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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】中性pH水電解方法及びそのシステム
(51)【国際特許分類】
   C25B 1/04 20210101AFI20240409BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20240409BHJP
   C25B 15/027 20210101ALI20240409BHJP
   C25B 15/029 20210101ALI20240409BHJP
   C25B 15/031 20210101ALI20240409BHJP
【FI】
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B15/027
C25B15/029
C25B15/031
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020012202
(22)【出願日】2020-01-29
(65)【公開番号】P2021116468
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-12-27
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【弁理士】
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100185959
【弁理士】
【氏名又は名称】今藤 敏和
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】高鍋 和広
(72)【発明者】
【氏名】品川 竜也
(72)【発明者】
【氏名】内藤 剛大
(72)【発明者】
【氏名】西本 武史
【審査官】今井 拓也
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-538360(JP,A)
【文献】特開2006-176879(JP,A)
【文献】特開2011-179109(JP,A)
【文献】特開昭54-022317(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/04
C25B 9/00
C25B 15/027
C25B 15/029
C25B 15/031
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
pHが4~10の緩衝液中において、60℃~120℃の範囲の温度で水を電気分解する方法であって、
前記緩衝液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む電解質溶液から構成され、前記電解質溶液の濃度が3M以上である、該方法。
【請求項2】
80℃~100℃の範囲の温度で水を電気分解する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記電解質溶液の濃度が4M以上である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記カチオン種が、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム又はルビジウムのカチオンである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
pHが4~10の緩衝液中において、60℃~120℃の範囲の温度で水を電気分解するシステムであって、
前記緩衝液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む電解質溶液から構成され、前記電解質溶液の濃度が3M以上である、該システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水電解を高効率に中性pH領域で作動させる方法、システム及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
再生可能エネルギーにより持続可能な社会を実現することができるが、再生可能エネルギーには日常的、季節的、気象的変動が内在するため、これを大規模に利用することが妨げられている。この観点から、再生可能な発電電力を化学エネルギーへ転換することは、この問題に対する1つの解決策とみなされる。
水素は、ガソリン(44MJkg-1)よりも120MJkg-1高いエネルギー密度を有しており、水の電気分解を介して生成され得るエネルギー担体として大きな注目を集めている(非特許文献1)。
【0003】
確立された工業的な水電解による水素製造は、80℃程度の温度域にて、非常に強い塩基性及び酸性のpHレベルで作動する。そうしたpH条件に起因して、装置を構成する材料には高腐食耐性が要求され、また操業時の安全上の懸念も大きいという問題があった。
【0004】
再生可能エネルギーによって駆動されるプロセスは、特に現場での適用では中性に近いpHのものとより適合性があると考えられ、プロセスの構成要素について材料の選択の幅を広げる費用対効果の高い反応媒体であり、また潜在的に安全なものであると考えられる(非特許文献2)。
しかしながら、このような温和な条件下での水分解効率は、極端なpH条件で行う従来の方法に比べて著しく低く、さらなる研究が必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Satyapal, S., Petrovic, J., Read, C., Thomas, G., and Ordaz, G., Catal. Today, 120, 246 (2007).
【文献】Nocera, D. G., Inorg. Chem. 48, 21, (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、中性pHにおいて水電解を高効率に作動させることができる水の電気分解方法、及び水電解システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは。鋭意検討した結果、中性付近のpHを有する高濃度緩衝液中で、水の沸点近傍またはそれ以上の温度にて水電解を高効率に操業することができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
即ち、本発明は、
[1]中性付近のpHを有する緩衝液中において、60℃~120℃の範囲の温度で水を電気分解する方法であって、
前記緩衝液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む電解質溶液から構成され、前記電解質溶液の濃度が3M以上である、該方法。
[2]80℃~100℃の範囲の温度で水を電気分解する、[1]に記載の方法。
[3]前記電解質溶液の濃度が4M以上である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記カチオン種が、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム又はルビジウムのカチオンである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
[5]中性付近のpHを有する緩衝液中において、60℃~120℃の範囲の温度で水を電気分解するシステムであって、
前記緩衝液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む電解質溶液から構成され、前記電解質溶液の濃度が3M以上である、該システム。
[6]水の電気分解装置であって、
電解槽、電源、陽極、及び陰極を備え、
ここで、前記電解槽に電解質水溶液が貯留されており、
前記陽極および前記陰極は、前記電源に電気的に接続されており、
前記陽極および前記陰極は、前記電解質水溶液に接しており、
前記電解質水溶液は、中性付近のpHを有し、
前記電解質水溶液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含み、前記電解質水溶液の濃度が3M以上である、該装置。
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、中性pHにおいて水電解を高効率に作動させることができる水の電気分解方法、及び水電解システムを提供することができる。
【0010】
このように、本発明は、中性pHにおいて高効率で水を電気分解するものであり、従来の強酸性・強塩基性の条件下で操業される方法に比べて以下のような効果を有する。
(1)材料に要求される耐腐食性が緩和され、安価な材料が利用可能となるためキャピタルコストを低減することができる。
(2)材料に要求される耐腐食性が緩和されるため、電極材料及び装置構成素材の高寿命化が期待される。
(3)中性pHで操業するため、人体への安全上の懸念が緩和され、水電解装置の設置先の候補が拡大する(例えば、住宅など)。
これらは、水電解装置を安価に完全に適用できる条件を実現し、分散型の水電解装置の拡充を可能とし得る。より具体的には、種々の再生可能エネルギー駆動発電装置と隣接して当該水電解装置を設置し、太陽電力や電力などで発電された余剰電力をその場で水分解に使用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の水電解装置の非限定的な概略図を示す。
図2】Pt及びIrOのモデル電極を用いた定電流密度で触媒試験を行った結果(電圧プロファイル)を示す。
図3】種々の電解質中で水電解を行った結果を示す。
図4】種々の電解質中で水電解を行った結果を示す。
図5】起動-シャットダウンのサイクルテストを行った結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.水の電気分解の方法
本発明の1つの実施態様は、中性付近のpHを有する緩衝液中において、60℃~120℃の範囲の温度で水を電気分解する方法であって、
前記緩衝液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む電解質溶液から構成され、前記電解質溶液の濃度が3M以上である、該方法である。
即ち、本発明の水を電気分解する方法(以下「本発明の水電解方法」とも言う。)においては、上記緩衝液を、3M~飽和濃度といった高い濃度で電解質として用いることで、水の沸点が大きく上昇し、従来の操業温度である80℃程度を大きく超える温度域での開放系水電解の操業が可能となった。
【0013】
本発明で用いる緩衝液(以下「本発明の緩衝液」とも言う。)は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む電解質溶液から構成される。
【0014】
電解質溶液は、カチオン種として、アルカリ金属のカチオン、即ち、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、セシウム(Ce)及びルビジウム(Rb)のカチオン、及び、アルカリ土類金属のカチオン、即ち、ベリリウム(Be)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)及びバリウム(Ba)のカチオンからなる群から選択される少なくとも1つを含む。これらカチオン種としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム及びルビジウムのカチオン(即ち、Li、Na、K、Cs及びRb)が好ましい。これらの中でも、ナトリウム、カリウムのカチオンは、特にリン酸塩との緩衝液において、温度の上昇に伴い飽和溶解度が大きく上昇することから、更に好ましい。
【0015】
また、電解質溶液は、アニオン種として、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つを含む。具体的には、リン酸のアニオン(HPO 、HPO 2-、PO 3-)、ホウ酸のアニオン(B(OH)4-、B 2-)及び炭酸のアニオン(HCO 、CO 2-)からなる群から選択される少なくとも1つが含まれる。
【0016】
電解質溶液は、上記のカチオン種及びアニオン種で構成される塩を1種類含んでもよく、2種類以上を含んでいてもよい。
【0017】
電解質溶液としては、例えば、KHPO、KHPO、LiHPO、LiHPO、NaHPO、NaHPO、Na、K、LiHCO、NaHCO、KHCO、およびCsHCOの中性緩衝溶液が好ましく用いられる。
【0018】
本発明の緩衝液は、上記のカチオン種及びアニオン種で構成される塩以外に、本発明の方法に不利な影響を与えない他の成分、例えば、硫酸塩、塩酸塩、過塩素酸塩を含んでもよい。
【0019】
本発明の緩衝液は、中性付近のpHを有し、好ましくはpHが4~10、より好ましくはpHが5~9である。
【0020】
電解質溶液の濃度は、3M以上であり、好ましくは4M以上である。
本発明においては、本発明の緩衝液を3M以上という高い濃度で電解質として用いることで、水の沸点が大きく上昇し、従来の操業温度である80℃程度を大きく超える温度域での開放系水電解の操業が可能となる。
【0021】
本発明の水電解方法は、60℃~120℃の範囲の温度、好ましくは60~110℃、更に好ましくは80~100℃の範囲の温度で行う。本発明の水電解方法は、高圧条件下でも行うことが可能であり、これにより120℃程度の温度でも操業が可能となる。
【0022】
このように、本発明の水電解方法においては、操業温度を水の沸点近傍またはそれ以上とすることができるが、これにより以下の効果を発現することができる。
(1)中性pH条件における反応速度の大幅な向上が達成できる。従来、中性pHにおける水分解活性は、強酸性または共塩基性のpHでの活性と常温付近の温度域にて比較されてきた。しかしながら、常温では、反応速度は中性pHにおいて小さい。これは、「活性化エネルギーが大きい」と表現されるが、それは「反応速度の温度依存性が大きい」ことを意味する。即ち、反応温度の上昇に伴う反応速度上昇幅が、中性pHにおいては強酸性、強塩基性と比較して大きいことが示唆される。そこで、従来以上の温度環境を実現できる条件(中性pH高濃度緩衝溶液)にて操業することで、大幅な反応速度の向上が達成できる。
(2)イオン種や分子量の移動速度が大きく向上する。即ち、これらの物質移動に伴うエネルギー損失が低減される。
この結果として、こうした中性pH濃度の緩衝溶液を用いて、水の沸点付近又はそれを上回る温度で水電解を操業した場合に、従来の中性pH条件での試行に比べて、効率向上が実現されるのみならず、強酸性、強塩基性pHでの操業に匹敵する効率が実現される。更に、操業条件が中性pHであるため、キャピタルコストの低減や長寿命化が期待される。
【0023】
更に、本発明の水電解方法においては、操業温度を水の沸点近傍またはそれ以上とすることにより、電解質の溶液の粘度が低減し、操業の効率を高めることができる。また、操業温度を上昇させることで、溶液の導電率が向上し、反応性が向上する。
【0024】
本発明の水電解方法で用いる電極材料(電極触媒)としては、従来の水電解方法で用いられている電極材料を使用することができる。
電極触媒は、例えば、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、マンガン(Mn)、銅(Cu)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、および/またはタングステン(W)などの1つ以上の豊富な元素を含むことができるが、これらに限定されない。
また、本発明のいくつかの実施形態において、電極触媒は、貴金属(例えば、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)、および金(Au))、アルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)、カドミウム(Cd)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、スズ(Sn)、およびビスマス(Bi)および/またはその他遷移金属などの1つ以上の金属を含むことができる。
また、本発明の一部の実施形態では、電極触媒は、金属酸化物、金属炭化物、金属窒化物、金属硫化物および/または金属リン化物を形成し得るホウ素(B)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、ホスフィン(P)、硫黄(S)などの1つ以上の非金属を含むことができる。
【0025】
本発明の水電解方法においては、陰極として、従来公知の陰極が用いられる。陰極の材質としては、例えば、Pt、Rh、Ir等の白金族、Ni、Fe等、及びこれらの合金等が挙げられる。陰極の形態としては、平板、メッシュ、スパッタリング等で形成された膜等が挙げられる。
【0026】
本発明の水電解方法においては、陽極として、従来公知の陽極が用いられる。陽極の材質としては、Ni、Ru、Ir、Ti、Sn、Mo、Ta、Nb、V、Fe、Mn及びこれらの合金並びにこれらの酸化物が挙げられる。陽極の形態としては、平板、メッシュ、スパッタリング等で形成された膜等が挙げられる。
【0027】
2.水電解システム
水を電気分解する手法は一般に、アルカリ水電解方式と固体高分子形水電解、高温水電解に大別される。本発明の水電解方法は、従来のアルカリ水電解方式に好適に適用することができる。
【0028】
即ち、本発明のもう1つの実施態様は、中性付近のpHを有する緩衝液中において、60℃~120℃の範囲の温度で水を電気分解するシステムであって、
前記緩衝液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む電解質溶液から構成され、前記電解質溶液の濃度が3M以上である、該システムである。
緩衝液、操業温度等の詳細については、本発明の水電解方法で記載したのと同様である。
【0029】
3.水の電気分解装置
本発明のもう1つの実施態様は、水の電気分解装置であって、電解槽、電源、陽極、及び陰極を備え、
ここで、前記電解槽に電解質水溶液が貯留されており、
前記陽極および前記陰極は、前記電源に電気的に接続されており、
前記陽極および前記陰極は、前記電解質水溶液に接しており、
前記電解質水溶液は、中性付近のpHを有し、
前記電解質水溶液は、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含み、前記電解質水溶液の濃度が3M以上である、該装置である。
以下、本発明の水の電気分解装置を「本発明の水電解装置」とも言う。
【0030】
本発明の水電解装置においては、電解槽はさらに隔膜を有していてもよい。電解槽に隔膜を設けて、電解槽の内部を、陽極を有する第1室および陰極を有する第2室に分割すると、生成される水素ガスと酸素ガスが混合することを防ぐことができる。隔膜を設ける場合は、素焼き板のような多孔性セラミックス板、ポリプロピレンフィルムのような多孔性高分子膜、またはナフィオン(登録商標)のようなイオン交換膜を用いることができる。
【0031】
一方、本発明で用いる濃厚緩衝水溶液中では、生成されるガスが電解質溶液に溶ける量はかなり小さいため、隔膜を用いない形態で操業ができる可能性がある。従って、本発明の水電解装置においては、電解槽が隔膜を有さなくもよい。この場合には、装置の簡略化に伴うキャピタルコスト低減という利点がある。
即ち、本発明の水電解装置の1つの側面は、電解槽が隔膜を有していない水電解装置である。
【0032】
電解槽の内部には、電解質水溶液が貯留されている。
【0033】
電解質溶液は、カチオン種として、アルカリ金属のカチオン、即ち、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、セシウム(Ce)及びルビジウム(Rb)のカチオン、及び、アルカリ土類金属のカチオン、即ち、ベリリウム(Be)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)及びバリウム(Ba)のカチオンからなる群から選択される少なくとも1つを含む。これらカチオン種としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム及びルビジウムのカチオン(即ち、Li、Na、K、Cs及びRb)が好ましい。これらの中でも、ナトリウム、カリウムのカチオンは、特にリン酸塩との緩衝液において、温度の上昇に伴い飽和溶解度が大きく上昇することから、更に好ましい。
【0034】
また、電解質溶液は、アニオン種として、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つを含む。具体的には、リン酸のアニオン(HPO 、HPO 2-、PO 3-)、ホウ酸のアニオン(B(OH)4-、B 2-)及び炭酸のアニオン(HCO 、CO 2-)からなる群から選択される少なくとも1つが含まれる。
【0035】
電解質溶液は、上記のカチオン種及びアニオン種で構成される塩を1種類含んでもよく、2種類以上を含んでいてもよい。
【0036】
電解質溶液としては、例えば、KHPO、KHPO、LiHPO、LiHPO、NaHPO、NaHPO、Na、K、LiHCO、NaHCO、KHCO、およびCsHCOの中性緩衝溶液が好ましく用いられる。
【0037】
本発明の緩衝液は、上記のカチオン種及びアニオン種で構成される塩以外に、本発明の方法に不利な影響を与えない他の成分、例えば、硫酸塩、塩酸塩、過塩素酸塩を含んでもよい。
【0038】
本発明の緩衝液は、中性付近のpHを有し、好ましくはpHが4~10、より好ましくはpHが5~9である。
【0039】
電解質溶液の濃度は、3M以上であり、好ましくは4M以上である。
【0040】
陽極及び陰極は、電解質水溶液に接するように、電解槽の内部に配置される。陽極及び陰極は、後述する電源に電気的に接続されている。陽極上では、酸素が発生する。陰極上では、水素が発生する。
【0041】
本発明の水電解装置においては、陰極として、従来公知の陰極が用いられる。陰極の材質としては、例えば、Pt、Rh、Ir等の白金族、Ni、Fe等、及びこれらの合金等が挙げられる。陰極の形態としては、平板、メッシュ、スパッタリング等で形成された膜等が挙げられる。
【0042】
本発明の水電解装置においては、陽極として、従来公知の陽極が用いられる。陽極の材質としては、Ni、Ru、Ir、Ti、Sn、Mo、Ta、Nb、V、Fe、Mn及びこれらの合金並びにこれらの酸化物が挙げられる。陽極の形態としては、平板、メッシュ、スパッタリング等で形成された膜等が挙げられる。
【0043】
陽極及び陰極は、導電性基板の上に、上記の金属、これらの合金、これらの酸化物を担持して形成することができる。導電性基板は、板、ロッド、またはメッシュ状のような種々の形状を有し得る。導電性基板の材料の例は、従来公知の材料、例えば、チタン、アルミニウム、クロムまたはその合金、カーボンを用いることができる。
【0044】
陽極は、電解質水溶液に接する。また、陰極は電解質水溶液に接する。
【0045】
電源は、陽極及び陰極間に、所定の電位差を印加するために用いられる。電源を用いて陽極及び陰極の間に所定の電位差が印加され、電解質水溶液に含有される水を電気分解する。1.2ボルト以上4.0ボルト以下の電位差が印加されることが望ましい。電源の例は、ポテンシオスタットまたは電池である。
【0046】
また、電源としては、太陽電池であってもよい。電源が太陽電池である場合は、太陽電池は、例えば、3組のシリコン電池を含むことができる。
【0047】
本発明の水電解装置を用いて操業する場合は、60℃~120℃の範囲の温度、好ましくは60~110℃、更に好ましくは80~100℃の範囲の温度で行うことができる。
【0048】
本発明の水電解装置を用いて、高圧条件下で水電解の操業することもできる。この場合には、120℃程度の温度でも操業が可能となる。
高圧条件下で操業する場合は、高圧に適した従来公知の材料を用いることができる。
【0049】
本発明の水電解装置の非限定的な概略図を図1に示す。
図中、11は電解槽を、12は陽極を、13は陰極を、14は電源を、15は電解質水溶液を、16は隔膜を示す。
【実施例
【0050】
以下本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
[実験方法]
本発明における電気化学測定は2電極方式にて実施した。陽極材料としてはイリジウム担持チタンメッシュを用い、陰極には白金電極を使用した。イリジウム担持チタンメッシュは、チタンメッシュ上にイリジウムを電気化学的に析出させることで調製した。具体的には、400μM NaIrCl、2mM H、5mM NaCO・HOから構成される水溶液中に、チタンメッシュを作用極として用いて140mAcm-2の電流密度を63,000秒印加することで作製した(M.A. Petit, V. Plichon, J. Electroanal. Chem. 1998, 444, 247-252.)。陰極材料である白金も同様に電解析出にて準備した。白金メッシュを作用極に用い、10mM HPtClと23mM HClOで構成される水溶液中で、参照電極として用いる飽和カロメル電極に対して-0.1Vの電位を15分間印加した(I. Lee, K.-Y. Chan, D.L. Phillips, Appl. Surf. Sci. 1998, 136, 321-330.)。
電気化学的測定は種々の電解質水溶液を用いて行ったが、それらは以下の試薬等を用いて調整した:HClO、HSO、HPO、HBO、LiCO、NaCO、KCO、CsCO、LiOH、NaOH、KOH、及び/又はCsOH。電解質水溶液の濃度は0.1~7M程度の範囲で変化させ、また反応温度は25 -120℃の範囲とした。
また、以下の試薬で全てSigma-Aldrichから購入した。KOH(99.99%)、HPO(99.99%)、HClO(ACS試薬)
KOHとHPOを混合してpH 7.0のK-リン酸塩を調製した。
【0052】
[実施例1]
陰極及び陽極反応のため、夫々、Pt及びIrOのモデル電極を用いて定電流密度で25℃において触媒試験を行った。得られた電圧プロファイルを図2に示す。電極の幾何学的表面積は1.0cmで、電極間の距離は1cmに保った。
0.1MHClO及びKOHの酸性及びアルカリ性溶液中で必要とされるiRフリー電圧は、10mAcm-2でそれぞれ約1.47及び1.50Vであったが、pH7の飽和K-リン酸塩溶液中で同じ電流密度を達成するためには1.57Vの電圧が必要であった。
【0053】
[実施例2]
種々の電解質中で水電解を行った結果を図3に示す。図3は、IrO/Tiメッシュ及びPt/Ptメッシュをそれぞれ陽極及び陰極として用いて、10mAcm-2の定電流密度での2電極構成における電圧プロファイルの結果を表示する。測定はpH7の飽和K-リン酸塩水溶液、0.1M KOH及び0.1M HClOを電解質として用い、80℃の反応温度にて実施した。電極の幾何学的表面積は1.0cmで、電極間の距離は1cmに保った。なお、以降の図3、4、5において表示電圧はiRフリーではなく、印加全電圧を表示している。
10mAcm-2の電流密度に到達するため、80℃の酸性及びアルカリ性pH溶液において反応開始直後は約1.58Vおよび1.50Vが必要であり、時間の経過に伴ってその必要電圧は大きくなっていった。これに対して、80℃の飽和K-リン酸塩溶液で必要であった電圧は、反応開始直後は1.47V程度であった。80℃の飽和K-リン酸塩溶液においても時間経過とともに必要電圧は大きくなったが、その増大度合いは0.1M KOH及び0.1M HClOに比べて緩やかであった。結果として、本測定においては測定開始6時間後において、0.1M KOH及び0.1M HClOではそれぞれ1.70Vを超える電圧印加が必要であったのに対し、飽和K-リン酸塩溶液では1.55V程度のみで10mAcm-2が維持された。
【0054】
[実施例3]
種々の電解質中で水電解を行った結果を図4に示す。図4は、IrO/Tiメッシュ及びPt/Ptメッシュをそれぞれ陽極及び陰極として用いて、10mAcm-2の定電流密度での2電極構成における電圧プロファイルの結果を表示する。測定はpH7の飽和K-リン酸塩水溶液、7MHClOを電解質として用い、80および100℃の反応温度にて実施した。電極の幾何学的表面積は1.0cmで、電極間の距離は1cmに保った。
7M HClOを用いた場合、10mAcm-2の電流密度に到達するために必要となる電圧は、反応初期では1.27V程度であったが、時間と共に増大し、6時間後には1.5V程度となった。一方でpH7の飽和K-リン酸塩水溶液を用いた場合に必要であった電圧は、測定開始直後は1.48Vであり、時間と共にそれは増加するもののその程度は7MHClOに比べて緩やかであり、6時間経過時点で約1.55Vであった。
なお飽和K-リン酸塩水溶液を用いた場合に、高密度溶液の沸点上昇のため100℃の反応温度に到達することが可能であった。その反応温度において10mAcm-2の電流密度を得るために必要であった電圧は、測定開始直後は1.44Vであり、時間と共にそれは増加するもののその程度は緩やかで、6時間経過時点で約1.5Vであった。
【0055】
[実施例4]
起動-シャットダウンのサイクルテスト
起動-シャットダウンのサイクルテストを行った結果を図5に示す。図5は、10mAcm-2の定電流密度と開回路条件(それぞれ「10mA」と「off」として表示)での2電極構成における電圧プロファイルを示す。ここで、IrO/TiメッシュとPt/Ptメッシュをそれぞれ陽極と陰極として用いた。80℃でpH7の飽和K-リン酸塩水溶液及び7.0MのHClOを電解質として用いた。電極の幾何学的表面積は1cmであり、電極間の距離は1cmに保った。
図5中の時間「0」は、10mAcm-2でクロノアンペロメトリー試験を行った後、初めて電流印加をオフにしたタイミング(7M HClO中では6時間、K-リン酸飽和溶液中では12時間)に設定した。
電流印加を止めて1時間経過したのち再度10mAcm-2を印加した際に、7MHClO中では必要となる電圧は1.5V付近であったが、それは時間の経過とともに大きく上昇し、約1.61Vに到達した。再度電流を止め再び10mAcm-2を通じると、初期は1.6V程度の電圧が必要であったものが時間の経過とともに再度大きく上昇し、1.67V程度まで増加した。これに対して飽和K-リン酸飽和溶液中では電流印加の開始・停止サイクルによらず電位は一定であり、およそ1.56Vであった。
図1
図2
図3
図4
図5