(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-18
(45)【発行日】2024-04-26
(54)【発明の名称】脂質膜構造体の表面修飾材
(51)【国際特許分類】
A61K 9/127 20060101AFI20240419BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20240419BHJP
C08F 30/02 20060101ALI20240419BHJP
【FI】
A61K9/127
A61K47/32
C08F30/02
(21)【出願番号】P 2019137439
(22)【出願日】2019-07-26
【審査請求日】2022-07-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度 国立研究開発法人科学技術振興機構、センターオブイノベーション事業、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの。
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】寺村 裕治
(72)【発明者】
【氏名】井上 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】石原 一彦
【審査官】佐藤 のぞみ
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-239988(JP,A)
【文献】特開昭61-129190(JP,A)
【文献】国際公開第2008/011812(WO,A1)
【文献】特開平11-080187(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0002609(US,A1)
【文献】特開2009-145049(JP,A)
【文献】国際公開第2018/150429(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/256722(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 30/00-30/10
C08F 20/00-20/70
A61K 9/00-9/72
A61K 47/00-47/69
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)からなる重合体を結合してなるPMPC脂質であって、当該脂質が1,2-dipalmitoyl-sn-glycerol (DPG)であ
る、前記PMPC脂質。
【請求項2】
下記式(1)のポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)(PMPC)を結合してなる請求項1に記載のPMPC脂質。
【化1】
(式(1)中、Xは官能基、nは10以上150以下の整数)
【請求項3】
請求項1または2に記載のPMPC脂質を構成脂質として含む脂質膜構造体。
【請求項4】
リポソームであることを特徴とする請求項3に記載の脂質膜構造体。
【請求項5】
生体膜であることを特徴とする請求項3に記載の脂質膜構造体。
【請求項6】
前記生体膜が細胞膜であることを特徴とする請求項5に記載の脂質膜構造体。
【請求項7】
請求項1または2に記載のPMPC脂質を含有する脂質膜構造体修飾剤。
【請求項8】
前記脂質膜が細胞膜であることを特徴とする請求項7に記載の脂質膜構造体修飾剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質膜構造体を修飾するための材料および当該材料で修飾した脂質膜構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質膜構造体の1種であるリポソームは、薬物と複合化させることができ、薬物投与による薬物の毒性を減少させるなど薬物動態を調節する機能を有しており、ヒトへの投与において利用価値の高い担体の1つである。しかしながら、リポソームは、血中投与した際に肝臓や脾臓などの細網内皮系(reticuloendothelial system:RES)にある貪食細胞によって捕捉され、長時間血中に滞留させることが困難であった。
【0003】
RESによるリポソームの取り込みを回避し、血中において長時間滞留させるため、Poly(ethylene glycol)(PEG)化した脂質(PEG脂質)をリポソームに導入し、リポソーム表面を立体的に安定化する方法が提唱された(非特許文献1)。リポソーム表面に親水性ポリマー(PEGなど)が存在すると、その表面に水の膜が形成され、リポソームに対するオプソニンの吸着を低減し、単核食細胞系(mononuclear phagocyte system:MPS)による捕捉の程度が減少する(非特許文献2)。リポソームが血中に長時間滞留することができれば、腫瘍や炎症部位への薬剤のターゲティングも可能となる。現在、長時間血中滞留型のリポソーム製剤、例えば、Doxil(登録商標)などがいくつか市販されている。このように、PEG化されたリポソームは、生体内投与した場合でも好ましい長時間の血中滞留が期待できる。
【0004】
しかし、近年になり、PEG脂質を抗原とする抗体が産生されることがわかり、その結果、PEG化リポソームの2回以上の反復投与においては、投与後直ちに血中から排出されることが明らかとなってきた(非特許文献3)。この現象は、ABC(accelerated blood clearance)効果と呼ばれ、反復投与のためのPEG化リポソーム製剤の開発にとって大きな問題となっている。
【0005】
PEG化したリポソームの担体としての有用性に鑑み、ABC効果の改善が進められている一方、PEG脂質以外のリポソーム表面修飾材の開発も進められている(非特許文献4)。しかしながら、現状において、PEG脂質以外の修飾材はほとんど使用されておらず、利用性の高いリポソーム表面修飾材の開発が待たれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Klibanovら, FEBS Lett. 268:235-237 1990
【文献】Seniorら, Biochim. Biophys. Acta 1062:77-82 1991
【文献】Ishidaら, J. Controlled Release 105:305-317 2005
【文献】AllenおよびCullis, Adv. Drug. Deliv. Rev. 65:36-48 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記事情に鑑み、本発明は、PEG脂質以外の脂質膜構造体の表面修飾材および当該修飾材を含む脂質膜構造体の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、生体適合性が高いとされるポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)(poly(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine):PMPC)(Ishiharaら, J Biomater Sci Polym Ed 28:884-899 2017)を結合した脂質をリポソームの脂質二重膜を構成脂質として含むリポソームを作製したところ、数ヶ月後まで高い分散安定度を示し、PMPCで修飾したリポソームは凝集しにくいことが確認された。
本発明は上記知見に基づいて完成された。
【0009】
すなわち、本発明の以下の(1)~(6)である
(1)2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)からなる重合体を結合してなるPMPC脂質。
(2)下記式(1)のポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)(PMPC)を結合してなる上記(1)に記載のPMPC脂質。
(3)上記(1)または(2)に記載のPMPC脂質を構成脂質として含む脂質膜構造体。
(4)リポソームであることを特徴とする上記(3)に記載の脂質膜構造体。
(5)生体膜であることを特徴とする上記(3)に記載の脂質膜構造体。
(6)上記(1)または(2)に記載のPMPC脂質を含有する脂質膜構造体修飾剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、生体適合性および分散安定度の高い脂質膜構造体を製造することができる。そのため、本発明にかかるPMPC脂質を含んでなるリポソーム製剤の血中滞留時間を大幅に延長することが可能である。
【0011】
また、本発明にかかるPMPC脂質には所望の官能基を導入することができるため、当該PMPCを脂質構成要素として使用することで、所望の官能基で修飾した膜構造体を製造することができる(すなわち、脂質構造体表面の修飾剤としての用途を有する)。
【0012】
さらに、本発明にかかるPMPC脂質は、生体内の脂質構造体を修飾することができるため、例えば、細胞膜などの生体膜に所望の官能基を結合させたPMPC脂質を導入することで、生体膜の修飾をすることができる(すなわち、生体膜の修飾剤としての用途を有する)。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】1,2-dipalmitoyl-sn-glycerol (DPG)-PMPC(10, 20,50, 100)で修飾したリポソームの解析結果。作製した直後のリポソームの粒径(Liposome size)、PDI(polydispersity index)およびゼータ電位(zeta potential)を測定した結果を示す。コントロールとして、無修飾のリポソームおよびPEG修飾のリポソームについても同様に測定を行った。
【
図2】DPG-PMPC(10, 20,50, 100)で修飾したリポソームの解析結果。作製してから1ヶ月後のリポソームの粒径(Liposome size)、PDI(polydispersity index)およびゼータ電位(zeta potential)を測定した結果を示す。コントロールとして、無修飾のリポソームおよびPEG修飾のリポソームについても同様に測定を行った。
【
図3】DPG-PMPC(10, 20,50, 100)で修飾したリポソームの解析結果。作製してから3ヶ月後のリポソームの粒径(Liposome size)、PDI(polydispersity index)およびゼータ電位(zeta potential)を測定した結果を示す。コントロールとして、無修飾のリポソームおよびPEG修飾のリポソームについても同様に測定を行った。
【
図4】1,2-distearoyl-sn-glycerol (DSG)-PMPC(10, 20,50, 100)で修飾したリポソームの解析結果。作製した直後のリポソームの粒径(Liposome size)、PDI(polydispersity index)およびゼータ電位(zeta potential)を測定した結果を示す。コントロールとして、無修飾のリポソームついても同様に測定を行った。
【
図5】DSG-PMPC(10, 20,50, 100)で修飾したリポソームの解析結果。作製してから1ヶ月後のリポソームの粒径(Liposome size)、PDI(polydispersity index)およびゼータ電位(zeta potential)を測定した結果を示す。コントロールとして、無修飾のリポソームについても同様に測定を行った。
【
図6】DSG-PMPC(10, 20,50, 100)で修飾したリポソームの解析結果。作製してから3ヶ月後のリポソームの粒径(Liposome size)、PDI(polydispersity index)およびゼータ電位(zeta potential)を測定した結果を示す。コントロールとして、無修飾のリポソームについても同様に測定を行った。
【
図7】本発明のPMPC脂質を含む蛍光標識リポソームの作製と基板への吸着実験。PMPC脂質(DSG-PMPC:PMPC10、PMPC20、PMPC50、PMPC100)を含むリポソーム、無修飾リポソームおよびPEG修飾リポソームの基板(アミノ基を有する自己組織化単分子膜が表面に形成された基板)への吸着試験を行った結果を示す。
【
図8】本発明のフルオレセインで蛍光標識されたPMPC脂質で修飾した細胞の共焦点レーザー顕微鏡による観察結果。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の第1の実施形態は、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine:MPC)からなる重合体を結合してなるPMPC(ポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)(poly(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine):PMPC))脂質(以下「本発明のPMPC脂質」とも記載する)である。
より具体的には、本発明のPMPC脂質は、下記の式(1)で表されるPMPCが結合した構造(式(2)参照)を持つ脂質である。
【化1】
【化2】
式(1)および(2)中、Xは官能基、Yは脂質部分である。nは10以上300以下の整数、好ましくは10以上200以下の整数、より好ましくは、10以上150以下の整数である。
【0015】
本発明のPMPC脂質の脂質部分は、単純脂質、複合脂質および誘導脂質など、いかなる脂質であってもよい。より具体的には、脂質の種類としては、例えば、アシルグリセロール、リン脂質、糖脂質、ステロール、長鎖脂肪酸、長鎖脂肪族アルコールまたはグリセリン脂肪酸エステルなどを挙げることができる。
【0016】
アシルグリセロールとしては、例えば、ジオレオイルグリセロール、ジラウロイルグリセロール、ジミリストイルグリセロール、ジパルミトイルグリセロールおよびジステアロイルグリセロールなどを挙げることができる。
リン脂質としては、例えば、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジラウロイルホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリンおよびジステアロイルホスファチジルコリンなどのホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルグリセロール、ジラウロイルホスファチジルグリセロール、ジミリストイルホスファチジルグリセロール、ジパルミトイルホスファチジルグリセロールおよびジステアロイルホスファチジルグリセロールなどのホスファチジルグリセロール、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン、ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミンなどのホスファチジルグリセロール、ジオレオイルグリセロフォスフォエタノールアミン、ホスファチジルイノシトールなどを挙げることができる。
また、糖脂質としては、スフィンゴミエリン、ジグリコシルグリセリドおよびジガラクトシルジグリセリドなどのグリセロ脂質、ガラクトシルセレブロシドおよびガングリオシドなどのスフィンゴ糖脂質などを挙げることができる。
【0017】
ステロールとしては、例えば、コレステロール、ジヒドロコレステロール、ラノステロール、スチグマステロールおよびシトステロールなどを挙げることができる。
長鎖脂肪酸または長鎖脂肪族アルコールとしては、炭素数10~20の脂肪酸またはそのアルコールを挙げることができ、具体的には、例えば、パルミチン酸、ステアリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンダデシル酸、パルミトレイン酸などの脂肪酸、オレイルアルコール、ステアリルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコールなどの脂肪族アルコールを挙げることができる。
【0018】
本発明のPMPC脂質は、脂質部分に対し、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine:MPC)をモノマーとして重合させることにより合成することができる。ここで、MPCに対して少量の任意のモノマー成分が含まれていても良い。重合反応は、付加重合反応から選択できる任意の方法により実施することができる。例えば、重合方法として、リビングラジカル重合法の1つである原子移動ラジカル重合(Atom Transfer Radical Polymerization:ATRP)法などにより実施することができる。ここで使用する開始剤としては、活性化剤が定常的に再生する開始剤(Initiators for Continuous Activator Regeneration:ICAR)、電子移動により生成する活性化剤(Activators Generated by Electron Transfer:AGET)、電子移動により再生する活性化剤(Activators ReGenerated by Electron Transfer:ARGET)が該当する。また、グリセロール骨格に限らず、飽和型あるいは不飽和型のアルキル鎖を有する化合物が利用できる。
ATRP法で重合反応を実施する場合、開始基として、例えば、α-ブロモ-イソブチル基、クロロメチル基、N-クロロスルホンアミド基などが、金属触媒として、例えば、臭化銅、塩化銅、ヨウ化銅などの金属銅が、配位子としては、窒素を含む配位子が好ましく、特に、ATRP平衡定数が大きいもの、例えば、TPMA(Tris(2-pyridylmethyl)amine)、Me6TREN(Tris[2-(dimethylamino)ethyl]amine)、Me4cyclam(1,4,8,11-tetramethyl- 1,4,8,11-tetraazacyclotetradecane)などが使用できる。
以下、脂質部分がアシルグリセロールである下記式(3)のPMPC脂質について、説明する。
【0019】
【0020】
【化4】
ここでは、原子移動ラジカル重合法による合成について説明する。重合の開始剤を作製するために、ジアシルグリセロースにα-ブロモ-イソブチルブロマイドを添加し、ジシクロメタン/TEA中で反応後、反応物をヘキサン中に添加して沈殿に回収し、水で洗浄後、精製し、真空乾燥して、開始剤を得ることができる(スキーム1)。
【0021】
【化5】
開始剤および2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを、CuBr2、L(+)アスコルビン酸およびトリス(2-ピリジルメチル)アミンを含むメタノール/ジオキサン中に添加し、アルゴン雰囲気下にて、40℃、24時間程度、重合反応を行う(スキーム2)。反応温度は、15℃から45℃の範囲で利用可能である。また、反応時間は、24時間以内でも可能である。CuBr2以外に、ヨウ化銅など金属銅が使用可能である。また、トリス(2-ピリジルメチル)アミン以外にも、窒素を含む配位子が使用でき、トリス[2-(ジメチルアミノ)エチル]アミンや1,4,8,11-tetramethyl-1,4,8,11-tetraazacyclotetradecaneなどが利用できる。
【0022】
【化6】
重合反応後、反応物をエーテルで沈殿させ、得られた沈殿を純水に溶解し、透析後、凍結乾燥させ、目的のPMPC脂質を得ることができる(スキーム3)。
【0023】
本発明のPMPC脂質は、上記式(3)の「X」に所望の官能基を導入することができる。例えば、「X」の位置に臭素、塩素、アジド基、アミノ基、カルボキシル基、水酸基、チオール基、反応性の置換基を導入しておくことで、例えば、蛍光標識化合物(例えば、蛍光タンパク質など)、ペプチド、タンパク質、核酸、多糖類などを容易に導入することができる(Ishiharaら, React. Funct. Polymers 119 125-133 2017)。
【0024】
本発明の第2の実施形態は、本発明のPMPC脂質を構成脂質として含む脂質膜構造体(以下「本発明の脂質膜構造体」とも記載する)である。
ここで「脂質膜」とは、脂質を主たる構成成分とする膜のことであり、脂質分子が疎水性部分同士を会合させて二層に並んで形成する脂質二重層、あるいは脂質二重層を基本構造として数回積層されている多層からなるものでもよく、疎水性部分を内部または外側に向けて形成する脂質一重層からなるものであってもよい。
また、本発明の脂質膜構造体は、いかなるものであってもよく、特に限定はしないが、例えば、人工的に調製した、例えば、リポソームなどであってもよく、天然に存在する脂質膜構造体、例えば、生体膜(例えば、細胞膜(原形質膜)や、リソソーム膜、小胞体膜、ミトコンドリア内膜・外膜、ゴルジ体膜などの細胞内小器官)などであってもよい。
上述の通り、本発明のPMPC脂質は、脂質膜構造体に取り込まれることで、脂質膜構造体表面を修飾することができる。従って、本発明のPMPC脂質を含有する剤は、脂質膜構造体の修飾剤としての用途を有している。
【0025】
本発明の脂質構造体は、所望の脂質と本発明のPMPC脂質を使用して、周知の方法によって製造することができる。そのような方法として、特に限定はしないが、例えば、水和法、超音波処理法、エタノール注入法、エーテル注入法、逆相蒸発法、界面活性剤法、凍結・融解法などを挙げることができる。
【0026】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数も含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0027】
1.長鎖アルキル基を有する原子移動ラジカル重合開始剤の合成
前出のスキーム1に従い、1,2-dimyristoyl-sn-glycerol (DMG)、1,2-dipalmitoyl-sn-glycerol (DPG)および1,2-distearoyl-sn-glycerol (DSG)と2-bromoisobutyryl bromide (BIBB)を反応させることで、鎖長の異なる長鎖アルキル基を有する3種類の原子移動ラジカル重合(ATRP)開始剤(それぞれDMG-Br、DPG-BrおよびDSG-Br)を合成した。
ナスフラスコにスターラーチップを入れ、500 mgの各長鎖アルキルグリセロールを量り取り(DMG:0.98 mmol、DPG:0.88 mmol、DSG:0.80 mmol)、4.0 mLのジクロロメタンに溶解させ、1.1等量のtriethylamine(TEA、101.19)(DMGの合成時:110 mg、DPG:98.0 mg、DSG:89.0 mg)を加えた。1.0等量のBIBB(DMGの合成時:230 mg、DPG:200 mg、DSG:180 mg)を1.0 mLのジクロロメタンに溶解させた溶液を、室温でナスフラスコ内に滴下し、一晩攪拌した。ナスフラスコ内に過剰量のヘキサンを加え、氷上で1時間静置することで、生成した塩および未反応の長鎖アルキルグリセロールを析出させ、吸引濾過により、これらの析出物を除去した。得られた有機層を10 mmol/Lの塩酸水(200 mL)および飽和NaCl水(200 mLを2回)で洗浄した。得られた有機層に無水硫酸マグネシウムを加え、一時間静置することで水分を完全に除去した。吸引濾過により沈殿物を除去した後、エバポレーターを用いて濃縮し、減圧下に静置することにより、残留溶媒を完全に除去した。NMR測定による構造解析により、得られた物質がDMG-Br、DPG-BrおよびDSG-Br であることを同定した。DMG-Brは白色ろう状、DPG-BrおよびDSG-Brは白色固体であった。収率はどれもおよそ60%程度であり、純度はすべて100%であった。
得られたDMG-Br、DPG-BrおよびDSG-Brは、NMRにより構造式の確認を行った。下記表1にDMG-Br、DPG-BrおよびDSG-BrのNMRデータを示す。
【0028】
【0029】
2.末端に長鎖アルキル基を有するリン脂質ポリマーの合成
前出のスキーム2および3に従い、合成したATRP開始剤を用いたactivators regenerated by electron transfer (ARGET)型のATRPにより、末端に長鎖アルキル基を有するリン脂質ポリマー(poly(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine (MPC)) (PMPC)脂質)を合成した。
モノマーとしてMPCを、開始剤としてDMG-Br、DPG-BrまたはDSG-Brを、金属触媒として臭化銅(II) (CuBr2)を、配位子としてtris(2-pyridylmethyl)amine (TPMA)を、還元剤としてascorbic acid (Asc)を用いた。MPCを重合管に300 mg量り取り、1.7 mLのメタノールと1,4-ジオキサンの混合溶媒(3/2 by volume)に溶解させ、モノマー濃度を0.5 mol/Lとした。また、重合開始剤、CuBr2、TPMAおよびAcsを、重合開始剤 / CuBr2 / TPMA / ascorbic acid = 1 / 0.01 / 0.1 / 1.0のモル比となるように添加した。ここで、重合度を制御するため、MPCと重合開始剤のモル比を10、20、50および100とした。具体的には、重合開始剤の質量は、DMG-PMPC10-Br:66.2 mg、DMG-PMPC20-Br:33.1 mg、DMG-PMPC50-Br:13.2 mg、DMG-PMPC100-Br:6.6 mg、DPG-PMPC10-Br:71.8 mg、DPG-PMPC20-Br:35.9 mg、DPG-PMPC50-Br:14.4 mg、DPG-PMPC100-Br:7.2 mg、DPG-PMPC10-Br:77.4 mg、DPG-PMPC20-Br:38.7 mg、DPG-PMPC50-Br:15.5 mg、DPG-PMPC100-Br:7.7 mgであり、CuBr2、TPMAおよびAcsの質量は開始剤の種類に関係なく、モノマーと重合開始剤の比で決まり、モノマー/重合開始剤が10の時、CuBr2:0.22 mg、TPMA:2.9 mg、Acs:17.6 mg、20の時、CuBr2:0.11 mg、TPMA:1.5 mg、Acs:8.8 mg、50の時、CuBr2:0.045 mg、TPMA:0.58 mg、Acs:3.5 mg、100の時、CuBr2:0.022 mg、TPMA:0.29 mg、Acs:1.8 mgである。アルゴンバブリングにより溶存酸素を除去し、栓をした後、40℃で24時間攪拌し、重合反応を進行させた。
得られた各PMPC脂質はNMRにより構造式の確認を行った。
表2、表3および表4に、各々、DMG-PMPC(10、20、50、100)、DPG-PMPC(10、20、50、100)およびDSG-PMPC(10、20、50、100)を示す。
【0030】
【0031】
【0032】
【0033】
3.PMPC脂質末端への蛍光分子の導入
下記スキーム4および5に従い、上記手法で合成したPMPC脂質の末端に、クリック反応によってフルオレセイン分子を導入した。
【化7】
【化8】
【0034】
プロパルギル基を有するフルオレセイン(Prop-F)は、以下に示す手法で合成した。50 mLのナスフラスコに118 mgのFITCを秤量し、22 mLのTHFに溶解させた。そこに、プロパルギルアミンを73 L加え、室温で24時間攪拌した。エバポレーターを用いて、THFおよび未反応のプロパルギルアミンを取り除き、減圧下にてこれらを完全に除去した。NMR測定による構造解析により、得られた橙色固体がprop-Fであることを同定した。収率は90%程度、純度は100%であった。
7.8 mgのアジ化ナトリウム(NaN3)を0.4 mLのメタノールに溶解させることで、300 mmol/Lの濃度の溶液を作製し、これを上記2.で示した重合直後の溶液に、終濃度が50 mmol/Lになるようにアルゴン雰囲気下で添加し、再び蓋をして、40℃で24時間攪拌した。析出した沈澱物を遠心分離により除去した後、上清をジメチルホルムアミドで再沈澱した。沈澱物をジエチルエーテルで洗浄し、減圧乾燥することで淡黄色固体を得た。FT-IR測定による構造解析により、得られた淡黄色固体が末端にアジド基を有するPMPC脂質(N3-PMPC-脂質)であることを同定した。
【0035】
N3-PMPC-脂質を10 mol秤量し、CuSO4・5H2Oを2.0 mmol/Lの濃度で含む0.5 mLのメタノールに溶解させた。ここに、prop-Fを25 mmol/Lの濃度で含む0.4 mLのDMSO溶液およびアスコルビン酸ナトリウムを100 mmol/Lの濃度で含む0.1 mLの純水溶液をこの順で添加し、室温で一晩攪拌した。反応溶液を、20 mLのジエチルエーテルに滴下し、ポリマーを沈澱させた。上清をデカンテーションし、DMSOで十分洗浄した後、純水に溶解させて所定日数透析した。得られた溶液を凍結乾燥することで、橙色固体を得た。FT-IR測定による構造解析により、得られた固体が末端にフルオレセインを有するPMPC脂質であることを同定した。
【0036】
4.ポリマーの構造解析
上記2.で得られた重合溶液100 Lを重メタノール500 Lで希釈しNMR測定用のサンプルを作製した。積算回数16回でNMR測定を行い、重合溶液内に含まれるモノマーとポリマーの比から、モノマー転化率を算出した。上記2.で得られたポリマーの分子量を、10 mmol/Lの濃度でsodium trifluoroacetic acidを含むHFIPを溶離液としたGPC測定により見積もった。標準試料としてpoly(methyl methacrylate) (Shodex, Tokyo, Japan)を、カラムとしてHFIP-804 (Shodex, Tokyo, Japan)を用いた。流速は0.5 mL/min、温度は40℃とした。
【0037】
5.DPH(1,6-diphenyl-1,3,5-hexatriene)法により臨界ミセル濃度の測定
得られたPMPC脂質(DMG-PMPC、DPG-PMPC、DSG-PMPC)をPBSに溶解し、10、1、0.1、0.01、0.001、0.0001、0.00001mg/mLの溶液を調製した。DPHをTHFに溶解し30μMの溶液を調製した。このDPH溶液を、PMPC脂質(DMG-PMPC、DPG-PMPC、DSG-PMPC)PBS溶液(1mL)に対して、1μLずつ添加して混合した後、遮光下で、37℃で2時間インキュベートした。その後、それぞれのPMPC脂質溶液の蛍光強度を測定した(FP spectrophotometer (FP8500, Jasco, Tokyo, Japan))(励起波長:357nm、蛍光波長:430nm)。
【0038】
6.ミセルの粒径測定
PMPC脂質(DMG-PMPC、DPG-PMPC、DSG-PMPC)を1mg/mLとなるようにPBSに溶解し、Zetasizer nano ZS (Malvern Instruments Co., Ltd., Worcestershire, U.K.)を用いて、サイズを測定した。結果を表5に示す。
【表5】
【0039】
7.リポソーム作製
DPPC(dipalmitoyl phosphatidylcholine)とコレステロールを基本的なリポソームの構成脂質とした。そこに、PMPC脂質(DPG-PMPC、DSG-PMPC)を添加して、PMPC脂質で修飾したリポソーム(PMPC修飾リポソーム)を作製し、実験に使用した。DPPC(10mg)とコレステロール(5.3 mg)に対して、DPG-PMPC(10, 20,50, 100)をそれぞれ、1.0mg、1.9mg、4.3mg、8.4mgを混合して、エタノールに溶解させた。その後、ロータリーエバポレータで、エタノールを減圧留去した。その後、全脂質濃度が10mg/mLとなるようにPBSを添加して、スターラーバーを入れて室温で3時間撹拌した後、エクストリュージョン法によりリポソームの粒径を制御し、リポソームを作製した。エクストルーダーは、Avanti社から購入し、使用したフィルター孔径は、0.8μm, 0.45μm, 0.22μm, 0.1μm(Avanti社)である。無修飾のDPPCとコレステロールのみから構成されるリポソームも用意した。また、PEG修飾したリポソームとして、DPPC(10mg)とコレステロール(5.3 mg)に対して、PEG(5k)-DPPE(1.6mg)を混合して、同様の操作で作成した。
【0040】
Zetasizer nano ZS (Malvern Instruments Co., Ltd., Worcestershire, U.K)を用いたDLS法により、リポソームの粒径を測定した。また、PBS溶液中で、1ヶ月、3ヶ月間保存し(4℃)、粒径を測定し、長期安定性試験を行った(
図1~3)。
作製直後において、DPG-PMPC脂質を導入したリポソームは、凝集抑制が可能になり、低いPDI(多分散指数)を示した(PEG修飾リポソームと同じ程度)(
図1)。DPG-PMPC脂質を導入したリポソームは、1ヶ月後も凝集せず、ほぼPDIは変化しせず、高い分散安定度を保っていた。1ヶ月後から3ヶ月後にかけて、PDIが、0.1から0.2までわずかに上昇し、粒径も少し増加傾向にあるもののPMPC修飾リポソームは安定に分散していた(PEG修飾リポソームと同程度)(
図3)。
さらに、DSG-PMPCを用いたリポソーム作製と粒径測定も同様に行った(
図4~6)。なお仕込みに関しては次の通りである。DPPC(10mg)とコレステロール(5.3 mg)に対して、DSG―PMPC(10, 20,50, 100)をそれぞれ、1.1mg、2.1mg、4.6mg、9.2mgを混合し、リポソームを測定した。リポソームの作製については、上述した通り、Extruderを利用して作製した(フィルター孔径は、0.8μm, 0.45μm, 0.22μm, 0.1μm)。
DSG-PMPC10では、PDIが、1ヶ月後から3ヶ月後にかけて、0.16から0.25までわずかに上昇しており、粒径が若干増加していたものの、安定に分散していた(10%程度)(
図5および
図6)。DSG-PMPC20、50、100では、PDIが、1ヶ月後から3ヶ月後にかけて、0.10から0.14までしか上昇しておらず、リポソームの凝集が起きていないことが示され、粒径もほぼ同じであった(
図5および
図6)。
【0041】
8.蛍光標識リポソームの作製と基板への吸着実験
DPPCとコレステロールを基本的なリポソームの構成脂質とした。そこに、PMPC脂質(DSG-PMPC)を添加して、PMPC脂質で修飾したリポソームを作製し、実験に使用した。DPPC(10mg)とコレステロール(5.3 mg)に対して、DSG-PMPC(10, 20,50, 100)をそれぞれ、1.1mg、2.1mg、4.6mg、9.2mgを混合して、エタノールに溶解させた。その後、ロータリーエバポレータで、エタノールを減圧留去した。無修飾のリポソームも用意した。また、PEG修飾したリポソームとして、DPPC(10mg)とコレステロール(5.3 mg)に対して、PEG-DPPE(1.6mg)を混合して、作成した。
その後、カルボキシフルオレセイン水溶液(0.5 mM)を添加して(全脂質濃度:10mg/mL)、スターラーバーを入れて室温で3時間撹拌した後、エクストリュージョン法によりリポソームの粒径を制御し、リポソームを作製した。使用したフィルターは、前項に記載の通りである。このリポソーム懸濁液を、超遠心分離(25000rpm 60 min 4 ℃)により2回洗浄し、未封入のカルボキシフルオレセインを分離し、蛍光標識したリポソームを作成した。
次に、11-amino-1-undecanthiol, hydrochlorideのエタノール溶液(1mM)中に、金蒸着基板を浸せきした後(12時間(室温))、エタノールで洗浄し、アミノ基を表面に有する自己組織化単分子膜(NH2-SAM)を作成した。その基板へ対して、リポソーム懸濁液(脂質濃度:5mg/mL)を添加し、室温で1時間インキュベートした。その後、PBSで洗浄して、蛍光顕微鏡(IX83, Olympus, Tokyo, Japan)で観察した。得られた画像を、ImageJで解析し、蛍光強度を算出した。
その結果、無修飾リポソームでは、基板へ吸着したのに対して、PMPC修飾リポソームでは、どのサンプルも吸着が抑制され、PEG修飾リポソームと同程度であった。この結果から、PMPCによるコーティング効果が実証された。
【0042】
9.細胞
フルオレセイン標識されたPMPC脂質を5.0 mg/mLの濃度でリン酸緩衝溶液(PBS)に溶解させた。6.0×10
5 cells/mLの濃度に培養したCCRF-CEM懸濁液100 Lをエッペンドルフチューブに採取し、150 gで遠心し上澄みを破棄することでCCRF-CEMを回収した。そこに上記のポリマー溶液50 Lを加えて、30分間接触させた。その後、細胞懸濁液を遠心して上澄みを破棄し、沈殿した細胞を100 LのPBSに懸濁させることで洗浄した。溶液内の細胞の様子を、共焦点レーザー顕微鏡(LSM510, Carl Zeiss Microscopy Co., Ltd., Jena Germany)で観察した。
その結果、細胞表面が蛍光標識されていることが確認できた(
図8)。従って、本発明のPMPC脂質は、リポソームのような人工的な脂質膜構造体のみならず、天然に存在する細胞膜のような生体膜の修飾も可能であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、生体適合性の高いPMPCで修飾した膜構造体を提供する。従って、リポソーム製剤などの調製に使用することが可能で、創薬、医療分野における利用が期待される。