(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】アルコール製造用触媒の再生方法
(51)【国際特許分類】
B01J 23/90 20060101AFI20240416BHJP
B01J 23/30 20060101ALI20240416BHJP
B01J 38/06 20060101ALI20240416BHJP
C07C 29/04 20060101ALI20240416BHJP
C07C 31/08 20060101ALI20240416BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20240416BHJP
【FI】
B01J23/90 Z
B01J23/30 Z
B01J38/06
C07C29/04
C07C31/08
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2020154611
(22)【出願日】2020-09-15
【審査請求日】2023-07-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100146466
【氏名又は名称】高橋 正俊
(74)【代理人】
【識別番号】100202418
【氏名又は名称】河原 肇
(72)【発明者】
【氏名】木村 季弘
(72)【発明者】
【氏名】井上 玄
(72)【発明者】
【氏名】小谷野 雅史
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-192047(JP,A)
【文献】特開2003-071299(JP,A)
【文献】特開平05-184933(JP,A)
【文献】特開2005-225779(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
C07C 29/04
C07C 31/08 - 31/125
C07B 61/00
CAplus/REGISTRY/CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性又はアルコール選択性が低下したアルコール製造用触媒を150~350℃の温度範囲内で水蒸気を含有する再生用ガスで処理することを特徴とするアルコール製造用触媒の再生方法であって、前記アルコール製造用触媒が、水と炭素原子数2~5のオレフィンとを反応器へ供給し、気相中で水和反応させることによるアルコールの製造に用いられるものであって、ヘテロポリ酸又はその塩が担体に担持された固体酸触媒である、アルコール製造用触媒の再生方法。
【請求項2】
前記再生用ガスが、不活性ガスと水蒸気とを含有する混合ガスである請求項1に記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
【請求項3】
前記再生用ガス中の水蒸気の分圧が0.01~1MPaである請求項1又は2のいずれかに記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
【請求項4】
前記再生用ガスによる処理を、前記アルコール製造用触媒を前記反応器から取り出すことなく前記反応器中で行う請求項1~3のいずれか一項に記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
【請求項5】
前記ヘテロポリ酸が、ケイタングステン酸、リンタングステン酸、リンモリブデン酸、ケイモリブデン酸、ケイバナドタングステン酸、リンバナドタングステン酸及びリンバナドモリブデン酸からなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物である請求項1~4のいずれか一項に記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
【請求項6】
前記担体がシリカである請求項1~5のいずれか一項に記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
【請求項7】
前記炭素原子数2~5のオレフィンがエチレンであり、前記アルコールがエタノールである、請求項1~6のいずれか一項に記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オレフィンの水和反応によってアルコールを製造する触媒の再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工業用エタノールは有機溶剤、有機合成原料、消毒剤、化学品などの中間体として広く使用される重要な工業化学製品である。工業用エタノールは、硫酸、スルホン酸などの液体の酸、ゼオライト触媒、タングステン、ニオブ、タンタルなどを含む金属酸化物触媒、あるいはリンタングステン酸、ケイタングステン酸などのヘテロポリ酸又はリン酸をシリカ担体、珪藻土担体などに担持させた固体酸触媒の存在下、エチレンの水和反応により得られることが知られている。特に、リン酸を担体に担持させた固体触媒を用いたプロセスが工業的に実施されている。しかし、ゼオライト、ヘテロポリ酸などの触媒では反応時間とともにアルコールの収率又は選択性が徐々に低下することが報告されており、触媒寿命の短さが問題となっている(非特許文献1及び2)。特許文献1及び特許文献2には、改良されたヘテロポリ酸系の触媒が記載されているが、十分な寿命評価はなされておらず、これらの触媒は工業的に利用できる水準に達していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平8-192047号公報
【文献】特開平8-225473号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】工業化学雑誌 1966年第69巻第10号32頁~32頁
【文献】石油学会誌 1963年4月号336頁~341頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
目的物であるアルコールの収率が下がった場合、触媒活性の維持を目的に徐々に反応温度を上昇させることが一般に行われている。しかし、アルコール製造用触媒として用いられる酸触媒は熱に弱く、反応温度を高くしすぎると、触媒の分解が起こり、その結果急激な触媒劣化を招くこととなる。したがって、触媒の長寿命化、及び長時間にわたる安定した反応という観点から、触媒の有効な再生方法が強く望まれている。
【0006】
触媒の再生方法として、劣化した触媒に付着した炭素成分を、酸素含有ガスを用いて高温で燃焼除去する方法が一般に知られている。しかし、アルコール製造用触媒は熱的安定性が低いことからこの方法は適さない。また、工業プロセスにおいて再生処理のたびに反応温度から温度を変更することは、手間がかかる上に操業時間のロスが生じ、設備の追加も必要となるため実際的でない。反応温度と変わらない温度で行うことができる再生処理が実際の工業プロセスでは望ましい。
【0007】
本発明は、ヘテロポリ酸又はその塩が担体に担持された固体酸触媒を用いたオレフィンの水和反応によるアルコールの製造において、活性又はアルコール選択性が低下した、劣化したアルコール製造用触媒を再使用可能とし、長期間にわたってアルコールを安定的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討の結果、気相中で行うオレフィンの水和反応によるアルコールの製造において、触媒表面への炭素成分の付着により触媒の劣化が生じるという知見に基づき、触媒の活性及びアルコール選択性を、反応条件に近い温度及び圧力条件下、水蒸気を含有する再生用ガスで劣化した触媒を処理することで回復させることができることを見出して本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、以下の[1]~[7]に関する。
[1]
活性又はアルコール選択性が低下したアルコール製造用触媒を150~350℃の温度範囲内で水蒸気を含有する再生用ガスで処理することを特徴とするアルコール製造用触媒の再生方法であって、前記アルコール製造用触媒が、水と炭素原子数2~5のオレフィンとを反応器へ供給し、気相中で水和反応させることによるアルコールの製造に用いられるものであって、ヘテロポリ酸又はその塩が担体に担持された固体酸触媒である、アルコール製造用触媒の再生方法。
[2]
前記再生用ガスが、不活性ガスと水蒸気とを含有する混合ガスである[1]に記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
[3]
前記再生用ガス中の水蒸気の分圧が0.01~1MPaである[1]又は[2]のいずれかに記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
[4]
前記再生用ガスによる処理を、前記アルコール製造用触媒を前記反応器から取り出すことなく前記反応器中で行う[1]~[3]のいずれかに記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
[5]
前記ヘテロポリ酸が、ケイタングステン酸、リンタングステン酸、リンモリブデン酸、ケイモリブデン酸、ケイバナドタングステン酸、リンバナドタングステン酸及びリンバナドモリブデン酸からなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物である[1]~[4]のいずれかに記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
[6]
前記担体がシリカである[1]~[5]のいずれかに記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
[7]
前記炭素原子数2~5のオレフィンがエチレンであり、前記アルコールがエタノールである、[1]~[6]のいずれかに記載のアルコール製造用触媒の再生方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ヘテロポリ酸又はその塩が担体に担持された固体酸触媒を用いたオレフィンの水和反応によるアルコールの製造において、活性又はアルコール選択性が低下した、劣化したアルコール製造用触媒が再使用可能であり、長期間にわたってアルコールを安定的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1及び比較例1におけるエチレン転化率の経時変化を示すグラフである。
【
図2】実施例1及び比較例1におけるエタノール選択率の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好ましい実施の形態について説明するが、本発明はこれらの形態のみに限定されるものではなく、その精神と実施の範囲内において様々な応用が可能であることを理解されたい。
【0013】
(アルコール製造用触媒)
一実施形態では、アルコール製造用触媒として、ヘテロポリ酸又はその塩(本開示において「ヘテロポリ酸塩」ともいう。)が担体に担持された固体酸触媒を用いる。
【0014】
(ヘテロポリ酸、ヘテロポリ酸塩)
ヘテロポリ酸とは、中心元素及び酸素が結合した周辺元素からなるものである。中心元素は、通常ケイ素又はリンであるが、元素の周期表の第1族~第17族の多種の元素から選ばれる任意の1つからなることができる。具体的には、例えば、第二銅イオン;二価のベリリウム、亜鉛、コバルト又はニッケルのイオン;三価のホウ素、アルミニウム、ガリウム、鉄、セリウム、ヒ素、アンチモン、リン、ビスマス、クロム又はロジウムのイオン;四価のケイ素、ゲルマニウム、スズ、チタン、ジルコニウム、バナジウム、硫黄、テルル、マンガン、ニッケル、白金、トリウム、ハフニウム、セリウムのイオン及び他の希土類イオン;五価のリン、ヒ素、バナジウム、アンチモンイオン;六価のテルルイオン;及び七価のヨウ素イオン等を挙げることができるが、これに限定されるものではない。また、周辺元素の具体例としては、タングステン、モリブデン、バナジウム、ニオブ、タンタル等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0015】
このようなヘテロポリ酸は、また、「ポリオキソアニオン」、「ポリオキソ金属塩」又は「酸化金属クラスター」として知られている。よく知られているアニオン類のいくつかの構造には、この分野の研究者本人にちなんで名前が付けられており、例えば、ケギン(Keggin)型構造、ウエルス-ドーソン(Wells-Dawson)型構造及びアンダーソン-エバンス-ペアロフ(Anderson-Evans-Perloff)型構造が知られている。詳しくは、「ポリ酸の化学」(社団法人日本化学会編、季刊化学総説No.20、1993年)に記載がある。ヘテロポリ酸は、通常高分子量、例えば、700~8500の範囲の分子量を有し、その単量体だけでなく、二量体錯体をも含む。
【0016】
ヘテロポリ酸塩とは、上記ヘテロポリ酸の水素原子の一部又は全てを置換した金属塩又はオニウム塩であれば特に制限はない。具体的には、例えばリチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム、マグネシウム、バリウム、銅、金及びガリウムの金属塩、並びにアンモニアなどのオニウム塩を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
【0017】
ヘテロポリ酸は、特にヘテロポリ酸が遊離酸及びいくつかの塩である場合、水又は他の酸素化溶媒のような極性溶媒に対して比較的高い溶解度を有する。それらの溶解度は適当な対イオンを選択することにより制御することができる。
【0018】
触媒として用いることができるヘテロポリ酸の例としては
ケイタングステン酸 H4[SiW12O40]・xH2O
リンタングステン酸 H3[PW12O40]・xH2O
リンモリブデン酸 H3[PMo12O40]・xH2O
ケイモリブデン酸 H4[SiMo12O40]・xH2O
ケイバナドタングステン酸 H4+n[SiVnW12-nO40]・xH2O
リンバナドタングステン酸 H3+n[PVnW12-nO40]・xH2O
リンバナドモリブデン酸 H3+n[PVnMo12-nO40]・xH2O
ケイバナドモリブデン酸 H4+n[SiVnMo12-nO40]・xH2O
ケイモリブドタングステン酸 H4[SiMonW12-nO40]・xH2O
リンモリブドタングステン酸 H3[PMonW12-nO40]・xH2O
(式中、nは1~11の整数であり、xは1以上の整数である。)
などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0019】
ヘテロポリ酸は、ケイタングステン酸、リンタングステン酸、リンモリブデン酸、ケイモリブデン酸、ケイバナドタングステン酸、リンバナドタングステン酸、又はリンバナドモリブデン酸であることが好ましく、ケイタングステン酸、リンタングステン酸、ケイバナドタングステン酸、又はリンバナドタングステン酸であることがより好ましい。
【0020】
このようなヘテロポリ酸の合成方法としては、特に制限はなく、どのような方法を用いてもよい。例えば、モリブデン酸又はタングステン酸の塩とヘテロ原子の単純酸素酸又はその塩を含む酸性水溶液(pH1~pH2程度)を熱することによってヘテロポリ酸を得ることができる。ヘテロポリ酸化合物は、例えば生成したヘテロポリ酸水溶液から金属塩として晶析分離して単離することができる。ヘテロポリ酸の製造の具体例は、「新実験化学講座8 無機化合物の合成(III)」(社団法人日本化学会編、丸善株式会社発行、昭和59年8月20日、第3版)の1413頁に記載されているが、これに限定されるものではない。合成したヘテロポリ酸の構造確認は、化学分析のほか、X線回折、UV、又はIRの測定により行うことができる。
【0021】
ヘテロポリ酸塩の好ましい例としては、上記の好ましいヘテロポリ酸のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、セシウム塩、マグネシウム塩、バリウム塩、銅塩、金塩、ガリウム塩、及びアンモニウム塩等が挙げられる。
【0022】
ヘテロポリ酸塩の具体例としては、ケイタングステン酸のリチウム塩、ケイタングステン酸のナトリウム塩、ケイタングステン酸のセシウム塩、ケイタングステン酸の銅塩、ケイタングステン酸の金塩、ケイタングステン酸のガリウム塩;リンタングステン酸のリチウム塩、リンタングステン酸のナトリウム塩、リンタングステン酸のセシウム塩、リンタングステン酸の銅塩、リンタングステン酸の金塩、リンタングステン酸のガリウム塩;リンモリブデン酸のリチウム塩、リンモリブデン酸のナトリウム塩、リンモリブデン酸のセシウム塩、リンモリブデン酸の銅塩、リンモリブデン酸の金塩、リンモリブデン酸のガリウム塩;ケイモリブデン酸のリチウム塩、ケイモリブデン酸のナトリウム塩、ケイモリブデン酸のセシウム塩、ケイモリブデン酸の銅塩、ケイモリブデン酸の金塩、ケイモリブデン酸のガリウム塩;ケイバナドタングステン酸のリチウム塩、ケイバナドタングステン酸のナトリウム塩、ケイバナドタングステン酸のセシウム塩、ケイバナドタングステン酸の銅塩、ケイバナドタングステン酸の金塩、ケイバナドタングステン酸のガリウム塩;リンバナドタングステン酸のリチウム塩、リンバナドタングステン酸のナトリウム塩、リンバナドタングステン酸のセシウム塩、リンバナドタングステン酸の銅塩、リンバナドタングステン酸の金塩、リンバナドタングステン酸のガリウム塩;リンバナドモリブデン酸のリチウム塩、リンバナドモリブデン酸のナトリウム塩、リンバナドモリブデン酸のセシウム塩、リンバナドモリブデン酸の銅塩、リンバナドモリブデン酸の金塩、リンバナドモリブデン酸のガリウム塩;ケイバナドモリブデン酸のリチウム塩、ケイバナドモリブデン酸のナトリウム塩、ケイバナドモリブデン酸のセシウム塩、ケイバナドモリブデン酸の銅塩、ケイバナドモリブデン酸の金塩、ケイバナドモリブデン酸のガリウム塩等を挙げることができる。
【0023】
ヘテロポリ酸塩は、ケイタングステン酸のリチウム塩、ケイタングステン酸のナトリウム塩、ケイタングステン酸のセシウム塩、ケイタングステン酸の銅塩、ケイタングステン酸の金塩、ケイタングステン酸のガリウム塩;リンタングステン酸のリチウム塩、リンタングステン酸のナトリウム塩、リンタングステン酸のセシウム塩、リンタングステン酸の銅塩、リンタングステン酸の金塩、リンタングステン酸のガリウム塩;リンモリブデン酸のリチウム塩、リンモリブデン酸のナトリウム塩、リンモリブデン酸のセシウム塩、リンモリブデン酸の銅塩、リンモリブデン酸の金塩、リンモリブデン酸のガリウム塩;ケイモリブデン酸のリチウム塩、ケイモリブデン酸のナトリウム塩、ケイモリブデン酸のセシウム塩、ケイモリブデン酸の銅塩、ケイモリブデン酸の金塩、ケイモリブデン酸のガリウム塩;ケイバナドタングステン酸のリチウム塩、ケイバナドタングステン酸のナトリウム塩、ケイバナドタングステン酸のセシウム塩、ケイバナドタングステン酸の銅塩、ケイバナドタングステン酸の金塩、ケイバナドタングステン酸のガリウム塩;リンバナドタングステン酸のリチウム塩、リンバナドタングステン酸のナトリウム塩、リンバナドタングステン酸のセシウム塩、リンバナドタングステン酸の銅塩、リンバナドタングステン酸の金塩、リンバナドタングステン酸のガリウム塩;リンバナドモリブデン酸のリチウム塩、リンバナドモリブデン酸のナトリウム塩、リンバナドモリブデン酸のセシウム塩、リンバナドモリブデン酸の銅塩、リンバナドモリブデン酸の金塩、リンバナドモリブデン酸のガリウム塩;ケイバナドモリブデン酸のリチウム塩、又はケイバナドモリブデン酸のナトリウム塩であることが好ましい。
【0024】
ヘテロポリ酸塩は、ケイタングステン酸のリチウム塩、ケイタングステン酸のナトリウム塩、ケイタングステン酸のセシウム塩、ケイタングステン酸の銅塩、ケイタングステン酸の金塩、ケイタングステン酸のガリウム塩;リンタングステン酸のリチウム塩、リンタングステン酸のナトリウム塩、リンタングステン酸のセシウム塩、リンタングステン酸の銅塩、リンタングステン酸の金塩、リンタングステン酸のガリウム塩;ケイバナドタングステン酸のリチウム塩、ケイバナドタングステン酸のナトリウム塩、ケイバナドタングステン酸のセシウム塩、ケイバナドタングステン酸の銅塩、ケイバナドタングステン酸の金塩、ケイバナドタングステン酸のガリウム塩;リンバナドタングステン酸のリチウム塩、リンバナドタングステン酸のナトリウム塩、リンバナドタングステン酸のセシウム塩、リンバナドタングステン酸の銅塩、リンバナドタングステン酸の金塩、又はリンバナドタングステン酸のガリウム塩であることがより好ましい。
【0025】
ヘテロポリ酸塩として、ケイタングステン酸のリチウム塩又はリンタングステン酸のセシウム塩を用いることが特に好適である。
【0026】
(担体)
ヘテロポリ酸又はヘテロポリ酸塩は担体に担持させて使用する。担体は、シリカ、珪藻土、チタニア、活性炭、アルミナ、及びシリカアルミナからなる群より選ばれる少なくとも一種であることが好ましく、シリカであることがより好ましい。
【0027】
(シリカ担体)
一般に、合成非晶質シリカは、乾式法又は湿式法のいずれかで製造される。四塩化ケイ素を酸素存在下、水素炎中で燃焼する燃焼法は乾式法に分類され、ケイ酸ナトリウムと鉱酸の中和反応を酸性のpH領域で進行させることにより、一次粒子の成長を抑えた状態で凝集を起こさせるゲル法、アルコキシシランの加水分解を行うゾルゲル法、及びケイ酸ソーダをイオン交換し、活性ケイ酸を調製後、加熱下でpH調整した種粒子含有水溶液中で粒子成長させる水ガラス法は湿式法に分類される。燃焼法で得られたシリカはフュームドシリカ、ゲル法で得られたシリカはシリカゲル、ゾルゲル法及び水ガラス法で得られたシリカ粒子を水等の媒体に分散させたシリカはコロイダルシリカと、それぞれ一般に呼ばれている。
【0028】
一実施形態のシリカ担体は、燃焼法により得られたフュームドシリカと、ゲル法で得られたシリカゲルと、ゾルゲル法又は水ガラス法で得られたコロイダルシリカとを混練し、混練物を成形し、次いで成形体を焼成することにより得ることができる。
【0029】
フュームドシリカ、シリカゲル、及びコロイダルシリカを混練し、成形加工を行い、焼成した場合、各成分の配合割合、混練方法、焼成条件等によって、焼成後のシリカ担体の一次粒子及び二次粒子の大きさ、多孔体の内部状態などが変化するため、シリカ担体の高次構造は規定することができない。シリカ担体の組成式はSiO2である。
【0030】
フュームドシリカに制限はなく、一般的なフュームドシリカを使用することができる。市販されているフュームドシリカの例としては、日本アエロジル株式会社製のアエロジル(商標)、株式会社トクヤマ製のレオロシール(商標)、キャボットコーポレーション社製のCAB-O-SIL(商標)等を挙げることができる。市販されているフュームドシリカには、親水性と疎水性のグレードがあるが、いずれのものも使用することができる。代表的なフュームドシリカは、物性値として例えば一次粒子径7~40nm、比表面積50~500m2/gを有し、多孔質ではなく内部表面積がなく非晶質であり、酸化ケイ素としての純度が99%以上と高く、金属及び重金属を殆ど含まないといった特徴を有する。
【0031】
シリカゲルにも制限はなく、一般的なシリカゲルを使用することができる。市販されているシリカゲルの例としては、東ソー・シリカ株式会社製のNIPGEL、水澤化学工業株式会社製のMIZUKASIL、富士シリシア化学株式会社製のCARiACT、AGCエスアイテック株式会社製のサンスフェア等を挙げることができる。一般に、シリカゲルは、珪砂(SiO2)とソーダ灰(Na2CO3)を混合溶融して得られるケイ酸ソーダガラス(カレット)を水に溶解したケイ酸ソーダを原料に用い、ケイ酸ソーダと硫酸のような鉱酸との反応を酸性条件下で行い、一次粒子の成長を抑えた状態で凝集を起こすことで、反応液全体をゲル化させることにより製造される。シリカゲルの物性としては特に制限されないが、シリカゲルは、一次粒子が小さく、比表面積が高く、二次粒子が硬いといった特徴を有する。シリカゲルの具体的な物性の例としては、BET比表面積が200~1000m2/g、二次粒子径が1~30μm、窒素ガス吸着法(BJH法)による細孔容積が0.3~2.5mL/gであることが挙げられる。シリカゲルの純度は高いほど好ましく、好ましい純度としては95質量%以上、より好ましくは98質量%以上である。
【0032】
コロイダルシリカも特に制限されず、一般的なコロイダルシリカを使用することができる。市販されているコロイダルシリカの例としては、日産化学株式会社製のスノーテックス(商標)、日本化学工業株式会社製のシリカドール、株式会社ADEKA製のアデライト、キャボットコーポレーション社製のCAB-O-SIL(商標)TG-Cコロイダルシリカ、扶桑化学工業株式会社製のクォートロン(商標)等を挙げることができる。コロイダルシリカは、シリカ微粒子を水等の媒体に分散させたものである。コロイダルシリカの製造方法として、水ガラス法とアルコキシシランの加水分解によるゾルゲル法があり、どちらの製法で製造されたコロイダルシリカでも用いることができる。水ガラス法で製造されたコロイダルシリカとゾルゲル法で製造されたコロイダルシリカを組み合わせて使用してもよい。コロイダルシリカの代表的な物性としては、粒子径が4~80nm、水又は有機溶剤中に分散しているシリカの固形分濃度が5~40質量%であることが挙げられる。コロイダルシリカ中の不純物濃度は、担持する触媒活性成分に影響を及ぼすおそれがあるので、低い方が望ましい。固形分中のシリカ純度は、99質量%以上であることが好ましく、99.5質量%以上であることがより好ましい。
【0033】
シリカ担体は、フュームドシリカ、シリカゲル、及びコロイダルシリカを混練し、得られた混練物を成形した後、成形体を焼成することにより得ることができる。混練の際、適当な添加剤を加えてもよい。フュームドシリカ、シリカゲル、及びコロイダルシリカの配合比は、フュームドシリカ5~50質量部、シリカゲル40~90質量部、コロイダルシリカの固形分5~30質量部とすることが好ましい。より好ましくは、フュームドシリカ15~40質量部、シリカゲル45~70質量部、コロイダルシリカの固形分5~15質量部である。
【0034】
フュームドシリカ、シリカゲル、及びコロイダルシリカを混ぜ合わせる際に、成形性の改善、最終的なシリカ担体の強度向上などを目的として、水又は添加剤を加えることができる。添加剤としては、特に制限されず、一般的なセラミックス成形物を製造する際に使用される添加剤を用いることができる。その目的に応じて、結合剤、可塑剤、分散剤、潤滑剤、湿潤剤、消泡剤などを用いることができる。
【0035】
結合剤としては、ワックスエマルション、アラビアゴム、リグニン、デキストリン、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキシド、澱粉、メチルセルロース、Na-カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、アルギンアンモニウム、トラガントゴムなどを挙げることができる。結合剤の種類と濃度によって、混練物の粘性は大きく変化するので、使用する成形法に適した粘性となるように、結合剤の種類と量を選定する。
【0036】
可塑剤としては、グリセリン、ポリエチレングリコール、ジブチルフタレート等が挙げられ、混練物の柔軟性を高めることができる。
【0037】
分散剤としては、水系では、カルボキシメチルセルロースアンモニウム(CMC-NH4)、アクリル酸又はそのアンモニウム塩のオリゴマー、アニオン系界面活性剤、ポリカルボン酸アンモニウム、ワックスエマルジョン、モノエチルアミン等の各種アミン、ピリジン、ピペリジン、水酸化テトラメチルアンモニウム等が挙げられ、非水系では、脂肪酸、脂肪酸エステル、リン酸エステル、合成界面活性剤、ベンゼンスルホン酸等を挙げることができる。これらの分散剤を添加することで、凝集粒子の生成を避け、焼成後に均一な微細構造を持つ、シリカ担体を得ることができる。
【0038】
潤滑剤としては、炭化水素系では、流動パラフィン、パラフィンワックス、塩素化炭化水素等が挙げられ、脂肪酸系では、ステアリン酸、ラウリル酸、及びその金属塩等、脂肪酸アミド系等を挙げることができる。潤滑剤を添加することにより、粉末間の摩擦を少なくして、流動性をよくし、成形を容易にすることができ、また、成形品の型からの抜き取りが容易となる。
【0039】
粉末と分散剤とのぬれ特性を向上させるために、湿潤剤を添加することができる。湿潤剤としては、水系として、非イオン系界面活性剤、アルコール、グリコール等、非水系として、ポリエチレングリコールエチルエーテル、ポリオキシエチレンエステル等が挙げられる。これらの物質は固液界面に吸着されやすく、界面張力を低下させることにより、固体の濡れをよくする。
【0040】
スラリー系の混練物を取り扱う場合には、非イオン系界面活性剤、ポリアルキレングリコール系誘導体、ポリエーテル系誘導体などの消泡剤を添加することもできる。
【0041】
これらの添加剤は、単独でも使用でき、複数を同時に組み合わせて使用することもできるが、できるだけ少量の添加で効果があり、安価であること、粉末と反応しないこと、水又は溶媒に溶けること、酸化又は非酸化雰囲気中、例えば400℃以下の比較的低温で完全に分解すること、分解爆発した後に灰分、特にアルカリ金属及び重金属が残らないこと、分解ガスは毒性及び腐食性が無いこと、製品とならなかった破片の再生利用を妨げないことが望ましい。
【0042】
シリカ担体の形状は、特に限定されない。例えば球状、円柱状、中空円柱状、板状、楕円状、シート状、ハニカム状等が挙げられる。好ましくは、反応器への充填及び触媒活性成分の担持を容易にする、球状、円柱状、中空円柱状、又は楕円状であり、さらに好ましくは、球状、又は円柱状である。
【0043】
シリカ担体の成形方法は、特に限定されない。型込成形、押出成形、転動造粒、噴霧乾燥などの任意の都合のよい方法によって、フュームドシリカ、シリカゲル、及びコロイダルシリカを含む混練物から成形される。一般的な型込成形は、混練物を金属製の型に入れて何度も槌などで打ちながらよく詰め、さらにピストンで加圧した後に型から取り出すことを含み、スタンプ成形とも呼ばれている。押出成形は、混練物をプレスに詰めてダイス(口金)から押出し、適当な長さに切断して希望する形に成形することを一般的に含む。転動造粒は、混練物を斜めに置いた回転円盤上に落とし、粒を円盤上で転がして成長させ、球形とすることを含む。噴霧乾燥は、一般に、あまり大きな粒子にはならないが、濃厚なスラリーを熱風中に噴霧させて多孔質の粒子を得ることを含む。
【0044】
シリカ担体のサイズは特に制限されない。触媒活性成分を担持する触媒の製造時又は触媒充填時のハンドリング、反応器に充填した後の差圧、触媒反応の反応成績などに影響を与えるので、それらを考慮した大きさにすることが望ましい。シリカ担体は、成形体の焼成時に担体の収縮が起こるため、焼成条件によってサイズが決まる。シリカ担体の大きさ(焼成後)は、シリカ担体が球状の場合、その直径が0.5mm~12mmであることが好ましく、1mm~10mmであることがより好ましく、2mm~8mmであることがさらに好ましい。シリカ担体が球状ではない形状の場合のシリカ担体の大きさ(焼成後)は、大きさを測定した際に最大となる次元の長さが、0.5mm~12mmであることが好ましく、1mm~10mmであることがより好ましく、2mm~8mmであることがさらに好ましい。シリカ担体の粒径が0.5mm以上であると、担体製造時の生産性の低下、及び触媒として使用した場合の圧力損失の増大を防止することができる。シリカ担体の粒径が12mm以下であれば、担体内の拡散律速による反応速度の低下、及び副生成物の増加を防止することができる。
【0045】
焼成前又は焼成後に必要に応じて、マルメライザー(登録商標)(不二パウダル株式会社)等を用いた処理を行い、シリカ担体の形状を調整することもできる。例えば、焼成前の円柱状の成形体を前記マルメライザー(登録商標)で処理することで球状に成形することができる。
【0046】
焼成方法は特に制限されないが、添加物を分解し、シリカの構造破壊を防止するという観点から、適切な焼成温度の範囲がある。焼成温度は、300℃~1000℃であることが好ましく、500℃~900℃であることがより好ましい。焼成温度がこの範囲であると、添加物が完全に分解され、シリカ担体の性能に悪影響を与えることがない。また、シリカ担体の比表面積も向上する。焼成処理は、酸化及び非酸化のいずれの条件でも実施することができる。例えば、焼成処理を空気雰囲気下で行ってもよく、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行ってもよい。焼成処理の時間についても特に制限はなく、成形体の形状及び大きさ、使用する添加剤の種類及び量などに応じて、適宜決定することができる。
【0047】
一実施形態のシリカ担体は、細孔径分布測定において、細孔径が2~50nmのメソ細孔及び細孔径が50nm超、1000nm以下のマクロ細孔を有している。メソ細孔の存在はガス吸着法(BJH法)で確認することができる。マクロ細孔の存在は水銀圧入法で確認することができる。一般に、シリカ等の多孔質物質の細孔径分布測定には、水銀圧入法とガス吸着法(BJH法)が広く利用されている。IUPAC(国際純正・応用化学連合)の細孔の分類で見ると、水銀圧入法では50nm以上のマクロ細孔及び2nm~50nm未満のメソ細孔の一部が、ガス吸着法ではメソ細孔と2nm以下のミクロ細孔を測定することができる。シリカ担体が前記サイズのマクロ細孔を有することにより、細孔内における物質の拡散速度がより向上する。触媒としてこのようなシリカ担体を使用した場合、主反応速度の上昇にともなう活性向上、及び目的生成物の逐次的な副反応抑制にともなう選択性向上が期待できる。マクロ細孔と合わせて前記サイズのメソ細孔を有することにより、担持成分を高分散化させることができ、反応活性点の増加にともなう触媒活性の向上が期待できる。
【0048】
シリカ担体において、各細孔の分布割合については特に制限されず、シリカ担体を用いる反応の種類によって適切な細孔径分布割合を選択することができる。細孔径分布割合は、シリカ担体を製造する際のフュームドシリカ、シリカゲル、コロイダルシリカの混合比率、使用する添加剤の種類及び量、焼成温度、成形方法などによって調整することが可能である。
【0049】
水銀圧入法による細孔径分布において、シリカ担体のマクロ細孔の細孔容積(全マクロ細孔容積の積分値)が0.05~0.50cc/gであることが好ましい。シリカ担体のマクロ細孔の細孔容積は、より好ましくは0.07~0.40cc/gであり、さらに好ましくは0.10~0.30cc/gである。シリカ担体のマクロ細孔の細孔容積が0.05~0.50cc/gの範囲であると、物質の拡散速度と担体の強度が両立できる。
【0050】
シリカ担体のBET法による比表面積(BET比表面積)は、200~500m2/gであることが好ましい。シリカ担体のBET比表面積は、より好ましくは220~400m2/gであり、さらに好ましくは240~400m2/gである。シリカ担体のBET比表面積が200~500m2/gの範囲であると触媒化した場合に十分な反応速度を得ることができる。
【0051】
シリカ担体の嵩密度は、300~700g/Lであることが好ましい。シリカ担体の嵩密度は、より好ましくは400~650g/Lであり、さらに好ましくは450~600g/Lである。シリカ担体の嵩密度が300~700g/Lの範囲であると、必要量の活性成分を担持できるとともに、担体の強度も維持できる。
【0052】
シリカ担体のガス吸着法(BJH法)によるメソ細孔の平均細孔径は、3~16nmであることが好ましい。シリカ担体のガス吸着法(BJH法)によるメソ細孔の平均細孔径は、より好ましくは4~14nmであり、さらに好ましくは5~12nmである。シリカ担体のガス吸着法(BJH法)によるメソ細孔の平均細孔径が3~16nmの範囲であると、BET法による比表面積が十分な値となる。
【0053】
担体はいかなる形状であってもよく、その形状に特に制限はない。担体は、例えば、粉末状、球状、ペレット状などであってよく、球状、又はペレット状であることが好ましい。担体の粒径も特に制限はない。担体の粒径は、反応の形態により異なるが、固定床方式で用いる場合には、2mm~10mmであることが好ましく、3mm~7mmであることがより好ましい。
【0054】
ヘテロポリ酸又はその塩の担体への担持方法に特に制限はない。一般的には、ヘテロポリ酸又はその塩を溶媒に溶解又は懸濁させて得られた溶液又は懸濁液を担体に吸収させ、溶媒を蒸発させることにより行うことができる。
【0055】
ヘテロポリ酸塩の担体への担持方法として、担体にヘテロポリ酸を担持させたのちに塩を形成する元素の原料を担持させる方法、担体にヘテロポリ酸及び塩を形成する元素の原料を一緒に担持させる方法、担体にあらかじめ調製したヘテロポリ酸塩を担持させる方法、担体に塩を形成する元素の原料を担持させたのちにヘテロポリ酸を担持させる方法が挙げられるが、これらに限定されない。上記のいずれの方法においても、ヘテロポリ酸、その塩、及び塩を形成する元素の原料は、適当な溶媒に溶解又は懸濁させて担体に担持させることができる。溶媒は、ヘテロポリ酸、その塩、又は塩を形成する元素の原料を溶解又は懸濁できるものであればよく、水、有機溶媒又はそれらの混合物などが用いられ、好ましくは水、アルコール又はそれらの混合物が用いられる。
【0056】
ヘテロポリ酸又はその塩の担体への担持量は、具体的には、例えばヘテロポリ酸又はその塩を担体の吸水液量相当の蒸留水などに溶解させ、その溶液を担体に含浸させることにより調整することができる。別の実施態様では、ヘテロポリ酸又はその塩の担体への担持量は、担体を過剰量のヘテロポリ酸又はその塩の溶液中に適度に動かしながら浸漬し、その後濾過して過剰のヘテロポリ酸又はその塩を取り除くことにより調整することもできる。溶液又は懸濁液の容積は用いる担体、担持方法などにより異なる。ヘテロポリ酸又はその塩が含浸された担体を、加熱オーブン内に数時間おいて溶媒を蒸発させることにより、担体に担持された固体酸触媒を得ることができる。乾燥方法に特に制限はなく、静置式、ベルトコンベア式など、様々な方法を用いることができる。また、ヘテロポリ酸又はその塩の担体への担持量は、ICP、XRF等の化学分析によって正確に測定することができる。
【0057】
ヘテロポリ酸又はその塩の担体への担持量は、担体100質量部に対して、ヘテロポリ酸又はその塩の合計質量を10~150質量部とすることが好ましく、30~100質量部とすることがより好ましい。
【0058】
(オレフィンの水和反応によるアルコールの製造方法)
アルコールは、担体にヘテロポリ酸又はヘテロポリ酸塩が担持されている固体酸触媒(以降、「アルコール製造用触媒」と記載する。)を用い、水と炭素原子数2~5のオレフィンとを反応器へ供給し、気相中で水和反応させることで得ることができる。
【0059】
炭素原子数2~5のオレフィンの水和反応によるアルコール製造反応の具体例を式(1)に示す。
【化1】
(式中、R
1~R
4はそれぞれ独立して水素原子又は炭素原子数1~3のアルキル基を表し、R
1~R
4の合計の炭素原子数は0~3である。)
【0060】
アルコール製造用触媒を用いたオレフィンの水和反応で使用することができる炭素原子数2~5のオレフィンは特に限定されない。炭素原子数2~5のオレフィンとして、好ましくは、エチレン、プロピレン、n-ブテン、イソブテン、ペンテン又はそれらの二種以上の混合物を挙げることができ、より好ましくはエチレンである。オレフィンと水との使用割合に制限はないが、反応速度に対するオレフィンの濃度依存性が大きいこと、水濃度が高い場合、アルコール製造プロセスのエネルギーコストが上昇することから、オレフィンと水とのモル比は、水:オレフィン=0.01~2.0であることが好ましく、水:オレフィン=0.1~1.0であることがより好ましい。
【0061】
アルコール製造用触媒を用いるオレフィンの水和反応の形式に制限はなく、いずれの反応形式も用いることができる。好ましい形式としては、触媒との分離のし易さ、及び反応効率の観点から、固定床形式、流動床形式、懸濁床形式などを挙げることができ、より好ましくは、触媒との分離に最もエネルギーを必要としない固定床形式である。
【0062】
固定床形式を用いる場合のガス空間速度は、特に制限されないが、エネルギー、及び反応効率の観点から、好ましくは、500~15000/hr、より好ましくは1000~10000/hrである。ガス空間速度が500/hr以上であれば、触媒の使用量を効果的に削減することができ、15000/hr以下であればガスの循環量を低減することができるため、上記範囲内ではアルコールの製造をより効率的に行うことができる。
【0063】
アルコール製造用触媒を用いるオレフィンの水和反応における反応圧力に制限はない。オレフィンの水和反応は、分子数が減る反応であるから、一般に高圧で行うことが有利である。反応圧力は、好ましくは0.5~7.0MPaGであり、より好ましくは1.5~4.0MPaGである。「G」はゲージ圧を意味する。反応圧力が0.5MPaG以上であれば十分な反応速度を得ることができ、7.0MPaG以下であればオレフィンの凝縮対策及びオレフィンの蒸発に係る設備の設置、高圧ガス保安対策に係る設備、及びエネルギーに関するコストをより低減することができる。
【0064】
アルコール製造用触媒を用いるオレフィンの水和反応の反応温度は、特に制限されず、幅広い温度で実施することができる。好ましい反応温度は、ヘテロポリ酸又はヘテロポリ酸塩の熱安定性、及び原料の一つである水が凝縮しない温度を考慮すると、100~550℃であり、より好ましくは150~350℃である。
【0065】
アルコール製造用触媒を用いるオレフィンの水和反応は平衡反応であり、オレフィンの転化率は最大でも平衡転化率となる。例えば、エチレンの水和によるエタノールの製造における平衡転化率は、温度200℃、圧力2.0MPaGの時、7.5%と計算される。したがって、オレフィンの水和によるアルコールの製造方法においては、平衡転化率によって最大の転化率が決まり、エチレンの例に見られるように、オレフィンの水和反応は平衡転化率が小さい傾向があるので、工業的には、オレフィンの水和反応を穏やかな条件下で高効率に実施することが強く求められている。
【0066】
アルコール製造用触媒を用いるオレフィンの水和反応では、未反応のオレフィンを反応器へリサイクルすることによりオレフィンのロスを削減することができる。反応器へ未反応オレフィンをリサイクルする方法に制限はなく、反応器から出てきたプロセス流体からオレフィンを単離してリサイクルしてもよいし、その他の不活性成分と一緒にリサイクルしてもよい。通常、工業グレードのエチレンには、極少量のエタンが含まれていることが多い。したがって、エタンを含んだエチレンを使用して、未反応のエチレンを反応器へリサイクルする際は、エタンの濃縮及び蓄積を防止するために、回収したエチレンガスの一部を系外にパージすることが望ましい。
【0067】
アルコール製造用触媒を用いるオレフィンの水和反応においては、生成したアルコールが脱水し、エーテル化合物が副生物として生じることがある。例えば、エチレンの水和によりエタノールを得る場合、ジエチルエーテルが副生する。このジエチルエーテルは、エタノール2分子からの脱水反応により生じるものと考えられ、エチレンの水和反応によりエタノールを製造する場合には、反応の収率を著しく低下させてしまうが、副生したジエチルエーテルを反応器にリサイクルすることによりジエチルエーテルがエタノールに変換され、エチレンからエタノールを極めて高効率で製造することができる。副生したエーテル化合物の反応器へのリサイクル方法は特に制限されないが、例えば反応器から留出した成分からエーテル化合物を単離し反応器へリサイクルする方法、未反応のオレフィンと一緒にガス成分として反応器へリサイクルする方法などがある。
【0068】
(触媒の再生)
本発明者らは、アルコールの製造により劣化した、具体的には活性又はアルコール選択性が低下した触媒を、水蒸気を含有する再生用ガスで処理することで、触媒に付着した炭素成分が一部脱離し、触媒が再生されることを見出した。触媒の再生に用いる再生用ガスは水蒸気を含有するものであれば特に制限はないが、再生用ガスは水蒸気と窒素などの不活性ガスとの混合ガスであることが好ましい。不活性ガスとしては、窒素ガス、及びヘリウム、アルゴンなどの貴ガスが挙げられ、コスト面から窒素ガスが好ましい。再生用ガスを用いた触媒の処理は、特に制限はなく公知のどのような方法でも行うことができる。例えば、反応器に触媒を充填したままで触媒を反応器から取り出さずに、反応原料であるオレフィン、水などの導入を止めて反応を停止し、不活性ガスを流通させて触媒に吸着したオレフィン、アルコールなどを完全に脱離させた後、再生用ガスを反応器に導入して触媒の処理を反応器中で行ってもよい。代わりに、同様に反応原料であるオレフィン、水などの導入を止めて反応を停止し、触媒層を十分に冷却した後に、反応器から触媒を抜き出し、別の容器に充填して、その別の容器中で触媒の処理を行ってもよい。触媒の再充填の手間、及び再生用の容器コストの観点から、触媒を反応器から取り出すことなく反応器中で処理を行うことが好ましく、これにより反応の停止時間を短くして、経済的に有利に処理を行うことができる。
【0069】
再生用ガスの圧力は、常圧でも加圧でもよく、特に制限はない。再生用ガスを加圧とすると、より高い水分圧が得られるため、触媒をより効果的に再生することができる。再生用ガスの圧力は、好ましくは0.01~4MPaG、より好ましくは1~3MPaGである。
【0070】
再生用ガス中の水蒸気の分圧は、水和反応中と同程度でよく、0.01~1MPaAであることが好ましく、0.2~0.6MPaAがより好ましい。「A」は絶対圧を意味する。
【0071】
処理時間は、好ましくは1~100時間、より好ましくは3~30時間である。比触媒負荷(WHSV;触媒1グラム及び1時間当たりの室温での水のグラム数)は、好ましくは0.05~2h-1、より好ましくは0.2~1.0h-1である。
【0072】
処理温度は150~350℃であり、好ましくは180~250℃である。水蒸気の露点よりも低い温度で行うと、触媒の担持成分が溶け出る可能性があるため、それよりも高い温度であることが望ましい。
【実施例】
【0073】
本発明をさらに以下の実施例及び比較例を参照して説明するが、これらの実施例は本発明の概要を示すもので、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0074】
1.シリカ担体の製造
フュームドシリカとしてAerosil(商標)300(日本アエロジル株式会社製)40質量部、シリカゲルとしてCARiACT G6(富士シリシア化学株式会社製)60質量部、及びコロイダルシリカとしてスノーテックスO(日産化学株式会社社製)40質量部をニーダーにて混練した後、水及び添加剤(メチルセルロース:信越化学工業株式会社製SM-4000、樹脂系バインダー:ユケン工業株式会社製セランダー(登録商標)YB-132A)をニーダーに適量入れて更に混練して、混練物を調製した。次いで、3mmφの円孔を先端に設けたダイスを取り付けた押出成形機に、混練物を投入した。押出成形機から押し出された中間物を3mmになるようにカッターで切断しながら、円柱状の焼成前成形体を得た。焼成前成形体をマルメライザー(登録商標)で球状に成形し、70℃で予備乾燥を行い、次いで、空気雰囲気下、820℃の温度で焼成処理を行い、シリカ担体Aを得た。
【0075】
担体の吸水率とは、以下の測定方法で測定した数値をいう。
(1)担体約5gを天秤で計量(W1g)し、100mLのビーカーに入れる。
(2)担体を完全に覆うように純水(イオン交換水)約15mLをビーカーに加える。
(3)30分間放置する。
(4)金網上に担体と純水を空けて、純水をきる。
(5)担体の表面に付着した水を、表面の光沢がなくなるまで紙タオルで軽く押して除去する。
(6)担体+純水の重さを測定する(W2g)。
(7)以下の式から担体の吸水率を算出する。
吸水率(g/g-担体)=(W2-W1)/W1
したがって、担体の吸水量(g)は担体の吸水率(g/g)×使用した担体の質量(g)により計算される。
【0076】
2.シリカ担体にケイタングステン酸を担持させたアルコール製造用触媒の調製
市販のKeggin型ケイタングステン酸・26水和物(H4SiW12O40・26H2O;日本無機化学工業株式会社製)を150g秤量し、ナス型フラスコに投入し、シリカ担体Aの吸水量の95%に当る容量まで蒸留水を加え、ケイタングステン酸を溶解させた。次いで、シリカ担体Aを300mL量り取り、ケイタングステン酸の溶液が入ったナス型フラスコに投入した。投入後、液がシリカ担体Aと接触するようにナス型フラスコを撹拌し、ケイタングステン酸をシリカ担体Aに担持させた。ケイタングステン酸を担持させたシリカ担体Aをナス型フラスコから取り出し、バット上に広げ、1時間風乾した。次いで、風乾したケイタングステン酸が担持されたシリカ担体をバットにのせたまま、乾燥機に入れて、130℃の条件下、5時間乾燥させた後、乾燥機から取り出し、乾燥したデシケーター内に移し、室温まで冷却して、シリカ担体Aにケイタングステン酸が担持されたアルコール製造用触媒Aを得た。
【0077】
3.エチレンの水和反応(ガスリサイクル評価)
アルコール製造用触媒AをSUS製の縦型気相固定床反応器を充填した後、昇温及び昇圧をコントロールし、蒸発器から気化した水、及びマスフローコントローラーから所定量のエチレンを反応器に導入した。反応器通過後の反応ガスを冷却し、凝縮した液体、及び凝縮物が取り除かれた反応ガスを、それぞれ一定時間サンプリングした。凝縮物が取り除かれた反応ガスは、エタン等のイナートガスが蓄積しないように一部をパージし、残りのガスはリサイクルガスとして、コンプレッサーに導入し昇圧させて、反応器へリサイクルした。サンプリングした液体(反応液)、及び反応ガスを、ガスクロマトフィー分析装置、及びカールフィッシャー分析装置を用いて分析し、反応成績を算出した。
【0078】
4.反応ガスの分析
サンプリングした反応ガスは、アジレント(Agilent)・テクノロジー株式会社製ガスクロマトグラフィー装置(装置名:7890)を使用し、複数のカラムと二つの検出器によるシステムプログラムで分析した。
・ガスクロマトグラフィー条件
オーブン:40℃で3分間保持後、20℃/分で200℃まで昇温
キャリアガス:ヘリウム
スプリット比:10:1
・使用カラム(アジレント・テクノロジー株式会社製)
HP-1(2m)+GasPro(30m)32m×320μm×0μm
DB-624 60m×320μm×1.8μm
・検出器
フロント検出器:FID(ヒーター230℃、水素流量40mL/分、空気流量400L/分)
バック検出器:FID(ヒーター230℃、水素流量40mL/分、空気流量400L/分)
Aux検出器:TCD(ヒーター230℃、リファレンス流量45mL/分、メークアップ流量2mL/分)
【0079】
5.反応液の分析
サンプリングした反応液は、アジレント(Agilent)・テクノロジー株式会社製ガスクロマトグラフィー装置(装置名:6850)を使用して分析した。また、反応液中の水濃度は、三菱化学株式会社製のカールフィッシャー分析装置で分析した。
使用カラム:PoraBONDQ 25m×0.53mmID×10μm
オーブン温度:100℃で2分間保持後、5℃/分で240℃まで昇温
インジェクション温度:250℃
検出器温度:300℃
【0080】
エチレン転化率、エタノール選択率、及びアセトアルデヒド選択率は次の式にて求めた。
エチレン転化率(モル%)=(反応したエチレンのモル数/供給したエチレンのモル数)×100
エタノール選択率(モル%)=(生成したエタノールのモル数/供給したエチレンのモル数)×100
アセトアルデヒド選択率(モル%)=(生成したアセトアルデヒドのモル数/供給したエチレンのモル数)×100
【0081】
6.触媒の再生処理
原料ガスの供給を停止し、代わりに窒素ガスで反応器をパージした後、蒸発器から気化した所定量の水、及びマスフローコントローラーから所定量の窒素ガスを反応器に導入した。この際、温度及び圧力は水和反応時から変えずに触媒の再生処理を行った。
【0082】
<実施例1>
アルコール製造用触媒Aを300mL量り取り、管型の反応器(SUS316製、内径34mm、長さ1500mm)に充填し、窒素ガスで置換した後、2.0MPaGまで昇圧した。次いで、反応器を190℃に加熱し、温度が安定した時点で、GHSV(気相空間速度)が3000/hr、エチレンに対する水のモル比が0.3となる量の水とエチレンを反応器にフィードして、エチレンの水和反応によるエタノールの製造を行った。水、及びエチレンをフィードした後、温度が安定してから、触媒層の温度が194℃となるように、反応器の熱源温度を調整した。水和反応開始から3200時間経過した時点でアセトアルデヒド選択率が0.10%に上昇したため、原料の供給を停止し、窒素ガスを用いてGHSV(気相空間速度)3000/hrの流量で反応器を3時間パージした。その後、窒素ガス78体積%、水蒸気22体積%からなる混合ガスをGHSV3000/hrで反応器に導入し、3時間触媒の再生処理を行った。再生処理中の温度は190℃、圧力は2.0MPaG、水蒸気分圧は0.46MPaであった。
【0083】
再生処理後、再び反応を開始したところ、アセトアルデヒド選択率は0.07%に低下した。更に900時間後(水和反応開始から4100時間経過後)、及び1500時間後(水和反応開始から4700時間経過後)においても同様に反応の停止、及び触媒の再生処理を行いながら、エタノールの製造を行った。水和反応開始から5000時間経過後でもエチレン転化率は4.1%に保持され、エタノール選択率は99.6%であった。結果を表1に示す。
【0084】
<比較例1>
実施例1に用いたのと同様の触媒及び反応条件で、再生処理を行わずに水和反応を継続した結果を表2に示す。水和反応開始から5000時間経過後のエチレン転化率は3.8%に低下し、エタノール選択率は98.9%に減少、アセトアルデヒド選択率は0.44%まで上昇した。結果を表2に示す。
【0085】
実施例1及び比較例1のエチレン転化率の経時変化を
図1に、エタノール選択率の経時変化を
図2にそれぞれグラフで示す。
【0086】
上記結果から、触媒の再生処理を行うことで、長時間反応を行ってもエチレン転化率とエタノール選択率を保持できることが分かる。
【0087】
エタノールの商業プラントではエチレン転化率が低いため、転化率0.3%の違いが生産性及びコストに及ぼす効果は大きい。仮に年間5万トンの製造量である場合、転化率0.3%は約3700トンに相当する。無水エタノール価格を120円/kgとすると、触媒再生による費用効果は年間4億円強と概算される。
【0088】
【0089】
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明によれば、活性又はアルコール選択性が低下した、劣化したアルコール製造用触媒を再使用可能とし、長期間にわたってアルコールを安定的に製造することができる。