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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-29
(45)【発行日】2024-04-08
(54)【発明の名称】多成分混合物の物性値の推算方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20240401BHJP
   G01N 33/28 20060101ALI20240401BHJP
【FI】
G01N31/00 A
G01N33/28
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020061626
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2020165976
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-01-18
(31)【優先権主張番号】P 2019069276
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.刊行物名 平成30年度 高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業 事業報告書 2.発行日 平成31年3月29日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、経済産業省、高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人石油エネルギー技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】宮本 真二
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 淳
(72)【発明者】
【氏名】三谷 尚洋
(72)【発明者】
【氏名】早坂 俊明
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-169358(JP,A)
【文献】特表2019-505609(JP,A)
【文献】特開平04-009759(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 31/00ー31/22
G01N 33/28
G01N 1/00- 1/44
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータによる、多成分混合物である重質油の物性値推算方法であって、
(1)JIS K 2249-4:2011に準拠した密度測定、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定、及びJIS K 2207に準拠した動粘度測定からなる群より選択される、多成分混合物を気化させずに分析して、数平均分子量を推算できる物性値を測定する分析手段、並びに、JPI-5S-65、JIS K 2609及びJIS K 2541からなる群より選択される試験方法に準拠して測定される、多成分混合物中の炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を分析する分析手段により、多成分混合物の数平均分子量を推算できる物性値、並びに炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を測定するステップと、
(2)前記ステップ(1)で測定した物性値、炭素濃度、水素濃度、窒素濃度、及び硫黄濃度から、数平均分子量(M)並びに水素数(H)、窒素数(N)及び硫黄数(S)を推算するステップと、
(3)前記ステップ(2)で推算した数平均分子量(M)並びに水素数(H)、窒素数(N)、及び硫黄数(S)から、臨界圧力、臨界温度及び標準沸点を推算するステップと、
(4)前記ステップ(3)で推算した臨界圧力、臨界温度及び標準沸点から、多成分混合物の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力の各物性を推算するステップと、を含み、
前記ステップ(2)において、前記ステップ(1)で得られた密度から密度推算式と臨界温度推算式とを用いて多成分混合物の数平均分子量を推算するか、前記ステップ(1)で得られたゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)による数平均分子量(GPC-M )から多成分混合物の数平均分子量を推算するか、又は、前記ステップ(1)で得られた動粘度から密度推算式と粘度推算式とから多成分混合物の数平均分子量を推算する、
ことを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記ステップ(1)で得られた数平均分子量を推算できる物性値である密度(ρ)から下記式(I)で表される密度推算式と、下記式(III)で表される臨界温度(T)推算式とを用いて、多成分混合物の数平均分子量を推算する、請求項に記載の方法。
【数1】
(式中のρは下記式(II):
【数2】
で表され、Aρ、Bρ、Cρ及びDρは、下記式(II-1)~(II-4):
【数3】
(式中、aρ1、aρ2、bρ1、bρ2、cρ1、cρ2、dρ1、dρ2、eρ1、eρ2はそれぞれ、実測値を表現できるように定められたパラメータである。また、DBEは、分子式がCである場合、下記式(i):
【数4】
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数である。)
により算出される値である。また、Tは対臨界温度であり、T=T/Tである。)
【数5】
(式中、Atc及びBtcは下記式(III-1)及び(III-2)で表される。)
【数6】
【請求項3】
前記ステップ(1)で得られた数平均分子量を推算できる物性値であるゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)分析による数平均分子量(GPC-M)から、下記式(IV):
【数7】
(式中、GPC-Mは、ポリスチレンを基準としてGPCで測定したモル平均分子量であり、補正係数とはポリスチレン基準から多成分混合物の分子量に換算するための係数である。)
を用いて、多成分混合物の数平均分子量を推算する、請求項に記載の方法。
【請求項4】
前記ステップ(1)で得られた数平均分子量を推算できる物性値である動粘度から、下記式(I’):
【数8】
で表される密度推算式と、下記式(XII’-I)~(XII’-IV):
【数9】
で表される粘度推算式とを用いて、動粘度と粘度と密度との関係式:η=μ/(ρ×10-3)から、多成分混合物の数平均分子量を推算する、請求項に記載の方法。
【請求項5】
前記算出された数平均分子量(M)、並びに炭素濃度(w)、水素濃度(w)、窒素濃度(w)及び硫黄濃度(w)を用いて、
下記式(V)~(VIII):
【数10】
(式中、Cは炭素数を、Hは水素数を、Nは窒素数を、Sは硫黄数を表す。)を連立させて、炭素数(C)、水素数(H)、窒素数(N)、硫黄数(S)を算出する、請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記重質油は、常圧残油(AR)、脱硫重油(DSAR)、又は減圧残油(VR)である、請求項に記載の方法。
【請求項7】
前記重質油は、直接脱硫装置(RDS)に用いられる、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
多成分混合物である重質油の物性値をコンピュータにより推算する装置であって、
JIS K 2249-4:2011に準拠した密度測定、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定、及びJIS K 2207に準拠した動粘度測定からなる群より選択される、多成分混合物を気化させずに分析して、数平均分子量を推算できる物性値を測定する分析手段、並びに、JPI-5S-65、JIS K 2609及びJIS K 2541からなる群より選択される試験方法に準拠して測定される、多成分混合物中の炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を分析する分析手段から得られた物性値情報、並びに炭素、水素、窒素及び硫黄の各濃度測定値情報、を取得する成分情報取得部と、
前記成分情報取得部から成分情報を取得して、前記多成分混合物の数平均分子量並びに炭素数(C)、水素数(H)、窒素数(N)及び硫黄数(S)を演算する第一演算部と、
前記第一演算部で算出した、前記多成分混合物の数平均分子量(M)及び水素数(H)、窒素数(N)、硫黄数(S)の値を用いて、多成分混合物の臨界温度(T)、標準沸点(T)及び臨界圧力(P)を推算する第二演算部と、
前記第二演算部で算出した前記多成分混合物の臨界温度(T)、標準沸点(T)及び臨界圧力(T)から、前記多成分混合物の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力からなる物性値を推算する第三演算部と、
を備え、
前記第一演算部において、前記物性値情報である密度から密度推算式と臨界温度推算式とを用いて多成分混合物の数平均分子量を推算するか、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)による数平均分子量(GPC-M )から多成分混合物の数平均分子量を推算するか、又は、動粘度から密度推算式と粘度推算式とから多成分混合物の数平均分子量を推算する、
ことを特徴とする、多成分混合物の物性値の推算装置。
【請求項9】
請求項1~のいずれか一項に記載の方法により推算された多成分混合物の物性値の推算値に基づいて運転条件を設定することを特徴とする、多成分混合物の物性値の推算装置の運転方法。
【請求項10】
請求項1~及びのいずれか一項に記載の方法、又は請求項に記載の装置を実行させるためのコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多成分混合物である重質油の物性値の推算方法に関し、より詳細には、コンピュータを用いて多成分混合物である重質油の粘度、密度、比熱、熱伝導度及び表面張力を推定する方法、それに使用される装置、及びその方法若しくは装置をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製に関する諸装置の運転においては、通常、比重や粘度、蒸留性状(沸点)などの全体の物理的性状に基づいて原料油を分析し、過去の類似のデータを有する油種の運転実績を参考にして運転条件を決めるという手法がとられている。しかしながら、昨今では、輸入原油種が多様化しており、類似する過去のデータを探すことは容易ではない。さらに運転効率の向上や環境保護という面からも、単純に過去の運転実績を踏襲すればよいというものではなくなっている。
【0003】
そこで、比重や粘度、蒸留性状というような石油全体を一括りにした観点で捉えるのではなく、石油を構成している炭化水素分子というレベルでその化学構造や存在割合を把握し、それにより得られた推定物性値等の知見に基づいて運転条件を設定することができれば、より客観性に基づいた効率的な運転ができると考えられてきた。そのため、石油業界においては、石油を分子レベルで把握する技術の出現が待ち望まれてきた。
【0004】
一方、石油は膨大数の炭化水素分子からなる混合物であり、特に重質油は分子量が大きく、かつ複雑な化学構造を有する分子が極めて多種類存在する。そのため、分子の一つ一つについて化学構造を特定し、それらの存在割合をも特定するというのは、非常に困難なことであった。
【0005】
そのため、石油の物性値を推定する手法として、高分解能質量分析装置であるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析計(FT-ICR-MS)による分析結果から求めた物質の構造から物性値を推定する手法(特許文献1、2等)等が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2014-500506号公報
【文献】特表2014-503816号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
出願人らは、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの化学構造はどの程度のレベルの詳細さ、正確さが確保されていることが必要なのかということについて、綿密に検討した結果、後述する「JACD」という画期的な表示方式を案出するに至った。この「JACD」は、分子の構造情報を表示するため手法であり、アスファルテンのような巨大分子についても、構造情報を必要十分なレベルで得ることが可能となった。その結果、JACDによる構造情報と上記したFT-ICR-MS分析やCNHS分析から得られる成分情報とを組み合わせることにより、減圧軽油等の軽質油については物性値をある程度正確に推定できることが判明したものの、常圧残油、脱硫残油、減圧残油等の重質油については、推定値と実測値との間に誤差が大きいことが判明した。
【0008】
そこで、本発明は、常圧残油、脱硫残油、減圧残油など重質油についても、実測値と誤差の小さい推定値を算出できる新たな手法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するため、本発明者が検討をしたところ、推定した物性値のうち粘度(絶対粘度)に関しての推定精度が低いことが判明し、その原因が重質油等に含まれるアスファルテンを中心とした凝集物の形成に関係している可能性が懸念されたが、むしろ、FT-ICR-MSの検出限界により、重質物質の定量性が十分ではなく、物性値の推算をするには精度が不十分であることが分かった。そこで、本発明者らは、分子量と元素組成値に基づいた物性値の推定を行ったところ、推定値の誤差が小さくなることが分かった。本発明は係る知見に基づくものである。
【0010】
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
コンピュータによる、多成分混合物の物性値推算方法であって、
(1)多成分混合物を気化させずに分析して、数平均分子量を推算できる物性値を測定する分析手段、並びに、多成分混合物中の炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を分析する分析手段により、多成分混合物の数平均分子量を推算できる物性値、並びに炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を測定するステップと、
(2)前記ステップ(1)で測定した物性値、炭素濃度、水素濃度、窒素濃度、及び硫黄濃度から、数平均分子量(Mn)並びに水素数(Hn)、窒素数(Nn)及び硫黄数(Sn)を推算するステップと、
(3)前記ステップ(2)で推算した数平均分子量(Mn)並びに水素数(Hn)、窒素数(Nn)、及び硫黄数(Sn)から、臨界圧力、臨界温度及び標準沸点を推算するステップと、(4)前記ステップ(3)で推算した臨界圧力、臨界温度及び標準沸点から、多成分混合物の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力の各物性を推算するステップと、
を含むことを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の別の実施態様においては、多成分混合物の物性値推算装置、並びに多成分混合物の物性値推算方法や物性値推算装置を実行するためのコンピュータプログラムも提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、数平均分子量を推算できる物性値の測定値並びに炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度から、多成分混合物の数平均分子量及び水素数(Hn)、窒素数(Nn)、硫黄数(Sn)を推算し、推算された数平均分子量及び水素数(Hn)、窒素数(Nn)、硫黄数(Sn)から、臨界圧力、臨界温度及び標準沸点を推算し、推算された臨界圧力、臨界温度及び標準沸点に基づいて、多成分混合物含有物質の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力の各物性を推算することができる。また、本発明によれば常圧残油、脱硫残油、減圧残油など重質油についても、実測値と誤差の小さい物性推定値を算出できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】石油等の多成分混合物の物性値を推算する手法を示したフローチャート図。
図2】GPC分析による分子量推定とFT-ICR-MS分析による分子量推定との比較を示した概念図。
図3】推算した臨界温度(Tc cal.)と実測値(Tc data)との相関関係を示した図。
図4】推算した標準沸点(Tb cal.)と実測値(Tb data)との相関関係を示した図。
図5】推算した臨界圧力(Pc cal.)と実測値(Pc data)との相関関係を示した図。
図6】推算した密度(ρ cal.)と実測値(ρ data)との相関関係を示した図。
図7】推算した粘度(μ cal.)と実測値(μ data)との相関関係を示した図。
図8】測定した粘度実測値と粘度推算値との関係を示した図。
図9】推算した比熱(Cp cal.)と実測値(Cp data)との相関関係を示した図。
図10】推算した熱伝導度(λ cal.)と実測値(λ data)との相関関係を示した図。
図11】推算した表面張力(σ cal.)と実測値(σ data)との相関関係を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
【0015】
<定義>
「石油」
本明細書において、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分及び諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物を指すこともある。
【0016】
「石油に関する装置」
本明細書において、「石油に関する装置」とは、蒸留装置や抽出装置をはじめ、改質装置、水素添加反応装置、脱硫装置等の化学反応を伴う装置等、石油の処理に関する装置をすべて含む。「石油に関する装置」を総じて、「石油精製装置」ともいう。
【0017】
「物性値」
「物性値」とは、上記の方法により特定された分子構造及びその存在割合に基づいて得られる値であって、物質の物理的又は化学的な性質や性状、特性を表現するものであれば、名称の如何に拘わらず、「物性値」に含まれる。本明細書において、「物性値」とは、これらに限定されるものではないが、例えば、融点、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、蒸気圧、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、沸点、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等である。特に、本発明において、多成分混合物の物性値とは、密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力の5種の物性値をさす場合がある。なお、本明細書においては、特に断りのない限り「粘度」とは絶対粘度(単位:Pa・s)を意味し、動粘度(単位:m/s)と区別して用いる。
【0018】
「成分」
「成分」とは、「混合物をある特定の物理的又は化学的性状を基準として括った塊」、即ち、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」を意味する。特定の物理的又は化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が挙げられる。この場合、混合物は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。或いは、「成分」を、多成分混合物を構成する一つ一つの構成員であって、「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えてもよい。ここで、「同一の」とは、「分子構造を完璧に特定し、その上で同一である」、或いは、「分子構造上の異性体(分子式は同じであるが構造が異なるもの)同士は同一のものとする」という意味と捉えてもよく、例えば、後述する「JACDのような方式で特定された構造において同一である」という意味と捉えてもよい。さらには、広く「任意に定めた基準に基づいて一括りにした分子の集合体」という意味と捉えてもよい。
【0019】
「分子」
上記「成分」における「分子」に関し、分子が持つ構造に関する何等かの情報を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。目的及び必要性に応じて、その度合い、表示の方式を適宜選択すればよい。分子全体の構造を特定するという行為のみならず、分子の一部分についての構造に関する情報を組み込んでもよい。例えば、コア部分の構造のみを特定し、側鎖部分や架橋部分については構造は特定せず分子式のままにしておいてもよい。
本明細書において、好ましくは、後述するJACDで分子構造を特定する。「JACD」で構造が特定された分子というのは、後述するアトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。本明細書において、「分子」は、異性体をすべて含む概念と捉えてもよい。
【0020】
<多成分混合物の物性値推算方法>
石油等の多成分混合物の物性値を推定する手法としては、図1に示したフローチャートに示すように、(1)詳細組成構造解析技術を用いて明らかになった石油に含まれる分子の組成と構造情報(JACD)に基づく全組成を用いた物性値推算法と、(2)モル平均分子量と元素組成値に基づく疑似成分を用いた物性値推算法とが知られている。(1)の手法は、全組成から多成分混合物に含まれる含有物質の組成及び構造を推定し、当該推定に基づいて各成分の物性値を推定し、混合則を適用して多成分混合物の物性値を推定するものである。また(2)の手法は、多成分混合物の平均分子量及び元素組成の情報から出発して疑似成分を定義し、疑似成分の平均分子量や元素組成に基づいて疑似成分の物性値を推算し、多成分混合物の物性値を推定するものである。本発明においては、(2)のモル平均分子量と元素組成値に基づく疑似成分を用いた物性値推算法に着目した。以下、本発明の多成分混合物の物性値推算方法について説明する。なお、(1)の手法における「JACD(Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類及びアトリビュートの数により表示するものである。なお「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。
【0021】
本発明の多成分混合物の物性値の推算方法を、図1に示したフローチャートを参照しながら各ステップについて説明する。本発明の多成分混合物の物性値の推算方法は、先ず、多成分混合物を気化させずに分析できる手段により測定される物性値、及び多成分混合物の炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を測定して、当該測定値から、多成分混合物の数平均分子量を推算できる物性値並びに炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を測定するステップ(1)と、ステップ(1)で求めた数平均分子量を推算できる物性値並びに炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度より、数平均分子量(Mn)、並びに水素数(Hn)、窒素数(Nn)、及び硫黄数(Sn)を推算するステップ(2)と、ステップ(2)で推算した数平均分子量、並びに水素数(Hn)、窒素数(Nn)、及び硫黄数(Sn)より、臨界圧力、臨界温度及び標準沸点を推算するステップ(3)と、ステップ(3)で推算した臨界圧力、臨界温度及び標準沸点より、多成分混合物の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力の各物性を推算するステップ(4)を経ることで、多成分混合物の物性の推定値を算出するものである。各工程について、以下詳述する。
【0022】
(1)多成分混合物の数平均分子量を推算できる物性値並びに炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度の測定
先ず、物性値を推定しようとする多成分混合物の数平均分子量を推算できる物性値、並びに多成分混合物中の炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を測定する。本発明においては、多成分混合物の数平均分子量を推算できる物性値は、多成分混合物を気化させずに分析して測定できる物性値とする。蒸留性状等の物性値を気化させて分析する手段では、分子量が比較的小さい軽油等の多成分混合物では、従来の推定方法でも誤差の小さい推定値を算出することができるが、常圧残油(AR)、脱硫重油(DSAR)、減圧残油(VR)等の重質油では、分子量の大きい成分やアスファルテン等の分子凝集が含まれ、正確な物性値の推定が困難となる。本発明のおいては、気化させずに物性値を測定できるような手段を適用することにより、推定値の誤差を小さくしている。
【0023】
気化させずに物性値を測定できるような手段としては、密度測定、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定、動粘度測定等が挙げられる。なお、本発明において、石油等の多成分混合物の密度は、JIS K 2249-4:2011に準拠して測定することができる。また、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定は、ポリスチレンを基準として測定したモル平均分子量(GPC-Mn)とする。また、動粘度は、JIS K 2207に準拠してガラス製毛管式測定法により測定することができる。
【0024】
多成分混合物の炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度は、以下の方法により測定することができる。
炭素濃度及び水素濃度:JPI-5S-65(石油製品-炭素分、水素分及び窒素分試験方法
窒素濃度:JIS K 2609(窒素分試験方法)
硫黄濃度:JIS K 2541(硫黄分試験方法)
【0025】
(2)数平均分子量(Mn)及び水素数(Hn)、窒素数(Nn)、硫黄数(Sn)の推算
次に、気化させずに物性値を測定できるような手段として例示した密度測定、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定、又は動粘度測定から、多成分混合物の数平均分子量(Mn)を推算する方法について説明する。
【0026】
まず、密度測定値(ρ)に基づいて数平均分子量をする方法について説明する。本発明においては、密度測定値(ρ)から、下記式(I)で表される密度推算式と、下記式(III)で表される臨界温度(T)推算式を用いてMを逆算することにより算出することができる。
【0027】
【数1】
【0028】
上記式中のρは下記式(II):
【数2】
で表され、Aρ、Bρ、Cρ及びDρは、下記式(II-1)~(II-4)で表されるパラメータである。
【0029】
【数3】
(式中、aρ1、aρ2、bρ1、bρ2、cρ1、cρ2、dρ1、dρ2、eρ1、eρ2はそれぞれ、実測値を表現できるように定められたパラメータである。また、推算式の形はMarrero&Gani法を参考にし、各定数を(DBE+S+N)/(C+S+N)を用いて表現できるようにしたものである。)
【0030】
【数4】
(式中、Atc及びBtcは下記式(III-1)及び(III-2)で表される。)
【0031】
【数5】
【0032】
なお、式(II-1)~(II-4)において、DBEは、多成分混合物の分子式がCであるとした場合に、下記式(i):
【0033】
【数6】
(式(i)中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数である。)
により算出される値である。また、C、N、Sは、それぞれ多成分混合物の炭素数、窒素数、硫黄数である。また、Tは対臨界温度であり、T=T/Tである。
【0034】
また、GPC測定により得られた数平均分子量(GPC-M)からは、下記式(IV)を用いて多成分混合物の数平均分子量を算出することができる。
【0035】
【数7】
【0036】
上記式(IV)において、GPC-Mは、ポリスチレンを基準としてGPCで測定したモル平均分子量であり、補正係数とはポリスチレン基準から多成分混合物の分子量に換算するための係数であり、例えば、石油では経験値的に0.904とすることができる。GPC測定による分子量推定では、図2に示すように、FT-ICR-MS分析から推定した分子量と比較して、分子量の大きい成分がより良く反映されている。そのため本発明においては、常圧残油(AR)、脱硫重油(DSAR)、減圧残油(VR)等の重質油であっても、推定された物性値の誤差を小さくすることができる。
【0037】
次に、多成分混合物を気化させずに分析して数平均分子量を推算できる物性値として、動粘度測定によって得られた物性値から数平均分子量を算出するには、動粘度測定値(η)から、下記式(I’)で表される密度推算式と、下記式(XII’-I)~(XII’-IV)で表される粘度推算式とを用い、動粘度と粘度と密度との関係式(η=μ/(ρ×10-3))を用いてMを逆算することにより算出することができる。なお、上記式中、ηは動粘度(mm/s)を表し、μは粘度(mPa・s)を表し、ρは密度(kg/m)を表す。
【0038】
【数8】
【0039】
【数9】
【0040】
上記のようにして算出された数平均分子量(M)と、測定された炭素濃度(w)、水素濃度(w)、窒素濃度(w)及び硫黄濃度(w)により、下記式(V)~(VIII)を連立させて、炭素数(C)、水素数(H)、窒素数(N)、硫黄数(S)を算出することができる。
【0041】
【数10】
【0042】
(3)臨界温度(T[K])、標準沸点(T[K])及び臨界圧力(P[K])の推算
臨界温度(T)は、上記した式(III)を用いて推算することができる。具体的には下記式を用いて臨界温度(T)を推算することができる。
【0043】
【数11】
【0044】
上記のようにして推算された臨界温度(T)の平均相対誤差(%)は、下記表1に示されるようになった。また、推算した臨界温度(Tcal.)と実測値(Tdata)との相関関係を図3に示す。図3において「□original」とは、Marrero&Gani法により推算した結果を示したものである。図3から、本発明の方法では、Marrero&Gani法による推算されたTcよりも精度か向上していることがわかる。なお、図中に丸で囲った2試料(benz[a]anthracence及びtriphenylene)については誤差が大きくなった。
【0045】
【表1】
【0046】
標準沸点(T)は、下記式(IX)から推算することができる。なお下記式(IX)においてM、C、N、Sは上記のようにして得られた値を用いる。
【0047】
【数12】
(式中、Atb及びAtbはそれぞれ、下記式(IX-1)及び(IX-2)で表される。)
【0048】
【数13】
【0049】
具体的には、下記式を用いて標準沸点(T)を推算することができる。
【0050】
【数14】
【0051】
上記のようにして推算された標準沸点の平均相対誤差(%)は、下記表2に示されるようになった。推算した標準沸点(Tcal.)と実測値(Tdata)との相関関係を図4に示す。図4において「original」とは、Marrero&Gani法により推算した結果を示したものである。図4から、本発明の方法では、Marrero&Gani法による推算されたTよりも精度か向上していることがわかる。なお、Marrero&Gani法では、下記式(X)で表される式によりTを推算するものである。
【0052】
【数15】
(式中、Tは標準沸点[K]、Tb0は定数、nは分子に含まれる原子団の数、添え字i,j,kは第1~第3の原子団、Ctb1~Ctb3,Ctc1~Ctc3,Cpc1~Cpc3は、第1オーダー~第3オーダーの原子団ごとに決められたパラメータである。)
【0053】
【表2】
【0054】
臨界圧力(P)は、上記のようにして算出したT及びTから、下記式(XI)により推算することができる。
【0055】
【数16】
(式中、Apc,Bpc及びCpcはそれぞれ、下記式(XI-1)、(XI-2)及び(XI-3)で表される。)
【数17】
【0056】
具体的には、下記式を用いて臨界圧力(P[kPa])を推算することができる。
【0057】
【数18】
【0058】
上記のようにして推算された臨界圧力の平均相対誤差(%)は、下記表3に示されるようになった。推算した臨界圧力(Pcal.)と実測値(Pdata)との相関関係を図5に示す。図5において「original MG」とは、Marrero&Gani法により推算した結果を示したものである。図5から、本発明の方法では、Marrero&Gani法による推算されたPよりも精度か向上していることがわかる。
【0059】
【表3】
【0060】
(4)多成分混合物の物性値の推定
上記のようにして推算した臨界圧力、臨界温度及び標準沸点から、多成分混合物の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力の各物性を推算する。ここでは、先ず、石油に含まれる化合物単独の事例を示す。
【0061】
<密度>
密度(ρ[kg/m])は、推算したP、T、及びTの各値、並びにDBE、C、N及びSの各値を用いて、上記した式(I)から推算することができる。具体的には、下記式を用いて密度(ρ[kg/m])を推算することができる。
【0062】
【数19】
【0063】
上記のようにして推算された各含有成分の密度の平均相対誤差(%)は、下記表4に示されるようになった。推算した密度(ρcal.)と実測値(ρdata)との相関関係を図6に示す。本発明の推定方法によれば、密度を用いて推定した場合では平均相対誤差は0.0%であり、GPC測定による分子量を用いて推定した場合では0.2%であった。
【0064】
【表4】
【0065】
<粘度>
粘度(μ[mPa・s])は、推算したP、T、及びTの各値から下記式(XII-I)~(XII-IV)から推算することができる。
【0066】
【数20】
(式中、TbrはT/Tであり、μ=0.075mPa・s、μ=0.2mPa・sである。)
【0067】
上記のようにして推算された各含有成分の密度の平均相対誤差(%)は、下記表5に示されるようになった。推算した粘度(μcal.)と実測値(μdata)との相関関係を図7に示す。本発明の推定方法によれば、密度を用いて推定した場合では平均相対誤差は13%であり、GPC測定による分子量を用いて推定した場合では10%であった。
【0068】
【表5】
【0069】
上記のように密度測定から推算した粘度は相対誤差がやや大きくなる傾向にある。これは上記密度推算式を用いて測定した密度から逆算して擬似成分のMnを算出しているため、分子量が大きい領域では、密度の分子量に対する感度が低くなることが原因であると考えられる。GPC測定の物性値から推算した粘度においても実測値よりも低い傾向がある。これに対して、動粘度測定から推算した粘度は実測値を良く反映し平均相対誤差を小さくすることができる。
【0070】
例えば、下記の実測値を有する2種の常圧残油サンプル(原油A-AR及び原油B-AR)を用いて、GPC-Mnから推算した粘度と、動粘度から推算した粘度との平均相対誤差を確認した。
なお、S濃度はJIS K 2541(硫黄分試験方法)に準拠した測定法による実測値、N濃度はJIS K2609(窒素分試験方法)に準拠した測定による実測値、炭素/水素濃度はJIS-5S-65(石油製品-炭素分、水素分、及び窒素分試験方法)に準拠した測定による実測値であり、GPC-Mnは、
下記測定条件により測定した実測値である。
使用機器:高速GPC装置(東ソ-社製、TOSOH HLC 8220)
カラム:SKguardcolumnHXL-H+TSKgelGMH-XL(2本)+G2000H-XL(1本)
溶媒:THF
温度:40℃
標準試料:東ソ-社製、TSK標準ポリスチレン
また、密度は振動式測定法により測定した実測値であり、粘度は、毛細管式測定による動粘度測定値を密度測定値の温度に対する直線近似式により粘度に換算した値であり、比熱は示唆走査熱量測定により測定した実測値である。
【0071】
【表6】
【0072】
密度測定値、GPC-Mn、及び動粘度のそれぞれから推算されたモル平均分子量M、(DBE+S+N)/(C+S+N)、及び粘度の平均相対誤差(%)は、下記表に示されるとおりであった。
【0073】
【表7】
【0074】
また、上記のようにして測定した粘度実測値と粘度推算値との関係は図8に示すとおりであった。図8に示されるとおり、密度測定やGPC-Mから推算した粘度よりも、動粘度から推算した粘度の方が実測値からのずれが小さいことがわかる。
【0075】
<比熱>
比熱(C)は推算したTから、下記式(XIII)により推算することができる。
【0076】
【数21】
【0077】
上記のようにして推算された各含有成分の比熱(C)の平均相対誤差(%)は、下記表6に示されるようになった。推算した比熱(Ccal.)と実測値(Cdata)との相関関係を図9に示す。本発明の推定方法によれば、密度を用いて推定した場合では平均相対誤差は3.8%であり、GPC測定による分子量を用いて推定した場合では3.8%であった。
【0078】
【表8】
【0079】
<熱伝導度>
熱伝導度(λ)は、下記式(XIV)により推算することができる。なお、式中、Tは対臨界温度であり、T=T/Tである。
【0080】
【数22】
【0081】
上記のようにして推算された各含有成分の熱伝導度(λ)の平均相対誤差(%)は、下記表7に示されるようになった。推算した熱伝導度(λcal.)と実測値(λdata)との相関関係を図10に示す。本発明の物性値の推算方法によれば、密度を用いて推定した場合では平均相対誤差は9%であり、GPC測定による分子量を用いて推定した場合では10%であった。
【0082】
【表9】
【0083】
表面張力(σ)は、下記式(XV)により推算することができる。なお、式中、Tは対臨界温度であり、T=T/Tである。
【0084】
【数23】
【0085】
上記のようにして推算された各含有成分の表面張力(σ)の平均相対誤差(%)は、下記表8に示されるようになった。推算した表面張力(σ cal.)と実測値(σ data)との相関関係を図11に示す。本発明の推定方法によれば、密度を用いて推定した場合では平均相対誤差は4.0%であり、GPC測定による分子量を用いて推定した場合では4.0%であった。
【0086】
【表10】
【0087】
次いで、同様に推算した多成分混合物の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力の各物性値を推算する。一例として、留出油サンプル5種(FR1、FR2、FR3、FR4、FR5)と残渣油サンプル6種(MEAR、RDS-C、RDS-D、RDS-E、RDS-F、BTM)の11種について、推定した物性値の実測値と平均相対誤差(%)は下記表11及び12に示される通りであった。なお、表11は、密度を使用して数平均分子量を推算したときの推定値の平均相対誤差(%)であり、表12は、GPC測定結果から数平均分子量を推算したときの推定値の平均相対誤差(%)である。表11及び12からも明らかなように、残渣油であっても推物性値の推算結果は、粘度も含めて全て20%以下の平均相対誤差であることがわかる。
【0088】
【表11】
【0089】
【表12】
【0090】
<多成分混合物の物性値をコンピュータにより推算する装置及び該装置を実行させるためのコンピュータプログラム>
次に、本発明の多成分混合物の物性値推算装置の実施形態を説明する。コンピュータに本発明のプログラムを実行させることにより、コンピュータが多成分混合物の物性値推算方法装置として機能する。
【0091】
本装置は、演算装置を備えている。演算装置は、1つのCPUで構成してもよいし、通信回線を介して互いに接続された複数の演算装置で構成されてもよい。また、本装置は、記憶部を備えていてもよく、その場合、演算装置に内蔵されていてもよいし、外部装置であってもよいし、通信回線を介して接続された記憶装置であってもよい。
【0092】
本演算装置は、多成分混合物を気化させずに分析して、数平均分子量を推算できる物性値を測定する分析手段、並びに、多成分混合物中の炭素濃度、水素濃度、窒素濃度及び硫黄濃度を分析する分析手段から得られた数平均分子量推定情報、並びに、炭素、水素、窒素及び硫黄の各濃度測定値情報、を取得する成分情報取得部と、成分情報取得部から成分情報を取得して、演算を行う演算部とを備えている。
【0093】
演算部は、成分情報取得部から成分情報を取得して、前記多成分混合物の数平均分子量並びに炭素数(C)、水素数(H)、窒素数(N)及び硫黄数(S)を演算する第一演算部と、
前記第一演算部で算出した、前記多成分混合物の数平均分子量(M)及び水素数(H)、窒素数(N)、硫黄数(S)の値を用いて、多成分混合物の臨界温度(T)、標準沸点(T)及び臨界圧力(T)を推算する第二演算部と、
前記第二演算部で算出した前記多成分混合物の臨界温度(T)、標準沸点(T)及び臨界圧力(T)から、前記多成分混合物の密度、粘度、比熱、熱伝導度及び表面張力からなる物性値を推算する第三演算部と、
を備えている。
【0094】
本発明において、上記演算部で行う計算は、ハードウェア又はソフトウェア、又はこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0095】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的又は永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0096】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0097】
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的に又は個別に実行されてもよい。また、本明細書において、システムとは、複数の装置の論理的集合構成であり、各構成の装置が同一筐体内にあるものに限定されるものではない。
【0098】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明の推定方法によれば、常圧残油、脱硫残油、減圧残油など重質油についても、実測値と誤差の小さい推定値を算出できる新たな手法が提供され、石油精製設備の運転の安定性及び運転効率を飛躍的に向上させることに寄与するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11