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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-24
(45)【発行日】2024-05-07
(54)【発明の名称】ビオチン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 495/04 20060101AFI20240425BHJP
【FI】
C07D495/04 103
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023569579
(86)(22)【出願日】2022-12-23
(86)【国際出願番号】 JP2022047675
(87)【国際公開番号】W WO2023120712
(87)【国際公開日】2023-06-29
【審査請求日】2023-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2021211102
(32)【優先日】2021-12-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】森 博志
(72)【発明者】
【氏名】松浦 圭介
【審査官】土橋 敬介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/049476(WO,A1)
【文献】HUANG, J. et al.,Total synthesis of (+)-biotin via a quinine-mediated asymmetric alcoholysis of meso-cyclic anhydride,Tetrahedron: Asymmetry,2008年,19(12),pp.1436-1443
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 495/04
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸解離定数pKaが1以下の強酸を40容量%以上含有する溶媒中、
下記式(1):
【化1】
[前記式(1)において、R及びRは、それぞれ独立して、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基であり、
は、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、シアノ基、又は-C(=O)ORで表される1価の基であり、
は、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基である。]
で表されるヒドロキシビオチン誘導体及び下記式(2):
【化2】
[前記式(2)において、R、R及びRは、それぞれ、前記式(1)におけるR、R及びRと同義である。]
で表されるビニルビオチン誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体と、
トリアルキルシラン化合物と
を接触させて、下記式(3):
【化3】
[前記式(3)において、R、R及びRは、前記式(1)におけるR、R及びRと同義である。]
で表されるビオチン誘導体を製造することを含む、ビオチン誘導体の製造方法であって、
液体クロマトグラフィーにより測定される前記少なくとも1種の誘導体の純度が、それぞれ、95%以下である、前記製造方法
【請求項2】
前記トリアルキルシラン化合物が、トリメチルシラン、トリエチルシラン、トリイソプロピルシラン及びトリヘキシルシランから選択される、請求項1に記載のビオチン誘導体の製造方法。
【請求項3】
前記少なくとも1種の誘導体1gに対して、前記溶媒を0.1~20mLを使用する、請求項1又は2に記載のビオチン誘導体の製造方法。
【請求項4】
前記溶媒が、前記酸解離定数pKaが1以下の強酸を70容量%以上含有する、請求項1又は2に記載のビオチン誘導体の製造方法。
【請求項5】
前記溶媒が、前記酸解離定数pKaが1以下の強酸を70容量%以上含有する、請求項3に記載のビオチン誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビオチン誘導体の新規な製造方法に関し、特にヒドロキシビオチン誘導体又はビニルビオチン誘導体の還元反応によりビオチン誘導体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビオチンは、種々の医薬品や食品添加物、あるいは飼料添加剤等に用いられる有用な化合物である。ビオチン誘導体の製造方法として、ビニルビオチン誘導体を還元してビオチン誘導体を得る方法が報告されている(非特許文献1参照)。
【0003】
非特許文献1には、トリフルオロ酢酸及びジクロロメタンを含む溶媒中、側鎖の末端にベンジルエステル基を有するヒドロキシビオチン誘導体、又はビニルビオチン誘導体に還元剤としてトリエチルシランを反応させて、ビオチン誘導体を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Tetrahedon Assymmetry 19 2008,1436-1443
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法によれば、反応基質として、精製された純度の高いヒドロキシビオチン誘導体、又はビニルビオチン誘導体が用いられている。このように反応基質を一度精製する工程が入ることから、大量生産を目的とする工業的生産に適用する点において改善の余地があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、驚くべきことに、酸解離定数pKaが1以下の強酸を所定の割合以上含有する溶媒を使用することで、反応基質であるヒドロキシビオチン誘導体及び/又はビニルビオチン誘導体の純度を低くしても高い転化率でビオチン誘導体を合成できることを発見し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
[1]酸解離定数pKaが1以下の強酸を40容量%以上含有する溶媒中、
下記式(1):
【化1】
[前記式(1)において、R及びRは、それぞれ独立して、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基であり、
は、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、シアノ基、又は-C(=O)ORで表される1価の基であり、
は、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基である。]
で表されるヒドロキシビオチン誘導体及び下記式(2):
【化2】
[前記式(2)において、R、R及びRは、それぞれ、前記式(1)におけるR、R及びRと同義である。]
で表されるビニルビオチン誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体と、
トリアルキルシラン化合物と
を接触させて、下記式(3):
【化3】
[前記式(3)において、R、R及びRは、前記式(1)におけるR、R及びRと同義である。]
で表されるビオチン誘導体を製造することを含む、ビオチン誘導体の製造方法。
[2]前記トリアルキルシラン化合物が、トリメチルシラン、トリエチルシラン、トリイソプロピルシラン及びトリヘキシルシランから選択される、[1]に記載のビオチン誘導体の製造方法。
[3]液体クロマトグラフィーにより測定される前記少なくとも1種の誘導体の純度が、それぞれ、95%以下である、[1]又は[2]に記載のビオチン誘導体の製造方法。
[4]前記少なくとも1種の誘導体1gに対して、前記溶媒を0.1~20mLを使用する、[1]又は[3]に記載のビオチン誘導体の製造方法。
[5]前記少なくとも1種の誘導体1gに対して、前記溶媒を0.1~20mLを使用する、[3]に記載のビオチン誘導体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係るビオチン誘導体の製造方法によれば、高純度の原料を用いなくとも高い転化率でビオチン誘導体を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、酸解離定数pKaが1以下の強酸を40容量%以上含有する溶媒中、式(1)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1)及び式(2)で表されるビニルビオチン誘導体(2)からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体と、トリアルキルシラン化合物とを接触させて、式(3)で表されるビオチン誘導体(3)を製造する方法に関する。以下、本発明の詳細について説明する。
【0010】
[用語の説明]
以下、本明細書で用いられる用語について説明する。以下の説明は、別段規定される場合を除き、本明細書を通じて適用される。なお、「値A~値B」という表現は、別段規定される場合を除き、値A以上値B以下を意味する。
【0011】
ハロゲノ基
ハロゲノ基としては、例えば、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基等が挙げられる。
【0012】
アルキル基
アルキル基の炭素数は、例えば1~20、好ましくは1~10、より好ましくは1~8、より好ましくは1~6、より好ましくは1~4、より好ましくは1~3、より好ましくは1又は2である。アルキル基は、直鎖状であってもよいし、分岐鎖状であってもよい。直鎖状のアルキル基の炭素数は1以上であり、分岐鎖状のアルキル基の炭素数は3以上である。
【0013】
アリール基
アリール基は、例えば、単環式又は多環式(例えば二環式又は三環式)の芳香族炭化水素環基である。アリール基の炭素数は、例えば3~22、好ましくは3~20、より好ましくは4~14、より好ましくは6~14、より好ましくは6~10である。多環式は、好ましくは、縮合環式である。アリール基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。アリール基は、好ましくは、フェニル基である。
【0014】
アラルキル基
アラルキル基は、1以上のアリール基を有するアルキル基であり、アルキル基及びアリール基に関する説明は、上記の通りである。アラルキル基に含まれるアリール基の数は、例えば1~3、好ましくは1又は2、より好ましくは1である。アラルキル基としては、例えば、ベンジル基、フェニルエチル基、フェニルプロピル基、フェニルブチル基、ナフチルメチル基等が挙げられる。アラルキル基に含まれるアリール基は、好ましくは、フェニル基である。アラルキル基は、好ましくは、ベンジル基である。
【0015】
アルコキシ基
アルコキシ基は、式:-O-アルキル基で表される基であり、アルキル基に関する説明は、上記の通りである。
【0016】
<ヒドロキシビオチン誘導体>
本発明において、ヒドロキシビオチン誘導体(1)は、下記式(1)で示される化合物である。
【0017】
【化4】
【0018】
(R及びR
式(1)中、R及びRは、それぞれ独立して、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基(すなわち、アルキル基若しくは置換基を有するアルキル基)、置換基を有してもよいアラルキル基(すなわち、アラルキル基若しくは置換基を有するアラルキル基)、又は置換基を有してもよいアリール基(すなわち、アリール基若しくは置換基を有するアリール基)である。R及びRは、互いに同一の官能基であってもよく、互いに異なる種類の官能基であってもよい。
【0019】
以下、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、及び、置換基を有してもよいアリール基について説明する。
【0020】
置換基を有してもよいアルキル基
一実施形態において、R及び/又はRは、置換基を有してもよいアルキル基である。アルキル基は、直鎖状、分岐鎖状のどちらであってもよい。アルキル基の炭素数は、例えば、1~20であり、1~10であることが好ましく、1~8であることがより好ましく、1~6であることがより好ましく、1~4であることがより好ましく、1~3であることがより好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることが特に好ましい。アルキル基は、置換基を有していてもよい。アルキル基が有し得る置換基としては、例えば、炭素数3~22のアリール基(好ましくは炭素数3~20、より好ましくは炭素数4~14、より好ましくは炭素数6~14、より好ましくは炭素数6~10のアリール基)、炭素数1~6のアルコキシ基(好ましくは炭素数1~4、より好ましくは炭素数1~3、より好ましくは炭素数1又は2のアルコキシ基)、ハロゲノ基等が挙げられる。アルキル基が有し得る置換基としては、炭素6~14のアリール基が好ましく、炭素数6~10のアリール基がより好ましく、フェニル基が特に好ましい。アルキル基が置換基を有する場合、置換基の数は、1~5であることが好ましく、1~3であることがより好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることが特に好ましい。
【0021】
置換基を有してもよいアラルキル基
一実施形態において、R及び/又はRは、置換基を有してもよいアラルキル基である。アラルキル基としては、炭素数7~11のアラルキル基が好ましい。好適なアラルキル基の例としては、ベンジル基、フェニルエチル基、フェニルプロピル基、フェニルブチル基、ナフチルメチル基を挙げることができる。アラルキル基は、置換基を有していてもよい。アラルキル基が有し得る置換基としては、例えば、炭素数1~6のアルコキシ基(好ましくは炭素数1~4、より好ましくは炭素数1~3、より好ましくは炭素数1又は2のアルコキシ基)、カルボキシル基、ハロゲノ基等が挙げられる。アラルキル基が置換基を有する場合、置換基の数は、1~5であることが好ましく、1~3であることがより好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることが特に好ましい。
【0022】
置換基を有してもよいアリール基
一実施形態において、R及び/又はRは、置換基を有してもよいアリール基である。アリール基としては、単環式、二環式又は三環式のものが挙げられる。アリール基は、炭素数6~14のアリール基であることが好ましく、フェニル基であることが特に好ましい。アリール基は、置換基を有していてもよい。アリール基が有し得る置換基としては、例えば、炭素数1~6のアルコキシ基(好ましくは炭素数1~4、より好ましくは炭素数1~3、より好ましくは炭素数1又は2のアルコキシ基)、カルボキシル基、ハロゲノ基等が挙げられる。アリール基が置換基を有する場合、置換基の数は、1~5であることが好ましく、1~3であることがより好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることが特に好ましい。
【0023】
なお、R及びRは、最終的に脱保護工程により除去されること等を考慮すると、置換基を有してもよいアラルキル基であることが好ましく、アラルキル基であることがより好ましく、ベンジル基であることが特に好ましい。
【0024】
(R
式(1)中、Rは、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、シアノ基、又は-C(=O)ORで表される1価の官能基であり、Rは、水素原子、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基である。Rにおける、置換基を有してもよいアルキル基、並びに、Rにおける、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、及び置換基を有してもよいアリール基は、上記と同義である。置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、及び置換基を有してもよいアリール基に関する上記説明は、R及びRにも適用される。
【0025】
は、ビオチンへの変換のし易さから、シアノ基、カルボン酸(R=水素原子)、エステル(R=置換基を有してもよいアルキル基)であることが好ましく、カルボン酸(R=水素原子)、又はエステル(R=置換基を有してもよいアルキル基)であることがより好ましく、エステル(R=アルキル基)であることが特に好ましい。
特に好ましい。
【0026】
(ヒドロキシビオチン誘導体の製造法)
本発明におけるヒドロキシビオチン誘導体(1)は、特に制限されるものではなく、公知の方法で製造したものを使用することができる。例えば、非特許文献1記載の方法で製造したもの、及び精製したものを使用することができる。具体的には、下記反応式に従って製造することができる。
【0027】
【化5】
【0028】
式(5)で表される化合物は、チオラクトン誘導体であり、公知の方法で製造することができる。式(5)中、R又はRは、それぞれ、式(1)におけるR又はRと同義である。上記反応式に示すように、式(5)で表されるチオラクトン誘導体(5)と、式:R-(CH-MXで表される有機金属試薬とを反応させて、式(1)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1)を製造することができる。式:R-(CH-MXで表される有機金属試薬において、Xは、ハロゲン原子であり、Mは、亜鉛又はマグネシウムから選択される金属元素であり、Rは、式(1)におけるRと同義である。
【0029】
ヒドロキシビオチン誘導体(1)の純度は、特に制限されるものではないが、例えば、液体クロマトグラフィーにより測定される純度が80.0~99.9%のヒドロキシビオチン誘導体(1)であってもよい。本発明において、液体クロマトグラフィーにより測定される純度とは、液体クロマトグラフィーで測定した際の面積%の値である。本発明において、液体クロマトグラフィーにより測定される純度は、好ましくは、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定される純度であり、HPLCによるヒドロキシビオチン誘導体(1)の純度の測定は、後述の実施例に記載の条件で行われる。なお、本明細書において、HPLCにより測定される純度を「HPLC純度」という場合がある。
【0030】
本発明に係るビオチン誘導体の製造方法によれば、比較的純度が低いヒドロキシビオチン誘導体(1)を原料として用いた場合でも、高い転化率でビオチン誘導体(3)を製造することができる。そのため、製造工程数を短縮する観点では、原料となるヒドロキシビオチン誘導体(1)は精製工程を経ずに、粗体のままのものを原料として使用することが好ましい。具体的には、本発明に係るビオチン誘導体の製造方法の原料として用いるヒドロキシビオチン誘導体(1)としては、液体クロマトグラフィーにより測定される純度(好ましくはHPLC純度)が95%以下のものでも好適に使用することができる。
【0031】
但し、最終的に得られるビオチン誘導体(3)は、純度が高い方が好ましいことから、純度の高いヒドロキシビオチン誘導体(1)を原料として用いることが好ましい。例えば、以下に示す方法でヒドロキシビチン誘導体(1)を製造することで、ヒドロキシビオチン誘導体(1)の粗体純度を比較的高めることができる。かかる純度の高いヒドロキシビチン誘導体(1)を原料として用いることで、本発明に係るビオチン誘導体の製造方法おいて得られるビオチン誘導体(3)の純度もより高純度となる。
【0032】
(好適なヒドロキシビオチン誘導体の製造法)
以下、ヒドロキシビオチン誘導体(1)の好適な製造法について説明する。
【0033】
【化6】
【0034】
パラジウム又はニッケル触媒存在下、式(5)で表されるチオラクトン誘導体(5)と、チオラクトン誘導体(5)に目的の側鎖を導入するための有機亜鉛試薬(R-(CH-ZnX)とを福山カップリング反応に付することでヒドロキシビオチン誘導体(1)を製造することができる。式:R-(CH-ZnXで表される有機亜鉛試薬において、Xは、ハロゲン原子を表し、Xで表されるハロゲン原子としては、例えば、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。中でも反応性の点から、臭素原子、ヨウ素原子であることが好ましく、ヨウ素原子であることが特に好ましい。
【0035】
有機亜鉛試薬は、対応する有機ハロゲン化物(R-(CH-X)と亜鉛とを有機溶媒中で接触させることにより調製することができる。使用する亜鉛には単体の亜鉛を用いることができ、、その形態は制限されるものではない。亜鉛の形態としては、例えば、粉末状、削り状、短冊状等が挙げられる。亜鉛の使用量は、有機ハロゲン化物の種類によって適宜決定すればよく、有機ハロゲン化物1モルに対して、例えば1~5モル、好ましくは1~3モルである。
【0036】
有機ハロゲン化物と亜鉛との接触は、亜鉛活性化剤の存在下で行うことが好ましい。亜鉛活性化剤としては、例えば、臭素、ヨウ素、1,2-ジブロモエタン、トリメチルシリルクロリド等が挙げられる。亜鉛活性化剤の使用量は、亜鉛1モルに対して、例えば0.01~1.5モル、好ましくは0.2~0.8モルである。
【0037】
有機亜鉛試薬の調製は、有機溶媒中で行うことが好ましい。有機溶媒としては、例えば、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン、トルエン、シクロペンチルメチルエーテル、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、tert-ブチルメチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジグライム等が挙げられる。以上例示した有機溶媒は、1種類で使用することもできるし、2種類以上の混合物を使用することもできる。
【0038】
有機溶媒の使用量は、特に制限されるものではないが、亜鉛1gに対して、例えば0.5~20mL、好ましくは1~10mLである。有機溶媒として混合物を使用する場合には、使用する量の基準は、混合物全量を対象とする。有機ハロゲン化物と亜鉛との接触温度は、例えば20~120℃であり、好ましくは30~100℃である。有機ハロゲン化物と亜鉛との接触時間は、例えば0.1~10時間であり、好ましくは1~5時間である。
【0039】
有機亜鉛試薬の調製は、次の方法で行うことが好ましい。先ず、有機溶媒と亜鉛とを混合した後、亜鉛活性化剤を加えて亜鉛の活性化を行う。次いで、有機ハロゲン化物を添加して混合することで有機亜鉛試薬を調製することができる。なお、得られた亜鉛試薬は、分離精製することなく、溶液のままヒドロキシビオチン誘導体(1)の製造に使用することができる。
【0040】
ヒドロキシビオチン誘導体(1)は、パラジウム又はニッケル触媒存在下、チオラクトン誘導体(5)と有機亜鉛試薬とを福山カップリング反応に付することで得られる。パラジウム触媒としては、例えば、パラジウム炭素、パラジウムブラック、酢酸パラジウム、塩化パラジウム、ビストリフェニルホスフィン塩化パラジウム等が挙げられ、ニッケル触媒としては、例えば、ニッケルアセチルアセトナート、塩化ニッケル等が挙げられる。反応性の点から考えると、酢酸パラジウム、パラジウム炭素、ニッケルアセチルアセトナートが好ましい。パラジウム又はニッケル触媒の使用量は、特に制限されるものではないが、チオラクトン誘導体(5)1モルに対して、例えば0.001~0.5モル、好ましくは、0.005~0.05モルである。有機亜鉛試薬の使用量は、特に制限されるものではないが、チオラクトン誘導体(5)1モルに対して、例えば1~5モル、好ましくは1~3モルである。
【0041】
ヒドロキシビオチン誘導体(1)の合成反応における有機溶媒は、反応を阻害しないものであれば特に制限されず、必要に応じて使用すればよい。有機溶媒としては、例えば、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン、トルエン、シクロペンチルメチルエーテル、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、tert-ブチルメチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジグライム等が挙げられる。以上例示した有機溶媒は、1種類で使用することもできるし、2種類以上の混合物を使用することもできる。有機溶媒の使用量は、特に制限されるものではないが、チオラクトン誘導体(5)1gに対して、例えば3~30mL、好ましくは5~20mLである。有機溶媒として混合物を使用する場合には、使用する量の基準は、混合物全量を対象とする。また、有機亜鉛試薬を溶液のまま使用する場合には、新たに使用する有機溶媒との合計値(総量)が前記範囲内になるよう調整すればよい。
【0042】
福山カップリング反応は、パラジウム又はニッケル触媒、チオラクトン誘導体(5)、有機亜鉛試薬及び有機溶媒を混合して行うことができ、これらを混合する順序は特に制限されず、攪拌混合して行うことができる。なお、効果的に反応を行うためには、次の方法で反応を行うことが好ましい。先ず、亜鉛試薬を調製し、亜鉛試薬を含む溶液を準備し、チオラクトン誘導体(5)及び必要に応じて有機溶媒を添加し、次いで、パラジウム又はニッケル触媒を添加することが好ましい。福山カップリング反応の温度は、特に制限されるものではないが、反応の転化率及びヒドロキシビオチン誘導体(1)の純度の点から、例えば20~100℃の範囲、好ましくは25~80℃の範囲である。また、反応時間も、特に制限されるものではないが、例えば1~48時間の範囲、好ましくは2~20時間の範囲である。
【0043】
以上のような条件で反応させることにより、ヒドロキシビオチン誘導体(1)を製造することができる。ヒドロキシビオチン誘導体(1)を反応系から取り出す方法は、特に制限されるものではない。具体的には、ヒドロキシビオチン誘導体(1)を酢酸エチル、トルエン、クロロホルム、ジクロロメタンのような水に難溶な溶媒に溶解させ、水洗、濃縮、乾燥等を行うことにより、ヒドロキシビオチン誘導体(1)を取り出すことができる。なお、溶媒として、水に難溶な溶媒を使用した場合には、そのまま、溶液を水洗することもできる。
【0044】
以上のような条件で得られるヒドロキシビオチン誘導体(1)の、液体クロマトグラフィーにより測定される純度(好ましくはHPLC純度)は、特に制限されるものではないが、上記好適な製造法によれば、液体クロマトグラフィーにより測定される純度(好ましくはHPLC純度)が90.0~95.0%のヒドロキシビオチン誘導体(1)を得ることができる。かかる純度を有するヒドロキシビオチン誘導体(1)は、本発明の反応基質として好適に使用することができる。また、ヒドロキシビオチン誘導体(1)を含む反応液から、直接、ビニルビオチン誘導体(2)へと変換することもできる。
【0045】
(好適なヒドロキシビオチン誘導体)
式(1)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1)としては、その有用性を考慮すると、下記式(1A)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1A)、及び下記式(1B)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1B)が好ましいものとして挙げられる。ヒドロキシビオチン誘導体(1A)は、ヒドロキシビオチン誘導体(1)において、R及びRがともにベンジル基であり、Rが-COEt(すなわち、Rがエチル基)である化合物である。また、ヒドロキシビオチン誘導体(1B)は、ヒドロキシビオチン誘導体(1)において、R及びRがともにベンジル基であり、Rが-COH(すなわち、Rが水素原子)である化合物である。なお、式中の「Bn」は、ベンジル基を表し、「Et」は、エチル基を表す。以下、同様の説明は、省略する場合がある。
【0046】
【化7】
【0047】
【化8】
【0048】
<ビニルビオチン誘導体>
本発明において、ビニルビオチン誘導体(2)は、下記式(2)で示される化合物である。
【0049】
【化9】
【0050】
式(2)中、R、R及びRは、それぞれ、式(1)おけるR、R及びRと同義である。
【0051】
ビニルビオチン誘導体(2)の純度は、特に制限されるものではないが、例えば、液体クロマトグラフィーにより測定される純度が80.0~99.9%のビニルビオチン誘導体(2)であってもよい。
【0052】
本発明に係るビオチン誘導体の製造方法によれば、比較的純度が低いビニルビオチン誘導体(2)を原料として用いた場合でも、高い転化率でビオチン誘導体(3)を製造することができる。そのため、製造工程数を短縮する観点では、原料となるビニルビオチン誘導体(2)は精製工程を経ずに、粗体のままのものを原料として使用することが好ましい。具体的には、本発明に係るビオチン誘導体の製造方法の原料として用いるビニルビオチン誘導体(2)としては、液体クロマトグラフィーにより測定される純度(好ましくはHPLC純度)が95%以下のものでも好適に使用することができる。
【0053】
但し、最終的に得られるビオチン誘導体(3)は、純度が高い方が好ましいことから、純度の高いビニルビオチン誘導体(2)を原料として用いることが好ましい。例えば、以下に示す方法でビニルビオチン誘導体(2)を製造することで、ビニルビオチン誘導体(2)の粗体純度を比較的高めることができる。かかる純度の高いビニルビオチン誘導体(2)を原料として用いることで、本発明に係るビオチン誘導体の製造方法おいて得られるビオチン誘導体(3)の純度もより高純度となる。
【0054】
本発明におけるビニルビオチン誘導体(2)は、特に制限されるものではなく、公知の方法で製造することができる。具体的には、以下の反応式に示すように、ヒドロキシビオチン誘導体(1)を脱水反応に付することにより製造することができる。
【0055】
【化10】
【0056】
ヒドロキシビオチン誘導体(1)の脱水方法としては、例えば、酸処理又は加熱処理が挙げられるが、生成物の純度等を考慮すると酸処理にて行うことが好ましい。酸処理は、ヒドロキシビオチン誘導体(1)の溶液と酸触媒とを接触させることを含む。酸触媒としては、例えば、塩酸、硫酸、p-トルエンスルホン酸、これらの混合物等が挙げられる。酸の使用量は、使用する酸の種類により適宜決定すればよいが、ヒドロキシビオチン誘導体(1)1モルに対して、例えば1~1000モル、好ましくは20~200モルである。酸処理する際の温度も特に制限されないが、例えば10~100℃、好ましくは20~70℃である。酸処理の時間は、例えば0.1~10時間、好ましくは1~7時間である。
【0057】
ヒドロキシビオチン誘導体(1)の溶液と酸触媒を接触させる方法は、特に限定されるものではない。例えば、ヒドロキシビオチン誘導体(1)、酸触媒、及びヒドロキシビオチン誘導体(1)を溶解できる溶媒を同時に混合する方法や、ヒドロキシビオチン誘導体(1)が溶解した溶液(ヒドロキシビオチン誘導体(1)の製造で得た反応液)を準備し、該溶液に酸触媒を添加して混合する方法、などを採用することができる。中でも、操作の容易性から、ヒドロキシビオチン誘導体(1)の反応溶液に酸触媒を添加して混合する方法を採用することが好ましい。
【0058】
以上のような条件で反応させることにより、ビニルビオチン誘導体(2)を簡便に製造することができる。ビニルビオチン誘導体(2)を反応系から取り出す方法は、特に制限されるものではない。具体的には、ビニルビオチン誘導体(2)を酢酸エチル、トルエン、クロロホルム、ジクロロメタンのような水に難溶な溶媒に溶解させ、水洗、濃縮、乾燥等を行うことにより、ビニルビオチン誘導体(2)を取り出すことができる。なお、溶媒として、水に難溶な溶媒を使用した場合には、そのまま、溶液を水洗することもできる。
【0059】
以上のような条件で得られるビニルビオチン誘導体(2)の、液体クロマトグラフィーにより測定される純度(好ましくはHPLC純度)は、特に制限されるものではないが、上記の製造法によれば、液体クロマトグラフィーにより測定される純度(好ましくはHPLC純度)が90.0~95.0%のビニルビオチン誘導体(2)を得ることができる。かかる純度を有するビニルビオチン誘導体(2)は、本発明の反応基質として好適に使用することができる。
【0060】
(好適なビニルビオチン誘導体)
式(2)で表されるビニルビオチン誘導体(2)としては、その有用性を考慮すると、下記式(2A)で表されるビニルビオチン誘導体(2A)、及び下記式(2B)で表されるビニルビオチン誘導体(2B)が好ましいものとして挙げられる。ビニルビオチン誘導体(2A)は、式(1A)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1A)の脱水反応から得られる化合物である。ビニルビオチン誘導体(2B)は、式(1B)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1B)の脱水反応から得られる化合物である。
【0061】
【化11】
【0062】
【化12】
【0063】
<還元剤>
本発明では、ヒドロキシビオチン誘導体(1)及びビニルビオチン誘導体(2)からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体と、還元剤としてのトリアルキルシラン化合物とを接触させて、ビオチン誘導体(3)を製造する。
【0064】
本発明で用いられる還元剤としては、工業原料又は試薬として入手可能なトリアルキルシラン化合物を何ら制限なく使用することができる。
【0065】
トリアルキルシラン化合物は、式:SiH-L(-L)(-L)で表される化合物である。L、L及びLは、それぞれ独立して、アルキル基である。L、L及びLは、同一のアルキル基であってもよいし、異なるアルキル基であってもよい。アルキル基は、直鎖状であってもよいし、分岐鎖状であってもよい。アルキル基の炭素数は、好ましくは1~10、より好ましくは1~8、より好ましくは1~7、より好ましくは1~6、より好ましくは1~4、より好ましくは1~3である。トリアルキルシラン化合物としては、炭素数3~21のものが好ましい。本発明で用いられる好ましいトリアルキルシラン化合物としては、例えば、トリメチルシラン、トリエチルシラン、トリイソプロピルシラン、トリヘキシルシラン(例えばトリ-n-ヘキシルシラン)等が挙げられる。これらのトリアルキルシラン化合物の中でも、高い還元力が期待できる、トリエチルシラン、トリイソプロピルシランを使用することが特に好ましい。
【0066】
本発明で使用するトリアルキルシラン化合物の使用量は、特に制限されるものではないが、所望の反応速度を得つつ、トリアルキルシラン化合物の量が多過ぎることによる後処理操作の煩雑さを回避するため、本発明における反応基質(ヒドロキシビオチン誘導体(1)及びビニルビオチン誘導体(2)からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体)1モルに対して、0.5~10.0モルの範囲であることが好ましく、1.0~5.0モルの範囲であることが特に好ましい。本発明における反応基質の量は、本発明における反応基質として1種の誘導体が選択される場合には当該1種の誘導体の量を意味し、本発明における反応基質として2種以上の誘導体が選択される場合には当該2以上種の誘導体の合計量を意味する(本明細書を通じて同様である)。
【0067】
<溶媒>
本発明における溶媒には、酸解離定数pKaが1以下の強酸を40容量%以上含有する溶媒を使用する。
【0068】
本発明に用いられるpKaとは、25℃における水溶液中の酸解離定数(pKa)を指す。本発明における「pKaが1以下の強酸」は、常温で液体状のものに限定されるものではなく、トリクロロ酢酸等の常温で固体状のものであっても、融点以上の温度で用いること、又はその他の溶媒に溶解することにより使用可能である。中でも、常温で液体状のものを、溶媒を兼ねて用いるのが好ましい。このような強酸としては、例えば、トリフルオロ酢酸(pKa=-0.3)、メタンスルホン酸(pKa=-2.6)、トリフルオロメタンスルホン酸(pKa=-14)等が挙げられる。中でも、反応性の面からトリフルオロ酢酸、メタンスルホン酸が好ましく、トルフルオロ酢酸が特に好ましい。
【0069】
本発明における溶媒は、上述の強酸を40容量%以上含有する。換言すれば、本発明における溶媒には、前記の強酸以外のその他の溶媒を60容量%以下の割合で含んでもよい。また、反応速度を考慮すると、その他の溶媒は、30容量%以下であることが好ましく、0容量%であることが特に好ましい。すなわち、溶媒としては、前記の強酸を70容量%以上含有するものであることが好ましく、100容量%含有するものであることが特に好ましい。なお、前記の強酸を100容量%含有すること(すなわち、前記の強酸以外のその他の溶媒の含有率が0容量%であること)とは、前記の強酸の他に当該溶媒に不可避的に入り込む不純物の混入を完全に排除するものではない点に留意されたい。
【0070】
本発明の反応溶媒におけるpKa=1以下の強酸の割合を高めることで、ビオチン誘導体(3)への転化速度が向上し、より短時間で反応を完結することができる。また、その他の溶媒は、特に制限されるものではなく、強酸存在下で安定、且つ、本発明の反応に影響を及ぼさない溶媒であればよい。具体的には、ジクロロメタン、クロロホルム、トルエン等が挙げられる。
【0071】
本発明において、酸解離定数pKaが1以下の強酸を40容量%以上含有する溶媒の使用量は、特に制限されるものではないが、反応の後処理等を考慮すると、本発明における反応基質(ヒドロキシビオチン誘導体(1)及びビニルビオチン誘導体(2)からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体)1gに対して、例えば0.1~20mL、好ましくは0.5~10mL、より好ましくは3mL~7mLである。溶媒として前記の強酸とそれ以外の溶媒とを含む混合物を使用する場合には、使用する量の基準は、混合物全量を対象とする。
【0072】
<ビオチン誘導体の製造方法>
酸解離定数pKaが1以下の強酸を40容量%以上含む溶媒中、本発明における反応基質(ヒドロキシビオチン誘導体(1)及びビニルビオチン誘導体(2)からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体)とトリアルキルシラン化合物とを接触させて、ビオチン誘導体(3)を製造することができる。この際、各成分が十分に接触できるよう混合してやればよい。本発明の方法は、常圧、減圧、加圧のいずれの状態でも実施可能である。また、本発明の方法は、酸素、大気等の酸素存在下だけでなく、窒素、アルゴン、二酸化炭素等の不活性気体雰囲気下でも実施することができる。各成分の混合方法は、特に制限されるものではない。例えば、すべての成分を同時に反応装置に投入して混合してもよい。また、1成分を予め混合しておき、残りの成分を添加して混合してもよい。各成分は、溶媒で希釈して反応装置等へ供給することもできる。中でも、副生物をより低減し、ビオチン誘導体(3)の純度を高めるためには、不活性気体雰囲気下、ヒドロキシビオチン誘導体(1)及びビニルビオチン誘導体(2)からなる群より選ばれる少なくとも1種の誘導体と、pKaが1以下の強酸又はpKaが1以下の強酸を含む溶媒とを混合攪拌し、次いで、必要に応じて溶媒で希釈したトリアルキルシラン化合物を加えて攪拌(混合)することが好ましい。
【0073】
本発明において、反応温度(全成分が混合された後の反応系内の温度)は、特に制限されるものではないが、通常0~100℃の範囲で実施することができる。中でも、反応速度、得られるビオチン誘導体(3)の純度等を考慮すると、10~70℃で反応することが特に好ましい。当該範囲内で反応行うことにより、反応基質を短時間且つ効率的にビオチン誘導体(3)へと変換することができる。また、反応時間も制限されるものではなく、下記の実施例に記載した反応転化率を確認しながら適宜決定すればよい。ただし、前記の反応条件であれば、反応時間は1~72時間であり、1~24時間が好ましい。なお、ここでの反応時間は、本発明における反応基質、pKaが1以下の強酸を含む溶媒、およびトリアルキルシラン化合物を、設定した反応温度において混合する時間を指すものである。
【0074】
本発明で得られた反応液に対して、適宜後処理を行ってもよい。具体的には、当該反応液から減圧留去等によって溶媒を除去することによって、ビオチン誘導体(3)の粗体を取得することができる。
【0075】
<ビオチン誘導体>
本発明において得られるビオチン誘導体(3)は、下記式(3)で表される化合物である。
【0076】
【化13】
【0077】
式(3)中、R、R及びRは、それぞれ、式(1)におけるR、R及びRと同義である。
【0078】
(好適なビオチン誘導体)
好適な原料化合物であるヒドロキシビオチン誘導体(1A)若しくはビニルビオチン誘導体(2A)、又は、ヒドロキシビオチン誘導体(1B)若しくはビニルビオチン誘導体(2B)を基質として使用した場合、式(3)で表されるビオチン誘導体(3)として、それぞれ、下記式(3A)又は(3B)で表されるビオチン誘導体を得ることができる。ビオチン誘導体(3A)は、ビオチン誘導体(3)において、R及びRがともにベンジル基であり、Rが-COEt(すなわち、Rがエチル基)である化合物である。ビオチン誘導体(3B)は、ビオチン誘導体(3)において、R及びRがともにベンジル基であり、Rが-COH(すなわち、Rが水素原子)であり、後述するビオチン誘導体(4)として取り扱える化合物である。
【0079】
【化14】
【0080】
【化15】
【0081】
ビオチン誘導体(3B)から、R及びRに相当するベンジル基を脱保護処理により除去する工程を経て、簡単にビオチンを製造することができる。
【0082】
ビオチン誘導体(3)のうち、特にRが-CO’(R’は、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基である。)であるビオチン誘導体は、アルカリ加水分解反応に付することにより、下記式(4)で表されるビオチン誘導体(4)へと容易に変換することができる。R’は、Rが水素原子である場合を除き、Rと同義であり、Rにおける、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアラルキル基、及び置換基を有してもよいアリール基に関する説明は、R’にも適用される。ビオチン誘導体(4)は、ビオチン前駆体として有用であり、ビオチン誘導体(4)からビオチンを簡単に製造することができる。具体的には、ビオチン誘導体(4)から、R及びRで表される官能基を脱保護処理により除去する工程を経て、ビオチンを簡単に製造することができる。なお、本明細書において、ビオチン誘導体(4)を「ビオチン前駆体(4)」という場合がある。
【0083】
【化16】
【0084】
なお、ビオチン誘導体(3)のうち、特にRがシアノ基であるビオチン誘導体については、例えば、該ビオチン誘導体(3)と、ハロゲン化水素及びホスゲン化合物と、を接触させることにより、該ビオチン誘導体(3)の加水分解反応及び脱保護反応を経て、ビオチン誘導体(4)を製造することができる。ハロゲン化水素としては、例えば、臭化水素を用いてよい。ホスゲン化合物としては、例えば、トリホスゲンを用いてよい。
【実施例
【0085】
以下、実施例を挙げて、本発明を詳細に説明するが、具体例であって、本発明はこれらにより限定されるものではない。なお、実施例および比較例における反応転化率の算出及び純度評価は、以下の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた方法でおこなった。
【0086】
<HPLCの測定条件>
HPLC分析の分析条件は、以下のとおりである。
装置:高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
機種:2695-2489-2998(Waters社製)
検出器:紫外吸光光度計(測定波長:210nm)
カラム:XBridge-C18、内径4.6mm、長さ15cm(粒子径:5μm)(Waters社製)
カラム温度:30℃(一定)
サンプル温度:25℃(一定)
移動相A:アセトニトリル
移動相B:0.25%酢酸水溶液
移動相の送液:移動相A及び移動相Bの混合比を次の表1のように変えて濃度勾配を制御する。
流速:0.6mL/分
測定時間:40分
【0087】
【表1】
【0088】
上記HPLCの測定条件において、チオラクトン誘導体(5)(R、R=Bn)は約20.7分、ヒドロキシビオチン誘導体(1A)(R、R=Bn、R=-COEt)は約25.5分、ビニルビオチン誘導体(2A)(R、R=Bn、R=-COEt)は約28.5分、ビオチン誘導体(3A)(R、R=Bn、R=-COEt)は約28.3分、ビオチン前駆体(4)(R、R=Bn、R=-COH)は約19.9分にそれぞれピークが確認される。なお、実施例及び比較例において、ヒドロキシビオチン誘導体(1A)、ビニルビオチン誘導体(2A)、及びビオチン誘導体(3A)の各純度は、それぞれ、上記条件で測定される全ピークの面積値(溶媒由来のピークを除く)の合計に対するヒドロキシビオチン誘導体(1A)、ビニルビオチン誘導体(2A)、及びビオチン誘導体(3A)のピーク面積値の割合(百分率)である。また、反応転化率とは、生成したビオチン誘導体(3A)のピーク面積値の、ヒドロキシビオチン誘導体(1A)又はビニルビオチン誘導体(2A)のピーク面積値とビオチン誘導体(3A)のピーク面積値との合計値に対する百分率として算出した値である。具体的には、ヒドロキシビオチン誘導体(1A)を原料として使用する場合、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は、生成したビオチン誘導体(3A)のピーク面積値の、ヒドロキシビオチン誘導体(1A)のピーク面積値とビオチン誘導体(3A)のピーク面積値との合計値に対する百分率として算出した値であり、ビニルビオチン誘導体(2A)を原料として使用する場合、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は、生成したビオチン誘導体(3A)のピーク面積値の、ビニルビオチン誘導体(2A)のピーク面積値とビオチン誘導体(3A)のピーク面積値との合計値に対する百分率として算出した値である。
【0089】
〔製造例1(ヒドロキシビオチン誘導体の合成)〕
下記反応式に示すように、式(5)で表されるチオラクトン誘導体(5)から、式(1A)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1A)を合成した。なお、式中の「Bn」は、ベンジル基を表し、「Et」は、エチル基を表す。
【0090】
【化17】
【0091】
直径2.5cmのスターラーピースを備えた100mL三つ口フラスコに、窒素雰囲気下、亜鉛末6.13g(93.72mmol)、テトラヒドロフラン10mL、トルエン7mLを加え、25℃で混合攪拌した。30℃以下を保持しながら、臭素3.12gを2時間かけて滴下した。得られた懸濁液を55℃に加温し、5-ヨード吉草酸エチル10g(39.05mmol)を1時間以上かけて滴下した。次いで、同温度で2時間攪拌した後、30℃まで冷却し、5-ヨード吉草酸エチルの亜鉛試薬溶液を得た。
【0092】
前記亜鉛試薬溶液にチオラクトン誘導体(5)8.8g(26.03mmol)及びトルエン20mLを加え、30℃で混合攪拌した。次いで、10質量%パラジウム炭素277.1mg(2.60mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド2.6mLに懸濁した溶液を添加し、40℃で3時間攪拌した。次いで、反応液を25℃に冷却した後、同温度で12時間攪拌した。
【0093】
反応液に5質量%塩化アンモニウム水溶液30mLを加えた後、25℃で30分攪拌した。次いで、反応液を濾過し、濾過残分をトルエン20mLで洗浄した。濾過後の溶液を攪拌、静置し、分離した水層を除去した。得られた有機層を蒸留水30mL、10質量%チオ硫酸ナトリウム水溶液30mL、10質量%食塩水30mLでそれぞれ洗浄した。有機層を濃縮した後、残渣にトルエン20mLを加えて再度濃縮することで、ヒドロキシビオチン誘導体(1A)2.0g(純度91.71%)を得た(収率98.4%)。
【0094】
〔製造例2(ビニルビオチン誘導体の合成)〕
下記反応式に示すように、式(1A)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1A)から、式(2A)で表されるビニルビオチン誘導体(2A)を合成した。なお、式中の「Bn」はベンジル基、「Et」はエチル基を表す。
【0095】
【化18】
【0096】
直径2.5cmのスターラーピースを備えた100mL三つ口フラスコに、製造例1で得たヒドロキシビオチン誘導体(1A)10g(21.34mmol)を量りとり、エタノール100mL、及び18質量%塩酸水40mLを加えて25℃で2時間攪拌した。TLC(ヘキサン/酢酸エチル=1:1)にて原料が完全に消失したことを確認した後、反応液を濃縮した。次いで、トルエン100mLを加えて抽出し、分離した水層を除去した。得られた有機層を蒸留水30mL、10質量%炭酸水素ナトリウム水溶液30mL、10質量%食塩水30mLでそれぞれ洗浄した。有機層を濃縮した後、残渣にトルエン20mLを加えて再度濃縮することで、ビニルビオチン誘導体(2A)9.5g(純度94.29%)を得た(収率99.0%)。
【0097】
〔製造例3(ビニルビオチン誘導体の精製)〕
製造例2で取得したビニルビオチン誘導体(2A)(純度94.29%)2.5g(5.55mmol)をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル=2:1)によって精製することで、高純度のビニルビオチン誘導体(2A)2.1g(純度98.82%)を得た(収率84.0%)。
【0098】
〔実施例1〕
下記反応式に示すように、式(1A)で表されるヒドロキシビオチン誘導体(1A)から、式(3A)で表されるビオチン誘導体(3A)を合成した。なお、式中の「Bn」は、ベンジル基を表し、「Et」は、エチル基を表す。
【0099】
【化19】
【0100】
直径2.5cmのスターラーピースを備えた50mL四つ口フラスコに、製造例1で得たヒドロキシビオチン誘導体(1A)(純度91.71%)1g(2.13mmol)を量りとり、トリフルオロ酢酸(pKa=-0.3、25℃)5mL(65.34mmol)を加え、0℃に冷却した。10℃以下でトリエチルシラン0.74g(6.40mmol)を添加した後、25℃まで昇温し、同温度で5時間攪拌した。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて確認したところ、25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は100%であった。
【0101】
〔実施例2〕
下記反応式に示すように、式(2A)で表されるビニルビオチン誘導体(2A)から、式(3A)で表されるビオチン誘導体(3A)を合成した。なお、式中の「Bn」は、ベンジル基を表し、「Et」は、エチル基を表す。
【0102】
【化20】
【0103】
直径2.5cmのスターラーピースを備えた50mL四つ口フラスコに、製造例2で得たビニルビオチン誘導体(2A)(純度94.29%)1g(2.22mmol)を量りとり、トリフルオロ酢酸(pKa=-0.3)5mL(65.34mmol)を加え、0℃に冷却した。10℃以下でトリエチルシラン0.77g(6.66mmol)を添加した後、25℃まで昇温し、同温度で5時間攪拌した。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて確認したところ、25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は100%であった。
【0104】
〔実施例3〕
実施例2において、製造例3で取得したビニルビオチン誘導体(2A)(純度98.82%)を使用した以外は同様の方法にて反応を行った。結果を表2に示す。25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は100%であった。
【0105】
〔実施例4〕
実施例2において、トリエチルシランの使用量を0.39g(3.33mmol)に変更した以外は同様の方法にて反応を行った。結果を表2に示す。25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は100%であった。
【0106】
〔実施例5〕
実施例2において、トリフルオロ酢酸の使用量を1mL(13.07mmol)に変更した以外は同様の方法にて反応を行った。結果を表2に示す。25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は81.2%であった。25℃でさらに攪拌を継続して合計24時間が経過した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は100%であった。
【0107】
〔実施例6〕
実施例2において、トリフルオロ酢酸(pKa=-0.3)の代わりにメタンスルホン酸(pKa=-2.6)を使用した以外は同様の方法にて反応を行った。結果を表2に示す。25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は73.3%であった。25℃でさらに攪拌を継続して合計24時間が経過した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は100%であった。
【0108】
〔実施例7~8〕
実施例2において、トリフルオロ酢酸及びトリエチルシランの使用量と反応温度を表2に示すように変更した以外は同様の方法にて反応を行った。結果を表2に示す。実施例7において、25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は67.2%であった。25℃でさらに攪拌を継続して合計24時間が経過した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は90.4%であった。実施例8において、40℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は87.1%であった。40℃でさらに攪拌を継続して合計24時間が経過した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は100%であった。
【0109】
〔比較例1(ギ酸)〕
直径2.5cmのスターラーピースを備えた50mL四つ口フラスコに、製造例3で得たビニルビオチン誘導体(2A)(純度98.82%)1g(2.22mmol)を量りとり、ギ酸(pKa=3.55)5mL(131.98mmol)を加え、0℃に冷却した。10℃以下でトリエチルシラン0.77g(6.66mmol)を添加した後、25℃まで昇温し、同温度で5時間攪拌した。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて確認したところ、25℃で5時間攪拌した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は0%であった。25℃でさらに攪拌を継続して合計24時間が経過した後の、ビオチン誘導体(3A)の反応転化率は6.2%であった。
【0110】
【表2】