mol%~9mol%であることにより得られることを特徴とする形状記憶架橋ポリエステル樹脂の製造方法である。
(3)前記チオール基:前記エポキシ架橋剤のエポキシ基=1:0.5~1:1.5であることを特徴とする(2)に記載の形状記憶架橋ポリエステル樹脂の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明による高分子材料(形状記憶架橋ポリエステル樹脂)は形状記憶更新が可能であり、その上で、実用への展開も考慮し、比較的温和な反応条件で調製可能であり、無色且つ高透明であるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一つの実施態様である形状記憶架橋ポリエステル樹脂を得る概略図であって、(A)トリメチロールプロパントリス(3-メルカプトプロピオナート)(Tri-SH)と(B)ビスフェノール A ジグリシジルエーテル(Di-epoxy)を(C)2-エチルヘキサン酸すず(II)を触媒として反応させて(D)架橋ポリエステル樹脂を得る合成スキームを示した図である。
【
図2】(A)実施例1、(B)~(E)比較例2~5の透明性の外観を、それぞれ示した図である。
【
図3】実施例1に対するDSCチャートを示した図である。
【
図4】実施例1に対する温度分散粘弾性測定の結果を示した図である。
【
図5】実施例1に対する応力―ひずみ曲線を示した図である。
【
図6】実施例1に対する透過率測定の結果を示した図である。
【
図7】実施例1に対する線膨張率試験測定の結果を示した図である。
【
図8】実施例1に対する170℃~200℃での応力緩和測定の結果を示した図である。
【
図9】実施例1に対する85℃での応力緩和スペクトルを示した図である。
【
図10】実施例1の形状記憶特性の巨視的な様子について、その説明を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
上記課題について、具体的には、エステル結合を含む多官能性チオール化合物と、多官能性エポキシ化合物を、エステル交換触媒存在下で反応させ、OH基とエステル結合を含む架橋網目構造を形成させる。高温でエステル交換反応が活性化することで、初期の網目構造からのトポロジー変化が起き、初期網目構造の記憶が除去される。これにより、形状記憶更新が可能となる。その上で、実用への展開も考慮し、比較的温和な反応条件で調製可能であり、無色且つ高透明試料が得られる分子設計とした。
【0013】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0014】
図1に(A)トリメチロールプロパントリス(3-メルカプトプロピオナート)(Tri-SH)と(B)ビスフェノール A ジグリシジルエーテルを(C)2-エチルヘキサン酸すず(II)を触媒として反応させて(D)架橋ポリエステル樹脂1を得る合成スキームの概略を示した。このように本合成は、モノマー化合物の混合と加熱によりワンステップで調製することが可能であり、生産の効率性という点で優位性がある
【0015】
多官能性エステル結合含有化合物(A)としてTrimethylolpropane Tris(3-mercaptopropionate)(Tri-SH)を、多官能性エポキシ化合物(B)としてBisphenol A diglycidyl ether(Di-epoxy)を用いた。これらは、触媒存在下においてチオールーエポキシ間のクリック反応により高効率で反応する。反応触媒(C)としては、2-エチルヘキサン酸すず(II)を用いた。なお、2-エチルヘキサン酸すず(II)はエステル交換触媒としても作用する。
多官能性エステル結合含有化合物が好ましいのは、重合とともに架橋反応が進行するためワンポット調製が可能になることや、エステル結合を含むことにより網目内でエステル交換反応が進行させられるためである。また、多官能性エステル結合含有化合物の官能基はチオール基が好ましいのは、エポキシ基とのクリック反応(クリック反応:等モル量での反応条件において、反応がほぼ100%の転化率で反応するもの)が進行し、高収率で試料が調製できるためである。チオール基以外には、カルボン酸基やアミノ基等がある。エポキシ基との反応性の観点からである。多官能性エステル結合含有化合物としては、重合と架橋を同時に進行させられる調製効率の観点から、3官能性(3分岐)、4官能性(4分岐)又は6官能性(6分岐)等エステル結合含有化合物が好ましく、3官能性エステル結合含有化合物が特に好ましい。
一方、多官能性エポキシ化合物としては、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテルや1,7-オクタジエンジエポキシド等を使用してもよい。多官能性エポキシ化合物であり、チオール基などとの反応性の観点からである。また、エステル交換触媒は、形状記憶架橋ポリエステル樹脂の透明性・均一性・着色性の観点から、錫化合物が好ましい。
【0016】
本発明の一実施態様である形状記憶架橋ポリエステル樹脂(1)は、エステル結合(2)を多点で含む高分子主鎖(6)と、チオエーテル架橋点(4)とフリーOH基(3)を含む多点の共有結合架橋部分(7)、及びエステル交換触媒(5)を含む。フリーOH基(フリーの水酸基)(3)とは、高分子主鎖(6)のエステル結合(2)に含まれておらず、且ついかなる官能基とも反応していない水酸基のことである。フリーOH基を網目構造中に多点で含む架橋部分とは共有結合架橋部分(7)がフリーOH基(3)を多点で含むということであって、すなわちフリーOH基(3)は、高分子架橋網目中に部分的に含まれることになる。
【0017】
図1(F)に示すように、フリーOH基(3)が、その付近に存在するエステル交換触媒(5)の作用により、付近に存在する多数のエステル結合のうちの一つのエステル結合のC-0結合をアタックすることによって、エステル交換反応が起こるのである。そして、そのエステル交換反応が、高温で連続的に進行することにより、初期網目構造の記憶が消去される。本交換反応中では、架橋結合が消失することはなく、試料が急激に流動することはない。その際、初期形状と異なる形状で固定しながら高温で保持することで、初期形状と異なる形状が新しい平衡形状となり、この新しい平衡形状を記憶する形状記憶材料が得られる。
なお、同(E)には、チオール基とエポキシ基間のエポキシ開環反応の模式図を示した。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
Tri-SH(トリメチルロールプロパントリス(3-メルカプトプロピオネート))とDi-epoxy(ビスフェノール A ジグリシジルエーテル)をチオール:エポキシ=1:1となるように量り、2-エチルヘキサン酸すず(II)を添加して均一になるよう混合した。2-エチルヘキサン酸すず(II)はチオール基に対して5mol%とした。反応は、オーブンを用いて、120℃、2hで行った(実施例1)。
重合と同時に架橋網目を得る観点から、チオール:エポキシ=1:0.5~1:1.5が好ましく、1:0.8~1:1.2がより好ましい。
実施例1では、
図2(A)に示すように、反応後は無色且つ高透明な架橋試料が得られた。同(A)では、白地の紙に黒字で「NI tech」と書かれたその紙の上に実施例1の試料を置いても、「NITech」の文字は、その試料を置いていない部分と同程度にクリアに見えた。膨潤試験の結果、未反応物割合(ゾル成分)はほぼ0%であった。
【0019】
図2(B)~(E)に比較例を示した。触媒である2-エチルヘキサン酸すず(II)を用いずに同様の反応を行った場合、架橋試料は得られなかった(比較例1、写真不記載)。その他、触媒として酢酸亜鉛を用いた試料(
図2(B)、比較例2)およびTBD(1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン)を用いた試料(同(C)、比較例3))では、架橋は進行したものの、不均一で白濁した試料となった。これらの結果から、2-エチルヘキサン酸すず(II)を用いることが、無色且つ高透明な試料を得るためにより好ましい。また、2-エチルヘキサン酸すず(II)を用いた場合でも、チオール基に対して10mol%(同(D)、比較例4)や20mol%(同(E)比較例5)を添加した場合、試料は共に白濁していた。この結果から、触媒量も無色且つ高透明な試料を得るために重要であると言える。その観点から、触媒が例えば2-エチルヘキサン酸すず(II)である場合、触媒はチオール基に対して1mol%~9mol%が好ましく、3mol%~7mol%がより好ましい。上記の試料(実施例)について、ほぼ無色透明であるため、意匠性の点でも優位性がある。
【0020】
架橋網目を得る観点から、チオール基:多官能性エポキシ架橋剤のエポキシ基は、1:0.5~1:1.5が好ましく、1:0.8~1:1.2がより好ましい。
【0021】
(DSC測定)
図3には、実施例1に対するDSC測定結果であるDSCチャートを示した(昇温過程)。
図3の「▽」で示したTgの値は、約27℃であった。その測定条件は次のようであった。DSC7020(HITACHI HighTech)を用いて、-60℃から200℃の範囲で測定した。N
2ガス雰囲気下で、温度変化速度10℃/minで行った。
【0022】
(温度分散粘弾性測定)
図4には、実施例1に対する温度分散粘弾性測定の結果を示した。その結果は貯蔵弾性率(E’)と損失正接tanδの温度依存性を示した。セグメント緩和に由来するtanδピークが約45℃で見られている。このピーク領域より低温側では試料(実施例1)はガラス状態にあり、高温側ではゴム状態にあることが分かった。
なお、測定条件は次のようであった。DMS6100(HITACHI HighTech)を用いて、-50℃から200℃の範囲で測定した。N
2ガス雰囲気下で、温度変化速度5℃/minで行った。測定周波数は20Hzで、ひずみは0.1%である。用いた試料は幅4mm、厚み0.5mm、長さ20mmの短冊試料であった。
【0023】
(引っ張り試験)
図5には、実施例1に対する応力―ひずみ曲線を示した。縦軸は公称応力、横軸は公称ひずみである。ひずみ3%で求めたヤング率は0.6GPa、降伏応力は26.6MPa、破断伸びは70%であった。
なお、測定条件は次のようであった。AGS-500NX(SHIMADZU)を用いて、室温で測定した。引っ張り試験速度は100mm/minであった。用いた試料は、厚み0.5mm、ゲージ幅4mm、ゲージ長さ13mmのドッグボーン試料であった。
【0024】
(透明度測定)
図6に、実施例1に対する透過率測定の結果を示した。可視光波長領域において、特異的な吸収がなく、これは試料が無色であることを示した。また、全波長領域においておおよそ90%透過率を達成しており、これは試料の透明性が高いことを示した。
なお、測定条件は次のようであった。U-3310 spectrophotometer(HITACHI HighTech)を用いて、室温で測定した。測定波長領域は400-800nmであった。
【0025】
(線膨張率測定)
図7に、実施例1に対する線膨張率試験測定の結果を示した。縦軸は、100℃の試料長(L
100℃)で規格化した試料長(L)である。約150℃より高温側で、一定膨張からの逸脱が観られ、試料が軟化していることがわかる。この軟化は、結合交換の活性化に起因しており、約150℃以上では架橋結合が刻々と交換することがわかる。
なお、測定条件は次のようであった。TMA7100(HITACHI HighTech)を用いて、室温から240℃の範囲で測定した。N
2ガス雰囲気下で、温度変化速度10℃/minで行った。用いた試料は、幅4mm、厚み0.5mm、長さ20mmの短冊試料であった。
【0026】
(応力緩和試験)
図8に、実施例1に対する170℃~200℃での応力緩和測定の結果を示した。縦軸は初期応力(σ
0)で規格化した応力(σ)を示しており、横軸は経過時間を示している。170℃~200℃では著しい応力緩和が観られており、緩和速度は温度上昇とともに速くなっていることがわかる。これは、結合交換速度が温度上昇とともに加速されることに因む。
一方で、
図9に示した実施例1に対する85℃での応力緩和スペクトルでは、応力緩和が進行していない。線膨張率試験では、結合交換が約150℃以上の温度で活性化されることが確認できており、85℃では結合交換が起きていないと考えられる。
【0027】
(形状記憶評価)
形状記憶評価の測定は、DMS6100(HITACHI HighTech)を用いて測定した。N2ガス雰囲気下で、温度変化速度5℃/minで行った。まず、延伸変形を、試料がゴム状態にある85℃で行った。用いた試料は、幅4mm、厚み0.5mm、長さ20mmの短冊試料であった。
試料をひずみ20%まで変形させた後、85℃もしくは180℃で変形を保持した。なお、85℃での保持時間は1hとし、180℃での保持は1h、3h、5hで行った。変形ひずみを保持したまま、固定温度まで試料を冷却した。固定温度は、試料がガラス状態にある-15℃とし、20分試料を保持した。その後、応力を除去し、試料を5℃/minで昇温させた際の試料長の変化を測定した。形状記憶特性は、永久形状へどの程度回復するかを示す形状回復率Rrを指標として評価される。変形温度での変形時のひずみをε1、固定温度での固定後のひずみをε2、形状回復させた後の回復温度(85℃)でのひずみをε3とすれば、Rrは数式1のように定義できる。このうち、Rrは、完全回復であれば100%となり、初期形状への回復力が失われれば0%となる
【0028】
【0029】
表1には、実施例1に対して、各形状保持条件での形状回復率をまとめた。85℃での変形保持温度では、形状回復率R
rは83.1%である。一方で、180℃での変形保持温度では、形状回復率は著しく小さい。また、変形保持時間を長くすると、形状回復率が徐々に減少し、180℃,5hでの形状条件ではほぼ回復が観られていなかった。これは180℃において結合交換が進行し、初期の網目構造の記憶が徐々に除去されていたことを示している。
【表1】
【0030】
図10を用いて、本試料(実施例1)の形状記憶特性の巨視的な様子について説明する。まずは、通常の形状記憶特性について示す(
図10左図)。切込みを入れたO形状の試料を調製した。ゴム状態に熱して、S形状へと変形させ、S形状での変形を0℃で固定した。S形状の試料を温浴(60℃)に浸漬させると、ただちに初期形状であるO形状へと回復した。
次に、形状記憶更新について示す(
図10右図)。切込みを入れたO形状の試料を調製した。ゴム状態に熱して、S形状へと変形させ、S形状での変形を180℃のオーブン内において、耐熱テープを用いて5h保持した。その後、0℃へと徐冷し、S形状を固定した。S形状の試料をドライヤーで温めたところ、O形状へと回復は見られなかった。これは、初期の網目構造の記憶が除去されたことを示している。続いて、S形状の試料をゴム状態に熱しながら、O形状へと変形させた。O形状での変形を0℃で固定した。O形状の試料を温浴(60℃)に浸漬させると、ただちにS形状へと回復した。これらの結果から、初期形状であるO形状が、第二の初期形状であるS形状へと形状記憶更新されたことがわかった。
【0031】
形状記憶更新を有するフィルム等として利用することができる。その特性のため、架橋反応後の再成型可能性、薄膜加工性という特徴がある。
【産業上の利用可能性】
【0032】
記憶更新可能な形状記憶樹脂調製の実証例はほとんどない。そのため、本技術により得られる新規機能性樹脂は、消費者ニーズで所望の形状を記憶可能という点で新しい価値がある。
【符号の説明】
【0033】
1:形状記憶架橋ポリエステル樹脂
2:エステル結合
3:フリーOH基
4:チオエーテル架橋点
5:エステル交換触媒
6:高分子主鎖
7:共有結合架橋部分
8、8A、8B、8C、8D:試料