(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-05
(45)【発行日】2024-04-15
(54)【発明の名称】高分子複合材料
(51)【国際特許分類】
C08L 25/04 20060101AFI20240408BHJP
C08L 5/16 20060101ALI20240408BHJP
C08J 5/00 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
C08L25/04
C08L5/16
C08J5/00 CET
(21)【出願番号】P 2020089200
(22)【出願日】2020-05-21
【審査請求日】2023-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼島 義徳
(72)【発明者】
【氏名】原田 明
(72)【発明者】
【氏名】大▲崎▼ 基史
(72)【発明者】
【氏名】高橋 賢作
(72)【発明者】
【氏名】朴 峻秀
【審査官】中落 臣諭
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-321082(JP,A)
【文献】特表2005-508804(JP,A)
【文献】国際公開第2018/228929(WO,A1)
【文献】特開2012-046558(JP,A)
【文献】特開2017-179349(JP,A)
【文献】特開2012-052013(JP,A)
【文献】特開2021-091860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L1/00-101/14
C08K3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマー成分と、シクロデキストリン化合物を含有し、
前記ポリマー成分は、
ポリスチレン樹脂であり、
前記シクロデキストリン化合物は、
シクロデキストリンが有する少なくとも1個以上の水酸基の水素原子が、炭化水素基、アシル基及び-CONHR(Rはアルキル基)からなる群より選ばれる少なくとも1種の基で置換された構造を有するシクロデキストリン誘導体であり、
前記シクロデキストリン誘導体は、シクロデキストリン1分子中に存在する全水酸基数のうちの70%以上の水酸基の水素原子が前記1種の基で置換された構造を有し、
前記ポリマー成分の含有割合は、前記ポリマー成分及び前記シクロデキストリン化合物の総質量に対して、50質量%以上、99質量%以下である、高分子複合材料。
【請求項2】
海島構造を形成している、請求項
1に記載の高分子複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子複合材料に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料は、例えば、フィルム、接着剤、コーティング剤、成形原料、塗料等に広く応用されており、電子部品、自動車部品、包装材等の分野において欠かすことのできない機能性材料である。特に近年では、各種分野において、より高性能かつ高精度の製品提供が求められていることから、高分子材料に対しても更なる高性能及び高機能化が求められており、様々な新しい高分子材料の研究開発が盛んに行われている。
【0003】
高分子材料の性能を向上させる手段の一つとして、ベースとなる高分子化合物と、無機充填材あるいはゴム成分等の添加剤とを混合した高分子複合材料を形成する方法が一般的に知られている。その他、例えば、特許文献1あるいは特許文献2には、高い力学的強度等が付与された高分子材料を提供すべく、包接錯体によるホスト-ゲスト相互作用を利用した高分子構造の精密制御に関する技術も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2016/163550号
【文献】国際公開第2018/159791号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、高分子構造を精密に制御する方法では、高分子複合材料を製造するための工程が複雑になることが多く、また、現状は大量生産もしにくく、効率的なプロセスが確立するのはまだ先であるといわれている。この観点から、簡便なプロセスで製造することができる高分子複合材料を提供することは、産業界において価値があるといえる。特に、各種分野においては、優れた機械的物性を有する高分子複合材料が強く求められていることから、斯かる高分子複合材料を簡便な方法で提供することが急務となっている。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、簡便なプロセスで製造することができ、機械的物性に優れる高分子複合材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定のポリマー成分と、シクロデキストリン化合物とを複合化することにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、例えば、以下の項に記載の主題を包含する。
項1
ポリマー成分と、シクロデキストリン化合物を含有し、
前記ポリマー成分は、熱可塑性樹脂を含み、
前記シクロデキストリン化合物は、シクロデキストリン及びシクロデキストリン誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種である、高分子複合材料。
項2
前記熱可塑性樹脂は、ビニルポリマー及びポリエステルからなる群より選ばれる少なくとも1種である、項1に記載の高分子複合材料。
項3
前記ビニルポリマーは、ポリスチレン樹脂及びポリアクリル樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種である、項2に記載の高分子複合材料。
項4
前記ポリエステルは、ポリ乳酸である、項2又は3に記載の高分子複合材料。
項5
前記シクロデキストリン誘導体は、シクロデキストリンが有する少なくとも1個以上の水酸基の水素原子が、炭化水素基、アシル基及び-CONHR(Rはアルキル基)からなる群より選ばれる少なくとも1種の基で置換された構造を有する、項1~4のいずれか1項に記載の高分子複合材料。
項6
前記ポリマー成分の含有割合が、前記ポリマー成分及び前記シクロデキストリン化合物の総質量に対して、50質量%以上である、項1~5のいずれか1項に記載の高分子複合材料。
項7
海島構造を形成している、項1~6のいずれか1項に記載の高分子複合材料。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る高分子複合材料は、簡便なプロセスで製造することができ、機械的物性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】各実施例及び比較例で得られたサンプルの機械的物性の評価結果を示している。
【
図2】引張試験前後のサンプルのSEM画像を示している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0012】
本発明の高分子複合材料は、ポリマー成分と、シクロデキストリン化合物を含有する。特に、前記ポリマー成分は、熱可塑性樹脂を含み、前記シクロデキストリン化合物は、シクロデキストリン及びシクロデキストリン誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種である。斯かる高分子複合材料は、簡便なプロセスで製造することができ、機械的物性に優れるものである。
【0013】
(ポリマー成分)
ポリマー成分は、高分子複合材料の主成分となる材料であって、いわば高分子複合材料のマトリックス成分である。前述のように、前記ポリマー成分は、熱可塑性樹脂を含む。
【0014】
熱可塑性樹脂の種類は特に限定されず、公知の熱可塑性樹脂を広く採用することができる。熱可塑性樹脂としては、種々のビニルポリマーを広く挙げることができ、その他、ポリエステル、ポリアミド、ポリアセタール、ポリフェニレンオキシド、ポリイミド等の各種樹脂を挙げることもできる。
【0015】
機械的物性に優れる高分子複合材料が得られやすく、また、後記する海島構造を形成しやすい点で、前記熱可塑性樹脂は、ビニルポリマー及びポリエステルからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0016】
前記ビニルポリマーの種類は特に限定されず、公知の熱可塑性のビニルポリマーを広く例示できる。ビニルポリマーとしては、例えば、ポリスチレン樹脂、ポリアクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ABS樹脂、ポリ塩化ビニル等を挙げることができる。ポリスチレン樹脂としては、ポリスチレンの他、スチレン単位がスチレンのみならず、α-メチルスチレン、トリメチルスチレン、4-メトキシスチレン、4-クロロスチレン等のスチレン誘導体を含むものであってもよい。ポリアクリル樹脂としては、ポリメチル(メタ)アクリレート等を挙げることができる。ポリオレフィン樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン等を挙げることができる。
【0017】
なお、本明細書において、「(メタ)アクリル」とは「アクリル」または「メタクリル」を、「(メタ)アクリレート」とは「アクリレート」または「メタクリレート」を、「(メタ)アリル」とは「アリル」または「メタリル」を意味する。
【0018】
中でも前記ビニルポリマーは、ポリスチレン樹脂及びポリアクリル樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。この場合、高分子複合材料は、後記する海島構造を形成しやすく、結果として機械的物性が高まりやすくなり、また、製造も容易となる。
【0019】
前記ポリエステルの種類は特に限定されず、公知の熱可塑性のポリエステル樹脂を広く例示できる。ポリエステル樹脂としては、主鎖にエステル結合を有する樹脂を広く挙げることができ、例えば、ポリ乳酸、ポリエチレンテレフタラート、ポリブチレンテレフタラート等を挙げることができる。中でも、生分解性であること、及び、高分子複合材料の機械的物性が高まりやすいという点で、前記ポリエステルは、ポリ乳酸であることが好ましい。
【0020】
ポリマー成分に含まれる熱可塑性樹脂は、ポリスチレン樹脂、ポリアクリル樹脂及びポリ乳酸からなる群より選ばれる少なくとも1種であることがより好ましく、ポリスチレン樹脂及びポリアクリル樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種であることがさらに好ましく、ポリスチレン樹脂であることが特に好ましい。
【0021】
熱可塑性樹脂は、ホモポリマーであってもよいし、コポリマー(共重合体)であってもよい。また、熱可塑性樹脂がコポリマーである場合、ランダムポリマー、ブロック共重合体、交互共重合体のいずれであってもよい。
【0022】
熱可塑性樹脂は、直鎖状構造とすることができ、あるいは、分岐構造を有することができるし、架橋構造を有することもできる。
【0023】
ポリマー成分に含まれる熱可塑性樹脂は1種単独とすることができ、あるいは、異なる2種以上を含むこともできる。
【0024】
熱可塑性樹脂の重量平均分子量(Mw)は特に制限されない。従って、熱可塑性樹脂は、低分子量ポリマー、いわゆるオリゴマーであってもよいし、超高分子量ポリマーであってもよい。例えば、熱可塑性樹脂の重量平均分子量(Mw)は5万~100万とすることができ、10万~50万であることが好ましい。尚、本明細書でいう重量平均分子量(Mw)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)測定によるポリスチレン換算値である。また、例えば、熱可塑性樹脂の重量平均分子量(Mw)のメーカー保証値あるいはメーカーでの測定値が判明している場合は、その値を熱可塑性樹脂の重量平均分子量(Mw)として採用することができる。
【0025】
熱可塑性樹脂を製造する方法は特に限定されず、公知の熱可塑性樹脂と同様の製造方法を広く採用することができる。熱可塑性樹脂は、市販品等から入手することもできる。熱可塑性樹脂には、例えば、公知の各種添加剤が含まれていてもよい。添加剤としては、例えば、光安定剤、酸化防止剤、防腐剤、界面活性剤、無機粒子等の充填剤、難燃剤、顔料、着色剤、防カビ剤、滑剤等が挙げられる。
【0026】
ポリマー成分は、本発明の効果が阻害されない限り、熱可塑性樹脂以外のその他の高分子化合物を含むことができる。ポリマー成分がその他の高分子化合物を含む場合、その含有割合は、例えば、熱可塑性樹脂の質量に対して、5質量%以下、好ましくは1質量%以下、より好ましくは、0.1質量%以下、特に好ましくは0.05質量%以下とすることができる。ポリマー成分は、熱可塑性樹脂のみからなることもできる。
【0027】
(シクロデキストリン化合物)
シクロデキストリン化合物は、シクロデキストリン及びシクロデキストリン誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【0028】
シクロデキストリンとしては、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン等を挙げることができる。
【0029】
ここで、念のための注記に過ぎないが、本明細書での「シクロデキストリン」なる表記は、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン及びγ-シクロデキストリンからなる群より選ばれる少なくとも1種を意味する。同様に、シクロデキストリン誘導体は、α-シクロデキストリン誘導体、β-シクロデキストリン誘導体及びγ-シクロデキストリン誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種を意味する。
【0030】
前記シクロデキストリン誘導体とは、例えば、シクロデキストリンが有する少なくとも1個以上の水酸基の水素原子が、他の置換基で置換された化合物を意味する。置換基の種類は特に限定されず、例えば、シクロデスキトリンの水酸基の水素原子と置換可能な1価の基を広く適用することができる。斯かる置換基としては、疎水基であることが好ましく、具体的には、炭化水素基、アシル基及び-CONHR(Rはアルキル基)を挙げることができる。
【0031】
前記シクロデキストリン誘導体は、シクロデキストリンが有する少なくとも1個以上の水酸基の水素原子が、炭化水素基、アシル基及び-CONHR(Rはアルキル基)からなる群より選ばれる少なくとも1種の基で置換された構造を有することが好ましい。この場合、高分子複合材料の機械的物性が高まりやすく、特に高分子複合材料がポリマー成分としてポリスチレン樹脂を含む場合は、機械的物性が特に優れたものとなる。
【0032】
前記炭化水素基の種類は特に限定されず、例えば、アルキル基、アルケニル基、及びアルキニル基を挙げることができる。炭化水素基の炭素数の数は特に限定されず、例えば、1~4個であることが好ましい。炭素数が1~4個である炭化水素基の具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基を挙げることができる。炭化水素基がプロピル基及びブチル基である場合は、直鎖状及び分岐鎖状のいずれであってもよい。
【0033】
前記アシル基の種類は特に限定されず、例えば、アセチル基、プロピオニル、ホルミル基等を挙げることができ、アシル基は、アセチル基であることが好ましい。
【0034】
-CONHR(Rはメチル基又はエチル基)としては、例えば、メチルカルバメート基又はエチルカルバメート基等を挙げることができ、エチルカルバメート基であることが好ましい。
【0035】
前記シクロデキストリン誘導体は、シクロデキストリン1分子中に存在する全水酸基数のうちの70%以上の水酸基の水素原子が前記置換基で置換された構造を有することが好ましく、80%以上の水酸基の水素原子が前記置換基で置換された構造を有することがより好ましく、90%以上の水酸基の水素原子が前記置換基で置換された構造を有することがさらに好ましく、すべての水酸基の水素原子が前記置換基で置換された構造を有することが特に好ましい。
【0036】
シクロデキストリン化合物は、高分子複合材料の機械的物性が向上しやすい点で、シクロデキストリン誘導体であることが好ましく、中でもシクロデキストリン誘導体における前記置換基は炭素数1~4のアルキル基、又は、アセチル基であることが好ましい。この場合において、シクロデキストリン誘導体は、β-シクロデキストリン誘導体及び/又はγ-シクロデキストリン誘導体であることがさらに好ましく、γ-シクロデキストリン誘導体であることが特に好ましい。
【0037】
また、高分子複合材料において、ポリマー成分に含まれる熱可塑性樹脂がポリスチレン樹脂及びポリアクリル樹脂のいずれかである場合、シクロデキストリン化合物は、高分子複合材料の機械的物性が向上しやすい点で、α-シクロデキストリン誘導体、β-シクロデキストリン誘導体、もしくは、γ-シクロデキストリン誘導体であることが好ましく、β-シクロデキストリン誘導体、もしくは、γ-シクロデキストリン誘導体であることがさらに好ましく、γ-シクロデキストリン誘導体であることが特に好ましい。これらの場合において、シクロデキストリン誘導体における前記置換基は炭素数1~4のアルキル基、又は、アセチル基であることが好ましい。
【0038】
また、高分子複合材料において、ポリマー成分に含まれる熱可塑性樹脂がポリ乳酸である場合、シクロデキストリン化合物は、高分子複合材料の機械的物性が向上しやすい点で、α-シクロデキストリン又はその誘導体、β-シクロデキストリン又はその誘導体、もしくは、γ-シクロデキストリン又はその誘導体であることが好ましい。これらの場合において、シクロデキストリン誘導体における前記置換基は炭素数1~4のアルキル基(特にメチル基)、又は、アセチル基であることが好ましい。
【0039】
高分子複合材料に含まれるシクロデキストリン化合物は、1種単独でもよいし、異なる2種以上を併用することもできる。
【0040】
シクロデキストリン化合物は、公知の方法で製造することができ、あるいは、市販品から入手することも可能である。シクロデキストリン化合物がシクロデキストリン誘導体である場合、例えば、シクロデキストリンを原料として用いた公知の方法(例えば、前記特許文献2参照)によって製造され得る。
【0041】
例えば、シクロデキストリンに存在する水酸基の水素原子を炭化水素基に置換する方法としては、公知のアルキル化反応を広く採用できる。シクロデキストリンに存在する水酸基の水素原子を、アセチル基等のアシル基に置換する方法は、例えば、公知のアシル化反応を広く採用することができる。シクロデキストリンに存在する水酸基の水素原子を、アセチル基に置換する方法の他例として、無水酢酸又は酢酸イソプロピルの存在下、ピリジン等の酸をトラップすることが可能な溶媒を使用してアセチル化する方法が挙げられる。シクロデキストリンに存在する水酸基の水素原子を、-CONHR(Rはメチル基又はエチル基)に置換する方法は、公知のアルキルカルバメート化反応を広く採用することができる。
【0042】
(高分子複合材料)
本発明の高分子複合材料では、ポリマー成分と、シクロデキストリン化合物との含有割合は特に限定されず、任意の割合とすることができる。例えば、前記ポリマー成分を高分子複合材料の主成分とすることができる。
【0043】
具体的に、高分子複合材料において、前記ポリマー成分の含有割合は、前記ポリマー成分及び前記シクロデキストリン化合物の総質量に対して、50質量%以上とすることができる。この場合、高分子複合材料は、所望の機械的物性が得られやすい。前記ポリマー成分の含有割合は、前記ポリマー成分及び前記シクロデキストリン化合物の総質量に対して、70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、85質量%以上であることがさらに好ましい。また、前記ポリマー成分の含有割合は、前記ポリマー成分及び前記シクロデキストリン化合物の総質量に対して、99質量%以下とすることができ、98質量%以下であることが好ましく、97質量%以下であることがさらに好ましく、96質量%以下であることが特に好ましい。
【0044】
本発明の高分子複合材料は、本発明の効果が阻害されない程度である限り、ポリマー成分及びシクロデキストリン化合物以外に他の成分を含むことができる。添加剤としては、例えば、光安定剤、酸化防止剤、防腐剤、界面活性剤、無機粒子等の充填剤、難燃剤、顔料、着色剤、防カビ剤、滑剤等が挙げられる。添加剤の含有割合も特に限定されない。例えば、ポリマー成分及びシクロデキストリン化合物の総質量100質量部あたり、20質量部以下、好ましくは15質量部以下、より好ましくは10質量部以下、さらに好ましくは5質量部以下、特に好ましくは1質量部以下とすることができる。本発明の高分子複合材料はポリマー成分及びシクロデキストリン化合物のみからなるものであってもよい。
【0045】
本発明の高分子複合材料において、ポリマー成分と、シクロデキストリン化合物との混合状態は特に限定されず、例えば、両者が均一に分散していてもよいし、あるいは、いずれか一方が一部偏在して存在していてもよい。
【0046】
中でも、本発明の高分子複合材料は、海島構造を形成していることが好ましく、この場合、高分子複合材料の機械的物性がさらに向上しやすい。海島構造の形態は特に限定されず、例えば、マトリックス(海)中に球状の島が分散して存在する形態等が挙げられる。島が球状である場合、その平均直径は特に限定されず、例えば、0.5~100μmとすることができ、好ましくは1~50μm、より好ましくは2~10μmとすることができる。なお、島の平均直径は、高分子複合材料の走査型電子顕微鏡による直接観察によって無作為に5個の島を選択し、これらの円相当径を計測して算術平均した値をいう。
【0047】
海島構造の形成の有無は、例えば、高分子材料のモルフォロジーを確認する方法として知られている各種手法によって調べることができる。具体的には、高分子複合材料を走査型顕微鏡で観察することでモルフォロジーの画像を取得することができ、斯かるモルフォロジーにおいて、海部分及び島部分を観察することで、海島構造の形成有無を確認することができる。
【0048】
高分子複合材料が海島構造を有する場合、海部分は、ポリマー成分が主成分となる。つまり、海部分に含まれる成分は、ポリマー成分が好ましくは80質量以上、より好ましくは90質量以上、さらに好ましくは95質量以上、特に好ましくは99質量以上である。一方、島部分は、ポリマー成分に加えてシクロデキストリン化合物も多く存在し得る領域である。
【0049】
特に、前記海島構造においては、海部分と島部分との相間は、シクロデキストリンの分子認識能によって強く結着している。例えば、ポリマー成分がポリスチレン樹脂を含む場合、ポリスチレンにおける芳香環とシクロデキストリン化合物との相互作用(例えば、ホスト-ゲスト相互作用)がはたらくので、このような作用によって、海部分と島部分との相間が強く結着し得る。ポリスチレン樹脂以外の熱可塑性樹脂にあっても、シクロデキストリン化合物との相互作用が生じうるので、同様に海部分と島部分との相間が強く結着し得る。この結果、海部分と島部分との相間の剥離が生じにくくなり、機械的物性が向上する。従来のポリマーアロイのような複合材料にあっても、海島構造が形成されるものの、それらの材料では相間の剥離が生じやすい。
【0050】
高分子複合材料の形状は特に限定されず、例えば、所望の用途に応じて適宜の形状とすることができる。例えば、高分子複合材料は、例えば、板状、フィルム状、シート状、ブロック状、粉末状、顆粒状、ペレット状、繊維状、ペースト状、粘土状等の種々の形状を有し得る。
【0051】
高分子複合材料の製造方法は特に限定されず、例えば、公知の手法を広く採用することができる。例えば、ポリマー成分とシクロデキストリン化合物とを混合することで高分子複合材料を製造することができる。中でも、前述の海島構造を有する高分子複合材料が形成されやすいという点で、ポリマー成分とシクロデキストリン化合物とを含む溶液又は分散液を用いる方法が好ましい。
【0052】
ポリマー成分とシクロデキストリン化合物とを含む溶液又は分散液において、溶媒は各種有機溶媒を広く用いることができる。例えば、有機溶媒としては、クロロホルム、1,2-ジクロロエタン等の塩素系炭化水素;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル化合物;ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素;シクロヘキサン等の脂環式炭化水素;ベンゼン、トルエンおよびキシレン等の芳香族炭化水素;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン化合物;酢酸ビニル等のエステル化合物;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールおよびt-ブタノール等のアルコール;N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等のホルムアミド;2-ピロリドン、N-メチルピロリドン等のピロリドン;ジメチルスルホキシド等が挙げられる。
【0053】
ポリマー成分とシクロデキストリン化合物とを含む溶液又は分散液から高分子複合材料を形成する方法も特に限定されず、例えば、公知のキャスト法、コート法等の各種成膜方法を広く採用することができる。
【0054】
本発明の高分子複合材料は、機械的物性に優れるものである。また、シクロデキストリン化合物は生分解性が高いことから、高分子複合材料の分解処理もしやすく、環境にも配慮された材料である。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0056】
(実施例1-1)
ポリマー成分として、熱可塑性樹脂であるポリスチレン(Mw=1.7×105、Mw/Mn=2.24)を準備し、シクロデキストリン化合物として、β-シクロデキストリンのすべての水酸基の水素原子がアセチル基に置換された化合物(以下、「AcβCD」と略記する)を準備した。なお、AcβCDは、公知の方法で製造した。具体的には、β-シクロデキストリンと無水酢酸とをピリジンの存在下で反応させる方法により製造した。ポリスチレン(PS)とAcβCDとの質量比(PS:AcβCD)が99:1となるように両者を混合して混合物を調製し、この混合物の質量割合が5質量%となるようにトルエンを加えることで混合物の溶液を得た。この溶液をテフロン(登録商標)製モールドに流し込み、大気圧下、室温で風乾することで、フィルムを得た。フィルム中の残留トルエンを取除くために、減圧下、60℃で15時間加熱乾燥することで、フィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0057】
(実施例1-2)
ポリスチレン(PS)とAcβCDとの質量比(PS:AcβCD)が98:2となるように両者を混合して混合物を調製したこと以外は実施例1-1と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0058】
(実施例1-3)
ポリスチレン(PS)とAcβCDとの質量比(PS:AcβCD)が97:3となるように両者を混合して混合物を調製したこと以外は実施例1-1と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0059】
(実施例1-4)
ポリスチレン(PS)とAcβCDとの質量比(PS:AcβCD)が96:4となるように両者を混合して混合物を調製したこと以外は実施例1-1と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0060】
(実施例1-5)
ポリスチレン(PS)とAcβCDとの質量比(PS:AcβCD)が95:5となるように両者を混合して混合物を調製したこと以外は実施例1-1と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0061】
(実施例1-6)
ポリスチレン(PS)とAcβCDとの質量比(PS:AcβCD)が90:10となるように両者を混合して混合物を調製したこと以外は実施例1-1と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0062】
(実施例2-1)
シクロデキストリン化合物として、AcβCDの代わりにγ-シクロデキストリンのすべての水酸基の水素原子がアセチル基に置換された化合物(以下、「AcγCD」と略記する)を準備し、ポリスチレン(PS)とAcγCDとの質量比(PS:AcγCD)が99:1となるように両者を混合して混合物を調製したこと以外は実施例1-1と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。なお、AcγCDは、公知の方法で製造し、具体的には、γ-シクロデキストリンと無水酢酸とをピリジンの存在下で反応させる方法により製造した。
【0063】
(実施例2-2)
AcβCDをAcγCDに変更したこと以外は実施例1-2と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0064】
(実施例2-3)
AcβCDをAcγCDに変更したこと以外は実施例1-3と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0065】
(実施例2-4)
AcβCDをAcγCDに変更したこと以外は実施例1-4と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0066】
(実施例2-5)
AcβCDをAcγCDに変更したこと以外は実施例1-5と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0067】
(実施例2-6)
AcβCDをAcγCDに変更したこと以外は実施例1-6と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0068】
(実施例2-7)
ポリスチレン(PS)とAcγCDとの質量比(PS:AcγCD)が85:15となるように両者を混合して混合物を調製したこと以外は実施例2-1と同様の方法でフィルム状の高分子複合材料をサンプルとして得た。
【0069】
(比較例1-1)
AcβCDを使用しなかった(つまり、ポリマー成分はPSのみとした)こと以外は実施例1-1と同様の方法でフィルム状の高分子材料をサンプルとして得た。
【0070】
(機械的物性の評価方法)
機械的物性は、引張試験により評価した。この引張試験には、「ストローク-試験力曲線」試験(島津製作所社製「AUTOGRAPH」(型番:AGX-plus)を用い、室温で0.1mm/sの引張速度(破断するまでの一軸伸長。応力変化を記録)で行うことで、サンプル(厚み100~300μm)の破断点を観測した。また、この破断点を終点として、終点までの最大応力をサンプルの破断応力とした。この引張り試験は、高分子材料の下端を固定し上端を引張り速度0.1mm/sで稼動させるアップ方式で実施した。また、その際のストローク、すなわち、試験片を引っ張った際の最大長さを、引張り前の試験片長さで除した値を延伸率(歪率といってもよい)として算出した。さらに、得られた応力-歪曲線における面積から、高分子材料の破壊エネルギー(MJ/m3)を算出した。
【0071】
(分子量(Mn、Mw)の測定)
重量平均分子量(Mw)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定した。測定装置は、東ソー株式会社製「UV-8020」と「RI-8020」と用いた。測定した重量平均分子量は、ポリスチレン(PS)換算重量平均分子量とした。まず、クロロホルム(CHCl3)1mLをサンプル10mgに溶解させて得られた溶液を0.45μmの非水系クロマトディスクで濾過した。濾液を下記の条件で分析し、PS換算重量平均分子量を測定した。
・カラム:東ソー株式会社製「TSKgel GMHHRM-M」を2本使用した。
・カラム温度:40℃
・キャリアー溶媒:クロロホルム(CHCl3)
・検出器:RI(示差屈折率検出器)
・検量線用標準ポリスチレン:東ソー株式会社製社提供の「標準ポリスチレンキット PStQuick」
【0072】
(評価結果)
図1は、各実施例及び比較例で得られたサンプルの機械的物性の評価結果を示している。具体的に、
図1(a)は、ポリマー成分であるポリスチレン樹脂の含有割合と破壊エネルギー(Fracture energy)との関係を、
図1(b)は、実施例2-1~2-7で得られたサンプルのヤング率と破壊エネルギーとの関係を示す。図中、PS/AcβCDは実施例1-1~1-6、PS/AcγCDは実施例2-1~2-7を表す。
【0073】
図1(a)から、ポリスチレン単独(図中、PS。比較例1-1)の破壊エネルギーが約0.6MJ/m
3であるのに対し、実施例で得られたサンプルはいずれもポリスチレン単独の破壊エネルギーを上回るものであった(最大で実施例1-5のサンプルで約2.3MJ/m
3)。また、
図1(b)から、破壊エネルギーの上昇に伴い、ヤング率の向上も認められた。
【0074】
よって、実施例で得られたサンプルのように、ポリマー成分とシクロデキストリン化合物とを含有する高分子複合材料は、ポリマー成分単独に比べて優れた機械的物性を有することが示された。斯かる高分子複合材料は、ポリスチレン樹脂のベンゼン環とシクロデキストリンとの間に、ホスト-ゲスト相互作用が存在しているためであると推察される。
【0075】
図2は、引張試験前後のサンプルのSEM画像を示している。具体的に、
図2(a)は実施例1-4で得られたサンプルの引張試験前後のSEM画像((i)が試験前、(ii)が試験後)、
図2(b)は実施例2-3で得られたサンプルの引張試験前後のSEM画像((i)が試験前、(ii)が試験後)を示している。
【0076】
図2に示すSEM画像から、ポリマー成分とシクロデキストリン化合物とを含有する高分子複合材料は、そのモルフォロジーが海島構造を形成していることが認められた。