(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】光学顕微鏡、及び撮像方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/17 20060101AFI20240404BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20240404BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20240404BHJP
G02B 21/06 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
G01N21/17 A
G01N33/483 C
G01N33/48 P
G02B21/06
(21)【出願番号】P 2022578273
(86)(22)【出願日】2022-01-19
(86)【国際出願番号】 JP2022001688
(87)【国際公開番号】W WO2022163445
(87)【国際公開日】2022-08-04
【審査請求日】2023-07-24
(31)【優先権主張番号】P 2021014272
(32)【優先日】2021-02-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「リアルタイム3次元超解像顕微鏡の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】藤田 克昌
(72)【発明者】
【氏名】西田 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 光
(72)【発明者】
【氏名】田中 秀央
(72)【発明者】
【氏名】原田 義規
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/061947(WO,A1)
【文献】特表2020-523615(JP,A)
【文献】特開2015-197606(JP,A)
【文献】国際公開第2011/099269(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/83
G01N 33/48 - G01N 33/98
G02B 21/00 - G02B 21/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織観察又は病理診断のための画像を撮像する光学顕微鏡であって、
所定のレーザ波長を有し、光吸収物質を含むサンプルを照明するレーザ光を発生する少なくとも一つのレーザ光源と、
前記レーザ光を集光して、前記サンプルに集光するレンズと、
前記サンプルに対する前記レーザ光の集光位置を変化させる走査手段と、
前記サンプルを透過したレーザ光を
前記レーザ波長の信号光として検出する光検出器とを備え、
レーザ光強度が最大の時に前記光吸収物質での吸収の飽和が生じることによって、レーザ光強度と信号光強度との関係が非線形な非線形領域となるようにレーザ光の強度を変化させ、
前記光吸収物質での吸収の飽和に基づく、前記信号光の非線形な成分に基づいて、画像を生成する光学顕微鏡。
【請求項2】
前記光吸収物質が色素であり、
前記サンプルが、前記色素で染色された組織、細胞、又はバクテリアを含む請求項1に記載の光学顕微鏡。
【請求項3】
前記サンプルを染色する前記色素がエオシンYであり、
前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積CLが4.0×10
-9mol/cm
2以下となっている請求項2に記載の光学顕微鏡。
【請求項4】
前記レーザ光を変調周波数fで強度変調し、前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積を積CLとした場合に、
前記積CLに対して透過信号に含まれる変調周波数fの変調高調波成分の傾きが正となる範囲に、前記積CLの値が含まれている請求項2に記載の光学顕微鏡。
【請求項5】
前記レーザ光の集光位置を前記サンプルの厚さ方向に変化させている請求項1~4のいずれか1項に記載の光学顕微鏡。
【請求項6】
前記レーザ光源がCW(Continuous Wave)レーザ光を発生する請求項1~5のいずれか1項に記載の光学顕微鏡。
【請求項7】
前記サンプルに入射する前記レーザ光がパルスレーザ光である請求項1~5のいずれか1項に記載の光学顕微鏡。
【請求項8】
光学顕微鏡を用いて組織観察又は病理診断のための画像を撮像する撮像方法であって、
所定のレーザ波長を有し、光吸収物質を含むサンプルを照明するレーザ光を発生するステップと、
前記レーザ光を集光して、前記サンプルに集光するステップと、
前記サンプルに対する前記レーザ光の集光位置を変化させるステップと、
前記サンプルを透過したレーザ光を
前記レーザ波長の信号光として検出するステップと、
レーザ光強度が最大の時に前記光吸収物質での吸収の飽和が生じることによって、レーザ光強度と信号光強度との関係が非線形な非線形領域となるようにレーザ光の強度を変化させるステップと、
前記光吸収物質での吸収の飽和に基づく、前記信号光の非線形な成分に基づいて、画像を生成するステップと、を備えた撮像方法。
【請求項9】
前記光吸収物質が色素であり、
前記サンプルが、前記色素で染色された組織、細胞、又はバクテリアを含む請求項8に記載の撮像方法。
【請求項10】
前記色素がエオシンYであり、
前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積CLが4.0×10
-9mol/cm
2以下となっている請求項9に記載の撮像方法。
【請求項11】
前記レーザ光を変調周波数fで強度変調し、前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積を積CLとした場合に、
前記積CLに対して透過信号に含まれる変調周波数fの変調高調波成分の傾きが正となる範囲に、前記積CLの値が含まれている請求項9に記載の撮像方法。
【請求項12】
前記レーザ光の集光位置を前記サンプルの厚さ方向に変化させている請求項8~11のいずれか1項に記載の撮像方法。
【請求項13】
前記レーザ光がCW(Continuous Wave)レーザ光である請求項8~12のいずれか1項に記載の撮像方法。
【請求項14】
前記サンプルに入射する前記レーザ光がパルスレーザ光である請求項8~12のいずれか1項に記載の撮像方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学顕微鏡、及び画像の撮像方法に関し、特に詳しくは組織観察又は病理診断に用いられる画像を取得するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1、2には、高解像度の透過型光学顕微鏡が開示されている。非特許文献1では、二光子吸収、非特許文献2では、過渡吸収が利用されている。また、特許文献1には信号光の飽和又は非線形な増加が生じることによって、レーザ光の強度と信号光の強度との関係が非線形な非線形領域となるようにレーザ光の強度を変化させている。そして、信号光の飽和成分又は非線形な増加成分に基づいて観察を行っている。
【0003】
特許文献2には、試料からの蛍光を検出する蛍光顕微鏡が開示されている。特許文献2では、レーザ光強度が最大の時に、蛍光の飽和が生じるようにレーザ光の強度を変化させている。そして、蛍光の飽和成分に基づいて観察を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2011/99269号
【文献】国際公開第2006/061947号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Tian, et al., Opt. Lett., 27, 1634-1636 (2002)
【文献】Sasaki, et al., J. Opt. Soc. Am. A, 9, 932-936 (1992)
【発明の概要】
【0006】
病理診断や組織観察等に用いられる画像を撮像する光学顕微鏡では、より簡素な構成にしたいという要望がある。例えば、簡素な構成として安価にすれば、より広く普及させることができる。
【0007】
非特許文献1、2では、二光子吸収又は過渡吸収を用いているため、装置構成を簡素化することが難しい。例えば、非線形光学効果を誘起するためにパルスレーザによる励起を必要とする。パルスレーザは高価かつ取り扱いが難しいため、病理診断や組織観察に活用することが困難である。
【0008】
特許文献1の請求項5では、高次の非線形光学効果による光高調波を発生させている。光高調波を発生させる必要があるため、装置構成をより簡素にすることが困難である。特許文献2では、光検出器によって、蛍光を検出している。よって、SN比をより高くしたいという要望がある。
【0009】
本実施形態にかかる光学顕微鏡は、組織観察又は病理診断のための画像を撮像する光学顕微鏡であって、光吸収物質を含むサンプルを照明するレーザ光を発生する少なくとも一つのレーザ光源と、前記レーザ光を集光して、前記サンプルに集光するレンズと、前記サンプルに対する前記レーザ光の集光位置を変化させる走査手段と、前記サンプルを透過したレーザ光を信号光として検出する光検出器とを備え、レーザ光強度が最大の時に前記光吸収物質での吸収の飽和が生じることによって、レーザ光強度と信号光強度との関係が非線形な非線形領域となるようにレーザ光の強度を変化させ、前記光吸収物質での吸収の飽和に基づく、前記信号光の非線形な成分に基づいて、画像を生成する。
【0010】
上記の光学顕微鏡において、前記光吸収物質が色素であり、前記サンプルが、前記色素で染色された組織、細胞、又はバクテリアを含むようにしてもよい。
【0011】
上記の光学顕微鏡において、前記サンプルを染色する前記色素がエオシンYであり、前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積CLが4.0×10-9mol/cm2以下となっていてもよい。
【0012】
上記の光学顕微鏡において、前記レーザ光を変調周波数fで強度変調し、前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積を積CLとした場合に、前記積CLに対して透過信号に含まれる変調周波数fの変調高調波成分の傾きが正となる範囲に、積CLの値が含まれていてもよい。
【0013】
上記の光学顕微鏡において、前記レーザ光の集光位置を前記サンプルの厚さ方向に変化させてもよい。
【0014】
上記の光学顕微鏡において、前記レーザ光源がCW(Continuous Wave)レーザ光を発生するようにしてもよい。このようにすることで、装置構成を簡素化することができる。
【0015】
上記の光学顕微鏡において、前記サンプルに入射する前記レーザ光がパルスレーザ光であってもよい。
【0016】
本実施形態にかかる撮像方法は、光学顕微鏡を用いて組織観察又は病理診断のための画像を撮像する撮像方法であって、光吸収物質を含むサンプルを照明するレーザ光を発生するステップと、前記レーザ光を集光して、前記サンプルに集光するステップと、前記サンプルに対する前記レーザ光の集光位置を変化させるステップと、前記サンプルを透過したレーザ光を信号光として検出するステップと、レーザ光強度が最大の時に前記光吸収物質での吸収の飽和が生じることによって、レーザ光強度と信号光強度との関係が非線形な非線形領域となるようにレーザ光の強度を変化させるステップと、前記光吸収物質での吸収の飽和に基づく、前記信号光の非線形な成分に基づいて、画像を生成するステップと、を備えている。
【0017】
上記の撮像方法において、前記光吸収物質が色素であり、前記サンプルが、前記色素で染色された組織、細胞、又はバクテリアを含むようにしてもよい。
【0018】
上記の撮像方法において、前記サンプルを染色する前記色素がエオシンYであり、前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積CLが4.0×10-9mol/cm2以下となっていてもよい。
【0019】
上記の撮像方法において、前記レーザ光を変調周波数fで強度変調し、前記色素の濃度Cと前記サンプルの厚さLとの積を積CLとした場合に、前記積CLに対して透過信号に含まれる変調周波数fの変調高調波成分の傾きが正となる範囲に、積CLの値が含まれていてもよい。
【0020】
上記の撮像方法において、前記レーザ光の集光位置を前記組織サンプルの厚さ方向に変化させるようにしてもよい。
【0021】
上記の撮像方法において、前記レーザ光がCW(Continuous Wave)レーザ光であってもよい。このようにすることで、装置構成を簡素化することができる。
【0022】
上記の撮像方法において、前記サンプルに入射する前記レーザ光がパルスレーザ光であってもよい。
【0023】
本発明によれば、診断画像を簡便かつ高解像度で撮像することができる診断用光学顕微鏡と診断画像の撮像方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施の形態1に係る診断用光学顕微鏡の構成を示す図である。
【
図2】変調後のレーザ光強度の時間変化を示すグラフである。
【
図3】レーザ光で照明されたサンプルを示す模式図である。
【
図4】励起光強度と色素による光吸収量との関係を示すグラフである。
【
図5】焦点での励起光強度と色素からの透過光強度との関係を説明するためのグラフである。
【
図6】非焦点での励起光強度と色素からの透過光強度との関係を説明するためのグラフである。
【
図7】励起光強度と透過光強度の変調周波数成分及びその高調波成分との関係を示すグラフである。
【
図8】透過光信号の変調周波数成分及びその高調波成分で構成された微小点の画像とそのx方向のプロファイルを示す図である。
【
図9】透過光信号の変調周波数成分及びその高調波成分で構成された微小点の画像とそのz方向のプロファイルを示す図である。
【
図10】励起光強度と色素溶液からの透過光強度の変調周波数成分及びその高調波成分との関係を示す測定結果のグラフである。
【
図11】サンプル画像とそのプロファイルを示す図である。
【
図12】サンプル画像とそのプロファイルを示す図である。
【
図15】サンプル画像とそのプロファイルを示す図である。
【
図16】色素の濃度Cとサンプルの厚さLとした場合に、それらの積CLと透過光強度の変調周波数成分及びその高調波成分との関係を示すグラフである。
【
図17】吸収断面積を変えた場合の積CLと透過光強度の変調周波数成分及びその高調波成分との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明を適用可能な実施の形態が説明される。以下の説明は、本発明の実施形態を説明するものであり、本発明が以下の実施形態に限定されるものではない。説明の明確化のため、以下の記載は、適宜、省略及び簡略化がなされている。又、当業者であれば、以下の実施形態の各要素を、本発明の範囲において容易に変更、追加、変換することが可能であろう。尚、各図において同一の符号を付されたものは同様の要素を示しており、適宜、説明が省略される。
【0026】
本実施の形態にかかる光学顕微鏡は病理診断用のサンプルを撮像して、診断用画像を取得するものである。具体的には、エオシンYなどの色素で組織サンプルを染色している。そして、組織サンプルを光学顕微鏡で撮像することで、診断用画像を取得することができる。例えば、以下のような疾患や組織が病理診断の対象となる。
【0027】
腎組織(糸球体腎炎など、種々の炎症における生検)
甲状腺腫を除く内分泌臓器の機能性腫瘍(下垂体腺腫、副腎皮質腺腫、膵島腺腫など)
異所性ホルモン産生腫瘍(カルチノイドなど)
軟部組織悪性腫瘍(脂肪肉腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、神経線維腫など)
脂質蓄積症(ゴーシェ病、ニーマン・ピック病など)
多糖体蓄積症
心筋生検(心筋症)
【0028】
もちろん、本実施の形態における光学顕微鏡で撮像される組織サンプル、及び、組織サンプルの診断画像から診断される疾患等は、上記の例に限定されるものではない。本実施の形態の光学顕微鏡は、色素で染色された組織サンプルの診断画像を撮像している。具体的には、色素での吸収の飽和を利用して高空間分解能検出を行っている。組織観察又は病理診断のための画像を高分解能で撮像することができる。
【0029】
サンプルは、色素で染色された細胞、組織、バクテリア等とすることができる。なお、サンプルは、色素で染色されていなくてもよい。つまり、サンプルは、光吸収物質を含むものであればよい。例えば、光吸収物質はレーザ光を吸収するとともに、レーザ光強度が高くなると吸収の飽和が生じる物質であればよい。
【0030】
実施の形態1.
実施の形態1にかかる診断用光学顕微鏡とその撮像方法について、
図1を用いて説明する。
図1は、光学顕微鏡1を示す図である。光学顕微鏡1は、レーザ光源11と、変調器12とガルバノミラー13と、対物レンズ14を備えている。さらに、光学顕微鏡1は、集光レンズ21と、光検出器31と、ロックインアンプ32と、処理部33、ビームサンプラ34と、参照光検出器35と、を備えている。
【0031】
まず、サンプル40を照明するための照明光学系について説明する。レーザ光源11は、サンプル40を照明するためのレーザ光L1を発生する。レーザ光源11は、連続発振のCW(Continuous Wave)レーザ光源である。レーザ光源11は、サンプル40中の色素を励起する励起光である。例えば、レーザ光L1の中心波長λは532nmとなっている。レーザ光源11からのレーザ光L1は、変調器12に入射する。
【0032】
変調器12は、例えば、AOM(音響光学変調器:Acousto-Optic Modulator)である。変調器12は、レーザ光L1のレーザ光強度を変調する。つまり、レーザ光強度(以下、単に強度とも称する)が時間に応じて変化する。ここでは、
図2に示すように、レーザ光強度(励起光強度)が単一周波数で時間的に変化するように強度変調する。なお、
図2は、変調後のレーザ光強度を示すグラフであり、横軸が時間、縦軸がレーザ光強度を示している。
【0033】
変調器12によって変調周波数fでレーザ光L1の強度が時間的に変調される。変調周波数fは例えば、10kHzとなっている。もちろん、変調周波数fは特に限定されるものではない。変調器12としては、AOMに限らず、電気光学変調器(EOM)を用いても良い。
【0034】
変調器12からのレーザ光L1はビームサンプラ34を通過する。ビームサンプラ34は、透明なガラス基板などであり、レーザ光L1の一部を反射させ取り出す。ビームサンプラ34で取り出されたレーザ光L1を参照光L3とする。ビームサンプラ34で反射された参照光L3は、参照光検出器35で検出される。参照光検出器35は、参照光L3の光量に応じた参照光信号をロックインアンプ32に出力する。
【0035】
ビームサンプラ34を通過したレーザ光L1はガルバノミラー13に入射する。ガルバノミラー13は、レーザ光L1の集光位置を走査する走査手段である。ガルバノミラー13は、レーザ光L1を偏向することで、サンプル40を走査する。ここでは、ガルバノミラー13は、X方向及びY方向にレーザ光L1を走査する光スキャナとなっている。よって、サンプル40において、レーザ光L1の照明位置が2次元走査される。なお、X方向及びY方向は、対物レンズ14の光軸に直交する方向であり、互いに直交する方向である。
【0036】
ガルバノミラー13で反射したレーザ光L1は、対物レンズ14に入射する。対物レンズ14は、レーザ光L1をサンプル40に集光する。対物レンズ14の開口数や倍率は特に限定されるものではない。
【0037】
対物レンズ14は、レーザ光L1をサンプル40に集光する。対物レンズ14で集光されたレーザ光L1がサンプル40を照明する。また、ガルバノミラー13によって、サンプル40に対する相対的な照明位置が変化する。また、照明位置を走査する走査手段はガルバノミラー13に限られるものではない。例えば、サンプル40が配置される駆動ステージ等を走査手段として用いてもよい。もちろん、これらを組み合わせても良い。例えば、X方向はガルバノミラー13で走査し、Y方向はステージで走査しても良い。
【0038】
走査手段は、レーザ光L1とサンプル40との相対位置を変化させて走査を行う構成であればよい。なお、2次元方向のみの走査に限らず、3次元に走査するようにしてもよい。例えば、サンプル40と対物レンズ14との距離を変えることで、Z方向に走査してもよい。これにより、3次元画像や断層画像を撮像することができる。
【0039】
サンプル40は、病理診断用の組織サンプルである。つまり、サンプル40は、患者から採取された組織サンプルとなっている。サンプル40は、色素で染色されている。レーザ光L1の波長は、色素の励起波長となっている。レーザ光L1は、サンプル40中の色素で吸収される。レーザ光L1の一部は、サンプル40を透過した透過光となる。
【0040】
次にサンプル40からの信号光を検出するための検出光学系について、説明する。サンプル40を透過したレーザ光L1を信号光L2とする。信号光L2は、集光レンズ21で集光される。集光レンズ21の開口数は、対物レンズ14の開口数と同じもしくはそれよりも高いものを用いるのが好ましい。なお、集光レンズ21は、省略することも可能である。
【0041】
信号光L2は、光検出器31に入射する。光検出器31は、集光レンズ21で集光された信号光L2を検出する。光検出器31は、例えば、光電子増倍管(PMT)又はフォトダイオード(PD)である。光検出器31は、信号光L2の検出光量に応じた検出信号をロックインアンプ32に出力する。
【0042】
ロックインアンプ32は所定の繰り返し周波数をロックインして、光検出器31からの信号をロックイン検出する。ここで、ロックインアンプ32には参照光検出器35からの参照光信号が入力されている。参照光信号は、変調周波数fで強度変調されている。ロックインアンプ32は、変調周波数fのn倍(nは2以上の整数)の周波数で信号を復調する。例えば、変調周波数fを10kHzとした場合、20kHz、30kHz・・・の周波数で復調が行われる。これにより、信号光L2の非線形な成分を抜き出して検出することができる。
【0043】
処理部33は、パーソナルコンピュータなどの情報処理装置であり、ロックインアンプ32からの検出信号を記憶する。処理部33は、ガルバノミラー13を制御し、励起光をサンプル40上で走査させる。処理部33は、検出信号をガルバノミラー13の走査位置に対応付ける。さらに処理部33はロックインアンプ32から出力された信号に基づいて光学像を形成する。
【0044】
処理部33で所定の操作を行うことにより、光学像を画面上に表示させることができる。また、処理部33は、光学像のデータをメモリなどに記憶することができる。これにより、サンプル40を透過した透過光によるサンプル40の観察、撮像を行うことができる。さらに、処理部33は、色素での吸収の飽和に基づく、信号光L2の非線形な成分に基づいて、診断画像を生成する。診断画像の生成については後述する。
【0045】
変調器12は、レーザ光強度が最大の時に色素での吸収の飽和が生じることによって、レーザ光強度と信号光強度との関係が非線形な非線形領域となるようにレーザ光の強度を変化させている。この点について、
図3,及び
図4を用いて説明する。
図3は、対物レンズ14の焦点とその近傍を示す模式図である。
図4は、励起光強度と色素での吸収パワーとの関係を示すグラフである。
図4では、横軸が励起光強度(レーザ光強度)を示し、縦軸が色素による光吸収量を示している。
【0046】
図3に示すように、対物レンズ14は、レーザ光L1をサンプル40に集光している。したがって、サンプル40中にレーザ光L1の焦点Fが形成される。例えば、XY平面におけるレーザ光L1の強度の空間分布は、ガウス分布となっている。焦点Fの中心において、レーザ光強度(励起光強度)が最も高くなる。さらに、焦点Fから離れるにつれて、レーザ光強度が低くなっていく。
【0047】
通常のレーザ走査顕微鏡で透過光を検出する場合、レーザ光の吸収により画像にコントラストが発生する。したがって、通常のレーザ透過顕微鏡の解像度は、対物レンズで集光されるレーザ光のスポット径によって制限される。すなわち、解像度は、レーザ光波長と対物レンズの開口数で制限される。また、Z方向におけるサンプル40の全体でレーザ光が吸収される。よって、Z方向におけるサンプル40の厚さが厚い場合、焦点面以外でもレーザ光が吸収されてしまう。よって、通常のレーザ透過顕微鏡では、高解像度の診断画像を撮像することが困難である。また病理診断で使用される広視野透過顕微鏡(明視野顕微鏡)においても、観察面前後の光吸収により高解像度の診断画像を撮像することが困難である。
【0048】
そこで、本実施の形態では色素での吸収飽和を利用している。レーザ光L1は色素を励起する励起光となる。励起光強度を高くするほど、色素に吸収される光量が増加していく。
図4に示すように、励起光強度が高くなるにつれて、色素による光吸収量が高くなっていく。
図4に示すように線形領域では、励起光強度と光吸収量とが線形関係(比例関係)となっている。さらに、励起光強度がある程度高くなると、色素において吸収の飽和が生じる。色素での吸収の飽和が生じると、励起光強度と光吸収量の関係が非線形となる。
【0049】
ここで、励起光強度と光吸収量の関係が非線形となる領域を非線形領域とする。非線形領域は線形領域よりも励起光強度が高い領域である。線形領域では励起光強度と光吸収量との関係は傾き1の直線に一致するが、非線形領域ではその関係が傾き1の直線を外れ、傾きが1未満となる。さらに、励起光強度が高くなるにつれて、傾きが小さくなっていく。なお、色素の吸収断面積に応じて、非線形領域と線形領域との境界が異なる。
【0050】
図5は、焦点Fにおける励起光強度と透過光強度を示す図であり、
図6は非焦点における励起光強度と透過光強度を示す図である。
図5,
図6の上側のグラフが、励起光強度と透過光強度のそれぞれの時間変化を示すグラフを示し、横軸が時間tを示し、縦軸が励起光強度及び透過光強度を示している。
図5,
図6の下側のグラフが、透過光強度をフーリエ変換した振幅スペクトルを示している。
【0051】
また、時間変化を示すグラフでは、実線が励起光強度を示しており、破線が透過光強度を示している。
図5,
図6では、色素による吸収の飽和が無い状態で、励起光強度と透過光強度の波形が一致するものとして図示している。したがって、非焦点では、励起光強度と透過光強度のグラフが重なっている。
【0052】
焦点Fでは励起光強度が高いため、色素の吸収に飽和が生じる。したがって、色素を透過した透過光に吸収の飽和に応じた非線形な増加分が生じる。
図5に示すように、励起光強度がピークとなるタイミングとその近傍では、吸収パワーが飽和し透過光に非線形な増加分が生じる。なお、焦点Fにおいて、励起光強度がボトムとなるタイミングでは、吸収パワーが飽和していないので、透過光の非線形な増加分は生じない。焦点Fでの透過光強度をフーリエ変換した振幅スペクトルでは、変調周波数fの整数倍の周波数(f、2f、3f、4f・・・)にピークを持つ線スペクトルとなる。
【0053】
一方、非焦点では、励起光強度が低いため、励起光強度がピークとなるタイミングであっても、色素の吸収に飽和が生じない。すなわち、非焦点では、いずれのタイミングでも色素の吸収に飽和が生じないため、励起光強度と透過光強度とが線形関係となる。非焦点での透過光強度をフーリエ変換した振幅スペクトルでは、変調周波数fのみにピークを持つ線スペクトルとなる。
【0054】
このように、焦点Fにおいて色素による吸収が飽和する。焦点Fから離れるほど、吸収の飽和成分が小さくなる。焦点Fから離れるほど、吸収の飽和に応じた透過光の非線形な増加成分が小さくなる。換言すると、焦点Fの中心に近づくほど、吸収の飽和に応じた透過光の非線形な増加成分が大きくなる。
【0055】
このように、励起光強度が弱いときは、励起光強度と透過光強度が比例するが、励起光強度が非線形領域まで高くなると励起光強度と透過光強度が比例しなくなる。光検出器31は、サンプル40を透過した透過光を信号光L2として検出している。レーザ光強度を高くすると、光検出器31で検出される信号光L2に非線形な増加成分が生じる。信号光の非線形な増加成分は、レーザ光強度が大きいほど発生しやすい。さらに、レーザ光強度が大きいほど、信号光に含まれる非線形な増加成分が大きくなる。処理部33は、信号光L2の非線形成分に応じて、診断画像を生成する。
【0056】
図7は、励起光強度と信号光強度との関係の計算結果を示すグラフである。横軸が励起光強度であり、縦軸が信号
光強度である。
図7の信号光強度は、変調周波数成分(f)、変調周波数fの2倍の変調高調波成分(2f)、及び3倍の変調高調波成分(3f)をそれぞれ示している。
【0057】
図7の計算には、エオシンY分子の光物性値を使用している。また、励起光の変調周波数fは10kHzであり、その波長は532nmを仮定している。
【0058】
変調周波数成分(f)で復調した透過信号と励起強度の関係は傾き1に一致する。すなわち、変調周波数成分(f)で復調された透過信号は、線形信号となる。一方、変調周波数fの2倍の変調高調波(2f)と3倍の変調高調波(3f)で復調された透過信号は励起強度に対して、それぞれ2次と3次の非線形な増加を示す。すなわち、変調周波数fの2倍の変調高調波(2f)と3倍の変調高調波(3f)で透過信号を復調することで、透過信号のうち2次と3次の非線形信号成分をそれぞれ検出できる。
【0059】
図8,
図9は、XZ平面における微小点の透過画像のシミュレーション結果を示す図である。
図8,
図9の上側には、透過信号の変調周波数成分(f)、変調周波数fの2倍の変調高調波成分(2f)および3倍の変調高調波成分(3f)で構成された微小点の透過画像が示されている。
図8の下側のグラフは、上記各画像のX方向に沿った強度プロファイルを示しており、
図9の下側のグラフはZ方向に沿った強度プロファイルを示している。レーザ光L1は波長532nmの励起光として、y方向の直線偏光としている。色素はエオシンYであり、変調周波数f=10kHzとしている。対物レンズの開口数は1.4である。
【0060】
図8,
図9では、変調周波数fと変調周波数の変調高調波2f、3fの信号でそれぞれ構成された微小点の画像の信号強度プロファイルが示されている。変調周波数fの信号で構成された画像におけるX方向プロファイルのFWHM(Full Width at Half Maximum)は174nmであり、Z方向プロファイルのFWHMは497nmとなる。変調周波数fの2倍の変調高調波2fの信号で構成された画像におけるX方向プロファイルのFWHMは130nmであり、Z方向プロファイルのFWHMは346nmとなる。変調周波数fの3倍の変調高調波3fの信号で構成された画像におけるX方向プロファイルのFWHMは109nmであり、Z方向プロファイルのFWHMは288nmとなる。したがって、変調周波数fのn倍(nは2以上の整数)の高調波成分で検出信号を復調することで、画像の広がりが小さくなり、高空間分解能である撮像が可能となる。
【0061】
例えば、2次の変調高調波成分を検出することにより、1次の変調周波数成分を検出した場合と比べてXY平面で1.34倍の空間分解能で検出することができる。このように2次、3次の変調高調波成分を検出することにより、空間分解能をそれぞれ1.34倍、1.60倍に向上させることができる。従って、回折限界を超えた空間分解能で撮像することが可能になり、従来のレーザ顕微鏡に比べて高空間分解能で撮像することができる。さらに、光検出器31は、蛍光ではなく、レーザ光波長の透過光を信号光L2として検出している。換言すると、光検出器31でサンプル40を透過した透過光を検出しているため、高いS/Nで検出することができる。よって、簡便な構成で高空間分解能での撮像を実現することができる。よって、診断精度の向上に資することができる。
【0062】
光検出器31が、照明光であるレーザ光L1と同じ波長の透過光を信号光L2として検出している。このため、高次の非線形効果を観察する場合でも、レーザ光と同じ波長の光を検出すればよい。すなわち、サンプル40を透過した透過光の検出で、非線形効果に基づく観察が可能になる。すなわち、非線形光学損失を計測しているため、短波長用の光学部品や計測器を準備しなくても、容易に高次の非線形応答を確認することができる。よって、可視域用の光学系を用いながらも、高い空間分解能を実現することができる。非線形の応答を分離検出することにより、回折限界を越えた空間分解能で試料の形状を3次元観察することができる。
【0063】
本実施の形態にかかる光学顕微鏡を用いることで、電子顕微鏡を用いずとも、高解像度の診断画像の撮像が可能となる。よって、電子顕微鏡よりも安価な光学顕微鏡で、診断精度を向上することが可能になる。さらに、電子顕微鏡用のサンプルを作成する必要がなくなるため、簡便に診断することができる。高い3次元空間分解能を得ることができるため、厚いサンプル40を薄い切片に加工せずとも断面像を撮像することができる。
【0064】
さらに、特許文献1では、高次の非線形光学効果により光高調波を発生させる構成とする必要があるのに対して、本実施の形態では、色素での吸収の飽和を用いているため、高次の非線形光学効果により光高調波を発生させる必要がない。
【0065】
上記の説明では、変調器を用いてレーザ光強度を変化させたが、これ以外の方法によってレーザ光強度を変化させても良い。たとえば、特許文献2に示したように、レーザ光L1の光路にNDフィルタを挿脱することで、レーザ光強度を段階的に変化させることができる。そして、レーザ光強度が最大となるときに、色素での吸収の飽和が発生するようにする。あるいは、出力強度の異なる2つ以上のレーザ光源を用いて、レーザ光強度を変えてもよい。これにより、同様の効果を得ることができる。例えば、信号光が非線形領域となる第1の強度と、第1の強度と異なる第2の強度の少なくとも2つの強度とで試料に照射されるようレーザ光の強度を変化させる。第2の強度では線形領域となるようにしてもよい。そして、第1の強度での信号光の強度及び前記第2の強度での信号光の強度に基づいて信号光の非線形な増加成分を算出する。このようにしても、同様の効果を得ることができる。
【0066】
また、他の方法として、複数の周波数で復調する方法がある。例えば、復調周波数を0(DC)、f、2f、・・・と複数にする。それぞれの復調結果の線形演算を行うことで、非線形信号を抽出する。複数の復調周波数を用いることで、単一周波数の復調に比べて、信号光が増大する。例えば、2次の非線形成分の抽出には、0(DC)、f、2fの3つの復調周波数で復調する。また、3次の非線形成分の抽出には、0(DC)、f、2f、3fの4つの復調周波数で復調する。n次の非線形信号に対して、nf以下の周波数の信号を測定すればよい。例えば、処理部33が上記の処理を行うことで、画像を生成することができる。
【0067】
上記の説明では、サンプル40からの透過信号のみを検出したが、同時にサンプル40からの蛍光を検出してもよい。例えば、レーザ光L1の光路にダイクロイックミラーを挿入することで、サンプル40から発生した蛍光信号をレーザ光L1から分岐できる。蛍光信号の検出には、例えば、光電子増倍管(PMT)又はフォトダイオード(PD)を使用してもよい。よって、蛍光画像と、透過光の非線形な増加成分に基づく画像とを同時に撮像することができ、高精度の病理診断に資することができる。
【0068】
レーザ光源11をCWレーザ光源とすることで装置構成を簡素化することができ、取り扱いを容易にすることができる。また、サンプル40に照射されるレーザ光L1はパルスレーザ光であってもよい。例えば、レーザ光源11をパルスレーザ光源としてもよい。あるいは、レーザ光源11をCWレーザ光源として、変調器12によりレーザ光L1がパルスレーザ光となるよう変調されてもよい。パルスレーザ光を用いることで、入射強度を弱くしても、吸収の飽和を生じさせることができる。これにより、サンプル40の褪色を防ぐことができる。
【0069】
実施例
図10は、本実施の形態にかかる光学顕微鏡で測定された、励起光強度(レーザ光強度)を変えた場合の色素溶液からの透過信号光強度の変化を示す図である。横軸が励起光強度であり、縦軸が信号強度である。
図10の信号光強度は、変調周波数成分(f)と変調周波数fの2倍の変調高調波成分(2f)で復調された透過信号の強度をそれぞれ示している。
【0070】
色素はエオシンYであり、その溶液濃度は4mMである。励起光波長は532nmであり、対物レンズの開口数は0.3である。変調周波数f=10kHzとしている。
【0071】
変調周波数成分(f)で復調した透過信号と励起強度の関係は傾き1に一致する。すなわち、変調周波数成分(f)で復調された透過信号は、線形信号となる。一方、変調周波数fの2倍の変調高調波(2f)で復調された透過信号は励起強度に対して、2次の非線形な増加を示す。すなわち、変調周波数fの2倍の変調高調波(2f)で透過信号を復調することで、透過信号のうち2次の非線形信号成分を検出できる。
【0072】
図11は、本実施の形態にかかる光学顕微鏡で撮像された画像とそのプロファイルを示す図である。
図11は、エオシンY溶液で染色した直径2μmのポリスチレンビーズをサンプル40として観察した際のXY画像を示している。具体的には、
図11は、変調周波数fで復調した信号で構成されたサンプル画像と、その2倍の変調高調波2fで復調した信号で構成されたサンプル画像を示している。さらに、
図11の下側のグラフは、それぞれの画像のマーク部分におけるプロファイルを示している。
【0073】
レーザ光波長は532nmである。1画素あたりの露光時間は、500μsecである。画素サイズは、303nm/pixelである。対物レンズの開口数は0.3である。変調周波数fの画像におけるレーザ光強度は、56W/cm2であり、変調高調波2fの画像におけるレーザ光強度は、27kW/cm2である。
【0074】
変調高調波2fの信号で構成された画像は、変調周波数fの信号で構成された画像よりも高い空間分解能となっている。変調高調波2fの信号で構成されたビーズ画像のサイズ(FWHM)は2.1μmであり、変調周波数fで構成された同じビーズ画像のサイズ(FWHM)は、3.0μmである。変調高調波2fの成分の検出により、高解像度での撮像が可能となる。
【0075】
図12は、ラットの腎組織をサンプルとして撮像したXY画像を示している。サンプルを染色した色素はエオシンYである。具体的には、
図12は、変調周波数fで復調した信号で構成されたサンプル画像と、変調高調波2fで復調した信号で構成されたサンプル画像を示している。さらに、
図12の下側のグラフは、それぞれの画像のマーク部分のプロファイルを示している。
【0076】
レーザ光波長は532nmである。1画素あたりの露光時間は、500μsecである。画素サイズは、293nm/pixelである。対物レンズの開口数は0.3である。変調周波数fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は、100W/cm2であり、変調高調波2fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は27kW/cm2である。
【0077】
図13は、高開口数NA=1.4の対物レンズを使用して撮像したラットの腎組織のXY画像を示している。サンプルを染色した色素はエオシンYである。具体的には、
図13は、変調周波数fで復調した信号で構成されたサンプル画像と、変調高調波2fで復調した信号で構成されたサンプル画像を示している。
【0078】
レーザ光波長は532nmである。1画素あたりの露光時間は、500μsecである。画素サイズは、59nm/pixelである。対物レンズの開口数は1.4である。変調周波数fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は、110W/cm2であり、変調高調波2fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は130kW/cm2である。
【0079】
図14は、ラットの腎組織をサンプルとして撮像したXZ画像を示している。サンプルを染色した色素はエオシンYである。具体的には、
図14は、変調周波数fで復調し信号で構成されたサンプル画像と、その2倍の変調高調波2fで復調した信号で構成されたサンプル画像を示している。
【0080】
レーザ光波長は532nmである。1画素あたりの露光時間は、500μsecである。画素サイズは、98nm/pixelである。対物レンズの開口数は1.4である。変調周波数fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は、7.9kW/cm2であり、変調高調波2fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は390kW/cm2である。
【0081】
図15は、ラットの腎組織をサンプルとして撮像したXY画像を示している。サンプルを染色した色素はヘマトキシリンである。具体的には、
図15は、変調周波数fで復調した信号で構成されたサンプル画像と、変調高調波2fで復調した信号で構成されたサンプル画像を示している。さらに、
図15の下側のグラフは、それぞれの画像のマーク部分のプロファイルを示している。
【0082】
レーザ光波長は532nmである。1画素あたりの露光時間は、500μsecである。画素サイズは、293nm/pixelである。対物レンズの開口数は0.3である。変調周波数fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は、100W/cm2であり、変調高調波2fの信号で構成された画像におけるレーザ光強度は48kW/cm2である。
【0083】
上記の実施例の画像から明らかなように、透過信号に含まれる高調波成分に基づいて診断画像を生成することで、高解像度の診断画像を取得することができる。
【0084】
以下、サンプル40を染色する色素の濃度およびサンプル40の厚さについて説明する。サンプル中の色素の量が多すぎる場合、色素の吸収により検出される透過光の光量が少なくなる。このため、検出される透過光の非線形信号成分の量が少なくなる。例えば、サンプル中の色素の濃度が十分高い場合、検出される透過光の非線形信号成分の量が少なくなる。あるいは、サンプルの厚さが十分厚い場合、検出される透過光の非線形信号成分の量が少なくなる。したがって、サンプル中の色素濃度とサンプルの厚さを一定値以下とすることが好ましい。
【0085】
以下、透過信号強度と、サンプル40を染色する色素の濃度およびサンプル40の厚さの関係について説明する。色素の濃度をCとし、Z方向におけるサンプル40の厚さをLとする。なお、ここでの厚さLは、組織切片や細胞の厚さではなく、サンプル40中で光吸収が比較的強く起こる部位の厚さとしてもよい。濃度Cと厚さLとの積を積CLとする。透過信号強度をItrとすると、Itrと積CLの関係は数式(1)と数式(2)を用いて表される。ここで数式(1)のIexは励起強度を示す。Wo(x)はLambert W関数を示す。Is はsaturation intensityと呼ばれ、その内容は後述する。数式(2)のσは色素の吸収断面積、NAはアボガドロ定数を示す。
【0086】
【0087】
【0088】
ここで数式(1)と数式(2)のIs はsaturation intensityと呼ばれ、数式(3)に示すようになる。数式(3)のhはプランク定数、cは光速、λはレーザ光L1の波長、kfは分子励起状態から基底状態への輻射を伴う緩和過程の速度定数、knfは輻射を伴わない緩和過程の速度定数をそれぞれ示している。
【0089】
【0090】
図16にエオシンYの光物性値を基に、数式(1)と数式(2)を用いて計算した積CLと、信号光強度との関係を示す。横軸は積CLを示し、縦軸は信号光(透過光)強度を示している。変調周波数f=10kHzである。
図16では、透過光の変調周波数成分(f)、2次の変調高調波成分(2f)、及び3次の変調高調波成分(3f)のグラフを示している。
図16では、各成分について、4通りの励起光強度での計算結果を示している。
【0091】
例えば、積CLが4.0×10-9mol/cm2以下の場合、積CLの増加とともに透過光の変調高調波成分が増加する。積CLが4.0×10-9mol/cm2よりも大きい場合、積CLの増加とともに2次又は3次の変調高調波成分が減少する。
【0092】
このように、特にエオシンYで染色した組織サンプルを撮像する場合において、積CLを4.0×10-9mol/cm2以下とすることが好ましい。色素の吸収飽和に応じた信号光の非線形な増加成分に基づいて、高解像度の診断用画像を生成することができる。
【0093】
エオシンY以外の色素で染色した組織サンプルを撮像する場合においても、積CLの値を、透過信号強度の変調周波数fの変調高調波成分の傾きが積CLに対して正となる範囲で調整することが好ましい。サンプルを任意の色素で染色した場合において、積CLに対して変調周波数fの変調高調波成分の傾きが正となる範囲に積CLの値が含まれていることが好ましい。色素の吸収飽和に応じた信号光の非線形な増加成分に基づいて、高解像度の診断用画像を生成することができる。
【0094】
なお、レーザ光波長は、色素の吸収ピーク波長と一致していてもよく、一致していなくても良い。また、レーザ光波長を吸収ピーク波長から短波長側にずらしてもよい。このようにすることで、より高い分解能で撮像することができる。例えば、紫外線レーザ光を励起光として用いることも可能である。
【0095】
また、レーザ波長を色素の吸収ピーク波長からずらすことで、吸収断面積が小さくなる。色素の吸収断面積に応じて、積CLに対して変調周波数fの変調高調波成分が正の傾きを持つ範囲が変わることになる。つまり、レーザ波長に応じて、積CLに対して透過信号強度の変調周波数fの変調高調波成分の傾きが正となる範囲の上限値が変わることになる。この点について、
図17を用いて説明する。
図17は色素の吸収断面積を変えた場合の積CLと、信号光強度との関係を示す。
【0096】
図17に示すように、吸収断面積が大きい場合、色素の吸収が飽和しやすくなるため、積CLに対して透過信号強度の変調周波数fの変調高調波成分2f、3fの傾きが正となる範囲の積CLの上限値が小さくなる。このため、吸収断面積が大きいほど、傾きが正となる範囲が狭くなる。また、レーザ波長に応じて、色素の吸収断面積が変化する。レーザ波長を変えることで、積CLに対して透過信号強度の変調周波数fの変調高調波成分の傾きが正となる範囲に積CLの値を含ませることができる。すなわち、色素に対して適切な吸収断面積を有するレーザ波長を選択することで、高解像度の画像を撮像することができる。
【0097】
なお、サンプル40は、エオシン、及びヘマトキシリン以外の色素で染色されていてもよい。また、サンプル40は、2以上の色素で染色されていても良い。例えば、免疫染色、PAS(periodic acid-Schiff)染色、Masson trichrome染色、Congo red染色、Oil red O染色、アザン染色、ギムザ染色、スダンIII染色等の染色法を用いてもよい。もちろん、サンプル40を染色する色素の種類および染色法等は、上記の例に限定されるものではない。
【0098】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【0099】
この出願は、2021年2月1日に出願された日本出願特願2021-14272を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0100】
1 光学顕微鏡
11 レーザ光源
12 変調器
13 ガルバノミラー
14 対物レンズ
21 集光レンズ
31 光検出器
32 ロックインアンプ
33 処理部
34 ビームサンプラ
35 参照光検出器
40 サンプル