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▶ 雪印メグミルク株式会社の特許一覧

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  • 特許-展延性の優れたバター及びその製造方法 図1
  • 特許-展延性の優れたバター及びその製造方法 図2
  • 特許-展延性の優れたバター及びその製造方法 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】展延性の優れたバター及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23C 15/02 20060101AFI20240404BHJP
   A23C 15/12 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
A23C15/02
A23C15/12
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020004646
(22)【出願日】2020-01-15
(65)【公開番号】P2021108634
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】711002926
【氏名又は名称】雪印メグミルク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松橋 崇行
(72)【発明者】
【氏名】津田 智弘
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 孝一郎
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-020429(JP,A)
【文献】特開2001-333720(JP,A)
【文献】特開2013-192460(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C 15/00-15/20
A23D 7/00-9/06
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バター製造工程におけるワーキング(練圧)において、バターに対して、D50径が1μm以下の乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームを添加し混練する工程を含む、バターの製造方法。
【請求項2】
前記D50径が1μm以下の乳脂肪球を含み脂肪濃度が70%以上のクリームの添加量が、バター重量の85%以上となるように添加する請求項1に記載の、バターの製造方法。
【請求項3】
バター中にD50径が1μm以下の乳脂肪球をバター重量の32.2%以上含有する、冷蔵保存しても展延性に優れたバター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細な乳脂肪球を添加して、組織を軟化、展延性を付与したバター及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
バターは通常次の工程によって得られる。
生乳から遠心分離等で乳脂肪を30%~40%に濃縮してクリームとし、そのクリームを加熱殺菌した後に5℃程度にまで急冷させ、一定時間エージングを行い、脂肪球を安定な結晶状態にする。そのクリームをチャーニングさせて、バター粒とバターミルクに分離させ、バター粒をワーキング(練圧)する。
こうして製造した製造直後のバターは軟らかく、流動性を有しているが、冷蔵保存後は徐々に固化し、硬さが飛躍的に高くなる。そのため、冷蔵庫から取り出した直後のバターを使用するに当たっては困難が伴う。
【0003】
チャーニングからワーキングまでを行う方法としては、一般的にチャーンを用いたバッチ式製造方法と連続式バター製造機を用いた連続式製造方法がある。生産効率の観点から、連続式バター製造機を用いて行われることが多い。
この連続式製造方法は、乳脂肪球に対して高せん断をかけてチャーニングを行う機構で、大部分の乳脂肪球が破壊されてしまうため、得られるバター中の乳脂肪球の残存率が、チャーンを用いたバッチ式製造方法と比べて低いことが知られている。
さらに、通常の乳脂肪球は低温保存中の相変化による体積変化のために、冷蔵保存中でも破壊が進行する。バター中の乳脂肪球の数が減ることが、冷蔵保存中にバターが硬くなる原因の1つであると考えられる。
【0004】
これまでに、冷蔵又は冷凍しても軟らかな物性を維持し、容易に展延、塗布できる性質を有するバターに関する研究開発がなされている。主なものとして次の3つの技術が知られている。
(1) バターに糖類を配合して軟化させる方法が知られている。この方法では、バターに糖類を10~40重量%となるよう加えて混練することによりバターを軟化させるものである。(特許文献1)
(2)乳から分離したクリームを、300~4000kg/cm2の加圧下に2~15℃でエージングした後チャーニング及びワーキングすることで硬度が高く、展延性のよいバターを得る方法がある。(特許文献2)
(3)バター中に分散する水粒子の直径の平均値が3μm以下、その標準偏差が1μm以下であり、かつ該バター中の空気含有量が10Nml/kg以下とすることによりバターの展延性を良好にするものである。(特許文献3)
【0005】
しかしながら、 (1) の方法では、冷蔵保存しても軟化が維持されるが、バター以外の副原料が占める割合がかなり高く、風味の点でもバターと異なるものとなる。(2)の方法では、高圧に耐える設備が必要となり、大掛かりな設備投資が必要となる。 (3) の方法は、バター中の水滴径制御によるバター物性の改良方法である。
このように、従来技術においては、バター中の乳脂肪球の数を増やすことにより、冷蔵保存中の硬化抑制を検討した報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平11-262357号公報
【文献】特許3029687号公報
【文献】特許2781723号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、冷蔵保存しても軟らかい組織を維持し、展延性に優れ、しかも、バター独特の風味を維持するバター及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明には以下の構成が含まれる。
1)バター製造工程におけるワーキング(練圧)において、バターに対して、D50径が1μm以下の乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームを添加し混練する工程を含む、バターの製造方法。
2)前記D50径が1μm以下の乳脂肪球を含み脂肪濃度が70%以上のクリームの添加量が、バター重量の85%以上となるように添加する1)に記載の、バターの製造方法。
3)1)または2)の製造方法で得られる、バター。
4)バター中にD50径が1μm以下の乳脂肪球をバター重量の32.2%以上含有する、冷蔵保存しても展延性に優れたバター。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、乳素材のみを原料とし、微細な乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームを添加混練するだけで、冷蔵保存しても軟らかい組織を維持し展延性に優れたバター及びその製造方法を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は実施例で作成した乳脂肪球の粒径分布を示す。
図2図2は試作後10日経過したバターの貯蔵弾性率の温度依存性を示す。
図3図3は試作後39日経過したバターの貯蔵弾性率の温度依存性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明についてより詳細に説明する。
本発明者らは、冷蔵保存しても軟らかい組織を維持していて、かつ展延性が良好であり、さらにバター独特の風味を維持しているバターを得るべく開発を続けたところ、本発明の構成に思い至ったものである。本発明によって得られたバターは、そのマトリックス中に微細な乳脂肪球を含み高脂肪濃度のクリームを含むことに特徴がある。
【0012】
通常のバターの製造においてはチャーニング工程において原料中に存在する乳脂肪球は、その大部分が破壊されてしまい、これが、冷蔵保存中にバターの硬化が進む原因と考えられた。そこで、冷蔵保存しても破壊が進むことが少ない微細な乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームを、ワーキング工程においてバター中に添加混錬することで、バターの冷蔵保存中においても柔らかい組織を維持し展延性に優れたバターを得ることに成功した。
これは、バターのマトリックス中に多数の微細な乳脂肪球が分散して存在しているので、冷蔵保存によりバターのマトリックスが硬化してしまっても、マトリックス中に多数存在する微細な乳脂肪球が塑性変形の起点となり、バター全体を柔らかい組織に維持し、良好な展延性を発揮するためと考えられる。
【0013】
また、本発明において添加する微細な乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームは生乳に含まれる成分で構成するため、バター独特の風味を損なうことなく、バターに対して新たな特性を付与することができる。この点も前記した従来技術とは相違する本発明による顕著な効果であるといえる。
これらの技術的知見は本発明者らによって新たに見出された知見であり、従来技術からは到底予測できなかったものである。
【0014】
本発明で使用する微細な乳脂肪球は、体積基準のメディアン径(D50)が1μm以下のものを使用する。微細な粒子径の乳脂肪球であるので、冷蔵保存しても破壊することが少ない。
また、D50径が1μm以下の乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームは、例えば、次の2つの方法で製造することができる。
第1の方法は、脂肪率40~50%のクリームを脱イオン水により3倍希釈して40℃に加温遠心し、上層を回収した後に、上記操作を3回繰返し、得られた上層を1日以上凍結保管した後、加温融解・遠心分離して得られた上層を用いることにより得るものである。すなわち、凍結・加温融解と遠心分離・上層回収を繰り返すことで微細な乳脂肪球を回収する方法である。また、第2の方法は、バターオイルと脱脂乳、乳由来リン脂質濃縮物を脂肪率10~20%となるように混合攪拌して乳化させ、均質機に通すことで粒子径を1μm以下とし、遠心分離後、上層を用いることにより得る方法で、均質機により微細な乳脂肪球を生成し、これを遠心分離により回収する方法である。
【0015】
これらの方法で得られたクリームに含まれる乳脂肪球径は、D50が1μm以下であることが確認された。また、得られたクリームは、脂肪率70%以上の高濃度クリームであった。
このようにして得られたD50径が1μm以下の乳脂肪球を含む脂肪率70%以上の高脂肪濃度クリームを、常法で得られたバター粒に、バター重量の85%以上加え、十分にクリームが抱き込まれるまで混練させることで、冷蔵保存しても軟らかい組織を維持し展延性に優れたバターを得ることができる。バター粒に対して、このような微細な乳脂肪球をふくむ高脂肪濃度クリームをある程度の重量%で添加することが必要であると考えられる。
なお、D50径が1μm以下の乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームをバター重量の85%以上となるように添加すると展延性に優れたバターを得ることができたが、その場合、得られたバター中には、当該乳脂肪球がバター重量の32.2%以上含まれることになる。
ここで32.2%の根拠は次のとおりである。すなわち、バターに対して、D50径が1μm以下の乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームを85%を添加した場合、バター中のD50径が1μm以下の乳脂肪球の占める割合は、85×0.7/185=32.2%となる。
【実施例
【0016】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
脱脂乳3.4kgを50℃に加温後乳由来リン脂質濃縮物を300g添加し、5分攪拌を行った。50℃に加温したバターオイルを600g添加し、さらに5分間攪拌させた後、背圧27MPaで均質機に通した。得られたクリームを35℃,7000gで30分間遠心し、上層を回収し20℃で1日保管した(上記第2の方法)。このようにして得られたクリームには、D50が1μm以下の微細な乳脂肪球径が含まれていること、脂肪率は72.3%であることが確認された。当該乳脂肪球の粒径分布を図1に示す。
なお、この乳脂肪球の粒径の測定は次のとおり行った。すなわち、測定は粒度分布計(Microtrac MT3300EXII)を用い、N=3で行って平均値を用いた。測定条件は、個数基準、透過性:透過、屈折率:1.81、形状:非球形、溶媒:脱イオン水、屈折率:1.333、測定時間(s):60であった。
連続バター製造機のチャーニング部から得られたバター粒350gを混練し、途中で上記クリームをバター重量の85%を加え、十分抱き込まれるまで混連を行った。比較対象として、クリームを添加せずに混練したバターを試作した。
【0017】
実施例で得られたバターを直ちに6℃庫で保管した。試作後10日、39日経過したバターの貯蔵弾性率の温度依存性測定を、動的粘弾測定装置を用いて行った。その結果を図2(10日経過品)及び図3(39日経過品)に示す。
動的粘弾測定は次のとおり行った。バターを7℃下で直径30mm、厚さ約3mmの薄い円柱状の形状に調製してバターサンプルとし、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”の温度依存性を測定した。測定装置にはMCR302(Anton Paar社)を用い、測定治具としてPP25/P2(パラレルプレート)を用いた。測定条件としては、歪み0.01%、角周波数1 rad/s、4℃で5分間保持後、4℃から35℃まで1℃/minで昇温する温度プログラムで測定を行った。
【0018】
図2および図3より、4℃~33℃の範囲で、微細な乳脂肪球を含む高脂肪濃度クリームを添加したバターの方が貯蔵弾性率が低く、柔らかい組織であることがわかる。さらに、6℃保存39日経過品の結果から、低温保存下においても軟らかさを長期間にわたって維持しており、実施例で得られた本発明のバターがより優れていることがわかる。
図1
図2
図3