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特許7478623磁性細線デバイスの制御方法、および、磁性細線デバイス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-24
(45)【発行日】2024-05-07
(54)【発明の名称】磁性細線デバイスの制御方法、および、磁性細線デバイス
(51)【国際特許分類】
   G11B 5/02 20060101AFI20240425BHJP
   G11B 5/008 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
G11B5/02 R
G11B5/008
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020140014
(22)【出願日】2020-08-21
(65)【公開番号】P2022035581
(43)【公開日】2022-03-04
【審査請求日】2023-07-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀 洋祐
(72)【発明者】
【氏名】宮本 泰敬
(72)【発明者】
【氏名】石井 紀彦
【審査官】川中 龍太
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-027805(JP,A)
【文献】特開2020-027802(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/00 - 5/024
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細線状の磁性体である磁性細線と、前記磁性細線に層間絶縁層を介して配置されて電流磁界によって前記磁性細線に情報を磁区として記録する導電線と、を備える磁性細線デバイスの制御方法であって、
前記導電線に電気的に接続された記録電源によって、前記磁区に対応する前記情報の記録に要する所定の記録期間に、前記導電線に記録電圧を印加する工程と、
前記磁性細線の長手方向の一端に電気的に接続された第1駆動電源によって、前記記録期間の少なくとも一部を含む第1期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第1バイアス電圧を印加する工程と、
前記磁性細線の長手方向の他端に電気的に接続された第2駆動電源によって、前記記録期間の少なくとも一部を含む第2期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第2バイアス電圧を印加する工程と、
を含むことを特徴とする磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項2】
前記第1期間および前記第2期間は、重複する期間を有する、
ことを特徴とする請求項1に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項3】
前記第1期間および前記第2期間は、前記記録期間のすべてを含む期間である、
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項4】
前記第1バイアス電圧および前記第2バイアス電圧は、パルス電圧または直流電圧である、
ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項5】
前記導電線は、前記磁性細線とねじれの位置に、前記磁性細線を2回またぐようにパターンとして形成されている、
ことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項6】
前記第1駆動電源または前記第2駆動電源は、前記記録期間の後に設定された駆動期間に、前記磁性細線に形成されている磁区を駆動する駆動電圧を印加する、
ことを特徴とする請求項5に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項7】
前記記録電圧が正の電圧のときに、前記第1バイアス電圧および前記第2バイアス電圧も正の電圧であり、前記記録電圧が負の電圧のときに、前記第1バイアス電圧および前記第2バイアス電圧も負の電圧である、
ことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項8】
前記第1バイアス電圧および前記第2バイアス電圧は、同じ大きさである、
ことを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項9】
前記磁性細線デバイスは、メモリまたは空間光変調器である、
ことを特徴とする請求項1から請求項8のいずれか一項に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項10】
前記磁性細線デバイスの前記磁性細線、前記層間絶縁層および前記導電線の全体は、外気と隔離して、乾燥窒素雰囲気もしくは真空に保つことができる容器に封入されている、
ことを特徴とする請求項9に記載の磁性細線デバイスの制御方法。
【請求項11】
細線状の磁性体である磁性細線と、
前記磁性細線に層間絶縁層を介して配置されて電流磁界によって前記磁性細線に情報を磁区として記録する導電線と、
前記磁区に対応する前記情報の記録に要する所定の記録期間に前記導電線に記録電圧を印加する記録電源と、
前記記録期間の少なくとも一部を含む第1期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第1バイアス電圧を前記磁性細線の長手の第1方向に印加する第1駆動電源と、
前記記録期間の少なくとも一部を含む第2期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第2バイアス電圧を前記磁性細線の長手の前記第1方向とは反対向きの第2方向に印加する第2駆動電源と、
を備えることを特徴とする磁性細線デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性細線デバイスの制御方法、および、磁性細線デバイスに係り、特に、電流磁界によって情報を磁区として記録する磁性細線デバイスの制御方法、および、磁性細線デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、図13(a)に示す磁性細線デバイス101のように、記録媒体としての磁性細線110と、この磁性細線110とは電気的に隔離された状態で磁性細線内部に磁区を形成する記録素子用導電層(導電線120)と、を持つデバイスが提案されている。磁性細線デバイス101は、導電線120が磁性細線110とねじれの位置となるように配置された構造を有する。ここでは、磁性細線デバイス101は1本の磁性細線110を備えることとした。導電線120と磁性細線110とは電気的に隔離される必要があるため、両者間に層間絶縁層130が挿入されている。
【0003】
図13(b)および図13(c)に示すように、導電線120に電流(以下、記録電流Aという)を流すことにより、導電線120の周囲に電流磁界(以下、記録磁界Hという)が生成される。この記録磁界Hの強度が、垂直磁気異方性を持つ磁性細線110の異方性磁界の強度よりも大きくなると、磁性細線110上に例えば上向きの磁区Dを形成(磁区記録)することができる。
以下では、磁性細線デバイス101を多数個作ったときに、1つ1つの磁性細線デバイス101を単に素子と呼ぶ。多数個の中には、絶縁性等の品質の良い素子もあれば、品質の悪い素子もある。
【0004】
図14および図15は、磁性細線デバイス101を動作させるときの模式図である。磁性細線デバイス101は、記録電源40と、第1駆動電源51と、第2駆動電源52と、をさらに備えている。記録電源40の端子40aは、導電線120の一端121に接続されている。導電線120の他端122は、接地されている。第1駆動電源51の端子51aは、磁性細線110の一端(左端)に接続されている。磁性細線110の他端(右端)は、第2駆動電源52の端子52aに接続されている。符号40b,51b,52bは接地端子であり、符号40c,51c,52cは操作表示部である。記録電源40が導電線120に電圧を印加することで、導電線120に記録電流Aが流れ、磁性細線110に磁区を形成することができる。第1駆動電源51が磁性細線110に正の電圧を印加すると、磁性細線110に流れる電流によって磁区を右へ駆動させることができる。第2駆動電源52が磁性細線110に正の電圧を印加すると、磁性細線110に流れる電流によって磁区を左へ駆動させることができる。
【0005】
なお、従来、磁性細線に直交するように設けられた導電性の金属配線を記録素子として用いる方法は広く実施されている(例えば非特許文献1参照)。ただし、記録素子としての1本の導電線120に電流を流すことで発生する磁界では、磁性細線110の長手方向に微小な磁区を形成することが難しく、磁区の形状も揺らいでしまう。そこで、非特許文献2に開示された手法では、記録素子としての導電線が磁性細線上を往路と復路の2回跨ぐ構造を有し、2本の記録素子の合成磁界によって、2本の記録素子に挟まれた微小な磁性細線領域に磁区を形成するように改善している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】近藤剛、外7名、「Co/Ni細線内磁壁位置制御技術と磁気シフトレジスタへの応用」、電子情報通信学会技術研究報告、2017年10月12日、vol. 117、no.24、p.13-16
【文献】川那真弓、外3名、「様々な記録素子形状における磁性細線中への磁区形成シミュレーション」、日本磁気学会学術講演概要集、2018年8月28日、第42巻、P.109
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
磁性細線デバイス101において、層間絶縁層130は磁性細線110と導電線120との絶縁性を担保する必要性があるが、層間絶縁層130を必要以上に厚くし過ぎると、磁性細線110と導電線120との間の距離が大きくなることで、磁性細線110上に印加される記録磁界Hが弱くなってしまう。その結果、記録電流Aの電流値を増大させる必要が生じたり、ひいては大電流を導電線120へ流すことによる素子の破壊の原因となる。そのため、層間絶縁層30の膜厚は薄い方が望ましい。しかし、層間絶縁層130を薄くすることにより、図14および図15に示す磁区記録時に記録電流Aの一部が磁性細線110へリーク電流として流出する。このリーク電流は、磁区記録時に磁性細線10上にすでに形成されている磁区を意図せず駆動させる原因となる。つまり、磁区記録と磁区駆動とが同時に起こるため、磁区記録時に形成される磁区が、磁区駆動の影響で広がってしまい、最小ビット長を、予め設定された値よりも大きくする虞がある。
【0008】
また、製造された多数個の磁性細線デバイス101の中には、磁性細線110と導電線120との間の層間絶縁層130の膜の不良や、素子の製造における歩留まりから、十分な絶縁性が確保できなかったために、相対的にリーク電流の大きな素子が含まれることがある。そのようなリーク電流の大きな素子においては、リーク電流に伴うジュール熱によって、磁性細線110中にこれから記録する磁区や、すでに形成されている磁区がバラバラに破壊されるため、磁区記録自体が困難となる。
【0009】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、リーク電流を抑制し、デバイスとしての動作を実現することができる磁性細線デバイスの制御方法、および、磁性細線デバイスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、本発明に係る磁性細線デバイスの制御方法は、細線状の磁性体である磁性細線と、前記磁性細線に層間絶縁層を介して配置されて電流磁界によって前記磁性細線に情報を磁区として記録する導電線と、を備える磁性細線デバイスの制御方法であって、前記導電線に電気的に接続された記録電源によって、前記磁区に対応する前記情報の記録に要する所定の記録期間に、前記導電線に記録電圧を印加する工程と、前記磁性細線の長手方向の一端に電気的に接続された第1駆動電源によって、前記記録期間の少なくとも一部を含む第1期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第1バイアス電圧を印加する工程と、前記磁性細線の長手方向の他端に電気的に接続された第2駆動電源によって、前記記録期間の少なくとも一部を含む第2期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第2バイアス電圧を印加する工程と、を含むこととした。
【0011】
また、本発明に係る磁性細線デバイスは、細線状の磁性体である磁性細線と、前記磁性細線に層間絶縁層を介して配置されて電流磁界によって前記磁性細線に情報を磁区として記録する導電線と、前記磁区に対応する前記情報の記録に要する所定の記録期間に前記導電線に記録電圧を印加する記録電源と、前記記録期間の少なくとも一部を含む第1期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第1バイアス電圧を前記磁性細線の長手の第1方向に印加する第1駆動電源と、前記記録期間の少なくとも一部を含む第2期間に、前記磁性細線に前記記録電圧よりも小さな第2バイアス電圧を前記磁性細線の長手の前記第1方向とは反対向きの第2方向に印加する第2駆動電源と、を備える構成とした。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、以下に示す優れた効果を奏するものである。
磁性細線デバイスの制御方法によれば、磁性細線デバイスにおける導電線から磁性細線へのリーク電流を抑制し、デバイスとしての動作を実現することができる。また、磁性細線デバイスによれば、リーク電流を抑制し、デバイスとしての動作を実現することができる。さらに、リーク電流が大きな素子として従来技術では使用に供されないデバイスであってもリーク電流を抑制して活用できる可能を高めることができる。したがって、歩留まりを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る磁性細線デバイスの模式図である。
図2図1の磁性細線デバイスを導電線の軸方向から視た模式図である。
図3図1の磁性細線デバイスに磁区を記録するときに印加される電圧のタイミングチャートであり、(a)は記録電源、(b)は第1駆動電源、(c)は第2駆動電源をそれぞれ示している。
図4】比較例に係る磁性細線デバイスの導電線に流れた記録電流の時間変化を示すグラフである。
図5】比較例に係る磁性細線デバイスの磁性細線に流れたリーク電流の時間変化を示すグラフである。
図6】実施例に係る磁性細線デバイスの導電線に印加したパルス電圧と磁性細線に印加したバイアスパルス電圧の時間変化を示すグラフである。
図7】実施例に係る磁性細線デバイスの導電線に流れた記録電流の時間変化を示すグラフである。
図8】実施例に係る磁性細線デバイスの磁性細線に流れたリーク電流の時間変化を示すグラフである。
図9】実施例に係る磁性細線デバイスの磁性細線に上向き磁区と下向き磁区とを交互に形成したときの磁気光学顕微鏡による観察像である。
図10図9のように上向き磁区と下向き磁区とを交互に記録するときに印加される電圧のタイミングチャートの一例であり、(a)は記録電源、(b)は第1駆動電源、(c)は第2駆動電源をそれぞれ示している。
図11図9のように上向き磁区と下向き磁区とを交互に記録するときに印加される電圧のタイミングチャートの他の例であり、(a)は記録電源、(b)は第1駆動電源、(c)は第2駆動電源をそれぞれ示している。
図12】本発明の実施形態に係る磁性細線デバイスの変形例の模式図である。
図13】従来の磁性細線デバイスの素子の模式図であって、(a)は導電線が磁性細線とねじれの位置に配置された様子、(b)は導電線に流す電流の向き、(c)は導電線の軸方向から視た様子をそれぞれ示している。
図14】従来の磁性細線デバイスを動作させるときの模式図である。
図15図14の磁性細線デバイスを導電線の軸方向から視た模式図である。
図16】比較例に係る磁性細線デバイスにリーク電流が発生した後の磁気力顕微鏡による観察画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、磁性細線デバイスの概要について図1および図2を参照して説明する。本実施形態では、磁性細線デバイス1は、メモリであるものとして説明する。磁性細線デバイス1は、磁性細線10と、導電線20と、層間絶縁層30と、記録電源40と、第1駆動電源51と、第2駆動電源52と、を備えている。磁性細線10は、細線状の磁性体である。導電線20は、磁性細線10に層間絶縁層30を介して配置されて電流磁界によって磁性細線10に情報を磁区Dとして記録するものである。記録電源40は、磁区Dに対応する情報の記録に要する所定の記録期間に導電線20に記録電圧を印加するものである。第1駆動電源51は、記録期間の少なくとも一部を含む第1期間に、磁性細線10に記録電圧よりも小さな第1バイアス電圧を磁性細線10の長手の第1方向に印加するものである。第2駆動電源52は、記録期間の少なくとも一部を含む第2期間に、磁性細線10に記録電圧よりも小さな第2バイアス電圧を磁性細線10の長手の第1方向とは反対向きの第2方向に印加するものである。
【0015】
次に、磁性細線デバイス1の各部の詳細な構成について更に説明する。
本実施形態では、磁性細線デバイス1は、一例として、1本の磁性細線10と、2本の記録素子を持つこととした。磁性細線デバイス1は、磁性細線10上に層間絶縁層30を介して、磁性細線10に対してねじれの位置に導電線20が形成されている。
【0016】
磁性細線10は、薄膜であって、しかも長さに対して厚さおよび幅が小さい細線状に形成されている。磁性細線10の厚さは例えば10nm~2μm、幅は例えば20nm~100μm、長さは例えば100nm~500μmとすることができる。なお、後記する実施例では磁性細線10の膜厚は例えば数nmオーダーであるものとする。磁性細線10は、電子線描画もしくはフォトリソグラフィ工程およびエッチングまたはリフトオフにより、前記形状に成形される。磁性細線10を記録媒体として利用し、高密度に情報を記録するためには、磁性細線10の材料として、垂直磁気異方性を持つ磁性材料を用いることが好ましい。そのような材料としては、例えばCo-Tb,Co-Pd,Co-Cr,Co-Pt,Co-Cr-Pt等の合金や、Tb-Fe-Co,Gd-Fe等の希土類金属と遷移金属との合金(RE-TM合金)が挙げられる。
【0017】
導電線20は、磁性細線10とは電気的に隔離された状態で磁性細線内部に磁区を形成する記録素子用導電層である。導電線20は、磁性細線10とねじれの位置に、磁性細線10を例えば2回またぐようにパターンとして形成されている。導電線20の厚さ、幅、長さ等の範囲は、概ね磁性細線10の厚さ、幅、長さ等の範囲と同様にすることができる。なお、後記する実施例では導電線20の膜厚は、例えば100nmオーダーであるものとする。
【0018】
導電線20の材料としては、一般的な電極材料を適用できる。具体的には、例えば、導電性のよいCu,Al,Au,Ag,Ta,Cr,Co等の金属やその合金を挙げることができる。一例としては、導電線20の材料に、Auを用いることが好適である。導電線20の形成方法としては、例えばスパッタリング法等の公知の方法により電極材料を成膜し、電子線描画もしくはフォトリソグラフィ工程と、エッチングまたはリフトオフ法等の工程とを用いることで例えば図1に示す形状の導電線20を形成できる。
【0019】
なお、図1および図2に示す例では、導電線20の断面形状を円形としたが矩形でも構わない。また、導電線20および磁性細線10の断面形状は、正方形、長方形、多角形、円形、楕円形等でも構わない。
【0020】
層間絶縁層30を形成する絶縁体は、一般的な絶縁体材料で構成されている。このような材料として、例えばSiO2やAl23等の酸化膜や、窒化シリコン(Si34)やMgF2等を挙げることができる。層間絶縁層30は、図示しない基板上で安定に支持されていればその形状は図示した平板状に限定されず、例えば、導電線20の間に絶縁材料を充填してもよい。または、層間絶縁層30は、導電線20の周囲に絶縁材料を敷き詰めた絶縁被膜としてもよい。
【0021】
記録電源40、第1駆動電源51および第2駆動電源52において、符号40a,51a,52aは端子、符号40b,51b,52bは接地端子、符号40c,51c,52cは操作表示部である。
記録電源40は、導電線20に電圧を印加するものである。以下では、記録電源40は、導電線20にパルス電圧を印加するものとして説明する。記録電源40の端子40aは、導電線20の一端21に接続されている。導電線20の他端22は、接地されている。記録電源40が導電線20に電圧を印加することで、導電線20に記録電流Aが流れ、磁性細線10に磁区を形成することができる。記録電流Aの向きが図1に示す向きの場合、磁性細線10上に上向きの磁区を形成することができる。ここで、記録電流Aの向き、すなわち電流の正負を変えることで、磁性細線10上に下向きの磁区を形成することもできる。
【0022】
第1駆動電源51は、磁区記録時に磁性細線10にバイアス電圧(第1バイアス電圧)を印加するものである。第2駆動電源52は、磁区記録時に磁性細線10にバイアス電圧(第2バイアス電圧)を印加するものである。第1駆動電源51の端子51aは、磁性細線10の一端(左端)に接続されている。磁性細線10の他端(右端)は、第2駆動電源52の端子52aに接続されている。ここで、バイアス電圧とは、磁区記録時における導電線20の電位と、磁区記録時における磁性細線10の電位との差を縮小させるために、磁性細線10の電位を嵩上げするために磁性細線10に印加される電圧のことである。
本願発明者らは、導電線20と磁性細線10とが層間絶縁膜30によって絶縁されているデバイスについて種々の検討を行った。磁性細線デバイス1のようなデバイスにおいて、磁区記録時に導電線20に電流(記録電流)を流すと、層間絶縁膜30を介して、磁性細線10にリーク電流が流れるのは、記録時に導電線20と磁性細線10との間に電位差があるためである。そこで、記録時のリーク電流を抑制するために、本来は記録時には磁性細線10に電圧を印加する必要がないところ、本願発明者らは、記録時に上記したバイアス電圧を磁性細線10に印加することとした。
【0023】
以下では、第1バイアス電圧および第2バイアス電圧は、パルス電圧であるものとして説明する。バイアスパルス電圧の大きさは、記録電源40から導電線20に印加するパルス電圧よりも小さくする。その理由は、磁性細線10の膜厚と導電線20の膜厚とは大きく異なるので、導電線20に印加するパルス電圧と同じ程度のバイアスパルス電圧を磁性細線10に印加すると、磁性細線10が破壊する虞があるからである。バイアス電圧の上限値は、磁性細線10の耐圧を事前に予め把握した上で適宜設定される。また、バイアス電圧の上限値は、記録電源40が導電線20にパルス電圧を印加したときに、導電線20から磁性細線10へ流れるリーク電流により磁性細線10上の磁区が動かない程度の電圧値として設定される。また、この上限値は、磁気光学顕微鏡などの磁区の様子を観察する装置を用いることで確定することができる。
【0024】
次に、磁性細線デバイスの制御方法の概要について説明する。
磁性細線デバイス1の制御方法は、磁性細線デバイス1の磁区記録時における磁区制御に関する方法であって、記録電圧印加工程と、第1バイアス電圧印加工程と、第2バイアス電圧印加工程と、を含んでいる。
記録電圧印加工程は、導電線20に電気的に接続された記録電源40によって、磁区Dに対応する情報の記録に要する所定の記録期間に、導電線20に記録電圧を印加する工程である。
第1バイアス電圧印加工程は、磁性細線10の長手方向の一端に電気的に接続された第1駆動電源51によって、記録期間の少なくとも一部を含む第1期間に、磁性細線10に記録電圧よりも小さな第1バイアス電圧を印加する工程である。
第2バイアス電圧印加工程は、磁性細線10の長手方向の他端に電気的に接続された第2駆動電源52によって、記録期間の少なくとも一部を含む第2期間に、磁性細線10に記録電圧よりも小さな第2バイアス電圧を印加する工程である。
【0025】
ここで、記録期間に重複する第1期間と、記録期間に重複する第2期間とは、記録期間内でずれていてもよいし、第1期間が終わった後に第2期間が開始されてもよいが、第1期間および第2期間は、重複する期間を有する方がより効果があって好ましい。また、よりいっそう効果を高めるために第1期間および第2期間は、記録期間のすべてを含む期間であることが望ましい。その場合には、第1期間および第2期間は、記録電圧を印加する記録期間と同じタイミングでもよい(図3)。または、第1期間および第2期間は、記録期間をまるごと含んで記録期間よりも長い期間でも構わない。
【0026】
この磁性細線デバイスの制御方法の具体例について図3を参照(適宜図1および図2参照)して説明する。図3は、磁性細線デバイス1の磁区記録時において、磁性細線10の両端から同時にパルス電圧を印加するときの各電源のタイミングチャートを示す。
【0027】
本実施形態に係る磁性細線デバイスの制御方法は、図示するように、記録電圧が正の電圧のときに、第1バイアス電圧および第2バイアス電圧も正の電圧であり、記録電圧が負の電圧のときに、第1バイアス電圧および第2バイアス電圧も負の電圧である。
【0028】
具体的には、図3(a)に示すように時間が0からt1までの期間では、記録電源40から導電線20へ印加されるパルス電圧(記録電圧)は正である。ここでは、導電線20へ印加されるパルス電圧(記録電圧)が例えば正のときに、図2に示すように磁性細線10上に上向きの磁区を形成することとする。つまり、時間が0からt1までの期間は、磁性細線10上に上向きの磁区を形成するときの記録期間である。
【0029】
時間が0からt1までの期間には、図3(b)に示すように第1駆動電源51から磁性細線10へ印加される第1バイアスパルス電圧は正である。時間が0からt1までの期間は、記録期間の少なくとも一部を含む第1期間であって、この場合、記録電圧を印加する記録期間と第1期間は同じタイミングである。
また、時間が0からt1までの期間には、図3(c)に示すように第2駆動電源52から磁性細線10へ印加される第2バイアスパルス電圧も正である。時間が0からt1までの期間は、記録期間の少なくとも一部を含む第2期間であって、この場合、記録電圧を印加する記録期間と第2期間は同じタイミングである。
【0030】
また、図3(a)に示すように時間がt2からt3までの期間では、記録電源40から導電線20へ印加されるパルス電圧(記録電圧)は負である。導電線20へ印加されるパルス電圧(記録電圧)が負のときに、磁性細線10上に下向きの磁区を形成することとする。つまり、時間がt2からt3までの期間は、磁性細線10上に下向きの磁区を形成するときの記録期間である。
【0031】
時間がt2からt3までの期間には、図3(b)に示すように第1駆動電源51から磁性細線10へ印加される第1バイアスパルス電圧は負である。時間がt2からt3までの期間は、記録期間の少なくとも一部を含む第1期間であって、この場合、記録電圧を印加する記録期間と第1期間は同じタイミングである。
また、時間がt2からt3までの期間には、図3(c)に示すように第2駆動電源52から磁性細線10へ印加される第2バイアスパルス電圧も負である。時間がt2からt3までの期間は、記録期間の少なくとも一部を含む第2期間であって、この場合、記録電圧を印加する記録期間と第2期間は同じタイミングである。
【0032】
図3(b)および図3(c)に示すように第1バイアス電圧および第2バイアス電圧は、同じ大きさにすることができる。また、第1バイアス電圧および第2バイアス電圧は、同じタイミングで印加することができる。
【0033】
この磁性細線デバイスの制御方法は、導電線20に電流を流す際に(記録期間に)、例えば同じタイミングで記録期間に重複するように、磁性細線10に対して磁性細線10の両端からバイアス電圧を印加する。または、その記録期間よりも長い期間に、記録期間に重複するように、磁性細線10に対して磁性細線10の両端からバイアス電圧を印加する。ここで、記録期間よりも長い期間とは、例えば、その開始時刻を記録期間の開始時刻よりも前に設定したこと、その終了時刻を記録期間の終了時刻よりも後に設定したこと、あるいは、記録期間の開始終了時刻を丸ごと含む期間を設定したことを意味する。
これらのようにすることで、記録期間において磁性細線10の電位と導電線20の電位との電位差を小さくすることができる。その結果、導電線20から磁性細線10へ漏れるリーク電流を抑制し、デバイスとしての動作を実現する。
【0034】
もしも記録期間において磁性細線10の片一方からのみパルス電圧(バイアス電圧)を印加すると、そのパルス電圧により意図しない磁区駆動が生じるか、または磁区の破壊が起こる。一方、この磁性細線デバイスの制御方法は、記録期間において磁性細線10の両端からバイアス電圧を印加して磁性細線10の電位と導電線20の電位との電位差を小さくするので、磁区駆動や磁区破壊を防止することができる。そのため、導電線20に対して、本来的に層間絶縁層30が破壊されて短絡してしまうような大きさの電圧を印加することもできる。したがって、磁性細線デバイス1によれば、従来の素子の耐圧を超えた大きな記録電圧を導電線20に印加することができる。
【0035】
次に、以下の条件で製造した磁性細線デバイス1の具体例について説明する。
(磁性細線の条件)
表面熱酸化シリコン基板にスパッタリング法を用いて磁性細線10を形成した。磁性細線10としては、垂直磁気異方性を持つ材料を用い、コバルトとテルビウムの多層積層膜(膜厚4.5nm)と、その上に白金を堆積させ合計膜厚を7.5nmとした。また、このときの磁性細線10の幅を3μmとした。
【0036】
(導電線および層間絶縁層の条件)
上記磁性細線10の上に層間絶縁層30として窒化シリコンを18nmの膜厚で堆積させた。上記層間絶縁層30の上に、導電線20を膜厚100nm、幅3μmのサイズで形成した。このとき、非特許文献2に開示された手法にならって、図1に示すように、記録素子としての導電線20が、磁性細線10上を往路と復路の2回跨ぐ構造を有し、2本の記録素子の合成磁界によって、2本の記録素子に挟まれた微小な磁性細線領域に磁区Dを形成するものとした。2本の記録素子は、ここでは1つの導電線20からなる。そして、導電線20の図1において左側の領域が往路として磁性細線10上を跨いでおり、かつ、導電線20の図1において右側の領域が復路として磁性細線10上を跨いでいる。
【0037】
前記した層間絶縁層30の膜厚(18nm)は、導電線20と磁性細線10との絶縁性を確保するために十分な膜厚である。ただし、このような磁性細線デバイス1を多数個作ったときに、歩留まりや基板上の位置に起因する不均一性により、中には、絶縁性の良い素子もあれば、絶縁性の悪い素子も生じる。この絶縁性が悪い素子は、磁区記録時に、導電線20から磁性細線10にリーク電流が生じる。そこで、あえて絶縁性が悪い素子を選択し、以下の実験1,2を行った。
【0038】
(絶縁性の悪い素子に関する補足説明)
層間絶縁層30の膜厚は18nmと非常に薄いため、1つの同じ基板上で複数の磁性細線10を形成したときに、それぞれのばらつきの差によりリーク電流が生じる場合がある。また、導電線20を一体形成した磁性細線デバイス1を製造する過程において、基板上に磁性細線10/層間絶縁層30/導電線20の順に各層を製膜する際に、例えば、電子線描画によるパターンの形成、スパッタ装置による材料の堆積、レジスト剥離などの多くのプロセスを介しながら積層構造を形成するのが通常である。そのため、製造時における歩留まりの問題により、本来はリーク電流が発生しない条件でデバイスを設計したとしても、やむなくリーク電流が発生する場合がある。リーク電流発生の原因としては、例えば、層間絶縁層30の膜厚の均一性、磁性細線10や導電線20のエッジ形状、基板上における膜厚の不均一性などが挙げられる。
【0039】
(実験1)
この絶縁性が悪い素子を用いて以下の実験1を行った。実験1は、本発明の効果を説明するための比較例に係る実験であって、磁区記録時における記録電圧印加工程のみを行うものである。この実験1では、前記した導電線および層間絶縁層の条件や磁性細線の条件に基づく次の評価基準を用いた。
【0040】
(評価基準1)
これまでに、磁性細線10に磁区記録するために導電線20に流す必要がある電流値に関する本願発明者らの研究によれば、前記した導電線および層間絶縁層の条件の場合には、導電線20に流す記録電流の値が約100mAのときに、磁性細線10上に磁区記録ができることが分かっている。
(評価基準2)
また、これまでに、磁性細線10上に形成された磁区を駆動させるときに磁性細線10に流す必要がある電流値に関する本願発明者らの研究によれば、前記した磁性細線の条件の場合には、磁性細線10に流す電流の値が約3.5mAを超えるときに、磁区が駆動することが分かっている。
【0041】
上記評価基準1,2によれば、磁性細線10上に磁区記録しつつも磁区駆動させない目的のためには、導電線20に約100mAの記録電流を流したときに、磁性細線10に流れてしまうリーク電流の値を約3.5mAよりも小さくしなければならないことが分かる。
【0042】
この絶縁性が悪い素子を用いた実験1では、図1の記録電源40から導電線20に印加するパルス電圧(記録電圧)を徐々に上げていきながら、そのときの記録電流とリーク電流との関係を求めた。実験1の結果、記録電圧の値が磁区記録に必要なレベルに達する前に磁区駆動が発生してしまった。具体的には、導電線20に対して、磁区記録に必要な電流値(約100mA)よりも低い電流値(72.4mA)の記録電流を流した時点で、磁性細線10に流れるリーク電流2の値が5.7mA(>3.5mA)になった。つまり、リーク電流2が磁区を駆動させてしまうことが分かった。実験1に用いた絶縁性が悪い素子では、リーク電流2がリーク電流1よりも大きいため、磁性細線10中の磁区は、導電線20から見て磁性細線10の右側へ移動した。このときに導電線20に流れた記録電流の時間変化を図4に示し、磁性細線10に流れたリーク電流の時間変化を図5に示す。
【0043】
なお、リーク電流1は、図2に示すように導電線20から磁性細線10を介して第1駆動電源51側へ流れたリーク電流である。リーク電流2は、図2に示すように導電線20から磁性細線10を介して第2駆動電源52側へ流れたリーク電流である。
また、図5において、リーク電流の立ち上がり、立下りにおける鋭いピークはパルス成分による高周波成分によるものである。
また、図5から図8を参照して説明する電流値および電圧値は、1.5μsのときの値である。
【0044】
実験1では、導電線20に対して、磁区記録に必要な電流値(約100mA)よりも低い電流値(72.4mA)の記録電流を流して磁区が駆動した後、リーク電流の存在を無視して、このまま記録電流の値を大きくしてみた。すると、リーク電流により磁区の破壊が発生し、磁区記録の可否の評価が困難であり、さらには、磁性細線10と導電線20の絶縁破壊によって素子自身の物理的な破壊現象が起こることが分かった。図16は、リーク電流の発生後の磁区の様子を示す磁気光学顕微鏡による観察画像である。記録時に記録電流の一部が磁性細線10へリーク電流として流出した結果、ジュール熱によって、磁性細線10上の磁区がどこにあるか全く判別できないようにバラバラに破壊されている。このような磁区の破壊現象を、磁区のメイズパターン化と呼ぶ。
【0045】
(実験2)
絶縁性が悪い素子を用いて以下の実験2を行った。実験2は、実施例であって、磁区記録時における記録電圧印加工程と、第1バイアス電圧印加工程と、第2バイアス電圧印加工程と、を行うものである。実験2においても上記評価基準1,2を用いた。
【0046】
図6および図7は、実験2の実験条件を示している。図6は、図1の記録電源40から導電線20に印加したパルス電圧(記録電圧)と、第1駆動電源51から磁性細線10へ印加するバイアスパルス電圧1と、第2駆動電源52から磁性細線10へ印加するバイアスパルス電圧2とをそれぞれ示している。このときに導電線20に流れる記録電流は、図7に示すように100mAである。
【0047】
また、実験2では、導電線20に記録電流を流すためのパルス電圧(記録電圧)の印加と同時に、磁性細線10にも同じバルス幅でバイアス電圧を印加することで、導電線20と磁性細線10との電位差を小さくした。このときに導電線20に印加したパルス電圧(記録電圧)は24.7Vである。
【0048】
実験2に用いた絶縁性が悪い素子において、磁性細線10の膜厚(7.5nm)は、導電線20の膜厚(100nm)に比べて非常に薄い。そのため、導電線20に印加するパルス電圧(記録電圧)と同じ大きさの電圧を磁性細線10に印加すると磁性細線10が破壊する恐れがある。そこで、磁性細線10に印加するバイアス電圧の電圧値は、リーク電流により磁区が動かない程度の電圧値とした。前記した磁性細線の条件および、前記した導電線および層間絶縁層の条件では、導電線20に印加するパルス電圧(記録電圧)と、磁性細線10に印加するバイアス電圧との電位差が常に約13Vとなるように調整した。つまり、図6に示すように、導電線20に印加したパルス電圧(記録電圧)が24.7Vのとき、磁性細線10に印加するバイアス電圧が約11.7Vとなるように調整した。このことは、従来のようにバイアス電圧を用いないときには導電線20の電位と磁性細線10の電位との電位差が24.7Vであるのに対して、実施例では、導電線20の電位と磁性細線10の電位との電位差を約11.7Vへと低減させたことを意味する。
【0049】
実験2の実験結果を図8に示す。図8は、図6および図7に示した実験条件のときに、磁性細線10の図2における左端へ流れたリーク電流1と、磁性細線10の図2における右端へ流れたリーク電流2を示している。図8に示すように、リーク電流1は1.5mA(<3.5mA)であり、リーク電流2は0.9mA(<3.5mA)であった。したがって、導電線20に対して、磁区記録に必要な記録電流(100mA)を流したときに、磁性細線10に流れてしまうリーク電流の値が、磁区の駆動に必要な電流値(約3.5mA)よりも十分に低くすることができた。そのため、実験2(実施例)によれば、磁区の破壊を起こすことなく磁区を記録することができることを確かめることができた。なお、図8におけるリーク電流の立ち上がり、立下りにおける鋭いピークは、パルス成分による高周波成分によるものであり、磁区の駆動には寄与しなかった。
【0050】
磁性細線デバイス1について磁区記録時における動作説明を行ったが、磁性細線デバイス1は、磁区記録時の後に、磁区駆動を行うこともできる。すなわち、本実施形態に係る磁性細線デバイス1において、第1駆動電源51または第2駆動電源52は、記録期間の後に設定された駆動期間に、磁性細線10に形成されている磁区を駆動する駆動電圧を印加する。つまり、磁性細線デバイス1において、磁性細線10へ印加するバイアスパルス電圧を生成する電源である第1駆動電源51および第2駆動電源52を、磁区駆動時に、磁性細線10上に形成されている磁区を駆動させる電源としてそのまま用いることができる。なお、逆に言えば、バイアスパルス電圧を導電線20へ印加する電源としては、磁性細線10上の磁区を駆動させるための磁区駆動電源をそのまま用いることができるため、特別なものを用意する必要がない。
【0051】
よって、磁区駆動時に、例えば第1駆動電源51が磁性細線10に正の電圧を印加すると、磁性細線10には、第1駆動電源51の側から第2駆動電源52の側へ駆動電流が流れ、磁区を右へ駆動させることができる。また、磁区駆動時に第2駆動電源52が磁性細線10に正の電圧を印加すると、磁性細線10には、第2駆動電源52の側から第1駆動電源51の側へ駆動電流が流れ、磁区を左へ駆動させることができる。
【0052】
一例として、磁性細線デバイス1において、上向きの磁区記録および、そのときに記録された磁区の駆動と、下向き磁区記録および、そのときに記録された磁区駆動と、を交互に繰り返す場合について説明する。
【0053】
図9は、上向き磁区と下向き磁区とを交互に磁性細線10に形成した場合の磁気光学顕微鏡による観察像である。図9において、2本の記録素子は1つの導電線20からなる。そして、磁性細線10において、概ね図9における左側の記録素子の幅方向の中心位置から、図9における右側の記録素子の幅方向の中心位置までの磁性細線領域に亘って磁区Dが形成される。また、磁性細線10において、概ね図9における右側の記録素子の右側の磁性細線領域に形成された磁区Dが2回目に形成された下向き磁区であり、さらに右側の磁性細線領域に形成された磁区Dが1回目に形成された上向き磁区である。図9の画像は分かりにくいところもあるが、磁性細線10上に符号Dで示す2カ所に磁区が移動した。
【0054】
上向き磁区と下向き磁区とを交互に磁性細線10に形成する場合に、磁性細線デバイス1の制御方法の一例について図10を参照して説明する。まず、時間が0からt11までの期間では、図10(a)に示すように記録電源40から導電線20へ印加されるパルス電圧(記録電圧)は正であり、また、図10(b)および図10(c)に示すように第1および第2バイアスパルス電圧も正である。この期間には、上向きの磁区が記録される。なお、この期間の動作は、図3のタイミングチャートにおける時間が0からt1までの期間の動作と同様である。
【0055】
次に、時間がt11からt12までの期間は、前の期間に形成された上向きの磁区を駆動する期間である。図10(b)に示すように第1駆動電源51が磁性細線10に正のパルス電圧(磁区駆動パルス)を印加すると、磁性細線10には、第1駆動電源51の側から第2駆動電源52の側へ駆動電流が流れ、上向き磁区を図2において右へ駆動させることができる。なお、第1駆動電源51が磁区駆動時に磁性細線10に印加する磁区駆動パルスの大きさは、第1駆動電源51が磁区記録時に磁性細線10に印加する第1バイアスパルス電圧の大きさよりも小さい。
【0056】
次に、時間がt12からt13までの期間には、下向きの磁区が記録される。なお、この期間の動作は、図3のタイミングチャートにおける時間がt2からt3までの期間の動作と同様である。
【0057】
次に、時間がt13からt14までの期間は、前の期間に形成された下向きの磁区を駆動する期間である。図10(b)に示すように第1駆動電源51が磁性細線10に正のパルス電圧(磁区駆動パルス)を印加すると、磁性細線10には、第1駆動電源51の側から第2駆動電源52の側へ駆動電流が流れ、下向き磁区を図2において右へ駆動させることができる。
【0058】
なお、図11に示すように、第1駆動電源51に代えて、第2駆動電源52が磁性細線10にパルス電圧(磁区駆動パルス)を印加することによって、上向き磁区と下向き磁区とを交互に磁性細線10に形成することもできる。
【0059】
この場合、図11に示すように、時間が0からt11までの期間には、上向きの磁区が記録される。次に、時間がt11からt12までの期間は、前の期間に形成された上向きの磁区を駆動する期間である。図11(c)に示すように第2駆動電源52が磁性細線10に負のパルス電圧(磁区駆動パルス)を印加すると、磁性細線10には、第1駆動電源51の側から第2駆動電源52の側へ駆動電流が流れ、上向き磁区を図2において右へ駆動させることができる。なお、第2駆動電源52が磁区駆動時に磁性細線10に印加する磁区駆動パルスの大きさは、第2駆動電源52が磁区記録時に磁性細線10に印加する第2バイアスパルス電圧の大きさよりも小さい。
【0060】
次に、時間がt12からt13までの期間には、下向きの磁区が記録される。次に、時間がt13からt14までの期間は、前の期間に形成された下向きの磁区を駆動する期間である。図11(c)に示すように第2駆動電源52が磁性細線10に負のパルス電圧(磁区駆動パルス)を印加すると、磁性細線10には、第1駆動電源51の側から第2駆動電源52の側へ駆動電流が流れ、下向き磁区を図2において右へ駆動させることができる。
【0061】
本発明は、前記した実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば第1駆動電源51および第2駆動電源52から磁性細線10へ印加するバイアス電圧は、パルス電圧(バイアスパルス電圧)であるものとしたが、直流電圧(バイアス直流電圧)としても構わない。この場合においても、同様にリーク電流低減の効果を奏することができる。ただし、直流バイアス電圧は常時印加することになるので、消費電力の低減の観点からは、パルス電圧(バイアスパルス電圧)とすることが望ましい。
【0062】
また、磁性細線10が磁性材料としてCo-Tbを含む具体例について説明したが、他の垂直磁気異方性を持つ材料を用いてもよい。磁性細線デバイスを構成する磁性材料に、Tbのように酸素や水分によって酸化されるものも含まれる場合には、磁性細線が酸化されることで、磁区駆動がしにくくなる虞がある。また、酸化が進むことで磁性細線中の磁化が失われ、磁区記録も困難になると、磁性細線デバイスとしての機能を失うことになる。したがって、磁性材料の種類によっては、磁性細線デバイスの酸化を防ぐために、磁性細線デバイスの素子を外気から十分に遮断できる容器に封入することが好ましい。この変形例の模式図を図12に示す。符号2は、磁性細線デバイス1の各電源40,51,52を除いた素子を示す。素子2は、磁性細線10と、導電線20と、層間絶縁層30と、を備えている。外気を遮断する容器60は磁性細線デバイス1の素子2を大気から隔離するものである。符号60a、60b、60cはコネクタであり、これらコネクタによって、容器60外部の大気を隔離しながら容器60内部の素子2の導電線20および磁性細線10に通電することができる。また、外気を遮断する容器60の内部の雰囲気70は乾燥窒素雰囲気で満たされているか、もしくは真空である。この変形例によれば、磁性細線デバイスの酸化を防止することで、より正確な磁区記録および磁区駆動の制御および評価が可能となる。
【0063】
磁性細線デバイス1は、メモリであるものとしたが、空間光変調器であってもよい。また、反射型の空間光変調器とする場合、磁性細線10は、光反射率の高い材料で形成されることが好ましい。
【符号の説明】
【0064】
1 磁性細線デバイス
10 磁性細線(磁性体)
20 導電線
30 層間絶縁層
40 記録電源
51 第1駆動電源
52 第2駆動電源
60 外気を遮断する容器
D 磁区
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16