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特許7466181マイクロニードルアレイ及びそれを用いた植物細胞への物質導入方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-04
(45)【発行日】2024-04-12
(54)【発明の名称】マイクロニードルアレイ及びそれを用いた植物細胞への物質導入方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/26 20060101AFI20240405BHJP
【FI】
C12M1/26
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020053154
(22)【出願日】2020-03-24
(65)【公開番号】P2021151201
(43)【公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-12-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/植物の生産性制御に係る共通基盤技術開発ゲノム編集の国産技術基盤プラットフォームの確立」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 史
(72)【発明者】
【氏名】加藤 義雄
(72)【発明者】
【氏名】山岸 彩奈
(72)【発明者】
【氏名】小林 健
(72)【発明者】
【氏名】竹下 俊弘
(72)【発明者】
【氏名】岩田 太
【審査官】大西 隆史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/113396(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/163805(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0016388(US,A1)
【文献】米国特許第06770480(US,B1)
【文献】国際公開第2019/050107(WO,A1)
【文献】青柳 誠司,マイクロニードルの展望,精密工学会誌,2016年12月05日,第82巻第12号,pp. 999-1004,DOI: 10.2493/jjspe.82.999
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/10
A61M 25/00-37/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体と前記支持体上に配列された複数の針部とを備えるマイクロニードルアレイであり、
前記針部の基底面の直径が1~μmであり、
前記針部の先端面の直径が0.5~3μmであり、
前記針部の長さが30~100μmであり、
前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径以下であり、
前記針部の基底面、先端面、及び断面の形状が正方形又は長方形であり、
前記針部の先端面間距離が20~100μmである、
、マイクロニードルアレイ。
【請求項2】
前記針部のアスペクト比(長さ/(1/2長さ面の直径))が5~200である、請求項1に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項3】
前記支持体及び前記針部が一体であり、かつ、単結晶シリコンからなる、請求項1又は2に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項4】
植物細胞への目的物質の導入に用いるための、請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項5】
前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞である、請求項4に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項6】
前記植物組織が茎頂分裂組織である、請求項5に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項7】
植物細胞に目的物質を導入する方法であり、
前記植物細胞に、前記目的物質を表面に付着させた、請求項1~6のうちのいずれか一項に記載のマイクロニードルアレイの針部を挿入する挿入工程、
を含む、植物細胞への物質導入方法。
【請求項8】
前記挿入工程における挿入速度が、0.01~50μm/秒である、請求項7に記載の植物細胞への物質導入方法。
【請求項9】
前記挿入工程において、前記針部を、挿入方向に、振幅0.01~50μm及び周波数0.1~2000Hzの条件で振動させる、請求項7又は8に記載の植物細胞への物質導入方法。
【請求項10】
前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞であり、植物組織への物質導入方法である、請求項7~9のうちのいずれか一項に記載の植物細胞への物質導入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロニードルアレイ及びそれを用いた植物細胞への物質導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種苗産業をはじめとする様々な分野において、植物の機能改変には、交雑、放射線やDNA損傷薬剤等による突然変異の誘発、アグロバクテリウムを用いた遺伝子組換えによる形質導入等の方法が用いられている。また、近年では、遺伝的性質を改変する方法として、ゲノム編集技術に注目が集まっており、植物の機能改変においても、ゲノム編集技術の研究が進められている。植物のゲノム編集技術としては、上記のアグロバクテリウムを用いてDNAを細胞に導入する方法が知られているが、当該方法はアグロバクテリウムのT-DNAのゲノムDNAへの挿入に頼るものであるため、挿入箇所の遺伝子が破壊されるリスクを伴う。また例えば、対象の細胞が含まれる組織によっては、導入の目的とするタンパク質やゲノム編集に必要なタンパク質のプロモーターが機能しないために当該タンパク質が発現せず、目的の編集操作ができないといった問題もある。
【0003】
他方、タンパク質やRNAを細胞に直接導入することによってゲノム編集をする技術によれば、生物種、組織、細胞を問わず、ゲノム編集を行うことが可能である。しかしながら、動物細胞や培養細胞と比較して、植物組織に含まれている細胞は、固い表皮組織や細胞壁に覆われているため、物理的な穿孔が困難である。これまで、このような植物細胞に目的物質を直接導入する技術としては、パーティクルボンバードメント法、エレクトロポーレション法、及びマイクロインジェクション法が知られている。
【0004】
前記パーティクルボンバードメント法は、金微粒子表面に目的物質(核酸、タンパク質等)を付着させ、これを高圧ガスで射出することによって植物細胞に穿孔し、当該植物細胞内に前記目的物質を導入する方法である。しかしながら、パーティクルボンバードメント法には、導入効率が低いことや、導入箇所が制御できないといった問題がある。前記エレクトロポーレション法は、電気パルスによって植物細胞に穿孔して目的物質を導入する方法である。しかしながら、エレクトロポーレション法では、プロプラストを調製する必要があり、同方法には植物組織に含まれている細胞に対して直接適用することができないといった問題がある。前記マイクロインジェクション法は、キャピラリによって細胞内に目的物質の溶液を注入する方法であり、植物組織に含まれている細胞に対して直接適用することが可能である。しかしながら、マイクロインジェクション法では、キャピラリの形状や大きさが植物細胞(特に植物組織の深層部にある細胞)に適しておらず、また、スループットも低いといった問題がある。
【0005】
さらに、例えば、特開2015-181384号公報(特許文献1)には、人工ヌクレアーゼが結合したマイクロニードルを細胞に穿刺することによって細胞に人工ヌクレアーゼを導入する方法が記載されており、国際公開第2019/113396号(特許文献2)には、ナノワイヤアレイを植物細胞に挿入して生体分子を植物細胞内に挿入する方法が記載されている。このようなマイクロニードルやナノワイヤアレイを用いた方法によれば、顕微鏡観察下で位置合わせを行いながら細胞への挿入操作を行うため、植物組織の目的細胞に対して目的物質を導入することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-181384号公報
【文献】国際公開第2019/113396号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1~2に記載されているマイクロニードルやナノワイヤアレイを用いた場合には、植物細胞、特に、組織培養細胞、植物体再生が困難な植物種の細胞等の、植物組織に含まれている植物細胞に対してこれらを挿入することが困難であったり、目的物質の導入ができない場合があるといった問題があった。
【0008】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、植物組織に含まれている植物細胞にも目的物質を導入可能なマイクロニードルアレイ、及びそれを用いた植物細胞への物質導入方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、凸状構造物であって特定の高アスペクト比を有する針部を、特定の間隔で支持体上に整列させたマイクロニードルアレイを用いることにより、植物組織に含まれている植物細胞に対しても、目的物質を高効率で導入可能となることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
[1]
支持体と前記支持体上に配列された複数の針部とを備えるマイクロニードルアレイであり、
前記針部の基底面の直径が1~20μmであり、
前記針部の先端面の直径が0.5~3μmであり、
前記針部の長さが30~100μmであり、
前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径以下、かつ、前記先端面から前記針部の長さマイナス10μmまでの前記断面の直径の増加率が0~5%であり、
前記針部の先端面間距離が20~1000μmである、
、マイクロニードルアレイ。
[2]
前記針部のアスペクト比(長さ/(1/2長さ面の直径))が5~200である、[1]に記載のマイクロニードルアレイ。
[3]
前記支持体及び前記針部が一体であり、かつ、単結晶シリコンからなる、[1]又は[2]に記載のマイクロニードルアレイ。
[4]
植物細胞への目的物質の導入に用いるための、[1]~[3]のうちのいずれか一項に記載のマイクロニードルアレイ。
[5]
前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞である、[4]に記載のマイクロニードルアレイ。
[6]
前記植物組織が茎頂分裂組織である、[5]に記載のマイクロニードルアレイ。
[7]
植物細胞に目的物質を導入する方法であり、
前記植物細胞に、前記目的物質を表面に付着させた、[1]~[6]のうちのいずれか一項に記載のマイクロニードルアレイの針部を挿入する挿入工程、
を含む、植物細胞への物質導入方法。
[8]
前記挿入工程における挿入速度が、0.01~50μm/秒である、[7]に記載の植物細胞への物質導入方法。
[9]
前記挿入工程において、前記針部を、挿入方向に、振幅0.01~50μm及び周波数0.1~2000Hzの条件で振動させる、[7]又は[8]に記載の植物細胞への物質導入方法。
[10]
前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞であり、植物組織への物質導入方法である、[7]~[9]のうちのいずれか一項に記載の植物細胞への物質導入方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、植物組織に含まれている植物細胞にも目的物質を導入可能なマイクロニードルアレイ及びそれを用いた植物細胞への物質導入方法を提供することが可能となる。
【0012】
また例えば、植物の機能改変においては、in planta法で、茎頂分裂組織等の未分化細胞を含む植物組織に対して目的物質(核酸、タンパク質等)を導入することが求められるが、前記茎頂分裂組織は、最も外側の1層の細胞列からなるL1層、その内側のL2層、さらに内側の細胞全体を含むL3層という3層構造を作っており、少なくともL2層以下の層まで前記目的物質を到達させることが必要である。かかる植物組織の深層部にある植物細胞に目的物質を導入することはこれまで困難であったが、このような本発明によれば、かかる植物組織の深層部(例えば、組織表面から20~60μmの層)にある植物細胞にも目的物質を導入することが可能となるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明のマイクロニードルアレイの一実施形態を示す模式縦断面図である。
図2】マイクロニードルアレイの作製の(1)で得られたマイクロニードルアレイ1の外観を示すSEM写真である。
図3】マイクロニードルアレイの作製の(7)で得られたマイクロニードルアレイ13の針部の外観を示す模式図である。
図4】実施例1で用いたシロイヌナズナレポーター植物1に組み込まれているDNA構築物を示す概念図である。
図5】実施例1でシロイヌナズナレポーター植物1の葉にマイクロニードルアレイ1を挿入した際の外観を示す光学顕微鏡写真である。
図6】実施例1のシロイヌナズナレポーター植物1の葉における青色呈色部を示す光学顕微鏡写真である。
図7】実施例2で用いたシロイヌナズナレポーター植物2に組み込まれているDNA構築物を示す概念図である。
図8】実施例2のシロイヌナズナレポーター植物2の葉における青色呈色部を示す光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0015】
(マイクロニードルアレイ)
本発明のマイクロニードルアレイは、
支持体と前記支持体上に配列された複数の針部とを備えるマイクロニードルアレイであり、
前記針部の基底面の直径が1~20μmであり、
前記針部の先端面の直径が0.5~3μmであり、
前記針部の長さが30~100μmであり、
前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径以下、かつ、前記先端面から前記針部の長さマイナス10μmまでの前記断面の直径の増加率が0~5%であり、
前記針部の先端面間距離が20~1000μmである、
、マイクロニードルアレイである。
【0016】
本発明において、「マイクロニードルアレイ」とは、複数のマイクロメートルオーダーの凸状構造物(マイクロニードル、針部)が支持体上に分散配置されているものを示す。本発明においては、前記針部の大きさ及びその配置を精密に制御したことにより、植物組織に含まれている細胞に対する目的物質の導入を可能とする。
【0017】
以下、本発明のマイクロニードルアレイの好ましい形態について、場合により図1を参照しながら例を挙げて詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。図1は、支持体1と複数の針部2とを備える本発明のマイクロニードルアレイの一実施形態(マイクロニードルアレイ10)の模式縦断面図である。ただし、図1に示すマイクロニードルアレイにおけるサイズ比は、本発明のマイクロニードルアレイに係るサイズ比に対応するものではない。なお、以下の説明及び図面中、同一又は相当する要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0018】
本発明において、「支持体」とは、下記の針部を支持する機能を有するものであり、針部が配置される面は平面であることが好ましい(図1では支持体1)。前記支持体の形状としては、例えば、線状、基板状(針部は上面又は下面に配置されても側面に配置されてもよい)が挙げられる。
【0019】
本発明に係る支持体の大きさとしては、特に制限されないが、例えば、針部が1列に配置される場合には、幅0.3~20mm(より好ましくは0.5~2mm)、長さ(前記列方向)1~50mm(より好ましくは3~10mm)であることが好ましい。また、例えば、針部が2列以上の複数列で配置される場合には、幅1~100mm(より好ましくは1~50mm)、長さ1~50mm(より好ましくは3~10mm)であることが好ましい。また、前記支持体の厚さとしては、特に制限されず、支持体をさらに支持する構造と一体になっていてもよい。
【0020】
本発明に係る支持体の材質としては、細胞に毒性のないものであれば特に制限されず、例えば、シリコン(単結晶シリコン等)、窒化シリコン、金、クロム、ヒ化インジウム、シリカ等の金属;ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、アクリル樹脂等の樹脂;カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー等の繊維状材料;酸化亜鉛、炭化ケイ素等からならなるウェスカー材料が挙げられ、これらの中でも、支持体の強度及び微細構造を制御しやすい傾向にある観点から、単結晶シリコンであることが好ましい。また、本発明に係る支持体としては、マイクロニードルアレイの強度の観点から、下記の針部と一体であることが好ましい。
【0021】
本発明において、「針部」は、凸状構造物を示し、鋭い先端を有する針形状に限定されるものではない。本発明に係る針部は、前記支持体との境界面である基底面とそれに相対する先端面とを有する(図1では針部2)。なお、前記支持体と前記針部とが一体である場合、前記境界面とは、前記支持体の針部が配置されている面を延長した面上の針部が配置されている面を示す。
【0022】
本発明において、前記針部の基底面の直径は1~20μmであることが必要であり、1~10μmであることが好ましく、1~5μmであることがより好ましい。前記基底面の直径が前記下限未満であると、目的物質を植物細胞に導入することが困難となる傾向にある。他方、前記基底面の直径が前記上限を超えると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「基底面の直径」とは、当該基底面の最大直径を示し、前記基底面が円ではない場合には、当該基底面の外接円の直径を示す(図1のd1)。
【0023】
本発明において、前記針部の先端面の直径は0.5~3μmであることが必要である。前記先端面の直径が前記下限未満であると、目的物質を植物細胞に導入することが困難となる傾向にある。他方、前記先端面の直径が前記上限を超えると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「先端面の直径」とは、当該先端面の最大直径を示し、前記先端面が円ではない場合には、当該先端面の外接円の直径を示す(図1のd2)。
【0024】
また、本発明に係る針部の形状としては、針部の先端面及び断面の直径が、前記基底面の直径以下であればよく、先端面から基底面までの断面が全て同じである柱状であっても(例えば、図1の(a))、先端面から基底面までの断面が連続して相同である錐台状や先端面から基底面までの断面の一組の対辺が連続して変化する台形板状であってもよい(例えば、図1の(b))。また、針部側面の傾き(角度)を連続的に変化させた構造であってもよく、針部側面の傾き(角度)が非連続的に変化する、二層又はそれ以上の多層構造であってもよいが、前記柱状、台形板状、又は錐台状であることが好ましい。なお、本発明において、「針部の断面」とは、前記先端面及び基底面に平行な横断面を示し、「断面の直径」とは、当該断面の最大直径を示し、前記断面が円ではない場合には、当該断面の外接円の直径を示す。
【0025】
前記針部の基底面、先端面、及び断面の形状としては、特に制限されず、円、楕円、三角形、正方形、長方形、台形、五角形以上の多角形が挙げられるが、目的物質の導入効率の観点から、円又は正多角形であることが好ましい。
【0026】
また、本発明に係る針部としては、前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径未満である場合、前記先端面から下記の針部の長さ方向に向けて、針部の長さマイナス10μm(図1のh’)の範囲まで、任意の長さにおける断面の直径はいずれも同じであるか、又は、先端面側の断面の直径よりも基底面側の断面の直径の方が大きく、かつ、その間の直径の増加率が5%以下であること、すなわち、前記先端面から針部の長さマイナス10μmまでの前記断面の直径の増加率が0~5%であることも必要である。前記断面の直径の増加率が前記上限を超えると、目的物質を植物細胞に導入することが困難となる傾向にある。なお、本発明において、「断面の直径の増加率」とは、前記先端面から針部の長さ方向に向かって長さマイナス10μm(h’:h-10μm)の範囲内における任意の長さ軸上の2点間における、先端面側の断面の直径に対する基底面側の断面の直径の増加率(%)のことをいう。
【0027】
本発明において、前記針部の長さは、30~100μmであることが必要であり、50~100μmであることが好ましい。前記長さが前記下限未満であると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。他方、前記長さが前記上限を超えると、針部の座屈により植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「針部の長さ」とは、前記先端面から前記基底面へ下ろした垂線の長さ(高さ)を示す(図1のh)。
【0028】
本発明に係る針部は、従来の細胞への物質導入に用いられていたマイクロニードルに比べて、アスペクト比の高いものである。このようなアスペクト比としては、針部の長さと、針部の1/2長さにおける断面の直径(1/2長さ面の直径)との比(長さ/(1/2長さ面の直径))で、5~200であることが好ましく、10~100であることがより好ましく、25~67であることがさらに好ましい。前記アスペクト比が前記下限未満であると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。他方、前記アスペクト比が前記上限を超えると、針部の座屈により植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「1/2長さ面の直径」とは、前記針部の1/2長さ(図1の2/h)における断面の最大直径を示し、前記断面が円ではない場合には、当該断面の外接円の直径を示す(図1のd3)。
【0029】
本発明のマイクロニードルアレイにおいて、複数ある針部は、先端面間距離が20~1000μmで配列されることが必要である。前記先端面間距離としては、20~100μmであることが好ましい。前記先端面間距離が前記下限未満であると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。他方、前記先端面間距離が前記上限を超えると、細胞あたりの針部の数が減少して目的物質の導入効率が低下する傾向にある。なお、本発明において、「先端面間距離」とは、1つの針部の先端面と、それに隣接する針部の先端面との間において、その外周上にある点同士の水平距離が最小になる当該点間距離を示す(図1のw)。
【0030】
本発明のマイクロニードルアレイにおいて、複数ある針部の形状としては、上記条件を満たす限り、互いに同一であっても異なっていてもよい。また、本発明に係る針部は、上記条件を満たす限り、前記支持体上にどのように配置されていてもよいが、1列又は2列以上の複数列で配列されていることが好ましい。マイクロニードルアレイの列長としては、0.5~50mmであることが好ましく、3~10mmであることがより好ましい。前記列長が前記下限未満であると、目視による位置合わせ等の取り扱いが難しくなる傾向にある。他方、前記列長が前記上限を超えると、材料としての取り扱いが困難となる傾向にある。
【0031】
本発明に係る針部の材質としては、細胞に毒性のないものであれば特に制限されず、例えば、シリコン(単結晶シリコン等)、窒化シリコン、金、クロム、ヒ化インジウム、シリカ等の金属;ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、アクリル樹脂等の樹脂;カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー等の繊維状材料;酸化亜鉛、炭化ケイ素等からならなるウェスカー材料が挙げられ、これらの中でも、針部の強度及び微細構造を制御しやすい傾向にある観点から、単結晶シリコンであることが好ましい。また、本発明に係る針部としては、マイクロニードルアレイの強度の観点から、前記支持体と一体であることが好ましい。
【0032】
本発明のマイクロニードルアレイとしては、本発明の効果を阻害しない限り、前記支持体及び前記針部以外の他の構成を備えていてもよい。このような他の構成としては、例えば、主に下記の目的物質を結合させることを目的として、前記針部の表面に結合させた生体適合性ポリマー等が挙げられる。
【0033】
(マイクロニードルアレイの製造方法)
本発明のマイクロニードルアレイの製造方法は、上記の条件を満たすマイクロニードルアレイを製造することができる方法であれば特に制限されず、公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができる。このようなマイクロニードルアレイの製造方法としては、例えば、フォトリソグラフィ技術及び/又はエッチング技術を用いて針の形状を作製する方法;マイクロニードルアレイの形状に対応した凹部が形成された鋳型を用いて、射出成形によって樹脂製のマイクロニードルアレイを製造する方法;柱状構造を触媒反応により積層する方法;柱状構造をデポジッションにより作製する方法が挙げられる。
【0034】
例えば、前記支持体上に前記針部を1列配列させる場合には、前記支持体及び前記針部の材料となるウエハの端部をエッチング加工して、針部を削り出し、前記支持体及び前記針部を一体として成形する方法が挙げられる。
【0035】
また例えば、前記支持体上に前記針部を1列又は2列以上配列させる場合には、特開2013-183706号公報に記載されているように、シリコンウエハ等のウエハ上に、ドット状のレジストマスクを施した上で、エッチングを行うことで針部を形成させる方法も挙げられる。
【0036】
(植物細胞への物質導入)
本発明のマイクロニードルアレイによれば、培養細胞の他、植物組織に含まれている植物細胞にも目的物質を導入することが可能である。よって、本発明は、植物細胞への目的物質の導入に用いるための、植物細胞への物質導入用マイクロニードルアレイも提供する。
【0037】
目的物質を導入する対象となる「植物細胞」としては、特に制限されず、例えば、穀物類、油料作物、飼料作物、果物、野菜類の植物の細胞が挙げられる。前記植物の例としても特に制限されず、例えば、イネ、オオムギ、コムギ、ライムギ、ヒエ、モロコシ、トウモロコシ、バナナ、ピーナツ、ヒマワリ、トマト、アブラナ、タバコ、ジャガイモ、ダイズ、ワタ、カーネーションが挙げられる。前記植物細胞には、例えば、植物個体又は器官において植物組織に含まれている細胞、植物個体又は器官から分離した植物組織に含まれている細胞、これらの植物組織に由来する培養細胞が含まれ、特に制限されないが、本発明のマイクロニードルアレイは、植物組織に含まれている細胞にも適用可能である。本発明において、「植物細胞に含まれている細胞(植物細胞)」とは、植物組織を構成しており、当該植物組織から分離されていない細胞(植物細胞)を示す。なお、前記組織としては、植物個体又は器官から分離されていても、組織培養されたものであってもよい。
【0038】
前記植物の器官としては、例えば、葉、茎、茎頂、根、塊茎、塊根、種子、胚軸、花粉、子房が挙げられる。前記植物組織としては、例えば、茎頂分裂組織、根端分裂組織、シュート頂分裂組織、カルスが挙げられ、中でも、茎頂分裂組織が好ましい。
【0039】
本発明において、前記植物細胞に導入する「目的物質」としては、植物細胞への導入によって効果が期待できる物質が挙げられ、特に制限されないが、例えば、タンパク質、核酸(DNA、RNA)、ベクター、ペプチド、脂質、糖、低分子化合物(補酵素、毒素、抗生物質、抗菌薬剤、抗ウイルス薬剤等)、金属イオン、金属錯体、及びこれらのうちの2種以上の分子を含む複合分子が挙げられ、1種を単独であっても2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、必要に応じて、導入の確認のための標識物質と組み合わせてもよい。
【0040】
例えば、前記目的物質として、部位特異的ヌクレアーゼタンパク質を用いてこれを植物細胞に導入することにより、当該植物細胞のゲノム編集が可能となるが、本発明の目的はゲノム編集に限定されない。前記部位特異的ヌクレアーゼタンパク質としては、例えば、Casタンパク質(Cas9、Cpf1(Cas12)、Cas12b、CasX(Cas12e)、Cas13、Cas14等)、メガヌクレアーゼ、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、TALEN、PPR-ND1、PPR-ND2が挙げられ、これらのうちの1種を単独であっても2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらは、必要に応じて、Cas9タンパク質のガイドRNA等と組み合わせてもよい。
【0041】
また、本発明は、上記本発明のマイクロニードルアレイを用いた方法として、
植物細胞に目的物質を導入する方法であり、
前記植物細胞に、前記目的物質を表面に付着させた、本発明のマイクロニードルアレイの針部を挿入する挿入工程、
を含む、植物細胞への物質導入方法(以下、場合により単に「物質導入方法」という)も提供する。
【0042】
本発明の物質導入方法においては、前記目的物質を表面に付着させた本発明のマイクロニードルアレイの針部を前記植物細胞に挿入する(挿入工程)。前記挿入工程に用いる本発明のマイクロニードルアレイとしては、1個を単独で用いても、2個以上を組み合わせて用いてもよい。また、2個以上用いる場合には、1種を単独であっても、2種以上の組み合わせであってもよく、それらを同時に挿入しても、順次挿入してもよい。
【0043】
前記目的物質をマイクロニードルアレイの針部表面に付着させる方法としては、例えば、対象の植物細胞、又は対象の植物細胞が含まれる植物組織若しくは器官の表面に前記目的物質の溶液を滴下し、そこにマイクロニードルアレイの針部を挿入する方法が挙げられる。或いは、予めマイクロニードルアレイの針部表面に前記目的物質を吸着させておき、これを対象の植物細胞、又は対象の植物細胞が含まれる植物組織若しくは器官に挿入する方法が挙げられる。これにより、前記対象の植物細胞(好ましくは前記植物組織に含まれている植物細胞)に目的物質を導入することができる。前記目的物質の溶液の溶媒としては、細胞に毒性のないものであれば特に制限されず、例えば、緩衝液、培地が挙げられる。
【0044】
前記挿入において、前記植物細胞又は植物組織若しくは器官は、基板上に固定又は保持されていることが好ましく、マイクロニードルアレイの針部の挿入は、顕微鏡観察下において、挿入箇所の位置合わせを行いながら行うことが好ましい。前記挿入は、手動で行っても、コンピュータ制御による自動化された方法で行ってもよい。マイクロニードルアレイの針部の挿入の確認は、目的物質に標識物質を組み合わせた場合には、当該標識物質に応じた方法でこれを検出すること等によっても確認することができる。
【0045】
前記挿入工程においては、前記植物細胞への針部の挿入速度が0.01~50μm/秒であることが好ましい。
【0046】
前記挿入工程においては、前記針部を振動させることが好ましく、かかる振動の条件としては、挿入方向(針部の長さ方向に対して平行方向)に、振幅が0.01~50μmであることが好ましい。また、このときの振動としては、その周波数が0.1~2000Hzであることが好ましい。前記振幅と周波数との組み合わせとしては、特に制限されないが、例えば、振幅0.1~5μm及び周波数1~200Hzである。植物組織は固いためにマイクロニードル(針部)の座屈が起こりやすく挿入が困難であるが、かかる振動によって針部の座屈が起こりにくくなり、より容易かつ正確な挿入が可能となる。このような振動をするようにマイクロニードルアレイに加振するための装置としては、例えば、特開2011-182761号公報に記載の細胞の選択的分離装置をマイクロニードルアレイ動作装置として用いることができる。
【0047】
前記挿入工程において、前記針部の挿入深度としては、前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞である場合、当該植物組織若しくは当該植物組織を含む器官の表面から20~100μmであることが好ましく、20~60μmであることがより好ましい。これにより、前記目的物質を植物組織若しくは器官の深層にある細胞に導入することができる。
【0048】
本発明の物質導入方法においては、前記挿入工程の後に、前記植物細胞から前記マイクロニードルアレイの針部を抜出する抜出工程により、対象の植物細胞内に前記目的物質のみを残すことができる。前記抜出工程の条件としては特に制限されない。前記針部の挿入時間としては、挿入開始から抜出完了までの時間で、0.1~120分間であることが好ましい。そのうち、前記挿入時間内においては、前記針部が対象の植物細胞に到達した挿入深度で、その深度を0.1~120分間維持することが好ましい。さらに、前記針部が対象の植物細胞に到達した挿入深度でその深度を維持する場合には、前記針部に加振することが好ましく、かかる加振の条件としては上記の同様の条件が挙げられる。
【0049】
本発明の物質導入方法においては、本発明の前記抜出工程の後に、必要に応じて、前記植物細胞及び前記植物細胞が含まれている植物組織をインキュベーションする工程等をさらに含んでいてもよい。前記インキュベーションの条件は目的物質、植物細胞、植物組織に応じて適宜設定することができる。
【0050】
本発明の物質導入方法によれば、目的物質を植物組織に含まれている植物細胞にも導入することができるため、本発明の物質導入方法は、特に制限されず、前記目的物質に応じて様々な用途に用いることができる。例えば、本発明の物質導入方法によれば、目的物質を植物組織の深層部(例えば、組織表面から20~100μmの層、20~60μmの層)にある植物細胞にも導入することが可能であるため、in planta法で、茎頂分裂組織等の未分化細胞を含む植物組織に対して前記部位特異的ヌクレアーゼタンパク質を導入してゲノム編集を行い、それによって植物の機能改変を行うことも可能である。
【実施例
【0051】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら制限されるものではない。
【0052】
<マイクロニードルアレイの作製>
(1)シリコン単結晶を削り出し、支持体と一体に、先端面から基底面までの断面が全て同じ正方形の正四角柱(正方形断面の一辺の長さ:1μm、長さ:100μm)の針部が167個、先端面間距離:30μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ1を作製した。得られたマイクロニードルアレイ1の外観のSEM写真を図2に示す。
【0053】
(2)針部の先端面間距離を10μmかつ針部を501個、又は針部の先端面間距離を60μmかつ針部を84個としたこと以外は(1)と同様にして、正四角柱(正方形断面の一辺の長さ:1μm、長さ:100μm)の針部が501又は84個、先端面間距離:10μm又は60μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ2、3をそれぞれ作製した。
【0054】
(3)針部の長さを50μmとしたこと以外は(1)又は(2)と同様にして、正四角柱(正方形断面の一辺の長さ:1μm、長さ:50μm)の針部が167個、501個、又は84個、先端面間距離:30μm、10μm、又は60μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ4~6をそれぞれ作製した。
【0055】
(4)前記正四角柱の正方形の一辺の長さを2μmとしたこと以外は(1)と同様にして、正四角柱(正方形断面の一辺の長さ:2μm、長さ:100μm)の針部が167個、先端面間距離:30μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ7を作製した。
【0056】
(5)針部の先端面間距離を10μmかつ針部を501個、又は針部の先端面間距離を60μmかつ針部を84個としたこと以外は(4)と同様にして、正四角柱(正方形断面の一辺の長さ:2μm、長さ:100μm)の針部が501又は84個、先端面間距離:10μm又は60μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ8、9をそれぞれ作製した。
【0057】
(6)針部の長さを50μmとしたこと以外は(4)又は(5)と同様にして、正四角柱(正方形断面の一辺の長さ:2μm、長さ:50μm)の針部が167個、501個、又は84個、先端面間距離:30μm、10μm、又は60μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ10~12をそれぞれ作製した。
【0058】
(7)針部の形状を、先端面から基底面までの断面が長方形の台形板状(厚さ:1μm、先端面の長方形短辺の長さ:600nm、基底面の長方形長辺の長さ:5μm、長さ:100μm)とし、針部の先端面間距離を30μmとしたこと以外は(1)と同様にして、マイクロニードルアレイ13を作製した。マイクロニードルアレイ13の針部の外観模式図を図3に示す。
【0059】
(8)針部の先端面間距離を10μm又は60μmとしたこと以外は(7)と同様にして、台形板状(厚さ:1μm、先端面の長方形短辺の長さ:600nm、基底面の長方形長辺の長さ:5μm、長さ:100μm)の針部が、先端面間距離:10μm又は60μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ14、15をそれぞれ作製した。
【0060】
(9)針部の長さを50μmとしたこと以外は(7)又は(8)と同様にして、台形板状(厚さ:1μm、先端面の長方形短辺の長さ:600nm、基底面の長方形長辺の長さ:5μm、長さ:50μm)の針部が、先端面間距離:30μm、10μm、又は60μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ16~18をそれぞれ作製した。
【0061】
(実施例1)
上記の(1)で得られたマイクロニードルアレイ1を用いて、シロイヌナズナレポーター植物1の葉、茎、胚軸を対象サンプルとして、これらの各表面から20~100μmの層に含まれる組織に、それぞれCreリコンビナーゼを導入した。前記シロイヌナズナレポーター植物1は、上流にGFP(Green Fluorescent protein)遺伝子及びポリA(pA)配列を有し、かつ、下流にGUS(β-glucuronidase)遺伝子及びポリA(pA)配列を有するDNA構築物(概念図を図4に示す)がゲノム中に組み込まれている。よって、そのままでは、35Sプロモーターから転写されたmRNAは、上流側のポリA配列によって転写が終了するため、GFP遺伝子は転写されるが、GUS遺伝子は転写されない。他方、当該シロイヌナズナレポーター植物1の細胞にCreリコンビナーゼが導入され、同Creリコンビナーゼによる組換えが起こると、同じ向きに配置されている2つのloxP配列に挟まれたGFP遺伝子及びポリA配列が切り出されて下流のβ-glucuronidase(GUS)遺伝子が発現するため、GUS活性を指標として、Creリコンビナーゼの細胞への導入を確認することができる。
【0062】
先ず、各対象サンプルを基板上に設置し、1μM Creリコンビナーゼ溶液(溶媒:NT1-HF 液体培地)を20μL滴下し、余分な溶液を除去した。その後、自作のマイクロニードルアレイ動作装置により、マイクロニードルアレイ1を対象サンプルに挿入し、針部の先端面が前記基板に接近するまで下降させ、この状態で1分間維持した。シロイヌナズナレポーター植物1の葉にマイクロニードルアレイ1を挿入した際の横方向(針部の配列-長さ面に対して垂直方向)からの外観の光学顕微鏡写真を図5に示す。この際の接近動作は、接近速度(挿入速度):10μm/秒に調整した。
【0063】
前記状態を1分間維持した後、マイクロニードルアレイ1を抜出し、対象サンプルをアガロースB5培地上で24時間インキュベーションした。その後、GUS染色バッファーにて染色し、70%エタノールでリンス後、植物細胞を透明化して、対象サンプルにおける青色の呈色を観察した。観察の結果、上記のマイクロニードル挿入を行った葉、茎、胚軸の全てのサンプルに含まれる組織で、GUS活性を示す青色呈色が観察された。シロイヌナズナレポーター植物1の葉における青色呈色部の光学顕微鏡写真を図6に示す。図6中、青色に呈色している箇所を矢印(黒三角)で示す。以上から、本発明のマイクロニードルアレイの挿入により、植物組織に含まれている細胞内への目的物質(例えば、前記Creリコンビナーゼ)の導入が可能であることが示された。
【0064】
上記の(2)~(9)で得られたマイクロニードルアレイ2~18をそれぞれ用いたこと以外は実施例1と同様にして、シロイヌナズナレポーター植物1の各対象サンプルにCreリコンビナーゼの導入を行った。その結果、マイクロニードルアレイ1、3、4、6、7、9、10、12を用いた場合にはいずれも、GUS活性を示す青色呈色が観察され、植物組織に含まれている細胞内への目的物質の導入が可能であることが示された。
【0065】
他方、針部の先端面間距離が10μmであるマイクロニードルアレイ2、5、8、11を用いた場合には、対象サンプルに針部を挿入することができなかった。また、針部の形状が上記の台形板状であるマイクロニードルアレイ13~18を用いた場合には、GUS活性を示す青色呈色が観察されず、植物組織に含まれている細胞内への目的物質の導入が困難であることが示された。
【0066】
(実施例2)
上記の(1)で得られたマイクロニードルアレイ1を用いて、シロイヌナズナレポーター植物2の葉を対象サンプルとして、その表面から20~100μmの層に含まれる組織に、CRISPR-Cas9システムを導入した。前記シロイヌナズナレポーター植物2は、GUS(β-glucuronidase)遺伝子の中程にクロロフィル合成に関わるPDS3遺伝子の断片が挿入されたDNA構築物がゲノム中に組み込まれており、前記PDS3遺伝子の上流側及び下流側には、gRNA(Cas9タンパク質のガイドRNA)の標的配列が含まれており、さらに、前記PDS3遺伝子の上流及び下流のCas9タンパク質で切断される箇所のさらに上流及び下流には、それぞれ、GUS遺伝子の重複配列が502bp配置されている(概念図を図7に示す)。よって、そのままでは、GUS遺伝子は転写されない。他方、当該シロイヌナズナレポーター植物2の細胞にCas9タンパク質及びそのgRNAからなるCRISPR-Cas9システムが導入され、gRNAによって標的配列に誘導されたCas9タンパク質によりPDS3遺伝子が切り出されると、前記重複配列のsinge strand annealingによってGUS遺伝子構造が回復し、GUS遺伝子が発現するため、GUS活性を指標として、CRISPR-Cas9システムの細胞への導入を確認することができる。
【0067】
先ず、対象サンプルを基板上に設置し、CRISPR-Cas9システムとして、Cas9/gRNA複合体の1μM溶液(溶媒:Cas9反応緩衝液、20mM HEPES、100mM NaCl、5mM MgCl、0.1mM EDTA、pH 6.5)を5μL滴下し、余分な溶液を除去した。その後、前記マイクロニードルアレイ動作装置により、マイクロニードルアレイ1を対象サンプルに挿入し、針部の先端面が前記基板に接近するまで下降させ、この状態で1分間維持した。この際の接近動作は、接近速度(挿入速度):10μm/秒に調整した。
【0068】
前記状態を1分間維持した後、マイクロニードルアレイ1を抜出し、対象サンプルをアガロースB5培地上で48時間インキュベーションした。その後、GUS染色バッファーにて染色し、70%エタノールでリンス後、植物細胞を透明化して、対象サンプルにおける青色の呈色を観察した。観察の結果、上記のマイクロニードル挿入を行った対象サンプルには、GUS活性を示す青色呈色が観察された。シロイヌナズナレポーター植物2の葉における青色呈色部の光学顕微鏡写真を図8に示す。図8中、青色に呈色している箇所を矢印(黒三角)で示す。以上から、本発明のマイクロニードルアレイの挿入により、植物組織に含まれている細胞内への目的物質(例えば、前記CRISPR-Cas9システム)の導入が可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上説明したように、本発明によれば、植物組織に含まれている植物細胞にも目的物質を導入可能なマイクロニードルアレイ及びそれを用いた植物細胞への物質導入方法を提供することが可能となる。また、植物組織の深層部にある植物細胞に目的物質を導入することはこれまで困難であったが、このような本発明によれば、茎頂分裂組織等の未分化細胞を含む植物組織に対して形質転換を行うin planta法によって目的物質を植物細胞に導入することも可能となる。
【符号の説明】
【0070】
1…支持体、2…針部、10…マイクロニードルアレイ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8