(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】植物病害防除用の農薬組成物及びそれを用いる植物病害防除方法
(51)【国際特許分類】
A01N 63/30 20200101AFI20240409BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20240409BHJP
A01N 25/34 20060101ALI20240409BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20240409BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20240409BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
A01N63/30
A01N25/00 102
A01N25/34 Z
A01P1/00
A01P3/00
A01P21/00
(21)【出願番号】P 2018245524
(22)【出願日】2018-12-27
【審査請求日】2021-11-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、農林水産省、委託プロジェクト(AIを活用した土壌病害診断技術の開発)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02838
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02835
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02836
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02837
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】591032703
【氏名又は名称】群馬県
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【氏名又は名称】松田 七重
(74)【代理人】
【識別番号】100196405
【氏名又は名称】小松 邦光
(72)【発明者】
【氏名】吉田 重信
(72)【発明者】
【氏名】野口 雅子
(72)【発明者】
【氏名】山内 智史
(72)【発明者】
【氏名】三室 元気
(72)【発明者】
【氏名】池田 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】酒井 宏
(72)【発明者】
【氏名】三木 静恵
(72)【発明者】
【氏名】古澤 安紀子
【審査官】阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-256687(JP,A)
【文献】特開昭59-222403(JP,A)
【文献】日本植物病理学会報,2018年12月22日,Vol. 84, No. 4,pp. 287-296
【文献】日本植物病理学会報,1938年,Vol. 7, No. 3-4,pp. 249-252
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
A01P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チエラビア(Thielavia)属糸状菌を含有する、対象植物の植物病害防除用の農薬組成物であって、
前記チエラビア属糸状菌が、チエラビア・テリコラ(terricola)若しくはチエラビア・ヒルカニアエ(hyrcaniae)、又は、S69株(受託番号NITE P-02838)、I1株(受託番号NITE P-02835)、J1株(受託番号NITE P-02836)、若しくはK1株(受託番号NITE P-02837)を含み、
前記対象植物が、アブラナ科野菜類
である、農薬組成物(ただし、多孔性の炭酸石灰質基材を含有するものを除く)。
【請求項2】
チエラビア(Thielavia)属糸状菌を含有する、対象植物の植物病害防除用及び植物生育増進用の農薬組成物であって、
前記チエラビア属糸状菌が、チエラビア・テリコラ(terricola)若しくはチエラビア・ヒルカニアエ(hyrcaniae)、又は、S69株(受託番号NITE P-02838)、I1株(受託番号NITE P-02835)、J1株(受託番号NITE P-02836)、若しくはK1株(受託番号NITE P-02837)を含み、
前記対象植物が、アブラナ科野菜類
である、農薬組成物(ただし、多孔性の炭酸石灰質基材を含有するものを除く)。
【請求項3】
植物病害が植物病原糸状菌に起因する、請求項1又は2に記載の農薬組成物。
【請求項4】
植物病原糸状菌がバーティシリウム(Verticillium)属菌及びフザリウム(Fusarium)属菌からなる群から選択される、請求項3に記載の農薬組成物。
【請求項5】
植物病害が、黄化病、半身萎凋病、バーティシリウム萎凋病、及び萎凋病からなる群から選択される、請求項1~4のいずれか1項に記載の農薬組成物。
【請求項6】
前記農薬組成物を適用しない場合の対象植物の発病株数を100%の基準にして、発病株数を60%以下にする、請求項1~5のいずれか1項に記載の農薬組成物。
【請求項7】
チエラビア(Thielavia)属糸状菌を含有する、対象植物の植物生育増進用の農薬組成物であって、前記農薬組成物を適用しない場合の対象植物の収量を100%の基準にして、質量換算で120%以上の収量の向上をもたらし、
前記チエラビア属糸状菌が、チエラビア・テリコラ(terricola)若しくはチエラビア・ヒルカニアエ(hyrcaniae)、又は、S69株(受託番号NITE P-02838)、I1株(受託番号NITE P-02835)、J1株(受託番号NITE P-02836)、若しくはK1株(受託番号NITE P-02837)を含み、
前記対象植物が、アブラナ科野菜類
である、農薬組成物(ただし、多孔性の炭酸石灰質基材を含有するものを除く)。
【請求項8】
対象植物がハクサイである、請求項1~7のいずれか1項に記載の農薬組成物。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載の農薬組成物を土壌又は培地に適用する工程を含む、植物病害防除、及び/又は、植物生育増進方法。
【請求項10】
対象植物の植え付け前に農薬組成物を土壌又は培地に適用する工程を含む、請求項9に記載の植物病害防除、及び/又は、植物生育増進方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チエラビア(Thielavia)属糸状菌を含有する、対象植物の植物病害防除用の農薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
作物生産における病害虫防除には主に化学農薬が用いられ、多大な効果を上げてきた。特に、経済的被害が大きく、かつ、防除するのが難しい土壌病害に対しては、土壌くん蒸剤が主にとして使用されている状況にある。しかしながら、長期連用による耕地生態系の単純化のみならず、作業者の健康や周辺環境への影響等の観点から土壌消毒剤の使用を制限する動きが国際的に進んでおり、日本でも過剰な消毒剤の使用を低減するための取り組みが今後重要となってくる。このような背景から、化学物質を用いた土壌病害の防除に代わる新たな防除技術の開発が世界的にも志向されており、そのような新しい防除技術の一つとして自然界の微生物を用いた生物的防除技術が注目されている。生物的防除技術については、すでに微生物農薬として開発され製品化されているものもあるが、土壤病害に対する微生物農薬の登録は未だ少ない状況にあり、さらに効果の高い新たな防除剤及び防除法として使用し得る微生物農薬が現場では切望されている。
【0003】
上述のようにこれまでの野菜類の土壌病害に対する病害防除は、土壌くん蒸剤等の化学農薬が主に用いられている一方で、微生物を用いた生物的防除は、根頭がんしゅ病や軟腐病等数種の病害に対象が限定されており、普及が進んでいない。ここで、深刻な土壌伝染性病害としては、例えばバーティシリウム属菌のハクサイへの感染で生じる黄化病がある。黄化病にかかったハクサイは、まず外葉がしおれ、V字型に黄褐変し、枯れて、葉が離脱しやすくなる。その後、これらの症状は急激に進展し、しおれや生育不良が進み、最終的には激しく結球葉が外側に開き、ハボタンのようになり、茎や葉の維管束部は、黄褐色から黒褐色に変色する。したがって、国内におけるハクサイ等のアブラナ科植物栽培において、バーティシリウム属菌による病害病は対策すべき重要な病害の一つとして知られている。これに対し、例えば、特許文献1(特開2003-231606号公報)において、シュードモナス属べトナミエンシス(Pseudomonas vietnamiensis)に属する微生物が、バーティシリウム病害に防除効果を有することが開示されている。
また、特許文献2(特開2006-176533号公報)において、バチルス(Baci111ts)属に属する特定の細菌が土壌伝染性病害に対し防除効果を有することが開示されており、特許文献3(特開20l5-039359号公報)において光合成細菌でロドシュードモナス(Rhodopseudomonas)属細菌とバチルス(Baci11us)属細菌とが、土壌伝染病害に対し防除効果を有することが開示されている。
しかしながら、ハクサイ等のアブラナ科植物を対象植物とする黄化病等のバーティシリウム属菌に起因する病害を防除しうる微生物種および株を用いた生物的防除技術を利用した微生物農薬はいまだ現存していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-231606号公報
【文献】特開2006-176533号公報
【文献】特開20l5-039359号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
バーティシリウム病害は、発病予測が困難な土壌病害の一つであることから、スケジュール的に土壌くん蒸剤による土壌消毒が行われることが多いが、コスト、労力、環境保全の観点から、なるべく行わずに対策を講じられることが好ましい。また、例えば、バーティシリウム病害の一つであるハクサイ黄化病に対しては、完全な抵抗性を示すハクサイ品種がなく、耐病性品種も少ないという問題点も知られている。さらに、バーティシリウム属菌は土壌中に長期間生存でき、多くの作物に寄生するため、一度発病すると、輪作も難しくなる。
そこで、本発明の目的は、環境への負荷の少なく、土壌伝染病害を効果的に防除しうる微生物農薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の課題を解決すべく種々の検討を行う過程で、土壌伝染性病害、特に、ハクサイ黄化病が発生しにくい土壌があることを見出した。そして、その土壌に特異的に出現する遺伝子のバンドを特定し、その遺伝子情報からチエラビア属糸状菌を分離した。そして、この分離されたチエラビア属糸状菌が、土壌中の糸状菌に起因するハクサイ黄化病を抑制するだけではなく、対象植物の発育促進にも寄与するとの予想外の効果を発見し、鋭意研究の結果本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明は以下の通りである。
〔1〕チエラビア(Thielavia)属糸状菌を含有する、対象植物の植物病害防除用の農薬組成物。
〔2〕チエラビア(Thielavia)属糸状菌を含有する、対象植物の植物病害防除用及び植物生育増進用の農薬組成物。
〔3〕植物病害が植物病原糸状菌に起因する、前記〔1〕又は〔2〕に記載の農薬組成物。
〔4〕植物病原糸状菌がバーティシリウム(Verticillium)属菌及びフザリウム(Fusarium)属菌からなる群から選択される、前記〔3〕に記載の農薬組成物。
〔5〕植物病害が、黄化病、半身萎凋病、バーティシリウム萎凋病、及び萎凋病からなる群から選択される、前記〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の農薬組成物。
〔6〕前記農薬組成物を適用しない場合の対象植物の発病株数を100%の基準にして、発病株数を60%以下にする、前記〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の農薬組成物。
〔7〕チエラビア(Thielavia)属糸状菌を含有する、対象植物の植物生育増進用の農薬組成物であって、前記農薬組成物を適用しない場合の対象植物の収量を100%の基準にして、質量換算で120%以上の収量の向上をもたらす、農薬組成物。
〔8〕対象植物がハクサイである、前記〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載の農薬組成物。
〔9〕前記〔1〕~〔8〕のいずれか1項に記載の農薬組成物を土壌又は培地に適用する工程を含む、植物病害防除、及び/又は、植物生育増進方法。
〔10〕対象植物の植え付け前に農薬組成物を土壌又は培地に適用する工程を含む、前記〔9〕に記載の植物病害防除、及び/又は、植物生育増進方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、環境への負荷の少なく、土壌伝染病害を効果的に防除しうる、微生物を有効成分とする新規の農薬組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】発病抑止性を示す圃場(C地区)の各土壌DNAサンプルのPCR-DGGE法に基づく糸状菌相バンドパターンを示す写真である。対照として、黄化病発生圃場(A地区)の土壌由来のサンプルのバンドパターンも示す。Mはマーカーレーンを示す。
【
図2】(a)は、発病抑止性を示す圃場の土壌から分離されたバンドパターンにおける特徴的なバンド(Metrix29.8)に相当する糸状菌S69株のDGGE上のバンド位置を示す写真である。(b)は、糸状菌S69株のPDA培地上でのコロニー及びコロニー上の子のう胞子を示す写真である。
【
図3】Chaetomium属、Madurella属、Thielavia属菌およびS69株のrRNA遺伝子のITS領域における塩基配列に基づく系統樹(NJ法)を示す。
【
図4】(a)は、PDA培地上における黄化病菌とS69株の対峙培養の菌叢形態(培養15日後)を示す写真である。(b)は、PDA培地上での対峙培養における黄化病菌とS69株のコロニー境界部の黄化病菌の菌糸形態(培養15日後)を示す写真である。細胞が顆粒状になっている菌糸(矢印)が目立つ(矢印部分は、死細胞であると推定される)。
【
図5】S69株と類似の性状を示すその他の分離菌株のrRNA遺伝子ITS領域における塩基配列に基づく系統樹(NJ法)を示す。
【
図6】J1株と対峙培養した場合のKT1-1株の菌叢形態(右平板:左側の黒色の菌叢)と、KT1-1株のみを培養した場合の菌叢形態(左平板:対照)を示す写真である。
【
図7】PDA平板培地上におけるS69株の培養温度別の菌叢直径(培養5日後)を示すグラフである。
【
図8】(a)及び(b)は、S69株培養フスマを混和したポットに移植したハクサイ苗における黄化病の発病抑制効果を示す((b)は(a)のメタアナリシスの結果を示す。)。(c)は、S69株培養フスマを混和したポットに移植したハクサイ苗の生育増進効果を示す(ハクサイ1葉あたりの質量の平均値を示す。バーは標準誤差を示す)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、対象植物、特にアブラナ科植物の植物病害防除に有効な生菌であるチエラビア属糸状菌を含有する農薬組成物に関する。本発明の農薬組成物は、植物病害防除用だけではなく、植物生育増進用としても使用することが可能である。
【0011】
<チエラビア属糸状菌>
本発明の植物病害防除用の農薬組成物が含有するチエラビア属糸状菌としては、植物病原性の細菌または糸状菌の感染または増殖を抑制する能力を有するものであれば、その種については特に限定されない。例えば、チエラビア・テリコラ(Thielavia terricola)またはチエラビア・ヒルカニアエ(Thielavia hyrcaniae)およびこれらの近い種が挙げられる。また、2種以上のチエラビア属糸状菌を併用してもよい。なお、チエラビア属糸状菌のバイオセイフティレベルは、1である。
【0012】
本発明の農薬組成物が含有するチエラビア属糸状菌として、例えば、次の方法により分離されたものを使用することができる。まず、ハクサイ黄化病の発病抑止性を示す土壌1gを20mlの10mMリン酸緩衝液(pH7.0)によく懸濁し、その懸濁液の段階希釈液をローズベンガル寒天平板上に塗抹後、25℃で1週間培養し、培養後に出現した糸状菌コロニーをランダムに分離後、一部は更に単菌糸分離を繰り返す。得られた分離菌株を50ppmカナマイシン添加PDA平板上で培養し、出現する子のう殻、および子のう胞子の形態からチエラビア属菌と近縁と考えられる菌株を選抜する。選抜された各菌株のDNAを抽出し、常法に従って、これらの菌株のrRNA遺伝子ITS領域の塩基配列情報に基づく菌種の同定を行う。得られた各菌株の塩基配列情報をもとに、Mega(Ver.6)を用いたマルチプルアラインメント解析の結果に基づき、近隣結合法(NJ法)による系統解析を行う。その結果、選抜された菌株のうち、チエラビア属菌に属する菌株を適宜本発明のチエラビア属糸状菌として使用することができる。
さらに例えば、本発明のチエラビア属糸状菌は、PDA培地上での黄化病菌との対峙培養法において対峙部位の黄化病菌の菌糸生育抑制程度を確認して、黄化病防除力の強い糸状菌を選別することも可能である。
【0013】
本発明においては、チエラビア属糸状菌の中でも後述する参考例で示される方法により選抜されたS69株、I1株、J1株、及びK1株を用いることが特に好ましい。上記S69株、I1株、J1株、及びK1株は全て、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託され、全ての菌に対して同日(通知年月日:2018年12月5日)に受領書が発行され、夫々の菌に対して以下のように受託番号が付与されている。
S69株:受託番号NITE P-02838
I1株 :受託番号NITE P-02835
J1株 :受託番号NITE P-02836
K1株 :受託番号NITE P-02837
なお、これらの菌株は、下記参考例で示すように、チエラビア・テリコラ(Thielavia terricola)またはチエラビア・ヒルカニアエ(Thielavia hyrcaniae)の近縁であると推定される。
【0014】
本発明の農薬組成物が含有するチエラビア属糸状菌は、従来公知の定法により培養することにより得ることができる。そのような培養方法としては、例えば、チエラビア属糸状菌が増殖可能な培地で培養し、遠心分離等の手段を用いて、菌体を回収する方法を挙げることができ、具体的には、フスマなどの資材培養、固形培地上での静置培養、液体培養等、往復振とう培養、ジャーファメンター培養、培養タンク培養等の液体培養、固体培養等の従来公知の定法により培養することにより得ることができる。本発明に使用されるチエラビア属糸状菌の培養のための培地は、糸状菌が効率的に増殖し得るものであれば特に限定されないが、15~45℃で生育量が最高に達するものが好ましく、25~42℃で培養した際に生育量が最高に達するものがより好ましい。なお、チエラビア属糸状菌の増殖時間は、菌体の増殖状態を確認しながら適宜調整されうる。本発明で使用するチエラビア属糸状菌を培養するための培地としては例えば、炭素源としてグルコースやスクロースを、窒素源として硝酸塩やアンモニウム塩を、無機塩として、ナトリウム塩、カリウム塩やマグネシウム塩を、それぞれ含有する合成または天然の培地、例えばフスマ培地が挙げられる。また、チエラビア属糸状菌は、40℃を超える温度条件下でも生育可能な特徴があることから、培養温度を、好ましくは15~45℃、より好ましくは25~42℃とすることが望ましい。培養する際のpHは、好ましくは4.0~8.0、より好ましくは5.0~7.0の範囲である。
【0015】
<対象植物への植物病害防除と植物生育増進>
本発明の農薬組成物によって防除される植物病害としては、植物病原糸状菌、具体的には土壌伝染性糸状菌に起因する病害が挙げられ、特にバーティシリウム(Verticillium)属菌及びフザリウム(Fusarium)属菌に起因する病害が挙げられる。さらに具体的には、例えばバーティシリウム属菌の各種対象植物への感染により引き起こされる萎凋病(イチゴ、ウド、ダイズなど)、半身萎凋病(ナス、ピーマン、トマト、オクラ、キュウリ、不羈、メロンなど)、バーティシリウム萎凋病(キャベツ、レタスなど)、バーティシリウム黒点病(ダイコンなど)、及び黄化病(ハクサイ)が挙げられる。また、例えばフザリウム属菌の各種対象植物への感染により引き起こされる半枯病(ナス)、つる割病(キュウリ、ユウガオ、ヘチマ、メロン、スイカ、サツマイモなど)、萎黄病(キャベツ、イチゴ、ダイコン、カブ、キャベツ、コマツナ、ウドなど)、根腐病(レタス、インゲンなど)、乾腐病(ラッキョウ、タマネギ、ニンニク、ニラ、サトイモ、ニンジンなど)、株枯病(ミツバなど)、萎凋病(ゴボウ、ネギ、トマト、ホウレンソウなど)、立枯病(アスパラガスなど)、腐敗病(ハスなど)、褐色腐敗病(メロン、ヤマイモ)、根腐萎凋病(トマト、ネギ)、苗立枯病(イネなど)等が挙げられる。
【0016】
土壌伝染性糸状菌による病害の中でも、バーティシリウム属菌及びフザリウム属菌による病害は、難防除病害として野菜栽培の上で致命的障害を与えうる。そして致命的障害を与えられうるアブラナ科野菜類、例えばカブ、チンゲンサイ、コマツナ、ハクサイ、キャベツ、ダイコンなどでは、例えばナス科及びウリ科野菜類に比べて収穫期間が短く、連作を行っている産地も多い。そのため土壌伝染性病害による被害は致命的である。しかしながら、本発明の農薬組成物を、対象植物を生育させる土壌(圃場)に適当な量含ませると、農薬組成物を適用しない場合の対象植物の発病株数を100%の基準にして、発病株数を60%以下、より好ましくは40%以下にすることが可能である。本発明の対象植物は、特に限定されないが、バーティシリウム属菌及びフザリウム属菌による病害で致命的障害を与えうるカブ、チンゲンサイ、コマツナ、ハクサイ、キャベツ、ダイコン等のアブラナ科野菜類に適用でき、特にバーティシリウム属糸状菌によるハクサイ黄化病の防除に高い効果を有する。チエラビア属糸状菌を有する土壌では、ハクサイ黄化病の発生割合が低いことから、チエラビア属糸状菌が、バーティシリウム属菌(糸状菌)の活動を阻害する効果があるものと推測される。
また、本発明の農薬組成物を、バーティシリウム属菌(糸状菌)を含む土壌に混合することにより、バーティシリウム属菌(糸状菌)による病害の防除効果のみならず、対象植物の生育を増進することができることが見出された。したがって、チエラビア属糸状菌を含有する農薬組成物は、前記農薬組成物を適用しない場合の対象植物の収量を100%の基準にして、質量換算で110%以上、好ましくは、120%以上、より好ましくは130%以上の収量の向上をもたらす。さらに、本発明の農薬組成物に使用するチエラビア属糸状菌による植物生育増進作用は、バーティシリウム属菌(糸状菌)を含まない土壌で育成した植物と比較しても認められたことから、植物病害を防除することで得られる副次的なものではなく、植物生育増進作用として独立して存在するものと推定される。このように、本発明におけるチエラビア属糸状菌は、予想外に、対象植物の植物病害防除作用と植物生育増進作用とを兼ね備える。
【0017】
<農薬組成物>
本発明の農薬組成物に含まれるチエラビア属糸状菌は生菌であり、好ましくは、農薬組成物の保存安定性の観点から胞子の形態あるいはフスマ等の有機質培地との混合物でありうる。このため、上記農薬組成物中のチエラビア属糸状菌の培養方法においては、培養の終期において微生物の生菌密度を一定以上に高めるために、培地の組成、培地のpH、培養温度、培養湿度、培養する際の酸素濃度などの培養条件を、その胞子の形成条件に適合させるように培養することが好ましい。特に、本発明の農薬組成物においては、製剤の保存安定性の観点から、水分含量を35質量%以下、より好ましくは10質量%以下とすることが好ましい。
本発明の農薬組成物に含まれるチエラビア属糸状菌の含有量は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、例えば農薬組成物の全量に対して1質量%以上50質量%以下とするのが好ましく、10質量%以上40質量%以下とするのが更に好ましい。また、農薬組成物におけるチエラビア属糸状菌の含有量は、コロニー形成単位に換算して、1x103cfu/g以上1x1010cfu/g以下、好ましくは1x106cfu/g以上1x109cfu/g以下であることが好ましい。
【0018】
本発明の農薬組成物は、上述のようなチエラビア属糸状菌の培養液または乾燥物としてそれ自体単独で本発明に使用され得るが、本発明の目的を損なわない範囲で、チエラビア属糸状菌は更なる他の任意成分と組み合わせて通常の農薬製剤と同様の形態(例えば粉剤、水和剤、乳剤、液剤、フロアブル剤、塗布剤等の形態)に製剤化されてもよい。組み合わせて使用される任意成分としては例えば固体担体、補助剤が挙げられる。固体担体としては例えばベントナイト、珪藻土、タルク類、パーライト、バーミキュライト、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)、ビール粕、サトウキビ絞り粕(バカス)、オカラ、フスマ、キチン、米糠、小麦粉等の有機物粉末が挙げられ、補助剤としては例えばゼラチン、アラビアガム、糖類、ジェランガム等の固着剤や増粘剤が挙げられる。これらの添加剤は、微生物農薬製剤の分野において、従来公知の添加量で微生物農薬製剤に添加すればよい。また、以上の添加剤は、単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、本発明の農薬組成物は、有効成分としてのチエラビア属糸状菌の他に、必要に応じて通常使用される他の有効成分、例えば殺虫剤、殺線虫剤、殺ダニ剤、除草剤、殺真菌剤、殺糸状菌剤、抗ウイルス剤、肥料、土壌改良剤(泥炭等)を含んでいてもよく、また、これらチエラビア属糸状菌以外の成分を混合施用するか、または、混合せずに交互施用もしくは同時施用することも可能である。
【0019】
<農薬組成物の適用方法>
本発明は、上記農薬組成物を土壌又は培地に適用する工程を含む、植物病害防除、及び/又は、植物生育増進方法にも関する。当該農薬組成物を、アブラナ科植物などの対象植物、特にハクサイを生育する土壌(圃場)又は培地へ適用するにあたっては、防除しようとする植物病害の種類、施用対象である植物の種類、チエラビア属糸状菌の剤形などの諸条件に応じて従来公知の手法を適宜選択して行われる。具体的には、地上部散布、施設内施用、土壌混和施用、土壌灌注施用、等の各処理により行われ得る。より具体的な施用方法としては、各種剤形の上記チエラビア属糸状菌を含む農薬組成物を植物の栽培土壌に灌注する処理、植物の栽培土壌に混和する処理が行われることで、農薬組成物を植物病害の原因となる植物病原糸状菌の表面と接触させればよい。
ここで、本発明の農薬組成物は、対象植物の植え付け前に土壌又は培地と混合されて、チエラビア属糸状菌が、バーティシリウム属菌及びフザリウム属菌などの病原菌の活動を抑制し、或いは死滅させた状態としておくことが好ましい。好ましくは、対象植物の植え付けの7~1日前、より好ましくは土壌(圃場)などに、農薬組成物を散布又は噴霧したのちに耕しておくことで、土中の病原菌にチエラビア属糸状菌が作用し、より効率的に植物病害を防除することができる。また、本農薬組成物を使用する場合に土壌中の含水率が15~60%で、地温が15~25℃であることが好ましい。
本発明におけるチエラビア属糸状菌の植物への施用量は、防除される植物病害の種類、植物病害の発生状況、農薬組成物の剤形などの諸条件に応じて適宜決定される。例えば、農薬組成物が液剤である場合、液剤中のチエラビア属糸状菌の生細胞濃度は約1×103~10cfu/mL、好ましくは約1×106~9cfu/mLであり、その液剤の施用量は好ましくは100~300L/10aである。また、農薬組成物が粉剤である場合であって、栽培土壌に混和する場合は、粉剤中のチエラビア属糸状菌の生細胞濃度は通常約1×103~10cfu/g、好ましくは約1×106~9cfu/gであり、その粉剤の施用量は好ましくは20~50kg/10a、より好ましくは30~40kg/10aである。
【0020】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
<参考例1:S69株の単離と帰属分類群の検討>
群馬県内にハクサイ黄化病が発生しにくい土壌があることを発見した。そこで、ハクサイ黄化病を対象に発病抑止性を示す当該土壤中のDNAに基づく微生物群集構造解析情報を基に、常法に従って、新規発病抑制微生物株を探索及び選抜した。
まず、ハクサイ黄化病が発生しにくい土壌から、市販キット(FastDNA SPIN Kit for Soil、Q-Biogene社)を用いてDNAを抽出した。次に、一般細菌叢の解析用プライマーとして、16S rRNA遺伝子を標的とするプライマーセット(配列番号1:CGCCCGGGGCGCGCCCCGGGCGGGGCGGGGGCACGGGGGGAACGCGAAGAACCTTAC及び配列番号2:CGGTGTGTACAAGGCCCGGGAACG)を用いて、PCR産物を得た。また、同様に、糸状菌の解析用プライマーとして、18S rRNA遺伝子を標的とするプライマーセット(配列番号3:GTAGTCATATGCTTGTCTC及び配列番号4:CGCCCGCCGCGCCCCGCGCCCGGCCCGCCGCCCCCGCCCCATTCCCCGTTACCCGTTG)を用いて、同様にPCR産物を得た。得られたPCR産物に対し、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE法)を行ない、微生物相をバーコード化して検出した(
図1参照)。そして、
図1に示される、当該土壌に特徴的に出現する糸状菌種のDGGEバンドを特定した。次に、当該土壌から、糸状菌用選択培地を用いて上記の特徴的なDGGEバンドと同じRf値に位置するバンドを持つ糸状菌を分離し、S69株とした。
次に、S69株のrRNA遺伝子ITS領域の塩基配列は、そのゲノムDNAを抽出後、ITS1およびITS4のプライマーセット(配列番号5:TCCGTAGGTGAACCTGCGC及び配列番号6:TCCTCCGCTTATTGATATGC)を用いたPCRにより得られたPCR産物に対しダイレクトシーケンシング法を用いて決定した。得られた塩基配列情報をもとに、Mega(Ver.6)を用いてマルチプルアラインメント解析を行ない、近隣結合法(NJ法)による系統解析を行った結果、および、S69株の培養性状から、S69株をチエラビア属菌と同定した(
図2および
図3参照)。
【0022】
<参考例2:I1株、J1株及びK1株の単離と帰属分類群の検討>
S69株が分離された圃場等の土壌より更なる類縁菌株の分離を試みた。上述した発病抑止性を示す土壤1gを20mlの10mMリン酸緩衝液(pH7.0)によく懸濁し、その懸濁液の段階希釈液をローズベンガル寒天平板上に塗抹後、25℃で1週間培養し、培養後に出現した糸状菌コロニーをランダムに分離後、一部は更に単菌糸分離を繰り返し、合計約200菌株の分離菌株を得た。これらの分離菌株の50ppmカナマイシン添加PDA平板上に出現する子のう殻、および子のう胞子の形態からThielavia属菌と近縁と考えられた9菌株を選抜し、これらの菌株のrRNA遺伝子ITS領域の塩基配列情報に基づく菌種の同定を行った。rRNA遺伝子ITS領域の塩基配列は、各供試菌のゲノムDNAを抽出後、ITS1およびITS4のプライマーセット(配列番号5:TCCGTAGGTGAACCTGCGC及び配列番号6:TCCTCCGCTTATTGATATGC)を用いたPCRにより得られたPCR産物に対しダイレクトシーケンシング法により決定した。得られた各菌株の塩基配列情報をもとに、Mega(Ver.6)を用いたマルチプルアラインメント解析の結果に基づき、近隣結合法(NJ法)による系統解析を行った。その結果、供試菌株のうち、3菌株、I1株、J1株およびK1株の配列が、S69株の配列と近縁であることが示された(
図5参照)。これらの3菌株の塩基配列に基づくBLASTを用いたGenBank/DDBJ/EMBLに対する相同性検索の結果、I1株、J1株、K1株はそれぞれ、Thielavia terricola、T.hyrcaniae、T.hyrcaniaeと近縁であることが示された(表1)。
【0023】
【0024】
<実施例1:チエラビア属菌株(S69株)とハクサイ黄化病菌(Verticillium longisporum KT1-1株)との対峙培養>
土壌から分離されたThielavia属菌S69株とハクサイ黄化病菌(KT1-1株)とをジャガイモ-スクロース-寒天(PDA)平板培地上で対峙培養を行い、KT1-1株の菌叢生育の抑制効果を評価した。まず、PDA平板上の片側に、KT1-1株の菌叢片を置床し25℃で8日間培養後、S69株の菌叢片をKT1-1株の菌叢片の置床部から5cmの距離をあけて置床し、25℃で12日間培養した。対照は、KT1-1株の菌叢だけ生育させたものとしたとした。培養後に各平板上のKT1-1株の菌叢半径を計測し、S69株を対峙させた場合の菌叢半径と対照の菌叢半径との比較により、各供試菌株の拮抗能を評価した。その結果、S69株と対峙した場合のKT1-1株の菌叢半径は、対峙しなかった場合と比べ、70.8%であった(
図4(a)参照)。
また、S69株の菌叢とKT1-1株の菌叢との対峙部分の両株の菌糸形態を観察した結果、KT1-1株の菌糸の多くで細胞の顆粒状化が観察され、細胞が死滅している可能性が示唆された(
図4(b)参照)。
【0025】
<実施例2:チエラビア属菌株(I1株、J1株、K1株)とハクサイ黄化病菌(Verticillium longisporum KT1-1株)との対峙培養>
S69株の他に土壌から分離されたThielavia属菌株(I1株、J1株、K1株)のKT1-1株の菌叢生育の抑制効果も同様に評価した。その結果、I1株、J1株、K1株と対峙した場合のKT1-1株の菌叢半径は、対峙しなかった場合と比べ、84.7~81.9%の生育であった。
【0026】
<実施例3:S69株の最適温度の検討>
上記で得られたS69株の生育特性を調べるために、培養温度別の菌糸生育程度を調べた。すなわち、PDA平板上に前培養されたS69株の菌叢片(約5mm角)を置床し、5、10、15、20、25、30、37、42、45、47℃の暗黒条件下でそれぞれ5日間培養した。培養後、各平板上で生育した菌叢の直径を3反復で計測し、計測値の平均値を各温度での生育程度を評価した。その結果、S69株の菌糸生育は15~45℃の範囲で認められ、37℃で最も旺盛に生育した(
図7参照)。このことから、S69株は45℃の温度でも生育が可能な好熱性の糸状菌であることが示唆された。
【0027】
<実施例4:ポット試験/ハクサイ黄化病の防除効果とハクサイ育成増進効果の検討>
上記で得られたS69株によるハクサイ黄化病の防除効果及びハクサイの育成増進効果を調べるために、以下の要領で試験を行った。
まず、S69株の培養フスマを作製した。5mmのふるいを通した砂土と市販フスマを4:1の割合で混合したフスマ土壌混合物300gを直径18cmガラスシャーレに入れ、121℃20分間オートクレーブ滅菌した。その滅菌フスマ土壌混合物に、50mlのS69株の培養菌体液(50mlのPD液体培地を入れた300ml容三角フラスコ中で25℃12日間静置後、遠心分離(6,000×g、5分間)により集菌された菌体を50mlの滅菌水で懸濁して調製)を添加し、25℃暗黒条件下で30日間静置培養した。培養後に、S69株が十分に増殖したフスマ土壌混合物を乳鉢でよく粉砕したものをS69株の培養フスマとした。
また、対照用として、S69株の培養菌体液の代わりに50mlの滅菌水を添加し、それ以外は上記培養フスマと同様に処理された未培養フスマを準備した。
【0028】
≪試験1≫
次に、得られた培養フスマ:市販園芸培土(製品名:ニッピ園芸培土1号)=1:9(質量比)となるように混和した混合土を直径4cmポットに充填し、そこにハクサイ苗(本葉4枚程度)を移植したものを5ポット準備した。6日後に黄化病菌(Verticillium longisporum)の微小菌核懸濁液(1.1×10の5乗個/ml)を10ml灌注した。
また、対照用サンプルとして、培養フスマの代わりに、未培養フスマを用いる以外は上記と同様に操作を行ったポットを4ポット準備した。
【0029】
≪試験2及び3≫
405gの市販園芸培土(製品名:ニッピ園芸培土1号)に黄化病菌(Verticillium longisporum)の微小菌核懸濁液を130個菌核/gとなるように混和した混合土を作製した。その1日後に45gの培養フスマを混和して作製した混合土を直径4cmポットに充填し、そこにハクサイ苗(本葉4枚程度)を移植したものを試験2では6ポット、試験3では12ポット準備した。
また、対照用サンプルとして、培養フスマの代わりに、未培養フスマを用いる以外は上記と同様に操作を行った。試験2の対照サンプルとして6ポット、試験3の対照サンプルとして12ポット準備した。
【0030】
≪試験4≫
砂土:市販園芸培土(製品名:ニッピ園芸培土1号)=4:1(質量比)で調合した土壌に黄化病菌(Verticillium longisporum)の微小菌核懸濁液を100個菌核/gとなるように混和した混合砂土を作製した。その1日後に培養フスマ:混合土=1:9(質量比)となるように培養フスマを混和した混合土を直径4cmポットに充填し、そこにハクサイ苗(本葉4枚程度)を移植したものを11ポット準備した。
また、対照用サンプルとして培養フスマの代わりに、未培養フスマを用いる以外は上記と同様に操作を行ったポットを10ポット準備した。
≪試験5≫
405gの市販園芸培土(製品名:ニッピ園芸培土1号)に黄化病菌(Verticillium longisporum)の微小菌核懸濁液を130個菌核/gとなるように混和した混合土を作製した。その1日後に45gの培養フスマを混和して作製した混合土を直径4cmポットに充填し、そこにハクサイ苗(本葉4枚程度)を移植したもの12ポット準備した。
また、対照用サンプルとして、培養フスマの代わりに、未培養フスマを用いる以外は上記と同様に操作を行ったポットを12ポット準備した。
≪試験6≫
砂土:市販園芸培土(製品名:ニッピ園芸培土1号)=4:1(質量比)で調合した土壌に黄化病菌(Verticillium longisporum)の微小菌核懸濁液を100個菌核/gとなるように混和した混合砂土を作製した。その1日後に培養フスマ:混合土=1:9(質量比)となるように培養フスマを混和した混合土を直径4cmポットに充填し、そこにハクサイ苗(本葉4枚程度)を移植したものを9ポット準備した。
また、対照用サンプルとして培養フスマの代わりに、未培養フスマを用いる以外は上記と同様に操作を行ったポットを6ポット準備した。
また、ブランクサンプルとして、黄化病菌の微小菌核を混和していない混合砂土に未培養フスマを混和して作製した混合土でハクサイ苗を生育したポットを準備した。これは、フスマの栄養成分が苗の生育に影響を与えている可能性を評価するために行った。すなわち、培養フスマの代わりに未培養フスマを用い、かつ、黄化病菌を混和しないこと以外は上記と同様に操作を行ったポットを1ポット準備した。
【0031】
≪評価結果≫
結果を
図8に示した。黄化病が発生しているか否かは、上記のポット苗を23℃に設定した温室またはグロスチャンバー(12時間明光-12時間暗黒条件下)で1か月育成後の苗における地際部の横断面の維管束褐変の有無を指標とした。また、生育が増進されているかどうかは、1か月後の苗の地上部生重を測定し、葉数で割った値を一枚あたりの生重として評価した。
図8(a)に示されるように、S69株培養フスマを混和したポットに移植したハクサイ苗は、黄化病の発病が抑制された。また、上記試験1~4のデータを統合してメタアナリシスを行った結果では、
図8(b)にように、本発明の農薬組成物を使用した場合に黄化病発生に関する相対危険度を0.6以下に低減できることが分かった。
また、
図8(c)は、S69株培養フスマを混和したポットに移植したハクサイ苗の生育増進効果を示す(ハクサイ1葉あたりの質量の平均値を示す。バーは標準誤差を示す)。試験6における破線のデータは、黄化病菌を含まず、チエラビア属糸状菌のみを含むポットでハクサイを生育した結果である。試験6の結果から、チエラビア属糸状菌は、黄化病菌の有無とは独立して、ハクサイの生育を増進させる作用があることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、農薬メーカ一等の土壌病害防除に関係する分野に利用されることが想定される。土壌病害に対して開発されている微生物農薬の種類は少ない一方で、栽培現場では土壌病害対策のための新たな技術開発に対するニーズは高いことから、本発明に基づき開発される新たな微生物農薬等の利用可能性は高い。
【配列表】