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特許7472996常磁性ガーネット型透明セラミックス、磁気光学デバイス及び常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法
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  • 特許-常磁性ガーネット型透明セラミックス、磁気光学デバイス及び常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】常磁性ガーネット型透明セラミックス、磁気光学デバイス及び常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/50 20060101AFI20240416BHJP
   C04B 35/64 20060101ALI20240416BHJP
   C01F 17/10 20200101ALI20240416BHJP
   C01F 17/34 20200101ALI20240416BHJP
   G02B 27/28 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
C04B35/50
C04B35/64
C01F17/10
C01F17/34
G02B27/28 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022547493
(86)(22)【出願日】2021-08-26
(86)【国際出願番号】 JP2021031358
(87)【国際公開番号】W WO2022054596
(87)【国際公開日】2022-03-17
【審査請求日】2023-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2020151245
(32)【優先日】2020-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松本 卓士
(72)【発明者】
【氏名】碇 真憲
(72)【発明者】
【氏名】田中 恵多
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-207340(JP,A)
【文献】特開2019-199386(JP,A)
【文献】特開2019-202916(JP,A)
【文献】国際公開第2011/132668(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第104628375(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/50
C04B 35/64
C01F 17/10
C01F 17/34
G02B 27/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるTb含有希土類アルミニウムガーネットの焼結体であって、平均焼結粒径が10μm以上40μm以下であり、長さ20mmの試料の長さ方向において光学有効領域内における波長1,064nmの挿入損失が0.05dB以下であることを特徴とする常磁性ガーネット型透明セラミックス。
(Tb1-x-yxScy3(Al1-zScz512 (1)
(式中、0≦x<0.45、0≦y<0.08、0≦z<0.2、0.001<y+z<0.20である。)
【請求項2】
波長1,064nm、パルス幅5nsのレーザー損傷閾値が20J/cm2以上である請求項1に記載の常磁性ガーネット型透明セラミックス。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の常磁性ガーネット型透明セラミックスを用いて構成される磁気光学デバイス。
【請求項4】
上記常磁性ガーネット型透明セラミックスをファラデー回転子として備え、該ファラデー回転子の光学軸上の前後に偏光材料を備えた波長帯0.9μm以上1.1μm以下で利用可能な光アイソレータである請求項3に記載の磁気光学デバイス。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法であって、下記式(1)
(Tb1-x-yxScy3(Al1-zScz512 (1)
(式中、0≦x<0.45、0≦y<0.08、0≦z<0.2、0.001<y+z<0.20である。)
で表されるTb含有希土類アルミニウムガーネットの焼結体について加圧焼結し、更にこの加圧焼結体を上記加圧焼結を超える温度に加熱して再焼結して平均焼結粒径が10μm以上の再焼結体とし、更に再焼結体について1,400℃以上の酸化雰囲気で酸化アニール処理を行うことを特徴とする常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視及び/又は近赤外域において透光性を有する常磁性ガーネット型透明セラミックスに関し、より詳細には、光アイソレータなどの磁気光学デバイスを構成するのに好適なテルビウムを含む常磁性ガーネット型透明セラミックス、該常磁性ガーネット型透明セラミックスを用いた磁気光学デバイス及び常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
産業用レーザー加工機には反射光などの光の逆戻りを防ぐ目的で光アイソレータが設けられており、その内部はテルビウム添加ガラスやテルビウムガリウムガーネット(TGG)がファラデー回転子として搭載されている(例えば、特開2011-213552号公報(特許文献1))。ファラデー効果の大きさはベルデ定数で定量化され、TGG結晶のベルデ定数は40rad/(T・m)(0.13min/(Oe・cm))、テルビウム添加ガラスでは0.098min/(Oe・cm)であり、TGG結晶のベルデ定数は比較的大きいことから、標準的なファラデー回転子として広く使用されている。その他に、テルビウムアルミニウムガーネット結晶(TAG結晶)があり、TAG結晶のベルデ定数はTGG結晶の1.3倍程度であることから、ファラデー回転子の長さを短くできるため、ファイバーレーザーに使用可能かつ良好な結晶である(例えば、特開2002-293693号公報(特許文献2)、特許第4107292号公報(特許文献3))。
【0003】
近年、TAGを透明セラミックスで作製する方法が開示されている(例えば、国際公開第2017/033618号(特許文献4)、国際公開第2018/193848号(特許文献5)、“High Verdet constant of Ti-doped terbium aluminum garnet (TAG) ceramics”(非特許文献1))。またテルビウムの一部をイットリウムで置換したYTAG(Tbx1-x3Al512(0.2≦x≦0.8、または0.5≦x≦1.0またはx=0.6)の透明セラミックスの作製方法も報告されている(例えば、“Fabrication and properties of (TbxY1-x)3Al5O12 transparent ceramics by hot isostatic pressing”(非特許文献2)、“Development of optical grade (TbxY1-x)3Al5O12 ceramics as Faraday rotator material”(非特許文献3)、“Effect of (Tb+Y)/Al ratio on Microstructure Evolution and Densification Process of (Tb0.6Y0.4)3Al5O12 Transparent Ceramics”(非特許文献4))。Tbを含有する希土類アルミニウムガーネットはTGGと比較して高い熱伝導率を示すため、熱レンズ効果が小さいファラデー素子になると期待されている。更に3価イオン置換したTAG透明セラミックスを搭載した光アイソレータついて開示されており、TGGを搭載した光アイソレータと比較して熱レンズ効果が小さい光アイソレータである事が示されている。(例えば、特開2020-67523号公(特許文献6))
【0004】
上記のように、近年のTbを含有する希土類アルミニウムガーネットの報告はセラミックスによるものが多い。これはTAGがインコングルエント(不一致溶融)な組成のため、単結晶作製が困難であることに由来する。しかし一般的にセラミックスは系内に気泡や異相、異物、マイクロクラックなど多くの散乱源を含む。そのためファラデー回転子を想定した高度に透明なセラミックスを得るためには気泡や異物などの散乱源を徹底的に排除する必要がある。
【0005】
セラミックス内部の気泡や、マイクロクラックを減らす方法として熱間等方圧プレス(HIP)処理がある。HIP処理は予め相対密度94%以上まで緻密化させておいた焼結体(予備焼結体)を、高温・高圧処理によりセラミックスの塑性流動を起こして欠陥を圧縮、除去することができる。HIP処理の際、多くの気泡は系外に排出されて除去されるが、一部の気泡は圧縮されたまま系内に残っていることが多い。そのためHIP体を高温で常圧以下にさらすと、圧縮されて隠れていた気泡が再膨張し、散乱強度が増す現象が観測される。
【0006】
HIP処理で排出できなかったセラミックス内部の気泡や異相を更に減らす方法としてHIP処理後に再焼結を行い粒成長により系外に排出する方法がある。池末らはYAGセラミックスに対し真空下1,600℃で3時間予備焼結し、1,500~1,700℃で3時間HIP処理した透明セラミックスに対し、HIP処理温度より高い1,750℃で20時間再焼結する方法を示している(例えば、“Microstructure and Optical Properties of Hot Isostatic Pressed Nd:YAG Ceramics”(非特許文献5))。また、特許第2638669号公報(特許文献7)には、適切な形状と組成を有する生圧粉体を形成し、予備焼結工程を1,350~1,650℃の温度範囲で行い、HIP処理工程を1,350~1,700℃の温度で行い、そして再焼結工程を、1,650℃を超える温度で行うセラミックス体の製造方法が開示されており、これにより気孔を除去する方法が開示されている。
【0007】
ところで近年のパルスレーザー加工機は微細な加工を行うためハイパワー化及び短パルス化が進んでいる。パルス幅が短くなるとピーク強度が高くなるため、短パルスレーザー光が透過することでファラデー回転子が損傷する問題がしばしば発生している。例えば、“Optical properties and Faraday effect of ceramic terbium gallium garnet for a room temperature Faraday rotator”(非特許文献6)ではTGG単結晶及びTGG透明セラミックスの波長1,064nmのパルスレーザー光によるレーザー損傷閾値に関する情報が示されている。ファラデー回転子が損傷すると透過率やアイソレーション、ビーム品質が悪くなり、最悪の場合には光アイソレータが故障してしまう。一般的にパルスレーザーによる光学損傷の原因は、多光子吸収による電離、電子なだれ崩壊、そして不純物による吸収などが考えられるが、特に透明セラミックスは粒界や気泡等の散乱源の存在がレーザー損傷閾値を低くしていると指摘されている(例えば、“Investigation of bulk laser damage in transparent YAG ceramics controlled with microstructural refinement”(非特許文献7))。そのため高いレーザー損傷閾値をもつセラミックスファラデー回転子を提供するためには吸収及び散乱を管理して、材料のもつポテンシャルを極限まで引き出すことが重要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2011-213552号公報
【文献】特開2002-293693号公報
【文献】特許第4107292号公報
【文献】国際公開第2017/033618号
【文献】国際公開第2018/193848号
【文献】特開2020-67523号公報
【文献】特許第2638669号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】“High Verdet constant of Ti-doped terbium aluminum garnet (TAG) ceramics”, Optical Materials Express, Vol.6, No.1 191-196 (2016)
【文献】“Fabrication and properties of (TbxY1-x)3Al5O12 transparent ceramics by hot isostatic pressing”, Optical Materials, 72 58-62 (2017)
【文献】“Development of optical grade (TbxY1-x)3Al5O12 ceramics as Faraday rotator material”, Journal of American Ceramics Society, 100, 4081-4087 (2017)
【文献】“Effect of (Tb+Y)/Al ratio on Microstructure Evolution and Densification Process of (Tb0.6Y0.4)3Al5O12 Transparent Ceramics”, Materials, 12, 300 (2019)
【文献】“Microstructure and Optical Properties of Hot Isostatic Pressed Nd:YAG Ceramics”, Journal of American Ceramics Society, 79, 1927-1933 (1996)
【文献】“Optical properties and Faraday effect of ceramic terbium gallium garnet for a room temperature Faraday rotator”, Optical Materials Express, Vol. 19, No. 16 15181-15187 (2011)
【文献】“Investigation of bulk laser damage in transparent YAG ceramics controlled with microstructural refinement”, Proc. of SPIE, Vol. 7132, 713215 (2009)
【文献】“Lineal Intercept Technique for Measuring Grain Size in Two-Phase Polycrystalline Ceramics”, Journal of the American Ceramic Society, 55, 109 (1972)
【文献】“Wavelength Dependence of Laser-Induced Damage: Determining the Damage Initiation Mechanisms”, Physical Review Letters, 91, 127402 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上のように、パルスレーザー加工機の加工の微細化に伴い、高いレーザー損傷閾値をもつファラデー回転子が求められている。上記のような状況の中で、最近、組成が(Tbx1-x3Al512(x=0.5~1.0)である緻密なセラミックス焼結体が既存のTGG結晶に比べて消光比が高く(既存の35dBが39.5dB以上に改善)、挿入損失も低減できる(既存の0.05dBが0.01~0.05dBに改善)ことが開示された(非特許文献3)。この非特許文献3で開示された材料は、まずセラミックスであるため、TGG結晶で問題となっていたペロブスカイト異相の析出もなく、更にTbイオンの一部をYイオンで置換することで、更なる低損失化が可能になったものであり、きわめて高品質のガーネット型ファラデー回転子を得ることのできる材料である。ところが、本発明者らが文献を参考に追試し、試作したファラデー回転子を搭載した光アイソレータにおいて動作中にレーザー光の透過率が急激に低下し、光アイソレータが機能しなくなる問題が発生した。そのためTbを含有する希土類アルミニウムガーネットセラミックスを搭載した光アイソレータの安定性の向上が課題となった。故障した光アイソレータを解析すると、内部のファラデー回転子がレーザー損傷により破壊されることで光アイソレータの透過率が低下することが明らかとなった。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、TAG系、TYAG系又はTYSAG系のレーザー損傷閾値の高い常磁性ガーネット型透明セラミックス、該常磁性ガーネット型透明セラミックスを用いた磁気光学デバイス及び常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らが上記課題に対し検討を行った結果、ファラデー回転子として使用しているセラミックスの(i)焼結粒径を一定以上の大きさにし、セラミックス内部の気泡、粒界、異相、異物を一定の量まで減らすことと(ii)酸化アニール処理することで酸素欠陥(例えばF又はF+センター)吸収を減らすことがファラデー回転子のレーザー損傷閾値の向上に対して効果的であることを発見した。特に20J/cm2以上のレーザー損傷閾値のファラデー回転子を搭載した光アイソレータは、ピコ秒パルスレーザーを透過させた場合においても透過率の減少が起こらず安定に機能することを見出し、この知見に基づき鋭意検討を行い、本発明をなすに至った。
【0013】
即ち、本発明は、下記の常磁性ガーネット型透明セラミックス、磁気光学デバイス及び常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法を提供する。
1.
下記式(1)で表されるTb含有希土類アルミニウムガーネットの焼結体であって、平均焼結粒径が10μm以上40μm以下であり、長さ20mmの試料の長さ方向において光学有効領域内における波長1,064nmの挿入損失が0.05dB以下であることを特徴とする常磁性ガーネット型透明セラミックス。
(Tb1-x-yxScy3(Al1-zScz512 (1)
(式中、0≦x<0.45、0≦y<0.08、0≦z<0.2、0.001<y+z<0.20である。)
2.
波長1,064nm、パルス幅5nsのレーザー損傷閾値が20J/cm2以上である1に記載の常磁性ガーネット型透明セラミックス。
3.
1又は2に記載の常磁性ガーネット型透明セラミックスを用いて構成される磁気光学デバイス。
4.
上記常磁性ガーネット型透明セラミックスをファラデー回転子として備え、該ファラデー回転子の光学軸上の前後に偏光材料を備えた波長帯0.9μm以上1.1μm以下で利用可能な光アイソレータである3に記載の磁気光学デバイス。
5.
1又は2に記載の常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法であって、下記式(1)
(Tb1-x-yxScy3(Al1-zScz512 (1)
(式中、0≦x<0.45、0≦y<0.08、0≦z<0.2、0.001<y+z<0.20である。)
で表されるTb含有希土類アルミニウムガーネットの焼結体について加圧焼結し、更にこの加圧焼結体を上記加圧焼結を超える温度に加熱して再焼結して平均焼結粒径が10μm以上の再焼結体とし、更に再焼結体について1,400℃以上の酸化雰囲気で酸化アニール処理を行うことを特徴とする常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、20J/cm2以上の高いレーザー損傷閾値をもつ常磁性ガーネット型透明セラミックスを提供でき、特に光アイソレータなどの磁気光学デバイスを構成するファラデー回転子用として好適な透明セラミックスを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスをファラデー回転子として用いた光アイソレータの構成例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[常磁性ガーネット型透明セラミックス]
以下、本発明に係る常磁性ガーネット型透明セラミックスについて説明する。
本発明に係る常磁性ガーネット型透明セラミックスは、下記式(1)で表されるTb含有希土類アルミニウムガーネットの焼結体であって、平均焼結粒径が10μm以上40μm以下であり、長さ20mmの試料の長さ方向において光学有効領域内における波長1,064nmの挿入損失が0.05dB以下であることを特徴とするものである
(Tb1-x-yxScy3(Al1-zScz512 (1)
(式中、0≦x<0.45、0≦y<0.08、0≦z<0.2、0.001<y+z<0.20である。)
【0017】
なお、式(1)で表されるガーネット結晶構造においてTbが主として占有するサイト、即ち式(1)の前半の括弧をAサイト、Alが主として占有するサイト、即ち式(1)の後半の括弧をBサイトと称する。
【0018】
式(1)のAサイトにおいて、テルビウム(Tb)は、3価の希土類イオンの中で最大のベルデ定数を有する元素であり、ファイバーレーザーで使用する1,070nm領域(波長帯0.9μm以上1.1μm以下)で吸収が極めて小さいため、この波長域の光アイソレータ用材料に用いるには好適な最も適している元素である。ただし、Tb(III)イオンは容易に酸化されTb(IV)イオンが生じる。金属酸化物中にTb(IV)イオンが生じると紫外から近赤外域にかけて広範囲の波長で光を吸収し透過率を低下させるため、できる限り排除することが望ましい。Tb(IV)イオンを発生させない1つのストラテジーとしてTb(IV)イオンが不安定な結晶構造、つまりガーネット構造を採用することが有効である。
【0019】
イットリウム(Y)はイオン半径がテルビウムよりも2%程度小さく、アルミニウムと化合して複合酸化物を形成する場合に、ペロブスカイト相よりもガーネット相を安定して形成できるため、本発明においては好ましく利用することのできる元素である。
【0020】
式(1)のBサイトにおいて、アルミニウム(Al)はガーネット構造を有する酸化物中で安定に存在できる3価のイオンの中で最小のイオン半径を有する材料であり、Tb含有の常磁性ガーネット型酸化物の格子定数を最も小さくすることのできる元素である。Tbの含有量を変えることなくガーネット構造の格子定数を小さくすることができると、単位長さあたりのベルデ定数を大きくすることができるため好ましい。更にアルミニウムは軽金属であるためガリウムと比較すると反磁性が弱く、ファラデー回転子内部に生じる磁束密度を相対的に高める効果が期待され、こちらも単位長さ当たりのベルデ定数を大きくすることができるため好ましい。実際TAGセラミックスのベルデ定数はTGGのそれの1.25~1.5倍に向上する。そのためテルビウムイオンの一部をイットリウムイオンで置換することでテルビウムの相対濃度を低下させた場合でも、単位長さ当りのベルデ定数をTGG同等、ないしは若干下回る程度にとどめることが可能となるため、本発明においては好適な構成元素である。
【0021】
ここで、構成元素がTb、Y及びAlだけの複合酸化物では微妙な秤量誤差によってガーネット構造を有さない場合があり、光学用途に使用可能な透明セラミックスを安定に製造することが難しい。そこで、本発明では構成元素としてスカンジウム(Sc)を添加することにより微妙な秤量誤差による組成ずれを解消する。Scは、ガーネット構造を有する酸化物中でAサイトにも、Bサイトにも固溶することができる中間的なイオン半径を有する材料であり、Tb及びYからなる希土類元素とAlとの配合比が秤量時のばらつきによって化学量論比からずれた場合に、ちょうど化学量論比に合うように、そしてこれにより結晶子の生成エネルギーを最小にするように、自らAサイト(Tb及びYからなる希土類サイト)とBサイト(アルミニウムサイト)への分配比を調整して固溶することのできるバッファ材料である。また、アルミナ異相のガーネット母相に対する存在割合を1ppm以下に制限し、かつ、ペロブスカイト型の異相のガーネット母相に対する存在割合を1ppm以下に制限することのできる元素であり、製品の歩留り向上のために添加できる元素である。
【0022】
式(1)中、xの範囲は0≦x<0.45であり、0.05≦x<0.45が好ましく、0.10≦x≦0.40がより好ましく、0.20≦x≦0.40が更に好ましい。xがこの範囲にあると、常温(23±15℃)、波長1,064nmでのベルデ定数が30rad/(T・m)以上となり、ファラデー回転子として使用することができる。またこの範囲においてxが大きいほど熱レンズ効果が小さくなる傾向があるため好ましい。更にこの範囲においてxが大きいほど拡散透過率が小さくなる傾向があるため好ましい。対して、xが0.45以上の場合、波長1,064nmでのベルデ定数が30rad/(T・m)未満となるため好ましくない。即ちTbの相対濃度が過剰に薄まると、一般的なマグネットを使用した場合、波長1,064nmのレーザー光を45度回転させるのに必要なファラデー回転子の全長が30mmを超えて長くなり、製造が難しくなるため好ましくない。
【0023】
式(1)中、yの範囲は0≦y<0.08であり、0<y<0.08が好ましく、0.002≦y≦0.07がより好ましく、0.003≦y≦0.06が更に好ましい。yがこの範囲にあると、ペロブスカイト型異相をX線回折(XRD)分析で検出されないレベルまで減少させることができる。更に光学顕微鏡観察で150μm×150μmの視野におけるペロブスカイト型の異相(典型的なサイズが直径1~1.5μmで、薄茶色に着色して見える粒状のもの)の存在量が1個以下になるため好ましい。このときのペロブスカイト型の異相のガーネット母相に対する存在割合は1ppm以下となっている。
【0024】
yが0.08以上の場合、Tbの一部をYで置換することに加えて、更にScでもTbの一部を置換してしまい、結果的にTbの固溶濃度が不必要に低下してしまうため、ベルデ定数が小さくなり好ましくない。また、Scは原料代が高額なため、Scを不必要に過剰ドープすることは製造コスト上からも好ましくない。なお、yが0.08以上の場合、Tb及びYがBサイトに、AlがAサイトに入るアンチサイト欠陥吸収が発生するリスクが高まるため好ましくない。
【0025】
式(1)中、zの範囲は0≦z<0.2であり、0<z<0.16が好ましく、0.01≦z≦0.15がより好ましく、0.03≦z≦0.15が更に好ましい。zがこの範囲にあると、ペロブスカイト型異相がXRD分析で検出されない。更に光学顕微鏡観察で150μm×150μmの視野におけるペロブスカイト型の異相(典型的なサイズが直径1~1.5μmで、薄茶色に着色して見える粒状のもの)の存在量が1個以下になるため好ましい。このときのペロブスカイト型の異相のガーネット母相に対する存在割合は1ppm以下となっている。
【0026】
zが0.2以上の場合、ペロブスカイト型異相の析出抑制効果は飽和して変わらない中、zの値の増加に連動してyの値、即ちScによるTbの置換割合も高まってしまうため、結果的にTbの固溶濃度が不必要に低下してしまい、ベルデ定数が小さくなり好ましくない。更にまたScは原料代が高額なため、Scを不必要に過剰ドープすることは製造コスト上からも好ましくない。なお、zが0.16以上の場合、Tb及びYがBサイトに、AlがAサイトに入るアンチサイト欠陥吸収が発生するリスクが高まるため好ましくない。
【0027】
式(1)中、y+zの範囲は0.001<y+z<0.20である。y+zがこの範囲にあるとペロブスカイト型異相がXRD分析で検出されない。更に光学顕微鏡観察で150μm×150μmの視野におけるペロブスカイト型の異相(典型的なサイズが直径1~1.5μmで、薄茶色に着色して見える粒状のもの)の存在量が1個以下になるため好ましい。このときのペロブスカイト型の異相のガーネット母相に対する存在割合は1ppm以下となっている。なお、y+zの範囲が0≦y+z≦0.001の範囲であっても本発明の効果は得られるが、原料の秤量誤差によって異相が発生しやすくなり、その結果歩留まりが低下するため好ましくない。
【0028】
また、本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスでは、上記焼結体が更に焼結助剤を含むものであることが好ましい。具体的には、焼結助剤としてSiO2を0質量%超0.1質量%以下(0ppm超1,000ppm以下)含有することが好ましい。含有量が0.1質量%(1,000ppm)超では過剰に含まれるSiによる結晶欠陥により微量な光吸収が発生するおそれがある。
【0029】
また、焼結助剤として更にマグネシウム(Mg)又はカルシウム(Ca)の酸化物を添加することができる。Mg及びCaは共に2価のイオンであり、4価であるSiO2添加に伴うガーネット構造内部のチャージバランスのずれを補償することのできる元素であるため、好適に添加することができる。その添加量はSiO2添加量に合わせるように調整することが好ましい。
【0030】
また、本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスは、平均焼結粒径が10μm以上40μm以下であり、長さ20mmの試料の長さ方向において光学有効領域内における波長1,064nmの挿入損失が0.05dB以下である。
【0031】
ここで、本発明のガーネット型複合酸化物焼結体透明セラミックスにあっては、その平均焼結粒径が10μm以上40μm以下であり、20μm以上40μm以下が好ましい。平均焼結粒径が10μm未満であるとセラミックス内部の散乱量が多くなり、結果としてレーザー加工機内部に搭載されるファラデー回転子として不適となる場合がある。
【0032】
なお、再焼結体における焼結粒子の平均粒径(平均焼結粒径)は、対象焼結体の焼結粒子の粒径を金属顕微鏡で測定して求められるものであり、詳しくは以下のようにして求められる。
即ち、再焼結体について金属顕微鏡の透過モードを使用し、50倍の対物レンズを使用して両端面が研磨された焼結体サンプルの透過オープンニコル像を撮影する。詳しくは、対象焼結体の所定深度における光学有効領域を撮影し、その撮影像に対角線を描き、当該対角線が横切る焼結粒子の総数をカウントしその上で対角線長をこのカウント総数で割った値をその画像中の焼結粒子の平均焼結粒径と定義する。更に解析処理で読み取った各撮影画像の平均粒径を合算したうえで、撮影枚数で割った値を対象焼結体の平均焼結粒径とする(以下、常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法及び実施例において同じ)。
【0033】
また、本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスは、長さ20mmの試料の長さ方向において光学有効領域内における波長1,064nmの挿入損失が0.05dB以下であり、0.04dB以下が好ましく、0.03dB以下がより好ましく、0.02dB以下が更に好ましい。これにより、そのレーザー光を透過させた場合、高いビーム品質M2が得られる。
【0034】
なお、ここでいう光学有効領域は、常磁性ガーネット透明セラミックスの光学面において光学的に有効な領域のこと、即ち、常磁性ガーネット型透明セラミックス内部において入射光が透過して出射するときに磁気光学材料として有効に機能する領域をいい、詳しくは、例えば円柱形状の常磁性ガーネット型透明セラミックスの場合、その光学的に利用する軸上にある光学面(円形面)において光学的に利用できない端面外縁部を除いた領域をいい、ここでは光学面の面積率にして19%に相当する光学面外縁部を除いた領域、つまり光学面の外縁から内側に入った面積率にして81%の領域のことをいう。
また、ここでいう挿入損失は、直線透過率をdB単位で表現したものである。即ち、波長1,064nmの10~20mWのレーザー光をビーム径200~350μmに集束させた状態で対象の常磁性ガーネット型透明セラミックスの光学面に対して垂直に(光学的に利用する軸方向に)入射して半導体受光器で光強度を測定し、このときの該セラミックスを挿入しない場合の光強度(入射光強度)を基準として、それに対する光強度の低下をdB単位で表現したものである。
【0035】
また、本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスは、波長1,064nm、パルス幅5nsのレーザー損傷閾値が20J/cm2以上であることが好ましい。本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスはファラデー回転子として利用することを想定しているため、パルスレーザーによる損傷を負わない(レーザー損傷耐力を有する)ことが好ましい。その損傷閾値は極力高い方が好ましく、波長λ=1,064nm、パルス幅5nsの場合、20J/cm2以上であり、22J/cm2以上が好ましく、25J/cm2以上がより好ましい。
【0036】
なお、「波長1,064nm、パルス幅5nsのレーザー損傷閾値」は、対象の常磁性ガーネット型透明セラミックス内部の任意の個所に所定のエネルギー密度の波長1,064nm、パルス幅5nsのパルスレーザー光(例えば照射ビーム径100μm(ガウス分布1/e2強度))を、照射位置を固定して1ショット照射し、照射毎に損傷の有無を確認し、徐々に照射エネルギーを上昇させ、レーザー損傷が生じたエネルギー密度の最小値をレーザー損傷閾値とする(即ち、N-on-1方式である)。
【0037】
ところで、レーザー損傷閾値(LIDT)は、照射レーザー光の波長、パルス幅及びビームスポット径に依存する。そのため、波長1,064nm、パルス幅5ns、照射ビーム径100μm(ガウス分布1/e2強度)でのレーザー損傷試験が実施できない場合は、LIDTのスケーリングを用いて「波長1,064nm、パルス幅5nsのレーザー損傷閾値」としてもよい。ここで、“Wavelength Dependence of Laser-Induced Damage: Determining the Damage Initiation Mechanisms”(非特許文献9)によれば、初期条件の波長(λ1)、パルス幅(τ1)、照射ビーム径(φ1)から新たな波長(λ2)、パルス幅(τ2)、照射ビーム径(φ2)へスケーリング(変換)する一般則として、式(S1)を適用することができる。
LIDT(λ2,τ2,φ2)=LIDT(λ1,τ1,φ1)×(λ1/λ2)×(τ2/τ1)1/2×(φ1/φ2)2 (S1)
したがって、下記式(S2)により、波長1,064nm、波長5ns、照射ビーム径100μm(ガウス分布1/e2強度)とは異なる条件の波長(λ1(nm))、パルス幅(τ1(ns))、照射ビーム径(φ1(μm))で測定されたレーザー損傷閾値(LIDT)から波長1,064nm、パルス幅5ns(照射ビーム径100μm)のレーザー損傷閾値を換算することができる。
LIDT(1064,5,100)=LIDT(λ1,τ1,φ1)×(λ1/1064)×(5/τ1)1/2×(φ1/100)2 (S2)
【0038】
[常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法]
本発明に係る常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法は、上述した本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスを製造するための方法であって、下記式(1)
(Tb1-x-yxScy3(Al1-zScz512 (1)
(式中、0≦x<0.45、0≦y<0.08、0≦z<0.2、0.001<y+z<0.20である。)
で表されるTb含有希土類アルミニウムガーネットの焼結体について加圧焼結し、更にこの加圧焼結体を上記加圧焼結を超える温度に加熱して再焼結して平均焼結粒径が10μm以上の再焼結体とし、更に再焼結体について1,400℃以上の酸化雰囲気で酸化アニール処理を行うことを特徴とするものである。
【0039】
ここでは、以下の手順で常磁性ガーネット型透明セラミックスを製造する。
(焼結用原料粉末)
まず、上述した式(1)のガーネット型複合酸化物組成に対応した焼結用原料粉末を作製する。
【0040】
本発明で用いる上記ガーネット型複合酸化物の焼結用原料粉末の作製方法は、特に限定されるものではないが、ガーネット型複合酸化物に対応した成分元素ごとの金属酸化物粉末を出発原料として式(1)に対応する組成となるようにそれぞれを所定量秤量し、混合して焼結用原料粉末としてもよい。このときの出発原料は、透明化可能なら特に限定されないが、不純物由来の吸収を抑える観点から、純度は99.9質量%以上が好ましく、99.99質量%以上がより好ましく、99.999質量%以上が最も好ましい。また、原料粉末の一次粒子の粒径は透明化可能であれば特に限定はされないが、易焼結性の観点から50nm以上1,000nm以下が好ましい。一次粒子の形状はカードハウス状、球状、棒状から選択され、透明化可能であれば特に限定されない。
【0041】
あるいは、本発明で用いる上記ガーネット型複合酸化物の焼結用原料粉末の作製方法は、共沈法、粉砕法、噴霧熱分解法、ゾルゲル法、アルコキシド加水分解法、錯体重合法、均一沈殿法、その他あらゆる合成方法を用いてもよい。場合によって、得られた希土類複合酸化物のセラミックス原料を所望の粒径とするために適宜湿式ボールミル、ビーズミル、ジェットミル、乾式ジェットミル、ハンマーミル等によって処理してもよい。例えば、複数種の酸化物粒子を混ぜて焼成し、イオンの熱拡散によって均一性を生みだす固相反応法や、酸化物粒子を溶解させたイオン含有溶液から水酸化物、炭酸塩などを析出させ、焼成によって酸化物にすることで均一性を生みだす共沈法を用いて焼結用原料粉末とするとよい。
【0042】
複数種の金属酸化物粒子を混ぜて焼成し、イオンの熱拡散によって均一性を生みだす固相反応法の場合、出発原料としては、テルビウム、イットリウム、スカンジウム、アルミニウムからなる金属粉末、ないしは前記金属粉末を硝酸、硫酸、尿酸等の水溶液で溶解したもの、あるいは上記元素の酸化物粉末等が好適に利用できる。また、上記原料の純度は99.9質量%以上が好ましく、99.99質量%以上が特に好ましい。それらの出発原料を式(1)に対応する組成となるように所定量秤量し、混合してから焼成して所望の金属酸化物の焼成原料を得、これを粉砕して焼結用原料粉末としてもよい。ただし、このときの焼成温度は1,100℃以下が好ましく、1,050℃以下がより好ましく、1,000℃以下が更に好ましい。1,100℃を超えると原料粉の焼きしまりが起こり、続く粉砕工程で十分に粉砕できないことがある。焼成時間は1時間以上行えばよく、そのときの昇温速度は100℃/h以上500℃/h以下が好ましい。焼成の雰囲気は、大気、酸素の酸素含有雰囲気が好ましく、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気、水素雰囲気等は不適である。また、焼成装置は縦型マッフル炉、横型管状炉、ロータリーキルン等が例示され、目標の温度に到達及び酸素フローができれば特に限定されない。
【0043】
また、焼結用原料粉末は焼結助剤を含むことが好ましい。例えば、上記出発原料と共に焼結助剤としてテトラエトキシシラン(TEOS)をSiO2換算で原料粉末全体(ガーネット型複合酸化物粉末十焼結助剤)において0ppm超1,000ppm以下(0質量%超0.1質量%以下)添加し、又はSiO2粉末を原料粉末全体(ガーネット型複合酸化物粉末十焼結助剤)において0ppm超1,000ppm以下(0質量%超0.1質量%以下)添加し、混合し必要に応じて焼成して焼結用原料粉末とするとよい。添加量が1,000ppm超では過剰に含まれるSiによる結晶欠陥により微量な光吸収が発生するおそれがある。なお、その純度は99.9質量%以上が好ましい。焼結助剤は原料粉末スラリーの調製時に添加してもよい。なお、Si元素は製造工程で用いるガラス器具など環境から混入することがあったり、また減圧下で焼結を行うと一部のSi元素が揮発することがあったりして、最終的なセラミックス中に含まれるSiの含有量を分析すると意図せず増えていたり減っていたりすることがあるため注意が必要である。また、焼結助剤を添加しない場合には、使用する焼結用原料粉末(即ち、上記出発原料混合粉末又は複合酸化物粉末)についてその一次粒子の粒径がナノサイズであって焼結活性が極めて高いものを選定するとよい。こうした選択は適宜なされてよい。
【0044】
焼成原料を粉砕して焼結用原料粉末とする場合は、粉砕方法は乾式、湿式のどちらでも選択できるが、目的のセラミックスが高度に透明になるように粉砕する必要がある。例えば湿式粉砕の場合、焼成原料をボールミル、ビーズミル、ホモジナイザー、ジェットミル、超音波照射等の各種粉砕(分散)方法によってスラリー化し一次粒子まで粉砕(分散)する。この湿式スラリーの分散媒としては最終的に得られるセラミックスの高度の透明化が可能であれば特に制限されず、例えば炭素数1~4の低級アルコール等のアルコール類、純水が挙げられる。またこの湿式スラリーはその後のセラミックス製造工程での品質安定性や歩留り向上の目的で、各種の有機添加剤が添加される場合がある。本発明においては、これらについても特に限定されない。即ち、各種の分散剤、結合剤、潤滑剤、可塑剤等が好適に利用できる。ただし、これらの有機添加剤としては、不要な金属イオンが含有されない、高純度のタイプを選定することが好ましい。湿式粉砕の場合、最終的にスラリーの分散媒を除去することで焼結用原料粉末とする。
【0045】
[製造工程]
本発明では、上記焼結用原料粉末を用いて、所定形状にプレス成形した後に脱脂を行い、次いで予備焼結を行って相対密度94%以上、平均焼結粒径3μm以下の複合酸化物からなる予備焼結体とし、次いでこの予備焼結体を圧力50MPa以上300MPa以下、温度1,000℃以上1,780℃以下で加圧焼結(熱間等方圧プレス(HIP(Hot Isostatic Pressing))処理)し、更にこの加圧焼結体を上記予備焼結の温度以上に加熱して再焼結して平均焼結粒径が10μm以上の再焼結体を得ることが好ましい。
【0046】
なお、焼結粒子の平均粒径(平均焼結粒径)は、対象焼結体の焼結粒子の粒径を金属顕微鏡で測定して求められるものであり、詳しくは以下のようにして求められる。
即ち、予備焼結体について金属顕微鏡を使用し、反射モードを用いて、50倍の対物レンズを使用して焼結体表面の反射像を撮影する。詳しくは、対物レンズの有効画像サイズを考慮して対象焼結体の光学有効面積の全領域を撮影し、その撮影した画像について解析処理を行う。このとき、まず各撮影像に対角線を描き、当該対角線が横切る焼結粒子の総数をカウントし、その上で対角線長をこのカウント総数で割った値をその画像中の焼結粒子の平均粒径と定義する。更に解析処理で読み取った各撮影画像の平均粒径を合算したうえで、撮影枚数で割った値を対象焼結体の平均焼結粒径とする(以下、同じ)。
【0047】
(成形)
本発明の製造方法においては、通常のプレス成形工程を好適に利用できる。即ち、ごく一般的な、型に充填して一定方向から加圧する一軸プレス工程や変形可能な防水容器に密閉収納して静水圧で加圧する冷間静水圧加圧(CIP(Cold Isostatic Pressing))工程や温間静水圧加圧(WIP(Warm Isostatic Pressing))工程が好適に利用できる。なお、印加圧力は得られる成形体の相対密度を確認しながら適宜調整すればよく、特に制限されないが、例えば市販のCIP装置やWIP装置で対応可能な300MPa以下程度の圧力範囲で管理すると製造コストが抑えられてよい。更にプレス成形法ではなく、鋳込み成形法による成形体の作製も可能である。加圧鋳込み成形や遠心鋳込み成形、押出し成形等の成形法も、出発原料である複合酸化物粉末の形状やサイズと各種の有機添加剤との組合せを最適化することで、採用可能である。
【0048】
ただし、本発明においては異相、異物、汚れ、マイクロクラックなどの散乱源のサイズや量を規定の範囲内に管理するために、成形用治具、並びに成形機は十分に洗浄、乾燥された清浄な専用のものを使用し、かつ成形作業を行う環境はクラス1000以下のクリーン空間であることが好ましい。
【0049】
(脱脂)
本発明の製造方法においては、通常の脱脂工程を好適に利用できる。即ち、加熱炉による昇温脱脂工程を経ることが可能である。また、この時の雰囲気ガスの種類も特に制限はなく、空気、酸素、水素等が好適に利用できる。脱脂温度も特に制限はないが、もしも有機添加剤が混合されている原料を用いる場合には、その有機成分が分解消去できる温度まで昇温することが好ましい。
【0050】
(予備焼結)
本工程において加熱焼結前の焼結体として、好ましくは相対密度94%以上に緻密化され、また好ましくは平均焼結粒径3μm以下の予備焼結体を作製する。この際、焼結粒径が所望の範囲内に収まるように温度と保持時間の条件を詰める必要がある。
【0051】
ここでは、一般的な焼結工程を好適に利用できる。即ち、抵抗加熱方式、誘導加熱方式等の加熱焼結工程を好適に利用できる。このときの雰囲気は特に制限されず、大気、不活性ガス、酸素ガス、水素ガス、ヘリウムガス等の各種雰囲気が好適に利用できるが、より好ましくは減圧下(真空中)での焼結が利用できる。予備焼結の真空度は1×10-1Pa未満が好ましく、1×10-2Pa未満がより好ましく、1×10-3Pa未満が特に好ましい。
【0052】
本発明の予備焼結工程における焼結温度は、1,450~1,650℃が好ましく、1,500~1,600℃が特に好ましい。焼結温度がこの範囲にあると、異相析出並びに粒成長を抑制しつつ緻密化が促進されるため好ましい。本発明の予備焼結工程における焼結保持時間は数時間程度で十分だが、予備焼結体の相対密度は94%以上に緻密化させることが好ましい。
【0053】
本発明の予備焼結体の焼結粒の平均焼結粒径は3μm以下が好ましく、2.5μm以下がより好ましく、1μm以下が特に好ましい。該焼結粒の平均粒径は原料種、雰囲気、焼結温度、保持時間との兼ね合いで調整可能である。焼結粒径が3μmより大きいと続くHIP処理工程で塑性変形が起こりにくくなり、予備焼結体内に残留した気泡の除去が困難となるおそれがある。
【0054】
(加圧焼結(熱間等方圧プレス(HIP)))
本発明の製造方法においては、予備焼結工程を経た後に予備焼結体を好ましくは圧力50MPa以上300MPa以下、温度1,000℃以上1,780℃以下で加圧焼結する(HIP処理を行う)工程を設ける。なお、このときの加圧ガス媒体種類は、アルゴン、窒素等の不活性ガス、又はAr-O2が好適に利用できる。加圧ガス媒体により加圧する圧力は、50~300MPaが好ましく、100~300MPaがより好ましい。圧力50MPa未満では透明性改善効果が得られない可能性があり、300MPa超では圧力を増加させてもそれ以上の透明性改善が得られず、装置への負荷が過多となり装置を損傷するおそれがある。印加圧力は市販のHIP装置で処理できる196MPa以下であると簡便で好ましい。また、その際の処理温度(所定保持温度)は好ましくは1,000~1,780℃、より好ましくは1,100~1,700℃の範囲で設定される。熱処理温度が1,780℃より高い温度ではHIP処理中に粒成長が生じ気泡の除去が困難となるため好ましくない。また、熱処理温度が1,000℃未満では焼結体の透明性改善効果がほとんど得られないおそれがある。なお、熱処理温度の保持時間については特に制限されないが、あまり長時間保持すると酸素欠損の発生するリスクが増大するため好ましくない。典型的には1~3時間の範囲で好ましく設定される。なお、HIP処理するヒーター材、断熱材、処理容器は特に制限されないが、グラファイト、ないしはモリブデン、タングステン、白金(Pt)が好適に利用でき、処理容器として更に酸化イットリウム、酸化ガドリニウムも好適に利用できる。処理温度が1,500℃以上である場合にはヒーター材、断熱材としてグラファイトが好ましいが、この場合は処理容器としてグラファイト、モリブデン、タングステンのいずれかを選定し、更にその内側に二重容器として酸化イットリウム、酸化ガドリニウムのいずれかを選定したうえで、容器内に酸素放出材を充填しておくと、HIP処理中の酸素欠損発生量を極力少なく抑えられるため好ましい。
【0055】
(再焼結)
本発明の製造方法においては、HIP処理を終えた後に、加圧焼結体を上記加圧焼結を超える温度に加熱して再焼結して粒成長させて平均焼結粒径が10μm以上の再焼結体を得る。この際、最終的に得られる焼結粒径が所望の範囲内に収まるように温度と保持時間の条件を詰める必要がある。
【0056】
このときの雰囲気ガスの種類は特に制限はなく、空気、酸素、水素等が好適に利用できるが、減圧下(1×10-2Pa未満の真空下)で処理することがより好ましい。再焼結の温度は1,650℃以上1,800℃以下が好ましく、1,700℃以上1,800℃以下がより好ましい。1,650℃未満では粒成長が生じないため好ましくない。再焼結による焼結粒子の平均粒径は好ましくは10μm以上、より好ましくは15μ以上、更に好ましくは20μm以上であり、好ましくは40μm以下である。再焼結工程の保持時間は特に制限されないが5時間以上が好ましく、10時間以上がより好ましく、20時間以上が特に好ましい。一般的に保持時間を延ばせば延ばすほど焼結体の粒成長が進む。再焼結工程の温度と保持時間は平均焼結粒径を確認して適宜調整してよい。ただし、一般的には焼結温度を上げ過ぎると予期せぬ異常粒成長が起こってしまい、均質な焼結体が得にくくなる。そこで再焼結する温度にはある程度の余裕を持たせ、再焼結体の平均焼結粒径のサイズ調整は保持時間を延ばすことにより調整することが好ましい。
【0057】
(酸化アニール)
以上の一連の処理を経た再焼結体は、特にHIP処理工程などにおいて還元されるため、若干の酸素欠損を生じてしまい、灰色~濃紺の外観を呈する場合がある。そのため、大気中などの酸化雰囲気(含酸素雰囲気)下で酸化アニール処理(酸素欠損回復処理)を施す。アニール処理温度は1,400℃以上であり、好ましくは1,450℃以上である。また、1,500℃以下であることが好ましい。この場合の保持時間は特に制限されないが、酸素欠損が回復するのに十分な時間以上で、かつ無駄に長時間処理して電気代を消耗しない時間内で選択されることが好ましい。また、微酸化HIP処理を施してもよい。これらの処理により、たとえ着色してしまった再焼結体であっても、酸素欠損を回復させることができることから散乱源(散乱コントラスト源)のサイズや数量を規定の範囲内に管理でき、かつ酸素欠陥由来の吸収の少ない常磁性ガーネット型透明セラミックスとすることができる。勿論、機能を付与するためのドーパントや不純物等の有色の元素が添加されたことによる材料の本質的な着色(吸収)は除去することができない。
【0058】
なお、当該酸化アニール工程においてあまりに高温長時間処理をしてしまうと、焼結体内部の残存気泡のサイズや量が増加する場合がある。すると最終的な焼結体内部に残る気泡やマイクロクラックなどのサイズや量を規定の範囲内に管理することができなくなるため好ましくない。この場合には、当該焼結体に再度HIP処理を施したうえで、改めて酸素雰囲気アニール処理を施すと、焼結体内部に残る気泡やマイクロクラックなどのサイズや量を規定の範囲内に管理することができるため好ましい。
【0059】
本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスの製造方法では、上記酸化アニール処理の後、その両端面を光学鏡面仕上げし、次いで両端面それぞれに反射防止膜を形成することが好ましい。
【0060】
(光学研磨)
本発明の製造方法においては、上記一連の製造工程を経た常磁性ガーネット型透明セラミックスについて、その形状が円柱状又は角柱状であることが好ましく、その光学的に利用する軸上にある両端面(光学端面)を光学研磨して仕上げる(光学鏡面仕上げする)ことが好ましい。このときの光学面精度は測定波長λ=633nmの場合、λ/2以下が好ましく、λ/8以下が特に好ましい。
【0061】
なお、光学研磨された面に適宜反射防止膜(ARコート)を成膜することで光学損失を更に低減させることも可能である。この際、光学両端面上に汚れが残らないよう、反射防止膜処理を施す前に入念に光学面を薬液で洗浄し、実体鏡や顕微鏡などで清浄度を検査することが好ましい。清浄度の検査で清浄度が低いと判断した場合は拭き洗浄することもできる。当該拭き洗浄工程で光学面にキズをつけたり、汚れをこすり付けたりすることのないよう、取扱い治具は柔らかい材質でできているものを、拭くものは低発塵性のものを選定することが好ましい。
【0062】
このように、上記成形体について所定条件で予備焼結-加圧焼結-再焼結の処理を施した後、酸化アニール処理し、更に光学端面(入射面及び出射面)への反射防止膜を備えた場合で、光路長20mmでの波長1,064nmにおける全光線透過率が99.9%以上とすることが可能となる。
【0063】
(挿入損失)
本発明の上記一連の製造工程を経た常磁性ガーネット型透明セラミックスは透過光の吸収及び散乱を少なくすることが可能である。透過光の吸収及び散乱を評価する方法の一つとして、直線透過率をdB表記した挿入損失が好適に利用できる。挿入損失は小さいことが好ましく、波長1,064nmにおいて0.05dB以下であり、0.04dB以下が好ましく、0.03dB以下がより好ましく、0.02dB以下が更に好ましい。
【0064】
以上のようにして、少なくともテルビウム・アルミニウムを含有した常磁性ガーネット型複合酸化物の焼結体であって、平均焼結粒径が10μm以上40μmであり、波長1,064nmの挿入損失が0.05dB以下である常磁性ガーネット型透明セラミックスが得られる。また、好ましくは波長1,064nm、パルス幅5nsにおけるレーザー損傷閾値が20J/cm2以上の透明焼結体を提供することができる。
【0065】
[磁気光学デバイス]
更に、本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスは磁気光学材料として利用することを想定しているため、該常磁性ガーネット型透明セラミックスにその光学軸と平行に磁場を印加したうえで、偏光子、検光子とを互いにその光学軸が45度ずれるようにセットして磁気光学デバイスを構成するよう利用することが好ましい。即ち、本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスは、磁気光学デバイス用途に好適であり、特に波長0.9~1.1μmの光アイソレータのファラデー回転子として好適に使用される。
【0066】
図1は、本発明の磁気光学材料からなるファラデー回転子を光学素子として有する光学デバイスである光アイソレータの一例を示す断面模式図である。
図1において、光アイソレータ100は、本発明の常磁性ガーネット型透明セラミックスから構成されるファラデー回転子110を備え、該ファラデー回転子110の前後には、偏光材料である偏光子120及び検光子130が備えられている。また、光アイソレータ100は、偏光子120、ファラデー回転子110、検光子130の順序で配置され、それらの側面のうちの少なくとも1面に磁石140が載置されていることが好ましい。
【0067】
また、上記光アイソレータ100は産業用ファイバーレーザー装置に好適に利用できる。即ち、レーザー光源から発したレーザー光の反射光が光源に戻り、発振が不安定になるのを防止するのに好適である。
【実施例
【0068】
以下に、実施例、比較例及び参考例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0069】
[実施例1]
実施例1として式(1)中のy=0.004、z=0.03、y+z=0.034に固定し、xの値を0≦x≦0.396とした場合について示す。
信越化学工業(株)製の酸化テルビウム粉末、酸化イットリウム粉末、酸化スカンジウム粉末、及び大明化学(株)製の酸化アルミニウム粉末を入手した。更にキシダ化学(株)製のオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)及び関東化学(株)製のポリエチレングリコール200の液体を入手した。純度は粉末原料がいずれも99.9質量%以上、液体原料が99.999質量%以上であった。上記原料を用いて、混合比率を調整して表1に示す最終組成となる計4種類の結晶構造をもつ以下の酸化物原料を作製した。
【0070】
(実施例1-1及び比較例1-1用原料)
テルビウム、イットリウム、スカンジウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Y:Sc:Al=1.794:1.194:0.162:4.850となるよう秤量した(Tb0.5980.398Sc0.0043(Al0.97Sc0.03512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0071】
(実施例1-2及び比較例1-2用原料)
テルビウム、イットリウム、スカンジウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Y:Sc:Al=2.091:0.897:0.162:4.850となるよう秤量した(Tb0.6970.299Sc0.0043(Al0.97Sc0.03512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0072】
(実施例1-3及び比較例1-3用原料)
テルビウム、イットリウム、スカンジウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Y:Sc:Al=2.391:0.597:0.162:4.850となるよう秤量した(Tb0.7970.199Sc0.0043(Al0.97Sc0.03512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0073】
(実施例1-4及び比較例1-4用原料)
テルビウム、スカンジウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Sc:Al=2.988:0.162:4.850となるよう秤量した(Tb0.996Sc0.0043(Al0.97Sc0.03512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0074】
次に、それぞれ互いの混入を防止するよう注意しながらポリエチレン製のポットに入れ、分散剤としてポリエチレングリコール200を酸化物粉末に対して0.5質量%になるように添加した。それぞれエタノール中でボールミル装置にて分散・混合処理した。処理時間は24時間であった。その後スプレードライ処理を行って、いずれも平均粒径が20μmの顆粒状原料を作製した。
【0075】
続いて、得られた4種類の粉末原料につき、それぞれ一軸プレス成形、198MPaの圧力での静水圧プレス処理を施してCIP成形体を得た。得られた成形体をマッフル炉中で1,000℃、2時間の条件にて脱脂処理した。
【0076】
実施例として当該脱脂成形体を真空加熱炉に仕込み、1,600℃で2時間予備焼結処理して計4種の予備焼結体を得た。このとき、サンプルの焼結相対密度はいずれも94%以上であった。得られた各予備焼結体をカーボンヒーター製HIP炉に仕込み、Ar中、196MPa、1,600℃、3時間の条件で加圧焼結(HIP)処理した。続いてHIP処理した加圧焼結体を再び真空加熱炉に仕込み、1.0×10-3Pa未満の減圧下で1,700℃、20時間再焼結処理した。最後に再焼結体を常圧大気下で1,450℃、30時間酸化アニール処理して計4種の酸化アニール体を得た。酸化アニール処理後のセラミックス外観は全て無色透明であった。
【0077】
比較例として上記脱脂成形体を真空加熱炉に仕込み、1,600℃で2時間処理して計4種の予備焼結体を得た。このとき、サンプルの焼結相対密度はいずれも94%以上であった。得られた各予備焼結体をカーボンヒーター製HIP炉に仕込み、Ar中、196MPa、1,600℃、3時間の条件で加圧焼結(HIP)処理した。先行技術文献に従い、嫌気下(酸素を含有しない雰囲気下)でHIP処理した加圧焼結体の再焼結処理及び酸化アニール処理は行わなかった。
【0078】
こうして得られた酸化アニール体(実施例)及び加圧焼結体(比較例)について直径5mm(挿入損失測定用)及び直径10mm(レーザー損傷閾値測定用)となるようにそれぞれ円柱状に研削し、それらを長さ20mm(挿入損失測定用)及び14mm(レーザー損傷閾値測定用)として両端面を光学面精度λ/8(測定波長λ=633nmの場合)で光学研磨した。
なお、挿入損失測定用に光学研磨したサンプルについて中心波長が1,064nm、反射率が0.1%以下となるように設計された反射防止膜を両端面に施した。
以上のようにして得られたサンプルについて以下の測定を行った。
【0079】
(レーザー損傷閾値)
レーザー損傷閾値は、波長1,064nm、パルス幅5ns、照射サイズ(ビーム径)100μmφ(ガウス分布1/e2強度)とし、焦点位置を材料内部即ち材料のレーザー入射面から5mm内部になるように調整した光学系のパルスレーザー光を用いてN-on-1試験により測定した。即ち、サンプルの光学端面の光学有効領域に対する照射位置を固定し、低い照射エネルギー密度より徐々にエネルギーを増加し、損傷が発生するエネルギー密度を求めた。損傷発生の判定は、プローブ用としてHe-Neレーザーを材料に入射し、損傷によって生じた輝点(散乱光)を目視することで判定した。なお、入射面の反射率Rを考慮して入射強度に対して(1-R)倍した値を実効的な損傷閾値として用いた。例えば、屈折率がn=1.84のセラミックスの場合、反射率R={(1-1.84)/(1+1.84)}2=0.087であるから入射強度を0.913倍した値を用いた。測定は各サンプルに対し3回行い、平均値した値を有効数字2桁で求めて損傷閾値とした。本試験は材料内部で損傷した値を採用し、研磨面の汚れや傷、表面粗さなどが原因で出射端面が損傷した場合はデータから除いた。
【0080】
(挿入損失)
挿入損失は、NKT Photonics社製の光源と、コリメータレンズ、ワークステージ、Gentec社製のパワーメータ並びにGeフォトディテクタを用いて内製した光学系を用い、波長1,064nmの光をビーム径200μmφの大きさに絞ってサンプルの光学有効領域面内を透過させたときの光の強度により測定され、以下の式に基づき、dB表記で測定した。その上で、焼結体サンプルを載せるワークステージにオートステッピングモータで上下左右に動かせる機構を付与し、焼結体サンプルを端から端まで100μmピッチで動かしながら、前述の挿入損失測定を繰り返すことで、光学有効径(領域)面内全体の挿入損失分布を測定し、このとき得られた光学有効領域の中心2mm角の値を基に、その平均値を挿入損失として読み取った。
挿入損失(dB/20mm)=-10×log10(I/I0
(式中、Iは透過光強度(長さ20mmのサンプルを直線透過した光の強度)、I0は入射光強度を示す。)
【0081】
(平均焼結粒径D)
セラミックスの結晶粒の平均焼結粒径は、“Lineal Intercept Technique for Measuring Grain Size in Two-Phase Polycrystalline Ceramics”, Journal of the American Ceramic Society, 55, 109 (1972)(非特許文献8)を参考に決定した。具体的にはレーザー損傷閾値測定で用いた鏡面研磨された透明セラミックスサンプルを大気下1,300℃、6時間処理することでサーマルエッチングされた端面の粒界を光学顕微鏡で観察することにより決定した。このとき、サンプル端面の任意に引いた線の長さをC(μm)とし、この線上の粒子数をN、画像の倍率をMとして、下記式から求められる数値の有効数字2桁の値を平均焼結粒径D(μm)とした。
D=1.56C/(MN)
【0082】
以上の結果及び参考例1-1として単結晶TGGの文献値(非特許文献7)を表1にまとめて示す。
【0083】
【表1】
【0084】
上記結果から、実施例1-1~1-4の常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径が22μm以上であり、挿入損失が0.05dB以下であった。また、このときの常磁性ガーネット型透明セラミックスのレーザー損傷閾値は全て20J/cm2以上であり、TGG単結晶(参考例1-1)より4倍以上のレーザー損傷閾値であることが確かめられた。
これに対して、比較例1-1~1-4の常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径が4.5μm以下であり、挿入損失が0.08dB以上であった。また、このときの常磁性ガーネット型透明セラミックスのレーザー損傷閾値は全て10J/cm2以下であった。
即ち、平均焼結粒径が22μm以上かつ挿入損失が0.05dB以下の場合、損傷閾値の高い透明セラミックスが得られることが確認された。
【0085】
[実施例2]
実施例2として式(1)中のx=0.40に固定し、y=0.001、z=0.001、y+z=0.002とした場合、y=0.04、z=0.08、y+z=0.12とした場合、y=0.05、z=0.13、y+z=0.18とした場合について示す。また、参考例2-1としてy=z=y+z=0とした場合について示す。
実施例1と同様に、信越化学工業(株)製の酸化テルビウム粉末、酸化イットリウム粉末、酸化スカンジウム粉末、及び大明化学(株)製の酸化アルミニウム粉末を入手した。更にキシダ化学(株)製のオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)及び関東化学(株)製のポリエチレングリコール200の液体を入手した。純度は粉末原料がいずれも99.9質量%以上、液体原料が99.999質量%以上であった。上記原料を用いて、混合比率を調整して表2に示す最終組成となる計4種類の結晶構造をもつ以下の酸化物原料を作製した。
【0086】
(実施例2-1用原料)
テルビウム、イットリウム、スカンジウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Y:Sc:Al=1.797:1.200:0.008:4.995となるよう秤量した(Tb0.5990.4Sc0.0013(Al0.999Sc0.001512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0087】
(実施例2-2用原料)
テルビウム、イットリウム、スカンジウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Y:Sc:Al=1.68:1.20:0.52:4.60となるよう秤量した(Tb0.560.4Sc0.043(Al0.92Sc0.08512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0088】
(実施例2-3用原料)
テルビウム、イットリウム、スカンジウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Y:Sc:Al=1.65:1.20:0.80:4.35となるよう秤量した(Tb0.550.4Sc0.053(Al0.87Sc0.13512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0089】
(参考例2-1用原料)
テルビウム、イットリウム及びアルミニウムのモル数がそれぞれTb:Y:Al=1.8:1.2:5.0となるよう秤量した(Tb0.60.43Al512用混合粉末を用意した。続いて焼結助剤としてTEOSを、その添加量がSiO2換算で100ppmになるように秤量して加え、原料とした。
【0090】
次に、それぞれ互いの混入を防止するよう注意しながらポリエチレン製のポットに入れ、分散剤としてポリエチレングリコール200を酸化物粉末に対して0.5質量%になるように添加した。それぞれエタノール中でボールミル装置にて分散・混合処理した。処理時間は24時間であった。その後スプレードライ処理を行って、いずれも平均粒径が20μmの顆粒状原料を作製した。
【0091】
続いて、得られた4種類の粉末原料につき、それぞれ一軸プレス成形、198MPaの圧力での静水圧プレス処理を施してCIP成形体を得た。得られた成形体をマッフル炉中で1,000℃、2時間の条件にて脱脂処理した。
【0092】
当該脱脂成形体を真空炉に仕込み、1.0×10-3Pa未満の減圧下で1,600℃、2時間予備焼結処理して計4種の予備焼結体を得た。このとき、サンプルの焼結相対密度はいずれも94%以上であった。得られた各予備焼結体をカーボンヒーター製HIP炉に仕込み、Ar中、196MPa、1,600℃、3時間の条件で加圧焼結(HIP)処理した。続いて加圧焼結体を再度真空炉に仕込み、1.0×10-3Pa未満の減圧下で1,700℃、20時間再焼結処理して再焼結体を得た。最後に、再焼結体を大気下1,450℃で30時間酸化アニール処理した。
【0093】
こうして得られた酸化アニール体についてそれぞれ実施例1と同様に円柱状に研削し、両端面が鏡面になるように光学研磨を行って、挿入損失測定用サンプル(直径5mm、長さ20mm)及びレーザー損傷閾値測定用サンプル(直径10mm、長さ14mm)を用意した。なお、挿入損失測定用に光学研磨したサンプルについて中心波長が1,064nm、反射率が0.1%以下となるように設計された反射防止膜を両端面に施した。
以上のようにして得られたサンプルについて実施例1と同様にレーザー損傷閾値、平均焼結粒径、挿入損失を評価した。
以上の結果を表2にまとめて示す。
【0094】
【表2】
【0095】
上記結果から、実施例2-1~2-3の常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径は27μm以上であり、挿入損失は0.05dB以下であった。また、このときのレーザー損傷閾値は25J/cm2以上であった。
【0096】
[実施例3]
実施例2-2において、再焼結の時間を2時間(比較例3-1)、6時間(実施例3-1)、40時間(実施例3-2)とし、それ以外は実施例2-2と同じ条件として常磁性ガーネット型透明セラミックスのサンプルを作製した。
その評価結果を表3に示す。
【0097】
【表3】
【0098】
上記結果から、実施例3-1、3-2の常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径は12~40μmであり、挿入損失は0.02~0.04dBであり、レーザー損傷閾値は22~27J/cm2であった。これに対して比較例3-1の常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径は6.9μmであり、挿入損失は0.07dBであり、レーザー損傷閾値は12J/cm2であった。即ち、再焼結条件(再焼結時間)を調整することにより平均焼結粒径を10μm以上、挿入損失を0.05dB以下とすることができ、このとき常磁性ガーネット型透明セラミックスのレーザー損傷閾値が20J/cm2以上となった。
【0099】
[実施例4]
実施例2-2において、酸化アニール処理の温度を1,300℃(比較例4-1)、1,400℃(実施例4-1)、1,500℃(実施例4-2)とし、それ以外は実施例2-2と同じ条件として常磁性ガーネット型透明セラミックスのサンプルを作製した。
その評価結果を表4に示す。
【0100】
【表4】
【0101】
上記結果から、実施例4-1、4-2の常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径は29~30μmであり、挿入損失は0.03~0.04dBであり、レーザー損傷閾値は25~26J/cm2であった。これに対して比較例4-1の常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径は30μmであり、挿入損失は0.08dBであり、レーザー損傷閾値は7.6J/cm2であった。即ち、酸化アニール処理条件(酸化アニール温度)を1,400℃以上とすることにより、常磁性ガーネット型透明セラミックスの平均焼結粒径を10μm以上、挿入損失を0.05dB以下とすることができ、このときレーザー損傷閾値が20J/cm2以上となった。
【0102】
[実施例5]
磁気光学デバイスの一例として、実施例5としてレーザー損傷閾値が20J/cm2であった常磁性ガーネット型透明セラミックス(実施例1-4)、比較例5としてレーザー損傷閾値が2.6J/cm2であった常磁性ガーネット型透明セラミックス(比較例1-4)をそれぞれ使用して光アイソレータを構築した例について示す。それぞれの透明セラミックスをファラデー回転子として特許文献6と同様の構成の光アイソレータを作製した。
【0103】
(光アイソレータの耐久性試験)
光アイソレータの耐久性試験は、波長1,030nm、パルス幅14ps、平均パワー150W、繰り返し周波数600kHzのパルスレーザー光を、光アイソレータを透過させることで評価した。ビーム径は1.0mmφ(ガウス分布1/e2強度)の略平行光とした。透過光をエキスパンダーで拡大し、パワーメータで透過光強度の時間依存を観測することで光アイソレータの耐久性を評価した。
【0104】
レーザー損傷閾値が20J/cm2であった常磁性ガーネット型透明セラミックス(実施例1-4)を搭載した光アイソレータ(実施例5)は100時間以上耐久性試験を行っても透過光の強度が初期値に対して2%未満の変化率であった。
これに対してレーザー損傷閾値が2.6J/cm2であった常磁性ガーネット型透明セラミックス(比較例1-4)を搭載した光アイソレータ(比較例5)では試験開始とほぼ同時に透過光の強度が入射光の強度に対して50%以下の値に低下したため試験を中止した。
以上のように、レーザー損傷閾値が20J/cm2以上の場合、100時間以上連続運転しても透過率が低下しない耐久性の高い光アイソレータが得られることが確認された。
【0105】
なお、これまで本発明を、上記実施形態をもって説明してきたが、本発明はこれら実施形態に限定されるものではなく、他の実施形態、追加、変更、削除など、当業者が想到することができる範囲内で変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0106】
100 光アイソレータ
110 ファラデー回転子
120 偏光子
130 検光子
140 磁石
図1