IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社東芝の特許一覧 ▶ 東芝マテリアル株式会社の特許一覧

特許7472408窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材
<>
  • 特許-窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材 図1
  • 特許-窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材 図2
  • 特許-窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材 図3
  • 特許-窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材 図4
  • 特許-窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材 図5
  • 特許-窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材 図6
  • 特許-窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/587 20060101AFI20240415BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20240415BHJP
【FI】
C04B35/587
F16C33/32
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2023552579
(86)(22)【出願日】2023-03-03
(86)【国際出願番号】 JP2023007996
(87)【国際公開番号】W WO2023176500
(87)【国際公開日】2023-09-21
【審査請求日】2023-09-04
(31)【優先権主張番号】P 2022040884
(32)【優先日】2022-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004026
【氏名又は名称】弁理士法人iX
(72)【発明者】
【氏名】青木 克之
(72)【発明者】
【氏名】深澤 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】寶槻 直十
(72)【発明者】
【氏名】山形 栄人
(72)【発明者】
【氏名】岩井 健太郎
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-097005(JP,A)
【文献】特開平09-295868(JP,A)
【文献】国際公開第2006/118003(WO,A1)
【文献】特開2018-024548(JP,A)
【文献】特開平03-177307(JP,A)
【文献】特開平08-277166(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/587
F16C 33/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素結晶粒子および粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上であり、
任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下であ
破壊靭性値が6MPa・m 1/2 以上である、窒化珪素焼結体。
【請求項2】
20μm×20μmの前記領域に存在するそれぞれの前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量が0.2wt%以上1.5wt%以下である、請求項1記載の窒化珪素焼結体。
【請求項3】
20μm×20μmの前記領域において、長径が3μm未満の前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値と、長径が3μm以上の前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値と、の差が0.1wt%以下である、請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項4】
前記粒界相を1質量%以上20質量%以下含有している、請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項5】
任意の断面の300μm×300μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の最大値が25μm以下である、請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項6】
任意の断面をXRD分析したとき、42.4±0.3°に検出される最強ピーク強度をI42.4°とし、β-Si結晶に応じた27.1±0.3°、33.6±0.3°、36.1±0.3°に検出される最強ピーク強度をI27°、I33°、I36°とした場合に、(I42°)/(I27°+I33°+I36°)の値が0.005以上0.030以下である、請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項7】
窒化珪素結晶粒子および粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上であり、
任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下であり、
20μm×20μmの前記領域において、長径が3μm未満の前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値と、長径が3μm以上の前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値と、の差が0.1wt%以下である、窒化珪素焼結体。
【請求項8】
窒化珪素結晶粒子および粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上であり、
任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下であり、
前記粒界相を1質量%以上20質量%以下含有している、窒化珪素焼結体。
【請求項9】
窒化珪素結晶粒子および粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上であり、
任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下であり、
任意の断面の300μm×300μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の最大値が25μm以下である、窒化珪素焼結体。
【請求項10】
窒化珪素結晶粒子および粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上であり、
任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下であり、
任意の断面をXRD分析したとき、42.4±0.3°に検出される最強ピーク強度をI 42.4° とし、β-Si 結晶に応じた27.1±0.3°、33.6±0.3°、36.1±0.3°に検出される最強ピーク強度をI 27 °、I 33 °、I 36 °とした場合に、(I 42 °)/(I 27 °+I 33 °+I 36 °)の値が0.005以上0.030以下である、窒化珪素焼結体。
【請求項11】
請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体が用いられた耐摩耗性部材。
【請求項12】
ベアリングボール、ころ、ローラ、摩擦攪拌接合用ツール部材から選択される1種である、請求項11記載の耐摩耗性部材。
【請求項13】
請求項8に記載の窒化珪素焼結体が用いられた耐摩耗性部材。
【請求項14】
ベアリングボール、ころ、ローラ、摩擦攪拌接合用ツール部材から選択される1種である、請求項13記載の耐摩耗性部材。
【請求項15】
請求項10に記載の窒化珪素焼結体が用いられた耐摩耗性部材。
【請求項16】
ベアリングボール、ころ、ローラ、摩擦攪拌接合用ツール部材から選択される1種である、請求項15記載の耐摩耗性部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
後述する実施形態は、おおむね、窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素焼結体は、耐摩耗性部材に用いられている。耐摩耗性部材は、例えば、ベアリングボール、ころ、ロール材、コンプレッサ用ベーン、ガスタービン翼、エンジン部品、摩擦攪拌接合用ツール部材などの分野で使用されている。ロール材は、圧延に用いられる。エンジン部品は、例えばカムローラである。
【0003】
例えば、特許第5362758号公報(特許文献1)では、アスペクト比1.0~1.2の窒化チタン粒子を分散させた窒化珪素焼結体が開示されている。特許文献1では、窒化チタン粒子のアスペクト比と粒径を制御している。また、特許第6400478号公報(特許文献2)では、粒界相の面積比および窒化珪素結晶粒子のアスペクト比を制御している。特許文献2では、粒界相の面積比を制御するために、酸化処理した窒化珪素粉末を用いている。
【0004】
特許文献1では、最大接触応力5.9GPa、回転数1200rpmで、ベアリングボールの耐摩耗性試験を行っている。また、特許文献2では、最大接触圧力5.1GPa、回転数1200rpmで、ベアリングボールの耐摩耗性試験を行っている。特許文献1および特許文献2に記載されたベアリングボールは、いずれも優れた耐久性を示している。
【0005】
近年、ベアリングに対し高速回転が要求されている。ベアリングにかかる荷重としては、ラジアル荷重、スラスト荷重、モーメント荷重がある。ラジアル荷重は、回転軸に対し垂直な方向(回転軸の円周方向)にかかる荷重である。また、スラスト荷重は、回転軸に対し平行な方向(回転軸の軸方向)にかかる荷重である。モーメント荷重は、回転軸の偏心によって発生する荷重である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第5362758号公報
【文献】特許第6400478号公報
【文献】特開2022-71426号公報
【文献】国際公開第2016/047376号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
軸受けの回転速度を上げると、ラジアル荷重、スラスト荷重およびモーメント荷重がそれぞれ大きくなる。従来の窒化珪素焼結体からなるベアリングボールを用いたベアリングは、高速回転した際に耐久性が低下する場合があった。この解決策を検討したところ、窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量に影響があることが判明した。
本発明は、このような課題に対処するためのものであり、固溶酸素量を制御した窒化珪素焼結体を提供するためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子および粒界相を備える。任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上である。 任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施形態に係る窒化珪素焼結体の断面組織の一例を示す図。
図2】実施形態に係るベアリングボールの一例を示す図。
図3】実施形態に係るベアリングの一例を示す図。
図4】第一のプロット図の一例。
図5】第二のプロット図の一例。
図6】第三のプロット図の一例。
図7】実施形態に係る窒化珪素焼結体のXRDピークの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子および粒界相を備える。任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上である。 任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下である。
【0011】
図1は、実施形態に係る窒化珪素焼結体の断面組織の一例を示す図である。
図1において、符号1は窒化珪素焼結体、符号2は窒化珪素結晶粒子、符号3は粒界相である。図1は、窒化珪素焼結体の断面組織の一例を示した模式図である。
窒化珪素焼結体1は、窒化珪素結晶粒子2と粒界相3を備える。粒界相3は、窒化珪素結晶粒子2同士の隙間に分布している。粒界相3は、後述する焼結助剤が反応して形成される。粒界相3が存在することにより、窒化珪素結晶粒子2が強固に結合し、強度の高い窒化珪素焼結体を形成することができる。また、窒化珪素焼結体には、図示しないポアが存在してもよい。
【0012】
窒化珪素結晶粒子2の長径の平均値は、0.1μm以上10μm以下である。また、窒化珪素結晶粒子2の平均アスペクト比は、1.5以上10以下である。長径の平均値および平均アスペクト比の測定には、走査電子顕微鏡(SEM)写真を用いる。窒化珪素焼結体1の任意の断面に測定エリアを設定する。SEM写真は、2000倍以上の倍率で撮影する。SEM写真において、窒化珪素結晶粒子の個々の最大径を測定する。SEM写真に写る窒化珪素結晶粒子の最大径を長径とする。測定エリアにおいて、50μm×50μmの領域に写る窒化珪素結晶粒子の最大径の平均値を、長径の平均値とする。
【0013】
アスペクト比の測定では、長径と短径を用いる。前述の最大径を長径とする。長径が得られた窒化珪素結晶粒子2について、長径の中心点から垂直に伸ばした線分の長さを短径とする。アスペクト比は、長径/短径により計算される。長径/短径の小数点2桁目は、四捨五入する。長径の平均値と同様に、50μm×50μmの領域に写る窒化珪素結晶粒子の個々の平均値を、平均アスペクト比とする。なお、長径および短径は、SEM写真に写る窒化珪素結晶粒子の部分を使って測定する。例えば、1つの窒化珪素結晶粒子が、他の窒化珪素結晶粒子と重なり、その1つの窒化珪素結晶粒子の輪郭のすべてが見えない場合がある。その場合、見えている部分(SEM写真に写っている部分)のみを使って、その1つの窒化珪素結晶粒子の長径及び短径を測定する。また、50μm×50μmのSEM写真の端部で輪郭が途切れている窒化珪素結晶粒子についても、見えている部分(SEM写真に写っている部分)のみを使って、長径および短径を測定する。SEM写真において窒化珪素結晶粒子の輪郭が確認し難い場合、測定エリアをエッチング処理しても良い。エッチング処理を施すことで、窒化珪素結晶粒子の表層部分および粒界相が除去される。これにより、窒化珪素結晶粒子の輪郭が確認し易くなる。また、サイアロン結晶粒子が存在していた場合、サイアロン結晶粒子は窒化珪素結晶粒子としてカウントする。窒化珪素結晶粒子のエッチング速度と粒界相のエッチング速度は異なる。窒化珪素結晶粒子の方が、粒界相よりもエッチング速度が速い場合を例に説明する。この場合、個々の窒化珪素結晶粒子2の一部が、粒界相3よりも大きく除去される。この結果、窒化珪素結晶粒子2の表面が粒界相3の表面よりも下方に位置する。これにより、窒化珪素結晶粒子2に対して粒界相3が壁のように立体的になるので、コントラストなどで窒化珪素結晶粒子2と粒界相3が容易に区別可能となる。
【0014】
50μm×50μmの領域に存在する窒化珪素結晶粒子2の長径の平均値は、0.1μm以上10μm以下の範囲内である。50μm×50μmの領域に存在する窒化珪素結晶粒子2の平均アスペクト比は、1.5以上10以下である。この範囲内であると、窒化珪素焼結体1が高速回転するときの耐久性を向上させることができる。また、窒化珪素焼結体1の機械強度の向上も図ることができる。長径の平均値が0.1μm未満であると、窒化珪素結晶粒子2が小さすぎて、耐久性が低下する可能性がある。長径の平均値が10μmを超えると、窒化珪素焼結体1の機械強度が低下する可能性がある。このため、長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、さらには0.5μm以上8μm以下が好ましい。
【0015】
平均アスペクト比が1.5未満であると、細長い窒化珪素結晶粒子が少ないため、窒化珪素焼結体1の機械強度が低下する可能性がある。平均アスペクト比が10を超えると、窒化珪素結晶粒子2同士の隙間が大きくなる可能性がある。窒化珪素結晶粒子2同士の隙間が大きくなると、粒界相3が大きくなる。大きな粒界相3は、窒化珪素焼結体1の機械強度を低下させる原因となりうる。このため、平均アスペクト比は1.5以上10以下、さらには2以上10以下が好ましい。
【0016】
任意の断面において、長径が3μm未満の窒化珪素結晶粒子2と、長径が3μm以上の窒化珪素結晶粒子2と、の両方が存在することが好ましい。窒化珪素焼結体1が小さな窒化珪素結晶粒子2と大きな窒化珪素結晶粒子2を備えることで、大きな結晶粒子の隙間に小さな結晶粒子を存在させることができる。これにより、窒化珪素焼結体1の耐久性と機械強度の向上を図ることができる。
【0017】
窒化珪素焼結体1では、任意の断面の20μm×20μmの領域に存在する窒化珪素結晶粒子2の固溶酸素量を測定した場合、それらの平均値は0.2wt%以上である。窒化珪素結晶粒子2の固溶酸素量の測定には、TEM-EDSを用いる。TEMは、透過型電子顕微鏡の略称である。EDSは、エネルギー分散型X線分光器の略称である。TEM-EDSを用いた測定方法は、単にEDS分析とも呼ばれる。EDS分析を用いた窒化珪素結晶粒子2の固溶酸素量の測定方法は、特開2022-71426号公報(特許文献3)に示されている。
【0018】
EDS分析を行うための試料に、窒化珪素焼結体1の任意の断面を用いる。任意の断面から、FIB(集束イオンビーム)加工又はイオンミリング加工により、試料を採取する。試料の厚さは、0.05μm以上0.5μm以下の範囲内が好ましい。試料の表面酸化を防ぐために、真空中又は不活性ガス雰囲気中で、試料が作製および保管されることが望ましい。
【0019】
EDSには、日本電子製JED-2300Tまたはそれと同等以上の性能を有する装置を用いる。TEMには、日本電子製JEM-200CX(加速電圧200kV)またはそれと同等以上の性能を有する装置を用いる。EDS分析では、加速電圧が200kV、照射電流が1.00nA、分析時のスポット径が1nmの条件が推奨される。分析時間は30秒、試料傾斜角はX=10°、Y=0°が推奨される。例示した測定条件は変更されてもよいが、後述する第一のプロット図を得るための測定には、上述の測定条件を用いる。
【0020】
TEM-EDSを用いることにより、窒化珪素結晶粒子2を分析スポットに選択することができる。固溶酸素を測定するために、二次イオン質量分析(SIMS)法を用いた方法がある。SIMS法を用いた測定では、大きな窒化珪素結晶粒子2の固溶酸素量しか測定できなかった。また、照射径を小さくできるナノSIMS法であっても、窒化珪素結晶粒子2の画像認識が困難であった。このため、SIMS法を用いた測定では、小さな窒化珪素結晶粒子2の固溶酸素量は、測定できなかった。
【0021】
固溶酸素量を測定するための別の方法として、全溶解法がある。全溶解法では、窒化珪素焼結体の粒界相を溶かし、窒化珪素結晶粒子を取り出す。取り出した窒化珪素結晶粒子の酸素量が測定される。しかし、粒界相のすべてを溶解して除去することが困難であり、残留した粒界相による固溶酸素量の測定精度の低下および再現性の低下などが生じていた。
【0022】
TEM-EDSについては、分析スポット径を1nmとすることにより、窒化珪素結晶粒子2のみに分析スポットを設定することができる。また、窒化珪素結晶粒子2のサイズに拘わらず、窒化珪素結晶粒子2の固溶酸素量の測定が可能となる。
【0023】
EDS分析では、20μm×20μmの領域に存在するすべての窒化珪素結晶粒子2の中から、少なくとも10カ所を分析スポットとする。10か所の分析スポットは、できるだけ異なる窒化珪素結晶粒子にそれぞれ設定する。すなわち、10個以上の窒化珪素結晶粒子2が分析スポットとして選択されることが望ましい。EDS分析により、珪素(Si)、酸素(O)、窒素(N)の原子比を測定する。Siカウントが300000cps以上になる個所が3つ以上、かつ合計10カ所以上を測定箇所として選択する。選択した複数の分析スポットにおいて、Siカウントが300000cps以上になる個所が3つ未満であった場合、Siカウントが300000cps以上になる個所が3つ以上となるまで分析スポットを新たに選択する。Siカウント数が300000cps以上であるということは、表面酸素の影響を受けずに酸素量の測定が可能な状態を示す。このため、試料表面が自然酸化していたとしても、固溶酸素量を測定することができる。
【0024】
図4は、第一のプロット図の一例である。図5は、第二のプロット図の一例である。図6は、第三のプロット図の一例である。図4図6は、後述する実施例3を測定した結果である。
まず、第一のプロット図を作成する。第一のプロット図では、Siカウント数に対する酸素元素/珪素元素の原子比をプロットする。第一のプロット図では、横軸にSiカウント数(cps)を示し、縦軸にO/Si原子比を示す。続いて、第二のプロット図を作成する。第二のプロット図では、Siカウント数に対する窒素元素/珪素元素の原子比をプロットする。
【0025】
次に、第二のプロット図を用いて、第一のプロット図の酸素元素/珪素元素の原子比を補正する。窒化珪素焼結体では、軽元素である酸素(O)によるX線の吸収は、珪素(Si)によるX線の吸収よりも大きいためである。酸素(O)と窒素(N)の吸収特性は類似している。また、窒化珪素焼結体の主相は、Siである。このため、N/Si原子比の理論値は、4/3である。SiとNの原子比の近似データから、第一のプロット図を補正する。この補正方法では、第二のプロット図の各測定点のN/Si原子比を用いて、第一のプロット図のO/Si原子比を補正する。つまり、各測定点のN/Si原子比と、理論値である4/3(=1.33)との差分を用いて、第一のプロット図のO/Si原子比を補正する。例えば、N/Si原子比が0.70であったとき、補正係数は1.9(=1.33/0.70)となる。O/Si原子比×補正係数により、補正値を算出する。この方法により、第一のプロット図におけるO/Si原子比を補正する。補正された第一のプロット図を第三のプロット図とする。
【0026】
次に、第三のプロット図の3点以上の近似直線の傾きをy=aX+bで示した場合に、-4×10-8≦a≦4×10-8となる収束領域を求める。第三のプロット図では、横軸がSiカウント数(cps)を示し、縦軸が補正後のO/Si原子比を示す。近似直線の傾きy=aX+bは、Xが横軸、yが縦軸、aが傾き、bが縦軸(y軸)との接点、である。近似直線の計算には、集計ソフトの近似機能を用いる。集計ソフトとして、マイクロソフト社のExcel(登録商標)を用いることができる。
【0027】
第三のプロット図の近似直線の傾きaが前述の範囲内である収束領域は、試料表面の自然酸化および粒界相の影響が最小化された領域である。測定結果が試料表面の自然酸化または粒界相の影響を受けた場合、O/Si原子比のばらつきも大きくなる。このため、傾きaが前述の範囲内にならない。近似直線の傾きaが-4×10-8以上4×10-8以下の範囲内であるということは、O/Si原子比のばらつきが低減されていることを示している。O/Si原子比のばらつきが低減されているため、自然酸化および粒界相の影響が十分低減された値であることが分かる。このため、収束領域に含まれる値は、固溶酸素量を示していることになる。
【0028】
収束領域を求めた後、その収束領域に含まれる値のうち、Siカウント数が大きい方から3点目までのO/Si原子比の平均値を算出する。Siカウント数が大きい方から3点目までのO/Si原子比の平均値は、自然酸化または粒界第2相の影響がより低減された領域である。算出されたO/Si原子比の平均値を使って、固溶酸素量を計算する。図6(第三のプロット図)において、3点以上の近似直線の傾きaが-4×10-8以上4×10-8以下の範囲内となる収束領域は、Siカウント数350000以上の領域となっている。
【0029】
窒化珪素結晶粒子はSiであるので、(3/7)×(O/Si原子比の平均値)により、固溶酸素量(wt%)を算出することができる。これは、Si結晶粒子中のSi量に応じた酸素量から、固溶酸素量を計算する方法である。また、上述の通り、3点以上の近似直線の傾きaが-4×10-8以上4×10-8以下の範囲内となる収束領域は、300000cps以上のSiカウントが得られた分析スポットの測定結果から求める。Siカウントが多い分析スポットは、試料表面の酸化および粒界相の影響が最小化された点である。EDS分析では、300000cps以上のエリアだけを選択的に測定することができない。このため、カウント数に拘わらず、EDS分析により10カ所以上を測定する方法が有効である。測定された10カ所以上の分析スポットから、Siカウント数が300000cps以上の分析スポットを抽出する。Siカウントが300000cps以上である分析スポットが3個所未満であった場合は、Siカウントが300000cps以上である分析スポットが3個所以上となるまで、新たな分析スポットをEDS分析する。
【0030】
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、上記方法により測定した固溶酸素量が0.2wt%以上である。TEM-EDSにより測定した固溶酸素量は、測定点数に応じた平均値である。つまり、任意の断面の20μm×20μmの領域に存在する窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値が、0.2wt%以上である。任意の断面組織とは、つまり、どの断面の20μm×20μmの領域に存在する窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量を測定したとしても、それらの平均値が0.2wt%以上であることを示している。
【0031】
以上のように窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量を制御した窒化珪素焼結体では、高速高負荷条件の耐久性が向上する。なお、固溶酸素量が0.2wt%以上になると、熱伝導率が70W/m・K以下、さらには40W/m・K以下になる。また、前記の20μm×20μmの領域に存在するすべての窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量が0.2wt%以上1.5wt%以下の範囲内であることが好ましい。前述のように、TEM-EDSを用いた方法は、窒化珪素結晶粒子のみを分析スポットに設定することができる。すべての窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量を制御することにより、さらに性能を向上させることができる。なお、すべての窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量を測定する場合、20μm×20μmの領域に存在する個々の窒化珪素結晶粒子の少なくとも1カ所に、分析スポットを設定する。分析方法は、前述の通りである。個々の窒化珪素結晶粒子に分析スポットを設定した上で、固溶酸素量が0.2wt%以上1.5wt%以下であるということは、個々の窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量が制御されていることを示す。また、固溶酸素量が1.5wt%を超えて多いと、窒化珪素結晶粒子の特性の活かせなくなる可能性がある。このため、固溶酸素量は0.2wt%以上1.5wt%以下、さらには0.3wt%以上1.3wt%以下が好ましい。
【0032】
窒化珪素結晶粒子内の固溶酸素量を制御することにより、個々の窒化珪素結晶粒子の耐久性を向上させることができる。また、固溶酸素は、置換型、侵入型のどちらであってもよい。固溶酸素の少なくとも一部は、置換型であることが好ましい。置換型とは、結晶格子を構成する元素の一部が固溶元素に置き換わっていることを示す。つまり、置換型は、窒珪素結晶粒子の結晶格子の一部が、酸素に置き換わった状態である。置換型の固溶酸素が存在することにより、窒化珪素結晶格子がゆがむのを抑制することができる。
【0033】
後述するように、実施形態に係る窒化珪素焼結体は、ベアリングボールに用いることができる。ベアリングボールが摺動すると、荷重および摩擦熱が発生する。荷重および摩擦熱が発生したとしても、窒化珪素結晶格子のゆがみを抑制できる。また、窒化珪素結晶粒子が固溶酸素を含む場合、窒化珪素結晶粒子と粒界相との密着性を向上させることができる。粒界相の一部が窒化珪素結晶粒子の固溶酸素と焼結助剤との反応によって形成されることで、密着性を向上させることができる。これによっても、荷重および摩擦熱が発生したときの耐久性を向上させることができる。
【0034】
前記の20μm×20μmの領域において、長径3μm未満の窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量と、長径3μm以上の窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量と、の差が0.1wt%以下であることが好ましい。換言すると、20μm×20μmの領域において、長径3μm未満の窒化珪素結晶粒子のみを分析スポットにして得られた固溶酸素量の平均値を固溶酸素量Aとし、長径3μm以上の窒化珪素結晶粒子のみを分析スポットにして得られた固溶酸素量の平均値を固溶酸素量Bとした場合、|固溶酸素量A-固溶酸素量B|が0.1wt%以下であることが好ましい。このように、小さな窒化珪素結晶粒子と大きな窒化珪素結晶粒子が存在することにより、耐久性および機械強度の向上を図ることができる。
【0035】
窒化珪素焼結体1は、1質量%以上20質量%以下の粒界相3を含有していることが好ましい。粒界相3は、焼結助剤同士の反応または焼結助剤と窒化珪素粉末表面の不純物酸素との反応などにより形成される。粒界相3は、窒化珪素結晶粒子同士を強固に結合したり、ポアの発生を抑制する効果を有する。粒界相3の量を制御することにより、機械、電気、熱に関連する特性を向上させることができる。粒界相3が1質量%未満の場合、粒界相3の割合が少ない。粒界相3が少ないと、ポアが発生し易い。また、粒界相3が20質量%を超えると、ポアの発生は抑制できるものの機械強度が低下し易い。このため、粒界相3の含有量は、1質量%以上20質量%以下、さらには3質量%以上15質量%以下が好ましい。また、窒化珪素焼結体1の気孔率を2%以下、ポアサイズを5μm以下とすることにより、窒化珪素焼結体1の抗折強度を700MPa以上、さらには900MPa以上とすることができる。また、電気特性として、帯電抑制効果が挙げられる。熱特性として、熱膨張の抑制効果が挙げられる。例えば、窒化珪素焼結体1をベアリングボールに用いたときに、帯電が抑制できると電蝕の発生を抑制できる。また、熱膨張の抑制は、窒化珪素焼結体1をベアリングに用いたときの内輪と外輪との隙間が変化するのを抑制することができる。ポアサイズは、50μm×50μmのSEM写真に写るポアの最大径とする。また、測定領域50μm×50μmに写るポアの合計面積を求める。この作業を任意の3か所行い、ポアの合計面積の平均値を気孔率(%)とする。なお、窒化珪素焼結体1の気孔率が2%以下であるとき、粒界相3の質量は、100質量%から窒化珪素結晶粒子2の合計質量を引いた値としても良い。
【0036】
粒界相3は、希土類元素、アルミニウム、マグネシウム、チタン、ハフニウム、タングステン、モリブデン、および珪素から選択される1種以上を含有することが好ましい。希土類元素は、イットリウム、ランタノイド元素などである。例えば、希土類元素として、イットリウム(Y)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)、セリウム(Ce)から選択される1種以上が挙げられる。これらの元素は、焼結助剤として添加される。焼結助剤としては、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、および金属硫化物から選択される1種以上を用いることができる。なお、粒界相3が1質量%以上20質量%以下の範囲内になるのであれば、焼結助剤として他の成分が添加されてもよい。
【0037】
窒化珪素焼結体1の任意の断面をX線回折(XRD)分析したときに、42.4±0.3°に検出される最強ピーク強度をI42.4°とする。β-Si結晶に応じた27.1±0.3°、33.6±0.3°、36.1±0.3°に検出される最強ピーク強度を、それぞれ、I27.1°、I33.6°、I36.1°とする。(I42.4°)/(I27.1°+I33.6°+I36.1°)の値が、0.005以上0.030以下であることが好ましい。
【0038】
XRD分析には、BRUKER製D8 ADVANCEまたはそれと同等以上の性能を有する装置を用いる。表面粗さRaが1μm以下に研磨された研磨面を、XRD分析の測定面に用いる。XRD分析は、Cuターゲット(Cu-Kα)、管電圧40kV、管電流40mA、スキャンスピート2.0°/min、スリット(RS)0.15mm、走査範囲(2θ)10°~60°の測定条件で実施する。また、最強ピークとは、指定した範囲の中で、最も大きなピークである。最強ピーク強度とは、その最も大きなピークのトップにおける回折強度である。XRD分析のピーク位置は、結晶相の材質および結晶状態によって決まる。また、ピーク比は、各結晶相の存在割合に応じている。
【0039】
42.4°は、β-Si結晶からは現れないピークである。このため、I42.4°は、粒界相に含まれる結晶相に基づくピークである。固溶酸素量を制御した窒化珪素結晶粒子2の周りの粒界相3に、結晶相を含ませることにより、粒界が強化され、耐久性の向上を図ることができる。このため、0.005≦(I42.4°)/(I27.1°+I33.6°+I36.1°)≦0.030を満たすことが好ましい。なお、I42.4°は、希土類元素およびアルミニウムから選択される1種以上を粒界相3に存在させることにより、制御することができる。言い換えると、粒界相3に、希土類元素-アルミニウム-酸素系の結晶化合物を存在させることが、I42.4°の制御に有効である。
【0040】
図7は、実施形態に係る窒化珪素焼結体のXRDピークの一例を示す図である。具体的には、図7は、後述する実施例3に係る窒化珪素焼結体のXRD分析の結果を示す。図7では、上述した測定条件を用いたXRD分析により得られた分析結果から、走査範囲20°~50°の範囲のみを抽出した結果を示している。図7において、横軸は回折角度(2θ)を示し、縦軸は回折強度を示す。図示した例では、27.1±0.3°、33.6±0.3°、36.1±0.3°、および42.4±0.3°に、それぞれ、ピークP1~P4が現れている。I27.1°、I33.6°、I36.1°、およびI42.4°は、それぞれ、ピークP1~P4の頂点での強度である。(I42.4°)/(I27.1°+I33.6°+I36.1°)の値は、0.008であり、0.005以上0.030以下の範囲内である。図7に示す例では、そのほかに、ピークP5~P9が現れている。これらのピークは、粒界相3などに起因するピークであり、窒化珪素焼結体1の耐久性をさらに向上させることができる。実施形態に係る窒化珪素焼結体1について、ピークP1~P4以外の他のピークの有無については、特に限定されない。
【0041】
以上のような窒化珪素焼結体1は、高い強度および優れた耐摩耗性を有する。3点曲げ強度を700MPa以上、さらには900MPa以上とするこができる。破壊靭性値を6MPa・m1/2以上、さらには7MPa・m1/2以上にすることができる。また、ビッカース硬さHV1を、1400以上にすることができる。なお、3点曲げ強度は、JIS-R-1601(2008)に準じた方法で測定することができる。JIS-R-1601は、ISO14704に対応している。破壊靭性は、JIS-R-1607(2015)のIF法に準じ、新原の式を使って測定することができる。JIS-R-1607は、ISO15732に対応している。ビッカース硬さは、JIS-R-1610(2003)に準じ、試験力9.807NのHV1で測定することができる。耐摩耗性は、高速回転時の耐久性である。JIS-R-1610は、ISO14705に対応している。
【0042】
実施形態に係る窒化珪素焼結体1は、耐摩耗性部材に用いることができる。耐摩耗性部材は、ベアリングボール、ころ、ローラ、摩擦攪拌接合用ツール部材から選択される1種であることが好ましい。
【0043】
図2は、耐摩耗性部材の一種であるベアリングボールの一例を示す図である。図3は、ベアリングボールを組込んだベアリングの一例を示す図である。図2及び図3において、符号4はベアリングボール、符号5は内輪、符号6は外輪、符号10はベアリングである。
ベアリングボール4は、窒化珪素焼結体1を球体に加工したものである。ベアリング10は、内輪5と外輪6の間に複数個のベアリングボール4を組込んだ構造を有する。ベアリング10に用いられるベアリングボール4の個数は任意である。
【0044】
ベアリングボール4は、球体形状である。ベアリングボール4は、必要に応じ、表面粗さRaが0.1μm以下になるように研磨加工が施される。ベアリングボール4については、米国試験材料協会ASTM F2094において、グレードに応じた表面粗さRaが定められている。このため、グレードに応じた表面粗さとなるように、ベアリングボール4に対して研磨加工が施される。また、窒化珪素焼結体1がベアリングボール以外の耐摩耗性部材に適用される場合であっても、必要に応じて、表面研磨加工を施す。言い換えると、実施形態に係る耐摩耗性部材は、表面粗さRaが0.1μm以下、さらにはRa0.02μm以下の研磨面を備えていることが好ましい。
【0045】
ころは、円柱形状のベアリングボールのことである。ローラは、円柱形状の部材である。ローラは、搬送用ローラ、圧延用ローラなどとして用いられる。また、窒化珪素焼結体1は、摩擦攪拌接合用ツール部材に用いることもできる。摩擦攪拌接合用ツール部材は、プローブと呼ばれる部材である。例えば、国際公開WO2016/047376(特許文献4)に、プローブが示されている。ベアリングボール、ころ、ローラ、摩擦攪拌接合用ツール部材は、いずれも摺動面を具備している。これらの部材は、相手部材と面接触する耐摩耗性部材である。
【0046】
ベアリング10では、内輪5と外輪6との間に、複数個のベアリングボール4が配置される。ベアリング10は、図示しない回転軸に固定される。回転軸を回転させると、ベアリング10に荷重がかかる。ベアリング10にかかる荷重としては、ラジアル荷重、スラスト荷重、モーメント荷重がある。ラジアル荷重は、回転軸に対し垂直な方向(回転軸の円周方向)にかかる荷重である。スラスト荷重は、回転軸に対し平行な方向(回転軸の軸方向)にかかる荷重である。モーメント荷重は、回転軸の偏心によって発生する荷重である。
【0047】
ベアリング10を回転させると、ベアリングボール4は、内輪5および外輪6と接触しながら摺動する。実施形態に係るベアリングボール4では、窒化珪素結晶粒子2内の固溶酸素量が制御されている。このため、ベアリングボール4は、接触による耐久性に優れている。高速回転を行うと、ラジアル荷重およびスラスト荷重が大きくなる。また、内輪5および外輪6には、SUJ2などの軸受鋼が用いられることもある。従来、ベアリングボールに、軸受鋼が用いられることもあった。実施形態に係るベアリングボール4は、窒化珪素から構成される。窒化珪素の比重は鋼の比重よりも小さく、ベアリングボール4による内輪5および外輪6への攻撃性を低減できる。つまり、ベアリングボール4からの摺動に伴って、軌道輪の摺動面が削れて行くことを抑制できる。摺動面が削れると、回転軸の偏心が生じる。攻撃性が低減されることで、回転軸の偏心が抑制される。このため、実施形態によれば、モーメント荷重が増加することを抑制できる効果もある。例えば、高速回転になるほど遠心力に差がでる。また、実施形態によれば、回転摩擦による温度上昇を抑える効果もある。
【0048】
それぞれの荷重はベアリングボールの重量、つまりは体積に影響を受ける。ベアリングボールの直径が3mm以下の小さなものでは、回転速度が上がっても、荷重への影響は小さい。一方、ベアリングボールの直径が5/16インチ(7.9375mm)以上になると、荷重への影響が大きく現れてくる。ベアリング10は、複数のベアリングボール4を備える。実施形態によれば、ベアリングボール4の耐久性を向上させることができる。また、相手部材への攻撃性も低減できる。個々のベアリングボール4による相手部材への攻撃性が低下される。このため、実施形態に係るベアリングボール4を用いたベアリング10の耐久性も向上させることができる。また、自動車や工作機械などに搭載されるベアリングは、振動する環境下で使われている。振動する環境では、相手部材への攻撃性が高くなる。実施形態に係るベアリングボール4を用いたベアリング10は、振動する環境下で使用したとしても、優れた耐久性を示す。
【0049】
次に、実施形態に係る窒化珪素焼結体1の製造方法について説明する。実施形態に係る窒化珪素焼結体1は、上記構成を備えていれば、その製造方法は特に限定されない。ここでは、窒化珪素焼結体1を歩留まり良く得るための方法を説明する。
【0050】
まず、窒化珪素粉末を用意する。窒化珪素粉末の平均粒径は2.5μm以下であり、不純物酸素含有量が2質量%以下であることが好ましい。不純物酸素量が2質量%を超えて多いと、固溶酸素量を制御することが困難となる可能性がある。また、α化率90%以上の窒化珪素粉末を用いることが好ましい。α型窒化珪素粉末は、焼結工程により、β型窒化珪素結晶粒子に粒成長する。β型窒化珪素結晶粒子は、アスペクト比が1.5以上の細長い粒子になり易い。細長い粒子が複雑に分布することにより、窒化珪素焼結体1の機械的特性を向上させることができる。
【0051】
窒化珪素粉末としては、イミド分解法、直接窒化法などで製造されたものがある。イミド分解法で作製された窒化珪素粉末を、イミド粉と呼ぶこともある。直接窒化法で作製された窒化珪素粉末を、直接窒化粉と呼ぶこともある。イミド粉については、粒内の酸素量が少なく、不純物量も少ない。直接窒化粉では、イミド粉と比べて、粒内の酸素量および不純物量が多い。不純物酸素量が2質量%以下であれば、イミド粉、直接窒化粉のどちらを用いてもよい。
【0052】
次に、焼結助剤粉末を用意する。焼結助剤粉末は、希土類元素、アルミニウム、マグネシウム、チタン、ハフニウム、タングステン、モリブデン、および珪素から選択される1種以上の金属化合物粉末であることが好ましい。金属化合物粉末は、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、および金属硫化物から選択される1種以上である。
【0053】
希土類化合物粉末とアルミニウム化合物粉末は、互いに反応して粒界相3を形成することができる。希土類元素は、イットリウム(Y)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)、およびセリウム(Ce)から選択される1種以上であることが好ましい。希土類元素は希土類酸化物として添加することにより、希土類元素とアルミニウム化合物とが反応し易くなる。また、アルミニウム化合物は、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、およびMgO・Alスピネルから選択される1種または2種が好ましい。これらは、希土類酸化物と反応して、希土類アルミニウム酸化物、または希土類アルミニウム窒化物、希土類アルミニウム酸窒化物を形成することができる。希土類アルミニウム酸化物、希土類アルミニウム窒化物、および希土類アルミニウム酸窒化物をまとめて希土類アルニウム系化合物と呼ぶ。希土類アルミニウム系化合物は、他の元素を含んでいてもよい。他の元素としては、マグネシウム、ハフニウム、および珪素が挙げられる。
【0054】
チタン、ハフニウム、タングステン、モリブデン、および珪素から選択される1種以上は、粒界相を強化する効果を有する。例えば、酸化チタン(TiO)は、焼結工程により窒化チタン(TiN)となる。窒化チタン粒子は、粒界相を強化する強化粒子となる。これ以外にも、モリブデンの窒化物、炭化物、および硫化物は、強化粒子となる。珪素の炭化物も強化粒子となる。希土類アルミニウム系化合物からなる粒界相3に、強化粒子を分散させ、粒界相3を強化することにより、さらに耐摩耗性を向上させることができる。
【0055】
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末の合計を100質量部としたとき、焼結助剤粉末は1質量部以上20質量部以下の範囲内であることが好ましい。粒界相3は、焼結助剤同士の反応または窒化珪素と焼結助剤の反応によって形成される。焼結助剤粉末の添加量を制御することにより、粒界相3の質量比を制御することができる。
【0056】
次に、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合する工程を行う。窒化珪素焼結体における窒化珪素結晶粒子の長径およびアスペクト比を制御するには、焼結性の均質性が必要である。そのためには、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末が均一に混合されていることが必要である。焼結工程にて、焼結助剤は、反応して粒界相3になる。この粒界相3を介して窒化珪素結晶粒子2の成長反応が進む。窒化珪素粉末と焼結助剤粉末が均一混合されていることにより、粒界相3を介する反応を均質化することができる。つまり、焼結性の均質性とは、焼結助剤が粒界相となる反応の均質さ、および窒化珪素結晶粒子の粒成長の均質さを示す。
【0057】
また、混合工程では、ボールミルやビーズミルが用いられている。窒化珪素粉末および焼結助剤粉末は、凝集した2次粒子として存在することが多い。この2次粒子は、均質な焼結性の阻害要因となる。2次粒子を、凝集のない1次粒子に解砕しながら均一に混合することで、焼結性の均質性を向上させることができる。
【0058】
この解砕をともなう混合工程では、1次粒子をさらに破壊するような強い応力を加えないことが好ましい。1次粒子を破壊すると、窒化珪素粉末に破断面が形成される。破断面は活性面であるため、1次粒子本来の反応性とは異なる面が形成される。これは均質な焼結性の阻害要因となる。従って、1次粒子に破断面が形成されるのを抑制することが有効である。破断面の形成を抑制することで、窒化珪素粉末と酸素との反応を抑制できる。これにより、形成される窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量を、0.2wt%以上1.5wt%以下の範囲内に制御できる。
【0059】
上述した2次粒子の解砕には、溶媒を用いた湿式解砕が適している。粒子表面への濡れ性が大きく、且つ粒子との反応性が小さい溶媒を用いる。この方法によれば、解砕に必要な応力が小さくて済み、1次粒子の破壊が抑制できる。窒化珪素粉末と焼結助剤粉末の解砕をともなう混合には、有機溶媒が適している。有機溶媒には、アルコール類、ケトン類、または芳香族が適している。アルコール類、ケトン類、および芳香族から選択される2種以上を混合した有機溶媒が用いられてもよい。アルコール類は、炭化水素の水素の一部をヒドロシル基(OH基)に置き換えた物質の総称である。ケトン類は、RC(=O)-R’で示される物質である。RおよびR’は、アルキル基などである。芳香族は、ベンゼン環を含む有機物である。これら有機溶媒は、窒化珪素粉末および焼結助剤粉末との濡れ性が大きい。また、有機溶媒と粉末との反応性が小さい。これにより、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を均一に混合することができる。
【0060】
解砕工程をボールミルで行う場合、メディアの直径は、20mm以下、さらには12mm以下であることが好ましい。メディアは、セラミックスボールである。ボールミルは、円筒状の容器の中に粉末およびメディアを入れて、円筒状容器を回転させながら解砕する方法である。前述のように有機溶媒を用いたボールミル工程は、湿式解砕混合である。粉末に適した有機溶媒の選定により、解砕に必要な応力を小さくできる。つまり、メディア径の小さいセラミックスボールで2次粒子を解砕でき、メディアが粉末にぶつかるエネルギーを弱める効果がある。メディアが粉末にぶつかるエネルギーを弱めることにより、1次粒子に破断面が形成されることを抑制できる。なお、メディアの直径の最小値は、3mm以上であることが好ましい。メディアがあまり小さいと、作業効率が低下する可能性がある。
【0061】
ボールミルによる湿式解砕混合の時間は、5時間以上40時間以下の範囲内であることが好ましい。湿式解砕混合の時間が5時間未満では、解砕の効果が不足して、2次粒子が多く残存する可能性がある。湿式解砕混合の時間が40時間を超えて長いと、1次粒子に破断面が形成される可能性が増える。このため、ボールミルによる湿式解砕混合の時間は、5時間以上40時間以下、さらには10時間以上30時間以下の範囲内であることが好ましい。また、ボールミル工程において、円筒状容器の回転速度は、30rpm以上500rpm以下の範囲内であることが好ましい。さらに好ましくは、回転速度は、50rpm以上180rpm以下の範囲内である。
【0062】
2次粒子が解砕されたことは、解砕前後の粒度分布を調べることにより把握できる。2次粒子が解砕され、1次粒子が増えることにより、粒度分布(頻度分布)のピーク位置が、粒子サイズの小さい方にシフトする。また、粒度分布のピークが、よりシャープな形状になる。
【0063】
1次粒子の破断面の形成が抑制されていることは、解砕前後の酸素量を測定することにより把握できる。解砕前の酸素量は、原料粉末の酸素量である。解砕後の原料粉末の酸素量が解砕前と比べて大幅に増加していなければ、問題は無い。
【0064】
2次粒子を1次粒子へ解砕する際に、1次粒子表面にシランカップリング剤を吸着させる工程を行ってもよい。1次粒子表面にシランカップリング剤を吸着させると、溶媒への分散性が向上し、均一な混合に効果的である。シランカップリング剤を吸着させると、1次粒子の表面に酸化膜が形成される。これにより、個々の1次粒子表面の酸素量を、より厳密に制御することが可能となる。この結果、焼結性の均質性を向上させることができる。
【0065】
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合し、溶媒、バインダなどを添加すると、原料粉末スラリーが得られる。次に、得られた原料スラリーを使って、成型工程を行う。成型工程では、必要に応じて造粒を行い、成形体を調製する。成型工程として、金型プレス、冷間静水圧プレス(CIP)などが挙げられる。成形圧力は100MPa以上であることが好ましい。
【0066】
次に、成形体を脱脂する脱脂工程を行う。脱脂工程は、300℃以上700℃以下の範囲内で行うことが好ましい。脱脂工程は、大気中または非酸化性雰囲気中などで実施される。脱脂工程の雰囲気は、特に限定されない。
【0067】
次に、脱脂体を焼結する焼結工程を行う。焼結工程は、1600℃以上1900℃以下の範囲内で行うことが好ましい。焼結工程は、常圧焼結、加圧焼結のどちらであってもよい。焼結工程は、非酸化性雰囲気中で行うことが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気またはアルゴン雰囲気が挙げられる。
【0068】
焼結過程において、1600℃以上1900℃以下の範囲内へ昇温させる途中、1500℃から加圧を行うことが好ましい。1500℃未満では常圧(0.1MPa)とする。1500℃以上での圧力は、0.2MPa以上が好ましい。また、1500℃から焼結温度までの昇温速度を、20℃/hr以上100℃/hr以下の範囲内に制御することが望ましい。1500℃付近から、α型窒化珪素粉末はβ型に転移し、粒成長していく。β型転移の際に、窒化珪素結晶粒子内の酸素を放出し易い。加圧することにより、窒化珪素結晶粒子から酸素が放出され過ぎないようにすることができる。なお、圧力の上限は特に限定されないが、10MPa以下が好ましい。また、昇温速度の制御は、粒成長の度合いを均質化することに有効である。
【0069】
必要に応じ、得られた焼結体に対して、熱間静水圧プレス(HIP)工程を行う。HIP工程は、1500℃以上1900℃の範囲内で行うことが好ましい。HIP工程では、非酸化性雰囲気中にて、30MPa以上の加圧を加えることが好ましい。
【0070】
以上の工程により、実施形態にかかる窒化珪素焼結体1を作製することができる。また、窒化珪素焼結体1の摺動面となる個所を研磨加工することにより、耐摩耗性部材が得られる。摺動面となる個所の表面粗さRaは、1μm以下であることが好ましい。
【0071】
(実施例)
(実施例1~5、比較例1~2)
平均粒径が2.5μm以下、不純物酸素含有量が2質量%以下、α化率が90%以上の窒化珪素粉末を用意した。次に、焼結助剤を用意した。焼結助剤の成分、窒化珪素粉末の割合、および焼結助剤の割合は、表1に記載した通りである。
【0072】
【表1】
【0073】
次に、ボールミルを用いて混合工程を行い、窒化珪素粉末と焼結助剤を混合した。ボールミルを用いた混合工程では、有機溶媒として、アルコール類、ケトン類、芳香族から選択される1種以上を用いた。メディア径、回転速度、混合時間は、表2に記載した通りである。実施例3および実施例5では、混合工程の際に、シランカップリング剤を添加した。
【0074】
【表2】
【0075】
ボールミルを用いた混合工程により、原料スラリーを調製した。次に、得られた原料スラリーを使って、スプレー造粒を行う。その造粒粉を用いて、金型プレス成形により成形体を作成した。さらに、冷間静水圧プレスにより、成形体を調製した。成形圧力は、150MPaに設定した。
【0076】
次に、成形体を脱脂した。脱脂工程は、300℃以上700℃以下、非酸化性雰囲気で行った。得られた脱脂体に対し、焼結工程を行った。焼結工程において、1500℃から焼結温度までの圧力および昇温速度は、表3に記載した通りである。焼結工程は、非酸化性雰囲気で行った。
【0077】
【表3】
【0078】
得られた窒化珪素焼結体に対して、HIP処理を行った。HIP処理は、1600℃以上1800℃以下、圧力30MPa以上150MPa以下の範囲内で行った。
【0079】
以上の焼結工程により、実施例および比較例に係る窒化珪素焼結体を製造した。窒化珪素焼結体に含まれる窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量、窒化珪素結晶粒子の長径の平均値、平均アスペクト比、XRDピークを測定した。
【0080】
窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の測定では、任意の断面の20μm×20μmの領域を測定エリアとした。TEM-EDSを用いて個々の固溶酸素量を測定した。また、測定された固溶酸素量の平均値を算出した。TEM-EDSの測定条件は、前述の通りである。長径3μm未満の窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値(A)、長径3μm以上の窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値(B)とし、その差を|(A)-(B)|により求めた。
【0081】
また、窒化珪素結晶粒子の長径の平均値、平均アスペクト比の測定では、任意の断面の50μm×50μmの領域を測定エリアとした。長径の平均値および平均アスペクト比は、SEM写真を用いて測定した。SEM写真を用いた方法は、前述の通りである。さらに、XRD分析により、所定の範囲におけるピークの強度比(I42.4°)/(I27.1°+I33.6°+I36.1°)についても分析した。XRD分析の条件は前述の通りである。
【0082】
なお、上述した通り、図4図6は、実施例3に係る窒化珪素焼結体を測定した際の第一のプロット図、第二のプロット図、第三のプロット図をそれぞれ示す。また、図7は、実施例3に係る窒化珪素焼結体のXRDピークの一例を示す。
【0083】
実施例1~5および比較例1~2のそれぞれについて、固溶酸素量(wt%)の平均値、個々の固溶酸素量の値の範囲、平均値(A)、平均値(B)、および差|(A)-(B)|の結果を、表4に記載した。長径の平均値、平均アスペクト比、長径の最大値、およびピーク強度比の結果を、表5に記載した。
【0084】
【表4】
【0085】
【表5】
【0086】
表4および表5から分かる通り、実施例に係る窒化珪素基板では、固溶酸素量が0.2wt%以上であった。それに対し、比較例1では、固溶酸素量が0.2wt%未満と少なかった。また、比較例2の固溶酸素量は、0.2wt%以上であった。しかし、長径の平均値が0.1μm以上10μm以下の範囲外であり、且つ平均アスペクト比が1.5以上10以下の範囲外であった。
【0087】
次に、各窒化珪素焼結体の3点曲げ強度、破壊靭性値、およびビッカース硬さを測定した。3点曲げ強度は、JIS-R-1601(2008)に準じた方法で測定した。破壊靭性は、JIS-R-1607(2015)のIF法に準じ、新原の式を使って測定した。ビッカース硬さは、JIS-R-1610(2003)に準じ、試験力9.807NのHV1で行った。これらの測定結果を表6に記載した。
【0088】
【表6】
【0089】
実施例および比較例では、いずれも、3点曲げ強度700MPa以上、破壊靭性値6MPa・m1/2以上であった。ビッカース硬さHV1が1400以上であった。また、熱伝導率を測定したところ、いずれも40W/m・K以下であった。
【0090】
次に、耐摩耗性試験を行った。試料には、直径3/8インチ(9.525mm)のベアリングボールを用いた。表面粗さRa0.01μmに研磨されたベアリングボールを用意した。。耐摩耗性試験では、スラスト型転がり摩耗試験装置を用いた。軸受鋼SUJ2からなる板状部材を用意した。板状部材上にベアリングボールを配置し、表7に記載した試験条件で耐摩耗性試験を行った。
【0091】
【表7】
【0092】
1回の試験は、ベアリングボールを3個配置して行った。実施例および比較例に係るベアリングボールを、それぞれ9個ずつ試験した。いずれのベアリングボールの表面にも割れまたは欠けが発生しなかった場合、試験結果を“OK”とした。1個でもベアリングボール表面に割れまたは欠けが生じた場合、試験結果を“NG”とした。それらの結果を表8に記載した。
【0093】
【表8】
【0094】
さらに、直径1-3/16インチ(30.16mm)の試料を用意し、同様の耐摩耗性試験を行った。それらの結果を表9に記載した。
【0095】
【表9】
【0096】
表8及び表9から分かる通り、実施例および比較例に係るベアリングボールは、試験条件1では同等の性能を示していた。また、実施例に係るベアリングボールは、試験条件2であっても優れた特性を示していた。特に、1-3/16インチのような大型ボールであっても、実施例に係るベアリングボールは、優れた耐久性を示した。それに対し、比較例に係るベアリングボールの性能は、試験条件2では低下した。このため、固溶酸素量などを制御することが、荷重に対する耐久性を向上させるために有効な方法であることが分かった。
【0097】
本発明の実施形態は、以下の構成を含む。
(付記1)
窒化珪素結晶粒子および粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
任意の断面の20μm×20μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値は0.2wt%以上であり、
任意の断面の50μm×50μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の平均値は0.1μm以上10μm以下、前記窒化珪素結晶粒子のアスペクト比の平均値は1.5以上10以下である、窒化珪素焼結体。
(付記2)
20μm×20μmの前記領域に存在するそれぞれの窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量が0.2wt%以上1.5wt%以下である、付記1記載の窒化珪素焼結体。
(付記3)
20μm×20μmの前記領域において、長径が3μm未満の前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値と、長径が3μm以上の前記窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量の平均値と、の差が0.1wt%以下である、付記1ないし付記2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
(付記4)
前記粒界相を1質量%以上20質量%以下含有している、付記1ないし付記3のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
(付記5)
任意の断面の300μm×300μmの領域において、前記窒化珪素結晶粒子の長径の最大値が25μm以下である、付記1ないし付記4のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
(付記6)
任意の断面をXRD分析したとき、42.4±0.3°に検出される最強ピーク強度をI42.4°とし、β-Si結晶に応じた27.1±0.3°、33.6±0.3°、36.1±0.3°に検出される最強ピーク強度をI27°、I33°、I36°とした場合に、(I42°)/(I27°+I33°+I36°)の値が0.005以上0.030以下である、付記1ないし付記5のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
(付記7)
破壊靭性値が6MPa・m1/2以上である、付記1ないし付記6のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
(付記8)
付記1ないし付記7のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体が用いられた耐摩耗性部材。
(付記9)
ベアリングボール、ころ、ローラ、摩擦攪拌接合用ツール部材から選択される1種である、付記8記載の耐摩耗性部材。
【0098】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態やその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
【符号の説明】
【0099】
1…窒化珪素焼結体
2…窒化珪素結晶粒子
3…粒界相
4…ベアリングボール
5…内輪
6…外輪
10…ベアリング
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7