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特許7473135サツマイモ植物及びサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】サツマイモ植物及びサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物
(51)【国際特許分類】
   A01H 6/00 20180101AFI20240416BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20240416BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20240416BHJP
   A23L 5/43 20160101ALI20240416BHJP
   C09B 61/00 20060101ALI20240416BHJP
   C09B 67/20 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
A01H6/00
A01H1/00 Z
A01H5/00 Z
A23L5/43
C09B61/00 C
C09B67/20 F
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021504072
(86)(22)【出願日】2020-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2020008564
(87)【国際公開番号】W WO2020179719
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-01-21
(31)【優先権主張番号】P 2019038106
(32)【優先日】2019-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-22363
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-22364
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-22365
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000175283
【氏名又は名称】三栄源エフ・エフ・アイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100189094
【弁理士】
【氏名又は名称】田邉 陽一
(72)【発明者】
【氏名】境 哲文
(72)【発明者】
【氏名】沖 智之
(72)【発明者】
【氏名】高畑 康浩
(72)【発明者】
【氏名】田中 勝
(72)【発明者】
【氏名】吉永 優
(72)【発明者】
【氏名】甲斐 由美
(72)【発明者】
【氏名】小林 晃
(72)【発明者】
【氏名】片山 健二
(72)【発明者】
【氏名】境垣内 岳雄
(72)【発明者】
【氏名】末松 恵祐
(72)【発明者】
【氏名】藤田 敏郎
(72)【発明者】
【氏名】大西 浩徳
(72)【発明者】
【氏名】石橋 諒
(72)【発明者】
【氏名】西山 浩司
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-006317(JP,A)
【文献】特開平09-107934(JP,A)
【文献】特開2016-158613(JP,A)
【文献】国際公開第2018/066575(WO,A1)
【文献】特開2001-000062(JP,A)
【文献】特開平07-227246(JP,A)
【文献】国際公開第2013/079518(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/031887(WO,A1)
【文献】J. Agric. Food Chem.,2013年,Vol.61,pp.3148-3158
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00-17/00
C12N 1/00ー 7/08
C12N 15/00-15/90
C09B 1/00ー69/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/AGRICOLA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記に記載の特徴を有する、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を色素成分として含有するサツマイモ植物:
(1)九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)の交配集団に属するサツマイモ植物、又は、前記交配集団に属するサツマイモ植物を交配親とする後代集団に属するサツマイモ植物である、
(2)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示す、及び、
(3)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
【請求項2】
下記に記載の特徴を有する、請求項1に記載のサツマイモ植物:
塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析における構造式(I)中のRとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す:
【化1】
(当該構造式中、Rは、水素原子、水酸基、又はメトキシ基を示し、Rは、水素原子又はカフェ酸修飾基を示し、Rは、水素原子、p-ヒドロキシ安息香酸修飾基、カフェ酸修飾基、又はフェルラ酸修飾基を示す。)。
【請求項3】
下記に記載の特徴を有する、請求項1又は2に記載のサツマイモ植物:
塊根を原料として0.3%硫酸水にて抽出して得たアントシアニン系色素組成物に関して、前記アントシアニン系色素組成物を含有しクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において505~520nmに極大吸収波長を有する、及び、
塊根を原料として0.3%硫酸水にて抽出して得たアントシアニン系色素組成物に関して、色価E10% 1cm値が0.3~0.7となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、A320nm/A530nm値が3以上である。
【請求項4】
ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を色素成分として含有するサツマイモ植物の作出方法であって、以下の工程を含む前記作出方法:
(1)九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)を交配して交配集団に属するサツマイモ植物を得る工程、又は、前記交配集団に属するサツマイモ植物を交配親とする後代集団に属するサツマイモ植物を得る工程、
(2)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示すものを選抜する工程、及び、
(3)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示すものを選抜する工程。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載のサツマイモ植物の植物体。
【請求項6】
以下に記載のアントシアニン系色素の組成を示す、請求項1~3のいずれかに記載のサツマイモ植物の塊根の加工品、搾汁物、抽出物、又はこれらの更なる加工品
(アントシアニン系色素の組成)
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示す、及び、
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す
【請求項7】
以下に記載の特徴を有する、サツマイモ由来アントシアニン系色素組成物:
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示す、及び、
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
【請求項8】
以下に記載の特徴を有する、請求項7に記載のサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物:
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析における構造式(I)中のRとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す:
【化2】
(当該構造式中、Rは、水素原子、水酸基、又はメトキシ基を示し、Rは、水素原子又はカフェ酸修飾基を示し、Rは、水素原子、p-ヒドロキシ安息香酸修飾基、カフェ酸修飾基、又はフェルラ酸修飾基を示す。)。
【請求項9】
請求項1~3のいずれかに記載のサツマイモ植物の塊根を原料とするサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物であって、且つ、
以下に記載の特徴を有する、サツマイモ由来アントシアニン系色素組成物:
前記アントシアニン系色素組成物を含有し、クエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において505~520nmに極大吸収波長を有する、及び、
色価E10% 1cm値が0.3~0.7となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、A320nm/A530nm値が3以上である。
【請求項10】
下記に記載の体内吸収性に関する特徴を有する、請求項7~9のいずれかに記載のアントシアニン系色素組成物:
アヤムラサキに由来するアントシアニン系色素組成物の細胞透過量の1.5倍以上である。
【請求項11】
請求項5に記載の植物体を原料として用いる工程を含む、サツマイモ由来アントシアニン系色素組成物の製造方法。
【請求項12】
以下に記載の特徴を有する、請求項7に記載のサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物:
前記アントシアニン系色素組成物を含有し、クエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において505~520nmに極大吸収波長を有する、及び、
色価E 10% 1cm 値が0.3~0.7となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、A 320nm /A 530nm 値が3以上である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するペラルゴニジン系アントシアニン化合物を色素成分として高含有するサツマイモ植物に関する。また、本発明は、鮮赤発色性及び化合物安定性を有するサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
アントシアニン系色素は、複数の類似化合物の集合体である色素組成物であり、その化合物組成は原料植物の種類や品種、生育期間、生育環境等によって大きく異なる。アントシアニン系色素は、アグリコンであるアントシアニジンと糖分子の組み合わせに加えて、有機酸や各種修飾基の有無や種類によって膨大な類似化合物の組み合わせが存在し、それぞれが異なる色調や安定性等に関する分子的性質を有する。
サツマイモ色素は、サツマイモの根塊から主として製造されるアントシアニン系色素の一種であり、原料に由来する匂い特性も比較的良好な特性を示し、精製工程における過度な脱臭操作を必要としない色素素材である。また、サツマイモ色素は植物原料由来の天然色素であることから、近年の消費者の天然志向とも重なり、飲食品、香粧品、医薬部外品、医薬品等の多くの分野での優れた色素素材として利用されている。
【0003】
通常のサツマイモ由来アントシアニン系色素は、アグリコンの種類の点でシアニジン系アントシアニン及びペオニジン系アントシアニンにて主として構成される組成を有する。その発色特性としては、当該化合物組成を反映して弱酸性域において紫~赤紫色調を呈するため、明るく鮮やかな赤色調のアントシアニン系色素を所望の場合には、通常のサツマイモ色素を利用することができない。
ここで、明るく鮮やかな赤色調を呈するアントシアニン系色素を所望の場合、上記赤紫系の色調を有するサツマイモ色素は不向きであることから、その発色特性の点で赤ダイコン色素が好適と認められる。しかし、赤ダイコン色素では、そのグルコシノレート組成の特徴に由来する臭い特性及び戻り臭に関する本質的な課題が認められる。
また、アントシアニン系色素の全般的な課題としては、色素化合物の発色特性の安定維持が指摘されているところ、サツマイモ色素や赤ダイコン色素については、アシル化アントシアニンを多く含む組成的特徴を有することから、比較的安定性に優れた色素組成物であると認められる。しかし、商品流通等における光暴露を前提とする飲食品等の分野においては、通常のサツマイモ色素や赤ダイコン色素の安定性では十分とは言えない場面も見受けられ、特に耐光性が更に優れたアントシアニン系色素の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許出願公開第2015/0017303号
【文献】国際公開WO2013/079518号(特許文献1に係る米国出願に対応する国際出願)
【非特許文献】
【0005】
【文献】Mi Jin Lee et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry 2013, 61(12) p3148-3158, Characterization and Quantitation of Anthocyanins in Purple-Fleshed Sweet Potatoes Cultivated in Korea by HPLC-DAD and HPLC-ESI-QTOF-MS/MS.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の事情に鑑みてなされたものでありその課題とする処は、鮮やかな赤色色調を呈する発色特性を有し且つ化合物安定性に優れたサツマイモ由来のアントシアニン系色素組成物、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記従来技術の状況において本発明者らは鋭意研究を重ねたところ、本発明者らが作出した育成系統である特定の2系統を原品種として組み合わせて交配を行ったところ、その交配集団及び後代集団の中から、通常のサツマイモ品種系統の植物体には含まれないペラルゴニジン系アントシアニン化合物を主要色素成分として高含有するサツマイモ植物が出現することを見出した。
また、当該サツマイモ植物では、糖鎖の特定部位がヒドロキシ桂皮酸類にてアシル化修飾されたアントシアニン化合物を高含有していたことから、安定性に優れた鮮赤発色性のアントシアニン系色素組成物を有するサツマイモ植物であると認められた。
そこで、本発明者らは、当該サツマイモ植物の塊根からアントシアニン系色素組成物を調製したところ、当該色素組成物では、極大吸収波長が赤ダイコン色素と同等の発色特性を示し、鮮やかな赤色調を呈するサツマイモ由来色素組成物が調製できることが示された。また、光照射により耐光性試験を行ったところ、一般的なサツマイモ色素や赤ダイコン色素と比較して、大幅に光安定性に優れた性質を有することが確認された。また、匂いに関する特性に関しても、通常のサツマイモ色素と同様に良好な匂い特性を有することが示された。
【0008】
【表1】
【0009】
ここで、親系統である「九系89360-8」及び「九系294」を由来とするそれぞれの後代系統群は、ペラルゴニジン系アントシアニンを含有する系統ではなく、通常のサツマイモ系統と同様にシアニジン系アントシアニン及びペオニジン系アントシアニンを色素成分として含む系統であるところ、「九系89360-8」及び「九系294」の交配による交配集団からは、驚くべきことにペラルゴニジン系アントシアニンを高含有にて蓄積するサツマイモ植物が一定の頻度で出現した。
当該作出機構の作用機序の詳細は不明であるところ、「九系89360-8」及び「九系294」の交配の交配集団では、ペラルゴニジンの生成及び蓄積を可能とする代謝機能を獲得したサツマイモ植物が出現しやすくなっていると推察された。
更に、当該作出されたサツマイモ植物は、下記構造式(I)中のRがヒドロキシ桂皮酸類であるカフェ酸修飾基である割合が顕著に高く、当該部位のカフェ酸アシル化を司る酵素活性に適した遺伝的背景を備えたサツマイモ植物であると認められた。
【0010】
ここで、これまでの過去の膨大なサツマイモの育種研究において、上記作出されたサツマイモ植物が有するヒドロキシ桂皮酸類の修飾基を有するペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する系統の報告はないことを鑑みると、本発明に係るサツマイモ植物が発現する色素組成に関する表現型は、上記の原品種2系統の交配による交配集団に出現する特徴的な遺伝的背景に基づく形質と認められた。また、上記原品種以外の他のサツマイモ品種系統からでは、その遺伝的背景の観点から本発明に係るサツマイモ植物を得ることは困難と推察された。
【0011】
また、本発明に係るサツマイモ植物は、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を「主要色素」として高含量にて蓄積可能な遺伝的背景を有する。
ここで、これまでに報告されているペラルゴニジン系アントシアニンを含有するサツマイモ系統としては、韓国における「Borami」系統(非特許文献1)及び欧州における「RSWP」系統(特許文献1等)が報告されている。しかし、これらの系統は本発明に係るサツマイモ植物とは別起源のサツマイモ系統であり、これらの系統にて色素組成物を調製した場合では鮮やかな赤色色調を呈する発色特性を実現することができない。
詳細には、非特許文献1によれば、「Borami」系統の塊根に含まれるアントシアニン化合物の主成分は「ペオニジン系アントシアニン」であり、ペラルゴニジン系アントシアニン含有率は全アントシアニン化合物中の36%(Cy:Pn:Pg=1:2.9:2.2)に過ぎないことが示されていた(非特許文献1、Table1及び第3155頁)。この点、Borami系統の色素組成物の発色特性は、当該色調が赤ダイコン色素とは異なる赤紫色の色調である点とも一致する知見と認められた。
また、本出願人は、特許文献1に記載の「RSWP」系統の組成的特徴を精査したところ(本願明細書 検討例1)、特許文献1の実施例である段落0084には、RSWP系統のペラルゴニジン系アントシアニン含量が、全アントシアニン化合物の58mоl%(全アントシアニン化合物の含量比に換算して70%に及ばない値:本願明細書 検討例1 参照)に過ぎないことが記載されていた。この点、RSWP系統は、ペラルゴニジン系アントシアニン含量が十分には高くない系統と認められ、その色調が紫みのある赤色である点とも一致する知見と認められた。
更に特許文献1を検討したところ(本願明細書 検討例1)、RSWP系統はアントシアニン色素のアシル化修飾様式に関する組成に関しても、本発明にて作出した赤サツマイモ植物とは大きく異なる組成であると認められた。具体的には、RSWP系統では、ヒドロキシ安息香酸修飾アントシアニンを主要ピークとして高含有し、安定性向上に寄与するヒドロキシ桂皮酸類修飾アントシアニンの含有量が少ない組成であると認められた(特許文献1 実施例1~3及びFig.1等)。
【0012】
【表2】
【0013】
本発明は具体的には以下に記載の発明に関する。
[項1]
下記に記載の特徴を有する、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を色素成分として含有するサツマイモ植物:
(1)九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)の交配集団に属するサツマイモ植物、又は、前記交配集団に属するサツマイモ植物を交配親とする後代集団に属するサツマイモ植物である、
(2)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示す、及び、
(3)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
[項2]
下記に記載の特徴を有する、項1に記載のサツマイモ植物:
塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析における構造式(I)中のRとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す:
【0014】
【化1】
【0015】
(当該構造式中、Rは、水素原子、水酸基、又はメトキシ基を示し、Rは、水素原子又はカフェ酸修飾基を示し、Rは、水素原子、p-ヒドロキシ安息香酸修飾基、カフェ酸修飾基、又はフェルラ酸修飾基を示す。)。
【0016】
[項3]
下記に記載の特徴を有する、項1又は2に記載のサツマイモ植物:
塊根を原料として0.3%硫酸水にて抽出して得たアントシアニン系色素組成物に関して、前記アントシアニン系色素組成物を含有しクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において505~520nmに極大吸収波長を有する、及び、
塊根を原料として0.3%硫酸水にて抽出して得たアントシアニン系色素組成物に関して、色価E10% 1cm値が0.3~0.7となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、A320nm/A530nm値が3以上である。
[項4]
ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を色素成分として含有するサツマイモ植物の作出方法であって、以下の工程を含む前記作出方法:
(1)九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)を交配して交配集団に属するサツマイモ植物を得る工程、又は、前記交配集団に属するサツマイモ植物を交配親とする後代集団に属するサツマイモ植物を得る工程、
(2)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示すものを選抜する工程、及び、
(3)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示すものを選抜する工程。
[項5]
項1~3のいずれかに記載のサツマイモ植物の植物体。
[項6]
項5に記載の植物体の加工品、搾汁物、抽出物、又はこれらの更なる加工品。
[項7]
以下に記載の特徴を有する、サツマイモ由来アントシアニン系色素組成物:
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示す、及び、
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
[項8]
以下に記載の特徴を有する、項7に記載のサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物:
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析における構造式(I)中のRとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す:
【0017】
【化2】
【0018】
(当該構造式中、Rは、水素原子、水酸基、又はメトキシ基を示し、Rは、水素原子又はカフェ酸修飾基を示し、Rは、水素原子、p-ヒドロキシ安息香酸修飾基、カフェ酸修飾基、又はフェルラ酸修飾基を示す。)。
【0019】
[項9]
以下に記載の特徴を有する、サツマイモ由来アントシアニン系色素組成物:
前記アントシアニン系色素組成物を含有し、クエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において505~520nmに極大吸収波長を有する、及び、
色価E10% 1cm値が0.3~0.7となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、A320nm/A530nm値が3以上である。
[項10]
下記に記載の体内吸収性に関する特徴を有する、項7~9のいずれかに記載のアントシアニン系色素組成物:
アヤムラサキに由来するアントシアニン系色素組成物の細胞透過量の1.5倍以上である。
[項11]
項5に記載の植物体を原料として用いる工程を含む、サツマイモ由来アントシアニン系色素組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、鮮やかな赤色色調を呈する発色特性を有し且つ化合物安定性に優れたサツマイモ由来のアントシアニン系色素組成物、を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】実施例1において、九州187号の塊根抽出液をHPLC/MS分析に供して取得されたクロマトグラムの結果図である。
図2】実施例4に係るpH変化による発色評価において、各検液を充填した試料瓶を撮影した写真像である。
図3】実施例6に係る耐光性試験において、ペットボトルに充填した飲料検液の観察結果を示した写真像図である。
図4】実施例9に係る腸管膜透過性試験において、細胞シートの基底膜側の溶液の吸光度を経時的に測定した結果図である。
図5】実施例10で製造したサツマイモ搾汁液を撮影した写真像である。
図6】実施例11で製造したサツマイモペーストを撮影した写真像である。
図7】実施例12で製造したサツマイモパウダーを撮影した写真像である。
図8】本実施例に係る作出工程に用いた原品種及びその交配により得られた後代系統の系譜関係を示した概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明に係る技術的範囲は、下記した構成を全て含む態様に限定されるものではない。また、本発明に係る技術的範囲は、本発明に係る技術的特徴が奏する作用効果を実質的に妨げるものでなければ、下記に記載した構成以外の他の構成を含む態様を除外するものではない。
なお、本出願は、本出願人により日本国に出願された特願2019-038106に基づく優先権主張を伴う出願であり、その全内容は参照により本出願に組み込まれる。
【0023】
本明細書中、「アントシアニン化合物」とは、赤、青、紫等の色調を呈する植物原料由来の天然色素化合物であり、アグリコンであるアントシアニジンに糖分子(例えば、グルコース、ガラクトース、ラムノース等)が結合した配糖体を指す。糖分子の他に、有機酸(例えば、シナピン酸、カフェ酸、コハク酸、マロン酸等)が結合してアシル化アントシアニンとなることもある。アントシアニン化合物の構造は、アグリコンの種類、糖分子の種類及び結合位置、有機酸の有無や種類及び結合位置等の組み合わせにより、修飾様式が異なる分子種が数多く存在する。アントシアニン化合物は、これらの構造の相違により呈色色調や各種性質が様々に異なる。
本明細書中、「アントシアニジン」とは、アントシアニン化合物のアグリコンを指し、糖分子等と結合してアントシアニン化合物の骨格構造を構成する化合物を指す。アントシアニジンの一般構造式は、下記構造式(II)として示すことができる。構造式(II)におけるR21~R27は、水素原子(-H)、水酸基(-OH)、又はメトキシ基(-OCH)のいずれかを示す。
【0024】
【化3】
【0025】
アントシアニジンは、A環、B環、及びC環の3つの環構造からなり、B環(構造式(II)右側のベンゼン環)に付加する水酸基(-OH)やメトキシ基(-OCH)の数によりペラルゴニジン、シアニジン、デルフィニジン、ペオニジン、ペチュニジン、マルビジンの6系統に主として分類される。また、他にもオーランチニジン、ルテオリニジン、ヨーロピニジン、ロシニジン等を挙げることができる。これらは、アントシアニン化合物の構成アグリコンとなった場合にその色調が様々に異なる。
【0026】
本明細書中、「An.」はアントシアニンを、「Pg」はペラルゴニジンを、「Cy」はシアニジンを、「Pn」はペオニジンを、を示す略称として用いられる場合がある。
なお、本明細書中、HPLC分析における「ピーク面積」という記載は、その化合物の「含量」を反映した値として読むことが可能である。「ピーク面積比」という用語は「含量比」と読むことが可能である。
本明細書中、「赤サツマイモ色素」という用語は、他の説明が無い限りにおいて、本発明に係るサツマイモ植物に由来するアントシアニン系色素を指す用語として用いる。
本明細書中、「紫サツマイモ色素」という用語は、他の説明が無い限りにおいて、サツマイモ品種「アヤムラサキ」に由来するアントシアニン系色素を指す用語として用いる。また、本明細書中の比較試料として用いる紫サツマイモ色素としては、実施例2に記載の方法により調製することができる。
【0027】
1.新規サツマイモ植物
本発明に係るサツマイモ植物は、Ipomoea batatasに属し、アントシアニン化合物の代謝系に関して通常のサツマイモ品種系統には無い遺伝的特性を有する。
【0028】
[作出手段]
本発明に係るサツマイモ植物は、親系統である九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)の交配により一定頻度にて得られる遺伝的背景を利用することにより作出することが可能となる。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、親系統である九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)の交配により作出された交配集団に属するサツマイモ植物、又は、前記交配集団に属するサツマイモ植物を交配親とする後代集団に属する。
【0029】
原品種
本発明においては、特定の原品種2系統の交配により得られる交配集団から選抜を行うことによって、通常のサツマイモ品種系統の植物体には含まれないペラルゴニジン系アントシアニン化合物を主たる色素成分として高含有するサツマイモ植物を作出することができる。なお、本明細書中、「原品種」という用語は、品種登録されてない親系統を含む広義の用語として用いている。
本発明に係るサツマイモ植物は、シアニジン及びペオニジンの生成及び蓄積が抑制され、ペラルゴニジンの生成及び蓄積を可能とする代謝機構を備える。一方、本発明に係るサツマイモ植物の原品種である九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)は、通常のサツマイモ品種系統と同様にシアニジン系アントシアニン及びペオニジン系アントシアニンを主要色素とする系統であり、ペラルゴニジン系アントシアニンを含有する品種系統ではない。
しかしながら、本発明に係る塊根が鮮赤色調のサツマイモ植物の作出工程において、原品種には無いペラルゴニジン系アントシアニンを含有する形質が獲得される作用機序は不明であるところ、これらの原品種の組み合わせにより生じる交配集団では、ペラルゴニジン系アントシアニンを含有する形質を発現する遺伝的背景が一定頻度にて発生するものとなる。本発明に係るペラルゴニジン系アントシアニン含有形質は、上記の原品種2系統の交配による交配集団に特徴的な遺伝的背景に起因して発現する特別な形質と推察される。
【0030】
また、本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン化合物がヒドロキシ桂皮酸類にてアシル化修飾されたアントシアニン化合物の含有量が著しく高い特性を備える。詳しくは、アントシアニン化合物の一般構造式(I)中のRが、ヒドロキシ桂皮酸類であるカフェ酸類にてアシル化修飾されたアントシアニン化合物の含有量が著しく高く、当該部位のカフェ酸アシル化を司る酵素活性に適した代謝機能を備える。
当該形質は、原品種の一つである九系89360-8(FERM BP-22365)の遺伝的背景に由来するアシル化修飾特性に関する特徴的な形質と推察され、他の品種系統においては見出されていない。
ここで、原品種である九系89360-8(FERM BP-22365)及び九系294(FERM BP-22364)は、本発明者らが独自に作出した育成系統であり、公知又は公用技術とはなっていない。
【0031】
以上の点が示すように、本発明では、上記原品種2系統の組み合わせによる交配集団又はその後代集団に着目してアントシアニン組成を指標とした選抜を行うことにより、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を高含有するサツマイモ植物を作出することが可能となる。
また、これまでの過去の膨大なサツマイモの育種研究において、本発明に係るサツマイモ植物が有するヒドロキシ桂皮酸類の修飾基を有するペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する形質を備えた品種系統の報告例はない。この点、上記原品種2系統以外の他のサツマイモ品種系統の組み合わせからでは、その遺伝的背景の観点から本発明に係るサツマイモ植物を得ることが困難と推察される。
【0032】
原品種の交配集団又は後代集団
本発明に係るサツマイモ植物は、前記原品種の交配集団又はその後代集団に属する。
ここで、原品種の「交配集団」とは、前記原品種2系統を組み合わせた交配により得られる第一世代の子集団を指す。当該交配集団は、原品種2系統が有していた遺伝的背景を組み合わせて作出された集団であり、少なくともその一部の個体において、ペラルゴニジン系アントシアニンの蓄積を可能とする形質の遺伝的背景を新たに獲得して有する個体が含まれる。また、当該交配集団では、少なくともその一部又は全部の個体において、ヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニンを高含有する形質を有するものとなる。
また、その「後代集団」とは、前記交配集団の属する個体を交配親の一方又は双方として得られる子集団及びその子孫集団を指す。より具体的には、前記交配集団に属する個体の自殖集団、前記交配集団に属する個体と他品種系統との交配集団、これらの自殖集団又はこれらと他品種系統との更なる交配集団、等を挙げることができる。また、当該後代集団としては、これらの更なる後代集団も含まれる。
【0033】
本発明に係るサツマイモ植物としては、自殖、同系他殖、交配、選抜等を繰り返すことによって、所望の優良形質を有するサツマイモ植物を得ることが可能である。ここで、優良形質とは、例えば、ペラルゴニジン系アントシアニン含量が更に高められた形質、ヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン含量が更に高められた形質、アントシアニン化合物の含量が更に高められた形質(例えば、原料色価が高い形質)、下記した加工品の品質や製造工程に有利な形質、等を挙げることができる。
【0034】
作出方法
本発明においては、上記した本発明に係るサツマイモ植物の作出方法に関する発明が含まれる。
詳しくは、本発明においては、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を色素成分として含有するIpomoea batatasに属するサツマイモ植物の作出方法であって、以下の工程を含む前記作出方法に関する発明が含まれる。
(1)九系89360-8及び九系294を交配して交配集団に属するサツマイモ植物を得る工程、又は、前記交配集団に属するサツマイモ植物を交配親とする後代集団に属するサツマイモ植物を得る工程、
(2)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示すものを選抜する工程、及び、
(3)塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示すものを選抜する工程。
【0035】
当該方法における作出工程としては、上記段落に記載した原品種の交配集団又はその後代集団からの選抜を行う工程を用いることができる。ここで、交配集団及び後代集団としては、上記段落に記載した内容を参照して用いることができる。また、自殖、同系他殖、交配、及び/又は選抜等を行う又は繰り返し、上記した特性や形質を発現するサツマイモ植物を得て、所望のサツマイモ植物として作出することもできる。
また、選抜工程におけるHPLC分析等に関する記載としては、詳しくは下記段落に記載した内容を参照して用いることができる。
ここで、本発明に係る作出方法では、上記(1)の工程を行った後、上記(2)の工程及び上記(3)に記載の工程を行う態様が可能である。また、上記(1)の工程の途中において、上記(2)の工程及び/又は上記(3)の工程を行う態様も可能である。また、上記(2)の工程と上記(3)の工程は、同時に行うことも可能であり、別々に行うことも可能である。また、上記(1)の工程、上記(2)の工程、及び上記(3)の工程は、それぞれ複数回行うことも可能である。
【0036】
交配集団又は後代集団に属するか否かの判定手法
本発明に係るサツマイモ植物が上記原品種の交配集団又は後代集団に属するか否かの判断手法の一例としては、品種系統識別マーカー等を利用して行うことが可能である。当該判定が可能な識別マーカーとしては、本発明に係るサツマイモ植物に特異的なSNP(一塩基多型)やSSR(マイクロサテライト多型)などの遺伝子型を指標とすることが可能である。
なお、他品種系統との交配による後代集団の場合、このような識別マーカーが直接利用できない場合もあるが、当該態様の場合は、その交配親の遺伝的背景等も総合的に考慮して判定することが望ましい。
【0037】
[新規サツマイモ植物におけるアントシアニン化合物]
本発明に係るサツマイモ植物及びアントシアニン色素組成物において、HPLC分析のピーク面積算出に用いる「全アントシアニン化合物」とは、アントシアニジンをアグリコンとする配糖体の全化合物を指す。ここで、サツマイモ植物体や製造した色素組成物中には、下記構造式(I)から糖鎖が欠如した中間生成物やフラグメント化イオン等が存在する場合があるが、本発明にて作出したサツマイモ植物の好適態様ではこれらの低分子化した化合物の蓄積量は通常は極微量であるため、全アントシアニン化合物には含めずにピーク面積値の計算をすることが可能となる。
なお、本発明に係るサツマイモ植物及びアントシアニン組成物としては、サツマイモ生体内にて生成された又は組成物調製工程にて生じたこれらの低分子化化合物が、微量を超える量又は多量に混入する態様も含まれる。当該態様の場合では、全アントシアニン化合物としてこれらの低分子化化合物を考慮して計算を行うものとする。
また、本発明においては、分解を目的とした処理や保管等にて当該構造式(I)から糖鎖を欠如させて低分子化させた組成物を調製した場合、分解等の処理や保管等の後の組成物についても、分解前の構造式(I)の化合物量に換算した組成として計算を行うものとする。
【0038】
本発明に係るサツマイモ植物及びアントシアニン色素組成物に含まれる主要なアントシアニン化合物の一般構造式(I)を以下に示す。
【0039】
【化4】
【0040】
当該構造式中、Rとしては、水素原子、水酸基、又はメトキシ基を示す。詳しくは、Rが水素原子の場合、構造式(I)はペラルゴニジン系アントシアニンとなる。また、Rが水酸基の場合、構造式(I)はシアニジン系アントシアニンとなる。また、Rがメトキシ基の場合、構造式(I)はペオニジン系アントシアニンとなる。また、Rとしては、発色特性や安定性に実質的に悪影響がない限りは、他の官能基が結合したアントシアニン化合物が含まれる態様も許容される。
【0041】
構造式(I)におけるRは、水素原子、水酸基、又は有機酸修飾基を示す。有機酸修飾基としてはヒドロキシ桂皮酸類修飾基であることが好適である。
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン化合物としては、Rが水素原子又はカフェ酸修飾基である修飾様式のアントシアニン化合物を挙げることができるが、特にはカフェ酸修飾基である修飾様式のアントシアニン化合物であることが好適である。また、本発明では、Rとしては、水酸基や他の有機酸類修飾基等を含む態様も許容される。
【0042】
構造式(I)におけるRは、水素原子、水酸基、又は有機酸修飾基を示す。有機酸修飾基としてはヒドロキシ桂皮酸類修飾基であることが好適である。
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン化合物としては、Rが水素原子、p-ヒドロキシ安息香酸修飾基、カフェ酸修飾基、又はフェルラ酸修飾基である修飾様式のアントシアニン化合物を挙げることができる。また、本発明では、Rとしては、水酸基や他の有機酸類修飾基等を含む態様も許容される。
【0043】
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン化合物としては、構造式(I)にて構成される分子構造の化合物を挙げることができるところ、構造式(I)の化合物がイオン状態や塩の状態になった分子構造のものについても、構造式(I)の化合物に含まれる。
また、発色特性及び安定性に実質的に悪影響がない限りにおいては、構造式(I)に対して構造変化や官能基置換を有するアントシアニン化合物の態様が許容される。例えば、他のアントシアニジン分子に置換された骨格構造に有するアントシアニン化合物、他の糖分子に置換された骨格構造を有するアントシアニン化合物、糖分子の1つを欠如した骨格構造のアントシアニン化合物、何れかの官能基が置換された骨格構造を有するアントシアニン化合物、等の態様も許容される。これらの場合、アントシアニン化合物にこれらの化合物が含まれるようにして、下記の組成的特性に関する各ピーク面積値を算出することが可能である。
【0044】
[アントシアニン系色素の組成的特性]
本発明に係るサツマイモ植物は、鮮やかな赤色発色特性及び色素化合物の構造安定性に関与するアントシアニン色素の組成的特性を備える。当該組成的特性として、本発明に係るサツマイモ植物では、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を高含有し且つアントシアニン化合物のヒドロキシ桂皮酸類修飾率の高い組成的特性を備える。
【0045】
発色特性に関する組成的特性(ペラルゴニジン系アントシアニン含有率等)
本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン系色素の組成に関して、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を高含有する組成的特性を有する。一方、本発明に係るサツマイモ植物は、通常のサツマイモ植物では主要色素であるシアニジン系アントシアニンやペオニジン系アントシアニンの含有率が低い組成的特性を有する。
【0046】
本発明に係るサツマイモ植物は、シアニジン及びペオニジンの生成及び蓄積が抑制され、ペラルゴニジンの生成及び蓄積を可能とする代謝系を機能獲得したサツマイモ植物と認められる。この点、本発明に係るサツマイモ植物は、鮮赤発色に優れたペラルゴニジン系アントシアニン化合物を主要色素として蓄積可能な遺伝的背景を有するサツマイモ植物と認められる。
当該色素組成により、本発明に係るサツマイモ植物は、通常のサツマイモ植物では表現できない鮮やかな赤色発色性を示す。特に塊根において、その鮮やかな赤色調が発揮される傾向が強い。当該サツマイモ植物の抽出液では酸性域において橙赤に近い色調を呈し、ダイコン色素と極めて近い色調を呈する。
【0047】
ここで、通常のサツマイモ植物では、ペラルゴニジン系アントシアニンが生体内にて合成されない及び/又は蓄積されない代謝系を有するため、そのアントシアニン組成は、アントシアニンのアグリコンの種類の点でシアニジン系アントシアニン及びペオニジン系アントシアニンにて主として構成される組成的特徴を有する。その発色特性としては、当該化合物組成を反映して弱酸性域において紫~赤紫色調を呈する。
また、ペラルゴニジン系アントシアニンを含有する系統の報告例はあるが(特許文献1、非特許文献1)、本発明に係るサツマイモ植物のような組成にてペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する系統の作出例は知られていない。
【0048】
本発明に係るサツマイモ植物としては、アントシアニン系色素の組成として、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物含量が高い組成的特性を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、下記に記載の特徴を備える:
塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示す。
当該比率としては、70%以上の比率であれば、発色特性の観点で良好と判断される。特には、鮮やかな赤色発色の点を考慮すると、当該比率が75%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上を示すサツマイモ植物が好適である。
【0049】
また、本発明に係るサツマイモ植物としては、アントシアニン系色素の組成として、ペラルゴニジン以外のアントシアニジンを骨格構造に含むアントシアニン化合物の含量が低い組成的特性を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、下記に記載の特徴を備える:
塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるシアニジン系アントシアニン化合物及びペオニジン系アントシアニン化合物の合計のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して30%未満を示す。
当該比率としては、30%未満の比率であれば、紫色調が低減された発色特性となり、発色特性の観点で良好と判断される。特には、鮮やかな赤色発色の点を考慮すると、当該比率が25%未満、より好ましくは20%未満、更に好ましくは15%未満を示すサツマイモ植物が好適である。
【0050】
アントシアニン系色素組成に関する上記した比率は、サツマイモの塊根の抽出液をHPLC分析して取得された値にて示される値であるが、当該値を指標とした場合、本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物の発色特性に関する評価を、塊根の抽出液を用いた測定操作にて行うことが可能となる。
ここで、抽出液を得るための溶媒としては、薄い酸性水溶液(一態様としては0.3~0.5%硫酸水)を挙げることができる。
また、上記した規定に用いるピーク面積は、一例としては、オクタデシルシリル基にて表面修飾されたシリカゲルを固定相として充填されたカラム(ODSカラム)を用いたHPLC分析にて測定することが可能である。また、分析条件としては、0.1%ギ酸水/0.1%ギ酸含有アセトニトリルを移動相としたグラジエント条件であって、流速0.2mL/分で温度40℃の溶出条件を採用することが可能である。検出波長としては、530nmを採用することが可能である。
当該HPLC分析の具体的な手法及び各種条件としては、アントシアニン化合物を示す各ピークの検出及び分離が可能な態様を採用することが可能であるが、一態様としては、実施例1に記載の手法及び条件を採用することができる。また、これに準じた手法及び条件を採用することも可能である。
【0051】
本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン色素組成物としては、発色特性や安定性に実質的に悪影響がない限りにおいては、上記した3種類以外のアントシアニジンを骨格構造とするアントシアニン化合物を含有する組成物も含まれる。
【0052】
化合物安定性に関する組成的特性(アシル化修飾率)
本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン色素の組成に関して、フェノール酸類にてアシル化されたアントシアニン化合物を高含有する組成的特性を有する。
【0053】
ここで、アントシアニン化合物をアシル化修飾するフェノール酸類としては、ヒドロキシ桂皮酸類とヒドロキシ安息香酸類とを挙げることができるところ、色素化合物の安定性向上に寄与するフェノール酸類としては、抗酸化活性の高いヒドロキシ桂皮酸類であることが好適である。
本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン化合物では、ヒドロキシ桂皮酸類でのアシル化修飾率が非常に高く、一方、ヒドロキシ安息香酸類でのアシル化修飾率が低い。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、ヒドロキシ桂皮酸類にてアシル化されたアントシアニン化合物を高含有する特徴を有する。また、本発明に係るサツマイモ植物は、ヒドロキシ安息香酸類にてアシル化されたアントシアニン化合物の含有率が低い特徴を有する。
本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン化合物の代謝経路に関して、ヒドロキシ桂皮酸類でのアシル化修飾を司る代謝活性が強く、一方、ヒドロキシ安息香酸でのアシル化修飾を司る代謝活性が弱いサツマイモ植物と認められる。この点、本発明に係るサツマイモ植物は、抗酸化活性の高いヒドロキシ桂皮酸類でアシル化されたアントシアニン化合物を主要色素として蓄積可能な遺伝的背景を有するサツマイモ植物であると認められる。当該組成的特徴により、本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素では、その発色色調の安定性に優れた機能が発揮される。
【0054】
ここで、先行文献に記載のペラルゴニジン系アントシアニン系統であるRSWP系統では、フェノール酸類のアシル化修飾様式に関して本発明に係るサツマイモ植物とは逆の修飾様式を示し、抗酸化活性の高いヒドロキシ桂皮酸類のアシル化修飾率が低く、一方、ヒドロキシ安息香酸類でのアシル化修飾率が高い組成的特徴を有する(特許文献1)。この点、RSWP系統のアントシアニン系色素は、組成的特徴の点で化合物安定性が高いものとは認められない。
【0055】
本発明に係るサツマイモ植物としては、アントシアニン系色素の組成として、ヒドロキシ桂皮酸類修飾率が高い組成的特性を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、下記に記載の特徴を備える:
塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
当該比率としては、50%以上の比率であれば、抗酸化活性が強く、化合物安定性の観点で良好と判断される。特には、当該比率が55%以上、より好ましくは60%以上、更に好ましくは65%以上、より更に好ましくは70%以上、特に好ましくは75%以上、より特に好ましくは80%以上、更に特に好ましくは85%以上を示すサツマイモ植物が好適である。
【0056】
ここで、本発明において、アシル化修飾基となるヒドロキシ桂皮酸類修飾基とは、以下の構造式(III)にて示される修飾基を挙げることができる。ここで、構造式(III)は、当該構造式左側のカルボキシル残基の炭素原子が、アントシアニン化合物中の糖分子と結合した構造の官能基部分の構造を示す。詳しくは、構造式(III)は、構造式(I)中のRやRに相当する官能基を指す。
本発明に係るヒドロキシ桂皮酸類修飾基としては、例えば、当該構造式中、R31~R33のいずれかに水酸基を有し、その残りの側鎖に水素原子、水酸基、メトキシ基、又はプレニル基等を有する官能基を挙げることができる。
【0057】
【化5】
【0058】
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン化合物としては、アシル化修飾基となるヒドロキシ桂皮酸類としてカフェ酸又はフェルラ酸にて修飾されたものが好適である。即ち、本発明に係るヒドロキシ桂皮酸類修飾基としては、カフェ酸修飾基又はフェルラ酸修飾基である態様を好適に挙げることができる。
ここで、カフェ酸(3,4-ジヒドロキシ桂皮酸)修飾基としては、構造式(III)で示される官能基の構造において、R31が水酸基、R32が水酸基、R33が水素原子である官能基として示すことができる。また、フェルラ酸修飾基としては、構造式(III)で示される官能基の構造において、R31がメトキシ基、R32が水酸基、R33が水素原子である官能基として示すことができる。
また、アシル化修飾基となるカフェ酸とフェルラ酸の2種類以外のヒドロキシ桂皮酸類として、抗酸化活性の強いヒドロキシ桂皮酸類を修飾基とする態様も可能である。例えば、本発明に係るヒドロキシ桂皮酸類修飾基としては、カフェ酸異性体である各種ジヒドロキシ桂皮酸、イソフェルラ酸等の各種フェルラ酸異性体、p-クマル酸、シナピン酸、アルテピリンC、ロスマリン酸、等の修飾基を挙げることができるが、特にこれらに制限されない。
【0059】
また、本発明に係るサツマイモ植物としては、アントシアニン系色素の組成として、ヒドロキシ安息香酸類修飾率が低い組成的特性を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、下記に記載の特徴を備える:
塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ安息香酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%未満を示す。
当該比率としては、50%未満の比率であれば、化合物安定性の観点で良好と判断される。特には、当該比率が45%未満、より好ましくは40%未満、更に好ましくは35%未満、より更に好ましくは30%未満、特に好ましくは25%未満、より特に好ましくは20%未満、更に特に好ましくは15%未満を示すサツマイモ植物が好適である。
【0060】
ここで、本発明において、アシル化修飾基となるヒドロキシ安息香酸類修飾基とは、以下の構造式(IV)にて示される修飾基を挙げることができる。ここで、構造式(IV)は、当該構造式左側のカルボキシル残基の炭素原子が、アントシアニン化合物中の糖分子側と結合した構造の官能基部分の構造を示す。詳しくは、構造式(IV)は、構造式(I)中のRやRに相当する官能基を指す。
本発明に係るヒドロキシ安息香酸類修飾基としては、例えば、当該構造式中、R41~R43のいずれかに水酸基を有し、その残りの側鎖に水素原子又は水酸基等を有する官能基を挙げることができる。
【0061】
【化6】
【0062】
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン化合物においては、アシル化修飾基となるヒドロキシ安息香酸類として、p-ヒドロキシ安息香酸にて修飾されたものを挙げることができる。即ち、本発明に係るヒドロキシ安息香酸類修飾基としては、p-ヒドロキシ安息香酸修飾基である態様を好適に挙げることができる。ここで、p-ヒドロキシ安息香酸(4-ヒドロキシ安息香酸)修飾基としては、構造式(IV)で示される官能基の構造において、R41が水素原子、R42が水酸基、R43が水素原子である官能基として示すことができる。
また、発色特性や安定性等に実質的に悪影響がない限りにおいては、当該化合物以外のヒドロキシ安息香酸類を修飾基とする態様も可能である。例えば、本発明に係るヒドロキシ安息香酸類修飾基としては、p-ヒドロキシ安息香酸異性体である各種ヒドロキシ安息香酸、没食子酸、プロトカテキュ酸、等の修飾基を挙げることができるが、特にこれらに制限されない。
【0063】
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン化合物としては、発色特性や安定性等に実質的に悪影響がない限りにおいては、フェノール酸類以外の有機酸にてアシル化修飾されたアントシアニン化合物も含まれる。アシル化修飾基となる有機酸としては、例えば、マロン酸、コハク酸等を挙げることができるが、特にこれらに制限されない。
【0064】
本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素化合物では、上記アシル化修飾部位として、構造式(I)におけるR及び/又はRがアシル化修飾部位である態様が好適である。即ち、構造式(I)中のR及び/又はRがアシル化修飾基であるアントシアニン化合物が好適である。また、発色特性及び安定性に実質的に悪影響がない限りにおいては、構造式(I)中のR及びR以外の修飾部位がアシル化修飾されたアントシアニン化合物を含む組成物も許容される。
【0065】
本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物としては、全アントシアニン化合物に対する比率として、アシル化修飾率に関する組成的特性が上記比率を示すものが好適である。特にヒドロキシ桂皮酸類の修飾比率が、上記比率を示すものが好適である。また、本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物としては、アグリコンの種類に関わらずに、アシル化修飾率に関する組成的特性が上記と同傾向を示すものが好適である。
【0066】
アントシアニン系色素組成に関する上記した比率は、サツマイモの塊根の抽出液をHPLC分析して取得された値にて示される値であるが、当該値を指標とした場合、本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物の化合物安定性に関する評価を、塊根の抽出液を用いた測定操作にて行うことが可能となる。
ここで、HPLC分析を行うための手法や各種条件等は常法により行うことが可能であるが、実施形態の一例としては、上記段落に記載したHPLC分析の手法及び条件、実施例1の記載と同様にして行うことが可能である。
【0067】
化合物安定性に関する組成的特性(特定修飾部位のカフェ酸修飾率)
本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン色素の組成に関して、一般構造式(I)におけるRがカフェ酸修飾基であるアントシアニン化合物を高含有する組成的特性を有する。ここで、カフェ酸は、ヒドロキシ桂皮酸類の中でも高い抗酸化活性を有する化合物である。そのため、カフェ酸修飾基は、安定性向上の力価が高く好適なアシル化修飾基となる。
【0068】
本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン化合物の代謝経路に関して、ヒドロキシ桂皮酸類でのアシル化修飾を司る代謝活性が強いところ、特に、一般構造式(I)におけるRにおいてカフェ酸でのアシル化修飾を司る代謝活性が強いサツマイモ植物と認められる。この点、本発明に係るサツマイモ植物は、抗酸化活性の力価の高いカフェ酸にてアシル化されたアントシアニン化合物を主要色素として蓄積可能な遺伝的背景を有するサツマイモ植物と認められる。当該特徴は、アントシアニン生成経路において色素安定性を発揮するために有利な特徴である。
当該組成的特徴により、本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素では、その発色色調の安定性に優れた機能を発揮する。
【0069】
本発明に係るサツマイモ植物としては、アントシアニン系色素の組成として、特定修飾部位のカフェ酸修飾率が高い組成的特性を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物の塊根に含まれるアントシアニン系色素の組成として、HPLC分析における構造式(I)中のRとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
当該比率としては、50%以上の比率であれば、化合物安定性の観点で良好と判断される。特には、当該比率が55%以上、より好ましくは60%以上、更に好ましくは65%以上、より更に好ましくは70%以上、特に好ましくは75%以上を示すサツマイモ植物が好適である。
【0070】
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン系色素組成物は、構造式(I)のRをアシル化修飾部位とするアントシアニン化合物を含む組成が好適であるところ、発色特性及び安定性に実質的に悪影響がない限りにおいては、構造式(I)に対して構造変化や官能基置換を有するアントシアニン化合物のRに相当する部位を、アシル化修飾部位とするアントシアニン化合物を含む態様が許容される。例えば、他のアントシアニジン分子に置換された骨格構造に有するアントシアニン化合物、他の糖分子に置換された骨格構造を有するアントシアニン化合物、糖分子の1つを欠如した骨格構造のアントシアニン化合物、何れかの官能基が置換された骨格構造を有するアントシアニン化合物、等を含む組成物が許容される。
これらの場合、アントシアニン化合物にこれらの化合物が含まれるようにして、上記した組成的特性に関する各ピーク面積値を算出することが可能である。
【0071】
本発明に係るサツマイモ植物に含まれるアントシアニン系色素組成物では、アグリコンの種類に関わらずに、Rのカフェ酸修飾率に関する組成的特性が、上記と同傾向を示すものが好適である。
【0072】
アントシアニン系色素組成に関する上記した比率は、サツマイモの塊根の抽出液をHPLC分析して取得された値にて示される値であるが、当該値を指標とした場合、本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物の化合物安定性に関する評価を、塊根の抽出液を用いた測定操作にて行うことが可能となる。
ここで、HPLC分析を行うための手法や各種条件等は常法により行うことが可能であるが、実施形態の一例としては、上記段落に記載したHPLC分析の手法及び条件、実施例1の記載と同様にして行うことが可能である。
【0073】
[吸光度に関する特性]
本発明に係るサツマイモ植物では、アントシアニン系色素組成物の鮮やかな赤色発色特性及び色素化合物の構造安定性に関して、その組成的特徴を反映した吸光度に関する値を指標とすることが可能である。
【0074】
発色特性に関する吸光度特性(極大吸収波長)
本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン色素組成物の鮮やかな赤色発色特性に関して、その組成的特徴を反映した吸光度に関する値を指標とすることが可能である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、下記に記載の特徴を備える:
塊根を原料として0.3%硫酸水にて抽出して得たアントシアニン系色素組成物に関して、前記アントシアニン系色素組成物を含有しクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において505~520nmに極大吸収波長を有する。
ここで、極大吸収波長の値は、色素組成物の色調を示す値であり、赤ダイコン色素の極大吸収波長に近い値である程、鮮やかな赤色色調を示す値となり好適である。具体的には、pH3において赤ダイコン色素の極大吸収波長域である505~520nm(第四版 既存添加物自主規格)であれば良好と判断される。特には、pH3において当該値が505~518nm、好ましくは508~518nm、より好ましくは510~514nmを示すサツマイモ植物が好適である。
【0075】
本発明に係るサツマイモ植物の当該極大吸収波長の値は、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を高含有する組成的特徴を反映した値であり、当該サツマイモ植物の抽出液では酸性域において橙赤に近い色調を呈し、赤ダイコン色素と極めて近い色調を呈する。
なお、通常の紫サツマイモのようにシアニジン系アントシアニン等を多く含む場合では、pH3における極大吸収波長が520~540nm付近であり、酸性域において紫に近い色調を呈する。
当該値を指標とした場合、本発明に係るサツマイモ植物の発色特性に関する評価を、塊根の抽出液を用いた簡便な吸光度測定操作にて行うことが可能となる。
【0076】
化合物安定性に関する吸光度特性(A 320nm /A 530nm 値)
本発明に係るサツマイモ植物は、アントシアニン色素組成物の化合物安定性に関して、その組成的特徴を反映した吸光度に関する値を指標とすることが可能である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、下記に記載の特徴を備える:
塊根を原料として0.3%硫酸水にて抽出して得たアントシアニン系色素組成物に関して、色価E10% 1cm値が0.3~0.7となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、A320nm/A530nm値が3以上である。
ここで、A320nm/A530nm値は、A320nm(波長320nm付近の極大吸収波長における吸光度)とA530nm(波長530nm付近の極大吸収波長における吸光度)の比を示す値である。A320nmは、ヒドロキシ桂皮酸類に関する構造の吸収波長を示し、A530nmはアントシアニン化合物の吸収波長を示すため、当該値が高い程、ヒドロキシ桂皮酸類に関する構造の含有率が高いと判断できる。即ち、当該値が高いほど化合物安定性の点で好適なアントシアニン系色素組成物となる。
具体的には、A320nm/A530nm値が3以上を示せば良好と判断される。特には、pH3において当該値が3.1以上、好ましくは3.2以上、より好ましくは3.3以上、更に好ましくは3.4以上を示すサツマイモ植物が好適である。
【0077】
本発明に係るサツマイモ植物の当該吸光度の値は、ヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物を高含有する組成的特徴を反映した値であるため、当該サツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物では、化合物安定性が高い特性が発揮される。
当該値を指標とした場合、本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物の安定性に関する評価を、塊根の抽出液を用いた簡便な吸光度測定操作にて行うことが可能となる。
【0078】
[アントシアニン含有量に関する特性]
本発明に係るサツマイモ植物は、上記組成的特徴を有するアントシアニン系色素を植物体内に蓄積する特性を備える。特に塊根において高い濃度にてアントシアニン系色素を含有する性質(原料色価が高い性質)を有するものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ植物は、下記に記載の特徴を備える:
塊根を原料として0.3~0.5%硫酸水にて抽出した抽出液を得た場合において、当該抽出液の原料1g換算での色価E10% 1cm値が0.5以上である。
ここで、測定した色価E10% 1cm値の値は、当該値が高い値である程、植物体でのアントシアニン化合物の蓄積含量が高いことを示すため、各種製品の原料として用いる点で好適と判断できる。特には、当該色価E10% 1cm値が0.5以上であれば良好と判断される。特には、当該値が1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上を示すサツマイモ植物が好適である。
【0079】
当該色価E10% 1cm値を指標として、貯蔵器官であるサツマイモの塊根におけるアントシアニン化合物含量を評価することが可能となる。また、当該値を指標として、植物体の他の器官・組織や植物体全体のアントシアニン化合物含量に関する推定評価を行うことも可能である。
本発明においては、当該色価E10% 1cm値が高いサツマイモ植物の植物体(特に塊根)を、各種製品原料としても用いることが好適である。また、なお、当該色価値が低いサツマイモ植物であっても、アントシアニン系色素の組成的特徴が上記した特徴を充足するものであれば、中間母本等の形質供与親として有効利用することが可能である。
【0080】
[その他の特性]
本発明に係るサツマイモ植物としては、上記した特性に加えて、色素製剤を含む当該植物の加工品の品質や製造工程に有利となる好適な形質を併せて備えた植物であることが好適である。
ここで、好適な形質としては、栽培特性や収穫物の品質、サツマイモ加工品等に有利になる任意の形質を挙げることができる。例えば、塊根の品質を向上させる形質(例えば、塊根の大きさ、塊根の形状、塊根の柔組織の密度等)、塊根の風味や栄養に関する形質(風味物質に関する組成、糖組成や含量、ビタミン含量等)、環境耐性に関する形質(例えば、耐寒性、耐暑性等)、耐病性に関する形質、成長に関する形質(例えば、栽培期間の早晩性、植物ホルモン合成系等)、生殖に関する形質(例えば、花成制御、自家不和合性、細胞質雄性不稔性等)等を挙げることができるが、特にこれらに制限されない。
一例としては、色素組成物の収量の歩留まりの観点からは、塊根が肥大した形状、塊根の組織が詰まった形質等であることが好適である。また、食品原料の品質の観点としては、塊根の風味に関する形質、塊根の栄養成分に関する形質等が好適と認められる。また、原料供給の労力等の低減の観点からは、成長特性に優れた形質、環境耐性に優れた形質、耐病性に優れた形質等を備えている場合、原料の農作物としての生産が容易となり好適と認められる。
【0081】
[新規サツマイモ品種系統]
本発明においては、上記した特性を有するサツマイモ植物の集団を得て、サツマイモ系統を作出することが可能である。また、本発明においては、当該系統からサツマイモ品種を作出することも可能である。
即ち、本発明においては、上記したサツマイモ植物を集団構成個体として含んでなる又は集団構成個体としてなる、サツマイモ品種又は系統に関する発明が含まれる。
【0082】
本発明においては、上記したサツマイモ植物を集団の構成個体とする品種又は系統の作出方法に関する発明が含まれる。当該方法における作出工程としては、上記段落に記載したサツマイモ植物を用いて自殖、同系他殖、交配、及び/又は選抜等を行う又は繰り返し、上記した特性や形質を発現するサツマイモ植物の集団を得て、所望のサツマイモ品種又は系統として作出することが可能となる。これらの具体的な手法は、上記段落や実施例に記載した内容を参照して用いることができる。
【0083】
上記原品種2系統の交配集団から作出した赤サツマイモ系統としては、特にペラルゴニジン系アントシアニン含量が高く鮮赤性に優れた九系06353-19を挙げることができる。また、その後代系統であり塊根肥大形質に優れた九州187号、九系14258-2、九系14259-13、等を挙げることができるが、特にこれらの限定されるものではない。
【0084】
[植物体及びその利用]
本発明においては、上記した特性を有するサツマイモ植物の植物体又はその加工品に関する発明が含まれる。
【0085】
植物体
本発明に係るサツマイモ植物の植物体は、各種分野において有効に利用することができ、特にアントシアニン系色素組成物の原料として好適に用いることができる。即ち、本発明では、上記したサツマイモ植物の植物体に関する発明が含まれる。
本発明に係る植物体としては、上記したサツマイモ植物を構成する植物体の全ての組織や器官等が含まれる。また、植物体の全体又は一部の如何なる部分を用いることができる。また、植物体を構成する組織や器官等を用いることができる。また、様々な発育ステージにある植物体を用いることができる。
例えば、塊根、根、葉、葉柄、つる、茎、芽、花、果実、種子、幼苗、等を挙げることができる。また、これらを含む植物体の全体又は一部を挙げることができる。
【0086】
本発明に係るサツマイモ植物の植物体は、農産収穫物又は加工品等での利用を考慮すると、塊根(特には貯蔵器官として肥大した根部、イモ部分)を好適に用いることができる。特には成熟して肥大した塊根が好適である。塊根では、アントシアニン色素化合物を高含量にて蓄積されるため、アントシアニン系色素組成物の原料や各種加工品として好適に用いることができる。
即ち、本発明に係る植物体としては、塊根の一部若しくは全部、又は、前記植物体が塊根を含む部分を好適に挙げることができる。特には、本発明に係る植物体としては塊根の一部又は全部を好適に挙げることができる。
【0087】
本発明においては、本発明に係るサツマイモ植物の植物体を栽培する方法が含まれる。即ち、本発明においては、上記に記載のサツマイモ植物、又は、上記に記載の作出方法により得られたサツマイモ植物、の種子又は植物体を用いることを特徴とするサツマイモ植物の栽培方法、に関する発明が含まれる。
また、本発明においては、本発明に係るサツマイモ植物の植物体を生産する方法が含まれる。即ち、本発明においては、上記に記載のサツマイモ植物、又は、上記に記載の作出方法により得られたサツマイモ植物、を用いることを特徴とするサツマイモ植物体の生産方法、に関する発明が含まれる。
当該栽培方法や植物体の生産方法としては、本発明に係るサツマイモ植物の種苗(種子、苗等)や塊根等の植物体組織を用いること以外は常法を採用して行うことが可能である。
【0088】
加工品
本発明に係るサツマイモ植物の加工品は、各種分野において有効に利用することができ、特にアントシアニン系色素組成物又はそれを利用した製品として好適に用いることができる。即ち、本発明では、上記したサツマイモ植物の植物体の加工品に関する発明が含まれる。
詳しくは、本発明には、上記に記載のサツマイモ植物体の加工品、搾汁物、抽出物、又はこれらの更なる加工品に関する発明が含まれる。
【0089】
本発明に係る加工品としては、原料である植物体に何等かの加工処理を施して得られた加工品全般が含まれる。当該加工品としては、様々な加工処理や加工段階のものが含まれるが、一例としては、植物体の搾汁物(搾汁液、半固形物、固形物等を含む)、植物体の抽出物(抽出液、半固形物、固形物等を含む)、植物体そのものの加工物(植物体の切断物、粉砕物、ペースト状物、ピューレ状物、乾燥物、粉末物、加熱処理物、冷凍処理物、各種物理的処理、各種化学的処理、各種酵素処理等)、前記各種加工品を更に加工した製品(二次加工品又はそれ以降の加工品)、等を挙げることができる。
また、これらの加工品の具体的な例示としては、塊根収穫物を利用したサツマイモ加工食品、搾汁液、前記搾汁液を利用したジュース等の飲料、植物体のペースト状物、植物体のピューレ状物、植物体の乾燥物、植物体の抽出物、色素組成物、色素製剤、染色剤、前記各種製品等を利用した着色加工品(例えば、着色飲食品等)を挙げることができる。
また、上記以外であっても、本発明に係るサツマイモ植物の植物体を利用した加工品と同等と認められるものであれば、本発明に係る加工品に含まれる。
【0090】
本発明に係る加工品としては、塊根だけでなく植物体全体又は一部のいずれか(例えば茎葉等)を原料とした加工品も含まれるが、特には原料が塊根である態様が好適に想定される。
また、本発明においては、上記した各種加工品の製造方法に関する発明が含まれる。即ち、本発明においては、上記のサツマイモ植物体、又は、上記の作出方法により得られたサツマイモ植物の植物体、を原料として用いることを特徴とする、サツマイモ植物体の加工品、搾汁物、抽出物、又はこれらの更なる加工品の製造方法、に関する発明が含まれる。
当該加工品の製造方法としては、本発明に係るサツマイモ植物の植物体を用いること以外は常法にて行うことが可能である。
【0091】
2.アントシアニン系色素組成物
本発明においては、上記した本発明に係るサツマイモ植物を原料として用いることにより、酸性域にて鮮やかな赤色色調を呈する発色特性を有し、且つ、化合物安定性に優れたサツマイモ由来のアントシアニン系色素組成物を製造することが可能となる。
【0092】
本発明に係る色素組成物は、上記した本発明に係るサツマイモ植物のアントシアニン化合物を含んでなる色素組成物を指す。例えば、原料の一部に上記した本発明に係るサツマイモ植物の植物体を含む、又は、原料の全部が上記した本発明に係るサツマイモ植物の植物体である、アントシアニン系色素組成物を指す。
ここで、本明細書中、「アントシアニン系色素組成物」とは、アントシアニン化合物をその色素成分として含んでなる組成物を指し、アントシアニン化合物以外の他の色素や各種化合物を含む組成のものも含まれる。
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、上記段落にて記載したサツマイモ植物体の各種加工品の態様が含まれる。
【0093】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、本発明に係る技術的特徴が奏する作用効果を実質的に妨げるものでなければ、下記の特徴以外の他の特徴を含むことを除外するものではない。また、本発明に係る技術的範囲は必須の技術的特徴以外については下記特徴を全て含む態様に限定されるものではない。
また、アントシアニン系色素組成に関する下記したHPLC分析を行うための測定波長、手法、及び条件等については、上記したサツマイモ植物に関する段落の記載と同様にして行うことが可能である。
【0094】
[発色特性に関する組成的特性]
本発明に係るアントシアニン系色素組成物では、原料であるサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物に由来する発色特性を示す。当該組成的特性として、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物では、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を高含有し且つアントシアニン化合物のヒドロキシ桂皮酸類修飾率の高い組成的特性を備える。
なお、以下に示す実施形態での好適態様及び/又は技術的特徴に関しては、上記したサツマイモ植物に関する段落の記載を参照して用いることができる。
【0095】
発色特性に関する組成的特性(ペラルゴニジン系アントシアニン含有率等)
本発明に係るアントシアニン系色素組成物では、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を高含有し、シアニジン系アントシアニンやペオニジン系アントシアニンの含有率が低い組成的特徴を有する。
当該色素組成により、本発明に係るアントシアニン系色素組成物では、通常のサツマイモ色素では表現できない鮮やかな赤色発色性を示す。特に酸性域において橙赤に近い色調を呈し、ダイコン色素と極めて近い色調を呈する。
【0096】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物含量が高い組成的特徴を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記の特徴を備える:
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるペラルゴニジン系アントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して70%以上を示す。
当該比率としては、70%以上の比率であれば、発色特性の観点で良好と判断される。特には、鮮やかな赤色発色の点を考慮すると、当該比率が75%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上を示すものが好適である。
【0097】
また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、ペラルゴニジン以外のアントシアニジンを骨格構造に含むアントシアニン化合物の含量が低い組成的特徴を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記の特徴を備える:
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるシアニジン系アントシアニン化合物及びペオニジン系アントシアニン化合物の合計のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して30%未満を示す。
当該比率としては、30%未満の比率であれば、紫色調が低減された発色特性となり、発色特性の観点で良好と判断される。特には、鮮やかな赤色発色の点を考慮すると、当該比率が25%未満、より好ましくは20%未満、より好ましくは15%未満を示すものが好適である。
【0098】
発色特性に関する吸光度特性(極大吸収波長)
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、その鮮やかな赤色発色特性に関して、上記した組成的特徴を反映した吸光度に関する値を示す組成物である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記の特徴を備える:
前記アントシアニン系色素組成物を含有しクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において505~520nmに極大吸収波長を有する。
ここで、極大吸収波長の値は、色素組成物の色調を示す値であり、赤ダイコン色素の極大吸収波長に近い値である程、鮮やかな赤色色調を示す値となり好適である。具体的には、pH3において赤ダイコン色素の極大吸収波長域である505~520nm(第四版 既存添加物自主規格)であれば良好と判断される。特には、pH3において当該値が505~518nm、好ましくは508~518nm、より好ましくは510~514nmを示すものが好適である。
【0099】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物の当該極大吸収波長の値は、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を高含有する組成的特徴を反映した値である。
当該値を指標とした場合、本発明に係るアントシアニン系色素組成物の発色特性に関する評価を、簡便な吸光度測定操作にて行うことが可能となる。
【0100】
[発色特性及び全体色調]
本発明に係るアントシアニン系色素組成物では、原料であるサツマイモ植物のアントシアニン化合物の組成的特性により、鮮やかな赤色色調を呈する発色特性を示す。
本発明に係るアントシアニン系色素組成物の色調としては、pH3において赤みの紫~黄みの赤の色調を呈する。
また、マンセル表色系におけるHUE値(又はJIS色名)で表現した場合では、10P(赤みの紫)~5RP(赤紫)~10RP(紫みの赤)~5R(赤)の色調を呈する色素組成物である。好適にはマンセル表色系におけるHUE値(又はJIS色名)で表現した場合に5RP(赤紫)~10RP(紫みの赤)~5R(赤)の色調を呈する色素組成物である。
なお、本発明に係る色素組成物を粉末状に調製した場合、やや黒っぽい色調となる傾向がある。また、中性~アルカリ性域の溶液中では、呈する色調が青味・緑味を帯びた色調に変化する傾向がある。
【0101】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物では、Hunter Lab表色系の各値として、赤色色相を示す「a値」及び黄色色相を示す「b値」が、赤ダイコン色素が示す値に近い値であることが好適である。好ましくは、これらに加えて、明度を示す「L値」及び彩度を示す「CHROMA値」も、赤ダイコン色素が示す値に近いものであることが好適である。
【0102】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、酸性域にて鮮やかな赤色色調を有する赤ダイコン色素に近い発色特性を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備えるものが好適である:
0.3%クエン酸水を用いて色価E10% 1cm値80換算で0.1質量%となるように前記アントシアニン系色素組成物を含む水溶液を調製した場合において、前記アントシアニン系色素組成物の代わりに赤ダイコン色素を配合したことを除いては前記と同様にして調製した水溶液との色差ΔE値が10以下である。
ここで赤ダイコン色素は、当該色素を含有し、クエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、可視光領域において513nmに極大吸収波長を有する赤ダイコンに由来するアントシアニン系色素組成物を指す。
ここで、当該色差ΔE値は、Hunter Lab表色系における赤ダイコン色素との色調の差異を定量化して示した数値であるため、当該値が小さいほど赤ダイコン色素に近い鮮やかな赤色色調を示す値となり好適である。具体的には、pH3における赤ダイコン色素との色差ΔE値が、10以下であれば良好と判断される。特には、pH3における当該値が8以下、より好ましくは5以下、更に好ましくは3以下を示すものが好適である。
ここで、当該評価において比較として用いる赤ダイコン色素としては、可視光領域において513nmに極大吸収波長を有する赤ダイコン色素を用いることができる。当該赤ダイコン色素としては、市販品を用いることができる。一例としては、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製の色素製剤「ベジタレッド[登録商標]AD」を挙げることができる。
【0103】
色素に関する技術的用語
本明細書中にて用いた色素に関する用語のうち主要なものを以下に説明する。
本明細書中「Hunter Lab表色系(Lab系)」とは、色度を示すa軸及びb軸よりなる直交座標とこれに垂直なL軸とから構成される色立体を成す表色系である。
ここで、「L値」とは明度を数値で表した値である。L値=100の時は白色となり、L値=0の時は黒色となる。「a値」とは赤色と緑色の色調を数値で表現した値である。a値の値が高いほど赤色が強くなり、a値の値が低いほど緑色が強くなる。「b値」とは黄色と青色の色調を数値で表現した値である。b値の値が高いほど黄色が強くなり、b値の値が低いほど青色が強くなることを示す。
【0104】
本明細書中「CHROMA値」とは、Hunter Lab表色系における原点からの距離を下記式(1)によって数値で表した値である。彩度を示す値として用いられる。当該値が大きいほど色彩が鮮やかであることを示す。
【0105】
【数1】
【0106】
本明細書中「色差(ΔE)」とは、Hunter Lab表色系において2色をプロットした点である(a,b,L)及び(a,b,L)の間の隔たりの距離を、下記式(2)によって算出して数値で表した値である。
【0107】
【数2】
【0108】
本明細書中「HUE値」とは、Hunter Lab表色系におけるa軸及びb軸の直交座標上のプロット(a値、b値)と原点とを結んだ直線の形成角度を、マンセル色相環における色相表記に変換して表現した色相を表す値である。色相を記号及び数値で表した値である。
【0109】
本明細書中「極大吸収波長」(λmax)とは、色素又は色素組成物における可視光領域における吸収度が極大となる光波長(nm)を示す。また、本明細書中「吸光度」とは、物質が光を吸収する度合を表す値である。例えば、極大吸収波長(λmax)の吸光度(Aλ)は、下記式(3)にて求めることができる。当該式中、Aは吸光度を、λは極大吸収波長を、Aλは極大吸収波長における吸光度を、Iは入射光強度を、Iは透過光強度を意味する。
【0110】
【数3】
【0111】
本明細書中、「色価」とは、「色価E10% 1cm」を意味し、「色価E10% 1cm」とは、10質量%の色素組成物含有溶液を調製した場合において、光路長が1cmの測定セルを用いて、可視光領域における極大吸収波長(λmax)の吸光度(A:Absorbance)に基づいて算出される値である。
本明細書中、「色価換算」とは、色素(色素組成物)を色価当たりの数値に換算することをいう。例えば、色価80換算で0.05質量%とは、色素(色素組成物)を色価80となるように調整した場合において溶液中に含まれる色素含量が0.05質量%となる量を意味する。
【0112】
本明細書中、「クエン酸緩衝液(pH3.0)」とは、クエン酸及びリン酸塩(NaHPO)を用いてpH3.0に調整された緩衝液であり、詳細には、第9版食品添加物公定書(日本国厚生労働省)に記載の方法に従って調製することができる。McIlvaine(マッキルベイン)緩衝液としても知られている。
【0113】
本明細書中「色素残存率」とは、安定性等の試験前及び試験後に測定した各色素の極大吸収波長の吸光度を基にして、下記式(4)によって算出される値である。本明細書においては、極大吸収波長が維持されている色素化合物の残存割合を色素残存率として算出することによって、発色特性が安定維持された色素化合物の割合を評価する値として用いている。
【0114】
【数4】
【0115】
[化合物安定性に関する組成的特性]
本発明に係るアントシアニン系色素組成物では、原料であるサツマイモ植物のアントシアニン系色素組成物に由来する化合物安定性に関する性質を示す。
なお、以下に示す実施形態での好適態様及び/又は技術的特徴に関しては、上記したサツマイモ植物に関する段落の記載を参照して用いることができる。
【0116】
化合物安定性に関する組成的特性(アシル化修飾率等)
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、フェノール酸類にてアシル化されたアントシアニン化合物を高含有する組成的特性を有する。
ここで、アントシアニン化合物をアシル化修飾するフェノール酸類としては、ヒドロキシ桂皮酸類とヒドロキシ安息香酸類とを挙げることができるところ、本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、詳しくは、ヒドロキシ桂皮酸類にてアシル化されたアントシアニン化合物を高含有する特徴を有する。一方、本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、ヒドロキシ安息香酸類にてアシル化されたアントシアニン化合物の含有率が低い特徴を有する。
【0117】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、ヒドロキシ桂皮酸類修飾率が高い組成的特性を備えるものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備える:
アントシアニン系色素の組成として、HPLC分析におけるヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
当該比率としては、50%以上の比率であれば、化合物安定性の観点で良好と判断される。特には、当該比率が55%以上、より好ましくは60%以上、更に好ましくは65%以上、より更に好ましくは70%以上、特に好ましくは75%以上、より特に好ましくは80%以上、更に特に好ましくは85%以上のものが好適である。
【0118】
また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、HPLC分析におけるヒドロキシ安息香酸類修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%未満を示す。
当該比率としては、50%未満の比率であれば、化合物安定性の観点で良好と判断される。特には、当該比率が45%未満、より好ましくは40%未満、更に好ましくは35%未満、より更に好ましくは30%未満、特に好ましくは25%未満、より特に好ましくは20%未満、更に特に好ましくは15%未満を示すものが好適である。
【0119】
また、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、HPLC分析における構造式(I)中のRとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積比が、全アントシアニン化合物のピーク面積に対して50%以上を示す。
当該比率としては、50%以上の比率であれば、化合物安定性の観点で良好と判断される。特には、当該比率が55%以上、より好ましくは60%以上、更に好ましくは65%以上、より更に好ましくは70%以上、特に好ましくは75%以上を示すアントシアニン系色素組成物が好適である。
【0120】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、全アントシアニン化合物に対する比率として、アシル化修飾率に関する組成的特性が上記比率を示すものが好適である。特にヒドロキシ桂皮酸類の修飾比率が上記比率を示すものが好適である。また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、アグリコンの種類に関わらずに、アシル化修飾率に関する組成的特性が上記と同傾向を示すものが好適である。
【0121】
アントシアニン系色素組成に関する上記した比率は、HPLC分析して取得された値にて示される値である。ここで、HPLC分析を行うための測定波長、手法、及び条件等については、上記したサツマイモ植物に関する段落の記載と同様にして行うことが可能である。
【0122】
化合物安定性に関する吸光度特性(A 320nm /A 530nm 値)
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、その化合物安定性に関して、上記した組成的特徴を反映した吸光度に関する値を示す組成物である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備える:
色価E10% 1cm値が0.3~0.7となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つクエン酸緩衝液にてpH3の水溶液を調製した場合において、A320nm/A530nm値が3以上である。
ここで、A320nm/A530nm値は、A320nmとA530nmの比を示す値である。A320nmは、ヒドロキシ桂皮酸類に関する構造の吸収波長を示し、A530nmはアントシアニン化合物の吸収波長を示すため、当該値が高い程、ヒドロキシ桂皮酸類に関する構造の含有率が高いと判断できる。即ち、当該値が高いほど化合物安定性の点で好適なアントシアニン系色素組成物となる。
具体的には、A320nm/A530nm値が3以上を示せば良好と判断される。特には、pH3において当該値が3.1以上、好ましくは3.2以上、より好ましくは3.3以上、更に好ましくは3.4以上を示すアントシアニン系色素組成物が好適である。
【0123】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物の当該吸光度の値は、ヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物を高含有する組成的特徴を反映した値であるため、当該アントシアニン系色素組成物では、化合物安定性が高い特性が発揮される。
当該値を指標とした場合、本発明に係るアントシアニン系色素組成物の安定性に関する評価を、簡便な吸光度測定操作にて行うことが可能となる。
【0124】
[化合物安定性に関する評価]
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、原料であるサツマイモ植物のアントシアニン化合物の組成的特性により、化合物安定性に優れた特性を示す。本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、特に光照射に対して優れた耐光性を示す。
【0125】
光に対する安定性
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、光照射に対して非常に高い耐性を備えた色素組成物であり、光照射条件において発色特性が失われにくい特性を備える。当該耐光性の度合は、比較的安定性が高いと認知されている通常の紫サツマイモ色素や赤ダイコン色素と比較して、高い耐光性と評価できる。
【0126】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、光虐待試験を行った場合において高い色素残存率を示すものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備えるものが好適である:
色価E10% 1cm値80換算0.03質量%となる前記アントシアニン系色素組成物を含み、果糖ブドウ糖液糖にてBrix10°に調整され、且つpH3.0に調整された水溶液を、白色蛍光灯20000ルクス及び25℃にて2日間保管した場合において、以下の式(11)を満たす:
式(11):LR/LR>1
ここで、「LR」は、対象である前記アントシアニン系色素組成物を配合した水溶液に対して前記条件での光照射保管を行った後の色素残存率を示す。また、「LR」は、前記アントシアニン系色素組成物の代わりに紫サツマイモ色素を配合したことを除いては、前記と同様にして調製した水溶液に対して前記条件での光照射保管を行った後の色素残存率を示す。
当該式の右辺の値は、耐光性試験における色素安定度を、通常の紫サツマイモ色素での値との比率により示した値である。当該値が1より大きい値であれば、通常の紫サツマイモ色素よりも耐光性に優れていることを示す値となり好適である。特には、当該値が1.1以上、好ましくは1.2以上を示すものがより好適である。
【0127】
また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、光虐待試験を行った場合において試験前と比較した色調変化が小さいものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備えるものが好適である:
色価E10% 1cm値80換算0.03質量%となる前記アントシアニン系色素組成物を含み、果糖ブドウ糖液糖にてBrix10°に調整され、且つpH3.0に調整された水溶液を、白色蛍光灯20000ルクス及び25℃にて2日間保管した場合において、以下の式(12)を満たす:
式(12):LE/LE<1
ここで「LE」は、前記アントシアニン系色素組成物を配合した水溶液に対して前記条件での光照射保管を行った前後でのΔE値を示す。また、「LE」は、前記アントシアニン系色素組成物の代わりに紫サツマイモ色素を配合したことを除いては、前記と同様にして調製した水溶液に対して前記条件での光照射保管を行った前後でのΔE値を示す。
当該式の右辺の値は、耐光性試験における色調変化の度合を、通常の紫サツマイモ色素での値との比率により示した値である。当該値が1より小さい値であれば、通常の紫サツマイモ色素よりも耐光性に優れていることを示す値となり好適である。特には、当該値が0.8以下、好ましくは0.6以下を示すものがより好適である。
【0128】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物が示す上記値は、当該アントシアニン系色素組成物が光照射に対して高い耐光性を発揮していることを示す値であり、ヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物を高含有する組成的特徴を反映した値と認められる。
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、当該化合物安定性に関する特性により、長時間の蛍光灯照射等への耐性が要求される流通製品や陳列製品等への着色に好適に使用可能な色素組成物と認められる。
【0129】
熱に対する安定性
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、熱に対しても耐性を備えた色素組成物であり、高温保管条件において発色特性が失われにくい特性を備える。当該耐熱性の度合は、比較的安定性が高いと認知されている通常の紫サツマイモ色素や赤ダイコン色素と比較して、同程度又は遜色の無い程度の高い耐熱性と評価できる。
【0130】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、熱虐待試験を行った場合において高い色素残存率を示すものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備えるものが好適である:
色価E10% 1cm値80換算0.03質量%となる前記アントシアニン系色素組成物を含み、果糖ブドウ糖液糖にてBrix10°に調整され、且つpH3.0に調整された水溶液を、暗所及び50℃にて7日間保管した場合において、以下の式(13)を満たす:
式(13):HR/HR>0.9
ここで、「HR」は、対象である前記アントシアニン系色素組成物を配合した水溶液に対して前記条件での高温保管を行った後の色素残存率を示す。また、「HR」は、前記アントシアニン系色素組成物の代わりに紫サツマイモ色素を配合したことを除いては、前記と同様にして調製した水溶液に対して前記条件での高温保管を行った後の色素残存率を示す。
当該式の右辺の値は、耐熱性試験における色素安定度を、通常の紫サツマイモ色素での値との比率により示した値である。当該値が0.9より大きい値であれば、通常の紫サツマイモ色素と同程度又は遜色ない耐熱性を示す値となり好適である。特には、当該値が1以上を示すものがより好適である。
【0131】
また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、熱虐待試験を行った場合において試験前と比較した色調変化が小さいものが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備えるものが好適である:
色価E10% 1cm値80換算0.03質量%となる前記アントシアニン系色素組成物を含み、果糖ブドウ糖液糖にてBrix10°に調整され、且つpH3.0に調整された水溶液を、暗所及び50℃にて7日間保管した場合において、以下の式(14)を満たす:
式(14):HE/HE<1.1
ここで「HE」は、前記アントシアニン系色素組成物を配合した水溶液に対して前記条件での高温保管を行った前後でのΔE値を示す。また、「HE」は、前記アントシアニン系色素組成物の代わりに紫サツマイモ色素を配合したことを除いては、前記と同様にして調製した水溶液に対して前記条件での高温保管を行った前後でのΔE値を示す。
当該式の右辺の値は、耐熱性試験における色調変化の度合を、通常の紫サツマイモ色素での値との比率により示した値である。当該値が1.1より小さい値であれば、通常の紫サツマイモ色素と同程度又は遜色のない耐熱性を示す値となり好適である。特には、当該値が1以下を示すものがより好適である。
【0132】
本発明に係るアントシアニン系色素組成物が示す上記値は、当該アントシアニン系色素組成物が高温保管に対して耐熱性を発揮していることを示す値と認められる。
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、当該化合物安定性に関する特性により、長時間の高温保管等への耐性が要求される流通製品や陳列製品等への着色に好適に使用可能な色素組成物と認められる。また、レトルト殺菌、加工、調理等の加熱処理を想定する態様にも使用可能と認められる。
【0133】
[他の特性]
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、上記した特性の他にも優れた特性を備えるものであることが好適である。
【0134】
匂い特性
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、赤ダイコン色素の色調に近い発色特性を示すところ、匂いに関する特性に関して通常のサツマイモ色素と同様に良好な匂い特性を有する。
【0135】
飲食品として摂取した際の吸収特性
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、飲食品として摂取した際に、従来の紫サツマイモ色素よりも腸管での吸収特性に優れたものであることが好適である。
即ち、本発明に係るサツマイモ由来アントシアニン系色素組成物は、下記に記載の特徴を備えるものが好適である:
色価E10% 1cm値が5.0となるように前記アントシアニン系色素組成物を含み且つHanks’ Balanced Salt Solution buffer(HBSS緩衝液)にてpH6.8±2の水溶液を調製した場合において、Caco-2細胞シートを利用した腸管吸収モデルの透過性試験における試験開始から6時間経過時のアントシアニン化合物の透過量が、紫サツマイモ色素の透過量の1.5倍以上である。
本発明においては当該値が1.5以上を示すものが好適である。好ましくは2以上、より好ましくは2.5以上、更に好ましくは3以上を示すものが特に好適である。
【0136】
[色素組成物の製造方法]
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、上記段落に記載したサツマイモ植物の植物体を原料として製造することができる。
即ち、本発明においては、上記したサツマイモ植物の植物体を原料として用いることを特徴とする、サツマイモ由来アントシアニン系色素組成物の製造方法、に関する発明が含まれる。ここで、サツマイモ植物の植物体としては、上記した作出方法によって得られたサツマイモ植物の植物体が含まれる。
なお、本発明に係る色素組成物の製造方法においては、下記に記載の工程により製造することが可能であるところ、原料植物体に関する特徴以外の各工程については、本発明に係る技術的特徴が奏する作用効果を実質的に妨げるものでなければ、下記に記載した工程に限定されるものではない。また、本発明に係る技術的範囲は、下記工程を全て含む態様に限定されるものではない。
【0137】
原料
本発明に係るアントシアニン系色素組成物は、上記段落に記載したサツマイモ植物の植物体を原料として製造することができる。
本発明に係る色素組成物の製造方法の原料として用いる植物体としては、アントシアニン系色素を含む部位であれば植物体の全体であっても一部であっても良く、如何なる部位を用いることができる。例えば、塊根、根、葉、葉柄、つる、茎、花等の植物体組織のいずれの部位を用いることができる。好ましくは、原料収量や色素収量効率を考慮すると、塊根、特には成熟して発達した塊根を用いることが好適である。
即ち、当該原料としては、塊根の一部若しくは全部、又は、前記植物体が塊根を含む部分を好適に用いることができる。特には、当該原料としては塊根の一部又は全部を好適に用いることができる。
【0138】
抽出物での態様
本発明に係る色素組成物の製造方法においては、原料植物体から抽出物を得ることにより色素組成物を製造することが可能である。
本発明に係る色素組成物を抽出物の形態として調製する場合、原料植物体からのアントシアニン化合物の抽出操作を行う。当該抽出手法としては、公知又は非公知の如何なる手法にて行うことが可能であるが、アントシアニン化合物の抽出収率が良好な手法を採用することが好適である。また、当該抽出を行う場合の原料としては、抽出後の残渣や搾汁残渣を利用することも可能である。
【0139】
原料植物体から抽出操作を行う態様としては、原料を切断、細断、小片化、粉砕、破砕、擂潰、粉末化等を行ったものを用いることが好適である。
抽出溶媒としては、アントシアニン系色素の抽出に使用可能な如何なる溶媒を用いることができるが、例えば、水、含水アルコール、又はアルコール等を用いることが好適である。含水アルコールを用いる場合は、アルコール含有率が1~80%(v/v)、好ましくは1~50%(v/v)程度のものが好適である。ここで、含水アルコール又はアルコールとして採用可能なアルコールの種類としては、炭素数1~4の低級アルコールを挙げることができるが、好ましくはエタノールを挙げることができる。
また、抽出溶媒としては、水を使用することも好適である。水として好適には、精製水、蒸留水、超純水等を用いることが好適であるが、飲食品製造や色素製剤等に用いるグレードの水であれば、当該溶媒として問題なく使用することができる。また当該溶媒としては、各種塩、有機酸、pH調整剤、pH緩衝剤、低級アルコール等を含む水溶液を用いることも可能である。
原料に対する溶媒の使用量としては、特に制限はないが、例えば原料1質量部に対して溶媒0.1~1000質量部、好ましくは原料1質量部に対して0.5~100質量部の溶媒を使用することができる。
当該抽出溶媒は、酸性溶液であることが好適である。具体的には、pH1~6、好ましくはpH1~5、より好ましくはpH1~4程度に調整された酸性溶液を用いることが好適である。抽出溶媒を酸性に調整する手段としては、無機酸及び/又は有機酸を用いた常法にて行うことができる。
抽出条件としては特に制限はないが、例えば、常圧であれば1~100℃が挙げられ、好ましくは10~90℃程度の温度条件を採用することができる。抽出時間は温度等の条件を勘案して適宜決定することが可能である。例えば1分~数日程度が挙げられるが特にこれに制限されない。
【0140】
搾汁物、ペースト状物、粉末化物等での態様
また、本発明に係る色素組成物の製造方法においては、抽出工程を経ることなく色素組成物を製造することも可能である。
本発明に係る色素組成物について、抽出工程を経ない植物体加工物の形態として調製する場合、上記段落で記載したサツマイモ植物体の一次加工品の態様をそのまま利用することが可能となる。例えば、植物体の搾汁物(搾汁液、圧搾液、半固形物、固形物等を含む)、植物体そのものの一次加工物(植物体の切断物、粉砕物、ペースト状物、ピューレ状物、乾燥物、粉末物、加熱処理物、冷凍処理物、各種物理的処理、各種化学的処理、各種酵素処理等)などを色素組成物とすることが可能である。また、当該態様では、発色特性等の条件を充足するものであれば、抽出後の残渣や搾汁残渣を色素組成物とすることも可能である。
当該態様において、搾汁、ペースト化、粉末化等の各種処理工程は、公知又は非公知の如何なる手法にて行うことが可能であるが、アントシアニン化合物の抽出収率が良好な手法を採用することが好適である。また、各種処理条件等については、抽出効率を勘案して適宜決定することが可能である。
【0141】
各種処理等
本発明の色素組成物の製造方法においては、使用用途に応じて精製処理を行って、所望の品質及び形態の色素組成物とすることができる。特に、脱臭が重要である色素製剤や色素組成物の製品製造においては、当該工程を行うことが好適である。
当該精製処理及び/又は脱臭処理としては、常法の技術を用いて行うことが可能である。例えば、合成樹脂等を用いた吸着処理、イオン交換処理、膜分離処理等を行う態様を挙げることができる。
また、精製処理とは別途の脱臭処理として、使用用途に応じては、プロテアーゼ等の酵素処理、微生物処理等を行う態様も可能である。
【0142】
本発明に係るアントシアニン色素組成物の製造方法では、上記操作によって得られた植物体抽出物や抽出操作を伴わずに調製した植物体加工物等について、使用用途に応じて固液分離、精製処理、濃縮処理、希釈処理、pH調整、乾燥処理、殺菌処理等を行って、所望の品質及び/又は形態となるアントシアニン色素組成物とすることが可能である。
これらの工程は、所望の処理を組み合わせて行うことも可能であり、所望の処理を複数回行うことも可能である。
本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、液体状、ペースト状、ゲル状、半固形状、固形状、粉末状等の各種形態を挙げることができるが、特にこれらの形態に制限されるものではない。
また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物としては、発色特性や化合物安定性等を実質的に損なわない限りは、他の機能成分等を配合する態様とすることが可能である。例えば、酸化防止剤、pH調整剤、増粘多糖類、その他食品素材等を配合することが可能であるが特にこれらに制限されない。また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物とは異なる色素組成物又は色素製剤を混合することによって、所望の色調や性質を備えた色素組成物とすることも可能である。
【0143】
3.利用用途
本発明においては、上記に記載のアントシアニン系色素組成物を含有する色素製剤、飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、又は飼料、に関する発明が含まれる。
また、本発明においては、上記のアントシアニン系色素組成物を原料として用いる工程を含むことを特徴とする、色素製剤、飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、又は飼料の製造方法、に関する発明が含まれる。
ここで、アントシアニン系色素組成物としては、上記段落に記載のアントシアニン系色素組成物の製造方法によって得られたアントシアニン系色素組成物が含まれる。
【0144】
[色素製剤]
本発明に係るアントシアニン系色素組成物の利用形態としては、色素製剤の形態として利用することが特に好適である。
本発明に係る色素製剤の形態としては、例えば液体状、ペースト状、ゲル状、半固形状、固形状、粉末状等が挙げられることができ特に制限されない。また、顆粒状、錠剤等の加工固形形状を挙げることができる。
また、本発明に係るアントシアニン系色素組成物は水溶性であるため、そのまま水溶性色素製剤として利用することが可能であるが、油溶性色素製剤(W/O型)、又は二重乳化色素製剤(W/O/W型)等に加工して用いることも可能である。
【0145】
本発明に係る色素製剤において、アントシアニン系色素組成物の配合量又は含有量としては、色素製剤の種類や目的に応じて適宜調整することが可能であり、特に制限はないが、例えば、色価E10% 1cm値が20以上、好ましくは30以上、より好ましくは40以上となるように配合することが好適である。本発明に係る色素製剤の色価の上限は特に制限されないが、例えば色価E10% 1cm値800を挙げることができる。
また、色素製剤におけるアントシアニン系色素組成物の配合量又は含有量は上記色価ベースで計算すれば良いが、質量ベースとしては例えば0.1~99質量%、好ましくは1~90質量%、さらに好ましくは5~75質量%を挙げることができる。
【0146】
本発明に係る色素製剤においては、本発明に係るアントシアニン系色素組成物が備えている発色特性や化合物安定性等を実質的に損なわない限りは、他の機能成分等を配合することが可能である。例えば、酸化防止剤、pH調整剤、増粘多糖類、香料化合物、その他食品素材等を配合することが可能であるが特にこれらに制限されない。
【0147】
本発明においては、上記したアントシアニン系色素組成物を配合する又は含有させることを特徴とする色素製剤の製造方法に関する発明が含まれる。即ち、本発明においては、本発明に係るアントシアニン系色素組成物を用いることを特徴とする、色素製剤の製造方法に関する発明が含まれる。
当該製造方法における上記アントシアニン系色素組成物の配合量又は含有量等としては、上記段落の記載を参照して用いることが可能である。また、当該製造方法における製造工程としては、上記段落の記載を参照して用いることが可能である。また、上記アントシアニン系色素組成物を用いることを除いては常法を採用することも可能である。
なお、ここで製造される色素製剤は、上記した本発明に係るアントシアニン化合物を含む色素製剤(又は色素剤)としての製品形態を示すものであるが、化合物組成としてはアントシアニン系色素を含む組成物の一形態とみなすことも可能である。
【0148】
[各種製品]
本発明に係る赤色素組成物又は色素製剤は、飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、又は飼料等の製品に使用する天然着色料として、好適に使用することが可能である。即ち、本発明においては、本発明に係る赤色素組成物又は色素製剤を含有する飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、又は飼料を提供することが可能となる。
ここで、本発明に係る赤色素組成物又は色素製剤での着色が可能な製品例の一例を以下に示すが、本発明に係る着色可能な製品としてはこれらに限定されるものではない。
「飲食品」の例としては、飲料、冷菓、デザート、砂糖菓子(例えば、キャンディ、グミ、マシュマロ)、ガム、チョコレート、製菓(例えば、クッキー等)、製パン、農産加工品(例えば、漬物等)、畜肉加工品、水産加工品、酪農製品、麺類、調味料、ゼリー、シロップ、ジャム、ソース、酒類などを挙げることができる。
「香粧品」としては、スキンローション、口紅、日焼け止め化粧品、メークアップ化粧品、などを挙げることができる。
「医薬品」としては、各種錠剤、カプセル剤、ドリンク剤、トローチ剤、うがい薬、などを挙げることができる。
「医薬部外品」としては、栄養助剤、各種サプリメント、歯磨き剤、口中清涼剤、臭予防剤、養毛剤、育毛剤、皮膚用保湿剤、などを挙げることができる。
「衛生用日用品」としては、石鹸、洗剤、シャンプー、リンス、ヘアートリートメント、歯磨き剤、入浴剤、などを挙げることができる。
「飼料」としては、キャットフード、ドッグフード等の各種ペットフード、観賞魚用や養殖魚用の餌、等を挙げることができる。
【0149】
本発明に係る色素組成物又は色素製剤は、鮮やかな赤色発色性に優れた特性を有し、特に酸性域において赤ダイコン色素と同様の発色特性を有する。そのため、本発明に係る色素組成物又は色素製剤としては、好ましくは、少なくとも一部又は全部のpHが酸性である製品の着色用途に好適に使用することができる。ここで、酸性条件としては、pH7未満を挙げることができ、好ましくはpH5以下、より好ましくはpH4以下を挙げることができる。
なお、本発明に係る色素組成物又は色素製剤は、pHが弱酸性~アルカリ性においても当該pH域における赤ダイコン色素に近い色調を呈するものであり、その色調を想定した使用が可能である。即ち、上記pHに関する記載は、好適な使用態様を記載したものであり、本発明に係る色素組成物又は色素製剤の使用態様を酸性域での使用のみに限定する趣旨の記載ではない。
【0150】
本発明に係る色素組成物又は色素製剤は、優れた耐光性を備えるものであるため、保管や陳列等における光暴露を前提とした製品等の着色に対しても好適に使用することが可能である。また、本発明に係る色素組成物又は色素製剤は、耐熱性を備えたものであるため高温保管に晒されることが想定される製品にも使用可能である。
【0151】
本発明に係る色素組成物又は色素製剤は、上記製品の製造工程における着色用途に好適に使用することが可能である。
上記製品を着色する工程としては、本発明に係る色素組成物又は色素製剤を天然色素素材として配合する又は含有させることを除いては、各製品における定法の手法に従って行うことが可能である。
これらの製品に対する、本発明に係る色素組成物又は色素製剤の配合量又は含有量は、製品の種類や目的に応じて適宜調整することが可能である。例えば、色価80換算で、製品における色素組成物又は色素製剤の含有量が0.001~1質量%、好ましくは0.005~0.5質量%、より好ましくは0.01~0.2質量%、さらに好ましくは0.02~0.1質量%となるように配合する又は含有させることが可能である。
【0152】
本発明においては、上記したアントシアニン系色素組成物又は色素製剤を配合する又は含有させることを特徴とする、各種製品の製造方法に関する発明が含まれる。即ち、本発明においては、本発明に係るアントシアニン系色素組成物又は色素製剤を用いることを特徴とする、飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、又は飼料等の製造方法に関する発明が含まれる。
当該製造方法における上記アントシアニン系色素組成物又は色素製剤の配合量又は含有量等としては、上記段落の記載を参照して用いることが可能である。また、各製造方法における製造工程としては、上記アントシアニン系色素組成物又は色素製剤を用いることを除いては、各種技術分野における常法を採用することが可能である。
なお、ここで製造される各種製品は、上記した本発明に係るアントシアニン化合物を含む製品形態を示すものであるが、化合物組成としてはアントシアニン系色素を含む組成物の一形態とみなすことも可能である。
【実施例
【0153】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。なお、下記表中の「N.D.」の記号は、シグナルピークが検出限界以下であることを示す。
【0154】
[実施例1]『ペラルゴニジン系アントシアニンを高含有するサツマイモ系統の作出』
特定のサツマイモ品種系統を原品種とする後代集団から、ペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する新規サツマイモ系統を作出した。当該系統の作出概略を図8に示した。
【0155】
(1)「新規サツマイモ系統の作出」
原品種として、本発明者らが保有する育成系統である九系89360-8(塊根が早期肥大性の系統、FERM BP-22365)を種子親、及び、同九系294(アントシアニン色素含量が高い高色価系統、FERM BP-22364)を花粉親として交配を行った。その結果、その子世代の集団では、通常のサツマイモ系統とは異なる塊根が赤色色調を呈する個体が約1割の頻度で複数個体が出現した。
ここで、原品種である九系89360-8及び九系294は、いずれも通常の紫色色調の塊根を有する系統であり、これらの原品種の遺伝的背景の組み合わせにより、赤色調を呈するアントシアニン色素の系統が独立して出現していると認められた。
【0156】
当該赤色色調を呈する個体の中から、特に赤色が鮮やかな個体を選抜し、その自家集団から新規の鮮赤系統である九系06353-19を作出した(図8)。当該系統を種子親として、これに塊根肥大の形質改善のための育成系統を花粉親として交配し、その子世代から赤色の発色特性が良好であり且つ塊根肥大に関する形質が良好な個体を選抜した。当該選抜個体から自家集団を得て、新規サツマイモ系統である九州187号を作出した(図8)。
なお、塊根肥大の形質供与親としては、九州125号(FERM BP-22363)を用いているが、当該系統はアントシアニン自体を含有しない系統であり、本発明に係るペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する形質とは関係のない系統である。
【0157】
(2)「抽出液の調製」
上記作出系統である九州187号の塊根50gを包丁にて角切りにし、これを0.5%硫酸水200gに浸漬して室温にて1晩静置することで抽出処理を行った。これをネットで絞り、濾紙(NO.5フィルター、アドバンテック東洋株式会社製)を用いて吸引濾過を行って濾液を回収した。
【0158】
(3)「HPLC/MS分析」
上記にて得られた濾液を九州187号の塊根からの抽出液として、HPLC/MS分析に供した。当該HPLC分析は、以下に示す装置及び条件により行った。得られたクロマトグラムの各ピークに対してMS分析による精密質量からの構造推定を行い、各アントシアニン化合物を示すピーク面積比を算出した。取得されたクロマトグラムを図1に示した。また、構造推定及び算出したピーク面積比率に関する結果を下記表に示した。
ここで、下記表において、ペラルゴニジン系アントシアニン化合物を示す各ピーク番号は、上記クロマトグラム中のペラルゴニジン系アントシアニンを示す各ピークに対応する番号を示す。また、シアニジン系アントシアニン及びペオニジン系アントシアニンの各ピーク番号は、ペラルゴニジン系アントシアニンにおける対応する修飾パターンのピーク番号に「’」又は「’’」等を付した修飾数字として示す。また、当該表における「R」~「R」は、上記構造式(I)における官能基を示し、「H」は水素原子を、「OH」は水酸基を、「OCH」はメトキシ基を、「PHB」はp-ヒドロキシ安息香酸修飾基を、「Caf」はカフェ酸修飾基を、「Fer」はフェルラ酸修飾基を、それぞれ示す。
【0159】
[HPLC/MSに用いた装置及び条件]
装置: UltiMate 3000 HPLC systems
Q Exactive ハイブリッド四重極-オービトラップ質量分析計
(Thermo Fisher Scientific社製)
カラム: L-column ODS(2.1×150mm,3μm)
(一般社団法人 化学物質評価研究機構製)
移動相: 0.1%ギ酸水/0.1%ギ酸含有アセトニトリル
流速: 0.2mL/分
温度: 40℃
測定波長:530nm
【0160】
[グラジエント条件]
(時間) (0.1%ギ酸水) (0.1%ギ酸含有アセトニトリル)
0分: 95% 5%
15分: 82% 18%
40分: 30% 70%
42分: 30% 70%
【0161】
【表3】
【0162】
【表4】
【0163】
【表5】
【0164】
(4)「アントシアニン色素組成に関する各種解析」
上記により得られたHPLC/MS分析の測定データを用いて、九州187号の塊根抽出液におけるアントシアニン色素の組成的特徴を解析した。
【0165】
アグリコンに関する特性
上記HPLC/MS分析の測定データにおいて、アグリコンの種類の相違に着目した解析を行った。アグリコンであるアントシアニジンの各ピーク面積比率の合計ピーク面積値を算出して比較した結果、九州187号の塊根抽出液から検出された全アントシアニン化合物のピーク面積のうち、その約85%がペラルゴニジン系アントシアニン化合物に由来するピーク面積であることが示された(表6)。
【0166】
以上の結果から、新規作出系統である九州187号は、アントシアニン系色素の基本構造に関する特徴が通常のサツマイモ品種系統とは全く異なる組成的特徴を有するサツマイモ系統であることが示された。
これらの結果を鑑みると、九州187号は、シアニジンとペオニジンの生成及び蓄積が抑制され、ペラルゴニジンの生成及び蓄積を可能とする代謝系の機能が獲得されたサツマイモ系統であると認められた。
【0167】
【表6】
【0168】
アシル化修飾率に関する特性
上記HPLC/MS分析の測定データにおいて、アントシアニンのアシル化修飾に着目し、アシル化修飾部位に特定修飾基を含む化合物の各ピーク面積の合計を算出し、全体のピーク面積との比率を算出した。
その結果、九州187号の塊根抽出液からのアントシアニン色素では、全アントシアニン化合物のピーク面積のうち、その約91.5%がフェノール酸修飾基を有するアシル化アントシアニンであることが示された(表7)。また、当該アントシアニン色素におけるフェノール酸でのアシル化修飾様式としては、ヒドロキシ安息香酸類の修飾基を含む化合物のピーク面積の比率は、全アントシアニン化合物のピーク面積のうちの23.6%と低い割合であるところ、一方、安定性向上に作用するヒドロキシ桂皮酸類の修飾基を含む化合物のピーク面積の比率は、全アントシアニン化合物のピーク面積のうちの87.2%と極めて高い値を示した。
また、当該アシル化修飾様式の比率は、各アグリコンを基本骨格とする化合物の系列ごとに算出した比率値でも同傾向の結果を示した。特にヒドロキシ桂皮酸の修飾比率に関して、アグリコンの骨格構造の違う場合でも86~90.1%の範囲の値を示し、全アントシアニン化合物に対する比率と実質的に同比率を示す値となることが示された(表7)。
【0169】
以上の結果から、新規作出系統である九州187号は、フェノール酸でアシル化修飾されたアントシアニン化合物を高含有し、そのうちの大部分(全アントシアニンのうちの約87.2%、フェノール酸修飾アントシアニンのうちの約95.3%)がヒドロキシ桂皮酸類の修飾基を含むアントシアニン化合物であるサツマイモ系統であることが示された。ヒドロキシ桂皮酸類は、アントシアニン化合物の安定性向上に作用することから、九州187号からのアントシアニン色素は、安定性に優れたアントシアニン化合物を高含有する色素組成物であると認められた。
また、当該アシル化の修飾様式は、アグリコンが異なる骨格構造間の化合物でも同傾向を示し、特にヒドロキシ桂皮酸類の修飾比率に関しては、アグリコンが異なる骨格構造の相違は実質的に認められなかった。
これらの結果は、九州187号では、ヒドロキシ安息香酸でのアシル化修飾を司る代謝活性が弱く、一方、ヒドロキシ桂皮酸類でのアシル化修飾を司る代謝活性が著しく強いサツマイモ系統であることを示唆する結果であった。
【0170】
【表7】
【0171】
特定修飾部位のカフェ酸修飾率に関する特性
上記HPLC/MS分析の測定データにおいて、アントシアニンの一般構造式(I)のアシル化修飾部位であるR及びRの組み合わせにて規定される各修飾様式(表3~5にて検出された修飾様式A~H)の化合物を示すピーク面積について、全体のピーク面積との比率を算出した(表8)。
その結果、九州187号の塊根抽出液からのアントシアニン色素は、修飾様式E、G、Hにて表される構造のアントシアニン化合物を多く含有する組成的特徴を有することが示された。ここで、修飾様式E、G、Hで示される構造では、Rのアシル化修飾がカフェ酸修飾基である点で共通する構造であった。
【0172】
そこで、Rとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物の合計のピーク面積を算出し、全体のピーク面積との比率を算出した。また、Rがカフェ酸修飾基でないアントシアニン化合物の合計のピーク面積も同様に算出し、全体のピーク面積との比率を算出した(表9)。
その結果、Rとしてカフェ酸修飾基を有するアントシアニン化合物のピーク面積の合計値は、全アントシアニン化合物のピーク面積の80.4%を占めるものであった。当該修飾様式の比率は、各アグリコンを基本骨格とする化合物の系列ごとに算出した比率値でも同傾向の結果を示し、全アントシアニン化合物での比率と近似する値と認められた。
一方、Rとしてカフェ酸修飾基を有さないアントシアニン化合物のピーク面積の合計値は、全アントシアニン化合物のピーク面積の19.6%に過ぎなかった。
【0173】
以上の結果から、新規作出系統である九州187号は、アントシアニンの一般構造式(I)のアシル化修飾部位であるRが、カフェ酸でアシル化修飾されたアントシアニン化合物を高含有する(80%以上である)サツマイモ系統であることが示された。カフェ酸はアントシアニン化合物の安定性向上に作用するヒドロキシ桂皮酸類の一種であることから、九州187号からのアントシアニン色素は、化合物安定性に優れたアントシアニン化合物を高含有する色素組成物であると認められた。また、当該R部位でのカフェ酸の修飾様式は、アグリコンが異なる骨格構造の化合物でも同傾向を示した。
これらの結果は、九州187号では、アントシアニンの一般構造式(I)のRをカフェ酸にてアシル化修飾する代謝活性の強いサツマイモ系統であることを示唆する結果であった。
【0174】
【表8】
【0175】
【表9】
【0176】
(5)「寄託された生物材料への言及」
上記作出過程にて用いたサツマイモであるイポメア・バタタス(Ipomoea batatas)の九系89360-8、九系294、及び九州125号は、2018年4月25日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託申請され、九系89360-8に「FERM P-22365」、九系294に「FERM P-22364」、及び九州125号に「FERM P-22363」の受託番号が付与された。
これらについて、2018年11月19日に国際寄託への移管請求が同機関になされ、九系89360-8に「FERM BP-22365」、九系294に「FERM BP-22364」、及び九州125号に「FERM BP-22363」の国際受託番号が付与された。また、これらの生物材料に関して、2019年1月21日に原寄託についての受託証及び生存に関する証明書が発行された。
【0177】
[寄託機関(国際寄託当局)の名称及び宛名]
名称: 独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター
住所: 郵便番号292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室
[寄託に関する日付]
国内寄託日(国内受託日): 2018年 4月25日
国内受託証通知日: 2018年 7月 6日
国際寄託への移管請求日: 2018年11月19日
国際寄託当局によって発行される原寄託についての受託証発行日:
2019年 1月21日
国際寄託当局によって発行される生存に関する証明書発行日:
2019年 1月21日
[受託番号]
FERM BP-22365: イポメア・バタタス(Ipomoea batatas (L.) Lam.) 九系89360-8
FERM BP-22364: イポメア・バタタス(Ipomoea batatas (L.) Lam.) 九系294
FERM BP-22363: イポメア・バタタス(Ipomoea batatas (L.) Lam.) 九州125号
[寄託者]
氏名又は名称: 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 理事長
住所: 郵便番号305-8517 茨城県つくば市観音台三丁目1番地1
[寄託についての言及]
本寄託者は、本出願において寄託生物について言及する権限を本出願人に与えている。また、本寄託者は、寄託生物が公衆に利用可能となる旨の同意を本出願人に与えている。
[寄託生物に関する特徴]
i)FERM BP-22365、FERM BP-22364、及びFERM BP-22363に関する各寄託生物の特徴は、本願明細書に係る発明を実施するための形態における1.新規サツマイモ植物の段落(特に、原品種、原品種の交配集団又は後代集団、及び作出方法等の段落)、並びに、本願明細書に係る実施例(特に、実施例1、13~15等)、に記載の通りである。
ii)また、FERM BP-22365、FERM BP-22364、及びFERM BP-22363に共通する分類学上の位置及び科学的性質に関する情報は、次の通りである。
・・「分類学上の位置」
サツマイモ属かんしょ種(イポメア・バタタス、Ipomoea batatas (L.) Lam.)
・・「科学的性質に関する情報」
ゲノムは同質6倍体である。地上部は、茎、葉柄、及び葉身から主として構成され、葉柄は2/5互生葉序で主茎からは分枝が発生する。節部の根原基から伸長した不定根が肥大し、澱粉貯蔵器官である塊根を形成する。短日条件下で花芽が分化し、一定の気温があれば開花に至る。
【0178】
(6)「小括」
原品種である九系89360-8及び九系294の交配から得られた交配集団を選抜することにより、通常のサツマイモ系統とは異なる塊根が赤色色調を呈する個体が一定頻度にて独立に出現することが示された。本実施例における塊根が赤色調を呈する新規作出系統は、ペラルゴニジン系アントシアニンを主要色素として高含有する新規の赤サツマイモ系統であることが示された。
ここで、本実施例で用いた原品種は、いずれも通常の紫色色調の塊根を有する系統であり、鮮やかな赤色色調を呈する塊根の系統ではないことから、これらの原品種の遺伝的背景の組み合わせにより、通常では出現しないペラルゴニジン系アントシアニン色素を高含有する系統が出現していると認められた。
本発明に係る作出系統は、アントシアニン化合物の合成経路に関して、ヒドロキシ桂皮酸類でのアシル化修飾を司る代謝活性が著しく強い遺伝的背景のサツマイモ系統であり、特にアントシアニンの一般構造式(I)のRをカフェ酸にてアシル化修飾する代謝活性の強い遺伝的背景を有するサツマイモ系統であると認められた。
なお、本実施例では、当該新規作出系統の一つから更に塊根形質を改良した系統である九州187号を作出した。
【0179】
[実施例2]『アントシアニン系色素組成物(色素製剤)の調製』
上記実施例にて作出した鮮赤発色性に優れた新規サツマイモ系統の塊根を原料として用いて、アントシアニン系色素組成物である色素製剤を調製した。
【0180】
上記作出系統である九州187号の塊根をフードプロセッサーにて微塵切りにし、原料重量の2倍量の0.3%硫酸水に浸漬した。その後、1時間攪拌機にて攪拌し1晩静置することで抽出操作を行った。
これをネットで絞り、50メッシュにて通液して残渣を除去して、得られた濾液のpHを水酸化ナトリウムにてpH2.5±0.2に調整した。90℃に加熱達温させた後40℃まで自然冷却して一晩静置し、10,000rpmで10分間の遠心分離を行って上澄み液を回収した。
得られた上澄み液を、珪藻土を予め層形成させておいた濾紙(NO.2フィルター、φ150mm、アドバンテック東洋株式会社製)を用いて吸引濾過を行って濾液を回収した。
【0181】
得られた濾液を、合成吸着樹脂を充填したカラムに通液させて吸着させ、水道水にて水洗後、クエン酸を含む50%(v/v)エタノール水溶液にて吸着樹脂から色素成分を脱着させた。
回収液を減圧濃縮した後、色価E10% 1cm値80及びエタノール濃度20%(v/v)になるように濃縮溶液を調製した。これに70℃達温での加熱殺菌を行い、小分けして色素製剤(試料2-1)を調製した。
また、比較試料として、品種「アヤムラサキ」の塊根を用いたこと以外は上記と同様にして、紫サツマイモ色素製剤(試料2-2)を調製した。
【0182】
[実施例3]『色素組成物の発色特性評価』
上記実施例にて調製した赤サツマイモ系統由来のアントシアニン系色素組成物について、その発色特性評価を行った。
【0183】
(1)「発色特性評価」
実施例2にて調製した赤サツマイモ色素について、0.3%クエン酸水を用いて色価E10% 1cm80換算で0.1質量%となる検液を調製して、分光光度計(V-560、日本分光株式会社製、測定セルの光路長1cm)を用いて測定波長380~780nmにおける透過光測色を行い、Hunter Lab表色系の3刺激値(L値、a値、及びb値)を測定した。
当該測定値を用いて明度、彩度、及び色相を評価した。「明度」としては上記測定したL値の値をそのまま用いて評価した。「彩度」は上記式(1)を用いてCHROMA値を算出して評価した。「色相」はHUE値を算出して評価した。また、対照試料(赤ダイコン色素)との発色特性の相違を定量的に評価するための値として、上記式(2)を用いて「ΔE値」を算出して評価した。
また、極大吸収波長(λmax)は、溶媒としてクエン酸緩衝液(pH3.0)を用いて、波長500~545nmの極大吸収部の吸光度を測定することにより算出した。
比較試験として、実施例2にて調製した紫サツマイモ色素を用いて、上記と同様にして検液を調製して試験を行った。また、対照試験として、市販の赤ダイコン色素(三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製、「ベジタレッド[登録商標]AD」)を用いて、上記と同様にして検液を調製して試験を行った(表10)。
【0184】
その結果、上記実施例にて製造した赤サツマイモ色素(試料3-1)は、全ての測定項目において赤ダイコン色素(試料3-3)と極めて近似する値を示し、色差ΔE値は僅か0.93であった。また、赤サツマイモ色素(試料3-1)のHUE値は4.6R(JIS色相での赤に近い色調)を示し、赤ダイコン色素(試料3-3)と完全に同一の値であった。また、赤サツマイモ色素(試料3-1)の極大吸収波長は512nmであり、赤ダイコン色素(試料3-3)の513nmとは極似していたことから、両者の発色特性の近似性が極大吸収波長の点からも確認された。また、充填試薬瓶を目視観察した場合においても、赤サツマイモ色素(試料3-1)は明るく鮮やかな赤い色調を呈した。
それに対して、通常のアヤムラサキ由来の紫サツマイモ色素(試料3-2)では、全ての測定項目において赤ダイコン色素(試料3-3)とは異なる値を示し、色差ΔE値は約28という大きな隔たりを示した。また、HUE値も8.4RP(JIS色相での赤紫~紫味の赤の中間色調)であり、赤ダイコン色素(試料3-3)とは全く異なる値であった。また、紫サツマイモ色素(試料3-2)の極大吸収波長は528nmを示し、赤ダイコン色素(試料3-3)の513nmとは大きく異なることから、両者の発色特性の違いが極大吸収波長の点からも確認された。また、充填試薬瓶を目視観察した場合においても、紫サツマイモ色素(試料3-2)は暗い紫色調を呈した。
【0185】
以上の結果から、本発明に係る赤サツマイモ系統の塊根を原料として色素組成物を製造することによって、通常の紫サツマイモ色素とは全く異なる鮮やかな赤色色調を呈するアントシアニン系色素を製造できることが示された。その発色特性は、赤ダイコン色素のアントシアニン系色素と極めて近似する色調であった。
【0186】
【表10】
【0187】
[実施例4]『pHの相違による発色評価』
上記実施例にて調製した赤サツマイモ系統由来のアントシアニン系色素組成物について、pHを変化させた場合の発色評価を行った。
【0188】
pH値を図2に示した値にしたことを除いては上記実施例3に記載の方法と同様にして検液を調製し、これを試料瓶に充填して色調の目視評価を行った(図2)。
その結果、上記実施例にて製造した赤サツマイモ色素(試料4-1)では、pH3~5のいずれに調整した場合でも、明るい鮮赤色調での発色が可能であることが確認された。特に赤ダイコン色素(試料4-3)では発色が薄くなるpH5付近においても、赤サツマイモ色素(試料4-1)では鮮やかな発色が維持されることが確認された。
一方、比較試料である紫サツマイモ色素(試料4-2)では、いずれのpHに調整した場合においても、赤サツマイモ色素(試料4-1)や赤ダイコン色素(試料4-3)よりも暗い紫味を帯びた色調を示すことが確認された。
【0189】
以上の結果から、本発明に係る赤サツマイモ系統を原料とする色素組成物は、弱酸性の幅広いpH域にて明るい鮮赤色調での発色が可能なアントシアニン系色素であることが確認された。
【0190】
[実施例5]『吸光度比による安定性評価』
上記実施例にて調製した赤サツマイモ系統由来のアントシアニン系色素組成物について、320nm/530nmの吸光度比を算出することでアントシアニン化合物の安定性に関する評価を行った。
【0191】
実施例2にて調製した赤サツマイモ色素について、クエン酸緩衝液(pH3.0)を用いてE10% 1cm値0.3~0.7となるように検液を調製し、分光光度計(V-560、日本分光株式会社製、測定セルの光路長1cm)を用いて透過光測色を行った。測定した吸収スペクトルにおける値からA320nm/A530nm値を算出した。
比較試験として、実施例2にて調製した紫サツマイモ色素又は実施例3に記載の赤ダイコン色素を用いて、上記と同様にして検液を調製して試験を行った(表11)。
その結果、上記実施例にて製造した赤サツマイモ色素(試料5-1)は、紫サツマイモ色素(試料5-2)や赤ダイコン色素(試料5-3)と比較して、A320nm/A530nm値が著しく高い値を示した。
【0192】
以上の結果及び知見から、本発明に係る赤サツマイモ系統の塊根を原料とする色素組成物は、安定性に優れた吸光度特性を示すアントシアニン系色素であることが示された。当該結果は、上記実施例にて示されたヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物を高含有する組成的特徴と一致する結果と認められた。
【0193】
【表11】
【0194】
[実施例6]『耐光性に関する評価』
上記実施例にて調製した赤サツマイモ系統由来のアントシアニン系色素組成物について、色素組成物の光安定性に関する評価を行った。
【0195】
(1)「飲料検液の調製」
アントシアニン系色素を色価E10% 1cm値80換算で0.03質量%、Brix10°(果糖ブドウ糖液糖 Brix75°:13.3質量%)、及びpH3.0(クエン酸無水及びクエン酸三ナトリウムにて調整)となるように水溶液を調製した。アントシアニン系色素としては、実施例2にて調製した赤サツマイモ色素、実施例2にて調製した紫サツマイモ色素、又は実施例3に記載の市販赤ダイコン色素を用いた。
調製した水溶液を93℃達温殺菌し、200mLペットボトルにホットパック充填して得られたペットボトル飲料を検液とした。
【0196】
(2)「耐光性試験」
各ペットボトル検液に対して蛍光灯照射機を用いて白色蛍光灯20000Luxを25℃にて3日間照射して、耐光性に関する安定性試験を行った。蛍光灯照射機としては、Cultivation chamber CLH-301(株式会社トミー精工製)を用いた。
安定性試験前及び試験後の検液について、分光光度計(V-560、日本分光株式会社製、測定セルの光路長1cm)を用いて測定波長380~780nmにおける透過光測色を行い、上記式(4)を用いて色素残存率を算出した(表12)。また、安定試験前と試験後の色調変化を定量的に評価するための値として、上記式(2)を用いてΔE値を算出して評価した(表13)。またペットボトル飲料を目視観察した結果を図3に示した。
【0197】
その結果、上記実施例にて製造した赤サツマイモ色素を含む飲料(試料6-1)では、20000Luxの蛍光灯連続照射環境下に3日間晒された場合であっても、従来のアヤムラサキ由来のサツマイモ色素を含む飲料(試料6-2)や赤ダイコン色素を含む飲料(試料6-3)と比較して、色素残存率が大幅に高い値を示した(表12)。また、耐光性試験前後での色調変化-を示すΔE値についても、従来のアヤムラサキ由来のサツマイモ色素を含む飲料(試料6-2)と比較して低い値を示すこと(試験前後での色調変化が小さいこと)が確認された(表13)。検液の目視観察においても、色調変化抑制作用の優位性が確認された(図3)。
【0198】
ここで、本試験に係る安定性試験で採用している「20000ルクス」という光強度は、通常の小売店等が使用する蛍光灯照度の10~20倍という光虐待に相当する強い光強度である。
以上の結果及び知見から、本発明に係る赤サツマイモ系統を原料とする色素組成物は、光照射に対する安定性が非常に優れたアントシアニン系色素であることが示された。当該結果は、上記実施例にて示されたヒドロキシ桂皮酸類修飾基を有するアントシアニン化合物を高含有する組成的特徴と一致する結果と認められた。
【0199】
【表12】
【0200】
【表13】
【0201】
[実施例7]『耐熱性に関する評価』
上記実施例にて調製した赤サツマイモ系統由来のアントシアニン系色素組成物について、色素組成物の熱安定性に関する評価を行った。
【0202】
(1)「飲料検液の調製」
実施例6に記載の方法と同様にして200mLペットボトルにホットパック充填したアントシアニン系色素を含む水溶液を調製し、得られたペットボトル飲料を検液とした。
【0203】
(2)「耐熱性試験」
各ペットボトル検液を50℃の高温条件の暗所に7日間保管して、耐熱性に関する安定性試験を行った。
安定性試験前及び試験後の検液について、分光光度計(V-560、日本分光株式会社製、測定セルの光路長1cm)を用いて測定波長380~780nmにおける透過光測色を行い、実施例6に記載の方法と同様にして色素残存率を算出した。結果を表14に示した。
また、安定試験前と試験後の色調変化を示すΔE値を、実施例6に記載の方法と同様にして算出して評価した。結果を表15に示した。
【0204】
その結果、上記実施例にて製造した赤サツマイモ色素を含む飲料(試料7-1)では、50℃の高温条件環境下に7日間晒された場合であっても、従来のアヤムラサキ由来のサツマイモ色素を含む飲料(試料7-2)と同程度以上の高い色素残存率を示した。また、耐熱性試験前後での色調変化を示すΔE値についても、従来のアヤムラサキ由来のサツマイモ色素を含む飲料(試料7-2)と同程度以下であること(試験前後での色調変化が小さいこと)が確認された。
【0205】
ここで、本試験に係る安定性試験で採用している「50℃」という温度は、一般的な室温である20℃で保管した場合に比べて約8倍速く化学反応が進行する熱虐待に相当する温度である。
以上の結果及び知見から、本発明に係る赤サツマイモ系統を原料とする色素組成物は、従来のサツマイモ色素と同様に熱に対する安定性に優れたアントシアニン系色素であることが示された。なお、当該耐熱性試験の結果と実施例6に係る耐光性試験の結果を併せて考察すると、本発明に係る赤サツマイモ色素が有する安定性に関する組成的特徴は、熱安定性よりも光安定性に大きく貢献していると認められた。
【0206】
【表14】
【0207】
【表15】
【0208】
[実施例8]『匂いに関する官能評価』
上記実施例にて調製した赤サツマイモ系統由来のアントシアニン系色素組成物について、匂いに関する評価を行った。
【0209】
実施例2にて調製した赤サツマイモ色素、実施例2にて調製した紫サツマイモ由来のアントシアニン系色素、及び実施例3に記載の市販の赤ダイコン色素を、30g容量の試料瓶に20gずつ充填し、各試料(試料8-1~試料8-3)を調製した。瓶中の試料から発せられる香気成分について、ブラインドによる官能評価を行った。結果を表16に示した。
【0210】
その結果、赤ダイコン色素を含む試料(試料8-3)では、ダイコン特有の硫黄臭が知覚されたところ、上記実施例にて製造した赤サツマイモ色素を含む試料(試料8-1)では、対照である紫サツマイモ色素を含む試料(試料8-2)と同様に匂いがほとんど知覚されず、良好な匂い特性を示した。
以上の結果から、本発明に係る赤サツマイモ色素は、匂いに関する特性が通常のサツマイモ色素と同様の良好な匂い特性を有するアントシアニン系色素組成物であることが確認された。この点、本発明に係る赤サツマイモ色素は、赤ダイコン色素の臭気特性に関する課題を根本的に克服した赤ダイコン色素と同色調のアントシアニン系色素組成物であると認められた。
【0211】
【表16】
【0212】
[実施例9]『飲食品として摂取した際の吸収特性に関する評価』
上記実施例にて調製した赤サツマイモ系統由来のアントシアニン系色素組成物について、In vitroでの腸管膜透過性試験により、飲食品として摂取した際の吸収特性を評価した。
【0213】
(1)「腸管膜透過性試験」
実施例2にて調製した赤サツマイモ色素について、HBSS緩衝液を用いて色価E10% 1cm値が5.0で且つpHが6.8±0.2となる検液を調製した。これを小腸吸収評価用の細胞アッセイキットであるPOCA(R)小腸吸収(CACO-2)(DSファーマバイオメディカル株式会社製)のCoca-2細胞シート管腔側に配置し、当該細胞シートの基底膜側の溶液を経時的に採取して分光光度計(V-560、日本分光株式会社製、測定セルの光路長1cm)を用いて吸光度測定を行った。当該吸光度測定は、赤サツマイモ色素の極大吸収波長を考慮して、波長500nmにて行った。
比較試験としては、前記赤サツマイモ色素の代わりに実施例2にて調製した紫サツマイモ色素を用い、測定波長として紫サツマイモ色素の極大吸収波長を考慮して530nmを採用したことを除いては、上記と同様にして試験を行った(図4)。
【0214】
その結果、上記実施例にて製造した赤サツマイモ色素(試料9-1)は、数時間の間に腸管膜細胞に急激に取り込まれて基底膜側に透過されることが示された。赤サツマイモ色素の腸管膜透過量は、従来技術であるアヤムラサキ由来の紫サツマイモ色素(試料9-2)と比較して、大幅に高い値であった。具体的には、赤サツマイモ色素の腸管膜透過量は、3時間経過時で紫サツマイモ色素の約2.1倍、6時間経過時では紫サツマイモ色素の約3.2倍に達していた。
【0215】
以上の結果から、本発明に係る赤サツマイモ色素は、飲食品として摂取した際の吸収特性に優れたアントシアニン系色素であることが明かになった。その吸収効率は、従来の紫サツマイモ色素よりも大幅に高い組成的性質を有するものと認められた。
【0216】
[実施例10]『サツマイモ搾汁液の調製』
上記実施例にて作出した鮮赤発色性に優れた新規サツマイモ系統の塊根を原料として用いて、アントシアニン系色素組成物であるサツマイモ搾汁液を調製した。
【0217】
(1)「サツマイモ搾汁液の調製」
上記作出系統である九州187号の塊根をブランチングし、加水してミキサーを用いて微細に粉砕した。次いで、糖化処理を行い、遠心分離により固液分離して上澄み液を回収した。回収液を減圧濃縮した後、Brix50°±5になるように濃縮溶液を調製した。これに70℃達温での加熱殺菌を行い小分けして、サツマイモ搾汁液を調製した。
比較試料として、前記九州187号の代わりに品種アヤムラサキを用いたこと以外は上記と同様にして、サツマイモ搾汁液を調製した。
【0218】
(2)「発色特性評価」
上記調製した搾汁液について、イオン交換水を用いてBrix10°に希釈した溶液を調製して、Hunter Lab表色系の3刺激値を測定して明度、彩度、及び色相を評価した。各値の測定及び算出は実施例3に記載の方法と同様にして行った(表17)。また、色調を目視観察した結果を図5に示した。
【0219】
その結果、調製した赤サツマイモ搾汁液(試料10-1)は、通常の紫サツマイモ搾汁液(試料10-2)と比較して、色相を示すa値及びb値がそれぞれ赤色側及び黄色側の値を示し、明度を示すL値及び彩度を示すCHROMA値も高い値を示した。また、赤サツマイモ搾汁液(試料10-1)のHUE値は8.9RP(JIS色相での紫味の赤に近い色調)を示し、紫サツマイモ搾汁液(試料10-2)の2.1RP(JIS色相での赤味の紫~赤紫の中間色調)とは大きく異なる色調を示した。また、目視観察においても、赤サツマイモ搾汁液(試料10-1)は明るく鮮やかな赤い色調を呈し、紫サツマイモ搾汁液(試料10-2)は暗い紫色調を呈した。
【0220】
【表17】
【0221】
(3)「食味に関する官能評価」
上記(1)にて調製したサツマイモ搾汁液について、パネラー10名によるブラインドによる食味官能評価を行った。結果を表18に示した。
その結果、赤サツマイモ搾汁液(試料10-1)は、サツマイモの甘味及び風味が紫サツマイモであるアヤムラサキ搾汁液(試料10-2)よりもやや少ないと感じられるところ、全体としては良好な食味であることが確認された。
【0222】
【表18】
【0223】
(4)「小括」
以上の結果から、本発明に係る赤サツマイモ系統の塊根を原料として搾汁液を製造することによって、通常の紫サツマイモ色素とは全く異なる鮮やかな赤色色調を呈するサツマイモ搾汁液を製造できることが示された。また、当該搾汁液は、喫食した際の風味も良好であることが示された。
【0224】
[実施例11]『サツマイモペーストの調製』
上記実施例にて作出した鮮赤発色性に優れた新規サツマイモ系統の塊根を原料として用いて、アントシアニン系色素組成物であるサツマイモペーストを調製した。
【0225】
(1)「サツマイモペーストの調製」
上記作出系統である九州187号の塊根を包丁にてスライスし蒸し器で蒸煮した。これをメッシュにゴムペラで押し付けて裏漉しすることで、サツマイモペーストを製造した。
比較試料として、前記九州187号の代わりに品種アヤムラサキを用いたこと以外は上記と同様にして、サツマイモペーストを調製した。
【0226】
(2)「発色特性評価」
上記調製したペーストについて、Hunter Lab表色系の3刺激値を測定して明度、彩度、及び色相を評価した。各値の測定及び算出は実施例3に記載の方法と同様にして行った(表19)。また、色調を目視観察した結果を図6に示した。
【0227】
その結果、調製した赤サツマイモペースト(試料11-1)は、通常の紫サツマイモペースト(試料11-2)と比較して、色相を示すa値及びb値がそれぞれ赤色側及び黄色側の値を示し、明度を示すL値及び彩度を示すCHROMA値も高い値を示した。また、赤サツマイモペースト(試料11-1)のHUE値は7.7RP(JIS色相での赤紫~紫味の赤の中間色調)を示し、紫サツマイモペースト(試料11-2)の9.9P(JIS色相での赤味の紫の色調)とは大きく異なる色調を示した。また、目視観察においても、赤サツマイモペースト(試料11-1)は明るく鮮やかな赤い色調を呈し、紫サツマイモペースト(試料11-2)は暗い紫色調を呈した。
【0228】
【表19】
【0229】
(3)「食味に関する官能評価」
上記(1)にて調製したサツマイモペーストについて、パネラー10名によるブラインドによる食味官能評価を行った。結果を表20に示した。
その結果、赤サツマイモペースト(試料11-1)は、サツマイモの甘味が紫サツマイモであるアヤムラサキペースト(試料11-2)よりもやや少ないと感じられるところ、舌触りや食感が良く全体としては良好な食味であることが確認された。
【0230】
【表20】
【0231】
(4)「小括」
以上の結果から、本発明に係る赤サツマイモ系統の塊根を原料としてペースト状の粘性固形物を製造することによって、通常の紫サツマイモ色素とは全く異なる鮮やかな赤色色調を呈するサツマイモペーストを製造できることが示された。また、当該ペーストは、喫食した際の風味も良好であることが示された。
【0232】
[実施例12]『サツマイモパウダーの調製』
上記実施例にて作出した鮮赤発色性に優れた新規サツマイモ系統の塊根を原料として用いて、アントシアニン系色素組成物であるサツマイモパウダーを調製した。
【0233】
(1)「サツマイモパウダーの調製」
実施例11で調製したサツマイモペーストを圧延してオーブンレンジで乾燥させた後、ミルで粉砕することでサツマイモパウダーを製造した。
比較試料として、前記九州187号のサツマイモペーストの代わりに品種アヤムラサキのサツマイモペーストを用いたこと以外は上記と同様にして、サツマイモパウダーを調製した。
【0234】
(2)「発色特性評価」
上記調製したパウダーについて、Hunter Lab表色系の3刺激値を測定して色相を評価した。各値の測定及び算出は実施例3に記載の方法と同様にして行った。結果を表21に示した。また、色調を目視観察した結果を図7に示した。
【0235】
その結果、調製した赤サツマイモパウダー(試料12-1)及び紫サツマイモパウダー(試料12-2)は、実施例11で製造したサツマイモペーストと同一の発色特性を示した。色調について詳しくは、赤サツマイモパウダー(試料12-1)のHUE値は7.7RP(JIS色相での赤紫~紫味の赤の中間色調)を示し、紫サツマイモパウダー(試料12-2)の9.9P(JIS色相での赤味の紫の色調)とは大きく異なる色調を示した。また、目視観察においても、赤サツマイモパウダー(試料12-1)は明るく鮮やかな赤い色調を呈し、紫サツマイモパウダー(試料12-2)は暗い紫色調を呈した。
【0236】
以上の結果から、本発明に係る赤サツマイモ系統の塊根を原料としてパウダー状の粉末物を製造することによって、通常の紫サツマイモ色素とは全く異なる鮮やかな赤色色調を呈するサツマイモパウダーが製造できることが示された。
【0237】
【表21】
【0238】
[実施例13]『ペラルゴニジン系アントシアニンの由来に関する解析』
実施例1に係る新規の赤サツマイモ系統の作出過程において、ペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する形質の由来に関する解析を行った。
【0239】
実施例1における九州187号の系統作出に用いた原品種及びその作出過程で生じた各系統について(図8参照)、塊根における色調観察及びアントシアニン色素の色素組成解析を行った。アントシアニン色素の解析は、実施例1に記載の方法と同様にして、各系統の植物体の塊根から抽出液を調製し、HPLC/MS分析に供することにより行った。
【0240】
その結果、原品種である九系89360-8及び九系294の交配から出現した塊根部が鮮やかな赤色を呈する個体を解析したところ、ペラルゴニジン系アントシアニンを含有する個体が当該世代の全個体の約12%の割合にて独立して出現していることが確認された。これらは、塊根の色調とも一致する結果であった。
また、当該原品種交配後の第1世代の選抜個体である九系06353-19、並びにその後代系統である九州187号では、ペラルゴニジン系アントシアニンを主たるアントシアニン色素として含有する系統であることが確認された。また、これらの系統の塊根色調は、鮮やかな赤色色調であることが確認された。
【0241】
以上の結果から、原品種である九系89360-8及び九系294は、ペラルゴニジン系アントシアニンを含まない色素組成であるところ、これら2系統の組み合わせの交配により得られる交配集団からは、ペラルゴニジン系アントシアニンを含有する個体が約12%の頻度にて出現することが確認された。通常のサツマイモ系統の交配では、このようなペラルゴニジン系アントシアニンを含む系統は出現しないことから、これらの原品種の組み合わせにより生じる遺伝的背景により、当該形質を発生させる作用機序が存在すると推測された。
また、ペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する形質は、その後代においても遺伝的に伝達される安定した形質であることが確認された。
【0242】
【表22】
【0243】
[実施例14]『アシル化修飾様式の由来に関する解析』
実施例1に係る新規の赤サツマイモ系統の作出過程において、ヒドロキシ桂皮酸類修飾型アントシアニンを高含有する形質の由来に関する解析を行った。
【0244】
実施例1における九州187号の系統作出に用いた原品種について(図8参照)、塊根におけるアントシアニン色素組成を解析した。アントシアニン色素の解析は、実施例1に記載の方法と同様にして、各系統の植物体の塊根から抽出液を調製し、HPLC/MS分析に供することにより行った。結果を表23に示した。
【0245】
その結果、原品種における九系89360-8のヒドロキシ桂皮酸修飾型のアントシアニンの比率は、全アントシアニン化合物の93.3%という高い値を示した。即ち、当該系統では、アシル化修飾としてヒドロキシ桂皮酸修飾率が高い修飾様式であることが示された。また、当該系統のアシル化修飾様式は、アントシアニンの一般構造式(I)のアシル化修飾部位であるRについて、カフェ酸でアシル化修飾されたアントシアニンを多く含むものであった。
一方、原品種である九系294のヒドロキシ桂皮酸修飾型のアントシアニンの比率も、全アントシアニン化合物の80.4%という高い値を示したが、そのアシル化修飾様式は交配後の作出系統である九州187号系統とは異なる傾向を示した。
【0246】
以上の結果から、本発明にて作出された赤サツマイモ系統のヒドロキシ桂皮酸類修飾型アントシアニンを高含有する形質は、原品種の一つである九系89360-8に由来する形質であると推察された。
なお、原品種である九系89360-8に、アントシアニン組成に関する当該アシル化修飾様式の遺伝的背景が存在することは、当該解析により初めて明らかになった知見である。
【0247】
【表23】
【0248】
[実施例15]『九州187号からの後代系統の作出』
実施例1にて作出された九州187号のペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する形質が、その後代系統においても保持される安定形質であるかを検証した。
【0249】
実施例1にて作出された九州187号と九系10302-25系統との交雑を行い、その後代より鮮赤発色性が更に強い個体を選抜して、九系14258-2を作出した。また、同様にして、九州187号と九系11184-10系統との交雑を行い、九系14259-13を作出した(図8参照)。
これらの塊根から抽出液を調製してHPLC/MS分析に供し、アントシアニン色素の組成的特徴を分析した。当該分析は実施例1と同様にして行った。結果を表24に示した。なお、当該表中には、実施例1での九州187号の測定結果も対比のために合わせて記載した。
【0250】
その結果、九州187号の後代集団から選抜した九系14258-2及び九系14259-13は、ペラルゴニジン系アントシアニン含有比率が九州187号よりも更に高い赤サツマイモ系統であることが示された。また、これらの後代系統では、九州187号と同様に、アシル化修飾としてヒドロキシ桂皮酸修飾率が高い修飾様式であることが示された。また、これらの系統のアシル化修飾様式では、アントシアニンの一般構造式(I)のアシル化修飾部位であるRについて、カフェ酸でアシル化修飾されたアントシアニンを多く含む系統であった。
【0251】
以上の結果から、実施例1で用いた原品種2系統の交配により作出した赤サツマイモ系統の後代集団においては、塊根の赤色色調が強い個体を選抜することによって、ペラルゴニジン系アントシアニン含有比率が高く(例えば85%以上、特には91%以上)且つヒドロキシ桂皮酸修飾率が高い(例えば73%以上、特には87%以上の)系統を作出できることが示された。
このことから、実施例1で用いた原品種2系統の交配により作出した赤サツマイモ系統のペラルゴニジン系アントシアニンを主要色素として高含有する新規形質は、その後代においても遺伝的に安定して伝達される形質であることが示された。
【0252】
【表24】
【0253】
[検討例1]『RSWP系統との対比』
特許文献1にて開示されているペラルゴニジン系アントシアニン含有系統である「RSWP」系統に関して、当該文献の開示情報を検討して本発明に係る作出系統との対比を行った。
【0254】
(1)「ペラルゴニジン系アントシアニン含量」
本発明に係る作出系統である九州187号は、ペラルゴニジン系アントシアニンが全アントシアニン化合物ピーク面積の約85%を占めることから、ペラルゴニジン系アントシアニンを高含有する系統であると認められた。
それに対して、特許文献1実施例1の段落0084には、RSWP系統のペラルゴニジン系アントシアニン含量は、全アントシアニン化合物に対して58mоl%に過ぎないことが記載されていた。この点、アグリコンであるアントシアニジン(ペラルゴニジン、シアニジン、及びペオニジン)の種類の相違によってアントシアニン化合物の全体の分子量に大きな差異が生じない点、並びに、サツマイモでは当該アントシアニジンの相違によってアシル化修飾様式に実質的な差異が生じない点(実施例1参照)を考慮すると、全アントシアニン化合物に対して58mоl%という値は、全アントシアニン化合物に対する含量比(ピーク面積比)に換算しても70%に及ばない値と認められた。
【0255】
(2)「アシル化の修飾様式」
本発明に係る作出系統である九州187号は、ヒドロキシ桂皮酸類で修飾されたアントシアニン化合物のピーク面積が全アントシアニン化合物ピーク面積の約87%を占めることから、ヒドロキシ桂皮酸類修飾アントシアニンを高含有する系統であると認められた。特に、構造式(I)について、R部位がヒドロキシ桂皮酸類であるカフェ酸でアシル化された修飾様式E~Hのアントシアニン化合物が全アントシアニン化合物ピーク面積の約80%を占める組成的特徴を有すると認められた。また、九州187号では、別のフェノール酸類修飾基であるヒドロキシ安息香酸類で修飾されたアントシアニン化合物のピーク面積の割合が少なく、全アントシアニン化合物ピーク面積の約24%に過ぎないと認められた。
【0256】
それに対して、特許文献1の実施例1~3及びFig.1に記載の吸光度520nmでのHPLCクロマトグラムを精査したところ、RSWP系統では、アントシアニンの一般構造式(I)のRがヒドロキシ安息香酸類でアシル化された修飾様式Bのアントシアニン化合物が主要成分であり、R部位がヒドロキシ桂皮酸類であるカフェ酸でアシル化された修飾様式E~Hのアントシアニン化合物のピーク面積は、全ピークに対して少ない割合であると認められた。また、R部位がヒドロキシ桂皮酸類でアシル化された修飾様式C及びDのピーク量は、これよりも更に少ないと認められた。
【0257】
【表25】
【0258】
(3)「小括」
上記の対比結果から、特許文献1にて開示されているペラルゴニジン系アントシアニン含有系統であるRSWP系統は、アントシアニン色素組成物のアシル化修飾様式が九州187号と大きく異なり、ヒドロキシ安息香酸修飾型のアントシアニンを主要ピークとして高含有し、安定性向上に寄与するヒドロキシ桂皮酸類修飾型のアントシアニンの含量が少ない組成的特徴を有するサツマイモ系統であると認められた。
また、特許文献1のRSWP系統は、本発明に係る作出系統の九州187号と比較してペラルゴニジン系アントシアニンの含量が十分に高くない系統であると認められた。この点、RSWP系統の色調が紫みのある赤色である点とも一致する結果と認められた。
【符号の説明】
【0259】
1: 修飾様式Aのアントシアニンを示すピーク
2: 修飾様式Bのアントシアニンを示すピーク
3: 修飾様式Cのアントシアニンを示すピーク
4: 修飾様式Dのアントシアニンを示すピーク
5: 修飾様式Eのアントシアニンを示すピーク
6: 修飾様式Fのアントシアニンを示すピーク
7: 修飾様式Gのアントシアニンを示すピーク
8: 修飾様式Hのアントシアニンを示すピーク
【受託番号】
【0260】
FERM BP-22363
FERM BP-22364
FERM BP-22365
図1
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図8