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特許7479615コーティング剤、樹脂部材及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-21
(54)【発明の名称】コーティング剤、樹脂部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 183/07 20060101AFI20240514BHJP
   C09D 183/06 20060101ALI20240514BHJP
   C09D 4/02 20060101ALI20240514BHJP
   C09D 7/63 20180101ALI20240514BHJP
   B32B 27/00 20060101ALI20240514BHJP
   B32B 27/36 20060101ALI20240514BHJP
【FI】
C09D183/07
C09D183/06
C09D4/02
C09D7/63
B32B27/00 101
B32B27/36 102
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022562191
(86)(22)【出願日】2021-11-12
(86)【国際出願番号】 JP2021041652
(87)【国際公開番号】W WO2022102732
(87)【国際公開日】2022-05-19
【審査請求日】2023-02-01
(31)【優先権主張番号】P 2020189973
(32)【優先日】2020-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021080403
(32)【優先日】2021-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021130409
(32)【優先日】2021-08-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 彩乃
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 咲也子
(72)【発明者】
【氏名】宗像 秀典
(72)【発明者】
【氏名】磯部 元成
(72)【発明者】
【氏名】村松 久司
(72)【発明者】
【氏名】有光 晃二
【審査官】藤田 雅也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/207836(WO,A1)
【文献】特開2007-217287(JP,A)
【文献】特開昭58-45259(JP,A)
【文献】特開2014-001342(JP,A)
【文献】国際公開第2016/063978(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/116931(WO,A1)
【文献】特開2020-33530(JP,A)
【文献】特開2023-21900(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第117235407(CN,A)
【文献】特開2022-111402(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00- 43/00
C08J 7/04- 7/06
C09D 1/00- 10/00
C09D101/00-201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジカル重合性官能基と、アルコキシシリル基とを備えた有機ケイ素化合物と、ラジカル重合性官能基を備えた重合性エステル(但し、前記有機ケイ素化合物を除く。)とを含む膜形成成分と、
紫外光が照射された場合に塩基とラジカルとを発生させることができるように構成された膜硬化成分と、が含まれており、
前記膜硬化成分には、分子構造中にイオン結合を有しない非イオン型光塩基発生剤が含まれており、
前記非イオン型光塩基発生剤の含有量は、100質量部の前記有機ケイ素化合物に対して0.1質量部以上50質量部以下であり、
前記重合性エステルの含有量は質量比において前記有機ケイ素化合物の0.1倍以上1000倍以下であり、
条件(α):前記有機ケイ素化合物と前記重合性エステルとが下記式(I)及び式(II)の関係を満たしている、及び、条件(β):下記式(III)及び下記式(IV)の関係を満たしている、の2つの条件のうち少なくとも一方の条件を満たしている、コーティング剤。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
(ただし、前記式(I)~式(IV)におけるγSiは前記有機ケイ素化合物の表面自由エネルギー(単位:mJ/cm)を表し、γesterは前記重合性エステルの表面自由エネルギー(単位:mJ/cm)を表し、ηSiは前記有機ケイ素化合物の60℃における絶対粘度(単位:mPa・s)を表し、ηesterは前記重合性エステルの60℃における絶対粘度(単位:mPa・s)を表し、wSiは前記有機ケイ素化合物の含有量(単位:g)を表し、westerは前記重合性エステルの含有量(単位:g)を表す記号であり、前記式(III)におけるηは下記式(V)で表される前記有機ケイ素化合物と前記重合性エステルとの混合粘度(単位:mPa・s)である。)
【数5】
【請求項4】
樹脂からなる基材と、
請求項1~3のいずれか1項に記載のコーティング剤の硬化物からなり、前記基材の表面上に配置されたコーティング膜と、を有し、
前記コーティング膜は、
前記ラジカル重合性官能基に由来する構造単位と、
シロキサン結合を有する構造単位と、を含み、
前記コーティング膜中の前記シロキサン結合の濃度は、前記コーティング膜の最表面において最大である、樹脂部材。
【請求項7】
樹脂からなる基材を準備する準備工程と、
前記基材の表面上に、請求項1~3のいずれか1項に記載のコーティング剤を塗布する塗布工程と、
前記コーティング剤に紫外光を照射することにより、前記基材の表面上に前記コーティング剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程と、を有する、樹脂部材の製造方法。
【請求項11】
(削除)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング剤、樹脂部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車や鉄道等の車両を構成する部品には、鋼やアルミニウム、ガラス等の無機材料が使用されてきた。近年では、車両の軽量化を目的として、無機材料からなる部品から、プラスチック等の有機材料からなる部品への置き換えが進んでいる。しかし、有機材料は、無機材料に比べて軽量である反面、軟らかく、傷がつきやすい。
【0003】
そこで、有機材料からなる部品の傷に対する耐久性を向上させるために、部品の表面に硬い皮膜を形成する技術が提案されている。例えば、特許文献1には、樹脂製基材と、樹脂製基材の表面に形成されたプライマー層と、プライマー層の上に形成されたハードコート層とを有する被覆部材が記載されている。
【0004】
しかし、特許文献1の被覆部材のように、プライマー層とハードコート層との2層構造からなる皮膜を形成するに当たっては、樹脂製基材上にプライマーを塗布する工程、プライマーを乾燥させてプライマー層を形成する工程、プライマー層上にコーティング剤を塗布する工程及びコーティング剤を硬化させてハードコート層を形成する工程を順次行う必要がある。そのため、皮膜の形成作業が煩雑になるとともに、皮膜の形成作業に要するコストの増大を招いている。
【0005】
かかる問題に対し、ラジカル重合性官能基、フルオロアルキル基及びアルコキシシリル基を備えた有機ケイ素化合物(A)を含む膜形成成分と、紫外光が照射された場合に塩基とラジカルとを発生させる光塩基発生剤と、が含まれているコーティング剤が提案されている(特許文献2)。特許文献2のコーティング剤によれば、単一のコーティング膜により従来の2層構造からなる皮膜と同等の機能を実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2006-240294号公報
【文献】特開2020-33530号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2のコーティング剤に含まれる光塩基発生剤は、アニオンとカチオンとがイオン結合によって結合してなるイオン型の光塩基発生剤である。イオン型光塩基発生剤においては、アニオンとカチオンとが結合した状態と、遊離酸と遊離塩基とが分離した状態とが化学平衡にあるため、コーティング剤中には、光が照射されていない場合であっても微量の遊離塩基が存在し得る。
【0008】
それ故、特許文献2のコーティング剤は、イオン型光塩基発生剤から遊離した微量の遊離塩基により、暗所においても膜形成成分のゾルゲル反応が徐々に進行しやすいという問題があった。
【0009】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、樹脂からなる基材との密着性に優れ、かつ、傷に対する耐久性の高いコーティング膜を簡素な作業により形成することができ、保存安定性に優れたコーティング剤、このコーティング剤から形成されたコーティング膜を有する樹脂部材及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様は、ラジカル重合性官能基と、アルコキシシリル基とを備えた有機ケイ素化合物を含む膜形成成分と、
紫外光が照射された場合に塩基とラジカルとを発生させることができるように構成された膜硬化成分と、が含まれており、
前記膜硬化成分には、分子構造中にイオン結合を有しない非イオン型光塩基発生剤が含まれており、
前記非イオン型光塩基発生剤の含有量は、100質量部の前記有機ケイ素化合物に対して0.1質量部以上50質量部以下である、コーティング剤にある。
【0011】
本発明の他の態様は、樹脂からなる基材と、
前記の態様のコーティング剤の硬化物からなり、前記基材の表面上に配置されたコーティング膜と、を有し、
前記コーティング膜は、
前記ラジカル重合性官能基に由来する構造単位と、
シロキサン結合を有する構造単位と、を含む、樹脂部材にある。
【発明の効果】
【0012】
前記コーティング剤中には、前記特定の官能基を備えた有機ケイ素化合物を含む膜形成成分と、膜硬化成分とが含まれている。かかる組成を有するコーティング剤に紫外光を照射することにより、コーティング剤中に塩基とラジカルとを発生させることができる。
【0013】
前記膜硬化成分から発生した塩基は、有機ケイ素化合物に含まれるアルコキシシリル基と反応することにより、有機ケイ素化合物同士のゾルゲル反応による硬化を進行させることができる。また、膜硬化成分から発生したラジカルは、有機ケイ素化合物に含まれるラジカル重合性官能基と反応し、これらの官能基のラジカル重合を進行させることができる。
【0014】
このように、前記コーティング剤は、紫外光を照射した場合にゾルゲル反応とラジカル重合とを並行して進行させることができる。その結果、ラジカル重合によって結合された有機成分と、ゾルゲル反応によって結合された無機成分とが混ざり合ったコーティング膜を形成することができる。
【0015】
また、前記膜硬化成分には、分子構造中にイオン結合を有しない非イオン型光塩基発生剤(以下、「光塩基発生剤」という。)が含まれている。前記光塩基発生剤は、分子構造中にイオン結合を有しないため、暗所における塩基の遊離を抑制することができる。それ故、前記光塩基発生剤を用いることにより、コーティング剤の保存安定性を向上させることができる。
【0016】
前記の方法により形成されたコーティング膜は、樹脂からなる基材との界面に、アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方に由来する構造単位を有している。そのため、前記コーティング膜は、基材との密着性に優れている。また、前記コーティング膜中にはシロキサン結合を有する構造単位、つまり、ゾルゲル反応によって形成された無機成分が含まれている。この無機成分の存在により、コーティング膜の表面の硬さを硬くすることができる。
【0017】
以上のように、前記の態様によれば、樹脂からなる基材との密着性に優れ、かつ、傷に対する耐久性の高いコーティング膜を簡素な作業により形成することができ、保存安定性に優れたコーティング剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、実施例1における、試験剤1~試験剤4から作製されたコーティング膜の赤外吸収スペクトルを示す説明図である。
図2図2は、実施例4における、シロキサン結合に由来する吸収ピークの強度の変化を示す説明図である。
図3図3は、実施例5における、テストピースGの断面におけるSi原子の分布状態を示す説明図である。
図4図4は、実施例5における、テストピースHの断面におけるSi原子の分布状態を示す説明図である。
図5図5は、実施例6における、試験剤13~試験剤42から作製されたコーティング膜の構造を、絶対粘度の加重平均及び表面自由エネルギーの差に基づいて整理した説明図である。
図6図6は、実施例6における、試験剤13~試験剤42から作製されたコーティング膜の構造を、混合粘度及び表面自由エネルギーの差に基づいて整理した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(コーティング剤)
前記コーティング剤に含まれる成分について説明する。
【0020】
[膜形成成分]
・有機ケイ素化合物
前記コーティング剤中には、膜形成成分として、ラジカル重合性官能基とアルコキシシリル基とを備えた有機ケイ素化合物が含まれている。
【0021】
有機ケイ素化合物に含まれるラジカル重合性官能基は、ラジカル重合により重合可能な官能基であればよい。ラジカル重合性官能基としては、例えば、アクリロイル基、メタクリロイル基等を使用することができる。有機ケイ素化合物は、ラジカル重合性官能基として、これらの官能基から選択される1種の官能基のみを有していてもよいし、2種以上の官能基を有していてもよい。ラジカル重合反応における反応性を高める観点からは、有機ケイ素化合物は、ラジカル重合性官能基としてアクリロイル基及びメタクリロイル基のうち1種または2種を有していることが好ましい。
【0022】
有機ケイ素化合物に含まれるアルコキシシリル基は、例えば、アルコキシシランモノマーの形態で存在していてもよいし、シロキサン骨格に結合していてもよい。シロキサン骨格の例としては、例えば、アルコキシシランオリゴマーやアルコキシシランポリマー等のアルコキシシランの縮合生成物に含まれる部分構造や、かご型構造を有するシルセスキオキサン、はしご型構造を有するシルセスキオキサン、ランダム構造を有するシルセスキオキサン等がある。
【0023】
有機ケイ素化合物としては、例えば、3-(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン等のラジカル重合性官能基を備えたアルコキシシランやその縮合生成物、ラジカル重合性官能基を備えたシルセスキオキサン等を使用することができる。シルセスキオキサンの分子量は、例えば、数百~数万の範囲から適宜選択することができる。これらの有機ケイ素化合物は単独で使用されていてもよいし、2種以上が併用されていてもよい。
【0024】
また、有機ケイ素化合物は、フルオロアルキル基を有していてもよい。フルオロアルキル基としては、例えば、一般式CF(CFCHCH-(但し、nは0以上の整数)で表されるフルオロアルキル基を採用することができる。かかるフルオロアルキル基としては、例えば、3,3,3-トリフルオロプロピル基、1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシル基、1H,1H,2H,2H-トリデカフルオロオクチル基、1H,1H,2H,2H-ヘプタデカフルオロデシル基等がある。有機ケイ素化合物は、フルオロアルキル基として、これらの官能基から選択される1種の官能基を有していてもよいし、2種以上の官能基を有していてもよい。
【0025】
・重合性エステル
前記コーティング剤の膜形成成分中には、有機ケイ素化合物に加えて、更に、ラジカル重合性官能基を備えた重合性エステル(但し、前記有機ケイ素化合物を除く。)が含まれていてもよい。重合性エステルは、膜硬化成分から発生したラジカルによってラジカル重合し、コーティング膜中に有機成分を形成することができる。また、重合性エステルは、有機ケイ素化合物に含まれるラジカル重合性官能基と反応し、有機ケイ素化合物に結合することができる。
【0026】
前記コーティング剤中に重合性エステルを配合することにより、硬化後のコーティング膜の硬さを維持しつつ、コーティング膜の柔軟性をより向上させることができる。その結果、樹脂からなる基材とコーティング膜との密着性をより向上させることができる。
【0027】
コーティング剤中に重合性エステルが含まれる場合、重合性エステルの含有量は、質量比において有機ケイ素化合物の0.1倍以上1000倍以下であることが好ましく、1倍以上100倍以下であることがより好ましく、1倍以上10倍以下であることがさらに好ましく、1倍以上5倍以下であることが特に好ましく、2倍以上3倍以下であることが最も好ましい。この場合には、無機成分による硬さ向上の効果と有機成分による密着性向上及び柔軟性向上の効果とをバランス良く得ることができる。
【0028】
重合性エステルとしては、ラジカル重合性官能基を有するエステル化合物を使用することができる。但し、分子構造中にラジカル重合性官能基とともにアルコキシシリル基を含む化合物は、前述した有機ケイ素化合物として取り扱われるものとし、重合性エステルからは除外される。
【0029】
重合性エステルに含まれるラジカル重合性官能基としては、前述した有機ケイ素化合物に含まれるラジカル重合性官能基と同様の官能基を採用することができる。また、重合性エステルに含まれるラジカル重合性官能基は、有機ケイ素化合物に含まれるラジカル重合性官能基と同一の官能基であってもよいし、異なる官能基であってもよい。
【0030】
より具体的には、重合性エステルとしては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、1-メチルエチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-メチルプロピル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等のモノエステル;1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、イソシアヌル酸エチレンオキシド変性ジ(メタ)アクリレート等のジエステル;トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、イソシアヌル酸エチレンオキシド変性トリ(メタ)アクリレート等の、アクリロイル基を3つ以上備えたエステル等を使用することができる。
【0031】
前記コーティング剤においては、これらの重合性エステルを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。また、重合性エステルは、上述した化合物のモノマーであってもよいし、予め複数個のモノマーを重合させたオリゴマーであってもよい。
【0032】
重合性エステルは、1分子当たり2個以上のラジカル重合性官能基を有していることが好ましい。この場合には、ラジカル重合性官能基を有する化合物同士を、前記重合性エステルを介して容易に重合させることができる。その結果、コーティング膜の硬さをより硬くし、傷に対する耐久性をより向上させることができる。
【0033】
重合性エステルは、1分子当たり3個以上のラジカル重合性官能基を有していることがより好ましい。この場合には、重合性エステルに由来する構造単位と有機ケイ素化合物に由来する構造単位とを網目状に重合させることができる。その結果、コーティング膜の硬さをさらに硬くし、傷に対する耐久性をさらに向上させることができる。
【0034】
前記コーティング剤は、下記の条件(α)または条件(β)を満たしていることが好ましい。すなわち、前記コーティング剤は、条件(α)のみを満たしていてもよいし、条件(β)のみを満たしていてもよい。また、前記コーティング剤は、条件(α)及び条件(β)の両方を満たしていてもよい。
条件(α):有機ケイ素化合物と重合性エステルとが下記式(I)及び式(II)の関係を満たしている
条件(β):有機ケイ素化合物と重合性エステルとが下記式(III)及び式(IV)の関係を満たしている
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【0035】
ただし、前記式(I)~式(IV)におけるγSiは有機ケイ素化合物の表面自由エネルギー(単位:mJ/cm)を表し、γesterは重合性エステルの表面自由エネルギー(単位:mJ/cm)を表し、ηSiは有機ケイ素化合物の60℃における絶対粘度(単位:mPa・s)を表し、ηesterは重合性エステルの60℃における絶対粘度(単位:mPa・s)を表し、wSiは有機ケイ素化合物の含有量(単位:g)を表し、westerは重合性エステルの含有量(単位:g)を表す記号であり、前記式(III)におけるηは下記式(V)により表される有機ケイ素化合物と重合性エステルとの混合粘度(単位:mPa・s)である。
【数5】
【0036】
前記条件(α)または前記条件(β)を満たしている有機ケイ素化合物と重合性エステルとを組み合わせて用いることにより、コーティング剤を硬化させる過程において、ゾルゲル反応によって生じた無機成分をコーティング膜の表面に偏析させることができる。その結果、最表面におけるシロキサン結合の濃度が最大となるコーティング膜を形成することができる。このようにコーティング膜の最表面に無機成分を偏析させることにより、傷に対するコーティング膜の耐久性をより高めることができる。
【0037】
前記式(II)における左辺、つまり、有機ケイ素化合物の絶対粘度ηSiと重合性エステルの絶対粘度ηesterとの加重平均の値は、1200mPa・s以下であることが好ましく、1000mPa・s以下であることがより好ましく、900mPa・s以下であることがさらに好ましい。
【0038】
前記コーティング剤における、有機ケイ素化合物と重合性エステルとの混合粘度ηは、1000mPa・s以下であることが好ましく、600mPa・s以下であることがより好ましく、500mPa・s以下であることがさらに好ましく、300mPa・s以下であることが特に好ましい。また、前記コーティング剤における、有機ケイ素化合物と重合性エステルとの混合粘度ηは50mPa・s以上であることが好ましい。また、前記コーティング剤における、重合性エステルの表面自由エネルギーγesterと有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiとの差γester-γSiは、10mJ/cm以上37mJ/cm以下であることが好ましく、15mJ/cm以上37mJ/cm以下であることが好ましく、20mJ/cm以上37mJ/cm以下であることがさらに好ましい。
【0039】
[膜硬化成分]
前記コーティング剤中には、膜形成成分の硬化反応を進行させるための膜硬化成分が含まれている。膜硬化成分は、紫外光を照射した際に、塩基とラジカルとの両方を発生させることができるように構成されている。例えば、膜硬化成分には、紫外光を照射した際に塩基とラジカルとの両方を発生させることができるように構成された光塩基発生剤が含まれていてもよい。また、膜硬化成分には、紫外光を照射した際に塩基を発生させることができるように構成された光塩基発生剤と、紫外光を照射した際にラジカルを発生させることができるように構成された光ラジカル重合開始剤との両方が含まれていてもよい。
【0040】
・非イオン型光塩基発生剤
前記コーティング剤中には、膜硬化成分として、100質量部の有機ケイ素化合物に対して0.1~50質量部の非イオン型光塩基発生剤が含まれている。前記光塩基発生剤は、コーティング剤に紫外光を照射した際に、少なくとも塩基を発生させることができるように構成されている。コーティング剤中に前記特定の量の光塩基発生剤を配合することにより、膜形成成分のゾルゲル反応を進行させ、コーティング膜中に無機成分を形成することができる。
【0041】
また、前記光塩基発生剤は分子構造中にイオン結合を有していない。すなわち、前記光塩基発生剤を構成する原子同士は、共有結合によって互いに結合している。これにより、前記光塩基発生剤は、暗所における塩基の自発的な遊離を抑制することができる。それ故、前記コーティング剤中に前記光塩基発生剤を配合することにより、コーティング剤の保存安定性を向上させることができる。
【0042】
前記光塩基発生剤の含有量が0.1質量部未満の場合には、紫外光を照射した場合に前記光塩基発生剤から発生する塩基の量が不足するおそれがある。その結果、コーティング剤が十分に硬化せず、コーティング膜の硬さの低下を招くおそれがある。コーティング剤中の前記光塩基発生剤の含有量を100質量部の前記有機ケイ素化合物に対して0.1質量部以上、好ましくは1質量部以上、さらに好ましくは5質量部以上とすることにより、かかる問題を容易に回避することができる。
【0043】
コーティング剤の硬化をより促進させる観点からは、前記光塩基発生剤の含有量を多くすることが好ましい。しかし、前記光塩基発生剤の含有量が過度に多くなると、光塩基発生剤への紫外光の吸収量が大きくなる。その結果、コーティング剤に紫外光を照射した場合に、コーティング剤の深部まで到達する紫外光の光量が不足するおそれがある。更に、前記光塩基発生剤の量によっては、前記光塩基発生剤から発生した塩基が触媒となって、基材の樹脂の加水分解が促進されるおそれもある。これらの問題を回避する観点から、前記光塩基発生剤の含有量は100質量部の前記有機ケイ素化合物に対して50質量部以下とする。同様の観点から、前記光塩基発生剤の含有量を100質量部の前記有機ケイ素化合物に対して45質量部以下とすることが好ましく、30質量部以下とすることがより好ましく、20質量部以下とすることがさらに好ましい。
【0044】
前記光塩基発生剤は、紫外光が照射された場合に、塩基とラジカルとの両方を発生させることができるように構成されていてもよい。この場合には、コーティング剤に紫外光を照射した際に、コーティング剤中に、ラジカル重合反応の開始点となるラジカルを形成することができる。それ故、塩基とラジカルとの両方を発生させることができるように構成された光塩基発生剤は、光塩基発生剤単独でゾルゲル反応とラジカル重合反応との両方を進行させることができる。
【0045】
前記光塩基発生剤は、分子構造中に、紫外光を吸収する紫外光吸収部と、紫外光吸収部に結合した塩基部とを有している。紫外光吸収部は、例えば、ベンゼン環、ナフタレン環、フェナントレン環、アントラセン環、アントラキノン環、キサンテン環、チオキサンテン環等の芳香族環を含む構造単位を有しており、紫外光を吸収した場合にラジカルを生成することができる。
【0046】
また、塩基部は、例えば、第一級~第三級のアミノ基、第四級アンモニウムカチオン、カルバモイル基、カルバメート結合、イミノ結合、窒素を含む複素環等の、紫外光吸収部から脱離した際に塩基となる構造単位を含んでいる。塩基部は、紫外光吸収部が紫外光を吸収した場合に、紫外光吸収部から脱離して塩基を生成することができる。
【0047】
より具体的には、前記光塩基発生剤としては、例えば、(E)-N-(bis(dimethylamino)methylene)-3-(2-hydroxyphenyl)acrylamideや、(E)-N-cyclohexyl-N-((E)-(cyclohexylimino)(piperidin-1-yl)methyl)-3-(2-hydroxyphenyl)acrylamideが挙げられる。
【0048】
・光ラジカル重合開始剤
膜硬化成分には、光ラジカル重合開始剤が含まれていてもよい。光ラジカル重合開始剤は、コーティング剤に紫外光を照射した際にラジカルを発生させることができるように構成されている。コーティング剤中に光ラジカル重合開始剤を配合することにより、膜形成成分のラジカル重合を進行させ、コーティング膜中に有機成分を形成することができる。
【0049】
また、光ラジカル重合開始剤は分子構造中にイオン結合を有していない。すなわち、光ラジカル重合開始剤を構成する原子同士は、共有結合によって互いに結合している。これにより、光ラジカル重合開始剤は、暗所におけるラジカルの形成を抑制することができる。それ故、前記コーティング剤中に光ラジカル重合開始剤を配合することにより、コーティング剤の保存安定性を向上させることができる。
【0050】
膜硬化成分中の光塩基発生剤からラジカルを発生させることができない場合、光ラジカル重合開始剤の含有量は、膜形成成分100質量部に対して0.1質量部以上50質量部以下であることが好ましい。光ラジカル重合開始剤の含有量を0.1質量部以上とすることにより、紫外光を照射した場合に光ラジカル重合開始剤から発生するラジカルの量を十分に多くすることができる。これにより、コーティング剤を容易に硬化させることができる。膜形成成分のラジカル重合をより促進させる観点からは、光ラジカル重合開始剤の含有量を100質量部の膜形成成分に対して1質量部以上とすることがより好ましく、5質量部以上とすることがさらに好ましい。
【0051】
コーティング剤の硬化をより促進させる観点からは、光ラジカル重合開始剤の含有量を多くすることが好ましい。しかし、光ラジカル重合開始剤の含有量が過度に多くなると、光ラジカル重合開始剤への紫外光の吸収量が大きくなる。その結果、コーティング剤に紫外光を照射した場合に、コーティング剤の深部まで到達する紫外光の光量が不足するおそれがある。かかる問題を回避する観点から、光ラジカル重合開始剤の含有量を100質量部の膜形成成分に対して50質量部以下とすることが好ましく、45質量部以下とすることがより好ましく、30質量部以下とすることがさらに好ましく、20質量部以下とすることが特に好ましい。
【0052】
光ラジカル重合開始剤としては、例えば、アセトフェノン系化合物、ベンゾフェノン系化合物、α-ケトエステル系化合物、フォスフィンオキサイド系化合物、ベンゾイン化合物、チタノセン系化合物、アセトフェノン/ベンゾフェノンハイブリッド系光開始剤、オキシムエステル系光重合開始剤およびカンファーキノン等を使用することができる。
【0053】
アセトフェノン系化合物としては、例えば、2,2-ジメトキシ-1,2-ジフェニルエタン-1-オン、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン、1-〔4-(2-ヒドロキシエトキシ)-フェニル〕-2-ヒドロキシ-2-メチル-1-プロパン-1-オン、2-メチル-1-〔4-(メチルチオ)フェニル〕-2-モルフォリノプロパン-1-オン、2-ベンジル-2-ジメチルアミノ-1-(4-モルフォリノフェニル)-ブタン-1-オン、ジエトキシアセトフェノン、オリゴ{2-ヒドロキシ-2-メチル-1-〔4-(1-メチルビニル)フェニル〕プロパノン}および2-ヒドロキシ-1-{4-〔4-(2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオニル)ベンジル〕フェニル}-2-メチルプロパン-1-オン等が挙げられる。
【0054】
ベンゾフェノン系化合物としては、例えば、ベンゾフェノン、4-フェニルベンゾフェノン、2,4,6-トリメチルベンゾフェノンおよび4-ベンゾイル-4’-メチルジフェニルスルファイド等が挙げられる。α-ケトエステル系化合物としては、例えば、メチルベンゾイルフォルメート、オキシフェニル酢酸の2-(2-オキソ-2-フェニルアセトキシエトキシ)エチルエステルおよびオキシフェニル酢酸の2-(2-ヒドロキシエトキシ)エチルエステル等が挙げられる。
【0055】
フォスフィンオキサイド系化合物としては、例えば、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキサイド、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)フェニルフォスフィンオキサイド、ビス(2,6-ジメトキシベンゾイル)-2,4,4-トリメチルペンチルフォスフィンオキサイド等が挙げられる。ベンゾイン化合物としては、例えば、ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテルおよびベンゾインイソブチルエーテル等が挙げられる。アセトフェノン/ベンゾフェノンハイブリッド系光開始剤としては、例えば、1-〔4-(4-ベンゾイルフェニルスルファニル)フェニル〕-2-メチル-2-(4-メチルフェニルスルフィニル)プロパン-1-オン等が挙げられる。オキシムエステル系光重合開始剤としては、例えば、2-(O-ベンゾイルオキシム)-1-〔4-(フェニルチオ)〕-1,2-オクタンジオン等が挙げられる。
【0056】
光ラジカル重合開始剤としては、これらの化合物から選択された1種の化合物を使用してもよいし、2種以上の化合物を併用してもよい。
【0057】
・その他の添加剤
前記コーティング剤中には、必須成分としての有機ケイ素化合物及び非イオン型光塩基発生剤の他に、コーティング剤の硬化を損なわない範囲で、コーティング剤用として公知の添加剤が含まれていてもよい。例えば、前記コーティング剤中には、添加剤として、紫外線吸収剤、ラジカル捕捉剤、ヒンダードアミン系光安定剤等の、コーティング膜の劣化を抑制するための添加剤が含まれていてもよい。これらの添加剤を使用することにより、コーティング膜の耐候性を向上させる効果を期待することができる。
【0058】
また、前記コーティング剤中には、添加剤として、レベリング剤、脱泡剤等の表面調整剤が含まれていてもよい。これらの添加剤を使用することにより、基材上にコーティング剤を塗布した際に、コーティング剤の厚みを均一にすることができる。その結果、コーティング膜を備えた樹脂部材の傷に対する耐久性をより向上させる効果を期待することができる。
【0059】
なお、前記コーティング剤中には、保存安定性が損なわれない範囲であれば、イオン型の光塩基発生剤、つまり、アニオンとカチオンとがイオン結合により結合してなる光塩基発生剤が含まれていてもよい。しかし、前述したように、イオン型の光塩基発生剤は暗所においても微量の塩基を発生させるため、イオン型の光塩基発生剤の含有量が過度に多くなるとコーティング剤の保存安定性の低下を招くおそれがある。コーティング剤の保存安定性の低下を回避する観点からは、イオン型の光塩基発生剤の含有量は、膜形成成分100質量部に対して0.1質量部未満であることが好ましく、0.01質量部以下であることがより好ましく、0質量部、つまり、イオン型の光塩基発生剤が含まれていないことが特に好ましい。
【0060】
前記コーティング剤を硬化させることにより、基材上に透明なコーティング膜を形成することができる。そのため、例えば、窓用透明部材、即ち無機材料からなる窓ガラスの代替となる部材の表面に前記コーティング剤を適用することにより、無機材料からなるガラスに比べて軽量な窓用透明部材を得ることができる。
【0061】
また、例えば、ボディパネルの表面に前記コーティング剤を適用することにより、ボディパネルの表面にクリヤーコート層を形成することができる。更に、必要に応じて前記コーティング剤中に顔料等の着色剤を添加し、コーティング膜を着色することも可能である。
【0062】
前記コーティング剤を樹脂からなる基材上に塗布した後、紫外光を照射してコーティング剤を硬化させることにより、樹脂部材を得ることができる。この樹脂部材は、樹脂からなる基材と、
前記コーティング剤の硬化物からなり、基材の表面上に配置されたコーティング膜と、を有している。
また、コーティング膜は、
ラジカル重合性官能基に由来する構造単位と、
シロキサン結合を有する構造単位と、を含んでいる。
【0063】
前記コーティング剤に紫外光を照射した場合、上述したように、膜硬化成分から発生した塩基とラジカルとによって、ラジカル重合とゾルゲル反応とが並行して進行する。このようにラジカル重合とゾルゲル反応とを並行して進行させることにより、基材との密着性及び傷に対する耐久性に優れたコーティング膜を形成することができる。
【0064】
コーティング膜中のシロキサン結合の濃度は、コーティング膜の表面において最大であることが好ましい。このようにコーティング膜の最表面に無機成分を偏析させることにより、傷に対するコーティング膜の耐久性をより高めることができる。
【0065】
コーティング膜中のシロキサン結合の濃度は、基材に近いほど低くなっていてもよい。即ち、コーティング膜は、その最表面においてシロキサン結合の濃度が最大となり、基材との界面において無機成分の濃度が最小となるように、無機成分の濃度が深さ方向において連続的に変化していてもよい。この場合には、無機成分と有機成分とが相分離している場合に比べてコーティング膜の剥離や脱落をより抑制することができる。
【0066】
前記樹脂部材において、基材を構成する樹脂は、樹脂部材の用途に合わせて適宜選択することができる。例えば、樹脂部材を窓用透明部材として使用する場合には、基材にポリカーボネート樹脂を採用することができる。ポリカーボネート樹脂は、耐候性、強度、透明性等の、窓用透明部材に要求される諸特性に優れている。そのため、ポリカーボネート樹脂からなる基材上に透明な前記コーティング膜を形成することにより、窓用透明部材として好適な樹脂部材を得ることができる。
【0067】
前記樹脂部材は、例えば、樹脂からなる基材を準備する準備工程と、
基材の表面上に前記のコーティング剤を塗布する塗布工程と、
コーティング剤に紫外光を照射することにより、基材の表面上にコーティング剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程と、
を有する製造方法により、製造することができる。
【0068】
前記製造方法において、塗布工程でのコーティング剤の塗布には、スプレーコーター、フローコーター、スピンコーター、ディップコーター、バーコーター、アプリケーター等の公知の塗布装置の中から、所望する膜厚や機材の形状等に応じて適切な装置を選択して使用することができる。
【0069】
塗布工程の後、必要に応じてコーティング剤を加熱して乾燥させる工程を行ってもよい。
【0070】
硬化工程での紫外光の照射には、例えば、水銀ランプ、メタルハライドランプ、発光ダイオード、エキシマランプ等の、紫外光を発生可能な公知の光源の中から、光塩基発生剤及び光ラジカル重合開始剤の吸収波長や必要な光量等に応じて適切な光源を選択して使用することができる。また、硬化工程においては、大気雰囲気中で紫外光を照射してもよいし、窒素雰囲気中で紫外光を照射してもよい。必要に応じてコーティング剤を加熱し、反応を促進させつつ紫外光を照射することもできる。
【0071】
また、硬化工程の後、必要に応じてコーティング膜を加熱し、硬化を促進させる工程を行ってもよい。
【実施例
【0072】
前記コーティング剤の実施例について説明する。なお、本発明に係るコーティング剤、このコーティング膜を備えた樹脂部材及び樹脂部材の製造方法は、以下に示す態様に限定されるものではなく、その趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【0073】
本例において使用した化合物は、以下の通りである。
【0074】
・有機ケイ素化合物
PAS:アクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピルの縮合生成物(下記構造式(1)参照)
【0075】
【化1】
【0076】
ただし、前記構造式(1)におけるnは1以上の整数である。本例において使用したPASの重量平均分子量は、具体的には1400である。
【0077】
PMAS:ポリメタクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル(下記構造式(2)参照)
【0078】
【化2】
【0079】
ただし、前記構造式(2)におけるnは1以上の整数である。
【0080】
・重合性エステル
AHM:3-アクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロピルメタクリレート
【0081】
・非イオン型光塩基発生剤
Cou-TMG:(E)-N-(bis(dimethylamino)methylene)-3-(2-hydroxyphenyl)acrylamide(下記構造式(3)参照)
【0082】
なお、本例において使用する非イオン型光塩基発生剤は、紫外光を照射した際に塩基を発生させることができるように構成されている。本例において使用する非イオン型光塩基発生剤に紫外光を照射した場合、ラジカルは発生しない。
【0083】
【化3】
【0084】
・光ラジカル重合開始剤
Omnirad819(IGM Resins B.V.社製、α-ケトエステル系化合物を含む光ラジカル重合開始剤)
なお、「Omnirad」はIGM Group B.V.社の登録商標である。
【0085】
・イオン型光塩基発生剤
XT-TMG:guanidinium (9-oxoxanthen-2-yl)ethanoate(下記構造式(4)参照)
【0086】
【化4】
【0087】
(実施例1)
本例のコーティング剤には、ラジカル重合性官能基と、アルコキシシリル基とを備えた有機ケイ素化合物を含む膜形成成分と、紫外光が照射された場合に塩基とラジカルとを発生させることができるように構成された膜硬化成分とが含まれている。膜硬化成分には、分子構造中にイオン結合を有しない非イオン型光塩基発生剤が含まれている。非イオン型光塩基発生剤の含有量は、100質量部の有機ケイ素化合物に対して0.1質量部以上50質量部以下である。
【0088】
以下、本例のコーティング剤のより具体的な構成を説明する。本例においては、有機ケイ素化合物としてのPAS、重合性エステルとしてのAHM、非イオン型光塩基発生剤としてのCou-TMG及び光ラジカル重合開始剤としてのOmnirad819を表1に示す質量比でクロロホルム中に溶解させることにより、3種のコーティング剤(表1、試験剤1~試験剤3)を調製した。また、本例においては、試験剤1~試験剤3との比較のため、表1に示す試験剤4を調製した。試験剤4は、非イオン型光塩基発生剤が含まれていない以外は、試験剤1~試験剤3と同様の構成を有している。
【0089】
【表1】
【0090】
次に、樹脂からなる基材上に、これらの試験剤の硬化物からなるコーティング膜を形成して樹脂部材を作製した。樹脂部材の製造方法を以下に詳説する。
【0091】
まず、樹脂からなる基材を準備する準備工程を実施した。本例においては、基材として、ポリカーボネート樹脂からなる厚み5mmの板材を準備した。
【0092】
次に、基材の表面上に試験剤を塗布する塗布工程を実施した。試験剤の塗布には、アプリケーターを使用した。また、本例では、基材上に試験剤を塗布した後、基材を60℃で10分間加熱してプリベークを行った。
【0093】
プリベークの後、試験剤に紫外光を照射することにより、基材の表面上に試験剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程を実施した。本例では、紫外光の照射を窒素雰囲気中で行った。また、紫外光の光源としては、ピーク波長365nmの発光ダイオードを使用した。また、紫外光の照度は30mW/cm2とし、露光量は10800mJ/cm2とした。
【0094】
紫外光の照射を行った後、コーティング膜を100℃で10分間加熱してポストベークを行った。以上により、テストピースを得た。得られたテストピースは、無色透明であった。また、基材上に形成されたコーティング膜の厚みは約50μmであった。
【0095】
次に、フーリエ変換赤外吸収分光法(FT-IR)により、基材上のコーティング膜の赤外吸収スペクトルを取得した。図1に、試験剤1~試験剤4から作製したコーティング膜の赤外吸収スペクトルの例を示す。なお、図1の縦軸は吸光度であり、横軸は波数(cm-1)である。
【0096】
図1に示す赤外吸収スペクトルにおいて、未反応の有機ケイ素化合物に由来する吸収ピークは、波数1140cm-1付近に現れることが知られている。図1によれば、試験剤1~試験剤3の赤外吸収スペクトルにおける有機ケイ素化合物に由来する吸収ピークの吸光度は、試験剤4における赤外吸収スペクトルにおける有機ケイ素化合物に由来する吸収ピークに比べて小さいことが理解できる。従って、これらの結果から、コーティング剤中に非イオン型光塩基発生剤を配合することにより、有機ケイ素化合物のゾルゲル反応が進行することが理解できる。特に、非イオン型光塩基発生剤の含有量が有機ケイ素化合物100質量部に対して5質量部以上である試験剤2及び試験剤3においては、未反応の有機ケイ素化合物に由来する吸収ピークがほとんど観察されず、有機ケイ素化合物がほぼ完全に反応していると推定される。
【0097】
(実施例2)
本例においては、以下の方法によりコーティング膜の硬さの評価を行った。具体的には、まず、基材として、ポリカーボネート樹脂からなる厚み5mmの板材を準備した。基材の表面上に表1に示す試験剤2を塗布した後、基材を60℃で10分間加熱してプリベークを行った。プリベークの後、実施例1と同様の条件により試験剤2に紫外光を照射し、基材の表面上にコーティング膜を形成した。
【0098】
紫外光の照射を行った後、表2に示す条件でコーティング膜を加熱してポストベークを行った。以上により、テストピースA~テストピースDを得た。得られたテストピースは、いずれも無色透明であった。また、基材上に形成されたコーティング膜の厚みは約50μmであった。
【0099】
このようにして得られたテストピースA~Dを用い、JIS K5400に記載された鉛筆法により、コーティング膜の引っかき硬度を評価した。各テストピースにおけるコーティング膜の引っかき硬度は、表2に示した通りであった。
【0100】
【表2】
【0101】
表2に示したように、本例の試験剤は、ポストベークの温度を高くするほど引っかき硬度を高くすることができた。
【0102】
(実施例3)
本例においては、以下の方法によりコーティング剤の保存安定性の評価を行った。まず、バイアル中に0.51gのメタノールを秤取した。このメタノール中に、0.10gのPMASと、0.012gのCou-TMGとを溶解させ、試験剤5とした。試験剤5におけるPMASとCou-TMGの比率は、モル比においてPMAS:Cou-TMG=100:8である。
【0103】
本例においては、試験剤5との比較のため、Cou-TMGに替えてイオン型光塩基発生剤であるXT-TMGが配合された試験剤6を調製した。試験剤6を調製するに当たっては、まず、バイアル中に0.50gのメタノールを秤取した。このメタノール中に、0.10gのPMASと、0.013gのXT-TMGとを溶解させ、試験剤6とした。試験剤6におけるPMASとXT-TMGの比率は、モル比においてPMAS:XT-TMG=100:8である。なお、試験剤5及び試験剤6の調製は、暗所にて行った。
【0104】
次に、試験剤5及び試験剤6をバイアルごと室温25℃の暗室に保管し、バイアル内の試験剤の粘度を目視により評価した。その結果、イオン型光塩基発生剤が配合された試験剤6は、保管開始から4日目に粘度が上昇し、ゲル化したと判断された。一方、非イオン型光塩基発生剤が配合された試験剤5は、保管開始から6日経過した時点でも粘度上昇が認められなかった。
【0105】
これらの結果から、コーティング剤中に非イオン型光塩基発生剤を配合することにより、コーティング剤の保存安定性を向上できることが理解できる。
【0106】
(実施例4)
本例においては、表3に示す組成を有するコーティング剤(試験剤7~10)を調製し、これらの保存安定性及び硬化性の評価を行った。本例において使用した有機ケイ素化合物、重合性エステル及び非イオン型光塩基発生剤の具体的な構造を以下に示す。
【0107】
・有機ケイ素化合物
PTSA:アクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピルの縮合生成物(下記一般式(5)参照)
【0108】
【化5】
【0109】
ただし、前記構造式(5)におけるnは1以上の整数である。本例において使用したPTSAの重量平均分子量は、具体的には3.5×10である。
【0110】
・重合性エステル
TMPTA:トリメチロールプロパントリアクリラート
【0111】
・非イオン型光塩基発生剤
Cou-DCMC:(E)-N-cyclohexyl-N-((E)-(cyclohexylimino)(piperidin-1-yl)methyl)-3-(2-hydroxyphenyl)acrylamide(下記構造式(6)参照)
【0112】
【化6】
【0113】
本例においては、有機ケイ素化合物としてのPTSA、重合性エステルとしてのTMPTA、非イオン型光塩基発生剤としてのCou-DCMC及び光ラジカル重合開始剤としてのOmnirad819を表3に示す質量比でメタノール中に溶解させることにより、4種のコーティング剤(試験剤7~10)を調製した。なお、メタノールの量は、PTSAとTMPTAとの合計100質量部に対して180質量部とした。また、試験剤の調整は、暗所にて行った。
【0114】
また、本例においては、試験剤7~10との比較のため、表3に示す試験剤11を調製した。試験剤11は、非イオン型光塩基発生剤を含まない以外は試験剤7と同様の組成を有している。
【0115】
【表3】
【0116】
<保存安定性>
試験剤7~10を入れたバイアルを室温25℃の暗所に保管し、バイアル内の試験剤の粘度を目視により評価した。その結果、試験剤7~10は、いずれも、保管開始から6日経過した時点でも粘度上昇が認められなかった。これらの結果から、本例の非イオン型光塩基発生剤を用いた場合においても、コーティング剤の保存安定性を向上できることが理解できる。
【0117】
<硬化性>
硬化性の評価には、試験剤7及び試験剤11を使用した。まず、ポリカーボネート樹脂からなる基材上に、試験剤7をスピンコートにより塗布した。試験剤7が塗布された基材を60℃で10分間加熱してプリベークを行うことにより、テストピースEを得た。これとは別に、ポリカーボネート樹脂からなる基材上に、試験剤11をスピンコートにより塗布した。試験剤11が塗布された基材を60℃で10分間加熱してプリベークを行うことにより、テストピースFを得た。
【0118】
プリベークの後、テストピースE及びテストピースFに紫外光を照射することにより、基材の表面上に試験剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程を実施した。本例では、紫外光の照射を窒素雰囲気中で行った。また、紫外光の光源としては、ピーク波長365nmの発光ダイオードを使用した。紫外光の照度は30mW/cm2とし、露光量は9000mJ/cm2とした。
【0119】
次に、テストピースE及びテストピースFを加熱してコーティング膜のポストベークを行った。本例のポストベークは、コーティング膜を60℃の温度で10分間加熱する第1加熱ステップと、100℃の温度で10分間加熱する第2加熱ステップと、140℃の温度で10分間加熱する第3加熱ステップとから構成されている。ポストベーク後のテストピースE及びテストピースFにおけるコーティング膜の厚みは30~40μmであり、目視において無色透明であった。また、テストピースEに設けられたコーティング膜の可視光領域における光透過率を測定したところ、コーティング膜の光透過率は96%であった。
【0120】
次に、プリベークを行った後のテストピースE及びテストピースFを用い、試験剤7の皮膜及び試験剤11の皮膜の赤外吸収スペクトルを取得した。各赤外吸収スペクトルにおいて、シロキサン結合に由来する波数1118cm-1の吸収ピークのピーク強度をカルボニル基に由来する波数1729cm-1の吸収ピークのピーク強度で除し、カルボニル基に由来する吸収ピークに対するシロキサン結合の吸収ピークのピーク強度比を算出した。そして、試験剤7の皮膜の赤外吸収スペクトルに基づいて算出した前記ピーク強度比を、試験剤11の皮膜の赤外吸収スペクトルに基づいて算出した前記ピーク強度比で除することにより、プリベーク後のテストピースEにおける、シロキサン結合に由来する吸収ピークの規格化された強度を規格化した。
【0121】
以上の操作を、紫外光の照射後、ポストベークにおける第1加熱ステップ後、第2加熱ステップ後及び第3加熱ステップ後の各段階のテストピースについて同様に行い、各段階のテストピースEにおける、シロキサン結合に由来する吸収ピークの規格化された強度を算出した。
【0122】
図2に、各段階のテストピースEにおける、シロキサン結合に由来する吸収ピークの規格化された強度を示す。なお、図2の縦軸は、前述した方法により算出された、シロキサン結合に由来する吸収ピークの規格化された強度である。
【0123】
図2に示したように、非イオン型光塩基発生剤を含む試験剤7を用いて作製したコーティング膜においては、紫外光の照射後におけるシロキサン結合に由来する吸収ピークの規格化された強度が、紫外光の照射前に比べて約1.2倍になった。また、ポストベークの各加熱ステップにおいてもシロキサン結合に由来する吸収ピークの規格化された強度が上昇するものの、その上昇の割合は紫外光の照射時に比べて低かった。これらの結果から、試験剤7においても、紫外光の照射によってゾルゲル反応が十分に進行していることが理解できる。
【0124】
(実施例5)
本例では、コーティング膜中における無機成分の分布状態の評価を行った。具体的には、ポリカーボネート樹脂からなる基材上に、試験剤8をスピンコートにより塗布した。試験剤8が塗布された基材を60℃で40分間加熱してプリベークを行い、試験剤8を乾燥させた。プリベークの後、基材上の試験剤8に紫外光を照射することにより、基材と、試験剤8の硬化物からなり基材上に設けられたコーティング膜とを備えたテストピースGを得た。なお、紫外光の照射条件は、実施例4と同様である。
【0125】
また、本例においては、50質量部のPTSAと、50質量部のTMPTAと、3.0質量部のCou-TMGと、10質量部のOmnirad819と、を四塩化炭素中に溶解させることにより、試験剤12を調製した。なお、試験剤12におけるCou-TMGの物質量(モル数)は、試験剤8におけるCou-DCMCの物質量と等しい。
【0126】
この試験剤12を、スピンコートによりポリカーボネート樹脂からなる基材上に塗布した。そして、試験剤12が塗布された基材を60℃で40分間加熱してプリベークを行った後、紫外線を照射することにより、基材と、試験剤12の硬化物からなり基材上に設けられたコーティング膜とを備えたテストピースHを得た。なお、紫外光の照射条件は、実施例4と同様である。
【0127】
次に、走査型電子顕微鏡を用いてテストピースG及びテストピースHにおけるコーティング膜の断面を観察し、エネルギー分散X線分析法により、コーティング膜の断面におけるSi原子の分布を評価した。図3にテストピースGのコーティング膜の断面におけるSi原子の分布を示し、図4にテストピースHのコーティング膜の断面におけるSi原子の分布を示す。なお、図3及び図4における明度はSi原子が存在している量を示しており、Si原子が少ない部分ほど暗くなり、Si原子の量が多い部分ほど明るくなっている。
【0128】
図3及び図4に示したように、テストピースG及びテストピースHのコーティング膜2においては、基材1との界面近傍にSi原子がほとんど存在せず、コーティング膜2の最表面に近いほどSi原子が多く存在していた。これらの結果から、テストピースG及びテストピースHにおいては、ゾルゲル反応によって生じた無機成分がコーティング膜2の表面近傍に偏析していることが理解できる。
【0129】
また、図3図4との比較から、非イオン型光塩基発生剤としてCou-DCMCが含まれている試験剤8は、Cou-TMGが含まれている試験剤12に比べて無機成分をよりコーティング膜の最表面に偏析させることができることが理解できる。このように、コーティング膜の最表面における無機成分の濃度を高めることにより、無機成分の偏析によって得られる、コーティング膜の硬度の向上や耐摩耗性の向上などの効果をより高めることが期待できる。
【0130】
(実施例6)
本例では、有機ケイ素化合物及び重合性エステルの組み合わせを種々変更してコーティング剤を調製し、各コーティング剤から作製したコーティング膜中における無機成分の分布状態の評価を行った。以下に、本例において使用した化合物を説明する。
【0131】
・有機ケイ素化合物
PTSA:アクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピルの縮合生成物
【0132】
なお、本例において使用したPTSAの合成方法は以下の通りである。まず、100mmolのアクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル(以下、「TSA」という。)と1000mmolの乾燥させたメタノールとをフラスコ内に入れ、フラスコを氷浴中で冷却しながら内容物を10分間攪拌する。フラスコを氷浴から取り出した後、フラスコ内に200mmolの水と30mmolの塩酸とを添加する。室温下でフラスコの内容物を10分間攪拌した後、フラスコ内の内容物を窒素雰囲気中で70℃に加温して10分間攪拌することにより、TSAを縮合させる。
【0133】
攪拌が完了した後、フラスコ内に7.5mLのテトラヒドロフランと300mLのシクロヘキサンとを加え、PTSAを再沈殿させる。その後、フラスコ内の溶媒や副生物を除去することにより、PTSAを得ることができる。
【0134】
P(TSA-TFS):アクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピルとトリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シランとの縮合生成物(下記構造式(7)参照)
【0135】
【化7】
【0136】
ただし、前記構造式(7)におけるnは1以上の整数である。本例において使用したP(TSA-TFS)の合成方法は以下の通りである。
【0137】
まず、20mmolのTSAと、80mmolのトリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン(以下、「TFS」という。)と、1000mmolの乾燥させたメタノールとをフラスコ内に入れ、フラスコを氷浴中で冷却しながら内容物を10分間攪拌する。フラスコを氷浴から取り出した後、フラスコ内に200mmolの水と30mmolの塩酸とを添加する。室温下でフラスコの内容物を20分間攪拌した後、フラスコ内の内容物を窒素雰囲気中で70℃に加温して10分間攪拌することにより、TSAとTFSとを縮合させる。
【0138】
攪拌が完了した後、フラスコ内に8.0mLのテトラヒドロフランと320mLのシクロヘキサンとを加え、P(TSA-TFS)を再沈殿させる。その後、フラスコ内の溶媒や副生物を除去することにより、P(TSA-TFS)を得ることができる。
【0139】
P(TSA-TFTS):アクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピルと1H,1H,2H,2H-トリデカフルオロ-n-オクチルトリメトキシシランとの縮合生成物(下記構造式(8)参照)
【0140】
【化8】
【0141】
ただし、前記構造式(8)におけるnは1以上の整数である。本例において使用したP(TSA-TFTS)の合成方法は以下の通りである。
【0142】
まず、4.0mmolのTSAと、16mmolの1H,1H,2H,2H-トリデカフルオロ-n-オクチルトリメトキシシラン(以下、「TFTS」という。)と、400mmolの乾燥させたメタノールとをフラスコ内に入れ、フラスコを氷浴中で冷却しながら内容物を10分間攪拌する。フラスコを氷浴から取り出した後、フラスコ内に40mmolの水と12mmolの塩酸とを添加する。室温下でフラスコの内容物を20分間攪拌した後、フラスコ内の内容物を窒素雰囲気中で70℃に加温して10分間攪拌することにより、TSAとTFTSとを縮合させる。
【0143】
攪拌が完了した後、フラスコ内に7.5mLのテトラヒドロフランと400mLのシクロヘキサンとを加え、P(TSA-TFTS)を再沈殿させる。その後、フラスコ内の溶媒や副生物を除去することにより、P(TSA-TFTS)を得ることができる。
【0144】
P(TSA-PFPS):アクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピルと3-(ペンタフルオロフェニル)プロピルトリメトキシシランとの縮合生成物(下記構造式(9)参照)
【0145】
【化9】
【0146】
ただし、前記構造式(9)におけるnは1以上の整数である。本例において使用したP(TSA-PFPS)の合成方法は以下の通りである。
【0147】
まず、4.0mmolのTSAと、16.0mmolの3-(ペンタフルオロフェニル)プロピルトリメトキシシラン(以下、「PFPS」という。)と、400mmolの乾燥させたメタノールとをフラスコ内に入れ、フラスコを氷浴中で冷却しながら内容物を10分間攪拌する。フラスコを氷浴から取り出した後、フラスコ内に40mmolの水と12mmolの塩酸とを添加する。室温下でフラスコの内容物を20分間攪拌した後、フラスコ内の内容物を窒素雰囲気中で70℃に加温して10分間攪拌することにより、TSAとPFPSとを縮合させる。
【0148】
攪拌が完了した後、フラスコ内に7.5mLのテトラヒドロフランと400mLのシクロヘキサンとを加え、P(TSA-PFPS)を再沈殿させる。その後、フラスコ内の溶媒や副生物を除去することにより、P(TSA-PFPS)を得ることができる。
【0149】
・重合性エステル
PETTA:ペンタエリスリトールテトラアクリレート
TMPTA:トリメチロールプロパントリアクリレート
NGD:ノナメチレングリコールジアクリレート
AHM:アリルオキシヒドロキシプロピルメタクリレート
BZA:ベンジルアクリレート
PET3A:ペンタエリスリトールトリアクリレート
【0150】
・その他のケイ素含有化合物
MTPD R18:メタクリルオキシプロピル末端ポリジメチルシロキサン(重量平均分子量:4500~5500、アヅマックス株式会社「DMS-R18」)
MTPD R22:メタクリルオキシプロピル末端ポリジメチルシロキサン(重量平均分子量:10000、アヅマックス株式会社「DMS-R22」)
【0151】
なお、MTPD R18及びMTPD R22は、アルコキシシリル基を有しない。
【0152】
表4に、前述した化合物の60℃における絶対粘度(単位:mPa・s)及び表面自由エネルギー(単位:mJ/cm)を示す。なお、各化合物の絶対粘度の測定には、回転式粘度計(アントンパール社製「ViscoQC 300」)を用い、スピンドルにかかる抵抗が最大トルクの10%以上となるようにローターの回転数を設定した。絶対粘度測定におけるローターの回転数は、具体的には表4に示す通りであった。また、各化合物の表面自由エネルギーは、分子構造中に水酸基(-OH)を有する重合性エステルについては酸-塩基理論に基づいて算出された値であり、有機ケイ素化合物、有機ケイ素化合物以外のケイ素含有化合物及び水酸基(-OH)を有しない重合性エステルについてはOwens-Wendtの理論に基づいて算出される値である。
【0153】
コーティング剤の調製方法は以下の通りである。まず、溶媒としての四塩化炭素中に、表5及び表6に示す有機ケイ素化合物またはケイ素含有化合物と重合性エステルと添加する。有機ケイ素化合物、ケイ素含有化合物及び重合性エステルの添加量は、それぞれ、溶媒に対して50質量%とする。さらに、溶媒中に有機ケイ素化合物、ケイ素含有化合物と重合性エステルとの合計に対して3質量%の光ラジカル重合開始剤(IGM Resins B.V.製「Omnirad 819」)を添加し、これらを混合することにより表5に示すコーティング剤(試験剤13~試験剤37)及び表6に示すコーティング剤(試験剤38~試験剤48)を調製することができる。なお、表5に示す試験剤28~試験剤37及び表6に示す試験剤47~試験剤48は、有機ケイ素化合物に替えて、アルコキシシリル基を有しないケイ素含有化合物を使用した例である。
【0154】
本例においては、各試験剤をスピンコートによりポリカーボネート樹脂からなる基材上に塗布した後、基材を60℃に加熱してプリベークを行った。なお、プリベークにおける加熱時間は、40分以内とした。
【0155】
プリベークの後、試験剤に紫外光を照射することにより、基材の表面上に試験剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程を実施した。本例では、紫外光の照射を窒素雰囲気中で行った。また、紫外光の光源としては、ピーク波長365nmの発光ダイオードを使用した。また、紫外光の照度は30mW/cm2とし、露光量は7200mJ/cm2とした。以上により、基材上にコーティング剤の硬化物からなるコーティング膜を有する樹脂部材を得た。
【0156】
次に、以下の方法により、コーティング膜における無機成分の分布状態を評価した。まず、エネルギー分散型X線分析装置を付帯した走査型二次電子顕微鏡(つまり、SEM-EDX)を用いてコーティング膜の表面を観察し、表面の二次電子像、炭素原子のマッピング像及びケイ素原子のマッピング像を取得した。次に、樹脂部材を切断し、コーティング膜の断面を露出させた。そして、SEM-EDXを用いてコーティング膜の断面の二次電子像、炭素原子のマッピング像及びケイ素原子のマッピング像を取得した。
【0157】
コーティング膜の表面にケイ素原子の濃度が高い領域とケイ素原子の濃度の低い領域との両方が形成された場合には、コーティング膜が海島構造や海海構造等の相分離構造を有していると判断した。また、コーティング膜の表面及び断面の両方においてケイ素原子が均一に分布している場合には、コーティング膜が均一な構造を有していると判断した。そして、コーティング膜の表面においてケイ素原子が均一に分布しており、かつ、断面において、コーティング膜の表面近傍に無機成分が偏析していると判断した。各試験剤から作製したコーティング膜における無機成分の分布の状態は、表5及び表6に示す通りであった。
【0158】
【表4】
【0159】
【表5】
【0160】
【表6】
【0161】
図5に、コーティング膜の無機成分の分布状態を、有機ケイ素化合物の絶対粘度ηSiと重合性エステルの絶対粘度ηesterとの加重平均(wSiηSi+westerηester)/(wSi+wester)の値と、有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiと重合性エステルの表面自由エネルギーγesterとの差γester-γSiの値とを用いて整理した結果を示す。図5の縦軸は、有機ケイ素化合物の絶対粘度ηSiと重合性エステルの絶対粘度ηesterとの加重平均(単位:mPa・s)であり、横軸は有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiと重合性エステルの表面自由エネルギーγesterとの差γester-γSi(単位:mJ/cm)である。
【0162】
図5に示したように、コーティング膜中の無機成分が表面近傍に偏析している試験剤のうち試験剤13、14、18及び19を示すデータ点の近傍には、無機成分が均一に分布した試験剤や無機成分と有機成分とが相分離した試験剤のデータ点が存在していない。そして、試験剤13、14、18及び19における絶対粘度の加重平均は、表面自由エネルギーの一次関数として近似することができる。最小二乗法により決定した試験剤13、14、18及び19のデータ点の近似直線L1は、下記式(IIa)で表される。
【0163】
【数6】
【0164】
図5によれば、前記式(IIa)で表される直線L1を横軸方向に-7.0移動させて得られる直線L2は、無機成分が偏析していない試験剤20のデータ点と重なる。同様に、前記式(IIa)で表される直線L1を横軸方向に+16.7移動させて得られる直線L3は、無機成分が偏析していない試験剤27のデータ点と重なる。
【0165】
さらに、図5においては、有機ケイ素化合物の60℃における絶対粘度ηSiと重合性エステルの60℃における絶対粘度ηesterとの加重平均が200mPa・s以下の場合には、コーティング膜が有機成分を主成分とする相と無機成分を主成分とする相とに相分離した構造をとることが理解できる。
【0166】
従って、これらの結果によれば、前記条件(α)を満たす場合、つまり、有機ケイ素化合物の60℃における絶対粘度ηSiと、有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiと、有機ケイ素化合物の含有量wSiと、重合性エステルの60℃における絶対粘度ηesterと、重合性エステルの表面自由エネルギーγesterと、重合性エステルの含有量westerと、が下記式(I)及び下記式(II)の関係を満たす場合に、コーティング膜の表面近傍に無機成分を偏析させることができることが理解できる。
【0167】
【数7】
【0168】
【数8】
【0169】
また、図6に、コーティング膜の無機成分の分布状態を、有機ケイ素化合物と重合性エステルとの混合粘度ηの値と、有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiと重合性エステルの表面自由エネルギーγesterとの差γester-γSiの値とを用いて整理した結果を示す。図6の縦軸は、下記式(V)で表される有機ケイ素化合物と重合性エステルとの混合粘度η(単位:mPa・s)であり、横軸は有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiと重合性エステルの表面自由エネルギーγesterとの差γester-γSi(単位:mJ/cm)である。
【0170】
【数9】
【0171】
図6に示したように、コーティング膜中の無機成分が表面近傍に偏析している試験剤のうち試験剤13、18、19及び39を示すデータ点の近傍には、無機成分が均一に分布した試験剤や無機成分と有機成分とが相分離した試験剤のデータ点が存在していない。そして、これらの試験剤を示すデータ点のうち、試験剤13のデータ点と試験剤19のデータ点とを結ぶ直線L4は下記式(IIIa)で表される。
【0172】
【数10】
【0173】
図6によれば、直線L4を縦軸方向に-39.46452移動させて得られる直線L5は、無機成分が偏析していない試験剤41のデータ点と重なる。また、図6に直線L6で示したように、有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiと重合性エステルの表面自由エネルギーγesterとの差γester-γSiが37mJ/cm以上の範囲には、無機成分がコーティング膜の表面近傍に偏析している試験剤のデータ点が存在していない。
【0174】
従って、これらの結果によれば、前記条件(β)を満たす場合、つまり、有機ケイ素化合物と重合性エステルとの混合粘度ηの値と、有機ケイ素化合物の表面自由エネルギーγSiと重合性エステルの表面自由エネルギーγesterとの差γester-γSiの値とが下記式(III)及び式(IV)の関係を満たす場合にも、コーティング膜の表面近傍に無機成分を偏析させることができることが理解できる。
【0175】
【数11】
【数12】
【0176】
なお、本例においては光塩基発生剤を用いずに膜形成成分を硬化させたが、無機成分の分布状態は非イオン型光塩基発生剤を用いる場合にも概ね同様と推定される。それ故、非イオン型光塩基発生剤を用いる場合にも、前述した条件(α)または条件(β)を満たす有機ケイ素化合物と重合性エステルとを組み合わせることにより、コーティング膜の表面近傍に無機成分を偏析させることができると推測される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6