(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-11
(45)【発行日】2024-04-19
(54)【発明の名称】肌焼鋼の球状化焼なまし方法
(51)【国際特許分類】
C21D 6/00 20060101AFI20240412BHJP
C21D 1/32 20060101ALI20240412BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20240412BHJP
C22C 38/18 20060101ALN20240412BHJP
C22C 38/54 20060101ALN20240412BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20240412BHJP
【FI】
C21D6/00 P
C21D1/32
C22C38/00 301N
C22C38/18
C22C38/54
C21D8/06 A
(21)【出願番号】P 2019178293
(22)【出願日】2019-09-30
【審査請求日】2022-07-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】松尾 健太
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和弥
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-271909(JP,A)
【文献】特開2010-024530(JP,A)
【文献】特開平11-343543(JP,A)
【文献】特開2012-072427(JP,A)
【文献】特開2014-185389(JP,A)
【文献】特開2012-126953(JP,A)
【文献】特開2016-098384(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 6/00- 6/04
C21D 1/02- 1/84
C22C 35/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15~0.26%、Si:0.05~1.0%、Mn:0.1~0.9%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.30~2.50%、Al:0.020~0.050%、N:0.0040~0.0300%、残部Fe及び不可避的不純物からなる、A
1点温度が750℃以上の鋼からなる鋼材を、
球状化焼なましの保持温度T(℃):(A
1点-30)≦T≦(A
1点-5)、
球状化焼なましの保持時間t(h):t≧120/(T-A
1+50)
の条件を満たすように焼なまし、徐冷を経ずに
空冷以上の速度で冷却する鋼材の球状化焼なまし方法。
【請求項2】
請求項1に記載の成分に加えて、
質量%でNi:0.02~2.00%、Mo:0.05~2.00%のうち少なくともいずれか1種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなる、A
1点温度が750℃以上の鋼からなる鋼材を、
球状化焼なましの保持温度T(℃):(A
1点-30)≦T≦(A
1点-5)、
球状化焼なましの保持時間t(h):t≧120/(T-A
1+50)
の条件を満たすように焼なまし、徐冷を経ずに
空冷以上の速度で冷却する鋼材の球状化焼なまし方法。
【請求項3】
請求項1また請求項2に記載の成分に加えて、
質量%で、Nb:0.02~0.10%、Ti:0.020~0.200%、B:0.0010~0.0050%、V:0.010~0.500%のうち少なくともいずれか1種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなる、A
1点温度が750℃以上の鋼からなる鋼材を、
球状化焼なましの保持温度T(℃):(A
1点-30)≦T≦(A
1点-5)、
球状化焼なましの保持時間t(h):t≧120/(T-A
1+50)
の条件を満たすように焼なまし、徐冷を経ずに
空冷以上の速度で冷却する鋼材の球状化焼なまし方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肌焼鋼の球状化焼なまし方法に関する。
【背景技術】
【0002】
球状化焼なまし方法としては、たとえば、軸受鋼については、通常よりも軟質化を必要とする場合における球状化焼鈍を効率的に行う方法として、加熱、変態前冷却、管理冷却および変態後冷却の各工程からなる球状化焼鈍を施すに際し、前記高温保持工程における高温保持時間と、前記管理冷却工程における管理冷却時間との比率を制御することを特徴とする軸受鋼の熱処理方法が開示されている(特許文献1参照。)。
【0003】
また、C:0.15~1.10%を含有する機械構造用の鋼材における球状化焼なましとしては、(1)加熱途中の(オーステナイトが出現する温度-50℃)~(オーステナイトが出現する温度-5℃)の温度範囲を0.01℃/s以下の速度で加熱し、(2)最高加熱温度である(オーステナイト単相になる温度-30℃)~(オーステナイト単相になる温度-5℃)の温度範囲まで加熱した後、直ちに冷却に転じ、(3)冷却途中の、(フェライトが出現する温度+10℃)~(フェライトが出現する温度-40℃)の温度範囲を0.005℃/s以下の速度で冷却した後、空冷することを特徴とする鋼材の短時間球状化焼なまし方法が開示されている(特許文献2参照。)。昇温速度を制御することで、高温保持時間を短縮しようとするものである。
【0004】
C:0.3%以下の肌焼鋼について、球状化焼なまし前組織が(フェライト+パーライト)の面積率75%以上であり、且つフェライトの平均粒径が40μm以下、およびパーライトの平均粒径が30μm以下に制御する冷間鍛造用肌焼鋼が開示されている(特許文献3参照。)。球状化焼なまし前組織を制御することで、球状化焼なまし後の炭化物分布を均一とし、冷間鍛造性を確保しようとするものである。
【0005】
もっとも、これらの特許文献では、球状化焼なましの保持温度がオーステナイト+フェライトの2相域に達するため、その後の冷却過程で、長時間の徐冷を実施しなければならないものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-242917号公報
【文献】特開2001-131631号公報
【文献】特開平11-12684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、低炭素鋼である肌焼鋼においては、部品成型時、歩留りや加工効率の観点から冷間鍛造が選択されることがある。そして、冷間鍛造に際しては、変形抵抗低減のために、一般的に、合計20時間程度を要する球状化焼なましが実施されている。
【0008】
すなわち、従前の肌焼鋼の球状化焼なましでは次の工程をとる。
(1)A1点以上へ昇温し、前組織のパーライトもしくはベイナイトをオーステナイト変態させる。
(2)A1点以上で保持し、フェライト+オーステナイトの2相組織とする。このとき、オーステナイト粒内に炭化物核を残存させる。
(3)その後、A1点直上からA1点直下へと徐冷することにより、オーステナイト粒内の炭化物核、ならびにオーステナイト/フェライト粒界を析出サイトとして球状炭化物を析出させる工程である。
【0009】
このとき、A1点を跨ぐ徐冷速度が大きいと、硬質なパーライトの生成を抑制できない。これを防ぐため、徐冷速度は10℃/h程度で制御されるために長時間を有し、トータル時間の長時間化の原因となっている。
【0010】
また、肌焼鋼の球状化焼なまし組織は、(2)のフェライト+オーステナイトの2相域で保持する工程に起因して、その2相域のフェライト粒内では球状炭化物が析出できない。これにより、徐冷後の球状炭化物分布の不均一が不可避に生じる。このような炭化物分布の不均一は、冷間鍛造時の割れや、その後の浸炭工程における結晶粒粗大化の一因となるため、炭化物分布を均一とすることが望ましい。
【0011】
これらの課題に対して、前述の特許文献1では、軸受鋼に対する球状化焼なまし条件について、高温保持時間と、管理冷却時間の時間分配を工夫することで、トータル処理時間を短縮しようとしている。また、特許文献2では、昇温速度を制御することで、高温保持時間を短縮化しようとしている。さらに、特許文献3では、前組織を制御することで、球状化焼なまし後の炭化物分布を均一にしようとしている。しかしながら、これらの文献の方法では、球状化焼なまし処理時間の大部分を占める徐冷工程を省略できないこと、さらに炭化物分布の不均一を完全には解決できない問題があった。
【0012】
そこで、本願の発明が解決しようとする課題は、徐冷工程省略による球状化焼なまし時間の短縮が可能であり、かつ炭化物が均一分散した組織が得られる球状化焼なまし方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願の発明者らは、鋭意検討の結果、供試材成分を調整することで、徐冷工程を省略することによって球状化焼なまし時間を短縮することが可能であって、かつ炭化物が均一分散した組織が得られることを特徴とする肌焼き鋼の球状化焼なまし方法を考案した。
【0014】
すなわち時間を短縮しつつ炭化物を均一分散させた球状化焼なましを実現させるべく、供試材成分を調整することにより、(a)A1点温度を通常の肌焼鋼より高くし、(b)球状化焼なまし前組織のフェライト中にナノオーダーの微細析出物(Al窒化物、Nb炭窒化物、Fe炭化物、Cr炭化物など)を分散させた。
【0015】
なお、A1点の温度は、[式1]のように算出して求めることができる。
[式1]:A1=723℃-14Mn[%]+22Si[%]-14.4Ni[%]+23.3Cr[%]
【0016】
そこで、本願の課題を解決するための第1の手段は、質量%で、C:0.15~0.26%、Si:0.05~1.0%、Mn:0.1~0.9%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.30~2.50%、Al:0.020~0.050%、N:0.0040~0.0300%、残部Fe及び不可避的不純物からなる、A1点温度が750℃以上の鋼からなる鋼材を、
球状化焼なましの保持温度T(℃):(A1点-30)≦T≦(A1点-5)、
球状化焼なましの保持時間t(h):t≧120/(T-A1+50)
の条件を満たすように焼なましする鋼材の球状化焼なまし方法である。
【0017】
その第2の手段は、第1の手段に記載の成分に加えて、
Ni:0.02~2.00%、Mo:0.05~2.00%のうち少なくともいずれか1種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなる、A1点温度が750℃以上の鋼からなる鋼材を、
球状化焼なましの保持温度T(℃):(A1点-30)≦T≦(A1点-5)、
球状化焼なましの保持時間t(h):t≧120/(T-A1+50)
の条件を満たすように焼なましする鋼材の球状化焼なまし方法である。
【0018】
第3の手段は、第1の手段または第2の手段に記載の成分に加えて、
Nb:0.02~0.10%、Ti:0.020~0.200%、B:0.0010~0.0050%、V:0.010~0.500%のうち少なくともいずれか1種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなる、A1点温度が750℃以上の鋼からなる鋼材を、
球状化焼なましの保持温度T(℃):(A1点-30)≦T≦(A1点-5)、
球状化焼なましの保持時間t(h):t≧120/(T-A1+50)
の条件を満たすように焼なましする鋼材の球状化焼なまし方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の化学成分からなる鋼は、球状化焼なまし前の組織がフェライト、パーライト、ベイナイトの混相組織であるところ、球状化焼なまし処理において、保持温度をA1点以下で保持することで、(ア)微細析出物を核として、フェライト粒内に球状炭化物が直接的に析出し、(イ)パーライトやベイナイトを構成する炭化物の球状化が促進されることとなるので、結果として、冷却後に、フェライト粒内に球状炭化物が均一分散した組織が得られることとなる。
【0020】
また、A1点以下で保持する熱処理によって球状化焼なましした場合、球状炭化物生成にオーステナイトを介さないので通常実施されるような長時間の徐冷工程が必要ではなくなる。そこで、球状化焼なまし処理のトータルでの所要時間の大幅な短縮が実現できる。
【0021】
また、本発明の手段によって球状化焼なましされた鋼材は、その組織が、球状炭化物が析出していないフェライト粒の面積率が3%以下、パーライトまたはベイナイトの面積率が5%以下、マルテンサイトの発生は認められないもの、となる。また、その素材硬さは83HRB以下の鋼材となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】球状化焼なましの保持温度T(℃)及び保持時間t(h)を説明するための模式図である。
【
図2】球状化炭化物の析出していないフェライトの面積率の測定例の光学顕微鏡による組織観察写真である。写真(左)は、本発明例で、フェライトの面積率が0%、写真(右)はフェライトの面積率が78.1%である。
【
図3】パーライトおよびベイナイトの面積率の評価例の光学顕微鏡による組織観察写真である。写真(左)は本発明例で、パーライトおよびベイナイトの面積率が0%、写真(右)は比較例で、面積率が21.1%である。
【
図4】マルテンサイトの発生する様子を観察した光学顕微鏡による組織観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本願の発明を実施するための形態の記載に先立って、本願方法の適用対象となる発明鋼の化学成分の限定理由および当該鋼の鋼素材を浸炭した場合の特性の限定理由について説明する。なお、化学成分における%は、質量%である。
【0024】
C:0.15~0.26%
Cは素材硬さを上昇させる元素である。しかしCが0.15%未満だと、浸炭後の芯部硬さが低下することによって強度が不足する。他方、Cが0.26%を超えると、素材硬さが上昇することで加工性が低下するので、被削性や冷間加工性に劣ることとなる。そこで、Cは0.15~0.26%とする。
【0025】
Si:0.05~1.00%
Siは脱酸材であり、素材硬さを上昇させる元素である。しかし、Siが0.05%未満だと、脱酸材に不足で、脱酸が十分とはいえない。他方、Siは1.00%超だと、素材硬さが上昇することで加工性が低下することとなり、また、浸炭阻害も生じることとなる。そこで、Siは0.05~1.00%とする。
【0026】
Mn:0.1~0.9%
Mnは、焼入れに寄与する元素である。Mnが0.1%未満だと、焼入れ性が十分に伴わず、焼入れが不足する。Mnは0.9%を超えると、加工性が低下する。そこで、Mnは0.1~0.9%とする。
【0027】
P:0.030%以下
Pは不可避的不純物であるが、0.030%を超えると、粒界偏析によって靱性が定価することとなる。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0028】
S:0.030%以下
Sは不可避的不純物であるが、0.030%を超えると、MnSの形成によって靱性が低下し、疲労強度も低下する。そこで、Sは0.030%以下とする。
【0029】
Cr:1.30~2.50%
CrはA1点の上昇、および焼入れ性に寄与する元素であるが1.30%未満だと、A1点の上昇が不十分となる。また、焼入れ性も不足する。しかし、Crが2.50%を超えると、素材硬さが上昇することで加工性が低下する。そこで、Crは1.30~2.50%とする。
【0030】
Al:0.020~0.050%
Alは脱酸材であり、微細な窒化物を生成させ、結晶粒粗大化を抑制する元素である。Alが0.020%未満だと、脱酸材が不足することとなる。また、微細な窒化物が不足することとなって、結晶粒が粗大化するので、靱性及び疲労特性が低下する。他方、Alが0.050%を超えると、粗大な窒化物が形成されるので、疲労特性及び加工性が低下する。そこで、Alは0.020~0.050%とする。
【0031】
N:0.0040~0.0300%
Nは0.0300%を超えると、粗大な炭窒化物を形成し、疲労特性や加工性を低下させる。もっとも、Nが0.0040%未満だと、微細な炭窒化物が不足するので、結晶粒が粗大化しやすくなり、靱性や疲労特性を低下させる。
そこで、Nは0.0040~0.0300%とする。
【0032】
次に、これらの鋼の化学成分に任意的に付加できる成分について説明する。
Ni:0.02~2.00%
Niは焼入れ性と靱性を向上させる元素である。Niが0.02%未満だと、焼入れ性向上の効果が小さく、また靱性向上の効果も小さい。他方、Niが2.00%を超えると、コストが上昇し、素材硬さが上昇するので加工性が低下する。そこで、Niを添加する場合は0.02~2.00%とする。
【0033】
Mo:0.05~2.00%
Moは焼入れ性を向上させる元素である。Moが0.05%未満だと、焼入れ性向上の効果が小さい。他方、Moが2.00%を超えると、コストが上昇し、また、素材硬さも上昇するので、加工性が低下する。そこで、Moを添加する場合は、0.05~2.00%とする。
【0034】
Nb:0.02~0.10%
Nbは微細な炭窒化物の生成により結晶粒粗大化を抑制する元素である。Nbが0.02%未満だと、微細な炭窒化物が不足し、結晶粒粗大化の抑制効果が小さいので、靱性や疲労強度に不足する。Nbが0.10%を超えると、炭窒化物の量が過剰となり、加工性が低下する。そこで、Nbを添加する場合は、0.02~0.10%とする
【0035】
Ti:0.020~0.200%
Tiは微細な炭窒化物の生成により結晶粒粗大化を抑制する元素である。Tiが0.020%未満だと、微細な炭窒化物量が不足し、Nが固定されず、BNを形成するので焼入れ性が低下することとなり、結晶粒粗大化抑制効果も小さくなる。Tiが0.200%を超えると、炭窒化物の量が過剰となることから、加工性が低下する。そこで、Tiを添加する場合は0.020~0.200%とする。
【0036】
B:0.0010~0.0050%
Bは焼入れ性を向上させ、また、素材硬さを上昇させる元素である。Bが0.0010%未満では焼入れ性の向上の効果が小さい。他方、Bが0.0050%を超えると、素材硬さが上昇することによって加工性が低下する。そこで、Bを添加する場合は、0.0010~0.0050%とする。
【0037】
V:0.010~0.500%
Vは微細な炭窒化物を生成して結晶粒粗大化を抑制する元素である。Vが0.010%未満では、微細な炭窒化物が不足し、結晶粒粗大化抑制の効果が小さいので、靱性や疲労強度に不足する。他方、Vが0.500%を超えると、炭窒化物の量が過剰となり、加工性が低下する。そこで、Vを添加する場合は、0.010~0.500%とする。
【0038】
次に、またA1点温度、球状化焼なまし条件である保持温度T(℃)、保持時間t(hr)を規定する理由を説明する。
【0039】
A1点温度:750℃以上
A1点温度が750℃未満だと、球状化焼なましの保持温度が低くなり、パーライト、ベイナイトを構成する炭化物の球状化が不十分となるので、軟化の効果が不足する。そこで、A1点温度は750℃以上とする。望ましくは、A1点温度は750℃~800℃とする。
【0040】
球状化焼なましの保持温度T(℃):(A
1点-30℃)≦T≦(A
1点-5℃)
球状化焼なましの保持時間t(h):t≧120/(T-A
1+50)
まず、球状化焼なましの熱処理における保持温度Tと保持時間tについては、
図1に模式的に示すように、保持温度とは焼なましのために鋼材を昇温した後に保持する温度Tのことであり、保持時間とは、温度Tで保持している時間tのことである。
【0041】
次に、球状化焼なましの保持温度T(℃)を(A1点-30℃)~(A1点-5℃)とするのは、A1点-30℃よりも保持温度が低いと、パーライト、ベイナイトを構成する炭化物の球状化が不十分となり、軟化の効果に不足するからである。
他方、球状化焼なましの保持温度T(℃)が(A1点-5℃)よりも高いと、焼鈍炉内の温度のばらつきによって素材温度がA1点を超えることが起こるので、オーステナイトが発生し、その後の空冷や水冷の際にパーライトもしくはマルテンサイトが発生することとなって硬さが上昇すると、加工性が低下する。
【0042】
球状化焼なましの保持温度Tに保持する保持時間t(h)を120/(T-A1+50)以上とするのは、保持温度に保持している時間が短いと、パーライト、ベイナイトを構成する炭化物の球状化が不十分となり、軟化の効果が不足するからである。
【0043】
本発明の手段に記載の化学成分からなるA1点温度が750℃以上鋼を、所定の手段で焼なまし処理すると、フェライト中に球状炭化物が均一分散した組織が得られ、その素材硬さが83HRB以下の鋼材が得られる。
【0044】
すなわち、本発明の手段によって球状化焼なましされた鋼材は、その組織が(1)球状炭化物が析出していないフェライト粒の面積率が3%以下、(2)パーライトまたはベイナイトの面積率が5%以下、(3)マルテンサイトの発生は認められないものとなる。
また、その素材硬さは83HRB以下の鋼材となる。
【0045】
さて、供試材に用いた発明鋼成分および比較鋼成分の化学成分値、A1点として計算上のA1点を表1に示す。この値を参考にA1点温度が750℃以上となる鋼を選別することができる。
なお、計算上のA1点は、A1=723℃-14Mn[%]+22Si[%]-14.4Ni[%]+23.3Cr[%]の式に各化学成分の[%]の値を代入して求めることができる。
【0046】
【0047】
次に、表2に、作製された各供試材を用いた、球状化焼なまし処理のための熱処理条件(保持温度、保持時間、冷却方法)と、焼なまし後の組織(マルテンサイトの有無、パーライト、ベイナイトの面積率)及び素材の硬さを示す。
【0048】
【0049】
<供試材の製造工程>
表1に記載の化学成分及び残部Feと不可避的不純物からなるA~Dの鋼成分100kgを真空溶解炉で鋼塊に溶製した後、1250℃で直径32mmに鍛伸し、その後、925℃で1時間の焼ならしを行った。これらを100mmに切断して、球状化焼なましするための供試材として作製した。
【0050】
<球状化焼なまし工程>
作製された供試材について、カンタル炉を用いて、以下の手順で球状化焼なましを実施した。表2に記載の球状化焼なましの保持温度に設定した炉内に、作製された供試材を投入し、供試材の昇温時間として30分確保した後、表2に所定の保持時間、炉内に保持した。その後、表2に記載のように、空冷もしくは水冷を実施し、球状化焼なまし処理とした。また、トータルの在炉時間も示す。
【0051】
<評価項目>
球状化焼なまし処理された各供試材の特性の評価としては、(1)ミクロ組織の観察(a.球状炭化物の粒内析出していないフェライト粒の面積率、b.パーライトおよびベイナイトの面積率、c.マルテンサイトの有無)と(2)素材硬さを測定し、各供試材の結果を表2に、それぞれ、マルテンサイトの有無、パーライト・ベイナイトの面積率、球状炭化物の発生していないフェライト粒(α粒)の面積率、硬さの項目に記載して示した。
【0052】
<評価方法>
(1)ミクロ組織について
供試材の組織観察は、まず供試材の中心を通り圧延方向と平行となるようにこれを切断し、切断面を研磨し、研磨された面をナイタール液にて腐食させた。その後、光学顕微鏡を用いて、切断面のD/4位置を観察し、以下のように評価した。
a.球状炭化物の粒内析出していないフェライト粒の面積率の評価
D/4位置にて、×400の視野で撮影し、画像の対象領域中における球状炭化物の析出していないフェライトの面積率を測定する。
b.パーライトおよびベイナイトの面積率の評価
D/4位置にて、×400の視野で撮影し、画像の対象領域中におけるパーライト及びベイナイトの面積率を測定する。
c.マルテンサイト発生の有無の評価
D/4位置にて、×400の視野で撮影し、画像の対象領域中にマルテンサイト組織の発生の有無を観察する。
【0053】
(2)素材硬さ
供試材を圧延方向と垂直な方向に切断し、切断面を平面研削後、D/4位置でロックウェル硬さ試験を実施し、得られた硬さを素材硬さとして表2に記載して示した。
【0054】
図2~4にD/4位置で400倍で撮影した画像を示す。
図2は、球状化炭化物の析出していないフェライトの面積率の測定例の光学顕微鏡による組織観察写真である。写真(左)は発明鋼成分であるC鋼を保持温度760℃、保持時間6h、空冷で球状化焼なましした発明例の供試材の断面組織であり、写真(右)は、比較鋼成分であるD鋼を保持温度720℃、保持時間2hで空冷した比較例の供試材の断面組織である。写真(左)は、本発明例で、フェライトの面積率が0%、写真(右)はフェライトの面積率が78.1%である。
【0055】
図3は、パーライトおよびベイナイトの面積率の評価例の光学顕微鏡による組織観察写真である。写真(左)は発明鋼成分であるC鋼を保持温度760℃、保持時間6h、空冷で球状化焼なましした発明例の供試材の断面組織であり、写真(右)は、発明鋼成分であるC鋼を保持温度730℃、保持時間1hで空冷した比較例の供試材の断面組織である。写真(左)は本発明例で、パーライトおよびベイナイトの面積率が0%、写真(右)は比較例で、面積率が21.1%である。
【0056】
図4は、マルテンサイト発生の例である。写真は、発明鋼成分のC鋼を保持温度780℃、保持時間6h、水冷で球状化焼なましした比較例の供試材の断面組織であり、マルテンサイト組織の発生が認められた。
【0057】
表2に、発明鋼成分を本発明の球状化焼なまし条件を充たす方法で球状化焼なまししたもの(表2のNo.5,6,9,14,15,18,23,24)を発明例として、発明鋼成分を本発明の球状化焼なまし条件を充たさない方法で熱処理したもの(表2のNo.1~4,7,8,10~13,16,17,19~22,25~27)を比較例として、また、比較鋼成分を球状化焼なまし処理したもの(表2のNo.28~36)を比較例として示している。
【0058】
発明鋼成分を用いつつ本発明の球状化焼なまし条件を充足するもの(表2のNo.5,6,9,14,15,18,23,24、すなわち発明例。)では、球状炭化物が析出していないフェライト粒の面積率が3%以下、パーライトまたはベイナイトの面積率が5%以下、マルテンサイトの発生は認められないもの、となり、その素材硬さは83HRB以下の鋼材となった。
【0059】
他方、発明鋼成分であっても、熱処理条件が異なる比較例の場合、たとえば保持温度が高い比較例では、マルテンサイト組織が発生し、また、それら比較例の一部では、素材硬さが硬すぎるものとなったりするもの、パーライトまたはベイナイトの面積率が高いもの、球状炭化物が析出していないフェライト粒の面積率が高いもの、など、本発明例の特性を充たさないものとなった。
また、発明鋼成分のC鋼を低い保持温度で焼きならしした比較例では、ハーライト、ベイナイトの面積率が高くなった。
また、保持時間が不足する比較例では、パーライト、ベイナイトの面積率が高いものとなったり、一部では素材硬さが硬すぎるものとなった。