(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-18
(45)【発行日】2024-04-26
(54)【発明の名称】アッセイ用カートリッジデバイス
(51)【国際特許分類】
G01N 35/08 20060101AFI20240419BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20240419BHJP
【FI】
G01N35/08 A
G01N37/00 101
(21)【出願番号】P 2020556139
(86)(22)【出願日】2019-11-13
(86)【国際出願番号】 JP2019044544
(87)【国際公開番号】W WO2020100943
(87)【国際公開日】2020-05-22
【審査請求日】2022-11-02
(31)【優先権主張番号】P 2018213368
(32)【優先日】2018-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度 農林水産省、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】照月 大悟
(72)【発明者】
【氏名】光野 秀文
(72)【発明者】
【氏名】神崎 亮平
【審査官】松岡 智也
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-215164(JP,A)
【文献】特開2006-346671(JP,A)
【文献】特開2008-142578(JP,A)
【文献】特開2009-264964(JP,A)
【文献】特開2009-068952(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0009911(US,A1)
【文献】特表2014-519611(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 35/00-37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料を注入するための注入開口部、
特定量の液体試料を貯留するための検出用チャンバー部、
液体試料を排出するための排出開口部、
前記注入開口部と前記検出用チャンバー部を連結する第1流路、及び
前記検出用チャンバー部と前記排出開口部を連結する第2流路、
を備え、
前記第1流路が、前記注入開口部からの前記液体試料の進行方向に対してL字型様の屈曲構造をなしており、
前記第1流路が、前記検出用チャンバー部に向かって径が拡径する拡径部を有しており、
前記第2流路が、前記検出用チャンバー部からの前記液体試料の進行方向に対して逆L字型様の屈曲構造をなしており、
前記第1流路及び前記第2流路の横断面の形状が角丸矩形又は長円であること
を特徴とするアッセイ用カートリッジデバイス。
【請求項2】
前記第1流路の拡径部が、前記L字型様の屈曲構造における前記カートリッジデバイスの長手方向に平行な領域に存在し、かつ前記検出用チャンバー部に向かって流路の左右幅が広くなる逆テーパー形状を有する、
請求項1に記載のカートリッジデバイス。
【請求項3】
前記第2流路が、前記排出開口部に向かって径が縮径する縮径部を有する、請求項1
又は2に記載のカートリッジデバイス。
【請求項4】
前記第2流路の縮径部が、前記逆L字型様の屈曲構造における前記カートリッジデバイスの長手方向に平行な領域に存在し、かつ前記検出用チャンバー部から離れる従って流路の左右幅が狭くなるテーパー形状を有する、
請求項3に記載のカートリッジデバイス。
【請求項5】
前記第1流路のL字型様の屈曲構造及び前記第2流路の逆L字型様の屈曲構造における内角が、それぞれ独立に90~160度の範囲である、請求項1~
4のいずれかに記載のカートリッジデバイス。
【請求項6】
前記第1流路及び第2流路における高さ方向の径サイズが、直径0.6~1.5mmの範囲である、請求項1~
5のいずれかに記載のカートリッジデバイス。
【請求項7】
前記検出用チャンバー部の底部に着脱可能な基板が接合されている、請求項1~
6のいずれかに記載のカートリッジデバイス。
【請求項8】
前記検出用チャンバー部の上方が開放又は密閉されている、請求項1~
7のいずれかに記載のカートリッジデバイス。
【請求項9】
前記検出用チャンバー部の上方が板状部材により密閉されており、当該板状部材の下面に弾性部材が挿入されている、
請求項8に記載のカートリッジデバイス。
【請求項10】
請求項1~
9に記載のカートリッジデバイス、
前記カートリッジデバイスの注入開口部に接続された送液装置、
前記カートリッジデバイスの排出開口部に接続された排液手段、及び
前記カートリッジデバイスの検出用チャンバー部の上方に設けられた検出手段、
を備えるアッセイシステム。
【請求項11】
前記カートリッジデバイスの注入開口部から注入される液体試料の流量が、0.1~5ml/minである、
請求項10に記載のアッセイシステム。
【請求項12】
前記カートリッジデバイスの検出用チャンバー部の底部に着脱可能な基板が接合されており、当該基板上に細胞又はタンパク質が修飾されている、請求項
10又は
11に記載のアッセイシステム。
【請求項13】
前記カートリッジデバイスの注入開口部から供給される液体試料中に含まれる化学物質の存在を検出するための、請求項
10~
12のいずれかに記載のアッセイシステム。
【請求項14】
前記化学物質が臭気物質である、
請求項13に記載のアッセイシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アッセイ用カートリッジデバイス、より詳細には、液体試料中の被検出物質をアッセイするために好適な測定領域と潅流用の流路を備えたカートリッジデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、μ-TAS (Micro Total Analysis System)技術を用いた微小な空間における生体応答測定や化学分析等の開発が盛んである。μ-TAS技術は、マイクロメートルサイズの微小な流路を有するデバイス(マイクロ流路デバイス)に測定対象である液体サンプルを潅流しながら、その応答を蛍光発光等の光学的応答などによってリアルタイムで検出することを特徴とする。
【0003】
このようなマイクロ流路デバイスでは、通常の分析機器と比べて使用するサンプルの量を低容量化でき、マイクロリットルまたはピコリットルと極めて微量なサンプル量で測定を行うことができる。また、測定サンプルの微量化による反応時間の短縮が可能である。一方で、マイクロ流路デバイスへの液体サンプルの注入や交換の際に系内に気泡が混入する場合があり、かかる気泡の発生は、送液の不安定化や、応答ノイズまたは誤差の原因となるおそれがあった。
【0004】
これに対し、マイクロ流路デバイス中の流路をポリジメチルシロキサン(PDMS)のようなポリマー材料で構築し、種々の気泡除去構造を設けることが試みられているがPDMS製のマイクロ流路は、フォトリソグラフィー技術に基づくため作製プロセスの時間的及び費用的コストが高いという課題があった。また、マイクロ流路デバイス内への液体の供給部に脱気機能を有する液体貯留部を設置し、これにより導入管を通す液体中に混在する気泡を捕捉し、マイクロ流路デバイス流路内に気泡が流入することを防ぐ技術も提案されているが(特許文献1)、液体貯留部で液量が増加し、液体サンプルが希釈される可能性があり、また、流路構造は単純な円筒のものに限定される等の課題があった。同様に、マイクロ流路内に気泡捕捉部を設ける構造とすることも提案されているが(特許文献2)、流路内の構造が複雑化するだけなく、必ずしもこれだけは気泡除去の機能が十分とはいえなかった。
【0005】
一方、本願発明者らは、臭気物質等の化学物質を検出対象とし、マイクロ流路デバイス内のチャンバー領域に検出対象と反応性を示す昆虫嗅覚受容体を発現した昆虫由来の培養細胞(センサ細胞)を固定化し、その反応を蛍光顕微鏡等の手段で応答を観測するアッセイシステムを開発している。しかしながら、蛍光顕微鏡等を用いるシステムでは、励起光の直上、直下、もしくは周辺を気泡が通過すると、測定結果に重大な影響を与え、測定が中断させる問題があり、さらに、気泡によってセンサ細胞が剥離する等の問題も発生する。
【0006】
特に、臭気物質のような低濃度の化学物質を検出対象とする場合には、意図的に臭気物質を含む液体サンプルの前後に気泡による空間を設けて臭気物質の拡散を抑制する必要があり、大きな気泡が繰り返し流路や細胞格納容器を通過するため、意図せぬ気泡の混入が大きな問題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-163939号公報
【文献】特開2015-166707号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、アッセイに必要な測定領域と潅流用のマイクロ流路を備えた一体型カートリッジであって、別途脱気装置等を設けることなく、簡易に気泡侵入を防止可能な流路構造を有し、かつ高流量と均一な潅流を達成可能なアッセイ用カートリッジデバイスを提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、測定領域であるチャンバー部と連結する流路をL字型様の屈曲構造とし、かつ流路の断面構造を角丸矩形又は長円とすることで、かかる課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。また、流路の径を漸次的に拡大又は拡張させる構造とすることで、さらに好ましい高流量と均一な潅流が得られることも見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1>液体試料を注入するための注入開口部、特定量の液体試料を貯留するための検出用チャンバー部、液体試料を排出するための排出開口部、前記注入開口部と前記検出用チャンバー部を連結する第1流路、及び前記検出用チャンバー部と前記排出開口部を連結する第2流路、を備え、前記第1流路が、前記注入開口部からの前記液体試料の進行方向に対してL字型様の屈曲構造をなしており、前記第2流路が、前記検出用チャンバー部からの前記液体試料の進行方向に対して逆L字型様の屈曲構造をなしており、前記第1流路及び前記第2流路の横断面の形状が角丸矩形又は長円であることを特徴とするアッセイ用カートリッジデバイス;
<2>前記第1流路が、前記検出用チャンバー部に向かって径が拡径する拡径部を有する、上記<1>に記載のカートリッジデバイス;
<3>前記第1流路の拡径部が、前記L字型様の屈曲構造における前記カートリッジデバイスの長手方向に平行な領域に存在し、かつ前記検出用チャンバー部に向かって流路の左右幅が広くなる逆テーパー形状を有する、上記<2>に記載のカートリッジデバイス;
<4>前記第2流路が、前記排出開口部に向かって径が縮径する縮径部を有する、上記<1>~<3>のいずれかに記載のカートリッジデバイス;
<5>前記第2流路の縮径部が、前記逆L字型様の屈曲構造における前記カートリッジデバイスの長手方向に平行な領域に存在し、かつ前記検出用チャンバー部から離れる従って流路の左右幅が狭くなるテーパー形状を有する、上記<4>に記載のカートリッジデバイス;
<6>前記第1流路のL字型様の屈曲構造及び前記第2流路の逆L字型様の屈曲構造における内角が、それぞれ独立に90~160度の範囲である、上記<1>~<5>のいずれかに記載のカートリッジデバイス;
<7>前記第1流路及び第2流路における高さ方向の径サイズが、直径0.6~1.5mmの範囲である、上記<1>~<6>のいずれかに記載のカートリッジデバイス;
<8>前記検出用チャンバー部の底部に着脱可能な基板が接合されている、上記<1>~<7>のいずれかに記載のカートリッジデバイス;
<9>前記検出用チャンバー部の上方が開放又は密閉されている、上記<1>~<8>のいずれかに記載のカートリッジデバイス;及び
<10>前記検出用チャンバー部の上方が板状部材により密閉されており、当該板状部材の下面に弾性部材が挿入されている、上記<9>に記載のカートリッジデバイス
に関する。
【0011】
また、別の態様において、本発明は、
<11>上記<1>~<10>に記載のカートリッジデバイス、
前記カートリッジデバイスの注入開口部に接続された送液装置、
前記カートリッジデバイスの排出開口部に接続された排液手段、及び
前記カートリッジデバイスの検出用チャンバー部の上方に設けられた検出手段、
を備えるアッセイシステム;
<12>前記カートリッジデバイスの注入開口部から注入される液体試料の流量が、0.1~5ml/minである、上記<11>に記載のアッセイシステム;
<13>前記カートリッジデバイスの検出用チャンバー部の底部に着脱可能な基板が接合されており、当該基板上に細胞又はタンパク質が修飾されている、上記<11>又は<12>のいずれかに記載のアッセイシステム;
<14>前記カートリッジデバイスの注入開口部から供給される液体試料中に含まれる化学物質の存在を検出するための、上記<11>~<13>のいずれかに記載のアッセイシステム;及び
<15>前記化学物質が臭気物質である、上記<14>に記載のアッセイシステム
に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のカートリッジデバイスによれば、別途脱気装置等を設けることなく、簡易に気泡侵入を防止でき、かつ高流量と均一な潅流を達成できる。流路内の液体容積を変動させることなく気泡侵入を防止でき、送液が停止しても自動的に潅流が停止することができる。測定領域である検出用チャンバー部を閉鎖型及び開放型のいずれとした場合でも、蛍光を用いたアッセイが可能である点でも優れている。本発明のカートリッジデバイスを用いるアッセイシステムは、臭気物質のような低濃度の化学物質に対する生体応答検出に好適である。
【0013】
また、本発明のカートリッジデバイスは、従来のような半導体プロセス技術による流路作製によることなく、3Dプリンタ造形技術を用いて作製できるため、低コスト化及び短納期を実現できるという利点も有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明の一実施態様に係るカートリッジデバイスの全体構造を示す斜視図である。
【
図4】
図4は、
図1の点線Cで切断した水平方向の断面図である。
【
図5】
図5は、本発明のカートリッジデバイスにより潅流停止時において気泡の侵入が抑制される機構を示す模式図である。
【
図6】
図6は、本発明のカートリッジデバイスのアセンブリ図例(a)、及び作製例の全体図(b)を示す画像である。
【
図7】
図7は、実施例に用いた本カートリッジデバイスの構造を示す断面図である。
【
図8】
図8は、本発明のカートリッジデバイス(流路厚さ1.2mm)を用いた系における、臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光応答のプロファイルと臭気物質による刺激前後の疑似カラー画像(300nM、30μM)である。
【
図9】
図9は、本発明のカートリッジデバイス(流路厚さ1.2mm及び0.7mm)を用いた測定系において、臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光応答を示すグラフである。
【
図10】
図10は、本発明の閉鎖型カートリッジデバイス(流路厚さ0.8mm+20倍水浸対物レンズ)と、比較例の開放型チャンバーにおける蛍光強度変化の比較を示すグラフである。
【
図11】
図11は、臭気物質が10μMの濃度で刺激した際にベースラインの蛍光強度から5%以上蛍光強度が増加した細胞の割合を示すグラフである。
【
図12】
図12は、本発明の閉鎖型カートリッジデバイス、及び市販の開放型チャンバーを用いた系について得られた蛍光応答のプロファイル及び匂い刺激前/ピーク値/回復後の疑似カラー画像を示す図である。
【
図13】
図13は、
図12で得られた蛍光応答の応答時間と回復時間の平均値を示したグラフである。
【
図14】
図14は、4倍の対物レンズを用いた系における測定結果を示すものである。
図14(a)は、臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光応答のプロファイル、
図14(b)は、潅流の流れ方向に対する明視野画像(左)、及び蛍光画像(右)、
図14(c)は、
図14(b)の蛍光画像におけるエリア1~4の各蛍光応答のプロファイル(エリアの1辺は400μm)、及び
図14(d)は、エリア1~4において、蛍光強度がベースラインから5%上昇するまでの時間の差を示すグラフである。
【
図15】
図15は、4倍対物レンズを用いた系における臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光応答のプロファイルを示すグラフである。
【
図16】
図16は、対物レンズの倍率をそれぞれ20倍、4倍、2倍とした系において、3μMの臭気濃度を計測した際の各蛍光応答のプロファイルと平均値を示したグラフである。
【
図17】
図17は、本発明のカートリッジデバイスを用いた開放型アッセイシステムの画像である。
【
図18】
図18は、基板上のセンサ物質としてタンパク質を修飾したカートリッジデバイスにおける測定結果である。
図18(a)は、染色前のカバーガラス上のタンパク質スポット写真、
図18(b)は、染色後のカバーガラス上のタンパク質スポット写真、
図18(c)は、染色前の本発明カートリッジデバイス内のタンパク質スポット写真、
図18(d)は、染色後の本発明カートリッジデバイス内のタンパク質スポット写真、
図18(e)は、染色前のタンパク質スポット上の輝度減少プロファイル、及び
図18(f)は、染色後のタンパク質スポット上の輝度減少プロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0016】
1.カートリッジデバイス
本発明のアッセイ用カートリッジデバイスは、注入された液体試料を潅流させるためのマイクロ流路を有し、その中央部に特定量の液体試料を貯留して光学的測定等を行うチャンバー部を有するものであり、いわゆるマイクロ流路デバイスにも属する。かかるカートリッジデバイスを用いることで、生体応答測定や化学分析等のμ-TASアッセイシステムを構築することができる。ここで、マイクロ流路は、例えば、幅と深さがいずれも数ミリ以下程度のサイズの溝であることができ、流路内部の液体の流れは、乱流でも層流でもよいが、層流の場合には、溶液の望ましくない攪拌の発生等を防止することが可能となり、流路内での反応のコントロールの点で好ましい場合がある。
【0017】
本発明のカートリッジデバイスの好ましい実施態様を
図1~
図4に示す。
図1は、本発明の一実施態様に係るカートリッジデバイスの全体構造を示す斜視図である。
図2は、このカートリッジデバイスを点線Aで切断した縦断面図であり、
図3は点線Bで切断した横断面図であり、
図4は点線Cで切断した水平方向の断面図である。
【0018】
図1に示すように、本実施態様に係るカートリッジデバイス1には、内部に液体試料を注入するための注入開口部2が設けられている。注入開口部2から注入された液体は、内部のマイクロ流路(第1流路6)を経て、特定量の液体試料を貯留するための検出用チャンバー部3に流入する。そこからさらに、内部のマイクロ流路(第2流路7)を経て、液体試料を排出するための排出開口部4から排出される。典型的には、このような経路で液体試料を潅流させ、検出用チャンバー部3に溜まった液体試料をその上方に設けられた蛍光顕微鏡等の観測手段により観測することができる。
【0019】
<流路構造>
図1の点線Aにおける縦断面図である
図2に示すように、カートリッジデバイス1の内部には、第1流路6と第2流路7の2つのマイクロ流路それぞれ設けられており、第1流路6は、注入開口部2と検出用チャンバー部3を連結する流路であり、第2流路7は、検出用チャンバー部3と排出開口部4を連結する流路である。
【0020】
第1流路6は、
図2に示すように、注入開口部2からの前記液体試料の進行方向(流れ方向)に対してL字型様の屈曲構造をなしていることを第1の特徴とする。ここで、「L字型様」とは、屈曲部21の内角が、90度(すなわち、直角)をなす場合だけでなく、90度より大きい鈍角をなす場合、或いは、90度より小さい鋭角をなす場合も包含される。屈曲構造の屈曲部21における内角は、好ましくは90~160度の範囲、より好ましくは105~125度の範囲である。第1流路6の屈曲部21から検出用チャンバー部3に至る領域は、水平面に対して平行であることが好ましいため、当該屈曲構造の程度(内角の角度)は、第1流路6の注入開口部2から屈曲部21までの領域における傾き具合によって調整することができる。なお、
図2中の貯液部11は、後述のように検出用チャンバー部3の下部領域であるため、
図2では、貯液部11が検出用チャンバー部3に相当するものとして理解されたい。
【0021】
第2流路7は、第1流路6を対称にした同様の構造を有する。すなわち、
図2に示すように、第2流路7は、
図2に示すように、検出用チャンバー部3からの前記液体試料の進行方向(流れ方向)に対して逆L字型様の屈曲構造をなしていることを第1の特徴とする。ここで、「逆L字型様」とは、上記L字型様と同じく、屈曲部22の内角が、90度(すなわち、直角)をなす場合だけでなく、90度より大きい鈍角をなす場合、或いは、90度より小さい鋭角をなす場合も包含される。屈曲部22における内角も、同様に、好ましくは90~160度の範囲、より好ましくは105~125度の範囲である。第2流路7の検出用チャンバー部3から屈曲部22に至る領域は、水平面に対して平行であることが好ましいため、当該屈曲構造の程度(内角の角度)は、屈曲部22から排出開口部4までの領域における傾き具合によって調整することができる。屈曲部21と22における内角は、それぞれ独立に異なっていてもよいが、それらが同一の角度であることが好ましい。
【0022】
また、第1流路6及び第2流路7の屈曲部21及び22の上端部を、丸みを帯びた構造とすることが、流路内の圧力損失を低減し、均一な潅流が得られる点で好ましい。
【0023】
図3は、
図1の点線Bで切断したカートリッジデバイス1の横断面図である。第1流路6は、径の横断面の形状が扁平状であることを第2の特徴とする。すなわち、第1流路6の横断面の形状は、
図3に示すような角丸矩形であり、或いはこれに類する長円の形状であることもできる。ここで、長円には、その一形態として、各方向で直径が均一な正円(真円)も含まれる。第2流路7も同様に、横断面の形状が角丸矩形又は長円である。
【0024】
本発明のカートリッジデバイスの好ましい態様において、第1流路6は、検出用チャンバー部3に向かって径が拡径する拡径部を有することができる。より具体的には、
図1の点線Cで切断したカートリッジデバイス1の断面図である
図4に示すように、第1流路6の拡径部は、検出用チャンバー部3に向かって流路の左右幅が広くなる逆テーパー形状を有することが好ましい。当該拡径部は、上記L字型様の屈曲構造におけるカートリッジデバイスの長手方向に平行な領域、すなわち、第1流路6の屈曲部21から検出用チャンバー部3に至る領域に存在することが好ましい。
【0025】
本発明のカートリッジデバイスの好ましい態様において、第2流路7も同様に、第1流路6と対称的に流路の径が変化する構造を有することができる。すなわち、第2流路7は、排出開口部4に向かって径が縮径する縮径部を有することができる。より具体的には、
図4に示すように、第2流路7の縮径部は、検出用チャンバー部3から離れる従って流路の左右幅が狭くなるテーパー形状を有することが好ましい。当該縮径部は、上記逆L字型様の屈曲構造におけるカートリッジデバイスの長手方向に平行な領域、すなわち、第2流路7の検出用チャンバー部3から屈曲部22に至る領域に存在することが好ましい。
【0026】
このような第1流路6及び第2流路7の好ましい態様によれば、いずれの流路においても、検出用チャンバー部3に近づくにつれて流路が広くなる構造を有する。これにより、高流量と均一な潅流の点でより好ましいだけでなく、後述するように、潅流中に液体試料の送液が何らかの理由で停止した場合でも、流路内の液量を維持することができるという効果にも寄与することができる。
【0027】
また、第1流路6及び第2流路7の寸法サイズは、液体試料の流量や溶媒等の所望の測定条件に応じて適宜調整することができるが、各流路の高さ方向の径サイズ(「流路厚さ」ともいう。)は、好ましくは、直径0.6~1.5mm(600~1500μm)の範囲である。上述のように、第1流路6及び第2流路7は横断面の形状を角丸矩形又は長円とした扁平状の構造を有するものであるため、流路の横方向の径サイズ(「流路幅」ともいう。)は、高さ方向の径サイズよりも大きくなる。例えば、横方向の径サイズは、直径5.0~9.0mm(5000~9000μm)の範囲であることができる。
【0028】
以上に述べたように、本発明のカートリッジデバイスは、マイクロ流路である第1流路6と第2流路7を(1)L字型様(逆L字型様)の屈曲構造、かつ、(2)それらの横断面の形状を角丸矩形又は長円とした構造、(3)好ましくは、検出用チャンバー部3に近づくにつれて流路が広くなるという特徴的な構造を採用することで、気泡侵入を簡易に防止でき、かつ高流量と均一な潅流を達成できる。
【0029】
さらに、かかる特徴的な構造を有することにより、流路の毛細管現象によって液体試料が流路内に残りやすくなり、仮に注入開口部2からの送液が停止した場合でも、自動的に潅流が停止することができる。これにより、潅流が停止した際には液体試料が流路内と検出用チャンバー部内に留まるため、検出用チャンバー部の下方のセンサ細胞等へのダメージはなく、潅流を再開することが容易となるという効果も奏する。さらに、本発明のカートリッジデバイスによれば、潅流が停止した場合でも、液体容積を変動させることなく液面が水平に維持し、気泡の侵入を抑制することができるため、除去できる気泡の大きさに特に制限はないという利点も有する。当該機構の模式図を
図5に示す。
【0030】
<検出用チャンバー部>
次に、検出用チャンバー部3の構造について説明する。
図2に示すように、検出用チャンバー部3は、貯液部11と、その上方に位置する観察開口部12を設けることができる。貯液部11は、第1流路6の出口と直接連結しており、特定量の液体試料が貯留される場所である。好ましい態様において、貯液部11の底部に着脱可能な基板8が接合され、液体試料が保持される(後述のように底部を一体成型することも可能である)。当該基板8の表面上には、液体試料中に含まれる検出対象物質を選択的に捕捉或いは反応するセンサ物質を修飾することができ、併せて、かかる捕捉や反応を蛍光応答等として提示することができるインジケータ物質を修飾することもできる。そのようなセンサ物質やインジケータ物質は検出対象に応じて適宜選択することができるが、例えば、液体試料中の臭気物質を検出対象とするケースでは、センサ物質として臭気物質と特異的に反応し得る細胞であって、当該反応により蛍光発光を示すタンパク質遺伝子を導入した細胞を用いることができる。ただし、必ずしもこれらに限定されることはなく、目的とする生体応答や化学分析の対象に応じて、適宜修飾物質を選択して用いることができる。例えば、上述の細胞に変えて、センサ物質として特定の化学物質と結合し得るタンパク質等を用いることもできる。加えて、基板上に固定化した化学物質の反応系等として用いることもできる。
【0031】
検出用チャンバー部3の上部に設けられた観察開口部12は、貯液部11における生体応答等を検出するための検出手段を設置するための空間である。そのような検出手段としては、蛍光顕微鏡や光電子増倍管(フォトマル)、イメージセンサ等を例示することができる。例えば、蛍光顕微鏡における対物レンズは、2~20倍の倍率のものを用いることができ、好ましくは、2~10倍の対物レンズを用いることができる。当該検出手段による計測領域は、蛍光応答が好感度で検出できる範囲で可能な限り広範囲であることが好ましく、具体的には、1~20mm2の範囲であることが好ましい。
【0032】
本発明の一態様として、貯液部11と観察開口部12の間にスライドガラス等の板状部材を設け、検出用チャンバー部3の上方を密閉して用いることもできる(いわゆる「閉鎖型」チャンバー)。この場合、板状部材の下面にO-リング等の弾性部材を挿入することが好ましい。また、板状部材の上面にも同様にO-リング等の弾性部材を設置することもできる。一方で、水浸レンズのように液体試料に直接接触して検出が可能な検出手段を用いる場合には、貯液部11の上方に板状部材等を設けることなく、開放した状態で用いることもできる(いわゆる「開放型」チャンバー)。なお、好ましい態様では、閉鎖型チャンバーの場合にであっても、スライドガラス等の上方にバッファー溶液の液滴を滴下し、対物レンズと当該液滴を接触させた水浸状態で用いることもできる。
【0033】
<注入開口部及び排出開口部>
注入開口部2及び排出開口部4は、送液ポンプやチューブ等による液体試料の注入・排出が可能である限り、特にその開口形状等は限定されない。しかしながら、上述のように、本発明のカートリッジデバイスにおける流路は横断面の形状が角丸矩形又は長円であるため、
図1に示されている態様のように、流路の端部となる注入開口部2及び排出開口部4も同様に、角丸矩形又は長円の開口形状であることが好ましい。
【0034】
<作製方法及び材質>
本発明のカートリッジデバイスは、典型的には、3Dプリンタ等の光造形技術を用いることが好適である。これにより、流路厚さが薄い角丸矩形又は長円の流路構造を有する高精度のカートリッジデバイスを簡易かつ短時間に大量生産することが可能である。また、3Dプリンタ等はカートリッジデバイスを一体成型できるため、流路の方向変化を直角エルボではなくベンドで形成可能であり、流路内の圧力損失を低減することができる。ただし、本発明にカートリッジデバイスの構造を実現できる限り、他の製造方法を用いることもできる。例えば、エッチング、機械加工又は金型成形等の製造技術を用いることも許容される。
【0035】
本発明のカートリッジデバイスは、検出用チャンバー部3の底部を密閉した一体成型として作製することもできるし、上述のように、検出用チャンバー部3の底部に着脱可能な基板を設置できるように2つのパーツの分離型として作製することもできる。或いは、
図1の点線Cのように流路の断面部分で接合可能となるような分離型とすることも可能である。これら分離型を採用する場合には、
図1中に示した複数の固定穴5を設けることで、これらのパーツをネジ止め等により固定化することができる。
【0036】
また、本発明のカートリッジデバイスの材質は、3Dプリンタ等の光造形技術を用いる観点からは、典型的には、光硬化性樹脂を用いることが好適である。そのような光硬化性樹脂の非限定的な例として、エポキシアクリレート、アクリル樹脂アクリレート、ウレタンアクリレート、ポリエステルアクリレートなどの紫外線硬化性樹脂を挙げることができる。
【0037】
ただし、上述のように他の製造方法を用いることができる場合には、本発明のカートリッジデバイスの材質は、特に限定はされず、その他の高分子材料、ガラス、金属または無機化合物等を用いることができる。その他の高分子材料としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ナイロンなどを用いることができる。使用される高分子材料は一種類でも構わないし、複数種を組み合わせて用いることも可能である。ガラスとしては、例えば石英ガラス、アルカリガラス、無アルカリガラスなどを用いることができる。無機化合物としては、アルミナ、ジルコニア及びシリカなどの金属酸化物並びにその混合物、並びに窒化ホウ素などのセラミック等を用いることができる。
【0038】
2.アッセイシステム
本発明は、別の態様において、上述のカートリッジデバイスを備えるアッセイシステムにも関する。具体的には、本発明のアッセイシステムは、
(a)上述のカートリッジデバイス、
(b)カートリッジデバイスの注入開口部に接続された送液装置、
(c)カートリッジデバイスの排出開口部に接続された排液手段、及び
(d)カートリッジデバイスの検出用チャンバー部の上方に設けられた検出手段
を少なくとも備えることを特徴とする。
【0039】
(b)の送液装置は、カートリッジデバイスの注入開口部から液体試料を注入するための装置であり、例えば、当該技術分野において汎用される送液ポンプを用いることができる。送液装置と注入開口部との接続には、任意のチューブ状部材を用いることができるが、その際、当該接続用チューブ状部材の先端は、流路の入口付近(の壁面)に軽く接触する位置となるよう調整することが、この接続点における気泡侵入の発生を回避する観点から好ましい。接続用チューブ状部材の先端を流路内まで挿入させずに、流路の入口付近の位置とすることで、仮に接続用チューブ状部材の先端からの注入時に気泡が発生したとしても、気泡が流路外に抜けやすくなり流路内部に侵入することを防ぐことができる。かかる接続用チューブ状部材としては、金属、高分子材料、ゴム等の任意の材料を用いることができ、その長さや径サイズも所望に応じて適宜選択することができる。
【0040】
また、(c)の排液手段は、排出開口部から液体溶液を排出し得るものであれば、任意の手段であることができ、例えば、チューブ状部材を用いることができる。当該チューブ状部材も、上記注入開口部の接続用チューブ状部材と同様に、金属、高分子材料、ゴム等の任意の材料を用いることができ、その長さや径流路の入口付近も所望に応じて適宜選択することができる。なお、(b)の送液装置及び(c)の排液手段は、任意の固定治具を用いることで、チューブ先端を所望の位置に固定することもできる。
【0041】
(d)の検出手段としては、典型的には、上述のように蛍光顕微鏡や光電子増倍管(フォトマル)、イメージセンサ等の手段を用いることができるが、検出対象の種類等の応じて他の公知の検出手段を用いることも可能である。
【0042】
送液装置によりカートリッジデバイスの注入開口部から注入される液体試料の流量は、好ましくは、0.1~5ml/minであることができる。
【0043】
本発明のアッセイシステムは、カートリッジデバイスの注入開口部から供給される液体試料中に含まれる化学物質の存在を検出するために好適に用いることができ、そのような化学物質としては臭気物質を挙げることができる。この場合、カートリッジデバイスの検出用チャンバー部の底部には、その表面上に臭気物質と選択的に反応し得るセンサ細胞等を修飾した着脱可能な基板を接合することができる。ただし、本発明のアッセイシステムは、気泡侵入を簡易に防止でき、かつ高流量と均一な潅流を達成できるという特徴から、かかる臭気物質の検出に限らず、広く生体応答や化学反応をアッセイするための用途において適用することができるものである。加えて、上述のように開放型及び閉鎖型のいずれの態様でも種々のアッセイを行うことが可能である。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されるものではない。
【0045】
1.カートリッジデバイスの作製
超高精度3Dプリンタ(「ProJet(登録商標) MJP 3600 MAX」、3D Systems、SC、USA、最高積層ピッチ:16μm)を用いて、
図1~4に示す構造を有する本発明のカートリッジデバイスを作製した。紫外線硬化樹脂としてVisijet(登録商標) M3 Crystal(アクリル樹脂)を用いた。作製したカートリッジデバイスを
図6(b)に示す。なお、マイクロ流路の流路厚さ(高さ方向の径サイズ)を、それぞれ0.5mm、0.7mm、0.8mm、1.2mmとした4種類のカートリッジデバイスを作製した。
【0046】
2.流路厚さの検討
得られた4種類のカートリッジデバイスを用いて測定系を構築し(
図7)、蛍光計測の実施と気泡抑制の面で比較を行った。検出対象として、臭気物質である1-オクテン-3-オールを含む液体試料と用いた。センサ細胞として、1-オクテン-3-オールと特異的に反応して蛍光応答を示すことが知られているキイロショウジョウバエの嗅覚受容体(Or13a)を発現したセンサ細胞であるOr13a発現細胞を用い、当該細胞を表面固定化したスライドガラスを検出用チャンバー部の底部に固定した。Or13a発現細胞は、文献(Mitsunoら、"Novel cell-based odorant sensor elements based on insect odorant receptors", Biosens. Bioelectron. 65, 287-294, 2015.)に基づいて作成した。蛍光応答は、検出用チャンバー部の上方に設置した蛍光顕微鏡(励起波長:460-480、蛍光波長:495-540)で計測した。蛍光顕微鏡は主に、顕微鏡(BX51WI、オリンパス)、蛍光ミラーユニット(U-MGFPHQ、オリンパス)、CCDカメラ(DU-897E、Andor Technology)で構成される。
【0047】
測定条件は、以下のとおりである。
・ 対物レンズ:LUCPlanFLN 20x/0.45(オリンパス)
・ 流量:1.5 ml/min
・ 潅流液:0.1% DMSOリンガー
・ 送液ポンプ:MP-2000A(EYELA社)
・ チューブ(シリコン):内径1 mm、 外径3 mm
・ センサ細胞:Or13a発現細胞
・ 臭気物質:1-オクテン-3-オール (シグマアルドリッチ、含量98%)
【0048】
上記で構築した測定系を用いて、臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光応答を測定した。流路厚さ1.2mmのカートリッジデバイスを用いた系における、臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光応答のプロファイルと臭気物質による刺激前後の疑似カラー画像(300nM、30μM)を
図8に示す。
図8の結果から、本発明のカートリッジデバイスを用いることにより、気泡を抑制し、濃度依存的な蛍光強度変化を検出可能であり、特に、300nMの臭気物質を蛍光強度変化として検出できることを確認した。
【0049】
流路厚さ1.2mmと0.7mmのカートリッジデバイスにおける蛍光強度変化の比較を
図9に示す。
図9における、ΔF/F
0はベースラインからの蛍光強度変化である。各濃度の蛍光強度変化はN=3の平均値であり、エラーバーは標準誤差(SEM)である。1-オクテン-3-オールは、濃度0.1%のジメチルスルホキシド(DMSO)を溶媒としてアッセイバッファにより30nM、100nM、300nM、1μM、3μM、10μM、30μMに希釈してセンサ細胞を刺激した。アッセイバッファの組成は、140mmol/L NaCl、5.6mmol/L KCl、4.5mmol/L CaCl
2、11.26mmol/L MgCl
2、11.32mmol/L MgSO
4、9.4mmol/L D-glucose、及び5mmol/L HEPESであり、アッセイバッファのpHは7.2であった。
図9のControl刺激は0.1%のDMSOを含むアッセイバッファである。潅流液は0.1%のDMSOを含むアッセイバッファである。結果として、流路厚さ0.7mmのカートリッジデバイスを用いた系でも、流路厚さ1.2mmのカートリッジデバイスと同様に気泡を抑制して濃度依存的な蛍光強度変化を検出可能であることを確認したが、1.2mmの系と比べて応答ピークが小さかった。一方、流路厚さ0.5mmのカートリッジデバイスを用いた系では、流路入口で溶液があふれてしまい潅流することができなかった。
【0050】
3.流量の検討
上記2.と同様に、流路厚さ1.2mmのカートリッジデバイスの測定系を用いて、気泡の抑制の流量依存性の検討を行った。測定条件は、以下のとおりである。
・ 流量:0.8 ml/min, 1.5 ml/min, 3 ml/min
・ 潅流液:0.1% DMSOリンガー
・ 送液ポンプ:MP-2000A(EYELA社)
・ チューブ(シリコン):内径1 mm, 外径3 mm
・ 気泡刺激:10回(3秒気泡導入+10秒潅流のインターバル)
【0051】
その結果、流量0.8 ~3 ml/minのいずれの場合でも、それぞれ3回の潅流実験において気泡の侵入が発生しないことが確認された。
【0052】
同様の条件で、送液ポンプを変えて(AC-2120 ぺリスタ・バイオミニポンプ, ATTO社)、より高い流量を用いて実験を行った。その結果、4 ml/min及び5 ml/minにおいても、3回の実験全てにおいて、安定して気泡の侵入を抑制できたことを確認した。なお、5 ml/minの場合には、チューブの設置位置によっては液漏れの発生が懸念された。
【0053】
4.既存の開放型チャンバーとの比較
次に、本発明の閉鎖型カートリッジデバイス(流路厚さ0.8mm)の測定系と、既存の開放型チャンバーを用いた測定系の比較を行った。本発明の閉鎖型カートリッジデバイスでは、カートリッジデバイス上にアッセイバッファ(濃度0.1%のDMSO)を滴下したうえ、20倍水浸対物レンズ(UMPLFLN 20x/0.5(オリンパス))を用いた。なお、比較例の開放型チャンバーとしては、Warner Instruments社製より市販されている商品名「RC-48LP」を用いた。
【0054】
本発明の閉鎖型カートリッジデバイス(流路厚さ0.8 mm)+20倍水浸対物レンズによる蛍光強度変化と、比較例の開放型チャンバーにおける蛍光強度変化の比較を
図10に示す。その結果、本発明の閉鎖型カートリッジデバイスの系では、気泡を抑制しながら、市販の開放型チャンバーと同程度の感度で、臭気物質に対する濃度依存的な蛍光強度変化を検出可能であることを確認した
【0055】
また、臭気物質が10μMの濃度で刺激した際に、ベースラインの蛍光強度から5%以上蛍光強度が増加した細胞の割合を
図11に示す。その結果、本発明の閉鎖型カートリッジデバイス(流路厚さ1.2mmのカートリッジデバイス+20倍対物レンズ)の細胞応答割合は、市販の開放型チャンバーと有意差がないことが示された。
【0056】
さらに、臭気物質に対する蛍光応答時間を解析するため、臭気物質10μM濃度に対して、本発明の閉鎖型カートリッジデバイスと市販の開放型チャンバーについて蛍光応答プロファイルを得た。用いた測定系は、カートリッジデバイス上にアッセイバッファ(濃度0.1%のDMSO)を滴下した本発明の閉鎖型カートリッジデバイス(流路厚さ0.8 mmのカートリッジデバイス+20倍水浸対物レンズ)、カートリッジデバイス上にアッセイバッファを滴下しない本発明の閉鎖型カートリッジデバイス(流路厚さ1.2 mmのカートリッジデバイス+20倍対物レンズ)、及び市販の開放型チャンバーを用いた。
【0057】
それぞれの系について得られた蛍光応答のプロファイル、匂い刺激前/ピーク値/回復後の疑似カラー画像を
図12に示す。また、各系における蛍光応答の応答時間と回復時間の平均値を
図13に示す。その結果、本発明の閉鎖型カートリッジデバイスは、通常の対物レンズ、水浸対物レンズいずれを用いた場合も開放型チャンバーと同様のプロファイルを描き、応答時間と回復時間に有意差がないことが確認された
【0058】
5.低倍率レンズによる応答計測
2.で用いた本発明のカートリッジデバイス(流路厚さ1.2 mm)の測定条件のうち、検出手段側の対物レンズを4倍のレンズに変えて蛍光応答を測定した。
ノーカバー水浸対物レンズ:LUCPlanFLN 4x/0.45(オリンパス)
【0059】
4倍の対物レンズを用いた系において、臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光応答のプロファイルを
図14(a)に示す。
【0060】
また、蛍光強度変化を検出した際のデバイス内流れについても評価を行った。
図14(b)は、潅流の流れ方向に対する明視野画像(左)、及び蛍光画像(右)である。
図14(b)の蛍光画像におけるエリア1~4の各蛍光応答のプロファイルを示したものが、
図14(c)である(エリアの1辺は400μm)。エリア1とエリア2において、蛍光強度がベースラインから5%上昇するまでの時間の差を計算した結果、平均値が1秒となった(
図14(d))。また、エリア3とエリア4も同様に計算した結果、平均値が0.25秒となった。この結果は、デバイス内の臭気物資の流れが上流から下流に向かって平行移動しており、細胞に均一な刺激が可能なデバイスであることを示している。
【0061】
4倍対物レンズを用いた臭気物質の各濃度に対して得られた蛍光計測の結果を
図15に示す。その結果、流路厚さ1.2 mmの本発明のカートリッジデバイスを用いた系では、4倍対物レンズを用いることで検出感度が100nMとなり、従来の検出感度(300nM)よりも感度が上昇する結果となった。検出感度上昇の理由として、広範囲の計測によって蛍光上昇の大きいセンサ細胞を逃さず検出しているためと考えられる。
【0062】
倍率を20倍、4倍、2倍とした対物レンズを用いて、3μMの臭気濃度を計測した際の各蛍光応答のプロファイルと平均値を示したグラフを
図16に示す。2倍の対物レンズは、PlanApoN 2x/0.08(オリンパス)を用いた。その結果、いずれの倍率でも蛍光強度変化を検出し、変化量に有意差がないことから、本発明のカートリッジデバイスを用いることで、幅広い倍率のレンズを用いた細胞応答計測に適用できることが分かった。
【0063】
6.開放型カートリッジへの応用
本発明のカートリッジデバイスを用いて、検出用チャンバー部における貯液部と観察開口部の間にスライドガラスを設けずに、水浸レンズにより直接貯液部を観察する開放型とした場合でも、蛍光応答を検出でき、アッセイシステムとして利用可能であることを確認した(
図17)。
【0064】
7.タンパク質を用いた化学応答観測の適用例
本発明の別の態様として、基板上のセンサ物質として2.で用いたセンサ細胞(Or13a発現細胞)に変えて、タンパク質を修飾したカートリッジを作製した。具体的には、本発明のカートリッジを用いて、Coomassie G-250によるカバーガラス上にスポットしたタンパク質の色変化取得を行った。
【0065】
実験条件
・ECL Prime blocking agent (GE Healthcare UK Ltd., UK): 50 mgをPBS: 1 mLに加えてボルテックスし、 18x18 mm2カバーガラスに2μLずつ3か所に滴下した。タンパク質スポット位置を明確にするため、スポットした面とは反対側に黒点を4か所記入した。
・カートリッジに入れてCoomassie G-250 (Bio-Safe Coomassie G-250 Stain; Bio-Rad Laboratories, Inc., CA, USA)の送液を開始した。
・潅流:リンガー液(DMSOなし)
・流量:0.2 mL/min
・Coomassie G-250送液時間:10分
・送液ポンプ、チューブは2.と同じである。
【0066】
結果を
図18に示す。
図18(a)は、染色前のカバーガラス上のタンパク質スポット写真であり、
図18(b)は、染色後のカバーガラス上のタンパク質スポット写真であり、
図18(c)は、染色前の本発明カートリッジデバイス内のタンパク質スポット写真であり、
図18(d)は、染色後の本発明カートリッジデバイス内のタンパク質スポット写真である。
図18(e)は、染色前のタンパク質スポット上の輝度減少プロファイルであり、
図18(f)は、染色後のタンパク質スポット上の輝度減少プロファイルである。ImageJによる輝度変化分析の結果、染色後のタンパク質スポットから明確な輝度減少が確認され、カートリッジを用いた化学応答検出が可能であることを確認した。
【符号の説明】
【0067】
1 カートリッジデバイス
2 注入開口部
3 検出用チャンバー部
4 排出開口部
5 固定穴
6 第1流路
7 第2流路
8 基板
11 貯液部
12 観察開口部
21 屈曲部
22 屈曲部