(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-24
(45)【発行日】2024-05-07
(54)【発明の名称】細胞膜又はゴルジ体に局在する化合物及びその使用
(51)【国際特許分類】
C07C 323/60 20060101AFI20240425BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240425BHJP
A61K 38/44 20060101ALI20240425BHJP
A61K 38/43 20060101ALI20240425BHJP
A61K 47/54 20170101ALI20240425BHJP
A61K 31/505 20060101ALI20240425BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240425BHJP
A61K 41/00 20200101ALI20240425BHJP
A61K 31/445 20060101ALI20240425BHJP
C07D 211/60 20060101ALI20240425BHJP
C07D 239/49 20060101ALI20240425BHJP
A61K 31/18 20060101ALI20240425BHJP
C07D 405/12 20060101ALI20240425BHJP
C07K 19/00 20060101ALN20240425BHJP
【FI】
C07C323/60
C12P21/02 C
A61K38/44
A61K38/43
A61K47/54
A61K31/505
A61P43/00 105
A61K41/00
A61K31/445
C07D211/60 CSP
C07D239/49
A61K31/18
C07D405/12
C07K19/00 ZNA
(21)【出願番号】P 2020030868
(22)【出願日】2020-02-26
【審査請求日】2022-11-29
(31)【優先権主張番号】P 2019038979
(32)【優先日】2019-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年3月6日、日本化学会第98春季年会予稿集で公開(講演番号2D3-05、2D3-07、2D3-42、ポスター発表2PB-143)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年3月21日、日本化学会第98春季年会で発表(講演番号2D3-05、2D3-07、2D3-42、ポスター発表2PB-143)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年5月19日、第82回日本生化学会中部支部例会・シンポジウムで発表(ポスター発表P-09、P-11、P-48)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年7月19日、生体機能関連化学部会若手の会第30回サマースクールで発表(ポスター発表P-01、P-02)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年9月9日、第12回バイオ関連化学シンポジウムで発表(ポスター発表1P-055)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年11月3日、第49回中部化学関係学協会支部連合秋季大会で発表(ポスター発表1PA30、口頭発表2K08)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年11月8日、2018フロンティア研究院シンポジウム~異分野融合研究と博士研究への招待~で発表(ポスター発表2P-15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年1月7日、第6回将来を見据えた生体分子の構造・機能解析から分子設計に関する研究会で発表(ポスター発表P10、P13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年1月28日、International Symposium on “Optobiotechnology“要旨集で公開(Invited Talk)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年2月5日、International Symposium on “Optobiotechnology“で発表(Invited Talk)
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】築地 真也
(72)【発明者】
【氏名】吉井 達之
(72)【発明者】
【氏名】中村 彰伸
(72)【発明者】
【氏名】沖 超二
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 祥央
(72)【発明者】
【氏名】生田 雅裕
【審査官】宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/132555(WO,A1)
【文献】Tsukiji, Shinya,Small-molecular ligands that manipulate the intracellular location of protein,Yakugaku Zasshi ,2016年,136(1),9-16
【文献】Ishida, Manabu et al.,Synthetic Self-Localizing Ligands That Control the Spatial Location of Proteins in Living Cells,Journal of the American Chemical Society ,2013年,135(34),12684-12689
【文献】Andrew K. Rudd et al.,SNAP-Tag-Reactive Lipid Anchors Enable Targeted and Spatiotemporally Controlled Localization of Proteins to Phospholipid Membranes,Journal of the American Chemical Society ,2015年,137 (15),4884-4887
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C、C07D、A61K、A61P、C12P
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物。
【化1】
[式(1)中、Zは下記式(2)で表される基を表し、Lは、-C-が、-O-、-CO-、-NH-又は下記式(3)で表される基に置換されることにより中断されていてもよい炭素数1~50の2価の炭化水素基を表し、R
1はタグタンパク質のリガンドとして機能する基又は前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基を表し、下記式(2)中、R
2は炭素数9以上で飽和又は不飽和の直鎖状炭化水素基を表す。
【化2】
]
【請求項2】
前記タグタンパク質及び前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基の組み合わせが、大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素(eDHFR)タンパク質及び下記式(4)で表される基の組み合わせ、FK506結合タンパク質及び下記式(5)で表される基の組み合わせ、炭酸脱水酵素Iタンパク質若しくは炭酸脱水酵素IIタンパク質及び下記式(6)で表される基の組み合わせ、SNAP-tag(登録商標)タンパク質及び下記式(7)若しくは下記式(8)で表される基の組み合わせ、HaloTag(登録商標)タンパク質及び下記式(9)で表される基の組み合わせ、又は、光活動性黄色タンパク質及び下記式(10)で表される基の組み合わせである、請求項1に記載の化合物。
【化3】
【請求項3】
前記光分解性保護基が、下記式(11)~(19)のいずれかで表される基である、請求項1又は2に記載の化合物。
【化4】
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の化合物からなる、前記タグタンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化剤。
【請求項5】
細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法であって、
前記細胞の細胞内に、請求項4に記載の局在化剤であって、前記R
1が前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基である局在化剤を導入し、その結果、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タグタンパク質とが結合し、前記タグタンパク質が前記対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a)を含み、
前記細胞は、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞である、方法。
【請求項6】
前記工程(a)の後に、前記細胞内に前記タグタンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含み、
前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タグタンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記対象タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法であって、
前記細胞の細胞内に、請求項4に記載の局在化剤であって、前記R
1が前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基である局在化剤を導入する工程(a1)と、
前記工程(a1)の後に前記細胞に光を照射し、その結果、前記局在化剤から前記光分解性保護基が脱離し、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タグタンパク質とが結合し、前記タグタンパク質が前記対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a2)と、を含み、
前記細胞は、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞である、方法。
【請求項8】
前記工程(a2)の後に、前記細胞内に前記タグタンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含み、
前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タグタンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記対象タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記融合タンパク質が、前記融合タンパク質のN末端若しくはC末端又は前記タグタンパク質の内部に、リジン残基が4~10個連続したアミノ酸配列を有する、請求項5~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記対象タンパク質がシグナル伝達タンパク質である、請求項5~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記対象タンパク質が内在性のタンパク質であり、
前記細胞が、前記対象タンパク質をコードする遺伝子座に、前記タグタンパク質をコードする遺伝子断片をノックインした細胞である、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
請求項4に記載の局在化剤を含む、細胞内におけるタグタンパク質の局在制御用キット。
【請求項13】
対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞、
前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質の発現ベクター、又は、 前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質作製用ベクターを更に含む、請求項12に記載のキット。
【請求項14】
前記タグタンパク質のリガンドを更に含む、請求項12又は13に記載のキット。
【請求項15】
下記式(1)で表される化合物。
【化5】
[式(1)中、Zは下記式(2)で表される基を表し、Lは、-C-が、-O-、-CO-、-NH-又は下記式(3)で表される基に置換されることにより中断されていてもよい炭素数1~50の2価の炭化水素基を表し、R
1
はタンパク質のリガンドとして機能する基又は前記タンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基を表し、下記式(2)中、R
2
は炭素数9以上で飽和又は不飽和の直鎖状炭化水素基を表す。
【化6】
]
【請求項16】
前記タンパク質及び前記タンパク質のリガンドとして機能する基の組み合わせが、大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素(eDHFR)タンパク質及び下記式(4)で表される基の組み合わせ、FK506結合タンパク質及び下記式(5)で表される基の組み合わせ、炭酸脱水酵素Iタンパク質若しくは炭酸脱水酵素IIタンパク質及び下記式(6)で表される基の組み合わせ、SNAP-tag(登録商標)タンパク質及び下記式(7)若しくは下記式(8)で表される基の組み合わせ、HaloTag(登録商標)タンパク質及び下記式(9)で表される基の組み合わせ、又は、光活動性黄色タンパク質及び下記式(10)で表される基の組み合わせである、請求項15に記載の化合物。
【化7】
【請求項17】
前記光分解性保護基が、下記式(11)~(19)のいずれかで表される基である、請求項15又は16に記載の化合物。
【化8】
【請求項18】
請求項15~17のいずれか一項に記載の化合物からなる、前記タンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化剤。
【請求項19】
細胞内におけるタンパク質の局在を制御する方法であって、
前記細胞の細胞内に、請求項18に記載の局在化剤であって、前記R
1
が前記タンパク質のリガンドとして機能する基である局在化剤を導入し、その結果、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タンパク質とが結合し、前記タンパク質が細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a)を含む、方法。
【請求項20】
前記工程(a)の後に、前記細胞内に前記タンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含み、
前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
細胞内におけるタンパク質の局在を制御する方法であって、
前記細胞の細胞内に、請求項18に記載の局在化剤であって、前記R
1
が前記タンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基である局在化剤を導入する工程(a1)と、
前記工程(a1)の後に前記細胞に光を照射し、その結果、前記局在化剤から前記光分解性保護基が脱離し、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タンパク質とが結合し、前記タンパク質が細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a2)と、を含む、方法。
【請求項22】
前記工程(a2)の後に、前記細胞内に前記タンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含み、
前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記タンパク質がシグナル伝達タンパク質である、請求項19~22のいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
請求項18に記載の局在化剤を含む、細胞内におけるタンパク質の局在制御用キット。
【請求項25】
前記タンパク質のリガンドを更に含む、請求項24に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞膜又はゴルジ体に局在する化合物及びその使用に関する。より具体的には、本発明は、新規化合物、タグタンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化剤、細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法、及び、細胞内におけるタグタンパク質の局在制御用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
小分子化合物を用いて特定のシグナル分子を活性化する技術は、生命研究における重要なツールである。細胞内シグナル伝達は、細胞膜等の特定の局所領域を起点として開始されるため、シグナル分子の局在をコントロールする技術は、細胞内シグナルを人工的に制御する有効な手法となる。生理条件下ではシグナルの活性は可逆的であり、その活性化時間は細胞の機能や運命を決定する重要な因子である。したがって、小分子化合物を用いてシグナル分子の局在を可逆的に制御し、細胞内シグナルを任意にON-OFFコントロールする技術は、シグナルの活性化時間と細胞機能の関係を詳細に解析・解明するための強力な研究ツールになるものと期待される。そのようなシグナル分子の局在制御技術は、細胞の機能や運命をコントロールする基盤技術としての応用も期待される。
【0003】
発明者らは、これまでに、大腸菌由来ジヒドロ葉酸還元酵素(eDHFR)のリガンドであるトリメトプリム(TMP)と、細胞膜又はゴルジ体への局在化モチーフとを結合した化合物(mgcTMP)を合成している(例えば、非特許文献1を参照。)。mgcTMPを細胞に導入することにより、細胞質に発現させた大腸菌由来ジヒドロ葉酸還元酵素(eDHFR)の融合タンパク質を細胞膜又はゴルジ体に局在させることができる。下記式(A1)にトリメトプリムの化学式を示す。
【0004】
【0005】
また、下記式(A2)にmgcTMPの化学式を示す。mgcTMPのうち、ミリストイル基-グリシン残基-システイン残基からなる部分が、細胞膜又はゴルジ体への局在化モチーフとして機能する。
【0006】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Ishida M., et al., Synthetic self-localizing ligands that control the spatial location of proteins in living cells., J Am Chem Soc., 135(34), 12684-12689, 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、発明者らは、mgcTMPによりeDHFR融合タンパク質を細胞膜又はゴルジ体に局在化させた場合に、eDHFR融合タンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化が自発的に解消してしまうことを見出した。本発明は、対象タンパク質を細胞膜又はゴルジ体に局在化させる新たな技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の態様を含む。
[1]下記式(1)で表される化合物。
【化3】
[式(1)中、Zは下記式(2)で表される基を表し、Lは、-C-が、-O-、-CO-、-NH-又は下記式(3)で表される基に置換されることにより中断されていてもよい炭素数1~50の2価の炭化水素基を表し、R
1はタグタンパク質のリガンドとして機能する基又は前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基を表し、下記式(2)中、R
2は炭素数9以上で飽和又は不飽和の直鎖状炭化水素基を表す。
【化4】
]
[2]前記タグタンパク質及び前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基の組み合わせが、大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素(eDHFR)タンパク質及び下記式(4)で表される基の組み合わせ、FK506結合タンパク質及び下記式(5)で表される基の組み合わせ、炭酸脱水酵素Iタンパク質若しくは炭酸脱水酵素IIタンパク質及び下記式(6)で表される基の組み合わせ、SNAP-tag(登録商標)タンパク質及び下記式(7)若しくは下記式(8)で表される基の組み合わせ、HaloTag(登録商標)タンパク質及び下記式(9)で表される基の組み合わせ、又は、光活動性黄色タンパク質及び下記式(10)で表される基の組み合わせである、[1]に記載の化合物。
【化5】
[3]前記光分解性保護基が、下記式(11)~(19)のいずれかで表される基である、[1]又は[2]に記載の化合物。
【化6】
[4][1]~[3]のいずれかに記載の化合物からなる、前記タグタンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化剤。
[5]細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法であって、前記細胞の細胞内に、[4]に記載の局在化剤であって、前記R
1が前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基である局在化剤を導入し、その結果、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タグタンパク質とが結合し、前記タグタンパク質が前記対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a)を含み、前記細胞は、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞である、方法。
[6]前記工程(a)の後に、前記細胞内に前記タグタンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含み、前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タグタンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記対象タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する、[5]に記載の方法。
[7]細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法であって、前記細胞の細胞内に、[4]に記載の局在化剤であって、前記R
1が前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基である局在化剤を導入する工程(a1)と、前記工程(a1)の後に前記細胞に光を照射し、その結果、前記局在化剤から前記光分解性保護基が脱離し、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タグタンパク質とが結合し、前記タグタンパク質が前記対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a2)と、を含み、前記細胞は、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞である、方法。
[8]前記工程(a2)の後に、前記細胞内に前記タグタンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含み、前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タグタンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記対象タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する、[7]に記載の方法。
[9]前記融合タンパク質が、前記融合タンパク質のN末端若しくはC末端又は前記タグタンパク質の内部に、リジン残基が4~10個連続したアミノ酸配列を有する、[5]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]前記対象タンパク質がシグナル伝達タンパク質である、[5]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]前記対象タンパク質が内在性のタンパク質であり、前記細胞が、前記対象タンパク質をコードする遺伝子座に、前記タグタンパク質をコードする遺伝子断片をノックインした細胞である、[5]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12][4]に記載の局在化剤を含む、細胞内におけるタグタンパク質の局在制御用キット。
[13]対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質の発現ベクター、又は、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質作製用ベクターを更に含む、[12]に記載のキット。
[14]前記タグタンパク質のリガンドを更に含む、[12]又は[13]に記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、対象タンパク質を細胞膜又はゴルジ体に局在化させる新たな技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】(a)は、実験例1において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(b)~(d)は、実験例1の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図2】(a)~(f)は、実験例2の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図3】(a)~(h)は、実験例3の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。(i)は、(a)~(h)の結果を数値化したグラフである。
【
図4】(a)~(l)は、実験例4の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図5】(a)及び(b)は、実験例5において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(c)~(f)は、実験例5の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図6】(a)は、実験例6において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(b)~(g)は、実験例6の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図7】(a)は、実験例7において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(b)及び(c)は、実験例7の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図8】(a)は、実験例8において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(b)及び(c)は、実験例8の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図9】(a)は、実験例9において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(b)及び(c)は、実験例9の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図10】(a)は、実験例10において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(b)及び(c)は、実験例10の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図11】(a)及び(b)は、実験例11において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。
【
図12】(a)~(f)は、実験例11の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図13】(a)~(f)は、実験例12の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図14】実験例11及び実験例12の結果を示すグラフである。
【
図15】(a)は、実験例14において発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。(b)~(d)は、実験例14の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。(e)は、実験例14の結果を示すグラフである。
【
図16】実験例15において、m
Dc
NVOCTMPの吸収スペクトルを測定した結果を示すグラフである。
【
図18】(a)~(h)は、実験例16の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。(i)は、実験例16の結果を示すグラフである。
【
図19】(a)~(d)は、実験例17の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。(e)は、実験例17において、細胞の面積が増加又は減少した領域を表示した画像である。
【
図20】(a)~(d)は、実験例18の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。(e)は、実験例18において、細胞の面積が増加又は減少した領域を表示した画像である。
【
図21】(a)~(d)は、実験例19において、細胞の面積が増加又は減少した領域を表示した画像である。
【
図22】(a)は、実験例19において、細胞の突出領域(面積が増加した領域)の面積増加量を示すグラフである。(b)は、実験例19において、細胞の縮退領域(面積が減少した領域)の面積減少量を示すグラフである。
【
図23】実験例20において、m
Dc
NVOCTMP及びm
Dc
DEACMTMPの吸収スペクトルを測定した結果を示すグラフである。
【
図24】(a)及び(b)は、実験例21の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。(c)及び(d)は、実験例21の結果を示すグラフである。
【
図25】(a)は、実験例22で作製したドナーベクターの構造を示す模式図である。(b)は、実験例22において、目的通りに挿入カセットがノックインされた細胞のゲノムDNAの構造を示す模式図である。(c)は、実験例22において、目的通りに挿入カセットがノックインされた細胞が発現する融合タンパク質の構造を示す模式図である。
【
図26】(a)は、実験例22における代表的なPCRの結果を示すアガロース電気泳動の写真及びゲノムDNAの構造を示す模式図である。(b)は、実験例22における代表的なウエスタンブロッティングの結果を示す写真及び融合タンパク質の構造を示す模式図である。
【
図27】(a)は、実験例23で使用したcRaf-GDiK6の構造を示す模式図である。(b)は、実験例23で使用したmCherry-ERKの構造を示す模式図である。
【
図28】(a)~(d)は、実験例23の結果を示す代表的な共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図29】実験例23の結果を数値化したグラフである。
【
図30】実験例24におけるウエスタンブロッティングの結果を示すグラフである。
【
図31】実験例24において測定した、相対的なリン酸化cRafレベル及び相対的なリン酸化ERKレベルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[化合物]
1実施形態において、本発明は、下記式(1)で表される化合物を提供する。
【化7】
[式(1)中、Zは下記式(2)で表される基を表し、Lは、-O-、-CO-、-NH-又は下記式(3)で表される基で中断されていてもよい炭素数1~50の2価の炭化水素基を表し、R
1はタグタンパク質のリガンドとして機能する基又は前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基を表し、下記式(2)中、R
2は炭素数9以上で飽和又は不飽和の直鎖状炭化水素基を表す。
【化8】
]
【0013】
実施例において後述するように、本実施形態の化合物を用いることにより、タグタンパク質を細胞膜(細胞膜内膜)又はゴルジ体に局在化させることができる。また、タグタンパク質を対象タンパク質との融合タンパク質として細胞で発現させておくことにより、任意の対象タンパク質をタグタンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在化させることができる。
【0014】
また、実施例において後述するように、従来のmgcTMPを用いて対象タンパク質を細胞膜又はゴルジ体に局在化させた場合、対象タンパク質の局在化が自発的に解消してしまう。これに対し、本実施形態の化合物を用いることにより、対象タンパク質の局在化の自発的な解消を抑制し、より長時間、対象タンパク質の局在化を維持することができる。
【0015】
また、実施例において後述するように、本実施形態の化合物が細胞膜又はゴルジ体に局在化するためには、特に上記式(2)で表される基の構造が重要である。上記式(2)で表される基は、上述したmgcTMPのうち、ミリストイル基-グリシン残基-システイン残基からなる部分を改変した構造であり、mgcTMPのミリストイル基-グリシン残基-システイン残基からなる部分からグリシン残基を除去し、且つL体のシステイン残基をD体に置換した構造である。
【0016】
また、実施例において後述するように、発明者らは、R2で表される基の炭素数が9以上であれば、細胞膜又はゴルジ体に局在化することができることを明らかにした。R2の炭素数の上限は特になく、少なくとも17であっても機能することを確認している。また、R2は二重結合を含んでいてもよい。
【0017】
上記式(1)で表される化合物において、Lは、上記式(2)で表される基とタグタンパク質のリガンドとして機能する基を連結するリンカーとして機能する基であれば特に限定されない。より詳細には、Lは、-C-が、-O-、-CO-、-NH-又は上記式(3)で表される基に置換されることにより中断されていてもよい炭素数1~50の2価の炭化水素基を表す。
【0018】
本実施形態の化合物において、タグタンパク質及び前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基の組み合わせは、特に限定されず、あらゆる組み合わせを用いることができる。
【0019】
タグタンパク質及び前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基の組み合わせの具体例としては、大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素(eDHFR)タンパク質及び下記式(4)で表される基の組み合わせ、FK506結合タンパク質及び下記式(5)で表される基の組み合わせ、炭酸脱水酵素Iタンパク質若しくは炭酸脱水酵素IIタンパク質及び下記式(6)で表される基の組み合わせ、SNAP-tag(登録商標)タンパク質及び下記式(7)若しくは下記式(8)で表される基の組み合わせ、HaloTag(登録商標)タンパク質及び下記式(9)で表される基の組み合わせ、光活動性黄色タンパク質及び下記式(10)で表される基の組み合わせ等が挙げられる。
【0020】
【0021】
タグタンパク質及びタグタンパク質のリガンドとして機能する基は、互いに結合することができる限り、改変されていてもよい。例えば、タグタンパク質は、上述したタグタンパク質のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有するものであってもよい。ここで数個とは、例えば10個であってもよく、例えば5個であってもよく、例えば3個であってもよい。また、タグタンパク質のリガンドとして機能する基は、上述した基において置換基を有していてもよい。
【0022】
本実施形態の化合物は、タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合していてもよい。このような化合物はケージド化合物と呼ばれる。
【0023】
実施例において後述するように、本実施形態の化合物において、タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合している場合、その機能を光照射等で制御することができる。
【0024】
タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した状態では、タグタンパク質及びタグタンパク質のリガンドとして機能する基は結合しない。しかしながら、所定の波長の光を照射すること等により、光分解性保護基を脱保護すると、タグタンパク質及びタグタンパク質のリガンドとして機能する基が結合することが可能になる。
【0025】
光分解性保護基は、特に限定されず、あらゆるものを使用することができる。具体的な光分解性保護基としては、例えば、下記式(11)で表される6-ニトロベラトリルオキシカルボニル(NVOC)基、下記式(12)で表わされる4,5-ジメトキシ-2-ニトロベンジル(DMNB)基、下記式(13)で表わされるα-メチル-6-ニトロピペロニルオキシメチル(MNPOM)基、下記式(14)で表わされる(7-ジエチルアミノクマリン-4-イル)メチルオキシカルボニル(DEACM)基、下記式(15)で表わされる(7-ジエチルアミノチオクマリン-4-イル)メチルオキシカルボニル(DEATCOC)基、下記式(16)で表される、(6-ブロモ-7-ヒドロキシクマリン-4-イル)メチルオキシカルボニル(BHCOC)基、下記式(17)で表わされる(8-ブロモ-7-ヒドロキシキノリン-2-イル)メチルオキシカルボニル(BHQOC)基、下記式(18)で表わされる(3-ニトロジベンゾフラン-2-イル)メチルオキシカルボニル(NDBFOC)基、下記式(19)で表わされる3-ニトロジベンゾフラン-2-イルメチル(NDBF)基等が挙げられる。
【0026】
【0027】
[タグタンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化剤]
1実施形態において、本発明は、上述した化合物からなる、タグタンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化剤を提供する。実施例において後述するように、上述した化合物を、タグタンパク質の細胞膜又はゴルジ体への局在化剤の用途に用いることができる。
【0028】
[細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法]
(第1実施形態)
第1実施形態の方法は、細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法であって、前記細胞の細胞内に、上述した局在化剤であって、前記R1が前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基である局在化剤を導入し、その結果、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タグタンパク質とが結合し、前記タグタンパク質が前記対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a)を含み、前記細胞は、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞である、方法である。第1実施形態の方法は、光分解性保護基を有しない局在化剤を用いて細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法である。
【0029】
第1実施形態の方法において、細胞は、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞を使用する。細胞は真核細胞が好ましい。真核細胞としては、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、酵母細胞等が挙げられる。
【0030】
融合タンパク質が有する対象タンパク質は1つであってもよいし、2つ以上であってもよい。また、融合タンパク質が有するタグタンパク質は1つであってもよいし、2つ以上であってもよい。ここで、対象タンパク質が複数である場合、それらの対象タンパク質は1種であってもよいし2種以上であってもよい。また、タグタンパク質が複数である場合、それらのタグタンパク質は1種であってもよいし2種以上であってもよい。
【0031】
また、融合タンパク質において、対象タンパク質とタグタンパク質の配置の順序は特に限定されず、いずれがN末端側に存在していてもよい。例えば、N末端側から順に対象タンパク質、タグタンパク質の順番で配置されていてもよいし、N末端側から順にタグタンパク質、対象タンパク質の順番で配置されていてもよい。また、対象タンパク質、タグタンパク質がそれぞれ複数存在する場合、融合タンパク質におけるそれらの配置の順序は特に限定されない。
【0032】
例えば、実施例において後述するように、融合タンパク質は1つのタグタンパク質と2つの対象タンパク質を有していてもよい。対象タンパク質としては、特に限定されず、蛍光タンパク質、シグナル伝達タンパク質、酵素等であることができる。
【0033】
第1実施形態の方法では、工程(a)において、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞の細胞内に、上述した局在化剤を導入する。局在化剤の導入は、例えば、細胞の培地に局在化剤を添加すること等により行うことができる。ここで、細胞は、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質の発現ベクターを一過性に又は安定的に導入した細胞であってもよい。あるいは、対象タンパク質が内在性のタンパク質であり、対象タンパク質をコードする遺伝子座に、タグタンパク質をコードする遺伝子断片をノックインした細胞であってもよい。ここで、タグタンパク質をコードする遺伝子断片のノックインはゲノム編集により行ってもよい。
【0034】
実施例において後述するように、細胞内に局在化剤を導入した結果、局在化剤のリガンドとして機能する基とタグタンパク質とが結合し、タグタンパク質が対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する。
【0035】
実施例において後述するように、上述した局在化剤を用いることにより、対象タンパク質の局在化の自発的な解消を抑制し、より長時間、対象タンパク質の局在化を維持することができる。
【0036】
第1実施形態の方法は、工程(a)の後に、前記細胞内に前記タグタンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含んでいてもよい。この場合、前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タグタンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記対象タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する。すなわち、対象タンパク質の局在化が解消される。工程(b)により、局在化させた対象物質の局在化を制御して解消させることができる。
【0037】
(第2実施形態)
第2実施形態の方法は、細胞内における対象タンパク質の局在を制御する方法であって、前記細胞の細胞内に、上述した局在化剤であって、前記R1が前記タグタンパク質のリガンドとして機能する基に光分解性保護基が更に結合した基である局在化剤を導入する工程(a1)と、前記工程(a1)の後に前記細胞に光を照射し、その結果、前記局在化剤から前記光分解性保護基が脱離し、前記局在化剤の前記リガンドとして機能する基と前記タグタンパク質とが結合し、前記タグタンパク質が前記対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する工程(a2)と、を含み、前記細胞は、前記対象タンパク質と前記タグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞である、方法である。第2実施形態の方法は、ケージド化合物である局在化剤を用いる点で第1実施形態の方法と主に異なる。
【0038】
第2実施形態の方法では、工程(a1)において、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞の細胞内に、ケージド化合物である局在化剤を導入する。第2実施形態の方法において、細胞、局在化剤の細胞内への導入方法は、第1実施形態の方法と同様である。
【0039】
続いて、工程(a1)の後に、細胞に光を照射する工程(a2)を実施する。工程(a2)において照射する光は、ケージド化合物の光分解性保護基を脱保護できる条件の光であればよく、使用した光分解性保護基に応じて適宜調整すればよい。例えば、実施例において後述するように、光分解性保護基としてNVOC基を用いた場合、波長405nmの光を照射すればよい。また、光分解性保護基としてDEACM基を用いた場合、波長405nmの光、波長445nmの光等を照射すればよい。
【0040】
光を照射した結果、局在化剤から光分解性保護基が脱離する。続いて、局在化剤のリガンドとして機能する基とタグタンパク質とが結合し、タグタンパク質が対象タンパク質と共に細胞膜又はゴルジ体に局在する。
【0041】
実施例において後述するように、第2実施形態の方法により、1細胞レベルで、あるいは、1細胞上の特定の領域でタグタンパク質の局在化を制御することができる。
【0042】
第2実施形態の方法は、工程(a2)の後に、前記細胞内に前記タグタンパク質のリガンドを導入する工程(b)を更に含んでいてもよい。第2実施形態の方法における工程(b)は、第1実施形態の方法における工程(b)と同様である。
【0043】
この場合、前記工程(b)において、前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが競合し、細胞膜又はゴルジ体に局在した前記タグタンパク質の少なくとも一部において前記リガンドとして機能する基と前記リガンドが置換し、その結果、前記対象タンパク質が細胞膜又はゴルジ体から移動する。すなわち、対象タンパク質の局在化が解消される。工程(b)により、局在化させた対象物質の局在化を制御して解消させることができる。
【0044】
上述した第1実施形態の方法又は第2実施形態の方法において、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質は、前記融合タンパク質のN末端若しくはC末端又は前記タグタンパク質の内部に、リジン残基が4~10個連続したアミノ酸配列を有していてもよい。ここで、リジン残基の数は4~8個であってもよいし、4~7個であってもよいし、6個(KKKKKK、配列番号1)であってもよい。
【0045】
実施例において後述するように、融合タンパク質のN末端若しくはC末端又は前記タグタンパク質の内部に、リジン残基が4~10個連続したアミノ酸配列が配置されている場合、融合タンパク質は細胞膜に特異的に局在化する傾向にある。
【0046】
ここで、N末端とは、N末端の近傍であればよく、例えばN末端から数アミノ酸の位置に、リジン残基が4~10個連続したアミノ酸配列が配置されていればよい。同様に、C末端とは、C末端の近傍であればよく、例えばC末端から数アミノ酸の位置に、リジン残基が4~10個連続したアミノ酸配列が配置されていればよい。ここで、数アミノ酸とは、例えば1~10アミノ酸であってもよく、例えば1~5アミノ酸であってもよく、例えば1~3アミノ酸であってもよい。また、リジン残基が4~10個連続したアミノ酸配列がタグタンパク質の内部に存在する場合、その位置は、タグタンパク質がそのリガンドと結合する機能を維持している限り特に限定されない。
【0047】
[キット]
1実施形態において、本発明は、上述した局在化剤を含む、細胞内におけるタグタンパク質の局在制御用キットを提供する。本実施形態のキットを用いることにより、細胞内におけるタグタンパク質の局在を制御することができる。
【0048】
本実施形態のキットにおいて、局在化剤は、光分解性保護基を有するものであってもよいし、有しないものであってもよい。
【0049】
本実施形態のキットは、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質の発現ベクター、又は、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質作製用ベクターを更に含んでいてもよい。
【0050】
本実施形態のキットにおいて、細胞としては上述したものと同様のものを用いることができる。本実施形態のキットが、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞を含む場合、上述した局在化剤を当該細胞に導入することにより、細胞内におけるタグタンパク質の局在を制御することができる。
【0051】
本実施形態のキットが、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質の発現ベクターを含む場合、所望の細胞に当該発現ベクターを導入して発現させることにより、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞を調製することができる。この細胞に上述した局在化剤を導入することにより、細胞内におけるタグタンパク質の局在を制御することができる。
【0052】
対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質作製用ベクターとは、例えば、プロモーターの下流に、タグタンパク質をコードする遺伝子及びマルチクローニングサイトを含むベクターが挙げられる。タグタンパク質をコードする遺伝子とマルチクローニングサイトは、いずれがプロモーター側に配置されていてもよい。融合タンパク質作製用ベクターのマルチクローニングサイトに所望の対象タンパク質をコードする遺伝子をクローニングすることにより、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質の発現ベクターを調製することができる。
【0053】
続いて、所望の細胞に当該発現ベクターを導入して発現させることにより、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞を調製することができる。この細胞に上述した局在化剤を導入することにより、細胞内におけるタグタンパク質の局在を制御することができる。
【0054】
本実施形態のキットは、タグタンパク質のリガンドを更に含んでいてもよい。実施例において後述するように、タグタンパク質を局在化させた後、タグタンパク質のリガンドを細胞に導入することにより、タグタンパク質の局在化を解消することができる。
【実施例】
【0055】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
[実験例1]
(mgcTMPによる局在化の自発的な解消)
ヒト子宮頚癌由来の細胞株であるHeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としてはEGFPを使用し、タグタンパク質としてeDHFRを使用した。
図1(a)は、発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。融合タンパク質のN末端側にeDHFRを、C末端側にEGFPを配置した。更に、融合タンパク質のN末端にはK6タグを配置した。発現させた融合タンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。以下、この融合タンパク質を「K6-DG」という場合がある。
【0057】
続いて、融合タンパク質(K6-DG)を発現させたHeLa細胞(以下、「K6-DG発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmgcTMPを添加した。続いて、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0058】
図1(b)~(d)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図1(b)は、mgcTMPの添加前のK6-DG発現細胞の写真である。また、
図1(c)は、mgcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。
図1(d)は、mgcTMPの添加から40分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。
【0059】
その結果、mgcTMPの添加から10分後に、EGFPが細胞膜に局在したことが明らかとなった。しかしながら、mgcTMPの添加から40分後には、EGFPの局在化が自発的に解消してしまうことが明らかとなった。
【0060】
[実験例2]
(mgDcTMPによる局在化の検討)
mgcTMPのシステイン残基をD体に置換した局在化剤(以下、「mgDcTMP」という場合がある。)を合成し、タグタンパク質の局在化能を検討した。
【0061】
《mgDcTMPの合成》
まず、下記スキーム(1)にしたがって、mgDcTMPを合成した。
【0062】
【0063】
具体的には、9-フルオレニルメチルオキシカルボニル(Fmoc)保護基を利用した標準的な固相ペプチド合成プロトコールにしたがってRinkアミド樹脂上でmgDcTMPを合成した。
【0064】
Fmoc脱保護は、室温で15分間、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)中、20%ピペリジンを用いて行った。また、アミノ酸カップリング反応は、DMF中、Fmoc保護アミノ酸(4.1当量)、1-[ビス(ジメチルアミノ)メチレン]-1H-ベンゾトリアゾリウム3-オキシドヘキサフルオロホスフェート(HBTU、4.0当量)、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt、4.0当量)及びN,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA、8.0当量)の混合物を用いて室温で行った。また、全てのFmoc脱保護およびカップリング工程は、Kaiser試験によってモニターした。また、全ての洗浄手順はDMFを用いて行った。
【0065】
まず、Rinkアミド樹脂(0.65mmol/g)(185mg、120μmol)をFmoc脱保護し、洗浄した。続いて、Fmoc-Lys(ivDde)-OHを樹脂にカップリングさせ、DMFで洗浄した。
【0066】
続いて、Fmoc-Adox-OH、Fmoc-D-Cys(Trt)-OH、Fmoc-Gly-OHをビルディングブロックとして、Fmoc脱保護及びカップリング反応を繰り返した。
【0067】
また、N末端は、DMF/CH2Cl2(1:1)中、ミリスチン酸(4.1当量)、HBTU(4.0当量)、HOBt(4.0)及びDIPEA(8.0当量)の混合物を用いてミリストイル化した。
【0068】
続いて、5%ヒドラジンを含有するDMFで処理することにより、ivDde基を選択的に脱保護した。
【0069】
続いて、DMF中、化合物X1(3.1当量)、HBTU(3.0当量)、HOBt(3.0当量)及びDIPEA(8.0当量)の混合物を反応させて、化合物X1をリジン残基の側鎖に結合させた。
【0070】
Trt脱保護及び樹脂からの切断は、5%エタンジチオール(EDT)及び2.5%水を含有するTFAを用いて実施した。続いて、粗生成物をジエチルエーテルで沈殿させ、セミ分取C18カラム上、0.1%TFAと0.1%水和TFAを含むアセトニトリルの直線勾配を用いた逆相HPLCにより精製し、mgDcTMPを白色の固体として得た。
【0071】
1H NMR(400MHz、CD3OD):δ0.89(3H、t)、1.28(22H、m)、1.40(2H、m)、1.53(2H、m)、1.62(2H、m)、1.71(2H、m)、1.80(2H、m)、2.26(4H、m)、2.86(2H、m)、3.18(2H、t)、3.41(2H、m)、3.45(4H、m)、3.59(6H、m)、3.66(14H、m)、3.80(6H、s)、3.88(2H、s、s)、3.92(2H、t)、4.00(4H、s)、4.03(2H、s)、4.42(1H、m)、4.50(1H、m)、6.56(2H、s)、7.22(1H、s).
【0072】
《mgDcTMPによる局在化の検討》
K6-DG発現細胞の培地に、終濃度10μMとなるようにmgDcTMPを添加し、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。また、比較のためにK6-DG発現細胞の培地に終濃度10μMのmgcTMPを添加した群も用意した。
【0073】
図2(a)~(f)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図2(a)は、mgcTMPの添加前のK6-DG発現細胞の写真である。また、
図2(b)は、mgcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。また、
図2(c)は、mgcTMPの添加から90分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。
【0074】
また、
図2(d)は、mg
DcTMPの添加前のK6-DG発現細胞の写真である。また、
図2(e)は、mg
DcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。また、
図2(f)は、mg
DcTMPの添加から90分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。
【0075】
その結果、実験例1の結果と同様に、mgcTMPの添加から10分後に、EGFPが細胞膜に局在したことが明らかとなった。しかしながら、mgcTMPの添加から90分後には、EGFPの局在化が自発的に解消してしまうことが明らかとなった。
【0076】
また、mgDcTMPの添加から10分後に、EGFPが細胞膜に局在したことが明らかとなった。しかしながら、mgDcTMPの添加から90分後には、EGFPの局在化が自発的に解消してしまうことが明らかとなった。
【0077】
以上の結果から、mgcTMPの代わりにmgDcTMPを用いても、EGFPの局在化の自発的な解消を防ぐことができないことが明らかとなった。
【0078】
[実験例3]
(mDcTMPによる局在化の検討)
mgcTMPからグリシン残基を除去し、更にシステイン残基をD体に置換した化合物(以下、「mDcTMP」という場合がある。)を合成し、タグタンパク質の局在化能を検討した。
【0079】
《mDcTMPの合成》
まず、下記スキーム(2)にしたがってmDcTMPを合成した。具体的には、Fmoc-D-Cys(Trt)-OHを樹脂にカップリングさせた後、Fmoc-Gly-OHをカップリングさせずにN末端をミリストイル化した点以外は実験例2におけるスキーム1と同様の反応を行った。続いて、生成物を逆相HPLCにより精製し、mDcTMPを白色の固体として得た。
【0080】
【0081】
1H NMR(400MHz、CD3OD):δ0.89(3H、t)、1.28(22H、m)、1.40(2H、m)、1.53(2H、m)、1.61(2H、m)、1.71(2H、m)、1.82(2H、m)、2.25(4H、 m)、2.84(2H、m)、3.18(2H、t)、3.46(6H、 m)、3.59(6H、m)、3.66(14H、m)、3.80(6H、s)、3.92(2H、t)、4.00(4H、s)、4.03(2H、s)、4.44(2H、m)、6.56(2H、s)、7.22(1H、s).
【0082】
《mDcTMPによる局在化の検討》
K6-DG発現細胞の培地に、終濃度10μMとなるようにmDcTMPを添加し、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。また、mDcTMPの添加から120分後に、培地に終濃度100μMのリガンドを更に添加し、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。リガンドとしては、フリーのトリメトプリム(以下、「TMP」という場合がある。)を使用した。
【0083】
図3(a)~(c)は、比較のために示した結果であり、K6-DG発現細胞の培地に終濃度10μMのmgcTMPを添加した場合の共焦点レーザー顕微鏡写真である。また、
図3(d)~(g)は、K6-DG発現細胞の培地に終濃度10μMのm
DcTMPを添加した結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。また、
図3(h)は、K6-DG発現細胞の培地にm
DcTMPを添加してから120分後に、TMPを更に添加した結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【0084】
図3(a)は、mgcTMPの添加前のK6-DG発現細胞の写真である。また、
図3(b)は、mgcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。また、
図3(c)は、mgcTMPの添加から90分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。
【0085】
また、
図3(d)は、m
DcTMPの添加前のK6-DG発現細胞の写真である。また、
図3(e)は、m
DcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。また、
図3(f)は、m
DcTMPの添加から90分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。また、
図3(g)は、m
DcTMPの添加から120分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。また、
図3(h)は、m
DcTMPの添加から120分後にTMPを更に添加して20分後、すなわち、m
DcTMPの添加から140分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。
【0086】
また、
図3(i)は、図(a)~(c)、(d)~(h)の結果を数値化したグラフである。
図3(i)中、縦軸は標準化した細胞質内の蛍光強度(相対値)を表し、横軸は局在化剤の添加後の時間(分)を表す。
【0087】
その結果、mgcTMPでは、添加から90分後には、EGFPの局在化が自発的に解消してしまうのに対し、mDcTMPでは、少なくとも添加から120分後であっても、EGFPの局在化が維持されることが明らかとなった。更に、フリーのTMPを添加することによって、所望のタイミングでEGFPの局在を元に戻すことができることが明らかとなった。
【0088】
[実験例4]
(mDcTMPのミリストイル基部分の構造の検討)
mDcTMPのミリストイル基部分の炭素数及び二重結合の数を改変し、タグタンパク質の局在化能を検討した。まず、下記式(20)で表される化合物における、R3で表される基を様々に改変した化合物をそれぞれ合成した。
【0089】
【0090】
具体的には、実験例2におけるスキーム1を適宜改変して、上記式(20)におけるR3が、下記式(21)に示すノナノイル基、下記式(22)に示すデカノイル基、下記式(23)に示すラウロイル基、下記式(24)に示すパルミトイル基、下記式(25)に示すステアロイル基、下記式(26)に示すオレオイル基である化合物をそれぞれ合成した。
【0091】
【0092】
続いて、K6-DG発現細胞の培地に、終濃度10μMとなるように各化合物をそれぞれ添加し、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
図4(a)~(l)は、K6-DG発現細胞の培地に終濃度5μMの各化合物をそれぞれ添加した結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【0093】
図4(a)及び(b)は、それぞれ、上記式(20)におけるR
3が、上記式(21)に示すノナノイル基である化合物の添加前及び添加から60分後のK6-DG発現細胞の写真である。
【0094】
図4(c)及び(d)は、それぞれ、上記式(20)におけるR
3が、上記式(22)に示すデカノイル基である化合物の添加前及び添加から60分後のK6-DG発現細胞の写真である。
【0095】
図4(e)及び(f)は、それぞれ、上記式(20)におけるR
3が、上記式(23)に示すラウロイル基である化合物の添加前及び添加から60分後のK6-DG発現細胞の写真である。
【0096】
図4(g)及び(h)は、それぞれ、上記式(20)におけるR
3が、上記式(24)に示すパルミトイル基である化合物の添加前及び添加から60分後のK6-DG発現細胞の写真である。
【0097】
図4(i)及び(j)は、それぞれ、上記式(20)におけるR
3が、上記式(25)に示すステアロイル基である化合物の添加前及び添加から60分後のK6-DG発現細胞の写真である。
【0098】
図4(k)及び(l)は、それぞれ、上記式(20)におけるR
3が、上記式(26)に示すオレオイル基である化合物の添加前及び添加から60分後のK6-DG発現細胞の写真である。
【0099】
その結果、上記式(20)におけるR3が、上記式(21)に示すノナノイル基である化合物では、EGFPの細胞膜への局在化の効率が顕著に低下することが明らかになった。これに対し、上記式(20)におけるR3が、上記式(22)に示すデカノイル基である化合物、上記式(23)に示すラウロイル基である化合物、上記式(24)に示すパルミトイル基である化合物、上記式(25)に示すステアロイル基である化合物、上記式(26)に示すオレオイル基である化合物では、EGFPの細胞膜への局在化が認められた。
【0100】
以上の結果から、上記式(20)で表される化合物において、R3が炭素数10以上で飽和又は不飽和の直鎖状炭化水素基を有するアシル基であれば、タグタンパク質の局在化能を有することが明らかとなった。換言すれば、下記式(27)に示す化合物におけるR2が、炭素数9以上で飽和又は不飽和の直鎖状炭化水素基であれば、タグタンパク質の局在化能を有することが明らかとなった。
【0101】
【0102】
[実験例5]
(融合タンパク質へのK6タグの付加の影響1)
HeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としてはEGFPを使用し、タグタンパク質としてeDHFRを使用した。
図5(a)は発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。融合タンパク質のN末端側にeDHFRを、C末端側にEGFPを配置した。以下、この融合タンパク質を「DG」という場合がある。DGのアミノ酸配列を配列番号3に示す。
【0103】
また、DGのN末端にK6タグを配置した融合タンパク質(以下、「K6-DG」という場合がある。)を発現させたHeLa細胞も用意した。
図5(b)はK6-DGの構造を示す模式図である。K6-DGのアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0104】
続いて、DGを発現させたHeLa細胞(以下、「DG発現細胞」という場合がある。)及びK6-DGを発現させたHeLa細胞(以下、「K6-DG発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmgcTMPをそれぞれ添加した。続いて、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0105】
図5(c)~(f)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図5(c)は、mgcTMPの添加前のDG発現細胞の写真である。また、
図5(d)は、mgcTMPの添加から10分後に撮影したDG発現細胞の写真である。また、
図5(e)は、mgcTMPの添加前のK6-DG発現細胞の写真である。また、
図5(f)は、mgcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。
【0106】
その結果、DG発現細胞では、mgcTMPの添加から10分後に、EGFPが細胞膜及びゴルジ体に局在したことが明らかとなった。一方、K6-DG発現細胞では、mgcTMPの添加から10分後に、EGFPが細胞膜に局在したことが明らかとなった。
【0107】
以上の結果から、融合タンパク質のN末端にK6タグをつけると細胞膜への局在化の特異性が向上することが明らかとなった。
【0108】
[実験例6]
(融合タンパク質へのK6タグの付加の影響2)
HeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としてはEGFPを使用し、タグタンパク質としてeDHFRを使用した。融合タンパク質のN末端側にEGFPを、C末端側にeDHFRを配置した。また、EGFPとeDHFRとの間にK6タグを配置した。
図6(a)は発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。以下、この融合タンパク質を「G-K6-D」という場合がある。G-K6-Dのアミノ酸配列を配列番号4に示す。
【0109】
続いて、G-K6-Dを発現させたHeLa細胞(以下、「G-K6-D発現細胞」という場合がある。)、実験例5と同様のDG発現細胞及びK6-DG発現細胞の培地に終濃度10μMとなるようにmDcTMPをそれぞれ添加した。続いて、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0110】
図6(b)~(g)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図6(b)は、m
DcTMPの添加前のDG発現細胞の写真である。また、
図6(c)は、m
DcTMPの添加から90分後に撮影したDG発現細胞の写真である。また、
図6(d)は、m
DcTMPの添加前のK6-DG発現細胞の写真である。また、
図6(e)は、m
DcTMPの添加から90分後に撮影したK6-DG発現細胞の写真である。また、
図6(f)は、m
DcTMPの添加前のG-K6-D発現細胞の写真である。また、
図6(g)は、m
DcTMPの添加から90分後に撮影したG-K6-D発現細胞の写真である。
【0111】
その結果、DG発現細胞では、mDcTMPの添加から90分後に、EGFPが細胞膜及びゴルジ体に局在したことが明らかとなった。また、K6-DG発現細胞では、mDcTMPの添加から90分後に、EGFPが細胞膜に局在したことが明らかとなった。また、G-K6-D発現細胞では、mDcTMPの添加から90分後に、EGFPが細胞膜及びゴルジ体に局在したことが明らかとなった。
【0112】
以上の結果から、融合タンパク質の内部にK6タグを付加しても、細胞膜への局在化の特異性は向上しないことが明らかとなった。
【0113】
[実験例7]
(融合タンパク質へのK6タグの付加の影響3)
HeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としてはEGFPを使用し、タグタンパク質としてFKBP12(F36V)を使用した。融合タンパク質のN末端側にEGFPを、C末端側にFKBP12(F36V)を配置した。また、FKBP12(F36V)のC末端側にK6タグを配置した。
図7(a)は発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。以下、この融合タンパク質を「EGFP-FKBP-K6」という場合がある。EGFP-FKBP-K6のアミノ酸配列を配列番号5に示す。
【0114】
《mDcSLF*の合成》
下記スキーム(3)にしたがってmDcSLF*を合成した。具体的には、化合物X1の代わりに下記式(X2)で表される化合物を使用した点、Fmoc-D-Cys(Trt)-OHを樹脂にカップリングさせた後、Fmoc-Gly-OHをカップリングさせずにN末端をミリストイル化した点、Fmoc-Adox-OHのカップリング回数が異なる点、使用した樹脂及び樹脂からの切り出し条件が異なる点以外は実験例2におけるスキーム1と同様の反応を行った。続いて、生成物を逆相HPLCにより精製し、mDcSLF*を白色の固体として得た。
【0115】
【0116】
1H NMR (400MHz、CD3OD):δ0.83-0.91(6H、 m)、1.25-1.38(20H、m)、1.59-2.10(16H、m)、2.26-2.37(4H、m)、2.50(2H、m)、2.69-2.85(3H、m)、 3.42-3.46(10H、m)、3.57-3.69(39H、m)、3.80-3.82(10H、m)、4.46-4.52(4H、m)、5.39(1H、m)、5.58(1H、m)、6.54(1H、d)、6.58(2H、s)、6.68(1H、d)、6.73(1H、d)、6.79(1H、 s)、6.84-6.87(2H、m)、7.19(1H、m).
【0117】
《mDcSLF*による局在化の検討》
EGFP-FKBP-K6を発現させたHeLa細胞(以下、「EGFP-FKBP-K6発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度5μMとなるようにmDcSLF*を添加した。続いて、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0118】
図7(b)及び(c)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図7(b)は、m
DcSLF
*の添加前のEGFP-FKBP-K6発現細胞の写真である。また、
図7(c)は、m
DcSLF
*の添加から120分後に撮影したEGFP-FKBP-K6発現細胞の写真である。その結果、m
DcSLF
*の添加から120分後に、EGFPが細胞膜に局在したことが明らかとなった。
【0119】
以上の結果から、融合タンパク質のC末端にK6タグを付加しても、細胞膜への局在化の特異性を向上させることができることが明らかとなった。
【0120】
また、タグタンパク質及びリガンドとして機能する基の組み合わせが、TMP及びeDHFRの組み合わせ以外の組み合わせであっても、タグタンパク質を局在化させることができることが明らかとなった。
【0121】
[実験例8]
(融合タンパク質へのK6タグの付加の影響4)
HeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としては蛍光タンパク質であるmCherryを使用し、タグタンパク質としてFKBP12(F36V)を使用した。融合タンパク質のN末端側にFKBP12(F36V)を、C末端側にmCherryを配置した。
図8(a)は発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。以下、この融合タンパク質を「FKBP-mCherry」という場合がある。FKBP-mCherryのアミノ酸配列を配列番号6に示す。
【0122】
FKBP-mCherryを発現させたHeLa細胞(以下、「FKBP-mCherry発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度5μMとなるようにmDcSLF*を添加した。続いて、mCherryの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0123】
図8(b)及び(c)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図8(b)は、m
DcSLF
*の添加前のFKBP-mCherry発現細胞の写真である。また、
図8(c)は、m
DcSLF
*の添加から60分後に撮影したFKBP-mCherry発現細胞の写真である。その結果、m
DcSLF
*の添加から60分後に、mCherryがゴルジ体に局在したことが明らかとなった。
【0124】
以上の結果から、K6タグを有しない融合タンパク質は、ゴルジ体に局在化する傾向にあることが明らかとなった。
【0125】
また、対象タンパク質及びタグタンパク質の組み合わせが、EGFP及びFKBP12(F36V)の組み合わせ以外の組み合わせであっても、タグタンパク質を局在化させることができることが明らかとなった。
【0126】
[実験例9]
(m
DcSAによる局在化の検討1)
HeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としてはEGFPを使用し、タグタンパク質として炭酸脱水酵素Iタンパク質(以下、「CAI」という場合がある。)を使用した。融合タンパク質のN末端側にCAIを、C末端側にEGFPを配置した。
図9(a)は発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。以下、この融合タンパク質を「CAI-EGFP」という場合がある。CAI-EGFPのアミノ酸配列を配列番号7に示す。
【0127】
《mDcSAの合成》
下記スキーム(4)にしたがってmDcSAを合成した。具体的には、化合物X1の代わりに下記式(X3)で表される化合物を使用した点、Fmoc-D-Cys(Mmt)-OHを樹脂にカップリングさせた後、Fmoc-Gly-OHをカップリングさせずにN末端をミリストイル化した点、Fmoc-Adox-OHのカップリング回数が異なる点、使用した樹脂及び樹脂からの切り出し条件が異なる点以外は実験例2におけるスキーム1と同様の反応を行った。続いて、生成物を逆相HPLCにより精製し、mDcSAを白色の固体として得た。
【0128】
【0129】
1H NMR(400MHz,CD3OD):δ0.88-0.91(3H、t、J=6.0Hz)、1.28-1.31(22H、m)、1.47-1.67(7H、m)、2.26(2H、t、J=8.0Hz)、2.73-2.88(2H、m)、3.37-3.46(12H、m)、3.54-3.61(10H、m)、3.65-3.67(20H、m)、3.99-4.02(10H、m)、4.43-4.48(2H、m)、7.94-7.99(4H、m).
【0130】
《mDcSAによる局在化の検討》
CAI-EGFPを発現させたHeLa細胞(以下、「CAI-EGFP発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度100μMとなるようにmDcSAを添加した。続いて、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0131】
図9(b)及び(c)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図9(b)は、m
DcSAの添加前のCAI-EGFP発現細胞の写真である。また、
図9(c)は、m
DcSAの添加から60分後に撮影したCAI-EGFP発現細胞の写真である。その結果、m
DcSAの添加から60分後に、EGFPがゴルジ体に局在したことが明らかとなった。
【0132】
以上の結果から、K6タグを有しない融合タンパク質は、ゴルジ体に局在化する傾向にあることが更に支持された。
【0133】
また、タグタンパク質及びリガンドとして機能する基の組み合わせが、TMP及びeDHFRの組み合わせ以外の組み合わせであっても、タグタンパク質を局在化させることができることが更に支持された。
【0134】
[実験例10]
(m
DcSAによる局在化の検討2)
HeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としてはEGFPを使用し、タグタンパク質として炭酸脱水酵素IIタンパク質(以下、「CAII」という場合がある。)を使用した。融合タンパク質のN末端側にCAIIを、C末端側にEGFPを配置した。
図10(a)は発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。以下、この融合タンパク質を「CAII-EGFP」という場合がある。CAII-EGFPのアミノ酸配列を配列番号8に示す。
【0135】
CAII-EGFPを発現させたHeLa細胞(以下、「CAII-EGFP発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmDcSAを添加した。続いて、EGFPの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0136】
図10(b)及び(c)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図10(b)は、m
DcSAの添加前のCAII-EGFP発現細胞の写真である。また、
図10(c)は、m
DcSAの添加から60分後に撮影したCAII-EGFP発現細胞の写真である。その結果、m
DcSAの添加から60分後に、EGFPがゴルジ体に局在したことが明らかとなった。
【0137】
以上の結果から、K6タグを有しない融合タンパク質は、ゴルジ体に局在化する傾向にあることが更に支持された。
【0138】
また、タグタンパク質及びリガンドとして機能する基の組み合わせが、TMP及びeDHFRの組み合わせ以外の組み合わせであっても、タグタンパク質を局在化させることができることが更に支持された。
【0139】
[実験例11]
(mDcTMPを用いた細胞内シグナルの制御1)
mDcTMPを用いた細胞内シグナルを制御した。まず、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を用意した。対象タンパク質としてはEGFP及びcRafを使用した。タグタンパク質としてeDHFRを使用した。融合タンパク質のN末端側から順に、eDHFR、EGFP、cRafを配置した。また、eDHFRのN末端側に更にK6タグを配置した。
【0140】
図11(a)は使用した融合タンパク質の構造を示す模式図である。以下、この融合タンパク質を「K6-DG-cRaf」という場合がある。K6-DG-cRafのアミノ酸配列を配列番号9に示す。
【0141】
また、mCherryとERKの融合タンパク質(以下、「mCherry-ERK」という場合がある。)を用意した。
図11(b)はmCherry-ERKの構造を示す模式図である。mCherry-ERKのアミノ酸配列を配列番号10に示す。
【0142】
続いて、K6-DG-cRaf及びmCherry-ERKをHeLa細胞に発現させた。続いて、K6-DG-cRaf及びmCherry-ERKを発現させたHeLa細胞(以下、「K6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmDcTMPを添加した。続いて、EGFPの蛍光及びmCherryの蛍光をそれぞれ共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0143】
cRafを細胞膜に局在させると、MEKを活性化し、更にERKを活性化することができる。ERKは、不活性状態では細胞質に局在するが、活性化すると核内に移行する。
【0144】
EGFPの蛍光を観察することにより、K6-DG-cRafの局在を検出することができる。また、mCherryの蛍光を観察することにより、mCherry-ERKの局在を検出することができる。
【0145】
図12(a)~(f)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図12(a)及び(d)は、m
DcTMPの添加前のK6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。また、
図12(b)及び(e)は、m
DcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。また、
図12(c)及び(f)は、m
DcTMPの添加から70分後に撮影したK6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。
【0146】
また、
図12(a)~(c)はK6-DG-cRafのEGFPの蛍光を観察した結果であり、
図12(d)~(f)はmCherry-ERKのmCherryの蛍光を観察した結果である。
【0147】
その結果、mDcTMPの添加から10分後に、K6-DG-cRafが細胞膜に局在し、mCherry-ERKが核内に移行したことが明らかとなった。また、この状態はmDcTMPの添加から70分後にも維持されていた。この結果は、mDcTMPを用いて細胞内シグナルを制御することができることを示す。
【0148】
[実験例12]
(mDcTMPを用いた細胞内シグナルの制御2)
実験例11と同様のK6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞の培地に終濃度10μMとなるようにmDcTMPを添加した。また、mDcTMPの添加から20分後に終濃度100μMのリガンドを更に添加した。リガンドとしては、フリーのトリメトプリム(以下、「TMP」という場合がある。)を使用した。続いて、EGFPの蛍光及びmCherryの蛍光をそれぞれ共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0149】
図13(a)~(f)は、共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図13(a)及び(d)は、m
DcTMPの添加前のK6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。また、
図13(b)及び(e)は、m
DcTMPの添加から10分後に撮影したK6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。また、
図13(c)及び(f)は、m
DcTMPの添加から70分後に撮影したK6-DG-cRaf及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。
【0150】
また、
図13(a)~(c)はK6-DG-cRafのEGFPの蛍光を観察した結果であり、
図13(d)~(f)はmCherry-ERKのmCherryの蛍光を観察した結果である。
【0151】
その結果、mDcTMPの添加から10分後に、K6-DG-cRafが細胞膜に局在し、mCherry-ERKが核内に移行したことが明らかとなった。また、TMPを添加することにより、K6-DG-cRafの細胞膜への局在が解消し、その結果、mCherry-ERKが不活性状態となり、mCherry-ERKの核内への局在も解消したことが明らかとなった。この結果は、mDcTMPを用いて細胞内シグナルを可逆的に制御することができることを示す。
【0152】
図14は、実験例11及び実験例12の結果を示すグラフである。
図14中、「m
DcTMP」は、実験例11の結果であることを示し、「m
DcTMP→TMP」は、実験例12の結果であることを示し、「Normalized nucleus/cytoplasm ratio of mCherry-ERK」はmCherryの蛍光強度の核/細胞質比を標準化した値であることを示し、「Normalized cytosolic fluorescence intensity of K6-DG-cRaf」は細胞質におけるEGFPの蛍光強度を標準化した値であることを示す。
【0153】
[実験例13]
(mDcNVOCTMPの合成)
ケージド局在化剤を合成した。具体的には、mDcTMPのトリメトプリム基に光分解性保護基が更に結合した化合物である、mDcNVOCTMPを合成した。光分解性保護基として、上記式(11)で表されるNVOC基を使用した。NVOC基は、例えば波長405nmの光を照射することにより脱保護することができる。mDcNVOCTMPの合成は、下記スキーム(5)にしたがって行った。
【0154】
【0155】
1H NMR(400MHz、d-DMSO):δ0.89(t、3H)、1.43-1.25(m、22H)、1.86-1.49(m、10H)、2.28-2.23(m、4H)、2.78-2.72(m、1H)、2.88-2.83(m、1H)、3.18(t、2H)、3.70-3.34(m、24H)、3.76(s、6H)、4.04-3.84(m、12H)、4.47-4.40(m、2H)、5.60(s、2H)、6.54(s、2H)、7.20(s、1H)、7.70(s、1H)、7.77(s、1H).
【0156】
[実験例14]
(光照射による局在化誘導1)
HeLa細胞に、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現させた。対象タンパク質としては蛍光タンパク質であるmScarlet Iを使用し、タグタンパク質としてeDHFRを使用した。また、eDHFRのN末端にK6タグを配置した。
【0157】
図15(a)は発現させた融合タンパク質の構造を示す模式図である。以下、この融合タンパク質を「K6-DS」という場合がある。K6-DSのアミノ酸配列を配列番号11に示す。
【0158】
続いて、K6-DSを発現させたHeLa細胞(以下、「K6-DS発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmDcNVOCTMPを添加した。続いて、mDcNVOCTMPの添加から5分後に細胞を洗浄した。また、比較のために、mDcNVOCTMPを添加しなかったK6-DS発現細胞も用意した。続いて、波長405nmの光を2.6秒間照射し、mScarlet Iの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0159】
図15(b)~(d)は、m
Dc
NVOCTMPを添加したK6-DS発現細胞の共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図15(b)は、光照射前のK6-DS発現細胞の写真である。また、
図15(c)は、実験開始から10秒後のK6-DS発現細胞の写真である。また、
図15(d)は、実験開始から60秒後のK6-DS発現細胞の写真である。また、
図15(e)は、実験結果を数値化したグラフである。
図15(e)中、横軸は時間(秒)を示し、縦軸は細胞質の蛍光強度比を示し、「+m
Dc
NVOCTMP」はm
Dc
NVOCTMPを添加したK6-DS発現細胞の結果であることを示し、「-m
Dc
NVOCTMP」はm
Dc
NVOCTMPを添加しなかったK6-DS発現細胞の結果であることを示す。
【0160】
その結果、mDcNVOCTMPを添加したK6-DS発現細胞では、光照射の直後にmScarlet Iが細胞膜に局在したことが明らかとなった。
【0161】
以上の結果から、光分解性保護基を有する化合物を使用することにより、タグタンパク質の局在化誘導を光照射で制御することが可能であることが明らかとなった。
【0162】
[実験例15]
(光照射による局在化誘導2)
図16は、m
Dc
NVOCTMPの吸収スペクトルを測定した結果を示すグラフである。
図16に示すように、m
Dc
NVOCTMPは、波長405nmの光を吸収するが、波長445nmの光をほとんど吸収しないことが明らかとなった。
【0163】
続いて、K6-DS発現細胞に、mDcNVOCTMP、波長405nmの光照射、波長445nmの光照射、フリーのトリメトプリム(以下、「TMP」という場合がある。)を様々な組み合わせで作用させ、mScarlet Iの蛍光をそれぞれ共焦点レーザー顕微鏡で観察した。続いて、共焦点レーザー顕微鏡写真に基づいて、タグタンパク質の局在移行効率を測定した。mDcNVOCTMPは終濃度10μMで添加し、波長405nmの光は2.6秒間照射し、波長445nmの光は2.6秒間照射し、TMPは終濃度100μMで添加した。
【0164】
図17は、タグタンパク質の局在移行効率を測定した結果を示すグラフである。
図17中、「-」は、m
Dc
NVOCTMP、TMPを添加しなかったこと、又は、波長405nmの光照射、波長445nmの光照射を行わなかったことを示し、「+」は、m
Dc
NVOCTMP、TMPを添加したこと、又は、波長405nmの光照射、波長445nmの光照射を行ったことを示す。
【0165】
また、グラフの縦軸は下記式(F1)により算出した局在移行効率を示す。
局在移行効率=1-(実験開始5分後における細胞質の蛍光強度/実験開始時(0分)における細胞質の蛍光強度) …(F1)
【0166】
その結果、mDcNVOCTMPを添加し、波長405nmの光照射を行った場合にmScarlet Iが細胞膜に局在したことが明らかとなった。また、TMPの存在下ではmScarlet Iの細胞膜への局在が抑制されたことが明らかとなった。
【0167】
[実験例16]
(光照射による局在化誘導3)
1細胞レベルでの光照射による局在化誘導を検討した。まず、K6-DS発現細胞の培地にm
Dc
NVOCTMPを終濃度10μMで添加し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
図18(a)は、実験開始時の共焦点レーザー顕微鏡写真である。続いて、共焦点レーザー顕微鏡の機能を使って、
図18(a)中、「Cell
1」と示す細胞のみに対し、波長405nmの光を2.6秒間照射した。
図18(a)は、実験開始から60秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。その結果、「Cell
1」と示す細胞において、mScarlet Iが細胞膜に局在したことが明らかとなった。
【0168】
図18(c)は、実験開始から600秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。続いて、共焦点レーザー顕微鏡の機能を使って、
図18(c)中、「Cell
2」と示す細胞のみに対し、波長405nmの光を2.6秒間照射した。
図18(d)は、実験開始から660秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。その結果、「Cell
2」と示す細胞において、mScarlet Iが細胞膜に局在したことが明らかとなった。
【0169】
図18(e)は、実験開始から1200秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。続いて、共焦点レーザー顕微鏡の機能を使って、
図18(e)中、「Cell
3」と示す細胞のみに対し、波長405nmの光を2.6秒間照射した。
図18(f)は、実験開始から1260秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。その結果、「Cell
3」と示す細胞において、mScarlet Iが細胞膜に局在したことが明らかとなった。また、
図18(f)には「Cell
4」と示す細胞の位置も示す。
【0170】
図18(g)は、実験開始から1800秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。続いて、細胞の培地にフリーのTMPを終濃度100μMで添加した。
図18(h)は、実験開始から2400秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。その結果、「Cell
1」、「Cell
2」、「Cell
3」と示す細胞において、mScarlet Iの細胞膜への局在が解消したことが明らかとなった。
【0171】
図18(i)は、
図18(a)~(h)において、「Cell
1」、「Cell
2」、「Cell
3」、「Cell
4」と示す細胞における、細胞質の蛍光強度比の変化を数値化したグラフである。横軸は実験開始からの時間(秒)を示す。
【0172】
[実験例17]
(光照射による局在化誘導4)
光照射による細胞運動シグナルの制御を検討した。まず、対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を用意した。対象タンパク質としてはmScarlet I及びTiam1を使用した。タグタンパク質としてeDHFRを使用した。融合タンパク質のN末端側から順に、eDHFR、mScarlet I、Tiam1を配置した。また、eDHFRのN末端側に更にK6タグを配置した。以下、この融合タンパク質を「K6-DS-Tiam1」という場合がある。K6-DS-Tiam1のアミノ酸配列を配列番号12に示す。
【0173】
また、LifeactとmNeonGreenの融合タンパク質(以下、「Lifeact-mNeonGreen」という場合がある。)を用意した。Lifeact-mNeonGreenのアミノ酸配列を配列番号13に示す。LifeactはFアクチンに特異的に結合するペプチドである。
【0174】
続いて、K6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreenをマウス胎児由来の線維芽細胞であるNIH3T3細胞に発現させた。続いて、K6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreenを発現させたNIH3T3細胞(以下、「K6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreen発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmDcNVOCTMPを添加した。続いて、mDcNVOCTMPの添加から5分後に細胞を洗浄した。
【0175】
続いて、mScarlet Iの蛍光及びmNeonGreenの蛍光をそれぞれ共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
図19(a)及び(c)は、実験開始時の共焦点レーザー顕微鏡写真である。続いて、共焦点レーザー顕微鏡の機能を使って、
図19(a)中、四角で囲んだ領域、すなわち細胞全体に波長405nmの光を2.6秒間照射した。
【0176】
図19(b)及び(d)は、実験開始から300秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。また、
図19(e)は、実験開始時と実験開始から300秒後のK6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreen発現細胞を比較し、面積が増加又は減少した領域を表示した画像である。
図19(e)中、「増加」は実験開始時と比較して面積が増加した領域であることを示し、「減少」は実験開始時と比較して面積が減少した領域であることを示す。
【0177】
その結果、波長405nmの光照射により、K6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreen発現細胞の面積が変化したことが明らかとなった。この結果から、光分解性保護基を有する化合物を使用することにより、光照射による細胞運動シグナルの制御が可能であることが明らかとなった。
【0178】
[実験例18]
(光照射による局在化誘導5)
K6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreen発現細胞の培地に終濃度10μMとなるようにmDcNVOCTMPを添加した。
【0179】
続いて、mScarlet Iの蛍光及びmNeonGreenの蛍光をそれぞれ共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
図20(a)及び(c)は、実験開始時の共焦点レーザー顕微鏡写真である。続いて、共焦点レーザー顕微鏡の機能を使って、
図20(a)中、丸で囲んだ領域、すなわち細胞の一部に局所的に波長405nmの光を2.6秒間照射した。
【0180】
図20(b)及び(d)は、実験開始から300秒後の共焦点レーザー顕微鏡写真である。また、
図20(e)は、実験開始時と実験開始から300秒後のK6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreen発現細胞を比較し、面積が増加又は減少した領域を表示した画像である。
図20(e)中、「増加」は実験開始時と比較して面積が増加した領域であることを示し、「減少」は実験開始時と比較して面積が減少した領域であることを示す。
【0181】
その結果、波長405nmの光照射により、K6-DS-Tiam1及びLifeact-mNeonGreen発現細胞の面積が変化したことが明らかとなった。この結果から、光分解性保護基を有する化合物を使用することにより、光照射による細胞運動シグナルの制御が可能であることが更に支持された。
【0182】
[実験例19]
(光照射による局在化誘導6)
K6-DS-Tiam1を発現させたNIH3T3細胞(以下、「K6-DS-Tiam1発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmDcNVOCTMPを添加した。また、比較のためにK6-DSを発現させたNIH3T3細胞(以下、「K6-DS発現細胞」という場合がある。)の培地にも終濃度10μMとなるようにmDcNVOCTMPを添加した。
【0183】
続いて、mScarlet Iの蛍光をそれぞれ共焦点レーザー顕微鏡で観察した。続いて、共焦点レーザー顕微鏡の機能を使って、細胞全体、又は、細胞の一部に局所的に波長405nmの光を2.6秒間照射した。続いて、細胞の形態の変化を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0184】
図21(a)~(d)は、実験開始時と実験開始から300秒後のK6-DS-Tiam1発現細胞又はK6-DS発現細胞を比較し、面積が増加又は減少した領域を表示した画像である。
図20(a)~(d)中、「増加」は実験開始時と比較して面積が増加した領域であることを示し、「減少」は実験開始時と比較して面積が減少した領域であることを示す。
【0185】
図21(a)は細胞全体に波長405nmの光照射を行った代表的な結果であり、
図21(b)~(d)は、細胞の一部に局所的に波長405nmの光照射を行った代表的な結果である。
図21(a)~(d)中、「+m
Dc
NVOCTMP」はm
Dc
NVOCTMPを添加したことを示し、「-m
Dc
NVOCTMP」はm
Dc
NVOCTMPを添加しなかったことを示し、「+K6-DS-Tiam1」はK6-DS-Tiam1発現細胞の結果であることを示し、「+K6-DS」はK6-DS発現細胞の結果であることを示す。
図21(c)及び(d)は陰性対照の結果である。また、
図21(b)~(d)中、丸で囲んだ領域は波長405nmの光を照射した領域を示す。
【0186】
また、
図22(a)は、細胞の突出領域(面積が増加した領域)の面積増加量を示すグラフであり、
図22(b)は細胞の縮退領域(面積が減少した領域)の面積減少量を示すグラフである。また、
図22(a)及び(b)中、「全体」は細胞全体に波長405nmの光照射を行った結果であることを示し、「局所」は細胞の一部に局所的に波長405nmの光照射を行った結果であることを示し、「+」はm
Dc
NVOCTMPを添加したこと、K6-DS-Tiam1発現細胞の結果であること又はK6-DS発現細胞の結果であることを示し、「-」はm
Dc
NVOCTMPを添加しなかったこと、K6-DS-Tiam1発現細胞を用いなかったこと又はK6-DS発現細胞を用いなかったことを示す。
【0187】
その結果、波長405nmの光照射により、K6-DS-Tiam1発現細胞の面積が変化したことが明らかとなった。この結果から、光分解性保護基を有する化合物を使用することにより、光照射による細胞運動シグナルの制御が可能であることが更に支持された。
【0188】
[実験例20]
(mDcDEACMTMPの合成)
光分解性保護基を脱保護させる波長が、mDcNVOCTMPとは異なるケージド局在化剤を合成した。具体的には、下記スキーム(6)にしたがってmDcTMPのトリメトプリム基に光分解性保護基が更に結合した化合物である、mDcDEACMTMPを合成した。光分解性保護基として、上記式(14)で表されるDEACM基を使用した。DEACM基は、例えば波長445nmの光を照射することにより脱保護することができる。
【0189】
【0190】
1H NMR(400MHz、d-DMSO):δ0.85(t、3H)、1.12(t、6H)、1.18-1.41(m、22H)、1.45-1.75(m、10H)、2.03-2.22(m、5H)、2.58-2.80(m、2H)、2.99(q、2H)、3.50-3.62(m、15H)、3.69(s、6H)、3.75(t、2H)、3.80(s、2H)、3.85-3.95(m、6H)、4.22-4.36(m、2H)、5.37(s、2H)、6.15(s、1H)、6.51(s、2H)、6.56(d、1H)、6.69(dd、1H)、7.09(s、1H)、7.46(d、 1H)、7.49(s、1H)、7.55(d、1H)、7.69(q、2H)、7.74(t、1H)、7.99(t、2H)、8.03(t、1H)、10.15(brs、 1H).
【0191】
図23は、m
Dc
NVOCTMP及びm
Dc
DEACMTMPの吸収スペクトルを測定した結果を示すグラフである。
図23に示すように、m
Dc
NVOCTMPは波長445nmの光を吸収しないが、m
Dc
DEACMTMPは波長445nmの光を吸収することができることが明らかとなった。
【0192】
[実験例21]
(光照射による局在化誘導7)
K6-DSを発現させたHeLa細胞(以下、「K6-DS発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度10μMとなるようにmDcDEACMTMPを添加した。続いて、mDcDEACMTMPの添加から5分後に細胞を洗浄した。続いて、波長445nmの光を2.6秒間照射し、mScarlet Iの蛍光を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0193】
図24(a)及び(b)は、m
Dc
DEACMTMPを添加したK6-DS発現細胞の共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図24(a)は、光照射前のK6-DS発現細胞の写真である。また、
図24(b)は、光照射後のK6-DS発現細胞の写真である。
【0194】
その結果、mDcDEACMTMPを添加したK6-DS発現細胞では、波長445nmの光を照射することにより、タグタンパク質の局在化を誘導することができることが明らかとなった。
【0195】
また、
図24(c)は、m
Dc
NVOCTMPを添加したK6-DS発現細胞に波長405nm又は445nmの光を照射した後、タグタンパク質の局在移行効率を測定した結果を示すグラフである。
【0196】
また、
図24(d)は、m
Dc
DEACMTMPを添加したK6-DS発現細胞に波長405nm又は445nmの光を照射した後、タグタンパク質の局在移行効率を測定した結果を示すグラフである。
【0197】
図24(c)、(d)中、グラフの横軸はレーザー出力の強度(%)を示し、グラフの縦軸は下記式(F1)により算出した局在移行効率を示す。
局在移行効率=1-(実験開始5分後における細胞質の蛍光強度/実験開始時(0分)における細胞質の蛍光強度) …(F1)
【0198】
その結果、mDcNVOCTMPを添加したK6-DS発現細胞では、405nmの光照射によりタグタンパク質が細胞膜に局在するが、445nmの光照射では、タグタンパク質の局在がほとんど変化しないことが明らかとなった。一方、mDcDEACMTMPを添加したK6-DS発現細胞では、405nmの光照射でも、445nmの光照射でも、タグタンパク質が細胞膜に局在することが明らかとなった。
【0199】
以上の結果から、吸収波長の異なる光分解性保護基を有する化合物を使用し、照射する光の波長を制御することにより、タグタンパク質の局在化誘導を制御することが可能であることが明らかとなった。
【0200】
[実験例22]
(対象タンパク質とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞の作製)
ゲノム編集により、HeLa細胞のcRaf遺伝子座に、タグタンパク質をコードする遺伝子断片をノックインし、対象タンパク質(cRaf)とタグタンパク質との融合タンパク質を発現した細胞を作製した。
【0201】
《Casタンパク質及びガイドRNAの発現ベクターの作製》
まず、CMVエンハンサー及びトリβアクチンプロモーターで発現制御されている野生型Cas9発現カセットを含むベクター(pX459:pSpCas9(BB)-2A-Puro V2.0)を準備した。pX459ベクターは、5’側から3’側に向かって、U6プロモーター、2つのBbsI認識サイト、トレーサーRNA配列がこの順に配置された発現カセットを有している。
【0202】
続いて、pX459ベクターをBbsIで切断し、ガイドRNAの標的配列を含む2本鎖DNAを組み込み、Casタンパク質及びガイドRNAを発現する発現ベクターを得た。上記の2本鎖DNAは、2つの1本鎖DNAをアニールさせて作製した。ガイドRNAの標的配列の塩基配列を配列番号14に示す。この標的配列は、cRaf遺伝子の終止コドンのコード領域周辺を認識する。
【0203】
《ドナーベクターの作製》
図25(a)は、作製したドナーベクターの構造を示す模式図である。ドナーベクターは、5’側から3’側に向かって、第1の組換えアーム(L.arm、切断箇所より上流の700bpに相当する塩基配列)、挿入カセット、第2の組換えアーム(R.arm、切断箇所より下流の700bpに相当する塩基配列)をこの順に有していた。
【0204】
挿入カセットは、5’側から3’側に向かって、蛍光タンパク質mClover3をコードする塩基配列、タグタンパク質であるeDHFR(69K6)をコードする塩基配列、HAタグの3回繰り返し配列をコードする塩基配列、リボソームスキッピングを誘導するP2A配列、細胞選択マーカーであるネオマイシン耐性遺伝子をこの順に有していた。
【0205】
eDHFR(69K6)は、eDHFRの内部にリジン残基が6個連続したアミノ酸配列を含むタグタンパク質である。eDHFR(69K6)のアミノ酸配列を配列番号15に示す。配列番号16に、ドナーベクターにおける、第1の組換えアーム、挿入カセット、第2の組換えアームの塩基配列を示す。
【0206】
図25(b)は、目的通りに挿入カセットがノックインされた細胞のゲノムDNAの構造を示す模式図である。
図25(c)に示すように、この細胞は、cRaf、mClover3、eDHFR(69K6)、HAタグの3回繰り返し配列がこの順に連結した融合タンパク質を発現する。
【0207】
《ゲノム編集》
HeLa細胞を24ウェルプレートに播種し、ポリエチレンイミン「Max」(ポリサイエンス社)を使用して、Casタンパク質及びガイドRNAの発現ベクター1μgと、ドナーベクター50ngを導入した。トランスフェクションの3日後、細胞を60mmディッシュに播種し、1mg/mLのG418で7日間以上処理した。続いて、限界希釈法により、G418で選択した細胞を単離した。
【0208】
続いて、単離した細胞のゲノムDNAを抽出し、PCR増幅により分析した。
図26(a)は代表的なPCRの結果を示すアガロース電気泳動の写真及びゲノムDNAの構造を示す模式図である。
図26(a)に示すように、目的のゲノム編集が生じたクローンでは3,837bpの増幅断片が得られ、野生型のクローンでは1,597bpの増幅断片が得られる。
【0209】
続いて、単離した細胞を抗cRaf抗体及び抗HA抗体を用いたウエスタンブロッティングに供し、融合タンパク質の発現を検討した。
図26(b)は代表的なウエスタンブロッティングの結果を示す写真及び融合タンパク質の構造を示す模式図である。
図26(b)に示すように、目的のゲノム編集が生じたクローンは126kDaの融合タンパク質を発現し、野生型のクローンは73kDaのcRafを発現する。その結果、目的のゲノム編集が生じたクローンが得られたことが確認された。
【0210】
[実験例23]
(m
DcTMPを用いた細胞内在性タンパク質の制御1)
m
DcTMPを用いて細胞内在性タンパク質を制御した。細胞として、実験例22で作製した細胞を使用した。上述したように、この細胞は、cRaf、mClover3、eDHFR(69K6)、HAタグの3回繰り返し配列がこの順に連結した融合タンパク質(以下、「cRaf-GDiK6」という場合がある。)を発現する。
図27(a)は、cRaf-GDiK6の構造を示す模式図である。
【0211】
また、実験例11で使用したmCherryとERKの融合タンパク質(mCherry-ERK)の発現ベクターを用意した。
図27(b)は、mCherry-ERKの構造を示す模式図である。mCherry-ERKのアミノ酸配列を配列番号10に示す。続いて、cRaf-GDiK6をゲノムにコードするHeLa細胞に、mCherry-ERKを発現させた。
【0212】
続いて、cRaf-GDiK6及びmCherry-ERKを発現するHeLa細胞(以下、「cRaf-GDiK6及びmCherry-ERK発現細胞」という場合がある。)の培地に終濃度5μMとなるようにmDcTMPを添加した。続いて、mClover3の蛍光及びmCherryの蛍光をそれぞれ共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0213】
図28(a)~(d)は、代表的な共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図28(a)及び(c)は、m
DcTMPの添加前のcRaf-GDiK6及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。また、
図28(b)及び(d)は、m
DcTMPの添加から10分後に撮影したcRaf-GDiK6及びmCherry-ERK発現細胞の写真である。
【0214】
また、
図28(a)及び(b)は、cRaf-GDiK6のmClover3の蛍光を観察した結果であり、
図28(c)~(d)は、mCherry-ERKのmCherryの蛍光を観察した結果である。
【0215】
cRafを細胞膜に局在させると、MEKを活性化し、更にERKを活性化することができる。ERKは、不活性状態では細胞質に局在するが、活性化すると核内に移行する。
【0216】
mClover3の蛍光を観察することにより、cRaf-GDiK6の局在を検出することができる。また、mCherryの蛍光を観察することにより、mCherry-ERKの局在を検出することができる。
【0217】
その結果、mDcTMPの添加から10分後に、cRaf-GDiK6が細胞膜に局在し、mCherry-ERKが核内に移行したことが明らかとなった。この結果は、mDcTMPを用いてゲノムにコードされた対象タンパク質及び細胞内シグナルを制御することができることを示す。
【0218】
図29は、上記の共焦点レーザー顕微鏡観察を複数の細胞について実施した結果を数値化したグラフである(n≧4)。また、比較のために、m
DcTMPの代わりに上皮成長因子(EGF)を終濃度50ng/mLとなるように添加した、cRaf-GDiK6及びmCherry-ERK発現細胞、及び、m
DcTMPの代わりにジメチルスルホキシド(DMSO)を終濃度0.05%となるように添加した、cRaf-GDiK6及びmCherry-ERK発現細胞についても同様の解析を行った(n≧4)。
【0219】
図29中、「Normalized nucleus/cytoplasm ratio of mCherry-ERK」はmCherryの蛍光強度の核/細胞質比を標準化した値であることを示す。
【0220】
[実験例24]
(mDcTMPを用いた細胞内在性タンパク質の制御2)
mDcTMPを用いて細胞内在性タンパク質を制御した。細胞として、実験例22で作製した、cRaf-GDiK6をゲノムにコードするHeLa細胞を使用した。
【0221】
まず、cRaf-GDiK6をゲノムにコードするHeLa細胞の培地に、mDcTMP(終濃度5μM)、EGF(終濃度50ng/mL)又はDMSO(終濃度0.05%)を添加し、5分間又は15分間インキュベートした。
【0222】
また、比較のために、ゲノム編集操作を行っていない野生型のHeLa細胞の培地に、mDcTMP(終濃度5μM)又はEGF(終濃度50ng/mL)を添加し、5分間又は15分間インキュベートした。
【0223】
続いて、各細胞から細胞抽出物を調製し、総cRaf、活性化されたcRaf(リン酸化cRaf)、総ERK、活性化されたERK(リン酸化ERK)、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)及びβ-チューブリンのレベルをウエスタンブロッティングにより解析した。
【0224】
図30はウエスタンブロッティングの結果を示すグラフである。
図30中、「KI clone #5」はcRaf-GDiK6をゲノムにコードするHeLa細胞(クローン5)の結果であることを示し、「Intact HeLa cells」はゲノム編集操作を行っていない野生型のHeLa細胞結果であることを示し、「pcRaf」はリン酸化cRafを検出した結果であることを示し、「pERK1/2」はリン酸化ERK1/2を検出した結果であることを示す。また、「+」は添加したことを示し、「-」は添加しなかったことを示す。
【0225】
また、
図31は、3回の独立した実験結果に基づいて、各細胞抽出物中の総cRafレベルに対して正規化された、相対的なリン酸化cRafレベル(pcRaf/Raf)、及び、総ERKレベルに対して正規化された、相対的なリン酸化ERKレベル(pERK/ERK)を示す。
【0226】
図31中、「Clone #5」は、cRaf-GDiK6をゲノムにコードするHeLa細胞(クローン5)の結果であることを示し、「Intact HeLa cells」はゲノム編集操作を行っていない野生型のHeLa細胞の結果であることを示す。また、「+」は添加したことを示し、「-」は添加しなかったことを示す。
【0227】
その結果、cRaf-GDiK6をゲノムにコードするHeLa細胞では、mDcTMPの添加から5分後及び15分後に、cRaf-GDiK6及びERKがリン酸化されたことが明らかとなった。この結果は、mDcTMPを用いて内在性の対象タンパク質とその下流シグナルタンパク質を制御することができることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0228】
本発明によれば、対象タンパク質を細胞膜又はゴルジ体に局在化させる新たな技術を提供することができる。
【配列表】