(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】溶射材料
(51)【国際特許分類】
C23C 4/04 20060101AFI20240416BHJP
H01L 21/3065 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
C23C4/04
H01L21/302 101G
(21)【出願番号】P 2022098616
(22)【出願日】2022-06-20
(62)【分割の表示】P 2021101277の分割
【原出願日】2019-08-06
【審査請求日】2022-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2018152883
(32)【優先日】2018-08-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 凌
(72)【発明者】
【氏名】浜谷 典明
(72)【発明者】
【氏名】高井 康
(72)【発明者】
【氏名】中野 瑞
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-190475(JP,A)
【文献】特開2017-150083(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/04
H01L 21/3065
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
RF
3粉末(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素)を含む希土類化合物粉末を有機溶媒に分散したスラリーからなり、RF
3粉末に対し、
平均粒子径(体積基準のD
50
)が10~500nmであるR
2O
3(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素)粉末をRF
3粉末:R
2O
3粉末=99:1~90:10(質量比)の割合で含有することを特徴とする溶射材料。
【請求項2】
上記RF
3粉末のBET比表面積が2m
2/g以下であり、かつ平均粒子径(体積基準のD
50)が2~6μmである請求項
1記載の溶射材料。
【請求項3】
上記RF
3粉末の、ナノ・インデンテーション法により測定される粒子硬度が7~12GPaである請求項1
又は2記載の溶射材料。
【請求項4】
上記RF
3粉末の、水銀圧入法により測定される細孔直径10μm以下の細孔容積が0.5cm
3/g以下である請求項1~
3のいずれか1項に記載の溶射材料。
【請求項5】
上記スラリーを構成する分散媒が、有機溶媒のみからなる、又は有機溶媒と有機溶媒に対して10質量%以下の水とからなる請求項1~
4のいずれか1項に記載の溶射材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体製造工程におけるプラズマエッチング装置内の静電チャック及び部品・部材に形成される耐食性皮膜などとして好適な溶射皮膜の形成に好適に用いられる溶射材料に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造装置の下部電極として用いられる静電チャックは、材料の導電性の違いからクーロン力型静電チャックと、ジョンセン・ラーベック型静電チャックの2種類に大きく分類することができる。上記クーロン力型静電チャックには、誘電層部の体積抵抗率が1×1015Ω・cmを超えるような、高純度の酸化アルミニウムや窒化アルミニウム等のセラミック焼結体が一般に使用され、非常に高い製造コストが問題となる。またクーロン力型静電チャックの場合、電荷の移動がほとんど無いので、十分な吸着力を得るために静電チャック電極へ2000~3000V程度の高電圧を印加する必要がある。
【0003】
また、ジョンセン・ラーベック型静電チャックでは、誘電層部の体積抵抗率が1×109~1×1012Ω・cm程度の、一般に金属酸化物等の添加物を導入した酸化アルミニウムや窒化アルミニウム等のセラミック焼結体が使用され、この場合も高い製造コストが問題となる。さらに、ジョンセン・ラーベック型静電チャックの場合、体積抵抗率に吸着特性が依存するので、使用する材料には温度依存性が小さいことが求められる。
【0004】
一方で、プラズマエッチング装置内は、高腐食性のハロゲン系ガスプラズマ雰囲気で処理され、この処理ガスとしては、フッ素系、塩素系のハロゲン系ガスが利用される。フッ素系ガスとしてはSF6、CF4、CHF3、ClF3、HF、NF3等が、また塩素系ガスとしてはCl2、BCl3、HCl、CCl4、SiCl4等が挙げられる。
【0005】
プラズマエッチング装置の部品や部材には、一般に希土類元素化合物等の原料を粉末の形態で供給する大気プラズマ溶射法(APS)を用いて、表面に耐食性皮膜を形成することが行われている。更に、ハロゲン系ガスプラズマによって部材表面に付着堆積した反応生成物を洗浄水によって除去する際、複層構造皮膜を形成することで、反応生成物と洗浄水が反応して生成する酸の侵入による基材の溶出量を抑制することも提案されている(特許文献1:特許第4985928号公報)。一方、粉末の形態で溶射するためには溶射粒子の平均粒子径が10μm以上であることが好ましく、これより小さくなってしまうと溶射のフレーム中に溶射材料を導入する際に、流動性が悪くなり溶射材料が供給管内に詰まるおそれがあるだけでなく、粒子がフレーム中で蒸発してしまうなど、溶射歩留まりが低下するおそれがある(特許文献2:特開2017-186678号公報)。その結果、平均粒子径が大きな粉末を溶射して得られた溶射皮膜は、スプラット径が大きいためにクラックや気孔率の増加を招いてしまうので緻密な皮膜が得られず、エッチング工程で不都合なパーティクル発生の原因となってしまう。例えば、上記ハロゲン系ガスプラズマに対して耐食性に優れるフッ化イットリウム系等の溶射皮膜をAPSで形成すると、APSで形成した酸化イットリウム等の溶射皮膜に比べ初期パーティクルを抑制することが可能であるが、ビッカース硬度は350~470、気孔率は2%程度であり(特許文献3:特開2017-190475号公報)、必ずしも満足し得るものではない。
【0006】
特に、近年は半導体の集積化が進み、配線は10nm以下にもなりつつあるが、上記イットリウム系皮膜の場合、この集積化が進んだ半導体デバイスの上記製造過程におけるエッチング中に部品のイットリウム系皮膜表面からイットリウム系粒子が剥がれやすく、これがウェハー上に落ちてエッチング処理の障害となりやすい。これが半導体デバイスの歩留まりを悪化させる原因ともなるので、プラズマに暴露されるチャンバーを構成する部材に形成される耐食性皮膜には更なる耐食性が要求される。
【0007】
近年、上記問題を解決する策として、溶射材料を粉末の形態で溶射するのではなく、溶射粒子を分散媒に分散させたスラリーの形態で溶射するサスペンションプラズマ溶射(SPS)が研究されている。スラリーの形態で溶射を実施することにより、粉末形態の溶射では困難であった10μm以下の微粒子を溶射のフレーム中に導入することが可能となり、得られる溶射皮膜のスプラット径が小さくなるので非常に緻密な皮膜が得られる。
【0008】
スラリーの形態で溶射する手法としては、例えば酸化イットリウム粒子を溶媒に分散させた溶射スラリーを溶射して溶射皮膜を得る手法が知られており、これによればビッカース硬度500以上、気孔率1%以下の緻密な溶射皮膜を得ることが可能である(特許文献4:特許第5987097号公報)。しかしながら、この溶射皮膜には、緻密な皮膜が得られたとしても、酸化イットリウムとハロゲン系ガスプラズマとの化学反応によって酸化イットリウム皮膜表面のハロゲン化が進行し、パーティクル源となるイットリウム系粒子が大量に発生し得る問題がある。
【0009】
これに対応して、フッ化イットリウム又はオキシフッ化イットリウムの溶射粒子を溶媒に分散したスラリーによる溶射皮膜が提案されているが、近年の要求に応え得る緻密なフッ化物系溶射皮膜の形成には至っていない(特許文献5:特開2017-61734号公報、特許文献6:特開2017-78205号公報)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特許第4985928号公報
【文献】特開2017-186678号公報
【文献】特開2017-190475号公報
【文献】特許第5987097号公報
【文献】特開2017-61734号公報
【文献】特開2017-78205号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、プラズマエッチング装置内の静電チャックに好適に使用される、体積抵抗率の温度依存性が小さく、かつハロゲン系ガスプラズマに対してパーティクル発生量の少なく緻密な皮膜を得ることができる方法、プラズマエッチング装置内の部品や部材の耐食性皮膜などとして好適な溶射皮膜の形成に好適に用いられる溶射材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討を行った結果、希土類酸化物を含む溶射膜からなる下層の上に、希土類元素のフッ化物及び/又はオキシフッ化物を含む希土類フッ化物系溶射膜を表層として形成し、希土類酸化物皮膜と希土類フッ化物系皮膜との複層構造の溶射皮膜とすると共に、各層の膜厚、気孔率、硬度、表面粗さ等を調整することにより、体積抵抗率の温度依存性が小さく、具体的には23℃における体積抵抗率が1×109~1×1012Ω・cmの良好な抵抗率を有し、かつ200℃における体積抵抗率を23℃における体積抵抗率で除した体積抵抗率の温度変数が0.1~10と体積抵抗率の温度依存性の小さい、優れた電気性能が得られることを見出し、更に表層及び下層の膜厚、皮膜の硬度、皮膜の気孔率、皮膜の表面粗さ等につき更に検討を重ね、本発明を完成したものである。
【0013】
従って、本発明は、下記溶射材料を提供する。
1.RF3粉末(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素)を含む希土類化合物粉末を有機溶媒に分散したスラリーからなり、RF3粉末に対し、平均粒子径(体積基準のD
50
)が10~500nmであるR2O3(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素)粉末をRF3粉末:R2O3粉末=99:1~90:10(質量比)の割合で含有することを特徴とする溶射材料。
2.上記RF3粉末のBET比表面積が2m2/g以下であり、かつ平均粒子径(体積基準のD50)が2~6μmである1の溶射材料。
3.上記RF3粉末の、ナノ・インデンテーション法により測定される粒子硬度が7~12GPaである1又は2の溶射材料。
4.上記RF3粉末の、水銀圧入法により測定される細孔直径10μm以下の細孔容積が0.5cm3/g以下である1~3のいずれかの溶射材料。
5.上記スラリーを構成する分散媒が、有機溶媒のみからなる、又は有機溶媒と有機溶媒に対して10質量%以下の水とからなる1~4のいずれかの溶射材料。
また、本発明は、下記溶射皮膜、溶射皮膜の製造方法及び溶射部材が関連する。
[1] 希土類元素の酸化物を含む溶射膜からなる下層と、希土類元素のフッ化物及び/又はオキシフッ化物を含む溶射膜からなる表層とを具備する複層構造の皮膜であり、23℃における体積抵抗率が1×109~1×1012Ω・cmで、かつ200℃における体積抵抗率を23℃における体積抵抗率で除した体積抵抗率の温度変数が0.1~10であることを特徴とする溶射皮膜。
[2] 上記表層が、RF3、又はRF3とR5O4F7、R7O6F9、ROF(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素であり、それぞれ同一でも異なっていてもよい)から選ばれる1種以上とを含む溶射膜である[1]の溶射皮膜。
[3] 上記下層が、R2O3、又はR2O3とRF3、R5O4F7、R7O6F9、ROF(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素であり、それぞれ同一でも異なっていてもよい)から選ばれる1種以上とを含む溶射膜である[1]又は[2]の溶射皮膜。
[4] 上記下層が2層以上の溶射膜を積層した複層構造を有し、その少なくとも1層が希土類元素の酸化物を含む溶射膜からなる[1]~[3]のいずれかの溶射皮膜。
[5] 上記下層の膜厚が50~300μmであり、上記表層の膜厚が10~200μmである[1]~[4]のいずれかの溶射皮膜。
[6] 上記表層のビッカース硬度が500以上である[1]~[5]のいずれかの溶射皮膜。
[7] 上記表層の気孔率が1%以下である[1]~[6]のいずれかの溶射皮膜。
[8] 上記表層表面の中心線平均粗さRa値が0.1~6μmである[1]~[7]のいずれかの溶射皮膜。
[9] 金属基材、セラミックス基材又はカーボン基材に、[1]~[8]のいずれかの溶射皮膜を形成したことを特徴とする溶射部材。
[10] 上記金属基材の金属がアルミニウム合金、アルマイト処理アルミニウム合金又はステンレススチールであり、上記セラミックス基材のセラミックスがアルミナ、ジルコニア、石英ガラス、炭化珪素又は窒化珪素である[9]の溶射部材。
[11] [1]~[8]のいずれかの溶射皮膜を製造する方法であり、希土類元素の酸化物の粉末を大気圧プラズマ溶射して、上記下層を形成し、希土類元素のフッ化物粉末を有機溶媒に分散したスラリーをサスペンションプラズマ溶射して、上記表層を形成することを特徴とする溶射皮膜の製造方法。
[12] 上記スラリーが、上記希土類元素のフッ化物粉末に対して希土類元素の酸化物粉末を、フッ化物粉末:酸化物粉末=99:1~90:10(質量比)の割合で含有する[11]の溶射皮膜の製造方法。
[13] [1]~[8]のいずれかの溶射皮膜を製造する方法であり、希土類元素の酸化物の粉末を大気圧プラズマ溶射して、上記下層を形成し、希土類元素のフッ化物と酸化物とを含む粉末を大気圧プラズマ溶射して、上記表層を形成することを特徴とする溶射皮膜の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
希土類酸化物を含む下層と、希土類フッ化物及び/又はオキシフッ化物とを含む表層とを具備した複層構造の本発明の溶射皮膜によれば、室温~200℃における体積抵抗率の変動が小さく、温度依存性の小さい好適な電気性能が得られ、ハロゲン系ガス雰囲気又はハロゲン系ガスプラズマ雰囲気下で処理を行う場合に優れた耐食性を発揮すると共に、反応生成物や皮膜からの脱粒によるパーティクルの発生を可及的に減少させることができる。そして、本発明の製造方法及び溶射材料によれば、このような溶射皮膜を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例3で作製した、酸化イットリウム微粒子を微量添加して表層を形成した溶射皮膜断面の解析画像写真である。
【
図2】酸化イットリウム微粒子を添加せずに実施例3と同様に作製した溶射皮膜断面の解析画像写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の溶射皮膜は、希土類元素の酸化物を含む溶射膜からなる下層と、希土類元素のフッ化物及び/又はオキシフッ化物を含む溶射膜(希土類フッ化物系皮膜)からなる表層とを具備する複層構造の皮膜である。本発明において、希土類元素(R)には、Sc、Y及びランタノイド(原子番号57のLaから原子番号71のLu)が含まれ、希土類元素(R)は1種単独であっても2種以上であってもよい。
【0017】
上記表層を形成する希土類のフッ化物及び/又はオキシフッ化物を含む溶射膜は、RF3を含む溶射膜、又はRF3とR5O4F7、R7O6F9、ROF(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素であり、それぞれ同一でも異なっていてもよい)から選ばれる1種以上とを含む溶射膜とすることができる。この場合、特に制限されるものではないが、特にハロゲン系ガス雰囲気又はハロゲン系ガスプラズマ雰囲気に対する耐食性の観点からは、RF3とR5O4F7、R7O6F9、ROFから選ばれる1種以上とを含む結晶構造であることが好ましい。
【0018】
ここで、上記Rの希土類元素として具体的には、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luが例示され、特に制限されるものではないが、これらの中でもY、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luが好ましい。
【0019】
この表層の膜厚は、特に制限されるものではないが、10~200μmとすることが好ましく、より好ましくは50~150μm、更に好ましくは80~120μmである。表層の厚さが10μm未満であると、ハロゲン系ガスプラズマに対する耐食性が十分に発揮されない場合があり、一方200μmを超えると、下層皮膜から表層皮膜が剥離する等の不都合を生じる場合がある。
【0020】
また、この表層を形成する溶射膜は、ビッカース硬度で500以上、特に500~700の表面硬度を有する皮膜であることが好ましい。ビッカース硬度が500未満であると、ハロゲン系ガスプラズマにより、溶射皮膜表面からパーティクルが生成しやすくなる場合があり、一方700を超えると、下層皮膜から表層皮膜が剥離する等の不都合を生じる場合がある。
【0021】
更に、この表層を形成する溶射膜は、特に制限されるものではないが、ハロゲン系ガスプラズマによるパーティクル生成の抑制、及び耐食性を向上させるという理由から、気孔率が1%以下、特に0.5%以下の緻密な皮膜であることが好ましい。気孔率の測定は、例えば後述する実施例/比較例のように、電子顕微鏡により断面写真を撮影し、複数視野(実施例/比較例では10視野)における画像総面積に対する気孔率の定量化を行い、この複数視野における百分率の気孔率の平均を気孔率とすればよい。
【0022】
このように表層を、ビッカース硬度が500以上、特に500~700で気孔率1%以下の高硬度で緻密な溶射膜とすることにより、ハロゲン系ガス雰囲気又はハロゲン系ガスプラズマ雰囲気で使用される場合のパーティクルの発生やハロゲン系腐食ガスの侵入を効果的に抑制することができる。
【0023】
また更に、この表層を形成する溶射膜の表面粗さは、特に制限されるものではないが、中心線平均粗さRa(JIS B 0601)で0.1~6μmとすることが好ましく、より好ましくは0.1~5.5μm、更に好ましくは0.1~5μmである。表層表面の中心線平均粗さRaが6μmを超えると、ハロゲン系ガスプラズマによるパーティクル生成を促進してしまう等の不都合を生じる場合があり、一方0.1μm未満だと、膜厚調整の際の過剰な機械加工により溶射皮膜にダメージを与えてしまったり、脱粒を引き起こす等の不都合を生じる場合がある。
【0024】
この表層の希土類フッ化物を含む溶射膜は、後述する下層上に成膜されるが、その成膜方法は、希土類フッ化物粉末を含むスラリーを用いてサスペンションプラズマ溶射(SPS法)を行う方法や、希土類フッ化物粉末を用いて大気圧プラズマ溶射(APS法)を行う方法が採用される。特にSPS法は、上記好適なビッカース硬度及び気孔率を有する緻密な溶射膜を比較的容易に得ることができることから、好適に採用される。
【0025】
上記サスペンションプラズマ溶射(SPS法)により表層を形成する場合の上記スラリーとしては、希土類元素のフッ化物粉末(RF3粉末(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素))を含む希土類化合物粉末を、分散媒として有機溶媒に分散したスラリーが好適に用いられる。この場合、有機溶媒としては、特に制限はなく、例えばアルコール、エーテル、エステル、ケトン等を例示することができ、これらの中ではエタノール、メタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、エチルセロソルブ、ジメチルジグリコール、グリコールエーテル、エチルセロソルブアセテート、ブチルセロソルブアセテートグリコールエステル、イソホロン、アセトンが特に好ましく用いられる。また、上記RF3粉末の濃度は、特に制限されるものではないが、10~45質量%、特に20~35質量%とすることが好ましい。なお、スラリーを構成する分散媒は、上記有機溶媒以外に水を少量(例えば、有機溶媒に対して好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下)含んでいてもよいが、スラリーを構成する分散媒が、実質的(不純物量の含有は許容される)に有機溶媒のみであることが好ましい。
【0026】
ここで、特に制限されるものではないが、このスラリー中に分散される上記RF3粉末は、BET比表面積が好ましくは2m2/g以下、より好ましくは1.5m2/g以下、更に好ましくは1m2/g以下、特に好ましくは0.8m2/g以下であり、また、0.1m2/g以上であることが好ましく、平均粒子径が体積基準のD50で2~6μm、特に2.5~5μmであることが好ましい。また、ナノ・インデンテーション法により測定される粒子硬度が7~12GPa、特に7.5~11.5GPaであることが好ましい。更に、水銀圧入法により測定される細孔径10μm以下の細孔容積が0.5cm3/g以下、特に0.4cm3/g以下であることが好ましい。また更に、下記式(1)で算出される円形度の平均値(平均円形度)が0.9以上であることが好ましい。なお、円形度とは、下記式(1)のとおり、例えば溶射粒子の平面視が真円であれば平均円形度は1で表され、正方形であれば0.886で表される。つまり、溶射粒子の平面視が真円に近づけば近づくほど平均円形度の値は増加し、平面視が複雑になればなるほど、平均円形度の値は減少する。
(円形度)=(粒子の平面視の面積と等しい円の周囲長)/(粒子の平面視の周囲長)
・・・(1)
【0027】
上記BET比表面積、平均粒子径D50、平均円形度、粒子硬度、細孔容積などの条件を満足するRF3粉末を用いて上記スラリーを調製し、サスペンションプラズマ溶射(SPS法)により表層を形成することにより、ビッカース硬度が500以上、特に500~700の高硬度で、気孔率1%以下の緻密な表層を得ることができる。
【0028】
また、上記スラリーには、添加剤として、無機化合物、高分子化合物、非金属、半金属、非鉄金属から選ばれる1種又は2種以上の微粒子を10質量%以下の範囲で添加することができる。このような微粒子をスラリー中に微量添加することによって、溶射膜(表層)の熱特性、電気特性、機械特性を制御することが可能である。
【0029】
上記無機化合物としては、特に制限されるものではないが、希土類元素、ホウ素、アルミニウム、ガリウム、インジウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ケイ素、ゲルマニウム、スズ、鉛、リン、硫黄等の酸化物、窒化物、炭化物、ハロゲン化物、水酸化物、炭酸塩、アンモニウム塩、蓚酸塩、硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩、又はこれらの1種又は2種以上を含む化合物等が挙げられる。
【0030】
上記高分子化合物としては、特に制限されるものではないが、ポリシラン、ポリカルボシラン、ポリシロキサン、ポリボロシロキサン、ポリシラザン、ポリオルガノボロシラザン、ポリカルボシラザン、ポリカーボネート等が挙げられる。また、この高分子化合物は、側鎖の化学修飾が施されていてもよい。
【0031】
上記非金属、半金属としては、特に制限されるものではないが、炭素、ホウ素、ケイ素、ゲルマニウム、リン、硫黄等が挙げられる。
【0032】
上記非鉄金属としては、特に制限されるものではないが、希土類元素、アルミニウム、ガリウム、インジウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、スズ、鉛等が挙げられる。また、この非鉄金属は、金属合金であってもよい。
【0033】
また、上記スラリーには、特に制限されるものではないが、上記RF3粉末に対し、希土類元素の酸化物粉末(R2O3粉末(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素))をRF3粉末:R2O3粉末=99:1~90:10(質量比)の割合で微量添加することができる。この場合、R2O3粉末の希土類元素Rは上記RF3粉末の希土類元素と同じものであることが好ましい。また、添加するR2O3粉末は、特に制限されるものではないが、BET比表面積が30~80m2/g、特に40~60m2/gであることが好ましく、また平均粒子径が体積基準のD50で10~500nm、特に50~300nmであることが好ましく、このような微粒子が好適に用いられる。このようなR2O3微粒子の粉末をスラリーに微量添加することにより、後述する実施例3に示されているように、表層における横クラックの発生を効果的に抑制することができる。
【0034】
なお、上記スラリーは、本発明における複層溶射皮膜の表層を形成する溶射材料として好適に用いられるものであるが、その用途はこれに限定されず、単層の溶射皮膜を形成するための溶射材料として用いることもでき、また本発明以外の複層構造の溶射皮膜を構成する溶射膜を形成するために用いることもできる。
【0035】
また、本発明の溶射皮膜を構成する表層は、上記のように、希土類フッ化物粉末を用いて大気圧プラズマ溶射により形成することもできる。この場合、特に制限されるものではないが、希土類元素のフッ化物と酸化物とを含む粉末を、例えば、希土類フッ化物粉末(RF3粉末)に希土類酸化物粉末(R2O3粉末)を所定量混合し、必要により造粒して、大気圧プラズマ溶射に供することができる。これにより、RF3とR5O4F7、R7O6F9、ROF(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素であり、それぞれ同一でも異なっていてもよい)から選ばれる1種以上とを含む溶射膜とすることができる。この場合、希土類酸化物の添加量は、特に制限されるものではないが、溶射用粉全体の1~50質量%、特に5~30質量%とすることができる。希土類元素のフッ化物と酸化物とを含む粉末の平均粒子径は体積基準のD50で15~45μm、特に20~40μmであることが好ましい。
【0036】
なお、サスペンションプラズマ溶射、大気圧プラズマ溶射のいずれの場合も、プラズマガス、溶射ガン出力、溶射距離などの溶射条件は、基材の材質や大きさ(成膜面積)、溶射膜の種類や厚さなどに応じて適宜設定すればよい。
【0037】
本発明の溶射皮膜は、上述のように、希土類酸化物を含む溶射膜からなる下層の上に、上記表層を形成した複層構造を有するものである。
【0038】
上記下層を形成する希土類酸化物を含む溶射膜は、R2O3、又はR2O3とRF3、R5O4F7、R7O6F9、ROF(RはY及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素であり、それぞれ同一でも異なっていてもよい)から選ばれる1種以上とを含む溶射膜とすることができる。
【0039】
ここで、上記希土類元素Rとして具体的には、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luが例示され、特に制限されるものではないが、上記表層と同様に、Y、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luが好ましい。
【0040】
この下層の膜厚は、特に制限されるものではないが、50~300μmとすることが好ましく、より好ましくは70~200μm、更に好ましくは80~150μmである。下層の厚さが50μm未満であると、基材の酸に対する溶出量が増加してしまう場合があり、一方300μmを超えると、基材から下層皮膜が剥離する等の不都合を生じる場合がある。
【0041】
また、この下層を形成する溶射膜の表面粗さは、上記表層の表面粗さに影響するため、下層の表面粗さは小さいことが好ましく、特に制限されるものではないが、中心線平均粗さRa(JIS B 0601)で0.1~10μm、特に0.1~6μmとすることが好ましい。この下層の溶射膜は、例えば大気圧プラズマ溶射により成膜した後、必要に応じて、機械的研磨(平面研削、内筒加工、鏡面加工等)や微小ビーズなどを使用したブラスト処理、ダイヤモンドパッドを使用した手研磨などを行って、表面粗さを上記の範囲に調整すればよい。
【0042】
更に、この下層を形成する溶射膜も、特に制限されるものではないが、上記表層と同様の理由から、気孔率が5%以下、特に3%以下であることが好ましい。このような気孔率は、特に制限されるものではないが、例えば次の方法により達成することが可能である。
【0043】
例えば、上記希土類酸化物の原料粉として、平均粒径0.5~50μm(体積基準のD50)、好ましくは1~30μmの単一粒子粉又は造粒粉を用い、大気圧プラズマ溶射、爆発溶射等により十分に溶融させて溶射を行うことにより、気孔率5%以下の緻密な希土類酸化物の溶射膜からなる下層を形成することができる。この方法では、溶射材料として用いる上記単一粒子粉は一般の造粒溶射粉よりも粒径が小さい細かい粒子で中身が詰まったものであるため、スプラット径が小さくクラック発生を抑制できる。この効果により気孔率5%以下で、中心線平均粗さRa値の小さい溶射膜が得られるものである。なお、上記「単一粒子粉」とは、球状粉、角状粉、粉砕粉等の形態で中身が詰まった粉のことを指す。
【0044】
また、この下層を2層以上の溶射膜を積層した複層構造とすることもでき、その場合には、この複層構造を構成する少なくとも1層が上記希土類酸化物を含む溶射膜からなるものであればよい。この場合、希土類酸化物を含む溶射膜と積層するその他の溶射膜としては、特に制限されるものではないが、例えば希土類フッ化物を含む溶射膜とすることができ、具体的には、例えば、後述する実施例6のように、基材表面に酸化イットリウム粉末を大気圧プラズマ溶射して酸化イットリウム溶射膜を成膜し、更にその上にフッ化イットリウム粉末を大気圧プラズマ溶射してフッ化イットリウム溶射膜を成膜して、Y2O3溶射膜の上にYF3溶射膜が積層された2層構造の下層を形成してもよい。
【0045】
なお、この下層を形成する方法としては、特に制限されるものではないが、後述する実施例のように大気圧プラズマ溶射が好適に採用される。
【0046】
本発明の溶射皮膜は、基材表面に形成した上記下層と、該下層の上に積層成形された上記表層とを具備する複層構造の皮膜であり、この下層と表層との積層構造により、優れた電気性能を発揮するものである。具体的には、23℃における体積抵抗率が1×109~1×1012Ω・cmの良好な電気抵抗性を具備し、かつ23℃~200℃の温度変化において体積抵抗率の変化が非常に小さいものであり、具体的には200℃における体積抵抗率を23℃における体積抵抗率で除した体積抵抗率の温度変数が0.1~10である溶射皮膜を提供することができ、電気性能的に非常に安定な溶射皮膜を得ることができる。
【0047】
この場合、本発明では、下層と表層とを有する複層構造を有する溶射皮膜であるため、下層膜厚と表層膜厚を変化させることや表層の希土類フッ化物系皮膜の酸素濃度を変化させることによって、体積抵抗率の温度変数を任意にコントロールすることが可能になる。例えば、プラズマエッチング装置に使われる静電チャックでは室温、高温200℃時における体積抵抗率の変動が少ない材料が求められているが、本発明はこれらの要求を満たす材料を提供することができる。
【0048】
更に、本発明の溶射皮膜は、後述する実施例に示すように、表面抵抗率についても十分な安定性を有し、また絶縁破壊強さも十分に高い数値であり、静電チャック材料として適用可能な良好な絶縁破壊電圧値を得ることができる。
【0049】
本発明の溶射皮膜は、特に制限されるものではないが、半導体製造工程におけるプラズマエッチング装置内の静電チャック及び部品・部材に形成される耐食性皮膜として好適に用いられるものであり、例えば平板や円筒形を有するアルミニウム合金、アルマイト処理したアルミニウム合金、ステンレススチールなどの金属基材、アルミナ、ジルコニア、石英ガラス、炭化珪素、窒化珪素などのセラミックス基材、カーボン基材等の基板など、耐熱性を有する基板材料に適用可能である。
【実施例】
【0050】
以下、実施例と比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0051】
[実施例1]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径20μm(D50)の酸化イットリウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚100μmの酸化イットリウム溶射膜を下層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。この下層の気孔率を下記に説明する画像解析法で確認したところ、2.0%であった。
【0052】
一方、BET比表面積0.7m2/g、平均粒子径3.3μm(D50)のフッ化イットリウム粒子を、含有量が30質量%になるようにエタノール中に分散させてスラリーを調製した。このスラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射装置を使用して上記基材の下層の上に溶射し、膜厚150μmのフッ化イットリウム系溶射膜の表層を成膜した。最表面を機械加工により50μm研削して、面粗さRa=0.1μmの鏡面に研磨し、全厚み200μmの2層構造の耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この耐食性皮膜の表層の気孔率を下記に説明する画像解析法で確認したところ、0.4%であった。
【0053】
[気孔率の測定]
試験片を樹脂埋めし、断面を鏡面研磨(Ra=0.1μm)した後、電子顕微鏡により断面写真(倍率:200倍)を撮影した。10視野(1視野の撮影面積:0.017mm2)の撮影を行った後、画像処理ソフト「Photoshop」(アドビシステムズ株式会社)で画像処理した後、画像解析ソフト「Scion Image」(Scion Corporation)を使って、気孔率の定量化を行い、10視野平均の気孔率を画像総面積に対する百分率として評価した。
【0054】
[実施例2]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径20μm(D50)の酸化エルビウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚100μmの酸化エルビウム溶射膜を下層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。この下層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、3.2%であった。
【0055】
一方、BET比表面積1.5m2/g、平均粒子径2.3μm(D50)のフッ化エルビウム粒子を、含有量が30質量%になるようにエタノール中に分散させてスラリーを調製した。このスラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射装置を使用して上記基材の酸化エルビウム溶射膜からなる下層の上に溶射し、膜厚100μmのフッ化エルビウム系溶射膜の表層を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、窒素ガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力100kW、溶射距離75mmとした。これにより、全厚み200μmの2層構造の耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この耐食性皮膜の表層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、0.8%であった。
【0056】
[実施例3]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径20μm(D50)の酸化イットリウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚100μmの酸化イットリウム溶射膜を下層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。この下層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、2.9%であった。
【0057】
一方、BET比表面積1.0m2/g、平均粒子径3.7μm(D50)のフッ化イットリウム粒子と、BET比表面積48.3m2/g、平均粒子径200nm(D50)の酸化イットリウム微粒子を99:1(質量比)の割合で混合した粒子を、含有量が30質量%になるようにエタノール中に分散させてスラリーを調製した。この場合、スラリー中の酸化イットリウム微粒子の含有量は0.3質量%である。このスラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射装置を使用して、上記基材の酸化イットリウム溶射膜からなる下層の上に溶射し、膜厚100μmのフッ化イットリウム系溶射膜の表層を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、窒素ガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力100kW、溶射距離75mmとした。これにより、全厚み200μmの2層構造の耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この耐食性皮膜の表層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、0.2%であった。
【0058】
[実施例4]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径30μm(D50)の酸化イットリウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚180μmの酸化イットリウム溶射膜を下層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用して、出力30kW、溶射距離120mmとした。この下層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、3.5%であった。また、溶射直後の皮膜表面の面粗さはRa=5.6μmであった。次に、機械加工(平面研削機)により、酸化イットリウム溶射膜表面を研削し、面粗さRa=0.1μmの鏡面に研磨した。研削後の膜厚は100μmに調整した。
【0059】
一方、BET比表面積0.6m2/g、平均粒子径4.6μm(D50)のフッ化イットリウム粒子を、含有量が30質量%になるようにエタノール中に分散させてスラリーを調製した。このスラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射装置を使用して、上記基材の酸化イットリウム溶射膜からなる下層の上に溶射し、膜厚100μmのフッ化イットリウム系溶射膜の表層を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、窒素ガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力100kW、溶射距離75mmとした。これにより、全厚み200μmの2層構造の耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この耐食性皮膜の表層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、0.9%であった。
【0060】
[実施例5]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対し、平均粒子径18μm(D50)の酸化イットリウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚100μmの酸化イットリウム溶射膜を下層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。この下層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、2.9%であった。
【0061】
次に、上記基材の下層膜上に、フッ化イットリウムを90質量%及び酸化イットリウムを10質量%含む平均粒子径30μm(D50)の造粒粉を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚100μmのフッ化イットリウム系溶射膜の表層を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力35kW、溶射距離120mmとした。これにより、全厚み200μmの2層構造の耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この耐食性皮膜の表層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、2.3%であった。
【0062】
[実施例6]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径20μm(D50)の酸化イットリウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚50μmの酸化イットリウム溶射膜を第1層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。次に、上記第1層上に、フッ化イットリウム90を質量%及び酸化イットリウムを10質量%含む平均粒子径30μm(D50)の造粒粉を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚50μmのフッ化イットリウム系溶射膜を第2層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用して、出力35kW、溶射距離120mmとした。これらを合わせて、第1層と第2層とからなる複層構造皮膜の下層とした。この下層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、2.9%であった。
【0063】
一方、BET比表面積0.5m2/g、平均粒子径5.7μm(D50)のフッ化イットリウム粒子と、平均粒子径2μm(D50)の炭化珪素微粒子を質量比95:5の割合で混合した粒子を、含有量が30質量%になるようにエタノール中に分散させてスラリーを調製した。この場合、スラリー中の炭化珪素微粒子の含有量は1.5質量%である。このスラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射装置を使用して上記複数層構造皮膜の下層の上に、膜厚150μmのフッ化イットリウム系溶射膜の表層を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、窒素ガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力100kW、溶射距離75mmとした。これにより、全厚み250μmの3層構造の耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この耐食性皮膜の表層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、0.3%であった。
【0064】
[実施例7]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径15μm(D50)の酸化ガドリニウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚300μmの酸化ガドリニウム溶射膜を下層として成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。この下層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、2.2%であった。
【0065】
一方、BET比表面積0.3m2/g、平均粒子径5.9μm(D50)のフッ化ガドリニウム粒子と、平均粒子径2μm(D50)の炭化珪素微粒子を質量比90:10の割合で混合した粒子を、含有量が30質量%になるようにエタノール中に分散させてスラリーを調製した。この場合、スラリー中の炭化珪素微粒子の含有量は3質量%である。このスラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚50μmのフッ化ガドリニウム系溶射膜の表層を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、窒素ガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力100kW、溶射距離75mmとした。これにより、全厚み350μmの2層構造の耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この耐食性皮膜の表層の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、0.1%であった。
【0066】
[比較例1]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径18μm(D50)のアルミナ粉末(スミコランダムAA-18)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚200μmのアルミナ溶射皮膜を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。これにより、アルミナ溶射皮膜からなる耐食性皮膜を有する試験片を作製した。このアルミナ溶射皮膜の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、3.5%であった。
【0067】
[比較例2]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。この基材に対して、平均粒子径30μm(D50)の酸化イットリウム粉末(造粒粉)を、大気圧プラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚200μmの酸化イットリウム溶射皮膜を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力30kW、溶射距離120mmとした。これにより、酸化イットリウム溶射皮膜からなる耐食性皮膜を有する試験片を作製した。この酸化イットリウム溶射皮膜の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、1.8%であった。
【0068】
[比較例3]
100mm角(厚さ5mm)のA5052アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理した。一方、BET比表面積2.8m2/g、平均粒子径1.6μm(D50)のフッ化イットリウム粒子を、エタノールを10質量%含有する純水中に含有量が30質量%になるように分散させてスラリーを調製した。このスラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射装置を使用して溶射し、膜厚100μmのフッ化イットリウム系溶射皮膜を成膜した。その際の溶射条件は、アルゴンガス、窒素ガス、水素ガスをプラズマガスとして使用し、出力100kW、溶射距離75mmとした。これにより、フッ化イットリウム系溶射皮膜の単層からなる耐食性皮膜を有する試験片を作製した。このフッ化イットリウム溶射皮膜の気孔率を実施例1と同様に画像解析法で確認したところ、3.5%であった。
【0069】
上記実施例1~7及び比較例1~3の試験片に形成した耐食性皮膜につき、各溶射皮膜の結晶相、ビッカース硬度、パーティクル発生量、プラズマ耐食性、膜厚、中心線平均粗さRa(面粗度Ra)、希土類元素(R)濃度、O濃度、F濃度を、下記方法に従ってそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0070】
[結晶相の測定]
得られた試験片について、Malvern Panalytical社製、X線回折装置X’Pert PRO/MPDを用いて、耐食性皮膜に含まれる結晶相を同定した。
【0071】
[膜厚の測定]
得られた試験片について、(株)ケツト科学研究所製、渦電流膜厚計LH-300Jを用いて測定した。
【0072】
[ビッカース硬度の測定]
得られた試験片について、表面を鏡面研磨(Ra=0.1μm)して、(株)ミツトヨ製のマイクロビッカース硬度計(AVK-C1)により皮膜表面の硬度測定を実施した(荷重:300gf(2.94N)、荷重時間:10秒間)。5箇所を測定しその平均値を皮膜の表面硬度とした。
【0073】
[パーティクル発生評価試験]
得られた試験片について超音波洗浄(出力200W,洗浄時間30分)を行い、試験片を乾燥した後、20ccの超純水の中に浸漬させてさらに5分間の超音波洗浄を行った。超音波洗浄後、試験片を取り出し、5.3規定の硝酸液を2cc加えて超純水中に含まれるR2O3微粒子を溶かし、ICP発光分光分析法によりR2O3を定量した。
【0074】
[耐食性評価試験]
得られた試験片について、表面を鏡面研磨(Ra=0.1μm)して、マスキングテープでマスキングした部分と暴露部分を作った後に、リアクティブイオンプラズマ試験装置にセットし、プラズマ出力440W、ガス種CF4+O2(20vol%)、流量20sccm、ガス圧5Pa、8時間の条件でプラズマ耐食性試験を行った。触針式表面形状測定器(Dektak3030)を使用し、腐食によって暴露部分とマスキング部分との間に生じた段差の高さを測定し、測定箇所4点の平均値を求め、耐食性を評価した。
【0075】
[中心線平均粗さRa(面粗度Ra)の測定]
得られた試験片について、(株)東京精密製、表面粗さ測定器HANDYSURF E-35Aを用いて測定した。
【0076】
[構成元素の測定]
得られた試験片について、溶射基材から剥がした表層皮膜の構成元素を測定した。R濃度はEDTA滴定法により、O濃度は不活性ガス融解赤外吸収法により、F濃度はNaOH溶融IC法により、各々測定した。
【0077】
【0078】
また、上記実施例1~7及び比較例1~3の各耐食性皮膜につき、下記方法に従って電気性能を調査した。その際、各電気性能試験においては、試験片を各N=3で準備し、これらの試験片について、室温23℃、200℃時の体積抵抗率、表面抵抗率、絶縁破壊電圧について調査した。結果を表2~4に示す。
【0079】
[体積抵抗率の測定方法]
デジタル超高抵抗/微少電流計8340A型[(株)エーディーシー製]を用い、試験規格ASTM(D257:2007)に準じて、室温23℃と200℃時の体積抵抗を測定し、膜厚データを基に体積抵抗率を算出した。試験数N=3で測定を行い、その平均値を評価した。なお、表2における「温度変数」とは、(200℃における体積抵抗率)/(23℃における体積抵抗率)から算出した値であり、温度変数が1に近いほど体積抵抗率の温度変化が少なく、温度変化に強いことを表す。
【0080】
[表面固有抵抗の測定方法]
デジタル超高抵抗/微少電流計8340A型[(株)エーディーシー製]を用い、試験規格ASTM(D257:2007)に準じて、室温23℃と200℃時の表面抵抗を測定し、表面抵抗率を算出した。試験数N=3で測定を行い、その平均値を評価した。
【0081】
[絶縁破壊電圧の測定方法]
絶縁破壊試験機HAT-300-100RHO型(山崎産業(株)製)を用い、試験規格ASTM(D149:2009)に準じて、室温23℃と200℃時の絶縁破壊電圧を測定し、膜厚データを基に絶縁破壊強さを算出した。試験数N=3で測定を行い、その平均値を評価した。
【0082】
【0083】
【0084】
【0085】
表1,2のとおり、希土類元素の酸化物皮膜の上に希土類フッ化物系皮膜を形成した、本発明にかかる複層構造の耐食性皮膜の場合、温度変数は0.1以上10以下であり、室温23℃から200℃における温度範囲において体積抵抗率の変動がほとんど見られないことが確認された。つまり、室温23℃と200℃間での体積抵抗率の変化が極端に少なく、電気性能的に安定な溶射皮膜を提供することができる。また、下層膜厚と表層膜厚を変化させることや表層のフッ化物系皮膜の酸素濃度を変化させることによって、体積抵抗率の温度変数を任意にコントロールすることが可能である。これらの結果から、例えば、プラズマエッチング装置に使われる静電チャックでは室温、高温200℃時における体積抵抗率の変動が少ない材料が求められているが、本発明はこれらの要求を満たす材料であると認められる。また、表面抵抗率(表3)についても、温度変化に対して十分な安定性を有しており、更に絶縁破壊強さ(表4)についても、本発明にかかる実施例1~7の溶射皮膜は、いずれも十分に高い数値が得られており、静電チャック材料として適用可能な絶縁破壊電圧値を有していることが確認された。
【0086】
また、表1に示されているように、実施例1~4及び実施例6,7の溶射皮膜を構成する表層は、分散媒として、いずれも有機溶媒(エタノール)のみを用いたスラリーからサスペンションプラズマ溶射(SPS法)により得られたものであり、希土類フッ化物と希土類オキシフッ化物とからなる結晶相を有するものであるが、これらは分散媒のほとんどを水とした比較例3に比べてビッカース硬度が高く、気孔率が低い緻密な皮膜であり、低パーティクルで耐食性に優れた溶射皮膜であることが確認された。
【0087】
次に、上記実施例3の溶射皮膜では、フッ化イットリウム粒子に酸化イットリウム微粒子(D
50:50nm)を微量添加したスラリーを用いてサスペンションプラズマ溶射より表層を形成したが、この溶射皮膜表層の断面を電子顕微鏡で観察し、酸化イットリウム微粒子を添加しないこと以外は同様にして形成した溶射皮膜の断面と比較して、酸化イットリウム微粒子添加による効果を確認した。結果を
図1,2に示す。
図1,2に示されているように、酸化イットリウム微粒子を微量添加した表層皮膜は、酸化イットリウム微粒子を添加していない場合と比べ、溶射皮膜表層断面の横クラックの発生が効果的に抑制されることが確認された。
【0088】
[実施例1~4,6及び7における表層形成用の希土類フッ化物粒子の製造]
上記実施例1~4,6及び7における表層形成用の希土類フッ化物粒子は、以下の方法により製造した。まず、希土類硝酸溶液を50℃に加熱し、この液にフッ化アンモニウム溶液を50℃で撹拌しながら、約30分で混合する。これにより、白い沈殿物が晶出する。この沈殿物のろ過・水洗・乾燥を実施する。得られた沈殿物は、X線回折(XRD)法の分析でR3(NH4)F10(Rは希土類元素:実施例1,3,4及び6ではY、実施例2ではEr、実施例7ではGd)の形のフッ化アンモニウム複塩であると認められた。この複塩を窒素雰囲気中、実施例6及び7では900℃、実施例4では875℃、実施例1及び3では850℃、実施例2では825℃で焼成し、ジェットミルで粉砕することにより、上記希土類フッ化物粒子を得た。
【0089】
[比較例3における表層形成用のフッ化イットリウム粒子の製造]
また、比較例3における表層形成用のフッ化イットリウム粒子は、以下の方法により製造した。まず、酸化イットリウム粉末と酸性フッ化アンモニウム粉末とを混合し、窒素雰囲気中、650℃で、約2時間焼成して、フッ化イットリウムを得た。得られたフッ化イットリウムをジェットミルで粉砕し、空気分級することにより、フッ化イットリウム粒子を得た。
【0090】
上記方法により製造したフッ化イットリウム粒子、フッ化エルビウム粒子又はフッ化ガドリニウム粒子を用いて調製した上記実施例1~4,6,7及び比較例3の溶射用スラリー(溶射材料)の希土類化合物粉末につき、BET比表面積、平均粒子径D50、平均円形度、粒子硬度、細孔容積をそれぞれ下記方法により測定した。結果を表5に示す。
【0091】
[BET比表面積の測定]
得られた希土類化合物粉末について、(株)マウンテック製、全自動比表面積測定装置Macsorb HM model-1280により、BET比表面積を測定した。
【0092】
[平均粒子径D50の測定]
得られた希土類化合物粉末について、レーザー回折法により粒度分布を測定した。体積基準での平均値を平均粒子径D50とした。測定には、マイクロトラック・ベル(株)製、レーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置、マイクロトラック MT3300EX IIを用いた。溶射用スラリー(実施例1~4,6,7及び比較例3)は純水30mlに添加して超音波を照射(40W、1分間)したものを評価サンプルとした。粉末(実施例5、比較例1,2)は純水30mlに添加したものをそのまま評価サンプルとした。測定装置の循環系に、上記測定装置の仕様に適合する濃度指数DV(Diffraction Volume)が0.01~0.09となるようにサンプルを滴下して測定した。
【0093】
[平均円形度の測定]
平均円形度とは、(円形度)=(粒子の平面視の面積と等しい円の周囲長)/(粒子の平面視の周囲長)によって求められる溶射粒子の円形度合いの評価値である。
得られた希土類化合物粉末について、シスメックス製のFPIA-3000Sにより、この平均円形度を測定した。即ち、フロー式粒子像分析装置(FPIA-3000S)を用いて、フラットシースフロー方式により、スラリー試料をシース液で扁平な試料流に形成させ、ストロボ光を照射することにより粒子を静止画像として撮像する。抽出した粒子を画像解析法に基づき個々に解析することにより、平均円形度を測定した。具体的には、ビーカーに試料20mgを入れ、分散剤水溶液としてシスメックス社製のパーティクルシースを加えて20mlに定容した後、超音波(100W)にて2分間分散処理し、これを測定溶液として測定を実施した。
【0094】
[粒子硬度の測定]
得られた希土類化合物粉末について、ナノ・インデンテーション法により粒子硬度を測定した。分析装置はENT-2100(エリオ二クス社製)を使用した。
【0095】
ナノ・インデンテーション法とは、物質の硬さや弾性率(塑性変形のしにくさを表す物性値)、降伏応力(物質が塑性変形を開始する応力)などの力学物性をナノメートルスケールで測る技術である。ステージの上に置かれた粉試料にダイヤモンド圧子を押し込み、荷重(押し込む強さ)と変位(押し込む深さ)を測定し、得られた荷重-変位曲線から力学物性を算出する。測定装置は、ダイヤモンド圧子とその制御・測定値の検出を行うトランスデューサ及びコントローラ、オペレーションのためコンピューターにより構成される。
【0096】
[細孔容積の測定]
得られた希土類化合物粉末について、マイクロメリティックス社製、水銀圧入式細孔分布測定装置Auto Pore IIIを用いて水銀圧入法により細孔直径を測定し、得られた細孔直径に対する積算細孔容積分布から、直径10μm以下の細孔の累積容積(総容積)を算出した。
【0097】
【0098】
表5のとおり、SPS法で表層を形成する場合、実施例1~4,6,7のスラリーのように、希土類化合物粉末を有機溶媒に分散したスラリーを用いること、特に、スラリーを構成する希土類化合物粒子として、BET比表面積が2m2/g以下で、平均粒子径D50が2~6μmであり、さらに平均円形度が0.9以上、粒子硬度が7~12GPa、細孔直径10μm以下の細孔容積が0.5cm3/g以下である希土類フッ化物粉末を用いることで、表1に示されているように、非常に高硬度で緻密な耐食性に優れた溶射皮膜が得られることが確認された。一方、APS法で表層を形成する場合も、体積抵抗率の変化が極端に少なく、電気性能的に安定であり、絶縁破壊強さも十分に高い溶射皮膜が得られることが確認された。