(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-05
(45)【発行日】2024-04-15
(54)【発明の名称】自己組織化ペプチド
(51)【国際特許分類】
C07K 7/08 20060101AFI20240408BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20240408BHJP
C07K 14/78 20060101ALI20240408BHJP
C12N 5/02 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
C07K7/08 ZNA
C07K19/00
C07K14/78
C12N5/02
(21)【出願番号】P 2021502130
(86)(22)【出願日】2020-02-20
(86)【国際出願番号】 JP2020006745
(87)【国際公開番号】W WO2020171161
(87)【国際公開日】2020-08-27
【審査請求日】2023-02-09
(31)【優先権主張番号】P 2019028845
(32)【優先日】2019-02-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村岡 貴博
(72)【発明者】
【氏名】石田 敦也
(72)【発明者】
【氏名】味岡 逸樹
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 豪
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-526749(JP,A)
【文献】特表2010-504972(JP,A)
【文献】特表2005-515796(JP,A)
【文献】特表2008-505919(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 7/08
C07K 19/00
C07K 14/78
C12N 5/02
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
RGDA-(RADA)
3、(RADA)
3-RGDA、及び(RADA)
3-RADGで示されるアミノ酸配列からなる群から選択されるいずれかの自己組織化ペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載の自己組織化ペプチドに機能性ペプチドを共有結合又は超分子相互作用で連結してなる融合ペプチド。
【請求項3】
機能性ペプチドが、ラミニン、VEGF、及びN-カドヘリンから選択されるいずれか1の機能性ペプチドである、請求項2に記載の融合ペプチド。
【請求項4】
請求項1に記載の自己組織化ペプチド、又は請求項2若しくは3に記載の融合ペプチドからなるゾルゲル転移剤。
【請求項5】
請求項4に記載のゾルゲル転移剤を有効成分として含む、ゾルゲル転移組成物。
【請求項6】
請求項4に記載のゾルゲル転移剤を2種以上含む、請求項5に記載のゾルゲル転移組成物。
【請求項7】
(
RADA)
p(pは1~6の整数)からなる自己組織化ペプチド、
及び/又は
(RADA)
p
(pは1~6の整数)からなる自己組織化ペプチドに機能性ペプチドを共有結合又は超分子相互作用で連結してなる融合ペプチド
をさらに含む、請求項5又は6に記載のゾルゲル転移組成物。
【請求項8】
ゲル状態の請求項4に記載のゾルゲル転移剤、及び/又は請求項5~7のいずれか一項に記載のゾルゲル転移組成物で構成される細胞足場材。
【請求項9】
ゾル状態又はゲル状態にある、請求項4に記載のゾルゲル転移剤又は請求項5~7のいずれか一項に記載のゾルゲル転移組成物のゾルゲル転移方法であって、
前記ゾルゲル転移剤、又は前記ゾルゲル転移組成物を、そのゾル化温度以上の温度、又はゲル化温度以下の温度で処理する温度処理工程を含む、前記方法。
【請求項10】
前記ゾルゲル転移剤及び/又は前記ゾルゲル転移組成物の濃度が0.4重量%以上10重量%以下である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
ゾル状態又はゲル状態にある前記ゾルゲル転移剤又は前記ゾルゲル転移組成物がpH 1~9である、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
前記ゾル化温度又はゲル化温度が20~80℃の範囲内にある、請求項9~11のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自己組織化ペプチド、ゾルゲル転移剤、ゾルゲル転移剤を有効成分として含むゾルゲル転移組成物、及びそれらのゾルゲル転移方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子間相互作用を形成するペプチドの中には、水中で超分子ファイバーを形成し、ヒドロゲルを与えるものがある(非特許文献1~2)。このヒドロゲルは、ペプチド一般が有する生体適合性や生分解性等の利点により、バイオマテリアルとしての応用が進められている。当該ヒドロゲルの応用例として、細胞足場材料(非特許文献3)や製剤等の輸送材料(非特許文献4)が挙げられる。ヒドロゲルにはコラーゲンやマトリゲル等の動物由来のゲル化剤が代表的に用いられる。しかし、動物由来であるゲル化剤では、分子量分布や成分割合に製造ロットごとの品質差が見られる。また、様々な生物由来のコンタミネーションが細胞等の生物試料に著しい影響を及ぼし得る。そのため、アレルギーや未知の感染症を生じるリスクが避けられず、臨床応用の面で問題があった(非特許文献5~9)。
【0003】
そうした問題点を克服する材料として、近年、合成化学的に作られる低分子ペプチドゲル化剤が注目を集めている。合成低分子ペプチドゲル化剤は、1993年にShuguang Zhangらによって見出されたEAK16、RADA16に端を発し、今日まで研究開発が行われている(非特許文献10~12)。これらは、溶液合成や固相合成法によって、特定のアミノ酸配列からなるペプチドを高純度に合成するため、製造ロットごとの品質は安定しており、コンタミネーションも極めて少ないという利点がある。
【0004】
低分子ペプチドゲル化剤の代表的なものとして、(A)1個又は2個のアミノ酸と芳香族性部位(シンナモイル基やFmoc基等)を連結した両親媒性ペプチド、(B)βシート形成ペプチドの片末端に長鎖アルキル鎖(パルミトイル基等)を連結した両親媒性ペプチド、(C)親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸を交互連結した両親媒性ペプチド、等が知られている(非特許文献1~2)。前記(A)や(B)は、非天然骨格を含む点が生物応用上の、又は臨床応用上の問題となり得る。一方、前記(C)は、天然アミノ酸のみから作製されるため、(A)や(B)よりも優位性を有すると考えられている。
【0005】
ペプチドゲルの応用可能性を広げる上では、刺激応答性も重要な要素である。pHや温度等の外部刺激に応答して、ゲルからゾル、又はゾルからゲルの転移を示す材料は、生体内における細胞足場特性のスイッチングや、ゲル内に含有する物質の放出制御等を可能にし、材料としての付加価値を高めることができる。これまでにも非天然骨格を用いた刺激応答性の付与に関する例は数多く報告されている(非特許文献13~14)。一方、天然アミノ酸のみから構成されるペプチドゲルにおける刺激応答性を示す例は非常に少ない。例えば、Shuguang Zhangら(非特許文献15)は、RADA16類縁体の中で、アラニン残基、アスパラギン酸残基、及びアルギニン残基からなるDAR16-IVが温度上昇に伴いβシートからαへリックスへと構造転移を示すことを報告している。一方、それに類似した配列であるRAD16-IVは温度変化による構造転移を示さないことが知られている(非特許文献10~12)。しかしながら、天然アミノ酸のみから成るペプチドゲル化剤において、刺激応答性を付与することのできる一般性の高い設計方法は、未だ見出されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Dasgupta, A. et al., RSC Advances, 2013, 3, 9117-9149.
【文献】Jonker, A.M. et al., Chemistry of Materials, 2012, 24, 759-773.
【文献】Wu, E.C. et al., Advanced Functional Materials, 2012, 22, 456-468.
【文献】Vermonden, T. et al., Chemical Reviews, 2012, 112, 2853-2888.
【文献】Vukicevic, S. et al., Experimental Cell Research, 1992, 202, 1-8.
【文献】Vallier, L. et al., Journal of Cell Science, 2005, 118, 4495-4509.
【文献】Cooperman, L. and Michaeli, D., Journal of the American Academy of Dermatology, 1984, 10, 638-646.
【文献】Lynn, A.K. et al., Journal of Biomedical Materials Research Part B Applied Biomaterials, 2004, 71, 343-354.
【文献】Scott, M.R. et al., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 1999, 96, 15137-15142.
【文献】Zhang, S. et al., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 1993, 90, 3334-3338.
【文献】Zhang, S. et al., Biopolymers, 1994, 34, 663-672.
【文献】Zhang, S. et al., Biomaterials 1995, 16, 1385-1393.
【文献】Kopecek, J. and Yang, J., Angewandte Chemie International Edition, 2012, 51, 7396-7417.
【文献】He, X. et al., Chemistry An Asian Journal, 2016, 11, 437-447.
【文献】Zhang, S. and Rich, A., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 1997, 94, 23-28.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、生体適合性を有し、細胞足場特性のスイッチや、ゲル内に含有する物質の放出等を可能にするゾルゲル転移の温度制御が可能な自己組織化ペプチドを開発し、提供すると共に、当該自己組織化ペプチドを所望の温度によってゾルゲル転移させる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明者らは、天然アミノ酸で構成されるゲル化ペプチドとして知られる(Arg-Ala-Asp-Ala)4ペプチド(配列番号1)(特開2011-46741)に着目した。「(Arg-Ala-Asp-Ala)4ペプチド」とは、4つのアミノ酸Arg-Ala-Asp-Ala(配列番号2)からなるペプチドユニットがペプチド結合で4ユニット連結したポリペプチドである。なお、本明細書では、しばしばアミノ酸残基を一文字で表記する。例えば、Arg(アルギニン)残基であればRで、Ala(アラニン)残基であればAで、Asp(アスパラギン酸)残基であればDで、Gly(グリシン)残基であればGで、そしてPro(プロリン)残基であればPで、それぞれ表す。したがって、「Arg-Ala-Asp-Ala」は、しばしば「RADA」と表記する。他のペプチドについても同様とする。
【0009】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、(RADA)4ペプチドのC末端側ユニットにおける2つのアラニン残基のうちいずれかをグリシン残基で置換した両親媒性変異ゲル化ペプチド、及び(RADA)4ペプチドのN末端側ユニットにおける2つのアラニン残基のうちN末端側のアラニン残基をグリシン残基で置換した両親媒性変異ゲル化ペプチドが、(RADA)4ペプチドよりも低い温度でゾル化する性質を有することを見出した。本発明は上記新たな知見に基づくもので、以下を提供する。
【0010】
(1)m個のRADA、及びn個のRXDA(配列番号3)又はRADX(配列番号4)を任意の順序で並べてなるいずれか1の自己組織化ペプチドであって、XがG又はPであり、3≦m≦6であり、1≦n≦2かつ2n<mであり、前記自己組織化ペプチドのC末端がRXDA若しくはRADX、又はN末端がRXDAである、前記自己組織化ペプチド。
(2)XがGである、(1)に記載の自己組織化ペプチド。
(3)(1)又は(2)に記載の自己組織化ペプチドに機能性ペプチドを共有結合又は超分子相互作用で連結してなる融合ペプチド。
(4)機能性ペプチドが、ラミニン、VEGF、N-カドヘリンから選択されるいずれか1の機能性ペプチドである、(3)に記載の融合ペプチド。
(5)(1)若しくは(2)に記載の自己組織化ペプチド、又は(3)若しくは(4)に記載の融合ペプチドからなるゾルゲル転移剤。
(6)(5)に記載のゾルゲル転移剤を有効成分として含む、ゾルゲル転移組成物。
(7)ゾルゲル転移剤を2種以上含む、(6)に記載のゾルゲル転移組成物。
(8)(RADA)P(pは1~6の整数)からなる自己組織化ペプチド、並びに/又は前記ペプチドに前記機能性ペプチドを共有結合又は超分子相互作用で連結してなる融合ペプチドをさらに含む、(6)又は(7)に記載のゾルゲル転移組成物。
(9)ゲル状態の(5)に記載のゾルゲル転移剤、及び/又は(6)~(8)のいずれかに記載のゾルゲル転移組成物で構成される細胞足場材。
(10)ゾル状態又はゲル状態にある、(5)に記載のゾルゲル転移剤又は(6)~(8)のいずれかに記載のゾルゲル転移組成物のゾルゲル転移方法であって、前記ゾルゲル転移剤、又は前記ゾルゲル転移組成物を、そのゾル化温度以上の温度、又はゲル化温度以下の温度で処理する温度処理工程を含む、前記方法。
(11)前記ゾルゲル転移剤及び/又は前記ゾルゲル転移組成物の濃度が0.4重量%以上10重量%以下である、(10)に記載の方法。
(12)ゾル状態又はゲル状態にある前記ゾルゲル転移剤又は前記ゾルゲル転移組成物がpH 1~9である、(10)又は(11)に記載の方法。
(13)前記ゾル化温度又はゲル化温度が20~80℃の範囲内にある、(10)~(12)のいずれかに記載の方法。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2019-028845号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の自己組織化ペプチドによれば、生体適合性を有し、ゾルゲル転移の温度制御が可能なペプチドを提供することができる。
本発明のゾルゲル転移方法によれば、所望の温度によって自己組織化ペプチドをゾルゲル転移させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】自己組織化ペプチドのゾル化定量方法を示す図である。垂直に立てた2 mLガラススクリューバイアルの底部で各種ペプチドゲルを作製した時の容器底面からゲル状サンプルの上端までの距離を基準距離h
0とした。続いて、所定の温度下にて、前記バイアルを90度、すなわち水平方向に傾けた時に容器底面からゾル化によって移動したサンプル右端までの距離を移動距離hとした。各ペプチドサンプルのゾル・ゲル状態の判定については、h/h
0値が1.3以上であればゾル状態、h/h
0値が1.3未満であればゲル状態とした。
【
図2】各ペプチドサンプルの20℃におけるh/h
0値を示す図である。破線は、ゾルゲル状態を判定するカットオフ値(h/h
0=1.3)を示す。
【
図3】各ペプチドサンプルの80℃におけるh/h
0値を示す図である。破線は、ゾルゲル状態を判定するカットオフ値(h/h
0=1.3)を示す。
【
図4】A:(RADA)
4ペプチドの円偏光二色性スペクトル変化を示す図である。B:(RADA)
3-RADGペプチドの円偏光二色性スペクトル変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.自己組織化ペプチド及び融合ペプチド
1-1.概要
本発明の第1の態様は、自己組織化ペプチド及び融合ペプチドである。
本態様の自己組織化ペプチドは、1以上のRADAユニット、及び1以上のRXDA又はRADXユニットを任意の順序で並べてなるペプチドである。ここでXはグリシン(G/Gly)又はプロリン(P/Pro)を示す。本態様の自己組織化ペプチドは、既知の自己組織化ペプチドである(RADA)4ペプチドよりも低い温度でゾルゲル転移をさせることができる。
また、本態様の融合ペプチドは、本態様の自己組織化ペプチドを機能性ペプチドに連結してなるペプチドである。
【0014】
1-2.用語の定義
本明細書で頻用する以下の用語について定義する。
本明細書において「自己組織化ペプチド」とは、水又は水溶液に溶解したゾル状態から、固有の温度及び圧力条件下で固化し、ゲル状態になりうるペプチドをいう。例えば、コラーゲン(膠、ゼラチン、ゼリーを含む)等が該当する。
【0015】
「自己組織化」とは、小分子が分散媒中で分子間相互作用等により自発的に集合し、3次元立体構造を形成することをいう。例えば、糖(デンプン、グルコマンナン等の多糖類)、前述のコラーゲン、高吸収性高分子(ポリアクリル酸ナトリウム)等は、固有の条件下で水又は水溶液中において、自己組織化によってファイバー状の1次元構造を形成し、さらにそれらが絡み合うことで3次元立体構造を有したゲル状態になる。自己組織化によりゲル化する物質を、本明細書では、しばしば「ゲル化剤」と表記する。本発明の自己組織化ペプチドは、ゲル化剤の一種である。
【0016】
「ゾル」とは、コロイド粒子が分散媒中に分散して、流動性を有する液体状態となったものをいう。例えば、ゲルを昇温することによってゲル化剤からなるコロイドが分散媒中で流動化したものが該当する。「コロイド」とは、分子やイオンが凝集して微粒子となり、媒質中に分散している状態をいう。コロイドを形成する微粒子を「コロイド粒子」と呼ぶ。
「ゾル状態」とは、コロイド粒子が分散媒中に分散し、流動性を有した液体状態をいう。一般的には、ゲルを昇温させることによって流動化した状態が該当する。
「ゾル化」とは、ゲル状態からゾル状態への変化をいう。
【0017】
「ゲル」とは、コロイド粒子が分散媒中で自己組織化し、流動性を失って固化し、固体状となったものをいう。
「ゲル状態」とは、コロイド粒子が分散媒中で自己組織化し、流動性を失って固化した状態をいう。一般的には、ゾルを降温させることによって固化した状態が該当する。
「ゲル化」とは、ゾル状態からゲル状態への変化をいう。
【0018】
「ゾルゲル転移」とは、ゾル及びゲルの間の可逆的な相転移現象をいう。一般的にゾルゲル転移は、等圧条件下で温度に依存する。本明細書におけるゾルゲル転移は、特に断りのない限り、ゾルからゲルへの転移(ゲル化)、及びゲルからゾルへの転移(ゾル化)のいずれか一方、又は両方を意味するものとする。
【0019】
本明細書において「融合ペプチド」とは、本態様の自己組織化ペプチドに機能性ペプチドを共有結合又は超分子相互作用によって連結したものをいう。共有結合には、ペプチド結合、ジスルフィド結合等が含まれる。また超分子相互作用には、水素結合、疎水性相互作用、静電相互作用、配位結合等が含まれる。限定はしないが、機能性ペプチドは、自己組織化ペプチドのN末端及び/又はC末端に連結することが好ましく、さらに結合は、共有結合であることが好ましい。より好ましい共有結合は、ペプチド結合である。
【0020】
本明細書において「ゲル化温度」とは、ゲル化剤(本発明ではゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物)が、ゾル状態からゲル状態に相転移する温度をいう。また、本明細書において「ゾル化温度」とは、ゲル化剤(本発明のゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物)が、ゲル状態からゾル状態に相転移する温度をいう。一のゲル化剤において、ゲル化温度とゾル化温度は、同一であってもよく、異なっていてもよい。通常は、同一温度であるか、異なる温度であるかは、通常、ゲル化剤の種類に基づく。なお、本明細書では、ゲル化温度とゾル化温度を合わせて、しばしば「ゾルゲル転移温度」と表記する。
【0021】
本明細書において「機能性ペプチド」とは、生体内又は細胞内において、特定の生物学的機能を有するペプチドをいう。
【0022】
本明細書において「特定の生物学的機能」とは、細胞、組織又は個体に影響を与え得る機能、タンパク質、細胞、組織及び個体を標識する機能、又は特定の生物学的機能を有する他のペプチド、核酸、低分子化合物、又は金属イオンを連結させる連結機能をいう。「細胞、組織又は個体に影響を与え得る機能」には、例えば、細胞接着機能、シグナル伝達機能、結合機能、及び代謝機能が含まれる。「タンパク質、細胞、組織及び個体を標識する特定の機能」には、例えば、蛍光標識やエピトープ標識等が含まれる。特定の生物学的機能は、天然の機能、及び非天然の機能のいずれであってもよい。「特定の生物学的機能を有する他のペプチド、核酸、低分子化合物、又は金属イオンを連結させる連結機能」には、例えば、抗原抗体結合又は受容体リガンド相互作用を媒介する機能、RNA及び/又はDNAを結合する機能、ニッケルイオン、銅イオン等を結合する機能等が含まれる。
【0023】
本明細書において「生体適合性」とは、生体への導入が可能である性質をいう。特に、ある材料が生体に対する毒性や副作用を有しないか、有していても極めて軽微である性質、及び/又は生体内において異物認識されず、排除されることがない性質をいう。本明細書において、「ペプチドが生体適合性を有する」とは、例えば、限定はしないが、生物由来のコンタミネーションがないため人体に対してアレルギーや未知の感染症を生じるリスクがないか、非常に少ないペプチドをいう。具体的には、化学的に合成されたペプチド等が挙げられる。
【0024】
本明細書において「生体」とは、細胞(培養細胞を含む)、組織、器官、又は個体をいう。限定はしないが、好ましくは、ヒト由来の細胞、ヒト由来の細胞からなる組織若しくは器官、又はヒト個体である。
【0025】
1-3.構成
1-3-1.自己組織化ペプチド
本態様の自己組織化ペプチドにおける構成について、以下で具体的に説明をする。
本態様の自己組織化ペプチドは、複数のペプチドユニットが互いにペプチド結合で連結したポリペプチドによって構成されている。
【0026】
本明細書で「ペプチドユニット」とは、本発明における自己組織化ペプチドの構成単位である。一つのペプチドユニットは、少なくとも3種類のアミノ酸が4個ペプチド結合したオリゴペプチドからなる。
【0027】
本態様の自己組織化ペプチドを構成するペプチドユニットは、アルギニン(Arg/R)、アラニン(Ala/A)、及びアスパラギン酸(Asp/D)からなる3種類のアミノ酸を必須構成アミノ酸として含み、他にもAla以外の疎水性アミノ酸を含み得る。Ala以外の疎水性アミノ酸には、グリシン(Gly/G)、プロリン(Pro/P)、バリン(Val/V)、ロイシン(Leu/L)、イソロイシン(Ile/I)、メチオニン(Met/M)、システイン(Cis/C)、フェニルアラニン(Phe/F)、チロシン(Tyr/Y)及びトリプトファン(Trp/W)が挙げられるが、いずれの疎水性アミノ酸であってもよい。好ましくはグリシン又はプロリンである。上記のグリシン以外のアミノ酸は、光学異性体を問わず使用することができる。すなわち、D体又はL体のいずれを使用してもよい。
【0028】
本態様の自己組織化ペプチドを構成するペプチドユニットは、具体的にはRADA、RXDA、又はRADXのいずれかである。ここでXはAla以外の疎水性アミノ酸を表す。
【0029】
本態様の自己組織化ペプチドは、具体的には、m個のRADA、及びn個のRXDA又はRADXがペプチド結合によって連結し、構成されている。ここで、mは3以上6以下の整数であり、またnは1又は2である。また、mとnとの間には2n<mの関係を有する。したがって、本態様の自己組織化ペプチドにおいて、(m, n)の組み合わせは、実質的に(3, 1)、(4, 1)、(5, 1)、(6, 1)、(5, 2)、又は(6, 2)のいずれかから選択される。
【0030】
本態様の自己組織化ペプチドにおいて、各ペプチドユニットは任意の順序で連結される。ただし、本発明の自己組織化ペプチドは、C末端のペプチドユニットがRXDA若しくはRADXのいずれかであるか、又はN末端のペプチドユニットがRXDAである。
【0031】
したがって、本態様の自己組織化ペプチドは、具体的には、RXDA-(RADA)3(配列番号5)、(RADA)3-RXDA(配列番号6)、(RADA)3-RADX(配列番号7)、RXDA-(RADA)4(配列番号8)、(RADA)4-RXDA(配列番号9)、(RADA)4-RADX(配列番号10)、RXDA-(RADA)5(配列番号11)、(RADA)5-RXDA(配列番号12)、(RADA)5-RADX(配列番号13)、RXDA-(RADA)6(配列番号14)、(RADA)6-RXDA(配列番号15)、(RADA)6-RADX(配列番号16)、(RXDA)2-(RADA)5(配列番号17)、RXDA-RADA-RXDA-(RADA)4(配列番号18)、RXDA-(RADA)2-RXDA-(RADA)3(配列番号19)、RXDA-(RADA)3-RXDA-(RADA)2(配列番号20)、RXDA-(RADA)4-RXDA-RADA(配列番号21)、RXDA-(RADA)5-RXDA(配列番号22)、RXDA-RADX-(RADA)5(配列番号23)、RXDA-RADA-RADX-(RADA)4(配列番号24)、RXDA-(RADA)2-RADX-(RADA)3(配列番号25)、RXDA-(RADA)3-RADX-(RADA)2(配列番号26)、RXDA-(RADA)4-RADX-RADA(配列番号27)、RXDA-(RADA)5-RADX(配列番号28)、RADA-RXDA-(RADA)4-RXDA(配列番号29)、(RADA)2-RXDA-(RADA)3-RXDA(配列番号30)、(RADA)3-RXDA-(RADA)2-RXDA(配列番号31)、(RADA)4-RXDA-RADA-RXDA(配列番号32)、(RADA)5-(RXDA)2(配列番号33)、RADX-(RADA)5-RXDA(配列番号34)、RADA-RADX-(RADA)4-RXDA(配列番号35)、(RADA)2-RADX-(RADA)3-RXDA(配列番号36)、(RADA)3-RADX-(RADA)2-RXDA(配列番号37)、(RADA)4-RADX-RADA-RXDA(配列番号38)、(RADA)5-RADX-RXDA(配列番号39)、RADA-RXDA-(RADA)4-RADX(配列番号40)、(RADA)2-RXDA-(RADA)3-RADX(配列番号41)、(RADA)3-RXDA-(RADA)2-RADX(配列番号42)、(RADA)4-RXDA-RADA-RADX(配列番号43)、(RADA)5-RXDA-RADX(配列番号44)、RADX-(RADA)5-RADX(配列番号45)、RADA-RADX-(RADA)4-RADX(配列番号46)、(RADA)2-RADX-(RADA)3-RADX(配列番号47)、(RADA)3-RADX-(RADA)2-RADX(配列番号48)、(RADA)4-RADX-RADA-RADX(配列番号49)、(RADA)5-(RADX)2(配列番号50)、(RXDA)2-(RADA)6(配列番号51)、RXDA-RADA-RXDA-(RADA)5(配列番号52)、RXDA-(RADA)2-RXDA-(RADA)4(配列番号53)、RXDA-(RADA)3-RXDA-(RADA)3(配列番号54)、RXDA-(RADA)4-RXDA-(RADA)2(配列番号55)、RXDA-(RADA)5-RXDA-RADA(配列番号56)、RXDA-(RADA)6-RXDA(配列番号57)、RXDA-RADX-(RADA)6(配列番号58)、RXDA-RADA-RADX-(RADA)5(配列番号59)、RXDA-(RADA)2-RADX-(RADA)4(配列番号60)、RXDA-(RADA)3-RADX-(RADA)3(配列番号61)、RXDA-(RADA)4-RADX-(RADA)2(配列番号62)、RXDA-(RADA)5-RADX-RADA(配列番号63)、RXDA-(RADA)6-RADX(配列番号64)、RADA-RXDA-(RADA)5-RXDA(配列番号65)、(RADA)2-RXDA-(RADA)4-RXDA(配列番号66)、(RADA)3-RXDA-(RADA)3-RXDA(配列番号67)、(RADA)4-RXDA-(RADA)2-RXDA(配列番号68)、(RADA)5-RXDA-RADA-RXDA(配列番号69)、(RADA)6-(RXDA)2(配列番号70)、RADX-(RADA)6-RXDA(配列番号71)、RADA-RADX-(RADA)5-RXDA(配列番号72)、(RADA)2-RADX-(RADA)4-RXDA(配列番号73)、(RADA)3-RADX-(RADA)3-RXDA(配列番号74)、(RADA)4-RADX-(RADA)2-RXDA(配列番号75)、(RADA)5-RADX-RADA-RXDA(配列番号76)、(RADA)6-RADX-RXDA(配列番号77)、RADA-RXDA-(RADA)5-RADX(配列番号78)、(RADA)2-RXDA-(RADA)4-RADX(配列番号79)、(RADA)3-RXDA-(RADA)3-RADX(配列番号80)、(RADA)4-RXDA-(RADA)2-RADX(配列番号81)、(RADA)5-RXDA-RADA-RADX(配列番号82)、(RADA)6-RXDA-RADX(配列番号83)、RADX-(RADA)6-RADX(配列番号84)、RADA-RADX-(RADA)5-RADX(配列番号85)、(RADA)2-RADX-(RADA)4-RADX(配列番号86)、(RADA)3-RADX-(RADA)3-RADX(配列番号87)、(RADA)4-RADX-(RADA)2-RADX(配列番号88)、(RADA)5-RADX-RADA-RADX(配列番号89)、(RADA)6-(RADX)2(配列番号90)からなる群から選択されるいずれかのペプチドである。
【0032】
本態様の自己組織化ペプチドが2以上のXを含む場合、2以上のXは同一のアミノ酸であってもよく、又は異なるアミノ酸であってもよい。
本態様の自己組織化ペプチドは、化学的に合成可能である。
【0033】
本態様の自己組織化ペプチドは、自己組織化ペプチドを構成するペプチドユニットの組成及び/又は並び方を調整することにより、自己組織化ペプチドのゾル化温度及び/又はゲル化温度を制御することができる。具体的には、RADAユニットの個数mが大きいほどゾル化温度及び/又はゲル化温度は高くなり、RXDA及びRADXの個数nが大きいほど、ゾル化温度及び/又はゲル化温度は低くなる。したがって、本態様の自己組織化ペプチドは、mとnの数値を調整することによって、そのゾル化温度及び/又はゲル化温度を制御することができる。
【0034】
本態様の自己組織化ペプチドのゾル化温度、ゲル化温度は、例えば、1気圧条件下において、20~80℃の範囲内、20~70℃の範囲内、20~60℃の範囲内、30~50℃の範囲内又は30~40℃の範囲内である。
本態様の自己組織化ペプチドは、生体適合性を有し、生体への導入が可能である。
【0035】
1-3-2.融合ペプチド
本態様の融合ペプチドは、本態様の自己組織化ペプチドに機能性ペプチドを共有結合又は超分子相互作用で連結して得られるペプチドである。
【0036】
本態様の融合ペプチドは、限定はしないが、例えば、本態様の自己組織化ペプチドを機能性ペプチドのN末端及び/又はC末端にペプチド結合で連結して得られるペプチドである。本態様の自己組織化ペプチドが「機能性ペプチドのN末端及び/又はC末端にペプチド結合で連結」されるとは、本態様の自己組織化ペプチドが機能性ペプチドのN末端にのみ連結される場合、C末端にのみ連結される場合、並びにN末端及びC末端の両方に連結される場合のいずれをも包含するものとする。
【0037】
本態様の融合ペプチドを構成する機能性ペプチドは、前述のように、生体内又は細胞内において、特定の生物学的機能を有するペプチドである。その機能は、限定はしないが、例えば、細胞接着機能、シグナル伝達機能、結合機能、標識機能、又は代謝機能が挙げられる。
【0038】
また、本態様の融合ペプチドを構成する機能性ペプチドは、使用目的、細胞培養、細胞の接着、増殖、分化等の制御、組織又は器官の培養、形成、再生、又は血管誘導等の融合ペプチドの目的に応じて選択することができる。
【0039】
本発明における機能性ペプチドは限定しないが、例えば、細胞接着分子、細胞外マトリックス分子、分泌タンパク質、結合タンパク質、酵素、マーカータンパク質、及び人工ペプチド、並びにそれらのペプチド断片が挙げられる。ここでいう「細胞接着分子」とは、細胞の表面で細胞間、又は細胞と細胞外マトリックス間の接着に関わる分子である。限定はしないが、例えば、N-カドヘリン等のカドヘリン、インテグリン、セレクチン等が挙げられる。「細胞外マトリックス分子」とは、細胞外マトリックスを構成する分子である。限定はしないが、例えば、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン等が挙げられる。「分泌タンパク質」とは、細胞内で作られ、細胞外に分泌されるタンパク質である。限定はしないが、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、サイトカイン等が挙げられる。「結合タンパク質」とは、特定の分子と特異的に結合するタンパク質である。限定はしないが、例えば、抗原抗体結合を媒介する抗体又は抗原、(ストレプト)アビジン、マルトース結合タンパク質(MBP)、受容体リガンド相互作用を媒介する受容体又はリガンド、DNA結合タンパク質、RNA結合タンパク質等が挙げられる。特に、機能性ペプチドがDNA結合タンパク質又はRNA結合タンパク質である場合、機能性ペプチドが結合する核酸分子は他の1つ又は複数の核酸分子と多重らせん構造の形成等によって結合することができる。「マーカータンパク質」とは、細胞やタンパク質等を検出する際に標識となりうるタンパク質である。通常は、その活性に基づいて目的とするタンパク質の発現や存在の有無を判別できるポリペプチドが該当する。限定はしないが、例えば、GFP等の蛍光タンパク質、ルシフェリン、又はイクオリン等の発光タンパク質、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、又はアルカリホスファターゼ(AP)等の酵素が挙げられる。「人工ペプチド」とは、タグペプチドとも呼ばれ、人工的に合成された数~十数アミノ酸からなるオリゴペプチドである。例えば、FLAGタグ、ヒスチジンタグ、HAタグ、DAPタグ等のエピトープタグ、及びHisタグ等が挙げられる。
【0040】
本態様の融合ペプチドのゾル化温度、ゲル化温度は、機能性ペプチドの影響を受けるものの、原則的には包含する自己組織化ペプチドのゾル化温度、ゲル化温度に基づく。したがって、1気圧条件下では、例えば、20~80℃の範囲内、20~70℃の範囲内、20~60℃の範囲内、30~50℃の範囲内又は30~40℃の範囲内でゾルゲル転移する。
【0041】
本態様の融合ペプチドは、生体適合性を有し、生体への導入が可能である。
本態様の融合ペプチドに含まれる自己組織化ペプチドは分子量が小さい。それ故、比較的大きな機能性ペプチドとペプチド結合によって連結し、単一のペプチド鎖として合成することが可能である。一般に遺伝子発現系を用いて細胞内でペプチド合成を行う場合、タンパク質の分子量が大きくなるほど収率が低くなる。本態様の融合ペプチドは、遺伝子発現系を用いて発現させた場合の収率が高い。
【0042】
本明細書において「遺伝子発現系」とは、宿主細胞内で外来の遺伝子を発現できる発現系、又は無細胞遺伝子発現系をいう。具体的には、例えば、プラスミド若しくはバクミド(Bacmid)のような自律複製可能な発現ベクターが挙げられる。発現ベクターは、複数種の宿主細胞内で複製可能なシャトルベクターとすることもできる。宿主は、特に限定されないが、例えば、大腸菌、昆虫細胞、培養細胞が挙げられる。
【0043】
1-4.効果
本態様の自己組織化ペプチド又は融合ペプチドは、(RADA)4ペプチドよりも低い温度でゾル化する性質を有する。
【0044】
2.ゾルゲル転移剤
2-1.概要
本発明の第2の態様は、ゾルゲル転移剤である。本態様のゾルゲル転移剤は、第1態様の自己組織化ペプチド又は融合ペプチドからなる。本態様のゾルゲル転移剤によれば、温度変化によって、ゾル状態からゲル状態へ、又はゲル状態からゾル状態へ、温度制御によりゾルゲル転移させることが可能である。
【0045】
2-2.構成
本態様において「ゾルゲル転移剤」とは、第1態様の自己組織化ペプチド又は融合ペプチドで構成され、そのアミノ酸配列の違いに基づき、所望の温度でゾルゲル転移させることができるゲル化剤である。
したがって、本態様におけるゾルゲル転移剤の基本構成は、第1態様の自己組織化ペプチド又は第1態様の融合ペプチドにおける「1-3.構成」に記載の内容と実質的に同一である。それ故、ここでは、その具体的な説明は省略する。
なお、本態様におけるゾルゲル転移剤のpHは、限定はしない。例えばpH 1~pH 11、pH 1~pH 9、pH 3~pH 9、pH 4~pH 8、pH 5~pH 7、又はpH 6~pH 7の範囲にあればよい。好ましくはpH 8.0以下、pH 7.5以下、pH 7以下、pH 6.5以下である。
【0046】
3.ゾルゲル転移組成物
3-1.概要
本発明の第3の態様はゾルゲル転移組成物である。本態様のゾルゲル転移組成物は、第2態様に記載のゾルゲル転移剤を必須の有効成分とし、他に担体等を包含して成る。本態様のゾルゲル転移組成物は、温度処理によって所望の温度でゾルゲル転移剤をゾルゲル転移させることができる。
本明細書において「温度処理」とは、温度を変化させる処理をいう。例えば、ゾル状態又はゲル状態にある本発明のゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物に対して、昇温させる処理(加熱処理)、又は降温させる処理(冷却処理)が挙げられる。
本明細書において「温度変化によってゾルゲル転移させる」とは、任意の圧力条件下における温度処理によりゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物をゾルゲル転移させることをいう。例えば、1気圧条件下における20~80℃の範囲内の温度変化によって、ゾルゲル転移させることをいう。
【0047】
3-2.構成
3-2-1.構成成分
本発明のゾルゲル転移組成物は、有効成分及びそれ以外の成分によって構成されている。有効成分以外の成分は特に限定はしないが、例えば、担体等が挙げられる。以下、各構成成分について具体的に説明をする。
【0048】
(1)有効成分
本態様のゾルゲル転移組成物は、必須の有効成分として1種類、又は2種類以上の第2態様に記載のゾルゲル転移剤を含む。すなわち、第1態様の自己組織化ペプチド及び/又は融合ペプチドを包含している。有効成分としての第2態様に記載のゾルゲル転移剤は、1種類であっても、又は異なる2種類以上の組み合わせであってもよい。
【0049】
本態様のゾルゲル転移組成物は、他の有効成分として、(RADA)p(pは1~6の整数)からなる自己組織化ペプチド、及び/又は当該自己組織化ペプチドに機能性ペプチドを共有結合又は超分子相互作用で連結してなる融合型ペプチドをさらに含んでもよい。これらの自己組織化ペプチドは、本発明のゾルゲル転移剤と比較してゾルゲル転移の温度が高く、例えば、20~80℃ではゲル状態のままである。そこで、これらの自己組織化ペプチドを本発明のゾルゲル転移剤と混合することによって、ゾルゲル転移組成物におけるゾルゲル転移の温度を上方制御、すなわち、ゾルゲル転移剤単独のときよりも高い温度に設定することができる。それにより、ゾルゲル転移組成物におけるゾルゲル転移の温度制御が可能となる。さらに、本態様のゾルゲル転移組成物は、他の有効成分として、薬剤等を包含することもできる。本明細書において「薬剤」とは、低分子化合物、ペプチド(酵素及び抗体を含む)、又は核酸(miRNA、siRNA、shRNA等のRNAi分子、アンチセンス核酸、アプタマー等を含む)を含む概念である。薬剤は、限定はしないが、疾患等の治療や症状軽減を目的とする治療医薬、疾患等を検出、診断するための検査医薬、害虫、害獣の忌避や駆除を目的とする農薬、殺ウイルス又は殺菌を目的とする消毒薬等、様々な種類の薬剤を包含する。本態様のゾルゲル転移組成物に包含される薬剤は、1種だけでなく、2種以上であってもよい。
【0050】
ゾルゲル転移組成物に配合される第2態様に記載のゾルゲル転移剤の量(含有量)は、特に限定はされない。ゾルゲル転移温度の条件を勘案して適宜定めればよい。また、本発明のゾルゲル転移組成物を生体内に投与する場合には、そのゾルゲル転移組成物に包含されるゾルゲル転移剤の種類及び/又はその有効量、被験体の情報、ゾルゲル転移組成物の剤形、並びに後述する担体又は添加物の種類に応じて適宜定めればよい。具体的には、ゾルゲル転移組成物に第2態様に記載のゾルゲル転移剤の濃度は、限定はしないが、例えば0.4重量%以上10重量%以下、1.0重量%以上10重量%以下、1.5重量%以上10重量%以下であればよい。本明細書において「有効量」とは、ゾルゲル転移組成物においてゾルゲル転移剤が有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する生体に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験体の情報、投与経路、及び投与回数等の様々な条件によって変化し得る。ここで「被験体」とは、医薬組成物の適用対象となる生体をいう。例えば、ヒト、家畜(ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ニワトリ、ダチョウ等)、競走馬、愛玩動物(イヌ、ネコ、ウサギ等)、実験動物(マウス、ラット、モルモット、サル、マーモセット等)等が該当する。好ましくはヒトである(この場合、特に「被験者」という)。また、「被験体の情報」とは、ゾルゲル転移組成物を適用する生体の様々な個体情報であって、例えば、被験者の場合であれば、全身の健康状態、疾患・病害に罹患している場合にはその進行度や重症度、年齢、体重、性別、食生活、薬剤感受性、併用薬物の有無及び治療に対する耐性等を含む。ゾルゲル転移剤の最終的な有効量、及びそれに基づいて算出される適用量は、個々の被験体の情報等に応じて、最終的には医師、歯科医師、又は獣医師等の判断によって決定される。
【0051】
(2)担体
本態様のゾルゲル転移組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。
本明細書において「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、溶媒、賦形剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0052】
溶媒には、例えば、水若しくはそれ以外の薬学的に許容し得る水溶液、又は薬学的に許容される有機溶剤のいずれであってもよい。水溶液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤としては、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。
【0053】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0054】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0055】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0056】
上記の他にも、必要であれば医薬において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0057】
このような担体は、主として剤形形成を容易にし、また剤形及び薬剤効果を維持する他、有効成分であるゾルゲル転移剤が生体内の酵素等によって分解を受け難くするために用いられるものであって、必要に応じて適宜使用すればよい。
【0058】
3-2-2.ゾルゲル転移組成物の性質
本態様のゾルゲル転移組成物のpHは、限定はしない。例えばpH 1~pH 11、pH 1~pH 9、pH 3~pH 9、pH 4~pH 8、pH 5~pH 7、及びpH 6~pH 7の範囲であればよい。好ましくは、pH 8.0以下、pH 7.5以下、pH 7以下、pH 6.5以下である。
【0059】
本態様のゾルゲル転移組成物も所定の圧力条件下における温度処理によってゾルゲル転移し得る。そのゾルゲル転移温度も、原則的には有効成分であるゾルゲル転移剤を構成する自己組織化ペプチド又は融合ペプチドのそれに基づく。したがって、本態様のゾルゲル転移組成物は、例えば、1気圧条件下において、20~80℃、20~70℃、20~60℃、30~50℃、又は30~40℃の範囲内の温度によってゾルゲル転移することができる。本態様のゾルゲル転移組成物は、例えば、1気圧条件下において、被験体の体温よりも高い温度でゾルゲル転移する。したがって、本態様のゾルゲル転移組成物は、ゾルゲル転移温度を包含するゾルゲル転移剤のゾルゲル転移温度に基づいて調整することができる。例えば、本態様のゾルゲル転移組成物を、1気圧条件下において、被験体の通常体温(例えば、37℃)よりも高い温度でゾルゲル転移させたい場合、有効成分であるゾルゲル転移剤が1種類であれば、通常体温よりも高いゾルゲル転移温度を有するゾルゲル転移剤を選択すればよい。有効成分であるゾルゲル転移剤が2種類であれば、通常体温よりも明らかに高いゾルゲル転移温度(例えば、40℃以上、45℃以上、47℃以上、又は50℃以上)を有するゾルゲル転移剤と、通常体温よりも明らかに低いゾルゲル転移温度(例えば、35℃以下、32℃以下、30℃以下、又は28℃以下)を有するゾルゲル転移剤とを組み合わせることで得ることができる。
【0060】
したがって、本態様のゾルゲル転移組成物の一実施形態として、被験体にゾル状態で投与し、生体内でゲル化させることや、逆に生体内にゲル状態で投与した後、所望の時期にゾル化することができる。
【0061】
本態様のゾルゲル転移組成物が融合ペプチドを含む場合には、本態様のゾルゲル転移組成物が被験体の体内でゲル化した後、当該融合ペプチドを構成する機能性ペプチドの生物学的機能に基づく機能が発揮される。例えば、機能性ペプチドとしてVEGFを用いる場合、体内でゲル化したゾルゲル転移組成物は、当該ゲルにおける血管形成を誘導することができる。さらに、投与部位においてゲル状態のゾルゲル転移組成物によって血管形成が十分に誘導された後、ゾルゲル転移組成物を温度処理によって再度ゾル化し、投与部位から除去することができる。
【0062】
また、本態様のゾルゲル転移組成物は、生体内において細胞足場材として使用することもできる。この場合も、本態様のゾルゲル転移組成物が被験体の体内でゲル化した後、当該融合ペプチドを構成する機能性ペプチドの生物学的機能に基づく機能が発揮される。機能性ペプチドとして、例えば、ラミニンやN-カドヘリン等の細胞外マトリックス分子を用いることができる。細胞足場材として使用する場合、体内でゲル化したゾルゲル転移組成物は、当該ゲルにおいて細胞の接着、増殖、分化等の制御、及び組織又は器官の形成、再生等を可能とする。さらに、投与部位においてゲル状態のゾルゲル転移組成物によって細胞の接着、増殖、分化等の制御、及び組織又は器官の形成、再生等が十分に達成された後、ゾルゲル転移組成物を温度処理によって再度ゾル化し、投与部位から除去することができる。
【0063】
本態様のゾルゲル転移組成物が融合ペプチドを含む場合、又は薬剤を含む場合、その効果は、ゲル状態では発揮されず、ゾル化後に発揮されるように制御してもよい。例えば、本態様のゾルゲル転移組成物を、機能性ペプチドの作用部位とは異なる体内部位にゾル状態で投与して当該投与部位においてゲル化させた後、必要な時期までゲル状態で維持する。その後、必要な時期に投与部位に温度処理を行ってゾル化させ、包含する融合ペプチドを放出させて、融合ペプチドに含まれる機能性ペプチドの作用部位へ、融合ペプチドを送達させることができる。
【0064】
また、本態様のゾルゲル転移組成物は、被験体にゲル状態のまま導入することもできる。例えば、上記の使用態様から、ゾル状態で投与して被験体の体内でゲル化させるステップを省略し、代わりに外科的方法等によりゲル状態のまま生体内に移植してもよい。
【0065】
被験体に導入された本態様のゾルゲル転移組成物は、温度処理によって再度ゾル化せずに導入部位から除去することもできる。例えば、被験体の体内からゲル状態のまま、導入部位から外科的に除去することができる。
【0066】
3-2-3.剤形
本態様のゾルゲル転移組成物の剤形は、特に限定しない。被験体の体内で有効成分の性質を失活させることなく目的の部位にまで送達できる形態であればよい。例えば、対象部位への直接投与が可能な液剤が挙げられる。液剤の例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、前記賦形剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて製剤化することができる。注射剤は、一般に液体であることから、注射剤としてのゾルゲル転移組成物はゾル状態である。
一方、本態様のゾルゲル転移組成物の剤形は、対象部位への導入が可能な固形剤であってもよい。固形剤の場合、その形状は問わない。粉剤、散剤、顆粒剤、錠剤等の一般的な固形剤剤形の他、移植用部材としての形状であってもよい。固形剤は固体であることから、固形剤としてのゾルゲル転移組成物は、通常ゲル状態である。
【0067】
3-2-4.適用方法
本態様のゾルゲル転移組成物の適用方法は、特に限定しないが、好ましくは非経口投与であり、さらに好ましくは局所投与である。局所投与には、例えば、筋肉内投与、皮下投与、組織投与、及び器官投与が該当する。本態様のゾルゲル転移組成物を局所投与する場合には、ゾル状態の本態様のゾルゲル転移組成物は注射等で対象部位に直接投与され、投与後に対象部位でゲル化することができる。或いは、本態様のゾルゲル転移組成物をゲル状態のまま当該対象部位に導入してもよい。例えば、対象部位を外科手術により切開して、ゲル状態のまま移植することができる。投与量は、有効成分が奏効する上で有効な量であればよい。有効量は、被験体情報に応じて適宜選択される。
【0068】
3-2-5.除去方法
本態様のゾルゲル転移組成物は、投与部位においてゲル化した後、必要に応じて、温度処理によって再度ゾル化し、投与部位から除去することができる。
或いは、本態様のゾルゲル転移組成物をゲル状態のまま対象部位から除去してもよい。例えば、外科手術により投与部位を切開して、ゲル状態のまま外科的に除去することができる。
本態様のゾルゲル転移組成物をゾル化して投与部位から除去する時期は、必要に応じて適宜決定することができる。
【0069】
4.細胞足場材
4-1.概要
本発明の第4の態様は細胞足場材である。本態様の細胞足場材は、第2態様に記載のゾルゲル転移剤、又は第3態様に記載のゾルゲル転移組成物で構成される。本態様の細胞足場材は、生体外又は生体内のいずれでも使用することができる。本態様の細胞足場材は、温度処理によってその形状を加工することができる。
【0070】
4-2.構成
本明細書において「細胞足場材」とは、細胞培養又は組織再生用の足場材料であり、細胞の接着、増殖、分化等の制御、移植細胞、移植組織又は移植器官の培養、形成、再生等を可能とする材料をいう。細胞足場材は、生体外で使用してもよく、生体内で使用してもよい。
【0071】
本明細書において「細胞の接着、増殖、分化等の制御」とは、細胞の接着、増殖、分化の促進及び/又は抑制をいう。
【0072】
本態様の細胞足場材は、第2態様に記載のゾルゲル転移剤、又は第3態様に記載のゾルゲル転移組成物で構成される。したがって、本態様における基本構成は、第2態様のゾルゲル転移剤、又は第3態様に記載のゾルゲル転移組成物の構成と実質的に同一である。
【0073】
本態様の細胞足場材は、原則としてゲル状態のゾルゲル転移剤である。これは、細胞の足場として機能するには、細胞が固着するための一定の剛性が必要であり、液体状のゾルでは、通常、その目的を達成し得ないためである。
【0074】
本態様の細胞足場材が融合ペプチドを含む場合、当該融合ペプチドを構成する機能性ペプチドは、例えば細胞の接着、増殖、分化等を制御する分子、又は組織若しくは器官の形成、再生等を制御する分子である。例えば、細胞接着分子、細胞外マトリックス分子、分泌タンパク質、結合タンパク質、酵素、マーカータンパク質及び人工ペプチド、並びにそれらのペプチド断片である。本態様の細胞足場材に含まれ得る融合ペプチドを構成する機能性ペプチドは、好ましくは細胞接着分子、細胞外マトリックス分子であり、例えばラミニン、N-カドヘリンである。
【0075】
4-3.効果
本態様の細胞足場材は、生体外又は生体内において、細胞の接着、増殖、分化等の制御を可能にし、又は組織若しくは器官の形成、再生等を可能にする。
本態様の細胞足場材を生体内で用いる使用態様は、「3.ゾルゲル転移組成物」の「3-2.構成」に記載されており、ここではその具体的な説明は省略する。
本態様の細胞足場材を用いる場合には、対象とする細胞、組織又は器官の目的とする形状に合わせて細胞足場材の形状を加工することができる。例えば、本発明の細胞足場材は、ゾル状態にて鋳型に流し込み、ゲル化させることで成形することができる。或いは、本発明の細胞足場材は、局所的な加熱処理により、ゲルの一部をゾル化し、目的の形状に成形することが可能である。
【0076】
5.ゾルゲル転移方法
5-1.概要
本発明の第5の態様は、ゾル状態又はゲル状態にある、本発明のゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物のゾルゲル転移方法である。
本発明のゾルゲル転移方法は、温度処理工程を必須の工程として含む。
【0077】
5-2.方法
5-2-1.温度処理工程
「温度処理工程」は、本発明のゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物のゾル化温度よりも低い温度から当該温度以上へ昇温する工程、又はゲル化温度よりも高い温度から当該温度以下へ降温する工程をいう。本工程により、本発明のゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物は、ゾル状態からゲル状態へ、又はゲル状態からゾル状態へと相転移することができる。
【0078】
本工程における処理温度は、使用するゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物の種類によって異なるので、その種類に応じて適宜定めればよい。例えば、10~90℃の範囲内、20~80℃の温度範囲内、20~70℃の範囲内、20~60℃の範囲内、30~50℃の範囲内、30~40℃の範囲内における昇温工程又は降温工程である。
【0079】
本発明のゾルゲル転移方法における温度処理工程で用いる加熱方法又は冷却方法は特に限定しない。いずれも公知の方法を用いればよい。例えば、加熱方法であれば、ゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物を熱源に直接的に又は間接的に接触させる方法(直火、湯煎、ヒーター照射等)、マイクロ波や超音波を照射する方法が挙げられる。また、冷却方法であれば、ゾルゲル転移剤又はゾルゲル転移組成物をフリーザーや冷蔵庫内に配置する方法等が挙げられる。
本工程は、生体外又は生体内のいずれにおいても実施することができる。
【実施例】
【0080】
<実施例1:20~80℃の温度範囲でゾルゲル転移する自己組織化ペプチドの同定>
(目的)
20~80℃の温度範囲でゾルゲル転移する自己組織化ペプチドを開発する。
(方法)
(1)自己組織化ペプチドの合成
計8種類のペプチド:(RADA)4ペプチド、RGDA-(RADA)3ペプチド、RADG-(RADA)3ペプチド、(RADA)2-RGDA-RADAペプチド、(RADA)2-RADG-RADAペプチド、(RADA)3-RGDAペプチド、(RADA)3-RADGペプチド、及び(RADA)4-Gペプチドを、ポリスチレンレジンを用いるFmocペプチド固相合成法によって、以下の方法によりそれぞれ0.10mmolスケールで合成した。
【0081】
固相合成用チューブ(株式会社ハイペップ研究所、固相合成用チューブポリプロピレン製LibraTube本体チューブ5 mL、固相合成用キャップポリプロピレン製LibraTube上部キャップ)中で、Fmoc-NH-SAレジン(渡辺化学株式会社)(250 mg, 0.10 mmol)をN,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)(キシダ化学株式会社)中で1晩浸漬し、膨張させた。ピぺリジン(キシダ化学株式会社)(20% in DMF, 2 mL)を加え、1分間ボルテックスで攪拌し、その後反応溶液を除去した。ピペリジン(20% in DMF, 2 mL)を加え、室温で10分間振盪し、その後反応溶液を除去した。DMF (2 mL)で5回洗浄し、溶媒を除去した。レジンを少量取り出し、TNBS Test Kit(東京化成工業株式会社)を用いてレジンが呈色することを確認した。塩化メチレン(株式会社ゴードー)(2 mL)、DMF (2 mL)でそれぞれ3回ずつ洗浄し、溶媒を除去した。N末端のアミノ酸(0.30 mmol)に縮合剤カクテル(700 μL)、N,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIEA)(ナカライテスク株式会社)とN-メチル-2-ピロリドン(NMP)(キシダ化学株式会社)の混合液(DIEA/NMP = 2.75/14.25 (v/v), 700 μL)を加えて溶解させ、レジンに添加した。縮合剤カクテルは、HBTU(渡辺化学株式会社)3.05 g、HOBt・H2O(渡辺化学株式会社)1.25 g、DMF 16mLを予め混合し調製したものを使用した。室温で15分間振盪し、その後反応溶液を除去した。DMF (2 mL)で5回洗浄し、溶媒を除去した。レジンを少量取り出し、TNBS Test Kit(東京化成工業株式会社)を用いてレジンが呈色しないことを確認した。塩化メチレン(2 mL)、DMF (2 mL)でそれぞれ3回ずつ洗浄し、溶媒を除去した。以降、アミノ酸配列に従って上記の操作を繰り返し、ペプチド鎖を伸長した。ペプチド鎖の伸長には、Fmoc-Ala-OH・H2O、Fmoc-Asp(OtBu)-OH、Fmoc-Arg(Pbf)-OH及びFmoc-Gly-OH(渡辺化学株式会社)を使用した。
【0082】
ペプチドを伸長後、溶媒を除去し、無水酢酸(関東化学株式会社)(25%塩化メチレン溶液, 2 mL)を加え、室温で5分間振盪し、その後反応溶液を除去した。DMF (2 mL)で5回洗浄し、溶媒を除去した。レジンを少量取り出し、TNBS Test Kitを用いてレジンが呈色しないことを確認した。塩化メチレン(2 mL)、DMF (2 mL)でそれぞれ3回ずつ洗浄し、溶媒を除去した。
【0083】
次に以下の手順でペプチドをレジンから切り出し、凍結乾燥した。デシケーター内で乾燥させたレジンに脱保護カクテルを加え、室温で30分ごとに軽く振盪し、90分間静置させた。脱保護カクテルは、トリフルオロ酢酸(TFA)(キシダ化学株式会社)2375 μL、トリイソプロピルシラン(TIS)(東京化成工業株式会社)62.5 μL、水62.5 μLを予め混合し調製したものを使用した。濾液を15 mL遠沈管に回収した。合成チューブにTFA (500 μL)を加え、濾液を先ほどの遠沈管に回収した。この操作を3回繰り返した。濾液を回収した遠沈管にジエチルエーテル(キシダ化学株式会社)(40 mL)を加え、十分に攪拌した。遠心分離 (4℃, 3500×g, 5分)し、上澄みを除去した。この操作を3回繰り返した。10分間ドラフト内で静置し、乾燥させた後、デシケーターで2時間以上乾燥させた。乾燥後のサンプルをイオン交換水に分散させ、凍結乾燥した。
【0084】
(2)自己組織化ペプチドを含むゲルの作製
2 mLのガラススクリューバイアル(AS ONE、ラボランスクリュー管瓶)において、(1)で凍結乾燥した各ペプチド粉末(1.0 mg)に2.2%トリフルオロ酢酸水溶液(200 μL)を加え、水浴型超音波装置(AS12GTU、35 kHz、60 W)を用いて、25℃にて5分間超音波を照射してサンプルをゾル化した。ペプチド濃度は0.50重量%であった。その後、バイアルを垂直に立て、20℃の恒温槽(三菱電機エンジニアリング、クールインキュベーターCN-40A)内で一晩静置して自己組織化ペプチドをゲル化した。バイアルは、各ペプチドについて2本以上作製した。
図1に示すように、このときの、容器底面からゲル状サンプルの上端までの距離を基準距離h
0として計測した。その結果、いずれのペプチドサンプルもh
0=6mmであった。
【0085】
(3)ゾルゲル転移のアッセイ
各ペプチドサンプルについて、(2)で調整したバイアルを、20℃にて90度、すなわち水平方向に傾けた。1分後の容器底面からゾル化によって移動したサンプル端までの距離を移動距離hとして計測した。次に、各ペプチドサンプルについて、(2)で調整した別のバイアルを80℃まで昇温し(温度変化速度=5℃/分)、80℃で5分間インキュベートした後、20℃のときと同様に、水平方向に傾けた時の移動距離を計測した。それぞれの温度における各ペプチドサンプルの状態を判定した。判定基準には、h/h0値を用い、h/h0=1.3をゾル・ゲル状態のカットオフ値とした。すなわち、ペプチドサンプルのh/h0の値が1.3以上であればゾル状態、1.3未満であればゲル状態とした。
【0086】
(結果)
図2に20℃における各ペプチドサンプルのh/h
0値を示す。(RADA)
4ペプチド、RGDA-(RADA)
3ペプチド、(RADA)
3-RGDAペプチド、(RADA)
3-RADGペプチド、及び(RADA)
4-Gペプチドはゲル状態、それ以外のペプチドはゾル状態であった。
図3に80℃における各ペプチドサンプルのh/h
0を示す。(RADA)
4ペプチド、及び(RADA)
4-Gペプチドはゲル状態、それ以外はゾル状態と判定した。
20℃及び80℃の結果から、RGDA-(RADA)
3ペプチド、(RADA)
3-RGDAペプチド、及び(RADA)
3-RADGペプチドは、20℃と80℃の間でゲルからゾルへの相転移を示した。一方、(RADA)
4ペプチド及び(RADA)
4-Gペプチドは、20℃と80℃のいずれにおいてもゲルのままであった。また、RADG-(RADA)
3ペプチド、(RADA)
2-RGDA-RADAペプチド、及び(RADA)
2-RADG-RADAペプチドは、20℃と80℃のいずれにおいてもゾルであった。
【0087】
<実施例2:自己組織化ペプチドの20~80℃の温度範囲における円偏光二色性スペクトルの測定>
(目的)
自己組織化ペプチドの立体構造の変化を、円偏光二色性スペクトルの測定によって検証する。
「円偏光二色性スペクトル変化」とは、タンパク質の立体構造変化に伴う円偏光二色性のスペクトル変化である。「円偏光二色性」とは、タンパク質が円偏光を吸収する際に左円偏光と右円偏光に対して吸光度に差が生じる現象のことをいう。タンパク質の立体構造が変化する際には、円偏光二色性スペクトル変化が生じる。例えば、本発明の自己組織化ペプチドがゾルゲル転移する際には円偏光二色性スペクトル変化が観測され、ゲルからゾルへの転移時にはβシート構造の崩壊に由来すると考えられる円偏光二色性スペクトル変化が観測される。本実施例では、円偏光二色性スペクトル変化を測定することで自己組織化ペプチドのゲル形成に必要なβシート構造の形成割合の変化を評価することを目的とする。
【0088】
(方法)
2.2%TFA水溶液を溶媒とする0.50重量%濃度の(RADA)4ペプチド、及び(RADA)3-RADGペプチドについて、20℃から40℃、60℃、80℃に昇温した際の円偏光二色性スペクトルを測定した。さらに、再度20℃に降温した際の自己組織化ペプチドの円偏光二色性スペクトルを測定した。
ペプチドサンプルは実施例1と同様に合成した。
円偏光二色性スペクトルは、JASCO J-1100 CD Spectrometerを使用して、組立セル(GL Science、AB20-UV-0.1、セル長0.1mm)を用いて測定した。測定範囲は190-400nm、データ取込間隔は0.2nm、走査速度は200nm/分、試料濃度は0.50重量%であった。円偏光二色性スペクトル測定時における温度制御は、JASCO 温調ユニット及び水冷ペルチェセルホルダ PTC-514を用いて行った。
【0089】
(結果)
(RADA)
4ペプチドは20℃から80℃まで昇温してもスペクトル変化を示さなかった(
図4A)。すなわち、βシート構造に由来する220nm付近の負のコットン効果の強度は昇温によって減少せず、βシート構造が崩壊しないことが示された。このことは(RADA)
4ペプチドが昇温してもゾル化しないことと一致した。
一方、(RADA)
3-RADGペプチドでは、βシート構造に由来する220nm付近の負のコットン効果の強度が昇温により減少し、βシート構造の崩壊が示された(
図4B)。このことは(RADA)
3-RADGペプチドが昇温するとゾル化することと一致した。さらに、再度20℃に降温すると、220nm付近の負のコットン効果の強度が回復し、βシート構造の再形成を示した。したがって、(RADA)
3-RADGペプチドでは、ゾルゲル転移が可逆的であることが示された。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
【配列表】