IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 山陽特殊製鋼株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-蓄電デバイス用負極材料 図1
  • 特許-蓄電デバイス用負極材料 図2
  • 特許-蓄電デバイス用負極材料 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】蓄電デバイス用負極材料
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/48 20100101AFI20240404BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20240404BHJP
   H01M 4/38 20060101ALI20240404BHJP
   H01G 11/30 20130101ALI20240404BHJP
【FI】
H01M4/48
H01M4/36 C
H01M4/36 E
H01M4/38 Z
H01G11/30
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020027177
(22)【出願日】2020-02-20
(65)【公開番号】P2021131990
(43)【公開日】2021-09-09
【審査請求日】2022-12-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣野 友紀
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】福井 晃三
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-502026(JP,A)
【文献】特開2013-225469(JP,A)
【文献】特開2011-003432(JP,A)
【文献】特表2016-530189(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/62
H01M 10/05-10/0587
H01G 11/00-11/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の粒子からなる蓄電デバイス用負極材料であって、
それぞれの粒子が、Si酸化物のマトリクスに複数のSi相が分散する組織を有しており、
上記マトリクスが、
(1)SiO
及び
(2)SiO相の一部のOがSiに置換して得られたSiO
を含んでおり、
上記Si相の結晶子サイズが80nm以下であり、
X線回折における、SiOのメインピークである(101)面の回折ピーク強度Iの半値幅Aが、0.20°以上1.30°以下であり、
X線回折における、Siのメインピークである(111)面の回折ピーク強度IIの半値幅Bが、0.30°以上1.50°以下である負極材料。
【請求項2】
上記粒子における、Si相の面積率が5.0%以上10.0%以下であり、SiO相の面積率が80.0%以上90.0%以下であり、SiO相の面積率が5.0%以上10.0%以下である請求項1に記載の負極材料。
【請求項3】
その平均粒子径D50が1.0μm以上12.0μm以下である請求項1又は2に記載の負極材料。
【請求項4】
多数の被覆粒子からなる蓄電デバイス用負極材料であって、
それぞれの被覆粒子が、コア粒子と、このコア粒子の表面の一部又は全部を覆う導電性の被覆層とを有しており、
上記コア粒子が、Si酸化物のマトリクスにSi相が分散する組織を有しており、
上記マトリクスが、
(1)SiO
及び
(2)SiO相の一部のOがSiに置換して得られたSiO
を含んでおり、
上記Si相の結晶子サイズが80nm以下であり、
X線回折における、SiOのメインピークである(101)面の回折ピーク強度Iの半値幅Aが、0.20°以上1.30°以下であり、
X線回折における、Siのメインピークである(111)面の回折ピーク強度IIの半値幅Bが、0.30°以上1.50°以下である負極材料。
【請求項5】
上記被覆層の材質が、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、カーボンナノファイバー及びカーボンナノチューブからなる群より選択された1又は2以上である請求項4に記載の負極材料。
【請求項6】
上記被覆層の含有率が10質量%以下である請求項4又は5に記載の負極材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池、全固体リチウムイオン二次電池、ハイブリットキャパシタ等の、充電時及び放電時にリチウムイオンの移動を伴う蓄電デバイスの、負極に適した材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話機、携帯音楽プレーヤー、携帯端末等が急速に普及している。これらの携帯機器は、リチウムイオン二次電池を有している。電気自動車及びハイブリッド自動車も、リチウムイオン二次電池を有している。さらに、家庭用の定置蓄電デバイスとして、リチウムイオン二次電池及びハイブリットキャパシタが用いられている。
【0003】
リチウムイオン二次電池では、放電時に負極がリチウムイオンを吸蔵する。リチウムイオン二次電池の充電時には、負極からリチウムイオンが放出される。負極は、集電体と、この集電体の表面に固着された活物質とを有している。
【0004】
負極における活物質として、天然黒鉛、人造黒鉛、コークス等の炭素系材料が用いられている。この炭素系材料の、リチウムイオンに対する理論上の容量は、372mAh/gにすぎない。容量の大きな活物質が望まれている。
【0005】
負極における活物質として、Siが注目されている。Siは、リチウムイオンと反応する。この反応により、化合物が形成される。典型的な化合物は、Li22Siである。この反応により、大量のリチウムイオンが負極に吸蔵される。Siは、負極の蓄電容量を高めうる。
【0006】
Siを含む活物質層がリチウムイオンを吸蔵すると、前述の化合物の生成により、この活物質層が膨張する。活物質の膨張率は、約400%である。活物質層からリチウムイオンが放出されると、この活物質層が収縮する。膨張と収縮との繰り返しにより、活物質が集電体から脱落する。この脱落は、蓄電容量を低下させる。膨張と収縮との繰り返しにより、活物質間の導電性が阻害されることもある。
【0007】
膨張と収縮との繰り返しによって活物質に新たな界面が形成されるので、活物質の表面にてSEIが継続的に形成される。SEIの形成は、電解液の分解反応を伴う。この分解反応は、電解液の枯渇を引き起こす。電解液の分解反応は、抵抗被膜の形成を伴う。この抵抗被膜は、電池の内部抵抗を増大させる。Siを含む従来のリチウムイオン二次電池負極の寿命は、長くない。
【0008】
Si酸化物の蓄電容量は、Siの蓄電容量に比べると小さいが、炭素系材料の蓄電容量に比べると十分大きい。さらに、Si酸化物がリチウムイオンを吸蔵するときの体積変化は、Siのそれと比べて小さい。サイクル寿命の観点から、リチウムイオン二次電池へのSi酸化物の適用が、検討されている。
【0009】
Si酸化物がリチウムイオンを吸蔵すると、反応によってケイ酸リチウムが生成する。この反応は、不可逆的である。このケイ酸リチウムは、初期容量可逆率の低下を招く。さらに、ケイ酸リチウムが多量に生成されて被膜が形成されると、この被膜が抵抗となり、サイクル中の容量低下を引き起こす。
【0010】
特開2018-41702公報には、その組成がSi、Si酸化物及び炭素系材料からなる負極材料が開示されている。この負極材料では、炭素系材料が、初期容量可逆率を改善する。特表2019-508842公報にも、同様の組成の負極材料が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2018-41702公報
【文献】特表2019-508842公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来のリチウムイオン二次電池では、大きな蓄電容量、長いサイクル寿命、及び十分な初期容量可逆率の全てを満たすことはできない。同様の問題は、リチウムイオン二次電池以外の、様々な蓄電デバイスにおいても、生じている。
【0013】
本発明の目的は、蓄電容量、サイクル寿命及び初期容量可逆率に優れた蓄電デバイスが得られる、負極材料の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る蓄電デバイス用負極材料は、多数の粒子からなる。それぞれの粒子の材質は、Si酸化物のマトリクスに複数のSi相が分散する金属組織を有する合金である。このマトリクスは、
(1)SiO
及び
(2)SiO相の一部のOがSiに置換して得られたSiO
を含む。Si相の結晶子サイズは、80nm以下である。X線回折における、SiOのメインピークである(101)面の回折ピーク強度Iの半値幅Aは、0.20°以上1.30°以下である。X線回折における、Siのメインピークである(111)面の回折ピーク強度IIの半値幅Bは、0.30°以上1.50°以下である。
【0015】
好ましくは、この合金における、Si相の面積率は5.0%以上10.0%以下であり、SiO相の面積率は80.0%以上90.0%以下であり、SiO相の面積率は5.0%以上10.0%以下である。
【0016】
好ましくは、負極材料の平均粒子径D50は、1.0μm以上12.0μm以下である。
【0017】
本発明に係る他の蓄電デバイス用負極材料は、多数の被覆粒子からなる。それぞれの被覆粒子は、コア粒子と、このコア粒子の表面の一部又は全部を覆う導電性の被覆層とを有する。このコア粒子の材質は、Si酸化物のマトリクスにSi相が分散する金属組織を有する合金である。このマトリクスは、
(1)SiO
及び
(2)SiO相の一部のOがSiに置換して得られたSiO
を含む。Si相の結晶子サイズは、80nm以下である。X線回折における、SiOのメインピークである(101)面の回折ピーク強度Iの半値幅Aは、0.20°以上1.30°以下である。X線回折における、Siのメインピークである(111)面の回折ピーク強度IIの半値幅Bは、0.30°以上1.50°以下である。
【0018】
好ましくは、被覆層の材質は、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、カーボンナノファイバー及びカーボンナノチューブからなる群より選択された1又は2以上である。
【0019】
好ましくは、被覆層の含有率は、10質量%以下である。
【0020】
本発明に係る負極材料の製造方法は、
(1)その材質がSiである原料と、その材質がSiOである原料とを、準備する工程
及び
(2)これらの原料をミリングに供し、SiO相の一部のOをSiに置換してSiO相を形成する工程
を含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る負極材料が用いられた蓄電デバイスでは、Si相が主として蓄電容量及び初期容量可逆率に寄与し、SiO相及びSiO相が主としてサイクル寿命に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る負極材料の金属組織の一部が示されたTEM写真である。
図2図2は、図1の金属組織の他の部分が示されたTEM写真である。
図3図3は、図1の負極材料の粉末X線回折の結果が示されたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態に基づいて本発明が詳細に説明される。
【0024】
本実施形態は、リチウムイオン二次電池の負極材料である。このリチウムイオン二次電池は、充放電時にリチウムイオンの移動を伴う蓄電デバイスの一例である。リチウムイオン二次電池の負極は、集電体、活物質、導電材及び結着材を有している。活物質、導電材及び結着材が混ざり合った状態で、これらが集電体に付着している。導電材は、活物質の導電性を補助する。結着材は、活物質粒子を他の活物質粒子に固着させる。結着材はさらに、活物質粒子を集電体に固着させる。この活物質として、本発明に係る負極材料が用いられうる。
【0025】
負極材料は、多数の粒子からなる。多数の粒子の集合は、粉末である。これらの粒子の材質は、合金である。
【0026】
図1に、負極材料の金属組織のTEM写真が示されている。図1には、複数のSi相と、SiO相とが示されている。図2は、図1の金属組織の他の部分が示されたTEM写真である。図2には、SiO相が示されている。この金属組織は、複数のSi相と、SiO相と、SiO相とを有する。SiO相及びSiO相は、マトリクスである。換言すれば、この金属組織は、Si酸化物であるマトリクスを有する。この金属組織では、マトリクス中にSi相が分散している。
【0027】
合金が、Si相、SiO相及びSiO相と共に、他の相を含んでもよい。好ましくは、この合金は、Si相、SiO相及びSiO相のみからなる。好ましくは、この合金の組成はSi及びOを含み、残部は不可避的不純物である。
【0028】
それぞれのSi相は、微細である。このリチウムイオン電池では、Si相は、マトリクスを介して電解液と通電している。Si相は、電気的に孤立していない。Si相は、リチウムイオンと反応する。この反応により、化合物が形成される。典型的な化合物は、Li22Siである。この反応により、大量のリチウムイオンがSi相に吸蔵される。Si相は、負極の蓄電容量を高めうる。この吸蔵により、Si相は膨張する。リチウムイオンは、Si相から離脱しうる。この離脱により、Si相は収縮する。
【0029】
SiO相がリチウムイオンと反応すると、不可逆的化合物であるケイ酸リチウムが生成する。SiO相がリチウムイオンと反応すると、わずかに、可逆的化合物も生成する。この反応により、SiO相が膨張する。可逆的化合物からリチウムイオンが離脱するとき、SiO相が収縮する。膨張時及び収縮時の、SiO相の体積変化率は、Si相のそれと比べて極めて小さい。
【0030】
SiO相は、SiO相に由来する。SiO相に含まれるO原子の一部がSi原子に置換することで、SiO相が形成される。従って、値Xは2.0未満である。好ましい値Xは、0.2以上1.8以下である。
【0031】
SiO相では、置換によって導入されたSiがリチウムイオンと反応する。この反応により、リチウムイオンが負極に吸蔵される。置換によって導入されたSiは、負極の蓄電容量を高めうる。
【0032】
置換によって導入されたSiがリチウムイオンと反応するとき、SiO相の膨張が生じる。リチウムイオンが離脱するとき、SiO相の収縮が生じる。膨張又は収縮によって生じた応力は、置換によって導入されたSiの周囲に存在する、O-Si-O結合により、緩和される。この緩和は、Siの電気的孤立を抑制する。この緩和は、集電体からの粒子の脱落を抑制する。この負極は、サイクル寿命に優れる。
【0033】
SiO相は、Si相とSiO相との中間の性質を有する。膨張時及び収縮時のSiO相の体積変化率は、Si相のそれよりも小さく、かつSiO相のそれよりも大きい。SiO相の体積変化率と、Si相の体積変化率との差は、あまり大きくない。この負極では、Si相の膨張又は収縮によって生じた応力が、SiO相によって緩和され、さらにSiO相によって緩和される。この緩和は、Si相の電気的孤立を抑制する。この緩和は、集電体からの粒子の脱落を抑制する。この負極は、サイクル寿命に優れる。
【0034】
Si相からなる従来の負極では、Si相の界面が電解液と接触し、電解液の分解反応が起こる。この反応により、SEIが形成される。その後のSi相の膨張及び収縮により、SEIが剥離する。さらに、SEIが再度形成され、しかも、膨張時及び収縮時の割れで新たに現れた界面でも新たなSEIが形成される。従来の負極では、過剰かつ不均一なSEIが発生する。このSEIの生成は、電池の内部抵抗増加、及び電解液の枯渇を引き起こす。本発明に係る負極材料では、Si相は、マトリクス中に分散しているので、電解液とはあまり接触しない。この負極では、SEIの形成が抑制されうる。この負極は、サイクル寿命に優れる。
【0035】
SiO相がリチウムイオンと反応すると、ケイ酸リチウムが生成される。この反応は、不可逆的である。このケイ酸リチウムは、初期容量可逆率の低下を招く。本発明に係る負極材料は、SiO相が形成されているので、酸素量が少ない。従って、ケイ酸リチウムの生成が抑制される。このリチウムイオン二次電池は、初期容量可逆率に優れる。
【0036】
Si相の面積率は、5.0%以上10.0%以下が好ましい。この面積率が5.0%以上である負極は、蓄電容量に優れる。この観点から、面積率は6.0%以上がより好ましく、7.0%以上が特に好ましい。この面積率が10.0%以下である負極では、膨張収縮に起因する応力が小さい。従ってこの負極は、サイクル寿命に優れる。この観点から、この面積率は9.0%以下がより好ましく、8.5%以下が特に好ましい。
【0037】
SiO相の面積率は、80.0%以上90.0%以下が好ましい。面積率がこの範囲内である負極では、Si相と他の相との界面における亀裂が抑制され、SiO相と他の相との界面における亀裂も抑制される。この負極は、サイクル寿命に優れる。この観点から、この面積率は81.0%以上がより好ましく、82.0%以上が特に好ましい。この観点から、この面積率は89.0%以下がより好ましく、88.0%以下が特に好ましい。
【0038】
SiO相の面積率は、5.0%以上10.0%以下が好ましい。この面積率が5.0%以上である負極は、Si相の膨張又は収縮によって生じる応力が緩和される。従ってこの負極は、サイクル寿命に優れる。この観点から、面積率は6.0%以上がより好ましく、7.0%以上が特に好ましい。この面積率が10.0%以下である負極は、蓄電容量に優れる。この観点から、この面積率は9.0%以下がより好ましく、8.5%以下が特に好ましい。
【0039】
各相の面積率は、TEMのEDS分析によって測定される。負極から無作為に抽出された10カ所で測定がなされ、平均値が算出される。
【0040】
図3は、図1の負極材料の粉末X線回折の結果が示されたグラフである。図3において、横軸は2θ(deg.)であり、縦軸は強度(a.u.)である。図3には、SiOのメインピークである(101)面の回折ピーク強度I、及びSiのメインピークである(111)面の回折ピーク強度IIが示されている。
【0041】
このX線回折では、X線源として波長が1.54059オングストロームのCuKα線が用いられる。測定は、2θが20°以上80°以下の範囲でなされる。これにより、回折スペクトルが得られる。この回折スペクトルから、回折ピーク強度Iと回折ピーク強度IIとが選定される。
【0042】
回折ピーク強度Iの半値幅Aは、好ましくは、下記数式を満たす。
0.20 ≦ A ≦ 1.30
換言すれば、この半値幅Aは、0.20°以上1.30°以下が好ましい。半値幅Aが0.20°以上である負極材料では、SiO相の結晶性が低い。この負極では、リチウムイオンの拡散経路としての、SiOの結晶粒界が、多い。この負極は、蓄電容量及び初期容量可逆率に優れる。この観点から、半値幅Aは0.30°以上がより好ましく、0.35°以上が特に好ましい。半値幅Aが1.30°以下である負極材料は、低コストで得られうる。この観点から、半値幅Aは1.15°以下がより好ましく、1.05°以下が特に好ましい。半値幅Aは、X線回折のチャートにおいて、強度がピークの最大値Iの半分であるときの、そのピークの幅である。
【0043】
回折ピーク強度IIの半値幅Bは、好ましくは、下記数式を満たす。
0.30 ≦ B ≦ 1.50
換言すれば、この半値幅Bは、0.30°以上1.50°以下が好ましい。半値幅Bが0.30°以上である負極材料では、Si相の結晶性が低い。この負極材料では、リチウムイオンの吸蔵時及び放出時の体積変化によっても、Si相が割れにくい。この負極材料は、サイクル寿命に優れる。この観点から、半値幅Bは0.40°以上がより好ましく、0.50°以上が特に好ましい。半値幅Bが1.50°以下である負極材料では、Si相の結晶性が低すぎない。この負極材料では、リチウムイオンのSi相までのパスの数が過大でない。従って、このパスのわずかな遮断では、性能が大幅には低下しない。さらにこの負極材料では、Si結晶サイズが多少ばらついても、局所的な電極膨張が生じにくい。この負極は、サイクル寿命に優れる。これらの観点から、半値幅Bは1.40°以下がより好ましく、1.30°以下が特に好ましい。半値幅Bは、X線回折のチャートにおいて、強度がピークの最大値IIの半分であるときの、そのピークの幅である。
【0044】
Si相の結晶子サイズは、80nm以下が好ましい。結晶子サイズが80nm以下であるSi相では、充電時の膨張で生じる応力が小さい。この負極は、サイクル寿命に優れる。この観点から、この結晶子サイズは50nm以下がより好ましく、30nm以下が特に好ましい。この結晶子サイズは、3nm以上が好ましい。負極材料に含まれる全てのSi相において、結晶子サイズが上記範囲内であることが好ましい。
【0045】
Si相の結晶子サイズは、前述の粉末X線回折により確認されうる。回折スペクトルにおいて、結晶子サイズが小さいほど、ブロードな回折ピークが観測される。粉末X線回折分析で得られるピークの半値幅から、下記のScherrerの式が用いられて、結晶子サイズが求められ得る。
D = (K × λ) / (β × cosθ)
この数式において、Dは結晶子の大きさ(オングストローム)を表し、KはScherrerの定数を表し、λはX線管球の波長を表し、βは結晶子の大きさによる回折線の拡がりを表し、θは回折角を表す。
【0046】
負極材料の粉末の平均粒子径D50は、1.0μm以上12.0μm以下が好ましい。平均粒子径D50が1.0μm以上である負極材料では、粒子の表層でのSEI形成量が抑制される。従って、抵抗が増加しにくく、電解液が不足しにくい。この負極材料は、サイクル寿命に優れる。この観点から、平均粒子径D50は1.2μm以上がより好ましく、1.5μm以上が特に好ましい。平均粒子径D50が12.0μm以下である負極材料では、リチウムイオンの吸蔵時及び放出時の体積変化によるクラックが抑制される。この負極材料は、サイクル寿命に優れる。この観点から、平均粒子径D50は10.0μm以下がより好ましく、8.0μm以下が特に好ましい。
【0047】
平均粒子径D50は、粉末の体積の累積カーブにおいて、累積体積が50%であるときの粒子直径である。平均粒子径D50は、レーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置により測定される。
【0048】
以下、本発明に係る負極材料の製造方法の一例が説明される。この製造方法は、
(1)その材質がSiである原料と、その材質がSiOである原料とが、準備される工程及び
(2)これらの原料がミリングに供されて、混合物が得られる工程
を含む。
【0049】
ミリングに供されるSi原料は、アトマイズ法、溶融法、還元法等によって製作されうる。Si原料の性状は、粉末状、フレーク状、塊状等である。ミリングに供されるSiO原料は、液相合成法、気相合成法、溶融法等によって製作されうる。SiO原料の性状は、粉末状、フレーク状、塊状等である。これらの原料が、メディアと共にポットに投入される。メディアの材質として、ジルコニア、SUS304及びSUJ2が例示される。ポットの材質として、ジルコニア、SUS304及びSUJ2が例示される。このポットの内部が不活性ガスで満たされて、このポットが密閉される。このポットがミリング装置に載せられて、攪拌がなされる。ミリング法として、ボールミル、ビーズミル、遊星ボールミル、アトライタ及び振動ボールミルが例示される。ミリングにより、Si相及びSiO相の結晶性が低下する。ミリングの高エネルギーにより、SiOの一部のOがSiに強制的に置換され、Si相、SiO相及びSiO相を有する負極材料が得られる。過剰のミリングは、SiO相の消失を招来する。適量のSiO相が生成し、かつ適量のSiO相が残存するように、ミリングの条件が調整される。
【0050】
本発明に係る負極材料が用いられた負極は、蓄電容量、サイクル寿命及び初期容量可逆率に優れる。この負極は、
(1)集電体
及び
(2)この集電体の表面に固着された多数の粒子
を備える。それぞれの粒子の材質は、Si酸化物のマトリクスに複数のSi相が分散する金属組織を有する合金である。このマトリクスは、
(2-1)SiO
及び
(2-2)SiO相の一部のOがSiに置換して得られたSiO
を含む。X線回折における、SiOのメインピークである(101)面の回折ピーク強度Iの半値幅Aは、0.20°以上1.30°以下である。X線回折における、Siのメインピークである(111)面の回折ピーク強度IIの半値幅Bは、0.30°以上1.50°以下である。
【0051】
本発明に係る負極材料が用いられた蓄電デバイスは、蓄電容量、サイクル寿命及び初期容量可逆率に優れる。この蓄電デバイスは、
(1)正極
及び
(2)負極
を備える。この負極は、
(2-1)集電体
及び
(2-2)この集電体の表面に固着された多数の粒子
を有する。それぞれの粒子の材質は、Si酸化物のマトリクスに複数のSi相が分散する金属組織を有する合金である。このマトリクスは、
(2-2-1)SiO
及び
(2-2-2)SiO相の一部のOがSiに置換して得られたSiO
を含む。X線回折における、SiOのメインピークである(101)面の回折ピーク強度Iの半値幅Aは、0.20°以上1.30°以下である。X線回折における、Siのメインピークである(111)面の回折ピーク強度IIの半値幅Bは、0.30°以上1.50°以下である。
【0052】
以上説明された粒子(以下、「コア粒子」とも称される。)が、被覆層で覆われてもよい。コア粒子と被覆層とにより、被覆粒子が形成される。被覆層の電気伝導度は、コア粒子のそれよりも高い。被覆層は、多数の微粉から形成される。これらの微粉は、コア粒子の表面に付着する。被覆層は、コア粒子の表面の一部又は全部を覆う。被覆層を有する負極材料は、初期容量可逆率及びサイクル寿命に優れる。この負極材料は、特にレート特性に優れる。
【0053】
被覆層は、コア粒子と電解液との直接の接触を抑制する。従ってこの被覆層は、Siと電解液との反応を抑制する。この負極では、抵抗被膜の形成が抑制され、かつ電解液の枯渇が抑制される。この負極は、サイクル寿命に優れる。
【0054】
被覆層の材料として、炭素系材料が例示される。好ましい炭素系材料として、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、他のカーボンブラック、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ及び非晶質炭素の粉末が例示される。アセチレンブラック、ケッチェンブラック、カーボンナノファイバー及びカーボンナノチューブが、特に好ましい。2以上の粉末が、併用されてもよい。これらの炭素系材料に含まれるCと、コア粒子に含まれるSiとの反応は、実質的には生じていない。
【0055】
コア粒子の表面の50面積%以上が被覆層で覆われることが好ましい。この負極材料は、導電性に優れる。さらにこの負極材料では、Siと電解液との反応が抑制される。この観点から、被覆率は55面積%以上がより好ましく、60面積%以上が特に好ましい。
【0056】
蓄電容量の観点から、被覆粒子における被覆層の含有率は、10質量%以下が好ましく、8質量%以下がより好ましく、7質量%以下が特に好ましい。
【実施例
【0057】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0058】
[実施例1]
アトマイズにより、Si粉末を得た。液相合成法により、SiO粉末を得た。所定量のSi粉末及び所定量のSiO粉末を、SUS304製のポットに投入し、ポットの内部を窒素ガスで満たした。このポットをボールミル装置に設置して粉末を攪拌し、実施例1の負極材料を得た。この負極材料の特性が、下記の表1に示されている。
【0059】
[実施例2-23及び比較例24-31]
ポットに投入する2種の粉末の比率と、攪拌時間とを変更した他は、実施例1と同様にして、実施例2-23及び比較例24-31の負極材料を得た。一部の負極材料では、コア粒子の表面を炭素系材料の微粉で覆い、被覆層を形成した。
【0060】
[評価]
負極材料、導電材(アセチレンブラック又はケッチェンブラック)、結着材(ポリイミド又はポリフッ化ビニリデン)及び分散液(N-メチルピロリドン)を混合し、スラリーを得た。このスラリーを、集電体である銅箔の上に塗布した。このスラリーを、真空乾燥機で減圧乾燥した。乾燥温度は、ポリイミドが結着材である場合は200℃以上であり、ポリフッ化ビニリデンが結着材である場合は160℃以上であった。この乾燥によって溶媒を蒸発させ、活物質層を得た。この活物質層及び銅箔を、ロールにて押圧した。この活物質層及び銅箔をコイン型セルに適した形状に打ち抜き、負極を得た。
【0061】
電解液として、エチレンカーボネートとジメチルカーボネートの混合溶媒を準備した。両者の質量比は、3:7であった。さらに、支持電解質として、六フッ化リン酸リチウム(LiPF)を準備した。この支持電解質の量は、電解液1リットルに対して1モルである。この支持電解質を、電解液に溶解させた。
【0062】
コイン型セルに適した形状のセパレータ及び正極を、準備した。この正極は、リチウム箔から打ち抜いた。減圧下で電解液にセパレータを浸漬し、5時間放置して、セパレータに電解液を充分に浸透させた。
【0063】
コイン型セルに負極、セパレータ及び正極を組み込んだ。コイン型セルに電解液を充填した。なお、電解液は、露点管理された不活性雰囲気中で取り扱われる必要がある。従って、セルの組み立ては、不活性雰囲気のグローブボックスの中で行った。
【0064】
コイン型セルにて、25℃の温度と0.3Cの定電流定電圧の条件下で、正極と負極との電位差が0.010Vとなるまで充電を行った。その後、電位差が1.5Vとなるまで、0.3Cの定電流条件下で放電を行った。この充電及び放電の初期効率(初期放電容量/初期充電容量×100)を測定した。この充電及び放電を、50サイクル繰り返した。その50サイクル後の放電容量を測定した。この結果が、下記の表1及び2に示されている。
【0065】
【表1】
【0066】
【表2】
【0067】
表1及び2に示されるように、各実施例の負極材料では、75.0%以上の初期効率、及び1400mAh/g以上の初期放電容量が達成されている。さらに、各実施例の負極材料における、50サイクル後の放電容量は、グラファイトからなる負極材料の初期放電容量である372mAh/gよりも大きい。この評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0068】
以上説明された負極は、リチウムイオン二次電池のみならず、全固体リチウムイオン二次電池、ハイブリットキャパシタ等の、種々の蓄電デバイスにも適用されうる。
図1
図2
図3