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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-17
(45)【発行日】2024-04-25
(54)【発明の名称】荷電粒子源、荷電粒子線装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/065 20060101AFI20240418BHJP
   H01J 37/06 20060101ALI20240418BHJP
   H01J 37/073 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
H01J37/065
H01J37/06 A
H01J37/073
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2023028436
(22)【出願日】2023-02-27
(62)【分割の表示】P 2020558718の分割
【原出願日】2018-12-05
(65)【公開番号】P2023062203
(43)【公開日】2023-05-02
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 真大
(72)【発明者】
【氏名】本田 和広
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表昭60-501581(JP,A)
【文献】特開平04-357654(JP,A)
【文献】特開平07-105834(JP,A)
【文献】特開平08-036981(JP,A)
【文献】特開平09-283068(JP,A)
【文献】特開2003-007195(JP,A)
【文献】特開2005-339922(JP,A)
【文献】特表2014-512069(JP,A)
【文献】米国特許第09633815(US,B1)
【文献】国際公開第2010/070837(WO,A1)
【文献】Xiuyuan Shao et al.,A Review Paper on "Graphene Field Emission for Electron Microscopy",Preprints,スイス,Preprints.org,2018年05月09日,preprints201805.0142.v1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/065
H01J 37/06
H01J 37/073
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子を放出する荷電粒子源であって、
先端から荷電粒子を放出するエミッタを備え、
前記エミッタは、針部の先端に球面を取り付けた形状を有しており、
前記針部と前記球面の交点を前記球面の中心と結ぶ直線が、前記荷電粒子の光軸との間でなす角度は、90°超であり、
前記球面の表面上の第1位置と前記中心との間の距離は、前記交点と前記中心との間の距離と等しく、
前記針部は、前記エミッタの先端に向かって先細る形状を有しており、
前記針部の外側面と前記荷電粒子の光軸がなす角度は、5°以下である
ことを特徴とする荷電粒子源。
【請求項2】
荷電粒子を放出する荷電粒子源であって、
先端から荷電粒子を放出するエミッタを備え、
前記エミッタは、針部の先端に球面を取り付けた形状を有しており、
前記針部と前記球面の交点を前記球面の中心と結ぶ直線が、前記荷電粒子の光軸との間でなす角度は、90°超であり、
前記球面の表面上の第1位置と前記中心との間の距離は、前記交点と前記中心との間の距離と等しく、
前記エミッタは、タングステン単結晶で形成されており、
前記タングステン単結晶の<100>方位となる軸方位は、前記荷電粒子の光軸とみなす
ことを特徴とする荷電粒子源。
【請求項3】
前記球面の半径は1μm以上であることを特徴とする請求項1からのいずれか1項記載の荷電粒子源。
【請求項4】
前記エミッタの先端は、前記荷電粒子の光軸に対して垂直な第1平坦面を有するとともに、前記荷電粒子の光軸に対して平行な第2平坦面を複数有する
ことを特徴とする請求項1からのいずれか1項記載の荷電粒子源。
【請求項5】
荷電粒子源と、開口を有する引出電極を備え、
前記荷電粒子源は、
先端から荷電粒子を放出するエミッタを備え、
前記エミッタは、針部の先端に球面を取り付けた形状を有しており、
前記針部と前記球面の交点を前記球面の中心と結ぶ直線が、前記荷電粒子の光軸との間でなす角度は、90°超であり、
前記球面の表面上の第1位置と前記中心との間の距離は、前記交点と前記中心との間の距離と等しく、
前記エミッタの先端は、前記荷電粒子の光軸に対して垂直な第1平坦面を有するとともに、前記荷電粒子の光軸に対して平行な第2平坦面を複数有し、
前記第1平坦面から放出された第1荷電粒子は前記開口を通過し、前記第2平坦面から放出された第2荷電粒子は前記引出電極に衝突するように、前記引出電極に電圧が印加される
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項6】
前記第2平坦面は、前記光軸に対して直交する第1直線と直交するように形成されているとともに、前記光軸と前記第1直線それぞれに対して直交する第2直線と直交するように形成されている
ことを特徴とする請求項記載の荷電粒子源。
【請求項7】
前記エミッタは、前記第1位置から前記荷電粒子を、第1範囲を有する第1軌道で放出し、前記球面の表面上の第2位置から前記荷電粒子を、第2範囲を有する第2軌道で放出し、
前記第1位置から放出される前記荷電粒子の仮想陰極面と前記第1位置との間の距離は、前記第2位置から放出される前記荷電粒子の仮想陰極面と前記第2位置との間の距離と等しい、
ことを特徴とする請求項1からのいずれか1項記載の荷電粒子源。
【請求項8】
前記荷電粒子源は、熱電界放射型電子放出源であることを特徴とする請求項1からのいずれか1項記載の荷電粒子源。
【請求項9】
前記エミッタの先端近傍に形成される等電位面は、前記球面の中心よりも前記エミッタの先端側の領域において、前記球面の表面形状と平行である
ことを特徴とする請求項1からのいずれか1項記載の荷電粒子源。
【請求項10】
前記荷電粒子の光軸と前記球面の交点における第1電界は、第1電界強度を有し、
前記球面上の前記光軸と前記球面の交点以外の位置における第2電界は、第2電界強度を有し、
前記第1電界強度は前記第2電界強度よりも大きい
ことを特徴とする請求項1からのいずれか1項記載の荷電粒子源。
【請求項11】
荷電粒子を放出する荷電粒子源であって、
先端から荷電粒子を放出するエミッタを備え、
前記エミッタは、針部の先端に球面を取り付けた形状を有しており、
前記針部と前記球面の交点を前記球面の中心と結ぶ直線が、前記荷電粒子の光軸との間でなす角度は、90°超であり、
前記球面の表面上の第1位置と前記中心との間の距離は、前記交点と前記中心との間の距離と等しく、
前記針部は、前記荷電粒子の光軸と平行な形状を有する
ことを特徴とする荷電粒子源。
【請求項12】
荷電粒子を放出する荷電粒子源であって、
先端から荷電粒子を放出するエミッタを備え、
前記エミッタは、針部の先端に球面を取り付けた形状を有しており、
前記針部と前記球面の交点を前記球面の中心と結ぶ直線が、前記荷電粒子の光軸との間でなす角度は、90°超であり、
前記球面の表面上の第1位置と前記中心との間の距離は、前記交点と前記中心との間の距離と等しく、
前記針部は、前記エミッタの先端に向かって次第に太くなる形状を有している
ことを特徴とする荷電粒子源。
【請求項13】
請求項1から、1、または1記載の荷電粒子源を備えたことを特徴とする荷電粒子線装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子を放出する荷電粒子源に関する。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子源は、例えば走査電子顕微鏡(SEM)のような荷電粒子線装置において用いられている。SEMは、集束した電子ビームを試料上で走査させることによって得られる画像を用いて、試料形状の測定や検査を実施する装置である。昨今の半導体デバイスの複雑化や微細化にともない、特に半導体デバイス検査用のSEMにおいては、高分解能、測定や検査のスループット向上、などの要望が強くなっている。高電流密度条件においてSEMの検査感度や測長能力を向上させるためには、電子源から放出される粒子のエネルギー幅を狭くすること、電子源径を縮小すること、が有効である。
【0003】
下記特許文献1は、『比較的角電流密度の高い使用において、従来に比べ余剰電流および引き出し電圧の増大を抑制でき、しかもエネルギー幅を抑制した電子源を提供する。』ことを課題として、『軸方位が<100>方位の高融点金属の単結晶からなるニードルに前記高融点金属の仕事関数を低減するための元素の供給源を設けてなる電子源であって、前記ニードル先端の先鋭部が、円錐部(A)と、前記円錐部(A)に続く円柱部(B)と、前記円柱部(B)に続き、最先端部が球状の円錐部(C)とからなる形状であって、しかも円錐部(A)の円錐角(θ)が25度以下であり、かつ円錐部(C)先端の球状部の曲率半径(r)が1.0~2.5μmであり、かつ円錐部(A)と円柱部(B)の境界から円錐部(C)の先端までの距離(L)に対する円錐部(C)先端の球状部の曲率半径(r)の比(r/L)が0.1~0.3であることを特徴とする電子源。』という技術を記載している(要約参照)。
【0004】
下記特許文献2は、『本発明では、高輝度で狭エネルギー幅の電子放出素子および電子銃を実現することを目的とする。さらに、該電子放出素子および電子銃を搭載した、高輝度かつ高分解能の電子顕微鏡および電子線描画装置を実現することを目的とする。』ことを課題として、『炭素を主成分とするチューブ状物質を用いた電子放出素子では、その閉構造領域の五員環近傍から電子が放出されると考えられる。五員環間隔を広げて、空間電子反発によるエネルギー分散効果を低減するためには太径のチューブが必要である。本発明では、キャップ構造の力学的歪みを低減することにより、安定な構造の太径チューブ構造を実現する。』という技術を開示している(要約参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-339922号公報
【文献】特開2008-305597号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、電子源が円錐部と円柱部を有するように構成することにより、高電流密度条件において粒子のエネルギー幅を小さくすることを図っている。他方で同文献の電子源形状は、球面部と円柱部の交点近傍においてエミッタ形状が非連続となるので、電子源の中心軸から離軸した位置における電界は不均一である。この離軸位置から電子が放出されると、不均一な電界強度が射出電子に対して収差として作用し、電子源径が増大してしまう。電子源径が増えることはビーム径が増えることにつながるので、空間解像度が低下する。すなわち同文献記載の電子源は、粒子のエネルギー幅は狭くなるものの、特に高電流密度条件において、SEMの検査感度や測長能力の低下を防ぐことは困難である。
【0007】
特許文献2は、カーボンナノチューブを電子源として用いる場合において、チューブの構造を安定化させる手法を記載している。しかし同文献においては、電子源近傍の電界については特段考慮していない。したがって同文献記載の技術により、SEMの検査感度や測長能力の低下を防ぐことができるか否かは必ずしも明らかではない。
【0008】
本発明は、上記のような課題に鑑みてなされたものであり、高角電流密度条件においても、放出される荷電粒子ビームのエネルギー分散が小さく、小さい光源径であっても安定して大きな荷電粒子電流を得ることができる荷電粒子源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る荷電粒子源は、荷電粒子が出射する仮想陰極面が球面形状を有しており、エミッタ先端表面の第1位置から放出される荷電粒子の仮想陰極面と、前記エミッタ先端表面の第2位置から放出される荷電粒子の仮想陰極面とが一致する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る荷電粒子源によれば、エミッタ先端近傍における電界強度分布が広い範囲にわたって一様となる。これにより、放出される荷電粒子ビームのエネルギー分散が小さく抑えるとともに、小さい光源径であっても安定して大きな荷電粒子電流を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】従来の荷電粒子源1が有する先端形状の1例を示す側面図である。
図1B図1Aに示す荷電粒子源1の近傍における電界強度分布を示す図である。
図2A】従来の荷電粒子源1が有する先端形状の別例を示す側面図である。
図2B図2Aの形状例において仰角αを90度とした場合における電界強度分布を示す図である。
図3】実施形態1に係る荷電粒子源1が有する先端形状を示す側面図である。
図4】実施形態1に係る荷電粒子源1の近傍における電界強度分布を示す図である。
図5】荷電粒子源1の表面における電界強度のシミュレーション結果を示す。
図6】電子のエネルギー幅(ΔE)と球面4の半径Rとの間の対応関係を示すグラフである。
図7】実施形態3に係る荷電粒子源1が有する先端形状を示す図である。
図8】引出電極20近傍の放出荷電粒子軌道を示す図である。
図9】荷電粒子源1を備えた荷電粒子線装置100の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<従来の荷電粒子源について>
図1Aは、従来の荷電粒子源1が有する先端形状の1例を示す側面図である。荷電粒子源1は、エミッタ針7の先端に球面形状の先端部を有する。先端部は中心点5を中心として半径Rを有する。エミッタ針7の稜線と先端部球面との間の交点9は、光軸3に対して仰角αを有する位置にある。エミッタ針7の稜線と光軸3との間の角度θをコーン角と呼ぶ場合もある。エミッタ針7の先端部に熱または高電界が印可されると、電子が光軸3の方向に放出される。
【0013】
従来の荷電粒子源1においては、仰角αが90度よりも小さいので、後述するように先端部近傍の電界強度分布が一様ではない。特に交点9の近傍に近づくにつれて電界強度分布が不均一となる。その結果、光軸3から離れた個所から放出される電子は、いわゆる近軸軌道に乗らず、軸外収差を受けることになる。これにより荷電粒子ビームの光源径が増大することになるので、荷電粒子ビームの空間解像度が低下する。軸外収差を小さくするためには、荷電粒子ビームの取り込み角(後述)を小さくする必要があるが、その場合は大きな荷電粒子電流を得ることができない。荷電粒子ビーム取り込み角が小さくても、角電流密度が大きければ大電流を得ることができるが、小さい取り込み角度で角電流密度を上げると放出される荷電粒子ビームのエネルギー分散が大きくなってしまう。
【0014】
図1Aのような先端形状は以下の課題もある:(a)エミッタ先端近傍における電界強度分布が不均一であること、(b)先端形状が均一である領域が小さいので先端形状が熱力学的に不安定となり容易に先端形状が変化すること、などの原因により、放出される荷電粒子の特性が不安定となってしまう。
【0015】
特に半導体検査用SEMにおいては、検査速度向上の解決策として電子ビームの高速走査が有効である。良質な画像を得るためには荷電粒子源を高角電流密度条件で動作させることが求められる。しかし高角電流密度条件においては、上述の理由により電子ビームのエネルギー幅が拡がるとともに光源径が増大するので、SEMの空間分解能が低下し、検査感度や寸法測定能力が低下することが課題となっている。
【0016】
図1Bは、図1Aに示す荷電粒子源1の近傍における電界強度分布を示す図である。荷電粒子源1の先端近傍には、図示しない引出電極によって生じた電界が生じている。電界の強度と分布は等電位面16によって表される。仰角αが90度よりも小さいので、交点9における球面の接線13が光軸3と交差することになる。このような形状においては、球面4近傍の電界強度分布が不均一となってしまう。等電位面16が球面4やエミッタ針7と平行でないことがこれを表している。
【0017】
図1Bにおいて、球面4の表面上における荷電粒子ビームの放出点S1~S3を例示した。各放出点からの荷電粒子ビームはそれぞれ軌道17を有する。軌道17の稜線の交点は、幾何学的にその位置から荷電粒子が放出されたとみなすことができる。この仮想的な放出点を仮想陰極面10と呼ぶ。図1Bのような先端形状においては、仮想陰極面10が光軸3に対して垂直な方向に伸びた楕円面形状となる。そうすると、放出点S1と仮想陰極面10との間の距離、放出点S2と仮想陰極面10との間の距離、放出点S3と仮想陰極面との間の距離は、それぞれ互いに異なることになるので、放出点S1~S3は等価ではない。放出点S1とS2のように近接している放出点同士は近似的に等価とみなすことができるものの、そのようにみなすことができる範囲はごくわずかである。したがって荷電粒子ビームの特性を等価とみなすことができる許容仰角βも小さい。
【0018】
仮想陰極面10の中心に平面状の仮想光源11が配置されていると仮定する。荷電粒子源1の下流側(荷電粒子源1と試料との間の空間)には、荷電粒子ビームを絞り込むための開口板が設けられている。球面4の表面上の各位置から荷電粒子ビームが放出されているが、開口を調整して取り込み角を絞り込むことにより、試料に対して照射する荷電粒子ビームを絞ることができる。取り込む(開口板を通過させる)荷電粒子ビームの軌道17の稜線を仮想光源11まで延伸したとき、取り込み角に応じて仮想光源11の両端(すなわち仮想光源11のサイズ)が定まる。大きな荷電粒子電流を得るために取り込み角を広く取ると(例えば図1Bの放出点S3からの荷電粒子ビームを取り込む)、仮想光源11のサイズが大きくなる。光源サイズが大きくなることは荷電粒子ビームの空間解像度が低下することを意味する。
【0019】
図2Aは、従来の荷電粒子源1が有する先端形状の別例を示す側面図である。図2Aにおいて、エミッタ先端部は球面部と平坦部(または円柱部)に分かれている。平坦部とエミッタ針7は交点9’で交わる。仰角αは図1Aと同じである。図2Aの荷電粒子源1は、電子放出動作としては図1Aと同じであるが、エミッタ先端部周辺における電界強度分布が図1Aとは異なるので、電子放出特性も図1Aとは異なる。
【0020】
図2Bは、図2Aの形状例において仰角αを90度とした場合における電界強度分布を示す図である。仰角αを90度とした場合、接線13は光軸3と平行となる。この場合であっても、特に交点9’近傍において、等電位面16が示しているように電界強度分布が不均一となる。また仮想陰極面10も図1Bと同様に球面ではなく楕円面形状となる。したがって図2Bにおいても同様の課題が生じる。
【0021】
<実施の形態1>
図3は、本発明の実施形態1に係る荷電粒子源1が有する先端形状を示す側面図である。図3において、エミッタ針7の稜線と球面4が交わる交点9は、仰角αが90度超となる位置に配置されている。その他の構成は図1Aと同様である。
【0022】
図4は、本実施形態1に係る荷電粒子源1の近傍における電界強度分布を示す図である。図4において、等電位面16の形状は、交点9の近傍においても比較的一様である。換言すると、等電位面16が球面4と平行な領域が、図1B図2Bよりも広い。少なくとも中心点5よりも先端側の領域においては、等電位面16が球面4と平行である。これは仰角αが90度超であることにより、交点9がエミッタ先端からより離れた位置に配置されることになり、球面4近傍の電界とエミッタ針7近傍の電界との間の干渉が弱まったことによると考えられる。
【0023】
放出点S1の仮想陰極面が放出点S2の仮想陰極面と等しい場合、S1とS2は等価といえる。S3についても同様である。この条件は、放出点S1~S3における電界強度が一様である(等電位面16が球面4と平行である)とき成立する。したがって、交点9を放出点S1~S3からできる限り離す(仰角αをできる限り大きくする)ことにより、等価とみなすことができる放出点をより広く確保することができるので、許容仰角βをより大きくすることができる。また仮想陰極面10を球面とみなすことができる範囲もより広くなる。
【0024】
許容仰角βの範囲は、以下のように説明することができる。接線13と光軸3との間の角度はα-90度となる。交点9近傍で電界の不均一が発生しなければ、中心点5から見てα-90度の角度にある放出点から放出される荷電粒子は放出点S1から放出される荷電粒子と等価といえる。実際には、交点9近傍において電界がやや不均一となるので、S1と等価な放出点の角度がα-90度と厳密に一致することはない。しかし、仰角αを90度よりも大きくするほど、S1と等価とみなせる放出点の範囲が広くなるので、許容仰角βも大きくなる。
【0025】
許容仰角βが大きいと、荷電粒子ビームの取り込み角を大きくすることができる。仮想陰極面10が球面とみなすことができる放出点の範囲が広いからである(図4のS1~S3は等価とみなすことができる)。したがって仮想光源11のサイズを抑制しつつ、大きな荷電粒子電流を得ることができる。
【0026】
図5は、荷電粒子源1の表面における電界強度のシミュレーション結果を示す。球面4上の測定位置19において電界を測定したと仮定する。中心点5と測定位置19を結ぶ直線が光軸3との間で形成する角度γを、離軸角と呼ぶ。図5上段の横軸は離軸角γを表し、縦軸は正規化した電界強度を表す。α<90度は従来の荷電粒子源に相当する。この場合、離軸角γが大きくなるのにしたがって電界強度が急激に大きくなっていることがわかる。これに対して本実施形態1に対応するα>90度の場合、離軸角γが大きくなると電界強度はわずかに低下するが、その変化量は小さいことがわかる。したがってエミッタ先端近傍の電界が均一とみなすことができる範囲が従来よりも広いといえる。
【0027】
<実施の形態1:まとめ>
本実施形態1に係る荷電粒子源1は、球面4表面上の放出点S1~S3それぞれの仮想陰極面10が一致している。これにより、等価とみなすことができる荷電粒子放出点の範囲を広く確保することができるので、仮想光源11のサイズを抑制しつつ大きな荷電粒子電流を得ることができる。また大電流を得るために角電流密度を大きくする必要はないので、荷電粒子ビームのエネルギー幅を抑制することができる。
【0028】
本実施形態1に係る荷電粒子源1は、エミッタ先端近傍の電界強度分布が均一である領域が広く(図5で説明したように球面4表面上の電界が同一とみなすことができる離軸角γが大きい)、エミッタ先端の球面領域が大きいので、エミッタ先端の形状が熱力学的に安定する。これにより、荷電粒子源1から放出される荷電粒子の特性も安定する利点がある。
【0029】
<実施の形態2>
図6は、電子のエネルギー幅(ΔE)と球面4の半径Rとの間の対応関係を示すグラフである。ここでは荷電粒子源1が電子ビームを放出するものとし、角電流密度は400μA/srとした。荷電粒子源1の構造は実施形態1と同様であるが、本実施形態2においては半径Rの好適な範囲について検討する。
【0030】
従来、高分解能観察SEMにおいては小電流で荷電粒子ビームを細く絞っているので、角電流密度は小さくて足り、概略150μA/sr以下である。高スループットを得るために大電流を得るのであれば、角電流密度を上げる必要がある。しかしながら、角電流密度を大きくしていくとエネルギー分散が増加してしまう。図6に示すように、半径Rが大きくなるにしたがって、ΔEは小さくなるので、半径Rをある程度大きくすることが望ましい。
【0031】
従来のSEMにおいては、角電流密度が150μA/srのときエネルギー分散ΔEが例えば0.6~0.7eVとなるように制御されている。図6によれば、角電流密度を400μA/srとしたときであっても従来と同程度のエネルギー分散ΔEを得るためには、半径Rを概ね1μm以上にすることが必要であることが分かる。エミッタ先端の球面4の半径Rをこの範囲に調整することにより、高角電流密度においてもエネルギー幅の広がりを抑制することができる。
【0032】
<実施の形態3>
図7は、本発明の実施形態3に係る荷電粒子源1が有する先端形状を示す図である。図7上段は側面図、図7下段は正面図である。本実施形態3に係る荷電粒子源1は、実施形態1で説明した形状に加えて、球面4上に5つのファセット(平坦面)を有する。ファセット18-1は光軸3に対して垂直に形成されている。ファセット18-2と18-4は光軸3に対して垂直な第1直線(図7下段の上下線)に対して垂直に形成されている。ファセット18-3と18-5は光軸3と第1直線の双方に対して垂直な第2直線(図7下段の左右線)に対して垂直に形成されている。光軸3の方向は、例えばエミッタ針7がタングステン単結晶によって形成されているとき、結晶学的に<100>の方位となる軸方位とみなすことができる。
【0033】
図8は、引出電極20近傍の放出荷電粒子軌道を示す図である。引出電極20に対して電圧を印加すると、ファセット18-1~18-5それぞれから荷電粒子が放出される。ファセット18-1から放出される荷電粒子は、主に引出電極20が有する光軸3上の穴を通過して試料へ向かう。ファセット18-2~18-5から放出される荷電粒子は、主に引出電極20に対して衝突する。
【0034】
引出電極20周辺の雰囲気ガスなどが引出電極20に付着すると、荷電粒子線装置100が動作しているときこれが引出電極20から放出され、荷電粒子源1周辺の真空度が低下して動作を阻害する場合がある。これにより例えば荷電粒子ビームの特性に対して影響を与える可能性がある。ファセット18-2~18-5から放出される荷電粒子を引出電極20に当てることにより、この付着ガスの放出を促すことができる。すなわち荷電粒子源1周辺を速やかに高真空状態へ戻すことができる。したがって荷電粒子源1の動作が安定する利点がある。
【0035】
ファセット18-2~18-5は光軸3から離れた位置に配置されており、かつ光軸3に対して直交する方向に向いているので、ファセット18-2~18-5から放出された荷電粒子はその大部分が光軸3から離れた位置において引出電極20に衝突する。したがって荷電粒子衝突により引出電極20から2次電子が発生したとしても、その2次電子は光軸3上の穴を通過して試料側へ向かうことはない。すなわち、その2次電子に起因する観察画像のバックグランドノイズを抑制することができる。
【0036】
<実施の形態4>
図9は、荷電粒子源1を備えた荷電粒子線装置100の構成図である。荷電粒子線装置100は例えば走査電子顕微鏡として構成することができる。荷電粒子源1は実施形態1~3いずれかで説明したものである。荷電粒子源1から引出電極20によって引き出された荷電粒子ビームは、対物レンズ24によって集束され、試料25に対して照射される。対物レンズ24と引出電極20の間には中間レンズ22が配置される。中間レンズ22は、試料25に照射される荷電粒子ビームの電流量や試料25上における荷電粒子ビームの開き角などを制御するために用いられる。偏向器21と23はそれぞれ荷電粒子ビームを偏向させる。
【0037】
本実施形態4に係る荷電粒子線装置100は、荷電粒子源1の作用により、荷電粒子ビームのエネルギー幅を抑制しつつ大電流を得ることができる。また荷電粒子ビームの特性も安定している。
【0038】
<本発明の変形例について>
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0039】
本発明に係る荷電粒子源1は、例えば集束イオンビーム装置におけるイオン源や走査電子顕微鏡における電子源として用いることができる。荷電粒子源1は、熱電界放射型電子放出源として構成することもできるし、冷陰極電子源として構成することもできる。
【0040】
コーン角θが大きくなると、交点9近傍において、球面4の電位とエミッタ針7の稜線部分の電位が互いに干渉して電界強度分布が一様でなくなる。したがってコーン角θはできる限り小さいほうが望ましい。概ねθ≦5度とすることが好適である。θ=0度(すなわちエミッタ針7の稜線部分が光軸3と平行)であってもよい。さらには、θ<0度(すなわちエミッタ針7が先端に向かって次第に太くなる形状)であってもよい。
【符号の説明】
【0041】
1:荷電粒子源
3:光軸
4:球面
5:中心点
7:エミッタ針
9:交点
10:仮想陰極面
11:仮想光源
13:接線
16:等電位面
17:軌道
20:引出電極
100:荷電粒子線装置
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9