(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-04
(45)【発行日】2024-04-12
(54)【発明の名称】電極とこの電極を用いた過酸化水素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 1/30 20060101AFI20240405BHJP
【FI】
C25B1/30
(21)【出願番号】P 2020058508
(22)【出願日】2020-03-27
【審査請求日】2023-01-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度経済産業省、平成31年度革新的なエネルギー技術の国際共同研究開発事業(クリーンエネルギー技術開発)「研究テーマ(3)太陽光による有用化学品製造」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼杉 壮一
(72)【発明者】
【氏名】小西 由也
(72)【発明者】
【氏名】佐山 和弘
(72)【発明者】
【氏名】三石 雄悟
【審査官】長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-068080(JP,A)
【文献】特開2005-076043(JP,A)
【文献】特開2019-157223(JP,A)
【文献】特開2012-043612(JP,A)
【文献】特開2008-180693(JP,A)
【文献】特開昭59-215665(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 11/00ー11/097
C25B 1/30
C25B 9/00- 9/77
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解液中の酸素を還元して過酸化水素を製造するカソード用の電極であって、
電極基材と、
前記電極基材に保持された導電性炭素粒子と、
前記導電性炭素粒子に担持されたニッケル塩とを有
し、
前記ニッケル塩が、硝酸ニッケル、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、酢酸ニッケル、酸化ニッケル、水酸化ニッケル、および炭酸ニッケルの一種以上であり、
前記導電性炭素粒子の物質量に対する前記ニッケル塩の物質量の割合が、0.33%以上6.6%以下である電極。
【請求項2】
請求項
1において、
前記導電性炭素粒子の
物質量に対する前記ニッケル塩の
物質量の割合が、
0.33%以上
3.3%以下である電極。
【請求項3】
請求項
2において、
前記導電性炭素粒子の
物質量に対する前記ニッケル塩の
物質量の割合が、
0.33%以上
0.66%以下である電極。
【請求項4】
請求項1から
3のいずれかにおいて、
前記ニッケル塩が水溶性である電極。
【請求項5】
電解液中の酸素を還元して過酸化水素を製造するカソード用の電極の製造方法であって、
導電性炭素粒子と
、硝酸ニッケル、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、酢酸ニッケル、酸化ニッケル、水酸化ニッケル、および炭酸ニッケルの一種以上であるニッケル塩を液体中で混合し、前記液体を除いた後に粉砕して、前記導電性炭素粒子と前記ニッケル塩を含有
し、前記導電性炭素粒子の物質量に対する前記ニッケル塩の物質量の割合が、0.33%以上6.6%以下である複合体を得る混合粉砕工程と、
前記複合体の分散液を電極基材に塗布し、前記複合体を前記電極基材に保持して、
前記電極基材に保持された前記導電性炭素粒子と、前記導電性炭素粒子に担持された前記ニッケル塩とを備える電極を得る塗布工程と、
を有する電極の製造方法。
【請求項6】
請求項
5において、
前記複合体中の前記ニッケル塩が、前記導電性炭素粒子に担持されている電極の製造方法。
【請求項7】
請求項
5または
6において、
前記ニッケル塩が水溶性であり、
前記混合粉砕工程では、前記導電性炭素粒子と前記ニッケル塩を水中で混合し、
前記混合粉砕工程の後、前記複合体を炭酸塩の水溶液に浸漬する浸漬工程をさらに有する電極の製造方法。
【請求項8】
請求項1から
4のいずれかの電極または請求項
5から
7のいずれかの製造方法で製造された電極をカソード電極として、電解液中の酸素を還元する過酸化水素の製造方法。
【請求項9】
請求項
4の電極または請求項
7の製造方法で製造された電極をカソード電極として、炭酸イオンを含有する電解液中の酸素を還元する過酸化水素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、電極反応で酸素を還元して過酸化水素を製造するのに適した電極と、この電極の製造方法と、この電極を用いて過酸化水素を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は、消毒、殺菌、漂白、洗浄、または酸化等に用いられており、工業的には2-アルキルアントラキノンの水素化と空気酸化を利用するアントラキノン法で製造されている(非特許文献1)。しかしながら、アントラキノン法は、アントラキノン誘導体および有機溶媒等の有機物を用いるため環境負荷が大きい。また、アントラキノン法による過酸化水素の製造は、分離操作等が必要となり高コストである。このため、他の工業的な過酸化水素の製造方法が検討されてきた。
【0003】
他の過酸化水素の製造方法として、例えば、カソード電極における酸素の還元(特許文献1、特許文献2、特許文献3、および非特許文献2)、または炭酸塩を含む電解液を用いることによる過炭酸アニオン中間体を経由したアノード電極における水の酸化(特許文献4)のように、電極反応によって電気化学的に過酸化水素を製造する方法が提案されている。また、原理的にはアノード電極を+1.8V(RHE)よりも正の電位とし、カソード電極の電位を+0.68V(RHE)よりも負の電位とすれば、これらを組み合わせて両極で同時に過酸化水素を製造することもできる。
【0004】
また、活性炭またはカーボンブラックなどの電気伝導性を有する様々な炭素材料を硫酸酸化または硝酸酸化等の酸化処理をして得られる導電性炭素酸化物は、酸素を還元して過酸化水素を製造するカソード電極の材料として優れていることが見出されている。この導電性炭素酸化物をカソード電極として用いることによって、アルカリ性電解液での電流効率が向上するのみならず、電流効率が低い酸性電解液でも高効率で過酸化水素を製造できることが報告されている(特許文献5)。
【0005】
さらに、炭酸塩を含む電解液を用いたアノード電極での水の酸化では、アノード電極として光電極を用いて光照射下で電極反応を行うことで、太陽光等の光エネルギーが利用できる。このため、外部電圧を印加せず、または低く抑えた外部電圧を印加して、低コストで過酸化水素を製造する方法も提案されている(非特許文献3および特許文献6)。また、酸化処理した導電性炭素材料を電極材料として用いたカソード電極と、光電極を用いたアノード電極を組み合わせることにより、カソード電極における酸素の還元と、炭酸塩を含む電解液を用いたアノード電極における光照射下で水の酸化を同時に行って、高い電流効率で効率的に、過酸化水素を両極で製造する方法が提案されている(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-146344号公報
【文献】特開2007-162033号公報
【文献】特開2005-281057号公報
【文献】特開2017-039981号公報
【文献】特開2010-144203号公報
【文献】特開2017-171554号公報
【文献】特開2019-157223号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】化学便覧応用化学編第7版、632頁
【文献】I. Yamanaka et al. Chem. Lett., 2006, 35, No.12, 1330
【文献】K. Fuku et al. Chem. Commun., 2016, 52, 5406
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
電極反応によって、より低い印加電圧、より高い電流効率、およびより大きい電流密度で、低コストに過酸化水素を製造することが好ましい。本願の課題は、このようなより好ましい条件で過酸化水素を製造できるように、酸素を還元するカソード電極の性能を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、従来技術を検討し、カソード電極のさらなる性能向上を目指して様々な条件で実験を進めた。その結果、カソード電極の材料として用いられていた導電性炭素材料に新たにニッケル塩を添加することで、過酸化水素の製造における性能が向上することを見出した。また、本願のニッケル塩を含有する導電性炭素材料は、炭酸塩を含む液体に浸漬することにより性能が向上することを見出した。
【0010】
本願のある態様の電極は、電解液中の酸素を還元して過酸化水素を製造するカソード用の電極であって、電極基材と、導電性炭素粒子と、ニッケル塩とを有する。本願の他の態様の電極は、電極基材と、電極基材に保持された導電性炭素粒子と、導電性炭素粒子に担持されたニッケル塩とを有する。
【0011】
本願の電極の製造方法は、導電性炭素粒子とニッケル塩を液体中で混合し、液体を除いた後に粉砕して、導電性炭素粒子とニッケル塩を含有する複合体を得る混合粉砕工程と、複合体の分散液を電極基材に塗布し、複合体を電極基材に保持して電極を得る塗布工程とを有する。本願の過酸化水素の製造方法は、本願の電極または本願の電極の製造方法で製造された電極をカソード電極として、電解液中の酸素を還元する。
【発明の効果】
【0012】
本願によれば、導電性炭素粒子とニッケル塩を含有するカソード電極を用いて、高効率で酸素を還元して過酸化水素が製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】実施形態の過酸化水素の製造方法に用いる装置の模式図。
【
図3】(a)実施例2の複合体の電子顕微鏡像、(b)実施例4の複合体の電子顕微鏡像。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、本願の実施形態の電極16を模式的に示している。本実施形態では、電極16は、電解液中の酸素を還元して過酸化水素を製造するカソード電極である。電極16は、電極基材34と、導電性炭素粒子31と、ニッケル塩32と、バインダ33を備えている。電極基材34は、炭素繊維をシート状に成形したカーボンペーパーである。電極基材34は、導電性材料から構成される基材であれば特に制限がなく、カーボンペーパー以外にカーボンファイバー、導電性ガラス、金属板などであってもよい。
【0015】
図1に示すように、導電性炭素粒子31は、電極基材34に保持されている。導電性炭素粒子31を構成する導電性炭素材料としては、導電性を備える炭素材料であれば特に制限がなく、カーボンブラックまたは活性炭などが挙げられる。これらの中でも、導電性に優れるカーボンブラック(例えば、ケッチェンブラック)が好ましい。また、導電性炭素粒子31は、硝酸などによって酸化処理した導電性炭素材料から構成されていてもよい。
【0016】
図1に示すように、ニッケル塩32は、導電性炭素粒子31に担持されている。すなわち、導電性炭素粒子31の周囲にニッケル塩32が付着している。ニッケル塩32は、ニッケルイオンと対イオンとのイオン結合により形成されるイオン結合性の物質である。ニッケル塩32としては、水溶性の硝酸ニッケル、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、および酢酸ニッケル、ならびに水に不溶の酸化ニッケル、水酸化ニッケル、炭酸ニッケル、シュウ酸ニッケル、ピロリン酸ニッケル、よう素酸ニッケル、およびリン酸ニッケルが挙げられる。これらの中でも、ニッケル塩32は、硝酸ニッケル、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、酢酸ニッケル、酸化ニッケル、水酸化ニッケル、および炭酸ニッケルの一種以上であることが好ましい。実施例に示すように、高性能の電極16が得られるからである。
【0017】
詳細は後述するが、水溶性のニッケル塩32を用いて電極16を作製する過程で、ニッケル塩32は、導電性炭素粒子31が分散している水中に溶解し、導電性炭素粒子31に均一に高分散で容易に担持される。ニッケル塩32が導電性炭素粒子31に均一に高分散で担持されることによって、得られる電極16の特性が向上する。このため、ニッケル塩32は水溶性であることが好ましい。
【0018】
バインダ33は、電極基材34と導電性炭素粒子31の導通を確保しながら、電極基材34に導電性炭素粒子31を保持する機能を有する。なお、電極基材34に導電性炭素粒子31が保持できれば、バインダ33はなくてもよい。本実施形態では、
図1に示すように、バインダ33は、電極基材34と導電性炭素粒子31の接触部を囲むように設けられている。バインダ33としては、フッ素系高分子(例えば、ナフィオン)、導電性接着剤、有機系高分子などが挙げられる。
【0019】
電極16の性能、特に電極16をカソード電極として用いて、電解液中の酸素を還元して過酸化水素を製造するときの電流効率と電流密度の観点から、導電性炭素粒子31の質量に対するニッケル塩32の質量の割合、すなわちニッケル塩32の含有量(ニッケル塩32の質量/導電性炭素粒子31の質量×100)は、5%以上100%以下であることが好ましく、5%以上50%以下であることがより好ましく、5%以上10%以下であることが特に好ましい。ニッケル塩32の含有量が多過ぎると、ニッケル塩32が凝集して電極基材34に担持され、電極16の性能がやや低下することがある。
【0020】
本願の実施形態の電極の製造方法は、混合粉砕工程と、塗布工程を備えている。混合粉砕工程では、導電性炭素粒子とニッケル塩を液体中で混合し、液体を除いた後に粉砕して、導電性炭素粒子とニッケル塩を含有する複合体を得る。具体的には、液体、例えば水に、導電性炭素粒子とニッケル塩を加えて、攪拌して混合、分散させ、必要に応じて超音波処理する。これをろ過して、乾燥させ、粉砕処理すると、導電性炭素粒子と、導電性炭素粒子に担持されているニッケル塩を含有する複合体が得られる。
【0021】
このとき、液体、例えば水に溶解するニッケル塩を用いれば、ニッケル塩は、導電性炭素粒子に均一に高分散で担持される。ニッケル塩が均一に高分散で担持された導電性炭素粒子を含有する複合体から得られる電極は、高性能である。導電性炭素粒子に担持されるニッケル塩の質量は、混合粉砕工程で仕込んだニッケル塩の質量におおむね比例し、この仕込んだニッケル塩の質量の80%~90%程度である。
【0022】
塗布工程では、複合体の分散液を電極基材に塗布し、複合体を電極基材に保持して電極を得る。具体的には、複合体と必要に応じたバインダを分散媒、例えばエタノールに分散させて、この分散液を少量ずつ電極基材に滴下して、複合体を電極基材に保持させる。本実施形態ではバインダを用いている。複合体の質量に対するバインダの質量の割合は、5%以上15%以下が好ましい。また、電極基材上の複合体の保持量は、1.3mg/cm2以上1.7mg/cm2以下であることが好ましく、約1.5mg/cm2であることがより好ましい。
【0023】
また、本願の電極の製造方法は、浸漬工程をさらに有していてもよい。この場合、混合粉砕工程では、水溶性のニッケル塩を用い、導電性炭素粒子とニッケル塩を水中で混合する。そして、浸漬工程では、混合粉砕工程の後、複合体を炭酸塩の水溶液に浸漬する。炭酸塩としては、水に溶解するものであれば特に制限がなく、アルカリ金属およびアルカリ土類金属などの炭酸塩が挙げられる。具体的には、炭酸水素リチウムおよび炭酸水素カリウムなどが例示できる。これらの中でも、溶解度および金属の残留の観点から、炭酸水素カリウムが好ましい。
【0024】
浸漬工程によって、複合体中のニッケル塩の少なくとも一部が炭酸イオンと反応し、水溶性のニッケル塩が水に不要な炭酸ニッケルとなって、導電性炭素粒子に担持される。電極を構成する導電性炭素粒子に水溶性の塩として担持されたニッケルは、過酸化水素生成の電極反応の際、電解液に接触すると溶出しやすい。このため、浸漬工程によって、水に不溶の炭酸ニッケルとして導電性炭素粒子に担持されることで、過酸化水素生成の電極反応の際、電極から電解液へのニッケルの溶出が抑制できる。
【0025】
なお、当初から炭酸ニッケルと導電性炭素粒子を水に分散させて、導電性炭素粒子に炭酸ニッケルを担持させることもできる。しかし、炭酸ニッケルは水に不溶なので、混合粉砕工程で、均一に高分散で炭酸ニッケルを導電性炭素粒子に担持させるのは容易ではない。このため、導電性炭素粒子に均一に高分散で担持された水溶性のニッケル塩の一部以上を、浸漬工程によって炭酸ニッケルに置換することで、水に不溶なニッケル塩が均一に高分散で導電性炭素粒子に担持された複合体が得られる。
【0026】
浸漬工程は、混合粉砕工程の後であって塗布工程の前に行ってもよいし、混合粉砕工程および塗布工程の後で行ってもよい。また、ニッケル塩ではないニッケル有機金属錯体を導電性炭素粒子に分散させて担持した後、焼成して有機錯体を除去して複合体を得る方法も考えられる。しかし、焼成によって導電性炭素粒子の性能が低下するので、本願の電極の製造方法の方が優れている。
【0027】
図2は、本願の実施形態の過酸化水素の製造方法に用いる過酸化水素製造装置10を模式的に示している。過酸化水素製造装置10は、電解槽12と、アノード電極14と、カソード電極16と、アノード電解液18と、カソード電解液20と、隔膜22と、アノード室24と、カソード室26を備えている。カソード電極16は、本願の電極または本願の電極の製造方法で製造された電極を使用する。電解槽12、アノード電極14、アノード電解液18、カソード電解液20、隔膜22、アノード室24、およびカソード室26は、酸素の還元による従来の過酸化水素製造装置と同様のものが使用できる。
【0028】
本実施形態の過酸化水素の製造方法は、本願の電極または本願の電極の製造方法で製造された電極をカソード電極16として、電解液であるカソード電解液20の酸素を還元して過酸化水素を製造する。本実施形態の過酸化水素の製造方法によれば、60%以上の電流効率で酸素を還元して、過酸化水素が製造できる。なお、カソード電解液20を酸素含有ガスでバブリングすることにより、還元される酸素を供給することが好ましい。
【0029】
また、水溶性のニッケル塩を含有する電極をカソード電極16とした場合、カソード電解液20は炭酸イオンを含有することが好ましい。カソード電極16の電極反応によって、水溶性のニッケル塩が水に不要な炭酸ニッケルに変化し、カソード電極16の性能の低下を抑制しながら、過酸化水素が製造できるからである。この場合、カソード電解液20は、例えば炭酸水素カリウム水溶液が採用できる。
【0030】
すなわち、水溶性のニッケル塩を含有する電極をカソード電極16として用い、炭酸イオンを含有するカソード電解液20中の酸素を還元して過酸化水素を製造する。さらに、炭酸塩を含むアノード電解液18を用いて、アノード室24側で水を酸化して、カソード室26と同時に過酸化水素を製造することもできる。この場合、光電極をアノード電極14として用いることで、光エネルギーを利用して外部電圧を印加することなく、または低い外部電圧で過酸化水素が製造できる。
【実施例】
【0031】
(実施例1)
導電性炭素材料(ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社、ケッチェンブラックEC600JD)100mgと、水溶性の硝酸ニッケル5mgを、水20mLに混合、分散し、1時間攪拌した後、1時間超音波処理した。これをろ過した後、100℃で20時間乾燥させ、10分間粉砕処理して、導電性炭素材料とニッケル塩の複合体を作製した。なお、複合体中の導電性炭素粒子の質量に対する硝酸ニッケル塩の質量の割合、すなわち複合体中の硝酸ニッケルの含有量は5質量%であった。この複合体3mgと、フッ素系高分子分散液(シグマアルドリッチ社、5質量%ナフィオン分散液)6mgを、エタノール200μLに分散させて複合体分散液を得た。
【0032】
複合体の保持量が約1.5mg/cm2となるように、カーボンペーパー(東レ社、TGP-H-90(テフロン撥水処理済み))基材上にこの複合体分散液を50μLずつ数回滴下して、カソード電極を得た。このカソード電極に+0.5Vの電圧を印加し、電解液中の酸素を還元して過酸化水素を製造した。なお、アノード電解液およびカソード電解液として2.0M炭酸水素カリウム水溶液を、参照電極としてAg/AgClを、対極のアノード電極として白金をそれぞれ用いた。過酸化水素生成時の電流効率と電流密度を表1に示す。
【0033】
(実施例2~実施例4)
表1に示す硝酸ニッケルの含有量を変更した点を除き、実施例1と同様にして実施例2~実施例4のカソード電極を作製した。カーボンペーパー基材上のニッケルの保持量をXRFから見積もった。その結果、実施例2では2.6μg/cm2、実施例4では24.5μg/cm2であった。硝酸ニッケルの含有量におおむね比例してカーボンペーパー基材上にニッケル塩が保持されていた。また、実施例1と同様にして、実施例2~実施例4のカソード電極を用いて過酸化水素を製造した。過酸化水素生成時の電流効率と電流密度を表1に示す。
【0034】
(比較例1)
硝酸ニッケルを含まない点を除き、実施例1と同様にして比較例1のカソード電極を作製した。また、実施例1と同様にして、比較例1のカソード電極を用いて過酸化水素を製造した。過酸化水素生成時の電流効率と電流密度を表1に示す。
【0035】
【0036】
比較例1では電流効率が59%であったのに対して、実施例1~実施例4では65%以上の高い電流効率が得られた。さらに、印加電圧が同じであっても、実施例1~実施例4の電流密度は、5.0mA/cm2以上であり、比較例1の電流密度4.0mA/cm2よりも大きかった。硝酸ニッケルの含有量が5質量%および10質量%である実施例1および実施例2では、電流効率が80%以上であり、特に高かった。
【0037】
図3(a)および
図3(b)に、実施例2および実施例4の複合体の電子顕微鏡写真をそれぞれ示す。実施例2の複合体では硝酸ニッケルの粒径が10~40nmで、実施例4の複合体では硝酸ニッケルの粒径が1μm以上であった。このように、硝酸ニッケルの含有量が増加すると、硝酸ニッケルの分散性が低下して硝酸ニッケルの粒径が大きくなった。実施例2の複合体に含まれる硝酸ニッケルは、分散性に優れていた。このように、ニッケル塩がよく分散しているカソード電極を用いた過酸化水素の生成では、電流効率が高く、電流密度が大きかった。
【0038】
(実施例5~実施例10)
表2に示すニッケル塩を用いた点を除き、実施例2と同様にして実施例5~実施例10のカソード電極を作製した。また、実施例1と同様にして、実施例5~実施例10のカソード電極を用いて過酸化水素を製造した。過酸化水素生成時の電流効率と電流密度を表2に示す。
【0039】
(実施例11)
2.0M炭酸水素カリウム水溶液に実施例2で得られた複合体を浸漬し、水で洗浄した。その後、実施例2と同様にして、この複合体を用いてカソード電極を作製した。また、実施例1と同様にして、このカソード電極を用いて過酸化水素を製造した。過酸化水素生成時の電流効率と電流密度を表2に示す。
【0040】
(実施例12)
特許文献7に開示されている硝酸酸化処理を行った導電性炭素材料を用いた点を除き、実施例2と同様にしてカソード電極を作製した。また、実施例1と同様にして、このカソード電極を用いて過酸化水素を製造した。過酸化水素生成時の電流効率と電流密度を表2に示す。
【0041】
(実施例13)
実施例2で得られた複合体を水で洗浄した。その後、実施例1と同様にして、この複合体を用いてカソード電極を作製した。また、実施例1と同様にして、このカソード電極を用いて過酸化水素を製造した。過酸化水素生成時の電流効率と電流密度を表2に示す。
【0042】
【0043】
表2の実施例5~実施例7に示すように、硝酸ニッケル以外の水溶性のニッケル塩を含有するカソード電極を用いて過酸化水素を生成させると、80%以上の高い電流効率が得られ、電流密度も大きくなった。また、表2の実施例8~実施例10に示すように、水に不溶のニッケル塩を含有するカソード電極を用いて過酸化水素を生成させても、比較例1より高い70%以上の電流効率が得られ、電流密度も大きかった。
【0044】
表2の実施例11に示すように、導電性炭素材料と水溶性の硝酸ニッケルを含有する複合体を、炭酸イオンを含む溶液に浸漬することにより、その後に水で洗浄してもニッケル成分が複合体からあまり除去されず、電流効率82%、電流密度7.9mA/cm2となり、実施例2と同様に好ましい結果が得られた。また、実施例12では、83%の高い電流効率に加え、12.0mA/cm2の大きな電流密度が得られた。
【0045】
実施例2および実施例11のカーボン電極について、カーボンペーパー基材上に担持されたニッケル量をXRFから見積もった。実施例2では2.6μg/cm2であり、実施例11では2.3μg/cm2であった。この結果から、炭酸イオンを含む溶液に複合体を浸漬することによって、導電性炭素材料の表面に担持された水溶性のニッケル塩は、その後の複合体の水洗浄を経ても、大部分が残存することがわかった。水溶性のニッケル塩を含有する複合体を、炭酸イオンを含む溶液に浸漬すると、水溶性のニッケル塩が水に不溶な炭酸ニッケルに変化し、その後の水洗浄であまり除去されなくなったからである。
【0046】
水溶性の硝酸ニッケルを含む複合体を、炭酸水素カリウム水溶液に浸漬せずに、水で洗浄してから作製した実施例13のカソード電極では、電流効率が62%、電流密度が4.0mA/cm2であった。実施例13のカソード電極では、比較例1のカソード電極より電流効率が高かった。このように、水溶性の硝酸ニッケルを含有する複合体は、炭酸イオンを含む溶液に浸漬しないと、その後の複合体の水洗浄でニッケルが減少して、カソード電極の性能が低下する。ただし、複合体の水洗浄でニッケル成分の全てが除去されるわけではないので、比較例1のカソード電極よりも実施例13のカソード電極の方が優れていた。
【符号の説明】
【0047】
10 過酸化水素製造装置
12 電解槽
14 アノード電極
16 電極(カソード電極)
18 アノード電解液
20 カソード電解液
22 隔膜
24 アノード室
26 カソード室
31 導電性炭素粒子
32 ニッケル塩
33 バインダ
34 電極基材