(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-05
(45)【発行日】2024-04-15
(54)【発明の名称】耐ベンディング性に優れた金属配線及び導電シート並びに該金属配線を形成するための金属ペースト
(51)【国際特許分類】
H05K 1/09 20060101AFI20240408BHJP
G06F 3/041 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
H05K1/09 A
G06F3/041 495
G06F3/041 640
G06F3/041 400
(21)【出願番号】P 2022533975
(86)(22)【出願日】2021-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2021024293
(87)【国際公開番号】W WO2022004629
(87)【国際公開日】2022-01-06
【審査請求日】2023-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2020115366
(32)【優先日】2020-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 弘規
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 優輔
(72)【発明者】
【氏名】大武 成行
【審査官】ゆずりは 広行
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-006865(JP,A)
【文献】特開2019-145817(JP,A)
【文献】国際公開第2017/033911(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05K 1/09
G06F 3/041
H01B 1/22
B22F 1/00
C22C 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
可撓性を有する基板上に形成される銀粒子の焼結体からなる金属配線において、
前記焼結体は、体積抵抗率が20μΩ・cm以下であると共に、硬度0.38GPa以下、且つ、ヤング率が7.0GPa以下であることを特徴とする金属配線。
【請求項2】
前記銀粒子の平均粒径が100nm以上200nm以下である請求項1記載の金属配線。
【請求項3】
前記銀粒子の粒径の標準偏差が40nm以上120nm以下である請求項1又は請求項2記載の金属配線。
【請求項4】
前記焼結体の厚さが1μm以上20μm以下である請求項1~請求項3のいずれかに記載の金属配線
【請求項5】
可撓性を有する基板と、前記基板の少なくとも1面上に形成された金属配線とからなる導電シートにおいて、
前記金属配線として、請求項1~請求項4のいずれかに記載の金属配線が形成された導電シート。
【請求項6】
請求項1~請求項4のいずれかに記載の金属配線を形成するための金属ペーストであって、
銀粒子からなる固形分と、溶剤と、調整剤と、及び任意の有機添加剤とからなり、
銀粒子からなる固形分、溶剤、及び任意の有機添加剤とからなり、
前記固形分は、平均粒径が100nm以上200nm以下であり、粒径の標準偏差が40nm以上120nm以下である銀粒子で構成されており、
前記固形分を構成する銀粒子は、保護剤として炭素数が4以上8以下のアミン化合物が少なくとも1種結合したものであり、
前記調整剤は、数平均分子量が10000以上90000以下のエチルセルロースである金属ペースト。
【請求項7】
前記調整剤は、数平均分子量が10000以上60000以下のエチルセルロースである請求項6記載の金属ペースト。
【請求項8】
前記調整剤として、更に、数平均分子量が60000超90000以下のエチルセルロースを含む請求項7記載の金属ペースト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タブレット、スマートフォン等のモバイル機器やウエアラブルデバイス、ディスプレイの配線材料を構成するための金属配線に関する。詳しくは、可撓性を有する基板に形成される金属配線であって、繰返し折り曲げられても断線を生じることなく、電気特性を維持することができる耐ベンディング性に優れた金属配線及び導電シートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種の電気・電子デバイスの回路基板の効率的な設計・製造プロセスとしてプリンテッドエレクトロニクス技術が着目されている。プリンテッドエレクトロニクス技術とは、金属ペースト(金属インク)を塗布して回路基板の配線を形成する印刷技術に基づくプロセスである。プリンテッドエレクトロニクス技術は、その効率的なプロセスに加えて、小型化・軽量化が求められるモバイル機器のタッチパネル・ディスプレイやウエアラブルデバイスの回路基板の製造に特に有効である。 軽量且つ柔軟なPETフィルムに代表される有機材料を基板として用いることで、デバイスの軽量化・フレキシブル化が可能となる上、ロール・ツー・ロール方式による回路基板の連続製造が可能となるので生産性の点でも有利になる。
【0003】
プリンテッドエレクトロニクス技術に適用される金属ペーストは、銀等の導電性金属の微粒子を溶剤に分散させた分散液である。そして、金属ペーストを基板へ塗布した後、加熱焼成して金属粒子を焼結させることで導電性を有する配線・電極が形成される。有機基材を用いる場合、この時の加熱焼成温度は、有機基材の耐熱温度以上とすることが出来ないため、金属ペーストの焼成温度は200℃以下の低温で実施する必要がある。
【0004】
本願出願人は、上述したプリンテッドエレクトロニクス技術及びこれにより形成される金属配線のメリットを考慮して、各種の金属ペーストと金属配線及びそれらの製造方法について、多くの知見を明らかにしている(特許文献1~特許文献5)。これら本願出願人による先行技術では、アミン等の保護剤により保護された銀等の金属粒子を適宜の溶媒(溶剤)及び任意の添加剤に分散させた金属ペースト・金属インクを基本的技術とする。また、これらの先行文献では、金属配線や導電シートの特性や製造効率に対する各種要求に応じた特徴を具備することも明らかにされている。即ち、本願出願人による金属ペーストは比較的低温で焼結可能であり、低抵抗の金属配線を製造可能である(特許文献1、2)。金属ペーストに低温焼結性を付与することで、基板の熱損傷を懸念する必要はなくなるので、基板に樹脂材料等を適用することが可能となり基板の材料選択の幅を広げることができる。また、本願出願人よる金属配線の形成技術によれば、極細の金属配線を高精細なパターンで形成可能することができる(特許文献3)。更に、本願出願人は、金属粒子が有する金属光沢を抑制して光反射による金属配線の可視化を防止する手法も開示している(特許文献4)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許5795096号明細書
【文献】特許6491753号明細書
【文献】特許5916159号明細書
【文献】特許6496775号明細書
【文献】特許6496784号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年、スマートフォン等において、タッチパネル画面を折畳み可能としてコンパクト化する機種の開発が公表されている。また、PC、タブレット等のディスプレイでも、折り曲げ可能なディスプレイが開発されている。更に、ウエアラブルデバイスにおいては、身に着けるための着け心地やファッション性を考慮し、曲面デザインの採用や身体の運動に追従させるために変形可能とすることが求められている。そのため、これらの各種デバイスに使用される導電シートは繰返し曲げ変形を受けることになる。また、その曲げ方向は必ずしも一方に固定されていることはなく、双方向の折り曲げ変形を受けるものもある。
【0007】
このような導電シートにおいては、繰り返される曲げ変形に伴い、金属配線の電気特性(抵抗値)の変化や最悪の場合には断線の問題が懸念される。特に、上述した折り畳み可能なスマートフォンのタッチパネル・ディスプレイにおいては、曲げの曲率半径(R)は相当に小さく、前記の金属配線の電気特性等の変化も顕著なものとなると想定される。そのため、こうした用途への導電シートの金属配線に対して、繰り返し曲げ変形を受けても電気特性の変化が少ない耐久性が求められることとなる(尚、本発明においては、この繰り返しの曲げ変形に対する耐久性を耐ベンディング性と称する。)。
【0008】
金属配線の耐ベンディング性について、本発明者等によれば、上記従来の金属ペースト及びこれによる金属配線は、要求された耐久性を具備するとは言い難い事例があることが確認されている。この点、本願出願人は、耐ベンディング性を有する導電シートとして、特許文献5記載の導電シートを開示している。この先行技術は、デバイス制御に必要な2系統の金属配線を基板の両面に1層ずつ形成することで、各金属配線が受ける曲げ変形の曲率半径が大きくなるようにして耐久性を確保するものである。
【0009】
しかしながら、この本願出願人による導電シートは、導電シートの構造面から耐ベンディング性を向上させたものであって、金属配線自体の特性の向上を図ったものではない。そのため、あらゆる構造のデバイスに適用できるとは限らない。また、この導電シートであっても、折り畳み可能型スマートフォンのような過酷な繰り返し曲げ変形に耐え得るかは明らかではない。導電シートの構造によらず、過酷な繰り返し曲げ変形に対応するためには、金属配線そのものに耐ベンディング性を付与することが好ましいといえる。
【0010】
本発明は上記のような背景のもとになされたものであり、可撓性を有する基板を適用した導電シート上に形成される金属配線に関し、曲率半径の小さい曲げ変形を繰り返し受けても電気特性の変化が抑制された耐ベンディング性に優れた金属配線を提供する。また、かかる金属配線を備えた導電シートを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、上記従来技術で金属粒子を含む金属ペーストによる金属配線を基礎としつつ、その構成の最適化を図ることとした。従来の金属粉末による金属配線も曲げ変形に全く耐久性がないというわけではない。これは、上記本出願人による耐ベンディング性を有する導電シート(特許文献5)に金属ペーストが適用されていることからも推認できる。
【0012】
本発明者等は、金属粉末として銀からなる粉末を適用しつつ、銀粉末を含む金属ペーストの構成について多方面から厳密な検討を重ねた。そして、それらの金属ペーストにより製造される金属配線の耐ベンディング性を検討したところ、銀粉末からなる金属配線の所定の物性と耐ベンディング性との間に関連性を見出した。特に、銀粉末からなる金属配線について、その硬度とヤング率について厳密に規定されたものが耐ベンディング性に優れることを見出し本発明に想到した。
【0013】
即ち、本発明は、可撓性を有する基板上に形成される銀粒子の焼結体からなる金属配線において、前記焼結体は、体積抵抗率が20μΩ・cm以下であると共に、硬度0.38GPa以下、且つ、ヤング率が7.0GPa以下であることを特徴とする金属配線である。以下、本発明に係る金属配線及びこれを備える導電シートについて、それらの構成を詳細に説明する。
【0014】
(I)本発明に係る金属配線
上記のとおり、本発明に係る金属配線は、銀粒子の焼結体で構成される。金属配線の構成金属として銀を選択したのは、銀の導電性(低抵抗性)や化学的安定性等の配線材料としての適格性を考慮したからである。また、金属配線となる焼結体が後述の硬度、ヤング率を示す要因の一つは、銀粒子の適用によるものと考えられるからである。本発明は銀粒子の焼結体で構成されるが、本発明において焼結とは、隣接する銀粒子同士が結合した状態であって、焼結体が自重にて崩壊しない程度以上の力で結合した状態を示す意義である。この点、粉末冶金法により形成される「焼結」のように、構成粒子間の塑性変形やネッキングが生じて、粒子同士が強固に結合した状態に限定されることはなく、広義に解釈される。本発明に係る銀粒子の焼結体からなる金属配線は、耐ベンディング性向上のため、硬度及びヤング率において特徴を有し、銀粒子の粒径、粒径分布等において好適範囲を有する。これらの各構成について説明する。
【0015】
(I-1)焼結体の硬度及びヤング率
本発明に係る金属配線において、これを構成する焼結体の硬度及びヤング率を規定したのは、これら物性値の上限を超える焼結体は、耐ベンディング性に劣り、曲げ変形を繰り返したとき、曲げ回数の増大と共に電気的特性(抵抗値)が増大することが確認されたからである。そして、本発明の銀粒子の焼結体からなる金属配線の構成を定義するにあたって、最適の手法が焼結体の硬度及びヤング率を特定することだからである。銀粒子の焼結体の構成を直接的に特定するとき、そのための構成要素は多岐にわたる。即ち、銀粒子の粒径、粒径分布、粒子間の接合強度の他、後述する金属ペーストに含まれる添加剤(エチルセルロース等)由来の有機物の含有量(残存量)等の多く構成要素が推定される。本発明の金属配線は、これらの構成要素が相互に且つ複雑に関与していると推定される。この各構成要素を特定することは困難であるが、これらの各要素の関与によって発現するのが焼結体の硬度とヤング率である。本発明では、焼結体の硬度とヤング率を規定することで、金属配線の構成を特定することとしている。
【0016】
上記のとおり、本発明に係る金属配線は、硬度0.38GPa以下且つヤング率が7.0GPa以下であることを要する。これらの数値以上の金属配線は、耐ベンディング性が不十分となる。硬度及びヤング率の双方が前記数値以下であることを要し、いずれか一方が前記数値を超える金属配線は耐ベンディング性に劣ることとなる。また、より極小な曲率半径での曲げ変形に対する耐久性を有するためには、硬度0.30GPa以下且つヤング率が6.0GPa以下であることが好ましい。
【0017】
尚、硬度及びヤング率の下限値については、硬度0.18GPa以上且つヤング率が5.2GPa以上であるものが好ましい。これらの硬度及びヤング率を下回る金属配線は、強度面で不足が生じて配線が脆くなり、わずかな圧力で破損し形状を安定に維持できなくなるおそれがある。そのような配線は、使用時において抵抗値の変動が生じるおそれがあるが、他の場合、例えば導電シート製造工程でも不具合が生じるおそれがある。導電シート製造工程では、製造された導電シートを巻き取る工程が付加されることがある。この巻き取りの際に、シート表面にかかる圧力によって、配線が破損し抵抗値が上昇する可能性を生じさせる。
【0018】
本発明に係る金属配線の硬度及びヤング率の測定については、配線幅や配線厚さが大きい場合には、一般的な硬度計(ビッカース硬度計、マイクロビッカース硬度計)や引張試験の併用によって測定可能である。但し、本発明に係る金属配線は、微細な配線に適用することが意図されている。そのような幅狭且つ極薄の金属配線の硬度、ヤング率の測定技術としては、ナノインデンテーション法が知られており、本発明で有効に適用される。ナノインデンテーション法は、ナノインデンターと称される測定装置に備えられた押し込みヘッドを、測定対象に押し込んだときの荷重と押し込み深さから硬度とヤング率を測定する方法である。ナノインデンターの押し込みヘッドによる荷重は電磁制御により精密に制御され、ヘッドの移動量も電気的に精密に計測される。ナノインデンター測定により、測定対象の接触剛性(スチフネス)と接触深さを求めることができ、これらによって硬度とヤング率を算出することができる。ナノインデンテーション法による物性測定法は、微小押しこみ試験の国際標準化機構(ISO)による規格化がなされている(ISO14577)。
【0019】
(I-2)焼結体を構成する銀粒子の構成
(i)銀粒子の平均粒径
本発明に係る金属配線は、銀粒子の焼結体である。ここで、焼結体を構成する銀粒子は、平均粒径が100nm以上200nm以下であることが好ましい。本発明者等によれば、銀粒子の平均粒径は、その焼結体である金属配線の硬度及びヤング率に関わり耐ベンディング性に影響を及ぼし得る。特に、平均粒径が100nm未満と微細な銀粒子の焼結体は、硬度及びヤング率を上昇させる傾向があり、金属配線の耐ベンディング性を不十分なものとする。また、平均粒径が200nmを超える銀粒子については、低温焼結性能が劣るため、焼成後の電気抵抗値が高くなり20μΩ・cmを超えるおそれがある。耐ベンディング性をより良好なものとするため、銀粒子の平均粒径は、120nm以上180nm以下が好ましく、140nm以上180nm以下がより好ましい。
【0020】
(ii)銀粒子の粒径分布(標準偏差)
また、金属配線を構成する銀粒子の粒径分布に関し、本発明では比較的ばらつきのある銀粒子の焼結体を適用することが好ましい。具体的には、銀粒子の粒径の標準偏差が40nm以上120nm以下であるものが好ましい。銀粒子の粒径が揃っている場合、即ち、標準偏差が小さい場合には、過度に緻密な焼結体が形成される。そのような焼結体は、硬度及びヤング率を上昇させて耐ベンディング性を低下させることとなる。また、銀粒子の粒径のばらつきが大きすぎる場合、即ち、標準偏差が大き過ぎる場合には、逆に硬度及びヤング率に不足が生じるおそれがある。
【0021】
(iii)銀粒子の純度
尚、本発明に係る金属配線を構成する銀粒子の純度は97wt%以上が好ましい。97wt%以下になると焼結温度の上昇、電気抵抗値の上昇、耐ベンディング性の低下を招く可能性があるからである。
【0022】
(I-3)焼結体の構成
(i)焼結体の体積抵抗率
本発明に係る金属配線は、銀粒子の焼結体からなり、これに起因してその体積抵抗率は20μΩ・m以下(at20℃)となる。この体積抵抗率は、焼結体ではない緻密質(バルク状)の銀からなる細線・薄膜が示し得る抵抗率と相違することとなる。バルク状の銀においては、体積抵抗率は、1.6μΩ・cm程度となる。尚、金属配線の体積抵抗率は、低ければ低い程好ましいが、本発明の金属配線の体積抵抗率の下限値に関しては、2.0μΩ・cm以上となる。
【0023】
(ii)焼結体の厚さ
本発明において、金属配線となる銀粒子の焼結体の厚さは、1μm以上20μm以下に設定することが好ましい。過度に厚みのある金属配線は、耐ベンディング性が劣る傾向があり、曲げ変形の繰り返しによって抵抗値の変化が大きくなる。また、銀粒子の焼結体からなる金属配線において、厚さを過小にすると抵抗値の均一性が低下するおそれがある。これらを考慮し、金属配線の厚さは前記範囲のようにすることが好ましい。この金属配線の厚さについては、より好ましくは10μm以下とする。
【0024】
(iii)焼結体の他の構成
本発明に係る金属配線を構成する銀粒子の焼結体は、基本的に銀(銀粉末)で構成される。但し、焼結体であるが故に、わずかに空隙を有する。また、この銀粉末の空隙には、エチルセルロース等の有機物が含まれることがある。こうした有機物は、焼結体の前駆体である金属ペーストの成分である調整剤や添加剤に由来するものである。但し、こうした有機物は極めて微量であり、通常の分析手段で定量化することは困難である。本発明者等は、これらの空隙や有機物の有無や存在状態も、銀粒子の粒径等と共に、焼結体(金属配線)の耐ベンディング性に影響を及ぼしていると考察する。しかし、有機物の含有量の特定は困難である。本発明では、これら各種の因子が耐ベンディング性に複雑に影響していると考察し、金属配線を特定するための手段として硬度とヤング率を適用している。
【0025】
(II)本発明に係る導電シート
上記した金属配線を備える本発明に係る導電シートについて説明する。本発明に係る導電シートは可撓性を有する基板の少なくとも1面上に、上記した本発明に係る金属配線を形成することで構成される。
【0026】
(II-1)基板
本発明の導電シートに適用される基板は材質、形状、寸法のいずれも特に限定する必要はない。但し、本発明の課題を考慮し曲げ変形が可能な可撓性を有する材質で構成される。基板の材質としては、金属、樹脂、プラスチック等が挙げられる。尚、基板の可撓性に関する規定は不要であるが、本発明は折り畳み可能なデバイスで使用される導電シートへの適用を視野に入れていることから、曲率半径が1mm以下、より好ましくは0.5mm以下となるまで折り曲げ可能な可撓性を有する材質、寸法の基板が好ましい。
【0027】
尚、本発明において、曲げ変形による導電シートの曲率半径とは、曲げの内側で生じる間隔(ギャップ)の半分の値である。例えば、
図1で示すように、金属配線が形成された面が内側になるように曲げ変形をした場合、金属配線同士の間隔の半分の距離を曲率半径Rとする。金属配線が形成された面が外側になるように曲げ変形をしたときには、内側の基板同士の間隔の半分の距離が曲率半径Rとなる。
【0028】
また、本発明は、曲率半径Rが小さい曲げ変形に対応することができるので、当然に曲率半径Rが大きい曲げ変形にも耐久性を有する。更に、基板は可撓性を有することが必要であるが、常に曲げ変形と受けていることを要しない。従って、導電シートの曲率半径Rには上限はなく、導電シートの曲率が0となる場合を含み得る。
【0029】
また、ディスプレイやタッチパネル等の表示デバイスへの適用を考慮すると、基板は透明体からなるものが好ましい。以上の点から、基板の具体的な材質としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリイミド(PI)、ポリアミド等が挙げられる。
【0030】
尚、基板は必ずしも単層構造である必要はない。例えば、上記材質の基板に対して樹脂等からなるプライマー層が形成された多層構成の基板も本発明に係る基板となる。このプライマー層は、金属配線と基板との密着性の向上等のために形成され、例えば、エポキシ系樹脂等の樹脂材料で構成される。プライマー層は、金属配線の密着性に関与はするものの、金属配線の耐ベンディング性そのものには影響は与えない。本発明の金属配線は、それ自体が耐ベンディング性を備えることから、基板にプライマー層を形成することは必須ではない。
【0031】
(II-2)基板上の金属配線
本発明に係る導電シートは、上記基板の表面又は裏面の少なくとも1面上に金属電極が形成される。金属電極の形成パターンに制限はなく、平行な配線パターンや格子状に交錯した配線パターン等、適用される回路基板の設計内容に応じて自由に設定される。基板上に形成する金属配線の構成(銀粒子の平均粒径等)については、上述したとおりである。
【0032】
金属配線の寸法に関しても特に制限されることはない。但し、金属配線の厚さに関しては、上記のとおり耐ベンディング性の観点から、1μm以上20μm以下に設定することが好ましい。
【0033】
(II-3)導電シートの他の構成
本発明に係る導電シートは、上記した基板と金属配線を基本的構成とするが、他の構成として、金属配線と共に基板を被覆するコーティング層を含んでいても良い。コーティング層は、金属配線のマイグレーション防止や防湿・酸化防止や剥離防止等を目的として形成される。更に、コーティング層は、導電シートの表面層として傷防止等のためのトップコートとして形成されることもある。こうしたコーティング層の材質としては、例えば、マイグレーション防止のためのコーティング層として、フッ素樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、アルキド樹脂、ビニル樹脂、フェノール樹脂、ケイ素樹脂等の樹脂が挙げられる。また、トップコートを目的とするコーティング層の材質としては、フッ素樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、アルキド樹脂、ビニル樹脂、フェノール樹脂、ケイ素樹脂等が挙げられる。コーティング層は単層で形成されていても良いし、複数種類を組み合わせて適用しても良い。コーティング層の厚さについては、その用途及び使用材料によって調整され、特に制限はない。
【0034】
以上説明した本発明に係る導電シートの特に好適な利用態様の一つは、ディスプレイ、タッチパネル等の表示デバイスの構成部材である。例えば、本発明に係る導電シートに、柔軟性のあるカバーガラスや保護フィルムを貼り合せると共に、制御用コネクタ等を接続することでディスプレイ等を製造することができる。
【0035】
(III)本発明に係る金属配線形成用の金属ペースト
上述のとおり、本発明に係る金属配線は、銀粒子の焼結体で構成され、この焼結体は銀粒子を含む金属ペーストを前駆体として製造される。本発明では、上記の金属ペーストの構成とそれから得られる焼結体の物性(硬度、ヤング率)との関連を検討した結果、耐ベンディング性を有する金属配線を製造するために好適な金属ペーストを見出している。
【0036】
この本発明に係る金属ペーストは、銀粒子からなる固形分と溶剤と調整剤と及び任意の有機添加剤とからなり、前記固形分は、平均粒径が100nm以上200nm以下であり、粒径の標準偏差が40nm以上120nm以下である銀粒子で構成されており、前記固形分を構成する銀粒子は、保護剤として炭素数が4以上8以下のアミン化合物が少なくとも1種結合したものであり、前記調整剤は、数平均分子量が10000以上90000以下のエチルセルロースである金属ペーストである。以上のとおり、本発明に係る金属ペーストは、銀粒子からなる固形分、溶剤、調整剤、任意の有機添加剤とで構成される。以下、各成分について説明する
【0037】
(III-1)金属ペーストの銀粒子(固形分)
本発明に係る金属ペーストにおいては、固形分である銀粒子の粒径範囲として、平均粒径を100nm以上200nm以下とする。焼結体(金属配線)の耐ベンディング性に影響を及ぼす、硬度及びヤング率を好適範囲にするためである。平均粒径が100nm未満と微細な銀粒子の焼結体は、必要以上に緻密な焼結体を形成させることとなり、硬度及びヤング率を上昇させる傾向がある。一方、平均粒径200nmを超える銀粒子については、低温焼結性能が劣るため、焼成後の電気抵抗値が高くなる点で問題となる。そして、より好ましい銀粒子の平均粒径は、120nm以上180nm以下であり、140nm以上180nm以下がより好ましい。
【0038】
そして、金属ペーストの銀粒子の粒径分布としては、銀粒子の粒径の標準偏差が40nm以上120nm以下とする。標準偏差が小さい粒径が揃った銀粒子を適用すると、ペースト塗布の段階で銀粒子が隙間なく凝集し、その後緻密な焼結体となる。緻密な焼結体は、硬度及びヤング率を上昇させて耐ベンディング性を低下させることとなる。この点、従来の一般的な金属ペーストでは、粒径分布におけるピークがシャープとなる粒径が揃った銀粒子を適用することが好ましい傾向にある。本発明においては、焼結体の耐ベンディング性向上のための硬度及びヤング率の調整の観点から、従来の方向性とは逆に比較的ばらつきのある銀粒子の金属ペーストを適用する。但し、銀粒子の粒径のばらつきが大きすぎる場合、好ましくない粒径の銀粒子がペースト中に含まれるおそれがある。例えば、平均粒子径が180nmの場合、標準偏差が大き過ぎると200nm以上の粒子の含有率が増え、結果として低温焼結性能の低下につながるおそれがある。以上の理由から、本発明では、銀粒子の粒径の標準偏差を40nm以上120nm以下とする。
【0039】
上記のような平均粒径、粒径分布を有する銀粒子の製造方法としては、熱分解性を有する銀化合物を原料とした熱分解法が好適である。熱分解法では、シュウ酸銀(Ag2C204)や炭酸銀(Ag2CO3)、酸化銀(Ag2O)等の加熱により分解して銀を析出可能な銀化合物を原料とし、この原料にアミン等の有機化合物を混合して銀-アミン錯体を形成し、これを加熱・分解して銀粒子を析出させる方法である。金属ペーストは、このようにして析出した銀粒子を回収して、溶剤に添加することで製造可能である。後述する銀粒子の保護剤(アミン化合物)は、上記の銀-アミン錯体の生成段階で添加済みとなっている。
【0040】
熱分解法では、アミン錯体の加熱温度、加熱速度や反応系の水分量等の各種の製造条件の調整によって、銀粒子の平均粒径を調整可能である。また、本発明に係る金属ペーストは、銀粒子の粒度分布としてばらつき(標準偏差)を大きくすることが必要なる。金属ペースト中の銀粒子にこのようなばらつきを付与する手法としては、銀粒子の製造過程において、下記のように銀粒子を加熱合成した後の冷却速度を制御する方法が挙げられる。
【0041】
アミン錯体からの銀粒子の析出反応は、所定の高温(例えば、100℃以上)の加熱温度で進行し、当該温度での加熱を継続することで、目的の粒子径まで銀粒子を成長させることができる。この加熱段階では、反応系内の全粒子がシンタリングするため平均粒子径は増大するが、ばらつきの増加は起こりにくい。そして、銀粒子が目的の平均粒径に達した段階で加熱を停止するが、反応系には加熱停止後も余熱があるので、その熱により銀粒子のシンタリングが継続することとなる。このとき、加熱停止後に反応系を急冷すれば、余熱による銀粒子のシンタリングを一様に抑制し、粒径の揃った銀粒子を得ることができる。よって、銀粒子の粒径にばらつきを生じさせるためには、加熱停止後の反応系の冷却過程で銀粒子のシンタリングを部分的に進行させることが必要である。具体的には、反応系の冷却の際、中温域(60~90℃)における冷却速度を制御することで、銀粒子の粒径にばらつきを与えることができる。この冷却速度としては、反応停止の高温域から反応系が60℃までの間において、1℃/min以下の冷却速度とすることが好ましい。この冷却速度以上で冷却すると、前記のようにシンタリングが抑制されて粒径のばらつきが不十分となる。
【0042】
以上説明した銀粒子について、その金属ペースト中の含有量は、ペースト全体の質量に対して60質量%以上75質量%以下とするのが好ましい。金属ペースト中の銀粒子含有量を高めることで、厚さのある焼結体を製造でき効率的ではある。60質量%未満の銀粉末では、焼結体の製造効率に劣る。しかし、75質量%を超えた銀粒子を含有させると、硬度及びヤング率が増大して耐ベンディング性に劣る焼結体となる。
【0043】
そして、本発明に係る金属ペーストにおいて、銀粒子は、保護剤として炭素数の平均が4~8のアミン化合物と結合した状態で溶剤中に分散される。保護剤とは、金属粒子の一部又は全面に結合する化合物であって、金属ペーストのような金属粒子が分散した分散液中で金属粒子の凝集を抑制する添加剤である。本発明においては、1種又は複数種のアミン化合物が保護剤として銀粒子と結合する。このとき、銀粒子と結合する保護剤は、全体の平均で炭素数が4~8のアミン化合物である。全体の平均の炭素数とは、金属ペーストに含まれる1種又は複数種のアミン化合物について、それらの炭素数を添加量(モル分率)で案分して算出される炭素数である。これは、金属ペーストに含まれるアミン化合物が均等に銀粒子に結合したと仮定したとき、それら炭素数を平均した値である。
【0044】
本発明で適用する保護剤としてアミン化合物に限定されるのは、銀粒子の焼結を比較的低温(例えば、150℃以下の温度)で生じさせるためである。本発明では基板として可撓性のある樹脂やプラスチックが適用されることが多い。銀粒子の焼結に高温を要するようにすると、基板に熱的な損傷を与えるおそれがある。アミン化合物は、比較的低温で揮発し、銀粒子同士の焼結を促すことができる。また、保護剤であるアミン化合物についてその炭素数の平均を4~8とするのは、炭素数の平均が4未満のアミンは、保護作用に乏しく、銀粒子を安定的に存在させるのが困難であるからであ。一方、炭素数の平均が8を超えるアミンは、所定の低い抵抗値の配線を形成するのに焼結温度を高温にする必要があるからである。尚、保護分子の平均炭素数が8以下であれば、炭素数9以上の比較的分子量の大きいアミンも適用添加可能である。例えば、炭素数4のアミンと炭素数12のアミンを混合して保護剤として用いることも可能である。その場合には、平均炭素数が1分子当たり8以下であれば良い。
【0045】
アミン化合物は、アミノ基が1つである(モノ)アミンや、アミノ基を2つ有するジアミンを適用できる。また、アミノ基に結合する炭化水素基の数は、1つ又は2つが好ましく、1級アミン(RNH2)、又は2級アミン(R2NH)が好ましい。そして、保護剤としてジアミンを適用する場合、少なくとも1以上のアミノ基が1級アミン又は2級アミンのものが好ましい。アミノ基に結合する炭化水素基は、直鎖構造又は分枝構造を有する鎖式炭化水素の他、環状構造の炭化水素基であっても良い。また、一部に酸素を含んでいても良い。
【0046】
本発明で適用する保護剤の好適な具体例としては、ブチルアミン(炭素数4)、1,4-ジアミノブタン(炭素数4)、3-メトキシプロピルアミン(炭素数4)、ペンチルアミン(炭素数5)、2,2-ジメチルプロピルアミン(炭素数5)、3-エトキシプロピルアミン(炭素数5)、N,N-ジメチル-1,3-ジアミノプロパン(炭素数5)、ヘキシルアミン(炭素数6)、ヘプチルアミン(炭素数7)、ベンジルアミン(炭素数7)、N,N-ジエチル-1,3-ジアミノプロパン(炭素数7)、オクチルアミン(炭素数8)、2-エチルヘキシルアミン(炭素数8)、ノニルアミン(炭素数9)、デシルアミン(炭素数10)、ドデシルアミン(炭素数12)等のアミン化合物が挙げられる。
【0047】
本発明に係る金属ペーストにおける保護剤(アミン化合物)の量は、金属ペーストの重量基準で80ppm以上27000ppm以下が好ましい。80ppm未満では銀粒子への保護効果が不足して、金属ペースト中の銀粒子の分散性が低下する。27000ppmを超えると、焼結体への残存が懸念され、焼結体の硬度、ヤング率に影響を及ぼすおそれがある。
【0048】
(III-2)調整剤
本発明における金属ペーストは、上記固形分である銀粒子と共に調整剤として、数平均分子量が10000以上90000以下のエチルセルロースを含む。本発明に係る金属配線(焼結体)を形成するにあたって、かかる数平均分子量の範囲を有するエチルセルロースは必須的な成分である。
【0049】
この点、上記した銀粒子の粒径や粒度分布も、焼結体の物性に影響を及ぼす因子であるが、金属ペーストの銀粒子のみを適正にしても上記範囲の数平均分子量のエチルセルロースを含まない金属ペーストでは耐ベンディング性を有する金属配線を形成することはできない。本発明者等は、調整剤の作用は、銀粒子の焼結過程で発揮されると考える。適切な数平均分子量の調整剤を、所定の粒径・粒度分布の銀粒子と共に分散させることで、金属ペーストを基板に塗布したときの銀粒子の移動や充填状態が好適になり、その後、耐ベンディング性にとって好適な焼結体になると考察する。
【0050】
金属ペーストに必須の構成であるエチルセルロースの数平均分子量を90000以下とするのは、数平均分子量90000を超える高分子量のエチルセルロースを調整剤として添加したとき、ペーストの粘度が高くなり、印刷に不適となるためである。一方、過度に小さい数平均分子量のエチルセルロースは、焼結体の緻密性を確保するのが困難となり、低抵抗の金属配線が得難くなる。この観点から、エチルセルロースの数分子量の下限を10000以上とした。
【0051】
金属ペーストは、好ましくは、数平均分子量10000以上60000以下のエチルセルロースを含む。このような比較的低分子量のエチルセルロースは、焼結体の耐ベンディング性をより向上させる効果があると考えられるからである。そして、低分子量のエチルセルロースを含む金属ペーストにおいては、更に、数平均分子量60000超90000以下の高分子量のエチルセルロースを同時に含んでいても耐ベンディング性は良好であり、好ましい態様となる。高分子量のエチルセルロースには、金属ペーストの印刷性を良好に調整する作用があると考えられる。金属ペーストによる金属配線の形成プロセスでは、スクリーン印刷等によって金属ペーストを基板に塗布する工程が採用されることが多い。低分子量のエチルセルロースに加えて、高分子量のエチルセルロースを添加することで、印刷性を改善して金属ペーストの塗布の際のスキージへのペースト不着や、基板への転写不良を抑制できる。但し、分子量の大き過ぎるエチルセルロールは、上記の通りペーストの粘度上昇による印刷性の低下が懸念されるため、低分子量のエチルセルロースを含む場合であっても分子量90000を超えるエチルセルロースは添加すべきではない。
【0052】
調整剤である数平均分子量10000以上90000以下のエチルセルロースの含有量は、ペースト全体に対する質量比で0.50質量%以上2.6質量%が好ましい。0.50質量%未満では、エチルセルロースの添加効果が生じ難くなる。また、過剰のエチルセルロースの混合は、焼結体の抵抗値を低下させることから2.6質量%を上限とする。上記のとおり、金属ペーストの調整剤としては、低分子量エチルセルロース(数平均分子量10000以上60000以下)と高分子量エチルセルロース(数平均分子量60000超90000以下)の双方を同時に添加することができる。このような場合でも、それぞれのエチルセルロースの含有量の合計が前記範囲内であることが好ましい。尚、このように2種以上のエチルセルロース含む金属ペーストを製造するときには、各エチルセルロースを順次溶媒に添加しても良いし、予め2種以上のエチルセルロースを混合してから溶媒に添加しても良い。
【0053】
また、低分子量エチルセルロース(数平均分子量10000以上60000以下)と高分子量エチルセルロース(数平均分子量60000超90000以下)の双方を同時に含む金属ペーストにおいては、高分子量エチルセルロースの金属ペーストに対する質量基準の含有量をCH(質量%)とし、低分子量エチルセルロースの含有量をCL(質量%)としたとき、CLに対するCHの割合(CH/CL)を5以上とすることが好ましい。CLに対するCHの割合(CH/CL)の上限に関しては、特に定められることはない。高分子量のエチルセルロースのみでも、焼結体にある程度の耐ベンディング性を付与できるからである。もっとも、曲率半径が極めて低い曲げ変形に対応できる金属配線を形成するためには、CLに対するCHの割合を9以下にすることが好ましい。
【0054】
(III-3)溶剤
上記した銀粒子及び調整剤を溶剤に混合・分散することで本発明の金属ペーストとなる。この溶剤としては、炭素数8~16で構造内にOH基を有する沸点280℃以下の有機溶剤が好ましい。溶剤は、金属ペースト塗布後の銀粒子を焼結する際には揮発・除去する必要がある。銀粒子の焼結と溶剤の除去を比較的低温とするため、沸点が280℃以下の溶剤が好ましい。溶剤の好ましい具体例としては、ターピネオール(C10、沸点219℃)、ジヒドロターピネオール(C10、沸点220℃)、テキサノール(C12、沸点260℃)、2,4-ジメチル-1,5-ペンタジオール(C9、沸点150℃)、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(C16、沸点280℃)が挙げられる。溶剤は複数種を混合して使用しても良く、単品で使用しても良い。
【0055】
溶剤と他の成分(銀粒子(保護剤)、調整剤)との金属ペースト全体における混合比率については、溶剤含有率をペースト全体に対する質量比で19質量%以上40質量%未満とするのが好ましい。19質量%未満では粘度が高すぎて印刷塗布が困難となり、40%を超えると粘度が低くなりスクリーン印刷が困難となる。
【0056】
(III-4)任意の有機添加剤
以上の必須的な構成に対し、本発明に係る金属ペーストは、任意的な添加剤として有機化合物を含むことができる。具体的には、印刷基材との密着性を向上させるためのプライマー等を添加することができる。これらの任意の有機添加剤の添加量は、添加剤合計としてペースト重量に対して1重量%以下とすることが好ましい。尚、本発明に係る金属ペーストは、いわゆる電極膜(厚膜)を形成する金属ペーストで常用されているガラスフリットも含むことはない。厚膜形成用の金属ペーストは、金属粒子を含むことから、本発明の金属ペーストと類似性を有する。しかし、本発明に係る金属ペーストは、微細な金属配線の形成に供されるものであり、厚膜形成用の金属ペーストとは明確に区別される。そして、本発明に係る金属ペーストで形成される金属配線は、当然にガラスフリット成分を含有することはない。
【0057】
(IV)本発明に係る金属配線及び導電シートの製造方法
本発明に係る金属配線は、上記した金属ペーストを基板に塗布し、銀粒子を焼結させることで製造される。また、このようにして基板上に金属配線を形成することで、本発明に係る導電シートが製造される。
【0058】
基板への金属ペーストの塗布方法としては、スクリーン印刷、ディッピング、スピンコート、ロールコーター等が適用できる。パターン化された精細な金属配線を形成する上では、スクリーン印刷の適用が好ましい。スクリーン印刷では、スクリーンマスクの適切な使用により、所望の厚さ、パターンの金属配線を形成することができる。
【0059】
金属ペーストの塗布後は、焼成処理(熱処理)を行い、銀粒子を焼結させて焼結体を生成する。焼成処理は、金属ペーストの溶剤、調整剤、保護剤(アミン化合物)を揮発・除去することも目的とする。この焼成処理は、50℃以上200℃で行うことが好ましい。50℃未満では溶剤等の揮発に長時間を要し、銀粒子の焼結も進行しがたい。一方、200℃を超えると基板の変形や熱損傷が懸念される。焼成時間は、3分以上120分以下が好ましい。尚、焼成工程は、大気雰囲気で行っても良いし、真空雰囲気・減圧雰囲気・不活性ガス雰囲気で行っても良い。また、焼成処理の前後において、溶媒の除去や保護剤の除去を目的として、貧溶媒による洗浄処理を行っても良い。洗浄処理を行う場合の溶媒としては、水又はアルコール類等の高極性の有機溶剤が好ましい。
【0060】
以上の金属ペーストの塗布及び焼成による金属粒子の焼結・結合により、金属配線が形成される。この金属配線の形成により、導電シートが製造される。製造された導電シートについては、上述のコーティング層等の形成を適宜に行うことができる。
【発明の効果】
【0061】
以上説明したとおり、本発明に係る銀粒子の焼結体からなる金属配線は、耐ベンディング性が良好であり、曲げ変形の繰り返しを受けても電気特性の変化が生じ難くなっている。特に、1mm以下、更には0.5mm以下の極小の曲率半径の曲げ変形の繰り返しに対しても良好な抵抗値を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【
図1】導電シートを曲げ変形させたときの曲率半径(R)を説明する図。
【
図2】第1実施形態で製造した金属配線について行った繰り返し曲げ試験の結果(曲げ回数と抵抗値との関係)を示す図。
【
図3】第2実施形態のNo.1~No.6の金属配線の断面組織を示すSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0063】
第1実施形態:以下、本発明の好適な実施形態について説明する。本実施形態では、適切な平均粒径、粒径分布を有する銀粒子を製造し、これと低分子量エチルセルロースを溶剤に分散させた金属ペーストを製造した。そして、この金属ペーストにより樹脂基板上に金属配線を形成すると共に、耐ベンディング性の評価を行った。
【0064】
[銀粒子の製造]
原料となる銀化合物として炭酸銀102.2g(銀含有量80.0g)を使用した。この銀化合物は、水37.3g(炭酸銀100質量部に対して36.4wt%)を加えて湿潤状態にしたものを用意した。そして、銀化合物に保護剤のアミン化合物として3-メトキシプロピルアミンを(銀化合物の銀質量に対するモル比で6倍)加え、銀-アミン錯体を製造した。銀化合物とアミンとの混合は室温で行い、銀化合物の未錯体面積を適性に減らした。
【0065】
上記の銀-アミン錯体について、水分量を考慮し、場合により水の添加も行った。そして、加熱前に反応系の水分量をチェックした。水分量の確認がなされた反応系について、室温から加熱して銀-アミン錯体を分解し銀粒子を析出させた。このときの加熱温度は錯体の分解温度として110~130℃ を想定し、これを到達温度とした。また、加熱速度は、10℃/minとした。加熱工程においては、分解温度近傍から二酸化炭素の発生が確認された。二酸化炭素の発生がとまるまで加熱を継続した。
【0066】
加熱工程後、加熱を停止して反応液を室温まで降下させる際、冷却速度が0.4℃/min程度となるように保温しながら室温まで戻した。銀粒子の析出後、反応液にメタノールを添加して洗浄し、これを遠心分離した。この洗浄と遠心分離は2回行った。
【0067】
[金属ペーストの製造]
上記で製造した銀粒子に溶剤としてテキサノールを混練し、更に、低分子量エチルセルロースを添加して金属ペースト(銀ペースト)を製造した。低分子量エチルセルロースとして、市販のエチルセルロース(ダウケミカル社製 ETHOCEL(登録商標)STD7(数平均分子量17347))を使用した。銀粒子の含有量はペースト全体に対し70質量%、低分子量エチルセルロースの含有量はペースト全体に対し1.95質量%とした。
【0068】
本実施形態で製造した金属ペーストについて、銀粒子の平均粒径及び粒径分布を測定した。この測定は、金属ペーストを適宜にサンプリングしてSEM観察を行い、得られたSEM像について、500個の銀粒子について2軸平均法にて個々の銀粒子の粒径を測定し、平均値(メジアン径)と標準偏差を算出した。本実施形態で製造した金属ペーストの銀粒子の平均粒径は、120nmであり、標準偏差は71.3nmであった。
【0069】
[導電シートの製造]
製造した金属ペーストを使用して導電シートを製造した。基板としてポリエチレンテレフタレート(PET)からなる透明樹脂基板(寸法:150mm×150mm、厚さ38μm)を使用した。そして、上記で製造した金属ペーストを、SUS製スクリーンマスク上から基板にスクリーン印刷した。その後、10分間レベリングし、120℃で1時間焼成し、銀粒子の焼結体からなる金属配線を備える導電シートを製造した。本実施形態では、複数のスクリーンマスクを使用して、基板上に線幅0.1mm、0.2mm、0.5mmの金属配線(長さ60mm)を平行に形成した。尚、金属配線の厚さは、いずれも約4.1μmであった。
【0070】
[繰り返し曲げ試験]
上記で製造した本実施形態の導電シート(線幅0.1mm、0.2mm、0.5mm)について、繰り返し曲げ試験を行い、金属配線の耐ベンディング性を検討した。繰り返し曲げ試験に際し、製造した導電シートの任意の1本の配線について、端部から10mmの位置と反対側の端部から10mmの位置に端子を接続することとした。繰り返し曲げ試験では、まず、試験前の金属配線の抵抗値をデジタルテスターで測定した。
【0071】
そして、曲げ変形の曲率半径を1.0mmに設定し、導電シートの基板の中央線に沿って曲げ変形を付与した。本実施形態では、
図1のように金属配線が内側になるようにして曲げ変形を付与した。曲げ回数は、フィルムがV字形状に伸縮した状態になった段階で曲げ回数1回とカウントし、10万回の曲げ変形を付与した。この繰り返し曲げ試験において、曲げ回数2万回毎に金属配線の抵抗値をデジタルテスターで測定した。この繰り返し曲げ試験について、曲げ回数と抵抗値の変化を示すグラフを
図2に示す。
【0072】
図2からわかるように、本実施形態で製造した金属配線は、10万回の繰り返し曲げ変形(曲率半径1.0mm)を受けても抵抗値がほとんど変わっておらず、良好な耐ベンディング性を示すことがわかる。具体的にみると、試験初期の抵抗値(R
i)に対し、10万回の変形過程で見られた最大の抵抗値(R
max)は1.4倍程度であった。そして、この優れた耐ベンディング性は、金属配線の線幅を0.1mmと極細にした場合でも発現することが確認された。
【0073】
第2実施形態:本実施形態では、平均粒径が80nm~180nmとなる6種類の銀粒子(ロットa~fとする。第1実施形態の銀粒子はロットcである。)と、標準偏差が小さいシャープな粒径分布を有する2種類の銀粒子(ロットg、hとする。)を製造して金属ペーストを製造した。これらの銀粒子の製造においては、平均粒径の調整(ロットa~f)については、第1実施形態の製造工程に対して添加する水分の量を変更し、粒子径の調整を行った。また、粒径の標準偏差の調整(ロットg、h)については、第1実施形態の製造工程に対して、加熱工程後の降温の際に反応槽を冷水で冷やし急冷した。本実施形態で製造した銀粒子の平均粒径、粒径の標準偏差は、下記表1のとおりであった。
【0074】
【0075】
そして、上記の8種類の銀粒子を調整剤と共に溶剤に分散させて金属ペーストを製造した。本実施形態では、金属ペーストの製造にあたって、銀粒子の混合量と、調整剤の種類(数平均分子量10000以上60000以下の低分子量エチルセルロースと、数平均分子量60000超90000以下の高分子量エチルセルロースの一方又は双方の組み合わせ)が異なる金属ペーストを製造した。
【0076】
そして、製造した複数の金属ペーストにより金属配線を形成して導電シートを製造し、耐ベンディング性の評価を行った。金属配線の製造方法は、第1実施形態と同様とした。但し、線幅については、耐ベンディング性評価にとって最も厳しい条件である、線幅0.1mmの金属配線を製造した。耐ベンディング性の評価試験は、第1実施形態と同様とした。また、一部の実施例において、金属ペースト塗布後の焼成温度を150℃として導電シートを製造した。
【0077】
試験結果の評価については、試験初期の抵抗値(Ri)に対する試験中見られた最大抵抗値(Rmax)の割合(Rmax/Ri)を計算し、Rmax/Riが1.5以下の金属配線を「◎(優良)」とし、Rmax/Riが1.5以上2.0以下の金属配線を「〇(良)」とし、Rmax/Riが2.0以上5.0以下の金属配線を「△(可)」とし、Rmax/Riが5.0以上の金属配線を「×(不良)」と判定した。尚、10万回のベンディング中に金属配線が断線した場合も「×」と判定した。本実施形態で製造した各種金属配線の耐ベンディング性の評価結果を表2に示す。
【0078】
【0079】
表2から、銀粒子の平均粒径お飛び粒径の標準偏差を適正にしつつ、調整剤として数平均分子量10000以上90000以下のエチルセルロースを添加した金属ペーストを適用した焼結体(金属配線)において、良好な耐ベンディング性を発揮し得ることが確認された。そして、金属配線の硬度及びヤング率の双方が一定値以下となることで、繰り返し曲げ変形に対して抵抗値の維持がなされるといえる。
【0080】
金属ペーストの各構成について詳細にみると、銀粒子の平均粒径が100nm未満(80nm)となるNo.1の金属ペーストによる金属配線は、硬度が高くなり過ぎて耐ベンディング性に劣ったといえる。また、銀粒子粒径の標準偏差が小さく粒径が揃った金属ペーストでは、硬度及びヤング率が高くなり耐ベンディング性が低い金属配線となる(No.13、14)。この傾向は、銀粒子の平均粒径を適正にしても改善できない。
【0081】
調整剤であるエチルセルロースについては、低分子量(数平均分子量60000以下)のエチルセルロースを含む金属ペーストによる金属配線において、特に良好な耐ベンディング性がみられた(No.10:第1実施形態)。もっとも、高分子量(数平均分子量60000超)のエチルセルロースを単独で含む金属ペーストでも、銀粒子の平均粒径及び標準偏差を適正にすることで、金属配線の耐ベンディング性の改善効果があるとみられる(No.7、8)。また、低分子量のエチルセルロースと高分子量のエチルセルロースの双方を含んだ金属ペーストにより形成された金属配線も良好な耐ベンディング性を示す(No.2~6、No.9、12)。
【0082】
そして、調整剤であるエチルセルロースを含まない金属ペースト(No.15)による金属配線は、硬度が低く耐ベンディング性が特に劣る結果となった。このNo.15の導電シートにおいては、一回のベンディングによって配線の割れによる断線が確認された。これに対して、曲げ試験評価が「×(不良)」となった他の導電シート(No.1,13,14)は、ベンディング後に配線の抵抗値上昇がみられたものの、配線の断線は生じなかった。これらを考慮すると、金属ペースト中のエチルセルロースは、ベンディングによる配線の断線防止の観点から必須の構成といえる。そして、ベンディングによる抵抗値の変動を抑制するためには、金属ペーストにエチルセルロースを加えることを前提としつつ、銀粒子の粒径や粒径分布を調整することが必要であるといえる。
【0083】
また、エチルセルロースの含有量としては、No.1等の添加量(1.70質量%+0.25質量%)を標準添加量としたとき、その0.3倍の添加量としたときの結果(No.16)から、0.50質量%以上が好ましく、それ以上の添加が好ましいといえる(No.17~19)。
【0084】
尚、金属ペーストの銀粒子の含有量を高くして10μm以上の金属配線を形成しても、耐ベンディング性を確保することができる(No.20~22)。また、適切な金属ペーストであれば、焼成温度を150℃としても、金属配線の耐ベンディング性が良好である(No.23)。
【0085】
[金属配線の断面組織]
図3は、No.1~No.6(ロットa~fの銀粒子)の金属配線のSEM観察による断面組織を示す写真である。
図3からわかるように、平均粒径80nmの銀粒子による金属配線は、緻密な焼結体で形成されており、空隙が極めて少ない。銀粒子の平均粒径の増大と共に空隙は増加しているが、平均粒径140nm(No.4)以降は、平均粒径と空隙の量(面積)にさほどの差はないと見受けられる。これらNo.1~No.6の金属配線以外についても、同様に断面組織の観察をおこなったところ、繰り返し曲げ試験の結果が良好(評価が〇又は◎)であった金属配線の断面組織は同様の空隙が観察された。
【0086】
第3実施形態:本実施形態では、第2実施形態の繰り返し曲げ試験(R=1.0mm)で良好な結果であったNo.4~6、8、10、11、21の導電シートについて、繰り返し曲げ試験の試験条件をより厳しくし、曲率半径Rを0.5mmにした。各導電シート(金属配線)の構成とその他の試験条件は第2実施形態と同様である。この結果を表3に示す。
【0087】
【0088】
表3から、No.24、25、28(No.4、5、10)の金属配線は、曲げ変形の曲率半径を0.5mmと極めて厳しい条件(R=0.5mm)としても、抵抗値の変動が少ない良好な耐ベンディング性を発揮することがわかる。また、No.27(No.8)を参照すると、調整剤として高分子量のエチルセルロースのみを添加した金属ペーストによる金属配線の場合、曲げ試験の条件を厳格にすることで、抵抗値の変化が大きくなることがわかる。但し、高分子量のエチルセルロースを含む場合でも、低分子量のエチルセルロースも含むことで過酷な曲げ変形に対応できる(No.24、25(No.4、5))。尚、金属ペーストの銀粒子含有量が高めの場合(75質量%)、曲げ変形の曲率半径が極小となると、耐ベンディング性が低下する傾向がある(No.30(No.21))。銀粒子含有量の高い金属ペーストは、厚い配線形成には好適であるといえるが、適用される導電シートの曲げ変形の程度を考慮すべきである。
【産業上の利用可能性】
【0089】
以上説明したように、本発明に係る銀粒子の焼結体からなる金属配線は、耐ベンディング性が良好であり、曲げ変形の繰り返しを受けても電気特性の変化が生じ難くなっている。この曲げ変形については、曲率半径を0.5mmとする極めて厳しい変形に対しても耐え得ることができる。本発明の導電シートは、極めて精細な金属配線を備えつつ、耐ベンディング性が良好であり、折り曲げ可能なディスプレイやウエアラブルデバイスの構成部材として応用可能である。